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【神韻縹緲編⑦】
この世界の裏側、世界の理の当てはまらない異質な海。
深層を漂う巨体の生物『隣人』は届かぬ叫びを繰り返す。
その生態観察を続けるのは、死してなおこの世界に留まり続ける住人。
彼女は決して現実世界へ浮上することは無いが、もし人々の前に姿を現したとしたら、紫の髪をたなびかせた白衣の美女だと全員が認識するだろう。
彼女の名は『間桐桜』。虚数魔術の到達点へ臨み、そこへ至った女。
彼女は隣人の海中水泳を見届けながら、決して見ることの出来ない空を仰ぐ。
「ついに始まるのね。」
モーリタニアへ巧一朗が赴いて、そして聖杯戦争が終わり、外の世界では凡そ一週間が経つ。オアシスの急速な時間経過は千年を過ぎた辺りで一度落ち着いたが、それでも尚、急激な文明発展を起こしていることは変わらない。
『災害』は一部の土地を除いた全てを滅ぼし、文明をリセット、一からのやり直しを行った。英霊という枠組みを破壊しながら、時を加速させ、己が地位を確固たるものとする為に。
「それにしても、一日で百四十年はやり過ぎよ。」
桜の観測によると、開発都市オアシスは少し『浮いて』いる。地球上に在る限り、重力の影響を受ける筈だが、どういう理屈か、その概念そのものを遮断し、独自の世界を生み出したように思われる。彼女の考察において、これは恐らく『災害のライダー』の宝具だ。拡張術式か、拡大解釈か。これ程のことを成している割には、抑止の力すらも彼ら災害に味方をしているようだ。
この地球の存続という観点において、彼らは間違いなく『正義』である。
ならば桜は悪となり、その蛮行を食い止めなければならない。
実数界にて彼らは盤石の布陣を整えた。だから桜はその裏をかく。彼女の死はあくまで辞書的な意味でしかない。臓硯が考案し、桜が生み起こした理論。虚数世界を利用した反逆だ。
だが、隣人の急速な成長を見るに、事は一刻を争うだろう。だからこそ、彼女は実数世界においても保険となるものを残してきた。
それは彼女が持つ虚数魔術の基本、影の現出と、その使役である。彼女の能力は幼少期より飛躍的に向上し、隣人の魔力を用いた、実数界への反転召喚を可能にするに至った。巧一朗の招霊転化のモデルとなる力である。ただし彼女は、オアシスの誕生直後に虚数の海から力を行使した為、まだオートマタ媒介の英霊召喚を会得していなかった。だからこそ、彼女は自らの肉体へ英霊を召喚し、オアシスにて『間桐桜』として活動させたのだ。そして自らは永遠に虚数の海を彷徨う亡霊となった。
博物館館長『間桐桜』の役割を担うサーヴァントは、肉体の老化を防ぐ為の、コールドスリープシステムを開発し、千年の間に寝ては起きてを繰り返した。この技術は、巧一朗がオアシスへ至った際にも、同様に活用している。
虚数海の桜の精神も、実数界のサーヴァントも、己の命の継続に躍起になるあまり、大部分の時間を対災害に当てることが出来なかった。その間にも彼らは目覚ましい成長を遂げているというのに。
そしてそれと同時に、サハラの目にも異常事態が発生している。コラプスエゴ『モリアーティ』の中にいる三番目の人格、セイバーの力の一部を担う少女がオアシスにて剣を振るった後、サハラ砂漠においても異常な魔力が検知された。二つの同質の魔力が呼応するように、空へと放出されている。災害のキャスターが襲ってきたとはいえ、力を解き放つのは早計であったかもしれない。そもそもの話をすると、彼女が『正義の味方』となるべく虚数海へ降り立ったのは、巧一朗がサハラで悪い意味でのミラクルを起こしてしまったからだ。セイバーという脅威に対抗する筈が、今や災害のサーヴァント達の方が明確な人類の敵と相成っている。
「もう。上手くやってくださいね、桜(ライダー)。」
彼女は虚数の海から、博物館館長を叱責する。
無論、彼女が呼び出したライダーが物凄く頑張ってくれていることは知っている。
だが間桐が世界を救うには、まだまだ足りないものがあるのは事実。
それはライダーだけでは無く、巧一朗もまた。
「せめて私がそちらに行ければ良いけれど、困ったものね。……でも巧一朗が嫌がるか。」
桜は遠い昔に感じられる過去を反芻する。
巧一朗がモーリタニアへ向かったのは、桜自身の責任だと彼女は後悔している。
彼女が巧一朗に放った言葉。
それは深く、ナイフで刺すよりも深く、彼の心を傷つけた。
今更謝ってどうこうなる話ではない。彼女なりの懺悔で、彼の活躍に寄り添うのみだ。
※
災害のキャスターの『城』である第四区某所の巨大ビルディングにて、ダイダロスは地区監視用モニター部屋のリクライニングチェアに腰かけている。
まだ災害のアサシンからの招集は無い。博物館を抹殺できなかった事実が知れ渡れば、笑い者か、最悪の場合、何かの罰を与えられるかもしれない。彼自身は甘んじて受け入れるつもりだが、災害のライダーに迷惑をかけることだけはしたくなかった。
彼にとって災害のライダーは、自らと並び立つどころか、遥か先を歩む者だ。このオアシスを包む繭も、出口を隠す迷宮も、ヘヴンズゲートのシステムも、全てダイダロスが、災害のライダーの為に創造した。世界を守ると言ってくれたあの男へ報いるために。
彼はサハラで初めて、災害のライダーと出会った時のことを思い出す。
ダイダロスの召喚者は、実にくだらない性根の曲がった魔術師であった。彼は多くの知識を聖杯から与えられたことにより、技術の停滞、否、技術の破綻を知ってしまった。
人類は未だに、空すらも己の翼で飛ぶことが出来ない。
根源へ至る為に、ダイダロスという強力な英霊を召喚した魔術師は、その過程で数多の命を奪っていた。欲望の為に、他者の尊厳を踏みにじる悪魔だった。
だからこそダイダロスは、マスターである筈の魔術師を殺害した。無論、彼自身も死ぬつもりであった。
だが男の死体から漏れ出る血液を通して視えたのは、何処までも歪んだ自分自身の顔だ。ダイダロスも思えばそうだった。自らの欲望のままに人を殺したことがあった。
嗚呼、人間は決して変わらない。
ダイダロスは悟る。創造の先にあるものは常に『無』であるということを。
零れ出たのは涙か、それとも血か。
どうでもいいのだ。ダイダロスに価値など、無かったのだから。
だが、しゃがみ込んだ彼の肩を叩く者が一人、そこにいた。
男はサハラの聖杯戦争に召喚された『ライダー』だと言う。幸の薄そうな顔に、何より特徴的なのは、その『水夫』のような格好だ。
誰が見ても彼は船乗りだ。だが、彼はキャスターの元に徒歩で来たと笑って言う。
ダイダロスにとってライダーは戦争の敵同士。武器すら持たない彼を殺すことは容易かった。だが、これから死ぬつもりのダイダロスはそれをしない。無視を決め込んで、自らの口に銃口をあてがう。
「死ぬつもりなら、悪いけど、オレの話に付き合っては貰えないだろうか?」
「五月蠅い。」
「そう固くなるなよ。アンタは『ダイダロス』だろう、知っているさ。オレのマスターは物知りなんだ。アンタの力を借りたくてね、ここに来た。我ながら運が良い。ナイスタイミングだよ。」
「黙れ、敵に話すことなど無い。」
「そう固くなるなよ。実は召喚されたはいいものの、オレは『船』を持っていなくてね。あれが無いと始まらないというか、戦えないというか、そう、つまりアンタに作ってもらいたいんだよ。」
「馬鹿が。僕に何のメリットがある。」
「メリットか、そうだな、じゃあオレが船長だから、オレの船に乗せてやるよ。アンタはこれから広い広い海で最高の冒険をするんだ。死ぬよりもきっと楽しいさ。」
「はっ、話にならないな。お前、僕が相手じゃ無ければ死んでいるぞ。」
「そうだな、オレはきっと運が良いんだろう。頼むよ、ダイダロス!オレのマスターもそこへ乗せてやりたいんだよ!海をあんまり知らないって言うしな?」
「ええい!馴れ馴れしい!そもそも僕はお前のことなど知らん!」
「あぁ、そうだな。自己紹介がまだだった。オレの名は」
ライダーは余りにも軽々しく、敵であるダイダロスにその名を明かす。
ダイダロスは笑顔でその名を語るライダーを目の当たりにし、銃を床に落としてしまった。
「お、やっと銃を置いたか!物騒だもんな!」
「お前、いくら何でもその嘘は駄目だ。名を偽るなよ。」
「え?何の話だ?オレの名前は今言ったとおりだよ。そんなことはどうでもいいんだ。一緒に旅をしようぜ、ダイダロス。」
「どうでも良くないだろ!お前は!」
ダイダロスは激高する。
ライダーに対してか、はたまた別の誰かに。
もしこのひょうきんな男が嘘を付いていないなら、この男の今の態度はおかしい。
あぁ、この男は一言で表すならば『呪い』だ。『呪い』そのものだ。
何も悪い筈なんてないのに、彼はただ世界に嗤われ続けた。その末路すらも。
こんなことがあってはならない。ダイダロス自身を含めた愚かな人間の本質に苛め抜かれた彼が、道化師のように笑顔を浮かべている筈が無い。世界最悪の復讐者になってもおかしくない筈なのに。
「どうした?腹でも痛いのかー?」
「お前、僕が船を作ったら、旅をすると言ったな。」
「あぁ、『世界を救う旅』だ。もう誰も辛い思いをしなくて済むように。オレは、あまり褒められた人間じゃないからな。英雄らしいことでもしてみたいんだ。」
「大馬鹿者だ!世界を救うだと?お前が?お前は人類最大の敵になるかもしれない男だろうに!何故だ、何故そんな風に笑える?人間に救う価値など無いことは、何よりもお前が嫌という程に知っている筈だろう!」
ダイダロスは怒り、叫んだ。己の醜さを肯定したうえで、それでも叫ばずにはいられなかった。
ライダーは少し困った顔を浮かべた後に、再び口角を上げる。
「ありがとう、オレの代わりに怒ってくれて。」
そしてダイダロスは全てを察したのだ。
この男は、ライダーは、怒ることすら出来ないのだと。
山火事、台風、洪水、そう言った『災害』と呼ばれる理不尽なものと同じなんだと。
生まれついて、この男には怒る権利すら与えられていなかったのだ。
「……ダイダロス?」
「嗚呼、僕も乗ってやる、お前の船に。消滅間近の僕にも出来ることはあるかもしれない。お前の言う冒険とやらに付き合ってやろうじゃないか。」
ダイダロスはライダーの手を取った。
己の全ての創造は彼一人の為に。
理不尽な人間、理不尽な世界、その全てを薙ぎ倒す様な、そんな船を造り上げる。
もしその過程で自分が理不尽なる『災害』になったとしても、構わないと、そう誓ったのだ。
彼は過去を懐かしんでいたが、その時間を邪魔するように、思考にジャミングがかかる。
それは本来呼び出さなければ存在出来ない筈の使い魔、ミノタウロスの声だった。
ダイダロスは深く溜息をつくと、その声に耳を傾ける。
「ダイダロス、お前、自慢のアーマーがセイバーに潰されたらしいな。」
ミノタウロスは煽るように嗤う。
「化物風情が。過去の名で呼ばれたことがそれ程までに嬉しかったか?お前は怪物ミノタウロスだよ。何も変わりはしない。僕が言い続けてやるよ、お前は醜悪なミノタウロスだ。」
「ふん、別にお前に英雄としての名を呼んで欲しくなどないさ。俺はお前の使い魔だが、お前の思い通りにはならない。」
「……巧一朗を生かしたのも、僕への嫌がらせか?」
「そうだ……と言いたいところだが、実はそうでもない。あれが、俺にとっても、お前にとっても、最善の選択だった。」
「最善だと?」
「あぁ、お前では分かるまい。巧一朗が死んだとて、セイバーは止まらない。何度殺そうが、何度も蘇る、そしてその刃を研ぎ澄ませる。災害はセイバーには敵わないのだ。ならば、彼女を止めることの出来る可能性に賭けてみるべきだろう。」
「それが、あのか弱い人間だと?」
「そうだ、知っているか?ダイダロス。怪物は生まれながらにして怪物なのではない。いつの世もそう、怪物は『孤独』のうちに怪物となる。独りになると、誰の声も届かなくなるのだ。俺もそう、俺はあの男(テセウス)に感謝している。何処までも迷い続けるだけの狂った回廊で、俺を見つけてくれた。俺に向き合って、俺を殺そうとしてくれた。俺は結局、英雄(アステリオス)にはなれなかったが、怪物(ミノタウロス)として死ぬことは出来た。それは俺にとって幸福に他ならない。だから俺は、セイバーに、巧一朗に、孤独を与えたことを罪だと認識している。セイバーには、手を握り締め、引き止めてくれる相手こそが必要なのだ。」
「くだらないな。愛が世界を変えるだの、そんな理想でしか物事を語れんか。」
ダイダロスはやれやれといったジェスチャーを添える。
ミノタウロスはそんな彼を哀れむように見つめていた。
「……ダイダロス、俺はお前の使い魔だ。ならば、お前は俺という駒を離さず、果ては道連れにするだろう。だが、これだけは忠告しておく。お前は生前から何かと『臭いものに蓋をする』癖がある。これは悪癖だ。精々足元を掬われぬようにな。」
ミノタウロスはそう言い残し、それ以上口を開くことは無かった。
「……お前こそ人間を脅かす災害だろうが。お前といい、愚息といい、僕の発明にあやかり過ぎなんだよ。」
ダイダロスは蒸したタオルを顔全体に被せると、天井を仰ぎながら思考を停止する。
部屋の片隅にて自動修正を施されるアーマーは、そのメンテナンスにあと二百年の月日を要する。
もし博物館が逃げずに立ち向かってきたならば、今度は生身で、彼らを迎え撃たねばならない。
※
第四区博物館、地下最奥の館長部屋にて。
博物館に新たに仲間入りを果たしたマキリ・エラルドヴォールが、自らの秘匿していた情報を巧一朗たちに明かしている。
災害のサーヴァントが催す『天還』の概要とは即ち、英霊の座への介入と、その破壊であった。
無論、現代を生きる人々を過去時空に移動させることなど、容易に行えて良い筈も無い。そこには災害のキャスターことダイダロスの知恵があった。彼はこのオアシスにて独自の『粒子加速器』を開発し、それを運用している。但し、一度に過去へ送ることの出来る人数は限られており、それが天還祭によって選ばれているようだ。
そしてエラルが独自に獲得していた情報、それは、過去介入といえども、神代には転送できないということだ。神秘渦巻く時代は残された文献や記録が少なく、時代の座標軸を固定することが出来ないらしい。幾ら災害といえども『神』へ挑むことは、現状不可能であるようだ。
「英霊を歴史から消し、取りこぼした者達も、このオアシスで専属従者として隷属させる。そして開発都市で千年間、神の如く居座ることで、人々から崇め奉られるようになった。『災害』を名乗る彼らは、絶対的な力を欲しているようだわ。」
博物館、そしてマキリコーポレーション、そのどちらも災害のサーヴァントへの絶対的な勝算は持ちえない。ダイダロスの真名を見抜いたことろで、の話である。サーヴァントを用いた物量作戦も、彼らに及ばないことは痛い程に理解できている。
災害が何故、力を求めているのか。その理由の一つを、エラルは知っていた。
「災害のこと、開発都市オアシスのこと、きちんと最初から語らなければ、何も始まらないわよね。既に頭がパンクしている人もいるだろうけど、必死に付いて来て。まずは全ての始まりである『サハラの聖杯戦争』について、よ。」
西暦二〇ⅩⅩ年、『テスタクバル=インヴェルディア』という男がモーリタニアのサハラ砂漠にて、聖杯戦争を巻き起こした。彼は師事していたダーニックから聖杯戦争のシステムを伝え聞き、それを自らの手で実行すべく動いた。来日した際には、聖杯戦争の源流とも呼べる御三家からその資料、技術の全てを盗み取り、遠坂家長女『遠坂輪廻』を誘拐した。優秀な魔術回路を有する少女を、聖杯の器として利用したのである。
「エラル…さん、そのテスタクバルさん?はどうして聖杯戦争を起こしたの?」
「みらいちゃ…倉谷さん、私もそこは気になっています。エラル、加えて、何故テスタクバルはサハラ砂漠なんて場所で戦争を?来日したならば、冬木で戦争を起こすことも視野に入れる筈です。」
美頼と充幸の問いに、エラルは良い質問です、と頷き返す。
比べて、鉄心の頭上にはクエスチョンマークが大きく浮かんでいた。
「まず、どうしてテスタクバルがサハラ砂漠を選んだか。それはモーリタニアにある『サハラの目』という環状構造が関係しています。」
「サハラの目?」
外の世界の知識に疎い美頼達に代わり、充幸がリシャット構造を手短に説明する。
宇宙から見た時に『目』の形に見えることから名づけられた環状構造は、古典哲学者プラトンにより、伝説の都アトランティスの入り口では無いかと考察されたスポットである。アトランティスは神秘がまだ残された時代にヒトの手により発展した前衛的な都市国家だ。だがアトランティスは神々の手により滅んだと言われている。
「『サハラの目』はアトランティス大陸へと通じています。勿論、その先はもはや何も存在しない空白の世界でしょう。でも、未だ人類はアトランティスの場所を完全に特定できていない。そう、滅び去ったアトランティス大陸は、そのままの状態で、今なお保全されているのです。」
「え、でもでも、何にも無いんでしょう?空白の世界って。」
美頼の疑問は至極真っ当なものだ。
エラルが答えるより先に、巧一朗の口が動いていた。
「空気だ。」
「そう、巧一朗さん、ザッツライト。神代の膨大かつ潤沢なマナがそこには溢れている。テスタクバルはサハラの目から、その魔力のみを引き出したの。」
「そんなこと出来るのですか、エラル。」
「ええ、それが先程の、何故、の部分。どうしてテスタクバルは聖杯戦争を起こしたのか。彼の目的はただ一つ。『アトランティスを現代に蘇らせること』なのよ。そしてその理由こそ、テスタクバルの正体にあるわ。」
「テスタクバルはアトランティス大陸住民の末裔。現存した只一人の、アトランティスの門番なの。」
テスタクバルはサハラの目、その扉を開ける鍵を受け継いでいた。彼はそれを利用し、神代の魔力を基盤とする聖杯戦争を生み出したのだ。
ポカンとした顔の鉄心を除き、皆が各々頷きのジェスチャーをする。
キャスターはコーヒーを半分残し、自ら勝手に用意したホットミルクを飲みながら、興味深そうに聞いていた。
「とりあえず話を進めるわね。テスタクバルはサハラの地で、今の『災害のアサシン』を呼び出し、共に聖杯を勝ち取るべく動き出した。けれど、そこで何かがあった。何か大きな不具合、聖杯戦争を揺るがす『何か』が起こってしまったの。召喚された七騎のサーヴァントのうち、セイバーを除いた六騎が結託し、聖杯を強奪した。」
「何かって、何ですか?」
「ごめんね、美頼さん。それは私も分からないの。災害たちの目的は同じく『アトランティスを作ること』だけど、何かが根本的に違う気がする。彼らは日本へと渡り、これを滅ぼした後に、開発都市オアシスを生み出した。時を加速させながら、文明を作り替えたのよ。」
「色々疑問~~」
「美頼、一旦エラルドヴォールの話を聞こうか。」
「有難う、巧一朗さん。そしてインヴェルディアの、そうね、私たちが言う所の『偉大なる祖(インヴェルディア・オリジン)』の子ども達は、その指示で三つの家に別れた。本家がアインツベルンで、分家がマキリと、遠坂ね。既に災害の手によって聖杯戦争誕生の地である冬木市は滅ぼされていたから、元々いた筈の御三家は既に存在しなくなっていた。私たちがその代わりをやることになったの。そのルーツと同じような、それぞれが企業を立ち上げてね。私はマキリ家の二十五代目当主となり、今も『偉大なる祖(インヴェルディア・オリジン)』の考え、その想いを継承している。でももうそれも限界ね。遠坂やアインツベルンとは別の道を歩むわ。」
インヴェルディアはオアシスにおいて、災害との共存を確固たるものとしてきた。だがエラルは、故ミヤビ・カンナギ・アインツベルンの対災害の思想に強く共感し、こうして博物館に亡命してきたのだ。ミヤビはエラルにとって、母にも等しい存在だった。だがそれも、サイコパスな少女に全て刈り取られてしまったのだ。
急行列車でマールトをめぐってロウヒと戦った時、現当主のミヤビと瓜二つな美頼を、ミヤビ本人だと誤認していた。彼女はまだ、ミヤビと美頼の間にある真実を知らない。彼女の中に残された疑問は、ロウヒという存在だ。博物館にスパイとして潜り込んでいるならば、この館長が真っ先に気付いて対処していそうなものである。無限鋳造機サンポを有するロウヒが味方か敵かによって、事態は大きく変化するだろう。
「ここまでで、一度質問を受け付けるわね。」
「色々ある~~けど頭がまとまらない~~」
「じゃあ、俺から一ついいか?」
「どうぞ、巧一朗さん。」
最初に手を挙げたのは巧一朗だった。
見えないエラルの代わりに、ロイプケが耳元で誰の発言かを伝えるが、どうやらエラルにはその必要が無いらしい。彼女は博物館の面々の声のトーンや特徴を捉え、判別している。流石は元マキリコーポレーション代表取締役。性格は高飛車だが、部下からの信頼が厚い理由はここにあるようだ。
「マキリは災害と敵対する意思を持っていたようだが、どうやって災害攻略に乗り出す気だったんだ?秘密裏にオートマタを開発していたようだが、ヘヴンズゲートの概要を知り得ている以上、英霊召喚を武器にする選択は取らないと思うが?」
「それは、貴方がたも知っているでしょう。このオアシスにおける異端児『コラプスエゴ』の霊基ですよ。専属従者サービスが生きている限り、弱小とはいえ英霊の力を行使できる環境は整っています。ならそれらを乗算していけば、災害に負けない戦力を獲得できる。……勿論プランはこれだけに留まらず、魔眼という切り口でも研究は進めていました。今やどちらも夢物語ですがね。」
「『波蝕の魔眼』では災害を殺せなかったか?」
「ええ、波蝕や勾配、それなりに種類は用意しているつもりでしたが、災害にはノーヒットでした。因果介入が成功しても、選択できる結果の先が悉く鉛筆削りで削ぎ落されたようになっていましてね。上位のカラーが所持できていれば良かったのですが、まぁそんなものは千年前に災害に駆逐されているか……。」
「実際に開発したオートマタは?」
「当然、全て焼き尽くされています。ですが一応、まだ私の脳が辛うじて残りましたので、制作のノウハウをある程度出力することは可能です。ただ博物館の戦力として、なら期待されても困ります。製造ラインが確立されていない為、コストを加味しても六か月はかかります。」
「それはそうだろうな。」
巧一朗は納得の表情を浮かべる。
続いて手を挙げたのは美頼だ。
「あの!エラルさん!同じインヴェルディアの家の人だったら、遠坂組とか、アインツベルンカンパニーとか、協力を打診できないかな?」
「美頼さん、それは難しいわね。遠坂組も、今のアインツベルンも、災害と共存する姿勢を見せているわ。誰だって命は惜しいものでしょう?長いものに巻かれていた方が幸せなのは世の常ね。」
「そっか、残念。」
「他に、質問はあるかしら。」
鉄心も充幸も押し黙ったままだ。
だがここで、意外な人物が手を挙げる。
それは既にホットミルクを飲み干した、キャスターだった。
「失礼。巧一朗のサーヴァントのキャスターだ。私からも、君に聞きたいことがある。いいかな?」
「勿論よ。」
「いや、君の話し口調とか、その内容で、気になる点があったんだ。先程、災害のサーヴァント達は『アトランティスの為に』日本へ向かったと言ったね。それは何故だ?」
「何故?聖杯戦争始まりの地だから、かしらね。」
「違うな。インヴェルディアは敢えて来日したにも関わらず、あくまでモーリタニアでの聖杯戦争を望んだ。それはサハラの目がそこにあり、彼の願いが『アトランティスの復興』だったからだ。なのに何故、災害はわざわざ、日本で、アトランティスを作り出そうとしたんだ。サハラの地でやればいいじゃないか。それに、聖杯戦争始まりの地である冬木は、災害によって沈められている。」
「さてね、災害の考えることなんて分かる訳が無いじゃない。」
「ではもう一つだ。君は『偉大なる祖(インヴェルディア・オリジン)』と言って、先祖のインヴェルディアを崇めているね。でも、最初君はサハラの戦争の元凶たるテスタクバルを呼び捨てで呼んでいた。敢えて、君はこれを使い分けたんだ。私たちは勝手にテスタクバルこそがオアシス御三家の源流と思い込んでいた。いや、君はそう思い込ませたかったのかな?」
「……」
「我々は一蓮托生だ。互いに隠し事は無しにしようじゃないか。本当に災害を殺す意思があるならね。」
「……探偵がいるって聞いていたけれど、流石ね。ふふ、参ったわ。ちゃんと教えてあげる。」
エラルは手をひらひらと振り、白旗を挙げる仕草をする。
巧一朗はキャスターの洞察力にただただ驚いていた。
「このオアシスには、黒幕たる人物がいる。災害のサーヴァント達が願いを共にする理由そのもの。何故アトランティスを作る地を日本に設定したか、それは彼女の『故郷』だからよ。まぁ念には念を入れて、霊脈のある冬木は消されちゃったけどね。」
「ふふ、成程ね。」
「『偉大なる祖(インヴェルディア・オリジン)』とは、日本の魔術師であり、サハラの地においてはライダーのマスターとなった、器そのもの。そう、彼女の名は『リンネ=インヴェルディア』。またの名を『遠坂輪廻』。」
桜館長の顔は険しいものとなる。この事実には、付いてこれていなかった筈の鉄心でさえ驚愕していた。
「誘拐された輪廻ちゃんが、インヴェルディア?!しかも黒幕って!」
「単純に『悪』と言う訳にもいかないわ。でも彼女は聖杯として捧げられた筈でありながらも、ライダーを従え、オアシスにて私のような子孫を残している。間違いなく、オアシスの立役者であり、彼女がもし今もなお生きていたならば、博物館にとっては最大の敵となる。だって、災害の中でも最強と名高い、災害のライダーのマスターですもの。」
そしてエラルの話は終わった。
これから始まるのは、具体的な災害のキャスター『ダイダロス』の攻略会議である。
再び中心に立ち仕切り始める桜館長に、皆が注目を集めるが、彼女は周囲に目を配ることをせず、ただ一人を注視していた。
その視線の先、皆が顔を向ける。彼らの一番後ろで、股を開き座っていた鉄心は素っ頓狂な声を上げた。
「え、何だよ。」
「鉄心さん。その、ここからは作戦会議となります。」
「え、いや、流石にそれは分かるよ、ますよ。」
「いえ、理解力とかそういう話では無く、アルバイトの貴方はここまでだと、そう言いたいのです。」
「は?」
「館長として言います。鉄心さん、貴方はもう、博物館の為に命を懸ける必要はありません。今日限りでこの実働部隊を離れて頂きます。」
「は、え、ちょっ、何だよ、急だな、おい。確かに始めた時は時給に惹かれたものだけど、もう巧一朗たちと一緒に仕事し始めてかなり経つんだ。今更俺だけ抜けるなんて、出来ねえよ。」
「鶯谷、お前は魔術の知識も無ければ、今の話にも中々付いてこれていなかったな。お前は一般人なんだよ。命を張る必要は無い。」
「巧一朗まで……何でだよ、おかしいだろ。というか館長も、それなら最初からこんな場所に呼ぶんじゃねぇよ。」
「それはその通りですが、私の口から直接、今までの感謝を伝えたかった。巧一朗を、博物館を支えてくれたこと、本当に有難うございました。」
「待て待て、本当にお別れになるじゃねぇか。何だそれ、何だよ。じゃあ正社員になるよ、責任感は確かに無さそうに見えるかもだが、お前らが戦うときに指くわえて見てられるほど、短い付き合いじゃないんだぞ。」
鉄心は突然のことに混乱しながら、傍から見れば、挙動不審そのものとなっている。
そんな中、キャスターはわざとらしく大きな溜息をついてみせた。
「鉄心、君は本当に理解力がないな。君は自分のサーヴァントの死に目に立ち会わないつもりかい?」
「おいキャスター、お前!」
巧一朗は彼女の口を塞ごうと近付くが、彼女はスカートをたなびかせ、ひらひらと逃げ回る。
「鉄心、君は自分のアーチャーの体調が分からない程に間抜けだったのかい?分からないなら私がアーチャーの現状を伝えてやろう。三人の兄弟の内、アリは死んで、後の二人は霊基もガタガタだ。あと一週間持てば幸い。戦闘なんてものをしようなら即御陀仏だ。」
「おいキャスター、辞めろ。」
怒りを露わにして手を挙げた巧一朗を、鉄心が後ろから止めた。
「鶯谷?」
「悪かった、あぁ、知っているよ。分かっているさ。もう、お別れの時が近付いているってことぐらい。すまん、館長さんも、駄々をこねるようなことを言ったかもしれない。皆が気遣ってくれていることは分かるさ。」
「鶯谷、無理をするな。」
「巧一朗もサンキューな。……館長さん、お願いがある。せめてこの作戦会議だけでいい。俺も残って聞いても良いだろうか?当然参加はしないけど、巧一朗や倉谷のこと心配だから、平気で無茶するようなやつばっかりだから。俺にも聞かせてくれ、頼む!」
鉄心はその場で頭を地面に擦り付けた。
そんな彼を見て、それでも出て行けと言えるものは誰一人いなかった。
本格的なダイダロス攻略会議に乗り出す前に、十分間の休憩となる。
各々が僅かばかりの時間を過ごす中、巧一朗と美頼は庭園の方まで出ることにした。
普段ならばこの場所は散歩する人々で溢れているが、博物館の閉鎖に伴い、今は入り口が施錠されている。
彼らは態々鍵を開けることも無く、塀の外側から、庭園の花を眺めた。
「こんな時でも、みさっちゃんは手入れを欠かしていないんだね。」
「そうだな。鬼頭教官も大変な身なのに。」
二人の間に暫く無言の時間が流れる。
これからのこと、不安を抱えていない筈も無かった。
巧一朗としては、鉄心だけでは無く、美頼にも参加して欲しくないと思っている。今の彼には、周りを助けてあげられる余力は無かった。
美頼はどうして、傍にいて、共に戦ってくれるのだろう。
彼女だって実際に災害を相手にするのは怖いだろうに。
「あー、あの、美頼。」
「なあに、コーイチロー?」
「……いや、何でもない。」
彼の中で、先程のキャスターの言葉が反芻される。
『我々は一蓮托生だ。互いに隠し事は無しにしようじゃないか。本当に災害を殺す意思があるならね。』
「(俺はサハラの戦争のことを、美頼に隠している。いや、もっと大切なことを。)」
だが巧一朗は彼女にそれを伝えることは出来なかった。
代わりに、彼女が疑問を抱いただろう事柄について話し始める。
それは彼がオアシスに辿り着いたときのこと。
「美頼、俺はさっき『母さんは死んでいる』って言ったよな。少し難しいんだが、実際は死んだというか、遠い国に行った感じなんだ。魂みたいなのが、ゆらゆらと旅をしていて、母さんの身体は、あの博物館館長が使っている。」
「え、何それ。それじゃあコーイチローが言っていた、お母様を演じている外道って、そういうこと?」
「あの中にはサーヴァントが入っている。俺って記憶が幾つも抜け落ちている箇所があるんだけど、オアシスのとある場所で、アイツに助けられたことは覚えているんだ。」
博物館に至る前。
倒れている巧一朗に、白衣を着た女は手を伸ばした。
最初、巧一朗は自らの母親だと思い、喜んで手を取った。
だがその手は酷く冷たく、母の温もりでないことは瞬時に理解できた。
警戒を露わにし、急ぎ距離を取る巧一朗。
間桐桜の顔をした誰かは、呆れたような顔を浮かべている。
「お前は誰だ」
巧一朗の問いに、肩をすくめる女。
彼女は戦闘姿勢を崩さない巧一朗に対し、自らの内に渦巻く黒ずんだ何かを明かすことにした。
間桐桜が虚数海から呼び出したイレギュラー。彼女は自らの名を直接伝えるような優しいマネはしなかった。
「『ライダー』の霊基を以て現界したサーヴァントです。」
「お前の真名は?」
「『血塗られたメアリー』とだけ、答えておきましょう。」
白衣の女は、美しくも怪しく、ほくそ笑んでいた。
【神韻縹緲編⑦ 終わり】