Fate/relation   作:パープルハット

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新たなる戦い『キングビー編』の前日譚!
少々難しい内容ではございますが、読んで頂けると嬉しいです。
感想、誤字等ありましたらご連絡ください!


クロノスアンサー 後編

【クロノスアンサー 後編】

 

『絡繰幻法・錦手裏剣(にしきしゅりけん)』

 

ハンドスペード領地、竜宮城の門前にて、二人の男が鎬を削っている。

仮面の翁『果心居士』は素早い身のこなしで城壁を駆けながら、遠距離投擲で敵を翻弄する。

四方八方からの飛び道具の嵐。人間ならばひとたまりもない、英霊であっても負傷は避けられない。

だが来訪者は腕を組み、一切動じない。全ての攻撃が無駄であると言わんばかりだ。

 

「無駄である。」

 

来訪者の男が両手を突き出すと、大地より黄金の柱が出現し、全ての飛び道具を防ぎ落した。

太陽光で一層の眩しさを放つゴールドは、来訪者の男を英霊たらしめるもの。男の価値はこの無限に湧き出る『黄金』と共に在る。

果心居士は堂々たる来訪者に不信感を募らせつつ、正門の前に降り立った。そして身に着けていた仮面を取り、その素顔を見せる。

 

「暗殺者の如き戦いっぷり、だが、貴様はキャスター『果心居士』だな?」

「そういう貴殿は、グローブの王か。自らが敵陣に乗り込むなど、愚の骨頂ではありませぬか?」

「和平交渉だ。我が直接出向く方が、話が早いだろう。今のハンドスペードでは、我一人殺すことも出来ぬ。」

「お戯れを」

 

果心居士は予め仕掛けておいた罠を起動する。

侵入者を撃退すべく用意していた絡繰トラップ。領域内から呼び起こされた無数のオートマタが起動し、一人の王を取り囲む。

彼らの一体一体が果心礼装である重火器を所持しており、一部の個体は近現代的な戦車、戦闘機に乗り込んだ。

全てが果心居士お手製の代物。ハンドスペードの技術は、このキャスターの力により武力のみ突出していた。

何を隠そう、人造英霊『氷解のヴァルトラウテ』の設計案を生み出したのはこの男である。

実際に製作にあたったのは彼の部下たちであったが、もし彼が何十年とかけて戦乙女を生み出していたならば、淡路の悲劇は起こり得なかったかもしれない。

 

「ほう」

「お帰り下さい。そう我らが領主は告げています。」

「断る、と言ったら?」

 

果心居士の絡繰たちが、一斉に重火器のトリガーを引いた。

無限とも思える十数秒、火花を散らしながら殺戮の弾丸が放たれ続ける。ガトリング砲の無制限射撃が王の周辺を更地にした。

煙が立ち込める中、王は無傷で佇んでいた。黄金の盾が彼を囲うように配置され、鉛玉を金流で飲み込んだのだ。

当然、果心居士は王を殺せるとは思っていない。これは挨拶程度のお遊び。だが、果心礼装はその頬を掠めることすら叶わない。彼は悔しさを噛み締めた。

対して王は、果心礼装の精度、練度の高さに感心していた。もし彼がグローブ側に付いたならば、唯一無二の戦力となろう。災害に一泡吹かせてやることも叶うかもしれない。

 

「果心礼装の神髄、我に見せてみよ。」

 

グローブの王は身に着けていた黄金の短剣を抜くと、それを天空へと投げつけた。

果心居士は何らかの術式の起動を察知し、全オートマタを防御体制へ切り替える。

彼が考えるに、王は魔術に精通し大成した者では無い。妖術を極めたる男には小細工の種など丸わかりである。

ならば王の短剣が描く天空の魔法陣は演出の一環に過ぎない。王を王たらしめる絢爛さを民に見せつけるパフォーマンス、エンターテイメントだ。魔法陣の内側から現れるのは魔物でも、天使でも、神でもない。

 

「黄金でございますか。芸がありませぬな。」

「ああ、我は黄金色と共に在る。」

 

果心礼装を模倣した、純金の兵士たちが扉の先から現れ出た。

オートマタとしての性能は、果心居士はおろか、アインツベルンにも劣るが、その硬度は折り紙付きである。

血液の役割を果たすオイルを除き、その全てが黄金。煌びやかなその様は太陽光も相まって、果心居士の目を焦がした。

日本庭園の落ち着いた空間に派手かつ趣味の悪い黄金色の軍隊が揃い踏みする。竜宮の赤色も大概目に毒であるが、王の生みし黄金部隊はそれを上回る品の無さ。思わず果心居士も引きつった笑みを浮かべる。

 

「侘び寂びとは縁がないようで。」

「陽の光の如き輝きこそ我の威光を示すに相応しいのだ。」

 

王の家臣として召喚された黄金兵士たちは、各々純金の剣、槍、弓、斧、火器を以て、果心居士に襲い掛かる。

シールドを展開していた彼のオートマタがこれを迎撃、期せずして、王と果心居士、二人の将校としての実力比べが始まった。

基本、天下の果心礼装が敗北することは有り得ない。精度の高さで言えば、黄金兵たちを遥かに凌駕している。

だが質で上回ろうとも、王の軍勢は量でこれを上回る。魔法陣から無限に現れる金流と金塊、そして生成される兵士たちは、果心オートマタに傷をつけては消滅してバトンタッチを繰り返す。対して果心居士のオートマタ軍は、元々用意された数でこれに対抗するしかない。

この軍略戦は、王の力を読み切れなかった果心居士の敗北となる。

だが、彼の敗北は彼の想定内でもある。

如何に偉大なる王とて、所詮はサーヴァント。与えられるリソースには限りがある。

果心居士は王に悟られる前に、ハンドスペードの限られた勇者たちに通達、伝令を行った。

ガラシャの耳に入らぬうちに、王を仕留めるべく包囲網を築く指令。

元来、彼の戦いはいつだって敵を驚かせるものだ。他人を驚かせるには、それなりに準備を必要とする。

そして手品の種が分からぬ間に、勝利をもぎ取る。李存義とは真逆の戦闘スタイルだ。

 

「(この王の正体も、察しはついた)」

 

黄金を愛し、愛された王。

財に飢えつつも、生きとし生ける民全てに施しを与えた王。

彼の武勇は愚かしくも、誇らしくも、後世に語り継がれている。

もしグローブの王がその人物なら、本格的に侵攻される前にけりをつけたい。

果心居士が新たな術式を展開するその時、予期せぬことが起こる。

 

「っ!?」

 

空から雷が落ちた。

それは不安定な天気によるものでは無い。

いま、この場にて何者かによる宝具が放たれたのだ。

果心居士、そして王の部隊の半数近くがこの稲妻に焼き切られた。

想像を絶する破壊力。並の英霊で無いことは確かである。

砂埃立ち込める中、金色の長い髪と、黒い特攻服が風に激しく揺れていた。

 

「アタシをいま呼んだか?呼んだよな?ああ、呼んだともさ!」

 

彼女は巨大な斧を肩に担ぎ、仁王立ちで、二人の間に割って入る。

そして高らかに、痛快に、笑ってみせた。

 

「アタシの黄金街道、まっしぐらだぜ!」

 

彼女の特攻服には大きく、『黄金街道』の刺繡が施されている。

田舎のヤンチャガールといった風貌だが、彼女はまごうことなき英霊だ。

王は彼女の登場に、やれやれといった表情を浮かべている。

果心居士はすぐさま事態の深刻さを察知した。彼が連絡を取った筈の勇者たち、その応答が途絶えてしまった。

ものの数分の内に、壊滅させられたのだろう。

そして彼女は、王を守る様に立っている。グローブ側のサーヴァントなのだ。

 

「おい、ややこしくなるから来るなと言っただろう?」

「王サマだけじゃ不安だろって。アタシがいれば百人力、いや、一万人力だぜ。」

「こんな状況で言うのもなんだが、我は戦いに来た訳じゃないからね!?」

 

おどけた二人による漫才が始まる前に、果心居士は次の手を打つべく動き出した。

出来れば彼はその手を使いたく無かったが、これも致し方なし。

忍びのようにその場から隠れ消えると、瞬く間に竜宮天守閣の頂点まで登り詰めた。

そして新たなる果心礼装を起動する。彼の編み出した現状の最高傑作、戦う為では無く、ガラシャを守る為の一手。

 

『絡繰幻法・紅兜(くれないかぶと)』

 

それは彼による疑似固有結界宝具。

魔術による壁では無く、果心オートマタがパズルのように組み上がり城壁を覆い尽くす、物理的な防御結界。

果心、ガラシャ、そしてガラシャの認めた者のみが、門を潜ることを許される。

ハンドスペード最後の砦、籠城戦の為の最終奥義だ。

その圧倒的なまでの技術力には、王も度肝を抜かされる。

王の意思の否定、対話の絶対的な拒否。果心居士は自らの命を削る勢いで、王の差し出す手をはたき落したのだ。

 

「王サマ、アタシならあの壁を壊せる。どうだ?」

「…………強行突破は最後の手段だ。また来たる日に、扉を叩くとしよう。今日は果心居士の力の一端が覗けたことが大きな収穫だ。是非とも我らがグローブに、彼が欲しい。」

「ったく、甘いぜ、王サマ。」

 

グローブの二大戦力は撤退する。

壁の内側からその様子を捉えていた彼は、ホッと溜息をついた。

もしここからグローブとハンドスペードの全面戦争が勃発していた場合、負けるのはハンドスペードの方だった。

 

「ガラシャ様。」

 

生前の彼が明智光秀の元へ赴いた際に出会った幼子。

笑顔のない静かな少女に、果心居士は一芸を魅せた。

色とりどりの紙が舞い、千の紙鶴が空を舞う。誰もかれもが彼の虜になった。

でもガラシャだけは、笑わせることが出来なかった。

 

「ガラシャ様はこのような老いぼれのことなど、お忘れでしょうなぁ。」

 

だが、それでいい。

老齢な道化師など、今の彼女には不要なのだ。

孤独な彼女を癒すのは、彼女を命懸けで救おうとする王子様。

だからこそ、果心居士は今日も、人知れず彼女を守り続ける。

誰に感謝されることもない。なくとも。

細川ガラシャの第二の生は、幸福に満ちたものでなければならないのだから。

 

 

竜宮城、ガラシャの教会にて。

言峰クロノはデバイスのスクリーン機能で、白く澄んだ壁に球体図を映し出した。

細川ガラシャは宙に浮かぶ青き球体と点在する白点を眺めながら、クロノの言葉を待った。

 

「クロノ神父、それは?」

「宮古曼荼羅(みやこまんだら)、宗教画です。」

「曼荼羅図ですか。わたくしは見たことがありませんわ。」

「それはそう。輪廻の与えるべき知識にこの曼荼羅は含まれません。これは開発都市オアシスで生み出された、学問ですらない『何か』なのですから。」

「その図の意味を、教えて下さるかしら。」

 

クロノはかつての尊敬すべき偉人に対し教鞭を振るう。

宮古曼荼羅、これを地球に見立てた際、そのマントルに位置するのが『大いなる者(オウバ)』、地底に埋まった化石の如く点在する白点が『解き放たれし者(パンバ)』である。クロノはこのオウバを『我らが主』と称し、パンバを『人間』であると説明した。主たるオウバの母体から離れ、地表に出るように突き進むパンバ、これは人類の『進化』であり、神への責任転嫁を辞めた『成長』だと説く。

 

「主の導きが、人間の成長と共に明確化したのです。雷も嵐も洪水も、オウバの為すことに非ず。海の怒り、大地の怒り、これは人間が思考領域に自然を同化させ、感情論で捉えているに過ぎなかった。だが私たちは既に、現象のルーツ、起こりが何たるかを理解し、心得ている。何故雷は落ちる?何故嵐は起こる?それを学ぶことこそ成長そのものであり、オウバの物理介入では無いことが人類に認められるのです。そして」

「そして?」

「真なるオウバとは、ヒトの心の到達点だと、私は考えます。深層領域はプラトン哲学における『イデア』の概念であると。」

「心の到達点?」

「人間の成長とは、即ち脳の成長です。家族を学び、友を学び、環境を学び、世界を学ぶ。先史から現代、ヒトと呼ばれる生物は霊長類の究極として、極めて独自に、極めて速く進化を遂げてきた。だが我々は最も身近にあるモノの正体を未だに理解していない。宇宙を知る人類が、己の内の火、その揺らめきを理解できない。」

「心、感情。」

「そう。感情とは、ヒトの進化において最も非合理的なものだ。人類の発達を阻害するものと断言してもいい。オートマタが普及した現代において、まだ英霊という不完全なシステムに頼ろうとしているのも、人間が感情を切っても切り離せないものだと断言しているからでしょう。ああ、失敬。麗しの城主様に言う事ではありませんでしたね。」

「構いませんわ。あと、ガラシャでよくってよ。」

「有難うございます、ガラシャ姫。続けましょう。先の説明から矛盾して申し訳ございませんが、この宮古曼荼羅図から読み解ける内容は一つ、オウバを主とし、パンバをヒトとするならば、結果齟齬が生まれる、ということです。」

「齟齬?」

「我らが主とは、ヒトであり、神であり、究極的に言うならば『他人』であります。私はイエスではない、無論、ガラシャ姫もイエスでは無い。イエスが偉大なる父であったとしても、二親等。私を私と定義する焔の揺らめきは、神の預かりしモノでは無いでしょう。パンバの外向きのベクトルがヒトの成長であるならば、進化という行為の本質は『心を捨て置くこと』です。信仰、そして崇拝、主への告白、導きとは心の救済。オウバとは即ち、己が感情のルーツであると私は考えます。オウバの母体から離れ、パンバが成長する様を『進化』と称するならば、逆は『退化』に非ず、私はこう説きましょう。」

 

「『心化』と。」

 

進化とは、心を捨て置くこと。

心化とは、主の導くままに心を取り戻すこと。

オウバとパンバの前後進運動をクロノはそう定義した。

ガラシャは胸元に垂れた銀の十字を握り締め、クロノの言の葉に耳を傾けた。

 

「さて話は変わりますが、ガラシャ姫、貴方はパンバの成長の先、その到達点とは何だと思いますか?」

「ヒトの極点、あらゆるヒト機能を百パーセント引き出すことの出来る存在、ただ心を失っているのであれば、それはオートマタと遜色ないように思えます。」

「そうですね。ヒトの臨界を超えた存在はもはやヒトを超え、神的な格に押し上げられるかもしれません。預言者がそうであるように、元来『神』の存在を認知するのは、ヒトの役割でしょう。」

「神モデルの定義付け、の言説ですね。」

「強大な力を持つ何者かが現れた時、ヒトはそれを『自らと同価値の原生生物』『神』『悪魔』に分類します。共存か、崇拝か、排斥か。ヒトは先人の知恵を用いて、自らのコミュニティに受け入れられるべき存在であるか決定するのです。」

「ヒトの進化の到達点は、神ないし悪魔であると?」

「それが一般論、でしょうね。私はここでそれを否定します。」

 

クロノは宮古曼荼羅のヴィジョンに手を翳した。

すると、本の次ページを捲る様に、宙に浮かんだ球体曼荼羅はその様相を変化させる。

 

「パンバの白点が、地表に出た……」

「これが極点です。内部からその様子をご覧ください。ただ一つの、一人のパンバが曼荼羅の最端へ移動した、本当にそれだけでしょうか。」

「うーん、難しいですわね。」

「ガラシャ姫、貴方がこのオアシスの大地に呼び出された時、様変わりした世界に、少しでも驚いたはずです。この小型デバイスですら、英霊にとっては神秘の宝箱だ。でも我々現代に生まれし人類には当たり前の環境。私たちが歴史を学ぶ際に、成長前も、成長後も、想像の枠内から飛び出せない。我々は過去も、未来も、進化も、心化も、理解できないのです。ヒトの到達点を『神』と称したならば、それは神への責任転嫁に他ならず、我々は過去から何も学んでいないという事になる。ニーチェが『神の死』を定義したその時点で、人間は神モデルを脱している。過去を知る筈のない我々が、過去を学んだと言い張るならば、神代は潰えていなければならない。」

「つまり?」

「ヒトの究極点は『ヒト』です。もし創造主がいるならば、我らがヒトモデルの極地へと到達させまいと、安全装置をかけたのでしょう。それこそがオウバであり、イデアであり、神の言葉なのだ。」

 

クロノはそう言い放ち、デバイスの電源を落とした。

ガラシャは彼の言葉を咀嚼し、味わいつつも、違和感を覚えていた。

 

「でも、貴方は神父となったのですか?」

「ええ、まぁ、思考と仕事は別物なので。」

「昨今は仕事とプライベートを分けるとも言いますが……」

 

ガラシャは納得いっていないようで、頬を膨らませた。

クロノは彼女を含め、祈りを捧げる者たちを馬鹿にする意図はない。何も成長だけが人間の本懐では無いと信じているからだ。

オウバから解き放たれ進化したパンバの行く末に、彼は思いを馳せている。

彼が災害を嫌悪し、第四区博物館副館長となった経緯はそこにある。

神のような立ち振る舞いで君臨し、ヒトの進化の可能性を摘み取る彼らは、オアシスを、人類を停滞させる癌そのもの。

パンバが成長するもよし、オウバに回帰するもよし、だが選択はヒトの手に委ねられるべきだ。

クロノは桃源郷という箱庭からの解放の為、独自に動き始めたのであった。

 

「クロノ神父は……」

 

ガラシャは再び胸の十字架を強く握り締めた。強く、強く、出血してしまいそうな程に。

 

「主の加護を、否定しますか?」

 

恐る恐る、彼女は司祭に問いかける。

この質問は無意味なものだ。クロノは先程からその答えを提示している。

だがそれでもガラシャは問うしかない。彼女が彼女である為に。

 

「——私には、見えないものがあります。ですが、きっと、ガラシャ姫の目に映るもの、聞こえてくるもの、伝わるものがあるのでしょう。貴方はそれを大事にしていくべきだ。救済は信じる者にしか訪れませんからね。」

「神父には、見えないもの?」

「ええ。私には、まるで」

 

クロノはデバイスを乱雑にアタッシュケースに仕舞うと、ガラシャの教会を後にする。

彼は特別待遇として六畳一間の一室を与えられた。ガラシャが呪いを解き、この城から脱するために。

細川忠興の呪縛はクロノからしても非常に厄介な代物だ。洗礼詠唱を以てして、その一部を消滅させられたのは奇跡に等しい。

この愛と束縛の牢獄は日々その怨念を実らせている。ガラシャの教会の外で彼女と密会などしようものなら、忽ち嫉妬の炎で彼は焼き尽くされてしまうだろう。

だがそんな危険と隣り合わせの空間であっても、彼にとっては住めば都。博物館で桜館長の隣にいる方が余程デンジャラスだ。

彼女に彼の計画を気付かせてはならない。間桐桜は彼のロジックを崩し得るカードを握っている。

 

「さて、彼に進捗のほどを訊ねるとしましょうか。」

 

クロノは自室に戻ると、デバイスからある連絡先へとコールを入れた。

数秒と待たず、お目当ての人物が応答する。

 

〈はい〉

 

野太い声の持ち主が気怠そうに返事をする。相手が言峰クロノであると理解しての反応だ。

 

「革命聖杯『ROAD』の製作に時間がかかっているようだな。」

〈僕の専門外だからね。〉

「魔術師なのにか?」

〈君は魔術師というものを何だと思っているんだ。だが、驚いたよ。アヘル教団にも、ましてや博物館にも無かった記録媒体だ。どこで入手を?〉

「第一区だ。」

〈一区、まさか災害のライダーのお膝元で、か?〉

「ああ。カウンターガーディアンの出現は、彼をも焦らせたようだ。彼の理想郷を滅亡させる可能性があったからな。」

〈抑止力、ただの英霊では無いんだろう?何者だ?〉

「……いまは只のアイドルだよ。君のコラプスエゴとは違う。」

〈本気で災害を殺す気なんだな。……だが焦るのは君らしくない。〉

「焦っているように見えたか?なら、それはライダーの思惑に気付いたからだ。彼を止めなければ、僕の理想は叶わない。」

〈災害のライダーの思惑?〉

「災害のキャスターが造ったのは、海賊船じゃない。『箱舟』だったという話さ。」

〈へぇ〉

「革命聖杯の鋳造、そして運転、これにはそれなりに時間がかかるだろう。その間に私はこの第三区で革命軍全てに接触し、終わらぬ戦いへと昇華させる。災害を殺すための殺し合い、『キングビー』への餞さ。」

〈キングビー?〉

「愚かな女を『女王蜂(クインビー)』と馬鹿にするスラングがあるだろう?それの男版だ。とにかく頼んだぞ。」

 

クロノは男の返事を待たず電話を切る。

その連絡先に表示されていたのは、博物館の同僚の名。

 

『吉岡』

 

後に、コラプスエゴのサーヴァントを用いて第四区を恐怖に陥れる男の名である。

 

 

開発都市第一区、地下。

そこは天空城塞と同じ、災害しか、否、『彼』しか立ち入れぬ場所。

 

「…………また、来たの?」

 

毎日のように訪れる彼に、彼女は辟易する。求婚にしても、しつこすぎるというものだ。

彼の愛は、異性としてのものでは無い。とても難しいが、どちらかというと『家族』に対するものだろう。

年頃の女子ならば、無償の愛を鬱陶しく感じるのも無理はない。

 

「また来たよ。リンネ。」

「〇〇〇、貴方は暇人?」

「こう見えて、意外と暇ではなのさ。災害としての職務を全うするのも、終わりが近いようだ。」

 

彼は、災害のライダーは、麗しき輪廻に花束を贈る。

彼女はそれを拒否した。彼女にはそれを受け取る機能が備わっていない。

彼は残念そうな顔を浮かべると、洞窟の脇にそれを供える。

 

「終わりが、近いのね。永い間、お疲れ様と言えばいいかしら。」

「そうだね。君に労われるのがオレにとって救いだ。」

 

災害のライダーは帽子を深く被り直す。

彼がその所作をするときは決まって、心に不安を覚えている。

 

「なぁリンネ、来たるエックスデイを前に、オレは皆を救えるのだろうか。」

「世界終末の日……ね。桃源郷はその日を以て、理想郷となる。」

「ああ。」

 

Ⅹ―DAY

世界は破滅し、世界は救済される。

ダイダロスの創造せし『ノアズアーク』出航の日。

 

「たとえ貴方に牙を剥くテロリストであっても、貴方は救いたいと言うのでしょう?」

「…………」

「それは別の意味で『呪い』よ。〇〇〇。でも、きっと貴方らしいわ。」

「っ……」

 

白き水夫は、輪廻の言葉に対し、決意を改めた。

呪われた過去を乗り越え、彼は輪廻を、オアシスを守る、そう何度でも誓った。

 

「さて、オレは戻るよ。ナナが、また悪巧みをしているらしいからな。」

「……全員救うとは言うけれど、彼女は殺しておいた方が良いんじゃないかしら?」

「ハハハ、でもそれもナナの個性、ナナの良いところだ。」

 

災害のライダーは地下の階段を登っていく。

また明日も、輪廻に会いにやって来る。

オアシスの柱である彼女を、決して孤独にはさせない。彼の仕事など、彼女の苦労に比べれば屁でもない。

 

「じゃあな。明日また来るぜ、『マスター』。」

 

サハラの地における、懐かしき呼び名。

彼は今や動けなくなった彫像(スタチュー)にそう呼びかけた。

 

 

時はダイダロス消滅時に戻る。

開発都市第五区アヘル教団セントラル支部。

災害のアサシン『蛇王ザッハーク』の招集に応じたのは、五人のヴェノムサーヴァント達だ。

彼らはスリーマンセルで任務へとあたる。本来であればこの場には六名集うはずである。

シュランツァは怪訝な表情で彼女の仲間たちを見渡した。馴染み深い顔ぶれの中に、異質な者が一人。

ウラルンと同世代と思われる青い髪の言葉少ない男。彼はヴェノムの中でも稀有な『過食者(イーター)』の能力を秘めていた。

彼がセントラル支部に配属され、まだ数日。それでいてアサシンに気に入られ、彼女たちと肩を並べる地位へと登り詰めた。

シュランツァはどうにもそのことが気に食わない。

 

「おい、お前。」

 

彼女は青年、オピスに話しかける。ネックウォーマーで口元を隠した彼からは、感情の機微が窺えない。それがシュランツァには、お高く留まっているように感じられた。

 

「何だ、畦道。」

「お、お前!名前で呼ぶんじゃねぇよ馬鹿が!アタシには『シュランツァ』ってコードが与えられているんだっつーの!」

「悪いな、横文字は覚えられない。苦手だ。」

「ふざけてんな?コラ」

 

シュランツァは右拳でオピスの顔に殴り掛かる。だが彼はそれを易々と受け止め、払い除けた。

彼女の方がアヘルにおいての実務経験は当然豊富であるが、その実力差は歴然である。オピスもまた、第四区博物館の裏スタッフとしてこれまで修羅場を潜り抜けてきている。

 

「やめなさいよ、シュランツァ。オピス先輩が困っていますよ。」

「アダラス、てめぇは黙っていろ。というか、コイツはお前の後輩だろうが。」

「いえ、先輩は先輩なのですよ。」

 

オピスを庇うように前に出たアダラスとシュランツァの口喧嘩が開始される。

この場にいるショーン、ウラルン、そしてオピスは呆れるしか無かった。

だが、二人の醜い口論は、王の登場により一瞬にして静まり返る。

水着のような、踊り子のような女が、豪華絢爛な玉座に君臨した。彼女らの王であり、神、災害のアサシンのお出ましである。

シュランツァやショーン、ウラルンにとっては久々の邂逅であった。

 

「先に伝えた通りだ。ウラルン、アダラス、そしてオピス、貴様らは開発都市第六区へと赴き、スネラク、もといミヤビ・カンナギ・アインツベルンの回収任務に当たれ。シュランツァ、ショーンは開発都市第三区だ。革命軍の連中が奇妙な動きをしているのでな。必要とあれば抹殺だ。」

「はっ!」

 

跪くヴェノムたちの声が揃う。

シュランツァは事前に秘書から得た任務のデータに目を通していたが、二点ほど気になることがあった。

彼女は相手が上官であれ、恐れず質問する。その度胸を、アサシンも買っているのだ。

 

「ザー様、アタシらは二人で任務に出るのか?」

「いや、もう一人、今回の任務に駆け付ける予定だ。革命軍を抹殺するとすれば、彼女を置いて他あるまい。」

 

シュランツァ、ショーンはその時点で、援軍が誰かを理解する。

開発都市第五区の外にいて、かつ、アヘルの中枢を担う人物。

セントラル支部左大臣にして最高戦力『都信華』。彼女がその右手を振るうとき、虐殺が始まるのだ。

 

「そして今回は鎖付きのジョンにも働いてもらう。奴はハンドスペードを率いていた男だ。『弱点』も知り尽くしているが故な。」

 

淡路抗争後、冷たい牢獄に閉じ込められた欠地王ジョン。彼は自らの生存のために、かつての仲間を売る選択をした。

ザッハークへの服従。今回彼が役に立てば、再びセントラルで働くことが出来る。革命軍が殺されたとしても、今の彼にはどうという事も無い。

第一の質問に納得したシュランツァは、再び手を挙げる。

 

「任務について、アタシらで革命軍に接触するのは分かるけど、最後のところにあった、暗殺任務ってのは?」

 

開発都市第三区にいる筈の人物の暗殺命令。

シュランツァを含め、この場にいる多くの者たちがその暗殺対象を知り得なかった。

オピスだけが、眉を顰めている。

 

「『間桐桜』の暗殺だ。開発都市第四区博物館、その館長の女は、革命軍と接触し、災害を殺し得る何かを生み出そうとしている。アヘルは革命軍のみならず、第四区博物館も最大脅威とし、これを完膚なきまでに抹殺する。」

「ただの、博物館じゃねぇのか……」

「沼御前が独自に動いた結果、違法触媒を抱え込んでいるのが判明した。……災害のキャスター、彼奴を殺したのも、博物館だ。」

「な…………」

 

ヴェノムたちにどよめきが起こる。

二千年君臨し続けた神を、殺す。

災害の絶対性が崩れることなど、ある筈が無い。

ありえない、そう誰もが認識していた。

オピスもまた、巧一朗たちの活躍までは知らなかった。彼はあの大迷宮に立ち入ることが無かったのだから。

ならばこそ、アサシンの言葉に、口角を上げた。数えきれない苦労、命懸けの死闘を経て、ついに博物館は神殺しを成したのだ。

 

「(巧一朗、やっぱすげぇな、お前は)」

 

彼のアーチャーは夢を叶えたのだろうか。それすらも、今の彼は知らない。知りようも無い。

 

「あぁ、だが間桐桜の暗殺は二人には難易度が高いように思える。信華に任せよう。貴様らはジョンと共に、革命軍へ取り入り、アヘルに入信させるよう動け。余を認めぬ者は全員殺してしまって構わん。」

「承知しました。」

 

災害のアサシンの号令と共に、彼らの任務はスタートする。

 

ショーン、シュランツァは早速、開発都市第三区へと向かった。

アダラスも与えられた自室へと戻る。

そしてオピスとウラルンだけは、ザッハークに呼び止められ、彼女の寝室へと招かれた。

 

財を尽くした優美なる一室に、カーテンの吊るされた桃色の巨大なベッドが配置されている。

ザッハークはそこに横たわると、扇情的なポーズで彼らを誘惑した。

ウラルンはそんな彼女を睨みつけ、動こうとしない。だが一方、彼女の隣にいた筈の青年は、吸い寄せられるように彼女の傍へと歩いて行った。

 

「ウラルンはつれないな。」

「私、貴方の思い通りになる気は無いから。」

「そうか。だが貴様の愛する男は、そうでも無いようだぞ?」

 

ザッハークの前に立ったオピスは、彼女と激しい口づけを交わす。

愛すべきウラルン、入谷雪匣の前で、まるで見せつけるように。

舌と舌が絡み合い、肌と肌が重なり合う。互いを貪り、肉欲に溺れてゆく。

ザッハークは胸元に吸い寄せられたオピスを抱き、ウラルンを見て嘲笑った。

 

「オピスは、貴様が悪の道へと堕ちた、そう信じ、正義感でアヘルの門を叩いた。お前だけを愛している男だった。だが今は、どうだろうな?余の肢体にむしゃぶりつく姿を、貴様は見て見ぬ振りできまいて。」

「…………っ」

 

彼女の薄着は剥ぎ取られ、オピスは快楽という蜜壺へ落ちていく。ウラルンが経験したことの無い世界が、そこには広がっていた。

 

「オピス、否、鉄心、余の躰は心地良いか?」

「………………ああ」

「貴方が、鉄心の名を呼ぶな!」

 

ウラルンはこのとき、泣いていただろう。

彼女の初恋、彼女に彩りをくれた人、彼女が全てを犠牲に守ろうとしたたった一人。

その彼が、醜悪なモノに飲まれていく。

だが、彼女は見ているしか無かった。

彼女には力がない。誰も彼女を救わない。彼女はどこまでも孤独だ。

 

そして求愛の末、果てる。

力尽きた二人は、共に同じ寝床に伏した。

 

「雪匣、貴様も余と共に在れ。そうすれば貴様は救われる。」

「…………私は」

「アヘルは、家族だ。皆が余の子にして、余の恋人。貴様はそうはなれないか?」

 

ウラルンは血が滲むほどに唇を噛み締めた。

理解している。もしザッハークに『魅了』されたなら、どれ程幸せになれるか。

鉄心をもし救えるならば、彼女も堕ちてしまえば良い。

そうすれば、また、鉄心は雪匣を見てくれる。

 

——ああ、堕ちてしまえばいいのだ。

 

雪匣がその一歩を踏み出した時、無口な青年が声を上げた。

 

「雪匣、お前は帰れ。」

「鉄…………」

「俺とアサシンの邪魔をするな。気が散る。」

 

オピスはそう彼女を突き放した。

彼の目には、もはやザッハークしか映っていない。

雪匣は只の同僚、仲間、たとえ恋人の所作をしても、彼の心は永遠に雪匣へ向かないだろう。

彼女は胸の苦しみを押さえつけながら、小走りで寝室を後にした。

かつての優しかった彼はもういない。その事実に向き合う為には、どれ程の時間を要するだろうか。

そして残された二人は生まれたままの姿で見つめ合う。アサシンは嬉しそうな笑みから一転、口を尖らせた。

彼女には、彼の意図が理解できる。マリオネットの小さな抵抗だ。

 

「鉄心、貴様が愛しているのは、余か?それとも」

「さて、再戦といこうぜ、ナナ。俺は体力だけが取り柄だからな。」

「その名で呼ぶなと……」

 

鉄心は抗議する彼女の唇を奪う。そして再び交わった。

彼と彼女の夜はまだまだ終わらない。

 

                                               【クロノスアンサー 後編 完】

 

 

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