Fate/relation   作:パープルハット

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キングビー編2『エピソード:ムーブ』

【キングビー編②『エピソード:ムーブ』】

 

「讃歌を終える。我は終末にて円筒を渡されし者。」

 

虚数海。

深淵の底にて、巧一朗は『ある男』の物語に接続する。

 

「アンタの名は」

 

身長は二メートルをゆうに超える、大男。

四人の男たちと共に、豪快に笑う。

彼は魔性を斬り、ヒトを救う英雄だ。

巧一朗は、彼の物語を受け止める器たり得るだろうか。

 

「俺の名は頼光。『源頼光』だ。お前さんは誰だ?」

「間桐巧一朗。」

 

緑の海を越えた先は、何処かも分からぬ畳の一室であった。

大男が樽そのままに酒を流し込んでいる。

髭だるまの小汚い親爺という印象があった。

 

「おう、巧一朗。お前も飲め。」

「俺もか?」

「ああ。俺の物語を受け継ぐなら、お前も酒に強くてはな。」

「では遠慮なく。」

 

巧一朗は頼光から手渡された升に酒を注ぎ、それに口を付ける。

冷えた酒が、じんわりと巧一朗の身体を温かくする。苦みが美味だと言う者もいるが、生憎彼は子ども舌だ。

苦みに耐えかねた彼は、どこからともなく取り出したメイプルを、升の中に注ぎ入れる。

 

「あ!お前!」

「良いだろ別に。俺は甘い方が好きなんだよ。」

 

巧一朗はメイプルボトルの全てを注ぎ込み、再び酒を飲んだ。

うむ、これならば幾らでも飲める。美味。

 

「うげぇ、気持ち悪。」

「なんだよ、甘味は苦手か?」

「お前さんは度を超してやがるってんだ!蜂蜜ばかり飲んでいると歯が黒ずんで痛くなるぞ。」

「お生憎様、俺の身体はオリハルコン製だ。歯並びもばっちりだよ。」

 

巧一朗は白い歯を覗かせながら笑ってみせる。

頼光はやれやれといった表情で、再び酒樽を傾けた。

 

「……頼光、貴方の武勇を以てすれば、災害を下すことも叶うだろう。だが、何故だ。」

「何故?」

「貴方は異形、妖の類を斬り、人々を救った英雄だ。貴方は人間を守るヒーローであるべきだ。」

「あぁ、そうさな。」

「ならば何故、俺の声に応えた?俺の正体は、もう知り得ているんだろう?」

「無論だ。ヒトならざる者、間桐巧一朗とは即ち『虫』だ。そして遠くない未来、人類の脅威となる可能性を孕んだ存在でもある。」

「なんだ、詳しいじゃないか。」

 

巧一朗は酒を飲み干すと、升を二人の間に置いた。

そして真剣な眼差しで頼光を捉える。正義の味方はどんなくだらない妄言で説き伏せるだろうか。

英雄としての歴史を失った男が、第二の生を得る為に、彼の手を取ったのだとしたら───

 

「巧一朗、お前さんは『ヒト』と『妖怪』の違いが分かるか?」

 

頼光は問うた。

巧一朗は熟考し、種別という当たり障りのない答えに辿り着く。

頼光は対して豪快に笑うだけだ。

 

「人を殺すと、ヒトは化物になる、なんてのはよくある話だが。」

「なら英霊なんざ九割が妖だ。この俺もまた例外なく妖となってしまう。」

「じゃあ何だ。源頼光はどう定義する?」

 

頼光はにんまりと笑みを浮かべると、巧一朗に渡したものと同じ、升を十数個用意した。

そして彼らの中央、存在感を放つ巧一朗の升の上に、ひとつひとつ重ねていく。

 

「お、おい!?」

「見てな、巧一朗。」

 

正四面体という構造上、最初の数個は安定して積み上げられていく。

だが十を超えた辺りで、置き方の問題か、それはぐらぐらと左右に揺れ始めた。

 

「なにを……」

「箱の形状であっても、数が増えればバランスを失う。」

「それ以上重ねると……」

 

巧一朗の危惧は現実となり、全ての升が積み切る前に、タワーは崩れ落ちた。

畳に転がっていく四角を、彼は茫然と眺めている。

頼光は笑いながら、全ての升を回収した。

 

「分かるか、巧一朗。」

「さっぱりだ。」

「なら次は、こうしよう。」

 

頼光は全ての升に酒を注いだ。

そして再度、それらを重ねていく。

酒を注いだことで何かが変わることは無い。積み重ねれば重ねる程に、崩壊の時は近付いていく。

 

「おっと、危ない危ない」

「頼光、貴方の思考が理解できない。」

「そうか?」

 

そして最後、升は再び崩れ去る。

巧一朗は手を伸ばし、その二つを掴んだが、それ以外は畳へ散らかり、藺草を濡らした。

そして彼の手もまた、アルコールに塗れる。

酷く虚しいものだ。だがなお、頼光はケラケラと笑っている。

 

「虚数の海のモノだ。『勿体ない』なぞ思うべくも無い。」

「……貴方は何がしたいんだ。」

「逆に聞こう。巧一朗よ、お前さんはその両手にある升を以て、何をする?」

 

頼光は一転、口を結び、巧一朗を睨みつけた。

試されているのか、それすらも分からない。

万物を慈しむ心こそがヒトの構成材料だとでも言いたいのか。

巧一朗は訝しげにも、二個の升を重ね、再び中央に積んでみせた。

 

「ほう?」

「あとの升は貴方が拾ってくれ。酒臭くてかなわない。」

「くくく、そうか、お前さんはそうなのだな。」

 

頼光は巧一朗の肩を叩くと、口角を上げた。

巧一朗も理解できぬままに、彼は伝説の英雄に認められたらしい。

彼の体内に流れ込んでくるのは、源頼光の物語、そして彼の矜持。

頼光の拳が巧一朗の肩に乗せられ、『継承』は為される。

 

「何だったんだ、今の茶番は。」

「俺がお前さんを相棒と認める為に必要だった、それだけだ。お前さんは間違いなく『ヒト』だろうよ。この源頼光が保証する。」

「………………そいつはどうも」

「あと、こいつも渡しておくぜ。」

 

頼光が明け渡したのは、一本の大弓と、二本の矢。

伝説の弓『雷上動』と、鏑矢『水破』『兵破』が明け渡される。

 

「いいか、巧一朗。雷上動は鵺をも撃ち落とす切り札だ。だが真の力はそんなものじゃない。この弓は、二つの矢を放ちし時にこそ意味を持つ。」

「二つの矢?」

「ああ。災害は命の焔を吹き消してなお立ち上がる。ならばこその『二』だ。一度では足りない、二つの矢が貫くその時、お前さんは必ず災害を止めることが出来る。外せば終わり、ということだ。」

「だが、当てれば、勝ち。」

「そういうことだ。」

 

『継承者』ダイモニオンの身体に光が灯る。そして畳の部屋と共に、虚数の海へと溶けてゆく。

巧一朗へ力は受け継がれた。後は、彼次第ということ。

 

「大丈夫だよ、俺はお前さんが矢を放つその時まで、共に戦ってやる。隣人とは、隣に立ち、勇気をくれるもの、だろう?」

「ああ。ありがとう、源頼光。」

「それとな、答え合わせだ。ヒトと妖の違い、それは—————」

 

巧一朗は頼光の声を聞き届ける。

ヒトと妖、その境界線は酷く曖昧で、生まれは違えど、いとも容易く交わり、互いへと進化/退化する。

だが、確かなものはある。

もしヒトであるならば—————

 

「じゃあ、暫くの間だが、よろしくな、巧一朗。」

「よろしくお願いする、頼光。」

 

そして巧一朗は目覚める。

開発都市第三区、何処とも知らぬその場所で、再び彼の戦いは始まるのだ。

 

 

巧一朗は、二人の少女に出会った。

セイバークラスのサーヴァント、ダストと呼ばれる少女『枡花女』。

ライダークラスのサーヴァント、黄金街道と呼ばれる少女『坂田金時』。

運命的にも、その二人は源頼光に縁のある者たちだった。

彼は今にも殺されそうなダストの手を引き、その胸に抱き寄せる。

そして頼光の刀を抜き、黄金街道へその刃を向けた。

 

「悪いが、その鉞を置いてくれ。俺もそのようにする。殺し合いたい訳じゃない。」

「てめぇ、パパの力を宿して、何者だよ。」

「パパ?」

「あぁ、源頼光はアタシの育て親(パパ)だ。どうしてか頭の中からすとんと消え落ちていたが、いま思い出した。」

「あ、いや、暴走族の形で、パパ呼びなのが少し意外でな……?」

「悪いかよ!」

 

黄金街道は鉞をブンブンと振り回す。その顔は茹蛸のように赤く染まっていた。

 

「すまない。とにかく、話し合いが出来るなら、そうしたい。第三区に来て、俺が分かっていることは少ない。『革命聖杯戦争』で災害を殺そうとしている、それが革命軍の切り開いた災害踏破の道なんだな?」

「そうだ。だが一言で表せるほど簡単な話じゃない。革命軍は三つに分かれ、ずっと争っている。これは災害を殺すための殺し合い。だがそれと同時に、革命軍を統一する為の小競り合いでもあるのさ。聖杯戦争の勝者が属するチームこそが、第三区を背負って立つ革命組織となる。」

「あんたが黄金街道、グローブのサーヴァント。そして……」

「てめえが抱いている女は悪名高きダイヤモンドダストのリーダーだ。この第三区にいる全ての人間が、この女の死を願っている。」

 

巧一朗の胸に顔を埋めながら、ダストは小刻みに震えていた。

彼の知る歴戦の猛者たちとは程遠い、か弱き少女がそこにいる。

 

「そもそもダイヤモンドダストが戦う意味なんてねぇんだよ。グローブは優勝した暁には、災害のアーチャーを、過激派組織ハンドスペードは災害のアサシンを、殺そうと戦っている。だがダイヤモンドダストの狙いは、シェイクハンズの悪夢で人々を守り切れなかった災害のキャスターだ。でも、奴はもうこの世にはいない。第四区を守る為に死んだ。お門違いなんだよ。」

 

黄金街道の意見は最もだ。

既に崩壊した組織、ダストがその名を冠して戦う理由など存在しない。

それでも彼女は、汚名を掲げ、罵声を浴びながら、旗印を立てた。

 

「どうして、君は」

「吾は、災害のキャスター『ダイダロス』と戦い、その果てに、彼の心を動かしてみせた、一人のヒトに会いたいがために、戦っています。人間に興味を示さないダイダロスが、人間を守り朽ちた。そこには、沢山の葛藤と、大きな変化があった筈。迷宮で、ダイダロスを止めた誰か、吾はそのヒトに会いたい、それだけなのです。」

「くだらない。会ってどうする。そいつなら、他の災害も倒せるかもしれないってか。アタシらに指をくわえて見てろって?ふざけるな!」

 

黄金街道は鉞を担ぎ、怒りを露わにする。

空に浮かぶ雨雲から、彼女の元へ雷光が降り注いだ。

 

「きゃっ!?」

「いいか、ダスト。これは『復讐』だ。アタシらは、災害に全てを奪われたんだ。シェイクハンズという希望を、根絶やしにされた、多くの仲間たちが犠牲になった。アタシは災害にこの怨念を叩きつける。それが革命軍だ、そうだろ!?」

「復讐、か」

 

巧一朗と同じだ。

彼の恋する少女、セイバーは災害たちに殺された。

だからこそ、巧一朗はこの桃源郷でテロリストとして立ち上がったのだ。

きっと革命軍も同じ。

彼は、黄金街道を否定しない。むしろ、共に戦う仲間であるとさえ認識できる。

 

「巧一朗、お前は結局何者だ?パパの力を宿している以上、戦いたくは無いが、てめえが災害側なら容赦はしねぇ。」

「違う。俺は第四区博物館のスタッフだ。どちらかというと、あんたたち側というか」

「第四区博物館!?ってことは、クロノの仲間か!なら大歓迎さ!」

「クロノ……?」

「言峰クロノだよ。第四区博物館の副館長だろ?革命聖杯戦争の監督役でもある。」

 

言峰クロノ。

巧一朗はその名を聞いたことがある。

直接的な関わりがないままに、クロノは博物館を後にした。

消息不明とされていたが、まさか第三区に滞在しているとは。

 

「クロノは、どこにいる?彼に会って話が聞きたい。」

「あー、今はグローブの領地まで来ているらしい。魔女っ娘アイドル『ツキ』のマネージャーだからな。サンコレアマルというスタジアムに滞在している筈だ。監督役が自由に動き回るのも良くない話だがな。」

「そうか。黄金街道、あんたを見込んで、俺を案内して欲しい。革命軍同士の争いには興味は無いが、災害と戦うならば俺も役に立てるはずだ。」

「お、そうか!パパが力を貸してくれるなら百人力だ。」

 

 

黄金街道は豪快に笑う。その姿は、隣人の中で会った頼光そっくりだ。

巧一朗が思うに、黄金街道は裏表のない少女なのだろう。喜怒哀楽がここまではっきりしているのも珍しい。

 

「早速案内、といきたいところだが、ダストはここでおさらばだ。アタシはいま少しだけ気分がいいから、今日の所は見逃してやる。」

「…………っ」

 

ダストは黄金街道の言葉通り、その場からの逃走を図る。

だが彼女の背に手を回した巧一朗が、それを止めた。

 

「あ、えっと」

「悪いな、黄金街道。彼女も一緒に頼む。」

「は?」

「え、えええええ!?」

「ダスト、君は『生まれてこなければ良かった』と言ったが、生まれてきた意味を見つけるのは、いつだって己自身か、傍にいる誰かだ。俺も、そして頼光も、ここで君の手を離すべきでは無いと認識している。もし君がその意味を見つけられないなら、俺が代わりに見つけてやる。」

「え、あ、えっと、まとう……」

「巧一朗。俺の名前は巧一朗だ。」

「えっと、巧一朗様…………」

 

黄金街道は眉間に皺を寄せている。巧一朗ならまだしも、敵であるダストを迎え入れることは、軍の指揮を乱す行為であり、決して許容できない。区民が暴動を起こす可能性もある。

 

「巧一朗、その女は駄目だ。細川ガラシャならまだしも、ダイヤモンドダストは招けない。」

「彼女は大丈夫だ。お前達が思っているような英霊じゃない。それに……」

「それに?」

「災害のキャスターと最後に戦ったのは俺だ。結局、勝てはしなかったが、人間の底意地を見せつけることは出来た。ダストの会いたい人は、勘違いで無ければ、恐らく俺だ。だから大丈夫だ。」

「へ?」

「は?」

 

ダストと黄金街道は開いた口が塞がらなかった。

千年の時を経て、ついに災害を下したその存在が、目の前に現れたのだから。

そしてそれが、頼光の力を宿しているとはいえ、余りにも平凡そうな青年であるからだ。

 

「巧一朗様が、災害のキャスターを……?」

「俺一人では無理だ。博物館の仲間が力を貸してくれた。だから、革命軍同士で争うべきじゃないと俺は思う。身勝手な意見だけどな。」

「巧一朗、お前……」

「もしそれでも戦うことになるなら、仕方が無い。だけど、それはきっと今じゃない。ダストが生まれた意味を見つけた時だ。それまでは俺の傍にいろ。君がサーヴァントなら、今日から俺が君のマスターだ。」

 

セイバーが恋を教えてくれたから、今の巧一朗が在る。

ダストにも、何か召喚された意味がある筈だ。それが分からぬままに退去するのは、酷く悲しいことだと彼は思った。

頼光も、彼女に手を伸ばしている。

 

「吾のマスター、ですか?」

「ああ。俺に付いて来てくれ。」

 

ダストは改めて、巧一朗の手を取った。この出会いが運命であると信じたのだ。

 

「黄金街道、頼む。クロノの元まで、俺と彼女を連れて行ってくれ。」

「んんん~~~~くううううう~~~~」

「頼む!」

「くっ、今回だけだぞ。時間は三十分だ。そこから先は敵同士、良いな!」

「ありがとう、恩に着るよ。」

 

何だかんだ人の良い黄金街道に、巧一朗は深々と頭を下げた。

彼がいま為すべきことは、クロノに会って、革命聖杯戦争を知ること。

そして、離れ離れとなった仲間たちと再会することである。

第三区に桜館長やキャスター、美頼がいるならば、恐らく革命軍最大手のグローブに身を置いている筈だ。

まずはグローブに接触することから始まる。

 

 

革命軍穏健派『グローブ』の領地は、第三区の南西に位置する。

この地区において最も繫栄した都市であり、フゴウの城と巨大商業施設『サンコレアマル』が象徴として聳えている。

フゴウことマンサ・ムーサが君臨してから、グローブは繁栄し、一躍巨大組織と化した。

無論、他区との交易がままならない現状、彼らの栄華はあくまで、第三区の中では、という前提があっての話だ。第四区や第五区に対して、彼らが貧困層であるのは現実問題として存在する。

だが災害に迎合せぬ彼らには、神の導きは存在しない。たとえマンサ・ムーサと言えど、災害の前では数ある英霊の一人に過ぎないのだ。

英雄の座から消し去る価値も無いと後回しにされた王。それがフゴウである。

フゴウの黄金も、価値が担保されなければ只の重しである。

だが、王は屈しなかった。農業と都市開発に力を入れ、雇用の安定を図った。ハンドスペードに属していた者も、差別なく全て受け入れ、一大組織へと生まれ変わらせた。フゴウを敬わぬ者など、この場所には存在しない。

黄金街道は領域の正門へと辿り着くと、渋々ながら、ダストに顔隠しのローブを被せた。自動人形に霊体化という概念は無く、気配遮断や擬態のスキルを持つわけでも無い。見破る者は確実にいるだろう。気休めに過ぎないのだ。

 

「じゃあ、行くぞ。三十分な。」

「分かっている。話し終わったら、すぐに出ていくよ。」

 

門の内側には、黄金街道の帰還を待ち侘びる人々が駆けつけていた。

彼らは黄金街道の生還を喜び、そして祝福する。巧一朗から見て、温かな光景である。

だがもしダストの存在が晒されれば、彼らの顔は忽ち凍り付くだろう。それを知っているからこそ、ダストは巧一朗の背に張り付き、震えているのだ。

 

「(ダスト、あんた一体何をしでかしたんだ?)」

「(吾にも分かりかねますが、とにかく吾はあらゆる正誤問題を間違え続けたのでしょう。)」

「(生き方が下手くそなんだな。俺と一緒だ。)」

 

小声で会話する二人を連れ、黄金街道は周りを気にせず突き進んでいく。

中央通りを抜けた先、ベースボールスタジアムを彷彿とさせる巨大施設が顔を表した。

サンコレアマル、闘技場としての性質を有した娯楽施設であり、今はアイドルのライブ会場として機能している。

巧一朗はサンコレアマルの外側、巨大なモニターに映し出された桃色の髪のアイドルに目を奪われた。

派手な衣装で着飾り、愉快に歌い踊っているが、彼女は紛れもなくサーヴァントである。

 

「あれが、魔女っ娘アイドル『ツキ』?」

「そうだ。中々にゴールデンな女の子さ。革命聖杯戦争の参加者でもあるんだぜ。」

「彼女も、なのか?」

「ああ。聖杯戦争ってのは七騎のサーヴァントで行われるらしい。各組織から二騎ずつ選出されたが、あと一騎だけが足りなくてな。彼女は『アサシン』として参戦しているが、あくまで傍観者だ。六騎の殺し合いの果てに選ばれた一人に対し、ツキが命を捧げることで革命聖杯『ROAD』は完成する。それまではアイドル活動に勤しむんだとさ。」

「へぇ」

 

巧一朗は暫くモニターに釘付けとなる。

熱烈なファンがサイリウムを懸命に振る中、サービス旺盛なツキが、パフォーマンスを連続で決め、場を熱狂させる。

だが何故か、ツキの目には光が灯っていないように見えた。度重なるライブで疲れてしまっているのだろうか。

 

「(同じツインテールなら、ぶっちゃけ美頼の方が可愛いな)」

 

巧一朗がそんなことを考えている間に、黄金街道はサンコレアマル内に入って行った。

 

そして増設された巨大な舞台へと辿り着いた時、三人は注目の人物と相対する。

つい先ほどモニターの中で輝きを放っていた少女、『ツキ』がトレーニングシャツ姿で中央に立っていた。

黄金街道は気さくにも声をかける。グローブの参戦者にとっては、彼女は特別な存在では無いようだ。

巧一朗は言わずもがな、ダストもまた、ツキとは初対面である。

 

「わーーーー~~~!黄金街道じゃん!会いたかったよ~~」

「アタシもだよ、ツキ。どうだ、ライブは上々か?」

「うん!今までで動員数ナンバーワンだったよ!これも王サマと黄金街道のおかげだね!ベリベリーセンキュウ!」

「おい、引っ付くなよ、まったく!」

 

二人のじゃれ合いを見つめながら、巧一朗とダストは呆然と立ち尽くしていた。

ツキは巧一朗の存在に気付くと、頭に疑問符を浮かべた。グローブ領地内で見たことの無いニューフェイスであったからだろう。

 

「こいつ、第四区博物館スタッフの巧一朗。クロノに会いたいってことで連れてきた。」

「あ、えっと、よろしくお願いします。」

 

巧一朗はたどたどしく挨拶をする。ツキはなおも不思議そうな顔を浮かべている。

 

「ツキ?」

「え、あ、ごめんね!よろしく、巧一朗くん!クロノは右扉の中にいるよ。多分本とか読んで時間を潰していると思う!」

「ありがとうございます。」

 

巧一朗はツキを観察する。

言峰クロノが連れているアサシンのサーヴァントが彼女であるならば、それが只の暗殺者であるとは思えない。

第四区博物館が召喚する英霊ならば、何か災害へ大きなアプローチの出来る存在である筈だ。

もしそうであるならば、革命聖杯戦争でみすみす命を落とす選択を取るだろうか。

巧一朗は脳内データベースでツキに類似したサーヴァントを検索する。

が、当然の如くヒットはしない。アイドル衣装に身を包んだ英雄など、聞いたことが無いからだ。

桜館長に再会できれば、何かが判明するかもしれない。

 

「でも惜しいな~、さっきまで桜ちゃんがここに遊びに来ていたのに。」

「桜……館長が?」

「うん、王サマに話があるから~って出て行った。グローブの領地内にはいるかもね?」

「そうか、良かった、桜館長は無事なんだな。」

 

巧一朗は取り合えず安堵する。

クールぶってはいるが、仲間たちの安否は気になっていた。

ダイダロスが迷宮に仕掛けた罠に次々かかり、皆が離れ離れになってしまったが所以である。

そしてツキの言の葉で確信する。

彼女は第四区博物館に関わりを持つサーヴァントの一人だ。

巧一朗は咳払いをすると、ツキの言う通り右扉からその奥へと歩いて行った。

ダストもローブを被ったまま、彼のあとを追いかけた。

 

恐らくこのような部屋のことを世間一般では『楽屋』と呼ぶのだろう。

手狭な室内にはメイクルームが完備しており、中央テーブルにはファンからの贈り物が乱雑に置かれている。

そして橋のパイプ椅子に腰かけ、一人の男が小難しい本を漆黒の目で眺めていた。

 

「あの」

 

巧一朗の存在に気付いたクロノは本を閉じ、立ち上がる。

そしてゆっくりとした足取りで、彼の前に歩み出た。

 

「間桐巧一朗、だな。館長から話は聞いている。」

「そういうあんたは、副館長の言峰クロノ。」

「初めまして、でいいか?」

「初めまして。少なくとも俺にとっては、だけど。俺のことは流石に知っているだろう?」

 

クロノの瞳は、コールタールのように黒く渦巻いている。

その瞳に恐怖心を抱く者も少なくは無い。現にダストは、巧一朗の陰に隠れていた。

桜館長、そしてクロノ副館長、両者は基本的に人前に姿を現さなかった。表のスタッフにおいても、二人を見たことない者がザラである。

巧一朗はクロノとの面識がない。そして彼のことを調べようともしなかった。どこで何をしていようとも、今の巧一朗には関係が無かった。

 

「知っているとも。君がコールドスリープしている頃からね。」

「まさか生きていたとは。しかも革命軍の戦争の監督役を担うなんて。」

「成り行きだよ。これでも私は司祭なのでね。」

「そうか、なら教えて頂きたい。革命聖杯戦争の概要と、目的をね。勿論、あんたの災害に対する考えについてもだ。」

「ああ。構わないさ。君は私の部下に当たる人物だ。知る権利はあるだろう。」

 

そしてクロノは語り始める。

革命聖杯『ROAD』は、このオアシスの何処かに存在している『始まりの聖杯』をモデルに作成されたものだ。製作に携わったのはクロノと、今は亡き博物館スタッフ『吉岡』だった。災害のライダーと面識のあるクロノ、そして第五区アヘル教団と深い関わりを持っていた吉岡は互いに情報を共有しつつ、聖杯戦争の準備を整えた。吉岡はROADの完成後、コラプスエゴのサーヴァントを以て、殺戮を繰り返すこととなる。

そしてクロノは第三区にて三大組織に接触、彼らの災害への憎悪を利用し、聖杯戦争を画策した。願いを叶える願望器、とまではいかないまでも、七騎の英霊を以てして、災害ただ一人を殺害する『兵器』こそがこのROADである。

革命聖杯戦争において、クロノは二種の特別ルールを制定した。それが投票による令呪の配布と、各組織の兵器持ち込みである。

 

「この戦争は実質、二対二対二だからね。マスターとなる人物がいない以上、戦いは自ずと長引くことになる。それを防ぐ目的の令呪と、決戦兵器の導入だ。そこにいるMs.ダストは兵器を持ち込めなかったようですが。」

「この革命軍の現状を鑑みるに、投票による令呪配布は、グローブにとって有利過ぎるルールだ。恣意的なものを感じざるを得ない程にな。」

「それはそうだろう。私としては、グローブに勝って貰いたい。それが一番平和だからね。」

「成程、公平性もへったくれも無いという訳か。確かに、博物館というテロ組織から考えれば、一刻も早く災害を殺しておきたいからな。クロノ、あんたにとって革命軍は道具でしかない。実に博物館らしい、合理的な思考だと言える。」

「巧一朗、まさか君はダストに同情しているのか?災害を殺す為ならば、どれだけ手を汚しても構わない、それが博物館だろうに。巧一朗、———君だろう?」

 

「—————『吉岡』を、殺したのは。」

 

クロノは煽っている訳でも、怒りをぶつけているわけでも無い。終始無表情、そして無感情だ。

第四区博物館副館長として、真っ当に生きているだけ。

彼はきっと、この桃源郷において真面目過ぎる程にテロリストだ。優等生、と言っていい。

他者を利用し、時には使い捨て、神たる者を引き摺り下ろす為に動き続けている。

 

「ああ。俺だ。俺があの人を殺した。」

「仕方が無い。吉岡は己の願いに忠実だった。彼は災害と直接戦う道を選ばなかった。既にその姿勢が、博物館の教義に反している。こういう言い方をすると、どこかの宗教組織みたいだけれどね。」

「だが、吉岡さんは確かに勝った。天還で子ども達が犠牲になる未来を変えたんだ。その手を血に染めながら。」

「そうだな。子どもに対してだけは、誠実だった。」

 

吉岡を放置すれば、博物館の全てが災害に掌握されていた。彼を殺害するのは正しい判断であった。

その筈だ……だが、もしも、それでも、と巧一朗は思考する。

迷いがあった。その迷いに、クロノも気付いているだろう。

 

「巧一朗、君はテロリストに向いていないな。君には失うものが多すぎる、ように見える。」

「馬鹿な。俺は災害への復讐心のみで生きている。全ての災害をこの手で葬る、その為に……」

 

「ふ、ならば革命聖杯戦争へ君もエントリーするがいい。」

 

クロノはあっけらかんと言い放つ。六騎のサーヴァントによる神聖な儀式に、紛い物を混ぜ込もうと提案したのだ。

 

「何?」

「いやね、君はどうやらMs.ダストを見捨てられないらしい。無論、この戦争におけるルールは、サーヴァントによる殺し合いであり、マスターという概念すら関わらないもの。だが幸いにも、ダイヤモンドダストならば、巧一朗にも付け入る隙があるだろう?」

「というと?」

「この戦争の特殊ルール、各組織が戦争に持ち込むことの出来る『兵器』だよ。間桐巧一朗、虚数魔術に精通した君が、ダイヤモンドダストの『兵器』となり、革命聖杯戦争に参戦すればいい。」

「だ、だが、俺が万に一つでも勝利をおさめたら、どうなる?」

「君が殺したい災害の名を叫べばいい。ROADはその声に応えるだろう。君の手で、災害を一人殺したことになるだろう?」

「そんなことが……出来るのか?」

「出来るさ。願望器とはかくあるべしだ。」

 

クロノが一体何を考えているかは分からない。眉一つ動かさず、淡々と物事を動かしていく。

だがもし、クロノが巧一朗を利用すべく動いていたとしても、この提案は巧一朗にとって好都合だ。災害への復讐という願いもさることながら、彼がモニターに中継されることで、第三区で逸れてしまっただろう仲間たちに居場所を示すことが出来る。あらゆる通信機器が迷宮に置き去りにされている今、彼が再会を果たすためには、これが最善策に思えた。

 

「意志は固まったようだな。」

「ああ。あんたの口車に乗せられてみようじゃないか。」

 

巧一朗はクロノを睨みつける。彼の隣でダストは震えながら、その手を握り締めていた。

ダストはサーヴァントとして、人間である巧一朗の参戦を止めるべきであった。だが、救いの手を求めていたのは、他ならぬ彼女だ。

だから言えない。彼女は正しく己の弱さを自覚した。

 

「クロノ副館長、あんたは何故、聖杯を生み出してまで、災害を殺そうとする?」

「ヒトの為、そして世界の救済の為だ。」

「救済、とは何だ。」

「自由を手に入れることだ。ヒトの可能性を上から抑えつけるような上位存在は必要ない。『統率』ではなく、『競争』こそがヒトをヒトたらしめる。」

「あんたのサーヴァントは、その為ならば死んでも構わないと?」

「無論だ。この桃源郷において、英霊とは駒そのものだろう?君だってそうするさ。」

 

巧一朗はダストの手を引き、部屋を後にする。

クロノの言葉には、嘘が含まれている、そう彼は感じた。確証はない。

災害を殺すという目的だけならば、第四区博物館、ないし桜館長の元にいた方が、効率は良かった。

敢えて袂を分かち、クロノはクロノなりのやり方を貫いた、ならば、目指す方向性が彼と彼女で異なるということ。

巧一朗が桜館長の元にいる限りにおいて、即ち、クロノはもしかすると博物館にとって障害となり得る、ということだ。

だが、今の彼には桜とクロノ、どちらが正しいかなど分かるべくも無い。どちらも災害を憎むという点では正義だ。

彼はクロノと同じくらいには桜のことを知らない。テロ組織の親玉が、何を到達点として走り抜けているのか。

———今は、考えるだけ無駄だろう。

 

「こ、巧一朗様」

 

部屋を出てすぐに、ダストが巧一朗に声をかけた。

余りにも弱弱しい声だ。この戦いに巻き込んでしまったことに対して彼女は自責の念を持っている。

だが巧一朗は逆に、彼女の立場を利用してしまった、そう考えていた。二人は互いに謝り合う。

迷っていても話は進まない。二人に必要なのは、聖杯戦争に勝ち抜くプランニングだ。

 

「巧一朗様、吾々は一体どうすれば……」

「俺はまだまだ第三区を、革命聖杯戦争を知らない。そして戦うべき相手のことも。和解できるのが一番だが、皆災害に対しての憎しみは同じだろう。まずはダイヤモンドダストの領地へと戻ろう。君のことを知りたいし、そしてもう一人の仲間にも会っておきたい。」

「あ、えっと、あの」

「これからの戦いだが、恐らくは配布令呪の存在が鍵になるだろうとは思っている。詳しくは無いが、ダイヤモンドダストの二騎、どちらかがこれを勝ち取れれば、勝機を見出せるだろう。頼りないかもしれないが、俺も全力でサポートしよう。」

「あ、あの!」

 

ダストは声を張り上げた。

物静かな彼女だからこそ、これには巧一朗も驚いた。

 

「領地は、ありません!」

「え?」

「昨日、ハンドスペード派の方々に、奪われました!」

「まじか」

「あと、もう一人についても、私からはコンタクトが取れません!彼女は本当につい数日前に召喚されたばかりの英霊でして、半ば騙すような形でダイヤモンドダスト側に付いて頂きました!」

「ま?」

 

巧一朗は開いた口が塞がらない。

絶望的な状況で、まずは今宵の宿探しから動き始めることとなる。

 

 

二人は黄金街道とツキ、両者に合流した。

約束の時間だ。彼と彼女はグローブの領地から出て行かなければならない。

そしてここまで連れて来てくれた御礼と称して、黄金街道には、巧一朗参戦の事実を隠さず伝えた。

真っ直ぐな性格の黄金街道には、伝えていいと判断したのである。

 

「パパとアタシが、いずれ戦うことになるかもしれないのか。」

「あぁ。出来れば命の奪い合いなんてしたくは無いが。」

「それはアタシもその通りだ。だがこれは『戦争』だからな。容赦はしねぇよ。アタシはダストを狩りに行き、お前はアタシからダストを守る。全力の雷で、グローブに付かなかったこと、後悔させてやる。」

「それは怖いな。だが、俺も負ける気は無いぞ。俺には頼光が傍にいてくれるからな。」

 

黄金街道は拳を突き出した。巧一朗もまた、拳を突き出し合わせてみせる。

ツキはその光景に感動したように、拍手で二人の健闘を称えた。

 

「ところで、ダストったら凄く綺麗、絶対アイドルとして売り出したら人気出ると思う!」

「遠慮しておきます、ツキちゃん」

「え~~~、ここにいる人達みんな良いヒトなんだけどなぁ?気が向いたらユニット組みましょうね!」

「け……検討します、後ろ向きに」

 

困惑するダストを連れ、巧一朗はサンコレアマルを出た。

改めて、街行く人々に存在を悟られぬよう、ダストはローブを身に纏った。

巧一朗はグローブの繁栄した街並みを見ながら、敵勢力の偵察を行う。無論、それを悟らせるフゴウでは無いが、目に見えるものから情報を得るだけでも、今の巧一朗にとっては立派な収穫だ。

そしてそれと同時に、グローブにいるであろう桜館長の姿も探してみるが、こちらは全くと言っていい程に手掛かりがない。

 

「(桜館長、一体貴方は何をしているんだ?)」

 

結局、グローブ敷地内にて博物館メンバーは誰一人として見つけられなかった。

もしかすると桜館長以外のメンバーは第三区外へと至ったのかもしれない。

二人はグローブの敷地を出て、宿となる場所を探して歩き出した。

 

「そもそも、ホテルや旅館といった類はありません。観光客などいませんので。」

「どうするんだ?」

「なるべくハンドスペード、そしてグローブが夜襲を仕掛けにくい場所が好まれます。ならば、答えは一つです。」

 

そう言って、ダストと共に向かった場所は、今にも崩れ落ちそうな、巨大産業道路、その高架下であった。

『シェイクハンズ』と呼ばれる希望のブリッジ。それは今や第三区民にとって呪われた場所だ。

この橋の近くで、これを守ろうとした何人もの人々が命を落とした。

 

「これが、シェイクハンズ……第四区博物館に資料として残されていたのを見たことがある。」

「誰もこの場所には近付きません。悪夢の象徴ですから。」

「オアシスに召喚された抑止力、そして災害のアーチャーやキャスターとの戦い、まさしく悪夢だな。」

 

ダストは不法投棄されたごみの中から、ブルーのレジャーシートを取り出した。砂や泥を払い、影となる場所に敷く。

 

「あとダンボールをいくつか持ってきましょう。」

「お、おう。」

 

手慣れている。ダストは何度も追われ、逃げてきた経験があるのだろう。

彼女の場合は眠る場所の確保、というよりは、隠れ場所の設置、が正しいか。

巧一朗は柱に寄り掛かり、物思いに耽る。

災害のキャスター、ダイダロス。彼は太陽から第四区を守り、朽ちた。

 

「本当にあんたは、災害だったのか?」

 

千年、途方も無い年月をかけ、人々を守り抜いてきた。

人間に興味を持つはずの無い、あの男が、誰よりも人間らしかった。

憎しみを抱くべき相手に、巧一朗はどこか羨望の眼差しを向けている。

心の内に渦巻く矛盾した感情が、この上なく気持ち悪かった。

 

「うわあああああああああああ!ダストぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

突如、子どもの叫び声がこだました。

巧一朗は声のした方向へ急ぐ。

場所は橋の入り口付近、瓦礫が積み重なったその場所に、ダストは立っていた。

その傍には、固まって怯える三人の子ども達。

ダストは口をパクパクさせながら慌てている。

これは恐らく出会い頭の事故だ。巧一朗は溜息をついた。

 

「ダスト、何があった。」

「こ、巧一朗様、申し訳ございません、シェイクハンズの近場なら誰もいないだろうと……」

「ひぃ、チビ、モグラ、逃げるぞ!」

「無理だよマッチ!サーヴァントは人間よりも足が速いんだぞ!殺される!」

「うぇえええええええ」

「泣くなよチビ!あぁもう!」

 

三人の子ども達は『マッチ』『モグラ』『チビ』と呼び合っていた。マッチとモグラは中学生くらい、チビは小学校低学年ほどに見えた。

着用している服はブランド物のように見えるが、お世辞にも綺麗とは言えない。しかし彼らの手には服の汚れとは不釣り合いな、高価格デバイスが握られていた。

 

「巧一朗様、どうしましょう……?」

「うーん」

 

腰が抜けた三人を放置する訳にもいかないが、ダストの存在が彼らを恐怖で包み込んでいる。

巧一朗が頭を悩ませているその時、新たな人物がこの場に現れた。

子ども達とは異なり、何十年と着込んでいるだろうボロボロの服装で、髪と髭は胸元まで伸びきっている。男の第一印象は誰にとっても『最悪』の一言だろう。

 

「おい、お前ら、何をしている。」

「あ!麦造爺ちゃん!」

 

『麦造(むぎぞう)』と呼ばれた齢七十から八十あまりに見える男は、三人の子ども達も前に走り出た。そして巧一朗とダストを交互に睨みつける。

この子ども達の保護者だろうか。だが、顔が余りにも似ていないことから、血縁者で無いことは窺える。

 

「麦造爺ちゃん、ダストだよ。あの、ダイヤモンドダストの悪の大魔王!」

「麦造爺ちゃん!ダストをやっつけて!」

 

子ども達は思い思いに叫び続ける。だが、麦造はただ静かにダストを眺めていた。そして暫しの沈黙の後、口を開く。

 

「聖杯戦争の、参加者だな。」

「あぁ。そうだ。俺も、ダイヤモンドダストの一員だ。」

「そうか。」

 

麦造は何か考えた後、子どもたち三人を肩と腕で担ぎ上げた。

そしてただ一言「ついて来い」と言い放つ。

ダストと巧一朗は訳も分からぬままに、麦造のあとを追いかけた。

そしてシェイクハンズ高架下に建築された木造家屋へと辿り着いた。

家屋と言っても、広さは六畳も無い程である。

引き戸を開けると、巧一朗たちの他に先客がいた。

凡そ有り得ざる光景である。

 

「おや、奇遇だな、『ダスト』」

 

焦げたあとのような茶色の畳に、ぶら下がる豆電球、そして蜘蛛の巣がトラップのように張り巡らされている中で、先客の男は余りにも優雅で、上品で、高貴さに満ち溢れていた。

ダストは何とか絞り出した声で、男の名を叫ぶ。

 

「ふ…………『フゴウ』!?な……なぜ、ここに?!」

 

ドン・フゴウこと黄金王マンサ・ムーサが六畳一間に君臨している。

ダスト、そして巧一朗もまた、目を丸くしている。

 

「フゴウ!遊びに来たのか!」

「そうだ。おい、マッチよ、我が与えた服がもうこんなにドロンコでは無いか。新しいものを持って来よう!」

「そうだ、フゴウ!聞いてくれよ、モグラのヤツ、黄金街道に投票したんだぜ、しかもチビに関してはロンリーガールに入れやがったんだ!」

「おい、マッチ、言わないでくれよ!」

「ハハハ、良い良い!結局我が勝つのだからな!お前達が好む者に投票するがいいさ!」

「黄金街道が好きだけど、フゴウも大好きなんだよ、俺は!」

「ぼ、僕も!」

 

フゴウはどういう訳か、三人の子ども達とは知り合いのようだ。

微笑ましい光景だが、麦造だけは顔を顰めている。

彼らの関係性が、巧一朗にはなかなか見えてこない。

 

「ちなみにダストよ、隣の男は何者だ?人間のようだが、英霊の力が混在しているように思えるな。」

「あ、えっと」

「俺は間桐巧一朗。ダイヤモンドダストの『兵器』だ。きっとあんたとも戦うこととなる。」

 

巧一朗は包み隠さず告げた。黄金街道同様、この王には小細工は通用しないだろう。

 

「そうか。ダイヤモンドダストの戦力強化となるならば、良きことだ。」

「敵なのに、か?」

「革命軍は敵では無い。真の敵は災害だ。我は必ず三組織が手を取り合えると思っている。……その為に戦っていると言っていい。」

 

フゴウにはダストに対する戦意が無い。暗殺未遂の彼女を許し、協力し合えると信じている。

そしてフゴウのその姿勢に、麦造は深く頷いた。

 

「組織の抗争、くだらねぇ。このガキどもの親は、くだらねぇ戦いでくだらなく死んだ。こいつらは自分の名前すら覚えちゃいねぇ。だから俺が名前を付けた。綺麗な石ころ集めて売り捌いていたマッチ売りの少女ごとき『マッチ』、子ども一人で他の区へと逃げる為に、地面に穴を掘り続けていた『モグラ』、あとは背が低い『チビ』だ。」

「チビだけ辛辣じゃありません?」

「うるせぇガキが。お前も、フゴウも、ダストも、全部がくだらねぇ。何が戦争だ。何が革命だ。宝箱を追い求めて、開けたら血みどろ、中身は空っぽ、気付けば全てを失っている。それがお前らの末路だよ。」

 

麦造はそう吐き捨てた。

そしてその場で寝転がり、いびきを立て始める。

 

「麦造はこういう男だ。だから我がグローブ領地に新しい家を用意しようと、テコでも動かない。」

「俺たちは、麦造爺ちゃんの傍にいるもんね。」

「そう、だからこうして定期的に会いに来ているのだ。こういう状況ならなおさらに心配だ。」

 

フゴウは麦造の丸くなった背を見て静かに笑うと、その場で立ち上がった。

そして子ども達を連れ、家の外へ出る。

 

「今日は三人をグローブで預かろう。貴様らはここを宿とするがいい。」

「え、でも」

「麦造が招き入れたという事は、泊まって良いという事だ。三人ならばまぁ、手狭だが眠ることは出来るだろう。ダスト、貴様も眠る必要は無いだろうが、英気を養っておけ。革命聖杯戦争は始まったばかりなのだから。」

「フゴウ……」

 

ドン・フゴウは高らかに笑いながら、子ども達と共にこの場を去る。

その背は、他の第三区の英霊たちより英雄足り得るものだった。

 

「俺たちは、あの男と戦って勝たなければいけないのか。」

「はい。」

 

手を取り合える道。

それは、災害を殺すことが叶う道では無い。

弱小英霊が揃っても、災害には決して及ばない。

だからクロノはROADという選択肢を用意した。

七騎の命で、災害を殺すことが出来るならば、それは革新的なモノ。

だが、本当にそれは正しい選択なのだろうか。

フゴウをどこまでも見送り、立ち尽くす二人。

戦いは既に始まっている。もう、振り返ることなど許されない。

 

 

 

  【キングビー編②『エピソード:ムーブ』 終わり】

 

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