蹂躙編完結まで、あと4話!
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【蹂躙編⑧『灰の慟哭』】
『緊急放送、緊急放送、災害のバーサーカーの使役獣『鑿歯』『封豨』『九嬰』の出現を確認。警戒レベル5。開発都市第六区市民の皆さん、直ちにパークオブエルドラードへ避難を開始してください。繰り返し通達。開発都市第六区市民の皆さん、直ちにパークオブエルドラードへ避難を開始してください。』
対災害共同戦線ルラシオン、彼らの初陣は想定よりも早くにやって来た。
結束から約二時間、暗闇の中で后羿という焔が空で輝き続けている。
彼は人間の最期の抵抗、その準備を待つ余裕を見せた。
さぁ、魅せてみろ、と言わんばかりに、悪獣を次々と解き放つ。
「てかよ、アナウンスしたところで金持ち連中はシェルターに引き籠っているだろうし、意味あんのか、コレ?」
「先程の会議で、第六区を見限った方々もいらっしゃるそうですよ。后羿が動き出す前に、避難しようと車を出しているのです。」
「かー!どこまでもクソな連中だな!」
「アマゾニア、貴方は足が速いのだから、そういった方々の保護に回って頂きますよ。」
「は?なんでアタシが連中の子守りまでしなきゃならねぇんだよ。」
遠坂組の戦力が並び立つ。
教経と海御前は前線へ。アマゾニアを含めた他サーヴァント達は、救助班へ配属される。
本作戦において重要な役割を担うのは、衛宮禮士とミヤビの二人。彼らは充幸や龍寿、エラルと共に、オペレーションルームへ残る。
そしてもう一人、シェルターの外へ現れたのは、雷前巴。彼女はアキレウスの速度を以て、人命救助と悪獣の進行を食い止める役に買って出た。今の彼女の弱弱しい姿からは想像できないが、アンプルが彼女を大英雄へと進化させる。
〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムライダー』:『アキレウス』現界します。〉
注射針が打ち込まれた瞬間、巴の身体に黄金の鎧が装着され、神々しいフォルムへと変身した。
彼女は神速の足を手に入れ、仁王立ちのまま夜闇を見渡す。既に彼女の目には、排除すべき対象が映っているようだ。
メンバー全員へ一同に与えられた小型通信ユニットから、司令塔である龍寿の声が届く。作戦の概要は把握済みだが、改めて、面々に通達したかったのだろう。
〈悪獣が次々と呼び出されている。ÅとD地点出現の個体については一度スルー。シェルターのあるC及び被害の大きいB地点に現れた悪獣のみの対処に当たってくれ。教経はこちらの指示で、途中離脱。タイミングによって、マキリ製オートマタの解放も視野に入れる。海御前と雷前さんは悪獣の弱点を踏まえたデータから、上手く立ち回ってくれ。不味いと思ったなら、即離脱だ。無茶だけはしないように。炎の雨については、モスマンの宝具で対処する。……運任せだし、場当たり的だが、これが最善策だ。気張ってくれ!〉
「やるしか、無いわね。」
「あぁ。拙者たちが死ねば、それで全てが終わるという事だ。」
「責任重大……ですね!私も頑張ります。」
そして少数先鋭部隊はこの瞬間、走り出した。
上空を舞う数十体のモスマンが、炎の雨をその身に浴びては溶け落ちていく。
C1地点に現れた悪獣は『窫窳』。神々しい毛並みを有する、人面の馬である。
悪獣の中で最も速いそれは、大地を蹴り、シェルターへ一直線に向かう。
数ある英霊でも、この悪獣へ追い付き、追い越すことの出来る者はそう多くないだろう。
現に、教経や海御前、アマゾニアでは、窫窳の進行を阻むことは出来ない。目の前に現れた頃には、胴を食い千切られているだろう。
だが、この場においてただ一人、この悪獣と対等、否、超える速度を出せる者がいた。
「ここは私に任せて、皆さんは先へ!」
神速の英雄『アキレウス』ならば、この悪獣を止められる。
巴は、その澄んだ緑の眼で、最初に窫窳を捉えていた。
そして己の役割を認識し、一人で相手取ることを決意した。
「すまん、頼む!」
「お願いします!」
教経と海御前は先へ行く。
雷前巴が只者では無いことは、一目で分かる。
武に通ずるものであるならば、彼女を足手まといだとは露にも思わないだろう。
むしろ彼女は、ルラシオンの戦力化において、一、二を争うほどに、強い。
だからこそ、信じて、託す。いまは四の五の言っていられる状況では無いのだ。
「さて、お馬さん。追いかけっこですよ。」
窫窳は人間の顔でケタケタと嗤い始める。それが巴には酷く奇妙に思えた。
この悪獣は、アキレウスの力を前にしても、怯むどころか、勝てると考えている。
己の速度への絶対的な信頼がある。対面する互いがそうだ。
ならば、後は比べ合うだけ。競い、勝者を決める。敗北は『死』のレースだ。
巴の目は血走り、緑の線を散らす。彼女は今、明確に笑っていた。
さぁ、開幕のピストルは放たれた。
窫窳は音の速さでシェルターへ突進する。
そしてその背を、巴は全速力で追いかける。
悪獣は黄色、巴は緑の光を残しながら、追い付かれまいと、追い付こうと、第六区の大地を踏み荒らした。
オペレーションルームのモニターでも、彼女らを捉えることは不可能。0・1秒の世界でどのようなやり取りが成されているのか、誰も観測することは出来ない。
彼女が手にした青銅の長槍は、アキレウスの武器であるが、彼女はクラスの性質上、その力の全てを解放することが出来ない。この槍には敵との一騎打ちに持ち込める絶技が内包されており、ヴェノムランサーの適性を持ち、かつアキレウスの成分がこれに呼応すれば発動も可能である。
巴の知る限り、ヴェノムランサーは現在空席である。そしてウラルンはアキレウスの力を引き出せるものの、あくまで盾の力しか振るえない。アキレウスの全力に応えられる人間は現状存在しないという事である。
巴がヴェノムサーヴァントとしてより強ければ、叶うかもしれない。
だが今の彼女は、他の者より劣っている。
キャスターのショーン、アサシンのモゴイは、三つのアンプルを使いこなせる。
セイバーのシュランツァは二人の英霊のアンプルを短時間とはいえ、同時に行使できる。
ウラルンは、アーチャー、シールダーの二つのクラスのアンプルを巧みに使い分かることが出来る。
そして
「くっああぁ!」
巴は悪獣の後ろ脚に蹴飛ばされ、宙を舞った。
アダラスが、巴が、使えるのはただ一人だけ。それこそが大英雄アキレウス。
ならば、この力を極めてやる。彼女はそう誓った。
だが、どれだけ練習を重ねても、実戦経験を積んでも、アキレウスの全力を引き出すことは叶わない。
ヒトを殺したことが無いから?
答えのない問題の自問自答は止まらない。
考えるだけ無駄だと、自分自身に言い聞かせる。
彼女が迷う間、窫窳が待ってくれる訳では無いのだから。
「しっかりしろ、雷前巴!ここは戦場だ!災害先生の教えを忘れるな!」
自身に言い聞かせる言葉。蛇王ザッハークは『常に首元にナイフが当たっていると思え』と告げた。
競争社会において、呆然と立ち尽くす暇はないのだ。寝首を搔かれる前に、他者を騙し、蹴落とさなければならない。
セントラル支部もそう。ヴェノムサーヴァントは友人でも無ければ、家族でも無い。皆が、ザッハークの傍に登り詰めたいと願っている。
今の彼女は災害のアサシンの意思に背く行動をした。だが先生と崇める者の精神性、信念までかなぐり捨てるつもりは無い。
巴は悪獣の背を再び追い始める。
パークオブエルドラードへ到達されたら負け。この場を託してくれた遠坂組の武士たちに感謝を込め、彼女は走り続けるのであった。
※
第六区のB2地点へ現れた悪獣『九嬰』の討伐に当たるのは、海御前。
火炎を齎す獣には、水を操る河童こそ相応しい。
数少ないデータを元に、龍寿に指示を仰ぎながら、海御前は槍を振るう。
『皿を満たすは源の朱、怨の積もらば覆水返らず』
開幕速攻をかける海御前。
悪獣は何度でも復活する。消耗する前に、高火力で払い除けるのが最適解だ。
悪獣の数が一時的にでも減れば、后羿が脅威の排除のために、災具を起動する可能性が高い。
禮士が己の令呪で道を切り開こうとしているのだ。サーヴァントである海御前は絶対的信頼の元に今、力の全てを出し切る。
『此れ称するに『弾丸雨注』!』
海水で形作られた青龍が、針となり、剣となり、九の首をしならせる獣へ降り注ぐ。
この悪獣を包む炎の壁が崩れ去り、肉を、骨を、刺し穿つ。
〈海御前、体内の水分はあとどれぐらいだ?〉
「セクハラですか?」
〈…………真面目な質問だ。〉
「まだ半分は残しています。絞り尽くすのは得策ではありませんから。回復には禮士さまへのハグが、最低十分は必要かと。」
〈それで回復するなら効率が良いな。……本音は?〉
「そうですね。ハグ一時間ですね。世界が滅んでそうですが!」
海御前と龍寿が通信を交わす最中、突如、凶悪な蛇の顔面が突き抜け、彼女の頬を掠める。
九嬰の邪悪な微笑みが垣間見える。悪獣はまだ生きていた。
その体表は炎から、水の膜に包まれる。この怪物は火炎だけを操る獣では無かったのだ。
「まさかの水属性もあり、ですか。」
〈なんだって?封豨と同じか!?〉
「歴史に名を残した獣は大抵、災害と呼ばれていますからね。九嬰も漏れなく、その一柱なのでしょう。」
〈『九嬰』の魔力の変動を感知した。これは……ゲームで例えるならば、第二形態、という奴だ。〉
「成程、先の戦いの、此方と元夫に見せていたのは、遊びの姿という訳ですか。」
九嬰の肉体が赤から青に変化し、取り巻く渦も炎から水へと変化する。
この悪獣は焔を吐く竜の性質を備えつつ、巴蛇や封豨のような洪水を巻き起こす神獣らしき権能を有した。
教経が首を即座に落としたことで一度は倒すことが出来た。が、しかし、こうなってはもはや、切り落としても切り落としても、何度でも首が付け変わる。海河童のような執念深さを持った、文字通り怪獣が誕生してしまった。
水害が、襲い来る。
河童の川流れとはまさにこのことか。
水流の主たる海御前が、九嬰の吐き出す嵐にいとも容易く呑み込まれた。
九つの首がうねり、海御前を食らおうと襲い掛かる。
彼女は巧みにそれを避けつつも、反撃の機会を失っていた。
九嬰は間違いなく、六の悪獣の中でも秀でて強い。
教経と海御前、二人がかりで無ければ、倒し得ぬ敵。
〈教経は現在『巴蛇』と交戦中だ。呼び戻すか?〉
「いや、大丈夫です。」
〈だが〉
「大丈夫と言ったら、大丈夫なのです。平家の女が、この程度の危機に怯む筈が無いでしょう?」
海御前の蒼き眼が怪しく光る。
巴同様、彼女も笑っていた。
逆境は跳ね返してこそである。相手が容易く人を食い殺す悪魔でも、源氏に比べたらどれ程マシか、という話だ。
源頼朝の方が、義経の方が、余程悪魔であっただろう。
海御前は名を残さずに消えた平家の女の生まれ変わり。ならば、壇之浦以外での敗北は許されない。
『皿を満たすは源の朱、怨の積もらば覆水返らず』
〈待て、海御前!宝具を使用する気か!無茶だ!いま数分前に行使したばかりで、更に九嬰はもはや水そのものだ!君の生み出す針千本は発泡スチロールより軽い!〉
「黙ってみていなさい。これが河童の戦です。」
海御前は槍の先端を九嬰の首へと突き刺した。
そして彼女の全身から水を搾り出し、槍の先へ込める。
『此れ称するに『弾丸雨注』!その二!』
弾丸雨注は、水の龍を呼び起こし、無数の針へと変換する宝具。
ただ単純に水の量、流れを変換する『天河破』のワンランク上の絶技だ。
だが、『天河破』はどんな水であろうとも発動できるが、『弾丸雨注』は彼女の体内の水を元にして生成しなければならない。
彼女はいま、九嬰の存在そのものを水へ置換し、自らの使役する青龍へと進化させようとしている。
針を打ち込み、敵を倒すのでは無く、河童の力で対象を海の底へ引き釣り下ろし、同じ怪異にさせようと画策する。
〈后羿の使役獣を、味方に付ける……出来るのか!?〉
「やるしかないなら、やるまでです!此方の水を全て、ここへ注ぎ込む!」
海御前の胸部から溢れ出した彼女を構成する液体全てが、九嬰の体内へ。
血液から洗浄され、体組織を急速に変換する。
九つの首を地面に、海御前に叩きつけ、暴れ回る悪獣。
だが彼女は頭を、肩を、背中を抉られようと、決してその場から退かない。
〈海御前!〉
「此方が、禮士さまへ、繋ぐ!」
槍の先端が光り輝き、九嬰の存在そのものを作り替えた。
これより悪獣は、海御前の水であり、河童であり、青龍となる。
使役できるのは一刻に満たない時間。九嬰が水を内包した怪物であるからこその奇跡。自己矛盾を孕んだ悪獣は、直ぐに海御前の水の排出に注力するだろう。
そうなる前に、海御前にはすべきことがあった。
彼女は空の先を見つめる。
そこにいるであろう存在へ、最大の敬意と敵意を向けて。
「禮士さまのサーヴァントは、此方ただ一人です!」
九嬰の素体を間借りした九頭水龍を、ロケットのように噴射した。
花火のように打ち上がれ。そして届け。
今の后羿には傷の一つも付かない、それでいい。
神に抗う人間が、そこにいることを、ただ覚えておくがいい。
九つの首が跳ねる、跳ねる、跳ね回る。踊る、踊る、踊り狂う。
海と同じどこまでも広がる青色に、水の龍は飛び込んでいった。
そして后羿の放つ赤い炎によって蒸発し、消滅する。
水は炎よりも強い、など太陽の前ではフィクションだ。
海御前の体内で生成された水、そして九嬰は同時に、跡形もなく消え去った。
力を使い果たした海御前は、その場で倒れ込む。
〈海御前!応答しろ!海御前!〉
オペレーションルームでリカリー並びに龍寿は、急ぎ彼女の霊基状態を確認する。
彼女をオアシスから退去させる訳にはいかない。
室内に緊張が走る。
禮士は只一人、彼女の元へ走ろうとする。それを察したエラルは、ロイプケに指示し、禮士の腕を繋ぎとめた。
禮士の肌は水のように常に冷たいが、この時ばかりは、氷のようだった。
「我を失わないで。衛宮禮士。」
「……っ、だが……」
「大丈夫。貴方を残して消えるような、柔な女では無いわ。天下の大妖怪『海御前』でしょう?」
「…………っ」
「水龍の滝登りは、災害にとって無傷だった。でも、無意味では無い、そう思うわ。悪獣の命が一つ消え、人間の意地を見せつけた。『后羿』がこれに応えない訳ないわ。彼はこれから、必ず災具を起動する。そのときが、貴方の出番。」
「俺の……」
「海御前の繋いだ想い、無駄にしないで。」
禮士は深く帽子を被り直す。
そして歯を食いしばり、耐えた。
マーシャが彼に期待したこと、そして届かなかった願い。
彼がこれ以上穢すわけにはいかない。
暴走する后羿を止める。それが禮士の、最期の戦いなのだから。
「取り乱した、すまない。」
「ええ、大丈夫よ。彼女が救護室に運ばれてきたら、ユリウス、貴方の音楽を彼女に聞かせてあげて。精神状態を落ち着かせれば、回復も早まる筈だわ。」
「畏まりました。エラル様。」
龍寿とリカリーとは別のモニターから、残り五体の悪獣の動向を窺う充幸。
強力な悪獣を即時復活させられるリソースは、災害には備わっていないらしい。
ならば今が好機と見るべきか。
后羿が太陽を放つ判断を下すべく、次なる一手を打たねばならない。
顎に手を当て、ドローンの監視映像を睨み続ける彼女は、ある異変に気付いた。
それはシェルター付近へ配置していたドローンの何機か、映像が少し乱れているのである。
磁場の揺らぎか。はたまた、災いの兆しか。
念のため、シェルター付近へ配置した遠坂組の現存サーヴァント達へ通達する。
しかし、彼女の『気付き』は遅すぎた。
通信を立ち上げた瞬間、益荒男たちの悲痛な断末魔が轟く。
オペレーションルームに響く悲鳴、骨が、肉が、抉れる音。
そこに何かがいる。得体の知れない何かが。
「充幸、五体の悪獣は!?」
エラルは急ぎ、充幸へ確認を促した。
すると、遠く離れた山岳地帯へ呼び出された筈の悪獣『鑿歯』が、その場から消え去っていることが分かった。
そしてドローンに映し出されるのは、残虐なる殺戮。
勇士たちが、その肉を剥され、しゃぶられ、食い千切られている。
悍ましい、光景。シェルター内部の人間は、窓の外、その阿鼻叫喚な様に絶句する。
そして悟る、次は、私達だと。
鑿歯は嗤いながら、パークオブエルドラードの外壁を削り始めた。
「何故、鑿歯がここにいるんだ?距離的に、この短時間で辿り着くのは不可能なはずだ!」
「龍寿、鑿歯は自らの足で移動しておらぬぞ。」
「ミヤビ……?」
「后羿と同じじゃ。ほれ、太陽を放ちし災害は瞬間移動し、僅かばかりの時間休息する。同じ原理で、后羿は悪獣を地点間で移動させたのじゃろう。まるでチェスの駒を動かすように、な。」
「そんな馬鹿な……」
「だが無論、全ての悪獣を同時に移動は出来まい。それが出来たら最初にそうしておる。恐らく九嬰の死亡と同時に、九嬰の存在した場所に鑿歯を再召喚したのじゃ。ならば納得できよう?」
「……まるで、軍略ゲームだな。教経を呼び戻す、シェルターの方々を守るのが最優先だ!」
龍寿は教経にコンタクトを取る。現在彼は悪獣『巴蛇』と交戦中。首と尾を用いた多段攻撃から逃れ、C3地点に戻るには全速力でも十数分はかかる。
海御前の状況を鑑みても、鑿歯を何とか出来る者はもはやいない。
シェルターの強度が勝らぬ限り、第六区の全区民が命の危機に晒されるだろう。
「くそ、どうする!?」
「龍寿、マキリのオートマタを使うわ。四の五の言っていられる状況では無いでしょう?」
「暴走の危険性がある。シェルターの近くで使用するのは許可できない。」
「でも、ここままじゃ皆死ぬわよ!?」
「分かっている、だが。それでも、認められない。教経到着まで、あとのサーヴァント達で耐えてみせよう。……僕もルーム外に出て部隊の指揮を執る。」
龍寿の発言に、一同は目を丸くする。
ルラシオンの司令塔たる彼が、生身のまま死地に赴くなど、愚行も愚行だ。
何を馬鹿な、と呆れかえる者が多数。その中で禮士だけは、彼の気持ちを理解することが出来た。
教経の傍にいて、彼の戦いを見てきた龍寿。英雄へ強い憧れを抱く少年の眼差しは、きっと今も変わらない。
力が無い。当たり前だ。でも命尽きるその時は、傍にいて力尽きたい。
だが、当然龍寿の考えは認められない。エラルが、ミヤビが、否定する。
「責任から逃れるために死ぬならお好みの場所でどうぞ。でもね、生きる為の戦いをするなら、命の無駄遣いは認められない。遠坂を牽引できるのは貴方だけなのよ、龍寿。」
「そうじゃな。第一、お主が出た所で犬死にするだけじゃろう。確かに限られた部隊を統率するならば、通信だけじゃと心許ない。戦場の空気、流れはその場にいる者にしか分からぬ故な。サーヴァントを率いて戦った経験があり、かつ、己自身もそれなりに耐久性がある者。今のルラシオンに、そのような将校は存在しない。」
そう、ミヤビは結論付ける。
アインツベルンのオートマタ部隊は僅かばかり。マキリ製は一騎のみ。第四区博物館も、戦力の管理は桜館長に一任している。
そして遠坂の部隊はその殆どが悪獣に殺された。
圧倒的な人員不足。限られたメンバーで、事の収拾に図る他ない。
そこで、我こそはと手を挙げる者がいた。先のミヤビの条件にはあと一歩届かないものの、将としてフィールドに立つことの出来る者が一人いる。
そしてその挙手に驚いたのは、彼女をよく知る者たちだ。
「私が、行きます。戦場へ。」
「……みさっちゃん……!?」
鬼頭充幸は、惨劇の中へ飛び込む決意をした。
エサルハドンの力を宿している彼女は、王としての気質を有する。おどおどしているようだが、その実、カリスマ的手腕で、戦い抜いてきた過去がある。ダイダロスの迷宮において、桜館長に代わり、四騎のサーヴァントを使役し、戦いに挑んだ。
美頼は充幸のことを案じ、反対するが、充幸がこれを制した。
なにより充幸が、そうしたいと思っていたからだ。
その理由は、美頼には分からない。充幸が何故、そうまでして戦おうとするのか。
充幸は外様の人間だと聞いたことがある。オアシス外からやってきて、博物館の戦いに巻き込まれた、と。
ならば、彼女はどうして命を懸けられるのか?
もし、彼女の真の家に帰りたいだけならば、きっとチャンスは幾らでもあった筈だ。
「美頼ちゃん。後は頼みます。モニターで、私の戦いを見守っていてください。」
「みさっちゃん…………」
倉谷さん、というどこか突き放した呼び名から、美頼ちゃんへと変わった。
美頼はそのことが、嬉しくも、不安で仕方ない。
充幸はマキリ製オートマタのトランクを預かり、階段を降りていく。
エサルハドンの権能を使用すれば、毒素に身体を壊されてしまう。
だが、それでも、やるべき時は来たのだ。
賽は投げられた、そう彼女は心の中で呟いたのだった。
※
パークオブエルドラード周囲を飛び回るドローン全てをその巨大な牙で叩き落した鑿歯。
英霊の攻撃をも防ぎきるとされる外壁を削り取りながら、中に住む人間の絶望の声色を楽しんでいた。
もうすぐ、もう間もなく、鑿歯は数多の食料を確保できる。
若い女の肉は好みだ。甘い香りと弾力が堪らない。
悪獣は涎を振りまきながら、破壊活動に勤しんでいた。
だが鑿歯にとって、予想だにしない出来事が起こる。
鑿歯のいるその場所へ、何か得体の知れないものが急接近する。それはこの悪獣にとって不快な存在だ。立ち込める悪臭が鑿歯の食欲を失せさせる。
飛び込んできたのは、同族。同じ悪獣の窫窳である。
走りだけが取り柄の窫窳は、身体中に傷を負っていた。手酷くやられた跡が残されている。
鑿歯はその様に驚き呆れた。事もあろうに、窫窳は何者かから逃げてきたのだ。
伝説の悪獣が、人間如きに追われている。その事実に、鑿歯は軽蔑の眼差しを向ける。
彼らは后羿の使役獣であるが、主と認識していない。圧倒的な力の前に仕方なく頭を垂れているだけ。
そして后羿が許す限りにおいて、彼らは勝手気ままに生きている。殺戮も、蹂躙も、認可の上で行っている。
だが后羿以外の存在に平伏することなど、絶対に有り得ない。あってはならない。
鑿歯は窫窳の恐怖する対象を捉えた。
人間の女だ。神速の力をその身に宿した、強き女そのものだ。
「シェルターまで、逃げ切られるとは、流石です。でも、その傷では……って、もう一体の悪獣!?」
巴は窫窳との一対一の戦闘で、常に優位を保ち切った。
フェイントを付かれ、逃げられることはあったが、もはや心臓部位は穿ったも同然。窫窳は虫の息である。
だがまさか、新たな悪獣と邂逅するとは思いもよらなかった。
アキレウスの権能は疲れ知らずである。巴の持ち前の体力も相まって、まだまだ連続で戦闘することが出来た。
「鑿歯、ですね。データで見ました。窫窳より速度が遅いならば、アキレウスの敵では無い。」
彼女は槍を構え、鑿歯と窫窳の両者を睨んだ。
先に窫窳を仕留め、続いて鑿歯の牙を叩き折る。脳内で戦闘のシュミレートを行う。
対して鑿歯はまたも奇妙な嗤い声を轟かせた。それは高潔な女という美味に出会えたことへの喜びである。
そして、鑿歯はあろうことか、隣にいた窫窳の肉を食らい始めた。
「な……」
巴は呆気にとられる。
同族殺し。これはそのような単純なものでは無い。
鑿歯は心底不味そうな顔で窫窳を貪り喰う。窫窳はその痛みに絶叫した。
そして起こり得ぬことが、起こってしまう。
鑿歯の肉体は見る見るうちに変化し、馬の四足足へと変化した。
それはアキレウスの師、ケイローンを彷彿とさせるフォルム。鑿歯の胴体に窫窳の足が生えたのだ。
「進化……した?」
名付けるならば『嵌合体鑿歯(かんごうたいさくし)』。后羿すらその進化の可能性を知り得なかった。
鑿歯の凶暴性、残忍性、鉄をも切り裂く爪と牙に、窫窳の神速が加わる。もはやこの悪獣を止められるものはいない。
呆気にとられる巴の前、彼女のレンジに一秒で侵入した嵌合体鑿歯は、その拳で彼女の頬を殴り飛ばす。
アキレウスの防御機能が無ければ、只の一英霊であれば、この時点で霊基が消滅している、そんな一撃。
巴は悟る。嵌合体鑿歯の振るう一撃、その全てが宝具級である。アキレウスで何処まで耐久出来るかは不明。だが間違いなく、今の彼女ではこの嵌合体鑿歯に太刀打ちできない。
数十メートル弾き飛ばされた先に、既に嵌合体鑿歯は待ち構えていた。巴は次の攻撃をぎりぎりの所で躱し切ると、新体操のような軽やかな宙返りで距離を取ってみせた。
「マズイな……」
巴は殴られた後の頬を擦りながら、悪獣の動きを見届ける。
アキレウスの目を以てしても、捉えきれない。
否、これは巴の力不足だ。彼女がアキレウスそのものであれば、このような逆境、屁でも無い筈。
だが事実として、現在の実力では到底敵わない敵だ。
アンプルを複数使いこなせない彼女には、もはや手はない。
何とか逃げ切り、第五区へ戻るか?
そんな邪な考えが突き抜ける。
「馬鹿か、私。もう帰る場所なんて無いでしょうに。」
敷山一家を、守ると決めた。
彼女が退けば、それは即ち、シェルターの内部の人間全ての死である。
ならば、ここで悪獣を止めなければ。
この速さに付いて行けるのは、彼女ただ一人なのだから。
嵌合体鑿歯の身体に、魔力の渦が巻き起こる。
后羿から与えられし、悪獣の発動できる絶技、『獣具』の波動。
瞬足の牙。これに触れた者は、たとえ神霊と言えど、ひとたまりもない。
キメラと化した悪獣から逃れる術はない。
巴はアキレウスの盾を生成し、防御態勢を取る。
宝具『蒼天囲みし毒世界(ヴェネミウス・コスモス)』を顕現させ、極小世界で嵌合体鑿歯の獣具を防ぎきる。
どこまで通用するかは分からない。最悪の場合は即死である。
巴は覚悟を決めた。彼女の背には守るべき場所。退くことは許されない。
そして獣具『血涙寿華(けつるいじゅか)』が起動する。
走り出した嵌合体鑿歯。そして盾を構えた巴。
戦いは秒速の世界へ突入する。
走馬灯のような時間。巴は体内に流れる毒を放出し、その腕に纏わせた。
巨大な牙がゆっくりと迫りくる。大地を、海を、空を、切り裂いてしまう程の、凶器、そして狂気。
后羿という英霊は、このような災厄と幾度となく戦ってきたのだろう。
何故そんな彼が、人類の敵として立ち塞がったのか。
災害の庇護下にいれば、人間は幸せになれるというのに。
人間はそれでも、武器を取り、戦う決意をする。
「私は」
何の為に?
決まっている。
昨日より、ほんの少しで良い。速く走れるようになる為だ。
走ることが気持ちいいと、思える環境で無ければ、意味がない。
昨日の自分に、勝ちたいだけ。
今の自分の、誇りたいだけ。
もしここで、死んだとしても、悔いはないと叫びたいだけ。
「アキレウス先輩、力を、貸してください……」
アキレウスは応えない。
分かっている。英霊そのものが共に戦ってくれる訳では無い。ヴェノムはその力のみを抽出する合理的なシステム。
人間が協力し合うとき、そこには何らかの不合理が交じり合う。
感情を宿した生き物が手を取り合う以上、仕方の無いことだ。
だが、どこか機械的なのも、今の彼女には寂しく感じられた。
共に戦う仲間が、傍にいたなら、どれ程、どれ程に頼もしかっただろう。
裏切者にその居場所は無い。それが事実だ。
彼女は唇を噛み締め、盾を大地に突き立てた。そして、その絶技の解放を口にする。
その時だった。
嵌合体鑿歯の上空から、雷撃の矢が降り注ぐ。
悪獣の必殺獣具はこれにより掻き消され、世界は元の時間に戻った。
第三者の介入。何者かが、巴の味方をしたのだ。
そして巴の背後に現れた人物。
それは彼女も良く知る相手である。
「ウラルン…………せんぱい?」
ヴェノムアーチャー『ケイローン』の力を宿した少女、ウラルンがそこに立っている。
後輩であるアダラス、巴を守る為に、その権能を振るったのだ。
巴はウラルンが助けてくれたことに、驚きを隠せなかった。
巴は教団を裏切った。まだそのことを、ウラルンは知らないのかもしれない。
だから、もし真実が明らかになれば、巴の命はない。
「ウラルン先輩…………私は……」
それでも、巴は真実を告げようとする。
大好きな先輩を裏切ってしまったこと。
それを嘘で塗り固めて無かったことにすることは出来ない。
悪い意味で、彼女は素直だ。
「雪匣」
「……え?」
「入谷雪匣。私の名前。今は、ね。」
違う。
違った。
ウラルンは、巴の裏切りを知っていた。
その上で、彼女を守った。
先輩として、巴を救ったのだ。
それが、巴にとってどれほど嬉しかったか、頼もしかったか。
彼女は目に涙を浮かべる。
そして雪匣は、その頭をゆっくりと撫でた。
「雪匣先輩っ……」
「いくよ、巴。一緒に。」
「っっっはい!」
嵌合体鑿歯の前に、アキレウスとケイローン、二人のヴェノムが揃い立つ。
もはや、巴にとって悪獣など脅威では無かった。
傍にいて、戦ってくれる余りにも頼もしい存在がいる。
いざ尋常に、勝負開始。これからが本当の戦いだ。
走り迫る嵌合体鑿歯。
再び獣具『血涙寿華』を起動し、纏めて始末しようと画策する。
巴はこの悪獣に対し、一直線に走り出した。
取り出したるは長槍一本、一見、無謀な突撃のようにも思える。
雷前巴の思考は、何処までも続く青い天の如く、空虚であった。つまり、無策、である。
策を弄したのは雪匣だ。巴は彼女をただ信じ、真っ直ぐに突き進む。
嵌合体鑿歯はその鋭利な刀剣の牙で、巴に襲い掛かった。
獣具の波動が巴の肌を熱量で焦がす。
「(凄まじい覇気、だけど!)」
巴は知っている。
『血涙寿華』は、巴の心臓には決して届かない。
目の前に迫る牙。
そして、彼女の右頬のすぐ傍を、光の矢が通り抜ける。
宙に一本の光線が描かれた。彼女の背後から放たれる、正確すぎる射撃。
雪匣の几帳面さを表す様な一撃だ。
嵌合体鑿歯の切り札、堅牢なる牙はこの瞬間、砕かれた。
そして巴は、追い打ちをかけるように、長槍を刺し穿つ。
鑿歯の折れた切先を尻目に、巴の槍は十メートル単位で悪獣を吹き飛ばした。
「いまだよ、巴。」
「はい、雪匣先輩!」
走り出した雪匣の掌に、野球選手ばりの投球でアンプルを投げ渡した巴。
そして雪匣は、自らの胸部にそのアンプルを注射した。
〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムシールダー』:『アキレウス』現界します。〉
そして雪匣は、アキレウスの力を宿した。
ここに、二人のアキレウスの権能が現れる。
雪匣は注意力を失った嵌合体鑿歯の背後に回り込み、所持した盾を押し付けた。
そして前方には、巴が盾を有し、走り込む。二つの巨大な盾によるサンドイッチ。プレスされるのは悪獣の凶悪な肉体である。
「ダブルアキレウス!宝具起動です!」
巴の掛け声で、二人は同時に宝具を起動する。
極小世界の顕現。敵の肉体に打ち込み、世界そのもので内臓全てを押し潰す。
そして今回は前後から起動される。悪獣にもはや逃げ場は無い。
『蒼天囲みし毒世界(ヴェネミウス・コスモス)』
二人の声は重なり合う。
巴は緑色の閃光、雪匣は白の閃光が迸った。
嵌合体鑿歯の肉体は内側から破裂し、肉片になるまで解体される。
飛び散った血液は天に届く程の勢いだ。
この悪獣がこれまで食らい尽くして来た悲しみの全てが、この大地に還っていく。
二人は全身に赤色を浴びながら、達成感に酔いしれた。
「巴」
「何ですか、雪匣先輩」
「臭い。」
「お、女の子に言っちゃだめですよ!そ、それを言うなら雪匣先輩も、血の匂いが凄いです!」
「お互い、臭うね。」
「…………ええ、シャワーに入りたいです。」
雪匣は再び、巴の頭を撫でまわした。
巴はくすぐったそうに笑う。
「(ああ、雪匣先輩は、本当に優しい)」
巴はその温かさに嬉しさと、感謝を覚える。
が、それと同時に、少しだけ冷たいものが流れ込んだ。
かつての記憶。
彼女がゴールテープの先で手を伸ばした相手。
走る喜びを与えてくれた、陸上部の先輩。
巴の、今なお褪せることの無い初恋。
「(鉄心先輩…………私は……)」
鉄心と雪匣、理想のカップルの噂を聞き、彼女は只一人、絶望の淵に叩き落された。
彼女が走る目的を失った、本当の理由。
巴の頭を優しく撫でてくれる、かつての先輩はもう……
「巴?」
「……っ!何でしょう?雪匣先輩!」
「ここは少し危険、だから離れた場所へ行こう。」
「そ、そうですね!行きましょう!」
いけない、いけない。
鍵をかけておかなくちゃ。
巴は想いの全てを箱に閉じ込める。
このタイムカプセルは、開いてはいけないパンドラの箱。
彼の温もりが、巴を包み込むことは決して無いのだから。
※
『九嬰』『窫窳』『鑿歯』、そして教経の手によって『巴蛇』が討伐された。
残すは『封豨』そして『大風』のみである。
だがそれらが討伐される前に、災害である后羿は動き出した。
空を飛び回るモスマンが全て焼き尽くされ、后羿は再び弓を手にする。
放たれるのは、第三の太陽。
災具『后羿射日』は三度為されるのだ。
そして彼のいる空を仰ぐものが一人。
彼を止める為に立ち上がった男。
彼の思いを受け入れ、止めてみせると誓った男。
衛宮禮士は、その手の甲に宿る三画の痣に、祈りを込めた。
身体が焼き尽くされるような感覚。
だがそれは幻だ。太陽を落とす神への畏怖そのものでしかない。
恐れる必要は無い。頭を垂れる必要も無い。
倒すべきはかつての相棒。禮士の全てを賭け、この任務を遂行する。
『令呪を用いて、我が友へ命ずる。第八等太陽を射出せよ。』
サハラの戦争で失われたはずの三画、何故彼の身に宿っているのか。
もしこれが天の恵みであるならば、この場における選択は意味のあるものの筈だ。
「マーシャ、俺はもう、逃げないよ。」
一画目の令呪が消失する。
后羿とのパスを通して、その意思の変化を読み取る。
今の禮士ならば分かる。友の考え、友の選択、友の成すこと全て。
そして后羿の放つ太陽の格を正確に捉えた。
放たれるのは第八等。
即ち、第一の関門は突破である。
「よし……っ!」
禮士の読みとは裏腹に、いとも容易く願いは通じた。
後は残りの二画を用いて、着弾場所を指定するのみだ。
『令呪を用いて、我が友へ再び命ずる。開発都市第六区湖水場方面へその力を振るい落とせ!』
その場所はÅ1地点。もっとも被害の少ない場所だ。
ここならば、逆転の可能性は大いにある。
放ったと同時にモスマン部隊を再投入。后羿の位置を捉えた後に、教経を空へ向かわせる。
大丈夫だ、上手くいく。そう何度も心の中で呟いた。
不安を掻き消せ。決して絶望するな。友への餞は、泥臭くも美しいものでなければなるまい。
禮士は再び、后羿の意思を確認する。
后羿の弓が向く場所、それこそが、太陽の着弾地点。
Å地点であれと祈る。令呪の命令であるならば、災害と言えど従わざるを得ない。
そう信じていた。信じていたかった。
「……っ」
弓の向く先。
それはよりにもよって、最悪の場所。
C3地点、パークオブエルドラードと遠坂組総本山が聳えるその場所だ。
第八等と言えど、中核に落ちればジエンド。彼らは皆死亡することとなる。
「クソ!何故だ!」
禮士は最期の一画を注視した。
これが本当の最期。ここで后羿が命令に背けば、彼らの戦いは終わりを告げる。
「頼むぞ、この世界が、終わって良い筈が無い!」
禮士は重ねて、その願いを口にする。
その刹那。
彼の手の甲はオレンジの火に包まれた。
「なっ!?」
傍にあった水道で、その手の炎を洗い流す。
火傷は負ったものの、酷い外傷にはならずに済んだ。
だが、彼は絶望する。
三画目の令呪は、后羿の焔に焼かれ消失した。彼から、頼みの綱のパスをねじ切られたのだ。
「馬鹿な……」
禮士の元へ駆けつける龍寿、ミヤビは、その状況を見て絶句する。
悟ったのだ。禮士が失敗したことを。もう、第六区に未来が無いことを。
第八等太陽の射出。
夜の黒き空が消え、真昼のような明るさに切り替わる。
太陽が、出現した。
ゆっくりと、着実に、赤いメテオは落ちてくる。
「禮士」
「すまない、すまない、龍寿、俺は……」
「悪いな。全部君に背負わせてしまった。」
龍寿は禮士を背後から抱き締めた。
男から抱擁される君の悪さは感じない。そこにあるのは慰めと、ヒトの持つ温かさ。
これから失われる全てがそこには詰まっている。
「車を回せ、龍寿。我々ルラシオンだけでもA地点まで逃げ切るのじゃ。」
「ああ。直ぐに手配する。だが、逃げ切るのは君たちだ。」
「何?」
「僕はここに残るよ。シェルターの皆様が逃げ切るその時まで、ね。」
「お主……」
「さぁ、皆さん。直ぐに僕が遠坂組の車両を用意します。まず先に逃げて、次の手を打ってください。大丈夫、皆さんの団結があれば、必ず、必ず生き残ることが出来ます。僕もすぐに追いかけます。」
「龍寿様!僕も!僕も残ります!」
「駄目だよ、リカリー。君の役目は、后羿が弱体化したその時だ。遠坂組がみんなで残ったら、士気も乱れるだろう?」
龍寿は終始笑顔だった。
誰もが、彼の運命を悟った。
もう、彼は助からないのだと。
死ぬつもり、なのだと。
だから誰も声を上げることは出来ない。龍寿がそれを許さない。
龍寿は通信を立ち上げると、外へいる者たちへ呼びかけた。
「アマゾニア、聞いていたかい?君は、海御前を連れて、先にA地点へ向かってくれ。君の足なら問題ないだろう?」
〈てめぇ、死ぬつもりじゃないだろうな。〉
「勿論、生きるつもりだ。でも、遠坂組当主としての責務は果たすよ。」
〈馬鹿が!あんな腐った連中を守って何になる?シェルターのゴミ共なんざ捨て置いて、お前は〉
「アマゾニア」
〈…………お前は、生きなきゃ駄目だろうが。〉
「……そうだね、頑張るよ。」
龍寿は続いて、大切な相棒へと呼びかける。
「教経」
〈……〉
「頼んだよ、ヒーローは君だ。」
〈…………龍寿、英雄になる条件は、決して自己犠牲では無い。努々忘れるな。〉
「はは、仮面セイバーは手厳しいな。」
外にいる充幸と、部隊の者たちへ通達した龍寿は、通信を落とした。
この場所そのものが炎に焼き尽くされる。
彼は名残惜しそうに、モニターの先を見つめていた。
退避命令を受けたアマゾニアは、海御前のいる場所へ急いだ。
九嬰との戦闘の末、己の水を使い果たした彼女。
アマゾニアは彼女のか細い身体をゆっくりと起こした。
「救護は必要か?」
「だいじょうぶ、です。河童の生命力を舐めないで。あと数十分もすれば、大地の恵みを受け取って、ある程度は元通りになります。『弾丸雨注』は、もう使えないですが。」
「残念だな。数十分後には、世界の命運は決してるってよ。」
「そうですか。役立たずですみません。」
「ちげぇよ、本当の役立たずはアタシさ。すまねぇな、何もしてやれねぇ。筋肉じゃ解決できないことも、あるもんだな。」
アマゾニアは寂しそうに笑ってみせた。
海御前は彼女の瞳の中に宿る、渦巻いた何かに吸い寄せられる。
「ねぇ、アマゾニア。もしかして、貴方。」
「海御前」
アマゾニアはその場にしゃがみ、力なく笑う。大妖怪には、きっと全てがお見通しなのだろう。
「悪いな。アタシは、もう、無理だ。」
アマゾニアの手は、震えていた。
凡そ英霊とは思えない、人間らしい反応。彼女を、大いなる恐怖が支配している。
「アタシの前で、沢山の仲間たちが死んでいった。みんな、みんな死んじまった。そして龍寿もきっと、死んじまう。震えが止まらないんだよ。太陽が落ちてくるなんてさ、本当馬鹿げているよ。どんな敵よりも恐ろしい。あぁ、怖い。アタシは、死にたくないんだよ。生きる為に恥と外聞を捨て戦ってきたアタシには、英雄の誉なんざ存在しねぇ。なんで、アタシなんかが召喚されたんだ。なぁ、どうしてだ?」
「その答えは、自分で見つけるしか無い筈よ。」
「分かっているさ。ああ、分かっている。だから、すまねぇ。」
アマゾニアは海御前を突き放した。
そして彼女に背を向ける。
「アマゾニア」
「許してくれ、アタシを。どこまでも遠くに逃げるアタシを、どうか、許して。ごめんなさい、ごめんなさい。」
「アマゾニア!」
アマゾニアは駆け出した。
彼女のスピードを以て、どこまでも遠くへ走り抜けていく。
彼女を止める者はいない。
彼女の心の闇を、受け取る者は、いない。
そして少しばかりの時間が経過した。
太陽が迫る中、遠坂組の車は手配される。
次々と乗り込んでいくルラシオンメンバー、龍寿だけが、その場に残る。
否、もう一人、彼の隣にいる者は、彼と心中する覚悟を持った男。
衛宮禮士もまた、この場に残ることを選択した。
これこそが彼の贖罪。龍寿を一人で逝かせる訳にはいかない。
友として、最期の決意を固める。
無論、その事実を海御前は知らない。
「禮士、本当に、決めたんだね。」
「ああ。でも、生きるつもりで戦うんだ。それは龍寿も同じだろう?」
「勿論だ。足掻いてやるさ。最期の瞬間までね。」
リカリーは龍寿の指示で、居残りを禁じられる。
だがそれでも駄々をこね、最期までオペレーションルームから離れようとはしない。
今も他の者たちの指示を無視し、モニターを噛り付くように見つめている。
「リカリー、出発の時間だ。」
「いや、動きません。僕も、龍寿様と共に!」
「だから、何度も言っているだろう?幹部たちまでいなくなったら、遠坂組は崩壊するじゃないか。」
「分かっています、分かってはいますとも。ですが、これは僕の折り合いが付けられない感情の所為です。離れてはいけないと、心が叫んでいるのです!」
「いいから、行くぞ、ほら。」
龍寿はリカリーの腕を取り、無理矢理歩かせる。
だがリカリーは抵抗する。お菓子売り場から離れまいとする小学生のように、足をばたつかせた。
「ガキか!」
「ガキです!」
そんな微笑ましい(?)やり取りが続く中、オペレーションルームに異常を知らせるアラートが響き渡った。
残り二体の悪獣に動きがあったのか、はたまた、后羿が何かをしでかしたのか。
答えはどちらもノーである。
二人は急ぎ、モニターを確認した。
そこに移されていたビジョンは、余りにも信じ難いものだった。
第八等太陽の進路が、大きく逸れたのである。
「は?」
「何で、ですか?どうして、この、方向って、A地点!?僕らが当初目指していた着弾地点ですよ!」
「何が起こったんだ?まさか、禮士の令呪が今になって効いたのか?」
「いや、違う。」
二人の背後から現れた禮士が答える。彼のパスはズタズタに引き裂かれた。后羿が恩情で彼らを救うような真似をする筈が無い。
何か外的要因が作用した筈だ。彼らはA地点を飛ぶドローンへと映像を切り替える。
湖水場のほとりで、大木に寄り掛かる人の影が見て取れる。
それは、彼らのよく知る顔であった。
「アマゾニア……」
アマゾニアは海御前を連れ、一足先にA地点へ向かっている。
即ち、この場所へ太陽が進路を変更した以上、彼女らの身が危ない。
リカリーは直ちに通信を立ち上げ、アマゾニアへと呼びかける。
「アマゾニア!聞こえますか!直ちに、その場所から避難してください!理由は不明ですが、太陽がその場所へ進路を変えました!落ちてきます!」
〈ふっ、いいのかよ?アタシがそっちへ向かったら、太陽も追っかけてくるぜ?〉
「は?」
〈あぁ、海御前なら心配ない。アイツには、生きててもらわなきゃな。その場に置き去りにしてきたよ。〉
「どういうことだ、説明をしてくれ、アマゾニア。」
龍寿もリカリーも状況を飲み込めない。
禮士ただ一人が、アマゾニアが『為した事』を理解した。
〈武蔵坊弁慶との戦いを忘れたか?〉
「弁慶、と言えば、アマゾニアが彼の武器を受け止め、その間に海御前が宝具で止めを刺した……」
「そうだ龍寿。アマゾニアには、強力なスキルがある。剣闘士としての、スキルだ。」
「グラディアトリクスの……まさか……」
〈そうだよ、やっと気付いたか間抜け。一対一の勝負へ持ち込むスキルだ。これにより、太陽を好敵手とし、アタシのコロセウムに放り込んだ。アタシが立つ場所が、太陽の落ちる場所だ。〉
三人は言葉を失った。
その無茶苦茶なターゲット絞り込みスキルもそう。
だが何より、これによって彼女の死が確定してしまったのだ。
アマゾニアは、孤独に、死にゆくのだ。
「何を、何をしているのですか!アマゾニア!避難を!避難を!」
〈馬鹿が、リカリー、いい加減理解しろ。太陽はアタシがいる場所に落ちてくる。もう、この未来は変わらない。〉
「そんな……」
〈じゃあな。後は、任せた!〉
アマゾニアは通信を落としたのち、所持していた短刀をドローンに投げつけた。
オペレーションルームの映像はロストし、彼女の最期を見届ける者は、もはや誰もいない。
そしてルラシオンのメンバーにも、その事実は伝えられた。
悲しむ者、憤る者、悔しさを吐露する者、反応は様々である。
皆が、アマゾニアを案じ、彼女の死に絶望した。
そして救助された海御前が、誰よりも、深い悲しみを負っていた。
気付いていた。アマゾニアの真意に。彼女だけが気付いていた。
アマゾニアは心の底より、生存を願っていた。
だが、自ら死を受け入れた。
それがどれだけの覚悟を持ったものだったか。
アマゾニアの最期の言葉。
「許してくれ、アタシを。どこまでも遠くに逃げるアタシを、どうか、許して。ごめんなさい、ごめんなさい。」
狼狽した彼女の、最初で最後の優しい嘘。
海御前を救う為の、余りにも下手くそな虚言。
「アマゾニア、貴方が逃げる訳無いじゃない、馬鹿ね。」
海御前は涙を流した。
太陽がもう間もなく落ちる、その時。
絶望する彼らへ、アマゾニアの声が届いた。
※
湖水場にて、アマゾニアは一人汗を流している。
水はもうとっくに蒸発した。
やがてその身体に火が灯り、跡形もなく消し炭になるだろう。
そして遺灰は風に流され、旅立っていく。
否、太陽の熱は灰すらも残してくれないだろうか。
「海御前、気付いてやがったな。」
少し悔しい。
でもそんな友人が少し誇らしい。
「さて、まぼろし、じゃない、まろばし、だったな。落ち着いて、冷静に。」
アマゾニアは最期までクールに生きるのだ!
龍寿のいうヒーローとはきっと、このような者を指すのだろう。
彼女は大きく胸を張ってみる。
じりじりと肉が焦がされる感覚、あぁ、それすらも誇らしい。
「そんな訳無いだろ、アタシ」
嗚呼、何をやっているんだ。
どうして、このような馬鹿な真似をした。
逃げればよかった。もう遅いが、逃げてしまえば良かった。
英霊らしい?ヒーロー?クソくらえだ。
喉はとっくに乾き切った。熱さで思考が鈍ってゆく。
何故、アタシがこんな目に。
いつもそうだ、アタシは何も残さない、残せない。
あぁ、怖い、目を開けると眼球が燃え尽きてしまう。
「あ……」
近い。
太陽が、近い。
もしかして、アタシは死ぬのだろうか?
また、独りで死ぬのだろうか?
水が欲しい。
水が、欲しい!
海御前はどこだ?
海御前は、いま、どこで何を?
アタシを置いて逃げるなんてマネはしないよなぁ?
あれ、アタシが置いてきたんだっけ?
アキリアは、
アキリアはどうした?
あぁ、お前も同じスキルを持っているだろう?
アタシと変わってくれ。この場所を代わってくれ。
暑いんだ。
すごく、暑いんだ。
「あぁ…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない
「あ」
身体が燃えていた。
アタシの身体は、燃え始めていた。
地獄のような時間が始まる。
それは生前よりももっと酷い、あまりにもな拷問時間。
アタシが何をしたって言うんだ?
男に嬲られ、コロセウムに立たされ、見世物にされ、挙句殺されたアタシに、
神様って奴は、何を求めているんだ?
あぁ、どうしてアタシは戦っていたんだっけ?
第六区の金持ち共は腹立たしい奴ばかりで。
遠坂組の連中も、アタシとアキリアに暇な仕事を押し付けて。
じゃあ、いつの間にかアキリアが死んでいて。
アタシは何故か、太陽に焼かれて死ぬ。
本当、意味わかんねぇよ。
アタシ、何でこんな頑張ったんだっけか。
頭に浮かんできたのは、下らねぇ男の、下らない世迷言だ。
「何だ?別動隊全員でポーカーでもしてろってか?」
〈まぁまぁ、サーバールームの守護任務も、基本的には待機と変わらないでしょう?〉
「あの時はアキリアがいたから暇じゃなかったんだっつーの。リカリー、お前、アタシを舐めてやがるな?」
〈そんな訳ありませんよ。貴方は遠坂組の、そして僕の希望ですから!〉
「希望、ねぇ」
〈フレー!フレー!アマゾニア!ですよ!〉
「何だソレ。」
「遠坂組の、アイツの、希望、か。」
あー、忘れてたな。
アタシ、結構アイツらのこと気に入ってたんだ。
ヒーローに憧れているけど、空回りがちな龍寿。
泣き虫で弱虫なくせに、龍寿と命を共にしようとするリカリー。
何考えてるか分からないけど、指揮官としてセンスのある禮士。
馬鹿でけぇ乳の割に、俊敏な友達、海御前。
何から何までかっけぇ教経。
アタシ、意外とあいつらのこと、好きだった。
だから、アタシの死は、孤独なんかじゃない。
身体が灰になろうと構わない、そう思えたんだ。
さぁ、最期の仕事だ。
気合を入れろ、アマゾニア。
お前の取り得は、足が速いこと、そして声がでかいこと。
なら、今できることは何だ?
アイツらのことだから、アタシが死ぬことに負い目を感じてやがるだろう。
絶望なんてされちゃたまんねぇ。
辛気臭い顔は似合わねぇだろ。
アイツらは明日も明後日も、生きていくんだ。
なら、アタシは景気よく、見送ってやらなきゃな。
アマゾニアは焼き尽くされながら
大切な者たちの為に、叫んだ。
彼女の声は、第六区の全ての者たちへと届く。
彼女の、最期の絶叫、最期の祈り
「 フ レ ー ! フ レ ー ! ト オ サ カ ! 」
それは応援だった。
彼女の最期の声が、絶望であってはいけない。
だから、彼女は希望を口にする。
何度も、何度でも、
「 フ レ ー ! フ レ ー ! ト オ サ カ ! 」
「 フ レ ー ! フ レ ー ! ト オ サ カ ! 」
「 フ レ ー ! フ レ ー ! ト オ サ カ ! 」
それは遠坂組として戦った者たちへの讃歌。
灰の慟哭。
命を燃やして、希望を繋ぐ。
アマゾニアは消滅するそのときまで、声を枯らし続けた。
「ああ、アキリア、やったぞ、アタシは」
もはやそこに、彼女の姿は残されていない。
あるのは、巨大なクレーターと、僅かばかりの灰である。
遠坂組戦力の一角、剣闘士アマゾニア、ここに散る。
【蹂躙編⑧『灰の慟哭』 終わり】