Fate/relation   作:パープルハット

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投稿頻度が上がっている気がします。
ゆっくり読みたい方ごめんなさい。
感想、誤字等あればご連絡ください!


神韻縹緲編9『story』

【神韻縹緲編⑨】

 

美頼とロウヒが異質な空間に取り込まれ、数分が経過した。

ミノタウロスにより追い出された巧一朗、キャスター、アーメッドたちは、その場で立ち尽くしている。

だが、ここで彼女らを待つ選択が正しい訳もない。もし先程のミノタウロスの発言、災害会議に出ている筈のダイダロスがこの迷宮に姿を現すならば、万全の対札を講ずるべきである。

巧一朗は一先ず、通信ユニットで桜館長へ連絡を入れた。

 

「すまない、美頼とロウヒはミノタウロスの宝具により取り込まれた。彼女らの救出は困難と思われる。」

「そうですか、巧一朗さんは今どういう状況ですか?」

 

彼の声に返答した相手は、充幸だった。

今は本作戦を立てた張本人の指示を仰ぎたい所ではあるが……

 

「あぁ、すみません。館長は席を外しておりまして。代わりに私がオペレート致します。」

「え、いや、鬼頭教官が?」

「何かご不満でも?無論私も、桜館長の指示通りには動いておりますので。」

「いえ、こちらとしては特に問題はありません。俺を含め、あとの五人は無事です。ミノタウロスの発言によれば、ダイダロスがこの迷宮に現れるまで、恐らくそう時間は残されていないでしょう。ここで彼女らを待つより、我々五人も各々行動するべきだと考えます。」

「そうですね。巧一朗さんとアーメッドさん、ここで別行動をとりましょう。そもそも、彼ら三人の目的は別のものですので。」

「俺とキャスターはダイダロスとここで戦う。アーチャーはこの迷宮の出口を探す、二手に別れるという事ですね。ただ、アーチャーたちの前にダイダロスが現れる可能性もあるとは思いますが……」

「そうですね、極めて高確率でダイダロスは巧一朗さん側に狙いを定めると思いますが、ゼロとは言い切れません。こればっかりは祈るしか無いでしょうね。纏まって動いた場合の方がリスクも高くなりますから。」

「確かに、俺とキャスターで彼らを守り切れずにデッドエンドが関の山でしょう。かしこまりました、彼らと別行動をとり、俺とキャスターはダイダロス討伐を目指します。」

「……どうか、ご武運を。」

 

巧一朗は通信を切ると、聞き耳を立てていたキャスターと向かい合う。

招霊転化で召喚できるデータベースに、ダイダロスへの有効打は殆ど存在しない。垓令呪のサポートがあったとして、一体どこまで災害へ噛み付くことが出来るだろうか。

 

「巧一朗、君だけが犠牲になるつもりか?」

「……ロウヒは、きっとミノタウロスを超える。俺に出来ることを、精一杯やるだけだ。」

 

キャスターに背を向けた巧一朗。

だがその背中を、彼女は全力で叩いた。

 

「痛って!?何だよ!」

「君が望むなら、私はライヘンバッハから容易くこの命を投げ捨てよう。だがそれは希望による投身自殺であるべきだ。君のそれは、独りよがりでしかない。英雄にでも憧れたか?」

「俺は……災害を殺せたなら、それでいい。」

「だけど自分が非力だから、何も持たざる者だから、強者に託して死のうとでも?それを独りよがりと言うことに気付いていないのかい?」

「……だったら何だよ。」

「理由は思い出せなくとも、君は生きなきゃならないのだろう?私と同じ顔をした少女との約束の為に。」

「…………そうだな。」

 

サハラ砂漠にて、一人の少女に救われた。

力尽き、死に絶える瞬間に、彼へ手を伸ばした少女。

白銀の髪をたなびかせ、最大の愛情を以て、彼を抱き締めた女の子。

 

―俺は、その名を覚えている。

 

「悪い、弱気になっていた。良い喝が入ったよ。ありがとう。」

「なら良い。私もあの滝は二度と御免だからね。」

「……キャスター、お前はあの『ホームズ』なのか?」

「いいや、その逆さ。私は彼の最大の好敵手『ジェームズ・モリアーティ』。」

「何だ、探偵じゃないじゃん。」

「いいや、探偵さ。私の中に眠る『もう一人』は私と極めて近い性質を宿している。いや、ほぼ『同じ』と言っても良いだろう。ライヘンバッハの滝で救われたのが、ホームズだけじゃなかったら、そんなイフの物語さ。」

「…………成程、そうか。……お前の正体に興味の無かった俺だけど、やっと本当のお前に出会えた気がするよ。」

 

巧一朗はこれまでの行動から、白銀の探偵、その正体へ辿り着いた。

だが敢えて、彼はその名を口にすることはない。

彼女が何者であろうと、彼にとっての『キャスター』なのだ。そこが変わらなければ、それでいい。

巧一朗はキャスターと見つめ合い、互いの意思を確かめ合った。

 

巧一朗は充幸と話した内容をアーメッドたちへ伝える。

互いに『アリアドネナビ』を所有している状況だが、指し示したルートは別々のものとなっている。

これは迷宮という性質を利用したルート分岐だ。巧一朗たちは最短ルートで、アーメッドたちは遠回りで出口へ向かう。

ダイダロスが現れるとすれば、最短ルートの方だろう。巧一朗の交戦中に、アーメッドらは出口へ辿り着けるはずだ。

 

「いいのですか、巧一朗さん。」

「そっちには小さな子もいるからな。それに、鶯谷の令呪があるとはいえ、お前も本調子じゃないだろう?」

「そう……ですね。」

「……あのさ、短い間だったし、俺はあまり貴方と話していないとも思うけど、でも色々助かったよ。鶯谷のことも、有難う。」

「頭を上げて下さい、巧一朗さん。最後まで貴方たちの旅に同行できず、申し訳ございません。こちらこそ、本当に楽しい日々でした、有難うございます。」

 

彼らは互いに頭を下げ、そして、別れを告げる。

もう再会することはない、そのことを、互いに察知していた。

 

「あ……あの!」

 

二手に別れる直前、意外な人物が声を上げた。

それは博物館とは無関係のサーヴァント、ナイチンゲール。彼女は本作戦に無理矢理な形で参加したことに、罪悪感を覚えていたのだ。

自らを役立たずと称する彼女だが、せめてもの思いで、声を上げた。

 

「どうかされました、ナイチン先生。」

「この度は、我々の願いを聞き届けて頂き有難うございました。部外者の私を、招き入れて下さって……」

「いえ、それが博物館の、アーチャーや鶯谷の願いでしたので。当館の館長の意思ならば、俺はそれに従うだけです。」

「有難うございます。私はサーヴァントとしては二流、三流ではありまして、宝具はおろか、スキルさえも大幅な弱体化を受けております。でも、一つだけ、貴方がたに協力できることがあるかと思います。お時間は取らせません。」

「それは何でしょうか?」

「はい、それは『情報』です。もし貴方がたがこの先、第五区へ足を運ぶなら、災害のアサシンと敵対するならば、知っておくべきことがあります。」

 

ナイチンゲールは第五区で誕生したヴェノムバーサーカー。

アヘルにおいて地位は低いものの、災害のアサシンの直属で働いた経験がある。

 

「まず、第五区は宗教組織『アヘル』が全てを管轄しています。災害のアサシンによって生まれた、人間に英霊の力を注入した『ヴェノムサーヴァント』、私やランサークラスを除いた五騎が都市運営をしているのです。彼らはコードネームで『シュランツァ』『ウラルン』『ショーン』『モゴイ』『アダラス』と呼ばれています。元は人間であるものの、並のサーヴァントでは彼らに太刀打ちできません。」

「成程、シュランゲ、ウラル、ショー、モゴィ、アダラか。ネーミングセンスは皆無だね。」

「キャスター、どういうことだ?」

「彼らの名は全て、別の言語だ。意味は同じ、動物の『蛇』さ。」

「蛇……」

 

英霊をその身に宿す人間たち。

それは招霊転化の技術にも近い。

彼らは如何なる手で、常軌を逸した技を使っているのだろうか。

 

「ふふ、ナイチンゲール。君は災害のアサシンについても、何か知っているんだね?」

 

キャスターの問いかけに、ナイチンゲールは深く頷いた。

これこそが、博物館にとって最も有益な情報であるだろうと、確信している。

 

「災害のアサシン、その名を私は知っています。その正体は『蛇』であり、世界を滅ぼしかねない『毒』を有している。」

 

 

「災害の名は『蛇王ザッハーク』。」

 

 

巧一朗は脳内データベースを漁ってみる。

『シャー・ナーメ』というペルシアの叙事詩に登場する、悪逆の王。悪霊イブリースに騙され、両肩に蛇を生やした化物になってしまった。そして人間をひたすらに食らい続け、最期には英雄フェリドゥンによって退治されてしまう。

だがこのとき、彼の頭に疑問符が浮かぶ。

彼は一度、サハラの地で、アサシンと巡り合っていた。だがそのとき、その肩には『何もなかった』筈だ。

蛇を隠し通していたのだろうか、はたまた……

 

「ザッハークの狙いは、恐らく統一国家の設立でしょう。噂によれば、アインツベルンカンパニーを裏で操っているとも。敵対するには、あまりにも危険な人物です。……私が知るのはここまでです。少しでもお役に立てていれば良いのですが……」

「あぁ、ありがとうございます。いつかは倒さなきゃいけない相手ですので。」

 

ナイチンゲールの話は終わり、いよいよ別れの時が来る。

きっと、アーメッドも、ナイチンゲールも、巧一朗が生き残ることを信じている。でなければ、彼に残す言葉など無かった筈だ。

キャスターは『期待されているねぇ』と嘲る。だがそれは、巧一朗にとって、少しばかり心地良いものであった。

きっと、今、美頼やロウヒも頑張っている。

ならば、キャスターの言う通り、生きる為の戦いに臨むべきだ、そう決意を新たにした。

そして二人はアーメッドたちの元を離れ、歩き出した。挑むは災害、工匠のダイダロス。

 

 

巧一朗が去った後、アーメッドもまた、意志を固める。

ナイチンゲールと康太が不安そうに見つめる中、初めて会った彼らに、精一杯の笑顔を振りまく。

 

「では、こちらも行きましょうか。」

「……はい、『アリアドネナビ』は右へ進むよう指示を出しています。巧一朗さんとは真逆の……」

「ええ、それで大丈夫です。」

 

アーメッドが康太の方を覗き込むと、か弱い少年は、ナイチンゲールの背に隠れてしまった。

どうやら姿かたちは同じ、フセインとは違う『誰か』に怯えているらしい。子は存外、人間の動作の機微に敏感だったりする。

 

「康太くん、大丈夫よ。」

「えっと、うん、えっと。」

 

康太はフセインがいないことが不安で仕方ないらしい。

アーメッドは自分がこの場で邪魔になっていることを察し、鉄心との約束の宝具の使用を決心する。

元より、彼の戦いはここが最後。ここからは兄フセインが頑張る番だ。

全身全霊の一矢、通常死ぬことは有り得ないが、消滅間近の彼にとっては、命を捨て去る宝具だ。兄の想いを叶える為に、彼はその弓を取り出した。

「アーメッド…さん?」

「……兄は、家族のことを大事にして、自らを優先しない男なんです。だから、僕はずっと兄に幸せになって欲しかった。」

 

空飛ぶ絨毯の物語。

一番矢を飛ばした男が、王妃を手に入れる。

アリは狙った先へ飛ばし

アーメッドはどこまでも落ちぬ矢を飛ばし

フセインは

 

「(分かっているよ、兄さん。貴方は、僕らへ譲ってくれたんだよな。)」

 

結果、物語はアリとアーメッド二人の幸せで幕を閉じる。

フセインだけは、独り身で、何処までも絨毯で旅を続ける。

アーメッドにはそれが寂しく感じられた。

だから第二の生において、アリとアーメッドは、フセインの恋を応援した。

アーメッドが掌を天高く翳すと、光の玉が現れ、そこから魔法の絨毯が取り出される。

そしてそれを絞るように操ると、忽ち矢の形状へ変化した。

 

「凄い」

「フセイン先生の言っていた、空飛ぶ絨毯だ!」

 

アーメッドはマジシャンになったかのように得意げだ。

最期に、自らも康太の笑顔を引き出せたことを嬉しく思う。

 

「さぁ、二人をこれから、空飛ぶ絨毯の旅へ連れて行きますよ!」

 

アーメッドは迷宮の先の先へ向かい、矢を番える。

彼が魔法の絨毯に与える権能は、ただ一つ。

〈何があろうとも、恋を叶えるまで決して落ちないこと〉

 

『求めたのは不落の矢。これはある語り部の紡いだ、終わりなき恋の物語。』

 

アーメッドは限界まで弓を引き絞った。

彼の肉体から零れ出る粒子が矢の先端へ宿る。

自らの精神をフセインから剥し、全身全霊を、この一射に託した。

 

『天球を廻る一途な羇旅(レルアバドゥ・サハム・アルフ・ライラ)』

 

矢は、黄金を描き、放たれる。

加速した魔法の絨毯に、フセインが乗っている。

彼は絨毯の上に、ナイチンゲールと康太を乗せた。その速度に、二人は目を見開いている。

 

「きゃああああ!」

「え、なに!?なに!?」

「しっかり捕まってくれ、ナイチンゲール!康太くん!」

「フセイン先生!?」

「フセイン!」

「行こう!空飛ぶ絨毯の物語だ!」

 

三人を乗せた絨毯は、迷宮の先の先へ、あっという間に消えて行った。

そして、その場で崩れ落ちたのは、アーメッドだった筈のモノ。

迷宮と混ざり合うように、砂となって零れ落ちていく。

 

「やりましたよ、鉄心……僕は…………」

 

口を動かすことは叶わない。

だが、だからこそ、言葉にしたい。

彼の創造主こそ、言の葉を紡ぐ英雄ならば

彼もまた、最期は吐き捨てるように喋りたい。

 

「あ……あぁ…………ペリパヌー…………」

 

―あぁ、またいつかどこかで君に出会うことがあったなら。

 

「恋が…………したいなぁ………………」

 

足も、手も、胸も、頭も、全てがさらさらと崩れ去った。

誇らしい兄の背中を、優しく見守りながら。

 

 

ロウヒの敷いた固有結界内にて

ミノタウロスの侵食迷宮により、切り札である無限鋳造機サンポが彼の手で隠されてしまう。

『命を懸けた宝探しゲーム』だと嗤うミノタウロス。

汗の止まらない美頼の肩にロウヒはそっと手を乗せた。

 

「バーサーカー、ヤバいよね、これ」

「何がだ?」

「『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』はバーサーカーの持つ最強の必殺技。無限鋳造機サンポの力で、敵を殺す出力を持った武器を生成出来るから、この心象風景に閉じ込めた時点で、バーサーカーの勝ち、だけど……」

「あぁ、サンポが見当たらない以上、我の心象に何の効果もありはしないな。只のみすぼらしい殺風景だ。」

「それに相手は、使い魔とは言えど、災害クラスのパワーを持っているんでしょう?どどどどどうしよう!?」

「そうさな。ふん、まずは美頼、カレワラについて話そうか。」

「はい?」

 

呑気なロウヒに痺れを切らしたミノタウロスが襲い掛かる。

だが地面から這い出た無数の鎖が、彼を束縛した。

 

「なに!?」

「いいから、そこで貴様も我の話を聞いていろ。なに、貴様からすればマイナー文学だろうけども、な。」

 

『カレワラ』はフィンランドの伝統的な民謡文学である。だが現代に残された物語としては異質な立ち位置である。

口承にて伝え聞かされた伝説だが、現代において文書として遺されたものとは、内容が些か異なっている。それは後の時代にて、歌謡、民詩の取捨選択が行われ、物語の整合性が取れるように再編された為だ。つまり英雄譚として見るに、登場人物たちの持つ能力、精神性は僅か数パーセントしか物語に反映されていない。

例えば、この『カレワラ』の世界において、登場する一般人ですら、魔法領域に達している、とされた。だがそれは現代的には『魔術への精通』と解釈されている。これは全市民が魔法領域へ達した場合の、破綻、崩壊を阻止する目論見でもある。

この『カレワラ』が神話であるか、それとも、ヒトの手による英雄譚であるか、それは読み手の解釈に委ねられる。オアシスという地で召喚された以上、この世界のロウヒは『ヒトの限界を極めし悪王』であり、神へは成りえない。

だが、それはオアシスの地において、という話である。

 

「どういうこと?」

「『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』は我の、ポホヨラの心象を具現化する領域魔術。これは決して『無限鋳造機サンポを呼び出す魔術』では無いという事だ。」

「?」

 

首を傾げる美頼に対し、いつの間にか話に聞き入っていたミノタウロスが答えた。

 

「無限鋳造機サンポは、副産物に過ぎない、と?」

「そうだ。伝言ゲームというのは怖いものでな。ヒトからヒトへ伝わる際に、元のものから徐々にズレが生じていく。だが、そうして伝わった全てが、我の物語に他ならない。この領域は、歴史が物語る『反英雄ロウヒ』への期待が元に構成されている。主人公であるヴァイナモイネン、鍛治屋イルマリネン、彼らの好敵手たるロウヒは『これぐらい強くなければならない』というな?」

 

ロウヒが指を鳴らすと、彼女の心象領域は大きく様変わりし、豪雪の凍土が再現された。

 

「バーサーカー、これは…!?」

「貴様らは『カレワラ』を知らなさ過ぎる。ポホヨラの女主人ロウヒが権能を存分に振るいだすのは、『サンポが奪われた後』だろうに。」

 

ミノタウロスが頭上を仰ぐと、天から空を混ぜるようなハリケーンが巻き起こり、彼の元へ落ちてくる。彼は鎖を引きちぎり、これを回避しようとするが、一秒間に合わず、その右足を風に切り落とされた。

 

「ぐぁあああああああああああ」

「さぁ、次だ。」

 

ロウヒが再び指を鳴らすと、ミノタウロスの足元から、巨大な深海の主が現れる。彼の巨体を遥かに上回るスケールで、丸呑みせんと襲い掛かった。

 

『水の主は陸へ、我は水へ。水の主は鉄より重く、我は落ち葉より軽い。』

 

深海の主は巨大な目と口を有する、まさに異形そのものである。美頼は思わず後ずさるが、たとえ誰がこの場にいても、彼女と同じ反応をしていただろう。ミノタウロスは持ち前の斧で応戦し、その牙へ向け叩きつけた。

 

『無限の手を持つ海魔(イクトゥルソ)』

 

フィンランドの伝承における災厄、深海の異形『イクトゥルソ』。

それはサーヴァントですら容易く喰らう、無数の触手を纏う怪物。『カレワラ』にて、ロウヒが英雄たちに差し向けた刺客の一体。

これもまた、ロウヒがサンポを使用できないという特定の条件下でのみ行使できる魔術である。

『敵を一人殺害する剣を創造する無限鋳造機』がどれ程までに易しかったのか。

この悪魔は、領域内の全てを喰らってもなお、空腹が満たされることはない。

 

ミノタウロスはイクトゥルソの歯を、刃で叩き割っていく。

それは触手を切り落とすより、実に効率的と言える。丸呑みされ、消化される前に、突破口を用意したのだ。

彼は無限に生える触手の波を潜り抜け、イクトゥルソの目へ飛び掛かった。

ぎょろりと彼を捉える目に、流石のミノタウロスも若干ながら怖気づく。だが、この視線の圧に屈する程、彼は怪物の看板を張ってはいない。

ミノタウロスはイクトゥルソの顔面にしがみつくと、獣のように爪を立て、その眼球を腕で貫いた。

海の化物の断末魔は、鼓膜を破る勢いだ。ロウヒは美頼の周りにシャボンの如き膜を張り、彼女を守り通す。

眼球を乱雑に抉り取ったミノタウロスは、それを雪原へ投げ飛ばした。崩れ落ちるイクトゥルソを尻目に、彼はロウヒへ向け走り出す。

 

「流石だな。神話の怪物だぞ?そう簡単に殺せるものか?」

「世辞は結構。俺はどうやらお前を早々に殺すべきなようだ。」

「それは我も同じだ。」

 

ミノタウロスは超人的な速度でロウヒの前に躍り出る。対するロウヒは、一切武器を持たず、澄まし顔のままだ。

それが牛仮面の怪物にはどうにも気に入らなかった。彼は斧を振り被り、ロウヒの核を切り裂こうとする。

 

「バーサーカー!」

 

美頼の叫びがこだまする。

だがロウヒは余裕綽々といった素振りだ。全てが彼女の計算通り、そういう意味での含み笑い。

そして、ミノタウロスの斧が届くことは無かった。

彼の両手と片足は、後ろから伸びた触手に囚われ、雪で固まった地面を引きずられていく。

 

「イクトゥルソは死なん。水滴の一粒あれば復活する。」

「くそ!馬鹿な!」

 

ミノタウロスは再びイクトゥルソと向き合うこととなった。

だが今度は先程と異なり、全身が触手に捕縛されている。

逃げ出すことも出来ず、その胎内に取り込まれた。

 

「……ミノタウロスは死んだの?」

「さぁな。腹を突き破って出てくるかもしれん。だが、あとは鼬ごっこだ。奴が根を上げるまでの、な。」

「バーサーカーって、凄いんだねぇ。」

 

美頼は余りにも頼もしい彼女に、惚れ惚れしている。何とも緩んだ顔をしていた。

だが対称的にロウヒが笑いかけることは無かった。

 

「バーサーカーが私を同行させた理由って、サンポに頼らなくても強いっていうのを証明するため、なのかな?」

「……そうさな。」

 

ロウヒが言い淀んだことに、美頼は気付かなかった。ロウヒには何か別の意図があったのかもしれない。

 

「……ポーランドの詩人が残した、『三つの不思議な言葉』という概念。三つの矛盾を知っているか?」

「え、急にどうしたの?知らないけど…」

「一つ目が『静寂』、二つ目が『無』、そして三つめが『未来』だ。静寂を口にした時点で、その場に静けさは無くなる。無を口にした時点で、それは有となり、未来を口にした時点で、それは過去のものとなる。」

「えっと……なるほど?」

 

要領を得ない美頼に対し、ロウヒはようやく口を緩ませた。

 

「言の葉は生き物だ。流動し、成長し、時代と文化で形状変化を起こす。だが、変わらぬものがあるのもまた事実だ。これから多くを経験し、誰かの為に走り抜けるだろうお前は、そのことを決して忘れるな。貴様の願望もまた、絶えず駆動するのだから。」

「????」

 

目が点になっている美頼を放置し、ロウヒはイクトゥルソへ向かって歩いて行く。

すると、その腹を切り裂き、胃液で塗れたミノタウロスが現れ出た。

その筋肉は所々が消化液に侵され、腐り果てている。強烈な悪臭が、領域内に広がった。

 

「流石の執念だな。ミノタウロス。」

「ああ、俺はまだ負けていない、からな。」

 

ミノタウロスは地に拳を突き立て、自らが呼び出した迷宮を崩壊させる。

ひび割れ、崩れ落ちていく壁。崩落と共に姿を現したのは、無限鋳造機サンポであった。

そしてサンポがロウヒの元へ返還されたことで、イクトゥルソは完全に消滅する。

ミノタウロスはフラフラとした足取りで、ロウヒへ襲い掛かろうとする。

だがそれは、美頼から見ても、哀れとしか言いようのない光景だった。

今の彼は余りにも弱弱しい。幻霊マールトにすら、容易く殺されかねないだろう。

 

「成程、サンポを我に献上し、海魔の襲撃を断ち切ったか。」

 

ロウヒは賞賛の拍手を送りつつ、サンポで即座に鋳造された宝剣を飛ばし、ミノタウロスを八つ裂きにする。

それは誰がどう見ても、弱者への虐待だった。切り裂かれた部位から夥しい量の血液と、光の粒子が漏れ出した。

だが、それでもなお、怪物ミノタウロスは止まらない。

宝剣の切っ先をその手で握り締め、血を噴き出しながら、ロウヒへと向かって行く。

 

「ミノタウロス、何が貴様を動かしている?ダイダロスへの忠誠心か?」

「……そんなものはない。」

「ならば、何だ?貴様を奮い立たせるものは。」

「俺はいつだって俺自身と戦い続けている。俺の中に住まう醜いモノを殺すために。」

 

生まれて、沢山の愛を受けて、それと同じだけの迫害を受けて、牛仮面は独りになった。

迷宮に迷い込んだ子ども達、捧げものの子ども達。

仲良くなっては平らげた。無数の命を飲み込み続けた。

 

そしていつも『独りぼっち』

 

醜悪なミノタウロス。誰もが怯え、誰もが嫌う。

 

「へぇ、アンタがアステリオスか!ダイダロスの友達の、クラスはライダーだ。よろしくな!」

 

光が一つ、差し込んだ。

呪われた男が、俺の手を取る。穢れた俺の手を、ぶんぶんと振り回す。

 

「俺が怖くないのか?」

「何故だ?アンタは英雄アステリオスだ。一緒にオレと船旅をしよう。一緒に広大な海を見に行こう!」

 

俺は呪いに救われた。

美しいものに、救われたのだ。

 

「俺はダイダロスなぞに興味はない。俺はあの男の為に戦う。俺を救ってくれた男に、恥じない戦いをするのだ!」

 

ミノタウロスは片足で跳躍する。

斧を天に翳し、ロウヒへ向けて全身をバネに振り下ろした。

これこそが彼の最期の攻撃。残された力の全て。

 

「うああああああああああああああ」

 

その声は魂の叫び。

怪物を掬い上げてくれた、あの男への想いの慟哭。

誰もが幸せに笑い合える世界で、何処までも続く海を見る為に。

 

「俺は、勝つ!」

 

流星の如き一振り。

その衝撃は、領域全体へ嵐となって吹き荒れた。

ロウヒが手にしたのは円形の盾。それはスパルタの大英雄が如き、如何なるものも通さない代物。

金属音が轟くが、それが反響した後に、聞こえてきたのは破裂音。

割れたのは、ロウヒの盾だ。ガシャンと音を立て、そのものが崩れ去る。

 

「バーサーカー!」

 

だが、斧がロウヒに届くことは無かった。

先に崩れたのは、ミノタウロスの両腕だ。イクトゥルソの消化液によって溶かされていた腕が、ぼとりと地面に落ちていく。

そして彼の身体もまた。

既に四肢を捥がれた怪物は、地に伏すことしか出来なかった。

この戦いは、ロウヒの勝利にて幕を閉じる。

 

「見事だ、歴史に名を遺した怪物ミノタウロスよ。」

「あぁ……そうかよ…………」

 

ロウヒは固有結界を消滅させ、美頼を連れ出した。残されたのは、既に見る影を失った怪物の残骸のみ。

だが、美頼はそんな彼の元へ走り、彼女の手の甲に宿るマキリ製令呪を使用する。

祈りも、願いも無い。単純な治癒のための魔力譲渡だ。彼女は、そうせざるを得なかった。

 

「人間が……また俺が暴れ出してもしらないぞ…………」

「もう、貴方は大丈夫。一生懸命戦ったから、もう……」

「お前らは、まだダイダロスが残っているだろう。なら力の使いどころを間違えるな。俺の戦いはもう、終わった。」

 

目を閉じたミノタウロス。

だが彼の想定とは逆に、このオアシスから退却することは無かった。

彼の崩壊した肉体は、しぶとくもこの地に残り続ける。

 

「ミノタウロス、貴様にはまだやるべきことがあるようだ。」

「何だと?」

「どうせ貴様は我には敵わん。つまり敵対する道理はない。……最後ぐらい、力を貸してくれてもいいだろう?」

「お前に貸すものなど無い。」

「我では無い。お前を英雄(アステリオス)と呼んだ、一人の無力な青年にだ。誰しもにとって、名を改めることなど、特段意味の無いことだろう。だが貴様は違う。貴様はその名で呼ぶ者を、捨て置くことはしないだろう?」

「俺をお前の物差しに当てはめて語るな。……俺はもう疲れた。殺す気が無いなら、さっさと散れ。」

 

ミノタウロスがこれ以上話すことは無かった。

 

ロウヒは彼に背を向け、歩き出す。美頼も急ぎ、彼女の傍へ走り寄った。

既にこの迷宮へ到達してかなり時間が経っている。巧一朗たちの安否を早期に確認したいところだ。

 

「え、でも、どっちに進めばいいのかな?」

「知らん、我に聞くな。」

「え、でも、アリアドネナビを手放したの、バーサーカーだよね?」

「……我の仕事はここまでだ。後は巧一朗が何とかするさ。きっと、な。」

 

ダイダロスの権能の一つ、『大迷宮のミノタウロス』の無力化に成功した博物館。

災害会議を早々に退出した災害のキャスター『ダイダロス』が、遂にその牙を剥く。

 

 

天空城塞ヘヴンズゲートにて

ダイダロスを見送ったザッハークは、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

今日もまた、災害のライダーは出席していない。

ザッハークの指示で、アインツベルンカンパニー当主のミヤビが、オートマタの誤作動による反乱を起こさせる。

第一区を管轄するライダーは、その処理に自ら乗り出していた。

ザッハークは意図して、彼の出席を抑えたのだ。

 

「くくく、災害決議を執り行うぞ?」

「待て、アサシン。流石に二人も災害がいねぇのに決定するのはアリなのか?」

 

止めに入る、災害のアーチャー。焔毒のブリュンヒルデもまた、立ち上がり、アサシンの横暴を止めようとする。

が、しかし。

ブリュンヒルデの口から漏れ出たのは、彼女の真意を隠蔽する、意味の生じない言葉だった。

 

「熱い(さむい)」

「あぁ?何が?」

 

苛立つアーチャーに対し、ザッハークは嗤い続ける。

 

「お前は何も言わなくていい、『ヴェノムランサー』。」

「熱い(さむい)、寒い(あつい)……っ」

 

ザッハークは立ち上がり、焔毒のブリュンヒルデの元へ歩いて行く。

恐怖に縛られた彼女をゆっくりと椅子に座らせ、その耳元で囁いた。

 

「余が貴様を守ってやる。第六区もな。お前は何もしなくていい。少しでも余に歯向かってみろ。余の毒がまわり、貴様は永遠に喋れなくなるぞ?」

「っ…………」

 

ザッハークは怯える彼女を放置し、再び自らの座席へと戻る。

アーチャーはその様子をどこか不愉快そうに眺めていた。

 

「てめぇ、何を考えてやがる。」

「さて?良いでは無いか、些末なことだ。今は、災害議決を優先すべき。」

 

ザッハークの提案。

それはこれまでの災害にとって、考えもしないもの。

災害のアーチャーだけは、これに同意するのに時間を要した。

 

オアシスの歴史が変わる。

オアシスの全てが狂い始める。

これはそんな物語の、最初の一ページ。

 

 

                                                   【神韻縹緲編⑨ 終わり】

 

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