Fate/relation   作:パープルハット

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物語はついにクライマックス

そして何故かFGOイベント初日とまたもやブッキング。

空いた時間にでも是非。

感想、誤字等あればご連絡ください。


神韻縹緲編11『neighbor』

【神韻縹緲編⑪】

 

サハラ砂漠内某所

 

一人の女騎士が、空中の割れ目に吸い込まれていく。

 

ひび割れた空間から、何者かの血液が零れ落ち、彼女は足を滑らせた。

 

「マスター!駄目です!早く『糸』を切断して!このままだと、聖杯戦争どころでは無くなります!早く、早くしないと、この世界そのものがっ…………」

 

彼女の必死な訴えに、『一匹』は応答しなかった。否、出来なかったが正しいかもしれない。

女騎士の肉体を侵食する黄金の線は、やがて彼女の意思や、その願いすらも奪い去った。

そして血溜まりの中に落ちた彼女は、数分後に目を覚ます。『一匹』は恐る恐る、彼女の顔に近寄った。

女騎士はゆっくりと起き上がり、『一匹』を抱き上げた。ぬいぐるみを抱く愛らしい少女のように、『一匹』を慈しむ。

 

「君が私のマスターなのかな?」

 

『一匹』は人間らしい仮の肉体を喪失していた。彼を構成していた物質全てが、この度の召喚に消費されていたのだ。

だから彼は現在、言語能力もまた失っている。彼女とコミュニケーションをとることが出来ない。

 

「ありがとう。独りぼっちの私を助けてくれて。寂しかったんだ、本当だよ?」

 

『一匹』は現状を理解できていない。彼女が『何者』であるかさえも。

 

「君の吐く糸は、虚数空間へアクセス出来るのね。でも君はもっともっと、もーっと凄いことをした。難しいなんてものじゃないの。君はね、『私』のいる場所へ接続した。私のこの小指に、赤い運命の糸を結んでくれたの。独りぼっちの私を、外に連れ出してくれたんだよ?」

 

女騎士はその装甲を全て解除し、ワンピースの姿で、『一匹』を抱き締め続ける。彼は彼女の温かさを堪能する。

 

「私、君のこと、分かるよ。君にこうして触れているから。君の名前は『こういちろう』。聖杯に願うことは『人間になること』だね。すっごく可愛い!私の恋人が君みたいな可愛い人で本当に良かった!」

「君はずっと独りぼっちだったんだね。私と一緒だ。私もそう。世界を救った王子様は、二人も要らないなーんて言われて、ポイされちゃったの。酷いよねぇ。私を造ったのは君達なのに、用済みになれば粗大ごみさ。」

「え?私の名前?クラス?名前は内緒!クラスはねー、あれ、何だろう?『剣士(セイバー)』?『狂戦士(バーサーカー)』?それとも『彗星(メテオ)』?まぁ何でもいいや。私がいればこの戦争は勝ったも同然だし、別に良いよね。」

「ねぇ、こういちろう。一緒に、こんな世界から抜け出して、二人きりになろう?糸で結ばれた私たちは永遠に離れない。私が君を守り、君が私を癒す。ずっと夢だったの。私を大切だと想ってくれるヒトが現れること。嬉しい、本当に嬉しい。」

 

『一匹』と少女は、砂の世界の中心で結ばれた。

互いにとって、相手は必要な存在だったようだ。

 

「こういちろう、私と出会うために『生まれてきてくれて、ありがとう』。」

 

赤い糸が紡ぐ『運命』は、その瞬間、始まったのだ。

 

 

アリアドネナビに印された、迷宮の出口。

フセインの操る魔法の絨毯は、あと五分もすれば、そこへ辿り着く。

意外にも仕掛けられた罠は殆ど存在せず、苦労せずに現在地点まで来ることが出来た。

だが、最後にどんな展開が待ち受けているかも分からない。フセインの緊張が解けることは無かった。

 

「フセイン先生は、やっぱり凄いね!」

 

康太は無邪気に告げた。

フセインが語り聞かせてきた話は本当だったのだと、康太は胸を躍らせる。

彼にとって、ここが死臭漂う迷宮だろうが関係ない。

病室の外側は、どんな場所だろうと少年の心を熱くする。

 

「僕は、別に凄くなんかないよ。」

 

康太の前で珍しくも、フセインは弱音を吐いた。

アリやアーメッドのような、物語の主人公のロールは、彼の肩には重すぎる。

彼は兄弟の起こした奇跡の数々に縋りついただけなのだ。

アーメッドの宝具のお陰で、彼は順調に来られたのかもしれない。

フセインはただこの絨毯の騎手であり、ただ進み続けているだけだ。

出口へ向かい、外の世界へ羽ばたいていくことこそ、彼らの目的である筈なのに。

フセインは、この冒険が終わってしまうことを、少し寂しく感じていたのだ。

 

「フセイン先生、初めて俺の病室に来てくれた時のこと、覚えてる?」

 

 

康太とフセインのファーストコンタクト。

それはフセインがクリニックで働き始めて間もない頃だった。

院長の指示で、荷物運びを手伝っていた最中、フセインは康太のいる病室に赴いた。

康太は昼食に手を付けず、窓の外の景色に思いを馳せていた。

フセインは彼の部屋の戸を叩く。

 

「入ってもいい?」

「どうぞ。」

 

酷く冷めた声が返ってくる。

何もかもに興味を失ったような、そんな寂しい声だ。

 

「失礼します。……っと、食事中だったね。」

「いいよ、別に要らない。お腹空いてないから。」

「そっか。じゃあ無理して食べなくていいぞ。ついでに僕が片付けておくから。」

 

フセインがそう言うと、康太の目線は窓からフセインへと移る。

康太は意外そうな表情を浮かべていた。

 

「ちゃんと食べろ、って怒らないの?」

「お腹空いてないなら仕方ない。」

「変わった先生だね。なんか見た目もチャラいし。」

「僕はただのお手伝いだよ。医療の知識はまるでゼロだ。」

 

フセインは康太の様子を確認しながら、自らの内に眠るアーメッドに語り掛ける。

目的は、アーメッドの持つ『神秘のリンゴ』だ。

だがアーメッドは首を横へ振った。康太の、生まれついての難病までは、どうにもならないらしい。

傷を癒すこととは訳が違う。フセインは頭を掻くしか無かった。

 

「病院食って、あんまり美味しくない。俺、ジョンターキーのボイルドチキンが食べたい。」

「あぁ、油分を摂取したくなるよな。確かに病院食ってのはどこもパサパサだ。」

 

フセインは康太のベッドの脇に寄ると、彼のテーブルに置かれた配膳プレートに手を伸ばした。

 

「これ、食べないんだよな?」

「うん。」

「僕が食べてもいい?」

「え?あ、うん、良いけど。」

 

フセインは味のしないパンに自然加工ジャムを塗り、頬張った。

彼は実に美味しそうに、それを食べ尽くす。

 

「美味しそうに食べるね。」

「まぁな。僕の時代に比べれば、こんな病院食でもリッチなディナーだ。」

「時代……?もしかして、サーヴァント?」

「まぁな。名前はフセイン。千夜一夜物語の登場人物だ。よろしく。」

 

彼は口元に付いたジャムを紙ナプキンで拭き取りながら、自己紹介する。

康太は呆気に取られていた。

 

「サーヴァントって、専属従者でしょう?マスターがいるのに、こんなところで油を売っていていいの?」

「あぁ、僕のマスターは寛容でさ。僕はわりと気ままに第二の生を謳歌しているよ。」

 

フセインは二つ目のパンを手に取った。そしてそれを康太の掌の上に乗せる。

 

「美味いぞ。」

「俺は、毎日これを食べてる。変わらないよ、味なんて。」

「いや、意外と美味いかもしれない。僕はこの三個目を頂く。」

 

フセインはジャムを塗りたくり、改めてそれを口にした。

康太の前で、笑顔を浮かべながら、リスのように頬張ってみせる。

康太は彼に釣られ、パンの先端をかじった。

 

「……っ?」

 

康太は目を丸くしながら、少しずつ、パンを食べ進めていく。そして、丸々一つ完食した。

 

「何で?なんか、いつもより美味しいかも。」

「だろ?」

「サーヴァントだから、何かスキルでも使ったの?」

「いいや、そんな便利な力はないさ。でも僕はとっておきの魔法を知っている。」

「魔法?」

「誰かと食べるご飯は、美味しくなるって魔法さ。」

 

フセインは康太の口回りを、紙ナプキンで拭った。

そして盆に残された果実と、スクランブルエッグを、彼に勧める。

 

「半分こしよう。僕も食べたい。」

「半分こ。……うん。」

 

後に、フセインが仕事を放棄し、患者の食事に手を付けたことは、院長に咎められる。

だが康太は、この日より、フセインの来訪を心待ちにするようになったのだ。

 

 

そんなかつての思い出を、康太は楽しそうに話した。

康太は、フセインがくれた魔法を、今もずっと大切にしている。

 

「フセイン先生は凄い。俺のこと、助けに来てくれたヒーローなんだ。」

 

康太の無邪気な笑顔を見て、フセインの目から涙が零れ落ちる。

そして彼は康太の華奢な身体を、優しく抱き締めた。その小さな温もりを決して忘れない為に。

 

彼の絨毯はついに、一本道に差し掛かる。

暗い迷宮の先、僅かばかりの光が漏れ出している。ついに、彼らはゴールへ辿り着いたのだ。

 

「ナイチンゲール、ついに来ました。やっと、出口だ!」

「はい。外の世界へ、やっと。」

 

彼ら三人は手を取り合う。

共にその瞬間を迎え入れる為に。

 

「光が、僕らを導いている!行こう!」

 

魔法の絨毯は真っ直ぐに出口へ飛んでいく。

彼らの顔は希望で充ち溢れていた。

 

だが

 

だからこそ、彼らは油断した。

 

迷宮なのだから当然だ。出口の隣には、必ず『トラップ』が仕掛けられている。

フセインはその判断を見誤ったのだ。

出口の目前、無数の触手が壁前面から襲い掛かる。

魔法の絨毯は触手に引き裂かれ、フセインと康太を庇ったナイチンゲールは、触手に身体を捕らえられた。

 

「ナイチンゲール!」

「ナイチン先生!」

 

地面に転がり落ちた二人とは対照的に、ナイチンゲールは高い天井の壁に吸い寄せられていく。

このままでは、彼女の肉体は迷宮の壁そのものに喰らわれ、永遠にこの場所から出られなくなるだろう。

 

「ナイチンゲール!今、助けます!」

 

フセインは彼女の手を取ろうと、その手を伸ばした。

しかし、彼女にそれを振り解かれる。

 

「何故!?」

「……フセインは、康太くんを連れて、外へ……今が好機です。」

「出来る訳無いだろ!」

「……っ!やりなさい!貴方が!フセインが!康太くんの傍にいなくてどうするの!家族になってあげてください!」

 

―私には、その資格なんて無いから。

 

ナイチンゲールはその言葉を飲み込んだ。

出来損ないのサーヴァント、夢溢れる少女の命を奪って、一体何を望むというのか。

正しい結末だと思う。

元より、彼女にはフセインの隣に立つ資格なんて無かったのだ。

 

「(これでいい、ごめんね、咲菜。)」

 

ナイチンゲールは静かに目を閉じた。

最低な存在である自分には、十分すぎる程、幸せな第二の生だった。

英雄らしいところなんて一つも無かった彼女が、少年の心の支えになれたのだから。

 

もう手の届かない場所まで行ってしまったナイチンゲールを、フセインは静かに見上げていた。

彼はクリニックでの、彼女との会話を思い出す。

 

 

「ふふ、もし私が悪い魔王様に囚われたら、フセインは助けに来てくれますか?」

 

「それは勿論、どんな場所であろうが駆けつけますよ。その為の絨毯ですから。」

 

 

フセインは意志を固めると、康太の方へしゃがみ込み、その視線を合わせた。

 

「フセイン先生!ナイチン先生が!」

「あぁ、康太くん。大丈夫、僕がこれから助けるから。」

「で、でも、どうやって!?」

 

慌てふためく康太の頭を、そっと撫でる。

そして彼の小さな手に、赤色の布切れを握らせた。

 

「これは?」

「いいか、康太くん。これからナイチン先生が落ちてくる。彼女も人間ではあるけれど、サーヴァントだからそれは大丈夫だろう。そうしたら君は、この魔法の絨毯の切れ端を持って、ナイチン先生と出口に向かって走れ。決して振り向くな。ただ真っ直ぐに走れ。僕と、約束してくれるか?」

 

フセインは小指を突き出した。

康太は少し戸惑っている。

 

「ごめんな、毎日遊びに来るって約束は、僕が破ってしまった。だから、ちゃんと針千本飲み込んでやる。……また、僕と指切りしてくれるか?」

「…………っ!」

 

康太はフセインの小指に、自らの小指を絡ませた。

 

「指切げんまん、嘘ついたら、針千本飲ます。指切った!」

 

「男の約束だ。康太、僕の大切なナイチンゲールを守ってくれ。」

「うん、僕、頑張るよ。」

 

フセインは再び康太の頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でまわした。

くすぐったそうにしている康太を見て、彼も思わず頬が緩む。

フセインは康太に、指示した場所へ走らせた。ナイチンゲールの落下予測地点の近く、出口へ走るには障害の殆どない場所だ。

 

「さて、これが最期の踏ん張り時だ。」

 

フセインはアリ、アーメッドの使用した弓と同じものをその手に召喚する。

矢を比べ合った時に使用した、そのものだ。

かつての彼は、兄弟たちの前で諦め、矢を飛ばすことをしなかった。

いつかの、諦められない恋の為に、温めておいた力だ。

だが、彼はその絶技を知らない。何故ならば、彼は恋を叶えたことは無かったからだ。

不可能だと、心の声が訴える。でもそれは、覚悟の果てのフセインにとって只のノイズだ。悪魔の囁きに耳を貸している余裕は無い。

彼の創造主が言の葉を紡ぐ英霊ならば、きっと彼の口からも、自然と漏れ出るものだろう。

 

今こそ、願いを形にするときだ。

 

『語り部の外に在りし、紡がれざる物語。』

 

彼が放つべき矢は『克己宝具』。

過去の記録にも、物語にも存在しない、イフの全盛。

迷いを捨てた彼だからこそ、新たな物語を紡ぐことが出来る。

 

『羇旅の果てにて恋を印す(ラシーダン・エラム・アルフ・ライラ)』

 

フセインはその矢に思いの丈を乗せた。

そしてそれはナイチンゲールを包む、触手へと発射される。

一秒と経たぬうちに、その一条は全てを射抜いた。

トラップは崩壊し、空へ浮かんだナイチンゲールは落ちてくる。

 

「……おぉ、僕ってば、弓の才能あったんだなぁ。」

 

落ちてきたナイチンゲールの手を引き、康太は真っ直ぐ出口へ走っていく。

天井が崩壊し、瓦礫が降り注ぐ中、少年は決して振り返らない。

きっと康太も、フセインの覚悟を知っていた。

 

「ありがとう、康太くん。約束を守ってくれて。」

 

二人が光へと吸い込まれる直前。

意識を取り戻したナイチンゲールは、フセインのいる場所へ振り返る。

そこには、笑顔で崩れ去っていく、フセインの姿があった。

康太には見せたくない、そんな思いが彼にはあったのだ。

 

「フセイン!フセイン!フセイン!」

 

ナイチンゲールは叫ぶ。

だが、康太は、彼女の手を引き、外の世界へ走って行った。

ナイチンゲールの伸ばした手に合わせるように、一人残されたフセインは右手を正面に翳してみる。

その掌は空を掴んだ。指先も、砂のように崩れ去っていく。

 

「鉄心、アリ、アーメッド、康太くん、ナイチンゲール」

 

一人ずつ思い浮かべては、身体の一部が溶け落ちていく。

彼に悔いはない。第二の生は、最高に我儘に、面白おかしく生きることが出来た。

でもこの記憶は、ここだけのものだ。

フセインは、これから先も、見えない恋を探し続けるだろう。

 

「あぁ、僕の恋、叶ってしまったなぁ。」

 

フセインは空を仰ぐと、満足そうな笑みを浮かべながら、消滅した。

 

 

「間桐巧一朗。お前の正体は『甘い蜜(メイプル)に集る、蟲』だ。」

 

ダイダロスは転がり落ちた巧一朗を侮蔑、嘲笑する。

桜館長はいつまでも固まったままだ。彼女の観測した未来を、変えることは出来なかったのだ。

キャスターは、メイプルを吸う巧一朗をそっと抱き上げた。

 

「巧一朗」

 

彼女の悲痛な声は、きっと彼には届かない。

この状況は、どこの誰が見ようと、博物館の敗北だ。

ダイダロスはひとしきり笑った後、彼女らを始末すべく、その距離を縮めてくる。

 

「巧一朗、どうして君は、サーヴァントである私を守ろうと……」

 

探偵は知っている。

巧一朗は、必ずそうすると。

かつて彼の愛した少女と同じ顔をしたキャスターを、守らない筈は無い。

たとえ命を落としても、彼は矢面に立つだろう。

 

「君は、人間を名乗るには、真っ直ぐすぎるな。」

 

探偵は、自らを破綻者だと認識している。

だが、人間の感情を捨てた訳では無い。

ときには、情に流され涙することだってある。

彼女の瞳を伝う雫が、蟲の身体に零れ落ちた。

 

その刹那。

 

蟲の肉体がひとりでに光を放つ。

ダイダロスも、桜館長も、そしてキャスターですら、その光景に唖然としていた。

蟲は光の中で急速に成長し、人間の形を取り戻していく。その影は、彼女たちも良く知る、いつもの巧一朗だった。

そして白い光は消え去り、尻餅をついたキャスターの上に、全裸の巧一朗が跨っていた。

 

「…………」

 

キャスターは言葉を失いながら、細くも筋肉質な彼の肉体をまじまじと観察する。

どこをどう見ても、彼は人間でしかない。

 

「…………あー……すまん。見苦しいものを見せてしまった。」

 

巧一朗はキャスターの上から離れると、桜館長の元へ寄り、着ていた白衣を拝借する。元の衣服が焼け焦げたための、緊急措置だ。

そして茫然と眺めていただけのダイダロスの前に立ち塞がった。

 

「お前、何をした?」

「アンタと同じことをしただけだ。この迷宮の構成材質がオリハルコンなら、俺にも出来ると思ってな。」

 

巧一朗は蟲の肉体に戻った瞬間、メイプルを舐めるふりをしつつ、この迷宮のオリハルコンを口から摂取していた。彼の吐く糸で変幻する金属同士を繋ぎ留め、元の肉体を再構築したのだ。無論、ダイダロスの真似事であり、彼はその糸で縫合、繋いだだけに過ぎない。改めてダイダロスの砲撃を受ければ、忽ち元の蟲に戻ってしまう。

だがそれでも、ダイダロスは感心する。巧一朗が今まで人間として生きてきたことこそ、この技術の応用に他ならない。彼の糸は虚数魔術でありながら、現実世界においても、縫合という観点で、大いに役を成している。

―技術の模倣という点に目を瞑れば。

 

「蟲のままなら、僕もお前を見逃していたかもしれないぞ?」

「そんな訳あるかよ。そういう所こそ慎重だろうが、お前は。」

 

巧一朗は動作確認の為、握り拳を作ったり、腕を大きく回してみせる。流石は材質がオリハルコンなだけあって、万能感は否めない。

ダイダロスからしてみれば、今更復活したとして、何が出来る、という話だ。招霊転化は既に二度も使用済み、桜館長は手の内を明かされ、不意を突くことも出来ない。キャスターの中に眠るセイバーの端末を叩き起こすならば、その前に勝負をつけられる。

巧一朗は何のために戻ってきたのか、彼には理解が出来なかった。

 

「巧一朗。僕と一戦交える気か?」

「当然だ。まだ戦いは終わっていない。」

「どうやって?僕が言うのもなんだが、無謀でしか無いだろう?僕を殺すには、全ての障害を乗り越えて、この心臓を壊さなければならない。今の君に到底できる芸当では無いな。」

「そうだな、今の俺には無理だろう。でも、既に突破口は見出した。俺が災害のキャスターを超える突破口だ。」

 

彼はその地に手を付けた。そして、指から一本の糸を垂らしていく。それは現実世界の裏側、虚数の海だ。彼の母がいるその場所へ、巧一朗はアクセスした。

 

「お前、僕が時間のかかる出来損ないの術式を許すと思ったか?」

「あぁ。きっとダイダロスも興味があるだろうさ。俺がこれからやろうとすること、それは虚数世界の住人、『隣人』を呼び出すことだからな。」

 

巧一朗はついに、次なる領域へと手を伸ばす。彼はようやく、新たな魔術への一歩を踏み出した。

招霊転化のその先、新たなるステージへと。

 

「虚数世界の魔物か……。当然僕も認識している。確かに時が経つにつれ、奴も強大な力を手に入れているみたいだが、それがどうしたと言うんだ。どうせ外界の不純物か、くだらない神秘の端くれだ。このオアシスで、それは通用しないんだよ!」

 

ダイダロスは再び高熱波を放つ。

すると今度は、ペルディクスのコンパスを握り締めたキャスターが、巧一朗を守る為、それをはじき返した。

 

「キャスター!」

「ペルディクスのこの槍があれば、一定時間は円の内部を守り通せる。巧一朗、君の術式を邪魔させたりはしないさ。」

「たまにはその姿でも役に立つんだな、お前。」

 

ダイダロスは唾を吐き捨てた。

だが彼の中で、例え巧一朗の魔術が行使されても、自らは敗北しないだろうという確信があった。『隣人』が何者であったとしても、自らが創り上げたヘヴンズゲートやオアシスの各種システムは、決して揺らぐことはないと。そして、人間如き、否、それ以下の存在に、自らが膝をつくことは無いと。

そんな余裕そうな災害を見て、巧一朗は不敵に笑う。

 

「何がおかしい、巧一朗。『隣人』とは別世界の神か何かなのか?それを貴様如きが本当に操れるとでも?」

「ダイダロス、あんたさ、本当に知らないのか?」

「なに?」

「ペルディクスが言っていた、『臭い物に蓋をする』のは本当だったみたいだな。アンタが創り上げてきた全て、本当に完璧なものだったのか?穴も、付け入る隙も、一切無かったのか?」

「何が言いたい?」

「例えばヘヴンズゲートで、英霊を消滅させるなんて芸当、確かにダイダロスぐらいにしか出来ないだろう。でも、本当に英霊たちは消えてなくなったのか?選ばれた名もなき人々が、本当に彼らの代わりを果たせたのか?」

「ヘヴンズゲートシステムはこれまで数多くの英霊を抹消してきた実績がある。現に、メアリー・セレストの権能が無ければ、イスカンダルも、土方歳三も、お前は認識できていなかっただろう?災害である我らは人々からの千年の信仰を元に、強大な力を有した。それが何よりの証拠では無いか?」

「まぁ、それはその通りだ。でもこのシステムには致命的なバグがある。」

「バグだと?」

「あぁ。自由な意思決定の出来る『人間』を残したんだからな。皆が皆、誰しもがお前らを信じる訳じゃない。ヘヴンズゲートに大切な人を奪われた人達は、お前らを憎む。俺たちも、災害を倒すテロ組織として活動している。お前らの信仰に絶対性は無いってことだ。英雄を作るのはいつだって『ヒトの願い』だ。英霊の座の上辺だけを消したって、ヒトの願いすら失われる筈が無い。親の背中を見て育つ子は親に英雄を見る。憧れのアイドルや、アーティスト、スポーツマン、皆が誰かの英雄になれるんだ。」

「だが、たかが願いの一つや二つが、英霊になることは無い。英霊の座とは、常に人類史に名を刻んだものだけが招かれる。そこに必要なのは痛烈さだ。平凡な者には至れぬ境地。名前など、残るはずが無かろうが!僕はその全てをこのオアシスから排除してきた!これまでも、そしてこれからも!」

 

ダイダロスの怒号を無視し、巧一朗は『隣人』と同期する。

 

虹の光が眩い海の中。何処までも彼は沈んでいく。

そして、その中のたった一つ、ほんの小さな可能性へと手を伸ばした。

それは余りにも脆く儚いもの。

だが、今の巧一朗にとって、それは切り札に他ならない。

今なら、届く。彼にはその確証があった。

 

「マスター」

 

巧一朗と手を重ねる少年。彼は全てを悟り、そして巧一朗の声に応える。

 

「君のお母さんは優しい人だったよ。二千億もの光の中から、君の為だけに、僕を見つけてくれたのだから。」

「そうか。」

「僕の父上が迷惑をかけたね。昔から、変な所で融通の利かない人だった。」

 

少年は毒づくが、それでも心底、自らの父親が誇らしい様子であった。

 

「僕は英霊の座にはもういない。僕の存在はフィクションだ。それでも、マスターが必要としてくれるなら、僕は君と共に戦える。」

「あぁ、一緒に、馬鹿親を止めに行こう。」

 

重ねた掌から、少年の物語が巧一朗に取り込まれていく。

巧一朗の手の甲に宿る三画の令呪、その一画が消滅した。

そして彼の糸は、二人を繋ぐ。『隣人』が、巧一朗の肉体を満たした。

彼が手にしたのは、儚くも小さなモノ。

神に抗う『勇気』である。

 

「何が起きている?」

 

ダイダロスは茫然と佇む。巧一朗の身体が淡く緑色に輝き、そして、彼の背中に二枚の『翼』が宿ったのだ。

その形を、災害は覚えている。自らよりも先に飛び立った、一人の少年の背へ憧れを抱いたのだから。

巧一朗の手の甲から令呪の痣が一つ消え去っていた。そしてその肉体に、蛍光色の線が無数に浮かび上がる。

 

「讃歌を終える。我は終末にて円筒を渡されし者。」

 

「縫合(トランス)—————完了(オフ)。隣人への部分接続。『招霊継承』。ダイモニオン『イカロス』の物語を受け継いだ。」

 

「何だ、お前は、誰だ?巧一朗は、何だ、これは?」

 

ダイダロスは目を白黒させている。

彼の観測において、有り得ぬことが起きている。

巧一朗の持つポテンシャル、ステータスが軒並みサーヴァントと同じ数値に引き上げられた。

そして、その特性には見覚えがあった。何を隠そう、彼の息子イカロスと全く同質の力が、目の前の人間に宿っている。

英霊の座に存在しない筈の愚か者が、目の前に化けて出たのだから、開いた口が塞がらないのも道理だろう。

そして巧一朗は七騎の既存クラスに属さない。ダイダロスも想定外の完全なるエクストラ。彼のデータベースでは説明できない代物である。

 

「お前は、イカロス、なのか……?」

「半分はそうだ。今俺の肉体には現実と虚構が入り混じっている。どっちだっていいさ、俺はいまダイダロス(父上)を一発殴らなきゃ気が済まないんでな。お前の霊核に響く、とっておき、お見舞いしてやるよ。」

 

桜館長も、そしてキャスターでさえも、巧一朗の進化を図れずにいた。ラプラスの悪魔にて加味されなかった可能性がここに浮上する。

巧一朗は最速でダイダロスのレンジに到達し、素手で彼の頬へ殴り掛かった。

 

「おらぁあ!」

 

ダイダロスは投げ飛ばされるが、直ぐにオリハルコンにて修復される。

巧一朗の打撃は、間違いなくサーヴァントのそれと同じものだった。

 

「お前らが、虚数の海に不法投棄したものだ。現実世界から排除して、流れ着いたものが俺の力だ。」

「僕たちが……だと?」

「隣人は、隣に立つ人のことだ。俺の隣に立っているのは、俺の英雄、俺に『勇気』をくれる存在なんだよ。」

 

巧一朗は何度も、何度も、その拳をダイダロスに叩き付ける。

災害はそれを回避することも出来たが、そこに思考のリソースは割かれない。

ダイダロスの大いなる知識欲は、巧一朗という存在に向けられていた。

 

「僕の愚息が、僕に立ち向かってくるだと?あの何の能力も無い馬鹿が、僕を超える気でいるのか!?」

「あぁ、俺(イカロス)は神様たる太陽なんて気にも留めず、空を自由に飛んでみせた。アンタより先に、この人類で生まれて初めて、人間として、空へ飛び立ったんだ。アンタも、そこに一つの希望を見出した筈だ!てめぇの息子に、英雄を見た筈だ!」

「僕が、イカロスに!?そんな訳があるか!」

「いいや、答えは出ている。虚構を現実にする為には、現実に『縁』が無ければならない。人々の記憶から忘れ去られたイカロスには、決定的な『縁』が存在しなかった。メアリー・セレストは消失した者の観測艇だからな、意味がない。」

「だったら、何が僕の息子を呼び寄せた!誰もあの子のことを覚えていなかった筈だ!」

 

「てめぇだよ!ダイダロス!」

 

「!?」

「お前だけが、覚えていたんだ!たった一つの『勇気』を!お前があの翼を持っていた時点で、全ての条件は成立していたんだ!」

 

巧一朗の連撃は止まらない。

ダイダロスの、災害の顔を、胸を、腹部を、全力で殴り続ける。

その拳に乗せられた思いの全てが、ダイダロスの鋼鉄へ不協和音を響かせた。

 

「調子に……っ乗るな!」

 

ダイダロスは修復機能をフル動員させつつ、反撃に出る。

彼もまた巧一朗とのボクシングに打って出た。強化された拳で、巧一朗の頬骨を抉る。

だが、巧一朗は決して止まらない。武器を使用することも無く、ただその拳一つで、ダイダロスを攻め続ける。

ダイダロスはその勢いに押され、後退を余儀なくされる。彼は自分が恐れの感情に乱されていることを、自ら悔いた。

災害がたかが一人に、たかが一匹に、追い詰められることなど、言語道断。

ダイダロスは血が滲むほどに、激しく唇を噛んだ。

 

「ダイダロス、お前は気付いていた筈だ。人間の持つ願いなんてものに果てが無いことを。英霊は、決して『神』にはなれないことを。どこかで必ず矛盾が生じることを。天才のお前が知らない筈は無い。」

「お前が僕を語るな!」

「以前戦った際、お前は『千年の重み』と言ったよな。そうだ、正しいよ。お前ら災害の作った千年は、ちんけなテロリストにはあまりにも重い。でも、お前らは過小評価し過ぎているんじゃないか?英霊を離れ、災害となり、人間を完全に見下していたんじゃないか?」

 

ダイダロスが徹底して博物館を排除しようと動いていたならば、巧一朗の奇跡は起きぬままに滅び去っていた。

だが、事実として、博物館は生き残った。それはダイダロスの怠慢に他ならない。

 

「ダイダロス、お前こそ、ずっと『迷い』続けていたんじゃないのか?」

 

巧一朗の拳が、ダイダロスの眉間に突き刺さる。

鼻から血を零しながら、ダイダロスは怒り、震えた。

 

「迷い、だと?」

「そうだ。お前は根っからの技術者だ。『暴君』には向いてねぇよ。」

 

「巧一朗、いや、僕が作った最高の出来損ない、イカロス!」

「ああ、父上、俺はあんたの創造品では、最低な粗悪品だよ。……それでも、アンタは……」

 

僕を信じてくれたんだろう?

僕を信じて、翼を授けてくれたんだろう?

 

「すみません、父上。僕は、貴方の期待に応えられる息子ではありませんでした。」

 

巧一朗はダイダロスに拳を突き立て、謝罪する。

二つの心が入り混じった存在に、ダイダロスはただただ混乱していた。

 

「でも、それとこれとは話が別です。貴方は『神』になってはいけない。貴方は『神』に抗う者でなければいけない。貴方はずっと、ずっと、ずっと、ずっと昔から、人間の可能性を信じてきた筈だ。どんなに愚かでも、貴方の創造は、ヒトの未来の為だけに存在した筈だ!踊らされて迷宮を造った時も、逃げる為に翼を造った時も、そこには純粋なダイダロスがいた!」

 

巧一朗の目から涙が零れ落ちる。その雫を散らしながら、なおも攻撃の手は緩まない。

愛する親に拒絶され、でも、それでも、子は親を信じるしかない。

そして子が失敗したならば、親はそれを教育で正し、親が間違えたならば、子は持てる力の全てでそれを正す。

 

「有難う、父上。取るに足らない僕のことを、覚えていてくれて。」

 

ダイダロスの顔は巧一朗の打撃の末、醜く歪んでいる。

だが修復は行われない。

彼は囚われの塔の記憶を思い出していた。

 

 

あぁ、僕の創造は馬鹿どもを救うためにある。

なんと僕は慈悲深いのか、そう傲慢にも考えていた。

 

だが、僕は自分が思うよりもずっと、下らない人間だった。

 

僕より凄い発明家へ、嫉妬した。

モノ作りへの信仰があった訳では無い。僕が、創造することに、意味があったのだ。

だから僕より凄いペルディクスを丘の上から突き落とした。

僕だけが、評価されるべきだったから。

 

迷宮は、怪物ミノタウロスを閉じ込めた。

これで、皆が奴に殺されることは無い。そう考えていた。

誰もが僕を称賛した。僕は得意げな顔をしていただろう。

実際は、ギリシアの子ども達が、大人たちの身代わりになっていただけだった。

 

僕の発明は、誰を幸せにした?

僕は何のために、この手を動かし続けている?

 

傲慢不遜な僕は、次第に、自分を失っていった。

 

だからこそ、塔へ幽閉された時。

僕の翼に、僕は自信を持てなかった。

また、誰かを不幸にしてしまうかもしれない。

だから、だろうか。

馬鹿息子が、僕の前に立った時は、心底驚いたし、本当に馬鹿だなと呆れかえった。

僕の創造が、世界を変えるなんてこと、ありはしないのに。

 

「僕は父上を信じます。父上は、神様をビックリさせる、世紀の天才、ですから!」

 

何故、そう言い切れる?

何故、笑顔で立てる?

どうしてお前だけは、僕を信じられる?

 

僕の疑問を吹き飛ばすように、イカロスは空へ飛び去った。

 

「イカロス!イカロス!」

 

あぁ、イカロス。お前は飛んだ。

何処までも自由に、飛んで行った!

最後まで、僕を信じてくれた。

 

そうだ、それだけで、僕には十分だったんだ。

 

 

ダイダロスはオリハルコンによる修復を放棄する。

巧一朗の連撃の末、彼はついに、膝をついた。

 

「あぁ、クソ、お気に入りの服が血塗れだ。」

 

ダイダロスは血を吐きながらも笑う。

攻撃の手を止めた巧一朗は、彼の次の言葉を待ち続けた。

 

「自己修復すれば、元の木阿弥、だな?どうする、巧一朗。それでもまだ、お前は僕へ食らいついて来るか?」

「勿論だ。アンタが折れるその時まで、俺はぶん殴り続ける。」

「はは、そうか。思えばゴキブリというのは随分昔からしぶとく種の繁栄を続けてきたらしい。蟲は存外、人間よりも執念深いのかもな。」

 

巧一朗はダイダロスに一礼する。彼の意思と、イカロスの意思で。

 

「千年間、オアシスの人々を導いてくれて、有難うございました。第四区の人々は誰もが貴方に感謝しています。」

 

「一番の反逆者が戯言を抜かすな。そして勝手に終わらせるな。」

 

ダイダロスは立ち上がり、巧一朗の元へにじり寄る。

そして、彼の前へ改めて立ちはだかる。ダイダロスは衣服を捨て去り、その胸元を露出させた。

 

「イカロス、そして巧一朗。お前の覚悟を見せてみろ。お前達の『勇気』を僕へ示せ。ここが僕の心臓、僕の弱点、僕がずっと守り通してきた場所だ。お前達の拳を、僕の霊核に叩きつけてみろ。お前らに、ここを壊せるか?」

 

ダイダロスは不敵に笑い、両手を横へ広げた。

もう邪魔をするものは無い。巧一朗はその右手に全てを込める。

 

「これが、最期だ。災害のキャスター『ダイダロス』」

「ああ、来い!巧一朗!」

 

巧一朗はその拳に全身全霊、ありったけを乗せる。

そしてダイダロスは、それを受け入れた。

 

胸元に突き刺さる拳は、その瞬間、確かに災害の核へと届いた。

ついに、届いたのであった。

 

 

                                                   【神韻縹緲編⑪ 終わり】

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