大変長らくお待たせしました。すみません。
感想、誤字等ありましたらご連絡ください。
【蹂躙編④『義経参る』】
災害のバーサーカー『后羿』の使役する第三の悪獣『巴蛇』が湖水浴場に出現して半時間が経過した。
教経率いる遠坂組先鋭部隊はその討伐に急ぐが、途中、アインツベルンのオートマタ軍に行く手を阻まれてしまう。
無論、意思の宿らぬ人形如きに彼らが苦戦する筈も無いが、その数に圧倒され、思わぬ時間を割いてしまった。
その為、禮士は別動隊に指示を出し、巴蛇の討伐では無く、人民の救助を急がせた。
現在、別動隊の先陣を切るのは、勇敢なる剣闘士『アマゾニア』である。
この部隊は足の速い者でのみ構成されており、いち早く現場に駆け付けることが出来た。
湖に到着した一行は、現場の異常性をいち早くキャッチする。
「おい、禮士、アレはなんだよ?」
〈オペレートルームからも観測しているよ。ドーム状の結界、こちらの空間からは遮断されているようだ。〉
「巴蛇の力か?」
〈いや、あの場にいる者から推測するに、エラルが何かをしでかしたか、もしくはロウヒの『固有結界』だ。〉
「固有結界……アタシらはアレに近付いていいのか?」
〈リカリー、どう思う?〉
禮士はもう一人のオペレーターであるリカリーの意見を求めた。
遠坂組幹部としてサーヴァントのデータと誰よりも向き合ってきた彼だからこそ、判断できるものがある。
〈そうですね。現状は待機で良いかと。彼女らが何か策を講じているならば、それは生存の為、でしょうし。我々は結界が解除された後に突入すべきかと。〉
〈だそうだ。アマゾニア、暫くはそこで待っていてくれ。〉
禮士とリカリーの判断に、顔を顰めるアマゾニア。
戦闘を好む性質故、待機命令はどうにも慣れない。
「何だ?別動隊全員でポーカーでもしてろってか?」
〈まぁまぁ、サーバールームの守護任務も、基本的には待機と変わらないでしょう?〉
「あの時はアキリアがいたから暇じゃなかったんだっつーの。リカリー、お前、アタシを舐めてやがるな?」
〈そんな訳ありませんよ。貴方は遠坂組の、そして僕の希望ですから!〉
「希望、ねぇ」
〈フレー!フレー!アマゾニア!ですよ!〉
「何だソレ。」
アマゾニアは騒がしいリカリーに苦笑しつつ、通信ユニットの電源を一度落とした。
そして目の前に生じた大魔術をその目で捉え、溜息を零す。
彼女には宝具が無い。正確に言えばあるかもしれないが、今の彼女には使用できない。
英霊を英霊たらしめる絶技、それを持たない彼女は、真に英霊と呼べるのだろうか。
「……ったく、アタシじゃなくて、アキリアが生きていれば良かったのにな。」
「どうされましたか、アマゾニア殿。」
「っ、何でもねぇよ。いいから、アタシたちは待機だ。あの結界を見張り続ける。」
別動隊のサーヴァントは次々にラジャーと唱えた。
そんな彼らを見て、アマゾニアは再び苦笑するのであった。
一方、『連綿たりし我の国(ダ―リウム・マートゥム)』結界内部。
アッシリアの女帝エサルハドンと、巴蛇が絶賛戦闘中である。
本来、彼女の固有結界は発動した時点で彼女の勝利を約束するものだ。
彼女の統治したその土地において、エサルハドンは絶対の覇者である。彼女を超える者は、そこに存在し得ない。
ステータスの向上、結界内部にて発生した攻撃の無力化等、与えられる恩恵は数知れない。
だが、それでも、彼女は苦戦を強いられていた。
従来であれば、半時間も大魔術の行使は出来ない。エラルが結界内においてその権限を行使し、垓令呪を起動させたからこそ成り立っている。にも拘わらず、悪獣『巴蛇』は王の猛攻に怯むことが無い。
「神獣の類か?それにしても、固いな。」
光、炎、毒霧、ありとあらゆる攻撃を跳ね除け、その巨大な牙と口でエサルハドンを狙い続ける。
いかにこの空間において無敵と言えど、丸呑みされれば彼女は死ぬ。油断は禁物だ。
未来占いを逐一行い、巴蛇の行動の予測をし続ける。だが、どれだけ占卜を重ねようと、勝利のビジョンは全くと言っていい程見えてこない。近距離、遠距離攻撃、全てが悪獣に対策されていく。
彼女の統治した時代にも、人に害をなす獣の類は存在した。彼女の優秀な部下たちがそれらを排除してきたが、ここまで苛烈かつ凶悪な害獣は存在しただろうか。象をも丸呑みする図体を大きく揺らしながら、アッシリアの大地を崩壊させていく。
エラルは遠く離れた石造りの城塞に隠れ、エサルハドンの戦いを音で感じ取っていた。
所持するデバイスから消費された令呪総数がアナウンスされる。状況からして、エサルハドンの優位は保証されていない。
彼女は禮士の注意喚起を思い出していた。彼曰く、悪獣との戦闘は極力避け、兎にも角にも逃げることを最優先にすべき、と。その理由は悪獣の性質にあるらしい。この悪獣たちは、妖怪の類のように、それを斬ることに特化した武器で無ければ倒せないのだ。
教経には古備前友成の鍛えし刀がある。そして彼の妻だった海御前は大妖怪『河童』の将軍、同じ物の怪を狩るのには長けている。
が、このエサルハドンはどうだろう。彼女はあくまで国を治めた王であり、ハンターでは無い。
あらゆる局面にて多様な手を選択できるが、それは彼女の臣下が傍にいてこそのもの。この結界には彼女を支える部下はいないのだ。
「エサルハドンにはまだ他にも宝具がある、と聞いているけれど、彼女はそれを使わないのよね。」
この場に現れたエサルハドンが何者であるか、定かではない。
だが、彼女は頑なに、第二宝具である『アシュールの息子達(カタム・クァラーダム)』を否定する。泥人形としてかつての臣下を召喚する絶技であるが、かつての盟友が泥に塗れるのを、王は良しとしないのだ。これはあくまでエサルハドンの分身たる『身代わり王』のみが使用できる宝具である。
今この場で杖を振るい続ける彼女は第二宝具を発動しなかった。たとえそれが自らに勝利を齎すものであったとしても。
エラルはエサルハドンの勝利を願いつつ、万が一のプランへ移行する。この結界が壊れるその時、ロイプケが運んで来るマキリの新兵器を使用する為に。
巴蛇はエサルハドンの放つ業火で燃やされながら、気味の悪い声で嘆き始めた。
その絶叫はまるでマンドラゴラ。一般人がそれを耳にすれば、全身を震わせながら命を落とすことだろう。幸い遠く離れたエラルは耳を塞ぐことで事なきを得た。
巴蛇の悲鳴は、洪水を呼ぶ、とされる。その伝説は確かなようで、結界内に突如、どこからともなく津波が押し寄せた。
そして空を、大地を、その質量で押し潰し行く。硝子が砕けていくように、世界そのものがひび割れ始めた。
「くっ……!」
エサルハドンは宙へ浮かび上がり、結界内の保全に注力する。この世界が破壊されればそこでゲームオーバー。ウラルンの言が正しければ、次の降臨でエサルハドンの魂は死に絶える。身代わり王もそれに巻き込まれるかもしれない。
いま、押し留める必要がある。この巴蛇を外に出すわけにはいかない。
それは正義感によるものではないだろう。エサルハドンにとって、第六区も、そこに住まう区民も、等しく価値の無いものなのだ。
ならば彼女は何の為に?
その答えは、エラルも、身代わり王も、誰一人も理解し得ないだろう。
今を生きる者たちのその先を占う彼女だからこそ、決断したことだ。
「我が国をこれ以上侵すことは許されぬ。」
エサルハドンの両目が光り、大地より獣を縛る鎖が現れる。
まずはこの悪獣の動きを封じる。蛇の鱗を砕く程に締め付けられた鎖を、空に浮かせつつ、固定した。
当然、悪獣の動きは過敏になる。捕食者自らが捕食されまいと足掻き続けた。
彼女は空の上からこの蛇を見下ろしながら、その杖に祈りを込めた。
先端に取りついた水晶が青白く光り輝く。そして徐々にそれは姿かたちを変えていった。
「これよりは、占卜の杖に非ず。汝を裁く槍となりて」
エサルハドンの杖は光り輝くランスへと変貌する。
彼女の軍隊のメインウェポン、その模倣に過ぎないが、王が持つことでその意味は変わる。
占いにより導き出された人の業、それを王自らが断罪する、その為の切先。
彼女の秘匿された第三の絶技。それはこの固有結界においてのみ発動できる荒業である。
マキリの令呪がものの数秒で千近く消費される。単純な魔力増強だが、今のエサルハドンに必要なものだ。
エラルの所持するデバイスから警告音が鳴る。令呪使用先の登録に不具合が生じているのか、供給が間に合わない。
システムのアップデートにはまだまだ時間を要する。これが恐らく最後のバックアップ。
エサルハドンの固有結界はあと一分足らずで崩壊する。
「ここで決めて!エサルハドン!もう保たないわ!」
「分かっている。」
割れる天空、割れる大地。彼女の最後の一振りはまごうことなき最終奥義。
『ベルセムエルセティム。
久遠の大地にて我は乞う、我は嘆く、我は心臓を焦がす。
我は声を聞く者、そして稲妻を預かりし者。
故にエンリルは嵐となりて、父なる海を両断する。』
エサルハドンは詠唱し、その槍を巴蛇へ向けた。
彼女の持てる全ての力を振り絞り、荒れ狂う悪獣に投擲する。
『我が放つ裁きの光(ダ―リウム・アルナム)』
彼女の腕から放たれた光は、直線を描きながら巴蛇の肉体を貫いた。
これこそは、罪を永遠のものとする、断罪の宝具。
巴蛇の悪意を殺し尽くし、全身に穴を開けた。
悪獣の絶叫がこだまする。
鎖から解き放たれた巴蛇は地に落ちつつ、痛みに悶え苦しんでいる。
徐々に体表から崩れ落ち、赤黒い内臓が露出した。
致命傷、ながらも、まだその心臓は動いている。
「ふ、我が宝具に対して、その強度。関心関心。」
「エサルハドン!」
「エラルドヴォール、悪いが時間切れだ。あとは貴様が決着を付けろ。」
令呪の供給はタイムオーバー。
半時間と数分後、ついにアッシリアは崩壊する。
結界の消失と共に、エサルハドンの力は霧散し、充幸は地に落ちて行った。
「エサルハドン!エサルハドン!」
エラルは彼女を呼ぶが、反応が無い。
令呪の供給先がエラーとなり、そこで初めて彼女が消えたのだと知った。
そしてエラルのいた城塞も崩落する。
目の見えない彼女は成すすべなく、巻き込まれ、落ちて行った。
地に頭を打ち付ける直前、彼女を抱きかかえる者が現れる。
それは、固有結界の外で待機していた彼女の恋人だった。
「エラル様」
「ユリウス、ありがとう。」
「充幸様は?」
「湖の中に落ちて行ったわ、助けに行かなきゃ!」
アッシリアの大地の崩壊。
外で待機していた遠坂組部隊は、この瞬間、湖水場へ乗り込んだ。
アマゾニアは湖に浮かぶ少女を発見し、救出する。
そして部隊のサーヴァント達はエラルとロイプケを保護した。
「おい、どうなってやがる!巴蛇は!?」
「瀕死、だけど、まだ……」
充幸は何とか意識を保っていた。
自らの中から現れた、かの王。彼女が憎むべき相手が、彼女を助けた。
意識を共有することは出来ない。エサルハドンが何のために現れたのか、充幸には知る由も無かった。
「巴蛇……徐々に回復しているな。まずいぞ……」
「私は大丈夫、です。今のうちに巴蛇にトドメを……」
「それは私に任せて!」
アマゾニアと充幸の会話に割って入るのは、自信満々な表情を浮かべるエラル。
その手には、ロイプケが持ってきた謎のトランクがある。
マキリの開発した新兵器、お披露目の機会がやって来たのだ。
「何だソレ?」
「さぁ充幸も遠坂の兵士たちも、刮目なさい!これが試運転よ!」
エラルはトランクを勢いよく開いた。
すると中に保管されていた複数の鉄製パーツが、瞬く間に空中で組み上げられていく。
その兵器が完成するにつれ、見ていた彼女らにはそれが何なのか、理解できるようになった。
エラルの、マキリの生み出した兵器とは即ち———
「仮受肉用肉体(オートマタ)!?」
声を上げたのはアマゾニアだ。
彼女の驚く声色に、エラルは不敵な笑みを浮かべる。
「そう、開発に随分時間がかかったわ。これこそは、『マキリ製オートマタ』!その試作機第一号よ!」
腕を組み、鼻を伸ばすエラル。そして隣で紙吹雪を散らすロイプケ。
充幸とアマゾニアはポカンとした表情でそれを見つめていた。
「いや、待て。オートマタなら高性能のアインツベルン製があるだろ。というか、触媒データは?」
「ふっふっふ!そんじょそこらの人形と比べてもらっては困るわね!触媒?そんなものは必要ないわ!さぁ、今こそ召喚の時よ!」
エラルは起動スイッチを入れる。するとオートマタの胸部に備え付けられた球体が淡く光り輝いた。
「この光、どこかで……」
充幸はその輝きを目にしたことがあった。遠い昔のようにも、最近のことにも感じられる。
青い光、どこまでも澄んだ、空の色。充幸はようやく、その答えに辿り着く。
「まさか……『波蝕の魔眼』!?」
「ザッツライトよ、充幸。と言っても、これは模造品、レプリカだけどね。令呪の力により、波蝕の魔眼は因果に介入する力を持つ。マキリ製オートマタは触媒を使わない英霊召喚。召喚者の『縁』のみを依り代とし、あらゆる時空、あらゆる可能性から、最も縁深きサーヴァントを呼び出す!」
「あらゆる、可能性?」
「開発都市オアシス、災害の手によって消滅した数々の英霊たち、それにすら、接続できるのがこのオートマタ、という訳。」
それはマキリが災害に出したアンサーでもある。
歴史が修正されたとしても、この自動人形には関係が無い。
これは巧一朗の『招霊転化』を参考に生み出された力だ。リアル、フィクション、あらゆる垣根を超え、最適な回答を導き出す力。
マキリの辿り着いた最終地点だ。
「でもよ、エラルドヴォールに縁のある英霊って、何だ?」
「ふふ、アマゾニア、違うわよ。起動キーを押したのは私だけど、このオートマタに登録してあるマスターは私じゃない。この湖水場に来る前、認証に応じてくれた人がいるの。」
「それは?」
「遠坂組最高戦力、平教経よ!いま、彼と最も縁のある戦士が、オートマタに呼び出されようとしている!」
巴蛇を真に殺し尽くす為には、妖に精通した者でなければならない。
遠坂組において后羿の悪獣を相手取ることの出来る戦士は、教経と海御前のみ。
だがもし、マキリ製オートマタが実戦で活躍できたなら、その証明が成されたなら、戦局は大いに変わる。
彼女らが見守る中、ついにオートマタに魂が宿った。
「これは…………」
〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『セイバー』:『源義経』現界します。〉
「義経……!?」
「あの、義経様が!」
充幸とロイプケは同時に声を上げた。
アマゾニアは頭に疑問符を浮かべているが、この場にいる誰もがその名に歓喜したことだろう。
源義経。
平安時代で、最も有名な武将の一人。源氏の戦士の一人として、数々の合戦で平家を打ち破った伝説の英雄。
彼ならば、災害を打破できるかもしれない。そんな期待すら持ててしまう。
しかし、この場に現れ出た青年は、黒い霧に覆われた影だ。
「あれ、どうしてかしら」
「いかがしました、エラル様。」
「通常であれば生前の姿のままに呼び出されるはずだけど、デバイスから警告音が鳴っているわ。シャドウ状態ですって。」
「エラル様、確かに僕も視認できない程、黒いです。エラル様が初めて料理された時に出てきた品にそっくりです。」
「そ、それは、ええ、暗黒物質ね。うん、でも、召喚はされているみたいだし、大丈夫か、大丈夫よね?」
「大丈夫です、エラル様。」
「なら、こほん!行きなさい!セイバー義経!」
エラルとロイプケの焦る表情を見て、溜息を零す充幸。
試運転と言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。
が、充幸の心配とは裏腹に、義経はその刀で巴蛇をばっさりと切り捨てて行った。
目にも留まらぬ早業で、強力無慈悲な悪獣を完膚なきまでに切り裂いていく。
「おお、すげぇじゃねぇか!」
「確かに、目にも留まらぬ早業とは、このことでしょうね。」
義経という名を聞けば、牛若丸の五条大橋、壇之浦の八艘跳びを連想する者が多い。
戦略、知略に長けた武将であると同時に、その身のこなし、身軽さは源平の戦いにおいても大いに役立った。
平教経を前にして、敵前逃亡した彼を、教経はついに捕まえることが出来なかったのだ。
そしてこの巴蛇を前にして、その才能は遺憾なく発揮される。
巴蛇の図体からすれば、義経など一寸法師ほど。だが、消滅を間近にした悪獣には、この小柄な身体をどうにかすることも出来なかった。
「GAAAAA」
巴蛇の断末魔は、余りにもか細く、まさに弱者のそれだ。
その巨体からは淡い光の粒子が零れだした。
湖水場に出現して一時間、その命を終えようとしている。
「后羿の悪獣、三体目の撃破か。あと何体いやがんだ。」
「記録に残っているのは、あと三匹、ですが、今は何とも……」
充幸たちが見守る中、巴蛇は消滅した。
刀にべったりとついた血を、義経は払ってみせる。
「どうかしら、マキリの実力。遠坂組ではこの領域には辿り着けないでしょうけど。」
「エラル、これから先も源義経は貴方の専属従者ということですか。」
「いや、その時その時に応じたサーヴァントを召喚したいから、データはトランクに仕舞っておくわ。じゃあ、義経、お疲れ様。ありがとう、もう戻って良いわよ。」
エラルはデバイスを操作し、義経を記録媒体へ格納しようとする。
が、しかし、それは正常に作動しなかった。
「あれ?」
「いかがしましたか、エラル様。」
「あれ、おかしいな、あれ?」
音声認識でデバイスを操作するエラルだが、その声は次第に焦りを帯び始める。
何度入力しようとも、オートマタが一切の反応を見せない。
「エラル、英霊をまるで道具のように扱ったから、義経も怒っていらっしゃるんじゃないですか?」
充幸は冗談めかしく呟き、エラルのデバイスを覗き込んだ。
そこには、エラー、という単語と、垓令呪が義経に過剰供給されている表示がある。
充幸の額にも汗が滲んだ。
「エラル?」
「え、えーっと、んー?おかしいな?」
「エラル?」
「充幸、ヤバいかも」
「えぇ?!」
マキリ製オートマタに注がれ続ける令呪。
そして桁違いの魔力量に、暴走を始める義経。
彼女らの目の前で、その剣は研ぎ澄まされる。
「おい、お前ら、どうしたよ?」
「え、えっと、これは、その」
「んだよ、ハッキリ言いやがれ。」
エラルに詰め寄るアマゾニアとその部隊。
彼女らの後ろから、一歩一歩、義経が近付いて来る。
「逃げて!」
叫ぶエラル。
エラルの手を引くロイプケ。
走り出す充幸。
そして、義経の剣を受け止めるアマゾニア。
「お、おいおい、マジかよ!」
「アマゾニア!」
「聞いてねぇよ!てか力つよっ!」
義経の刀とアマゾニアの短剣の鍔迫り合い。
その軍配は当然、義経に上がる。
アマゾニアはとてつもない勢いで湖水場外へはじき出された。
「これは本格的にやばい、かも」
「エラル!何してくれちゃっているんですか!」
義経の影は揺らめきながら、ゆっくりと彼女らの元へ歩いて来る。
それはサイコホラー映画の怪人さながら。たとえ英雄と言えど、恐怖しない訳もない。
部隊が先導し、彼女らは湖水場の出口へと走り出た。
その間も、木々を切り落としながら、義経は襲いに来ている。
「エラル、電源を落とす方法は無いのですか?」
「遠隔は全部パー。あとは直接落とすしかないけれど、よりによって装甲の厚い胸部に付けちゃったのよね、これが。アインツベルンが首元に備え付けたの、あれ賢いわ。」
「感心している場合ですか!今も令呪は止めどなく注ぎ込まれているんでしょう!?」
「そ、そうね、どうにかしないとね」
と言っても、現在、彼女らに義経を倒す術はない。
アマゾニアの部隊も、速度に特化したサーヴァントばかりだ。それも、義経の足に追い付ける者はいないと言っていい。
即ち、既に詰みの状態である。
この場に駆け付けるヒーローがいれば話は変わるが。
湖水場の外に出た義経は、充幸らに標的を定めると、その刃を抜いた。
そして先程とは打って変わり、超高速で彼女らのレンジに入る。
殺される、という意識だけが追い付き、身体は動かない。
その刀が充幸の首元に迫る、その時だ。
「何を、している」
義経の刀を払い、充幸の前に立つ男が一人。
充幸、エラル、この場にいる者全員が、彼の登場を心待ちにしていただろう。
義経を倒すのは、彼しかいない。満場一致だった。
アマゾニアに遅れ、現れたのは『平教経』。遠坂組最高戦力が、ようやく、この場に駆け付けた。
「教経……さん」
「早くこの場を去れ。巻き込まれるぞ。」
「は、はい!」
教経は義経と睨み合いながら、その場にいた全員を離れさせる。
たとえ影となろうとも、教経が彼を見間違える筈も無い。
〈教経、異常すぎる魔力量だが、君の前に立っているのは災害の悪獣なのか?〉
通信越しの禮士の焦りに、教経は冷静に答える。
「否、我が敵だ。悪獣より、骨が折れる。」
〈かたき……って、まさか源氏が、そこに!?〉
「あぁ。拙者が終ぞ追い付けなかった男だ。相手にとって不足はない。」
教経は一歩踏み込んだ。
それと同時に、義経も動き出す。
瞬間、彼らの刀は交じり合う。金属が破裂する音と共に、鍔迫り合いが始まった。
当然力量だけならば教経が上。だが今は条件が異なっている。
義経にはマキリの垓令呪が注ぎ込まれている。一秒ごとに、彼は強化されていくのだ。
「生前より強いのでは無いか?」
〈源義経、マキリ製オートマタの暴走か。なんて人騒がせな。マキリは遠坂組の敵なんじゃないか?〉
教経は桜丸に全身全霊を込める。
古備前友成ならば、易々と壊れる筈も無い。たとえ同じ時代の名刀が相手でも。
体重をかけ、義経を押していく。
彼らの体重の差は二桁異なっている。近接戦ならば、俄然教経が有利だ。
だが、義経は両足で粘り、これを押し返した。
生前の義経には出来ぬ芸当。これは魔力量が異常な数値を叩きだしているからこそ。
速度重視の義経が、瞬間的に、パワーで教経を押し戻した。
「く……」
ただの一言も言葉を発さない義経に奇怪さを覚える。
敵に欠ける言葉などある筈も無いが、それでも、声が無いと言うのは気味が悪い。
力む声、零れ出る汗、はちきれる程膨らむ血管、教経にあって、義経には無い。
正しく人形だ。天空から何者かに糸を引かれていたとしても、おかしくはない。
「拙者の家族が、仲間が呼び出されていたならば、こんなことにはならなかったろうに。もっとも縁深き存在が、よりによって汝とはな。」
教経には、何故かそれが少し嬉しく思われた。
高揚する心を禮士に悟られぬよう、眉間に皺を寄せた。
義経への殺意、ただそれだけを高めていく。
無機質な影もまた、彼の殺意に対し笑っているように見えた。
彼らの鍔迫り合いは暫く続く。どちらも、決して後退しない。
このままでは、刃が折れるのが先だ。
もしそうなれば、教経の桜丸が砕ける。
禮士は固唾を飲んで見守った。教経ならば、きっと。
「拙者が、上を行くぞ。」
教経は再び、その刀に力を籠める。
義経の溢れ出る魔力をも凌駕する気迫。平氏としてのプライド。
源氏には決して負けないという執念が、彼を奮い立たせる。
そして遂に。
義経の刀は折れた。
粉々に砕け散った鉄に皮膚を切り裂かれながら、教経は桜丸を納刀する。
その速度は一秒にも満たない。彼はその背に鬼神を宿らせながら、咆哮と共に、刀を抜いた。
『抜刀白魔』
剣が弧を描き、義経の首に光を散らす。
黒い液体がほとばしり、影は数歩後退した。
この一閃に込められたのは、教経の思いの丈である。
壇ノ浦で、追い付けなかった悔しさを、この瞬間形にした。
〈やった…………教経、やった!〉
禮士は教経の勝利を確信する。
もしこの戦いを観戦する者がいたならば、誰もが彼の勝利を疑わないだろう。
だが、教経だけは異なっていた。
刃から伝わる感触。
彼の必殺剣はすんでのところで躱された。
教経の限界を超えた一撃、それすら、義経には間に合わない。
「タイムアップ、だな。」
教経は義経の影に背を向ける。
そう、既にこの影は死に絶えていた。
抜刀白魔、その直後に、このオートマタの心臓は巨大な槍の投擲により砕かれた。
胸部に突き刺さった長槍には、平家家紋が印されている。
教経が間に合わないことを見越した、暗殺。
それが出来るのは、彼のことをよく知っている人物だけだ。
「源氏……死に候え。」
怒りの一撃。
それを放った女は、肩で呼吸を繰り返している。
教経よりも遥かに、源氏を恨み続けている女だ。
「海御前」
「ハァ…………ハァ…………源氏…………死に候え…………」
「海御前、心を落ち着かせよ。」
「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、源氏め……源氏源氏源氏源氏源氏源氏源氏!」
「全く……」
教経は溜息をつきながら、禮士にコンタクトを図る。
海御前が復讐鬼に成り果てるとき、どうすべきか。禮士は教経から常々聞かされていた。
〈あまたん……〉
「禮士、あの言葉を言え。」
〈え、えぇ?!教経はあまたんの旦那だろう?旦那に任せた方がいいのでは?!〉
「拙者は無理だ。早くしろ。海御前が狂い果てるぞ。」
〈……く、どういうプレイだよ、全く!〉
禮士は顔を赤くしながら、通信先を海御前に切り替えた。
そして教経に言われた通りの言葉を、若干恥ずかしがりながら、口にする。
〈あまたん〉
「………れいじ……さま」
〈あまたんだけを『愛している』〉
「はう!」
海御前はその場で転げた。
目が血走っていた彼女はどこへやら、今の彼女の瞳にはハートマークが浮かんでいる。
〈これで、いいのだろうか〉
「それでいい。今の海御前には衛宮禮士が必要だ。」
〈……責任重大だな。兎に角、第三の悪獣の討伐は成功したようだし、マキリ製オートマタだけ回収しておいてくれ。〉
「遠坂組で管理するのか?」
〈危険物だからそうしたいのは山々だが、彼女が何をしでかすか分からないからね。とりあえず彼女の上官で、彼女より理性的な鬼頭充幸さんに預けておくとするよ。〉
「本当に、信頼してもいいのだろうかな?」
〈さてね。でも、災害を倒すなら、今は共闘するしか無いんだ。俺たちに選択肢は無いよ。〉
教経は溜息交じりの笑みを見せながら、通信を切った。
そして先程まで義経だった残骸を拾い上げる。
このような形で、かつての宿敵に相対するとは思いもよらなかった。
彼にとって、義経との戦闘は、楽しくもあり、悔しいものでもあった。
——まだ、あの速さには追い付けない。
教経はオートマタの左腕部位を握り締めながら、空を仰ぐ。
災害のサーヴァント、后羿。
その脅威が、もはや喉元まで迫ってきている。そんな予感がしたのだった。
※
パークオブエルドラード内。
敷山一家の部屋の一部を借りたアダラスは、早速シェルター内部の偵察を始めた。
第六区の富裕層たちが暮らしている為か、優雅な雰囲気がある。
何やら、このような危機的状況にも関わらず、週に一度はダンスパーティーが開かれているのだとか。
「(緊張感のない人達)」
アダラスが思うに、彼らは災害の恐ろしさを知らない。
このオアシスを千年に渡り統治してきた、言うなれば神様のような存在。それが牙を剥いているのに、気付いていないのだ。
もしくは、気付いていても、自分のことじゃないと、現実逃避している。
それは遠坂龍寿の区民説明会にもよく表れていた。
アダラスは会議室の奥から、遠坂龍寿の演説を見届ける。
デバイスの情報サイトで彼の顔を見たことがあるが、この数日間でかなり痩せ細っていた。
「我々、遠坂組はようやく、主犯ミヤビ・カンナギ・アインツベルンの潜伏場所を発見致しました。明日には部隊を募り、乗り込む予定です。皆さまはこのパークオブエルドラードで我々の勝利を見届けて頂ければな、と」
「遅すぎるわよ、龍寿さん!二週間もこんな手狭な場所に閉じ込めて、ねぇ。」
「災害がいたら、どうするつもりだ!説明しろ!」
「我々は常々、災害との共存を謳い、目指してきました。今回も、バーサーカー『后羿』にとって有利な条件となるよう、交渉に望む所存です。戦いを避け、誰も傷つかない第六区を今度こそ作ります!」
「そうやって第六区の災害のランサーには見限られているだろ!遠坂組の戦力でどうにかしてみせろよ!」
「そうね。安心して暮らせないわよ、ねぇ。」
龍寿に向かって、紙コップや資料が投げつけられる。
龍寿はへらへらと作り笑いを浮かべながら、住民への説明を続けた。
「(はー、馬鹿らしい)」
アダラスは会議室を後にする。
災害との融和、そんなものは有り得ない。
蛇王ザッハークが世界の中心である以上、この富裕層にもはや救いは無い。
彼女が彼らを切り捨てたから、災害は暴れ回っているのだ。
真に救われるのはアヘル教団のみ。愚か者はそんな自明の理にまだ気付かない。
このダンボールハウスのようなシェルターにいて、まだ安全だと信じているようだ。
「(でも、おかげでスネラク先輩の場所は分かった。)」
アダラスは車椅子のまま廊下に出ると、デバイスを立ち上げ、連絡を取る。
その先は、アヘル教団本部。右大臣の席。
「お疲れ様です、アダラスです。」
通話に出る筈の沼御前はいなかった。その電話を取ったのは意外な人物だ。
〈ほう、アダラス。任務は順調か?〉
「さ……災害先生!?」
アダラスは今、直接、災害のアサシンたる蛇王ザッハークと連絡を取っている。
「はい!スネラク先輩の位置は特定できました。これから回収に向かいます!」
〈そうか、上出来だ。だが、回収はしなくていい。〉
「回収をしなくていい、とは……?」
〈見つけ次第、その場で『殺せ』。余にとって奴はもはや用済みだ。それどころか、第五区を、アヘルを蝕む存在になり兼ねん。〉
「こ、ころす、のですか?仲間を?」
〈仲間ではない、敵だ。どんな犠牲を払っても構わん。邪魔する者は全て殺し尽くせ。〉
アダラスの額を汗が伝った。
デバイスを握る手が震え始める。
「さ……災害先生、私は……」
〈ん、待て、アダラス、貴様は今どこにいる?クラシック音楽、オルゴールが流れているな。〉
「あ、えっと、パークオブエルドラード、です。敷山さんというご家族、のご厚意で、奇跡的に潜入できまして。」
〈そうか。まだ貴様がヴェノムサーヴァントであることは悟られていないな?〉
「はい。勿論です!まだ、誰にも……」
〈そうか、ならばその敷山、という家族も皆殺しにせよ。〉
「え?」
〈遠坂組はアヘルを疑っておる。アヘル対策支部が用意されるほどだ。貴様が万が一にでも捕らえられ、こちらの情報が洩れる訳にはいかぬ。証拠は残すなよ、ではな。〉
「あ、えっと、先生!」
電話を切ろうとするザッハークを、アダラスは慌てて止める。
だが次の言葉が出てこない。
彼女の命令に逆らうことが何を意味するか、アダラスは嫌という程理解している。
だが、それでも、アダラスは唾を飲み込み、口を開いた。
「敷山さんは、本当に、関係ありません。我々が殺す価値もない、人間です。」
そう言いながら、彼女は目に涙を浮かべる。
だが、現実は非情であった。
〈貴様がどういう感情を持っているかは知らんが、これは『神の決定』だ。余の言葉に逆らう気か?〉
「……っ…………滅相もございません」
そして通話が切られた。
彼女はデバイスを耳に当てたまま、数秒間固まっていた。
彼女に、再び走る力をくれた、神様のような人。
彼女が『先生』と呼称するのは、災害のアサシンただ一人。
災害先生が望むならば、それを叶えるのが、アダラスの役目である。
「私が…………彼らを殺す……」
アダラスの目から光が消える。
どす黒い何かが、彼女の心を徐々に飲み込んでいく。
彼女はポケットに仕舞い込んだヴェノムアンプルに手をかけた。
「あ!ここにいた!アダ子おねーちゃん!」
「っ!」
車椅子の後ろから、彼女を呼ぶ幼き声。
敷山家長男の、敷山俊平である。
彼は手にしたヘラクレスオオカブトの虫籠を自慢げに見せつけながら、アダラスの目の前に躍り出た。
「おねーちゃん、外に出たらアブないらしいから、一緒に部屋で遊ぼ!」
俊平はアダラスの手をその小さな手で握り締める。
彼は両親と妹の四人家族。いきなり年上の、姉のような存在が出来たことに喜びを隠せないようだ。
アダラスの目に少しばかりの光が戻った。
そして元気いっぱいの声で、俊平とはしゃいでみせる。
もしかすると、彼と遊ぶのはこれが最期になるかもしれないから。
アダラスは満天の笑みを浮かべながら、この少年を殺すことに決めた。
【蹂躙編④『義経参る』 おわり】