前後編の後編となっております。蹂躙編1章から是非ご一読ください。
感想、誤字等ありましたらご連絡ください。
愛をください。
愛してください。
抱き締めて、胸の鼓動を感じてください。
生きているのだと、認めてください。
「そんな、どうして……私は教祖様の為に!」
誰か私を満たしてください。
隙間を埋めてください。
大丈夫だと、言ってください。
「何故だ、私も、妻も!貴方様の導きを信じて!」
助けてください。
救ってください。
この手を、握っていてください。
「余が傍にいるぞ、スネラク。」
ああ
ああ
あぁ、いた。
いたんだ、本当に。
「震えているな、スネラク。大丈夫、余は貴様の味方だ。手を取ってみろ、余の体温が分かるか?」
あぁ、とても。
とても、とても。
貴方はとても暖かい。
人の温もりとはこうも……
「刃物を持ったな。後は、それを振りかぶり、振り下ろせ。それで貴様は救われる。」
「ひとを、ころしたら」
「人じゃない。貴様を害する『虫』だ。血を吸う蚊を叩き落すことと何ら変わらん。ここで逃げれば、貴様は一生『未来』を変えられまい。さぁ、刺せ。」
「わたし、は」
「貴様は今日から『スネラク』だ。余の友達、余の家族、余の恋人。もう辛い思いをする必要はない。どうして貴様ばかりが涙を流さなければならないのだ。可笑しいだろう?余はそんな理不尽を、心から憎んでいる。」
「りふじん」
「そうだ。貴様は幸せになれる。必ず余が、幸せにしてみせる。」
私の愛する人は、私の震えを止めてくれた。
幸せというのは分からないけど。
何かが変わるなら、とても良いことだと思う。
「悪かった、未来……父さんが全部悪かった」
「あぁ、貴様が全て悪い。ここで死んでおけ。」
「未来、遅くなったが、ようやく気付いた。私も妻も、騙されていた。最初から、全部仕組まれていた!お前の目こそがこの女の狙いだ!未来!」
あー
五月蠅いなぁ。
散々愛してくれたのに
私の愛は拒むんだ。
「あ」
私は虫を叩き潰す。
羽音が五月蠅いので、根から切り落とし。
その目が不快なので、ぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
そして、血だまりだけが広がって行った。
「スネラク、良い子だ。」
「うん」
お姉さんは私を抱き締め、いい子いい子、してくれる。
私はきっと、助かったのだ。
これから、楽しい人生が待っているのだ。
私は零れ落ちる血と涙を彼女に拭われながら、幸せな妄想で心を躍らせた。
【蹂躙編②『穢』】
開発都市第一区、大型ショッピングモールにて。
派手に着飾った金髪の少女が、デバイスを弄りながら、誰かの到着を待っていた。
細身ではあるものの、類まれなる美貌の少女に、思わず言い寄る男も少なくない。
現に、大学生ほどの年齢と思しき二人組が、柱の前に立つ少女を囲っている。
「ね、君さ、何見てるの?」
「暇なんだけどさ、俺たちとここのゲーセンで遊ばない?」
少女は彼らを無視し、デバイスに映し出されたショッピングサイトを眺めている。
商品を購入するつもりは無いが、ただ何となくカートに次々と衣服を投げ入れて行った。
どうやら彼女は今、少々お怒りの様だ。
「ねぇ、聞いてる?」
「これから待ち合わせしているの。邪魔だから消えて。」
「何?デート?」
「そう、これからデートなの。」
執拗な男たちに溜息を零していると。
彼女の立つ場所から数メートル先、手を振り、近付いて来る者がいた。
その人物こそが彼女の待ち人だった。少女は虚無の表情から一転、花が開いたように微笑む。
「え、君の待ち人って……」
男たちは唖然とした。
無理もない。開発都市第一区でその人物を知らぬものなどいなかった。
少女は目を丸くしている男たちを見て、優越感に浸りつつ、待ち人の方へ駆けて行く。
「おうい!待たせたな、未来!」
「もう、遅いよミヤビ!ずっと待っていたんだから!」
今日はミヤビが未来を拾ってきて、丁度二年目の記念日だ。
高校生程の年齢になった未来は、ロウヒとミヤビに育てられ、大きく成長した。
ミヤビや他の者達と普通に会話が出来るようになり、そして、
未来はヴェノムの意志に乗っ取られることも無いまま、今を懸命に生きている。
「すまん、会談が長引いての。エラルが会社の部下と揉めに揉めていて。」
「マキリ・エラルドヴォールさん、だよね?何だかんだお会いしたことないなぁ。」
「今度未来も三企業会談に出席するといい。ミヤビの娘だと高らかに宣言するんじゃよ。」
「えー、娘って年齢じゃ無くない?ミヤビの孫だよ、孫。」
「それもそうか!」
未来はミヤビと腕を組んだ。その折れてしまいそうな腕で、今なお企業の代表を立派に努めている。
アインツベルンはミヤビが存命の限り、安泰だろう。そう未来は強く思った。
「して、今日は何処へ行くつもりじゃ?」
「今日は私にとってとても大切な日だから、久々にミヤビと遊びたいの。駄目?」
「ほほ、駄目な筈が無かろう。ゲームセンターか?」
「うん!ミヤビがやりたがっていたメダルゲームとか、あと、あとね、プリクラ撮りたい!」
「デバイスのカメラとは違うのか?」
「全然違うよ!ミヤビの顔のシワも全部無くなっちゃうんだから。」
道行く人々は誰もが彼女らを二度見する。
一大企業の長たるミヤビ・カンナギ・アインツベルンが若い娘と共にゲームセンターで遊んでいる。
思わずカメラを向ける者もいたが、周りの人物がそれを制する。
二人の幸せそうな表情を見れば、そっとしておくのが賢明だろう。
未来とミヤビはそんな野次馬にすら目がいかない程に謳歌しているようだが。
「この機械でお金をメダルに交換するんだよ。」
「ほう、成程……」
「って!いきなり万札!?駄目だってミヤビ!使い切れないよ!」
「ほ、ほう、そうかの?」
「とりあえずは、五百円くらいでいいの。ここから増やしていくから!」
未来はミヤビと腕を組み、中央のプッシャー機へ足を運ぶ。
小型のデジタルゲーム機やスロットと異なり、ハイリスクだが高リターンのギャンブルマシーンだ。
当然、素人の未来とミヤビが、五百円の支出で長時間遊べる代物では無い。上手くいって一時間、早ければ五分で手元の硬貨は羽ばたいていくだろう。
だが未来はそこも計算済みである。そもそもメダルゲームを遊ぶ素人は、空になるまで遊びつくして暇をつぶす為にゲームセンターに来店する者が多い。勝ちに拘る者は、大型プッシャー機を後に回し、先にスロットで細かく稼いでいく。それがセオリー。
一方未来はミヤビにメダルゲームを体験させたいだけ。ならチマチマとコインを投入するより、大きくベッドして大きく負ける方が、短時間で大いに楽しめる筈だ。
「じゃあミヤビ、ここの投下部分にメダルを装填して、ボタンを押したら発射してね。前後に動いているから、タイミングよく押すんだよ。」
「うむ、了解じゃ。」
五百円分のメダルは、精々数十枚程度。初心者のミヤビはコツを掴む前に使い切るかもしれない。
「未来も、右から発射するんじゃよ。」
「え、でも私がやったらあっという間に……」
「二人で遊ばなければ意味が無いじゃろう。ほれ、行くぞ。」
二人はボタンを押し込み、メダルを射出し始めた。
未来の想定していた二倍のスピードでメダルが昇華されていく。
そして互いに息が合うことも、狙いが定まることもなく、無意味に打ち出されていく。
「む、難しいな。」
「ミヤビ、真ん中に青い的のような模様があるの、分かる?」
「あぁ、見えるぞ。」
「あそこに上手くメダルが当たれば、中央の画面でミニゲームが始まるの。運が良ければ、大量にメダルが払い出されるかも。」
「そ、そうか。やってみるかの。」
単純に的に当てるといっても、これが非常に難易度は高い。
狙いを定めてボタンを押したとしても、メダルが軌道に沿って転がってくれるとは限らない。大抵の場合は、途中で力尽きて、その場に落ちてしまう。店側も、そう簡単に獲得メダルを増やされても困るのだ。
ミヤビも十数枚を投入し、連続で射出するが、全く的に当たることが無い。トライアンドエラーを繰り返し、コツを掴む他ないのだ。
未来は手元のメダル枚数を数えてみる。この五分足らずで、あっという間に指で数えられる枚数となった。
これからは一枚一枚が勝負となる。彼女は自らの投下スロットから離れ、ミヤビと密着する距離に寄った。
「未来?」
「一緒にやろ。」
「ったく、甘えん坊じゃな、未来は。」
未来はミヤビの手に自らの手を重ね、共に一枚ずつメダルを投下していく。
五、四、三、二…………少しずつ、着実に消失していく銀の弾。
そしてラストの一枚、二人は顔を見合わせ、そして一緒に投下した。
「いっけーー!」
結果。
それが奇跡的に青い的に的中。
ミニゲームが始まり、ゲーム中央モニターで動物たちが踊り始める。
配当は、最小だと十枚、最大だと二百枚だ。
大当たりを引ける可能性は一パーセント。期待するだけ無駄だが、それでも期待してしまうのが人間の性。
「ほほ、馬と子羊が踊っておるわ。よく出来ておるのぉ。」
「ここにライオンや象が加われば、激熱だよ。」
「でもダンスはもう終わりそうじゃな。」
「今回は、残念ながら難しいかもね。」
そして演出は終了し、配当は最下賞の十枚となった。
払い出しが行われるものの、これでは既に敗北が決まったようなものである。
が、遊びとしては満足のいくものであったようだ。
その証拠に、ミヤビは演出の間、目をキラキラとさせていたのだから。
二人はメダルゲームを終え、プライズゲームをいくつか楽しんだ後に、プリクラの撮影をする。
デバイスの機能拡張と共に、写真シール機体の需要も少なくなる、かと思いきや、形として残すことに価値を見出した女子高生たちが今なおプリクラ文化に火を付けているらしい。
映った顔に美容効果をもたらす、宙に自在に文字や絵を落書きできる、更にデバイスと同期すれば、背景すら自らの好みの場所に切り替えられる。何でもありだが、逆にそれが少女達に人気を博している理由だ。
未来とミヤビは壁紙を夜空に浮かぶ花火に設定すると、各々ポージングを始める。
ピースサインや、手や腕を絡め合ったり、挙句は抱き合ったり。ミヤビは少々照れ顔だ。
そして撮影が終わると、外のモニターで写真のフレームや文字入れを行う。
先程の花火も、気に入らなければ、別のものに変更可能だ。
未来は目を輝かせながら一枚一枚丁寧にデコレーションしていく。その様子をミヤビは温かく見守っていた。
「ミヤビも、何か描きなよ。」
「ミヤビもか?うーむ、ミヤビは絵心がないからのう。」
「絵じゃなくて言葉でもいいよ。『らぶ』とか『ずっとも』とか。……ずっともは変か。ほら、例えば今日の日付を書いてもいいし。」
「ふむ、そうか……では」
ミヤビはタッチペンを持ち、まるで筆を走らせるが如く、文章を記入する。
だが余りにも長文だったからか、小さい写真の枠には収まり切らない。
「未来、機械側に駄目と言われてしもうた。」
「えー、なになに、『未来が元気に健やかに育ち、皆から愛される優しい子に育ちますように』って、何この恥ずかしい文章!七夕の短冊かよ!しかも超達筆!」
「駄目か?」
「やーめーてー!一言でいいよ、もう!」
「ふむ……ならば」
ミヤビは再びタッチペンを取る。
未来も今度は恥ずかしいことを書かないかどうか、彼女を監視した。
「えっと、『未来&サンスイ』って…………なに?」
「未来は、勿論未来のことじゃ。サンスイは、ミヤビの本当の名前じゃよ。」
「え!ミヤビって偽名だったの!?」
「言ってなかったか?ミヤビの名は『サンスイ=インヴェルディア』。ミヤビ・カンナギ・アインツベルンは言わば芸名のようなものじゃよ。」
「言ってないよ!」
未来は明かされる衝撃の真実に、頬を膨らませている。
二年ともに過ごしてきたのだ。無理もない。
「悪い悪い。じゃが、この名は他の誰にも明かしておらん。皆、ミヤビという名で通しておる。何かと便利じゃし、何よりミヤビはミヤビの名を気に入っとる。」
「自分で付けたの?」
「あぁ。『神薙雅』。神を薙ぎ倒し、それでいて優雅な存在。ミヤビは災害のサーヴァントが幅を利かせるこの世があまり好きではない。だから、そう名付けた。もっとも存命中に災害を超えうる何かを手に入れることは叶わないがの。」
「存命中って、ミヤビはまだまだ元気でしょ!元気でいてもらわなきゃ困るんだから!」
未来はミヤビの右手を両手で包み込んだ。
ミヤビが長くないことを未来は知っている。だが、それでも、生きて欲しいと願うのは子の宿命か。
未来は彼女に何も恩を返せていない。これから少しずつ、少しずつ、感謝を伝えていくのだ。
「未来……」
「これからはサンスイって呼べばいい?」
「否、ミヤビでよい。ミヤビでよいのじゃ。」
デコレーション、そして印刷を終え、二人は同じシートを手に、ゲームセンターを後にした。
腕を組み、歩く様子は仲良しな祖母と孫の微笑ましい姿そのもの。ミヤビが有名人であろうと、邪魔するものは誰もいない。
彼女らはそのまま同じ階層の洒落た喫茶店へ向かう。丁度小腹が空いたところらしい。
窓際の席に座ると、二人は早速注文する。
ミヤビはホットコーヒー一杯、対して未来はこの店舗最大級のジャンボパフェ、加えてココアフロートまで頼んでいた。甘味のオンパレードだが、目が星空のような未来を見るに、ミヤビは何でも許せてしまう。
二人が喫茶店に入ったのは、単に遊んで疲れたからだけでは無い。
各々が、相手に伝えたい話があったのだ。
未来はポーチに忍ばせていた、第一区の一流ホテルのディナー券を確認する。
今日という特別な日の最後を、小遣いを貯めて手に入れた豪華な夕食で盛大に祝いたい。
ミヤビにとって高級な食事など食べ慣れているに違いないが、それでも。
二人で、祝いたいのだと、心の底より思っていた。
そして未来は確信している。きっとミヤビは誰よりも喜んでくれると。
未来はポーチの中を覗きながら、一人ほくそ笑んでいた。
「あの」
偶然にも二人の声が重なった。
互いに譲り合った結果、ミヤビから先に話をすることになった。
「どうしたの?ミヤビ」
「この二年間、ミヤビと、ロウヒの力もあって、そなたの言語能力、学習力は飛躍的に向上した。今の未来ならば、一般的な高等学校に通学したとしても、やっていけるだろうと思うておる。」
「高校?」
ミヤビは第四区南高校のパンフレットを取り出した。これは以前、未来がその指定制服に憧れていた学校である。第一区の高校は街のイメージに合った着物風のデザインが主流。対して第四区はシンプルかつ可愛らしいデザインのものが多い。
「ここの学校長はミヤビの知り合いでな。話してみたところ、喜んで、と快い返事が貰えたのでな。勿論、未来が行きたければ、で構わないんじゃ。どうかの?」
「でも、高校って入学料とか、色々かかるよね……」
「金か?それは一切心配するな。どうせ有り余っておる。ミヤビには夫も子もおらん故な、残せるものは全て、未来に託すつもりじゃ。どうかの?」
未来には憧れがある。
可愛い制服を着こなし、仲のいい友人たちと青春を謳歌するという、漫画のような夢。
だがそれは叶わない筈だった。彼女の両親はそんな下らないことの為に大事なお金を割いてはくれない人達だったから。
「いい……のかな?学校に通っても」
「ああ。その代わり、今以上に沢山勉強する必要があるぞ。」
「…………うん、大丈夫。頑張る。私、勉強も頑張る!」
未来はパンフレットを受け取り、再び目を輝かせた。
夢にまで見た学生生活がそこにある。
体育祭、文化祭、修学旅行
友達と過ごす放課後、部活動
そして
漫画ではお決まりの、かっこいい男の子との『恋』
未来にもそんな王子様が現れるかもしれない。
「ありがとう、ありがとう……ミヤビ…………」
未来は目に大粒の涙を浮かべながら、何度も頭を下げた。
ミヤビはそんな彼女の頭を、ゆっくりと撫でまわしていた。
どこまでも温かく、優しい時間。
「あ、わ、私もね、ミヤビにプレゼントがあって……っ!」
未来はポーチからディナーチケットを取り出そうとする。
その時、不意にミヤビの所持していた業務用のデバイスが鳴った。
「あ、すまんの、未来、ちょっと待っておれ。もしもし————」
ミヤビは恐らくアインツベルンカンパニー社員からの緊急連絡に対応している。
その顔が朗らかなものから、徐々に緊張した面持ちになるのを、未来は見逃さなかった。
そして未来は察した。ミヤビとのデートはここまでなのだと。
電話を切った後、ミヤビはとても申し訳なさそうな顔をしていた。
「未来……」
「お仕事?」
「うむ。第一区に第五区の暴徒の一部が乗り込み、暴れているとのことでな。それがただの民衆ならば良かったのじゃが、アインツベルン製オートマタらしくての。災害が対処に当たるが、説明責任を求められてのぅ。困った話じゃよ……」
「これからすぐに行かなきゃいけない感じ?」
「あぁ。戻れるのは、正直何時になるかは分からんのじゃ……すまん、すまんの、未来。」
「大丈夫!また空いた日に遊ぼう!私は先にお城に戻っているから!」
「未来……」
「ほら、早く行かないと!災害のライダーに怒られちゃいますよ!」
未来は喫茶店の代金を自ら支払い、ミヤビを無理矢理外へ出した。
そして精一杯の笑顔で彼女を送り出す。大きく手を振って、自らの悲しみを掻き消すように。
「待っておれ、すぐに、すぐに終わらせるからの!すぐ戻るから!」
「はいはい!いってらっしゃい!気を付けてね!」
未来は手の中にあったチケットをぐしゃりと潰した。
そして自らも喫茶店を後にする。
※
未来は一人、アインツベルンカンパニー本社、楼閣へと帰って来た。
最奥の間の襖を開けると、普段ならば弁慶かロウヒがいるはずが、今日は誰の姿も見えなかった。
「皆、出掛けているのかな?」
彼女は畳の部屋でごろんとうつ伏せになる。大広間たるが故の孤独感。いつもなら寂しさなど感じようも無い筈だが、今日だけは少し違う。
「ミヤビ……」
未来はポーチの底に仕舞い込んだ、チケットを取り出し、しわを伸ばしながら眺める。アインツベルンの名を出さずに予約するのは至難の業だった。ミヤビにサプライズする為に、それなりに努力したつもりだった。
「早く帰ってこーい。」
未来の声が部屋の中でこだまする。当然、返答する者などいようとは思うまい。ただの独り言だ。
だが、未来のすぐ傍に、『誰か』がいた。
「お・ま・た・せ♡」
「……っ!?……っ誰!?」
未来はすぐさま飛び起きると、傍に着物姿の白髪美女が座っていた。
座敷童の類でも無い。独特の雰囲気と、そして強烈な悪意に満ちている。
「貴方は、誰なの?」
「わらわは『沼御前』。あなたに会うのは二回目よ。」
「ぬま……ごぜん……」
「二年前に、あなたに会いに来たのだけれど、覚えてないかしら?」
未来は首を横に振る。着物姿が生える白髪の美少女など、一度見たら痛烈に残る筈だ。
「そう、残念。わらわは今日、約束を果たしに来たの。あなたをこの牢獄から救い出してあげる。」
「牢獄……?何のこと?」
「このアインツベルンカンパニー当主のミヤビ・カンナギ・アインツベルンに飼い慣らされていると聞いてね。可哀想に、首輪を付けられちゃ、外には出られないわよね。わらわはミヤビからあなたを救いに来たの。」
未来の頬をそっと撫でる沼御前。未来は肌から伝わる悍ましい何かに、強烈な嫌悪感を示す。
「触らないで!私は、倉谷未来は、ミヤビに救われた!お前なんて知らない!私はミヤビの家族だ!」
「えー、何よ、もう。」
沼御前は払いのけられた手で、再び未来の肩を掴み、押し倒した。額が触れる十数センチまで近付き、くすくすと嗤う。
「というか、『倉谷未来』って誰?」
「え?」
「わらわはずーっと、『スネラク』と話しているのだけれど。」
沼御前は胸元に隠し持っていたヴェノムアンプルを注射器にセットすると、コネクタを介さず、直に未来の首元へ針を突き刺した。
その強烈な痛みに未来は苦しみ喘ぐ。が、沼御前はそんなことを気にも留めない。
〈データローディングを開始します。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『ロウヒ』対象のインストール完了まであと五分。〉
「あれぇ?五分?長くない?そんな待てないっての!」
沼御前は注射針を抜き、再度別の個所にそれを突き刺した。
未来は絶叫する。
〈データローディングを開始します。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『ロウヒ』対象のインストール完了まであと五分。〉
「あれー、おかしいな」
「い……たい……です………………やめ……て……」
「ここならどうかしら」
「ひぐぅうううう」
〈データローディングを開始します。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『ロウヒ』対象のインストール完了まであと五分。〉
「ここも駄目か……じゃあ次は」
「おねが………たすけ…………」
〈データローディングを開始します。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『ロウヒ』対象のインストール完了まであと五分。〉
〈データローディングを開始します。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『ロウヒ』対象のインストール完了まであと五分。〉
〈データローディングを開始します。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『ロウヒ』対象のインストール完了まであと五分。〉
〈データローディングを開始します。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『ロウヒ』対象のインストール完了まであと五分。〉
〈データローディングを開始します。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『ロウヒ』対象のインストール完了まであと五分。〉
〈データローディングを開始します。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『ロウヒ』対象のインストール完了まであと五分。〉
〈データローディングを開始します。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『ロウヒ』対象のインストール完了まであと五分。〉
無限とも思える時間。
覆い被さる悪意が、何度も何度も肉を抉る。
そして身体中に、醜悪な液体が流れ込む。
未来は壊れる寸前だった。
「うーん、あとは、どこだろう。目?耳?舌?それとも女性器かしら?やっぱりコネクタが無いとダメなのかしらね?」
沼御前はそう言いつつも、未来の口内を無理矢理に開かせ、指で舌を引っ張り出した。
そして再度、その鋭利な先端を向ける。
その時だった。
未来が待ち焦がれていた、救いの声に応える者が現れる。
『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』
突如、和室の大広間は姿を変え、果てなき凍土が現出する。
そして天に向かって高く聳え立つは、超古代の巨大コンピュータ塔。ヒトの求めし願望器。
未来を空間から切り離し、この世界の主は沼御前を孤独へと追いやる。
塔の前で仁王立ちし、目に深紅の炎を浮かばせる。
ミヤビの守護神、ロウヒがいま、駆けつけたのだ。
「やられたよ、まさか二か所で陽動作戦を行い、マスターと弁慶、そして我を未来から引き離すとはな。」
「あら、早い到着ね。そんなに心配だったかしら。」
「来てみればこのザマだった故な。心配して得をした。」
ロウヒは優雅に話しつつも、怒りを隠すことはしない。
無限鋳造機サンポを駆動させ、次々と製造した近接武器を沼御前に発射していく。
絶対的な殺意の元、加減を知らない一斉掃射が行われた。
それでも、沼御前は一切表情を変えない。不敵に、不気味に、ただ嗤う。
「未来のヴェノムサーヴァントを蘇らせるつもりか?」
「蘇らせる?いいえ、違うわ。元の状態に戻す、というだけ。」
「この二年間、未来はミヤビと過ごし、その性質を抑え込んできた。」
「分かってないわねぇ。二年前、わらわはスネラクの脳にわらわの身体の一部分を移植させた。あなたのアンプルが引き寄せる負の感情を自由に吐き出せる『沼』をね。そのおかげで、スネラクは憎悪や嫉妬などの感情を沼の中へと沈め、人間として生きていたの。わらわは今、その沼を逆流させた!どういうことか分かる?」
「……今まで溜め込んできた負の感情が一同に脳を侵食する……」
「そう!ポホヨラの醜き女皇帝ロウヒが、世界を揺るがす『悪意』となって君臨するのよ!」
沼御前は取り出した長槍で、次々とロウヒの弾丸を叩き落していく。
ロウヒは更にサンポを加速させ、百に近い剣を鋳造、そして射出した。
その一つ一つが明確に沼御前を殺すもの。ただの一射、これが当たればロウヒの勝利である。
沼御前は目を細め、歪んだ笑みを浮かべる。ロウヒの手を見透かしているように。
数十の剣が彼女に突き刺さる直前、それは泥沼の穴へと吸い込まれていった。沼御前の開けた胸元から零れ落ちたものである。
「く……」
「あなたの国、土が可哀想ね。サンポが無ければ、こんなに瘦せ細った大地になるのね?」
「黙れ」
「こんな貧乏くじを引いたような土地に、守る価値はあるのかしら。」
「黙れと言っている。」
沼御前は地に伏せ、身体から零れ落ちるヘドロをポホヨラの大地に侵食させていく。
ロウヒの固有結界、彼女の世界そのものを侵し尽くす悪魔の一手。
『鎮守の沼にも蛇は棲む、
現世は奈落と相変わらじ』
沼御前は宝具の詠唱を開始していた。
ロウヒの砲撃を沼の中へ閉じ込め、その絶技は解き放たれる。
「わらわは嘆く『叫喚地獄(きょうかんじごく)』!」
沼御前の宝具『叫喚地獄』は瞬く間にロウヒの固有結界内を飲み込んでいく。
それは余りにも巨大な底なし沼だ。
大地を走り、草花を枯らし、そしてサンポを引き摺り下ろす。
どこまでも落ちていく。ロウヒはもはや成す術がない。
「サンポを無力化した……だと!?」
「ええ、ええ、底なし沼に落ちちゃったみたいね!」
ロウヒはサンポの消失を定義し、『無限の手を持つ海魔(イクトゥルソ)』の顕現に踏み切る。が、それも叶わない。
それもその筈、ロウヒはサンポをまだ失った訳ではない。ただ沼の中へ落としてしまっただけ。何者かに奪われたわけでも無く、まだロウヒの目前にしっかりと存在が確立している。
沼御前は、ロウヒの性質を気持ち悪い程に理解し、それを逆手に取ったのだ。
「く……」
「さて、わらわの番よ。」
沼御前は長槍でロウヒの肩を、腕を、太腿を貫いた。
逃げようにも、大地がヘドロでぬかるみ、足を取られてしまう。その隙に、沼御前は何度も槍を突き立てた。
ロウヒの白い肌から赤い血液が零れ落ちる。沼御前は返り血を舌で舐め取りながら、卑しく嘲笑っていた。
「趣味が悪いな、貴様は」
「あら、そうかしら?血を流す女の子は綺麗だと思わない?正直羨ましいわぁ。」
「貴様の構成材料は泥沼そのもの、ヒトの嫌悪する全てが貴様自身だ。」
「そうよ。わらわは乙女であり、龍であり、蛇であり、そして塵芥でもある。だからわらわは決して崩れない。ヒトが放棄したもの全てがわらわなの。必要悪ってヤツかしらね?」
「貴様の飼い主は、とんだ物好きだな。」
「ええ。災害のアサシンは慈悲深いお方ですもの。スネラクも早く、あのお方の寵愛を受けるべきだわ。そして彼女は初めて正しく生きていける。誰にも縛られない、自由を手に入れるの。」
「残念だな。未来はもうとっくの昔に『自由』を手にしている。災害に与えてもらうまでも無くな!」
ロウヒは沼御前の槍撃を腹部に受けながら、それを力技でへし折った。
その先端部分を引き抜き、沼御前の首を掻き切る。
「なに!?」
「自慢の槍はもう無いぞ」
「怪力でも持っているのコイツ!?」
沼御前は数歩後退しつつ、次の手に出る。
ロウヒはもはや虫の息。殺す手段はいくらでもある。
だが、大魔女は苦境に立たされて尚、悪い笑みを浮かべていた。
何故これほどまでに余裕綽々な態度を醸し出しているのだろうか。
その答えを、彼女は三秒後に知る。
「■■■■■―――!!」
「何!?」
半壊した結界内に突如現れた戦士に、沼御前は切り裂かれた。
それも生らかな武器では無い。妖怪には毒となる、切れ味抜群の『妖刀』だ。
彼女は身体から穢れた液体を噴出しながら地面を転がっていく。
ロウヒの前に立つ大男は、ミヤビのボディガードとして彼女と行動を共にしていた人物。
即ち、武蔵坊弁慶である。
妖の者との縁も深い平安僧兵であれば、沼御前の対処も難しくはない。現に弁慶は妖刀だけでなく、彼らへの特攻武具を数種に渡り所持している。
弁慶は狂化により言葉を失いつつも、ロウヒに肩を貸すなど、理性的な行動に出た。
「弁慶、マスターが到着したのか?」
「■■■」
「ならば、今未来とミヤビを引き合わせるのは危険だ。嫌な予感がする。貴様はこの世界の外に出て、ミヤビを守れ。」
「■■■■」
「我か?……サーヴァントがサーヴァントの心配をするな。貴様はマスターであるミヤビのことだけを思えばいい。たとえミヤビの指示だとしても、我のことまで守る必要は無い。なに、先程の一撃で随分助けられたさ。」
ロウヒは口元の血を拭いながら、弁慶の背中を押した。
弁慶はゆっくりと頷くと、世界の割れ目へ向かって走り出す。
深手を負った沼御前を相手取るならば、ロウヒ一人でも大丈夫だろうという判断。未来とミヤビの元へ走っていく大男。
しかし、弁慶は小さな沼に足を取られ、地に転がる。
「弁慶!」
「あぁ、怖い怖い。無敵の僧兵、武蔵坊弁慶、わらわを殺すことが出来る人。日ノ本の戦士たちは妖怪にとって天敵なのよ。」
「沼御前……」
「でも今のわらわは違う。ふふ、わらわのとっておき、魅せてあげる。」
沼御前は袖口から緑色のアンプルを取り出した。
それは人間をヴェノムサーヴァントへと進化させる劇薬。
だがそれを、沼御前はあろうことか、自らの胸元に向け注射する。
「何だと?」
『大妖変化(たいようへんげ)』
〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムバーサーカー』:『餓者髑髏(がしゃどくろ)』現界します。〉
その瞬間。
沼御前の身体に、新たな怪異が宿らしめる。
ロウヒは情報の処理が追い付かない。
沼御前の肉体に巨大な人骨が纏わりつき、巨人の身体を形成する。
そして人を丸々握り潰すその巨大な手で、弁慶を掴んだ。
「■■■■―――――」
「ちっぽけね、武蔵坊弁慶。」
沼御前は巨大な人骨同士で弁慶をプレスする。僧兵は全身から血を噴き出しながら、二刀の刀で何とかこれを切り裂いた。
そして地に落ちた彼はまたも沼に足を捉えられる。戦うことも、逃げることも出来ない。
『大妖変化』
〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムライダー』:『化鯨(ばけくじら)』現界します。〉
更なるアンプルを打ち込んだ沼御前は、弁慶の立つ地面、その沼の奥から浮上した。足が鯨となり、人魚のようなフォルムとなった彼女は、そのまま鋭く変化した腕で弁慶を切り裂く。
弁慶の反応速度が速く、彼が鉈を振り下ろした際は、沼から沼へと移動し、更なる連撃に出た。
もはや沼御前を止められるものは何処にもいない。
「そして、これが今日持ってきた最後のアンプル」
沼御前は惜しげなくそれを注射した。
『大妖変化』
〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムセイバー』:『阿久良王(あくらおう)』現界します。〉
沼御前は三つのヴェノムアンプルを使用した。どれもかつての日本国に存在したとされる妖怪たち。中でもこのセイバークラスを司る『阿久良王』は非常に強力なサーヴァントだ。鬼の一人であるが、悪鬼の大将を努め、悪事という悪事を働いた文字通りの大妖怪である。
沼御前の頭に日本の角が現れ、露出の多い背格好となり、その手には大剣が握られた。
満身創痍の弁慶を嘲笑い、そしてその肉体を大剣で二つに切り裂いた。既に決着が付いている筈、にも関わらず、泥で閉じ込め、磔にし、殴り、蹴り、叩き、斬り、弄び続ける。何度も何度も、何度でも。
アインツベルン製オートマタは耐久性に優れているが、そんなことは、この『蹂躙』において意味を為さない。
生死の境を何度も彷徨わせながら、それでも起こし、そして痛めつける。
そしてついに、弁慶の魂は力尽きる。
ロウヒは眺めていることしか出来なかった。
実に長い時間、弁慶はいたぶられていたように思う。
まさに拷問だ。それもただ快楽の為に行われる拷問。
だが、もし弁慶がオートマタでは無く、通常の聖杯戦争のように魔力を以てして現界していたならば、きっと彼はどんな苦痛にも耐えただろう。
先に負けたのは、仮受肉用肉体の方だ。
弁慶の意志より先に、そちらが崩壊してしまった。
その場に崩れ落ちた、弁慶を構成していたモノを見れば分かる。配線があらゆる方向に千切れ、元の材質が分からぬほどに焼け焦げ、原形を失っている。
ロウヒは沼御前を見た。
アンプルの効力が切れ、元の着物姿に戻った彼女は、幸せそうに笑っていた。
彼の返り血を全身に浴びながら、恍惚そうな表情を浮かべて。
「我と同じくらいには、化物じゃないか」
ロウヒの額に冷たい汗が流れる。沼御前の次なる標的は、ロウヒに他ならない。
ロウヒはサンポの波長を地の底から感じつつ、沼御前を激しく睨んだ。
「ごめんね。残念だけどタイムアップ。わらわの目的は達成されたわ。」
ロウヒの覚悟と裏腹に、あっけらかんと言い放った沼御前は、世界の外側へと歩き去っていく。
「タイムアップ……だと?」
「そ。わらわのミッションは、スネラクの解放、この一点だけなの。遊びすぎると災害のアサシンに怒られてしまうわ。」
「……っ!」
ロウヒは急ぎ、ポホヨラの大地を消し去り、ミヤビの元へと駆けつける。
その間際、沼御前は言葉を残して去って行った。
「アヘルは災害のライダーと一区そのものが監視できる仲間の存在を欲していた。災害に敵対心を持つアインツベルン家当主を殺し、そしてそのトップにアヘルの息がかかった者を据える。全ては災害のアサシンの計画通り。あなた達の家族ごっこも、わらわの掌の上だったのよ。嗤える。」
ロウヒは背中を見せた沼御前に何もすることが出来なかった。
※
ロウヒは最奥の広間の襖を開ける。
上段の間、その中央で横たわる影が二人。赤黒い液体が、下の畳にまで零れ落ち、雅さを打ち消している。
「ミヤビ…………」
未来がミヤビに跨り、その心臓を鋭利なナイフで貫いていた。
ミヤビはぐったりと倒れ込んでいる。とても息があるとは思えなかった。
ロウヒは血が出る程に唇を噛み締めながら、一本の剣を取り出した。
ミヤビの言の葉には背いてしまうが、それでも今、ここで未来を止めなければならない。
「っ……」
ロウヒの中に芽生える、気持ちの悪い感情。
二年間の思い出。そしてミヤビと、未来の笑顔。
それは本来の彼女には不必要なものだ。
冷徹なる悪王ロウヒには、どこまでも邪魔なもの。
ただ、それを捨て去りたいとは思わなかった。
楽しかったのだ。
僅かばかりの時間でも
ロウヒは、楽しかった。
だから今なお惑う。迷い続ける。
「…………」
声がした。
虫の囁きのような、か細い声だ。
でも強い気持ちが宿っているように思える。
ロウヒには声の主が誰か、すぐに理解できた。
「ミヤビ、生きているのか?」
ロウヒはゆっくりと近付いていく。
未来はナイフを引き抜き、ロウヒの前に立ち塞がった。
「ミヤビ、まだ生きているのか?」
「……………みらいを……………」
「え?」
「…………みらいを…………まもれ」
「っ!貴様はまだそのようなことを!」
ロウヒはグリップを強く握りしめ、未来と対峙する。
が、二人が戦うことは無い。
ゆっくりと起き上がったミヤビが、血と涙を零しながら、未来をそっと抱き締める。
「この!死に損ないがぁあああ!」
スネラクに魂を明け渡した未来は、ミヤビの肩にナイフを振り下ろした。
それでもミヤビは、決して抱き締める手を緩めない。
「…………こわかったなぁ…………みらい…………おくれてごめんなぁ」
「クソ!離せ!」
「……だいじょうぶ、みやびが、まもる……から」
ミヤビは未来を押さえつけるように、下段の畳へ転がった。
そしてその金色の髪をゆっくりと撫でる。
「みらい…………かわいい、みらい…………みやびの……」
「我はスネラクだ!我は二年前にこの地で生まれ、ようやくこの肉体を得た!貴様らの茶番劇はもうコリゴリだ!」
「みらい……未来……明日をみる…………未来……」
「スネラクだ!我はスネラク!大魔女ロウヒの力を以て、この第一区を乗っ取り、我が物にする!」
「ちがう、おぬしは未来じゃ……その名を決して忘れてはならぬ……」
スネラクは発狂しながら、何度もミヤビの背にナイフを突き立てる。
それでも、ロウヒが止めに入ることを、ミヤビは決して許さない。
「クソ!クソ!クソ!クソ!」
「みらい…………学校にいって、友達とあそんで……好きな男の子とデートして…………たくさんやりたいことがあるじゃろう?ミヤビもまだあそびたりないぞ?みらいと、もっとな、もっとあそんでいたい」
「クソが!クソクソクソクソ!」
「楽しいことがたくさん、たくさん待っておるぞ……」
「あああああああああああああああ」
スネラクは何度もナイフでミヤビを貫いた。
きっともう、ミヤビは死んでいる。
だが、それでも、その想いは言の葉を紡ぎ続ける。
「未来……みやびは…………優しいみらいのことがだいすきじゃ」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお」
そしてミヤビは、ついにその口を閉じた。
身体中を穴だらけにされて、それでも安らかに眠っている。
氷のように冷たくなった身体で、未来を抱き締め続けた。
ロウヒは、動かなかった。
ミヤビの強い信念を、彼女は守り通した。
「あは、あはははははははは!あはははははははははははは!やっと死んだ!死に晒した!ざまあみろ!これで我を止める者などどこにも……」
そしてスネラクは気付く。
彼女の瞳から、一筋の線が流れていることに。
スネラクには決して理解できない。それは内なる未来の訴え。未来の心である。
最後の最後で、未来はほんの少しだけ、己の心を取り戻した。
スネラクに全て支配されたはずの心、そのほんの一部分。たった一割の行動を未来が司ることに成功したのだ。
「未来……」
ロウヒは血塗られた彼女へと手を伸ばす。
しかしそれははたき落される。
「ふふ、ロウヒ。我自身でありながら、悪逆非道を捨てた者。我の下に付くがよい。これからは、この我こそがアインツベルンカンパニー当主、ミヤビ・カンナギ・アインツベルンだ。喋り方も変えないとなぁ。」
「…………そうか。」
「弁慶の奴も再召喚してやろう。あぁ、あとこのミヤビの手で甘い汁を啜るくだらない幹部どもも抹殺せねば。ふふふ、大忙しじゃ。」
ミヤビはクツクツと笑うと、広間を後にする。
ロウヒは彼女に付いて行くことはなく、ミヤビの亡骸の傍へ寄った。
「ミヤビ、貴様はどうせ、今日が命日だと知っていたのだろう?未来が見えるのだからな。」
ロウヒは彼女の頬に手を当て、主の健闘を称える。
王であるロウヒが、初めてサーヴァントとして尽くしたいと思えた女。
哀しくも、誇らしい最期だったと思いたい。
ふとロウヒは、ミヤビの手に何かが握られていることに気付いた。
それは真っ赤に染め上げられた、ただのごみ。
だが、彼女にとってかけがえのないもの。
ロウヒはその握られた手をそのまま、ミヤビの胸元へ持っていく。
貫かれた心臓と同じくらいに大事なものを、胸に仕舞い込むかのように。
【誰かの夢】
ミヤビは光の中に佇んでいた。
彼女はそれまでのことを思い出してみる。
未来と出会ったこと、
そしてその未来に殺されたこと。
だが、一切の悔いはない。
それどころか、ミヤビにとっては計画通りだったとも言える。
未来を視ることの出来るミヤビは、この結末を知っていた。
知っていたうえで、敢えてそれを変えようとしなかった。
無数にある因果、無数の将来、それを自らの死によって確定させたのだ。
彼女の予知はこれで完全たるものとなる。
全ては未来という一人の少女を救う為。
作戦は成功した。
ふと彼女は、右手に何かが握られていることに気付く。
それは血塗られた塵芥、もはやその価値を失ったもの。
だがもし、これが美しい夢の世界であるならば、忽ち元通りになるだろう。
ミヤビはその手に祈りを込めた。
「あ」
そしてそれは叶えられる。
握られていたのはチケットだ。大切な彼女からの贈り物。
ミヤビは光の中を歩いて行く。
どこまでも歩いて行く。
その先で、ブロンドの少女が笑っていた。
今日は記念すべき日だ。
二人にとって、特別な日。
ミヤビも釣られて笑う。
二人は手を取り、歩き出した。
温かい夢の中で、このときばかりは、醒めないでと願ってみる。
今宵は二人だけの祝賀会。
————パーティーの夜は、終わらない。
【蹂躙編②『穢』 終わり】
新型コロナウイルス陽性となり、一週間ほど熱に浮かされる日々が続きました。
全快とまではいきませんが、ほぼ本調子ではございますので、投稿頑張っていきます。応援よろしくお願いします。