Fate/relation   作:パープルハット

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ついに起承転結の「転」の部分へ来ました!
新たなる戦い『キングビー編』へと繋がる物語!
感想、誤字等ありましたらコメントにお願い致します!


クロノスアンサー 前編

【シェイクハンズの悪夢】

 

人間は常に『生』の立場から物事を判別する。

彼らが『死』の側に立つのは、その境界線を彷徨う瞬間に他ならない。

世界終末の日が来たとして、どれ程の人間が境界線で揺らぐのか。

自らの寿命を受け入れるのか、はたまた、抗うのか。

『生』に立つか、『死』に立つか。

それは個々の人間性に委ねられる、と言えよう。

 

十年前、世界の均衡は崩壊した。

何事もなく、平穏に終わる筈の、余りにも長い一夜。

人々の希望が霧散したその日。

開発都市第三区は悲鳴を上げる。

 

『万古不易の迷宮牢(ディミョルギア・ラビュリントス)』

 

災害のキャスター『ダイダロス』の最高傑作。かの怪物ミノタウロスを幽閉した大迷宮。

堅牢な壁が、開発都市第三区を守るように出現した。

ダイダロスは片翼で宙へ浮かびながら、仄かに光る月を眺めた。

クレーターに被さる様に、『彼女』は佇んでいる。

この空の支配者は、もはや災害では無い。

 

「抑止力(カウンターガーディアン)、か。」

 

オアシスの大地が悲鳴を上げた時、彼女は生まれ落ちた。

英霊の肉体を以て誕生する、終末装置。桃源郷のリセッター。

天女の舞にて、災害すらも魅了する彼女は、人々からして『神』そのものであった。

 

「災害のサーヴァント、なんてものは、彼女にとって生温い存在だ。彼女こそが真の『災害』だ。」

「くだらねぇ」

 

ダイダロスの慎重かつ冷静な判断を鼻で笑う者。

彼の隣に浮かび上がったのは、古傷の輝きし大英雄である。

その手には黄昏の大剣『バルムンク』が握られていた。

災害のアーチャーが、彼女の討伐に名乗りを上げたのである。

 

「カカカ!俺の剣が、負ける筈ねぇだろ。お前はそこで黙って見ていろ、ダイダロス」

「待て、アーチャー。援軍で后羿が来るはずだ。」

「はっ!それは過剰投入って奴だぜ。太陽をあの月の方へぶん投げるつもりかよ!」

 

災害のアーチャーはダイダロスの制止を無視し、大剣という名の矢を番えた。

彼の絶大なる宝具は、失墜剣を射出し、その圧倒的な破壊力で全てを焼き尽くす。

空に浮かぶ小娘の一人や二人、殺せぬ筈も無かった。

 

『投射式幻想大剣・天魔失墜(シューティング・バルムンク)』

 

一筋の光線。

闇夜を切り裂き、天高く駆け上がる。

そして彼女の元へ。

 

「…………」

 

彼女の胴を突き破り、血液の雨を降らせる。

見事命中した。彼女は避けることも、防ぐこともしなかった。

大剣はブーメランのように反転し、アーチャーの手に戻る。

二人の災害の中には拭い切れぬ違和感があった。

 

「クソアマが。俺の宝具を真正面から受け入れやがった。聖母を気取りやがって。」

「タフだな、回復や戦闘続行のスキルは有していないように見えるが、あれでは格好の的だ。」

「的なら結構。もう一発顔面に叩き込むだけだぜ。」

 

アーチャーは再びその手に弓を握り締めた。

この災害に魔力の枯渇は無い。輪廻という聖杯からの供給のみならず、彼はこの地で度重なる『栄養補給』を行っている。

それは他の災害にとって醜い行為である筈だが、人間を気取るアーチャーにとって当たり前の行動だった。

彼が全力を出すまでも無い敵だ。そう結論付け、慢心する。

 

『投射式幻想大剣(シューティング)───』

 

宝具の二連射が成されるその時だった。

月を背景に君臨した彼女は、その掌から『何か』を零した。

ダイダロスが目視で確認するに、それは凡そ戦闘中とは思えないものであった。

 

「飴玉(キャンディー)、か!?」

 

その口内に甘露を届けるカラフルな球体。

ポップな紙に包まれたそれは、ハロウィンさながら、第三区の子ども達へ、大人達へ、ばら撒かれる。

アーチャーは気が抜けてしまったが、ダイダロスは虫の知らせで、飴玉への砲撃を開始した。

迷宮の防衛システムを稼働させ、宙から落ちてくる飴を一つ一つ丁寧に撃ち落としていく。

だがその数は留まるところを知らない。雨の如き飴が、第三区へと降り注ぐ。

 

「ダイダロス、何を焦っている。たかがガキの菓子じゃねぇか。」

 

アーチャーは落ちてきた一粒を、その右手で掴んだ。

そしてそれを口に放り込む、その刹那。

何かが、起きた。

それは予想だにしない出来事だ。

アーチャーの右腕は『何か』に切り落とされ、第三区へと落ちていく。

彼が掴んでいた筈の甘い菓子はどこかへ消え、痛みだけがそこに残された。

ダイダロスはその一部始終を確認していた。

アーチャーがキャンディーを手にした瞬間、その形状が変化し、飴玉は巨大な剣と化した。

否、これは幻想だ。

災害二人は、幻を見ていた。

落ちてくるのは、可愛らしい菓子などでは、毛頭ない。

目を見開き、覚ます。すると景色は早変わりする。

ダイダロスは、そしてアーチャーは、ことの異常さを、危機的状況を終ぞ認識した。

 

降り注いでいるのは、無数の『バルムンク』だ。

 

アーチャーの放ちし宝具が、何十倍にも、何百倍にもなって、反射した。

開発都市第三区へ、『投射式幻想大剣・天魔失墜(シューティング・バルムンク)』が無数の光線となって落ちてくる。

ダイダロスの迷宮を貫き、徐々に、確実に、崩壊させていく。

 

「まずい!」

 

ダイダロスは降り注ぐ雨の一つ一つに対処していくが、無論、間に合わない。

アーチャーは自らの絶技を真似られたことに心底腹が立ち、光線の間を縫って、彼女の元へと跳び上がる。

模造、偽造、『偽』という概念そのものが、彼にとって度し難いものだ。

アーチャーは災具の発動に躊躇しない。

 

「アーチャー!第三区を滅亡させる気か!」

「知ったことかよ!クソアマ!お前だけは許さねぇ!」

 

そしてアーチャーは〇〇〇を取り出し、彼女の心臓目がけて発射した。

決して避けることをしない彼女は、その身に災具の光を浴び、失墜する。

そしてアーチャーの災具は、彼女だけでなく、ダイダロスの迷宮と、第三区の多くを焼き尽くした。

ダイダロスは何とか、避難区域の一部を守れたが、それでも、余りにも多くの犠牲を出してしまった。

半壊した第三区。一夜にして荒廃した世界へと様変わりしたのだ。

災害二人の手によって、抑止の存在は排除された。

しかし、結果、開発都市第三区は滅んだ。

 

生存した人間たちは、この一夜を『シェイクハンズの悪夢』と名付け、語り継ぐ。

革命の狼煙があがる、その日まで。

 

 

開発都市第四区。

夜闇に包まれる自然公園で、一人の少女が目を覚ました。

彼女は誰かの太腿の上で、ぐっすりと眠っていた。

白髪に、光の灯らない漆黒の目をした青年の顔が覗き込む。

 

「お目覚めですか?」

「…………」

「太陽は出ていません。でも、今日は満月です。闇夜に目を慣らす必要も無いでしょう。」

「…………ここは?」

「開発都市第四区です。貴方は森の中で倒れていたのですよ?」

「…………倒れていた、私が」

「とりあえず、腹部の損傷は治療しておきました。これだけ傷付いているのに、まだまだ元気とは、とてもタフなのですね。」

「…………貴方は、誰だ。」

「私は、しがない聖職者です。人を助けるのに理由のいらない仕事柄です。」

「神父か。」

 

少女はゆっくりと身体を起こした。

そして辺りをキョロキョロと見回す。

つい先程まで、戦いの渦中にいた筈だ。

 

「それにしても、珍しいクラスでの現界なのですね。クラス『偶像(アイドル)』とは。エクストラクラスでも、確認したことがありません。」

「何故わかる?」

「貴方は仮受肉用肉体を用いての召喚ですので、その内部データをデバイスに流せば一目瞭然……って、聖職者が人様のプライバシーを侵害するのは冒涜ですね。申し訳ございません。」

「構わない。私は、私だ。」

「そうですか。でも貴方の本当の名は見えませんでした。聖遺物のデータがありませんからね。召喚者の名も不明。場所も不明、時期も不明。分からないことばかりです。」

「そんな一級のお尋ね者を、貴方は助けるのか。」

「司祭ですから。そして、個人的な興味、というのもあります。」

「興味?」

「貴方ですよね。開発都市第三区を火の海に変えたのは。」

「そうだ、と言ったら?」

「災害に匹敵するその力を、放置しておくわけにはいかないでしょう?」

 

司祭は立ち上がり、少女と向かい合った。

その視線が交わる。冷たい空気が流れ込んだ。

少女は手負いであるが、目の前のたかだか人間一人に後れを取るつもりは無い。

だが、司祭が彼女を排除する目的ならば、治療など行う筈も無いだろう。

 

「私の力を求めるか?」

「ええ。世界を救う為に。」

「救う?」

「災害を根絶やしにする為に、貴方が必要なのです。」

「人間風情が、私をコントロールできるとでも?」

「いえ。主従では無く、共闘、であるならば。私は貴方が万全に戦える舞台を整えます。貴方はそのとき、好きに暴れていい。暴れ回るその時期だけを、私に選ばせて欲しいのですよ。」

「世界を救う為に?」

「ええ、世界を救う為に。」

 

司祭はその手を差し出した。

彼女は一瞬戸惑うが、彼の漆黒の瞳に吸い寄せられるように、その手を握り締めた。

 

「改めまして、私の名前は『言峰クロノ』。ここ第四区の、とある博物館で副館長をしている者です。街外れの教会で司祭業も営んでいます。これからよろしくお願いしますね、アイドル。」

「私の名は─────だ。アイドル、と呼ぶのは辞めろ。」

「……それが貴方の真名なのですね。でも、その名は隠した方が良さそうです。では仮に『アサシン』と呼ぶことに致しましょうか。」

「アサシン?」

「ええ。同じ、アから始まる四文字です。どちらかというとアーチャーの方が貴方らしいですが、そこはそれとして。」

「……良いだろう。貴方がもし私を利用するというならば、私も貴方を存分に利用させてもらう。英霊というものには、マスターがいてこそ、だろうからな。」

 

第四区の地で

言峰クロノと、アサシンは出会った。

この出会いが、やがて世界に混沌を齎すことになるとは、まだ誰も知らない。

 

【クロノスアンサー 前編】

 

革命軍過激派組織『ハンドスペード』領地。

シンボルとして高く聳え立つ天守閣。組織の構成員たちは、その鮮やかな赤色を『竜宮城』と呼んでいた。

建築に携わったのは、何を隠そう『浦島太郎』その人である。ハンドスペードの奪取したアインツベルン製オートマタから呼び出された伝説の英雄は、己が宝具をモチーフに、煌びやかな竜宮(ユートピア)を造り上げたのだ。そこは海の底に在らずとも、まるで別世界のような領地と化す。

だがしかし、城主は『浦島太郎』では無い。そして彼の恋焦がれる『乙姫』ですら無い。

物語の英雄は、度重なる戦いの中で消息不明となった。死んだのか、はたまた、愛すべき乙姫を探す旅に出たのか、真相は謎である。

浦島太郎が去りし後、この城を我が物として占拠したのは、一人の姫君であった。

 

名を『細川ガラシャ』。本能寺の変にて織田信長を討った明智光秀の三女であり、細川忠興の本妻である。日ノ本生まれでありながら、キリシタンに改宗したことで知れる。

忠興の異常な愛故に幽閉された彼女には、英霊となった後も、忠興の亡霊が付きまとっている。彼女が存在する場所に、忠興の病的な愛が宿りしめ、彼女をその場から出さまいとする。竜宮の中で召喚されてしまった彼女は、城塞の外へ一歩も出ることの叶わない呪いに苛まれてしまった。

故に、あれよあれよという間に、天守閣の守り人、ハンドスペードの希望の星として祭り上げられてしまった。

この悲運の姫君に謁見が許されるのは三人。

 

ハンドスペードの将軍、リーダーを務めるライダー『欠地王ジョン』。

細川ガラシャと共に呼び出されたキャスター『果心居士』。

形意拳の使い手にしてその普及に尽力したセイバー『李存義』。

 

それぞれが組織の政治、経済、武力を担い、ガラシャを象徴とする国家として成立していた。

このとき、間違いなくハンドスペードは、革命軍の中で最大規模であっただろう。

 

そもそも、革命軍のルーツはどこにあるのか。

元々、開発都市第三区は工業都市として栄えており、二大有限会社が、切磋琢磨しつつこの区を盛り上げていた。

道路建設を専門に行う『有限会社グローブ』、そして橋の建設を専門に行う『有限会社ダイヤモンドダスト』。

人間が組織し、サーヴァントと共にライフラインを築き上げてきた二大企業は、ある日を境に、運命を狂わされることとなる。

人々はその日を『シェイクハンズの悪夢』と呼んだ。

 

グローブとダイヤモンドダストが共同建築設計した、新たなるライフライン『シェイクハンズ』は開発都市第三区から第四区にかけての、一本の巨大な産業道路である。二社の壮大な夢を賭けた一大プロジェクトは、守り神『后羿』不在ゆえに財政難に陥っていた第三区と、『ダイダロス』の運営により経済成長を見せていた第四区を繋ぐ、希望の架け橋となる筈だった。

第三区で生まれた子らに、新たなる選択肢を与えられるかもしれない、資金を投じ、人を投じ、未来を切り開く誇り高き仕事。

 

それは一夜にして、崩壊することとなる。

 

運命の日、第三区に突如、謎の暴走サーヴァントが出現する。

開発都市オアシスを排除すべく呼び出された『カウンターガーディアン』。

そしてそれを迎え撃つ、災害のキャスターと災害のアーチャー。

三騎の激闘の末、開発都市第三区の都市機能は停止し、その半分以上が焼け野原になった。

加えて、大橋シェイクハンズもまた、崩れ去った。

第三区民の多くが怪我を負い、心を失い、そして、命を落とした。

夢と希望に溢れた一大プロジェクトは霧散したのである。

 

そこから数年、生存した人間たちは、街の復興に努めた。

彼らは失われた二大企業の名を借り、甚大な被害をもたらした災害へ反旗を翻す組織を構成する。

区を守ることを怠ったキャスターを恨む者は、『革命軍ダイヤモンドダスト』へ。

区を自ら破壊したアーチャーを恨む者は『革命軍グローブ』へ。

後に、これらの意味は失われ、過激派、穏健派、と区切られていくこととなる。

二大革命軍は、当初、互いに手を取り合い、災害の打倒を目論んでいた。

が、しかし、互いが別の災害を恨んでいる以上、そこに抗争が生まれる。

グローブが隠し持っていた、災害を打破できるかもしれない聖遺物、これを巡って内紛が勃発した。

 

その聖遺物とは『雷上動(らいしょうどう)』、その一部だ。

 

雷上動とは、春秋時代、楚の国の『養由基』が有した伝説の弓であり、悪獣『鵺』を撃ち殺したことで知れる。

その一部を入手したグローブは、災害のアーチャーを同じアーチャークラスの『養由基』を以て、討伐せんと動き出した。

だが、災害を殺し得る武器を前に、ダイヤモンドダストが黙っている訳にもいかない。

ダイヤモンドダストの人間と、属する英霊たちは、グローブと協定を結びつつ、それを破り、夜襲に打って出た。

結果、グローブの戦力の一部が血祭りに遭い、聖遺物はダイヤモンドダストの手に渡ることとなる。

ここで、グローブは二つの派閥に別れた。

同じ革命軍同士で争うことを好まない穏健派は、そのままグローブの名を名乗り、

ダイヤモンドダストを許さない派閥は、自らを『ハンドスペード』と名乗った。

シェイクハンズの名を借りつつ、手と手を取り合うことを辞め、その手には剣を握り締めるべきだという信念が、ハンドスペードの名の由来である。

そして、ハンドスペードとダイヤモンドダストの戦争が勃発する。

数年に渡る抗争の末、ハンドスペードは巨大な組織となり、ダイヤモンドダストは滅び去った。

その戦いの最期、ダイヤモンドダスト側は最終手段として、雷上動を用いた『養由基』の英霊召喚を試みたが、あえなく失敗。

呼び出されたのは、彼の娘である『枡花女(しょうかじょ)』、それもセイバークラスでの現界であった。

枡花女には、雷上動は扱えない。彼女自身は、その弓を引くことが出来ない。

そして聖遺物自体も戦いの中で燃え尽きた。災害への対抗手段は、容易く、愚かにも、失われてしまったのだ。

 

開発都市第三区に残されたのは、過激派組織ハンドスペード、穏健派組織グローブ、そして元過激派組織ダイヤモンドダストの残党である。

ハンドスペードは勢力を拡大し、次第に、独立を謳うようになり、暴走し始めるのであった。

 

そして、運命の日が訪れる。

ガラシャの内殿に訪れたジョンは、どこか彼女を見下した態度である。

ここ数年、政治を司るジョンの態度は肥大化し、象徴たるガラシャを軽視するようになっていた。

ガラシャ自身も当然そのことに気付いてはいたが、城の外へと出歩けない彼女には、どうすることも出来なかった。

 

「ガラシャ様、吾輩は本日を以て、この国の大臣を退き、淡路の地へと向かう所存であります。無論、理由はお分かりですね?」

「ジョン…………」

「統合英霊『ヘラレウス』も、人造災害『氷解のヴァルトラウテ』も、吾輩とその部下が生み出した傑作です。そう、貴方のものでは無い!断じて無い!貴方はこの最奥の間にておままごとに勤しんでいたに過ぎなぁいのですから!」

「分かっていますわ、わたくしが、力不足であることは。」

「分かっているなら、よろしい。吾輩のことをよぉぉぉおおおく知っているガラシャ様ならば、理解して頂けますね?」

「…………」

 

ジョンは高笑いしつつ、部屋を後にする。

ガラシャの傍に立つ、二人の男は、ジョンに軽蔑の眼差しを向けていた。

 

「爺、わたくしはどうすれば、どうすれば良かったのでしょうか?」

「ガラシャ様は悪うございません。この果心居士はガラシャ様と共に在ります故。」

「爺……」

 

作務衣を着た、仮面の男、果心居士は、ガラシャの手を握り締めた。

だが、もう一人、李存義は、ガラシャに背を向ける。

 

「李存義、お主もガラシャ様を裏切るか?」

「否、俺の信念はガラシャと共に在る。だが、俺の指揮する部隊の多くが、ジョンに付いてしまった。俺の育てた子ども達だ。俺が情けなかったばかりに、ジョンの口車に乗せられたのだ。」

「お主……」

「そして俺も、また。」

 

李存義はガラシャの方へ振り向いた。

その表情は、苦悩で満ちている。

忠義か、それとも、血の繋がらない愛弟子たちか。

彼は揺れていた。

 

「お行きなさい、李存義。わたくしのことは構いませんわ。」

 

だからこそ、ガラシャは彼の背を押した。

ジョンの暴走を止められるならば、彼だけだ。

ハンドスペードの全部隊の父である彼が、第三区を離れるのは、大きな損失である。

だがそれでも、細川ガラシャは望むままにさせるのだ。

──彼は、この城の外へ羽ばたくことが出来るのだから。

 

「ガラシャ、すまない。必ず、あの大馬鹿者を捉えて、俺の家族と共に帰還する。必ずだ。」

 

李存義は髪をかき上げ、笑ってみせた。寡黙かつ冷徹な彼の、最初で最後の温和な笑みである。

彼はジョンの配下として、第四部隊の隊長格に任命され、淡路島へと旅立った。

 

そして来たるその日、『淡路抗争』は勃発する。

ジョン王率いる三百余りの軍隊が、淡路列島へ集い、独立を掲げた。

『ヘラレウス』『氷解のヴァルトラウテ』『李存義』、強力なサーヴァント達がジョンの決起を支える。

彼らの前に現れたのは第五区アヘル教団の戦士、その数なんと、たった三人。

ガラシャは李存義の身に着けた小型カメラから、一部始終を目撃した。

 

「ガラシャ様!」

「ガラシャさま。」

「ガラシャ殿!」

 

城の外側にいて、会ったことも無いのに、彼女を信頼してくれた人々、英霊たち。

彼女が真なる象徴として機能しなかったばかりに、彼らは揺らいでしまった。

ジョンの弁舌は彼らを勇気づけるものであったに違いない。

だから彼らは悪くない。ガラシャが自ら、彼らの手を離してしまったのだ。

 

そして惨劇は起こる。

 

ガラシャはモニターを通して、想像を絶する悪夢を目撃した。

ただの人間が、ガラシャの家族を、ガラシャの子らを、殺して回っている。

血しぶきが画面を何度も汚した。

悲鳴が、ガラシャの耳にこだました。

無限とも思える地獄が、そこには広がっていた。

 

「あああ」

 

そして李存義は、ただの人間、都信華と向かい合う。

彼が後れを取るはずなど、有り得ない。有り得ない筈だ。

彼はハンドスペード部隊の父なのだ。彼の敗北は、革命軍の敗北と同義である。

そして彼はガラシャに約束した。必ず帰ると、約束したのだ。

 

「女、俺はお前の戦闘をこの目で見てきた。三つの型を使い分けているな?」

「…………はい。『叛喜』『焦怒』『博哀』と私は呼んでいます。対象の身長、体重、拳の重さによって、これらは即座に切り替わる。」

「俺を、どの型で殺すつもりだ?」

「貴方は『焦怒』です。この拳が届くことを祈ります。」

 

それは瞬く間の決着。

信華の拳が李存義の心臓を抉る。

拳法の使い手同士であるが故に、一瞬のうちに、数々の読み合いがあったに違いない。

だがガラシャにはその過程など知りようも無い。

残された現実は、李存義の敗北だけだ。

 

「あぁ、マジかよ。」

「二の打ち知らず、とはよく言ったものですが、私もまだまだです。教師をやっている間に、腕が鈍ったようで。」

「化物が」

 

ガラシャの目前で、李存義は崩れ落ちる。

都信華は背を向け、歩き出した。敵に背を向けるというのは、戦場において死を意味する。だが彼女は李存義がもはや死んでいることを知っていた。警戒するだけ時間の無駄であったのだ。

 

「ガラシャ…………」

 

李存義にガラシャの叫びは届かない。

彼の身体から光の粒子が零れだした。

泣き叫ぼうと変わらない。李存義は己の役目を終えたのだから。

 

「ガラシャ…………すまない…………」

 

李存義は謝罪を口にする。

既に彼の愛弟子は皆死んだ。誰一人残らず駆逐された。

ハンドスペードは崩壊した。もし李存義がガラシャの元に残れば、次なる後継たちを育てていけたかもしれない。

だが、彼にはそれが出来なかった。ジョンの口車に乗せられた馬鹿な息子達を、見捨てる選択は出来なかったのだ。

だからこそ、彼は最期に、通信ユニットを立ち上げ、ガラシャに向けてメッセージを残す。

正真正銘、最期の忠義。細川ガラシャを生存させる為の、遺言だ。

 

『太郎を仲間に──』

 

李存義は言の葉を紡ぐ最中に、息を引き取った。

ガラシャは御殿で叫び続ける。

手を伸ばしても、変わらない非情なる現実。

悲しみと、怨念が、竜宮を包み込む。

李存義の遺した言葉は、いつの間にか、ガラシャの中から消え去って行った。

 

 

淡路抗争より一年後。

軍の九割を失ったハンドスペードは急速に衰退し、元いたメンバーたちもグローブの軍門へと下って行った。

そして遂にグローブは革命軍をまとめ上げる為に、ハンドスペードへと挑戦状を送り付ける。

それは和平協定であり、グローブとダイヤモンドダスト、両組織をグローブの傘下にすべき強行策でもあった。

穏健派でい続けたグローブも、当主が変わり、いよいよもって動き出したという事である。

無論、ガラシャには和平は受け入れ難きものだった。

ダイヤモンドダストを許すことは無い。そして、それを許したグローブもまた同じ。

手を取り合うことはあってはならない。ハンドスペードが握るのは、手では無く、剣である。

 

「ガラシャ様、ここは一度グローブと協定を結ぶべきで……」

「五月蠅いですわ、爺。わたくしは決して引き下がりません。」

「ですがガラシャ様。もはや戦える者はここには……」

「誇りを失ったのかしら、果心居士ともあろうものが。わたくしの決定は絶対ですわ。逆らうものはグローブにでも行ってしまいなさいな。」

「ガラシャ様…………」

 

ガラシャは最奥の間を勢いよく飛び出し、場内にある礼拝堂へ向かった。竜宮城内を無理矢理改造し、ガラシャが建造したものである。

その聖域に立ち入る者は極僅か。

ガラシャは巨大な十字架を前に首を垂れる。

そして両手を合わせ、祈りを捧げる。彼女が欠かすことの無い日課であり、誰にも邪魔されることなき時間だった。

 

「主よ、わたくしは強く在ります。李存義のときのような、弱さはもういらない。」

 

大切なものを、もう二度と失わない為に。

弱さは罪だ。それを認め、外へ漏らさない。

ガラシャは懸命に、神聖なるその場所で祈り続けた。

無宗派の人間にとっては酷く退屈になってしまう程の、長い時間が経過する。

顔を上げたガラシャは、そこで初めて、近くにヒトが座っているのを発見した。

 

「誰だ!?」

 

ガラシャは距離をとり、身構える。

男は頬を掻きながら、判断に困る顔をしていた。

彼のコールタールの如き眼は、見ている者を不安にさせる。

英霊のガラシャからして、この人間は異様であった。

 

「えっと、すみません。邪魔をするつもりは無かったのですが、余りにも美しい姿だったので。」

「誰だと、聞いています。」

「申し遅れました。私は『言峰クロノ』と申します。第四区にて小さな教会の司祭を努めている者です。今回は、ハンドスペードの方から依頼があり、足を運んだのですが……?」

「依頼?」

「はい。第三区の司祭たちに代わって、子ども達のために季節的なイベント、パーティーを催して欲しいと。ご高齢の神父様が多いので、昨年は数人が腰を痛めてしまったらしく、私のような若者が呼ばれた訳ですよ。」

「ハンドスペードにそのような依頼はありません。どこか別の革命軍と勘違いしていらっしゃるのでは?というか、どうやって城内へ立ち入ったのかしら。セキリティーは甘くは無い筈ですわよ。」

「門番の方に名刺を渡したら、そのまま入城出来ました。城主の方にお目にかかれるならば、と散策しておりました末に、立派な礼拝堂を発見したものですから。そこに美しい花が咲いているならば、見ていたいと思うでしょう?」

「神父様にも、俗世に染まり切った思考をしていらっしゃる方がいるのですね。」

「はは、これは手厳しい。」

 

クロノは白髪を搔き乱しながら、照れ笑いを浮かべてみせる。

ガラシャにはどうにもこの男が胡散臭く見えた。

 

「えっと、どうやら私は来る場所を間違えたようですね。では、私はこの辺りで。」

 

クロノは手を挙げ、ガラシャに別れを告げる。えらく重そうなビジネスバックを手に、礼拝堂を後にしようとした。

が、自らの領域に土足で入り込んできたこの男を、ガラシャが許す筈も無い。

彼がその扉の先へ足を踏み出した刹那、竜宮を支配する忠興の呪いが、クロノを殺さんと動き出した。

触手のように伸びた赤色の手が、無数に絡み合い、クロノの足を掬う。そして城の壁の中へと、取り込んでいく。

 

「これは」

「ここはわたくしのフィールド、逃げる場所など無くてよ?」

「麗しの貴方が城主様でしたか。これは失敬。」

 

クロノはビジネスバッグを何度も赤く染まる手に叩き付ける。が、実態を持たないそれは一切の反応を見せない。

彼の両足は確かに絡めとられている。だが彼自身はそれに触れることすら出来ない。

細川忠興の怨念は、ガラシャの美しさに囚われる男に対して必中である。その威力は通常の防衛時の二倍。城自体が醜悪な化物となり、攻め入る全てを食らい尽くす。

ならばこそ、ガラシャは召喚されてからここまで無事生き永らえてきた。ハンドスペードの本丸にして、最終兵器がこの竜宮である。

 

「うーん、参りましたね、どうするか。」

 

クロノはどこか余裕そうな雰囲気である。

ガラシャは彼の態度に苛立ちを覚えていた。

彼はこれまで数々の『呪い』に邂逅してきた。

中でも男と女の間に生じる呪いは、凄まじいと頷ける。

 

「(でも、災害のライダーが一番だったかな?)」

 

クロノは身に着けていた十字を握り締めると、目を瞑り、詠唱を始める。

それはガラシャには聞き覚えのない洗礼であった。

 

『私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない。』

 

クロノの身体、そしてその周囲に光が充ちた。

美しく、儚く、温かみのある光。それがガラシャの怒りと怨念の化身を断ち切っていく。

 

『抑制、弾圧、暴力、服従、恐怖に苛まれる全ての者に、解放の力が与えられる、故に傾聴せよ、そして私に従え。』

 

そして細川忠興の呪いは閃光と共に消失する。

長い詠唱の果てに、クロノは解放された。

額の汗を拭いながら、床に崩れ落ちる。

 

『神よ、憐れみたまえ(キリエ・エレイソン)』

 

ガラシャは目を丸くした。

彼の洗礼により、ガラシャを取り込む忠興の愛、その一部は消滅した。

今まで、彼女の力の通用しない者など、現れたことが無かった。

この城を攻め落とすべく現れた者は、皆解体され、城の壁の一部となった。

言峰クロノがいれば、ガラシャはこの城の外に一歩踏み出せるのかもしれない。

 

「おっと、疲れて寝込む場合ではありませんね。逃亡しなければ……」

 

クロノは額の汗を拭いつつ立ち上がると、そそくさとその場から離れようとする。

が、その腕をガラシャは掴んだ。そして彼に懇願する。

 

「傷つけようとしたことを謝罪します。お願いがありますの。クロノ神父。」

「え、あ、はい?」

「わたくしを、この城の外に出してはくれませんこと?貴方なら、きっと出来ますわ。わたくしが探し求めていた人こそ、貴方です!」

「え、えぇ?」

 

クロノはガラシャに両手を掴まれる。

聖職者である彼は、ガラシャの大きな瞳、可憐な指先、そして豊満な胸部に目を吸い寄せられ、煩悩に塗れていた。

美しい女の願いを無下にすることは出来ない。クロノのモットーは、『男は無視し、女を救う』である。

凡そ司祭とは思えない彼は、ガラシャの願いを受け入れることにする。

革命軍ハンドスペードは、ここから大きく変わり始める。

 

 

革命軍グローブの領地内。

王の鎮座する間にて、少女は臆せず正面からやって来た。

赤い絨毯の上を、華麗なステップで駆けまわる。派手な衣装を着飾る少女は、この厳格な雰囲気には全くもってそぐわなかった。

 

「我は忙しいのだが?用件は?」

 

王は偉そうに肘をつき、足を組む。

臣下の男たちは王の苛立ちに身体を震わせていた。

 

「アポイントを取る時、デバイスにメールを送った筈だけど、もしかして王サマ、内容読んでない感じ?」

「我が現代の精密機器に精通していると思うなたわけが!というか超不敬!誰が貴様の絵文字だらけの文章なんぞ読むか!」

「(え、何気にメール確認してんじゃん、王サマ)」

 

少女は心の中でツッコミを入れつつ、コホンと咳払いをし、本題に入る。

最奥の間にぶらりと現れた金色の髪の女も、興味深そうに少女を見つめた。

 

「この第三区で、私のコンサートをやりたいの!」

「はぁ?」

 

王は溜息をついた。

心底、この頓珍漢な女の言葉が理解できるものでは無いからだ。

 

「グローブの天下統一!のお祭りに、私を出演させてってお願いだよ!あ、ギャラは弾んでもらうけど。」

「不敬を通り越して図々しいまであるわ!というか、貴様は一体どこの誰なのだ!」

「えぇ?動画配信サービスでこの前オアシス一位を取ったんだけどなぁ。」

 

少女はやれやれといった表情で、王の目前でポーズを取ってみせる。

天に指先を掲げ、堂々と、その名を名乗りあげた。

 

『理想郷(ゆーとぴあ)からどこまでも!魔女っ娘アイドル『ツキ』ちゃん参上!みんなのハートにきらりんめてお!』

 

「…………」

「………………」

 

「あれ?無反応?」

「…………反応にすっごく困るぞ、我。微妙に古臭くない?」

「ひ、酷い!日ノ本臭いって言った!」

「言っとらんわ!」

 

魔女っ娘アイドル『ツキ』は目に毒なカラーリングの髪を揺らしつつ、可愛さをアピールし続ける。

王はそんな彼女に呆れつつも、追い返すことはしなかった。

ツキから送られてきた営業メールには、災害のサーヴァントへの怒りが綴られていた。

同じ災害を恨む者を阻むことはしない。グローブの当主は、願いを共有する全ての者を受け入れる。

だから、彼はハンドスペードも、ダイヤモンドダストも、仲間にしたい。

シェイクハンズ、手を取り合った先に、希望が待っていると信じて。

 

ツキは王の心を知っている。

だから、この場所に足を運んだ。

それこそが、世界を救う為に、必要なことであるからだ。

 

 

 

【クロノスアンサー 前編 終わり】

 

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