Fate/relation   作:パープルハット

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マリシャスナイトシリーズ最終章!
今回は観測者編の内容ともリンクいたしますので、ぜひそちらからご一読ください!
誤字、感想等ございましたら、ご連絡ください!


マリシャスナイト:『淡路抗争』

「では教科書の六ページを開いてください。」

 

開発都市第一区の名門校にて、教鞭を振るう女が一人。

背まで伸びた黒髪を束ね、ポニーテールにし、牛乳瓶の底のような丸眼鏡を身に着けている。

所々に煤のような汚れが付着した白衣を纏っている為、彼女の講義を受けていない者は、彼女を理系科目担当だと誤認するだろう。

だがその実、彼女は文系学科、それも心理学の教師である。

彼女はふと、教室の隅々を見渡した。

今日も、生徒は疎らだ。

彼女の講義は出席していなくとも、最終試験で答案に名前さえ書けば単位が取れることで有名だ。だからこそ、登録者は他の講義の倍以上である。しかし、つまりやる気のある生徒でない限り、彼女の講義を聞く必要は何処にも存在しない、ということでもある。申し訳程度に講義に現れた学生も、その殆どが寝静まっていた。

彼女は最前列に座っている、やる気に満ち溢れた生徒数名を対象に授業を押し進める。

 

「ここには、一つの円が描かれているかと思いますが、実際は球状です。三次元的なものを二次元的に図解したもので、これがこの図の真実ではありません。ですので、前のスクリーンを確認してください。」

 

女はデバイスを操作して、スクリーンに半透明の球体を映し出した。

学生たちは、その三次元的な映像に釘付けになる。

 

「これは『宮子曼荼羅(みやこまんだら)』と呼ばれる宗教画の一種です。中心に鎮座するのが『大いなる者(オウバ)』、宗教的に言えば、神か、それに近しい者が該当します。無宗教の方は、力の源と認識してください。そして外周に数多く存在する点こそが『解き放たれし者(パンバ)』、これは我々人類と捉えるべきでしょう。オウバが内包していた力の一端を受け継ぎしパンバが、球体のあらゆる場所に存在しています。」

「ねー先生!『宮子曼荼羅』の『みやこ』って、都先生の『みやこ』?」

「それは違います。偶然です。私、都信華(みやこしんか)は都市の都という字ですが、宮子曼荼羅は、宮仕えの子ども、と書きます。宮を神の住まう家と考えた際に、その玄関の戸を開く者を、子と表記しているのでしょう。」

 

生徒の質問にも、淡々とした口調で返答する。

都信華、彼女は若人との交流をどこか避けているようにも見えた。

生徒は、弄られ甲斐の無い信華に、つまらなさを覚えている。

 

「説明を続けます。元はオウバの一部として機能していたパンバが、球の最端へ至ることを、イラストレーターは『進化』と称しています。神と共に在った時代から解き放たれ、神への責任転嫁を辞めたパンバたちが、親元を離れることで成長しているのだと解釈しているのです。」

「神への責任転嫁って?」

「我々人類は様々な自然現象を、神の怒り、神の導きと独自解釈してきました。ですが、科学の発展と共に、その事象のルーツは次々と解き明かされています。何故雷が落ちるのか、皆さんは正しく理解しているでしょう?それはパンバの発展による恩恵です。まだ近代的な教養が花開いていない時代に置いては、雷は神の威光だと認識されていました。それが神への責任転嫁です。」

「なるほど、だから『進化』しているんだね。」

「その通りです。では問題。オウバからパンバが離れて行くことを『進化』と定義したならば、逆にオウバへと向かっていく行為は、何と称されるでしょうか?」

「『進化』の逆……だから、『退化』かな?」

「現代の国語教育においてはそうでしょう。ですが、オウバへと近付く行為を、我々は『退化』と評して良いのでしょうか?」

「それは……」

 

生徒たちは言葉に詰まる。

無宗教の者たちも、この問題に頭を悩ませた。

信華は手を挙げる者がいないことを確認すると、左手の中指で眼鏡のブリッジを調整し、押し当てた。その後、ホワイトボードにマーカーを滑らせる。

 

「『進化』と同等級でありながら、ベクトルは反対向き、ならば、こう称するのが妥当でしょう。」

 

信華は書道の講師も驚きの達筆で、『深化』と記した。

生徒たちはその美しい文字におぉと驚きの声を漏らす。

 

「『深化』、つまり母体であるオウバを良く知り、回帰することを表します。進む、進化と、深める、深化。どちらも学術的に言えば正しいと定義付けされます。それを視覚情報から学び取れるのが、この『宮子曼荼羅』という訳です。」

 

信華はマーカーを教卓へ置いた、が、それは滑っていき、地面に転がり落ちる。

彼女はそれを拾おうとするが、手を滑らせ、教室の隅まで弾いてしまった。

生徒は信華の不器用さを笑わない。彼女がモノを落とすことは良くあることなのだ。

何故ならば、信華には右腕が存在しない。

白衣の右袖は常にぷらぷらとぶら下がっている。彼女は左手で全ての物事を手際よく行っていた。

生徒は誰一人として信華の腕の事情を知らない。聞くこともしない。何となく、そういうものだと認識している。

事故か、生まれついてのものか、特段珍しいことでは無い。ハンディを背負う人間は、オアシスにてそれなりに存在する。

だから生徒の一人は、信華の代わりにマーカーを拾いに走った。当然そうするものだと察知して。

 

「すみません、ありがとうございます。」

 

生徒が信華の左手にマーカーを手渡すと、彼女はぎこちなく笑いながら、それを受け取った。そしてそこで授業終了のチャイムが鳴り響く。

信華はデバイスを収納し、書物を脇に抱え込むと、静かに教室を後にした。その左手にはマーカーペンが握り締められている。

生徒たちは彼女を見届けながら、グループで各々『都信華』の噂に花を咲かせる。

着崩した金髪の少年たちは、信華が実は美人であると騒ぎ。

真面目な優等生風の学生たちは、授業内容の見直しをして。

噂好きの少女たちは、信華の失われた右腕について好き勝手に話し始めた。

 

「これいちおー嘘かほんとか分からないんだけど……」

「都せんせーの腕のこと?」

「うん、なんか先生って元々第五区の人らしくて、ディザストロアサシン様の前で、ジブンで腕を切り落とした、とか言われてて。」

「なにそれ、こわ」

「無いっしょ。ナイナイ。そんなの痛さで死ぬわ。それにそんなことして意味無くね?」

「たしかに」

「真夏のホラー話だわ。」

 

少女たちが噂しているとは露にも思わない信華は、研究室の前でデバイスが振動していることを確認すると、マーカーをポケットに仕舞い込み、着信に応答する。表示された名前を見て、彼女は顔色を変えた。

 

〈信華か。余だ。〉

 

「………………任務でしょうか?」

 

〈その通りだ。貴様の力が必要だ。『淡路島』へ向かえ。内容は追って連絡する。〉

 

「はい、畏まりました。我が主。」

 

信華は電話の主、災害のアサシンが切るのを待ち、デバイスを胸ポケットに収納する。

通常、余程のことが無い限り、災害自ら連絡を寄越すことは無い。これは緊急の招集だ。

彼女は『淡路島』という単語で、これから自らのすべきことに、凡その検討をつけていた。

研究室の戸を開き、誰もいないその場所で、彼女は書物の山を掻き分けた。

その下には古びた木箱が隠されており、その蓋を取り去ると、目的のものが出土する。

 

それはかつて彼女が身に着けていた、銀色の『義手』である。

 

それを起動することで、ひとりでに動き出した義手が彼女の右腕に装着され、複数のボルトとチューブで接続される。

信華は、久々に右手を動かす感覚に、心地よさを感じていた。

 

『余の為に、貴様のその腕を差し出せ。自ら、切り落とすのだ。』

 

かつての、蛇王ザッハークの言の葉を思い出す。

もう何年も前の話、信華は災害のアサシンの命ずるままに、その腕を捧げた。

痛みは、誉だ。彼女はその疼きに『生』を実感する。

 

「明日は、教員会議……ならば、今日中には、事を済ませなければ。」

 

彼女は自宅の冷蔵庫に、消費期限が本日までのプリンが保管されていることを思い出す。

仕事が無事終わったならば、果実酒と共にその甘味を堪能しようと決意した信華であった。

 

【マリシャスナイト:『淡路抗争』】

 

それは一年前の事件である。

第一区、第五区、第六区の丁度中間地点に存在する孤島、『淡路島』。

そこは第一区の巨大企業アインツベルンカンパニーの所有する土地であり、かつ秘密の実験施設でもあった。

行われていたのは、当主ミヤビ・カンナギ・アインツベルンが災害のアサシンから受け取った最重要機密書類『英霊統合計画』に基づく、反人道的な英霊召喚実験だ。二人の英霊を一つのオートマタに召喚し、内部から合成するという、不可能に近い研究である。

その指揮を執っていたのは、若き三十歳にして、開発部長の肩書を持つ『榎田智樹(えのきだともき)』という男だ。榎田はこの日、本部からの視察と、最新の実験の為に、島内を駆け回っていた。

 

「榎田部長、本部からの来客って、誰なんですか?」

「どうやら三狂官の一角、『武蔵坊弁慶』様らしい。何でも、直接触媒のデータを届けてくださる、とか。」

「えぇ?あのいつも歌っている、気持ちの悪いサーヴァントが、ですか?」

「お前、絶対にミヤビ様の前で言うなよ。二秒で首が宙を舞うぞ。」

 

榎田はこれまで、アインツベルンの為に身を粉にして働いてきた。

就職浪人も片手で数え切れぬ年数になった頃、彼はミヤビに拾われる形で入社した。

どうやら、カンパニーの代表が次代へ変わり、幹部候補も総出で退職したらしい。中々聞かない話ではあるが、貧困層の榎田にはどうでもいい話だった。

何故、榎田に光が当たったのか。それは彼はオアシスでは実に珍しい魔術師の家系であったからだ。と言っても、継承されることも無く、既に御家は廃れている。

だが書物などを通して、ある程度その心得は学び取っていた。それが功を奏したのだろう。彼はカンパニーの研究室へ入り、オートマタの開発部に抜擢されたのだった。

そして今はミヤビのご機嫌取りも上手くいき、開発部長を任されている。アインツベルンでは一番の出世頭であるだろう。

 

「今の俺があるのは、ミヤビ様のお陰だ。」

 

榎田は心の底からそう感じている。

しかし、彼が昇進すればするほど、ミヤビの黒い噂を耳にするようになる。

彼女は、第五区の宗教団体『アヘル』と深い関わりを持っているらしい。

そして先代と、幹部たちは、皆ミヤビによって闇に葬られた、とも聞く。

榎田を含め、社員全員がミヤビの手駒に過ぎないとも。

 

「有り得ないな。まだミヤビ様は若い。若すぎるといっていい。あんな小さな子がこの大企業を守る為に戦っているんだ。俺もしっかりしないと。」

 

榎田は自らに喝を入れ、武蔵坊弁慶の到着を待つ。あと数分で、目的の時間だ。

ヘリの近付く音で、開発部の人間たちが総出で歓迎の態勢を整える。

榎田もまたセンターに立ち、降りてくる者へ深々とお辞儀をした。

武蔵坊弁慶は榎田を遥かに上回る体躯で、研究員たちは圧倒される。だが榎田だけは決して姿勢を崩さない。

弁慶は一言も話さず、手にしたデバイスの電源を入れた。通信画面が映し出され、豪華な部屋に佇むミヤビの姿が披露される。

 

「ミヤビ……っ様!」

 

〈おお、久しぶりじゃな、智樹。画面越しだと少し瘦せたように思えるが、ちゃんと食事は取っておるか?〉

 

「はい、無論です。島内への配給食は美味で、かつ栄養満点ですので。いつも有難うございます。」

 

〈すまんの、島内の生活は飽きたじゃろう。お主だけが有休消化できとらんから、二週間、こちらに戻ってくるといい。統合計画もかなりの進捗じゃ。智樹がおらずとも、暫くは大丈夫じゃろうて。〉

 

「有難うございます。チームの皆が一丸となり、研究は更なる飛躍を遂げています。そう遠くない未来、ミヤビ様に良い結果がご報告できるかと。」

 

映像に写るミヤビはからからと笑った。ブロンドの髪が左右に揺れ、とても愛らしさがある。

ミヤビは榎田たち研究チームの活躍を、心より望んでいた。オートマタ企業として大成することこそ、ミヤビの願いそのものだ。

榎田はミヤビの純朴さに、先程まで邪推していた自分を恥じる。この少女に闇を感じる筈も無い。愛社精神の強い、若手ワンマン社長そのものだ。

彼らは暫く通信越しに会話を楽しむと、弁慶を仲介して、目的の聖遺物データの受け渡しが行われた。

榎田が受け取ったメモリーには、大英雄『ヘラクレス』と『アキレウス』の名が刻まれている。これが実験の最終段階だ。彼は唾をごくりと飲み込んだ。

 

〈名は『ヘラレウス』。災害に勝るとも劣らない戦闘力を誇る、決戦兵器となるじゃろう。災害のいない世界を目指すのは先代の意志でもある。必ず成功させよ。よいな?〉

 

「はい、必ずや『英霊統合計画』を最終ステージに持っていきます。」

 

この時、榎田は知る由も無かった。

ミヤビには災害打倒の意志はさらさら無く、それどころか、災害のバーサーカー『后羿』を味方に添えていることなど。

そして、災害のアサシンと密接な関わりを持っていることなど。

榎田は嬉々として、使命の為に動き始める。弁慶は結局口を開くことなく、ヘリで第一区まで飛び立っていった。

 

榎田の未来。

アインツベルンカンパニーで認められ、昇進し、ミヤビの近くで働くという夢物語。

研究チームを率いて、『ヘラレウス』の誕生を見届ける、淡路島実験施設におけるラストミッション。

何もかもが、水泡に帰すとは、誰も予想しなかっただろう。

 

「やった!やったぞ!ヘラレウスの召喚術式は成功した!」

 

その圧倒的フォルムを存分に晒しながら、ヘラレウスは歩き、武器を取り出し、仮想敵であるオートマタを難なく撃破する。

大英雄の咆哮に、榎田は感涙する。それは恐らく研究員たちも。

災害を超える、このオアシスで初めての偉業を達成する、間近であったのだが。

 

空から飛来する炎。

仲間たちを巻き込み、創造の産物を跡形もなく消し炭にする。

榎田が握り締めるビデオカメラに写っているのは、彼らが敵対すべき『災害』の姿。

赤い髪をたなびかせ、氷の槍であらゆるものを穿つ。

 

顕現したのは、災害のランサー『焔毒のブリュンヒルデ』。

 

「災害の…ランサー…?」

 

榎田はヘラレウスを捨て、逃げ出した。

燃える炎を必死で掻き分け、島の外側、連絡船のある堤防を目指す。

途中、彼は不意に足を取られる。黒く焦げた塊が、榎田の足を掴んでいた。

 

「開発部長……助けて…………ください……」

 

それは榎田の部下の研究員だった。

研究室で一番の美人だったが、その顔は焼き爛れて、原型を留めていない。

恐らく現状の生存者は榎田と彼女だけだ。

彼は部下の手を取り、共に脱出を図ろうとする。

が、悪意の炎はすぐ傍まで押し寄せていた。

 

「すまない!本当に、すまない!」

 

榎田は部下の手を振り解く。

そして彼は彼女を背に走り出した。

 

「榎田さん!いや!お願い!行かないで!助けて!助けてぇぇええ!」

 

榎田は彼女の必死の叫びに、見て見ぬふりをした。

自らが救われることを第一優先に。カンパニーに戻れば、ミヤビが救ってくれるかもしれない。

 

「いやあぁああああああああああああああ」

 

榎田は彼女の断末魔に、ついぞ振り返った。

研究員の女は胴体が二つに分かたれ、絶命した。

氷の槍に夥しい程の血液が付着している。

 

「は……あぁ…………」

 

榎田は腰を抜かし、尻餅をついた。

もし彼が彼女の手を取り逃げられたならば、まだ彼女の熱はそこに存在したかもしれない。

だが、遅い。彼が彼女を見捨てた結果、彼女は氷のように冷たくなった。

 

「貴方も、愛を、捨てるのですか?」

 

災害のランサーは静かに問いかける。

その焔は、榎田を逃がさんばかりに囲い尽くした。

 

「愛……?愛って?」

「あぁ、酷く熱い(さむい)」

 

災害のランサーは一歩一歩、榎田へ近付いて来る。

炎に包まれ、逃げ場所を失った榎田は、絶望の刻を待つ他ない。

 

「待って、仕方なかったんだ。俺は上に命じられて、実験に参加させられただけで、俺は言ってみれば被害者で、それで」

「…………」

 

災害のランサーは榎田の頭蓋を槍で叩き割った。

一瞬のことで、榎田も声を上げる間もない。そして叩き割られた部位が中身から漏れ出し、静かに命を落とした。

災害のランサーは槍を振り払うと、最期に、島の全域に炎を放つ。

跡形もなく、淡路島の全域が燃やし尽くされたのだった。

 

この事件は直ぐにミヤビにも伝達された。

ミヤビは顔面蒼白で、その事実に耳を傾けている。

そしてすぐさま、とある人物に連絡を入れた。

 

「話が…………違います、ザッハーク様。あの土地で『英霊統合計画』を押し進めることを、貴方様も了承していた筈……」

 

〈おお、貴様か。普段の老婆めいた話し口調はどうした?〉

 

「揶揄わないでください。ミヤビは……貴方様の為に……」

 

〈余のヴェノムアンプルを勝手に持ち出したのは貴様の業だ。『ヘラクレス』はシュランツァのもの、『アキレウス』はアダラスとウラルンの共同触媒だ。貴様如きが好き勝手して良いものでは無い。弁えろよ?ヴェノムバーサーカー『スネラク』。〉

 

「……っ……」

 

〈淡路島も元は余の部下たちのリゾート地だった。焔毒を放ったのは、調子に乗っている貴様への制裁だ。以後勝手な行動は慎むように。スネラク、いや、ミヤビ・カンナギ・アインツベルン?〉

 

「…………はい…………申し訳ございません。」

 

電話の相手、災害のアサシンは接続を切った。

虚しくツーツーと音がこだまする。ミヤビは固まったまま、動けない。

 

「私の所為で……智樹が…………」

 

ミヤビはデバイスをテーブルに置き、頭を抱えた。

彼女一人しかいない和室で、彼女は声にならない声で叫び続けたのだった。

 

 

そして現在。

都信華は、アヘル教団の所持する軍事用ヘリに乗り込み、かつて『英霊統合計画』の実験が行われていた淡路島へ向かっている。

彼女は戦闘用のスーツを着用し、任務の要項が記された資料に目を通していた。

余りにも彼女が寡黙である為、隣に座る仲間たちが不安になる程である。

 

「でも、信華が任務に抜擢されるって相当じゃねぇか?いま淡路島ってそんなにヤバいのかよ?」

 

白と黒の混ざった髪を掻き回しながら、チームメイトの『シュランツァ』が言葉を漏らした。ヴェノムサーヴァントのような適正者で無いにも関わらず、信華は彼女らの間で一目置かれている。それもその筈、信華はかつて災害のアサシン直属部隊にて『左大臣』の位を与えられていた程だ。現役を退いた今も、彼女を英雄視する者は多い。

 

「恐らくヴェノムたちで何とか出来るとは思いますが、ウラルン先輩もショーン先輩も、モゴイ君も出払っているとなると、流石に骨が折れるといいますか……災害先生が私たちだけだと頼りないと、思われているのかも。」

「はぁ?走るしか脳の無いアダラスは兎も角、アタシは最強だろ。」

「走るしか脳が無いって……実際私はアキレウス先輩の力しか使えないけど……」

「だろ?まぁとりあえず、アタシ、アダラス、信華の三人でカチコミに行く訳な?」

「そういうこと。では、作戦の概要について改めて私の口から説明させて頂きます。」

 

アダラスはオレンジがかったショートヘアを耳にかけると、コホンと咳払いをし、話し始めた。

 

淡路島、そこはかつて商業施設などの立ち並ぶ臨海都市であった。

その土地の管理権を所持していたのは開発都市第五区のアヘル教団である。災害のアサシンの意向により、観光産業の活性化を狙った、リゾートアイランド計画が立てられていた。

だがヴェノムバーサーカー『スネラク』ことアインツベルンカンパニー当主ミヤビの台頭により、計画は中断する。

というのも、災害のアサシンの唐突な方針転換により、淡路島の管理権はアインツベルンカンパニーに委託されたのだ。

その理由は様々考えられるが、その最たるものは、開発都市第六区に本社を構える『遠坂組』を暴力により吸収すること。陸からの侵略ルートと海からの侵略ルート、両方を確保する際、淡路島は都合の良い立地であったのだ。

だが、ミヤビは災害のアサシンの思惑とは別の方向へ動き始める。『英霊統合計画』をアヘル教団から借り受けた彼女は、淡路島を実験都市として活用したのだ。それこそが、榎田たち研究員の悲劇、ヘラレウスが抹殺された事件の始まりである。

ミヤビの身勝手極まる行動の末、災害のアサシンの指示で、災害のランサーが動いた。彼女の放つ炎は毒のように残り続け、今なお淡路島全域を蝕み続けている、筈だった。

 

「しかし、この一か月で、淡路島を取り巻く状況は変化しました。まず何者かによって島の毒は鎮火させられ、全域が乗っ取られたのです。」

「災害の炎を消し去ってみせ、アインツベルンの所有地を武装占拠した。一体何者だ?」

「資料の次のページを捲ってください。そこに顔写真が記載されています。」

 

シュランツァと信華は同時に資料を捲る。

するとシュランツァの方は、どこか不穏な顔つきとなった。

 

「第三区の革命軍『ハンドスペード』の連中か。」

 

開発都市第三区を根城とし、各区にて人々を扇動、災害のいない世界を提唱する、過激派武装組織。

そのリーダーの男は、シュランツァのよく知る人物であった。

 

「はは、見たことある顔がいたよ。『欠地王ジョン』か。」

「そうです。ライダークラスのサーヴァント。イングランドで最も愚かと嗤われた王様です。そして、元は開発都市第五区にて、災害先生の下働きをしていた人物でもある。」

「あの馬鹿、よりにもよってザー様を裏切りやがったのか!」

 

シュランツァは怒りのあまりテーブルを叩き壊した。作りが軟弱であった訳では無いようだが、彼女の怪力さが窺い知れる。

 

「シュランツァ、落ち着いて下さい。ハンドスペードは人間とサーヴァントの混在した過激派組織、構成員三百あまりが、この淡路島に募っています。彼らの要求は一つ、淡路島を『開発都市第七区』として独立させることです。」

「独立だぁ?」

「はい。ジョンを区の代表に据え、災害の統治から独立するようです。」

「待て待て、んなもん、ザー様然り、災害のサーヴァントが許す筈ねぇだろ。」

「無論です。我々はその為に派遣される部隊なのですから。第一区の災害のライダーに動かれる前に、元の所有者である第五区が暴徒鎮圧に乗り出そうと、そういう話なのですよ。」

「アタシら部隊って訳じゃ無くね?三人しかいないし。」

「ヴェノムセイバーであるシュランツァ、ヴェノムライダーである私、そして都先輩。このメンバーなら三百余りを殺し尽くせると、災害先生は判断したのでしょう。実際、ウラルン先輩なんかは強いけど、ヒトは殺せませんから。」

「まぁ期待されるのは悪い気分じゃねぇけどよ。独立を宣言するぐらいだ、『ハンドスペード』の連中にも隠し玉は存在するんだろう?」

「そうですね。それは資料の三ページに記載されています。今回の我々のラスボスです。」

 

ページには画質の悪い写真が大きく掲載されている。

それは本来であれば存在しない筈のサーヴァントだ。

信華は無言のままだが、ここで初めて眉をひそめた。

 

「統合英霊『ヘラレウス』だと?」

「はい。アインツベルンの研究成果をハンドスペードの連中は入手、そして利用したようです。ヴェノムアンプルの劣化コピーまでお手の物。つまりクラスタイプは『ヴェノムアーチャー』と言えるでしょうね。」

「これって、一年前の、アインツベルンの……」

「そう。対災害戦闘兵器、それが我々の敵です。」

 

シュランツァは目を見開いた。かつてこれより危険なミッションがあっただろうか?これまではウラルンやショーンなど、ヴェノムサーヴァントでも心強い味方が傍にいた。だが、今回は同期のアダラスと、実力を良く知らない信華のみがここにいる。決して失敗は許されない。

彼女は舌なめずりする。上等だ、と言わんばかりだ。修羅場ほど、彼女を熱く燃え滾らせる。

アダラスもまた、自らの主の期待に応えようと、意志を固める。

彼女らが心配なのは、コミュニケーションすらまともに取ろうとしない信華だ。

かつて左大臣として戦い抜いた、非適正者の女。ヴェノムの二人は、言葉に詰まっている様子だ。

 

「あの、都先輩。作戦なのですが……」

「…………シュランツァ様、アダラス様は『ヘラレウス』討伐をお願い致します。雑兵は私が……」

「!あぁ、了解だぜ信華!アタシらに任せとけ!」

「でも、『ハンドスペード』には強力な英霊が何人もいると聞きます。都先輩にその全てをお任せするのは……」

「おいおいアダラス、この人はザー様の傍にいたエリート中のエリートだろ?心配する方が野暮ってものだ。」

「そう……ですね。すみません、都先輩。お願いします。」

 

信華は目を伏せ、静かに笑った。

アダラス主導の元、島を降りた後の制圧計画が練られていく。航空写真から得た情報を頼りに、各自の突入ルートが完成した。

無論、ハンドスペードも生半可な相手では無いだろう。『ヘラレウス』の他に、何か強力な援護があるかもしれない。

 

「……臨機応変に、連携しながら戦いましょう。こちらは三人しかいませんから……」

「んだよ、アダラス、緊張しているのか?」

「それはそう!短距離の公式戦のときぐらい緊張していますとも!」

「そっか、お前、陸上部だったな。」

 

シュランツァはアダラスの両足を見る。

彼女の関節より下、両足共に義足が装着されていた。

シュランツァは知っている。アダラスがオアシスでも一、二を争う程に、陸上選手として期待されていたこと、そして、事故でその両足を失ってしまったこと。

彼女はヴェノムアンプルを打ち込まなければ、まともに走ることも叶わない。

災害のアサシンが、アダラスに再び走る喜びを与えたのだ。

 

「都先輩は、クールで落ち着いていて、凄いです。」

「いや、私も緊張しています。」

「そうか?そうは見えねぇけど。」

「緊張した時は、家の冷蔵庫の中を思い浮かべるのです。」

「冷蔵庫の中……ですか?」

「……私の家の冷蔵庫にはプリンが入っています。無事に帰宅できれば、食べるつもりです。」

 

表情を崩さず、淡々とした口調で述べる信華に、シュランツァとアダラスは思わず吹き出してしまった。

信華がプリンを食べている姿はとても想像できない。彼女らはそのギャップに笑いが込み上げてきたのだろう。

 

「信華がプリンって言ってるの、何故かは分からんが面白いな!」

「ええ、都先輩すごく可愛いです!」

 

信華は目に涙を浮かべ笑う二人に安堵する。

彼女らから緊張は取れたようだった。

ヘリの操縦者が到着の合図をする。

各々が覚悟を決め、いま、淡路島へと降り立った。

 

 

淡路島中心部、欠地王ジョンの所有する簡易城塞にて。

彼は第五区からの使者の来訪を報告され、直ちに第一の部隊を向かわせた。

豪華絢爛な玉座にふんぞり返り、側近かつ、側室の美女と楽しげに話している。

 

「ねぇ、ジョン。ザッハークの使者とやら、三人で乗り込んできたようだわ。まずは話し合いでの解決を求めて、かしら?」

「いいや違うよパール。吾輩はあの醜い娼婦の元で働いていたから分かる。その三人はヴェノムサーヴァントか何かだろう。此方の三百の軍勢を本気で攻略しに来ている。」

「あら、スパルタ兵士か何かかしら?」

「どちらにせよ、第五区が最初の敵ならば何の問題も無い。ヴェノムアンプルに頼り切った戦術では、吾輩の軍略を崩すことは叶わないのだよ。あれは、消耗品だ。ヴェノムの連中は短期決戦で来るだろうさ。なら相性のいいカードを切っていけば良い。」

「と、言うと?」

「第一陣に『ヘラレウス』を出した。此方も短期決戦だと悟らせる為にな?だが、吾輩の切り札はヘラレウスでは無い。」

 

ジョンが指を鳴らすと、室内隅で待機していたサーヴァントが玉座の前へ現れ出た。氷のように冷たい顔をした、戦乙女である。

 

「あら、誰かしら?」

「吾輩が『ハンドスペード』の技術を全て使い、生み出した、真の統合英霊、真の決戦兵器。あの災害のランサーこと『焔毒のブリュンヒルデ』をモデルに想像した人造サーヴァント、名は『氷解のヴァルトラウテ』。美しいだろう?」

「災害のランサーをモデルに?」

「あぁそうさ。淡路島の残り火を消し去ったのは彼女の力だ。まだ災害には及ばないだろうが、ヴェノム程度なら簡単に駆逐するだろう。焔毒の奴と同じ、ヴァルトラウテには魔力そのものが通用しない。彼女の前では、魔力そのものが凍り付く。」

「魔力が、凍る?」

「あぁ。対ヴェノム、いや、それ以上。サーヴァントの攻撃は一切響かない。立ち塞がる者は霊核から全てを氷に変えてしまうのさ。どうだいパール。開発都市第七区、その新たな災害として、これ以上のカードは無いだろう?」

「流石はジョンね。逞しいことこの上無いわ!」

「くく、吾輩は今度こそ、このオアシスを吾輩のエルドラードにしてみせる。」

 

ジョンはヴァルトラウテを玉座に呼び寄せ、抵抗しない彼女の身体を弄びつつ、氷のような冷たい唇を奪った。左手に戦乙女、右手には側室のパール、まさにジョンは両手に花である。

だがジョンの幸せも、部下の男の焦った叫びに邪魔される。彼は不快感を表しながら、部下の男の報告を待った。

 

「ジョン王、報告です。現在、ヘラレウスを除く第一部隊が壊滅、第二部隊が向かいましたが、こちらも……」

「流石はヴェノムサーヴァントといった所か。」

「い、いえ、その、ヘラレウスと交戦中なのは二騎のヴェノムサーヴァントで間違いないのですが、それ以外の全戦力を相手取り、その悉くを殺して回っているのは、ただの『人間』でして……」

「はぁ?」

 

ジョンは第三部隊を即座に向かわせる。万が一、第四部隊まで使うことになれば、後の戦力は『氷解のヴァルトラウテ』のみとなる。

 

「ただの『人間』って、どういうことよ、ジョン。」

「何だ、誰だ?そんなことは有り得ない筈だが、人間が、人間…………にんげん?」

 

ジョンの脳裏に光が突き抜けた。それは災害のアサシンの元で働いていた時の記憶。

彼は炎の中で佇む一人の『化物』を思い出す。

 

「警戒レベルを最大に上げろ!……ミヤコだ、ミヤコが来る。」

「警戒レベル最大って……災害と同じじゃない!」

「パールは吾輩と共に待機だ。『氷解のヴァルトラウテ』、ミヤコの討伐へ向かえ!」

 

ジョンの顔は真っ青だった。まるで凍り付いた戦乙女のように。

 

 

淡路島かつての玄関口、現在は地面が未だ氷に満ちた広大な平野。

その場所で、巨大なサーヴァントが一人、暴れ回っている。

その巨躯の隙を掻い潜りながら、二騎のヴェノムが各々の得物を振るっている。

ヴェノムライダーアダラス、彼女が宿す英霊は『アキレウス』。

ヴェノムセイバーシュランツァ、彼女が宿す英霊は『ヘラクレス』。

奇しくも、彼女らが相手にする『ヘラレウス』の統合元となったサーヴァントである。

だがハンドスペード産の統合英霊は、榎田たち研究チームが生み出した個体より遥か上の性能を有していた。

研究データを革命軍に横流しにした人物こそ、アインツベルンカンパニーでは無く、彼らに資金提供、令呪のバックアップを施していたマキリコーポレーションであったが、それはまた別の話だ。

 

「おらぁぁぁぁぁあああああ!」

 

シュランツァは巨大な剣を振り回し、ヘラレウスの肉体を切り裂く。

だが、元は大英雄アキレウスの肉体だ。一切の攻撃が致命傷にならない。

加えてヘラクレスの『十二の試練』を併せ持つ、驚異的な生存能力。とても彼女らが敵う相手では無い筈である。

 

「アダラス、どうする?」

「どうするって、頑張るしか、無い!」

「根性論かよ。まだ一回もヘラレウスを殺せていないのにな!」

「災害先生も鬼ですよ!」

 

アダラスはアキレウスのヴェノムアンプルの力で駆けまわり、踵を中心に槍でダメージを与えていく。

だがヘラレウスは巨体でも意外に素早い。大地を蹴りながら、アダラスの攻撃を避け、彼女を軽く蹴飛ばした。

その威力は抜群で、彼女は遠く離れた場所まで吹き飛んでいく。

 

「アダラス!」

「■■■■■■■―――!」

 

ヘラレウスは雄たけびをあげながら、続いてシュランツァに目標を定める。その手に持つ斧剣で大地を叩き、氷を穿つ。

その衝撃は凄まじく、シュランツァの全身に氷片が棘のように突き刺さった。

 

「クソったれが!」

 

シュランツァは全身から血を噴き出しながらも、ヘラレウスの追撃に備えた。痛みを覚える程に、彼女は高揚感に揉まれていく。アダラスが遠くへ飛ばされた今、彼女がタガを外すのに、そう時間はかからなかった。

シュランツァはヘラクレスのアンプルを再度、自らに注入する。濃縮された大英雄の記録が、彼女の全身を駆け巡った。

だが、それだけに留まらない。彼女は続いて、新たなるアンプルを注射器にセットする。

 

「アタシの中で混ざり合う、馬鹿どもの成功体験(サクセスストーリー)。最高に生きているって感じがするなぁ!」

 

〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムセイバー』:『スパルタクス』現界します。〉

 

シュランツァの肉体に二騎の英霊が宿らしめる。無論、彼女の肉体がこれに耐えられる筈も無い。

この状態での活動は数十秒が限界。忽ち、内臓から全て腐り始め、最終的には死に至る。

だが彼女は死を恐れない。むしろそれを楽しんでいるように思えた。

彼女の記憶、病室で死を待つ少女の元に、美しいヒトが現れる。

 

『畦道(あぜみち)るる子、いや、これから貴様はシュランツァと名乗るがいい。死を超えた先、生きる喜びを貴様に与えてやろう。』

 

退屈な毎日が壊された瞬間、シュランツァは『生』を手に入れた。だからこそ、最期の時を迎えるまで、その救いを信じることにしたのだ。

シュランツァは二騎の英霊の力で踊り狂う。ギリシアの大英雄と、誇り高き剣闘士、二人の英雄(かいぶつ)の力を際限なく搾り取る。

 

「駄目だ、駄目駄目、快感が、止まらないっ!あははははははははははははは」

 

シュランツァはヘラレウスの顔に飛び移ると、その腕で眼球を抉り取る。鼻に剣を突き刺し、口元にかけて切り裂いた。ヘラレウスは無論抵抗するが、彼女は爪を立てしがみつく。返り血を一身に浴びながら、狂ったように嗤い続けていた。

そして彼らの元へ走り、駆けつけたのはアダラス。彼女はシュランツァの状態を悟り、短期決戦へ乗り出した。

 

「アダラス、行きます!」

 

ヘラレウスがシュランツァに気を取られている間に、アダラスはかの英霊の大盾を手にした。そしてヘラレウスの胴を裂き、地に倒れ込む瞬間に、彼の肉体へ盾を側面から埋め込んだ。

 

『蒼天囲みし毒世界(ヴェネミウス・コスモス)』

 

アダラスの発動する宝具こそ、アキレウス至高の防御宝具、だが、彼女はそれを攻撃に転用する。

盾に刻まれし極小世界を顕現させ、世界そのもので攻撃を防ぐ絶技。それをアダラスは、ヘラレウスの肉体へ打ち込んだ。

ヘラレウスの身体が淡く緑に光り出す。彼の肉体の中で一つの世界が誕生し、内側から臓器を押し潰していく。

そしてヘラレウスの全身は世界そのものに引き裂かれ、夥しい量の血液を噴射しながら絶命した。

 

「これで、一回目……もし蘇るならば、何回も……」

 

シュランツァは舌に取り付けられたコネクタから英霊の力を消失させ、無力な人間へと姿を戻した。

活動限界まであと三秒だったようだ。アダラスの協力が無ければ、彼女は命を落としていただろう。

 

「邪魔するんじゃねーよタコ。」

「は?いやいや、死ぬ所だったでしょーが!私に感謝してください!」

「アタシ一人でも殺せていた。」

「いや、それは無いです。私のお陰です。」

「ちっ……」

 

ヘラレウスが『十二の試練』の恩恵を宿していたならば、肉体を蘇生させ、蘇るだろう。だが観察するに、それは時間を要するらしい。

崩壊した肉片の上に座り、シュランツァは伸びをする。アダラスもまた、人間体へ戻ると、大きく欠伸をした。

彼女らは信華の身を案じたが、互いに戦う力は殆ど残されていなかったのだった。

 

一方、その信華は、現在、ハンドスペード本拠地、ジョンの城塞前で第四の部隊と交戦中であった。

強力なサーヴァントが束になって襲い掛かるが、彼女は眉一つ動かさず、冷静に、冷徹に、処理していく。

彼女の戦闘スタイルは八極拳に似せた、我流の拳法。四つの型に使い分け、相手によって戦い方を変えている。それ故、ハンドスペードは情報から彼女の戦闘スタイルを特定できない。

立ち塞がる者達を、右手の義手で殴り飛ばしていく。特殊なことは何も行っていない。

 

「何だ、この女……」

 

第四部隊の隊長格の目前、セイバー、ランサーのサーヴァントが信華の拳に沈んでいった。

彼は中国拳法の使い手として、信華の前に躍り出る。

 

「女、俺はお前の戦闘をこの目で見てきた。三つの型を使い分けているな?」

「…………はい。『叛喜』『焦怒』『博哀』と私は呼んでいます。対象の身長、体重、拳の重さによって、これらは即座に切り替わる。」

「俺を、どの型で殺すつもりだ?」

「貴方は『焦怒』です。この拳が届くことを祈ります。」

 

信華は男と向き合うと、メカニカルな義手を構えた。

一切の隙が無い。男は踏み込むことに躊躇する。

だから、信華は先制攻撃に出る。一歩踏み込んだ瞬間、男のレンジ内に彼女は存在した。

 

「(早すぎる)」

 

信華の拳が男の心臓を抉る。しかし、男はその寸前、半歩後退してその衝撃を和らげることに成功した。

だが間違いなく致命傷だ。男は吐血しながら、眩暈に似た症状に悩まされる。

既に勝負はついているように思えた。だが男の意志は折れていない。

 

「怒りを、焦がすと書いて『焦怒』か。良い拳だ。」

「分かるのですか?」

「さぁてね、感覚だ。一発で敵を仕留めるのがポリシーのようだが、どうやら俺はまだ生きているらしい。」

「ポリシー、そのようなつもりはありませんでしたが、確かに、今までは一撃でした。」

「あぁそうだな。まともに受けては生きていられんよ。宝具でも止められる気がしない。」

 

男は血を拭うと、信華と向き合い、あくまで拳を構えた。

『人間』に負けるなど、許されない。男は英雄として、一人の戦士を殺すために走った。

ハンドスペードという肩書はどうでもいい。目の前の強き相手に敬意を評する為、全力で駆ける。

そして男の拳は、信華の脳天に突き刺さった。

だがそれは親が子を優しく撫でるような、甘い小突き。男には振り絞るべき力が残されていない。

それもその筈、今、男の胸部は信華の左腕によって貫かれている。

彼女が腕を引っこ抜くと、男の内側から鮮血と、光の粒子が漏れ出した。

 

「あぁ、マジかよ。」

「二の打ち知らず、とはよく言ったものですが、私もまだまだです。教師をやっている間に、腕が鈍ったようで。」

「化物が」

 

男は崩れ落ち、光と共に消滅した。これにより、二百九十余りの軍隊をその拳で殺し尽くしたこととなる。

彼女は汗一つかかず、ジョンの城へ向け歩みを進める。

そんな彼女の元へ、一つの氷塊が隕石となって降り注いだ。信華は後方へ飛び退くと、その塊をまじまじと観察する。

中から割って出てきたのは、一目で分かる、災害と同じ絶対性を有したサーヴァント。

間違いなく、ハンドスペードの切り札。最終兵器と言った所だろう。

 

「…………」

「ほんと、に、ひと、だわ」

「…………」

「すごい、すごい、ひと、が、えいれい、を、ころしてまわる、すごい」

「…………あなたは?」

「ひょうかい、の、わるとらうて、とか、いう、なまえ、わるきゅーれ、わたし、は、わるきゅーれ」

「『氷解のヴァルトラウテ』。戦乙女なのですね。それはきっと、とても強い。」

「そう、わたし、は、けっこう、つよい、よ?」

 

ヴァルトラウテは槍を振り下ろし、広範囲に氷の結界を張った。これにより、信華は閉じ込められ、身動きが取れない。そして結界内で、鋭利な刃物と化した氷柱が、信華へ向けて降り注ぐ。

信華はその一つ一つを丁寧に叩き壊しながら、ヴァルトラウテの背を追った。結界内を飛び回り、彼女を殺すための得物を多数創造している。そして弾丸のごとく射出され、その間にまた鋳造された。

無限に、殺し尽くすまで、弾の射出は止まらない。信華は叩き壊すことに精一杯だ。

 

「モード『博哀』。多人数の敵を想定し、対処する。」

 

信華は拳のみならず、足技も用いて、氷の連鎖へ迎撃する。弾き返した氷柱はヴァルトラウテの足元まで吹き飛んだ。

ヴァルトラウテは顔を顰め、次なる一手に出る。氷柱弾幕と共に、直接信華を氷塊に閉じ込めた。マイナス二十度から始まる凍結牢は、ヒトのみならず、サーヴァントすら生命活動を停止させる。信華は自らの義手に仕込んだヴェノムアンプルを起動させ、内側から破壊した。

だが適正者でない彼女はヴェノムサーヴァントへ進化することは出来ない。あくまで緊急回避用の暗殺者アンプルだ。

しかし魔力を少なからず使用した時点で、彼女の義手はヴァルトラウテの呪いにより凍り、そして朽ちた。接続されていたチューブごと、地面にボトリと落ちていく。彼女は右腕を失ったも同然だ。

 

「…………モード『叛喜』。左腕のみにて対象を沈黙させる。」

 

信華は飛び回る目標を捉えると、音速で近付き、その顔面を左手で掴んだ。

そしてヴァルトラウテを凍り付いた地面に叩き付ける。

只の人間ならば、この時点で、頭蓋骨は粉々に砕かれていただろう。だが流石の戦乙女、血を噴き出すのみで、一切怯むことが無い。

それどころか、狂戦士の如く信華に掴みかかり、彼女を力の限り投げた。

信華は結界上部に叩きつけられ、そしてそのまま地面に落ちていく。

 

「あはは、たのしい、ね?たのしい、よ、ころしあい」

 

地に伏した信華を嘲笑うヴァルトラウテ。どこまでも余裕そうな笑みを崩そうとはしなかった。

信華は頭から血を流しながらも立ち上がる。右腕が無い以上、姿勢を保つことにも力が要る。

 

「つぎは、これ、こわせる?」

 

ヴァルトラウテが槍を地に突き刺すと、地の底より氷の竜が召喚された。

結界内を自在に動き回り、目に見える全てをその口で飲み干していく。無論、信華も例外ではない。

さらに氷柱を使った波状攻撃も合わさり、信華は次第に追い詰められていく。

彼女は竜の首によじ登ると、左腕でその脈を切り裂いた。しかし、血の一滴も流れ落ちることは無く、彼女の左腕は次第に凍り付いて行く。

 

「…………」

「おそいよ」

 

そして竜に振り落とされた信華の脇腹を、氷柱の一本が穿つ。透明な結晶にどろりとした赤黒い液体が付着し、やけに綺麗に見える。

信華はなおも腹部を抑えながら逃げ、結界端まで走り切った。

 

「これは痛い。プリンを食べられる痛さではありませんね。」

 

信華は自ら応急処置をするが、彼女の身体から零れ落ちていく赤色は留まる気配を知らない。

戦乙女の名に恥じぬ、強力な英霊である。

信華は勝利のプランを幾つか講じてみるが、一つを除いて、どれも確実性に欠けた。

絶対的な勝利の計画、それは彼女にとってあまり使用したいものでは無かった。

 

「さて」

 

信華は体育座りで、ヴァルトラウテから逃げ去る方へ頭を切り替える。

結果、ジョン王を殺せば任務は完了だ。ならば、敢えて氷解のヴァルトラウテと戦闘をする意味は無い。

結界を壊し抜け、城塞へ殴り込むのが手っ取り早い、気もする。当然彼女は追いかけてくるだろうが、振り切れるだけの余力はある。

 

そんな信華の思考をジャミングするように、耳に取り付いた通信機器が着信を知らせた。

 

「都先輩!大丈夫ですか!とりあえずこちらはヘラレウスを一度殺すことが出来たので、そちらに合流するつもりです。」

「待ってろよ、信華!」

「あ……今は来ない方が…」

 

信華の返答を待たずして、通信は切れてしまった。

このまま彼女らがこちらに来れば、間違いなくヴァルトラウテに殺される。

それは絶対に避けなければいけない。

普段から生徒とコミュニケーションを取っておくべきだったと後悔する信華であった。

 

「はぁ、戦うしか、無いか。」

「みつけた」

 

信華が溜息をつき、立ち上がったその時、氷の竜に乗ったヴァルトラウテが、彼女を発見し、追撃に出る。

氷柱の連続攻撃が信華を襲うが、既に彼女はその場から消えていた。

 

「どこ、に、いった?」

 

竜の後方へ瞬時に回り込んだ信華は再び大きな溜息をつく。

そして彼女の持つ、第四の型を、この瞬間、披露する。

 

「モード『崩楽』。リミッターを解除した後に、対象を完全に殲滅する。」

「うしろ、か!」

 

ヴァルトラウテが声のする方角を振り向くと、彼女は体勢を崩し、落ちていく。

彼女は今、何が起きたか理解するのに数秒かかった。

振り向くと同時に、騎乗していた筈の竜が、信華によって粉々に破壊されたのだ。

故に土台を失った彼女は落ちる他なかった。

 

「あれ、れ?」

 

ヴァルトラウテは転がりながら、氷塊を無数に射出する。しかしどの攻撃も信華には届かない。

結界内に仕込んだ罠が次々と起動し、信華へ襲い掛かる、が、それも彼女の左腕によって壊し尽くされた。

 

「確かに、楽しいですね、殺し合い。」

「えっと」

 

へたり込んだヴァルトラウテの目前に、信華が現れた。もはや戦乙女は戦意消失している。

先程までの、壊し甲斐のある人間から一転、彼女は捕食者そのものへ変わった。

ヴァルトラウテは察している。凡そ、自らが敵う相手では無いという事を。

 

「一つ、独り言です。私は只の人間なのです。凡庸な、非適正者の一般人。それが都信華。」

「うそ、そんな、はず、は、ない」

「本当です。私はただ、人間の成長を学ぶ哲学者として、誰よりも知識を欲していた。人よりも少しばかり研究熱心だっただけ。」

「うそ」

「でも、私は知らなくていいことまで知ってしまった。私の魂のありか。私の原型、私という存在を、定義付けるものを。」

 

彼女の起源、それは『進化』。

彼女は人間の枠内で、究極の『ヒト』へと、際限なく成長し続ける。

そのことを、ただ、知ってしまったのだ。

 

「私は『進化』に不要だったため、恋人を殺害しました。家族も殺害しました。感情も不要なので切り取りました。一度は『解き放たれし者(パンバ)』の臨界地点に達し、『ヒト』の究極へと至りました。でも、それは都信華の到達点としては不十分だった。だから、私は主に救いを求めました。『大いなる者(オウバ)』を災害のアサシンと定義し、進化のベクトルを逆方向へ作り替えた。彼女は私の力をセーブする為に、慈悲で、私に利き腕を落とさせた。オウバへ回帰する運動において、オウバの指示は絶対ですから。」

「なに、を、いっている、の?」

「『崩楽』は進化ベクトルを元に戻すというモード。これをしてしまうと、また主の寵愛こそ必要になりますので。暫くは第五区に残らなければならない。プリンはお預けですね。」

 

信華はヴァルトラウテの目前に拳を突き立てた。

触れることはない、が、戦乙女の首は千切れ、氷の地面を転がっていく。

首元から下が、切なくも座り込んだ状態で保存されていた。

 

「では、ジョン王の元へ向かいましょうか。」

 

信華は氷の結界を破壊し、外へ出る。

丁度そのタイミングで、シュランツァとアダラスも彼女に合流した。残された敵はジョン王のみ。

 

 

城塞にて、ジョン王を発見した三人は彼に詰め寄った。

 

「ひ、ひぃいい!すみません!すみません!つい出来心で!吾輩は災害のアサシン様を裏切るつもりは無く、彼女の為の兵を用意しようと!」

 

慌てふためくジョンの頭上を、シュランツァの所持する剣が通り抜けた。ジョンの金髪がはらはらと玉座に落ちていく。

 

「まず、そこを降りろやタコ」

「……はい」

 

正座したジョン王は、ハンドスペードのこと、統合英霊のこと、その全てを洗いざらい吐き出した。マキリコーポレーションがハンドスペードに資金提供していた事実から、彼女らはマキリを敵視するようになった。

 

「あの、マグナカルタでも、何でも結びます、いや、すみません、調子に乗りました。でも殺さないでくなさい。」

「いや、死ぬだろ、フツー」

「謀反なんて馬鹿な真似は二度と致しません!ザッハーク様への忠誠を誓います!」

「流石の私でも、災害先生を裏切る人が生きていられるとは思いませんよ。というか死んでください。」

 

シュランツァとアダラスの目は冷え切っている。

ジョンは愛するパールへと助けを求めた。

 

「パール、どうにか、ならないか?死にたくないよぉ!」

「ふふ、くふふふふふ」

「え、ぱ、パール?!」

「ジョン、貴様も落ちたものだな。最前列で喜劇を見られて、余は満足したぞ?」

 

パールはその変装を解いた。

皆が驚愕する人物がそこにいる。本来であれば、このような場所に出向く筈の無い女だ。

 

「ざ…っざざざざざ」

「ザー様!?」

「災害先生!?」

 

なんと、側室パールとしてジョンの傍にいたのは、変装した災害のアサシン『蛇王ザッハーク』であったのだ。

彼女はシュランツァ、アダラス、そして信華の戦いを淡路島の中で見守っていた。

 

「ザッハーク……さま……ばかな……そんな……」

「ジョン、誰が『醜い娼婦』だって?」

「あ、あぁ、ああああ! 申し訳ございません!申し訳ございません!」

 

ジョンは玉座に座る災害のアサシンへ繰り返し土下座する。

この場にいる誰もが、ジョンの極刑を信じ疑わなかっただろう。

だが結論から言えば、ジョンはその生存を許された。

統合英霊計画を押し進め、『氷解のヴァルトラウテ』を生み出したジョンの手腕に期待を寄せ、第五区にて幽閉されることとなる。

 

「シュランツァ、アダラス共に良い働きぶりだった。ヘラレウス復活の前に、彼奴の体内からヴェノムドレッドを回収しておけ。それで彼奴は只の肉塊へ戻る。」

「有難うございます、災害先生!」

「サンキューザー様!」

 

シュランツァとアダラスはジョンの首根っこを捕まえ、共にヘラレウスの元へ向かった。

災害のアサシンと信華のみが、簡易城塞へ残される。

 

「そして信華、変わらず腕は鈍っていないようだな?左手も切り落とすか?」

「……今は教職もありますので」

「そうか。余と共に第五区へ戻り、一週間余の部屋で過ごせ。身体を重ねれば、貴様の痛みも幾ばくか解れよう。」

 

ザッハークは信華を呼び寄せると、豊満な胸で彼女を抱き締めた。信華は安らぎを取り戻したかのように、ザッハークの熱を堪能している。

 

「また貴様の力が必要な時が来る。そのときは……」

「はい。私は貴方の為だけに、戦います、ナ……」

 

信華の言葉を遮るように、ザッハークは彼女の唇を奪った。

 

「その名で、呼ばないで、信華。」

「…………はい。我が主よ。」

 

淡路島の中心、城塞の中に夕日の光が差し込んだ。

災害の太腿で眠る一人の女戦士、それは余りにも芸術的で。

それでいて、どこか悲哀に満ちていたのだった。

 

                                                       【マリシャスナイト:『淡路抗争』 完】

 

 

第四区博物館の戦いの裏、ヴェノムの暗躍の物語は一度ここで幕引きとなり

時は、災害のキャスター『ダイダロス』が命を落とした後へと戻る。

 

開発都市第六区にて

 

一人の男が、何者かに追われ、廃工場の中で隠れ潜んでいた。

男は腕を銃弾で狙撃された手負いの状態だ。助けを呼ぼうにも、デバイスを何処かに落としてしまったらしい。

 

「はぁ……くそ」

 

男は息を整えていた。煙を吸って落ち着きたいが、火を付けると敵に察知される恐れがある。

そんな彼の元へ、正面から走り近付く女がいた。

 

「禮士さま!」

 

女は着物姿であるにも関わらず、傷ついた彼の元へ急いだ。

髪飾りの鈴が、チロリと音を鳴らしている。

 

「あまたん、やっと合流できたか……良かった、無事で……」

「此方も、禮士さまが無事で、本当に嬉しいです。さぁ、早くその傷を見せて下さい。此方の水ならば、簡易的ではありますが、溢れる血を止めることが叶いましょう。」

「あぁ、頼むよ。」

 

男、衛宮禮士はその袖を捲り、か細い腕を露出させた。

女は全身から搾り取るようにして、水球を生み出し、それを禮士に近付ける。

 

「禮士さま……」

「ありがとう、あまた……」

 

禮士はその瞬間、何か強烈な違和感を感じ取った。

 

「固有時制御(タイムアルター)―神経拘束(アルファホールド)」

 

禮士は後方へ退き、女と距離を取る。

女は驚きに満ちた表情を浮かべていた。

 

「あまたん、では無いな。彼女の『水』はここまで濁り腐っていない。」

「あら、失礼ね。まるでわらわが汚いみたいじゃない。」

「何者だ?お前も、アインツベルンカンパニーか?」

「違うわよ。個人的な理由で遊びに来ただけ。禮士さまとお話がしたくてね。」

 

女は禮士に近付くと、その顎を撫でまわした。

舌なめずりをする女は肉食動物だ。禮士の首元に爪を立て、キリキリと肉を引っ搔く。

刹那、工場を破壊して現れ出たのは、禮士のサーヴァント『海御前』だ。彼女は怒りのあまり機械ごとその手に持つ槍で切断し、女に一撃を食らわせる。そして禮士を守るように前へ出た。

 

「貴様、此方の禮士さまに何をした。切り刻むぞ、下郎。」

「あ、あまたん。」

「あら、野蛮な女は嫌いよ。禮士さまもそう思うわよね?」

 

禮士から見て、海御前と女は双子と言えるほどに瓜二つだ。一番彼女の傍にいるはずの禮士が、危うく人違いをするところだった。

海御前は怒りの炎に燃えている。武蔵坊弁慶のときの比では無い。

 

「君は、何者だ?」

「あら、わらわが気になるの?禮士さまったら大胆!」

「貴様が禮士さまの名を呼ぶな。」

「え、なんなの、滅茶苦茶に怒っているじゃん……」

 

女は海御前に引きつつも、コホンと咳払いをし、改める。

 

「わらわは開発都市第五区、アヘル教団にて右大臣の位にあるランサーのサーヴァント。真名は、禮士さまには特別に教えてあげる!わらわの名は『沼御前』。これからは気軽に、ぬまたん、って呼んでね!」

「沼御前…………」

「わらわは禮士さまだけに大切な話をしに来たの。でも横に粗暴なゴリラがいるから残念、また今度ね。」

 

沼御前はスキップで廃工場を去っていく。海御前はそれを追いかけるが、既にその姿は消失していた。

 

禮士は最後に沼御前が残した言葉を反芻する。

去る直前、独り言のように呟いた言葉。

 

「『蹂躙』が始まる…………」

 

禮士も、海御前も、その言葉の意味を理解することが出来なかった。

 

                                               【To Be Continued】

 


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