Fate/relation   作:パープルハット

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キングビー編4『エピソード:ドラゴン』

「やるな、芸達者よ。だが貴様の実力はこの程度ではあるまい?」

「それは此方の台詞なり。見事ですぞ、グローブの王よ。」

 

キャスターとリケジョの二人がショーンと交戦、そして巧一朗とダストが竜宮へと向かう中、ハンドスペードとグローブの小競り合いは今日も勃発する。

フゴウ暗殺部隊がグローブへ到着する直前に、黄金の津波が彼らの悉くを飲み込み、破壊し尽くした。芸達者仕込みの果心オートマタ、量産性能に優れているが、ハンドスペードの劣勢状況からその出来は日に日に悪化している。それもその筈、此度の聖杯戦争において果心居士の果心礼装は魔力のコストカットの為、現代のパーツを用いて製造されているのだ。だがフゴウは、果心居士が、自らの叡智の全てを用いて創造した真の『果心人形』を隠し持っていると推測している。それこそが竜宮の砦を守る『兵器』そのものなのでは無いか、と。

そしてその読みは凡そ当たっている。果心居士はハンドスペードを守る為の切り札として、一騎のオートマタを竜宮に隠し持った。だがそれはあくまで対災害用の決戦兵器。出来れば、グローブやダイヤモンドダスト相手に開放したくないものだ。

そしてこのタイミングで、空に浮かぶ観測艇から、MCリンベルの実況が轟いた。戦いは五日目、今日の配当令呪もまた、第三区民の投票によって付与される。

動きを見せないロンリーガールや黄金街道と異なり、芸達者に得票が集まり始めた。だがそれはあくまで微々たるものだ。

結局のところ、ドン・フゴウがこの場にいる限り、彼の勝利は揺るがない。此度もまた、彼の腕に新たな令呪が刻まれる。

 

「これで五画、ですが先の戦闘で二画使用し、今は三画。フゴウ殿は令呪コレクターにでもなられるおつもりか?」

「何が言いたい?」

「二画は黄金街道殿に託された。だが一向に貴殿は己の肉体強化にそれを使用しない。この革命聖杯戦争において貴殿こそが最も優れたサーヴァントだと認めよう。それでいて、何故貴殿は『出し渋る』のだ。竜宮攻略は兎も角、この老いぼれだけならば、この瞬間にでも葬り去ることが出来ように。」

 

芸達者の意見はもっともだ。この令呪は単純な魔力強化など、使用用途が限られている。芸達者のように罠を工作し、戦闘に備えるタイプには短期決戦こそ望ましい。何度も小競り合いをし、手の内を晒しながら、なお勝ちを急がない姿勢は、舐めていると捉えられてもおかしくない話だった。慢心こそが王の本懐、なれども、フゴウのそれはあまりに隙が多いだろう。

 

「魔力強化や、対象を移動させる、この令呪。効用は極めて限られているが、こと戦いにおいてこれ程可能性を秘めたものは無い。貴様らが兵器を隠し持っていると知りながら、安易に切って良いカードでは無いだろう。」

「それもそうでしょうな。ですが、爺にはちと、腑に落ちない。」

「ああ、そうともさ。ならばその心の靄を晴らしてやるのも王の務め。我の望みは、常に一つ。革命軍三組織が手を取り合う未来だ。……我はそなたらと殺し合いをしたい訳では無い。」

 

フゴウの意志は変わらない。

革命軍が手を取り合い、共に災害へと挑むことを、いつだって夢見ている。

言峰クロノの否定、革命聖杯戦争の否定、マンサ・ムーサが望むのは、第三区の真なる復興である。

 

「甘いな。その甘さは、不要なり。」

「そうかな?我は折れぬぞ。果心居士も、細川ガラシャも、我が救うべき民だ。」

「…………っ」

「ふむ、先に宣言しておこう。我が革命戦争において必要な令呪の総数は四画だ。黄金街道を救う為に二画を消費したが、この戦いが終わるその時、我が四画を持っていれば、我の望みは遂行される。つまりあと一画、という訳だ。」

「四、だと?その数字に何の意味が?」

 

解説実況のリンベルも、フゴウの宣言に首を傾げた。モニター越しに観戦する区民たちは、誰一人としてフゴウの真意に気付かなかった。

この第三区にいる者の中で、その意味を知るのは彼自身と、そしてもう一人。

芸達者は一先ずそのことについて頭を悩ませることを放棄した。目の前の敵を殺すことへ集中する。

 

「貴殿が油断している内に儂も事を成そう。いまグローブの領域内に黄金街道殿は見当たるまい。今こそが好機と見た。」

 

果心居士が口笛で号令したその瞬間、十体の絡繰巨兵が地中深くより現れ出る。

グローブのサーヴァントが与り知らぬ間に、この男は彼らの領地にまで罠を巡らせていた。

通常、フゴウは果心居士の芸達者ぶりに拍手喝采を示すが、絡繰の内部構造を観察し、目を細める。

 

「天下の妖術師、にしては、仕事が粗いな。」

「何ですと?」

「図体はそれなりだが、今しがた我が消し飛ばしたオートマタと同構造だ。これでは雑兵のコピーに過ぎない。むしろ的が大きくなった分、先程より対処が容易くなったと言える。果心居士の仕事では無いな。」

「ほう、職人の如く威張るでは無いか。」

「何を焦る?芸達者。我を殺すならば、小細工を数千と用意するのが貴様だろうに。」

 

フゴウは芸達者の心の内を見透かした。

流石は王、人の見る目は一流である。動揺する芸達者を冷静に捉えていたのだ。

一方の果心居士は唇を震わせた。彼の脳裏には、娘のように愛するガラシャの姿がある。

だが、彼女は変わってしまった。この第三区を遊び場にすべく現れた『災害』によって。

果心居士では、細川ガラシャを救えない。ならば、もしも、マンサ・ムーサであるならば—————

 

否、それは出来ない。

ハンドスペードは、グローブと袂を分かったのだ。戦争は、止まらない。

 

「革命聖杯戦争はじき終わる。ハンドスペードが、グローブを下す。震えるがいい、フゴウよ。負け惜しみでは無く、それこそが未来なのだ。」

「……芸達者、貴様がそういうならば、そうなのだろう。」

 

フゴウは十の黄金剣で、絡繰巨兵たちを見事瞬殺した。

そしてその間に、芸達者は煙玉を用いてどこかへと消え去った。

只の時間稼ぎ、にしては次の一手は用意されていなかった。

視聴者たちは芸達者の不甲斐なさに呆れ、怒りを露わにする者もいた。

彼への支持は急激に低下し、またもやフゴウが人気をかっさらう事となる。

もはやフゴウの勝利は揺るぎない。その域に達した瞬間である。

 

【キングビー編④『エピソード:ドラゴン』】

 

第三区北東部へと向かった巧一朗とダスト。

彼らの目的は、革命軍過激派組織『ハンドスペード』の偵察である。

ダストが運転するバイクに乗せられた巧一朗は、彼女に摑まりながら、荒廃した区内を見渡していた。

 

「運転出来るんだな、ダスト。」

「騎乗スキルがある訳ではありませんが、人並みには。……巧一朗様から見て、この区はどうでしょうか?」

「やはり第二区や第四区に比べ、貧しく感じられるな。例えば第二区は貧富の差が目に見えて分かる構造だったが、この場所は全てが廃れているように思う。災害が管理、運営していないからこそ、だろうな。」

「はい。第三区の統括である災害のバーサーカーは他区と異なり、人間を見放しています。だからこそ革命軍は第三区を根城としているのですが……他区への移動も一苦労です。このバイクですら高価品ですし、他区を管理する各災害に目を付けられれば、その時点でアウト。最悪の場合は革命の意志を詳らかにされ、処刑されます。」

「ダストは何故このバイクを所持しているんだ?」

「実はジャンクパーツを用いて一から作成しました。やってみれば、何とかなるものですね。」

「おお、すげえな。」

 

巧一朗は素直に感心する。

道具作成スキルも、騎乗スキルもない彼女、否、それどころか、本来セイバークラスが持ちうるスキルの一切を持たない。

シェイクハンズの上で巧一朗と打ち合った際も、剣の腕は二流、三流だった。恐らくフゴウや黄金街道の方が、剣を巧みに振るえるだろう。

ハッキリと分かることがある。ダストは、枡花女というサーヴァントは、こと戦闘面において『最弱』と言っていい。劇作家ですらもう少しまともに聖杯戦争を戦えるだろうレベルだ。かと言って、戦闘を行う者へのサポートが出来るわけでも無い。

だから、リケジョとのタッグによるフゴウ暗殺は、一応理に適っていたと言えよう。だが当然のことで、彼女の作戦は失敗した。気配遮断を持つアサシンならば成し得ただろうか。

ダストの情報を得た巧一朗は、彼女の得意分野を探していた。もしかしたら手先が器用なことはこの先役立つかもしれない。

 

「そろそろ到着します。ここからは徒歩での移動です。キャスタークラス『芸達者』の罠が張り巡らされているでしょう。」

「ああ。革命軍ハンドスペード、か。」

 

過去に淡路島を起点に独立国家を築こうとした組織、という前情報がある。

エラルから見せられたアインツベルン製対災害兵器『ヘラレウス』の実用に成功したのが、このハンドスペード。

だが彼らの目論見は、第五区の宗教団体アヘルによって崩された。

三百余りのヒトが、英霊たちが、只一人の人間によって亡き者とされたのだ。この組織の長であるガラシャが纏う怨念は、底知れぬものであるだろう。

だから、彼女らはグローブの差し出す手を取らない。災害のアサシンを殺すことにのみ注力しているようだ。恐らくこの革命聖杯戦争において誰よりも願いを叶えることに必死である。

第四区博物館に属する巧一朗は、ある種の仲間意識を抱いていた。

彼のもっとも愛する女性は、災害によって無残に殺された。彼は復讐心のみで今も生き永らえている。

もし災害を殺す目的を失ったなら、彼はどのような人生を歩めばよいだろうか。彼自身、考えたこともないし、考える予定もない。

 

「見えてきました。竜宮城です。血のように赤く染まっていますね。」

「竜宮とは海の底の理想郷、はたまた冥界とも言われている。この色味だけを見ると、死者を招く閻魔邸だな。」

「元は浦島太郎の宝具により生み出された結界、ですが、細川ガラシャと細川忠興の呪いがこの領域を強奪しました。太郎はもう、何処へ消えたのかも分からないようです。」

 

ダストの言葉に、巧一朗は目を瞑り、微笑した。ダストは不思議そうな顔をしている。

 

「巧一朗様?」

「いや、意外と近くにいるかもしれないぞ。」

「はあ。」

「兎に角、潜入できるなら、そうしてみよう。忠興の怨霊がどれ程のものかを確認する必要がある。」

 

巧一朗は不用意にも城壁へ近付いていくと、麦蔵から貰った、鶴の羽根を押し当てる。

すると驚くべきことが起きた。巧一朗とダストの目の前に、突如、竜宮の隠し通路が現れる。

目を丸くするダストと、にやりと笑みを浮かべる巧一朗は、共に狭い通路を進んでいった。

 

「どうして、こんなことが……」

「浦島太郎の玉手箱に秘められていたのは、彼の残りの人生と、鶴の羽根だ。生まれ変わった彼は、愛する乙姫を求めて蓬莱へと旅立つのさ。竜宮と蓬莱山の関係性は不明だが、どちらも理想郷であり、太郎と乙姫が恋紡ぐ場所であるなら、これこそが鍵となる。たぶん、『歳を重ねない』英霊には扱えないんだろう。麦造さんが親しげだったフゴウに渡さなかった理由はその辺りだろうね。」

「麦造さん……」

「ここからは敵のテリトリーだ。慎重に行こう。」

 

慎重かつ大胆、裏スタッフの行動理念だ。

聖遺物回収に勤しんだ頃の巧一朗は、キャスターと共に危なげな罠に自ら飛び込んでいた。

好奇心がそうさせるのかもしれない。

そして二人の城内探索が始まろうとしたその時、源頼光が声を上げた。

 

「巧一朗、まずいぞ。」

「忠興の怨念か?確かに、進めば進むほどに皮膚がひりひりと痛み始めるが……」

「違う。もっと危険なものだ。魔力の量が限界を超えている。通常の英霊では有り得ない、何かが潜んでやがる。」

「…………まさか?」

「ああ、そのまさかだ。忠興の呪いが充満している所為で外部に漏れちゃいねぇが、間違いない。『災害』がいるぞ。」

「さっ……ささささ災害!?」

 

驚き、声を上げるダスト。その口元を巧一朗が手で覆った。

だが彼もまた動揺している。革命軍とは即ち、対災害組織だ。間違ってもその元凶と手を取り合うことは無い筈。

 

「災害が入り込んで、暴れているのか?それにしては静かだ。」

「いや、魔力反応は二つ。もし片側が細川ガラシャならば、彼女の部屋に災害がいる。……真意はどうあれ、敵対しているようには思えない。」

「革命軍の過激派が災害を匿っているというのか?大スキャンダルだぞ。一体どういう……」

「……巧一朗、こちらの存在が気付かれた……!」

 

巧一朗はダストの手を引き、城内を駆ける。

頼光の言葉が無くとも、彼自身、異変を察知した。ダイダロスを前にしたときの、心臓が掴まれる感覚に蝕まれる。

彼は赤黒い魔窟の中で見つけた、神聖なる教会部屋に、ダストを匿った。細川ガラシャの信仰心により違法建築されたと思われるその場所は、隠れるにはもってこいだ。何より、『誰かに見られているような』感覚が、この場には無い。

 

「ダスト、あとで必ず迎えに来る。それまでここにいてくれ。」

「巧一朗様!?」

「俺は大丈夫だ。俺は災害のキャスターを倒した男だからな。」

 

只の強がりだ。彼自身、そしてダストも、巧一朗の手の震えに気付いている。

だがダストは何も出来ない。彼女ではサポートどころか、足を引っ張ってしまう。

今は巧一朗の言葉を信じ、祈ること。ダストは扉の先へと離れて行く彼を信じた。

 

「巧一朗、いきなり敵のアジトに飛び込むのは、早計だったな。」

「だが、生き延びれば収穫だ。もし災害との繋がりが知れれば、グローブ側との和平を有利に進められるかもしれない。桜館長と再会できれば、博物館も災害討伐の準備に移行できる。」

「お前さんのポジティブシンキング、嫌いじゃないぜ。」

 

巧一朗は源頼光の力を解放させる。

彼の英霊外装を纏い、右手には天下五剣『童子切安綱』を装備した。

 

そして教会から離れた彼の前に、遂に『災害』が姿を現した。

黒い長髪の男は、胸元に大きな傷跡をもつ。彼の手には魔剣『バルムンク』が握られていた。

巧一朗が間違える筈も無い。

 

彼こそは『災害のアーチャー』その人である。

 

「おいおい、能天気な侵入者もいたもんだなぁ、おい。」

「…………」

 

災害のアーチャーはバルムンクを引きずりながら、欠伸交じりに現れる。

彼の只ならぬ魔力放出と殺気は、周囲のものを凍り付かせる。巧一朗は指先すら動かせない程に固まってしまった。

 

「てめぇ、どこぞの三流英霊かと思いきや、人間ですらねぇな。妖魔の類だ。その肉体は建築馬鹿のオリハルコンだろ。無理矢理、糸で縛りつけ、デコレーションした気になってやがる。」

「そういうアンタは、災害」

「ああ。災害のアーチャーとは俺のことだ。てめぇが何故、オリハルコンの肉体を手に入れてやがるか、気にはなるが、ま、どうでもいい。」

「どうでもいい?」

「今この瞬間、死ぬからな。」

 

災害のアーチャーは、大剣を振るう。

刹那、城内全てが飲み込まれるほどの爆風が巻き起こり、巧一朗は飲まれた。

彼の身体を無理矢理動かした頼光は、回転しながら、何とか局所的な嵐に耐えきってみせる。

だが、巧一朗の肉体は、ただの一振りで傷だらけだ。巻き起こる風が彼の肉体を縦横無尽に切り裂いた。まるで一万のナイフが飛んできたかのような錯覚を覚える。

そして城内の通路は、驚くべきことに無傷だ。ハンドスペードの兵器こそがこの竜宮ならば、武器はこの堅牢さにある。果心居士が発起して改築した城塞は、災害の遊び場として機能していた。

 

「っくぅ…………っ」

「今ので死なねぇのか、タフな野郎だ。別にスキルでも宝具でもねぇぜ。ただ剣を振っただけだ。でもそれだけで、大体の奴は死ぬ。」

「今の爆風波が、只の一振りだと?」

「あぁ、それが『災害』だ。おこぼれで生きている旧人類が粋がるんじゃねぇよ。俺が災害、俺が最強だ。」

 

巧一朗はふらつきながらも、足腰で踏ん張り立った。そして頼光の決戦宝具、災害殺しの『雷上動』を召喚する。

この男の前で出し惜しみしている暇はない。ダイダロスが『防御』の災害ならば、アーチャーは『破壊』の災害。彼の聖剣が輝くその前に、決着を付けなければならない。

 

『これより放つは、妖を屠る二閃なり。一に水破、二に兵破。大聖文殊菩薩よ御覧じろ。今ここに天下無双の名を顕す』

 

巧一朗は雷上動に、先ずは水破を番える。

災害のアーチャーはその弓を知らない。だが、その強大な力に危機感を覚えた。

そして災害のキャスターの死を連想する。オアシスの繭を形成する大迷宮で、ダイダロスを超えようとした存在がいた。

それが、このちっぽけな『虫』であるなどと、考えたくもない。

 

「うざってぇな、お前。」

 

アーチャーは溜息をつき、そして、己も弓を取り出した。

ジークフリート・シュパンネ、かつて竜殺しの大英雄が所持していたとされる弓。彼はそれに、矢では無く、己の聖剣を番えた。

災害のアーチャーの必殺宝具が、いま、放たれようとしている。

 

「死ね、虫が。」

「俺が勝つ」

 

巧一朗は解き放つ。

 

『雷上動・水破(らいしょうどうすいは)』

 

アーチャーが空に吠える。

『投射式幻想大剣・天魔失墜(シューティング・バルムンク)』

 

距離にして五メートル。二人の同時に放った矢は轟音と共にぶつかり合った。

そしてその衝撃により、堅牢な竜宮城塞の三分の一が消し飛んだ。これでもまだ城としての機能を有しているのが奇跡である。

眩い光に包まれ、周囲に存在する全てが消滅する。巧一朗もまた、その衝撃により場外へと飛ばされた。

全身から吹き出した血液が宙に線を描く。この一撃により、彼は戦闘不能に陥った。

 

「ぐぅぁあ」

 

巧一朗の口から漏れ出た、悲痛の声。

それもその筈、彼の右足はこの衝撃により千切れ去った。

縫合魔術により錬成したオリハルコンの肉体すら、この衝撃には耐えられなかったのだ。

仮初と言えども、虚行蟲を構成する筋肉そのものである。糸が解れれば、激痛が襲い掛かる。

頼光は巧一朗の意識を現世に留める役割を果たす。意識を失う前に、彼の名を呼び続けた。

幸運だったのは、ダストを匿った教会の方角へ衝撃が伝わらなかったことだ。彼女が死んでは本末転倒である。

 

「巧一朗、お前さん、タフだな。」

「今の状況を見て、そう思うか?」

「充分タフさ。生きていることが奇跡だよ。右足だけ、処置が必要だな。」

「あぁ。災害のアーチャーは?……まだ一度しか殺せていない。」

 

巧一朗には手ごたえがあった。

放った矢が、アーチャーを貫く瞬間をその目で捉えていたのだ。

頼光の雷上動が、災害の宝具を僅かながら上回ったのである。

そのことに、喜びを覚えていた。

 

「あとは兵破の一撃だ。まだ撃てるな?」

「あぁ。まだ、戦える。」

 

巧一朗は抉られた大地に残っていた果心居士の罠、果心礼装の一つに手を伸ばす。

鋳造されたオートマタは四肢を解体されながらも、新品のように艶がかっていた。

彼は指先から糸を出し、己の右太腿と果心オートマタを接続する。

ダイダロスの迷宮から採取したオリハルコンの身体には程遠いが、立って踏ん張るだけならば、これでも上出来だ。

巧一朗は糸を紡ぎ、果心礼装とドッキングする。絡繰は見る見るうちに、巧一朗の足そのものとなった。

 

「うげ、キモチワル」

「おい、気持ち悪いとか言うな。傷付くぞ。」

「悪い悪い。お前さんの立派な魔術だもんな。」

 

からからと笑う頼光に不信感を募らせつつも、数十メートル先の竜宮を捉え、立ち上がった。

彼の手には雷上動が握られる。

今こそ、二人目の災害との決着を付ける時だ。

 

だが、その時、異変は起こる。

竜宮に出来た巨大な穴から、人ならざる何かが飛び出した。

白い光沢のある鎧に身を包んだ、四本腕の、翼広げる竜。

機竜と名付けるべき存在は、バルムンクを片手に、空へと急上昇する。

 

「竜…………」

「アレは災害のアーチャーだ。お前さんの放った矢、掠り傷一つ付けられてねえ!」

「ば……馬鹿な……」

 

水破が貫くその瞬間、災害のアーチャーは第二形態へと姿を変えた。

人の形を捨て去り、竜種へと進化する。今の彼は異形そのものだ。

大剣バルムンクを所有する大英雄、それは仮初の姿に他ならない。

第三区の天高く君臨する一匹のドラゴン。

文字通りの災害、人の世に災いを齎す生命。

巧一朗は自らの脳内データベースから、この存在の真名を引き当てる。

かつてヒトだったもの。竜に生まれ変わったもの。そして、大英雄に狩られたもの。

 

「災害のアーチャーの名は……」

 

大英雄ジークフリートの天敵、邪竜『ファヴニール』

 

ジークフリートに、或いは、シグルドに、打ち倒された邪竜。

そしてかつては、『ヒト』だった命。強欲に塗れ、獣と化した人間だ。

 

「妖、どころじゃねぇな。あれは神域の魔竜だ。雷上動で葬れる相手じゃないかもしれねぇ。」

「二回殺すって、もう不可能だな。あんなの、どうしようもないだろ。」

 

巧一朗は諦めの溜息を零す。

空に浮かび上がった竜は、彼にとって『神』そのものに思えた。どのような対抗手段も通じない。唯我独尊とは、この竜の為にある言葉だ。

ダイダロスの迷宮で、消えて行った英霊たちを思い出す。英雄への憧れの強い青年には、一種のトラウマとして心に刻み込まれていた。

あぁ、これより人間が、英霊が、沢山死ぬ。トリガーを引いたのは巧一朗だ。

 

「……っ」

「おい、巧一朗!」

「分かっている。……やろう、俺とアンタで。ここで災害を食い止める!」

 

巧一朗には、失うものなど無かった。

何故ならば、もうすでに一番の宝物は消滅している。

生きて、復讐の道を選んだ彼には、他に選択肢など無い。

第三区を守護するなどと、高尚な気持ちで臨むつもりは甚だ無い。

只の憂さ晴らしに、全身全霊をかける。

 

「兵破を放ち、それでも届かなければ、天下五剣で近接戦闘へ持ち込むしかない。いけるな?巧一朗。」

「鬼を斬る刀は、竜種にも有効なのか?」

「ああ、無論だ。ヒトならざる者であれば、な!」

 

巧一朗は果心オートマタの右足で踏ん張り立つ。

手に握ったのは雷上動。黄金色の一撃をもう一度、叩き込む。

そして巧一朗には直感していることがある。二度の矢を放ったその時、隣に立つ大英雄との、別れが来てしまうのだと。

イカロスに接続したときと同じだ。命を懸けたその時、肉体の限界を超え、糸の結び目が解れだす。

だが、後のことは考えない。考えている暇はない。今己が出来ることを全力でやるのみ。

彼一人でも、邪竜殺しを成し遂げる。

 

「行くぞ、災害!」

 

巧一朗は空の先で無限の咆哮を続ける邪竜へ向け、矢を構えた。

ただの一度でも良い。この矢が届けば、勝利への可能性が生まれる。

第四区博物館には、災害への対抗札が用意されている。邪竜の翼を折れば、これから先戦っていけるはずだ。

 

『大聖文殊菩薩よ御覧じろ』

 

水破と同様の詠唱、彼の肉体に黄金の線が浮かび上がり、矢はエメラルドに輝きを放った。

だが先程とは何かが違う。水破より、兵破の方が重い。同じ矢である筈だというのに。

 

「巧一朗!?」

「くっ…………」

 

弓を引くことが出来ない。

巧一朗の身に何かが起きているのか。

力が入らない。命を燃やし尽くす覚悟が出来ない。

雷上動を使いこなすには、何かが決定的に不足している。

頼光を以てして、彼は為し得ることが出来なかった。

 

「なんでだ……」

「おい、巧一朗、まずい!来るぞ!」

 

空を見上げる。

邪竜は感情を剥き出しにしながら、再びジークフリート・シュパンネを携えた。

再び、大剣バルムンクを用いた対軍宝具が放たれようとしている。

ハンドスペード領域内にいた人々は、逃げることを忘れ、ただぽかんと空の輝きを見つめていた。

 

「あ……」

 

巧一朗は『逃げろ』と呼びかけようとする。

だが、喉の奥から出かかったその声が、どこかへ消え去ってしまった。

一瞬の迷い。

彼の心の中にある、己への蟠り。

 

第四区博物館スタッフとして、多くの人間を手にかけてきた。

災害への復讐のために、犠牲を伴わなかった。

その彼に、今更偽善者を演じる資格はあるのだろうか。

時間にして一秒にも満たない惑い、同じ博物館スタッフである、吉岡を殺した生々しい感覚が蘇る。

私利私欲に塗れた彼が、他者の生存を願う権利を有するだろうか。

 

ヒトですらない、ただの虫風情が。

 

そして巧一朗は彼らと同じように口を開けたまま、立ち尽くした。

空より降り注ぐ、滅殺の一撃。

彼は頼光の呼びかけにも答えられぬまま、固まる。

そして命を落とすであろう瞬間に、彼は飛び込んできた何者かに救われた。

轟音と共に、ハンドスペード領地は灰と化す。

巧一朗の目前で、少なくない数の人々が消えた。

跡形も残さず、命は霧散した。

 

「あ……あぁ…………」

 

彼は柔らかい身体に抱き留められていた。

ほのかな甘い香りは、つい先ほどまで彼の鼻腔をくすぐっていたもの。

教会に隠れていたダストが、巧一朗を救ったのだ。

 

「巧一朗様!」

「ダスト…………」

「今の貴方には、雷上動は使用できません。撤退しましょう!」

「今の俺には……?」

「はい。吾は生きる理由を失い、退去してもいいと、考えていました。でも、巧一朗様が召喚された意味を探して下さるならば、吾はまだサーヴァントとして戦える。だから生きてください!これは吾の我儘です!」

「ダスト……」

 

ダストは巧一朗と肩を組み、走り出す。

災害のアーチャーは暴れ回りながら、何度でも剣を振るうだろう。

革命聖杯戦争どころの騒ぎではない。リンベルが報道し、クロノが開催中止を宣言する。悪い意味で、三組織が手を組む日が来るかもしれない。

ダストは違法改造した中型二輪を探すが、竜宮大破と共に、衝撃で壊れ去ってしまっていた。

徒歩で移動するには厳しい距離だ。どうにかして生き延びる方法を模索する。

 

「ダスト……俺が戦う……から、アンタは」

「出来かねます。ここは共に生き延びる道を選ぶべきです。巧一朗様、必ず貴方は再び雷上動を握ることが出来る。そのとき、革命は起こる筈です。」

「だが、このままでは……」

 

逃げ切れない、そう言おうとしたときだった。

彼らの目の前に、豪快なエンジン音と共に、大型バイクが現れる。

金の髪をたなびかせた特攻服の女、当然、巧一朗たちが知らない相手では無かった。

革命軍グローブ特攻隊長、ライダークラスの黄金街道が、彼らを救出するためにやって来たのだ。

 

「黄金街道……っ!」

「話はあとだ、乗れ!グローブの領地まで走り抜ける!」

「わ……吾もいいのでしょうか?」

「良いに決まっているだろ!今は敵とか味方とか関係ねぇ!アタシの黄金街道まっしぐらだぜ!」

 

巧一朗とダストは黄金街道に密着しながら、飛ばされないように力を込めた。

そして黄金街道は怪音を轟かせ、ハンドスペード領地から猛スピードで離脱していった。

 

 

災害のアーチャーが天空を支配する、そのとき。

巧一朗たちとは逆に、現地へと足を運ぶ二人がいた。

革命聖杯戦争において監督役を務める男、言峰クロノ。

そしてそのサーヴァントであるクロノアサシン『ツキ』である。

クロノはアーチャーの降臨から、リンベルたちメディアへの情報統制、そして現地到達まで僅か半時間で事を成した。

想定外の事態であろうとも、彼には桜館長と共に聖遺物回収と博物館運営を行ってきたノウハウがある。

戦争にはトラブルやアクシデントはつきもの。発生してから迅速に行動し、事態の収拾に図るのは専売特許だ。今まで姿を現さない桜館長に代わって、彼があらゆる事柄に対処してきた。

 

「ハンドスペード支援者の損失は痛いが、元より彼らには一切期待していない。令呪システムをはじめとし、グローブの勝利の為に動いてきたからだ。竜宮もああなっては、兵器としての機能を剝奪されたも同義だろう。」

「クロノ的には、結果おーらいってこと?」

「そうですね。災害のアーチャーと繋がっていたのは想定外でしたが。細川ガラシャと接触した際、彼女はもう少しまともだと思っていましたよ。身も心も災害に捧げた愚者、我々でなくとも、救済するに値しない人物です。」

「そっか、可愛いから、アイドルとか向いていると思っていたけどなぁ。」

 

ツキの戯言を華麗にスルーしつつ、彼は天空を我が物とするアーチャーを睨みつけた。

 

「リンベルの観測艇は来ない。情報を仕入れる能力が恐ろしく低い貧困層には秘匿する。革命聖杯戦争を中断などさせる筈が無いだろう。私の救済は、ここで終わらない。」

 

クロノの『救済』。

ヒトが神と分かたれるために、ヒトがヒトとして生きていくために。

彼はクロノアサシンと契約した。

第四区博物館、並びに、桜館長ことメアリー・セレスト、彼女の思い通りにはさせない。

博物館が成そうとしていること、彼はそれを否定する。

 

「ねぇ、クロノ。今更だけど……」

「何でしょうか」

「いや、いいのかな~って思って。ほら、クロノの救済ってさ、『クロノも死んじゃうじゃん』。」

「ええ、構いませんよ。それが貴方との契約、大切な約束ですので。」

 

クロノは両手を心臓に当て、祈る。

彼の身体に、刺青のように刻まれた赤の紋様が輝き、ツキの肉体を満たしていく。

 

『令呪を以て命ずる。邪竜を、撃ち落としなさい。』 

 

クロノの命令は、ツキの身体を魔力で満たし、彼女の性質を活性化させる。

かつての力を取り戻すことは出来ないが、一時的に英霊としての戦闘能力を取り戻した。

ツキの赤髪ツインテールは翼の形状へと変化し、その両手は黄金に染まり、肥大化する。

シェイクハンズの悪夢、その空の上で降臨した抑止力と同じ姿へ進化した。

天空領域は、彼女のモノだ。たかが災害如きが、そこにいていい筈が無い。

 

「私の力を求めるか、司祭よ。」

「はい。世界救済の第一歩がこれより始まるのです。」

「ふ、くだらんが、愉快だ。相反する感情が同居する。実にヒトらしい思考に至ったぞ。」

 

ツキはゆっくりと、空へ昇っていく。

彼女の姿をその目で捉えた邪竜は、あの悪夢の日を思い出した。

彼が隠し持っていた〇〇〇が、戦局を大きく変えた。だが、今度はそれが通じるとは思えない。

だが、不思議と負けるつもりは無かった。抑止力は不完全である。

 

「貴様、あの日の」

「そうだ、災害よ。久しいな。」

「クソが、クソがクソクソクソクソ!お呼びじゃねぇよ大地の守護者!ここは俺の空だ。俺がこの第三区を牛耳る。」

「視野が狭いな、災害よ。私が見ているのは、このオアシスそのものだ。元より、貴様に興味はない。」

「んだと?コラ」

「戯言はいい。もう十分だ、堕ちるがいい。」

 

ツキは両手を空に翳し、舞い踊った。

情熱的な舞踊により、彼女の周囲に嵐が巻き起こる。

それこそが攻撃方法ではない。真骨頂はここからである。

舞い踊る彼女の両手に生成された球体が宙に飛んでいき、空と宇宙の境界線で破裂した。

そしてその刹那、ハンドスペード領地に、局所的な雨が降り注ぐ。

 

「傘の準備はいいか?」

「……っく!?」

 

ただの雨粒ならば、茶番劇。

だがその一つ一つが、鋭利な刃物であるならば、話は変わる。

そう。この瞬間、空を超えた先から降り注いだのは、無数の失墜剣『バルムンク』である。

 

「てめぇ!ふざけやがって!くそぉぉぉおおおお!」

 

災害のアーチャーは四本の腕とバルムンクで、その一つ一つに対処する。

だが不可能。文字通り、降り注ぐのは『無限』。防御機構を備えたダイダロスですら、耐えきることが出来なかった。攻撃に特化した災害、邪竜は防ぎようも無く、白亜の鎧に風穴を開けられる。

翼は千切れ、腕は捥げ、足は砕かれ、地に堕ちる。

ただの一撃、ツキは躊躇なく、災害を跪けた。

 

「さようなら、ドラゴン」

「くぅぅっ!?」

「貴方に、私は倒せない。もう、二度と。」

「ちくしょぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 

そして、ものの数分で決着がつく。

災害のアーチャーは、ツキを目の前に、成すすべなく敗れ去った。

彼は自身が生み出したクレーターまで落ち、そして転がった。

彼の纏う鎧は既に消滅している。

 

「ご苦労様です、アサシン。」

「ふ、他愛無い。」

 

ツキは天空から帰還すると、元のアイドル衣装へと戻った。

災害のアーチャーはその攻撃性もさることながら、あらゆる攻撃を通さない無敵の肉体を持つ。

だから、この数分で殺せたとは露にも思っていない。

必要であったのは『無力化』である。彼らにとって災害のアーチャーの暴走は『些事』だ。

革命聖杯戦争が正しく行われるために、ただ邪魔となる存在を追い払っただけ。殺す価値も無いだろう。

鋼の肉体を削り、消滅させる、血で血を洗う必要も無い。時間の無駄なのだ。

 

「満身創痍の彼は放置し、聖杯戦争を続行しましょう。フゴウが心を改め、優勝してくれることを願いつつ。」

「うん、そうだね!それまでは魔女っ娘アイドル『ツキ』ちゃんも、みんなを笑顔にさせちゃうよん!」

 

彼らはゆっくりとした足取りで、領域から離れて行く。

もはや振り返ることもしなかった。

 

一方、バルムンクの飛来により、半壊した竜宮。

最奥の間に引き持っていたロンリーガールこと細川ガラシャが、空を仰ぐために瓦礫へと向かった。

彼女の見つめる先、巨大なクレーターの中央に、敗れた災害が横たわっている。

彼女は唇を噛み締めながら、その場所へと向かおうとした。

 

『ドコヘイク』

 

彼女の足は巨大な青白い手に摑まれる。

そして竜宮の内側へと、彼女を取り込んでいく。

この屋敷に巣食う怨念は、一畳でも残っている限り、ガラシャを囲い続ける。

この場所に呼び出された彼女は、二度と外へ踏み出すことが出来ない。

 

「旦那様……わたくしは………」

『ユルサヌ』

 

ガラシャは触手のように伸びた腕に纏われ、障子に叩きつけられた。

そして伸びた十数の腕が、彼女の着用する衣服の内側へと侵入し、肢体を貪ろうとする。

 

「旦那様……おやめください」

『ユルサヌ……オマエハオレノモノダ』

 

忠興の呪いは、ガラシャを弄び、彼女の心を折り続ける。

彼女にとって唯一の宝、家族だった、ハンドスペードの仲間も、皆死に絶えた。

忠興が、アヘルが、災害が、細川ガラシャを殺し続ける。

もう立つ気力がなくなる程に。

 

「クロノ神父、革命聖杯戦争に勝てば、わたくしは、家族は、救われるのでしょうか?」

 

返答はない。

騙されていようと、信じるしかない。

彼女を救う者はいない。囚われの少女は、深海の奥底に眠るのだ。

 

「わたくしは、どうすれば……」

 

細川ガラシャの目の前に、一本の矢が落ちていた。

これは巧一朗が放ち、アーチャーに防がれた対災害兵器、『水破』である。

もしガラシャが『間に合わなければ』アーチャーはこれに貫かれていたかもしれない。

無論、天空より堕ち、敗北した今となってはどうでもいい話だが。

ガラシャは地面を這いつくばりながら、水破に向けて手を伸ばす。

彼女にとって、それは天より降り注ぐ蜘蛛の糸のようにも思えた。

 

「っ……あと、すこし」

 

ガラシャは忠興の呪いに全身を傷だらけにされながら、それでも、と手を伸ばした。

だが、あと少しで届く、そのとき。

目前で、矢は回収される。

 

「え……」

 

彼女は目の前の人間を見上げ、絶句する。

彼女が決して忘れたくても忘れられない存在。

ガラシャの家族を皆殺しにした張本人が、そこにいた。

 

アヘル教団左大臣、バトルスーツに身を包んだ孤高なる戦士『都信華』。

ハンドスペードの大虐殺を決行した彼女が、よりにもよって、ハンドスペードの母、ガラシャの目前に現れたのだ。

 

「あ……あぁ…………」

 

目から光が失われていくガラシャ。信華は這いつくばる彼女を一切見ることも無く、水破のみを回収した。

 

「お前は……ミヤコ…………お前が、わたくしの家族を……」

 

ガラシャは信華の足を掴む。そして爪が折れる勢いで、皮膚に指を食い込ませた。

彼女の怨念が、アヘルへの憎しみが、彼女の心に火を灯す。

いま、ガラシャの宝具が発動すれば、信華を殺すことが叶うかもしれない。

 

「都信華……わたくしが……お前を……」

「辞めることをお勧めします。貴方では、私を機能停止させることは出来ません。」

「五月蠅い!殺す!絶対!いま殺す!」

「細川ガラシャ、データで閲覧済みです。貴方の宝具は言うなれば『自壊宝具』、ですが、その程度では私は死にません。無駄死です。」

 

信華はそう言い放つ。これは事実だ。細川ガラシャ程度では、何も為すことは出来ないだろう。

それでも、と食い下がるガラシャを、信華は跳ね除けた。

 

「災害のアーチャーの、邪竜装甲、あれは彼が本来持つものでは無い。あれは革命聖杯戦争という陳腐な儀式に、ハンドスペード側が持ち込んだ、果心居士手製の決戦兵器です。それをあろうことか貴方は、革命組織が憎むべき災害に託した。違いますか?」

「な…………」

「私は一部始終を観察していました。この場所に現れたテロリストの青年と、災害のアーチャーは同時に矢を番えた。確かに、水破は彼を貫いたかもしれない。貴方は果心居士の叡智を私的に利用し、水破を防いでみせた。ですが、災害のアーチャーはこれに貫かれても良かったのです。彼の無敵性は、その不死性そのものにあると言っていい。致命傷にはなりますが、抑止力にいたぶられる結末にはならなかったかと。貴方の介入が、結果として、災害のアーチャーの本来の戦闘能力、基本的な動きを阻害、制限してしまった。貴方にはタクティカルスキルは無い。只の守られているだけのお姫様に過ぎません。」

 

信華は淡々と、ありのままを告げた。

災害のアーチャーが邪竜の名を冠していないことを、彼女は知っていたのだ。

果心居士の礼装は、元より強大な力を有する災害にとって枷にしかならなかった。ガラシャは彼をサポートしたつもりで、その逆、力をセーブさせてしまったのだ。

 

「恐らく果心居士があの邪竜礼装を作った経緯は、この竜宮にある。竜宮は浦島太郎伝説において語られませんが、その名の通り、竜の住む神宮です。乙姫の正体が亀では無く竜種であったという文献も残されています。つまり、竜宮の主を最大限に貸す構想の下、鎧を製作したのでしょう、ドラゴンのパワードスーツは、元々、竜宮内部で戦闘を行うことを想定されていた、ということです。もしかして、果心居士は、呪いによって城の外に出られない貴方の為に、果心礼装を兵器として造り上げたのでは無いでしょうか?貴方が着ることを、想定して。腕が四本備わっていましたが、内二本は、貴方に取りつく悪霊、忠興のものでしょう。……憶測にすぎませんが。」

「…………貴方に、何が、分かるのですか……」

「いいえ、何も。」

 

腕に力の入らないガラシャを振り解き、信華は竜宮を後にする。

ガラシャは涙を流しながら、その背を睨みつけるしか出来なかった。

 

そして信華は巨大クレーターの内部へと足を運ぶ。

砂埃を払った先に、彼女の求める人物がいた。手痛くやられ、装甲を失った災害のアーチャーである。

彼は信華を一目見ると、手に取ったバルムンクを即座に振るった。

砂嵐が巻き起こる一閃、だが彼女はびくともしない。

 

「てめぇ、アヘル教団の……」

「知っておられるとは光栄です。セントラルにて左大臣を担っております。」

「よくアサシンの野郎が自慢げに話していたぜ。人間なのに、バケモノ、だってなぁ。」

「そうですか。私は普段通りですが。」

 

信華は義手の腕で矢を持ちながら、構える。

通常ならば有り得ない光景だ。ただの人間一人が、災害のサーヴァントに戦いを挑もうとしている。

 

「何だ?ザッハークの野郎、俺はもう用済みだってか?」

「ええ、はい。貴方は遊びのつもりであれ、革命軍側についた以上、アヘルの敵です。モード『焦怒』、この拳が貴方に届くことを願います。」

「カカカ!良いだろう、遊んでやるよ!」

 

細川ガラシャだけが見届ける中で、人間と災害の一騎打ちが開始する。

災害のアーチャーはバルムンクを縦横無尽に振り回しながら、信華を殺すレンジへと突入を試みる。

その人振りが、サーヴァントを一撃のもとに葬る程。だが、信華は剣の軌道を冷静に見極めながら、何度も攻撃を避け続けた。

肉弾戦を得意とする信華にとっても、接近戦が好ましい。だが、一瞬の油断で、彼女の首は胴を離れることになる。レンジに突入するには、一瞬の隙を突かねばならない。

アーチャーのように、驕り高ぶる者は、戦いにおいて転がしやすい。直情的であれば、猶更。

故に彼女は戦いの最中であっても、言の葉を紡いだ。感情を失った女が、相手の怒りの沸点を探している。

 

「私は貴方の真名を知りません。聖剣バルムンクを有する英霊など、ジークフリートしか考えられない。ですが、貴方がそれを否定していることを知っています。英雄はくだらないと、人間であると、主張し続けている。」

「……だったら何だ?」

「なら反英雄、というのが候補として上がります。例えば、邪竜ファヴニール、元々ヒトであった悪竜ならば、貴方の訴えの意味は理解できますし、シェイクハンズの悪夢において貴方が〇〇〇を持っていたことも納得は出来ませんが、理解はできます。英霊召喚という枠組みにおいて起こり得ることは想定できる。欲深い性格も、竜種であるならば納得できます。」

「そうか、良い考察じゃないか。」

「ですが、違う。ファヴニールは、強大な力を持つが、それを失う選択はしない。自ら邪竜の道を選んだ結果なのです。力を、翼を、財宝を、失ってまで人間に戻りたいとは思わない。だからこそ、ファヴニールは悪竜なのです。」

 

ならどう考察できるだろうか。

英霊の座から呼び出され、人間に戻りたいと願う。

それは与えられし今のロールに、不満、ないし負の感情があるからだ。

生前の行いを悔いているのであれば、むしろ英霊として世界に寄与しようとするだろう。

ならば、これは自己の理由では無く、他己の理由。

『生前、英霊でいることを強いられた、人間』では無いだろうか?

 

「そうか、貴方は」

 

信華はその答えに辿り着いた。

有り得ぬ解答では無いが、誰もが忌避していた考えだ。

災害が、彼女らと同じような『人間』である筈が無いと。

信仰という枠組みに置き、ヒトとしての地位を与えなかった。社会が彼に『神話性』を求めたのだ。

 

「貴方の名は〇〇〇〇〇、違いますか?」

「ああ、その通りだよクソ野郎!」

 

だが疑念が残る。

信華が知る〇〇〇〇〇の記録は、どれも輝かしい程の英雄譚だ。後世においてその歴史が歪められることなく、彼が真に英雄であったと語り継がれている。そして生前の彼もまた、そういう立ち振る舞いを望んで行っていた筈だ。

今の彼は、まるで彼の弟〇〇〇〇〇のようである。あらゆる意味で『人間臭い』英霊たり得ぬ人物。

 

「第二の生において、貴方を絶望させるに足る何かがあった。ならばこそ、弟のように自由気ままに生きる選択をした。それは〇〇〇〇〇という英霊の軸となるものを失わせるもの。」

「てめぇ、考察とやらはそこまでだぜ。そろそろ死にな!」

 

信華の言葉に苛立ちを覚えた彼は、一度距離を取ると、三度ジークフリート・シュパンネにバルムンクを番える。

ただの人間に対して、彼は対軍宝具を放つ。殺すことに関して、一切の躊躇は無かった。

だが信華は絶大なる魔力放出を前にして、未だ冷静だ。このような逆境で取り乱す程、修羅場を潜り抜けてきてはいない。

いま信華に必要なのは、氷塊のヴァルトラウテを制したときの、あの力。彼女自身の枷を外す必要がある。

 

「災害のアーチャー、貴方が何故アーチャーなのか、その答えは一つです。貴方はバルムンクの所持者では無い。貴方は、その剣の使い方を知らない、そうでしょう?」

「黙れぇぇぇぇぇええええ!」

 

そして放たれる宝具。

その瞬間、信華は第四のモードへと切り替える。

際限なく『進化』し続ける彼女のリミッターを外す形態。パンバの極地へと至る、ヒトを超えたヒト概念への超加速成長。

 

「モード『崩楽』。対象を抹殺します。」

 

そして『投射式幻想大剣・天魔失墜(シューティング・バルムンク)』の光線は、アーチャーも想定していない、あらぬ方向へと曲がって行った。

理由は単純明快だ。時を止めたかのように加速し動いた信華が、弓を引く右腕を叩き折った。

筋肉と骨のバランスが崩れ、力の抜けた一撃は、見知らぬ方角へ消えていく。

呆気にとられるアーチャー、彼が油断するその瞬間を待っていた。

 

信華は、手に持った水破を、災害の霊核へ突き刺した。

 

血を噴き出しながら倒れる災害。

雷上動にて放った際と同速度で叩きつけることで、水破の性能を完全に引き出したのだ。

災害のアーチャーはその場で崩れ落ちる。もし信華が兵破を所有していれば、再び蘇る災害を殺し尽くすことが出来ただろう。

彼女の任務はここまで。ザッハークの命じるままに、彼女は災害の一柱を殺害してみせた。

蘇ったとしても、今ほどの力は振るえない、霊核を一度は壊されている所以だ。

つまり、アヘルの敵では無い。彼女らは厄介者に邪魔だてされることなく、任務にあたることが出来る。

 

「ショーン様とシュランツァ様の前準備が終わり次第、私も本来の任務に戻らなくては。」

 

信華の目的は、第四区博物館館長、間桐桜の抹殺である。

彼女自身では『崩楽』の解除は出来ない。桜を即座に殺した後、第五区へと帰還する必要がある。

彼女は乱れた髪を整えると、災害のアーチャーの亡骸を放置し、踵を返した。

戦いの中で殺した相手など、覚えておく必要も無いのだ。

 

そして信華の戦いの一部始終を目撃したガラシャは、その場で固まっていた。

指一本と動かすことが叶わない。彼女の憎むべき存在は、人間ですらない、何か別の生き物だった。

クロノが説明していた、パンバの極地点こそが彼女ならば、それは存在してはいけない力である。

ガラシャは震えた声で、ただ一言、発する。

それは信華という人間を言い表す四文字。きっと、都信華は言われ飽きている蔑称であろう。

 

「バケモノ」

 

復讐は為されない。

ただ絶望に、歪むのみ。

 

 

【キングビー編④『エピソード:ドラゴン』 おわり】

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