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第四区博物館。
因果の観測、そして可能性世界の算出を行う未来測定器。
間桐桜が『ラプラスの悪魔』に準えたその機械は、ダイダロスとの決戦より少し前、不穏な未来を観測した。
第四区博物館のスタッフ、その一人が裏切り行為を働くと。
「まさか『彼』が。」
桜が見たのは、信じ難い事実である。
災害のキャスターに勝利できた先に、二つの道が出来ていた。
彼のサーヴァントが自らの意思を曲げ、彼の為に生きたならば、暗黒に染まることは無い。
だがもし、彼のサーヴァントが己の欲望のために、その命を放棄したならば、孤独な彼に付け入る者が現れる。
そして桜は、作戦会議において、彼に退出を促した。
今はまだ純粋な彼に、これ以上、関わらせる訳にはいかない。
非情さを兼ね備えた彼女の、彼に対する最期の恩情であった。
だが、未来はどこまでも残酷な方へ、確定してしまったようだ。
この二週間で、第六区が災害の手に落ちたように、そしてその後の数日間で世界が救われたように。
彼の人生は、大きな節目を迎えることとなる。
たかが数日間、なれど、『彼』の全てを変えるには十分すぎる時間だった。
そんな『彼』がついに動き出す。
【蹂躙編 エピローグ『鉄心』】
『盛者必衰(しなばもろとも)』
平教経の生み出した壇之浦の海と、エサルハドンの固有結界『連綿たりし我の国(ダ―リウム・マートゥム)』は消滅した。
そして第六区に暫しの静寂が訪れる。
海御前の宝具で押し上げた水の柱が効力を失った結果、地上にいる者たちへ涙雨のように降り注いだ。
これは災害を止めんとし、命を燃やした者たちの涙なのか。
その答えは誰にも分からない。
ただ一つ、第六区の地に立つ全ての人間が理解したこと。
それは、余りにも多くの犠牲を払いつつ、ついに災害を倒したということだ。
「教経」
龍寿は彼の泥臭くも、美しい最期を見届けた。
彼だけの仮面セイバーは、かくして世界を救ったのだ。
悲しみと同時に押し寄せた感情はきっと、誇らしい気持ち、そのもの。
ならば、龍寿が取るべき行動は一つ。
教経の勇姿に、敬礼する。
命を落とした者たちに、敬礼する。
「龍寿様」
「終わったんだ。ようやく、遠坂組の戦いは。」
龍寿の傍にいたリカリーは、目に涙を浮かべながら、龍寿と握手を交わす。
エラルとロイプケも互いに手を取り合った。
そしてミヤビは一人、屋上へ上がり、夜空の先を眺め続けた。
鳥の怪物となり、太陽をどこかへ隠してしまった相棒は、あの空の彼方にいる。
―そんな、気がする。
「ロウヒ、サンスイ、終わったよ。」
アインツベルンは此度の戦いで全てを失った。
ミヤビは自らの罪を認め、その先へと進んでいく。
遠坂と違い、幹部のいないこの企業は、衰退の一途を辿るだろう。
その事実を、彼女は涙を呑んで受け入れる。サンスイが築き上げたもの、そして彼女の命すらもミヤビが台無しにしてしまったのだから。
「ミヤビ!」
ふと、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
屋上への階段を上って来たのは彼女だけでは無かった。
ミヤビと同じ顔の少女、美頼もその姿を見せる。
「足、大丈夫なの?」
「なんじゃ今更」
「痩せすぎで筋肉が無いように思えたから。普段は杖を使っているのでしょう?」
「そうじゃな。お主を背負った辺りで足腰を痛めてしまってのう。」
「でも、階段の昇り降りができる程度には大丈夫ってコトね。」
ミヤビが皮肉めいたことを告げても、美頼はそれに悪い笑みで返答してみせる。
同じ自分自身であるが故に、互いの思考は手に取るように理解できた。
「美頼、ロウヒの無限鋳造機サンポはどうした?」
「世界を解放するための鍵は、まだ確かにあるけれど、私にはもう使えない気がする。バーサーカーだから、これを駆使することが出来た。でも私にはとてもじゃないけど、使いこなせない。私そのものがポホヨラの大地に取り込まれてしまうでしょう。」
「そうか、ならば鍵はただのお守りじゃな。」
「うん、ただの、とても大切な、お守り。」
美頼はミヤビと共に、美しい星空に思いを馳せた。
一秒を争う戦いの先にあったものは、長い静寂の夜であったのだ。
※
第六区の荒れ果てた地で、一人の少女が旅立とうとしている。
赤い糸で結ばれ、あらゆる次元、因果を超えた本物の王。
いま、淡い桃色の髪が光の粒子に包まれた。
「エサルハドン」
「……充幸」
エサルハドンは、只一人のマスターである充幸の頬に手を伸ばした。
掠り傷から滲み出た血と、伝う涙を拭う。
初めて出会った、とても懐かしい彼女。
暴虐の王は、これまでにない、温かな笑みで少女の悲しみを受け止めた。
「お別れだ、充幸。」
充幸は、確かに、鬼頭充幸となった。
もはやこれまでの身代わり王はそこにはいない。
彼女は人間だ。
ならば、英霊として、その背を押す必要がある。
「頑張れ、充幸。頑張れ。頑張って、生きていけ。」
「エサルハドン……」
「また必ず会えるさ。貴様が我を求める時、我はその声に応えよう。」
「うん。」
エサルハドンの存在が、このオアシスから消滅してゆく。
ただ一度きりの奇跡、二度とは起こらない夢物語。
それでも、二人は指切りした。
また必ず会おうと、誓い合ったのだ。
「鬼でも、英雄でもない、ただの女の子、それが鬼頭充幸。いつか、貴様が幸せに生きていけるその日まで、我はずっと見守っている。」
そしてエサルハドンは退却した。
残されたのは、空っぽになったオートマタ人形。
波蝕の魔眼のレプリカが、暗闇の中、ひときわ輝いているように感じられた。
充幸は小指を突き出したまま、空の人形を見つめ続ける。
たった一分足らずの邂逅。だが、満たされるものはあったのだ。
エサルハドンの起こした奇跡は、きっと只の奇跡では無い。
時空も、因果も超えた『献身』。
充幸と、ついでに世界も救ってしまうような、破天荒極まる『献身』なのだ。
「ありがとう『アサシン』。」
きっと本物が暗殺者のクラスで呼び出されることは無いけれど
それでも、彼女は充幸の『アサシン』なのだ。
それはどれだけ時が流れようと、変わらない筈だから。
オペレーションルームにいた者たち、パークオブエルドラードに避難していた区民たち、皆がこぞって第六区の焼け野原に足を踏み出した。
元の美しき田園都市に戻るには、どれだけの歳月がかかるのだろう。
遠坂組当主、遠坂龍寿は誓う。
都市開発を一手に担ってきた大企業として、その人生を尽くして、開発都市第六区を復興させる。
教経が救ったこの世界を、今度は龍寿が守っていく。
ヒーローはバトンタッチした。英霊に代わり、これからは人間自らが、命を懸けて繋いでいくのだ。
「行こう、皆。」
龍寿を先頭に、皆が歩き出した。
屋上にいた美頼や、手錠をかけられたミヤビもそこにいる。
世界を救ったのは、教経だけでは無い。
彼の進む水の道を生み出した者、最期の功労者に会いに行くために。
※
「あの愚かな元夫は、やり遂げたのですね。」
海御前は地に這いつくばりながら、静かな笑みを浮かべた。
もう立ち上がることもままならない。
文字通り、全てを使い尽くした。
回復には相当な時間がかかるだろう。
もしかすると、完全な回復は、出来ないかもしれない。
瞼を閉じれば、気を抜けば、消滅してしまいそうである。
だがまだ、退却する訳にはいかない。
「禮士さまに、会いたい。」
愛すべきあの人の元へ
彼女はなんとか立ち上がろうとして、しかし、失敗する。
もはやその右手は溶け落ちていた。
左手も、時間の問題であろう。
水を失った河童は、怪異でも何でもない。
弱小生物そのもの、放っておけば、自然そのものに食われてしまうだろう。
「駄目、ね、此方は、本当に、駄目、なんだから」
海御前は泣いていた。
まだ体内に水が残されていたのが不思議なほどである。
最期まで、悲しみの涙は残っていた。
「此方の、身体は、本当に、意地悪ですね」
海御前は手を無くした腕で、ごしごしと両目を擦ってみせる。
この涙はなんだ。
教経を失った涙か、独りで死にゆく寂しさか。
どちらも、この先生きていくためには不必要なものの筈だろう。
それでも、自然と流れ落ちるのは、彼女が怪物となり切れない証拠でもある。
「……たん!」
ふと、遠くから、声が聞こえた。
その声は、いま彼女が、最も求めていたものだ。
荒れた野原を駆ける足音。
彼女を呼ぶ声が、だんだんと近付いて来る。
「あまたん!」
海御前は声のする方を向いた。
焼けたクタクタのコート、整えられていない髪と髭、不愛想で、とても優しいヒト。
彼女の、心の底より愛する者が、そこにいた。
衛宮禮士。
彼の為に、彼女は命を砕いて走ったのだ。
「禮士……さま……」
「あまたん!大丈夫か!あまたん!」
彼と交わした口づけの味を思い出す。
ブラックコーヒーの苦み。
それは決して不快なものでは無かった。
妻と子を、そして相棒を失い、感情を捨てた彼が見せた恋心。
それは海御前にとって何よりも嬉しいもので
彼女が生きる希望になったのだ。
走る禮士。
そんな彼を見て、もう一度奮い立った海御前。
その再開は、何よりも美しく。そして
何よりも残酷であった。
「禮士さ…………」
海御前の目の前で、異常は起こった。
彼女の体にまで、飛び散った生暖かい液体。
それは、彼の体内に流れていたものだ。
「え」
海御前は状況を理解することが出来なかった。
世界を救う奇跡のあとで、このようなことは有り得てはならない。
物語は、得てしてハッピーエンドで終わるべきものなのだ。
だが、目の前に広がる現実は、違っていた。
衛宮禮士の心臓は、何者かに貫かれた。
ぽっかりと空いた穴から、巨大な刃物が覗いている。
禮士もまた、何が起きたのか理解できていない。
「あら、『油断大敵』、『勝って兜の緒を締めよ』ってヤツじゃない?」
彼の背後に立つ着物姿の女は、禮士の胸を貫いた大剣を引き抜いた。
そしてその身体に多量の血液を浴びながら、恍惚とした表情を見せる。
禮士は何とか振り返り、敵の姿を確認した。
それは以前、彼を襲撃した、アヘル教団のサーヴァントである。
「わらわ、言わなかったかな?『蹂躙が始まる』って。」
「沼御前……っ!?」
「以前、禮士さまだけに大切な話をしに来たと、そう言ったでしょう?」
禮士は崩れ落ちる直前、彼女の身体に浮かび上がる、光の線を見た。
美しい幾何学模様は、彼にとって酷く懐かしいものだ。
だが、決して、このオアシスに存在してはならないもの。
何故、どうして、身体の痛みより先に、その疑問が口に出る。
「マーシャ………………?」
彼の若き相棒、サハラの地で命を落とした少女、マーシャスフィール・フォン・アインツベルン。
その魔術回路が、この沼御前に埋め込まれている。
「わらわの話って言うのは。そういうこと。サハラの地で、災害のアサシンがマーシャちゃんの肉体と引き換えに、貴方に三画の令呪を渡したでしょう?そのおかげで、貴方と后羿の繋がりは消えなかった。貴方はその三画で、見事、世界を救った。わらわはそのおかげで、人間用に調整されたヴェノムアンプルを使用できる。まさにウィンウィンな取引だったということ!なんて素敵!」
災害のアサシンがサハラから持ち帰った少女の遺体。
その魔術回路は摘出され、あろうことか、妖怪である沼御前に移植される。
アインツベルンの魔術回路を宿した彼女は、七つのクラスのアンプルを自在に使用できるようになったのだ。
「俺の……失われた筈の令呪は……まさか、ルーラーが……」
「そ!おめでとう禮士さま!大切な、とても大切な、実の子のような存在を犠牲にして、世界を救えたのね!さいっこうの気分じゃない!?ねぇ?ねぇ?世界を救えた感想は?ねぇ?」
沼御前は嘲笑う。
彼女は以前禮士と出会った時、彼の身体に彼女の肉体を構成する微量の汚水を付着させていた。
それを媒介に、第六区の戦いを見届け、海御前が戦闘不能になり、教経の死した今、こうして姿を現したのだ。
もっとも警戒が緩むその瞬間、彼女はヴェノムセイバーの力をその身に宿し、禮士を貫いた。
「わらわは、禮士さまのことが大好き。その絶望した表情をずっと見ていたいと思うけれど、でも駄目。知っちゃったんだよね、災害のアサシンの真名。なら生かしてはおけないの。」
「……っ!」
海御前はその目に炎を燃やし、何とか立ち上がる。
だが、海御前の大剣はこの瞬間、加速した。
禮士は、海御前の顔を見る。
そして、恐怖と絶望に染まりながら、それでも、最期まで彼女の身を案じた。
海御前は、禮士は、愛する者へと手を伸ばす。
「あまたん逃げろ!」
そして
沼御前の大剣は、線を描いた。
右から左へ、『阿久良王』の刃は振るわれる。
后羿の霊薬を口にした禮士は、心臓を貫かれただけならば、死なない。
だが、沼御前がそれを知らない筈も無い。
その瞬間、彼の首が宙に舞った。
沼御前の刃が、禮士の首を切り落した。
「れい…………」
胸を貫くよりも激しい血液の雨が、二人の女に降り注ぐ。
海御前の伸ばした左手が、彼に届くことは無かった。
斬られた胴体はその場に崩れ落ち、そして落ちてきた禮士の頭を、沼御前はキャッチする。
彼女はこの上なく幸せそうな表情で、海御前の絶望を眺めていた。
「禮士さまの魔術は、脳に関するものだったわよね。ならちゃあんと、この頭も有効活用しないとね。貴方には残りの胴体をあげる!独り占めは、よくないからねぇ?」
沼御前は背を向け、去ってゆく。
海御前は唇を、舌を、嚙み切る程に食いしばり、執念と怨念で再起した。
もはや燃え尽きたような肉体で、沼御前を殺さんと走り出す。
だが、今の彼女では追い付けない。
もはや足も溶けだした彼女には、沼御前の背はあまりにも遠すぎた。
そして倒れ込む海御前。
彼女が覆い被さったのは、禮士の香りがまだ残った、氷のような胴体。
温もりも、柔らかさも、温かい笑みも、そこには無かった。
彼女はその身体に縋りつき、零れ落ちる血液をその頬になすり付けながら、
叫んだ。
ただ、叫んだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
龍寿が、皆がその場に駆け付ける。
そして、その惨状を目の当たりにする。
泣き崩れる者、固まる者、暴れ出す者、絶望する者。
衛宮禮士を知る全ての者が、彼の死を嘆き、そして苦しんだ。
海御前の慟哭は終わらない。
最愛の者が、そこにいない。その事実を受け入れることは、きっと彼女には出来ないだろう。
災害のバーサーカー『后羿』との戦いは、第六区に甚大な被害をもたらした。
シェルターへ入らず逃げたものの中には、悪獣に食い散らかされた人間もいる。
此度の戦いで、ロウヒが、モスマンが、アマゾニアが、教経が、様々なサーヴァントが犠牲となった。
そして衛宮禮士の死によって、この戦いは幕を閉じる。
なれども、彼らは『災害』に打ち勝った。その事実は変わらない。
人間の意地と根性で、第六区は守られたのだ。
無論、彼らが勝利の美酒に酔いしれることは無いだろう。
だが絶望の先に、一筋の希望があることを信じて、進んでいくしかないのだ。
それが失われた者たちへの弔いとなる筈だから。
これより、開発都市第五区、アヘル教団の『蹂躙』が始まる。
対災害共同戦線『ルラシオン』の戦いは続く。
荒廃した開発都市第六区。
その地に、足を踏み入れる者が一人。
彼女はここで起きた一連の事件を、知ってか、もしくは、知らずに、来訪した。
彼女の知る懐かしき故郷は、そこには存在しない。
「今更何しに帰って来た!って、怒られそうだよネ。」
彼女の問いかけに、隣の鎧武者は答えない。
常に寡黙である。だが、それが良い部分でもあるのだ。
「龍寿兄ちゃん、生きてるかナー」
彼女は後頭部を掻き毟りながら、遠坂組総本山へ向けて歩き出した。
彼女の名は『遠坂 杏寿(あんじゅ)』。
龍寿の実の妹にして、オアシスの冒険家である。
彼女の帰還が、ルラシオンに波乱を齎すこととなる。
【To Be Continued】
后羿が死したその時、焦土と化した都心部で、戦っていた者がいた。
最期の悪獣『封豨』の進行を食い止めるべく、巴と雪匣は果敢に立ち向かう。
嵌合体鑿歯との戦闘でアンプルを過剰投入した巴は、今にも力尽きる一歩手前であった。
雪匣はまだ余裕であったが、巴を保護しつつの戦闘で消耗を強いられている。
「すみません、雪匣先輩」
「大丈夫?巴」
そしてついに、巴はアキレウスのアンプルを使い果たした。
彼女の身体から抜け落ちる英霊の力。
両足が義足の彼女は、その場に立っていることもままならない。
雪匣が彼女を支えようとするが、封豨の突進により、不意を突かれた雪匣は場外に投げ飛ばされた。
「雪匣先輩!?」
そして人間の姿に戻った巴の前で、封豨が舌なめずりする。
鼻息は荒く、彼女の軽い体重はそれだけで飛んで行ってしまいそうだ。
后羿の消滅により、封豨も消滅しようとしている。だが、最後に、この怪物は女の肢体を補給しようと暴れ出したのだ。
まさに絶体絶命の危機である。雪匣は体勢を崩しながらも、すぐさま矢を番える。
だが、あと一秒が間に合わない。
封豨はその巨大な口で巴へと襲い掛かった。
そして雪匣の矢が届く、そのとき、封豨の前に立ち塞がり、これを食い止める者が現れた。
〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムイーター』:『八岐大蛇(やまたのおろち)』現界します。〉
帯刀した刃を抜き、高速の一閃で、封豨の肉を叩き切る。
そして背後から現れた八の蛇が、悪獣の身体に喰らい付き、これを解体した。
雪匣の矢は対象を射抜くことなく、はるか遠くへと飛んでいく。
后羿の悪獣は、僅か一秒で消滅した。
「大丈夫か、雷前。」
巴の前に立っていたのは、八の蛇を従えた、剣士である。
その長い青い髪をばっさりと切り落とし、爽やかな風貌となった。
だがその目は、以前のものとは異なり、蛇の眼となっている。
巴が見間違える筈も無い。彼女を助けた存在は、彼女にとってもっとも大切な……
「オピス先輩」
彼女はそう呼んだ。
『オピス』、それが彼に与えられたコードである。
彼は巴の方を振り返り、あどけない笑みを見せた。
「おいおい、俺の方が雷前の後輩だろう?」
彼は一週間前、その力を手にした。
適正者の中でも、群を抜いて才能が開花した彼は、早くも実践投入されることとなる。
開発都市第六区で二人とはぐれてしまった彼は、陰で悪獣と戦いながら、彼女らを探し求めていた。
「いえ、先輩は、私にとって、ずっと先輩ですから。」
巴はここで力尽き、意識を失った。
オピスは彼女を抱き留め、そして背負った。元は、スネラクの抹殺任務を与えられていた彼だが、雪匣同様、サーヴァントでない存在を殺すことは出来ない。だから、スネラクを説得するつもりでこの地に足を踏み入れたのだ。
彼は雪匣の元へと歩いて行く。
何故か雪匣は、彼の行動に憤慨していた。
「何だよ。」
「いま、巴のこと、抱き締めた。」
「あぁ。倒れそうだったからな。」
「むーーーー……」
雪匣は分かりやすいくらいに、嫉妬心を剝きだしている。
オピスはそんな彼女に呆れつつも、愛らしく感じていた。
「ったく、任務は失敗だ。俺たちの『楽園』に帰るぞ。あの人が待っている。」
「うん、そうだね。」
オピスと、ウラルンは歩き出した。
二人は互いに見つめ合い、そして笑い合った。
ようやく、再会できたのだ。この幸せな瞬間をいつまでも噛み締めていよう。
「行くぞ、雪匣。」
「うん、鉄心。」
ヴェノムイーター『オピス』、またの名を『鶯谷 鉄心』。
彼は彼の正義のために、第四区博物館へ牙を剥く。
【蹂躙編 完】
ついに、起承転結の「承」が終了しました。
次回、クロノスアンサー前後編へ話は移行します。
お楽しみに!