エピローグ含め、蹂躙編完結まであと三話!
今回の話は少し難しいかもです。フィーリングで読んでください。
感想、誤字等ありましたらコメントにお願いします。
過去
遥か遠きフランスの地。
青い目の男は、宝具を起動する。
それは私という醜い存在を白日に晒す絶技であった。
「これが奴の真実、正体だ。本当の名なぞ存在しない。奴はエサルハドンであったはずの名もなき民の集合だ。そうだな、王の代替品……即ち『身代わり王』だ。」
失われていく。
全てが、失われていく。
私は、アッシリアの女帝、エサルハドン。
栄華も尊厳も、数多の憎しみも、『彼』に徴収される。
「……私と、戦う選択をするか、娘。」
「どうして、あの時、エサルハドンが召喚に応じてくれたか、今なら分かる気がするから。彼女も私と同じ、奪われた者であるなら、もうこれ以上貴方に徴収される訳にはいかない。」
指の一本すら満足に動かせない、役立たずなサーヴァント。
その目前に立ち、優しい鬼は力を解き放つ。
それが彼女の寿命をすり減らす選択だとしても。
私の目の前で、戦い始める二人。
一匹の悪鬼と、悪逆の皇帝『アウラングセーブ』。
驚くことに、私のマスターは、サーヴァントを相手に互角だった。
命を削って、戦っているんだ。
どうして、そこまで。
どうして、彼女は……
どうして。
「コロス……オマエヲ…………」
「『身代わり王』を守り、何になる。もはや勝利は無いというのに。」
そうだ。
人食らいの鬼には、聖杯に託す願いがあったのだ。
呪いに打ち勝ち、生きていく。
普通の女の子になる、そんな夢が。
僕は、私は、立ち上がる。
驚く程すんなりと、その身に力が入った。
我らに願いなどは存在しない。エサルハドンの夢は、この身体を構成する全ての『身代わり王』たちが棄却する。
為すべきことは一つだ。
為すべきことは、ただ一つだ。
「充幸!」
鬼頭充幸を存続させる。
鬼頭充幸を生存させる。
幸せな、一人の女の子にする。
俺たちは、僕たちは、私たちは、我らは、その為だけに戦うのだ。
そして走り出す。貴方を救う為に、走り出した。
聖杯戦争は続き、その果てへと至る。
「充幸、大丈夫ですか、充幸!」
「アサシン……傍にいてくれたんだ。」
アウラングセーブと、そのマスター、そして聖杯は消失。
充幸と『身代わり王』は彼らに勝利した。だが、失うものは大きかった。
全てが、遅すぎた。間に合わなかった。
充幸の体内で暴れ出す悪鬼。彼女という人間の死は近い。
充幸の夢は潰えた。彼女の運命は、変えられない。
「アサシン、お願いがあります。これは私の余りにも身勝手な願いです。それを聞き入れてくれるかどうか、全て貴方に委ねます。」
充幸の願いはただ一つ。
『身代わり王』に、鬼頭充幸の人生を請け負わせること。
これから悪鬼へと生まれ変わる少女の、幸せな日々の代理人となること。
幸せが充ちるその時を、迎える、ただそれだけの為に。
『身代わり王』は受肉する。
人間となり、仮初の身体を捨て去った。
「アサシン、いや、貴女は充幸。私と同じ名前。ねぇ、充幸、『生きて』。きっともう、誰にも奪われないよ。貴方の幸せは、貴方だけの……」
「はい、充幸。私は生きていきます。貴方の分まで、末永く、生きていきます。」
涙の決別、そして、『身代わり王』の第二の人生が始まる。
鬼頭充幸として、彼女はこれから先も生きていく。
物語は、どこまでも、続いていくのだ。
本当に?
「あぁ、なんて悍ましい笑い話だ」
エサルハドンは嗤う。
そうだ。これはそんな美しい『献身』の物語ではない。
エサルハドンだけが知っている。
『身代わり王』は取り返しのつかない間違いをした。
幸せが充ちる時、それは決して手に入らないというのに。
【蹂躙編⑨『幸せの充ちる時』】
アマゾニアの勇姿を見届けた共同戦線は、空に浮かぶ災害を一同に睨みつける。
彼らに許された逆転劇は、僅か三分にも満たない時間。
ここで決めなければ、二度とチャンスは訪れない。
火の玉に包まれた后羿は、その瞬間、空間を超越する。
開発都市第六区の上空、その何処かの地点へ再召喚されるのだ。
「ミヤビ!」
龍寿の声を聞き、ミヤビは能力を行使する。
目を瞑り、遥か遠い先の先へと神経を集中させた。
猛禽類が上空から得物を狙いすませるように、地区そのものを俯瞰する。
そして
「見つけた。かなり近いぞ。C2ポイントじゃ。燃える炎が消え去り、消耗しておる。今が絶好の機会じゃよ!」
「よし、モスマン部隊、出動だ!」
空を往く、巨鳥の群れ。
その一体に教経はライドする。
同じく、残された遠坂組部隊メンバーも跨り、一斉に飛び立った。
充幸は禮士の運転する車へと乗り込み、モスマンの群れを追いかける。
龍寿、リカリー、ミヤビはオペレーションルームで作戦指示。
エラルはマキリ製令呪のバックアップを開始する。
そして美頼は、ロイプケと共に負傷者の受け入れと、看護の応援へ向かった。
禮士の運転する車にて、充幸は助手席へと座る。
彼とは事務的な話しかしてこなかった為か、ここでは互いに沈黙が続いた。
だが耐えきれなくなったのか、充幸がそれを破り、口を開いた。
「禮士さんは、このオアシスのことを、どこまで知っているのですか?」
「というと?」
「災害のサーヴァント『后羿』の元マスター、なのですよね?」
「ああ。かつて俺はモーリタニアの地で聖杯戦争に参加した。そのとき、バーサーカーのマスターだったよ。」
「モーリタニアから、このオアシスへ?」
「……到達するまでは、そう時間はかからなかったよ。人間なんとかなるものさ。だが、ここに着いてからが長かった。……もう、何年生きたか覚えていないよ。不老不死、では無いが、それに近い霊薬を飲まされたからね。」
「薬を、誰に?」
「后羿さ。アイツは俺に倒されることを望んでいた。勝手な奴だよ。俺はアイツに恨まれていたし、愛されていた。だから『生存』という呪いをかけたんだ。」
「生きる、呪い」
「あぁ。死ぬ方が幾分かマシだった。でも俺は生きるしか無かった。託されたからね。」
禮士はブレーキを踏み、車を停車させる。
最高速度で飛ばして来たからか、まだ一分しか経過していない。
否、もう一分経ってしまったと考えるべきだろう。
彼らは車を降り、空を見上げた。
既にモスマン部隊による攻撃が開始されている。
空に浮かぶ后羿へ向け、人をゆうに超える巨体で特攻するモスマン。
その中には、教経や部隊メンバーもいた。
「……これは…………」
充幸は空で起こる一瞬一瞬の出来事に唖然とする。
そして禮士は、悔しそうに毒づくしかなかった。
通常の英霊級までその格を落とした后羿。
だが、それでさえ、果てしなく強い。
モスマンの全身全霊の攻撃が、まるで一切効いていないのだ。
考えてみれば、当たり前の話。
災害へと至る以前の后羿、英霊として召し上げられるその前から、かの六の悪獣を滅ぼしている男だ。
彼は災害としての権威を失ったとしても、単純な英霊として最強である。
教経だけが、戦えるかもしれない、その可能性にかけてきたが、それすらも危ういという事実に、言葉を失うのみだ。
〈……禮士、遠坂組の生き残った部隊メンバーは医務室に運ばれた者を除き、ほぼ、全滅だ。〉
龍寿の絶望が通信越しに分かる。
無限に分身するモスマンと、最期の希望、平教経。
残されたのは、ただ、それだけだ。
〈悪獣は『封豨』が、C2へ向けて進行中。これを雷前さんが阻んでくれている。『大風』は、すまない、ロストした。現在投入できる戦力は、もう……〉
「そうか、分かった。」
禮士は通信を落とし、ポケットに手を入れ、空を仰いだ。
王として鎮座する后羿へ、空から果敢に教経が勝負を挑む。
だが、刀ごと弾き返され、傷を与える隙も無い。
一分半が経過。もはや、これまで、と言った所か。
「……っ」
禮士の隣に立っていた充幸は、全力で駆け出した。
考えなしな行動。でも、いてもたってもいられない。
あと一分弱で出来ること、なんてたかが知れている。
だが命乞いの時間には使いたくない。
今、彼女に出来ることは一つだ。
「エサルハドンの力で、私は!」
禮士は充幸の背中をただ眺めることしか出来ない。
彼はこの場においてはただの役立たずだ。
特別な力を有する者を、送り出すことのみ。
傍観者しかない事実は、彼の胸をきつく締めあげる。
「后羿を止める、か。俺に何が出来るって言うんだ。」
その時。
彼の運転してきた車両の、後部座席から物音がした。
誰かが、隠れ潜み、同乗したのだ。そのことに禮士は気付かなかった。
「誰だ!?」
禮士が駆け寄ると、そこには、ぐったりと疲れた表情をした、はだけた着物の女がいる。
彼にとって、もっとも大切な存在がいた。
「あまたん」
医務室へ運ばれた筈だ。
早く治療を受けなければ、もし彼女が干上がってしまえば、本当に死んでしまうかもしれない。
禮士はパニック状態になる。
混乱する彼に、海御前はそっと手を伸ばした。
冷たい手が、彼の痩せた頬をゆっくりと撫でる。
「禮士さま。すみません。此方は、戦うためにここへ来ました。」
「な…………」
「此方は、貴方を本当に、愛しています。貴方の願いを、叶えたい。貴方に尽くしたい。貴方とこれから先もずっと、永劫に、生きていきたい。」
「あ……あぁ、なら、早く水を……」
「だからこそ、謝らなければ、なりません。此方は浮気者なのです。…………空で戦うあの人を、放ってはおけない。平家の女が、夫を立てぬわけにはいかない。それは恋愛感情とはまた違うもの。此方が筋を通すべきこと。それは海河童であろうとなかろうと、関係ありません。」
海御前はゆっくりと立ち上がる。
そして、禮士の身体を抱き締める。
「十秒で構いません。此方に力をください。此方を抱き締めて、離さないで。それで此方は戦えます。貴方と、元夫、二人の願いの為に、再び槍を振るいます。」
海御前の身体は、氷のように冷たかった。
彼女に残された水は、もはや無いも同然だ。
それでも、まだ、諦めていない。
ならば、禮士が出来ることはただ一つ。
禮士はゆっくりとその両手を背中に回した。
「ありがとう、ございます。」
「………あまたん」
海御前は静かに、カウントダウンを始める。
十秒間の抱擁。彼女が最後に力を使い切る為の、仮初の補給。
そして残り五秒に差し掛かった時、禮士は口を開いた。
「……俺には、この世で愛する女が三人いる。亡き妻と娘、そして」
禮士はその瞬間、海御前の唇を奪った。
一秒足らずの短い時間、されどそれは永遠のようにも感じられる。
ゆっくりと名残惜しそうに繋がりが消えた時、二人の頬は真っ赤に染め上げられていた。
「すまない。こんなときに、教経へ嫉妬してしまった。恥ずかしい感情だし、行動だ。」
「ふふ、……次は顎髭を整えてからにしましょう?少し、こそばゆいです。」
海御前は禮士から離れ、最高の笑顔を見せる。
禮士にはこれくらいしか出来ないけれど、だからこそ、この場に来た意味があった。
海御前は頬を赤らめた後、大妖怪の冷徹さを以て、空の先へ眼差しを向ける。
「さぁ、これで元気は百倍です。いざ、いざや勝負の時!」
海御前もまた、走り出す。
残された一分間で、世界を変える為に。
※
暗闇の中、教経はモスマンを巧みに操り、后羿の周囲を飛び続ける。
そして接近しては刀を振るう、繰り返し、何度も、何度も。
だが古備前友成の刃ですら、無敗の災害には及ばない。
「あっぱれ」
他のモスマン軍団が后羿に撃墜される中で、教経の乗る個体だけは、傷つきながらも翼を広げ続ける。
鋼の如き羽根一枚一枚が血で汚れ、既に片目は潰れているというのに。
「そなたが、本物、なのだな。」
教経は確信する。
彼が跨るモスマンこそ、分身たちを生み出し続ける大本である。
このモスマンの霊基が消滅した時、彼らは同時に失墜するだろう。
「お気づき、でしたか。」
「スーツの姿の時の、顔に深く残った傷跡、高速道路での戦闘で、拙者が放った刃だ。貴殿はあのあと、生き残ったのだな。」
「はい。お陰様で。肉体の殆どが崩壊しましたが、分身体で上手くあしらえましたとも。」
「ふっ…………まだ、飛べるな?」
「はい。ミヤビ様の為に、この翼はあります故。」
これで七度目の急接近。
后羿は鈍くなった身体を動かしながら、炎の宿った矢を番える。
狙いは教経、では無く、彼の乗るモスマン。
戦場において馬を撃ち抜かれた者に齎されるのは死のみである。
この翼が敗れた時、もう二度と教経は空からの強襲が出来ない。
教経は巨鳥の背中に仁王立ち、桜丸を納刀する。
そして静かに目を瞑った。
研ぎ澄ませるのは『転』の心。
明鏡止水、それでいて自由奔放。
この刃こそ、その極意の果て。
「刃を満たすは空蝉の朱
友成の鉄、並べて腐らず」
教経が目を見開いたと同時に、后羿の矢は発射される。
そしてそれは正確無比に、モスマンの霊核を貫いた。
「アアアアアアアアアアアアア!」
モスマンの悲痛な叫びがこだまする。
彼は、教経に最大の一撃を放ってもらうが為に、敢えて真正面から切り込んだ。
自らの命を賭した飛行である。
「モスマン!」
「行け!跳び上がれ!決めろ!教経!」
教経はモスマンの最期の想いを受け継ぎ、彼の背を土台に跳躍した。
そしてその瞬間、モスマンの身体は崩壊する。
分身体共々、淡い光の粒子となり、天へと還っていく。
「あぁ、ミヤビ様に栄光あれ!アインツベルン万歳!アインツベルン万歳!」
オペレーションルームから、ミヤビはモスマンの消失を見届ける。
そして唇を噛んだ。
アインツベルンは、弁慶、ロウヒ、そして先兵モスマン、全ての英霊を失った。
だがそれでも、止まってはいられない。
天空にて、后羿の元へ急降下する教経。
愛刀『桜丸』の抜刀、居合切り。モスマンの急加速を利用した、高速の一閃。
マキリ製令呪の最大バックアップを受けながら、放たれる。
災害に二度は矢を引かせない。
「此れ称するに『抜刀白魔』!」
桜吹雪と共に、重い一撃が后羿の肩に突き刺さる。
そして心臓へ向けて降下する。桜丸が鋼の肉体を切り裂いていった。
遂に、彼の刀が災害の霊核に到達する、その時。
后羿は、刀をその手で掴んだ。
「っ!?」
巨大な掌に血が滲む。
だが后羿は苦痛すら感じていない。
むしろその顔は笑っていた。
彼の場所まで辿り着く英霊がいた。その事をこの上なく喜んでいる。
だが、勝負は非情である。
后羿は右手で胴を切り裂く刀を掴み、そして、左手でその刀身を叩き折った。
「桜丸……」
教経の手に残されたのは剣の柄。
その切先は、后羿の胸に埋まったまま。
ついに、古備前友成の名刀は、砕けた。
そして、教経は落ちていく。
乾いた土の方へ、ただ落ちていく。
雲の上は、もう目指せない。
遥か天空の先で、后羿が笑っていた。
オペレーションルームから、パークオブエルドラードから、全ての民が彼の墜落を目の当たりにした。
平教経は第六区の希望。区民誰もが信じるヒーロー。
その彼が『負けた』。
この事実が、きっと誰にも受け入れられない。
后羿完全回復まで、残り僅か一分弱。
天に駆け上がる翼は、もはやこの地に残されていない。
※
教経の敗北の一部始終を、地上から見届けた少女。
鬼頭充幸は、このとき、覚悟を決める。
彼女の内に宿るエサルハドンの力。
これが最期、彼女は再び、その権能を手にする。
―たとえ命を燃やし尽くしたとしても。
「私は死んだって構わない。」
充幸は胸に手を当て、祈る。
身体を蝕む毒に耐えながら、必死に。
アッシリアの女帝エサルハドンへのアクセス。
彼女の行動を阻む者はいない筈だった。
「充幸の願いを無下にする気か?」
声が聞こえた。
充幸が目を開けると、そこはいつの間にか、砂嵐の中。
視界がぼやけ、立っていられなくなる。
誰かが、充幸へと語り掛けた。
「充幸は貴様に『生きて』と命じた筈だが?」
「……充幸は自分が生き残るために、逃げる選択をする子じゃない。戦う時が来たなら、矢面に出るのが鬼頭充幸という人間だ。」
「ふ、そうやって充幸の行動を真似て、英雄の如く死ぬつもりか?」
「五月蠅い。貴方は誰なの。邪魔しないで。」
充幸はそこにいる『誰か』の首を掴む。
そして強く、絞め上げる。
これ以上、喋らせる訳にはいかない。
「エサルハドンが憎い割には、力に溺れているな?女帝の権能に酔いしれているのか?」
「私は彼女を許さない。でも力がそこにあるなら、使ってやるまでだ。」
「力が、そこにあるなら、ねぇ。」
強く、強く、息の根を止めるまで、強く。
真実を、露呈させる訳にはいかない。
「ところで、充幸。貴様の髪は随分と長くなったな。毛先から徐々に、桃色へと変化しているでは無いか。」
「エサルハドンの力を使うたびに、桃色は呪いのように広がっていく。でもみんなを守る為なら、仕方の無いこと。」
「本当か?本当にそうか?」
充幸を煽る影。
次第にその姿が明らかになる。
淡い桃色の髪に、金の装飾の煌びやかな、美しき女。
充幸を侮蔑し、嘲笑する者は、彼女をよく知る一人。
「エサルハドン……」
「我はその『身代わり』だ。フランスの地にも、オアシスにも、エサルハドンはいまいよ。全てが代替品だ。」
「私自身の心の闇……なんてね。」
「何を言っている、闇は貴様の方だろう?」
エサルハドンは充幸の腹部を蹴り飛ばした。
そしてその勢いで、充幸から零れ落ちたもの。
充幸はそれを隠すために、両手を伸ばす。
「無駄だ。」
だがエサルハドンがそれを阻んだ。
先に『それ』を握り、充幸へ侮蔑を孕んだ表情を見せる。
「こんなものを、お前は。」
「返せ!」
「おっと、これは戦闘には不必要なものだろう?むしろ、『視界が良くなった』のではないか?」
エサルハドンの掌。
握られたのは、赤と緑、二色のカラーコンタクト。
充幸の、桃色の目を隠していたアイテムだった。
「さて、そろそろ、頃合いだろう?我は貴様、貴様は我。フランスの地の真実を語る時が来た。」
充幸の化けの皮が剥がれる。
必死でシルバーに染め上げた髪も、色が落ち、元の桃色へと戻って行く。
「鬼頭充幸、否、『身代わり王』。貴様の罪をここで告白しよう。」
遠い昔、フランスの地。
充幸の令呪によって受肉したアサシン『身代わり王』。
死の間際で、その名と同じ宝具『身代わり王』を発動し、充幸を王として、彼女そのものへ成り代わる。
そして、鬼頭充幸として第二の生を歩み始める。
それが充幸の、そして、身代わり王の『献身』である筈だった。
だが、それは果たされなかった。
「身代わり王は、宝具を使用しなかった。」
存在そのものを王と同質のものとする宝具、それを使用しなかった。
つまり、身代わり王は充幸の願いを受け入れなかった。
「拒んだのだ、貴様は。」
そしてフランスの地に残った身代わり王は、髪を充幸と同じシルバーに染め、充幸のオッドアイを真似るように、二色のカラーコンタクトを付けた。
エサルハドンの権能が使用できたのは、アウラングセーブに奪われた力が、彼の消滅後、返却された為。
エサルハドンの身代わり王として、そのまま、外見だけを充幸と同じにして、ここまで生きてきた。
サハラの地で巻き込まれ、結果オアシスに辿り着いたが、彼女は最期まで残る選択をした。
もしフランスへ帰りたければ、ナイチンゲールやアーチャーと共に出口を探した筈だ。
彼女がそれを拒む理由。エンゾやナリエなど、充幸をよく知る者に、この真実が露呈するのが嫌だったから。
今は上手く騙せていても、いつかは気付かれてしまう。
それを身代わり王は恐れたのだ。
「半ば自暴自棄に戦場に出たのも、充幸を真似た行動では無いのだろう?お前は罪の意識から逃げる為に、死に場所を探していたのだ。少女のたった一つ抱いた夢を、踏みにじったのだからな。」
「………………」
身代わり王。
彼女は、アッシリアの女帝エサルハドンの身代わりとして、偽りの王政を敷いたものたち。その人格の統合体。
それはアッシリアの地に生まれた無数の子ども達。
病弱なエサルハドンに代わり、暴走した彼女の母ナキアが貧民街から連れ去り、偽りの王として消費し続けた存在。
彼女ら、彼らには、名は与えられない。エサルハドンという絶対覇者の一側面として座に登録された。
そのことを恨み続ける彼女らは、エサルハドンの権能をアウラングセーブに奪われたのち、マスターであった鬼頭充幸のために命を賭して戦うのである。
ならば、聖杯に託す望みは、無かったのか。
否、無かった筈だが、充幸の死に間際、身代わり王の胸に願いが生じてしまった。
それこそが、献身を拒む理由。
「エサルハドンを憎み、充幸を愛し、それでも、貴様は充幸を捨てた。エサルハドンの権能は捨てなかった。それは何故だ。」
「それは…………」
鬼頭充幸。
鬼の呪いに蝕まれし少女。
人間の肉を食らい、全てを失った少女。
本当は年相応のオシャレが好きで、甘いスイーツに目がない、少女。
「それは、瞬く間の、出会いでした。」
尊大なエサルハドンと、内気な女の子。
二人は出会い、共に戦い、そして別れた。
全てが奪われ、エサルハドンでなくなった身代わり王を、アサシンと呼び続け、その心を救ってくれた。
だからこそ、身代わり王には、宝具は使用できなかった。
「充幸を、忘れたくない」
身代わり王が、エサルハドンである限り、充幸のことを記憶して生きていける。
でも、もし充幸になってしまったら?
本当に充幸の身代わりになってしまったら?
身代わり王はアウラングセーブの宝具を受けるまで、自らの存在を忘れていた。
自らが真のエサルハドンだと、思い込んでいた。
きっと、身代わりとは『決別』なのだと。
そう、気付いてしまったのだ。
「充幸を忘れたく、ないのです。私が彼女を忘れてしまったら、本当に、何もかもが終わってしまう。」
私は彼女を愛してしまった。
本物の、家族のように、思ってしまった。
でも、彼女の強さを受け止めることが出来なかった。
誰かの身代わりだった筈の身代わり王が、個を、感情を、有してしまった。
それが、身代わり王の贖罪。
「そして、充幸ではない私が、充幸を名乗り続け、ここまで生きてきた。オアシスでの、博物館での戦いは、辛かったけど、楽しかった。」
「…………」
「でも、もう手遅れ。あと数十秒もすれば、世界は滅んでしまう。なら、私は最期、エサルハドンとして死ぬ。鬼頭充幸は、フランスで命を落とした。それが、私の罪、そして与えられる罰。サーヴァントなんだから、最期はサーヴァントらしく死んでも、良いよね。」
身代わり王は、砂嵐の先へと歩き出す。
だがそれを、もう一人の彼女が阻んだ。
「どいて。貴方もまた私なら、私の選択を受け入れられる筈よ。」
「偽物の貴様が宝具を使用したところで、災害には届かない。分かっているだろう?それは無駄死というものだ。」
「何もしないよりはマシよ。第六区が滅び去るまで、もうあと僅かなの。生き恥を晒すつもり?」
「そうは言っていないだろう。我も貴様も足掻くべきだ。でもそれは、中途半端な我々の成すべきことでは無い。」
「じゃあ、何をしろと言うの?」
「エサルハドンの力ではない。我らの、身代わり王の力を使うのだ。」
身代わり王の力。
それは王への忠誠を元に、王本人へと成り代わる宝具。
「ここには、王様はいないじゃない。」
「違う。今こそ、我らは充幸へなる時だ。」
身代わり王は目を丸くする。
目の前に立つ自分自身がそう言い放つ意味を、彼女は理解できない。
「充幸へ、なって、どうするの?サーヴァントじゃなくなって、人間になって、何をするの?」
「ふふ、さてな。我にも分からん。」
おどける自分に、腹を立てる自分。
心の闇と光が、取っ組み合いの喧嘩を始める。
「鬼頭充幸は、人間だ。過去の遺物であるサーヴァントとは違う。鬼頭充幸ならば、何かを切り開けるかもしれない。」
「充幸は……あのフランスの地で死んだんだ!これ以上、あの死を汚すな!」
「死に美しいも汚いも無い!物語を勝手に終わらせるな。貴様こそ、充幸の願いを汚すな!」
「何だと!?」
「かかってこい!」
身代わり王二人が砂嵐の中で殴り合う。
頬を、腕を、血に染めながら、自らの正義を通そうとする。
だが、当然、これは自分同士のタイマンだ。どちらが勝っても、傷つくのは自分自身。不毛な争いである。
「っ、こんな殴り合っている場合じゃないわね。」
「そりゃそうだ。世界が終わるってのに、これほど虚しいことはない。」
身代わり王は互いに息を整え、向き合った。
二人の想いは同じ、だがそれゆえに、重ならない。
「充幸を愛している。」
「我も、同じだ。」
「私は充幸を失いたくない。」
「だから、決して忘れるな。充幸の身代わりとなっても、決して充幸を忘れるな。どれだけ貧弱であっても、それくらい、サーヴァントならやってみせろ。人間なら、やってみせろ。」
「……っ」
「死ぬためじゃない。充幸として、人間として、私は生きていくんだ。充幸の願いは、『生きること』だ。いい加減、向き合う時だ。」
「生きる。」
「そうだ。罪を背負って生きていく。それが私達への罰。都合よく命を落とすことは許されない。私たちは鬼頭充幸として生き、そして死ぬ。」
「幸せが充ちる、その時まで。」
砂嵐が消える。
開発都市第六区の、燃え尽きた大地へと戻って来る。
平教経が空から落ちてくる。それを海御前が支える為に走った。
まだ時間は残されていた。
『身代わり王』
宝具は静かに起動した。
身代わり王の全ての意識が統合され、フランスの地で出会った尊き少女へと変化する。
銀色の髪、そして二色の眼。
彼女は、充幸そのものへと進化する。
絶対に忘れない。
大切な思い出を、繋ぎとめたまま、前に進む。
そして、一人の少女がこの地に取り残される。
「あ」
充幸は、ぽかんと口を開けたまま、空を見上げていた。
「やらなきゃ」
充幸はゆっくりと腰を上げた。
何もかもが分からない。
けど、世界を救う必要があることは確かだ。
彼女の手に握られていたのは、アタッシュケース。
その解除キーを入力する。
充幸が触れることで初期化したデータに、鬼頭充幸の情報が登録される。
そして、ケースは開かれ、自動でマキリ製オートマタが組み上がった。
起動スイッチが押される。
波蝕の魔眼により、光り輝くオートマタ。
マキリ製オートマタは一切の触媒を使用しない。登録者の『縁』のみで、サーヴァントが呼び出される。
あらゆる可能性、あらゆる因果を超え、赤い糸の先へと繋がった。
世界終末の日。
誰もが人事を尽くした。
だが、それでも届かない。
王として君臨する者を、跪かせるカリスマが足りない。
充幸は祈った。
人間として、その手を伸ばした。
充幸であったからこそ、その奇跡は必然となる。
光に吸い込まれながら
その二色の目に写り込んだのは
淡い桃色と、煌びやかな装飾。
そして、未来を占う水晶の杖。
この出会いは、運命だった。
「待たせたな。」
悪逆非道、傲慢不遜、本物の『王』が、その縁に導かれる。
「サーヴァント、真名を『エサルハドン』。召喚に応じ降臨した。さぁ、勝ちに行くぞ。」
【蹂躙編⑨『幸せの充ちる時』 終わり】