Fate/relation   作:パープルハット

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ここからが、後半戦。
ついに后羿が動き出します!

感想、誤字等ありましたらコメントにお願いします。


蹂躙編6『カレワラより愛を込めて』

【蹂躙編⑥『カレワラより愛を込めて』】

 

美頼とミヤビが交戦した中学校敷地に、遠坂組の機動隊が突入していく。

本来であれば突入は明日を予定していたが、彼らにも予想できないことが起こってしまった。

ミヤビ・カンナギ・アインツベルン本人が、遠坂組に自首を申し出たのだ。

体育館前で両手を挙げる少女を、三騎士のクラスが囲む。

ミヤビに抵抗の意思は無い。彼女は大人しくお縄についた。

 

「十六時二十分、首謀者ミヤビ・カンナギ・アインツベルンを確保!」

 

サーヴァント達が盾を構える間を縫って、衛宮禮士と遠坂龍寿が彼女の前に立った。

龍寿は憎しみを込めた目でミヤビを捉えている。

 

「ミヤビ、何故君は今更出頭した?」

 

この場で唯一冷静さを保っていた禮士が、彼女に問いただす。

ミヤビは疲れた表情を浮かべながら、からからと笑った。

 

「ミヤビの復讐、これを止めるべく立ち上がった者がいてな。その愚かさを目の当たりにするにつれ、ミヤビ自身も、自らの行いの馬鹿さ加減に気付いてしまってのう。罪を多く重ねたが、まだ、災害自身が動いていない今ならば、ミヤビの価値も約束されるじゃろう?」

「……災害のバーサーカーを止められるのは、君だけだ。いま、彼はどこにいる?」

 

ミヤビは天に向かって指を突き出した。皆がその瞬間、空を仰ぐ。

 

「青天に、后羿は立つ。」

「空に、いるのか!?」

 

この二週間あまり、災害のバーサーカー『后羿』は、第六区の空に浮かび続けていた。

三体の悪獣を召喚しつつ、彼らを上から見下ろしていたのだ。

 

「君が呼びかければ、彼は降りてくるのか?」

「……ミヤビの復讐劇は終幕じゃ。令呪を用いて、后羿にアクセスしよう。戦いは、終わったのだと。」

 

ミヤビの言葉を信用する訳にはいかない。

だがそれでも、胃痛に悩まされ続けた龍寿は、胸を撫で下ろした。

パークオブエルドラードにいる区民たちに、ようやく成果報告が出来るのだから。

だが、禮士は龍寿と異なり、嫌な汗をかいている。

虫の知らせだろうか、それとも、彼が后羿を正しく理解している為だろうか。

アインツベルンの名を背負う少女が戦いを諦める。これが意味すること。

禮士はマーシャの死を思い出し、頭を抱える。

 

『災害のバーサーカー、もはや戦いは終わりを告げた。汝が統治する第三区へと帰るがいい。』

 

ミヤビの声が、天空へと届く。

目を伏せ、腕を組み、空に留まる災害へ、その想いは確かに伝わった。

彼はゆっくりとその重たい腰を上げる。

 

「これで、終わるのか……」

 

龍寿がホッとした表情を浮かべたのと同時に、隣で禮士が悶え苦しんだ。

彼の手の甲に浮かぶ令呪が激しく痛み始める。味わったことの無い激痛に、彼はその場で蹲った。

 

「禮士!?」

「ぐぅうううあああああああああ」

 

そして同時に、ミヤビの額に汗が滲んだ。

おかしい、何かが、おかしい。

これまでのミヤビは、スネラクは、災害のバーサーカーと繋がり、彼の意思と同調してきた。

アインツベルンを守る、后羿のその精神性に変化が現れることは無い。

だが、その糸は、この瞬間切り落とされる。

災害をコントロール下に置く。スネラクの成し得た奇跡は、嘲笑われる。

人類最後の道化師、それがこの倉谷未来であったと、后羿が告げているように思えた。

 

『后羿、ミヤビの声を聞け!』

 

ミヤビは再度、その声を轟かせる。

が、帰ってきた答えは、彼女にとって心地いいものでは無かった。

彼女の災害用特製令呪が、突如燃え上がる。身体に灯る炎を払い除ける内に、彼女はそれをいとも容易く失った。

后羿は、解き放たれた。空の上で、彼はついに動き始める。

 

「どういうことだ、どうなっている!?」

 

狼狽える龍寿の元に、本部オペレーションルームから通信が入る。声の主、リカリーは酷く焦っていた。

 

〈龍寿様、報告!報告です!〉

「何だ、リカリー!」

〈災害のバーサーカーの使役獣が、山岳地帯に出現!まだデータ解析が住んでいない為、悪獣の正体は特定できませんが、このエリアは現在、侵入不可区域に指定されています。念のため、ドローンを飛ばして人がいないか捜索致します!〉

「あぁ、頼んだ。くそ、どうなっている?后羿は止まったんじゃないのか?」

〈あ、あああ、あああああああ〉

「何だリカリー!」

〈田園地帯にも、新たな悪獣が、こ、湖水場付近にも、と、ととと都心部にも、あぁ、ああああ、ああああ〉

「おい、リカリー!」

 

〈『鏨歯』に、『巴蛇』、『封豨』も!?何故、倒された筈じゃ!?龍寿様、后羿の悪獣、全六体が、第六区の各地点にて召喚されました!ど、どうすれば、こんなの…………〉

 

「落ち着け、リカリー。教経はまだ湖水場付近にいる筈だ。一体ずつ、的確に対処していくしかない!」

〈で、ですが、っ……高濃度かつ強力な魔力反応っ…………空から、火の雨が、降って来る…………〉

「リカリー!」

 

〈逃げて下さい龍寿様!皆さんがいる地帯に、炎の矢が、降り注ぎます!〉

 

それは、龍寿の肉眼でも確認できた。

空に浮かぶ、小さな火の玉、確認できるだけで百以上。それらが、徐々に彼らのいる場所へ落ちてくる。

 

「おい、どうなって、いるんだ!ミヤビ貴様ァアアアアア!」

 

龍寿はミヤビの胸倉を掴む。

が、彼女もまた大きく目を開きながら、震えていた。

焼け焦げた令呪の跡だけが、くっきりと残っている。

彼女は目に涙を浮かべながら、小さな声で、謝罪を口にした。

それは龍寿だけに告げられたものでは無いだろう。

この第六区に住まう全ての人間への謝罪。

もう、どうにもならないという諦め。

 

「しっかりしろよ、ミヤビ!貴様が始めた戦いだろう!」

「…………ごめんなさい」

「おい、クソ!クソが!クソ野郎!」

「龍寿様、禮士さまと共に車にお乗りください!急ぎ、この一体から離れます!」

 

遠坂組サーヴァント達が主導となり、皆の避難が開始される。

ミヤビも手錠をかけられたまま、護送車に乗せられた。

龍寿は急ぎ、アーチャー部隊に指示を出す。空の上の対象を撃ち落とせば、この事態は収束に向かうかもしれない。

 

「アーチャー、そしてガンナー、全戦力を投下し、集中攻撃だ。リカリーとオペレーション室は、これのバックアップを頼む。エラルドヴォールに垓令呪の支援を要請してくれ。ここで決めるぞ!」

〈畏まりました。直ぐにアーチャー部隊に指示を出します。〉

 

龍寿は苛立ちを露わにしながらも、隣にいる禮士を気遣い続けた。

熱に浮かされたように苦しむ禮士、彼の身に何が起きているか、龍寿には想像できない。

 

「(僕が、しっかりしなければ……でも、どうすれば……)」

 

龍寿は唇を噛んだ。

遠坂組代表、その重い肩書が今更ながら彼にのしかかる。

彼の判断が、その後の全てを大きく左右する。

災害との融和を目指し続けた結果がこれだ。

彼は頭を掻き毟り、一人で震え続けていた。

 

 

遠坂組総本山、オペレーションルーム。

その場に集ったのは、リカリーを始めとする、遠坂組幹部たち。そして、第四区博物館の面々である。

美頼、ロウヒもまた、この場所にいた。ミヤビに背中を押され、美頼は遠坂組と共に戦う道を選択したのだ。

エラルは垓令呪を起動、遠坂組アーチャー部隊への接続を開始する。

充幸はリカリーと共にドローンを飛ばし、外に出た区民がいないか捜索していた。

教経と海御前は湖水場付近に現れた悪獣と交戦中である。データ解析の末、この悪獣は『九嬰(きゅうえい)』だと認められた。

九つの首を持つ蛇、または竜と捉えられる悪獣であり、巴蛇が洪水の魔物ならば、こちらは火炎の魔物である。もし山岳地帯に現れていたならば、山火事となり壊滅的な被害をもたらしていただろう。

巴蛇と異なり、首が複数ある分、攻撃のパターンを読み切ることが難しい。妖怪退治に秀でた二人であっても、苦戦を強いられている。

 

そしてそれとは別に暴れ回る五体の悪獣。

都心部に出現した封豨が、パークオブエルドラードへと接近していた。

 

「セイバー、ランサー部隊を封豨討伐に回す。あとの悪獣は一旦放置、悪獣が災害の魔力で生み出されたものならば、アーチャー、ガンナー部隊が后羿を仕留めればそれでミッションクリアです。今は耐えるしかありません!」

「リカリーさん、遠坂のセイバー、ランサー部隊は封豨を止められるのですか?」

「鬼頭さん……正直、難しいでしょうね……教経様は今、完全に九嬰に足止めされています。彼らの力を信じるしか……」

「エラル、義経はもう使えないのですか?」

「再調整はしているけれど、こちらに牙を剥くかもしれない以上、今は使えないわ。垓令呪とリンクしていないオートマタは、活動時間も一分弱。申し訳ないわね。」

「……館長がいれば……巧一朗さんも……」

 

充幸は爪を噛んだ。后羿には『后羿射日』という災具がある。これを使用されれば、第四区同様、この地区にも太陽が降り注ぐこととなる。

そうなればもはやゲームオーバー。勝利の兆しはない。

 

「もし太陽が放たれた場合、どうなりますか?」

「以前、第四区に落ちたのが第四等太陽、ですよね。第六区からも観測していましたが、規模を考えるに、第一から第五まで、放たれたら滅亡が確定。第六から第八ならば、半壊、で済むかと。ただ都市機能はいずれにせよ止まるので、どれが落ちても、第六区は滅びます。」

「その前に、后羿を倒し切らなければならない、そうですね。」

「はい。我々遠坂組、そして第四区博物館の明日の為にも。」

 

リカリーと充幸は頷き合った。

たとえ博物館がテロ組織であろうと、関係ない。

この瞬間においては、災害と戦うための仲間である。

リカリーはドローンによる捜索を充幸と他の幹部へ託し、現地に到着したアーチャー部隊へオペレートを切り替えた。

それは第六区の有名観光地、全域を見渡すことの出来るタワーの最上階だ。この地区において、最も天に近い場所である。

部隊長の益荒男は、その目ではっきりと后羿を確認していた。

この災害は衣服を纏うことも無く、ありのままの姿で、空に浮いている。

そして、第六区そのものを俯瞰していた。

 

「見下してやがる。」

〈部隊長、そちらから確認できましたか?〉

「あぁ。顔までばっちりよ。野郎、口を閉じていると思いきや、自ら縫い付けてやがった。俺たちに語るべきことはもう無いと言わんばかりだぜ。」

〈言語による意思疎通は、不可能と。〉

「そっちがその気なら、俺たちもやるだけだっつーな。おい、リカリー、こっちは準備万端だ。」

 

部隊長はそう高らかに叫んだ。

アーチャー部隊は皆、弓や銃を各々構えている。

エラルのバックアップも既に完了した。あとは目標目がけて、全弾打ち込むのみである。

 

「龍寿様、行きます、ここで后羿を仕留める!」

 

リカリーは彼らに向け、声を張り上げた。

 

〈宝具起動!標的への攻撃、開始!〉

 

部隊は矢を番え、弾を込め、各々の宝具を起動する。

それらは全て、空に浮遊する災害へ向けて放たれた。

マキリの垓令呪が一度に数万と使用される。

システムが熱を持ち、壊れてしまう程に、魔力は彼らを満たし続けた。

 

〈いけえええええ!〉

 

オペレーションルームの皆が、固唾を飲み、見守った。

部隊長も、虹色に輝く矢を后羿に向け、発射する。

彼らの宝具は見事、全弾命中した。

 

「よし!」

 

部隊長はガッツポーズをする。

無論、それは見事命中できたことに対する喜びだ、

まだ、この災害を倒し切れたとは思っていない。

彼らは次弾を装填する。一度目の掃射で負わせた傷目がけて、二度目を放つつもりだ。

徐々に、后羿の肉体を削いでいく。リカリーの発案に、彼らは乗り、戦っている。

 

〈部隊長、そちらから后羿の様子は確認できますか?〉

「煙が立ち上っていてな。もうすぐ晴れる…………はず…………」

 

部隊長は通信ユニットをその場に落とした。

彼らは絶句する。

后羿は、動いていない。

その指先すら動かしていない。

だが、一切の傷は無い。

蚊に刺される程度、では無く、蚊にすら刺されることも無く、ただそこに毅然と浮かんでいる。

 

〈部隊長!部隊長!〉

「ああ、マジかよ。流石は災害、だな!」

 

アーチャー、ガンナー部隊は再び、宝具を起動した。

だがそれらもまた、后羿に届くことは無い。

何をしても無駄。そういう絶望に打ちひしがれてしまう。

 

「おいおい、仮にでも俺たちはサーヴァントだぜ。こんなことがあってたまるかよ!」

 

部隊長は何度も矢を番えた。

何度でも、何度でも、腕が千切れようとも、宝具を放ち続ける。

マキリの垓令呪はこの男の思いに応え続けた。

 

〈アーチャー部隊、応答せよ!一度撤退です!これ以上、その場所に留まるのは危険です!〉

 

リカリーの声は、届かなかった。

彼らの最期、渾身の一撃すら、掠り傷ともならず。

后羿が、彼らの方向を向くことも無く。

 

反射した彼らの宝具が、彼らに直撃した。

 

后羿は無敵だ。

あらゆる攻撃を阻み、無かったことにする。

同じ土俵で戦うなどという考えは早々に捨て去るべきだったのだ。

彼らは彼らの切り札により、焼き尽くされた。

アーチャー、ガンナー部隊はタワーの頂上で、全軍消滅する。

天に留まる后羿を倒す手段は、もはや残されていない。

 

「アーチャー部隊、応答せよ!応答せよ!」

 

枯れた声でなおも叫び続けるリカリー。

返答はない。

ただのオートマタに戻ることなく、粉々に吹き飛ばされた。

后羿は何もしていない。

彼らは、彼らの力に沈んだ。

災害に攻撃が通じる等、考えることそのものが愚かであったのだ。

リカリーは絶句する。

遠距離から攻撃を行えるサーヴァントは、海御前などを含め、あと数騎に限られた。

打つ手はない。

 

「リカリーさん!」

「…………」

「リカリーさん!」

「……っ」

 

充幸の声に、リカリーは意識を取り戻した。

彼は放心状態だった。それは幹部たちも同じだろう。

リカリーは急ぎ、別モニターで現状を観測する。

 

教経と海御前は九嬰と交戦中。そこに鏨歯までも現れ、危機的状況に陥っている。

都心部から現れた封豨はセイバー、ランサー部隊と戦闘中。遠坂組戦力の七割強がこの悪獣に殺された。パークオブエルドラードはもはや目の前である。

そして后羿は再び、矢の雨を降らせようとしている。目標は恐らく、龍寿と禮士が乗るトラック。彼らの命が危ない。

 

「あ、ああ」

 

どうすればいい?

リカリーも、充幸も、この場にいる全員が、何も出来ぬままに茫然とモニターを眺めていた。

 

「龍寿様に、連絡を…………」

 

リカリーは通信ユニットの連絡先を龍寿へと設定する。

だが、何度コールしても、彼には繋がらない。

何かがあったのか。リカリーの心拍数は最高潮に達した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

運動している訳でもないのに、呼吸が荒い。

汗も止めどなく流れ落ちる。

眩暈がする。吐き気もする。

どうして自分がこんな目に、とも考えてしまう。

 

「リカリーさん!?」

 

リカリーは極度の緊張から、その場に倒れ込んだ。

そんな彼に、真っ先に駆け寄ったのが、アマゾニアだ。

彼女はその屈強な身体で、小柄なリカリーを抱き留める。

 

「アマゾニア……すみません。」

「まだ、現実逃避するには、早いぞ。……アタシが、封豨を止める。」

 

リカリーは唇を噛む。

分かっている。アマゾニアでは、后羿の悪獣には勝てない。

彼女の提案は、ただの時間稼ぎだ。

ここで彼女を行かせてしまったら、彼女はもう……

 

「リカリー、龍寿が答えねぇなら、今は幹部のお前が、遠坂組の長だ。」

「…………っ」

「お前は、知恵の無い筋肉女を、作戦会議室に放置するつもりか?」

「アマ……ゾニア……」

 

リカリーは彼女の手から離れ、決断する。

アマゾニア率いる部隊を、封豨討伐へ向かわせる。

それが意味することを、理解した上で。

 

「お願いします、アマゾニア。パークオブエルドラードを、区民の皆を、守ってください。」

「了解だ!」

 

アマゾニアは高速で駆け下りていく。

そしてその背を、ロウヒは眺め続けていた。

 

「バーサーカー?」

「美頼、我も行こう。」

 

ロウヒは充幸にアイコンタクトした。

それは、美頼を任せた、というもの。

彼女もアマゾニアの後を追う。

 

「バーサーカー、大丈夫だよね。」

「危険ではない、とは言えません。ですがロウヒさんには無限鋳造機サンポがあります。魔獣を切り裂く剣すらも生み出せる固有結界があれば、きっと。」

「そうだね、バーサーカーにはサンポが…………あれ?」

 

美頼はそこで気付く。

彼女の手に握られている、古びた鍵、それは先のミヤビとの戦いで、無限鋳造機サンポへと変化した。

そしてヴェノムの力でロウヒの力を宿したミヤビは、サンポを持っていなかった。かの無限鋳造機は世界に一つしか存在できない。

ならば、今、サンポを所持しているのは美頼である。

 

「どうしましたか、倉谷さん?」

「たたたたたたいへんだ!私も行きます!」

「えぇ!?」

「バーサーカーは今、サンポを持っていない!」

 

美頼は充幸の静止を振り切り、階段を駆け下りた。

ロウヒがそのことを忘れてしまっているのか。

否、欲望の化身たるロウヒがサンポの在処を見失うはずなど無い。

彼女は、自らの意思で、サンポを手放したのだ。

 

「バーサーカー、どうするつもりなの!?」

 

美頼は嫌な予感がしていた。

迷宮でのミノタウロスとの戦いを思い出す。

 

「……ポーランドの詩人が残した、『三つの不思議な言葉』という概念。三つの矛盾を知っているか?」

「え、急にどうしたの?知らないけど…」

「一つ目が『静寂』、二つ目が『無』、そして三つめが『未来』だ。静寂を口にした時点で、その場に静けさは無くなる。無を口にした時点で、それは有となり、未来を口にした時点で、それは過去のものとなる。」

「えっと……なるほど?」

「言の葉は生き物だ。流動し、成長し、時代と文化で形状変化を起こす。だが、変わらぬものがあるのもまた事実だ。これから多くを経験し、誰かの為に走り抜けるだろうお前は、そのことを決して忘れるな。貴様の願望もまた、絶えず駆動するのだから。」

 

ロウヒの言葉。

その意味が、彼女にはまだ理解できない。

だが、もしも、彼女が彼女の物語『カレワラ』を準えて、そう告げたのであれば……

変わらないものとは、つまり。

 

「バーサーカーっ!」

 

美頼は全速力で駆けて行く。不安を掻き消す勢いこそが、今は必要なのかもしれない。

 

 

時間は、十七時をまわった。

 

龍寿の車両一向に向けて放たれた火の矢の雨は、内の一つを焼き尽くした。

乗っていたのは、遠坂組機動隊の面々だった。四騎のサーヴァントが、奇跡的にも龍寿たちを守る形で消滅した。

そして残りの車両は回避できたのも束の間、道路を瓦礫で塞がれ、立ち往生していた。

いま、サーヴァント達が瓦礫の撤去に努めている。

 

禮士は痛みに苦しみながら、何とか意識を保ち続けていた。

この痛みの正体が何か、彼には想像がつかない。

后羿と今なお繋がっているから、そんな世迷言こそが真実なのかもしれない。

ならば、彼の手に宿る三画は、意味のあるものなのだろうか。

 

「大丈夫かい、禮士。」

 

龍寿は心配そうに彼を覗き込んだ。

だが禮士は、彼に対し怒りを露わにする。

 

「龍寿、先程のことだ。何度も、何度も、リカリーから通信コールが鳴っていただろう?何故、出なかった。」

「……后羿が、我々へ向け攻撃を仕掛けてきたから。」

「違うな。火の矢が降り注ぐまで、時間はあった。運転していたのも君じゃない。君は、その時、リカリーに応答することが出来た筈だ。遠坂組代表として、最前線で戦う彼らに、かける言葉があった筈だ、違うか?」

「…………」

「龍寿。遠坂龍寿だろう、君は。第六区のヒーロー『遠坂組』の指揮官、それが君だ。」

「っ…………」

 

龍寿は禮士の胸倉を掴んだ。

 

「五月蠅い!五月蠅いんだよ!僕は、僕は、遠坂家に生まれて、人生を全部決められて、勝手にそうなっただけに過ぎない!でも、それでも一所懸命やってきたさ!災害に逆らわず、共存を目指して、誰も傷つかない社会を作ってきた、作ろうとしてきた!でも、でもそれは、無駄なことだった。区民どもも、遠坂組を信頼していると言いながら、その実、汚れ仕事を押し付けて来ていただけに過ぎなかった!僕は、鉄心でも、禮士でもない!僕はヒーローじゃない!」

「龍寿……」

 

テレビの中のヒーロー『仮面セイバー』は慈愛の戦士。

誰にでも手を差し伸べ、感謝される訳でもないのに、孤独に戦い続ける。

でもそれは只の御伽噺。

見返り無くして、慈愛は成り立たない、それこそが現実。

褒められもせず、当然のように求められ続けた龍寿には、現実が余りにも過酷だった。

そして、遂にそこから逃げ出した。この瞬間、彼は戦うことを辞めた。

 

「僕は、第六区から逃げるよ。」

「…………龍寿」

「勝てる筈が無いんだ。当たり前のことじゃないか。自分の身は自分で守る、それがこの世界の鉄則だ。」

「それで、本当にいいのか?」

「……いいさ。……おい、早く瓦礫を撤去してくれ。第一区へ亡命だ。急いでくれよ。」

 

禮士はこれ以上、何も言わなかった。

龍寿の立場も、その辛さも、彼は知っていたから。

彼が逃亡という選択をしたならば、禮士はそれを受け入れるつもりだ。

無論、衛宮禮士はそれでも第六区に残る。

まだ、この場所には、今も戦い続ける大切な人がいるからだ。

 

一方、パークオブエルドラードの目と鼻の先まで侵攻する封豨を、アマゾニアは果敢に留めていた。

既に部隊は全滅した。残るは剣闘士のアマゾニア一人。だが彼女も、もはや死に体と言って差支えが無い程だった。

 

「あぁ、畜生。アタシは弱いな。」

 

耐久力には自信があった筈だが、こうも蹴りや突進を繰り返されると、自慢の筋肉もまるで機能しない。

それでも彼女は何度でも立ち上がる。猪の足に飛び掛かり、その肉を歯で嚙み千切る。コロセウムでの、彼女の戦いそのものだ。

生きる為ならば、何だってやる。

醜さが晒されても構わない。意地汚くても構わない。そうやって生きてきたのだ。

 

「行かせる訳にはいかねぇえええ!」

 

アマゾニアは命懸けで侵攻を食い止める。

だが封豨は、手で虫を払い除けるように、アマゾニアを突き放した。

彼女の身は軽々しく飛ばされる。

 

「うぐぁああああああああ」

 

地面に転がり落ちる肉体。

そしてその上から、巨大な足が覆い被さる。

超重量による踏み潰し。これによって数多のサーヴァントが命を落とした。

 

「っツ」

 

アマゾニアは両手を突き出し反抗するが、力の差は歴然。

いとも容易く、彼女の両腕は折られた。

だが、心臓までも潰されることは無かった。

封豨の足を押し返す、無数の手が地面から生え出た為だ。

 

「っく、んだよ……何が……」

「貴様では役不足だ。下がれ。」

 

どこからともなく生えた触手が、封豨の身体を絡めとる。

そして後方へ投げつけた。

これはイクトゥルソの能力である。アマゾニアが朽ちるその直前に、ロウヒは間に合ったのだ。

 

「てめぇ、博物館の……」

「ポホヨラの帝『ロウヒ』だ。貴様の恩人の名をその頭に刻んでおけ。」

 

ロウヒはイクトゥルソの頭に乗り、現れる。

封豨とイクトゥルソの二体の獣が対峙した。互いが歴史に名を刻んだ怪物である。

封豨はその肉体に水を取り込むことが出来る。海の魔物たるイクトゥルソには分が悪い戦いだ。

だがロウヒは余裕そうな表情を浮かべている。彼女の中で明確な勝算があるようだ。

 

「カレワラの悪女か。一体、どう切り抜けるつもりだ?」

 

封豨の突進を、無限の触手で留めるロウヒ。

そして、首元の噴出口に目を付け、一本の触手をそこへ突き刺した。

暴れ回る封豨は、手足の触手を千切り、ロウヒに目がけて駆けてくる。

だが鎖のように伸びた手は何度も、何度も、これを阻み続ける。

封豨にとってこの繰り返される動作は、苛立たしいものだった。

だが、触手の数に制限はない。文字通り、無限。

何度でも縛り上げ、何度でも吊るし上げる。

 

「さて、これは効くか?」

 

ロウヒは噴出口に刺さる触手を使い、イクトゥルソが取り込んだ海水を体内に送り込んだ。

その時、ロウヒはカレワラの物語で使用した、病原菌という毒をそこへ注入する。

掌に編み出した毒を、触手に流し込む。

それはイクトゥルソにとっても耐えがたい激痛だ。これはロウヒにとって捨て身の戦法に近い。

そして、同時に封豨の体内に流れ込む毒は、この怪物を内側から腐らせていく。

 

「すげぇ」

 

教経と海御前の戦術と同じ。

体表が恐ろしく硬ければ、内側から攻撃を加える他無いのだ。

だが、教経と海御前が二人がかりで成し遂げた技を、たった一人で行使している。

アマゾニアから見て、ロウヒはまるでゲームの最終ボスの立ち振る舞いだった。

 

「腐れ。内臓から全て、腐ってしまえ。」

 

イクトゥルソと封豨は同時に悲鳴を上げた。

ロウヒは自らの使役する獣にも容赦がない。

勝利の為に、持てる武器は使い潰す。イクトゥルソは、彼女を勝利へ導くための道具に他ならない。

その容赦のなさこそがロウヒを悪女たらしめている。

 

「封豨が、溶けていく……」

 

アマゾニアが命を懸けても倒せなかった相手を、ロウヒはいとも容易く黙らせた。

サーヴァントとしての格の違いを見せつけられた気分である。

封豨はロウヒの手によって消滅した。

彼女は、アマゾニアの元に歩み寄る。

 

「ありがとう、第四区博物館のサーヴァント。」

 

アマゾニアは立ち上がり、その手を伸ばした。

が、ロウヒが握手に応じることは無かった。

 

「……獣臭い女の手は汚らわしいか?」

「いや?……我には、貴様の手を取る資格は無い、そう思っただけだ。」

「資格?」

「我は、過去に貴様の友を殺している。」

「は?」

 

ロウヒはアマゾニアに背を向け、立ち去ろうとする。

当然アマゾニアは彼女を引き止めた。

 

「どういう、ことだよ。」

「アキリアを殺害した相手こそ、我だ。そう言った。」

「アキリアを、てめぇが?」

「あぁ。弁慶が暴れている間にな。我はそれを謝るつもりもない。いま貴様とは共闘する気も無い。助けた、つもりも無い。」

「んだと?」

「貴様は貴様の仕事をする。我は我として戦う。ただそれだけだ。」

 

アマゾニアはロウヒに殴り掛かろうとする。

だが、その直前で拳を収めた。

 

「致命傷の貴様の弱った打撃ならば受けてやっても構わんぞ?」

「…………何故、いまその話をした?てめぇにはメリットが無い筈だ。」

「メリットもデメリットも無い。貴様では我には勝てん。加えて、仲間にしても足手まといだ。」

「なら、猶更だ。話す意味なんてねぇ。アタシの手を取るのが嫌なら、ただ無言で弾けば良かった筈だろ。」

「…………そうさな。」

「好意も、敵意も、てめぇにとって同じものならば、無関心であれば、それでいいだろ。」

「最もだ。ならば告げよう。偉大なる剣闘士である貴様に。」

 

ロウヒは振り返り、アマゾニアの手を振り解いた。

 

「アキリアは、最期まで泥臭くも、勇敢だった。王が、認めてやる。」

 

ロウヒの目に偽りは無い。

真っ直ぐに、アマゾニアに告げた。

 

「そうかよ、なら、良い。てめぇを許すことはねぇが、それならば、良い。」

「許される必要も無い。貴様も剣闘士ならば、最期まで運命に抗い続けるといいさ。」

 

互いに互いを睨み続ける。

遠坂組の戦士と、アインツベルンの女主人。

彼女らは相容れない存在。それでも、拳を振り上げることは無かった。

 

そしてようやく、ロウヒの元に、美頼が到着する。

アマゾニアとロウヒのスピードに追い付くことが出来ぬまま、美頼は走り続けて来た。

彼女は肩で息をしながら、ロウヒに古びた鍵を押し付ける。

 

「忘れものだよ、バーサーカー。」

 

無限鋳造機サンポは、いま、ロウヒが所有すべき力である。

それはきっと、この地に集う彼女を知る全ての者が思う筈だ。

だがロウヒは、これを拒んだ。

 

「バーサーカー?」

「お守り、と言ったろう。今は美頼を守護するものだ。」

「でも」

「サンポの所有者は変わった。我は真に、無限を手放したのだ。」

 

でも、それは———

美頼は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

口にしてしまうと、手遅れになりそうだったから。

 

「確かに、サンポが無い方が、バーサーカーはずっと、ずうっと強いもんね。」

「……美頼」

「なに?」

「空を、見てみろ。」

 

美頼はロウヒの言うままに、空を見上げた。

時刻は十七時、もう、太陽は西の方角へ落ちている。

だが、昼のように眩しい。少し暑すぎる程だ。

無我夢中で走っているときは気付かなかった。

いま、一つの太陽が真上に上っている。

 

「え……」

 

后羿の災具、『后羿射日』。

太陽を落とした伝説の再現が、成されようとしている。

災害のキャスター『ダイダロス』が命を賭して止めたもの。

同じ災害すら殺してみせた必殺災具が、またも、繰り出されようとしていた。

 

「あ……」

 

美頼と同じように。

第六区にいる全ての人間が、英霊が、こぞって空を眺めた。

ただポカンと口を開けたままで。

誰もが、事態の深刻さを認識出来ぬままに。

 

后羿がそれを放つとき。

伝承通り、暴れ回る悪獣は消滅する。

きっとそれすらもエネルギーに変えて、その絶技は放たれるのだ。

得てして、世界の終わりというのは静かなものだ。

人間は、それを認識することが出来ない。

どこか物語のように、目の前の事象を捉えてしまう。

英霊は別だが、それでも、いまこの太陽に立ち向かえるものは誰一人存在しない。

誰もが、ただ茫然と、その終幕を受け入れた。

 

「第五等太陽。ダイダロスが止めたものよりはマシだが、第六区は全滅だろうな。」

「バーサーカー……」

「美頼、后羿はもはやその弓を引いている。手遅れだ。」

「あ……あぁ……」

 

この地に立つ人間の中で、

美頼が最初に、自らの『死』を認識した。

至って冷静なロウヒの言葉のお陰かもしれない。

彼女の唇は、身体は、徐々に震え始める。吹き出る汗と涙。それを抑える為に、ロウヒにしがみつく。

 

「どう、しよ。どうすれば……」

「手遅れだ。」

「逃げなきゃ……そうだ、逃げないと!」

「間に合わん。隕石が降ってくるのと同じだ。」

「じゃあ、どうしよう……」

「潔く死ね。人類にはどうすることも出来ん。」

 

ロウヒは冷たく、そう切り捨てた。

美頼はそれでもロウヒに抱き着いたまま、離れない。

深刻さを認識し、泣きじゃくりながら助けを乞う。

 

「嫌だよ、死にたくない、死にたくない、死にたくないよ、コーイチローに告白とかしてないし、デートもしてないし、キスとかも、まだだし」

 

巧一朗とデートがしたい。

鉄心や充幸と遊びに出掛けたい。

ロウヒと馬鹿みたいに笑っていたい。

 

やりたいことが、まだ沢山ある。

こんな呆気なく、終わって良い筈が無い。

だから泣き叫ぶ。泣いたってどうにもならないが、それでも叫び続けた。

 

「バーサーカー、私は……まだ、死にたくないよ」

「それは、人間が抱く当たり前の感情だ。未来の心そのものである貴様もまた、当たり前に生存を願う。」

 

ならば、とロウヒは美頼に向き合った。

そしてその肩に手を置いた。

 

「どうして、ヒトを殺してはいけないのだと思う?」

 

美頼は、目を見開いた。

ロウヒの吸い込まれそうな赤い瞳が、真剣に、美頼を見つめ続けている。

 

「道徳的な解は不要と、貴様は言ったな。だが、人間は他の動物と異なり、脳が高度に発達している。己の感情を、言語化できる。言の葉を紡ぐことが出来る。ならば貴様自身がその答えを言ってみせろ。」

「…………っ」

「出来ないだろう、出来なくて当たり前だ。人間はその解を見つけていないから、未だに争い続けているのだ。」

「…………私は……」

「この議論は果てしなく無駄だ。これを言っている今も、世界は終末へと向かっている。貴様の教師はいない。貴様がこれから生きていく中で、自らの答えを探していく他無いのだ。」

「生きていくって、もう、私たちは死んじゃうのに?」

「死にはしない。貴様もとうの昔に気付いていた筈だ。まだ人類には、この太陽を止める術があると。全てはこの時の為に、あったと。」

 

美頼はハッとする。

そうだ。気付いていた。気付いていながら、逃避していた。

それは美頼にとって、心地いい解答では無かったから。

『カレワラ』の物語で、ロウヒはサンポを奪われ、そして狂う。

彼女は様々な手で主人公を、世界を、混乱に陥れた。

暴れ回る熊や猟犬、まき散らされる病気、海魔イクトゥルソ。

そして、彼女の最大の罪。大魔女ロウヒの成し得た、最大の悪行。

 

「月と太陽を、隠した。」

 

大魔女ロウヒは、『カレワラ』の物語の中で、月と太陽を奪い去り、暗黒を齎した。

それこそが、ロウヒの言う『術』なのだとしたら、彼女はオアシスで、その奇跡を起こそうとしている。

 

「私は、生きていける?」

「ああ。誰も死なない。この瞬間だけ、第六区は、守られる。無論、また后羿射日が行われたらバッドエンドだがな。そこは貴様らが考え、立ち向かっていくしかない。逃げるのも一興だがな、いつまでも逃げ続けられるとは思うなよ。」

「この瞬間だけって……」

 

月と太陽を消した悪戯。

これを行ったからといって、ロウヒは死ぬわけでは無いだろう。

美頼はそう思い、そして、それを否定する。

先程、気付いたばかりでは無いか。

無限鋳造機サンポに囚われ、欲のままに生きてきたロウヒ。

ロウヒの願望が永久に駆動する限り、その存在証明が成される。

もしならば、

彼女の願望が叶ってしまったなら。

それは彼女の『カレワラ』の終幕に他ならない。

月と太陽を奪うから、では無い。

もうこの場に立つロウヒには、オアシスに残る意味が無かったのだ。

それがサンポを手放すという選択。

彼女は、己の欲を、望みを、全て捨て去り、ただ一人で災害に挑む。

 

「おかしいよ、バーサーカー、貴方の望みが叶ってしまったなんて。」

「気付いたか?」

「おかしいよ。どんな英霊よりも欲望のままに生きていた貴方が、こんなことで満足する筈がないもの。何が、願いだったの?ポホヨラの女帝ロウヒが、本当に望んでいたものは何?」

 

美頼の問いかけに、ロウヒは答えなかった。

彼女の中にある羞恥の感情が、これを邪魔したからだ。

サンスイの望み、未来という一人の少女を守ること。

それはきっと成された。

もう大丈夫だ。そうロウヒは判断した。

終身介護にまで、駆り出されるのは御免だ。ロウヒは王であり、従者では無い。

この気ままさこそが、ロウヒを王たらしめている、かもしれない。

 

「さて、以前我は、ヒトを殺しては駄目な理由に、貴様が王では無いから、と答えたな。」

「そう、だね。」

「我は王だ。我は自らの気の向くままにヒトを殺す。我が法であり、我が正義だからな。」

「無茶苦茶……」

「だが美頼、王は殺すばかりでは駄目だ。それは暴君であり、そういう王は大抵、革命家に反逆される。王も死にたくは無いからな。」

「…………」

 

ロウヒは美頼の頭に手を置き、

初めて、満面の笑みを見せた。

 

「殺すのが王ならば、守るのもまた、王なのだ。」

 

ロウヒはそう言い残し、美頼の前から立ち去る。

美頼はもう、涙を流さなかった。

自らのサーヴァントが、英雄として、戦うのだ。

誇らしく、胸を張るべきだ。ロウヒが、それを求めている。

だから美頼は最後に、声を枯らして叫んだ。

 

「いってらっしゃい!ロウヒ!」

「あぁ、行ってきます、マスター」

 

 

ロウヒはアーチャー部隊が死んでいった塔を登る。

この屋上は既に潰れている為、今の実質的な最上階は三階である。

空を見上げながら、彼女は変化のスキルを用いた。

彼女の背からは大きな翼が生え、その身体は怪鳥と化す。

人々が彼女を見たならば、后羿の悪獣と誤認識するだろう。

この鳥の姿でサンポを追いかけ続け、そして海の藻屑となった。

自由なる翼など、そこには無かったろう。

あったのは醜い執念。

この穢れた翼にはお似合いだ。

 

だが、今は何故だろうか。少し誇らしくも感じる。

 

ロウヒは骸骨のような顔を、手でゴシゴシと掻いた。

人間の時のようにはいかない。全身が凶器のように尖っていれば、自らも傷つけてしまうものだ。

 

「未来、そして美頼よ、達者でな。」

 

ロウヒは未来に会わない選択をした。

彼女の存在が、未来の覚悟に水を差すと思ったからだ。

きっともう大丈夫だ。未来の物語は、きっともう間違えない。

彼女を支える者がいる限り、彼女はもう迷わない。

 

「さて、飛ぶか。」

 

ロウヒはその翼を広げ、飛び立つ。

目標は、接近する太陽。

ダイダロスが太陽を止めたのに対し、彼女はそのまま突っ込んでいく。

そして悪行通り、太陽をどこかへ隠してしまう。

彼女が消滅すれば、その隠し場所は永遠に明かされない。

 

人々は、太陽に向けて真っ直ぐに飛んでいく鳥を見た。

それがロウヒだと、誰もが気付かない。気付く筈も無い。

それでいい。

物語の悪役は、それぐらいが丁度良いのだ。

 

『我が願望は凍土に眠る(ラコーデラ・カレヴァラスタ)』

 

彼女の翼も、彼女の献身も、彼女が元来持つ宝具では無い。

これは今、彼女がその場で名付けたもの。

己を鼓舞するための言の葉。

未来へ、美頼へ、伝えたかった想い。

 

太陽に衝突しながら、ロウヒは奇跡を体現する。

その圧倒的質量に潰されながら、彼女の伝承は具現化した。

 

消失する太陽。

そして消えゆくロウヒの魂。

 

燃え滾る怪鳥は、人々の目に、不死鳥の如く映った。

ただ一人、美頼だけは、彼女が決して蘇らないことを知っている。

ロウヒは空の上で、孤独に死ぬのだ。

だが、それでも、美頼と、そして未来には届いていた。

ロウヒの最期の言葉。

 

『カレワラより愛を込めて』

 

これから、また世界は后羿の力にひれ伏すだろう。

后羿の悪獣は何度も蘇り、召喚される。落としていない太陽は、あと六つも存在している。

だが、このときばかりは、誰もが希望を抱いただろう。

まだ、諦めては、いけないと。

終末には、まだ早いのだと。

 

それはきっと、この男にも。

 

瓦礫が撤去され、第一区に逃げる準備の整った龍寿は、不死鳥の煌きを見届けていた。

そして、それに涙した。

諦めていない者が、そこにいた。

遠坂組が守ってきた第六区を、なおも守ろうとする者がいた。

ただそれだけのことが、龍寿の心を奮い立たせる。

 

「龍寿。」

「禮士、パークオブエルドラードへ向かう。区民の皆さんの安全を確認するんだ。」

「龍寿……っ」

「まだ、終わっていない。僕たちは、まだ、出来ることがある。」

「なら、急ごう。」

 

明日には世界が終わっているかもしれない。

それでも。

第六区のヒーローは、このとき、立ち上がったのだ。

 

 

 

【蹂躙編⑥『カレワラより愛を込めて』】

 

 

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