Fate/relation   作:パープルハット

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蹂躙編の物語はついにクライマックス!
次回はエピローグとなります。
熱くなってもらえると嬉しいです。

感想、誤字などありましたらコメントにお願いします。


蹂躙編10『盛者必衰』

「召喚に応じ参上した。サーヴァント、セイバー。真名を『平教経』。よろしく頼む。」

 

遠坂組総本山最奥の間にて、その奇跡は成された。

 

「平教経、だと?最強のカードでは無いか!」

「やりましたね、お坊ちゃま!」

 

幹部たちは皆喜びを共有し、少年の功績を称える。

だが、少年にはどうにも、それが上辺だけのものに感じられた。

それはこの侍もそう。媚び諂い、偽りの笑みで歓迎する。仮面の下を覗かせないように、必死だ。

だが、上辺を取り繕う男たちは、まだ幾分かマシというものである。

中には、思っていたことが口に出る者もいる。

 

「平家、か。負け組の一族だろ。」

 

そう呟いた男は、舌打ちと共にその場を去った。

なにも、歴史に対し不勉強であった訳では無い。無論、悪態をついた男も、平家の築き上げた栄華を知っている。だが、遠坂家の跡取りたる少年と、自らの出世にしか興味のない幹部たちをよく思わないあまり、そう口走ったのだ。

教経は彼の言葉で気付く。自分はお呼びで無かったということに。

 

「教経殿、申し訳ない。あの者は態度が悪いことで有名な社員でして。きつく叱っておきます。」

「我々遠坂組一同は、貴方様の召喚を心より歓迎いたします。」

 

教経は何も言わなかった。

サーヴァントの職務は、ただ主人の思うままに刀を振るう事である。

我欲は宿らず。ただ、少年の願いの為に力の限りを尽くす。それが武士の本懐である。

そんな寡黙な教経に対し、少年は目を輝かせた。

そして、小走りで教経の前に躍り出る。

 

「たいらの、のりつね?」

「左様。貴殿が拙者の主か?」

「そう。りゅうじゅ、ねんれい、は、ななさい。」

「まだ幼子ではないか。」

 

教経は幹部たちを睨む。この少年を戦いに参加させるなど、言語道断である。

 

「教経殿、違うのです。あくまだこの度の召喚の目的は、次期遠坂家主人となる、龍寿様の護衛、ボディガードでございます。わが社もそれなりに地位のある企業ですので、いつ命の危険にさらされるか、分かりませんから。」

「そうか。」

 

教経は納得すると、龍寿の手に握られていた、あるものに目が移った。

それは赤色のソフトビニール人形であり、半透明な身体に「りゅうじゅ」と持ち主の名が刻まれていた。

 

「主よ、それは?」

「これ、あげる。」

「拙者に?」

「うん。『仮面セイバー』。」

「かめんせいばー?」

「ひーろーだよ。あかいかみの、ひーろー。しらない?」

「すまぬな。拙者が浅学であった。主の好むものとあらば、是非見てみよう。」

「これ、ぼくのいちばんたからものなやつ。のりつねにあげる。ともだちのしるし。」

 

教経はその人形を受け取った。

それは遊び尽くされ、腕が取れてしまった人形。

とても大切にしてきたのだろう。

 

「主よ。有難き幸せだ。この御恩には必ず報いよう。」

「あるじ、じゃなくて、りゅうじゅ」

「龍寿か。良き名だ。拙者が龍寿の『仮面セイバー』となれるよう、精一杯頑張ってみよう。」

「むりだよ、ひゃくねんはやい。」

「そうか。手厳しいな。」

 

教経は豪快に笑ってみせる。

それに釣られて、龍寿も笑顔を見せた。

これが彼らの出会い。

そして十数年に渡り、彼らは共に歩んだ。

第六区のヒーローとなる為に、戦い続けた。

 

だからこそ、今、龍寿はオペレーションルームから飛び出す勢いで、心を乱している。

 

古備前友成の桜丸が折れ、

開発都市第六区の英雄が、空から落ちてくる。

希望の象徴たる彼が、力尽きた。

その事実が、全ての人間に絶望を与える。

 

「教経ぇえええええええええ!」

 

龍寿は声を枯らし、泣き叫んだ。

リカリーもまた、握り拳を震わせている。

エラルも、ミヤビも、美頼も、ロイプケも、言葉を失った。

 

后羿がその力を取り戻すまで、あと三十秒足らず。

世界の命運は、決したのかもしれない。

 

【蹂躙編⑩『盛者必衰』】

 

「待たせたな。」

 

悪逆非道、傲慢不遜、本物の『王』が、その縁に導かれる。

 

「サーヴァント、真名を『エサルハドン』。召喚に応じ降臨した。さぁ、勝ちに行くぞ。」

 

エサルハドン

新アッシリア帝国の王として、エジプトを征服し、帝国を最大規模とした。

だがその実、病に苦しめられ、数多の『身代わり王』を擁立させた罪深き王でもある。

英霊の座に登録されているのは、彼女と、彼女の身代わりを演じた無数の子ども達。

此度の召喚において、呼び出されたのはその全員。全てのエサルハドンが統合された、奇跡の降臨である。

 

「エサル……ハドン?」

「貴様、まさか我を偶然に呼んだとでも言うのか?」

 

フランスの地で出会った二人の、最初に交わした言の葉。

だがあの時とは違う。悪逆の王は、殺意とは真逆の、温かい笑みであった。

 

「偶然なんかじゃない。お願い、力を貸して。世界を救う為に!」

 

この巡り合いは必然だった。そう二人は頷き合う。

充幸は王の手を握り、力を込めた。

充幸の祈りに応えるのが、この王である。

エサルハドンは、空に毅然と佇む災害の様を捉えた。

 

「気に食わぬな。王は我だ。まずは格の違いを見せてやろう。」

 

世界の理を覆す絶技、水晶の杖を地に突き刺し、巨大な魔法陣が第六区全てに拡がってゆく。

 

『カサーダム。

其の道は我が選び、我が進む。

ナダ―ナム。

この生は占卜と共に在り、指し示すは悠久の果てたる神の庭。

これは遥かなる大地に現出する久遠の理なり。』

 

絶対王者が生み出す領域。バビロンはいま、復権する。この地区そのものが、エサルハドンの国と化した。

充幸は世界の変容を見届ける。枯れた大地に草花が生い茂り、彼女の目前に石造りの城が聳え立った。

 

『連綿たりし我の国(ダ―リウム・マートゥム)』

 

エサルハドンが立つその大地こそ、アッシリア帝国そのものだ。

固有結界『連綿たりし我の国』。彼女の部下たちに絶大な恩恵を与え、侵攻する敵を弱体化させる。

これより、開発都市第六区に存在するもの全ての生殺与奪は、彼女に委ねられた。

 

オペレーションルームから事態を観測していた者たちは、驚愕の声を上げる。

教経、海御前、その他ルラシオンサーヴァント達の、大幅なステータス強化。

そして悪獣及び后羿に、強力なマイナス補正が入る。

天空と言えど、彼女の固有結界領域内。后羿を包む炎の魔力は徐々に消失し、二流英霊の格まで落とされていく。

この場において、エサルハドンに太刀打ちできる者は存在しない。

たとえそれが悪獣であろうと、后羿であろうと。

 

「凄い、凄いよ、エサルハドン……っ!」

「我の結界にいて、なお、空から落ちてこぬとは。見上げた忍耐力よ。」

 

エサルハドンの『連綿たりし我の国』の範囲内にいてなお、同じ大地へは降りてこない災害。

あくまで彼はオアシスの神として、人々を、英霊たちを見下ろし続ける。

人間を超えた精神性が、彼を災害たらしめているのだ。

エサルハドンは心からその在り方に敬意を評した。伊達に千年の治世を築いてはいないだろう。

 

「彼奴は文字通り『神』だ。一時代の王に留まるつもりはないらしい。」

 

エサルハドンと充幸が立つ大地へ向けて、后羿は悪獣を解き放つ。

空からの強襲、巨大な翼を広げた、鷲の怪物が飛来する。

モスマンの二倍はあるであろう巨躯で、エサルハドンへと突進する。

 

第六の悪獣『大風』が暴れ出した。

 

無論、この悪獣も固有結界の弱体効果を被っている。だがこの場面において、この悪獣の介入が意味する所は大きい。

残り三十秒。たとえエサルハドンが大風を難なく突破できたとしても、その間に后羿は完全復活を遂げてしまう。

もし后羿が三度太陽を放てば、たとえアッシリアの心象風景と言えど、開発都市の陸上ごと根こそぎ刈り取られるだろう。

つまり世界を救う三十秒を、この大風に邪魔されれば、その時点でルラシオンの敗北である。

 

「くっ」

「エサルハドン!」

 

大風の巻き起こす嵐が石の城を飲み込んだ。

二人の立つ大地へと接近する竜巻。

エサルハドンは水晶の杖を身長の二倍はある長槍に形状変化させる。

嵐を切り裂き、そのまま大風ごと消滅に追い込めれば、チャンスはある。

だが、その時、崩落した城の瓦礫が、充幸の元へ降り注いだ。

王がまず先に取るべき行動は、充幸の救出である。

 

間に合わない。

 

エサルハドンはそう思った。

充幸をたとえ助けられても、竜巻を退け、后羿へその槍を届かせることは出来ない、そう認識する。

そう、もしこの場にいるのが二人ならば、ここでゲームオーバーだった。

 

充幸を庇うように立ち、彼女を守る者がいた。

嵐の進行を食い止めるべく、立ち向かう者がいた。

大風の足や翼にしがみつき、悪獣の自由を奪う者がいた。

 

彼らはサーヴァント、だが、遠坂でも、マキリでも、アインツベルンでも、博物館でも、アヘルでも無い。

 

彼らはパークオブエルドラードから駆けつけた、富裕層の専属従者たちだ。

 

「大風は我々が引き受けます、だから、后羿を!」

「どうして、そんなことをしたら、シェルターの皆さんが……」

「我々はシェルターの主人たちの命令でここに立っています。失うことを恐れていた皆さまが、教経様の戦いを見て、いてもたってもいられなくなったと。遠坂組は、今まで、第六区の守護者として戦ってくれましたから。」

 

彼らは『連綿たりし我の国』の恩恵を受けてなお、虚弱。

現に、嵐に飲まれる者、大風に食われる者も多数存在する。

だが、それでもと食い下がった。遠坂組も、富裕層も、意思は違えど、同様に第六区を想っている。

開発都市第六区。緑豊かな田園都市。それはこのような所で滅んでいい理想郷では無いのだ。

 

大風の元へ駆けたのは、何も富裕層の専属従者だけでは無い。

先の戦闘で負傷した『石舟斎』や、遠坂組の『舩坂弘』が戦闘の指揮をとっている。

これは第六区の総力戦。最期の三十秒に、全てのサーヴァントが命を懸けた。

 

「ゆくぞ、若いの。」

「ええ、石舟斎殿、貴方と共に戦えること、誇りに思います。」

 

柳生石舟斎宗厳、そして舩坂弘は、共に宝具を発動する。

まずは石舟斎が素早く大風のレンジに入り込み、その翼を叩き切る。

彼は此度の召喚において、初めて己の太刀を抜いた。

 

『天下五剣・大典太光世(おおでんたみつよ)』

 

普段、無刀の境地を極めた石舟斎が隠し持っていた絶技。

彼が生前有したとされる、天下五剣の一刀。その切れ味は言うまでも無い。

鑿歯に対しては、子ども達を守ることに注力し、苦戦を強いられたが、戦場となれば話は別だ。

柳生の名を背負うこの男に、斬れぬものは存在しない。

一度の斬撃で、二つの翼が刈り取られる。大風はその痛みに苦しんだ。

 

続いて、専属従者たちが、切り落とされた二翼に駆け寄り、再生不能となるまで、細かく壊していく。

大風はその名の通り、『台風』が獣の姿に進化したもの。

その驚異的な再生能力は他の悪獣をゆうに超える。既にルラシオンはデータにて検証済みだ。

まずは風起こしの翼を捥ぐ。そして次に胴体と頭だ。

弘は優樹に願い、その宝具の使用の許可を得た。過去に、板垣充を救うべく、怪植物を焼き払った絶技である。

命を賭して、未来へ繋ぐ。

悪獣に滅法してやられた、日ノ本男児の足掻きだ。

 

『爆式神風』

 

弘は大風の胴体目がけて、ダイブし、自身自らを着火剤に、爆散する。

スキル『アンガウルの灰』が無ければ、彼はこの地に再び帰ってくることは出来なかっただろう。

だが、そのスキルがあろうとなかろうと、弘は命を燃やす覚悟で挑んでいった。

遠坂の未来、そして第六区の未来を守る為に。

光の粒子となり、消え去る弘の肉体。そして弾け飛んだ大風の五体。

力を合わせ、彼らは大風に一矢報いたのだ。

 

「貴様ら。よくぞ我の道を切り開いた。ならば、その奉公に応えるのが王たるものの務めである。」

 

エサルハドンは彼らの勇姿を褒め称えつつ、その槍を天空に掲げた。

これより放つは神への断罪奥義。

この世界を侵す災害へ永遠の罰を与える。

 

『ベルセムエルセティム。

 久遠の大地にて我は乞う、我は嘆く、我は心臓を焦がす。

 我は声を聞く者、そして稲妻を預かりし者。

 故にエンリルは嵐となりて、父なる海を両断する。』

 

槍の先端が光り輝き、見る者全てを魅了する。

さぁ、空を、太陽を、砕く時が来た。

 

『我が放つ裁きの光(ダ―リウム・アルナム)』

 

神を砕く閃光。直線距離で、后羿へと発射される。

大風も、巻き起こされた嵐も消滅した。この槍を阻むものはもうどこにもない。

ならばこの絶技は必中となる。空へ浮かぶ災害の胸部を、見事、穿つことに成功した。

 

「UUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU」

 

ついに、決して声を出さぬ災害が、唸り声をあげた。

その心臓に突き刺さった槍は、后羿の肉体を徐々に崩壊させていく。

黄金の肉体はひび割れ、全身のあらゆる箇所から彼の血が溢れ出した。

后羿の鋼の皮膚は剥がれ落ち、肉が、臓器が、露出する。

完全復活まであと二十秒のその時、人類は奇跡を成し遂げたのだ。

 

「や……やった…………」

 

充幸の口から漏れ出た言葉に、駆けつけたサーヴァント達も反応する。

そして口々に、喜びの声をあげた。

オペレーションルームから、パークオブエルドラードから、歓声が湧き起こる。

エサルハドンは渾身の一撃を放ち、その疲れからか膝をついていた。彼女もまた、手ごたえを感じている。

 

〈やった、やったぞ。ついに僕らは〉

 

龍寿は通信越しに喜びを分かち合った。

美頼とエラルは抱き合い、リカリーとロイプケは万歳している。

充幸と駆けつけたサーヴァント達は手を取り、はしゃぎ合った。

教経が大地に落ちるその瞬間、彼を抱き留めた海御前も、安堵の溜息をつく。

 

誰もが、開発都市第六区の勝利を確信した。

 

ただ一人を除いて。

 

衛宮禮士だけは、緊張した面持ちであった。

動物的な直感か、はたまた、后羿のことを良く知っていた為か。

まだ終わりじゃないと、小型通信ユニットで呼びかける。

既に災害のバーサーカーの霊核は砕け散った筈なのに。

 

「禮士」

 

禮士の脳内に語りかける男。

自ら口を閉じた男の、最期の言葉だ。

既にその糸は切られていた筈だ。にも拘わらず、彼はかつての主人にメッセージを残す。

 

「后羿……」

「禮士、さらば、さらば」

「后羿!?」

 

それは、かつての友への、遺言。

 

では無く。

 

「禮士よ、さらば。『私の勝ちだ』」

「后…………羿………………?」

 

その瞬間。

開発都市第六区の全員が、信じられない光景を目の当たりにする。

 

水晶の槍が、内なる太陽の火で掻き消された。

そして崩壊した身体を炎が包み込み、急激な回復を見せる。

傷が癒える。命懸けで与えてきた全ての傷が、綺麗に、元通りになってゆく。

災害のキャスター『ダイダロス』同様、彼も霊核を砕かれた程度で死ぬ筈もない。

彼は彼自身の災具、太陽そのものを自らの動力とし、驚愕の復活を遂げてゆく。

后羿そのものが、熱く滾る『太陽』だ。

あと十五秒で、完全体へと返り咲く。もはや人類に一刻の猶予も残されていない。

 

「そんな馬鹿な……」

 

空を見上げる者たちは、ついに、神へひれ伏した。

オペレーションルーム、パークオブエルドラード、そして外にいる者たち。

その全てが、神の威光に膝をついた。

 

諦めた。

生きることを、諦めた。

間違いだった。抗う事そのものが間違いだった。

后羿の再生は止まらない。少しづつ、それでいて、確実に。

希望は終ぞ潰えたのだ。

 

「ああ、あああああああああああ」

 

遠坂龍寿は叫んだ。

言葉にならない声で叫び続けた。

築き上げてきた全てが、全てが無に還る。

これが真の『絶望』なのだ。

遠坂組も、ルラシオンも、第六区も、全て消し炭になる。

分かっていたことだ。最初から、理解できていただろう。

 

もし、あの時。

空を舞う不死鳥を見て、なお、逃げる選択をしていたならば。

彼だけは生き残ることが出来ただろう。

だが、英雄になりたくて、仮面セイバーになりたくて、彼は残る選択をしてしまった。

死ぬのは怖くない、筈だ。

だが、身体の震えが止まらない。

何も分からず、叫び続ける。気が狂ったように、吠え続ける。

 

残りはあと十秒。世界崩壊のカウントダウンが始まった。

 

 

唯我独尊、世界の中心の如く君臨した、后羿。

太陽のように眩しく、夜闇を照らし出す。

その温かさを全身で浴びながら、平教経は立ち上がる。

世界があと十秒で終わるというのに、誰もが、酷く穏やかな表情を浮かべていた。

きっとそれは諦めだ。隣にいる海御前でさえ、落ち着きを取り戻している様子である。

 

「教経様?」

 

教経は空を見つめた。

この場にいる彼だけは、まだ諦めていなかった。

戦場において十秒は、雌雄を決するに十分すぎる時間。

彼には、彼だけの最期の切り札が残されている。

海御前は気付いた。

教経がやろうとしていること。

 

『死出の山の供をせよ』

 

生前の彼の、最期の武勇。

諦めていく平家一門、次々と家族や仲間たちが入水し、命を絶つ中で、

彼だけは、最期まで諦めなかった。

その命が終わる時、彼は源氏側の英雄たち三人を道連れに、泡となった。

誰よりも強く、誰よりも負けず嫌いで、誰よりも主を想っていた男だ。

彼の最期の絶技は、敵と共に海へ落ちる自死宝具。

相手が強ければ強い程に、その技は決まりやすくなる。

だが、それはあくまで、敵の目の前に現れることが出来れば、だ。

目と鼻の先まで接近しなければ、力を振るう事すら出来ない。

モスマンという翼を失い、今更、何が出来るというのか。

 

「龍寿」

 

教経は通信越しに、龍寿へと呼びかける。

パニック状態の龍寿も、彼の声に落ち着きを取り戻した。

 

「のり……つね……」

 

教経は懐から、薄汚れた人形を取り出す。

ソフトビニールの仮面セイバー人形。彼は今まで、それを大切に持っていた。

 

「拙者は、龍寿の、この人形のような、『仮面セイバー』に成れただろうか?」

 

もはや掠れて見えなくなった人形の黒墨をなぞる。

りゅうじゅ、と書かれていた筈のそれは、誰のものでも無くなっていた。

 

〈まだ持っていたのか、それ。〉

 

龍寿の震えは、いつの間にか止まっていた。

教経の慈愛に満ちた声を聞いた為だろうか。

 

「拙者の主の宝物、だからな。」

〈あぁ。そうかい。君は、僕だけじゃなくて、この第六区の『仮面セイバー』だよ。これからも、ずっと。〉

「そうか。ならば良い。」

 

教経は再び、お守りを懐に仕舞い込む。

そして静かに目を閉じた。

時間にして数秒のやり取りである。

だが、彼には充分だ。

オアシスに召喚されて、遠坂組の最高戦力として駆け抜けた。

様々な国の、様々な仲間たちと共に戦った。

そして、姿かたちは違えど、かつての愛すべき妻にも出会えた。

命を捧げたいと思える、主にも恵まれた。

 

さぁ、今こそ恩を返す時だ。

 

第六区の大地、アッシリアの固有結界に突如、大量の水が流れ始める。

平家最後の輝き、そして嘆きが残る場所。

固有結界では無いが、これもまた、心象の一部具現である。

 

『壇之浦・艘舞台』

 

それは封豨との戦闘で使用した、海上戦を嗾ける為の宝具。

本来、平家が最も得意とするのは海上戦である。それはこの教経も同じ。

バビロンの大地を青く染め、彼は天空の蒼を睨みつけた。

 

そして、海御前はここで気付く。

夫であった者の考え。彼の為すべきこと。彼の起こす奇跡を。

教経らしい、と言えばそう。

 

「やっぱり、馬鹿ですね、貴方様は」

 

なら最期までこれを支えるのが妻の支え。

海御前は残された力の全てで彼女の絶技を発動する。

『弾丸雨注』はもう使えない。だが、あの宝具ならば。

 

「骨を撫でれば時雨来りて

 皿を砕け雷走る」

 

大妖怪、河童の得意技は、水の流れを変え、人々を海に引き摺り落すこと。

これは水の流れる方向を大きく変える為の宝具。同じく先の封豨戦で、悪獣の体内の液体を操作することで、勝利の決定打となった技だ。

 

「此れ称するに『天河破』!」

 

彼女は槍の先端を天空に掲げ、教経の宝具、その海を空へ向けて放出する。

そしてそれは后羿の居場所へ昇って行った。

それは人々の目に、滝のようにも、河のようにも映る。

だが水の向かう先、そのベクトルは真逆。下流から上流へ向かって流水はせり上がる。

 

海水に塗れる災害。

それ時点では、何のダメージにもならない。彼の戦いはここから始まるのだ。

 

いま、ここに、天空へと続く一本の河の道が出来た。

 

浮かび上がるは八艘の舟。

 

そして教経は駆け出した。

 

「まさか」

 

人々は息を呑む。

その光景を見れば、誰もが教経の意図に気付く。

彼が成し遂げようとしていること。

ドローンの映像に映し出されたのは、神秘的な翼で空を往く姿では無い。

人間の足で、泥臭く、真っ直ぐに、走っていく姿だ。

 

残り五秒。

もう時間は無い。

だが、それでも教経は走る。

 

『壇之浦・八艘跳(はっそうとび)』

 

それは平教経の手からすり抜け、瞬く間に八つの舟を飛び超えてみせた、源義経の絶技。

彼は生前、そして、マキリ製オートマタによる召喚、どちらにおいても、義経の速度に追い付くことは出来なかった。

それでも、過去の自分を超え、いまこの瞬間、義経を上回ろうとしている。

不安定な足場に、重い体重、不可能の要素が詰め合わさりながら、それでも。

 

大いなる空を目指し、駆ける。

 

「無理だ。」

 

誰かがそう呟いた。

この地区にいる、誰か。

既に戦い疲れ、諦めたものが、そう言葉を漏らした。

 

事実、教経はまだ一艘目に飛び移った状態。

そこからどのような奇跡を起こすつもりなのか。

絶大な力を振るったアッシリアの帝王でさえ、あと少し届かなかった災害に。

一介の武士が、出来ることなどある筈も無い。

 

だが、この場において、教経を信じる二人は、それを否定する。

一人は生前、彼に寄り添った者。

もう一人は、今日まで、共に歩んだ者。

 

海御前は叫ぶ。在りし日の壇之浦を思い出しながら。

 

「教経様が!」

 

龍寿は叫ぶ。遠坂組として第六区を守り抜いたこれまでを思い出しながら。

 

「教経が!」

 

そして彼らは同時に叫ぶ。

平教経という英霊を知る彼らが、勝利を疑う筈も無かった。

 

「出来ない筈、ないだろうが!!!!」

 

その声は空の先を目指す者の耳にも届いていた。

八つの舟は、これまで第六区の為に命を使ってきたものの精神、そのものである。

 

一人、ロウヒは、翼を広げ、太陽をどこかに隠してみせた。

 

一人、海御前は悪獣を刈り取り、后羿に一泡吹かせてみせた。

 

一人、雷前巴は最速の悪獣を倒してみせた。

 

一人、禮士は令呪で第六区への被害を最小限に留めてみせた。

 

一人、アマゾニアはその身で太陽を受け止めてみせた。

 

一人、ミヤビはその目で后羿の場所を捉え、モスマン部隊で強襲してみせた。

 

一人、エサルハドンは王として、世界の命運を変えてみせた。

 

そして一人、龍寿は指揮官として、このとき、教経を信じてみせた。

 

一艘一艘が、積み上げてきたみんなの想い。

それを踏み越え、それを糧とし、教経は跳び続ける。

 

人々には、時が止まったように感じられた。

彼らは喉が焼き尽くされるほどの大声で、カウントダウンを始める。

それは滅亡までの時間、では無く。

教経が乗り越えた、木舟の数だ。

 

 

「 五! 四! 三! 二! 」

 

 

残り三秒、残すはあと一艘。

全てを飛び越えていけ。

 

第六区の民の声が重なり合う。

それは教経への感謝と、希望。

全てが合わさった声援が、この第六区を包み込む。

 

 

「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええ!!!!!!」

 

 

そして教経は

幻を見た。

それは影だ。黒く染まった影法師。

なれども、何者であるか正しく理解できる。

彼がその背を見間違える筈も無い。

華奢な少女のような背に、かつては、手が届かなかった。

だが今は

 

『届く』

 

「追い付いたぞ、義経」

 

彼はその肩を叩く様に手を伸ばした。

そしてその手は、后羿の胸元に伸びる。

露出した心臓、炎に包まれたその身体に、拳を突き立てた。

 

「災害のバーサーカー『后羿』。いざ尋常に!勝負!」

 

そして約束の十秒が経過した。

后羿の身体は先程よりも格段の速度で回復していく。

だが、教経が貫かれた胸部に腕を伸ばし、掴んだ心臓、それは決して離さない。

ドクドクと脈打つそれを握力で押し潰す。

しかし后羿も負けてはいない。

教経の首をその手で掴むと、一気に力を籠め、その首をへし折った。

互いが互いを殺すために手を伸ばし合う。そこには刀も銃も無い。素手による抗争。己の怪力に任せた力比べだ。

そして『天河破』で押し上げた海の柱が、効力を失い、大地へ零れていく。

教経は半ば無理矢理、后羿に覆い被さると、共に海の底へ向かって落ちていく。

初めて、災害の格を、権威を、その腕で力任せに挫いてみせた。

 

「UUUUUU」

 

教経は后羿の唇に手を伸ばし、縫い付けた糸を無理矢理剥してみせる。

教経は后羿の命を奪いながら、それでいて、最期の言葉が聞きたかった。

災害として、人類の前に立ち塞がった男の真意を。

血液の泡を空に残していきながら、彼らはどこまでも落ちて行く。

 

「后羿、感謝する。拙者は貴殿のような強き男と戦いたかった。」

「そうか、奇遇だな。私もだ。」

 

后羿はここで、教経の様子がおかしいことに気付いた。

この男はとても楽しげに笑いながら、后羿の心臓を握り締め続けている。そして絶対に両手を離さない。

だが、その目は、既に光を失っている。

凡そ、生きている者のそれではない。

 

「英雄よ、死んだのか?」

「分からん。どちらでも良い。貴殿を殺すまでは、己の役目を全うするのみだ。」

「そうか。」

 

后羿がここで、落下中に、教経を突き放せば、それで終わる。

災害は改めて空へ昇り、太陽として輝き始める。

だが、どうにもそれは難しいらしい。

平教経は、決して、その両手を離さない。

決して、決して、決して。

 

「后羿よ。貴殿に問う。貴殿にとって、人間は、どうだったか?」

「素晴らしき敵だ。」

 

后羿は何度も、教経の目を潰し、鼻と頬の骨を折り、心臓をその拳で貫いた。

だが無意味。既に死んでいる男を、これ以上殺すことが出来ないのだ。

 

そして、ついに、后羿は諦めた。

 

教経の精神が、僅かに、この災害を上回ったのだ。

 

「英雄よ。貴様に問う。貴様にとって、人間は、どうだったか?」

「共に戦う仲間だ、そして」

 

教経の鎧が、衣服が、炎に包まれる。

彼の懐に仕舞い込んだ『宝物』に焔が宿った。

さぁ、これにて、真の終幕だ。

 

「拙者の宝だ!」

 

平家の物語は、冷たい海の底で終わる。

彼の炎を掻き消すには、丁度いい。

 

「其れ『春の夜の夢』の如し」

 

遠坂組として戦い抜いた日々。

その思い出と共に、彼は壇之浦の海へと入水する。

深い海へどこまでも、どこまでも落ちていく。

泡と消える瞬間まで、教経は災害を離さなかった。

全てを諦めた后羿と、最期まで諦めなかった教経は、海の底で共に朽ちた。

 

オペレーションルーム、パークオブエルドラード、全ての人間がその美しき最期を見届けた。

第六区を救う戦い、その物語の終わり。

 

 

「拙者は謳う、『盛者必衰(しなばもろとも)』」

 

 

平教経、死す。

 

そして、ついに人類は、災害のバーサーカー『后羿』に勝利したのであった。

 

                                               【蹂躙編⑩『盛者必衰』 終わり】

 

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