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【キングビー編⑧『エピソード:パーティー』】
目の前の景色が歪む。
煌々とした舞台の外側に、何百という怨念が集結している。
そう考えると、足が竦んだ。
眠ることもせず、持ち前の器用さで歌も舞も完璧に仕上げた。
でもそれは彼女の模倣でしか無く。
吾の存在は、ただ、彼女の影でしかなり得ない。
「ダスト」
桃色の髪を揺らしながら、彼女は隣で笑っている。
初めて袖を通した衣装は、吾がこれまで一度たりとも身に着けたことが無いものだ。
鏡の前をうろうろしながら、彼女の悠然たる様を眺め、溜息を零す。
枡花女も、この世界に名を刻んだ英雄、らしい。
だが吾にはそれが理解できない。吾はただ、父に誇りを託され、そして、日ノ本の英雄にそれを託した。
吾は猛きものの生き方も、優美なる女の生き方も、知らない。
隣にいて、笑顔を振りまく彼女は、そうやって生きてきたのだろうか。
「ツキ……さま」
「ツキちゃんでいいよ!」
「貴方は、生前もこのような生き方を?」
華やかなステージに立ち続けるアイドル。
魔女っ娘アイドル『ツキ』には、只者では無い風格がある。
「うーーーん。そうでもないよ?」
「違うのですか?」
「だって私はきっと、みんなに嫌われている筈だから!私たちは似た者同士なんだよ!」
そう言って、彼女は笑う。
嫌われ者のブルース。だが、ステージに流れるのはポップミュージック。
吾には、ツキのことが分からない。
彼女の為に金を、時間を、溶かし狂う者もいると聞く。
第三区を虜にした彼女は、それでもなお、人の好意を信じられない。
「似た者同士、なワケ、無いじゃないですか、だって貴方は…………」
俯き、言葉を吐きだした吾は、きっと何も知らなかった。
吾の心を見透かし、嘲笑うでも無く、同情するでも無く。
ふとツキの顔を見やると、彼女は『無』そのものであった。
「え」
吾はそこで気付いた、
彼女は人間でも、英雄でもない。
彼女は何者でもない。
夢が無い、希望が無い、情熱が無い、覚悟が無い、目的が無い、歴史が無い、果てが無い、心そのものが無い。
ツキは空虚そのものだ。
「ツキちゃん…………?」
吾は得体の知れない『何か』に恐怖する。
これは酷く悍ましいものだ。ヒトの皮を被った『絶望』そのものだ。
吾は何かに導かれるように、ツキに手を伸ばした。
吾には、唯一与えられた力がある。
雷上動を誰かに託すため、ヒトの夢に生き続けてきた。
何百万という夢へ現れ、観測し続けてきた。
吾はツキのことを知りたくなった。せめて、彼女が人間であると証明したかった。
そして閃光が走る。
ツキの手を取った刹那、彼女の記憶が流れ込んだ。
それは人間の容量を遥かに超えた、この星そのものの記憶。
『空の記憶』
命育まれる大地を、洗い流す神の怒り。
彼女は母なる大地の制御装置だ。
この星そのものを運営する為の終末機関。
あぁ、ヒトの形を取ることが、どれだけ、どれだけ、どれだけ、どれだけ、どれだけ、珍妙なことだろうか。
「どうしたの?ダスト」
ツキの優しい声色に、ハッと目を覚ました吾は、彼女から急ぎ手を離した。
これは吾が許容できる存在証明を遥かに超えている。
彼女は人間では無かった。彼女は『概念』だ。
世界が悲鳴を上げたその時に現れる、ラグナロクシステム。
災害によって管理運営されたこの箱庭のリセッター。
今なら分かる。彼女は確かに『嫌われ者』だ。
「私、先に行くね。ステージで待ってる!」
「え、あ……」
「ちゃんと来てね。来ないと、踏み潰しちゃうから!」
ツキはそう言い残し、背中を見せた。
その無防備な背後に刃を突き立てたとて、彼女は変わらず笑い続けるだろう。
※
「いえい!皆、『パーティー』楽しんでる?ここで、私ツキちゃんと一緒に歌ってくれる特別ゲストを紹介するよ!なんと、革命聖杯戦争にエントリーしている、皆も知ってる大物サーヴァントが来てくれたんだよ!知りたーい?」
「知りたい!!!」
「じゃあ教えてあげる!さぁ!ステージにカモン!ダストちゃん!」
ダストは緊張した面持ちでサンコレアマル舞台に立った。
彼女の存在が、隣にいるツキでさえ迷惑をかけてしまう、そう思い、委縮していたのだ。
だが、アイドル衣装を着込み、普段の陰気さが消え去った彼女は、意外にも、観客たちにすんなりと受け入れられる。
ここには争いが存在しない。ツキがその笑顔とパフォーマンスで支配する空間だ。
「ダストってば、私の見立て通り、チョーーーー可愛い!じゃあ一緒に行くよ。準備はいい?」
「あ、うん、はい!」
「『恋は雨のように』だよ!皆、傘を振り上げる準備は出来てる!?」
そして二人は歌い始める。
ダストの歌とダンスは拙いものの、一夜で仕上げたにしては十分すぎるものであった。
合間にミスを連発しようとも、ツキがさりげなくそれをカバーする。ダンス上級者でもない限り、観客にはベストパフォーマンスに映るだろう。
客席の隅で見守る巧一朗は、ダストの作られた微笑みを静かに眺めていた。
「巧一朗」
彼は突如、何者かに袖を引かれる。彼が振り向くと、そこには、彼が求める人物が立っていた。
「キャスター、それに、桜館長!?」
「ここならば君に再会できると思っていたよ。すまないが、少し外に出て話せないか?」
「ああ、勿論だ。」
久々の邂逅である。
災害のアーチャーが暗躍する今、桜館長の能力は必須。
加えて、巧一朗では解き明かせない謎も、探偵であるキャスターならば辿り着けるかもしれない。
ようやく博物館は、戦いの舞台に立てるのだ。
コロシアムの外側へと出た時、巧一朗は桜館長に対し、違和感を覚えた。
熱に浮かされたような表情である。余裕綽々と言ったいつもの彼女は見られない。何かに苦しんでいる様子であった。
「どうした?体調が悪そうだが。」
「いえ、大丈夫。ちょっと頑張り過ぎてしまって、ね。この肉体は人間そのものだから、大事にしないと。」
「そうだな。今日は早めに就寝することを推奨するよ。」
巧一朗は特に気にも留めなかった。
桜もまた、心配されることを望んでいないように見える。
「巧一朗、どうやら君は面白いことに巻き込まれているそうじゃないか。」
「巻き込まれた、というより、自分から飛び込んだ、が正しい。革命聖杯戦争の終着点で、どんな景色が広がっているか、当事者で無ければ分からないこともある。革命聖杯ROADが、本物かどうかもな。」
「その顔は、信じていないように見える。」
「ああ。監督役の司祭、そして第四区博物館副館長こと『言峰クロノ』が、陰でコソコソと怪しい動きを見せているからな。黒幕は彼と見て間違いないが、それが博物館の意向にそぐわなければ、俺は別に良いと思っている。元より俺たちはテロリストだ。」
「クロノに関しては、大方の思惑は把握できているよ。君にも、私の推理を伝えておこう。極めて下らない思考理念だ。」
キャスターは桜の話と巧一朗からの伝聞を統合し、クロノの目的を推理する。
彼が引き連れているサーヴァントに関する考察も交え、両手で赤い紐を弄びつつ語り始めた。
「まずは巧一朗の言う通り、アイドルのサーヴァントは十中八九、シェイクハンズの悪夢で暴れ回った天空の巫女であろう。そのときの彼女の戦闘スタイルは、天空から雨のように物体を降らせるものだった。これは世界で、永遠の謎と語られている、ある事象、ある現象に酷似している。」
「ある現象?」
「雨や雪など、通常空から降り注ぐものとは異なり、本来存在しない筈の物質が天空から落下する現象だ。嵐や竜巻などが理由として語られているが、個々の事象全てが解明された訳では無い。世界の神秘と呼ばれる概念だよ。」
「それは?」
「『ファフロツキーズ』さ。超常現象として定義された天空からの落下現象だよ。」
「ファフロツキーズ…………」
巧一朗は開いた口が塞がらない。
これまで多くの英霊と出会ったが、超常現象そのものが英霊として呼び出されるケースなど、聞いたことが無かった。
桜館長の正体『メアリー・セレスト』も、とある難破船の怪事件そのものが英霊化したものだが、これは人為的なものが見当たらない、より神秘性に満ち溢れたもの。もし彼女と敵対したならば、どのように戦えばいいのか見当もつかない。
「強力無比なサーヴァントだ。革命聖杯戦争により命を捧げるには惜しい人材、何故ならば、彼女は災害全員を葬り去る可能性を有しているからね。であれば、クロノの狙いはこのファフロツキーズであるだろう。吉岡が、自らのコラプスエゴである『アグネス・サンプソン』に英霊を食わせていたのと同じように、最後はROADそのものを取り込み、覚醒させる筈だ。」
「なら、クロノの救済というのは、何なんだ?」
「『オアシスを災害ごとまとめて滅ぼすこと』、吉岡が子ども達の未来を優先した結果成し得なかった、災害のコラプスエゴ誕生が狙いだ。」
「災害のコラプスエゴ…………」
だが、どうして?
オアシスで誕生した、只の人間が、そのような思考に至る筈も無い。
ましてや、破滅思考の持ち主だとして、それをあろうことか『救済』と呼ぶなどと。
「私、分かるわ。彼のこと。」
「桜館長?」
「彼はよく、博物館のデータベースで調べ物をしていたわ。ログは全て削除されているけれど、私は彼の行動を監視していた。彼はずっと、オアシスの外の世界を知ろうとしていたわ。」
「桃源郷の外側……?」
「ええ。災害の手により情報統制がされている現代で、彼は第四区博物館の資料に目を付けた。本来ならば、指定文化財に興味を示す様なものだけれど、聖遺物に対しては何も触れようとはしなかったの。彼が欲していたのは、『サハラ』の記録よ。」
「サハラ砂漠……」
巧一朗は欠落した記憶を掘り起こし、当時を振り返ってみる。
例えば、参戦したマスター達。巧一朗のように、生き延びた先に、オアシスに辿り着いた者がいるかもしれない。
有り得ないとは認識しつつも、もしクロノがマスターで、災害のライダーと関わりを持っていたら———
だがそれは直ぐにでも否定される。クロノは魔術師で無く、このオアシスにて突如現れた存在だ。
「彼が何者であるかは不明。でも、彼は恐らく、オアシスを滅ぼすことで、外の世界を救おうとしている。災害による外世界への侵略行為を止める為に。彼はそれを『救済』と呼んでいるの。」
「オアシスの切除、そして外世界の救済、それがクロノの目的……?」
キャスターは顎に指をあて考え込む。彼女なりの答えを導きだそうとしているのか。
巧一朗も頭を悩ませるが、その時、彼らの前にある人物が姿を見せた。
井戸端会議に参加するには、信用の足りない男である。
「おっと、ダイヤモンドダストの兵器くんか?まだ戦ってはいないが、俺はお前に期待しているんだぜ。」
「え、あ、誰?」
「あらら、俺のことを知らないのは、俺もまだまだってことかね。この革命聖杯戦争を独占配信しているネット番組の司会だ。皆からはMCリンベル、なんて呼ばれている。」
「リンベル……ああ、令呪の配当を行っている……」
「そうだ。実際、俺は人気投票をやっているだけで、令呪自体は自動的に配布されるシステムだがな。フゴウばかりが勝利して、視聴率も落ち気味なんだぜ。果心居士にペルディクスも死んじまったからな。グローブの勝利は確定さ。」
「ランサーも、死んだのか?!」
「ああ。参戦サーヴァントの現界情報は管理している。この第三区から、いや、オアシスそのものからロストしていた。最近は監督役からグチグチ言われて、おちおち配信もしてられねぇ。だから兵器くんには期待しているんだぜ。特大の視聴率、頼んだよ。」
リンベルは巧一朗の肩を叩き、手をひらひらと振りながら歩き去る。
キャスターは何かを思いついたように、リンベルを引き止め、ある質問を投げかけた。
「独占配信をやっていると言ったが、第三区はとても広いし、いつ、どの場所で戦いが起こるかは分からないだろう。メディアはどうやってそれを監視しているんだい?」
「あぁ、空に浮かぶ観測艇だよ。十数のドローンで各地を見回りながら、第三区のホットな情報を集めている。本艦と予備艦があるが、本艦で事足りる分、予備艦は車両倉庫の中だ。それがどうした?」
「いや、ありがとう、何でもない。」
「そうか。今やっているステージが終われば、いよいよパーティーの幕開けだ。期待しているからな、ダイヤモンドダスト。」
リンベルは再び踵を返した。彼は彼で、これから報道という戦いに臨むのであろう。
「キャスター、リンベルの今の話は……」
「あぁ。予備艦とは、良い話を聞いた。もしファフロツキーズが目覚めた時は、使えるかもしれない。私はこれから、その場所を探ってみるよ。」
「助かる。俺はダストの代わりに、フゴウへ戦いを申し込む。精々頑張って来るよ。」
巧一朗とキャスターは頷き合う。彼女は小走りでその場を離れて行った。そして彼は、桜館長へと視線を向ける。
だが、桜は遠い先を見つめているようだった。何者かがゆっくりとした足取りで、こちらへと向かって来る。
「誰だ?」
「…………」
「桜館長?」
「…………巧一朗、行きなさい。———————頑張ってね。」
「え、あぁ。」
腑に落ちない巧一朗だったが、サンコレアマル内の歓声が鳴りやむそのタイミングで、会場へと戻って行った。
そして桜は、接近する存在に、警戒心を露わにする。
長年の経験から、目前の相手の敵意をある程度推察できるようになった。
その上で判断するに、純度百パーセントの『殺意』が向けられている。
「あなたは、何者?」
数メートル先で、女は歩みを止めた。そして接続された義手で、己の髪を結び直す。
メカニカルなバトルスーツに身を包んだ、ただの人間。だが、英霊すら殺害する気迫を有している。
「私は、アヘル教団に所属しております『都信華』と申します。我が主の命により、第四区博物館館長『間桐桜』の暗殺に参りました。」
淡路抗争にて大量虐殺を行い、氷解のヴァルトラウテに、そして、災害のアーチャーすら一度殺してみせた、最強の人間。
先の戦いで『崩楽』と呼ばれるモードに移行した彼女は、現在、際限なく『進化』し続けている。
通常のヒトの領域を遥かに逸脱し、英雄と呼ばれる者たちすら、軽々と殺し尽くせるほどに。
「都信華……」
「私の任務は、貴方の殺害です。抵抗すれば、近くにいる人間も皆、殺します。拒否権はありません、直ちに死んでください。」
「それは……急な相談ですね。」
桜は信華の動きを見極めながら、数歩後ずさる。
だが信華もまた、それに合わせて三歩前へ出た。
サンコレアマルに響き渡る区民の熱狂。この都信華は、一切の戸惑い無く、彼らを嬲り殺すだろう。
桜に出来ることは一つ。
この場を離れつつ、何としてでも逃げ切ること。
疲労の蓄積した彼女では、一秒と経たずして、決着を付けられてしまう。
「災害のアサシン『蛇王ザッハーク』に仕えているのですか?」
「はい。それが何か?」
「貴方のような人がいれば、心強いでしょうね。見ただけで分かる、相当の修羅場を潜り抜けて来ているのでしょう。」
「主にとって私は、他の者と等しく、取るに足らない存在でしかありません。ですが、私にはそれで充分なのです。」
信華は一歩踏み込み、そして、加速した。
それはヒトでは認識出来ぬほどの、超速の世界。桜の目前に瞬間移動した彼女は、その右手で霊核を打ち抜こうとする。
だが桜の反射神経が僅かに上回り、クラーケンの触手を用いた、左方向への回避が叶う。あまりにも僅かな時間のやり取りを確認できた者はいまい。
そして信華の腕は、丁度その場にあった照明塔へと突き刺さる。
桜は抜けなくなることを祈ったが、信華は物理的に柱を大地から引き抜き、捨て去った。
サンコレアマル会場を眩く照らすナイター塔の一柱は、誰も知らぬ間に呆気なく壊された。
「待ってください、何トンあると思っているの?」
「……?」
桜はその場から走り出した。
信華はスプラッター映画の怪人よろしくゆっくりとした足取りで追いかける、ことはせず、再び加速し、一気に距離を詰めた。
殺すことに一切の躊躇が無い。あらゆる得物を使用せず、ただその拳で、心臓をもぎ取ろうとする。
既に信華は先程のやり取りで、桜の行動パターンを五通りまで絞り込んでいた。その上で、彼女の思考の先を読み解き、予測する。
桜は再び触手を発現させるが、刹那、それは信華の両腕で引き千切られた。
「く……あ………」
桜は苦しみ喘ぎつつ、自ら触手を切り離し、再び、信華の行動を制限すべく、五本の帯を伸ばしてみせた。
その間、彼女は必死で走り去る。少しでも人のいない場所へ逃亡する為に。
一方で、信華は手刀を酷使し、生臭いイカを捌いてみせた。
ナイフで切り落としたように、美しい断面が露わになりながら、地面に転がり落ちる。
クラーケンの血しぶきをその身で浴びながら、それを拭うこともせず、桜の影を追う。
彼女のモード『崩楽』は、際限なく彼女を進化の道へと誘う。そして、ある一定の時間を超えたその時、人間の器そのものが耐えられなくなり、破裂する。そのとき、彼女自身何者になっているか見当もつかない。
心を喪失した彼女にとって、死は恐れるべきものでは無い。だが、ナナが必要とする限りにおいて、身勝手に自死を選ぶことは許されない。
故に、生き、故に、殺す。
ナナの為に、誰であろうと殺害する。それこそが彼女の『生』そのものなのだ。
「間桐桜、災害に仇為す第一級の脅威、何故反撃に出ない?」
桜の持つ能力を知らぬ彼女は、先程まで出方を窺っていた。
本気で打ち込めば、恐らく桜は死んでいただろう。
ナナが警戒するレベルの敵であるとは考えにくいが、油断は禁物である。
グローブの領地を離れるべく走っていく桜に対し、十数秒で追いついた。
「早い……っ」
「私では相手にならないと、舐められているのでしょうか。ちょっと心外です。強いですよ、私。」
「それはもう嫌という程に分かっていますってば!」
信華は首元に飛び膝蹴りを与える。
通常、英霊であっても首が飛ばされる攻撃だが、それは第三者の介入によって奇跡的に防がれた。
桜の目前、汗を飛ばしながら、彼女を守る刀が振り下ろされる。
「っ」
「っと、危ないな」
信華は宙返りしながら後退した。
桜を守るべく立ち塞がるのは、先程彼女と別れ、サンコレアマルへと戻った筈の、巧一朗だった。
「巧一朗!?」
「引き返して正解だった。何なんだコイツは!?」
「アヘル教団の刺客よ。とてもじゃないけれど、私達では敵わないわ。」
「なら桜館長は逃げろ。きっと色々裏で動いてくれているんだろう?ここは俺が引き受ける!」
「無茶よ!」
「なに、親孝行ってヤツだ。いいから早く逃げろ。俺と、俺の中にいる頼光を信じてくれ!」
巧一朗の背中に頼もしさを覚えつつ、桜は彼の思いに応えることにした。
もしかすると、虚数海の桜が提唱する、巧一朗の可能性、彼はその先へ辿り着けるかもしれない。
今は彼を信じ、託す。そして桜は来たるべき瞬間に備えるために、この場を後にした。
信華は桜を追おうとするが、頼光の矢が頬を掠め、彼女を制止させる。
「私はアヘル教団左大臣『都信華』。貴方は?」
「第四区博物館裏エージェント『間桐巧一朗』。」
「そう、巧一朗。貴方に恨みはありませんが、ここで死んで頂きます。」
「やれるものなら、やってみろ!」
信華はゆっくりと拳を突き出し、無表情のまま彼を睨みつける。
対する巧一朗は天下五剣『童子切安綱』を構えた。
いざ尋常に、勝負の火蓋が切って落とされる。
二人は十数秒間、間合いを見計らった。刀と拳、互いに近接戦をいかに有利に進めるか、一手先を読み合う。
巧一朗を支えるのは、源氏武将の知略だ。ヒトを食い破る鬼に対し百戦錬磨の彼であるからこそ、この戦闘においても全幅の信頼を置いている。
信華は巧一朗の顔をじっくりと見つめた。そしてその内部構造まで洞察する。彼女は魔力や魔術師とは縁のない存在だが、経験と洞察力で、巧一朗がヒトならざる者だと察知していた。
いま彼の身体を満たしているのは、彼とは別の存在。恐らく、サーヴァントかそれに類する何かの精神が混ざり合っている。
ヴェノムサーヴァントのようで、全く異なる。力のみを抽出する合理的なシステムとは相容れない、心の同居である。在り得ざることに、二人の精神は完璧なまでに同調している。
ヴェノムより効率は悪い、が、英霊そのものへのアクセスは、力の行使に難が無いということでもある。自らの肉体を理解できるのは他ならぬ自分自身、であればこそ、まるで他人の身体を自分のものとして動かすことが、巧一朗には可能なのであった。
「(縫合魔術、ショーン様の言っていた青年とは、まさか彼なのでしょうか。)」
信華はそれを確かめるべく、右足で踏み込んだ。
彼女は大地を蹴り、前方へ向けて飛んだ。瞬く間に、巧一朗のレンジへと突入する。
早さには何よりの自信がある。たとえ英霊であろうと、彼女の速度には付いて行くことなど出来ない。
通常であれば一撃のもとに敵を葬り去る戦闘スタイル、だが、今回は彼の出方を窺う一手でもある。
この程度の打撃で死んでもらっては困る、そういった信華の願いも込められていた。
「っ!」
巧一朗は彼女の速度に驚愕しつつ、それでも捉えきっていた。
彼の戦闘経験に、頼光の魔妖狩りの性質が相乗効果を発揮している。
彼の目が赤く光を放つと同時に、弾丸の如く打ち出された右拳を刀で弾き返した。
信華の右腕は所々に錆が目立つオールドモデルであった。かなり使い込まれており、一部別パーツで改造されている。
旧式のものの方が丈夫というのは良くある話だが、開発者も人の心臓を貫く目的で幾度となく行使されているとは思いもよらないだろう。
彼女は反動で大きく仰け反るが、そのまま宙返りの要領でバランスを取り、彼の胸部をその両足で蹴り上げた。
巧一朗もまた、彼女の抜群の平衡感覚に感心しつつ、足裏の一撃に、大きく後退を強いられる。
再び彼と彼女の間に距離が生まれた。だが、二人が次の一手に出るまでに、そう時間はかからなかった。
仕掛けたのは巧一朗だ。天下五剣に紅の魔力を宿し、彼女へ向けて切り掛かる。
敵は人間であるにも関わらず、その心臓はえらく遠い。太刀筋を読まれ、何度も軌道を歪ませられる。
剣道で例えるところの、面、胴、籠手、どの方向から振り下ろしても、その全てが防がれる。
無秩序な攻撃、だが、人間には必ず癖というものがある。信華は既に巧一朗の行動をパターン化していた。
コインを投げた時、表が連続で出た際には、裏が出るものと信じてしまうように。隙を見つける為の一手一手の筈が、未来予測に役立てられてしまう。
巧一朗はその肌で頼光の熱を感じながら、刀を縦横無尽に振り続けた。
「…………」
「(ただの、一撃も、当たらない。全ての攻撃が読まれている……っ!)」
そして巧一朗の刀が何度目か、空を切ったその刹那、信華は頃合いを見計らい、抗戦に打って出た。
再び右腕を伸ばし、振り下ろされる天下五剣をその手で掴んだ。
掌は切り刻まれることなく、静止する。
目を見開く彼の頬に、信華の左ストレートが突き刺さった。
「ぐぅ!?」
そして吹き飛ばされるかと思われたが、信華は彼の腕を即座に引き上げ、その腹部に膝蹴りを加える。
更なる連撃。その場に崩れた彼の右肩目がけて、強烈な踵落としがお見舞いされる。
グローブの領域に、巨大なクレーターが出現した。巧一朗の肉体は、剥がれたコンクリートの地面に埋められた。
「かはっ!?」
彼は別方向へ転がりながら、次の攻撃を躱してみせる。
が、彼の右肩はぷらんと垂れ下がっていた。既に腕にかけて粉砕骨折している。
この腕で刀を持つことは叶うまい。
彼女はこの瞬間、勝利を確信した。
四肢を切断、ないし、破壊すれば、人間は二度と自由な足取りを取り戻すことが出来ないと知っている。
心臓へ至るにはまだ早い。巧一朗の唸るソレはメインディッシュだ。
だがそれは幼稚な思考であったと、後に反省する。
止めを刺そうと覆い被さる信華の腹部に、彼の刀が突き刺さった。
「ん…………?」
信華は痛みに悶えることなく、あくまで冷静に、この状況を理解する。
彼は地面に転がりながら、空へ向けて、愛刀を投げた。
左腕を使用したのか?それにしては、あまりにも正確な投擲だった。
信華は己のバランス感覚の良さを自負しているが、彼のまた同じように、己の肉体を熟知しているのだろうか。
否。
彼女は気付いた。彼の粉砕した腕は、正常だ。
内部で砕け切った骨は、見事なまでにくっついている。治癒では無く、時を巻き戻したかのように。
この僅か一秒で、巧一朗は何かをした。
時を操る能力、では無い。それならば、とうの昔に信華に止めを刺している。
ならば、修復と捉えるべきか。それにしては些か早すぎるが。
彼女は腹部から刀を抜き取り、握り締めたまま、彼から距離を取り、着地した。
無表情。その目からは、口元からは、どのような感情も漏れ出ない。巧一朗はそれを不気味だと感じている。
信華は刀に付着した己の血液を拭き取った。そして座り込む彼の方へ、ゆっくりと投げ返す。
彼女はエンタメを除き、得物を使用しない。拳に勝る凶器は無いと、そう信じている。
「返して、くれるのか?」
「…………逆行、治癒、修復、どれでもありません。貴方のソレは『代替』ですね。己の腕を引き千切り、別パーツへと挿げ替えた。流用したのは、転がった鉄くずでしょうか。」
「あぁ。俺の身体はそういう風に出来ている。」
「…………魔力の糸による代替、そして接着、成程、『縫合魔術』を行使する青年、貴方でしたか、巧一朗。」
もし彼がそうならば、アヘルにとって新たなる希望にも、絶望にもなり得る存在である。
蛇王ザッハークが生み出す理想郷には、彼という礎が必要だ。だが、彼が災害を憎む難敵であるならば、患部を切り落とす決断に迫られるだろう。
信華はヒトの形をした暴力だ。『崩楽』に至る彼女に、プラスマイナスを吟味する思考は残されていない。
ただ生きる為に、全てを食らい尽くす。弱肉強食の原理、そのものが都信華を構成する。
故に、彼女は拳を突き出す。
流れ出る血液を止めることはしない。その命が尽きるまで、彼女は『進化』を重ねていく。
「さぁ、刀を取ってください。戦いましょう。」
「ああ、言われなくとも、だ。」
巧一朗は己の吐き出す糸を強固なものにしつつ、頼光へと呼びかけた。
それは天下五剣を用いた、対人宝具の起動の提案である。
鬼すらも超えた、暴走機関。彼女を安らかにするには、瞬間火力が必要となる。頼光は彼の思いに応じた。
そして信華も、巧一朗の覚悟を察した。こと戦闘において、彼女は彼の最大の理解者だ。
あぁ、まるでこの殺し合いは深き愛のよう。
愛する者全てを殺し尽くした彼女は、喉を潤すために、新たなる敵を肉片残さず解体する。きっと彼女は苦痛にも、快楽にも歪まない。
ただ冷めた目で、死にゆく者を見届けるだけ。
「行くぞ…………!」
巧一朗は走り出す。
同時に、信華も一足踏み出した。
彼の紅の刀は血液のような軌跡を残す。
この一瞬に全身全霊を賭けて。でなければ、災害を殺す以前に、いま、命を落とすことになる。
彼女もまた、彼の必殺宝具から目を逸らさない。
愛すべき『ナナ』の為に、その右腕で彼の全てを受け切り、そして砕く。
残された左腕は、彼の胸部にて脈打つ臓物へとターゲットを定めていた。
そして刀は線を描いた。
『天網恢々(てんもうかいかい)』
鬼を滅殺する、一振り。
朱の雷光が走り、触れる全てを焼却する。
そしてその刃を、あろうことか、信華はその右腕の義手で受け止めた。
目を丸くする巧一朗に対し、信華はここで初めて、苦痛に顔を歪ませた。
ただの英霊の、ただの宝具。彼女はこれまで、どのような局面においても乗り越えてきた筈。
だが、この巧一朗は、何かが異なる。
具体的なことは何も理解できない。
確かなのは、彼女が真に殺したいと想う相手であるという事だ。
赤く、白く、黒く、歪なる雷が通り抜け去り、彼の刀、その切先はバラバラに零れ落ちた。
信念の一撃は、あえなくヒトの前に崩れたのだ。巧一朗は苦しげな表情を浮かべる。
だが、苦悶に満ちていたのは、信華も同じだ。
粉々に砕けた義手が大地に溶け落ちていく。
機械の腕ばかりではない、彼女の右肩そのものが、雷撃により吹き飛んだ。
対人宝具を受けて、腕一本の消失で済んだなら、それでもバケモノと呼称されるに相応しいだろう。
だがアヘル教団左大臣にとって、これは看過できない事態だ。
愛する災害のアサシンを守る為の手、その一つが無残にも消え去った。
それも災害が相手では無く、ヒトですらない『虫』。
だが、その事実を、信華は簡単に許容した。
仕方の無いことだ。彼女が認める程に、彼は逞しい敵だ。
「ふ………」
「ん?」
「ふふ、あはははははは!」
心が無い女が、狂ったように笑い始める。
それは彼女自身、到底理解できることでは無い。
奇妙で、痛快。感情が再び芽生えたならば、これはそういうことなのだろうか?
「今日は、私の負けです。『崩楽』もリミットが近い。任務完了とはいきませんでしたが、第五区へ一度引き上げましょう。」
「…………あんた」
だが、この戦い、もしも続けていれば、負けていたのは巧一朗だ。
頼光の宝具は、巧一朗が扱うには重すぎる一太刀だった。本物の彼であれば、スタミナが切れることは無かっただろう。
いま、巧一朗は余裕ぶった表情で何とか誤魔化している。演技で、手の内を隠し持っているかのように振舞っているのだ。
だが当然信華はそのことに気付いている。だが、それでも、彼女は己が敗北したと告げ、この場を後にした。
彼女は彼に生きていて欲しいと、そう願った。
出来るならば、『ナナ』のいる目の前で、彼を殺したいと思ったからだ。
次は万全の状態で、心ゆくまで暴力を振るいたい、そして振るわれたい。
憎しみでは無く、純粋なままの精神で。
今は、彼に宿る英霊が邪魔だ。彼が繋ぎとめる英雄の力は、『彼にとって枷でしかない』。
巧一朗には、進化のステージが用意されている。そこに至る時、彼女は命を懸けて応えようと思う。
「何だったんだ?」
「さぁな。お前さん、多分あの女に見逃されたぞ。運が良くてラッキーだったな。」
「とりあえず、桜館長への脅威は、一部無くなったと見ていいのか……分からないが、兎に角疲れた!」
巧一朗が改めて空を見上げると、日は落ち、辺りは暗闇に染まり始めていた。
「え、あれ、もうこんな時間……ってマズイ!」
そして、サンコレアマルにて行われるグローブとダイヤモンドダストの頂上決戦、そのステージに彼が立つ予定だったことを思い出す。
ダストとツキのステージが終わってから、かなりの時間が経過していた。信華とのやり取りは、刹那のやり取りに見えて、多くの時間を費やしていたのだ。
ダストを独りにさせたことを後悔する。だが、もうすでに、フゴウへと戦いを挑んでいるかもしれない。
もし、彼女が悔いを残したまま消滅してしまったら、そう考え、胸が締め付けられる。
だが急ぐ彼の心配とは裏腹に、サンコレアマルでは、想定外のことが起きていた。
巧一朗を探し求めるダストの代わりに、ある少女が、フゴウの鎮座する闘技場へ足を運んだ。
少女は自らの身体に『スパルタクス』のアンプルを投与し、肉体を変化させる。
そしてフゴウを前に、どよめく観客たちへ声を上げた。
「グローブ、ダイヤモンドダスト、そして、ハンドスペード。革命軍をバラバラにした全ての元凶こそ、このドン・フゴウこと『マンサ・ムーサ』だ!」
客席にいる彼女の仲間の大男は、備え付けられた電光掲示板に、フゴウの過去を映し出した。
ダストが、黄金街道が、ツキが、クロノが、そして、全ての民が、その事実に驚愕した。
『マンサ・ムーサは、ダイヤモンドダストの裏切り者』
阿鼻叫喚、彼を信じていた全ての者が、怒り、嘆き、悲しみ、憤る。
共に戦ってきた黄金街道もまた、絶句。
既に四画を手にした彼の、五画目の令呪の道は絶たれた。
「ムー兄、殺しに来てあげたよ?」
少女は悪しき笑みを浮かべながら、罵倒され続ける王を見据える。
憎しみの連鎖は止まらない。
「るる子…………」
「アタシをその名で呼ぶんじゃねぇ!アタシは『シュランツァ』だ!冥途の土産に覚えていきな!」
ヴェノムセイバー『シュランツァ』は闘技場から、ヴェノムキャスター『ショーン』は客席から、フゴウを嘲笑し続ける。
そしてフゴウは何も語らない。彼女らに暴露されたのは、まごうことなき真実なのだから。
「さぁて、公開処刑だよコラ!」
荒れ狂うヴェノムが立ちはだかる。
フゴウの傍に立つもの、彼を応援する者は、もはや誰一人としていない。
【キングビー編⑧『エピソード:パーティー』 終わり】