Fate/relation   作:パープルハット

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半年間にわたり、お付き合い頂き有難うございました。
読者様は私にとって宝そのものです。
是非最後までお楽しみください。

感想、誤字等ありましたらご連絡ください。


神韻縹緲編 エピローグ

【神韻縹緲編 エピローグ】

 

真っ直ぐに突き出したその拳に伝わったのは、何かがひび割れる感覚だった。

込めた思いの深さは、そのまま拳に宿る熱となる。そして、振り絞った後は、煙のように天へ消えていく。

巧一朗は肩を上下させながら、激しい鼓動を鎮静化させる。

深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻した。

ふと気付くと、彼の身体から、英雄イカロスの心は消失していた。彼は何を告げることも無く、元いた場所へ帰って行ったのだ。

だが、もしかすると、語ることなどもう無いのかもしれない。巧一朗とイカロスは、一瞬とはいえ、その人生を共有した。無二の親友や相棒のように、言葉はもはや必要なかったのだ。

巧一朗は、地に背をつけた災害のキャスター『ダイダロス』を確認する。

はだけた胸元から、光の粒子が零れだしていた。

それはこのオアシスにおいて『退却』の印に他ならない。

彼らはついに、災害のサーヴァントの一人へ、一矢報いることが出来たのだった。

 

「巧一朗!」

 

桜館長は彼の名を叫ぶ。

振り返ると、彼女は大粒の涙を流していた。

 

「終わったよ、館長、キャスター。」

「やったな、巧一朗。」

 

キャスターも素直に喜びの声を漏らした。

 

「ナイチン先生たちも、無事、この迷宮の出口から外へと出られたようです。これでいよいよ、開発都市オアシスに変革の時が訪れます。ダイダロスの消滅により、外の世界と繋がる。そうすれば外の魔術組織にもコンタクトが取れるでしょう。……充幸さんもようやく元いた場所へ帰ることが出来ます。」

 

逆に言えば、災害の脅威が外の世界へ放たれるという危険性もある。

だが彼らが神の如く崇められているのは、このオアシスという空間のみでの話だ。築き上げた千年大国も、世界の歴史の中では酷くちっぽけなものに過ぎない。彼らにとって有利なフィールドこそこのオアシスであったなら、その枠組みを取り攫えば、災害に幾ばくかのマイナス補正を施せるかもしれない。

 

「そうだな。……ある意味じゃ、博物館の戦いも、ここからは必要なくなるのかもしれない。」

 

巧一朗の復讐は、決して終わらない。

それでも、今以上に苦難に満ちたものにはならないだろう。彼よりも優れた魔術師たちが、知恵を振り絞ってくれる。ならば彼はその最前線で、再び拳を振るえばいい。

 

「帰ろう、みんな。」

 

巧一朗はその手を伸ばした。桜館長と、キャスターは、二人して、彼の手を取ろうとする。

だが、その刹那、彼女らの顔は酷く凍り付いた。まるで幽霊を目撃したかのように。

 

「どうした?」

 

巧一朗は振り返る。

すると目の前に、死を待つのみだった筈のダイダロスが、立っていた。

 

「へ?」

 

キャスターの右拳が巧一朗の頬に直撃し、彼は回転しながら吹き飛んでいく。彼を抱き留めたのは、この場に駆け付けた美頼だった。

 

「こ……コーイチロー!」

 

巧一朗はノックアウトした。後方より現れたロウヒはやれやれといった表情を浮かべている。

 

「巧一朗、お前の拳はまだまだ軽い。この僕が、霊核を砕かれたから死ぬなどと思ったか?殺されたぐらいで、死ぬわけが無かろうさ。」

「災害のサーヴァント滅茶苦茶過ぎないか!?」

 

思わず探偵すらツッコミを入れる。

桜館長とロウヒは戦闘の意思を固めるが、ダイダロスがそれを制した。彼にはもう、博物館と戦うつもりは無い。

 

「お前たちは勘違いをしているようだ。この僕が無知なお前らに解説をしてやる。まず、最初の間違いだが、この迷宮に『出口』は存在しない。」

「はい?」

 

皆が首を傾げる。事実として、ナイチンゲールたちは外の世界へ飛び出した筈だ。

 

「テセウスの物語を思い出してみろ。彼はアリアドネの糸を垂らしながら進み、ミノタウロスを撃破し、その糸を辿って外へ出た。だが奴は出口へ辿り着いたわけでは無い、ただ入口へと戻っただけだ。そう、僕の作る迷宮に、そもそも出口なんてものは存在しない。怪物ミノタウロスを幽閉する為の空間なのに、外へ逃がす可能性のある扉を二つも用意する筈が無いだろう?」

「じゃあ、ちゅんちゅんのアーチャーと、ナイチン先生は!?」

「僕が特別に、外への出口を用意してやっただけだ。」

 

災害のキャスターとして、第四区を常に監視していたダイダロスは、ある日、病室で一人寂しげな少年を見つけた。

人間に興味を抱かないダイダロスだったが、彼の病については、認識しておく価値があると判断する。

このオアシスにおいて治療の確立されていない病気だ。少年の未来に待つのは、絶望しか無かった。

だからこそ、キャスターはヘヴンズゲートという道を、少年の為に用意する。

もし少年が英雄として生きるなら、大いに結構。

もし抗ったなら、それだけで充分に生きた証になるだろう。

博物館側からしてみれば、有難迷惑この上ない話だが、ダイダロスなりに、康太のことを案じていた。

 

「僕にとってはどうでもいいが、彼を病から救えないのは、開発都市オアシスの落ち度だからな。選択肢は与えた、後はあの子どもが自ら選び、生きていけば良いさ。」

「ダイダロス、お前……」

 

美頼に膝枕された巧一朗が起き上がる。

肉体を繋ぎとめる『糸』が解れそうな手痛い一撃だった。彼はオリハルコンの恩恵を授かりながら、自己回復に努める。

 

「そして次の間違いだ。僕が消滅しようと、このオアシスは無くならない。確かに僕が造ったものだが、所有者は別にある。」

「所有者が別、だと?」

「そうだ。僕の仕事は、ライダーの為に「船」を造り上げることだ。八百年前に作業工程は全て完了している。後の分は、まぁ、サービス残業のようなものだ。ギリシアの工匠ダイダロスの仕事は、とっくの昔に終わっていたんだよ。」

「まさか、このオアシスは……?」

 

「開発都市オアシスの正体、それは災害のライダーの『船』だ。呵々!お前ら博物館がどんなロジックを組み上げようと、全てが手遅れだ。災害のライダーを倒さない限り、このオアシスはこれから先も、外へ通じることは無い!」

 

「オアシスが、船そのもの?」

「成程、時の流れが外界と全く異なるものになっていた理由の一端は理解できたよ。巧一朗、災害のサーヴァントとは、中々に馬鹿げた連中だよ。」

「あぁ、全くだ。」

 

このダイダロスもそうだ。

巨大迷宮、強固なアーマー、オリハルコンの肉体、霊核を砕かれようとゾンビの如く生き永らえるタフさ。

もし、イカロスという鍵が無ければ、彼はここまで雄弁に語ってはくれなかっただろう。

 

「さて、これで僕からの話は終わりだ。お前らは、ここから立ち去れ。出なければ、死ぬぞ。」

「逃がすわけが無いだろう!俺がお前を、倒す!」

「いや、逃げた方が賢明だ。たった今、災害会議にてある決定が下されたのでな。」

「決定?」

 

「あぁ。外部へ人間を流出させた罪として『第四区そのものを滅ぼす』決定が成された。博物館諸共な?」

 

災害のキャスターは嘲笑う。誰もが彼の言葉を飲み込むことが出来なかった。

そんな中、小型通信ユニットに連絡が入る。声の主は、酷く焦った充幸だった。

 

「館長!皆さん!たたたた大変です!おおお落ち着いて聞いて下さい!」

「充幸さんこそ落ち着いて下さい。何がありました?」

 

「第四区の頭上に、巨大な『太陽』が出現しました!『太陽』が落ちてきます!」

「は?」

 

充幸の説明は支離滅裂だが、その事の重大さを表していた。

第四区の空に突如出現した小型太陽が、徐々に第四区へ接近している。

それは第四区そのものを焼き尽くすものである。

住民たちはパニックに陥り、街の機能も完全に停止している模様。

そして太陽の着弾まで、あまり時間は残されていない。

 

「成程、災害のバーサーカー『后羿』の絶技だ。お前らも知っているだろう、『后羿射日』の逸話を。」

 

中国神話最強と名高い英霊こそ『后羿』である。彼は空に浮かぶ十の太陽のうち、九つをその矢で射落としてみせた。彼の神話再現が、このオアシスにて行われようとしている。

 

「規模からして、第四等太陽だろうな。一等だと、オアシスそのものを滅ぼしかねない。的確に、第四区だけを消し炭にしようとしている訳だな、ハハハハハ!」

「ダイダロス、てめえ!」

 

巧一朗は拳を握り締め、ダイダロスへ怒りを露わにする。飛び掛かるのを静止させたのはキャスターだ。

 

「駄目だ、今は逃げよう。彼の言う通り、もし『后羿』が我々の敵ならば、戦う選択をしてはならない。」

「でも!」

「『太陽』が落ちてくるなんて、本当に災害だ。今の我々に出来ることは無い!どうしようもない!」

「でも、俺たちだけじゃねぇ。第四区全員が死んでしまうかもしれないんだ!鶯谷も、吉岡さんが救った海斗くんも、博物館の来場客も、皆が燃やされる……っ」

「博物館が生き残ることだけを考えろ!私たちはテロ組織だ、慈善団体じゃない!」

 

キャスターの一喝に、巧一朗はたじろいだ。

その通りだ。今まで手を汚し続けてきた彼が、今更正義のヒーローを気取るなんて馬鹿げている。

犠牲は承知で、それでも災害を殺すべく戦ってきた。周りの人間を顧みず、走り続けてきた筈だ。

巧一朗は言葉を失った。

 

「コーイチロー」

「巧一朗、動け。生き残って、次こそは、災害に勝利するんだ。まだ、終わりじゃない。」

「…………すまない、取り乱した。」

 

こうしている間にも、太陽は徐々に迫ってきている。

だが、それでも、巧一朗は最後に叫んだ。

叫ばずにはいられなかった。

 

「ダイダロス!お前がずっと守ってきた第四区の幸福を、こんな簡単に、お前、心が痛まないのか!おかしいだろう!何もかもが狂っている!俺は絶対にお前を許さない!認めない!」

「テロリスト風情が、知ったような口を利くな。僕はお前らを救う義理も義務もない。博物館、お前らは永遠の罪人さ。地に這いつくばりながら、下らない人生を歩むがいい。」

 

ダイダロスは高笑いを続けながら、迷宮の深淵へと姿を消した。

巧一朗たちはアリアドネナビから、入り口の場所を特定し、迷宮を走り抜ける。仕掛けられた罠の数々が起動することは無かった。

 

 

第四区博物館にて

地下施設、メインサーバールームにて、充幸は慌てふためいていた。

トランクケースにデバイスやメモリーの数々を押し込み、逃げる準備を整えている。

バタバタと走る音を耳で楽しむエラルと、苦笑しているロイプケ。どうやら焦る人間がいると、かえって冷静になるようだ。

 

「エラルは車椅子だし、あぁ、もう!早く逃げないと!館長と合流しなきゃだし!どうしようどうしよう!」

「落ち着きなさい、充幸。私たちが逃げるにはまだ十分時間があるわ。ねぇ、ユリウス。」

「はい、先程第六区の遠坂様に連絡が取れました。既存のルートとは別の、遠坂組所有地を経由した方法で、第六区へ逃げ込むことが可能です。エラル様ご存命の一報には流石の遠坂様も驚かれていらっしゃいましたが。」

「龍寿ならその辺り、何とかしてくれる筈よ。さぁ、行きましょう。」

「あ~、待ってよエラル!忘れ物がないかチェック中だから~!」

 

充幸は目をぐるぐるさせながら、巨大なリュックサックを背負っている。ロイプケは親切心で、彼女の荷物を代わりに背負ってあげた。

 

「さぁ、準備は良い?充幸」

「えっと、はい、これで大丈夫、です!」

 

ロイプケがエラルの車椅子を押し、一行は扉の先に出ようとする。

だが、充幸はふと足を止めた。そして、地下施設中央の円形装置に向かって、無言で歩いて行く。

 

「充幸様、どうされまし……た………?」

「どうしたの、ユリウス。」

「え……エラル様!充幸様が……あれ?充幸様…………ですよね?」

 

ロイプケが驚くのも無理はなかった。

先程までの慌てる充幸はどこへやら。

彼女は酷く冷えた眼差しで、円形装置の前に佇んでいる。

そして彼女の銀色の髪は見る見るうちに、桃色へ染まっていく。

彼女の落ち着いた衣服は消え、エスニックな戦闘衣装へと変化した。

 

「充幸様が……変わった……?」

「あぁ、充幸から聞いたことがあるわ、その話。」

 

充幸は円形装置の中央に設置された水晶を取り外し、何処からともなく用意した杖の上部に装着した。

そして金属の音を鳴らしながら、エラルの元へ歩いて来る。

 

「どうも、初めまして、『エサルハドン』。」

「…………」

 

ロイプケの額から汗が噴き出した。

とてつもない圧力だ。国の王が纏う様なオーラが、この少女にはある。

充幸はただ何も言わず、二人を眺めていた。

 

「どうして、今になって貴方が出てきたのかしら。貴方はずっと『充幸』だった筈よね。」

「…………我は我の所有物を回収しに来ただけだ。」

 

充幸は杖の先、水晶を覗き込む。

未来占いの水晶。それはこの先の出来事を映し出す。

彼女はこれから起こることを理解し、小さく笑った。

 

「何が、見えたのですか……我々の死、とか、第四区の滅亡、とか?」

「ユリウス、想像が暗いわね。」

「いや、でもこの状況だとどうしてもですね!?」

 

「存外、不幸な未来ばかりでも無さそうだ。」

 

淡い桃色の髪の少女は口角を上げたままに消失する。

杖を握り締めた銀髪の充幸は、何が起きたかを理解できぬままに、キョロキョロと辺りを見回していた。

 

「あれ、私、何をしていたんだっけ?」

「しっかりなさいよ、充幸。さぁ、行きましょうか、第六区へ!」

 

 

巧一朗とダイダロスの戦闘から、一時間が経過する。

第四区内から逃げおおせた人々と、未だに留まり続ける人々。

その誰しもが、希望を失っていた。

災害とは、ヒトを守るものに非ず。

ヒトを害する災いで在ったのだ、そういう類での絶望である。

第四区から全ての活気が失われ。

人々の目から光が失われていた。

 

空に浮かぶのは煌々と燃える太陽。

地上に落ちてくるまで、もう時間は残されていなかった。

身体の弱き者は、もう立ち上がることすら出来ないだろう。

 

一人の男が、太陽を見つめていた。

その光から目を逸らすことはしない。

 

男は大きく溜息をついた。

これから成すこと、全てを踏まえての溜息である。

 

「お前、嘘を付くのが下手くそだな。」

 

後ろから現れた巨体が、男を揶揄ってくる。

 

「お前、もう霊核がぐちゃぐちゃで死に体じゃないか。それに、何が『地に這いつくばりながら、下らない人生を歩むがいい』だ。素直に生きろと言えば良いだろう。」

「事実だ。僕はあいつらテロリストを救うつもりは無い。」

「でも、第四区の人間は、守るんだろ?」

「…………災害のアサシンが好き勝手暴れるのが不快なだけだ。それに、第四区を滅ぼすだと?ふざけるなよ、ここは僕が造った、ライダーの『船』だ。僕の創造物にケチをつけられる謂れはない。」

 

災害のキャスター『ダイダロス』と、その使い魔『ミノタウロス』。彼らはある種、主従関係であるが、互いに手を取り合うことは無い。

互いが互いの存在を嫌い、憎み、哀れんでいる。互いに相手を利用すべく動いている。

これまでも、これからもそう。ダイダロスが聖杯戦争に呼ばれようと、彼らが協力して戦うことは決して、未来永劫有り得ない。

 

だが

 

ダイダロスは第四区の為に

ミノタウロスは、自らを英雄と呼んでくれた者の為に

 

今、共に共通の敵を睨んでいる。

 

「おい、怪物。一度だけだ。僕のためにその全てを使い尽くせ。…………英雄だろう、お前は。」

「死ぬほど癪だが、仕方が無い。今回だけだ。二度は無いぞ。」

 

ダイダロスはその背に、白き翼を宿した。

そして孤独に、太陽の迫る空へと飛びあがっていく。

彼にとっても、これは生前のリベンジマッチだ。『神』と持て囃されたヒトが、生まれて初めて本物の『神』へ挑もうとしている。

 

ダイダロスはかつて大切な息子を失った。

自由を求めた勇気ある青年を、神によって奪われた。

それは青年が愚かであったからか?

ダイダロスの翼が、『神』に屈したからに他ならない。

 

だから、彼は敢えて空の上で、太陽と対峙した。

その翼は、もはや熱に溶かされることは無い。

二度と落ちない為に、千年かけて創り上げたのだ。

彼は第四区を背に、燃える光へ手を翳した。

 

「宝具起動。『万古不易の迷宮牢(ディミョルギア・ラビュリントス)』。」

 

空中に浮かび上がる、第四区を守る為の、神秘の障壁。

陽の光が壁を飲み込むように接近する。

そして遂に、その二つは衝突した。

人々の耳を切り裂くような轟音が響き渡る。パニックになっていた人々は、誰しもが、こぞって空を見上げた。

そして彼らは気付く。誰かが、人間の希望の為に戦っているのだと。

その翼こそ、第四区の象徴。決して燃え尽きることのない、『自由』そのもの。

人々は手を重ね、祈りを捧げた。

 

「ディザストロキャスター様」

 

災いを齎す筈の存在に対して、彼らは祈る手を止めない。

この地区において、彼に感謝を捧げない者は殆どいなかった。

盲目的であったかもしれない。それでも、千年に渡り、人々を守り抜いたのは事実なのだ。

最期まで、災害のキャスターは人類の味方だったと、彼らは語り継ぐだろう。

 

そして地上に立つミノタウロスもまた、己の宝具を発動した。

ダイダロスを支える為の、第二の迷宮、第二の壁である。

 

「宝具起動。『万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)』!」

 

ミノタウロスの発動した宝具はエーテルとなり、ダイダロスの壁に重なった。だが二人の持つ心象風景に若干の差異が生まれ、完全なる調和が図れない。

 

「このクソ怪物が!僕に合わせる努力も出来んのか!」

「お前は造った、俺は住んだ。この違いだ馬鹿!俺も必死でやっている!」

「あぁクソ、熱いから思考が鈍る!」

 

ダイダロスの肉体から一気に漏れ出した光の粒子。

もう彼は長くない。

目前の太陽に指を、手を、顔を焼かれ、苦痛の声を漏らしている。

そしてそれは使い魔であるミノタウロスにも伝わる。離れた場所にいるはずの彼にも同時に陽の光が燃え移った。

 

「あぁああああああぁあああああ!」

 

絶叫がこだまする。

壁は揺らぎ、彼は土俵際まで追い詰められた。

人々は涙する。

もういい、もう十分だと。

誰もが、彼の痛みに雫を零した。

 

不可能なのか。

ヒトは神には、無力なのか。

自由なる『翼』など、存在しないのだろうか。

 

「あぁ、また屈するのか、僕は…………」

 

ダイダロスは目を閉じた。

そして炎が、彼の肉体を包み込む。

もはや身体の痛みはない。痛いのは心だけだ。

彼の創造の限界点、もう、その先はどこにもない。

 

本当にそうか?

 

誰かが問いかける。

 

まだ死ぬなと問いかける。

 

彼の突き出した手に、何者かの手が重ねられた。

 

特別な力のない、平凡な手。

 

だがそこには何か特別なものが在る。

 

「父上」

 

ダイダロスの手の甲に、青年の手が重ねられた。

 

「イカロス、僕はまた」

 

ダイダロスは未だに迷い続け、ただ一人、幽閉された塔に縮こまっている。

彼の創造の先、未来がないことを恐れている。

 

「すまない、イカロス、僕の所為で、お前は死んだ。僕が、お前を殺した。」

 

最期の贖罪。

一番愚かだったのは、自分だったと、そう涙する。

千年の時を超えても、彼は変わらなかった。

ダイダロスはそう自らを卑下する。

 

「父上、見て」

 

イカロスが指さす方。

人々が、ダイダロスを信じ、祈りを捧げていた。

彼らは第四区から逃げることを辞めたのだ。

彼らは、災害のキャスターと共に戦う選択をした。

余りにもか弱い、価値の無い愚か者、その全てが、一人の愚か者を信じ続けている。

縋ることなら、逃げた先でも出来た筈だ。

だが人々は敢えて、第四区へ残った。

ダイダロスの死が、自らの死と言わんばかりに。

 

「ねぇ、父上。皆が父上を信じています。だって。」

 

塔を離れ、飛び立つ瞬間。イカロスは満面の笑みを浮かべた。

あの時と同じ顔だ。

 

「父上は、神様をビックリさせる、世紀の天才、ですから!」

 

イカロスは消失する。

ダイダロスの手に握られたのは、一枚の羽根だった。

災害からすれば、それは余りにも小さいもの。

 

彼はその『勇気』を背負い、目を開いた。

 

「ったく、馬鹿どもが。僕に期待するってことが、どういうことか分かっているんだろうな?」

 

手が燃え尽きたなら、足を使え。

足が消えたなら、工具を咥えて創り上げろ。

持てる全てを使って、最高の創造を行え!

 

そしてミノタウロスの宝具、その力の全てを、自らの迷宮に注ぎ込む。

一秒にも満たない時間。彼はその一瞬を決して逃さない。

 

完全なる同調。今、二つの迷宮が一つになる。

 

『迷え、彷徨え、顕現するは驚天動地の大迷宮。我らは空にて輝き、星々を超克する者』

 

空に浮かぶ複雑怪奇な紋様は、その全てが形成された迷宮である。

壁としての機能を超え、彼は太陽すらも迷いの中に封じ込める。

陽の輝きが失われるまで永劫、彼の絶技からは逃れられない。

 

「行くぞ!アステリオス!」

「応さ!」

 

彼らの呼吸が一つになった時、その『災具』は起動する。

刹那の奇跡はまるで流星の煌めきのよう。彼らはそれに名前を付けた。

 

 

『神韻縹緲の大迷宮(アステリオス・ラビュリントス)』

 

 

その瞬間、彼らは、ヒトは、『神』を超える。

第四区全域にその衝撃が伝わった。

太陽が空の上で消失し、宙に描かれた巨大な回廊が虹の如く光を放っていた。

人々の祈りに応えた男は、孤独に、落ちていく。

終ぞ翼が燃えることは無かった。全てを絞り出した抜け殻だけが、この地に残ったのだ。

そして地上からその様子を眺めていた怪物も、彼の雄姿を見届け、オアシスから退去する。

 

そして地上に転がった抜け殻は、何者かによって抱きかかえられた。

 

「ブリュンヒルデ……なのか?」

「はい。」

 

二人の男女がこの場に駆け付けた。

災害のランサー『焔毒のブリュンヒルデ』

そして災害のライダーだ。

 

「すまない、オレはアンタを……」

「構わない。元より僕には王なんてものは柄じゃなかった。」

 

災害のキャスター、その肉体が朽ちていく。

何かを言い残さなければならない。だが、思考が上手く纏まらない。

 

「ブリュンヒルデ……君は必ず、内なる毒に勝って、本当の君を取り戻すことが出来る。だから、災害会議の決定は、仕方の無いことだった。君が悔やむ必要は無い。」

「…………っ」

「ライダー、これから先、君は孤独の戦いとなるだろう。アサシンは君の理想に興味がない。サハラのセイバーのことだって、眼中にないだろうさ。もしかしたら、敵意を向けてくるかもしれない。」

「あぁ、そうかもな。全てはオレの責任だ。」

「僕のことは別にいい。最高の芸術を示すことが出来た。それで、僕には十分だ。……あと、もう会えないと思っていた息子にも会えた。もう父親なんて名乗れないだろうが、それでも。」

 

ダイダロスから漏れ出た光は、空へ登り、シャボンのように消えていく。

最期に彼に見えたのは、ライダーの船の上、共に旅立つ瞬間だった。

 

「海なんて、見飽きた筈なんだけどなぁ。」

 

ダイダロスはブリュンヒルデの胸の中で、静かに、消滅した。

二人の災害は、友との別れに涙する。

千年の時を超えた関係、そしてその先の結末。今の彼らに、それを受け止めることは出来ないだろう。

 

 

「…………い」

「………らい」

「みらい」

「美頼」

 

少女の名を呼ぶ声が聞こえた。

彼女はその声に目を覚ます。

眠たい目を擦りながら、声の主の方を確認した。

彼女のサーヴァントであるロウヒが、小さなパイプ椅子に座っていた。

 

「あれ、バーサーカー?」

 

美頼は寝違えた首元を擦りながら、これまでのことを思い出してみる。

確か、巧一朗たちと共に、迷宮の入口へ向かって走っていた筈だ。

 

「あれ?それから、どうしたっけ?……コーイチローは!?」

 

美頼が辺りを見回すと、そこは灰色の狭い空間だった。

中には彼女とロウヒがいて、目の前には黒色の鉄格子が存在する。

美頼には理解できた。今の自分の状況が。

 

「これって、檻の中?」

「そうだな。」

「え、ってことは…………?」

「有体に言えば、捕縛され、収監されたということだな。」

「え」

「逮捕だ。タイホ。」

「えええええええええええ!?」

 

美頼は自らが捕まることをしてきただろうか?

犯した罪などあっただろうか?

 

「思い当たるフシしかないんだけど!?」

 

暴行、脅迫、放火、不法侵入、器物損壊、詐欺、殺人、さて、どれが漏れたのだろう?

美頼はがっくりと項垂れる。

ロウヒはその様子をけらけらと嗤っていた。

 

「というか、ここはどこなの?」

「第六区だ。」

 

返答したのはロウヒでは無い。

牢屋の外側、一人の男が現れた。

どこか不衛生さを感じる、貧乏そうな男は、彼女の牢の前にて椅子を組み立てた。

 

「誰?」

「俺の名前か。『衛宮禮士』という者だ。まぁ俺のことなんてどうでも良いだろう。まずは話をしようじゃないか。北方の女王様と、そして、『ミヤビ・カンナギ・アインツベルン』?」

 

「…………多分それ、人違いです。」

 

                                              

【To Be Continued】

 

 

 

どこかの国

夜に近付き、人々の帰宅の足も速くなる。

そしてここにも、自宅へ帰る親子の姿があった。

 

「お母さん、今日の校外マラソン、俺が一位だった。」

「え、凄いじゃん。でも無理はしちゃだめよ?」

「勿論。」

「あと、ボールを使った運動も」

「分かってる!胸の手術跡に響くから駄目なんだろ!」

「……ごめんね、口うるさくて。」

「いいよいいよ、それよりさ、今日はアレ食べたい!祝杯ってヤツ」

「うん、そうしよっか。じゃあスーパー寄るから、荷物ちゃんと持ってね。」

「任せとけって。」

 

母は息子の手を握り締める。

すると息子は、もう片方の手も上にあげた。

 

「何してるの?」

「ほら、いるじゃん。」

「…………本当ね。いるね、お父さん。」

 

風が吹くと、彼の父は現れる。

そして少年の頭を撫でまわしながら、最高の笑顔を向けるのだ。

 

「気ままな人だなぁ。」

「そうね、きっと世界中を回って、楽しんで」

「そして、沢山冒険したら、また会いに来る。」

 

二人と、一人は、手を取り合い歩き出した。

小さな物語は、まだ始まったばかりなのだ。

 

少年の旅は、どこまでも続いていく。これはそんな一ページに過ぎない。

だからこそ、締めくくるのに相応しい、この言葉で物語を終えよう。

 

 

『今宵は、ここまで。』

 

                                                       【神韻縹緲編 完】

 

 

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