Fate/relation   作:パープルハット

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観測者編2

【観測者編②】

 

開発都市「オアシス」で中核を担う三つの企業、最高品質の仮受肉用疑似肉体(通称オートマタ)を提供する「アインツベルンカンパニー」、召喚した英霊への絶対命令権である令呪の提供、販売を行う「マキリコーポレーション」、そしてオアシスの全地区の都市開発を一手に担う「遠坂組」はアライアンス契約下にあり、半年に一度、代表取締役同士が会食する約束となっている。アインツベルンは第一区に、マキリは第二区に、遠坂は第六区に本社を構えていることから、彼らが食事を共にするのは決まって第四区であった。それは四区の統率者である災害のキャスターの認可の元行われている。

この度、第四区の有名レストランにて開催が決定されたが、災害のキャスターは首を縦には振らなかった。その理由は、第四区で発生している連続殺人事件の足取りを追っている最中である為だった。万が一にでも要人の警護の網を掻い潜り、彼らに刃を突き立てる者がいたならば、ディザスタークラスの恥さらしも良いところである。災害のキャスターにとって自己の評価が下げられることはどうでも良かったが、他の柱がもしも、もしも代表たちに愛護的な感情を抱いていたならば、災害同士の戦争が勃発する可能性もある。オアシスの繁栄においてそれは余りにも大きな障害となり得る。だからこそ、この度の会合に関して、彼は否定的な見解を示していた。

だが、こともあろうに、第一区の災害「ライダー」が無理矢理にこの会食を執り行う声明を他の災害に通達したのだ。オアシスの六の災害でも最強と名高いライダーの意向は流石に無視できず、結局災害のキャスターは承認するほか無かったのであった。

会食の前日、遠坂組経営責任者の遠坂 龍寿(とおさか りゅうじゅ)は、真夜中に、四区繁華街の方まで繰り出していた。当然キャスターから殺人鬼の話は聞いていたし、地区間を移動する間は護衛を数人連れていた。だが今は一人、何かに誘われるように繁華街の路地裏へ足を運ぶ。

彼は行き止まりに差し掛かると、立ち止まって自らの足元をうろつく鼠を茫然と眺めていた。

 

「おやおや、本当に来て下さるなんて。」

 

彼の後方、暗闇の中からスーツ姿の初老の男が現れた。龍寿はすぐさま、その正体がサーヴァントであることに気付く。

 

「今時、紙の手紙なんて良く考えたものだ。確かに、今じゃメッセージを飛ばすより安全かもしれんな、アサシンである君にとって。」

「お褒めに預かり光栄です。儂が暗殺者のクラスだとよくご存じで。」

「君だろう?ディザストロキャスターが言っていた、猟奇殺人鬼というのは。」

 

初老の紳士は被ったハットを取り、深々とお辞儀した。龍寿は胸ポケットに仕舞っていた煙草を取り出し咥えると、魔術で指先に火を灯して一服する。ハットを被りなおしたアサシン「ジャック・ザ・リッパ―」は遠坂の余裕を不気味に感じていた。

 

「七人、殺したそうだな。無差別であるかと思ったが、ちゃんと共通項はある。四区の長は既にそのことに気付いていたぞ。」

「…と、言いますと?」

「全員が前科持ちだ。軽犯罪から殺人に至るまで、一度服役した経験のある者だけが狙われている。何だ、世直しでもしているつもりかね?」

「ええ、実に映画の主役、アウトローな執行人でありましょう?罪を犯した者がのうのうと生きるのは実に不合理でありましょうや。儂は快楽で人を殺す、生前は女を中心に、今は罪人をターゲットにしたゲームです。」

「一度鏡を見て欲しいものだ、で、僕は服役した経験は無い訳だか、何故君のゲームのエネミーに指定されたんだい?」

「オアシスでも有名人な貴方は清廉潔白な貴族として区民から慕われています、が、手紙にも書いた通り、貴方は只の犯罪者だ。ヘヴンズゲートの正体に気付いていながら、天還を至高の祭りとして囃し立てる。一体何人が犠牲になったんでしょうねぇ。災害と、遠坂が隠している秘密はオアシスを揺るがしかねない禁断のリンゴでしょう。」

「あぁ、君はアサシンだから気配を消して嗅ぎ回ったのかな?成程成程、それは少し面倒だね。」

 

ジャックは数日前、白銀の少女によって召喚されたばかりのサーヴァントである、その為、彼自身がオアシスの謎を知り得た訳では無い。彼の口を借りて、彼のマスターであるキャスターが語り掛けている。マキリの令呪をどこからか掠め取ってきたキャスターはそれを贅沢にも二画用いて、ロンドンの怪物を意のままに操っているのだ。

 

「(あの女(マスター)の言う通りにしたが、話の筋が全く読めない。ここからは儂がこのトオサカという男を殺害する手筈になっているが…)」

 

ジャックが腰から短刀を抜こうとした瞬間、彼の背筋に悪寒が走る。彼の中の生存本能が、動物的直観が、今すぐに逃げろと諭してきた。

だが彼が一歩退いた時点で、既に勝敗は決していた。瞬きをする程度の僅かな時間に、アサシンの四肢は狩り落されていた。顔と胸が残された状態で地面に転がり落ちる。彼の目の前に現れたのは画角に収まらぬ巨大な生物、人の身体ではあるが、何かが決定的に異なっている。そのスケールはパニック映画に出てくる巨大鮫かクロコダイル。龍寿をマスターとしているように見えるが、そもそもこの怪物はサーヴァントと呼称して良いのだろうか。アサシンの視界を半分借りたキャスターはこの迫力満点な光景に興奮が止まなかった。一方ロンドンの殺人鬼は召喚に応じてしまったことを後悔した。遠坂龍寿に対して全ての攻撃は通用しない、彼の経験則でそれを理解してしまったのだ。

 

「さて、ここからは質問タイムだ。アサシン、君はどこまで知っている?君のバックには誰がいる?」

 

龍寿は落ちていたジャックのハットを拾い上げると、埃を払い、彼に再び被せてあげた。手足が無い以上、ロンドンの悪魔と言えど何も行動を起こすことは出来ない。もはや彼は籠の中の鳥、自由に羽ばたく権利を奪われてしまった。

 

「儂…は…」

 

アサシンはマスターである白銀の少女の意に背き、全てを話すことで助かろうとする。当然のことながら、殺人鬼に英雄の矜持は宿っていなかった。それも必然、龍寿の後ろに立つ巨躯の化物を見れば、誰だってそうする。たとえそれが英雄であったとしても。

だが次の瞬間、アサシンは己の下を噛み切り自害した。口から血を吐き出し、彼は絶命する。龍寿は先程の鼠同様、地に這いつくばったか弱き命が消失する様を茫然と眺めていたのだった。

キャスターの腕に彫られていた三画目の痣が消滅する。いざとなれば自害させる予定であったが、こんなにも呆気なく敗退するとは考えていなかった。だが彼女の目的は達成し、かつ一番知りたかったことを知れて、大満足といった様子で廃病院を後にした。

路地裏から霊基反応が消えたことを確認すると、龍寿はまだ煙が立ち上る煙草を壁に擦り付けて掻き消した。これが、約束の合図。このサインを受け取った者が、彼の前に姿を現した。

顔全体を覆い隠す仮面を身に着けた、背の高い男である。龍寿は彼が姿を見せるや否や、跪いて頭を垂れる。

 

「ディザストロキャスター様、ご足労頂き誠に有難うございます。貴方様の使い魔の力までお借りできるとは。」

「ロンドンの殺人鬼であると推察し、警戒レベルを上げたが、なに、取るに足らない三流だ。この程度なら君のサーヴァントでも余裕ではなかったか?遠坂。」

 

災害のキャスターは龍寿の後ろに立っていたサーヴァントに触れる。すると巨躯なる怪物は地に吸い込まれるように姿を消した。

 

「して、四区で起こっている連続殺人、奴が犯人であると自ら述べていたな。最初の被害者の女の違法召喚によって生まれた存在であることは証拠からも確認済みだ。これで四区の平穏が再び保たれる。」

「…ですが、ジャック・ザ・リッパ―の背後には別の何かが暗躍している可能性があります。快楽殺人が趣味の男が、ヘヴンズゲートに辿り着いたのは些か不可解です。」

「だが、その背後にいる者まで探る必要は無い。僕の仕事はあくまでこの事件を止めることである。背後についているのが万が一にでも災害のアサシンであるならば、僕にはどうしようもないからな。事件が起これば、またそれを潰していけばいい。」

 

龍寿は納得する。災害のサーヴァント達が真の意味で人の平穏を願っている訳がない。このキャスターはまだマシな方だ。龍寿は遠坂の未来の為に、災害に選ばれし存在であり続けなければならない。第六区、災害のランサーから信頼を勝ち得ることは出来た。次なる目標は、四区のキャスター、オアシスと外の世界を繋ぐ「扉」の管理者たる彼を、何としてでも味方につけておかねばならない。アインツベルンやマキリを出し抜き、オアシスの頂点に君臨するために。

 

「そうだ遠坂、僕が去る前に一つだけ忠告しておこう。間桐には気を付けろよ。」

「間桐…マキリですか?彼らが裏で何か動いているのは明白ですが…」

 

災害のキャスターは路地裏から立ち去った。龍寿は明日に控えた会合に、一抹の不安を残すこととなる。

 

 

時を同じく、四区繁華街、夜の街に佇む古風な粉物専門店「お好み焼き『昇陽』」にて。

アルコールを一気に飲み干す快調な女、美頼と、それを若干引きつった顔で見つめる巧一朗の姿があった。美頼は枝豆と鶏のから揚げを頬張りながら、麦酒でそれを一気に流し込む。その間、巧一朗は彼女の分のお好み焼きの焼き色も窺っていた。

 

「いやぁ、人のお金で食べるご飯は美味しいわね。」

「奢るなんて一言も言ってないからな。」

 

彼女はついに麦酒三杯目に突入した。止まらないし、止める気も無い。潰れるまでアクセル全開である。巧一朗の仕事がまた一つ増えてしまった。昨日七番目の変死体をその目で見てしまったにも関わらず、美頼は一切それを気にする素振りも無い。何とも強固なメンタルだと巧一朗は感心している。彼は二人分のお好み焼きを華麗な技でくるりとひっくり返すと、枝豆を一つ口に入れた。

 

「てか、コーイチローのそれ、ハニーメイプルレモネード?絶対合わないでしょ。」

「そうか?美味いぞ。」

 

彼はアルコールを摂取しない。酒は強い方だが、二人とも酔っぱらうと目も当てられない事態になる。充幸からの大目玉は必至だ。

美頼は止まる気配も無く、手を休めずに過剰摂取する。カロリーオーバーだが、彼女の美意識は人一倍、そのあたりは運動するなりなんなりでカバーするだろう。問題はそこでは無く、余りにも良い食べっぷりなもので、他の客の注目の的になっていることだ。目立ちたくない巧一朗には地獄のような時間である。今度は山盛りポテトとホタテバター二人前が運ばれてきた。

 

「コーイチロー、その後事件の手掛かりは掴めたの?」

「そうだな、強いて言うならば、被害者は皆、受刑者だったらしい。」

「受刑者…何らかの罪を犯したことがあるって訳。それかなりいい手掛かりじゃない?」

「うんにゃ、そうでもない。刑務所や罪の内容に類似性が無いから、結局は振り出しだ。正義の味方を気取った輩による犯行か、本当に少女のサーヴァントであるジャック・ザ・リッパ―の仕業なのか…」

「コーイチロー、お好み焼きが焦げてるわよ。」

「まじか。」

 

美頼は既に自分の取り分を皿に切り分けている。彼女はテーブルのソースとマヨネーズ、青のり、鰹節を順番に振りかけ、お好み焼きを完成させていく。

 

「コーイチローは甘辛?それとも激辛ソース?」

「否、ここ昇陽ではマイボトルの持参が認可されている。俺は俺の味付けでお好み焼きをデコレーションする。」

 

巧一朗はスーツのポケットから、ハニーメイプルと書かれた容器を取り出し、それをお好み焼き全体にコーティングした。煙と共に甘ったるい香りが彼らの机に立ち上る。彼はボトルを一本使い切ると、出来上がったダークマターを幸せそうな顔で頬張った。

 

「うわぁ」

「何だ美頼、カマキリがバッタの腹を食い散らかしている瞬間を見てしまった時のようなその顔は。」

「カマキリの凶暴性に子ども心に気付く瞬間ね…ってそうじゃなくて、これはドン引きせざるを得ないでしょう?アナタもしかしてお好み焼きをパンケーキか何かと勘違いしてる?」

「パンケーキにはボトル一本じゃ足りないだろ、何言ってんだ。」

「駄目だわコイツ」

 

若干食欲の落ちた美頼とハニーメイプラー巧一朗はその後も淡々と食事を進めて行った。

他の客が食事を終え、店を後にした頃、巧一朗はようやく本題を切り出す。

 

「所詮俺たちは素人だ。災害のキャスターを情報戦で出し抜くのは至難の業。派手に動けば見つかるが、遅すぎても駄目。こんな時は情報屋に頼むのが良いと判断した。」

「情報屋?」

「各地区に一人はいる、その地区の裏側に精通している人物だ。四区の情報屋は博物館のことをよく知っていて、そして俺たちに協力的だ。何度も彼の協力を仰いでいる。」

「成程、その人物とこの店で落ちあうつもりね。

美頼は情報屋というワードにキラキラと目を輝かせる。彼女の想像はスパイ映画で見た金髪長身のハリウッドスター。当然現実でそんな者が街中を歩いていたら注目を集める、これは有り得ない妄想。

巧一朗が手を上げ、店主に注文する。奥から現れた武骨な男は、一言も話さぬままに生地を彼らの卓の鉄板に広げた。

 

「なに?コーイチローまだ食べるの?」

「違う。たった今俺たちは情報屋にコンタクトを取ったんだ。」

「は?」

「ネットを通した情報伝達は災害に見つかる心配がある。かと言って手紙も証拠として残りやすい。だからこそ、コレなんだ。」

「いや、まだ分からないけど?」

 

お好み焼きが鉄板で完成すると同時に、再び店主が現れる。その手にはマヨネーズの容器が二本。ソースを表面に塗った後、店主はお好み焼きにマヨネーズを器用に振りかけた。

 

「ま…まさか…」

「そう、マヨネーズならば!食べてしまえば証拠は残らない!」

「なん…だと?」

 

そう、昇陽の店主こそが裏社会の情報屋であった。美頼は妄想の中のハリウッドスターへ根性の別れを告げる。

 

「さぁ店長!頼んだぜ!」

「…あいよ。」

 

店長は長年培われた匠の技でマヨネーズを振るう。それはまるで、キャンパスに目の前の景色を映し出すアーティスト。浮かび上がる言葉を、巧一朗と美頼は期待の眼差しで見つめていた。

 

『殺人事件の犯人は』

「犯人は?」

「…」

 

店主、寡黙なままにそのままベンチ入り。店の厨房に帰り、そのまま音沙汰無し。

 

「え?犯人は…?」

「しまった!美頼!字数制限だ!お好み焼きに文字を書くスペースが残されていない!」

「馬鹿じゃないの!?」

「これを食べれば…次なる情報が…」

 

こうして、巧一朗と美頼の戦いは始まった。

メイプルをぶっかけ、美頼が巧一朗を殴り飛ばす事故も見られたが、二人は無事、十数枚のお好み焼きを完食した。

結局手に入れた情報は「被害者の連れていたサーヴァントもまた姿を消している」ことと「犯人が第五区の宗教団体の正装、黒ローブを身に纏っている」という事実だけであった。

 

巧一朗と美頼が店を出たのは、夜の一時を回った頃である。お好み焼きに合わせて、更にアルコールを過剰摂取した美頼は千鳥足になっていた。巧一朗は彼女の身体を支えると、亀の歩みで彼女の家へと向かった。専属従者オートマタに魂を宿したバーサーカーは彼女の元にはいない。恐らく既に家にいるだろう。

 

「俺とキャスターならまだしも、アイツは美頼の正真正銘のサーヴァントだろうが。」

 

女王自らが足を運ぶなんてもっての外なんだろうが、仮にも主従関係を結んでいるのだから、マスターの危機には駆けつけて欲しいものだと巧一朗はぼやく。無論、巧一朗自身、彼女をこのグルメバトルに参加させてしまったことに関しては罪悪感を抱いているが。

 

「コーイチロー…もう歩けない…」

「あとちょっとで家に着くから。」

「ちょっとぉ…ってどのくらい?」

「三キロだ。」

「それ遠くない?」

 

美頼は巧一朗を振り解き、道端で寝転がる。自慢の金色のツインテールが砂まみれだが、硬く冷たいベッドが火照った彼女には丁度良いらしい。このままだと朝までここで眠ってしまいそうだ。

 

「おい美頼、寝るな。寝たら死ぬぞ。」

「うーん、むにゃむにゃ」

「♪追いかけてー追いかけてー追いかけて…ゆき~ぐ~に~」

「zzzZZZZ」

「駄目だこりゃ」

 

巧一朗はすやすやと眠り始めた美頼を背負うと、近場のビジネスホテルで一泊することにした。一室しか取れなかった為、仕方なく彼女をベッドで寝かせ、自らは窓際の椅子に腰かける。

 

「…ママ…ママ…」

 

彼女は夢を見ているのか、苦しげな表情で今は亡き母を呼び続ける。巧一朗は知っている、美頼のとって一番の悪夢、彼女の心を蝕み続ける過去の事件、全てが終わった後も、少女はその鎖に縛られている。

だが夢は所詮夢だ。巧一朗は苦悶の表情を浮かべる彼女に何かしてやる訳も無い。ただ身体が冷えてしまわないよう、毛布を掛け直してあげるだけだ。

一時間ほど経過し、彼女の眠りは深くなった。悪夢は過ぎ去ったのだろう。巧一朗はホテルを出て、近くの二十四時間オープンのコンビニエンスストアでホットのはちみつレモンを購入した。

真夜中の寒空を見上げ、彼ははちみつレモンで暖を取る。こうして呑気にしている間にも、次なる被害者が出ているかもしれない。彼自身に正義感なんてものは存在しないが、博物館の皆を思うと少しだけ身体が震える。これは寒さの所為では無いと、彼は自覚していた。

 

「巧一朗、君も探偵の真似事を始めたようだね。」

 

後ろから不意に声をかけられる。巧一朗は背を向けたまま、自らのサーヴァントに返答した。

 

「キャスターは四区の連続殺人についてどう考えている?」

「どう?か。些か不可解な疑問だね。犯人の正体や手掛かりでは無く、私個人の思想を君は聞きたいのかい?」

「お前は犯人の正体に気付いていようが教えてはくれないだろう。」

「ふふ、まぁね。勿論犯人の正体は知っている。動機も知っている。考察のしようも無い、単純かつ明瞭な事件だ。だが私としては非常に面白く愉快な事件だ。このまま終わらせるのが勿体ないぐらいには、ね。」

「そうか。良いヒントだ。有難う。」

 

被害者は現時点で七人。その全員が何らかの罪を犯した経験のある者。最初の被害者、ジャック・ザ・リッパ―のマスターである女、そして七番目の黒フードの狂信者、この二人の共通点は地区の登録がされていない違法触媒を所持していたということ。そして被害者のサーヴァントは皆消失している。

 

「ただの快楽殺人の線は消えたな。儀式的な犯行だ。キャスター好みの事件なら、きっとそれは人として覚悟を決めた者の決死の大犯罪。違法触媒により召喚されたサーヴァントこそが犯人の目的か。徒党を組んでオアシスに、災害に反逆するつもりか、それとも…」

「その魂を大いなる存在に喰わせているか。」

「英霊の魂を七騎捧げる大儀式…まさかな。」

「もし、そのまさかなら、面白いだろう?」

キャスターはにやりと笑みを浮かべる。巧一朗の額に汗が滲んだ。

 

 

遠坂龍寿がジャック・ザ・リッパ―の撃退に成功した翌日、彼は三企業の会食を終え、六区へ帰還する準備を整えていた。護衛達に荷物を任せ、彼は時計を気にしつつある場所へ向かう。護衛の一人が彼の後ろに付いて歩いたが、彼は龍寿の辿り着いた場所に驚愕を禁じえなかった。

 

「龍寿様、ここは…!?」

「あぁ、大衆向けバーガーショップだ。」

 

富豪の中の富豪、リッチな生き方しかしてこなかった遠坂家の跡取りが、庶民的なジャンクフードショップに現れるなど、誰も予想が出来ないだろう。龍寿は特に変装することも無く、普段着のままでバーガーショップの二階へと赴いた。護衛は外で待機命令、どうやら龍寿は四区にいる旧友に会いに来たらしい。

龍寿が慣れない場所でキョロキョロと辺りを見回していると、目的の人物がコーラ片手に現れる。

 

「おい龍寿、久しぶりだな。」

「鉄心…!」

 

鶯谷鉄心と遠坂龍寿は幼馴染であった。遠坂家の屋敷から彼を何度も外へ連れ出し、様々な遊びを教えたのは他でもない、鉄心である。遠坂家の者たちは龍寿に箱庭の外側を教えた鉄心を忌み嫌っているが、龍寿は他の誰よりも鉄心を兄のように慕っている。それは彼が遠坂家当主の座についても変わらない。

 

「会えて嬉しいよ鉄心。変わらないな。」

「そっちはえらく社長の席が似合う風貌になってきたんじゃないか?歳の割に貫禄あるぞ。」

「そんなことはないさ。僕なんてまだまだ世間知らず。鉄心には敵わない。」

「俺なんかを目標にするんじゃねえぞ。ロクな人間にならないから。」

 

龍寿が六区へ帰るまでの一時間、彼らは昔話に花を咲かせた。張り詰めた顔をしている龍寿も、この時ばかりは上機嫌である。

 

「鉄心、折り入って相談があるんだ。」

「何だ?友の頼みならギャラは取らないぞ。」

「六区に、遠坂組に来ないか?君の力を借りたい。オアシスの為に、君が必要だ。」

 

鉄心は少し考える。断るのは前提のもと、如何にして話に乗らないか。親友の頼みならば聞いてやりたいが、鉄心は鶯谷本舗としてこれからも自由気ままに生きていたいと考えている。身近な困っている人間に手を差し伸べることで精一杯、とてもじゃないがオアシスの未来を考えていく余裕なんてない。

 

「すまんな、龍寿。俺は大企業で働けるタマじゃないんだ。学も無く、その日暮らしな俺には精神的にもキツイだろう。このなんでも屋みたいな仕事、割と気に入っているからさ。」

「そうか、すまない、無理を言ってしまったな。」

「どうした、お前にしては落ち着きがないように見える。何かあったのか?」

 

龍寿は昨日のことを話そうとする、が、天還のことを話せば、鉄心に嫌われる可能性がある。彼は友情に亀裂が走らぬよう、言葉を選んで相談した。

 

「マキリコーポレーションが裏で何か良からぬ動きをしている、かもしれない。確証もない話だが、遠坂の権威を脅かす何かを狙っているならば、当主として、どうすればいいのか。」

「マキリが?」

「災害のキャスターと面会した際に言われたんだ。気を付けろって。彼が言う限りにおいて、それは真実であろう。わざわざ災害のクラスが一人間にそんなアドバイスをするだろうか。」

「そうか…」

 

それは鉄心には答えられぬ内容だ。会社の幹部でも無ければ、企業間の熾烈な争いなど明瞭に見えては来ないだろう。だが、身内で無ければこそ見えてくるものもある。裏社会にもある程度顔の利く鉄心だからこそ、表舞台に立つ龍寿を助けられるかもしれない。

 

「じゃあ、それは依頼ってことでいいな、龍寿。」

「依頼?」

「そう、マキリが今何をしているのか、鶯谷本舗として全力で捜査する。次に会った時、マキリの全てを詳らかにして、龍寿に伝えるよ。それなら俺でも協力できる。遠坂組には入らないが、これは鶯谷本舗との企業間協力体制だ。まぁ俺のは個人事業だけどな。」

「鉄心…有難う。君という存在が僕に力をくれるよ。」

 

こうして、龍寿と鉄心のわずか一時間の邂逅は終わりを告げる。龍寿は六区へ戻り、再び代表として力の限りを尽くすだろう。そして鉄心は博物館の活動とは別に、マキリコーポレーションの調査に取り掛かっていくのであった。

 

鉄心は龍寿と別れた後、店の外で佇んでいたアーチャーを連れてマキリコーポレーション本社のある第二区へ向かうことにする。第二区は以前、博物館の仕事で訪れたばかりであるが、詳しく地区全体を見て回る暇も無かった。二区と四区は隣接している為そう遠くは無いが、やはり境界線を跨ぐと、別世界といった様子である。四区からなら自転車で行ける距離、アーチャーの能力を使えば瞬時に到着できるが、彼は少し考え、徒歩で行くことにした。

 

「マスター、どうして歩いて行くのです?」

「マキリのこともそうだが、博物館が関わっている四区連続殺人にも興味はあってな。被害者の内の二人ほど、二区に近いこの四区のはずれの辺りで殺されていたそうだ。何か手掛かりがあったら巧一朗の奴に教えてもいいかな。」

「確かに、昼間から閑散としていますし、夕方に差し掛かる今は余計に人がいませんね。」

「犯罪者は犯行現場に帰って来るって言うだろう?有り得ない話じゃないはずだ。」

 

鉄心の中で確証があった訳では無い。だが彼の動物的な勘がこの場所には何かがあると告げている。彼は自らの直感に従って行動することが多かった。アーチャーは警戒しつつ、鉄心の背後から悪意の匂いを嗅ぎ分けていた。

四区の最北部、二区と隣接するその街は、荒廃したベッドタウンである。取り壊し予定の家々が立ち並び、西側に位置する繁華街とは打って変わり、どこか物寂しい情景である。二区のシャッタータウンに非常に似た構造をしていた。

鉄心は二区へ向かいつつも、寄り道をするようにカメラで怪しげな屋敷や廃屋を激写していた。人通りは無に等しく、偶に警察が通りすがるのみ。ここで変死体が見つかったとしても、何ら不思議ではないと誰もが思うだろう。

 

「アーチャー、スコープで犯人を捉えることは出来ないよな?」

「顔さえ認識すれば世界のどこに居ようと見つけられますが、どこの誰かも全く分からない人物を覗き込むことは流石に出来ませんね。」

「そりゃそうだ。犯人に出くわすご都合な展開があればいいが。」

 

鉄心がカメラを構えながら歩いていると、目の前にしっかりとした身体つきの男警官が道を塞ぐように現れた。彼は鉄心の持つカメラのレンズを手で覆い塞ぐ。

 

「ちょっ…」

「ここで何をしている。カメラもビデオも禁止だ。」

「俺たちは二区へ向かっている最中なんです。風景写真を撮って次の芸術コンクールに出す予定でして…」

 

鉄心は咄嗟に嘘をつくが、警察はそれでもと突っぱねた。

 

「今この道の先は第二区のゲートキーパーが通行止めにしている。危険人物が二区に侵入しない為に、な。」

 

連続殺人のことは話題に出さず、鉄心を無理矢理元来た道の方角へ帰させた。何の資格も有さない彼はそれに従わざるを得ない。アーチャーと共に、元の道へ戻ることにする。

 

「いいのですか、マスター。」

「仕方ないさ。俺たちは派手に動くわけにいかないだろう?」

「確かに…」

「…なーんてな!」

 

鉄心は先程の警官が見えなくなるタイミングに、近くの廃屋へ転がり込んだ。身体能力の高い彼は、屋根上に軽々とした身のこなしで飛び乗ると、屋根伝いに二区の方面を目指して行く。

 

「マスター、これはまずいのでは?」

「ダイジョーブ!いざとなればアーチャー、お前の力を貸してもらうから。」

「全く、破天荒なマスターですね。面白い。」

 

鉄心は好奇心で、このベッドタウンを調査することに決める。カメラを回すことと止められたということは、撮られてはいけないものがあるかもしれないということだ。それがもし殺人事件を超えた、大企業や災害の関与するものであるならば、これ以上面白いことはないだろう。

 

「アーチャー、さっきの警官をスコープで覗けるか?プライバシーもへったくれも無いが、見つかったらアウトだからな。」

「勿論ですマスター。」

 

アーチャーはウキウキでスキルを解放する。彼の覗き込むスコープは真実を照らし出す。先程の警官が何処へ居ようと、今のアーチャーならば特定が可能である。

 

「先程の警官、歩いて廃病院の方へ向かいました。…何だあの場所、ひと際魔力の渦が大きく感じる。この場所自体どこか異様な空間ですが、特にあの病院は…」

「行くしかねぇな!何だかあの警察官も怪しく思えてきたぞ。」

 

ベッドタウン中央にそびえ立つ有名心霊スポット『旧葛原病院』。ここは利用者の激減に伴い、西の方へ移転し、取り壊しが決まった廃病院である。何故か移転してから一年は経っているにも関わらず、一向に業者が入る様子も無く、学生の間では有名な都市伝説になりつつあった。

鉄心とアーチャーは割れた窓ガラスから侵入を図ると、物音を立てぬように、慎重に警官の居場所を探った。

静かな場所である為、喋る声は反響する。警官の居場所が小児科の診察室だと気付くのにはそう時間がかからなかった。

 

「…写真家気取りの若者とサーヴァントだ。あぁ、勿論追い返したよ。」

 

先程の警官が大声で誰かと喋っている。何とも危機管理能力の無いことだ。鉄心はそっと聞き耳を立てた。サーヴァントが居た場合、魔力で察知されかねない為、アーチャーは少し離れた場所で待機している。

 

「お前の言う通りにしてきた。犯罪者のリストも、第五区の違法触媒のデータも俺が用意したものだ。お前が求めている『聖杯』とやらは七騎の魂で完成するんだろう?霊体化しているお前のサーヴァントを俺に見せてくれ。」

 

「(『聖杯』?『霊体化』?何のことだ?)」

 

「七人目の災害のクラスが誕生する。それも他の災害、アーチャーやライダーをも超える『コラプスエゴ』のクラスが…。教祖様が求める理想の世界、絶滅の儀へのカウントダウンだ!」

 

「七人目の災害…っ!?」

 

鉄心は驚きのあまり思わず声を出してしまう。彼は自らの失態に気付き、急いでアーチャーの元へ走る。だが、彼より早く動いたのは、そこにはいなかったはずのサーヴァント。彼の前に急に姿を見せた者は、もはや人の原型を保っていない、悪魔であった。

 

「なんで?さっきまでこんな馬鹿デカい怪物はいなかったはずだろ!?」

 

鉄心は敵の攻撃を転がるように避ける。すると先程まで彼が走っていたはずの床が溶け落ち、灰と化していた。このサーヴァントの攻撃に少しでも接触すれば、粉々に分解されてしまうようだ。

 

「ははは、はははは!これがコラプスエゴ!新たな災害!俺が見たかった、革命の時だ!」

 

警察官は高笑いし、鉄心を見下す。だが次の瞬間、悪魔の一振りにより、警官の首は消失していた。血が飛び散ることも無く、生命活動を強制停止された胴体は行き場を失い崩れ落ちる。鉄心はその隙に、何とかアーチャーと合流した。

 

「アーチャー、取り合えず距離を取れ。アレに触れたら御陀仏だ。」

「ならば飛びますよ、鉄心!しっかり捕まっていてください。」

 

アーチャーは鉄心を抱え、後方に跳躍した。幸い敵は鈍足、彼のスピードに追い付けるはずも無かった。アーチャーは窓から脱出し、マスターを抱えたまま地面に転げ落ちる。掠り傷で済んだことを、今は喜ばなければならない。彼らは本能的に、この場所に近付いてはならないと察知した。

だが、鉄心とアーチャーは既に、敵の罠にかけられていたのだ。

ベッドタウンから一刻も早く逃げようとするアーチャーと鉄心だったが、彼らがその一歩を踏み出した刹那、外の景色は壊れ落ち、いつの間にか元の廃病院の小児科へと戻されていた。先程、確実に、病院から抜け出した筈であるのに、何故か彼らは再びコラプスエゴを目の前に立ち竦むこととなった。

 

「なんで…」

 

悪魔は大きく裂けた口でニンマリと嗤うと、両手を彼らに向かって振り下ろす。アーチャーの判断が遅れ、彼らの立っていた場所は跡形もなく消し去った。彼らは言葉を交わす間もなく死亡した、はずだった。

彼らを後方へ引っ張り上げ、その一撃を躱した者がいた。鉄心は見慣れたその顔を見つめ、安堵の表情を浮かべる。

 

「さんきゅ、巧一朗。エマージェンシーコールしといて良かったぜ。」

「俺が偶々四区内にいたからいいものを…何をしている、鶯谷。」

 

巧一朗は招霊転化で呼び出したセイバークラスのサーヴァント『ディルムッド・オディナ』と共に並び立つ。彼は彼なりに事件を追っていたが、鉄心と同じく、この廃病院へ辿り着いた。目の前にいる悪魔こそが、彼の追う猟奇殺人に関わっていると判断する。この悪魔の後ろで隠れている黒のローブのマスターらしき人物、七人を殺し、その専属従者であるサーヴァントの魂をこの派手な悪魔に喰わせていたとしたら、先程の強力な一撃にも納得できる。

二人のマスターと二騎のサーヴァントを前に、コラプスエゴは嗤う。血塗られた殺戮の夜が今、始まろうとしていた。

                                

 

【観測者編② 終わり】

 

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