Fate/relation   作:パープルハット

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蹂躙編完結まで、あと5話!

感想、誤字等ありましたらコメントにお願いします。


蹂躙編7『彼女は何故走るのか』

濁る。

 

〈オンユアマークス〉

 

濁る。

 

〈セット〉

 

空が濁る。

 

大地が濁る。

 

音が濁る。

 

駆け出す。駆け出す。駆け出す。

 

「あ」

 

私は口を開けたまま、固まった。

手も、足も、動かない。

氷の塊のように、硬い。

 

「雷前?」

 

先生が私に歩み寄る。

私は酷く怯えていたように、思う。

 

「どうした、雷前。」

 

先に走り出した皆が止まり、一同に振り返った。

クラウチングの姿勢で固まる私を、見下しているように思える。

 

「どうしてだ、雷前。」

「先生」

「どうして、お前は『そう』なのだ。雷前。」

 

ホイッスルが、鳴った。

防犯ブザーのような警笛が、鳴り響いた。

 

走らなきゃ。

何の為に?

分からない、でも、走らなきゃ。

 

誰かが、そうしろと、告げている。

 

私は駆け出した。

腕を振り、足を振り、前へ、前へ。

 

ホイッスルの音が五月蠅い。

耳を突き抜ける不快感。

ならば、音より速く、速く。

もっと先へ。

 

しがらみのない場所へ、私を運んでいけ。

 

軋む、軋む、軋む。

揺れる、揺れる、揺れる。

 

音が私に追い付いた。

纏わりついて、離れない。

おばけのように、身体を乗っ取ろうとする。

 

ゴールテープは目の前だ。

私はそこへ手を伸ばす。

誰かが、そこで、待っていた。

それは、私のたった一つの希望。

今はもういない、あの人の影。

 

「先輩……っ!」

 

だが、私はその手を掴めない。

音の幽霊に足を取られる。

 

「あ」

 

そして、ようやく気付く。

私を追いかけていた音は、ホイッスルじゃなく、

クラクションと、サイレンだった。

 

歪んだ視界の先で、確実だったもの。

それは、私の足が潰れていたこと。

 

先輩がくれた時間は、もう二度と手に入らない、ということ。

 

あの日は終日、大雨だった。

横断歩道を渡っていた私は。

居眠り運転のトラックに轢かれ、

両足を切断した。

 

私の夢は、呆気なく散って行った。

 

 

パークオブエルドラード

敷山家に与えられたルームにて。

 

遠坂組幹部による、何度とも分からない区民説明会へ出席する父母と幼き妹、そして留守番として部屋に残された長男の俊平。

彼らの好意により居候するアダラスは、この機会を狙っていた。

彼女は自らの鞄に隠し持っていたカプセルを取り出すと、それを俊平のドリンクに混ぜる。

これを口にしたとき、幼き命はいとも容易く刈り取られるだろう。

アヘル教団のセントラル支部に属する人間にとって、暗殺などお手の物。

で、ある筈だ。

ショーンやモゴイは手慣れているが、アダラスにはまだその経験がない。

ウラルン同様、彼女もまた、英霊を殺せても、人間は殺せない。

ウラルンは確固たる意志で、ヒトを害そうとしない。あくまで英霊と、それに分類される存在のみにヴェノムの力を振るう。

アダラスはただの臆病だ。強き者に挑む気概はあっても、弱き者には手を出せない。

ヴェノムには必要のない、彼女の良心が、それを邪魔する。

 

「やらなきゃ」

 

彼女にとって絶対なる存在、ザッハークがやれと命じたのだ。

彼女にもう一度、走る力を与えた、神様のようなヒト。

先生の期待に、生徒は答えるべきなのだ。

そう考えると、アヘルはどことなく部活動に似ている。

名門校陸上部のエースだったアダラスには、アヘルの方がむしろ心地の良い場所だ。

 

「ごめんね」

 

アダラスはキッチンで二人分のオレンジジュースを用意し、子ども部屋へ車椅子を転がした。

敷山家に与えられた部屋は手狭な印象を受ける。遠坂組に幾ら出資したかで、部屋の大きさが変わるらしい。

この場にいる富裕層たちには寒気を覚えるが、敷山家は彼女にとってどこまでも温かい存在だった。

だからこそ、別れは、静かに済ませたい。

眠るような、安らかな死を、彼らに。

アダラスは決意のもとに、部屋の戸を叩いた。

俊平はアダラスがジュースを持ってきたことに大喜びする。

その場で手に取り、飲み干すかに思えた。

 

「ありがとう、アダ子おねーちゃん!そこに置いといて!」

「あ、うん。俊平君は今何をしているの?」

「部屋の片づけだよ。さっきお母さんに怒られてさ。帰ってくるまでに片付けなさいって。」

 

確かに、俊平母の怒りはもっともだ。

彼は自宅であるかのように部屋を物置小屋にしている。

玩具の数々は、踏めば激痛を伴う事必至だろう。車椅子のアダラスは一歩も部屋に入れない。

彼女はやれやれといった表情見守りつつ、部屋の様相を改めて確認する。

散らばった玩具や漫画雑誌の下に埋もれた、金の輝きに彼女の目は吸い寄せられた。

 

「これ」

 

アダラスが手にしたのは、黄金のトロフィーだ。

そこには、全国小学生陸上大会優勝の文字が刻まれている。

彼女は幼い頃から短距離の選手として名を馳せていた、故に、このトロフィーが如何に入手困難なものかを知っている。

全ての地区から集められた選りすぐりのエリートが種目別に戦い、優勝者を決める、年に一度の大運動会。

かつて彼女も、同じものを手に入れた。

 

「俊平君、これ」

「あー。昔のやつ」

「こんなところに置いちゃダメでしょう?」

 

アダラスはそれを取り出し、俊平へ差し出した。

栄誉ある称号を、粗雑に扱うべきではない。

彼女は笑みを浮かべながらも、心の内にドロドロとしたものを抱えている。

 

「いや、いいよ。捨てる。」

「え?」

「僕はもう走るの、辞めたから。」

 

俊平はそれを拒んだ。

それはアダラスにとっては全く想定外な答え。

彼女は眉を潜めつつ、俊平の真意を問うた。

 

「どうして?」

「どうして、って言われてもなぁ。うーん。」

「優勝したんでしょう?凄いじゃん。どうして続けないの?」

 

彼女の口調に怒気が含まれた。

彼女が無念にも諦めた全てを、この少年は有している。

恵まれた環境にいながら、力を持っていながら、いとも容易く投げ捨てる。

この金杯は、ガラクタに埋もれて良いものでは無いのだ。

 

「走る理由が、分からない。」

「え?」

「沢山期待されて、同じ数だけガッカリされて、それでも頑張って、頑張って、頑張って、一位になったら、なんで走ることが好きだったか忘れちゃった。家がお金持ちなら、練習の機材とかもいっぱいあるんでしょって言われたりするしね。なんかもう、どーでもいい。」

 

俊平は終始笑顔だった。

その小さな身体には、余りにそぐわない、希望と絶望が乗りかかっていた。

求められたことに応じ続けて、彼は壊れた。

そして諦めた。

 

「あ」

 

アダラスはハッとした。

彼女もまた、同じように、期待され続けていたから。

走ることはきっと好きだ。でも、何故それが好きかは分からない。

彼女はたまたま、ある日その道が絶たれ、悲劇のヒロインになった。

誰もが、彼女に期待しない。被害者を哀れみ、笑顔で寄り添ってくれる。

だが俊平は

これから先も、言われ続けるのだ。

恵まれた環境にいながら、諦めた臆病者と。

アダラスは、俊平の気持ちが誰よりも理解できる、筈だった。

だが、彼女もまた、オーディエンスとして俊平に問うてしまった。

『どうして』と。

 

「俊平君」

「ん?」

「いま捨てちゃおっか、このトロフィー。」

「え、いま?」

「良くないけど、この窓の外へ、ポイって。」

「えぇ、いいのかなぁ?」

 

アダラスは壁を支えに、何とか立ち上がる。

そして玩具の山に転がりながら、匍匐前進の要領で窓際へと向かった。

俊平はその行動に驚き、彼女を小さな身体で支えようとする。

 

「おねーちゃん?」

「一緒に行こ?窓の近く。」

 

俊平の身体に寄り掛かるアダラス。

少年にとって、五歳は違う筈の彼女は、えらく軽かった。

ゆっくりと、窓際へと歩いて行く。

そして、アダラスは大きな窓に手をかけた。

 

「捨てて、いいのかな?」

 

俊平は怖気づく。

父母に怒られることよりも、もっと深いもの。

彼の努力の全てが、この瞬間消えてしまいそうで。

取り返しのつかないことに、なってしまうのかもしれない。

アダラスはそんな俊平に微笑みかけた。

 

「走りたくなったら、走ればいい。こんなものが無くたって、俊平君は走れるでしょう?」

 

俊平は幼いながら、彼女の気持ちに気付いた。

きっと彼女も、同じなのだ。

でも、彼女はもう、走りたくても、走れない。

 

「分かった。投げ捨ててみる。」

 

ここから投げ捨てても、誰かがまた拾ってくるかもしれない。

それでもいい。

今必要なのは、俊平に取りついた、期待と失望のお化けを取り除いてあげること。

少年は大きく振りかぶった。

 

そして、金の杯が窓の外へ飛んでいく。

丁度その時、明るい空に、大きな鳥が飛んでいくのが見えた。

 

「わあ」

 

飛んでいく金色と

真っ赤に燃える炎の鳥。

不死鳥の如き様は、俊平の心に火を灯す。

 

「おねーちゃん、鳥が」

「見えてるよ。」

 

后羿の放ちし、第二の太陽。

その余りにも巨大なものへ、果敢に挑む一人の英霊。

その美しさは自由そのもの。

だからだろう。アダラスは目に涙を浮かべ、それに見惚れていた。

 

「きっと、また走れるよ。理由なんて、何でも良いんだから。」

「何でも?」

 

アダラスはドラッグの溶けたオレンジジュースのグラスを掴み、

トロフィー同様、窓の外へ放り投げた。

 

「えぇ!?おねーちゃん!?」

「結構高価なグラスだったから、割れたらママに怒られちゃうかもね。」

「そりゃそうだよ!何やってるの!」

 

焦る俊平を見て、涙を浮かべ笑うアダラス。

これでいい。

きっと、これで。

彼が再び走り出すまで、彼女は彼を殺さない。

そう決めた。

災害先生に怒られるとしても。

 

「怒ったママから、必死に走って逃げないとね!」

 

ザッハークを裏切る意思は無い。

でも、ほんの少しだけ、思春期のように反抗してみる。

アダラスと俊平は、先程より少しだけ、晴れやかな顔をしていた。

 

 

【蹂躙編⑦『彼女は何故走るのか』】

 

 

遠坂組総本山前に数台の車が停まる。

リカリーや遠坂組幹部たちは、戸の表へ出て、深々とお辞儀をした。

降りてきたのは、不死鳥の輝きに魅入られ、再び立ち上がる決心をした男、遠坂龍寿。

今なお熱に浮かされたような症状を見せる禮士と共に、この場所へと帰って来たのだ。

 

「ご無事で何よりです、龍寿様。」

「危機的状況にも関わらず、遅れてしまったことを詫びる。ここからは僕に任せてくれ。……后羿の第二の太陽は消滅したようだな。」

「はい、それが何故なのか分からず……」

「アインツベルンカンパニー、梅の席、北方の魔女ロウヒの力じゃよ。」

 

彼らの会話に割って入るように現れたのは、手錠をかけられた着物姿の女、ミヤビ。

幹部たちは巨悪の権化が堂々と姿を見せたことに目を丸くしている。

 

「ミヤビ・カンナギ・アインツベルン!?」

「そう驚かなくてもよいわ。ミヤビはもうお縄についておる。大人しく捕まるつもりじゃが、后羿に関してはミヤビもどうすることも出来ぬ故。」

「どうすることもできないって、お前!」

「落ち着け、リカリー。苛立つのは仕方ないが、彼女の話は事実だ。彼女も后羿を止める為に協力してくれる。今は争う時ではない。」

「協力って、元はと言えばこの女が……」

「ああ。許すつもりは無いよ。でも、今は抑えてくれ。彼女も、大切な相棒を、サーヴァントを失っている。」

 

ミヤビは車中から、ロウヒの最期の輝きを見ていた。

幼い頃から共にいた、最高の友人であり、相棒。その散り様は刹那的で、儚く、それでいて誇らしいものだった。

最期まで、美頼と未来を愛してくれた。だからこそ、そういう選択をしたのだろう。

無限鋳造機サンポを手放してでも、叶えたい願い。その意味を知る未来は、彼女の輝きに涙した。

だが、もう泣かない。その弱さは不必要だ。彼女はミヤビとして、后羿と戦う決意をした。

 

「ミヤビはある程度、后羿の能力を知っておる。利用する手は無いと思うがの?」

「煽るな、ミヤビ。分かっているさ、僕がお前を最後まで利用してやる。舐めた口がきけなくなるまでな。」

 

ミヤビはからからと笑った。

龍寿はそんな彼女を不気味に思いつつ、二人を連れてオペレーションルームへと向かった。

 

いま、この第六区に残り、戦う決意をした者達、一同にこのオペレーションルームに集う。

遠坂組から、龍寿、禮士、リカリー、幹部たち、教経、海御前、アマゾニア、そして極少数のサーヴァント部隊。

第四区博物館から、美頼、充幸、エラル、ロイプケ。

アインツベルンカンパニーから、ミヤビ。

それは、とてもでは無いが、災害と戦うには力不足が過ぎる面々であった。

遠坂組部隊はほぼ壊滅した。残された者たちも、負傷が酷い。遠坂組に協力を打診した石舟斎も、さきの鏨歯との戦闘でかなりの重傷を負っている。再び戦うには、相当な時間がかかるだろう。

 

そして敵は、災害のサーヴァント『后羿』。

ミヤビにより、その力が説明される。

彼は、六のスキルを有する。それが、『鏨歯』『封豨』『巴蛇』『九嬰』『窫窳(あつゆ)』『大風』、計六体の悪獣を呼び出す力。

そして彼の災具『后羿射日』は、第一等から第八等まで、大小様々な太陽を地上に向けて落とすことが出来る。

その説明を聞くにつけ、皆の顔は徐々に強張っていく。

分かっていたことだが、ただの人間が、ただの英霊が、叶う相手ではない。

そんな皆の様子を眺め、ミヤビは嘲笑した。

 

「加えて、遠坂組アーチャー部隊の攻撃が跳ね除けられたそうじゃな。それは后羿の特性なるもの。数値上で判断するのも馬鹿げた話ではあるがの、分かりやすく言えば、あの災害にはランクB以下の攻撃は一切通じない。」

「ランクB?」

「まぁ英霊のステータス値に関心を抱かず、ただ強い弱いで認識してきただろう遠坂には分からぬ話よの。エラル、分かるか?」

「ええ。つまり、この場にいるサーヴァントでは無理、と言いたいのでしょう?」

「そうじゃ。開発都市オアシスはオートマタを媒介とした英霊召喚じゃ。魔力そのものとは異なり、半受肉状態として顕現する。それは生存という観点からはプラス、と言えるがの。」

「英霊のステータスは、そのオートマタの強度に左右されてしまう、という訳ね。」

「そうじゃ。そしてエラル、龍寿、皆に朗報がある。エラルは、この中に后羿へ攻撃が通る者はいない、と判断したが、ただ一人だけ存在する。敵が強ければ強い分だけ、己を鼓舞し、無限に力を蓄えられるサーヴァントがな。」

 

ミヤビが指さす先、皆が注目した。

そして全員が納得する。

 

「平教経、この第六区で唯一、后羿に攻撃を加えられるサーヴァントじゃ。」

「教経が……僕のサーヴァントだけが……」

 

彼は常に開発都市第六区の希望、ヒーローだった男。

その彼だけが、いま、魔王と戦うことの出来る勇者と成り得た。

 

「あぁ、でも期待はせぬようにな。后羿と教経では親と赤子のようなものじゃ。攻撃が通る前に、一秒で殺されるじゃろう。后羿が接近戦で敗北する筈も無い。」

「接近戦は駄目、遠距離も無理。更には悪獣の群れ。……思っていたよりも、どうしようもないな、これ。」

 

龍寿は頭を抱える。成す術無し、誰もがそう確信しただろう。

そしてミヤビも、これ以上后羿を知らない。彼女もまた、この災害の弱点が分からなかった。

だが、彼らの中で唯一、モニター映像を隅々確認していた充幸が、あることに気付いた。

 

「リカリーさん、后羿は、確か、アーチャー部隊の登ったタワーから見える位置に浮かんでいましたよね。」

「はい。そこから狙い、結果、全滅となってしまった訳です。」

「これ、皆さんも、見て欲しいんですけど……」

 

充幸はある映像を大画面に映し出した。

それは逃げ遅れた区民を探すための、観測ドローンの記録である。

充幸がコントロールしていた機体のうち、山岳地帯へ飛ばしたものだけが、異常な魔力量を検知していた。

そしてドローンのカメラに映し出されたのは、突如現れた后羿である。

彼は、姿勢そのものは変えぬままに、激しく消耗しているように思われた。

 

「記録映像の時間を鑑みるに、第五等太陽消滅後と考えられます。リカリーさん。」

「B2から、D3に移動、している?何故だ……」

「リカリー、遠坂組以外の皆さんにも状況を説明するんだ。」

「龍寿様、はい。えっと、我々は開発都市第六区の全域をAからD.1から4、全十六のマス目で捉えています。救護の任務に当たる時、山岳地帯ならばD3に向かえ、と言った風な指示を出すのです。そして、今回后羿が発見されたのはB2地点でした。この付近には警戒態勢を敷いておりましたが、鬼頭さんのドローン映像から判断するに、太陽の射出後、山岳地帯まで瞬間的に移動しているのです。」

「成程な、それがどういう意味を持つか、だが……」

 

龍寿たちが考えあぐねる中、教経が顎に手を添えながら零した。

 

「覇気がない。」

「覇気?どういうことだい、教経。」

「拙者も、九嬰との戦闘時、后羿のいる空を見た。まさしく神の如く鎮座していたが、この映像の彼には覇気も、威厳も、感じられない。戦場に立つ武将ならざる姿だ。」

「ふむ。エラルよ、映像越しではあるが、数値の計測が出来るかの?」

「流石にドローンカメラじゃ難しいし、私には映像が見えていないわよ、なに?嫌味?」

「やれやれ仕方ない、どれ、ミヤビに任せてみよ。」

 

ミヤビはリカリーを押しのけると、映像を確認しながらデバイスを取り出した。

その入力速度には目を見張るものがる。美頼から見ても、未来は遥かに頭がよく思えた。

昔は、本当にただの馬鹿だったのに。

 

「出たぞ、呵々、中々に面白いことに気付いたな。これは、凄いぞ。」

「何だ、ミヤビ。」

「太陽を放ちし後の、僅か三分にも満たない時間、后羿の全てのステータスがただの英霊の格まで落とされている。この状態ならば、教経の刃も届くだろう!」

 

ロウヒは、きっとこれを指し示したかったのだ。そうミヤビは納得した。

彼女の死は決して無駄ではない。生存の未来を照らし出したのだ。

 

しかし、おお、と感性の声が上がる、と同時に、再び全員が頭を抱えた。

 

「なんじゃ、そなたら。」

「馬鹿か!三分にも満たない時間に、空に浮かぶ后羿を殺せって、無理に決まっているだろう!僕らにはいま遠距離攻撃が出来ないんだぞ。」

「というか、太陽を放って消耗しているなら、今はもう回復しているという事よね。つまりもう一度、太陽を射出させる必要がある。第六区を犠牲にしてね。」

 

エラルはやれやれと溜息をついた。

不可能、その文字だけが頭に浮かび続ける。

 

「でも、やるしか無いんですよね。」

 

充幸はそう告げた。

そう、やるしかない。

誰もがそのことを理解しつつ、現実逃避している。

他の災害への協力の打診は不可能。他区へ逃げるのも、悪獣が解き放たれれば不可能。

戦うしかないのだ。

 

「第八等太陽の規模ならば、上手く湖水方面に落ちれば、人的被害は最小限に留められるだろう。パークオブエルドラードがC3地点に対して、A1に落ちてくれれば、何とかなる……」

「龍寿様、后羿が、敵が恩情をかけることをする筈がありません。次は、きっと第三等太陽で来ます。それもきっと、遠坂組とシェルターを狙って…………」

「それは、その通りだ。」

 

目の前に、どうにもならない現実がある。

逃げ出したい、自分だけは助かりたい、そう思う。

だが、思うだけ。

龍寿は遠坂の誇りを忘れなかった。区民を守る組織として、これまでの努力を自ら否定したくない。

 

「それでも、僕は……」

 

力が無いことを知っている。

ヒーローに成れないことも知っている。

それでも、それらしく振舞うのは、罪だろうか。

もしここで命を落とすとしたら、彼は最後まで誰かの為に立ち上がれる男でいたかった。

 

「龍寿」

 

彼の肩に乗る、細い指先。

龍寿にとっての英雄は、教経と、鉄心と、もう一人存在する。

 

「禮士?」

「出来るかも、しれない。」

 

禮士は煌々と輝き続ける、手の甲の痣を見せつけた。

彼がサハラの地で失った筈の力。それが今、存在感を見せ始めている。

禮士だけが、自らの内に起こる変化に気付いていた。

ミヤビと后羿の契約が消滅したとき、何かが、懐かしい何かが、彼の身に戻って来たように感じていた。

 

「俺は、后羿のマスターだ。」

「……それは、昔の話だろう。君のことは、僕が一番理解している。君が封印していた、君自身の過去ですらも。」

「いや、分かるんだ。俺には、后羿の言葉が分かる。彼が何故、人類に牙を向けているのかも。」

 

禮士は皆に告げた。

自らが何者であるか。そしてどういう過去を歩んできたか。

それは到底信じられない話だが、状況故に、無理にでも飲み込むべき物語だった。

そして、后羿の真の意図も。

 

「あいつは、アインツベルンを守る戦士だ。だから、ミヤビの元についた。たとえ君が、本物のアインツベルンでは無かったとしても、アイツにとっては充分だったんだ。」

 

マーシャと同じ背丈をした、か弱きアインツベルンの少女。今までも沢山のアインツベルンがいたが、マーシャによく似ているのは彼女だけだ。

后羿が守るには、十分すぎる理由だった。

 

「だから、この第六区に攻め込んだ彼は、当初、太陽を放たず、ただ空から君を見守っていた。」

「なら、どうしてミヤビの命令を聞かず、動き出したのじゃ?」

「それはきっと、君が自らの殻を破り、アインツベルンから解き放たれたからだ。君のサーヴァント、ロウヒもそうだろう。今の后羿は、もうこのオアシスに残る意味を失ったんだよ。」

「ミヤビが、救われたから?」

「そうだ。后羿は今、俺たちに語り掛けている。災害のキャスター『ダイダロス』が人類の守護者ならば、后羿は人類の乗り越えるべき壁として立ち塞がっているんだ。龍寿のように、災害との融和は、いつか壊れると。災害はあくまで『災害』なのだと、そう言っている。ここで后羿を倒せなければ、どのみち、俺たちに未来はないと言う事だ。」

「乗り越えるべき、壁」

「そうだ龍寿。その証拠に、彼は史実通り不死になる霊薬を所持しているが、自らの口を縫い付け、それを飲むことを拒絶した。如何に最強と言えど、死ぬときは、死ぬということ。人類に倒す手段を残したんだよ。」

 

禮士の過去。

サハラの地で、再び相まみえた時、后羿は言った。

 

「次にお前が目を覚ました時、私はお前という存在を認識できなくなっているだろう。だからそのときは、お前が私を止めて欲しい。」

「無茶を言うなよ。」

「否、達成できる目標だ。絵空事では無い。私を良く知るお前であれば、必ず出来る。他力本願だと呆れたか?」

「いや、君がそうなったのは俺の責任だからね。約束は果たすさ。」

 

約束。

后羿を止めるという、約束。

今こそ、それを果たすべきだと、禮士は固く誓う。

彼の手の甲の令呪が輝く意味は、ここにある。

令呪に託す祈りで、后羿を殺すことは不可能。

英霊の意思に反する願いは、禮士といえども弾かれてしまう。

だが、もしも、后羿の意思に沿う願いであるならば?

 

「太陽を放つ、その意志を変えることは出来ない。でも、俺のこの絶対命令権を行使すれば、その『種類』と『行先』は選べるんじゃないかと思うんだ。」

「そんなことが、可能なのか?」

「分からない。でも、出来るという確信はある。俺は彼の主人だからね。」

 

禮士は寂しく笑ってみせる。

海御前は彼を心配し、傍に寄り添った。

 

「だ、そうだが、龍寿よ、どうする?可能性であれども、賭けるしか道はないじゃろう?」

「お前に言われなくても分かっているよ。禮士がここまで、言ってくれたんだ。僕たちは太陽が落ちた後の三分間を考えよう。」

 

奇跡の三分間。

后羿は太陽を放ちし後、第六区のどこか上空へテレポートする。

それを即座に察知した後、遥か上空へ教経を運ばなければならない。

これまた難易度の高い話である。

だが意外にも、この問題については早々に解決した。

 

「ミヤビに任せよ。」

「ミヤビに?どういうことだ?」

「龍寿、貴様は知っていよう。ミヤビの力を。」

「ちから……って、あああ!」

 

ミヤビの能力。

それは、世界を俯瞰する目、である。

第一区にて、禮士が悩まされていた厄介な力が、彼らの切り札となる。

障害物の無い空において、彼女の目は真価を発揮する。

彼女が見通すことで、即座に后羿の出現する地点を絞り込める。

 

「凄いな」

「そして、教経を空に運ぶのも、ミヤビに任せよ。龍寿とエラルを散々弄んだ彼奴の登場じゃ。」

 

ミヤビが指を鳴らすと、彼女の背後に突如、サーヴァントが現れ出た。

喪服を着た梟人間。その不気味な風体は忘れたくても忘れられない。

 

「『モスマン』か!?」

「そうじゃ。モスマンの宝具は自らの影法師を無数に生み出す力。カモフラージュしつつ、后羿を空に運ぶことが出来る。」

「あの高速道路の戦いを顧みるに、時速百二十キロは有に出せそうだな。凄いぞ、これなら……」

「まだじゃよ、龍寿。后羿には六の悪獣がいるじゃろう?教経は悪獣討伐に駆り出せない、とならば、現状悪獣を殺し得るのは海御前しかおるまいよ。足止め、だけでも大丈夫じゃが、それが出来るサーヴァントが果たして何人おるかいの?」

 

アマゾニアは唇を噛み締めた。

さきの戦いで、封豨一体に、仲間たちの殆どが殺されてしまった。もしロウヒがいなければ、彼女も命を落としていたのだ。

 

「……これから、区民説明会を開き、僕が皆さんに全て説明する。もしかしたら、サーヴァントを助力願えるかもしれない。」

「無理ですよ龍寿様、ただでさえ、遠坂組への不信感は最高潮だというのに!」

「でも、それでも、僕は訴える。きっと、きっと力を貸して下さる方はいるはずだ。」

 

龍寿はそう確信していた。

もしこれが特撮番組ならば、ヒーローに力を貸して、共に戦ってくれる。

どこか、そんな美しい物語を期待していた。

 

そして二時間後、開かれた区民説明会。

 

龍寿の願いは、通じる筈も無かった。

怒号の嵐と、嘆きの嵐。あらゆるものを投げつけられ、龍寿は額に傷を負う。

とっさに庇う教経やアマゾニアに向かっても、彼らは唾を吐きかけた。

 

「遠坂には失望したよ。いくら出資してきたと思っているんだ!」

 

「そうよ。こんな狭い牢屋みたいな場所に閉じ込めて、さっさと災害なんか倒してしまいなさいな!」

 

「どうして僕たちのサーヴァントを君らに貸さなきゃならんのだね!」

 

「失脚しろ!遠坂龍寿!親の七光が威張りやがって!」

 

「もう第六区はおしまいね!こんな場所、出て行ってやるわ!」

 

声が重なる。

ナイフのように、龍寿へと突き刺さっていく。

 

「お前らなぁ!」

「よせ、アマゾニア。」

「教経、離せよ、クソが!遠坂組がどんな思いでお前らを守ってきたと!」

 

「まぁ野蛮、こんなのが遠坂組の戦力なのかしら!?」

 

「アマゾニアって、剣闘士の……男どもに良いように遊ばれた敗者じゃないか。」

 

「此方の友人を笑ったな、殺す」

「お前も辞めろ、海御前。」

 

荒れる。荒れる。荒れ続ける。

博物館の面々と、顔を隠したミヤビは、部屋の外から見守っていた。

だが、どう考えても、話し合うような場ではない。

誰もが、死にたくないと喚いている。自分は関係ないと、そう信じ続けている。

こんなもので、后羿の試練を乗り越えられる筈も無い。

 

龍寿はマイク越しに、ただひたすら、謝り続けた。

きっと彼は今までも、こうして来たのだろう。

誰も彼を救おうとはしない。

彼は全てを背負って、頭を下げ続ける。

 

そして、遠坂組は見限られ、誰もいなくなった。

ゴミの散乱した会場で、龍寿はただ俯いている。

 

「呵々、まぁこのようなものだろうな。道楽で生きてきたクズ共じゃからの。」

「ミヤビは、彼らを……」

「そうじゃ美頼。何もかもを殺してやりたかった。今はもう、どうでも良いがの。」

 

禮士は静かに、龍寿へと寄り添った。

あの時、逃げ出そうとしていた彼の気持ちが、痛い程に分かる。

 

「行こう、龍寿。」

「龍寿様、会議室の後片付けはこちらでやっておきますので。」

 

リカリーと、船坂優樹が手を挙げる。

禮士は彼らとアイコンタクトすると、龍寿の肩に手を回し、会場を後にする。

 

その時だった。

 

か細い声が、会場奥から響いた。静かな、少女の声だ。

 

「あのー~」

 

全員が一斉に、その方向へ目を向けた。

声の主の少女はその状況に圧倒されつつも、ゆっくりと時間をかけて立ち上がった。

少女は最奥で車椅子に座っていた。だから、皆の目に留まらなかったのだろう。

 

「あの、私で良ければ、一緒に戦います。」

「え?」

 

龍寿はポカンとしている。

少女はサーヴァントでは無い。加えて、両足共に義足である。

戦場において、彼女ほどの負傷兵はそういまい。

 

「え、あ、あー、あの。」

「あ、すみません。えっと、私のこの姿を見たら、何言ってんだって話ですよね。その、大丈夫です。戦うときは、ちゃんと戦えますので。」

「君の、その、サーヴァントが、かな?」

「いえ、私です。私が、戦います。」

 

呆気にとられる龍寿に対し、傍にいた優樹が声を上げた。

彼は遠坂組の、対宗教組織アヘル支部の所属長を担っている。だから、彼が見間違える筈も無かった。

 

「まさか、第五区アヘル教団セントラルの幹部『アダラス』か!?」

「あ、はい、そう災害先生に呼ばれていたりします。」

「駄目です、龍寿様!確かに彼女はヴェノムライダー『アキレウス』の力を内包した、とてつもない戦力です!でも、あの悪名高きアヘル教団の幹部です。災害に対して信仰心を抱いている輩ですよ!」

「そ、そうか、そうなのか。」

「貴様、どうやってパークオブエルドラードへ侵入した!?許可証が無ければ、ここには入れない筈だ!」

「あ、えっと、敷山さんという優しいご家族が、私を助けてくれたんです。」

 

アダラスは嘘偽りなく話す。

何故、自分が第六区へ来たのか。

ミヤビの前で、スネラク暗殺の話を包み隠さない。

 

「お主、さては阿呆じゃな。ミヤビを殺す旨を、ミヤビに話してどうする?」

「最初はその予定だったけど、辞めました。災害先生の命令ではあるけど、私にはスネラク先輩を殺す理由がない。」

「それで、助けてくれた敷山家も殺せずに、何なら守ってみせる、と?災害のアサシンにバレたら処刑モノじゃぞ?」

「構いません。私は今、走る理由を見つけましたから。」

 

ミヤビは頭に疑問符を浮かべる。理解出来ぬのも無理はない。

アダラスは、俊平の為にこそ、走ると決めた。それが正しい選択だと信じている。

 

「どうするんじゃ、龍寿?」

「今は、猫の手も借りたい状況だ。僕は、名乗り出てくれた彼女を信じるよ。」

 

龍寿は自ら、彼女の立つ場所まで赴いた。そして彼女にその手を差し出す。

 

「よろしく、お願いします、アダラスさん。」

 

「今は、アダラスという名前を捨てます。

私の本当の名前は『雷前巴(らいぜんともえ)』と言います。雷前でも、トモエでも。」

 

「よろしく、雷前さん。」

「こちらこそ、遠坂龍寿さん!」

 

戦力に加わったのは只一人。

されどかけがえのない力。

龍寿は、それが何よりも嬉しかったのだった。

 

「さて、では役者も揃ったことだし、ミヤビらのチーム名を決めるかの。」

「チーム名!?」

「何じゃ龍寿、不満か?こういうのは一丸となった方が良いじゃろう。」

「いや、こういうの、何だかワクワクしないか?」

「そうか、ならば貴様が考えるがいい。」

「なら、『仮面セイバーズ』というのは、どうだろうか!?」

「却下」

「何でぇ!?」

 

ショックを受ける龍寿はさておき、ミヤビはエラルに話を振る。

 

「エラルが決めよ。」

「私はパス。こういうのセンスがないから。充幸、貴女が決めなさい。」

「へ?私!?」

「遠坂、マキリ、アインツベルン、何処が決めても顰蹙を買うでしょう?なら、第四区博物館の貴女が決めるべきだわ。」

「今のエラルも博物館の人間でしょうが!」

「ほら、早くなさいな。」

「そんな、急に言われても……私たちの歪な関係を表す一言なんて…………あ」

 

充幸は何かを思いつき、ホワイトボードに文字を書き殴った。

それは、一つの単語である。

真っ先に声を上げたのは美頼だ。

 

「『relation』、リレーション?」

「そうです。フランス語読みでかっこよく、『ルラシオン』。我々の『契約』という意味です。複雑な関係を表すにはピッタリじゃないですか?」

 

「ルラシオンか、かっこいい」

「良いのでは無いか?」

「ふふ。充幸にしては良いセンスじゃない。」

 

このとき。

 

第四区博物館が。

 

遠坂組が。

 

マキリコーポレーションが。

 

アインツベルンカンパニーが。

 

アヘル教団が。

 

ただ一人の巨悪を打ち砕くため、手を重ね合った。

 

 

対災害共同戦線『ルラシオン』、ここに誕生せり。

 

 

 

【蹂躙編⑦『彼女は何故走るのか』 終わり】

 

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