少女の進む先は……?
感想、誤字等ありましたらコメントにお願いします。
「お前は誰だ」
「君は誰だ」
「あなたは誰?」
「誰だ?」
「誰だ?」
「誰なの?」
「誰」
「誰なのだ?」
「誰よ?」
「私は誰?」
滴る血液(オイル)
乱れた髪と服
露出した肌
そして零れ落ちる光
がらんとした広い空間で
私の物語は終わりを告げる。
長いようで、とても短い、不幸でいて、とても幸せな———
「さよなら、みんな」
私は胸に両手を当て、目を瞑る。
どうか、この思い出だけは、遠くへ行かないで。
壊れていても、穢れていても、偽物であっても、本物でなくとも、
忘れたくない想いがあった。
「さよなら、コーイチロー」
どうか、私のこの祈りが、彼へと届きますように。
私は最期に、もう一度立ち上がったのだ。
【蹂躙編⑤『幻視吸光』】
充幸がエサルハドンへと変身し、悪獣『巴蛇』と交戦するその時、湖水場を離れた美頼とロウヒは、目的の場所へ到達していた。
それは第六区の中でも特に敷地面積が広い中学校。お嬢様学校と言われるだけあり、優美さと歴史をどことなく感じられる。
無論、その場所には誰も立ち入らない。いま、この学校の生徒たちはパークオブエルドラードの一室で授業を受けている。
だが、無人である筈の校庭に、数機のドローンと兵隊型オートマタが確認される。伝統ある校舎にはとても似つかわしくない光景だ。
「ここに、ミヤビが……?」
「ああ。」
美頼は唾を飲み込むと、監視の目に晒されぬよう、息を殺して侵入する。アサシンのサーヴァントならば気配遮断もお手の物だが、ドッペルゲンガーである美頼やロウヒにそのようなスキルは存在しなかった。
ロウヒに至っては、自らを隠すことさえしない。堂々と門を潜り、草木に隠れる美頼を放置して、グラウンドの中央へ向け闊歩する。
「バーサーカーっ!」
「襲い掛かるのであれば、返り討ちにすればよかろう。」
「そういう訳にもいかな……あ」
当然、監視役のドローン、オートマタに発見されてしまうが、ロウヒが手を翳すと、それらは地面に溶けるように砕け散った。
敵がサーヴァントで無いとはいえ、僅か一秒で粉微塵に吹き飛ばしたのである。
創造した疫病で多くの人間を苦しめた女帝の実力が垣間見える一瞬であった。
「行くぞ、美頼。ミヤビは体育館にいる。」
「……我がサーヴァントながら、とてつもない恐ろしさだね、バーサーカー。」
美頼はロウヒの頼もしさに、苦笑する外なかった。
そしてその後も、次々と登場したオートマタ部隊を機能停止に追い込んでいく。
ロウヒは良い意味でも悪い意味でも、容赦がない。物語の悪役だけあって、性格がどうにも豪快であった。
それは単純に狂化されているから、では無いだろう。
カレワラにおいて、無限鋳造機サンポを失った彼女は、あらゆる手で主人公一行を追い詰めていく。翼を生やした鳥の化物に姿を変えて、執拗に襲い続けた。
欲望に塗れ、外道に落ちた女帝、それがカレワラにおける彼女の評価だ。
だが美頼の目には、悪魔のようには映っていない。
自らを殺した筈の女、だが、それでも美頼は彼女を信頼する。それはきっと、彼女の未来に対する忠誠心が本物であるからだろう。
どうして、未来の為にそこまでするのか、疑問は尽きない。
———その疑問を口にするのは憚られたが。
「体育館、着いたぞ、美頼。」
「……うん、これからミヤビに会うんだよね。」
「ミヤビは人間の中にサーヴァントの魂が交じり合った『ヴェノムサーヴァント』。そしてそのサーヴァントは我、つまりロウヒだ。ポホヨラの暴虐の王こそが倒すべき明確な敵である。それを忘れるな。」
「うん、じゃあ一緒に、行こう!」
美頼がロウヒの手を引くと、ロウヒはその場で立ち止まり、振り解いた。
目を丸くする美頼に対し、ロウヒは背を向ける。
「此処から先は、貴様一人で行け。」
「はぇ?」
「この校舎内にもアインツベルンの兵士が隠れ潜んでいる。我はそれらを纏めて退治する故な。」
「え、いやいや、待って。私一人!?」
美頼が動揺するのも無理はない。
丁度今しがた、敵がロウヒの因子を持つと説明を受けたばかりである。
ドッペルゲンガーであることを思い出した美頼だが、女帝ロウヒの攻略法など思い付く筈も無い。
ロウヒが傍にいるから、ミヤビを止められるのだ。彼女一人では、何も叶わないだろう。
「無理だよ、私はサーヴァント……なのだろうけど、正直戦い向きって訳じゃないし、湖水場で溺れるまでは、サーヴァントだってことも忘れてたし!」
「ふむ、だが専属従者の役割は、主の幸せを願う為にこそあるのではないか?貴様の主はミヤビだろう?貴様が止めなければ、誰が未来を救うと言うのだ?」
「それは、救いたい、というのは山々だけど、私にはその力が……」
狼狽える美頼に対し、ロウヒはポケットからあるものを取り出し、それを渡した。
それは古びた鍵のように見える。文字が刻まれているが、美頼にはそれを解読する術がない。
「これは?」
「お守りだ。貴様が願うならば、これは応えてくれるだろう。」
「え、えっと……」
ロウヒはそう言い残し、踵を返す。
口を開けたままの美頼を放置し、校庭を去ったのだった。
「お守りって……えぇ……」
美頼は深く溜息をつく。
何となく、ロウヒの意図が分かった気がした。
つまり彼女は、未来の心を映し取る美頼に、全てを託したのだ。
未来を守るも、殺すも、他ならぬ未来の心次第。
最後の戦いに、彼女は介入しないと決意した。未来は、きっと未来自身の力で戦い、立ち上がるしかない。
「バーサーカー、ロウヒ」
未来が変質しようと、彼女の願いを聴き続け、支え続けたサーヴァント。
災害と結託し、落ちるところまで落ちてしまった未来を、それでも救おうとした。
だが、全てを決するのはロウヒの役割ではない。
未来としての記憶がそう告げている。
美頼は両手で頬を叩き、気合を入れた。
「頑張るか、私!」
彼女は恐る恐る体育館の扉を開いた。いま、彼女の戦いが始まろうとしている。
※
バスケットボールのゴールが四か所に取り付けられた、広い空間。
その最奥、黒いカーテンの垂れ下がるステージ上に、少女が座っていた。
美頼と同じ顔をした、着物姿の可憐な少女。目を伏せ、来訪者が名乗り上げるのを待っている。
「貴方が、ミヤビ。」
美頼は護身用に所持していたナイフを取り出し、ゆっくりと舞台上へ近付いていく。
ミヤビはなおも目を開くことはせず、美頼の緊張をその耳で感じ取っていた。
「私は、貴方のサーヴァント、真名は『ドッペルゲンガー』。未来を助ける為にここに来た。」
美頼は自らが未来の写し鏡であることを認める。
その上で、助ける、と言い放った。
それは救済でもあり、かつ、解放でもある。
もし未来が望むなら、その命を刈り取ることも視野に入れた。
ドッペルゲンガーだから出来ること。美頼は全てを承諾している。
「未来を、助ける、だと?」
「そうだ。」
「くく、ククク、そうか。未来を助けるか。成程、ミヤビの専属従者たる貴様が。」
「私の主は、お前であって、お前じゃない。ロウヒから聞いた、『スネラク』というコードネーム。私はお前から未来を解き放つ!」
美頼はその手に持つ刃に、己の覚悟を乗せた。
そしてステージへ向けて、一直線に走り出す。
敵がロウヒであるならば、ある意味好都合。彼女の戦い方は、傍で見続けてきた。
「あああああああ!」
美頼は叫びながら、飛び上がった。
その手の得物を振り被り、ミヤビへ向けて振り下ろす。
その間、ミヤビは微動だにせず、美頼の様子をただ茫然と見つめていた。
それは絶対的な自信。たかが小娘には負けないという、強い意志の表れである。
そしてミヤビにその刃が届く刹那、美頼は無数の生え出た手に阻まれた。
人間ならざる、青々とした触手。この形状を、彼女は知っている。
それはロウヒの持つ宝具だ。迷宮の怪物を討伐した際に用いた力。
「くっ!?」
『水の主は陸へ、我は水へ。水の主は鉄より重く、我は落ち葉より軽い。』
巨大な目と口を有する深海の怪物。無数の触手で敵を捕らえ、その口で捕食する。
「この能力は、『無限の手を持つ海魔(イクトゥルソ)』ね!」
「よく知っているではないか。」
「ロウヒは私のサーヴァントだからね、知っていて当然、よ!」
美頼は体操選手のように身体をくねらせ、何とか触手から解放される。
ミヤビの背後から姿を現したイクトゥルソは、六本の手を美頼に向かって射出した。
それは追尾弾の如く、屈折しながら、どこまでも逃げる美頼を追いかける。
ミヤビはカラカラと嗤いながら、美頼という名のネズミ捕りに興じていた。
「やっぱり一人だと、きっつい!」
一瞬、ロウヒの思惑と勘ぐってしまう。
急行列車の一件、美頼はほぼ騙し討ちのようにロウヒの手で殺された。
今回もまた、ミヤビの指示通りに動いたロウヒが、美頼に死を齎す存在になるのではないか。
美頼の邪推は止まらない。
今も、必死で逃げ回る美頼を監視し、嘲笑っているに違いない。
「(……違う)」
美頼は頭を振り、雑念を捨てた。
ロウヒは悪魔の如き感性の持ち主だ。
でも、それでも、未来を守りたい、救いたいという気持ちは本物だった筈である。
美頼に残っていた未来の思い出。ロウヒは、サンスイと共に未来へ向けて笑いかけていた。
もしも全てが嘘であったなら、余りにも回りくどい。彼女が正しく王ならば、偽装工作に神経をとがらせる必要は皆無だろう。
美頼はこの瞬間、ロウヒを信じてみることにした。
美頼に託したあの背に、偽りは無かったと。
「きついけど、やらなきゃね!」
美頼は体育館入口付近に設置された肋木に目を付けた。
授業中のトレーニングにも使われるそれは、梯子のような形状であり、昇り降りを繰り返せば、必然的に足が鍛えられる。
今回はそれを使用して、イクトゥルソの手の襲来を見事に避けてみせた。美頼を追尾する触手に対し、複雑な動きをすることで、触手同士を肋木の中で結びつける。意外にも計算高い美頼の行動によって、六本の触手を封じることに成功した。
「やった!」
だが決して油断してはならない。
何故ならば、イクトゥルソはその名の通り、無限に触手を生やし、襲い掛かって来る。
それはミノタウロスとの交戦で、彼女が学んだことだ。
美頼は蛇のような軟体で、それでいて鋼鉄のような触手を切り落とす術を持たない。
一度目は不意を突く形で逃げられた。だが美頼の行動を学習した怪物に二度目は無い。
海魔の攻撃を読みつつ、ミヤビを引き釣り下ろす。難易度はハードを超えていても、やるしかない。
「行くよ!ミヤビ!」
美頼は再び、走り出す。
イクトゥルソから新たに四本の触手が生成され、射出される。
だがその攻撃パターンは既に読み切れていた。
美頼は左右に移動しながら、一本一本の追尾を振り切っていく。
かつてない程の全力疾走。きっとただの人間ならば、ここまで振り切ることは出来なかっただろう。
彼女は間違いなく英雄、歴史に名を遺したサーヴァントである。
「(でもどうして、ドッペルゲンガーなんだろう?)」
不意に、彼女は考えてしまった。
同じ顔をした者を殺す怪物。ミヤビは、何故彼女を召喚したのだろうか。
そして何故未来と同じ存在として擁立したのだろうか。
博物館のスパイなら、人間の模倣が出来るスキル持ちのサーヴァントでも良かった筈だ。
何故、自身をコピーするようなことを、行ったのだろうか。
美頼は階段を駆け上がり、舞台へ立った。
そしてその切先をミヤビへと向ける。
ミヤビはそのような脅しにも屈することなく、逆に手を叩いて喜んだ。
美頼の向ける殺意が、ミヤビには心地良いようだ。
「なにが、可笑しい!」
「ミヤビに立ち向かう貴様の全てが、滑稽で、愛おしいのじゃ。」
「愛おしい、ですって?」
「嗚呼、強く抱き締めて、そのあばらを折ってしまいたい程に、な?」
ミヤビは不意に立ち上がり、美頼のナイフを握る手を掴んだ。
するとその瞬間、美頼の手はいとも容易く腐り落ちる。
ロウヒの『疫病』。先程目の前でその威力を確認したばかりである。
「あ、あああああああ!」
「ロウヒの毒、貴様はそれをよく理解しているじゃろう?」
たった数秒。
いとも容易く、美頼の右腕は消失した。
紫色に変色し、腐り落ちた右手。
美頼は目を見開きながら、気持ち悪さに、胃の中の全てを吐き出した。
止まらぬ嗚咽、止まらぬ痛み。
彼女は、ロウヒに殺されたあの日をフラッシュバックする。
「あ、ああ、ああああ」
真実に辿り着いた、あの日。
味方となる友人も、家族も、恋人もいない回廊で
手足を捥がれ、髪を千切られ、頭を裂かれた。
痛み、痛み、痛み
信じていたものに、裏切られた痛み。
「ああ、ああああああああああああああ」
彼女は何とかミヤビから距離を取ろうとするが、イクトゥルソの触手がそれを阻んだ。
両足を縛り上げ、宙に浮かすと、舞台上に叩き落す。
彼女を構成するパーツが、砕ける音がした。
全身から血を噴き出し、悶絶する。
「貴様は『スネラク』から未来を救う、と言ったな?カカカ、嗤わせてくれる。」
ミヤビは美頼の髪を引っ張り起こす。
まだ闘志の消えていないその目を見て、不快そうな表情を浮かべた。
「ヴェノム……バーサーカー……ロウヒに…………乗っ取られて……いるのでしょう……?」
「ほう。そのような都合の良い解釈をしてくれたんじゃな。ロウヒも、貴様も、優しいのう。」
ミヤビは血塗られた美頼を眺めながら、舌なめずりする。
都合の良い解釈、そう言った意味。
美頼とロウヒはミヤビという存在を計りかねていたのかもしれない。
「教えてやろう。ミヤビのこと、そして、美頼のことを。倉谷の真実を。」
それは、美頼の知らない未来の話。
倉谷重工というオートマタ企業が隠して来た事実。そして、倉谷未来が崩壊した物語。
彼女の口から語られたのは、背を向けたい真実であった。
「倉谷は、和平と組み、男を悦ばせる為の、専属娼婦(ダッチワイフ)を製造していたのじゃよ。」
アインツベルンカンパニーがトップシェアを誇る、オートマタ企業界隈。
災害の命令で独占が始まる前も、栄枯盛衰が激しい業種であった。
町工場である倉谷重工が生き残るためには、裏稼業にも手を染める必要があった。
そこで未来の父は、和平松彦と手を組み、大企業社長や、富裕層向けの性的サービス従事型オートマタの開発に踏み切った。
英雄をモノとして扱い、令呪で従わせ、女体を蹂躙する。
倉谷製は、かつての英霊の再現にのみ多くのリソースを割いた。
ホンモノを求める、顧客たちの為に。
「お父さんは、家族に内緒で、性娼婦を生み出し続けた。違法触媒すら利用して、英雄の尊厳を踏みにじり続けた。そして」
ミヤビは天井を仰ぐ。涙を、堪えるかのように。
「ミヤビ、いや、未来は、この世を見渡す『目』の力で、そのことを知ってしまった。」
ミヤビの生まれ持つ、世界を見通す特殊な目。
幼い彼女は、父の愚行の意味を知らぬままに、母へ詳らかに話してしまった。
倉谷の為。家族を守る為。そのような建前は、意味を為さない。
母は、その時、狂った。愛情という柱で生きてきた母から、光が消え去ったのだ。
「お母さんは、救いを求めた。そして、女の強さを謳う、第五区のアヘル教団へ辿り着いたのじゃ。」
災害のアサシン、蛇王ザッハーク。
彼女は間違いなく、母にとって神様のような人だった。
後にオリシアの運営を許可した災害のライダーなどとは明確に異なる。
男も女も関係なく、人間が人間らしく生きる、その社会を創造する、アサシンは真のカリスマだった。
父と母の軋轢。そしてそれに巻き込まれた未来。
歪んだ父に、犯される未来。
救われた母に、殴られる未来。
それでも、彼女の居場所はそこにある。
「未来は、そうやって生きてきたのじゃ。呵々、歪んでおるのは未来もまた、そうじゃろう。」
ザッハークの策略で、ヴェノムバーサーカーとして生まれ変わった未来。
その狂化のスキルにより、彼女の怒りと復讐心は駆り立てられた。
悪の権化たるロウヒの意思はそこに介在しない。
未来は、未来の意思で、修羅と化した。
「そんな…………」
「未来を救う、と言ったな?『スネラク』こそが悪だと、それを取り除けば、未来は帰ってくると。都合の良い物語じゃな。」
「でも、未来は、ミヤビに出会って……それで!」
「何も、変わらなかった。変われなかったのじゃよ。」
サンスイが懸命に注いだ愛情。
それを上回る、未来の復讐心。
彼女は、狂い果てることを容認した。
あの日、サンスイを殺したことが、トリガーとなったのだ。
「何故、開発都市第六区を攻め込むか、分かるか?」
「遠坂組が、嫌いだから……?」
「カカカ、違う。ここに、性奴隷の飼い主が山ほど存在するからじゃよ。未来は、王となり、専属従者サービスそのものを破壊し尽くす。」
英霊の地位を貶める、専属従者サービスの破壊。
それこそが、ミヤビの到達点。
災害と手を組み、あらゆる英霊を殺し、解放する。
それが、彼女にとって、『愛する』ことなのだ。
「だから、美頼。貴様も未来に付け。未来のサーヴァントとして、共に在れ。」
「なにを……言っているの?」
「貴様は、倉谷重工の、和平の、一番の被害者じゃろう、『ドッペルゲンガー』。」
「私が……?」
ミヤビは美頼の額に、人差し指を立てる。
その瞬間、美頼に流れ込む、閉ざされていた全ての記憶。
それは、彼女という存在の真実。
「ダッチワイフ、その第一号こそが、英霊『ドッペルゲンガー』。この世のどんな女にも姿を変えられる貴様は、あらゆる男の手に渡り、その肢体を弄ばれてきた。貴様の本質は、性奴隷、そのものじゃ。」
流れ込む、記録。
女優の姿で、貴公子風の男に舐め回された。
アイドルの姿で、オタクの男に揉みしだかれた。
幼馴染の姿で、学生に犯された。
清楚な姿で、暴力的な男に首を絞められた。
数えきれない、営みの記憶。
欲望の海。
飽くなき『蹂躙』。
終わらぬ悪夢。終わらぬ絶望。
「わたし…………わたしは……………………」
壊れていく。
壊れていく。
壊れていく。
「美頼、貴様もまた被害者の一人。この未来が、貴様を救おう。共に、この世界を終わらせよう。」
ドッペルゲンガーはどこにでもいて。
何度も召喚され。
その記録を共有してきた。
その全て、余すところなくその全てが彼女の脳を支配する。
「いやぁあああああああああああああああああああああああああ」
止めてと叫ぶ、泣き叫ぶ。
腕の痛みも、身体の痛みも、もはやどこかに消えてしまった。
心の底から湧き出る気持ちの悪さ。
美頼が風俗業を続けていたのも、この本質所以である。
美頼は自分の千切れた腕を見た。
配線が剥き出しになり、ギアが散乱している。
汚れた身体、穢れた身体、人ならざる身体。
こんなもので、誰を愛せると言うのだろう。
ミヤビは、恋を知る美頼を殺害した。
今思えば、それは、ミヤビの救いだったのかもしれない。
美頼は恋を知ってはいけない。
彼女を愛してくれる男が、現れる筈も無い。
美頼は光を失いながら、自らそう結論付けた。
「美頼」
ミヤビは、美頼の血で汚れた身体を抱き締める。
委ねてしまおう。そう思った。
サンスイも、ロウヒも、未来の生存を願っていた。ならば、美頼が頑張る必要はもう無い筈だ。
未来の心は、最初から決まっていた。
ドッペルゲンガーだから、分かる。
理解者はここにしかいない。
「美頼。こんな世界、全部破壊しよう。」
尊大な話し方の消えた、一人の少女は、同じ顔の少女に優しく語り掛ける。
未来と美頼。同じ存在。その意思は、向かう先は、きっと同じ。
ああ、救われた。美頼はそう、思った。
思った、筈だ。
脳の九割を占める悪夢を掻き分け、一つの記憶が蘇る。
それは余りにも小さな、些細な、でも、
彼女が守ってきた、宝物の記憶。
急行列車の中。
彼は彼女に笑いかけた。
「ねぇ、コーイチロー。」
「何だ。」
「もし私が任務中に殺されたら、どうする?」
「どうするって。」
「泣く?怒る?復讐する?」
「……そうだな。復讐できる相手なら、復讐するんじゃないか?」
「何それ、相手を選んで報復するわけ?」
「例えば災害なら、俺は復讐する。」
「なんだ、ちゃんと強い奴でも復讐してくれるじゃん。」
「相手を選ぶってのは、強い弱いじゃない。例えばお前がお前を殺したら、俺は誰に復讐すればいい。」
「あ、そういう話?」
「そうなったら、どうしようもない。仕方なく、俺は死んだお前に対して怒る。怒っても意味は無いけど、ちゃんと怒る。」
「意味がないのに、怒るの?」
「あぁ、今を生きる人間だからこそ、感情はしっかり吐き出しておくべきだ。」
「ふぅん。」
「だから怒る。お前を殺したお前に対して、何してくれているんだってな。」
「なんか、想像したらシュールで笑えるかも。」
巧一朗。
痴漢の被害にあった彼女を、救ってくれた人。
偶々、そこにいた。何でもない、ただの青年。
でも。
美頼は、彼に助けられた。
身体を差し出したわけでも無く、無償で、彼は救いの手を差し伸べた。
そして、博物館の仲間として、共に戦い、共に傷付き、共に笑った。
もし、彼に恋をしていたとして。
それは、偽物だったのだろうか。
美頼の目を通して、見つめていた未来は、彼をどう思ったのだろうか。
「ふふ」
美頼は静かに笑いながら、ゆっくりと、ミヤビから身体を離していく。
答えなんて、分かりきっている。
同じだから。
同じ心の持ち主だから。
きっと未来が美頼を殺したのは、救いでもあるけれど、嫉妬心でもある。
この想いは、きっと
———きっと、嘘じゃない。
「私が、私を殺したら、コーイチローは怒ってくれる。」
「美頼、貴様……」
「それが分かっているから、私はもう、大丈夫。」
ミヤビはイクトゥルソの触手で美頼を突き飛ばした。
ステージ上から転げ落ちる美頼。
「貴様は穢れた愛玩人形!巧一朗は貴様など愛さない!分かっているだろう!」
「……そうかも、しれない。」
「貴様は己が誰かも理解していない!未来の救いを、無下にして、貴様はどこへ向かう気だ!」
滴る血液(オイル)
乱れた髪と服
露出した肌
そして零れ落ちる光
がらんとした広い空間で
美頼はサーヴァントとして覚悟を決めた。
「さよなら、コーイチロー」
美頼はロウヒのお守りを握り締める。すると体育館全体に淡い光が宿り、宙に漏れ出した。
「この、光は……?」
「私のバーサーカーが託してくれた、貴方を救う力。」
「未来を救う、だと!貴様はまだそのようなことを!」
「全部やり直すんだ!これからは、貴方一人で!」
ミヤビは狼狽えた。
貴方一人、その言葉には、美頼が含まれていない。
そしてこの力は、ミヤビが幾度となく目にしてきたもの。
刹那、世界は塗り替わる。
ポホヨラの凍土。天まで伸びた巨大コンピュータ塔。
それは彼女の、そして彼女の、最強宝具。
無限鋳造機サンポの具現。
「行くぞ!「『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』!」
美頼の髪の一部が黒く変色する。
ロウヒから託されたのは、他ならぬサンポであったのだ。
ドッペルゲンガーの力の一部を使用し、彼女は今、ロウヒの心をも宿している。
ただ一人の、目の前にいる少女の為に。
「馬鹿な、有り得ない!有り得ない!有り得ない!欲望に塗れたロウヒ(あの女)が無限鋳造機サンポを手放す筈が無い!この世界にたった一つしか存在できないそれを、あの暴君が……!」
美頼はロウヒの想いを引き継いだ。
それはロウヒが最も大切なものを手放してでも、叶えたかった願望。
未来に幸せに生きてもらう。
殺戮者でも、救世主でも無く、ただ一人の、女の子として。
「とても短いけれど、少し寂しいけれど、それで充分。」
美頼はサンポにて無限の剣を生成する。
そしてイクトゥルソの触手の悉くを、その刃で叩き切っていく。
ミヤビの手から放たれる疫病という名の毒すらも、サンポで創造したワクチンで消し去った。
ヴェノムバーサーカー『ロウヒ』の力を全て、サンポで否定していく。
ゆっくりと、ゆっくりと、ミヤビのいるステージへ。
「何故、未来を否定する!ようやく、力を手に出来たのだ!ヒトを愛し、殺し、救う力!災害のバーサーカーが未来を肯定する!」
「それが本当の願い、なのかな?」
「…………っ」
「知ってる?ドッペルゲンガーは、同じ顔をしたヒトを殺すんだって。私が、貴方の偽りの仮面を殺してあげる!」
ミヤビは凍土へ向け、炎を放つ。
氷を解かす灼熱に、美頼の身体は焼かれていく。
だが、それでも止まらない。
一歩一歩、ミヤビへと歩み寄る。
「貴様の恋は叶わない!叶わない恋など、捨ててしまえば……!」
「人生は失恋したって終わらないよ。そこから始まる物語もある。」
美頼は炎を振り払い、ついに、ミヤビの元へ辿り着いた。
そして彼女を優しく抱き留める。
か細い腕、浮き出たあばら、脂肪の削ぎ落ちた腹。
彼女が自らを醜いと言おうと、美頼はそれを否定する。
「未来は、女の子だよ。」
「女の子」
「お洒落して、素敵な恋をする、女の子。世界なんてどうでもいい。そんなことは誰かに任せてしまえばいい。それこそ、専属従者、サーヴァントに託してしまえばいい。」
「……っ」
「貴方は、美しく、優雅に、未来を生きていく女の子、だから。」
美頼の、ドッペルゲンガーの持つ、宝具。
アイデンティティの共有。通常ならば、同一存在として恐怖を植え付ける力だが、自己像幻視には幸せを共有する物語も存在する。
美頼の恋心。巧一朗への想いの全て。
それらを未来へ託し、名も知らぬ『誰か』へと戻る。
美頼の選択した、未来。
それは恋を諦めないこと。
未来の心の中で生きること。
そして、美頼としての生命は終了する。
誰でもない誰かは、オアシスにて誰にも気付かれぬまま、空を彷徨い続けるだろう。
犠牲とは思わない。
献身とも、思わない。
これはきっと我儘だ。
美頼は、未来も、ロウヒも、サンスイも、博物館も、そして、巧一朗も諦めたくないから。
今を生きるヒトである未来に、全部を押し付けていく。
『私は貴方の視た幻(ホートスコピー)』
美頼の肉体から、光の泡が零れだした。
止めどなく、空に浮かび上がって、消えていく。
そして彼女の想いは、心は、未来へと引き継がれる。
偽物から、本物へ。
これが、ドッペルゲンガー最期の戦い。
未来の中に、吸い寄せられていく、美頼だったもの。
「美頼、何故だ。何故、あなたは」
未来はふと、昔のことを思い出した。
小さい頃、遊園地に連れて行ってもらった。
その手を引くのは、お父さんでも、お母さんでもない。
頼りなくて、でも、頼もしい、そんな手の平。
「楽しいか?未来。」
笑顔で語り掛けるその人は、
最期まで、未来の幸せを願い続けた人。
たとえ、彼女の刃で貫かれようと、恨みもせず、恐れもせず、向き合ってくれた人。
大好きだと、言ってくれた人。
未来が憧れたその人は、もうこの世にはいない。
遠く離れた場所に行ってしまった。
「サンスイ……未来は、どうすれば良かったのかな。」
その答えを知る者はいない。
彼女が自ら、見つけていくしかないのだ。
固有結界は崩壊し、それに伴って、体育館はひび割れ、天井が落ちた。
舞台にいた少女は、壊れ去る瞬間を、その目に焼き付けた。
そして彼女を抱き締めていた手は、蛍光色の光を放ち、空へと還っていく。
ミヤビは舞台中央に座り込み、ただ崩落を眺めていたのだった。
※
かつての記憶。
博物館スタッフ、吉岡の起こした第四区連続殺人事件。
その捜査中、お好み焼き屋『昇陽』からの帰り道。
酔いつぶれた美頼を、巧一朗が背負っている。
巧一朗の温かい背は眠るのにちょうど良い。
「ったく。」
彼はやれやれといった様子で、彼女を運ぶ。
起こさないように配慮しながら、ゆっくりと。
ふと、秋風が彼女の顔を撫でた。
目を開けると、淡い外套の光がぼんやりと輝いた。
巧一朗は近くのホテルを探しているらしい。
酔って眠る美少女に何をするつもりだろう。彼女は期待感を高ぶらせる。
勿論、彼は何もしない。
彼女をベッドに寝かせたら、自分は退室するだろう。そういう男なのだ。
でも、彼のそういう所が、彼女は嫌いじゃなかった。
かつて話したことがある。
彼には、好きな人がいた。
でも、その人は亡くなってしまった。
彼は今も、その人を追いかけている。
勝てないなと思った。
たとえ彼女が劇的な死に方をしても、彼の心には傷がつかない。
十年もすれば、秋風と共に、彼の記憶から消えてしまうだろう。
ならせめて
この時ばかりは、彼のことを独占したい。
心が向かなくてもいい。
いつか忘れてしまってもいい。
未来を生きる若者として、彼の傍に立ち続けたい。
そう思う。そう思ってしまう。
彼女はとっくに目が覚めている。
でも寝ているふりを止めない。
起きたと知ったら、彼は彼女を下ろしてしまうだろうから。
少しでも、この熱を感じていたい。
きっと、彼は気付いているだろうけど。
彼女の嘘を、優しく受け止めるだろう。
※
温かい背中の上で
少女はふと、目を覚ます。
「………あ…………」
目を擦り。辺りを見回してみる。
瓦礫の中を、亀のような足で、進んでいる。
重たい彼女を背負い、懸命に。
「ここは…………」
崩壊した体育館。
天井が落ち、日差しが差し込んでいる。
砂埃に、思わず咳を零した。
バランスを崩し、上に乗っていた少女は転げ落ちる。
両手をついて、青い空を眺めた。
「私は…………」
「やっと目が覚めたのね。」
「えっと…………」
少女は視線をスライドさせる。
高級そうな着物を砂と泥で汚しながら、か細い指で頬を掻いていた。
彼女の名は、倉谷未来。
「えっと…………私は…………」
「美頼、あなた、オートマタだから重いのよ。」
「お、女の子に重いなんて、言っちゃ駄目だか…………ら……」
少女は、倉谷美頼は、目を丸くした。
片手を失い、そして宝具によって消滅した筈の彼女は、生きていた。
何故、どうして、そういった疑問ばかりが脳を支配する。
「私は、アインツベルンカンパニーの当主よ。壊れた腕くらい、パーツの付け替えでどうにでもなるわよ。」
「ちが……そんなことはどうでも……」
「良くない。片手だけだとメイクするのも大変でしょうに。」
未来は溜息をつき、困惑する美頼へ語り掛ける。
「私の宝具で、同一存在である未来に全てを託して、その、消滅した筈……」
「でも、そうはならなかった。私が貴方を拒んだから。」
「こ、拒んだ!?」
「そう。貴方の下らない恋愛模様なんて、私には興味ないわ。というか、私は貴方の目を通して、ずっと巧一朗に恋してきたんだもの。今更、記憶の譲渡をされても困るわね。」
「そ、そんな…………」
美頼は分かりやすく落ち込んだ。
未来はそんな美頼を見て、思わず噴き出した。
「ちょ、笑わなくてもいいじゃない!」
「ふふ、ごめんね。本当、貴方はそのおっぱいぐらいしか価値が無いんだから。」
「お、おっぱいだけじゃないもん!」
「でも、胸が大きいのは好感が高いよ、きっと。」
未来は笑う。
そして、美頼も釣られて笑い始める。
ひとしきり笑い合った後、未来は優しい口調で話し始めた。
これからのこと。二人のことを。
「美頼、私は罪を償うわ。遠坂組に、出頭する。」
「え……」
「災害を連れて来て、悪獣を解き放った罪。貴方が犯してきた犯罪も大概だけれど、私のはもっと重い。多くの罪なき人を悲しませた。」
「で、でも、それじゃ……」
「貴方もいつか、災害を倒したら、ちゃんとその罪を償ってね。でもそれまでは、貴方の恋を目いっぱい頑張るの。負けると分かっていても、居ても立っても居られないのが、恋愛というものじゃない。」
「私の恋は、借り物の恋で……始めたのは未来、貴方だよ!?」
「始めたのは私、でも、続けるのは貴方。私は、まだ巧一朗に会ったことすらない。たとえ同じ顔でも、巧一朗はそんなことすぐに気付いちゃう。私は傍観者であり、観測者。この恋の当事者になれるのは、美頼だけ。」
未来はその場でしゃがみ込み、美頼の目を見ながら、彼女の覚悟を問い詰める。
「ねぇ、美頼。私はね、傍観者だから、貴方よりも巧一朗をよく知っている。きっと、知らなくていいことまで。彼の闇は、他の男の子たちよりも深い。」
「うん」
「もし巧一朗が『人間』じゃなくても、貴方は彼を好きでいられる?」
未来の真剣な目に、美頼もまた応えた。
同じ気持ちを共有したもの同士、その想いの答えを知っている。
「そんなこと言い出したら、私なんて、オートマタだから子どもを産めないからね。コーイチローは、コーイチローだよ。私は、彼が好き。これから先も、ずっと。」
「そっか」
未来はやんわりとした笑顔に戻る。
そして、彼女の額にデコピンした。
「いたっ!?」
「ほら、早くこの外に出て。きっとロウヒも待っているわ。」
「未来は……?」
「貴方の体重が重すぎて、疲れちゃったのよ。暫く休んでから行くわ。大丈夫、心配しないで、死ぬつもりとか毛頭ないから。」
未来は美頼の背中を押した。
美頼は扉の外へ走っていく。
未来はその背を見届けた。
瓦礫の山に背を預け、彼女は懐から一枚の紙を取り出す。
それはサンスイが最期まで握り締めていた、二人で行く筈のディナーチケット。
彼女の血で真っ赤になった、本当の宝物。
サンスイの願いは、いつまでも、未来の胸に残り続ける。
「ごめんね。馬鹿な娘で。ちゃんと、ただの女の子として、頑張っていくから。」
そう呟いた後、彼女は気付く。
チケットが、血とは別の何かで濡れていた。
それは、彼女の瞳から零れ落ちる大粒の雫。
——ああ、馬鹿だ、本当に馬鹿だ。今になってやっと気付いた。
あの急行列車で美頼が彼に助けられたとき。
未来もまた、その瞳を通じて、助けられていた。
美頼の、第四区博物館の思い出全てが、未来にも与えられていた。
それでも、彼らとは違う道を進もうとした。
分かっていた筈なのに。
既に未来は、孤独では無かったのに。
「そっか、私」
零れ落ちる涙は、止まることを知らない。
チケットがくしゃくしゃになるまで、哀哭は続く。
——私も、コーイチローが好きだったんだ。
この涙は、恋に敗れた女の子の涙。
だから枯れるまで泣いていいんだ。
美頼という、自分と同じで、自分と異なる可憐な少女。
未来は、彼女を応援する道を選んだ。
だから、泣き叫ぶ。
沢山、沢山、泣き叫ぶ。
これから、彼女はアインツベルンカンパニーの代表を退き、
一人冷たい牢獄へ向かう。
でも、それでいい。
そうやって、生きてやる。
足掻いて、足掻いて、生きてやるんだ。
そしていつか、新しい恋を見つけてやる。
だから彼女はこの戦いの終幕に、呟いた。
これまでの倉谷未来との別れ、再出発へ向けて。
立ち上がって
胸を張って
「ありがとう、コーイチロー」
彼女は清々しい、晴れやかな顔で、空の先を見つめていた。
【蹂躙編⑤『幻視吸光』 終わり】