Fate/relation   作:パープルハット

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神韻縹緲編も、ついにクライマックスへ向け動き始めました。
感想、誤字等あればご連絡ください!


神韻縹緲編8『outbreak』

【神韻縹緲編⑧】

 

「では本作戦について説明していきます。メモは必要ありませんから、頭に叩き込んでください。」

 

桜館長が中心に立ち、博物館実働部隊のメンバーが席に着き、各々襟を正した。

桜館長はまず、本作戦の意義を話す。

第四区博物館は、災害の管理する世界からの脱却、そしてオアシスの解放を目指す。

災害のキャスターの襲撃が再び行われる前に、此方から仕掛けてやろうというもの。

その為に、博物館が積み上げてきた対災害の為の主戦力を惜しげなく使う必要がある。

人類に名を刻んだ英霊の力は、災害の手によって抑えられた。だが当然、抜け道もある。

 

「まず災害を名乗るサーヴァントのうち、キャスタークラス『ダイダロス』の完全なる排除を目指します。これまで私は彼のデータを収集し、彼の持ちうるスキルや宝具など、解析して参りました。先の戦闘では苦い思いもさせられましたが、その全てが無駄ではありませんでした。」

 

桜はホワイトボードにダイダロスの能力に関する説明を殴り書く。彼の持つ力は、細かいものを除けば、大きく分けて二つ。

『ミノタウロスの迷宮』と『イカロスの翼』である。

どちらも巧一朗たちは体験済み。博物館側として召喚に応じた四騎のサーヴァントをいとも容易く倒してみせた。

 

「ですが、先に申し上げますと、『イカロスの翼』を、我々は既に攻略済みなのです。」

 

巧一朗たちの頭に疑問符が浮かぶ。

桜館長の説明はこうだ。

ダイダロスは生前、幽閉された塔から脱出するために、息子イカロスの分も含めた、四枚の翼を造り上げた。

イカロスはその翼で自由に空を飛び回り、太陽の熱に翼を溶かされてしまう。結果、残ったのはダイダロス自らが飛ぶ用の二枚羽のみ。

そしてオアシスにおけるダイダロスは、ロウで出来た翼という弱点を減らす為、機能を一枚羽に集約、それをまるごとアーマーで保護したのだ。

だが、博物館の奮闘により、ダイダロスのアーマーを引き剥がすことに成功した。

 

「バベッジさんの蒸気機関砲とアリさんの決死の判断のお陰です。いまダイダロスには逸話再現可能な翼は残されていません。」

「……」

 

充幸は押し黙ったまま、真実を隠す桜館長を眺めていた。

あくまで博物館の持つ『セイバー』というカードは誰にも秘密なよう。ジョーカーはババにもなり得るからこその判断だ。

 

「問題なのはダイダロスの持つ宝具『万古不易の迷宮牢(ディミョルギア・ラビュリントス)』でしょう。固有結界宝具であろうと内側から侵食、破壊し、我々を何処までも閉じ込める堅牢な壁。様々な罠が仕掛けられ、かつ、歴史上でも名を遺す最悪の怪物『ミノタウロス』を放し飼いしている。我々はあれを突破できなければジエンドです。」

「更に英霊の力も、ヘヴンズゲートで消滅させられている、ときたものだ。私でも逃げ出す難問だよ。」

 

キャスターがインスタントコーヒーをがばがばと飲み干しながら、茶々を入れる。先程エラルの秘密を一つ暴いた白銀の探偵はいなくなり、今は『モリアーティ』が主人格を担当しているようだ。

 

「で、我らが館長は、どう攻略を進めるつもりなのかな?」

「当然、ダイダロスと真っ向勝負する気はありません。勝てませんから。」

 

桜はホワイトボードをスクリーンがわりに利用し、デバイスの写真を映し出した。それはこのオアシスを覆う繭、内側にいる彼らからすれば壁と呼称されるものである。オリハルコンを材質に利用したこの壁は、二重構造となっている。

まず第一の壁は英霊の力でも突破可能、だがそれを突き破った先、ダイダロスが用意した罠がある。彼は自らの宝具を常時顕現させ、第二の壁として機能させている。つまりは先日の戦闘で発動した宝具と同様のものが、オアシスの繭にも存在しているという事だ。これはオアシス市民が外の世界へ逃げ出さない為の迷宮。万が一、第一の壁が突破されても、迷宮の中に迷い込み、最期は仕掛けられたトラップかミノタウロスに殺されてしまう。桜館長が充幸を救出した際には、まだそこまで複雑なシステムでは無かった。他国の軍事警告に合わせ、より強固な回廊に造り直したのだろう。

通常、彼の使い魔はこの繭の迷宮を守っており、ダイダロスの指示に合わせ、その場を離れることを繰り返している。

 

「館長は、ミノタウロスがいない、手薄なときを狙って繭の破壊に乗り出す気か?」

 

巧一朗の問いに、桜はくすくすと笑った。

 

「おいおい、何が可笑しいんだよ。」

「別にそれで迷宮踏破されても、確かにダイダロスの権能を削ぎ落すことにはなるけれど、ただ繭の一部に穴を開けられただけに過ぎないわ。直ぐに彼の手で修繕されるでしょうね。」

「成程。」

「ダイダロスの権能を完全に落とすには、ミノタウロスを殺すことが不可欠。怪物退治をして、かつ、迷宮の出口に辿り着くの。それによって初めて、勇者(テセウス)の物語が再演される。つまり、我々はダイダロスが駆けつけられない時を狙って、ミノタウロスを倒しに行きます。そしてそのタイミングは、マキリと博物館の駆除報告を行うために天空城塞で行われる筈の『災害会談』です!」

 

桜はどや顔で、天に人差し指を掲げる。キャスターのみが拍手を送るが、残りのメンバーは表情を変えることも無い。

 

「……簡単に言ってくれるが、ミノタウロスは災害に匹敵するだろう力の持ち主だぞ。どうする気だ、館長。」

 

巧一朗の問いに、皆が一同に頷いた。まず迷宮という性質に囚われた時点で、敵の掌で踊ることになる。地の利が相手にある以上、策を弄そうとも簡単にひっくり返されてしまいそうなものでもあるが。

桜館長は勿論、彼らの疑問に対する答えを用意していた。自信満々な表情で、そのプランを説明する。

 

「まずオアシスの繭、大迷宮への解答札は、コレです。」

 

彼女は充幸へ指示を出し、あるものを持ってこさせた。

自然と皆の視線が、充幸の腕の中にある何かに吸い寄せられていく。

 

「博物館はこれまで違法触媒を集めてきましたが、何もこれは英霊召喚の為だけではありません。その聖遺物こそが、逆転の要素となることも、想定内でした。そしてこれは災害すら知り得ないネットワークで入手した逸品です。巧一朗、これが何か分かりますか?」

 

巧一朗は充幸の持つ聖遺物を凝視する。古く原型を留めていない気もするが、それは間違いなく『糸玉』であった。

 

「アリアドネの糸、か?」

「正解。」

 

英雄テセウスがミノタウロスの迷宮から脱出する手段として、王女アリアドネから渡された糸。彼はそれを垂らして歩き、ミノタウロスを倒した後に、その跡を辿ることで脱出が出来た、とされている。その性質が様々な伝承を経て、聖遺物として確立したもの。この糸の指し示す先に、迷宮の出口が『必ず』用意される。

 

「この聖遺物のもつ力を最大限に活用する為、マキリにも協力を仰ぎ、ついに『アリアドネナビ』が完成しました。垓令呪を動力源に、この聖遺物を内包した特殊デバイスが、外の世界の出口を探してくれます。これに従って歩いて行けば、自動的にゴールへ辿り着くでしょう。今回は二つ、用意しました。巧一朗と美頼さんに、それぞれ渡しておきます。」

 

それは通常の携帯デバイスにも見えるが、どうやらアプリとして仕込まれているらしい。恐るべきマキリの技術。

 

「それで、肝心のミノタウロス、ですが、巧一朗さんには『招霊転化』で英雄テセウスのイマジナリーサーヴァントを召喚して貰います。当然、テセウスなどヘヴンズゲート最初の被害者になりそうなお方ですが、その辺りはご安心ください。第四区館長たるこの私にかかれば、記憶の保全、継承など容易いことです。イスカンダルの時は、迷宮の浸食により皆さんの脳内へ負荷がかけられてしまいましたが、今度は大丈夫。私がこのオアシスに存在する限り、貴方がたは英雄テセウスを忘れずにいられるでしょう。そして巧一朗の招霊転化は実際の英霊召喚とは異なり、脳内データベースを元に英霊を形作る技術です。一分間の制約はあれど、必ずミノタウロスへの対抗札となるでしょう。」

「俺が、テセウスを呼び出す……」

「その奇跡にも等しい一分間を、マキリの垓令呪の魔力でバックアップします。災害というくくりには当てはまらない、使い魔のミノタウロスには、単純な魔力の差が勝敗を分けるキーとなる。無論、それだけでは心もとないのは事実です。だからこそ、ミノタウロスを逃がさない為に、美頼さんにも出てもらいます。」

「え、わ、私?」

「正確には、貴方の影に隠れているサーヴァントに、ですが。」

 

桜の言葉に反応した人物が、美頼の影から這い出た。

それはエラルとロイプケを救い出した、ロウヒ本人である。

 

「バーサーカー、いたの!?」

「あぁ、この作戦会議とやらには参加していたぞ。我の『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』を求めるか、桜。」

「ええ、是非力をお貸しください。無限鋳造機サンポがあれば、ミノタウロスを殺しうる武器の生成も可能でしょう。貴方にも当然、垓令呪のバックアップは付けさせて頂きます。巧一朗と美頼さんの力が合わされば、きっとかの怪物にも届く。そしてダイダロスの権能を大きく削り落とすことが出来る。信じています。」

「おい、ロウヒの力が必要なら、美頼まで迷宮に向かわせる意味は無いだろう。」

 

巧一朗は彼女の身を案じ、提案するが、桜は首を横に振った。

 

「巧一朗、我が美頼を傍に置いておきたいのだ。サーヴァントならば、マスターに隣にいて欲しいと思うのが当然だろう?」

「ロウヒ……」

「大丈夫だよ!コーイチロー!何かあったらバーサーカーが助けてくれるよ!」

「それは、そうだが……」

 

納得のいかない巧一朗だが、ロウヒの提言ならば、それに従うほかない。本作戦においてロウヒは必要不可欠だからだ。

実働部隊は巧一朗と美頼、そしてそれぞれのサーヴァントで迷宮攻略、桜館長、美頼にエラルは博物館からサポートに徹することとなる。

無論、鉄心はこのメンバーには加えられていない。分かってはいても、寂しい気持ちになるのが、人情家の鉄心だった。

 

「未来予測において『災害会談』は明後日に執り行われます。それまでに巧一朗は英雄テセウスの勉強を必ず。勝負は一秒でも早くつけることが望ましいので、体力はこの日の為に温存しておくこと。以上です。質問は随時受け付けていますので、いつでも館長室に来てください。皆さんのご武運を祈っております。」

 

桜館長の締めの言葉で、この作戦会議はお開きとなる。各々二日後に備える為に準備に取り掛かった。

巧一朗たちから離れ、一人博物館を後にした鉄心は、一抹の寂しさを抱えながら、アーチャーがいるであろう場所へ向かったのだった。

 

 

鉄心のサーヴァントであるアーチャー『フセイン』はナイチンゲールと共に、クリニックへ訪れていた。

空には災害の造る星々が美しくも儚く輝いている。この世界で生まれ、そして死んでいく者たちは、誰も本物の空を知らない。

でもきっとほとんどの人間が、このオアシスで満足して死んでいく。それが当たり前だと認識しているから。

外の世界の景色を見たい、などと思う事すら、きっと無いのだろう。

彼らは明かりの消えたクリニックへ入り、音を立てないよう階段を登っていく。

慎重に扉を開けた先、月の光の差し込む部屋で、少年は星を見上げていた。

 

「眠れないの?康太くん。」

「あ、先生……」

 

ナイチンゲールは彼の元へ寄り添うと、その頭を優しく撫でた。康太はくすぐったそうに頬を震わせている。

彼女に続いて、フセインも部屋の中へ入る。先日尋ねた時には、絵本や玩具が散らかっていたが、今日は綺麗に片付けられていた。

酷く殺風景に思える。康太を取り囲む環境が、とても冷たく感じられる。

 

「え、フセイン先生!?」

「康太くん。会いに来たよ。」

 

フセインが彼の元へ近付くと、康太はそのか細い腕でフセインの胸元をぽかぽかと叩いた。それは少年の精一杯の抗議の声だ。

 

「明日も明後日も、来てくれるって約束したじゃん!酷いよ!」

「ごめんなぁ、ごめんな康太くん。僕も、会いに来たかった。」

 

フセインは思わず、康太を抱き締めていた。

余りにも小さな身体。でもその温かい体温は、フセインにもしっかりと伝わっている。

康太の心臓はとくんとくんと鳴り響いている。それだけで、フセインの目頭は熱くなった。

 

「フセイン先生。今日もお話、聞かせてくれる?」

「あぁ、勿論だ!」

 

フセインは語り始める。彼の辿った軌跡に、ほんの少しの嘘を交えて。

ナイチンゲールも、目を閉じながら、彼の物語を聞いていた。

魔法の絨毯で、世界中を旅するストーリー。

康太がもしヘヴンズゲートへ至り、英雄の人生を歩むならば、こんな数奇な運命を辿るのだろうか。

それはそれで、この少年の現状を鑑みれば、幸せなのかもしれない。

 

「っ……」

「フセイン先生?」

「あ、いや、何でもない、それで絨毯がグルグル巻きにされた後は……」

 

違う。

そうじゃない。

フセインは自らの愚かさに、戒めのパンチを噛ます。

誰かの歩んだ人生の肩代わりなど、あってはならない。

康太は康太として生きなければ意味がない。

独りが寂しいことを、誰よりも、フセインは、理解していた筈。

その選択は、親に捨てられた康太を、また孤独にしてしまう。

 

「……今宵は、ここまでだな。」

「ええー!またー?気になる!」

「今日はもう遅いから、ゆっくり寝よう。また来るからさ。」

「本当?」

 

康太の眼は、少し潤んでいるように見えた。

アーチャーとして鉄心に尽くす筈の第二の生、それは理解している。

でも、彼はこの子を裏切れない。

命が尽きるその日まで、傍にいたいと、そう願った。

 

「ああ、今度は本当の本当。夜は毎日来る。沢山お話ししよう。な?康太くん。」

「うん、ありがと、フセイン先生。」

 

そして康太は眠りについた。

彼が寝静まった後も、フセインは暫く、少年の安らかな顔を見つめていた。

 

そして、一時間が経ち、ようやくフセインはクリニックを後にする。

その玄関口で、ナイチンゲールが見送りに出た。

 

「有難うございます、フセイン。」

「いえ……今日は、話し辛いこと、聞いてしまってすみません。でも、嬉しかったです。」

「フセイン……」

 

二人の間に暫く静寂が訪れる。

何を話していいか、迷っている。会話の答えが見つからない。

フセインは何とか絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「ナイチンゲールは、ヴェノムバーサーカーという特殊なクラスですが、その、身体とか、大丈夫なのですか?」

「え、ええ。そうですね。……私の身体は咲菜さんのものです。英霊としての力を振るえる、只の人間だと思って頂ければ。オアシスにある、始まりの聖杯?に呼ばれた訳ではありませんので、英霊として退却することも無いでしょう。代わりに、咲菜さんの寿命が私の寿命ですので、ヒトと同じように、いつかは必ず死にます。」

「そ……そっか、ヴェノムっていうと『毒』のことだから、少し心配になりました。でも、ナイチンゲールが元気なら、それで良いです。」

「私は他のヴェノムサーヴァント達と同じように、災害のアサシンの『ギフト』を与えられていません。中には毒の力を使って戦う子もいましたが、私はそもそも失敗作ですから。……実は私は、ナイチンゲールとして宝具を使用することも出来ません。本当に、何の為に呼ばれたのか、無力な自分に嫌気がさします。」

「だから、観測者を意味する『ウォッチャー』のクラスを名乗っていたのですね。」

「はい。私は見ていることしか出来ない。英雄としては、失格ですね。」

 

ナイチンゲールの顔が次第に曇っていく。

フセインは、こんな話をしたかったわけではない。康太にも、そして愛するナイチンゲールにも、笑顔でいて欲しかった。

彼は我を忘れたかのように、彼女を抱き締めていた。

 

「フセイン?」

「……ありがとうございます。康太くんをずっと『見ていて』くれて。あの子が病気と闘いながらも笑顔で生きているのは、貴女が第四区に来て、彼を励まし続けたからだ。」

「それはフセインも同じでしょう?」

「……いいえ、僕は結局、ちゃんと寄り添えていなかった。約束も違え、今も少し、嘘を付いている。僕は……」

 

そしてナイチンゲールは気付く。

フセインの身体から漏れ出す光の粒子。それは彼の死が遠くない未来に確定している証拠だ。

 

「え……どうして、フセイン、なんで……」

「すみません」

「何で……そんな……フセインまで……」

 

彼女の顔が見る見るうちに青ざめていくのが分かる。

それが分かるからこそ、フセインは彼女をより強く抱き締めた。

 

「大丈夫、生きています。僕は、ここに。」

「……っ………うぅ……」

「泣かないでください。」

 

―お願いします、神様。もう少しだけ、僕をここにいさせてください。

 

フセインは歯を食いしばり、自分の存在証明をする。

彼の中で眠るアーメッドも然り。まだ終われないと、踏ん張り続ける。

そして彼らは何とか、空へ消えていく粒子を留めることに成功した。

だが、時間は待ってはくれないだろう。彼の余命はあと僅かだ。

 

「フセイン…っ……」

「一緒にいましょう。康太くんと、三人で。マスターにも事情を話します。ちゃんと最後まで貴女の傍で。」

 

ナイチンゲールが泣き止むまで、彼は彼女を抱き締め続けた。

星々の光が彼らを照らす。それは本物の空より、明るく思える。

 

 

フセインはナイチンゲールと別れた後、とある場所へ向かった。

そこは第四区商店街を通り過ぎた先、聳え立つ立派なオフィスビルディング。

有名な株式会社のロゴが暗闇を照らしている。窓から漏れ出る室内の光は、会社員たちの苦労の証。夜遅くまで戦い続ける名も知らぬ誰かへ敬礼を送る。

無論、フセインはこのオフィスに用事があった訳では無い。

この場所は、まだ建設中だったころ、鉄心と初めて巡り合った場所なのだ。

思い出というには些か物騒なものではあるが、それでも、足を運びたくなる。

只の物語が、終わった筈の物語が、この場所でまた紡がれ始めた。

 

「……立派なものだよな。」

 

不意に後方より聞き馴染む声が飛んでくる。

フセインは振り返らない。振り返らずとも分かる。

 

「ええ、やはり完成品を見ると、匠の仕事が窺える。今を生きる人々の当たり前が、我々サーヴァントには物珍しく見えてしまうのです。」

「当り前じゃねぇよ。このビルを建てるのに、多くの人が汗水垂らして走っている。それはきっと、昔からそうなんだ。モノは違うけど、昔からヒトは、モノを作る為に命を注いでいたんだ。」

 

そして声の主、鉄心がフセインの肩を叩いた。

彼は自らのサーヴァントがこの場所にいることを、何となく察していた。鉄心にとってもこの場所は、思い出の大切な一ページであったから。

 

「アーチャー、お前はまだ走れるか?」

「ええ、まだ。僕はクリエイターではありませんが、僕にも、作れるものがあると思います。その為に、走れる、まだ、走れますとも。」

「そうだな。」

 

互いの顔は見なくとも、その表情は読み取れる。

短くもあり、長くもある、そんな二人の物語。

 

きっとそれは、終わるにはまだ早すぎる。

 

「俺はアーチャーのことちゃんと理解できているか分からないけど、俺なりに一生懸命考えてみた。だからまずはお前の話を、お前の願いを聞かせてくれ。」

「畏まりました。聞いて頂きたいのです、僕の愛する女性と、愛する少年の話を。」

 

彼らはビルを離れ、ゆっくりと街はずれへ向け歩き出す。

目的の無い、お喋りの為の散歩。優しく吹き付ける夜風が、フセインの押し留めていた想いを、言葉に乗せて運んでいく。

 

「僕は最後まで、彼に、彼女に寄り添いたく、そう願います。」

「そうか。」

「……申し訳ありません。結局僕は最後まで、貴方の『アーチャー』ではいられない。」

「気にすんな。偶然、俺があの場所にいただけだ。物語なんてのはミラクル続きがデフォだろうよ。」

「マスターは、博物館として災害と戦うのですか?」

「あー、俺はまぁ、なんか、もうクビっぽい。……結局俺は只の一般人だからな。お前がいたから、俺は楽しい夢が見られていたんだと思う。」

「…………」

「まぁ鶯谷本舗が終わる訳じゃねぇ。地道にコツコツ行くよ。」

「いっそ第三区や第六区にも活動範囲を広げてみては?ワールドワイドに行きましょう。」

「おぉ、それもいいかもな、ワールドワイドに…………」

 

急に鉄心はその場で立ち止まる。

アーチャーは目を丸くしている鉄心に首を傾げた。

 

アーチャーから伝えられた話を思い返す。

 

オアシスで治療が確立されていない病気を持つ康太。

始まりの聖杯とは関係のないナイチンゲール。

博物館の、迷宮打破作戦。

それら全てが交じり合い、ただ一つの可能性を導き出す。

 

「鉄心?」

「ははっはははは!やっぱり、物語はいつだってミラクルだ!もしかしたら、アーチャー、お前に出来ることがまだあるかもしれない!」

「えっと、どういうことです?」

「魔法の絨毯で、お姫様を外の世界へ連れ出す物語さ!」

 

鉄心のにやりと笑う口元は、

吉岡のコラプスエゴの調査の時や

第一区に忍び込んだ時と同じ。

慎重派なアーチャーの手を引き、面白いものへ突っ走っていくときのものだ。

 

「勿論、アーチャーには死ぬほど頑張って貰う必要はあるけどな。」

「ええ、ええ、僕はまだ走れます!マスター!」

 

「行こうぜ、アーチャー。最初で最後の『恋』を叶えによ!」

 

 

迎えるは決戦当日。

開発都市第四区の最南端、海を阻む巨大な壁が存在する。

それは外の景色を写してはいるが、それより先へは進めない。

中心部とは異なり、このような辺境に来る市民は数少ない。博物館は目立たずこの場所へ辿り着けた。

並び立ったのは、巧一朗にキャスター、美頼、そしてロウヒ。

……だけでは無いようだ。

 

「おい、何でお前までここにいるんだ、鶯谷。それとアーチャー。」

「仲間外れは無しだぜ、巧一朗。」

「いや待て待て待て、前も似たようなやり取りをした記憶があるが、今回は流石に駄目だろ!しかも何だ、その隣の、ナイチンゲール先生と小さな子どもは!?遠足か!」

 

巧一朗の指摘は最もである。この作戦からは外れた鉄心と、先の短いアーチャー、何故かナイチンゲールと一般市民の子。何とも緊張感のない面子が、映画のクライマックスシーンさながらの様子で一列になっている。

 

「おい、どういうことなんだ、館長!」

 

巧一朗は耳に取り付けた小型通信ユニットで、博物館へ抗議の声を上げる。

充幸の乾いた溜息交じりの笑い声が、かすかに響いていた。恐らく彼女も、桜館長の判断に付いていけなかったのだろう。

 

「あら巧一朗、昨日、鉄心さんから土下座でお願いされて、断れませんでした♪」

「でした♪じゃねぇよ……」

「作戦の邪魔にならないようにだけお願いしましたので、後は自己責任という事で。彼らは彼らで、別ルートから迷宮の出口を探すそうです。巧一朗、貴方は貴方の仕事をしなさい。」

「いや、分かっているよ、いるんだが……」

 

美頼は鉄心やナイチンゲールが来てくれたことに喜んでいる。何故か、この場で常識的な判断をしているのが巧一朗だけらしい。

 

「本当に、俺はアイツらを守れないからな?」

「承知の上、らしいわよ。まぁ、そうね、私から言えることは、『がんば!』」

「…………(いらっ)」

 

巧一朗は通信を切断する。

全く、何を考えているのか、さっぱり読めない。

巧一朗は頭を掻きながら、失われた緊張感を取り戻そうとしていた。

 

一方、病室から康太を連れ出してきたことに、一抹の不安を隠し切れないナイチンゲール。

康太自身は久々に外へ出られたことにはしゃいでいるが、病状が悪化すれば、幾らナイチンゲールと言えど、その場しのぎの救護しか叶わないだろう。

フセインから聞かされた、一つの可能性。

それは余りにも荒唐無稽で、上手くいくことなど、一つも予想できなかった。

だがそれでもナイチンゲールは、フセインの言葉を信じてみることにした。

もう手は残されていないのだ。やれることはやっておくべきだろう。

 

「フセイン先生、これからどこに行くの?」

「これからな、ナイチン先生と三人で、魔法の絨毯の旅に出るんだ。」

「え、本当?」

「ああ、きっと楽しいぞ。」

 

フセインは康太の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。その姿を見て、ナイチンゲールの顔にも温かさが戻る。

そしてフセインは彼らから一度離れ、鉄心の前に立った。

互いに見つめ合うこと数十秒。別れの瞬間だというのに、二人の顔は晴れやかだ。

 

「じゃん、前のときの令呪、四画がちゃんと残っていたんだ。」

「はは、本当ですね。マキリCEOに怒られますよ?」

「今使い切るからセーフ!じゃ、手を出せ。」

 

フセインは拳を突き出した。鉄心は令呪の浮かぶ左拳をこつんと合わせてみる。

友情を確かめ合う様なやりとりで、鉄心は令呪を一画使用する。

 

『令呪を以て命ずる。フセイン、お前の恋、叶えてこい。』 

 

そして仄かに輝く赤い痣は、一つ、空へ消えて行った。

だがフセインの心には、鉄心の想いがしっかりと宿る。それはまた、彼自身の祈りでもあるのだ。

 

「じゃあ次、アーメッドに変われるか?」

「はい、勿論です。」

 

フセインと入れ替わるように、その精神に主人格のアーメッドが宿る。

彼もまた、この先の運命を受け入れ、その為に走る覚悟を示した。

 

「悪いな、アーメッド。お前には損な役回りだろう?」

「本当にそう思いますか?」

「あー、なんか俺が思っているより、さっぱりした顔をしているな、お前。」

「はい。これ以上なく、さっぱりです。兄の恋路を応援できることが、貴方の期待に応えることが、僕にとって至上の喜びですので。」

「そっか、なら、最後まで気張ってこい。」

 

アーメッドは拳を突き出す。鉄心は先程同様、左拳を合わせた。

使用されたのは、残された三画全て。これにより、アーメッドの絶技、その一つが解放される。

 

『三画の令呪を以て命ずる。アーメッド、千の夜を超える奇跡を。』

 

「御意に。」

 

アーメッドの肉体に宿る赤い闘気。それは鉄心が与えてくれた希望に他ならない。

そして鉄心は満足そうな顔を浮かべると、手をひらひらと振りながら、踵を返し、彼らの元を離れて行く。

 

「鶯谷、お前は来ないのか。」

「巧一朗、俺は一般人だぜ。足手まといになりたくはねぇ。俺の役目はこれで終わりだよ。……信じているぜ、必ずミノタウロスを倒して、無事に帰って来い!」

「ああ、言われなくても。」

 

背を向けて去る鉄心を尻目に、彼らはついに、作戦を開始する。

桜館長の合図を皮切りに、繭の一部分へ巧一朗が接近する。

オアシスに残された魔術師として、彼もまた覚悟を決めている。

掌に、葉脈のように拡がった緑の線が、忽ち、壁の一部を斬り落とした。異次元のような不気味な空間に、彼らは吸い込まれるように飲まれていく。

ダイダロスの生み出した、第一の壁は難なく突破。これはむしろ、彼に誘われていると捉えるべきだ。

問題はここから、待ち受けるのは外へ人間を出さない為の防波堤、精巧なる大迷宮。

彼らが吸い込まれた先にて、以前の戦闘時に経験した、あの迷宮が目前に再現される。

 

「ここが、迷宮」

「美頼、気を付けろ。ここからは敵の思う壺だ。」

「うん……」

 

四次元的な吐き気を催す空間を、巧一朗とキャスターはずんずんと進んでいく。

置いて行かれないように美頼は後を追うが、ロウヒに肩を叩かれた。

 

「バーサーカー?」

「美頼、お前の持つ『アリアドネナビ』をナイチンゲールに渡しておけ。」

「え、でも……」

「いいから、我の言う通りにしろ。」

「う、うん、分かった。」

 

美頼は迷宮へ降り立つ前に、桜館長に託されたデバイスをナイチンゲールに手渡した。

彼女にはロウヒの意図が分かりかねたが、この後、その理由を嫌が応にも理解することとなる。

 

視界に悪い空間を抜けた先、彼らはダイダロスの大迷宮に辿り着いた。

ここからは、巧一朗、キャスター、美頼、ロウヒは同じチームで動き、ミノタウロス討伐へ向かう。

そしてアーメッド一行は、この迷宮の出口を探す。

桜の指示通り、巧一朗にはテセウスを召喚する為の準備が整っていた。

 

しかし、事はそう円滑には進まない。

 

迷宮へ降り立つ直後、出迎えとばかりに、奇襲に遭う。

彼らが来るのを知っていたかのように現れたのは、この迷宮の番人『ミノタウロス』だ。

影から振り下ろされる巨大な斧に、危険を察知したロウヒが応戦する。何処からともなく取り出した剣で、そのプレッシャーを弾き返した。

 

「好都合だな、俺たちは貴方に会いたかったよ、アステリオス。」

「……その名で呼ぶな。お前達の側に付いてしまいたくなる。」

「貴方が手を貸してくれるなら百人力なんだけどな。」

「それは決して無い。俺は所詮あの男の使い魔だ。俺はあの男の迷宮から出ることは叶わない。」

 

ミノタウロスへの交渉は当然ながら決裂する。そう甘い話にもならないようだ。

そうなると、この場で彼は倒すべき敵となる。

早期決着を望む博物館の意思により、ロウヒは開幕早々に自らの心象世界を構築する。

彼女の生み出す世界、無限鋳造機サンポを以て、ミノタウロスを羽交い絞めにする。招霊転化でテセウスを呼び出せれば、博物館の勝利だ。

 

「宝具起動。『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』」

 

ロウヒの足元より花開く彼女の世界。巧一朗もまた、キャスターの首のスイッチに手を伸ばした。

しかし、その刹那だった。

仮面の下で満面の笑みを見せるミノタウロスは、ロウヒの作り出す心象世界へ介入する。

そう、彼もまた、自らの心象を具現化する力を持つ。

 

「テセウスか……アイツは邪魔だ。これより先は、俺のフィールド、俺の世界。」

 

ロウヒの宝具が完成した直後、無遠慮な壁が、彼女の土地から現れ出る。それは、ダイダロスが見せた絶技に酷似するもの。

博物館は一つ重大な見落としをしていたのかもしれない。

ミノタウロスもまた、『迷宮』を所持しているのだと。

 

「侵食、侵食、ガハハハハア!迷え!彷徨え!」

「これはっ!?」

 

ミノタウロスの意思により、ロウヒの世界はそのままに、不気味な壁が乱立する。

そして、彼女と美頼だけが世界に取り残され、巧一朗たちははじき出された。

 

「美頼!」

「コーイチロー!」

「呵々、俺の役目はポポヨラの女王とのタイマンだ。巧一朗、お前の相手は災害のキャスター『ダイダロス』!勝てるものなら、勝利してみろ!」

 

ミノタウロスの宝具『万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)』は、自らが生前閉じ込められた迷宮の再現。これはダイダロスの宝具にかなり酷似しているが、それは同一のものでは無い。

ダイダロスは創造したのみ。実際にそこを住処にしていたのはミノタウロス。彼らの作り出す心象が同じである筈も無い。

だからこそ、成立した概念。迷宮の中にまた生み出された迷宮。ロウヒと美頼だけが、彼と対峙することとなったのだ。

 

「バーサーカー」

「どうした美頼、そんな心配そうな顔を浮かべて。」

「だって、だってさっき、『アリアドネナビ』渡しちゃったし……テセウスもいないし……」

「ふ、そんなことか。簡単な話だ。『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』に上書きされたといえど、我が究極の切り札、無限鋳造機サンポまでが消された訳では無い。ならば我らの勝利は確実というものだ。」

 

泣きそうな顔の美頼を安心させようとするロウヒだが、そんな様子を、目の前に立つミノタウロスは嘲笑う。

 

「ミノタウロス、何が可笑しい?」

「気付いていないのか?ロウヒ。ここは俺の迷宮だ。お前の『宝』はいま、どこにある?」

「……っ!」

 

ロウヒはそこで気付かされる。

彼女の絶技、サンポは、この迷宮のどこかに隠されてしまっている。

彼女の宝具であるにも関わらず、彼女はそれを見つけない限り、サンポの力を使用することが叶わない。

 

「……やってくれたな、牛仮面。」

「お前は、お前の世界で死ぬ。さぁ、命懸けの『宝探しゲーム』の始まりだ!」

 

 

                                                   【神韻縹緲編⑧ 終わり】

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