Fate/relation   作:パープルハット

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今回は過去の物語です。
前後編となっておりますので、是非次回もお楽しみに。

感想、誤字等ありましたらご連絡ください。


蹂躙編1『雅』

「召喚に応じ、降臨した。我が名は『ロウヒ』。大魔女と謳われた、ポホヨラの偉大なる皇帝である。」

 

楼閣の最奥の間にて、彼女は召喚された。

恐怖の悪王ロウヒを手懐けようとする愚か者の末路を、他ならぬ彼女自身が見届けたかったが故、その声に応えたのである。

彼女はマスターたる人物の姿を一瞥する。厚い着物に薄い胸板を隠した、餓鬼のような細身の女だ。

 

「名を名乗れ、愚者よ。臣下として受け入れるかは、貴様の態度次第だ。」

「ミヤビの名は、ミヤビ・カンナギ・アインツベルン。バーサーカーであるロウヒのマスターじゃ。」

「主従を強調するか。我を王と崇める者以外は、我にとって敵であるが?」

「ふむ、そうじゃな。ミヤビもまた、自らがこの開発都市オアシスの王と自認しているが、他国の王同士は相容れぬものか?」

「ふ、ならば貴様は我の敵だ。」

 

ロウヒはすぐさまに、無限鋳造機サンポを起動させる。

彼女の固有結界『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』に取り込まれたミヤビは、様変わりする景色に感嘆の声を漏らしつつも、決して動じることは無かった。

そしてサンポという名の巨大コンピュータ塔からミヤビを殺し得る武器が鋳造され、ミヤビに向けて射出される。

だがその切先は、彼女を守護する戦士により阻まれた。

長槍を巧みに扱いながら、ロウヒの攻撃一つ一つに対処していく。

 

「ミヤビ、貴様を守護するサーヴァントか。」

「あぁ。名を『武蔵坊弁慶』と言う。天下の皇帝ロウヒも、そう容易くいく相手ではなかろう。」

「それはどうかな?」

 

ロウヒはサンポの出力を上げた。

対象は武蔵坊弁慶。立往生の伝説を有する彼を跪かせる、高火力電磁砲を十台配備。それを一斉掃射する。

弁慶は現出したポホヨラの大地を素足で走り回りながら回避していく。掠り傷一つ、彼には与えられない。

 

「……」

「どうしたロウヒ。もう終わりかの?」

「着弾予測地点を十か所、先に演算していなければ、不可能な動きだ。だが一介の武士にここまで精密な先読みの技術があると思えん。ミヤビ、貴様の仕業か。」

「ふ、ミヤビの目は、ほんの少し未来を見定めているだけじゃよ。」

「ならば、貴様らを同時に撃ち落とすのみ。」

 

ロウヒの電磁砲のうち、三台がミヤビの姿を捉えた。

弁慶以外に、彼女を守るサーヴァントは現れない。

そして彼は、ミヤビを守る為に、彼女の前に立つしか道はない。

だがミヤビは座ったまま、一歩たりとも動こうとしなかった。

それどころか、弁慶に指示を出し、ロウヒへ向かって走らせたのだ。

これでは電磁砲が先にミヤビを焼き尽くしてしまう。

 

「どういうつもりだ?」

「弁慶には既に七台の着弾予測を伝えてある。先程より三台少ない分、ロウヒの元へ辿り着き、その首を刎ねる確率は上がったのじゃ。否、必ず、弁慶は殺してみせるだろう。」

「だがそれでは、貴様は命を落とすだろう?」

「あぁ。ミヤビは死ぬじゃろうな。自ら召喚した貴様を道連れに、な?」

「…………正気か?」

「その覚悟無しで、大魔女ロウヒを呼び出したとも思われたくないのでな。よいか、ミヤビがマスターであり王じゃ。貴様はミヤビのサーヴァントであり、ミヤビの臣下である。それは覆らん。」

「王を屈服させるのが、貴様の趣味か?」

「違う。弁慶を見てみよ、王では無いじゃろうに。貴様が、大魔女ロウヒが『必要』だから、ミヤビはそなたを召喚したのじゃ。それ以外の理由は無い。ミヤビが呼び出したからには、ミヤビの法に従ってもらう。」

 

ロウヒはサンポの稼働を停止させる。

その瞬間、彼女の固有結界は空から崩れ、消え去った。

元の和風の小部屋へと様変わりする。

 

「…………マスター、貴様の欲するのは我の無限鋳造機サンポか?我からこの願望を刈り取る意味、無論理解しているな?」

「早とちりをするでない。ミヤビはサンポなど必要とせん。必要なのは、ロウヒ、そなたじゃ。」

「我自身が、必要だと?」

「そうじゃ。貴様にはミヤビの専属従者として、やってもらいたいことがある。」

 

武力増強か、軍事交渉か、はたまた世界征服か。

ロウヒはミヤビの思考を容易く予想したが、それは大きく外れることとなる。

 

「ロウヒ、そなたには『子育て』をして欲しいのじゃ。」

「は?」

 

 

【蹂躙編①『雅』】

 

 

「子育て……だと?」

「そうじゃ」

「正気か?」

「正気じゃ。」

 

ミヤビはカラカラと笑うが、ロウヒには彼女の意図がまるで理解できなかった。

専属従者サービスというのは、知識として知り得ている。実際に、この開発都市オアシスではサーヴァントが使用人の如く働かされていることも。

だがロウヒは『皇帝』である。彼女には娘がいたが、それを育てた記憶は無い。全て彼女の臣下にさせてきた。

つまりミヤビの発言は支離滅裂。態々リスクを冒してまで大魔女を呼び、それに子を預けようというのだ。これ程馬鹿げた話は無い。

 

「帝王学でも、学ばせるのか?」

「ふむ、それならばミヤビが育てたかて、教えることは出来よう。ミヤビはな、ロウヒという存在に、子を任せたいと思おておるのじゃ。」

「何故だ……我には貴様の意志が分からない。」

「まぁ、戸惑うとは思う。でも慣れれば、そう難しいことでも無い。おむつを替えろとは言うておらん。その子は中学生ほどの年齢じゃからな。」

「誰なのだ、それは。」

「ついこの前、第二区の歓楽街で拾ってきた、迷い子じゃ。ミヤビと血が繋がっている訳ではない。」

「それって犯罪……」

「ミヤビが第一区のルールそのものじゃからな。第一区に足を踏み入れた子は、ミヤビの法に従う。カカカ!」

「我が言うのもなんだが、貴様は無茶苦茶だな。」

 

ロウヒは頭を抱えた。まさか召喚者が愚者を通り越した道化であったとは。

だがロウヒは既に、ミヤビの殺害を諦めていた。彼女の命を奪うことはいつでも出来る、が、少しばかりの好奇心がこれを上回ったのだ。

王を自称する道化は、何を思い、何に焦がれているのか。無限鋳造機サンポに囚われることに無いミヤビの願望を、知りたいと思った。

 

「おうい!おいで!おいで!そなたの母となるものが来たぞ!」

「誰が母親だ。」

 

ミヤビが襖を開けると、そこから金色の髪をした少女が顔を見せた。

彼女は何故か、両手を縛られている。そしてミヤビに対し、明確な殺意を向けていた。

 

「は?この娘が?」

「紹介しよう。この娘の名は『倉谷未来』。かつて父母を殺害し、失踪。先日風俗街にて倒れているのをミヤビが見つけてきた。」

「マジか」

 

ロウヒは思わず当世風のリアクションを取ってしまう。

未来という名の少女はぶつぶつと念仏のように独り言を唱えていた。

内容は概ね、『殺す』だの『壊す』だの、物騒極まりないものだ。

未来は手首を縛られたまま、ミヤビに飛び掛かり、その腕に噛みついた。

 

「おっと、元気じゃな、未来!よしよし」

「待て!ちょっと待て!ミヤビよ、その小娘は貴様を殺そうとしているぞ!」

「元気が何よりじゃからな!こら未来、ミヤビの骨と皮だけの腕を食べても、美味しくはないぞ!」

 

ミヤビと未来の戯れ?を茫然と眺めつつ、ロウヒは冷静になり、ミヤビの思考を読み取ろうとする。

殺人衝動に駆られた未来を態々掬い上げ、それを真人間に育てようとしている?

ならば猶更、ロウヒが召喚される謂れは無い。

そもそも未来はその齢にして二人も人を殺している。そのような娘に救う価値はあるのだろうか?

 

「ミヤビ、その未来という少女は、何故親を殺したのだ?」

「ふむ、正確には彼女は殺していない。父親に襲われたところを返り討ちにしただけじゃ。それも、他人の手を借りて、な?」

「他人の手?」

「そう。開発都市オアシスには、人間を英霊と同化させる特殊なアンプルがある。ヴェノムアンプル、と言うそうじゃが、特別な細胞を有する『適正者』に注射することで、サーヴァントの人格と同期することが可能なのじゃ。未来は、適正者じゃった。」

「サーヴァントと同化して、……乗っ取られたのか?」

「概ねそうじゃな。注射針を打ち込んだのは彼女自身では無いじゃろう。何者かが、未来を適正者だと判断し、彼女に英霊の力を流し込んだ。だが幼子の肉体に英霊が無理矢理召喚される訳じゃから、当然、無理は生じる。」

「今、貴様を殺そうとしているのは、その英霊の意志か。」

「あぁ、未来は海の底に沈み、浮上できないままでいる。彼女から毒を抜き、元の姿に戻してあげるのが、そなたに託すべきことじゃ。」

「我に?」

「あぁ。彼女に打ち込まれたのは『ヴェノムバーサーカー』のアンプル。その英霊は、悪逆の限りを尽くし、世界を混沌の闇に落とし込んだ、最悪の女皇帝。」

「…………」

 

「未来の心を封じたのは、他でもない、『ロウヒ』なのじゃ。」

「成程、魔女(ロウヒ)を以て、魔女(ロウヒ)を制す、か。」

 

ロウヒはここで、ミヤビの意図を完全に理解した。

未来に取りつくヴェノムバーサーカー『ロウヒ』を野放しにしては、カレワラの悲劇が繰り返される。

だから、ロウヒを最も知る存在、ロウヒ自身を召喚し、未来を救おうとしているのだ。

ミヤビは愚かにも、召喚したロウヒが裏切ることを全く想定に入れていない。

 

「やはり愚者は愚者だな。ミヤビよ。貴様はその手の甲の令呪で、いざとならば我を殺すつもりだろうが、そうはいかないぞ。」

「殺す?それは無理じゃろう。ミヤビのこれは、マキリの初期型番じゃからな。魔力増強程度にしか使用は出来ん。」

「ならば我が貴様を裏切り、世界を地獄に陥れようとしたならば、どうするつもりだ?」

「どうするもなにも、ロウヒは『裏切らない』じゃろう。ミヤビはこの目で『未来』を視ている。」

「何だと?」

「きっとロウヒは、ミヤビを好きになるからな。ミヤビという王を、そなたは愛するに決まっている。」

 

ミヤビは未来の頭を抑えながら、またもカラカラと笑った。

ロウヒはその様子を見て、唇を噛んだ。

 

「(貴様に、我の何が分かる?)」

 

笑顔のミヤビとは対照的に、ロウヒは冷徹な表情を浮かべていたのだった。

 

 

ロウヒの召喚から一か月が経過した。

今日は、ミヤビの指示で第四区博物館の館長に当たる人物に取引を持ち掛けている。

仕事の邪魔になる為、未来のお守りはミヤビへと託した。ロウヒとしては肩の荷が下りた気分だ。

手のかかる子、では無いが、自分自身の魂を宿した存在と向き合うのは、どうにも疲れてしまうものだ。

ロウヒは立派な建造物のすぐ傍、華やかな庭園の外で相手を待つ。ポホヨラの大地に芽吹く生命とは異なり、どこか切なさと愛くるしさのある花々。ロウヒは生命力という言葉とは真逆の位置にある植物を愛でたい衝動に駆られた。

 

「これは、私が管理している庭なのですよ。」

 

取引相手と思しき少女がロウヒの前に姿を見せた。

銀色の髪に、左右異なる色をした目を持つ少女。落ち着いていて大人びているが、その柔和な表情にはあどけなさが残る。

彼女は自らを『鬼頭 充幸』と名乗った。第四区博物館館長に代わり、彼女が取引に応じるようだ。

王自らが交渉の席に立つことは滅多にない。だがロウヒは人を転がすことに長けている。相手が小娘であれば猶更だ。

 

「そうか。この広大な庭園を、一人で……」

「はい。花は心を豊かにしてくれます。来場客の誰しもが、安らかな気持ちになれるようにと。」

「良き心がけだ。それがこの博物館の『建前』か?」

 

ロウヒは早速、話題へ切り込んでいく。

彼女は第四区博物館の思想を知り得ている。それは彼女の統治した凍土と同じ程に冷徹な、思想。

災害のサーヴァントを倒す。

彼らへの信仰を廃し、開発都市オアシスに大きな変革をもたらす。

言わば彼女らはテロリスト。通常ならば見ることの出来ない裏の顔である。

だが、対災害思想を持つミヤビはこれに共感した。

 

「ミヤビ・カンナギ・アインツベルンは貴様らに技術提供を申し出ている。具体的には、ミヤビの有する力『未来視』の転用だ。先天的、超常的なものだとしても、それを解析し、技術転用するのが十八番のようだからな。無論、完全なる未来分析などは不可能。やることは結局、『ラプラスの悪魔』だ。」

「現代科学においては否定された思想領域ですが、アインツベルンの協力があれば、大いなる発展を見せるでしょう。実際、ミヤビ様のご親戚、エラルドヴォール様の魔眼は、ミヤビ様の因果観測の技術の応用であると、聞き及んでいます。」

「そうだ。だが無論、タダ、という訳では無い。分かっているとは思うが、アインツベルンカンパニーは災害との融和を表向きに謳っている。ならば、災害との敵対行動を表立ってする訳にはいかないのだ。我々は災害に格好つける名目の仕事も、こなしていかなければならない。」

「と、言いますと。」

「和平松彦、この名を出せば、自ずと分かるだろう。」

「…………」

 

充幸はロウヒを連れ、冷房の効いた館内へと戻る。

立ち話で終わる内容でも無いだろう。

休館日の博物館は広いが故に、孤独感を感じさせる。

ロウヒは事務所と思しき部屋に通された。

 

「どうぞソファーにかけてお待ちください。いまお茶を入れます。」

「我はサーヴァントだ。のどを潤す必要は無い。先程の話の続きをしよう」

 

ロウヒはまだ新品同然のソファーに腰を掛けると、まるで玉座に座っているかのように、堂々と振舞い始めた。

企業間の取引とは思えない態度であるが、充幸は気にも留めない。

 

「災害のライダー、彼奴の意向で、仮受肉用肉体の制限が設けられた。具体的に言えば、首元に電源が備え付けられた個体のみを専属従者サービス可能個体とし、スイッチの無いものは徐々に廃棄処分としていく、だそうだ。これに全面同意し、災害のご機嫌伺をしているのがアインツベルンカンパニー。和平松彦の手腕により、オートマタ生産企業がほぼ全て廃業に追い込まれたのは記憶に新しいだろう。」

「はい。ニュースにはなっていませんが。」

「この件、ミヤビ・カンナギ・アインツベルンの差し金だろうと、誰もが考えているだろうが、少し違う。確かに数々の企業を廃業に追い込み、その従事者たちを路頭に迷わせたのは、ミヤビの責任である。だが、和平はスパイ活動に留まらず、違法な召喚により夢魔のアサシン『マールト』を呼び、倒産企業の社長、会長たちを廃人、果ては死に至らしめている。ミヤビにはここまでのことをする理由がない。何故ならば、アインツベルン独占状態になれば、その時点でミヤビの獲得する利益は担保されるからだ。」

「何か別の意志が働いている、ということですか?」

「そうだ。中小の経営者であろうとも、根絶やしにしなければならない理由があったのだろう。この開発都市オアシスで英雄の召喚をするには、オートマタは必要不可欠だ。もしアインツベルンが何者かに乗っ取られた場合、それはこのオアシスを牛耳ったことと同義である。サーヴァントという武器を一手に担う軍事工場になる訳だからな。ミヤビという王の座を狙えるポテンシャルを有する者、それらを根絶やしにすべく暗躍したのだろう。」

「ミヤビ様が石橋を叩きすぎるタイプであれば、ミヤビ様が和平松彦を操る犯人だと推理することも可能でしょうが……すみません、大事な商談相手を侮辱するような発言でしたね。」

「よい。我はミヤビに呼ばれた者だが、奴を信用していない。だが、個人的に言うならば、ミヤビの指示では無いだろう、と思う。」

「それは何故でしょう?」

「ミヤビは今、路頭に迷いし、倉谷重工の令嬢を保護し、世話している。恨まれてもおかしくない立場であるにも関わらず、だ。災害の意向に同意したこと、あの女は悔いているのだろう。」

「そうですか。」

 

無論、充幸には確認しようも無いことだ。だが、彼女はロウヒの言を信じることにした。

相手を信用しなければ、対等な取引など成立しようも無い。ミヤビ・カンナギ・アインツベルンがどのような人間であろうと、博物館にとっては利用できるか、できないかの二択である。

 

「話が逸れてしまったな。我々の技術支援の条件だが、第四区博物館が所有している倉谷重工製オートマタの三割をこちらに譲り渡して欲しい。我らは貴様らが和平に交渉し、倉谷のオートマタを不正に買い取っていることを知っている。」

「渡した後は……どうするおつもりで?」

「無論、廃棄だ。災害のライダーの目前で、完膚なきまでに破壊し尽くす。そうしてアインツベルンが『仕事』をしていることをアピールせねばなるまい。当然、第四区博物館の名を割るような真似はしないさ。あくまで、『偶然見つけた』体を取らせてもらう。」

「災害に媚びを売りつつ、寝首を掻く準備をしている訳ですね。」

 

充幸は顎に指をあて、熟考する。

既に館長の指示は受けている。あとは充幸の交渉術次第だ。

 

「二割、は如何でしょう?和平の件を知り得ているならば、こちらのオートマタ総台数も理解されている筈。仕事のアピールをするだけなら、二割でも十分の数でしょう?」

「ふ、そちらの落としどころがそれならば、二割で良い。こちらの指示する廃墟ビルに二割のオートマタを運搬せよ。日取りはそちらに任せよう。こちらはあくまで、調査の末に偶然見つけただけだからな。」

 

ロウヒは満足そうな表情を浮かべ、立ち上がった。

彼女が持参したトランクを、その場において立ち去る。その中には、未来観測の機密資料が入っている。博物館が災害を攻略する上で、必要となる書類だ。

充幸は博物館を後にするロウヒを慌てて追いかけるが、玄関口の時点で、既にその姿は見えなくなっていた。

 

「はや……」

 

充幸は大きく溜息をつく。

ポホヨラの女帝のオーラは凄まじいもので、彼女は終始滝のような汗をかいていた。

これから先もアインツベルンとは友好的な関係を結ばねばならない。つまり、今後も充幸はあのロウヒと、会談をしなければならないのだ。

そういった意味での溜息である。

 

「お疲れ様です、鬼頭鑑識官。」

 

不意に後ろから、若い男が彼女に声をかけた。

本来ならば充幸では無く、彼が交渉の場に立つべきである。が、館長の指示で、彼は席を外された。

 

「貴方ですか。私は鑑識官なのですよ。本来であれば、『副館長』の貴方が表に出るべきでしょう。」

「すみません。ですが、私は暫く出張でして、これからの他企業とのお付き合いは、鬼頭鑑識官に任せます。」

「は?出張?どこに?いつまで?」

「数年は戻らないでしょう。開発都市第三区です。桜館長の指示ですので、悪しからず。」

 

彼はスーツケースを引きながら、笑顔で立ち去ろうとする。

充幸は事態を上手く呑み込めないままに、それでも彼の腕を掴み、引き止めた。

 

「ちょっと、困ります。本当に。館長が表に出てこれない以上、私が全部の仕事をやらなきゃいけなくなるでしょう?スーパーブラックですよ!」

「そうですね。新しく裏スタッフ何名かを採用予定ですので、彼らに仕事を振ってください。では!」

 

爽やかに去ろうとする青年と、力づくで引き止める充幸。博物館の正面ゲート前で数分間に渡り問答が繰り返された。

 

「というか、何故私にはその話が聞かされていないのですか!仲間でしょう!」

「そこは反省しています。ですが、鬼頭鑑識官にそのことを告げると、貴方は私を鎖で縛りあげてでも止めているでしょう?」

「それはそうです!副館長がいなければ仕事は回りませんから!」

「大丈夫です。私、言う程仕事をしていなかった立場ですし、元々幽霊みたいなものでしたし。では!」

 

「さっきから話の途中で去ろうとするな!『言峰 クロノ』!」

 

充幸は思わずフルネームで副館長を怒鳴りつけた。

クロノはやれやれと頭を掻きながら、涙目の充幸へと振り返る。

そして彼女の頭をゆっくりと撫でた。

 

「大丈夫ですよ、充幸。私は大丈夫。」

「何が、ですか!」

「充幸のことだから、自分の仕事のことでは無いのでしょう?私が開発都市第三区へ行くことを、心配してくれているのですね。私は大丈夫です。ほら、『アサシン』もいますし。」

「……子ども扱いは辞めて下さい。あのアサシンだから、逆に不安にもなりますよ。」

「はは、確かにそうですね。でも、仕事を終えれば、私はまたここに戻ってきますから。ちゃんと定時報告も忘れません。」

「…………第三区は危険な場所です。」

「理解しています。だから私が向かうのです。充幸には怪我をして欲しくない。これは私の本心です。」

 

クロノはそう言い残し、第四区博物館を去る。そして現在に至るまで、彼は一度も第四区に帰ることは無かったのだった。

 

 

ロウヒがアインツベルンの楼閣に戻ると、ミヤビは未来と共に、外出する準備を整えていた。

普段の未来は大人しくなり言葉を発さなくなるか、攻撃的になりミヤビに噛みつくかの二択である。今は前者の状態であるようだ。

 

「マスター、その老体でどこへ行く。」

「おぉ、ロウヒ。良かった、間に合って。これから未来と共に遊園地へ行くつもりじゃった。そなたも共に行かんか?」

「はぁ?遊園地?」

「今日はのびのびと休暇を楽しむぞ!ほれ、行こう。」

 

ミヤビは右手を未来と繋ぎつつ、左の手をロウヒに差し出した。

彼女はそれを取ることはしないが、サーヴァントとして付き従うのは決定していた。

 

「楽しみじゃの、未来。」

「…………コロス」

「ほほ、そうか、未来も楽しみか!」

「おい、ミヤビ、耳が遠くなったか?」

 

もはやツッコミ役となったロウヒを交え、彼女らは高級車に乗り込み、第一区のテーマパークへ向かう。なんと今日、第一区市民の遊び場足るレジャーランドは、ミヤビが貸し切りにしたらしい。こういう所は富豪そのものである。

 

「ほれ、着いたぞ!未来!」

 

ミヤビが未来を連れ立って入場ゲートへ向かうと、未来の目が徐々に輝き始めた。

華やかなアトラクションに、可愛いマスコットキャラクター。それは未来の知らなかった夢の国である。

 

「嬉しそうだな、未来。」

「この娘は、風俗街で倒れておった。何でも、ネオンのキラキラに惹かれて、彷徨い歩いていたらしい。虐待を受けていたこの子には、そんなものでも美しく、輝いて見えるのだろう。」

「だが、未来には『ロウヒ』、我の人格が宿っているのだろう?遊園地程度で心が躍るものでもないと思うが。」

「ヴェノムはあくまで、人間に宿る、という点が重要じゃ。この娘の年齢からして、否、学業的にはもっと幼いだろう、宿る魂が英霊のそれであろうとも、元の脳が幼ければ引き摺られる。殺意はあれど、殺す方法などいくつも思い浮かばない。言語能力も乏しい故、今まで特定のワードしか口にしなかった。未来が成長すれば、それに伴い、ロウヒも成長する。だから今、彼女を救わなければならないのじゃよ。」

 

ミヤビは未来を抱き締めると、絶叫マシンに向かってはしゃぎながら駆けて行く。

 

「マスター、貴様が一番目を輝かせているではないか。」

 

ロウヒは溜息をつきつつも、ミヤビの背を追いかけた。

この広い遊園地で、たった三人が、幸せな一日を謳歌する。そういう日があっても良いだろう。

 

「未来、ジェットコースターは乗れるか?身長は、問題ないようじゃが。」

「サツガイ……ミヤビをサツガイ」

「うん、大丈夫じゃな!」

「おいババア、貴様の方が大丈夫じゃなかろう!血圧上昇で死ぬぞ!」

 

開発都市オアシス最大級の直立落下型ジェットコースター。

彼女らはそれに乗り込み、心を躍らせている。

 

「未来、上まで行ったら手を万歳するのじゃよ。風がいっぱい感じられるからの!」

「バンザイ?」

「そうじゃ、高く高く、万歳じゃ。」

「待て、待て待て待て、手を離したら死ぬ、死ぬぞこれは!」

「何じゃロウヒ、そなた王じゃろうに。というか、鳥になって羽ばたいたこともあるじゃろ?」

「翼があれば話は別だ!今の我は無限鋳造機サンポを有する我であって鳥の我はサンポを奪われた後の我だからあぁぁあああああ」

 

一気に下るコースター。

ミヤビと未来は両手を挙げ、風を目いっぱい身体に吸い込んだ。

一方ロウヒは安全バーにしがみつきながら、目に涙を浮かべている。

 

「きゃあああああああああああ」

「バンザイ!バンザイ!」

「未来!楽しいか!?」

「バンザイ!」

「死ぬうううううううううううう」

 

その乗り物は、下り、上り、うねり、曲がり、彼女らの絶叫を運ぶ。

そしてあっという間に、スタート地点へと戻って来た。僅かばかりの時間に、様々な感情を乗せて。

 

「未来、どうじゃった?」

「…………んー……」

「楽しいか?」

「タノシイ?」

「まだまだ、これから楽しくなるぞ!」

 

ミヤビは未来の金色の髪をくしゃくしゃと撫でまわす。

未来はくすぐったそうながらも、どこか嬉しそうだ。

 

「ちょっと待て、こんなのに、また乗るのか?」

 

自慢の黒髪が大きく乱れたロウヒは肩で息をしている。

サーヴァントには珍しい反応かもしれない。

ミヤビは悪い笑みを浮かべながら、ロウヒの手を取った。

普段は払いのける筈だが、足の震えるロウヒにはミヤビの手を掴む他無かったのだった。

 

続いて彼女らが向かったのは、室内型エンターテイメント。

恐怖を煽られながら出口へと進んでいくアトラクション、お化け屋敷だ。

流石のロウヒもこれには一切臆する様子はない。

悪鬼、悪獣の類ならばポホヨラの大地で嫌という程目の当たりにしている。それどころか、彼女はそういった類を使役している側だ。

 

「では行こうか。」

 

ミヤビの腕に張り付きながら、彼女の進行を何とか妨げようとする未来。

彼女は初めて、自らの感情を大きく出した。

 

「怖いか、未来。」

「……コロス」

「そうか。怖いか。なら、もう二度と『殺す』だの物騒な言葉を使わないと約束するなら、辞めておこう。ミヤビもそこまで鬼ではないからの。」

「……!コロス!」

「はい残念。今また言ったじゃろ。アウトじゃ、アウト!」

「ぎゃーーーーコロスーーーー」

 

ミヤビは未来を抱きかかえ、暗がりへと進んでいく。

未来はこれでもかと言うほどに泣き叫んでいた。

一方ロウヒだが、作り物の大蜘蛛が目の前に垂れてきた瞬間、驚きのあまりそれを焼き払ってしまう。

勿論、ミヤビの財布から弁償費が飛んでいくこととなった。

 

「さて、出口を抜けてきた訳じゃが……」

「うぅ、ころす、ころす」

「すまんの、未来。怖かったな、よしよし。」

「~♪(備品を壊してしまったことを誤魔化しているロウヒ)」

「そなた、悪の皇帝じゃろうに。蜘蛛に驚くなど、乙女か!」

「だって仕方ないし!急に落ちてきたんだし!」

 

ロウヒはもはや威厳ある言葉遣いすら砕けてしまっている。

ミヤビは感情溢れる二人に思わず吹き出しながら、次なるアトラクションへ向かった。

 

続いては中央ステージにて、ヒーローショーの観覧である。

実際にサーヴァントがヒーロー役を担っており、子ども向けながら、迫力満点の活劇が期待できた。

そして彼女らが中央の座席に到着すると、そこには先客がいた。

ミヤビの指示で遊園地に訪れた、彼女の近親者である。

 

「おぉ、龍寿。もう来ていたのか。」

「ミヤビ祖母さんに呼ばれたからね。大学の授業を放り出して来たよ。」

「それはすまんかったな。」

「いいって。僕もこのショーは見たかったから。なんてったって仮面セイバーが駆けつけるからね。」

 

遠坂龍寿はミヤビの後ろで縮こまった少女を発見する。ミヤビは彼に未来の存在を話していなかった。

 

「祖母さん、この子は?」

「ミヤビの娘じゃ。挨拶せよ、未来。」

「……サツガイ、する」

「ど、独特な挨拶だね。」

 

未来の対応に困惑しつつも、龍寿は共にヒーローショーを見ることにした。

二人は席に座り、仮面セイバーの熱い戦いに興奮している。

ミヤビとロウヒは彼らの後ろから、二人を温かく見守っていた。

 

「なぁ、マスター」

「何じゃ、ロウヒ。」

「貴様の性格は、何となく分かった。貴様は本当に、未来を娘として守っていくつもりなのだな。」

「そうじゃよ。」

「何故だ。貴様も分かっているだろう?」

 

ロウヒは大きく深呼吸し、その事実を、告げる。

 

「未来はいつか、ミヤビを殺すぞ。」

 

それはヴェノムアンプルに支配されし、未来の絶望的な『未来』。

現状、ヴェノムの対処法を見つけられていないアインツベルンでは、未来を真の意味で救うことは叶わないだろう。

気持ちを変えれば、どうにかなる話でも無い。未来に取りついた『ロウヒ』は必ず、ミヤビに手をかけ、オアシスを絶望の色で染め上げるだろう。

ロウヒはそれを理解している。他ならぬ、自分自身がやることなのだから。

ロウヒが出来ることは、芽吹く前に、未来を殺してしまうことだけだ。

だがそれを、ミヤビは決して許さない。

 

「ミヤビはもう長くない。殺されるのも一興、じゃろう。」

「一興だと?」

 

ロウヒはミヤビの胸倉に掴みかかった。

何に怒りを覚えているのか、ロウヒ自身が理解していない。

それでも、今の彼女はそうした。そうせざるを得なかった。

 

「ロウヒ……」

「貴様が王を名乗るならば、我はその臣下だ。王が狙われるならば、守るのが臣下の務めだろう。」

「そうじゃな。」

 

ミヤビは慈しむような、柔らかな笑みを浮かべていた。

 

「ヒトはいつか死ぬ。不死とは神の特権じゃろうて。ミヤビは王であり、神を目指してはおらん。ヒトの臨界を極めたものは〈王〉となる。じゃが、ヒトは神にだけは成れん。成ってはならぬ。人が鳥には成れぬように、鳥もまた人には成らないのじゃ。」

「だから、災害を許さないのか、貴様は。」

「あぁ。誰かが彼らを止めなければ、いつか彼らは壊れてしまう。否、とうの昔に、壊れてしまっているかもな。ミヤビには、オアシスを変える力が無い。でも、未来は違う。」

「未来?」

「あの娘には特別な力がある。世界を俯瞰する目、ミヤビと似た、特別な目じゃ。人一倍、人間の悪を見て、人一倍、人間の善を見る。ミヤビはな、人間に絶望したまま、彼女に死んで欲しくない。この世界は辛く険しい、それでも、未来という名で生まれてきた一人の少女に、美しい『未来』を歩んで欲しいのじゃよ。」

「ミヤビ……」

「例えば、ロウヒ、未来に『恋』を教えてあげて欲しい。ネオンの輝きより、もっと心躍るものを。ミヤビの代わりにそなたが、沢山、沢山教えてやってくれ。」

「どうして、我に…………」

 

ロウヒの疑問は妥当だ。

彼女は悪しき皇帝。多くの人間を悲しみの中に閉じ込めた。

だがミヤビはそんなロウヒに、ハッキリと告げる。

 

「ロウヒは、奪われることの辛さを、誰よりも分かっているじゃろうに。」

 

無限鋳造機サンポを失ったロウヒは、精神を狂わせ、深淵へと落ちていく。

彼女は最も大切にしていたものを失った。そして、悪逆の限りを尽くした。

 

「未来には、未来の人生を歩んで欲しい。ヴェノムに奪われては、可哀想じゃ。よいか、ロウヒ。これから言う事は、ミヤビの願いじゃ。存在しない令呪に託す、たった一つの願いじゃよ。」

 

ミヤビはロウヒの胸に、その拳を押し付けた。そしてその祈りを口にする。

 

『未来を守れ』

 

どんな手段でも構わない。

誰を敵に回しても構わない。

その命尽きるまで『未来』を守ること。

それがロウヒにとって、ミヤビと交わした最初で最後の約束だったのだ。

 

 

この後も様々なアトラクションを回り、辺りはすっかり暗くなっていた。

そして彼女らの最後のお楽しみ、花火が夜空に煌めく、華やかなパレードが開幕する。

四人は特等席でそれを鑑賞する。未来は、誰よりもその空間に惹かれていた。

数名のパフォーマーが彼らの前で華やかに踊り始める。技巧に凝らされていつつも、小さな子が真似しやすいダンスで、未来もその場で思わず踊り出した。ぎこちなくも、必死に、彼女なりの表現をしようとしている。

 

「未来、可愛いぞ!」

「未来ちゃん、流石!」

 

ミヤビや龍寿にも褒められ、未来は鼻息を荒くした。

そして彼女は、パフォーマーのいる場所へと駆け出してしまう。

 

「未来!」

 

ミヤビも龍寿も、ロウヒでさえも、反応に遅れてしまった。

未来は暗い夜を明るく照らすフロート車に向けて走っていく。

 

「おっと。」

 

危険を察知したパフォーマーの一人が、未来を制止させた。虹色のスーツを身に纏う少女は、未来をそっと抱き締めると、観覧席の方に彼女を送り届ける。

ミヤビと龍寿はテーマパークの心優しきスタッフに感謝し、安堵の表情を浮かべた。

 

だが

もし未来がこのとき飛び出していなければ。

もし『彼女』が未来を抱き留めていなければ。

運命は、変わっていたかもしれない。

 

パフォーマーは抱きかかえた未来に、耳打ちする。

誰にも聞こえぬ声で。

 

「わらわの名前は『沼御前』。あなたを助けに来たわ、『スネラク』。」

「すね……?」

「もっとキラキラしたもの、見に行きましょう?」

「きらきら?」

「今は待っていて。わらわが必ずあなたを牢獄から救い出してあげるから。」

 

パフォーマーは未来をミヤビたちに託すと、手を振り、笑顔で持ち場へと戻った。

その笑顔に隠された、余りにも罪深い『沼』に、気付く者は誰一人いなかった。

 

 

                                                 【蹂躙編①『雅』 終わり】

 

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