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サンコレアマル闘技場への入場ゲート前で、立ち竦む影がある。
MCリンベルの声に先導される観客たち。反対ゲートからは、圧倒的な声援を受けて、堂々たる風格の男が現れ出た。
革命聖杯戦争の最有力優勝候補、グローブの王ことドン・フゴウである。
彼の第三区におけるカリスマっぷりは他の追随を許さない。緊張から息を切らした少女、ダストは、彼の美しいまでの佇まいに恐怖すら感じていた。
その場しのぎのアイドル稼業、ツキという共犯者がいたとて、覆せないものがある。
彼女はダイヤモンドダストの兵器こと、巧一朗を探し回っていたが、どこにも見当たらず、彼女自身が戦いに赴く決意をした。
元々、彼を巻き込むことに難色を示していたのは事実だ。サーヴァントである彼女が前線に立つのは極めて合理的である。
だが、決意とは裏腹に、その両足はまるで氷のように動かない。可愛らしいドレスに袖を通さない彼女自身を、認めてくれる人たちが果たしてどれだけの数いるだろうか。
あぁ、憂鬱だ、そう思う。
それでも、ダイヤモンドダストの名を守る為に死んでいった生命の為に、立ち向かうしか無い。
ダイヤモンドダストが果たすべき責務がある。たとえ聖杯戦争で敗北しようとも、彼女と同じか弱き人間、英霊たちの意思だけは、誰かの心に残していかなければならない。
「吾が、行かなきゃ。」
ダイヤモンドダスト、出陣。
ダストが、『枡花女』が、その一歩を踏み出す瞬間。
彼女の隣に、小柄な女が現れた。
ダストは驚き、数歩後退する。よく眺めてみると、病気的とも言えるほどに痩せ細った背の低い人間の少女だった。
通常、紛れ込んだ迷子のように捉えるだろう。だが、ダストは少女の放つ異様なプレッシャーを肌で感じていた。
「枡花女、雷上動を巡る争いの果てに呼び出された、生存する意味のない桃源郷の無駄リソース。」
いきなり現れた少女は、ダストを侮蔑し、嘲笑する。
だがダストは反論できなかった。己の歪さも、弱さも、己が一番理解できているから。
「貴方は?」
「アヘル教団セントラル支部のヴェノムサーヴァント、コードネームは『シュランツァ』。この第三区で生まれ、生きる意味を失い、開発都市第五区へと至った女だ。災害のアサシン、ザー様に救われた。」
「災害に?」
「アタシは残念ながら、生まれながらに生を諦めさせられた。そういう病気なんだ。早く死にてぇと思っていた最中に、ザー様は生きることの尊さを教えてくれた。ヴェノムは、みんなそうだ。アタシたちはいつかくる終末の日を乗り越え、新たな時代の担い手となることを約束されている。」
シュランツァは、畦道るる子は、過去を思い返す。
病院のベッドの上で、漠然と死を待ち続けていた少女。
生存に意義は無く、欲も、願望も生まれなかった。
彼女には、己の死も、他人の死も、視えている。生命の限界点を見極めるその眼は、ヒトの成長を否定する。
行き着く先は『無』そのもの。知ってなお頑張ろうとするのは愚の骨頂であろう。
だが、災害のアサシンは違った。
命ある限り、心臓を燃やし続けることの尊さを解いた。
高説を垂れることは無い。彼女はただ、己の人生を語った。男に媚び、男に諂い、男の為に踊り続けた、ファムファタールの生涯を。
「死を超えた先の、生きる喜び?」
「女の特権だ。貴様の美しさは、貴様だけのものだ。だが、誰にも与えられず、死にゆくのは惜しい。余のもとへと来い。」
「でも、蛇王ザッハーク、貴方の一生は、なんというか、アタシが知っているものとは些か異なるというか。そもそもザッハークって男だったような気もするけれど…………そして、貴方は多くの人間を愛し、狂わせながら、最期は孤独に死んでいった。その余りにも美しい顔は病により醜く爛れていた筈。それはファムファタールにとって悪夢の死だ。どうして、貴方は孤独を恐れない、死に恐怖しない?無気力にならない?同じことを、繰り返そうとする?それが死を超えた先にあるものなのか?」
「あぁ。いつか壊れるから、美しい。儚いから、その瞬間が輝ける。ヒトは、どうせ死ぬから、と生きてはいない。生きていたいと思うから、足掻き、苦しみ、のたうち回る。でもその姿は、晴れ晴れしい大団円よりも、何倍、何十倍と美しいのだ。」
災害のアサシンはるる子を抱擁した。
親子のように、姉妹のように、恋人のように。かけがえのない命の灯を、その胸で抱き留めた。
「生きよ、シュランツァ。余と共に、生きよ。余が貴様を救うのではない。貴様が余を救うのだ。」
「アタシが、アナタを?」
「そうだ。余を孤独にするな。余を愛せ。貴様のあまりにも尊いその命を、余に捧げてくれ。」
その日、るる子はシュランツァとなった。
彼女には、自分の死ぬ日、死ぬ時間がはっきりと見えている。
何度も何度も絶望し、それでも、災害のアサシンの為に生きている。
その日々は、きっと幸せだった、そう振り返ることが出来る。
「なぁ。アタシは今日、数時間と絶たない内に、死ぬらしい。」
「え?」
「アタシはフゴウに復讐する為に来た。だが、アタシはあの男には敵わない。だから、フゴウに殺されて死ぬんだと思う。さっき誇らしげに未来を語ったが、アタシは新時代の担い手とはなれねぇんだ。でも、それでいい。」
シュランツァはその骨ばった腕からは考えられない怪力で、ダストを突き飛ばした。
サンコレアマルの舞台に立つのは、自分だと言わんばかりに。
転倒したダストは、訳も分からぬまま、シュランツァの背中を見守った。
突き飛ばす直前、彼女の囁く言葉が、頭の中を巡って離れない。
『枡花女、てめぇも今日死ぬとしたら、残された時間、どう生きてみる?』
もし、今日死ぬとしたなら。
巧一朗の言う、生まれてきた意味を探す旅。
彼女なりの答えを出す時は、どうやら近いようだった。
【キングビー編⑨『エピソード:キメラ』】
〈なんてことだ!俺たちのドン・フゴウが、ダイヤモンドダストに所属していて、革命軍の分断を齎した元凶だって!?〉
MCリンベルは闘技場の上空から驚愕の声を張り上げた。
サンコレアマル舞台上に設置された巨大なモニターには、ショーンが予め電波ジャックを行い、フゴウの裏切りの証拠を映し出していた。
それは親災害派閥であるアヘル教団との密約、金銭の横流しが行われた証明書類である。フゴウは確かに、マンサ・ムーサの名のもとに、旧アンヘル研究所と裏取引に応じていた。そして決定打となったのは、雷上動強奪計画をまとめたファイルである。そこには事細かな侵入経路やグローブの当時の人員配置が図式化されていたのだった。
観客たちは開いた口が塞がらなかった。革命軍の和平を誰よりも押し進め、人を愛することを辞めなかった彼らの王が、最たる巨悪であったのだから。
フゴウは嘲笑うシュランツァを前に、不動を貫いていた。
全てが事実だ。反論の使用もないし、取り繕う気も無い。
既に手にした四画の令呪、そして彼の計画は既に最終段階へと至った。今日ではないにせよ、あと数日も経たないうちに、全てを詳らかにし、彼は自ら命を絶つつもりでいた。
彼が生き残る道はない。生き残って、何が果たせるというのだろう。
何も語らないフゴウに、仲間である黄金街道は叫んだ。
彼女は共犯者では無く、被害者だ。フゴウを立派な王だと信じ、付いてきただけ。彼女もまた、裏切られたのだ。
「おい、王サマ、何かの間違いなんだろ?天下のマンサ・ムーサがそんなこと、する筈無いだろ!?なぁ、何か言えよ!?」
黄金街道はベンチ席から身を乗り出した。だが、観客全員を保護するために敷かれた結界の所為で、彼女は闘技場に立ち入ることが出来なかった。
黄金街道の悲痛な叫びに、観客は静まり返る。フゴウを信じていた区民たちは、彼女と同様、フゴウが否定してくれるのを待っていた。
文書も画像も、アヘルに偽造されたものに違いない。このような荒唐無稽な話があってなるものか。
でなければ、彼女は、彼らは、何と為に戦ってきたのか分からない。
「事実だ。我は、アヘルとの繋がりを有していた。そして我が、ダイヤモンドダストを扇動し、革命軍の分断を招いた。ダストは、何も悪くない。我以外の誰も、悪くない。」
だが、彼は彼女の希望を摘み取った。
グローブとして、戦ってきた全てを、彼自身が否定した。
観客たちは嘆き、怒り、叫び狂う。そして黄金街道は、目を見開きながら、その場で立ち尽くした。
「認めるんだな、ムー兄」
「事実だからだ。我がいなければ、革命軍は分断も失墜もしていなかった、そうだろう。」
「開き直りか、てめぇ。多くの人間が死んだぞ。たくさんの人間が傷ついたぞ。」
「あぁ。知っている。」
シュランツァは『スパルタクス』のアンプルを自らに投与した。そして骨と皮しかないような腕は、瞬く間に筋骨隆々と化す。
アヘルに所属する今、革命軍のことなどどうでもいい。だが、何故か、シュランツァの中に怒りの感情が渦巻いていた。
フゴウは自らの威信を守る為に、アヘルを否定する立ち回りを見せる、そう考えていた。正直、ショーンは兎も角として、シュランツァよりフゴウは遥かに頭がいい。ペテン師さながらに、虚言に虚言を重ね、区民を無理矢理にでも納得させるものと信じていたのだ。
だが、彼はあっけらかんと、その罪を認めた。
まだ悪王なりの足掻きを見せてくれた方が、壊し甲斐がある。保身に走らないフゴウの目は、どこまでも真っ直ぐだ。
「淀みがねえ。あぁ、ムカつく。自分が死ねば、全部解決だと、そう思っている愚者の眼だ。死んで詫びろ、そう言われても、きっとその意味なんざ理解出来ねぇんだろうよ。」
スパルタクスのアンプルは、この場においては最適解だ。
コロセウムを彷彿とさせる闘技場、そして目の前には区民たちを苦しめた悪逆の王。
情けない革命軍たちに、本物の『革命』とやらを見せてやるには丁度いい、そうシュランツァは息まいた。
一方フゴウは、黄金の剣を取り出し、抗戦の意思を見せる。
彼は区民たちに全てを明かし、伝え、そして自ら死を選ぶ必要がある。アヘルに情けなく殺されては、革命軍が手を取り合う未来には進めない。親災害派閥を大いなる脅威として捉え、尻込みさせてはならない。手を取り合い、戦わなければ、革命軍の未来は無いだろう。
罪を認め、罰を受け入れる。簡単なことのようで、酷く難しい。
「さぁて、公開処刑だよコラ!」
シュランツァは短剣を片手に走り出した。その雄々しき筋肉を動員した瞬発力、そして速度は、並の英霊では再現不可能だ。
ヴェノムアンプルは適正者と呼ばれる人間たちに、古代の英雄たちの力量を、スキルを授ける。それは本人のメンタル及びフィジカルに合うものであればある程、最大限の力を与えるのだ。
彼女の使用アンプルは『ヘラクレス』と『スパルタクス』、それ以外のアンプルはシュランツァの肉体を内側から改造、崩壊させると研究所に診断されている。たとえ彼女が他のヴェノムと異なり、アンプルの同時併用が出来ると言えど、二個までしか投与は出来ない。そして長時間の使用で、彼女の肉体が打ち負け、死に至る。
淡路抗争においてヘラレウスを打ち倒したアンプル併用は、危険が伴う大技だ。故に、フゴウを前に使うことは無い。それで死んでしまっては、元も子もないのだ。
シュランツァの超加速に対応して、フゴウは黄金の壁を立ち上げる。そう易々と壊される硬度では無い筈だが、彼女の勢いと鋼の筋肉により根元から薙ぎ倒された。
フゴウは果心居士との戦闘で見せたような、黄金の武器鋳造をフル回転で行った。彼はアーチャークラスのサーヴァントであり、武器の投擲には苦労を要さない。剣や槍、矢、モーニングスターまでも黄金で生み出し、シュランツァへ一斉射出する。
サンコレアマル闘技場は、彼の銃撃により穴だらけになった。シュランツァはその全てを紙一重で避けきるが、距離を取らざるを得なかった。近接戦闘に持ち込みたいが、それを許さない厭らしさがある。
そしてシュランツァを苛立たせるのは、攻撃の一手一手が、彼女の致命傷とならないように放たれているという事だ。
フゴウに、彼女をどうにかする気は無い。あわよくば、助けようとしている。
かつて彼女を見放した王が、宗教に塗れた少女を、救済しようと。
彼女は血が出る勢いで、口内を噛んだ。嚙み千切った。歯ぎしりをし、舌打ちも何度も繰り返す。
許されない、決して、許されない。
ザッハークを悪しき存在だと思い、身勝手余りある正義感に浸っているその様が、許されない。
「マンサ・ムーサ。アタシはてめぇを許さない、絶対に殺す。四の五の言わず、本気で来やがれ!」
「るる子…………」
相反する意思、テーブルで語り合えぬなら、命を奪い合う。それが摂理だ。
血に塗れながら、己を誇示し、旗を掲げる。革命とは、きっとそういうものだろう。
シュランツァは既に和平のテーブルを蹴り転がした。あとは殺し合いこそが示された道である。
アヘルにその身を捧げぬ愚か者は全員処刑だ。信華も、ショーンも、その為にここに居る。
「さぁ、こっちはフルスロットルで殺すぜ」
シュランツァは再び、フゴウのレンジに入るべく、走り出した。
彼の甘えた攻撃など、避ける意味も無い。
銃弾の如き速度で飛んでくる得物の数々を、全てその身で浴びていく。
彼女の浮かび上がった血管が次々と傷を負い、破裂していく。
それでも、弾丸列車は止まらない。傷つけられることが快楽であるように、笑顔のまま追突した。
シュランツァには生の実感が無かった。
痛みは彼女に、生きているという事を思い出させてくれる。
傷付けるのも、傷つけられるのも、好きだ。
痛々しいまでのるる子の姿に、フゴウはやるせなさを感じていた。
彼が見捨てた少女だ。彼の目から見て、彼女はもはや壊れている。
ヴェノムアンプルがそうさせたのか、それとも災害がそうさせたのか。
死の運命を受け入れ、目先の生に溺れる少女は、見ていられるものでは無かった。
「行くぞ、ムー兄!てめぇのくれた傷は、アタシの切り札だ!」
『疵獣の呻吟(ポイゾナス・ウォーモンガー)』
受けた傷、そこから流れ出す血液と、そこに入り混じった血中ヴェノム成分を魔力の一部とし、己の両腕に纏わせる、常時発動する宝具。
スパルタクスの使用する宝具とは異なり、変換効率は悪く、シュランツァの虚弱な肉体の性質上、ある程度まで蓄積されるとセーフティーがかかり自動排出される。だが、この場においてそれは些事。瞬間的な爆発力を伴い、フゴウの黄金をその腕で破壊、爆発させた。
これにはフゴウも驚きを隠せない。自らの黄金に絶対的な信頼を置いていた彼は、幾重にも重ねた黄金層の防壁を簡単に突破されるとは思っていなかった。加えて、彼の武器の数々は、その刹那、彼女の手により粉々に砕かれる。
シュランツァは獣の咆哮で、フゴウを威圧した。そして有している短剣に魔力を集中させると、それをそのままフゴウの心臓目がけて突き刺した。
咄嗟の判断で、フゴウは胸部に黄金のアーマーを施す、が、無意味。怒涛の勢いの彼女に、小細工は通用しない。
彼は為されるがままに、彼女の剣に貫かれた。
「ぐ…………………」
その一手は、確実に彼を葬るもの、では無かった。
心臓を避けて、刺されている。治癒班を総動員すれば、修復はまだ可能であろう。
シュランツァはわざとそうしたのだ。フゴウが、彼女を殺そうとしなかったように。
「…………アタシの、ヴェノムとしての最初の任務は、親殺しだった。アタシを捨てた、両親の首を刎ねろ、とな。」
「…………っ」
「何も思わない。奴らは間違いなくアタシの敵だ。今でも、その感触は覚えている。」
「る……る子…………」
「でも、アタシは治療したところで絶対に助からない、意味のない命だ。親が手を尽くそうとしないのも、別に変な話じゃないさ。彼らには彼らの正義があり、人生がある。それがアタシにとって救いで無かっただけ。いつだって争いは、意見が合わない奴同士の喧嘩から始まるだろ?」
———だから、ムー兄にも考えがあったんだ、と思う。それはきっと、正しいことなんだという事も。
シュランツァには、彼女を救おうと藻搔いてくれた人たちがいたことを知っていた。
ダイヤモンドダストは、彼女の親同然だった。
死の未来を知り、無気力となって、それでも、畦道るる子を助けようと動いてくれた。
それはフゴウも同じ。
「あぁ、アヘルが、悪かったんだろう?知っているさ。でも、それでも、アタシは聞きたい。どうして彼らを見殺しにした。ダイヤモンドダストは、何も悪くなかった筈だ。どうして、彼らは死ななければならなかった?」
シュランツァは剣を突き刺したまま、囁くように独白した。
彼女の本当の気持ち。ザッハークに捧げたその身で、それでも、問い質したかった思い。
マンサ・ムーサが只の外道であれば、良かったのだ。
彼女は彼がそうでないことを知っている。
「アタシがてめぇの心臓へ向け、ナイフを滑らせたら、そこで終わりだ。」
「あぁ…………」
シュランツァの顔は血に塗れていた。目の奥には一切の光が灯っていない。
フゴウには実況するリンベルの声も、観客の怒号も、届かない。
ただ後悔の念に押しつぶされるだけだ。
「るる子…………すまなかった。」
「命乞いか?」
「そうかもしれない。我にはまだ、やるべきことがある。だから、恥を晒しながら、それでも、生きていたいと思うのだろう。」
フゴウは、開発都市第三区の未来を知っている。
千里眼でも、占いでもない。革命聖杯戦争のその先で、絶望の化身が蘇ることを察知している。
彼は最後の命で、これをどうにか回避しなければならない。
既に九割方の準備は整った。だが、革命軍が一致団結して、初めてこの危機は乗り越えられるだろう、そう認識している。
「なら朗報だ、アタシにはてめぇの死の未来が見えている。てめぇは『まだ』死なない。あと十数分で死に絶えるアタシと違って、な。」
「なに…………?」
シュランツァは腕に力を込め、短剣を胸部中央へ向け動かした。
フゴウは渾身の力でシュランツァを蹴り飛ばす。彼の胸からは短剣がすり落ち、シュランツァは転がった。
動物由来の回避行動に、フゴウ自身、手加減を忘れてしまった。焦る彼は、彼女の名を叫びながら駆け寄ろうとする。
だがシュランツァは右手を突き出し、これを制した。
彼女は狂ったように笑い始め、そして、あろうことか、二個目のアンプルをコネクタに注射した。
「るる子!?」
〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムセイバー』:『ヘラクレス』現界します。〉
シュランツァの身体を侵し尽くす、二騎の英霊の力。
彼女はこの状態を『ツヴァイ』と呼んでいる。彼女の意識が保てるのは、十数秒。そして一分と経たぬ間に、死に至る。
シュランツァを殺す者は、きっとフゴウでは無い。なら、この権能を振るうのに問題はない。
彼女にはある勝算があった。死の運命すら乗り越える、ただ一つの方法がある。
「その名で呼ぶな、そう何度も告げただろう。アタシはヴェノムセイバーツヴァイ、またの名を『シュランツァ』!」
シュランツァの筋肉は更に増量し、巨大な剣を軽々と振り回せるようになった。
そして先程までの戦闘を遥かに超える、神話を超える速度と破壊力を手に入れた。
彼女にとって、命を削る数秒間など、あってないようなものだ。この瞬間にでも、フゴウを殺害できる。
だがシュランツァは敢えてフゴウを攻撃せず、二人を取り囲む結界へ波動砲を放った。
安全地帯だと認識していた観客は、恐怖の感情を抱く前に、その砲撃をその身に浴びた。
結界に穴が開き、その付近に座っていた区民の数名が、一瞬のうちに焼け焦げた。
「きゃあああああああああああああ!!」
観客たちはパニックに陥る。出口を探し、サンコレアマルの外側へと、一斉に走り出した。
この混乱にいち早く対応したのは、観測艇にいたリンベルだ。彼は出口の場所と、避難経路を、区民たちにアナウンスする。彼はあくまで冷静に、ジャーナリストとしての責務を全うした。
だが、出口に殺到した区民たちは、絶望する。
巨大な箱状の結界が敷かれ、逃げ道を封鎖されていたのだ。
必死にその先へ進もうとする者たちは、結界内部からの強力な電磁波に脳を焼かれ、死んでいく。
誰も、外へ脱出することは出来ない。
「開けて!誰か助けて!」
阿鼻叫喚の区民たちは、右へ左へ走り逃げていく。
彼らの焦躁、そして絶望を肴に、一人の男が悠々自適に酒を呷っていた。
彼の、ヴェノムキャスター『ショーン』の秘技『CUBE』による、サンコレアマルの完全封鎖。
革命軍全員が、いま、アヘルにより人質に取られた。
「さぁシュランツァちゃん、『殺戮の夜』の開始よ?」
ヴェノムたちの目論見は、逆らう革命軍の皆殺しだ。
フゴウという王の権威を失墜させたのちに、力なき人々をゆっくりと嬲り殺しにする。
革命聖杯戦争を直ちに中止させることが、ショーンの目論見であったのだ。
「黄金街道!」
「っ!?」
フゴウは後方ベンチにいる彼女へと声を張り上げた。
内部にいる彼はシュランツァを止める。そして、観客席へと戻ることの出来る彼女に、区民の安全を託した。
彼らは共に戦ってきた仲間だ。たとえフゴウが裏切り者だとしても、いまの彼の意思は、確かに彼女へと伝わった。
黄金街道は返事をする前に、客席へ走り戻った。そして『CUBE』を破壊すべく、向かって行く。
そして事態の深刻さに気付いたダストもまた、駆け出した。たとえ彼女が嫌われていようと、守るのが、英霊の務めであるからだ。
フゴウは黄金街道の頼もしさを誇らしく思うと同時に、自らも、区民を守る為に駆け出した。
まずはシュランツァを抑え込む。彼女が何故区民へ砲撃したのか、彼には理解できるから。
「復讐か!るる子よ!我が守りたいものを殺すことが、貴様の!」
「ああ、そうだ!てめぇも殺し、愚かな革命軍も抹殺する!一緒に踊り狂おうぜ!マンサ・ムーサ!」
フゴウはシュランツァの周囲を黄金球体で閉じ込めるが、それは彼女によって難なく突破される。
もしシュランツァの仲間が観客席にいるならば、時間が無い。
黄金街道とダストを信じながら、フゴウは全身全霊を以て、シュランツァへと挑む。
彼の肉体を変換する程の、圧倒的な黄金排出。
これにより築かれる大河は、彼の歴史の再演であるかのよう。
「黄金巡礼…………っ」
「我が貴様を止める、止めるぞ!るる子ぉぉおおお!!」
「あははははは!そうでなきゃつまらねえ!来いよ!」
その霊基すら黄金に費やし、全力のフゴウは走る。
もう二度と、大切な者を失わぬ為に。
※
サンコレアマル外にて
三人の子たちは駆けて行く。
『マッチ』『モグラ』『チビ』と呼ばれた少年たちは、ショーンの『CUBE』が起動する前、フゴウの悪行が明るみに出たタイミングで、闘技場を後にしていた。
彼らは子どもながらの無邪気さと無鉄砲さを兼ね備えている。故に、フゴウが何者かに嵌められていると、そう認識した。
もし真実であったとしても、親を失った原因がたとえフゴウにあったとしても、顔も形も知らない少年たちは、フゴウの傍にいたいと思った。彼らは今まで数えきれないほど、フゴウに助けられてきたのだ。
「どうしよう、マッチ。」
「とりあえず、シェイクハンズに行こう!麦造爺ちゃんがまだいると思う!」
「確かに、ゼッタイにパーティーには来ないもん!」
少年たちはシェイクハンズへ向けて走り出した。
そして彼らを尻目に、同じように会場を後にした一人の男が、とある場所へと向かって行く。
それはリンベルたちメディアの保有する大型パーキングだ。彼はそこで、目的の人物に相対した。
「モリアーティだな。」
そう呼ばれたキャスターは彼に振り返る。
彼女にとっても、会って話したい相手であった。
「言峰クロノ」
「ここで何をしている。」
「リンベルから予備の観測艇の話を聞いたが、どうやらここには無いようだ。もしくは、君が既に壊したか。」
「さて、どうだろうかな。」
「空に浮かぶ抑止力に向けて、攻撃を加えるなら、観測艇は大いに働いてくれるだろう。覚醒を促す君が、放置する訳がない。」
「ほう?」
「君のアサシン、真名は『ファフロツキーズ』だろう?この桃源郷そのものを壊す気か?」
キャスターは確信をもって、彼に問いただした。
言峰クロノは桃源郷の抑止力に、六騎の英霊の魔力が込められた『ROAD』を食わせ、強大な力を得ようとしている。
そしてその目論見は、桃源郷外の世界の救済。彼は外の世界との繋がりを有し、内側からオアシスを滅亡させようとしている。
「だったら何だ?」
「ふ、ちゃんと『テロリスト』をしているじゃないか、と感心している。だが、君の動機が不透明だ。只の人間である君が、恐らく自らも死ぬかもしれない賭けに出ることだって、可笑しな話だ。一体何が君をそう駆り立てているんだい?」
キャスターの質問に、クロノは暫く答えなかった。
彼は無言のまま、一歩一歩彼女へと近付いていく。
そしてその目前まで寄り、その美しい眼を捉えた。
クロノの目は、漆黒のペンキで塗りたくったようだ。何を考えているのかまるで理解が出来ない。
「美しいな、君は。」
「ほえ?」
クロノはキャスターの顎を指で摘まみ、少し上を向かせた。
まじまじと、彼は彼女の顔を見つめている。
キャスターは赤面しつつ、その身を引いた。何を言い出すのかと思えば、無表情で下らない世辞を述べただけである。
「言峰クロノ、何なんだい、君は。」
「……質問に答えてやろう。モリアーティ教授、君は自らの完全犯罪が名探偵に暴かれた時、どのように感じた?」
「は?」
「君がその叡智に全てを費やして、考えに考え抜いたトリックだ。それが、ホームズによりあえなく晒された。それも、君の下らないミスによって、だ。」
「……私は激しく後悔するだろうな。次は決して暴かれない、不落のミステリーを生み出してみせよう。」
「そういうことだ。」
「はい?」
「君は私の動機を聞いたのだろう?そういうことだ、と言っている。」
「なんだ、君は世界的な犯罪者なのか?それとも、逆に探偵?」
「そのどちらでも無い。」
クロノは両手をズボンのポケットに仕舞い込み、駐車場を後にしようとする。
キャスターは頭に疑問符を浮かべながら、彼の背を追いかけた。
だが、その時、サンコレアマル内部にいる筈の桜から連絡が入る。
彼女らが交戦した、ヴェノムキャスターの罠により、会場が完全に乗っ取られていると。
キャスターはクロノの背後を追いかけることを辞め、サンコレアマルへ駆け出した。
そしてクロノは振り返り、彼女の背を眺めている。
「フゴウには驚かされたが、概ね計画通りだ。さて。」
クロノはデバイスを立ち上げ、コールする。
数秒と待たずして、『開発都市第二区』にいた電話先の主は受話器を取った。
「時間だ。」
〈お、もうですか?早いですね。〉
「あぁ、想像以上に上手くいっている。」
〈ありがとうございます、クロノ神父。貴方にはなんとお礼を言っていいか……〉
「まだだ。全てが終わった後に、君らが生きて帰って来たその時、祝杯をあげよう。楽しみにしている。」
〈頑張りましょう、神父。我らの『革命』の為に!〉
クロノはデバイスの電源を落とし、目を閉じた。
オアシスに吹く風を、その身で浴びる。
あと数時間後には、彼の『救済』は完遂する。
※
サンコレアマル会場内。
闘技場観客席を離れたショーンは、呑気に自動販売機でコーヒーを購入していた。
シュランツァはツヴァイに突入したが、本気で戦うフゴウとは五分。攻めあぐねている状態だ。
加えて、黄金街道とダストが、区民の団結を促し、勇気づけている。
二人を殺せば更なる悲劇の幕開けとなるが、今のショーンにそれは出来ない。
彼は独自に入手した情報により、革命聖杯戦争の、戦局をしっかりと把握していた。
残されたサーヴァントはフゴウ、黄金街道、ダスト、そして今や死に体のロンリーガール。
もしショーンがここで二人を殺害し、ロンリーガールが消滅すれば、自動的にフゴウの勝利が確定する。
そうなれば、ROADを起動され、本来の目的が達成できなくなってしまう。
彼の役割は、殺戮の夜の真っただ中に、ROADを極秘入手すること。
持ち帰れば、アヘルの発展に大きく寄与してくれるだろう。
なら何故、今の彼が油を売っているのかというと、革命聖杯がどこにあるかを見つけられていないからだ。
監督役の司祭を探してはみたが、どうやらこのサンコレアマルにはいないよう。
ショーンは頭を掻きながら、次なる一手を思考していた。
「あれ、こんなところに人がいる、おーい!」
ショーンは廊下の先から、手を振り近付いて来る少女の影を感じ取った。
彼女は革命聖杯戦争の参加者でありながら、その実、敗北が約束されているらしいアサシン、こと『ツキ』であった。
彼女が桃源郷の抑止力であったことは既に把握しているが、力を失っているであろう今の状態に対して、警戒心をもっていない。
彼はいつでもダイダロスのアンプルを流し込める状態で、笑顔のツキに手を振り返した。
「あら、わたくし、中に入れなくて困っていたの。貴方も同じかしら?」
「ううん、私は中から外に出てきた。クロノとお喋りがしたくて。」
「中から、外に?」
ショーンは『有り得ない』と唇を噛む。
CUBEはその一つ一つが矮小化された彼の固有結界だ。出口の用意されていない永遠に続くホワイトルームに侵入し。更には上の次元の知覚により、外部へ抜け出したという事である。
通常の英霊ですら不可能である迷宮攻略を、何なくやってのけたのだとしたら。
「(わたくしのことがバレたら、ちょっと面倒かもね)」
ショーンは紛れ込んだ一般人を装うことにする。今の彼は軍服姿では無く、カジュアルな服装だ。言動は怪しまれても、アンプルを使わぬ限り、ただの人間を装えるだろう。
「中は危険だよ?いま大変なことになっているから。」
「大変なこと?」
「謎の組織が会場を乗っ取って、革命聖杯戦争の参加者と戦っているの!」
「それは大変ね!逃げた方がいいのかしら?」
「うん、避難した方がいいよ!」
ショーンはツキにありがとうと一言残し、立ち去ろうとする。
そして彼女に背を向けた刹那、彼は瞬間的に生命の危機を感じ取った。
その背を貫く刃のビジョンが浮かぶ。これは不可避の一撃だ。
ショーンは振り向きざまに、アンプルを投与、『ダイダロス』の力を宿し、その翼で大きく飛び退いた。
だが、ここで彼は気付く。
彼の命を刈り取る刃など、存在しない。彼はあまりにもリアルすぎる殺気を受け、誤認した。
ツキは後ろに腕を組んで、ニコニコと笑っている。
ショーンは汗を流した。これは想像を絶する緊急事態の前触れだろう。
「どうしたのか、避難しないの?」
「あぁ、そうさせてもらおうかしら。ちなみに、逃がしては貰える?」
「そうね、私としてはどっちでもいいけれど、その『翼』は気に入らないかなぁ?」
刹那。
彼は空に浮いていた。
何処かも分からない、空中。彼は翼があることも忘れ、降下している。
瞬間移動したのか?有り得ない。
抑止力にそのような能力があるなど……
「『ファフロツキーズ』、天空からの落下現象。それは雨や隕石など、想定されるものとは異なる、有り得ざる物体の落下現象。」
ショーンがいる天空のその先、一人の絶望が浮かんでいた。
翼を広げ、佇むその女は、『神』と呼称するのに相応しいとさえ感じる。
女は彼を見下している。
誰よりも高位にいるからこそ、彼女は支配者なのだ。
「空へ飛び立つのは、ヒトの願望。でも、それは未来永劫為されない。私がソラの管理者だ。」
ショーンは翼をはためかせ、バランスを維持しようとする。
だがそれは叶わない。ツキが放った、二本の魔槍『ゲイボルグ』に、両翼が穿たれる。
彼の翼は折られた。あとは、どこまでも落ちていくのみ。
ショーンはしぶとく、新たなアンプルの投与を試みる。だが、それは己の生存の為であり、反撃の為では無い。
彼は天空で、神に屈した。
決して敵わない相手だ。抗うことが間違いである。
「あら、認めたくないけれど、我が主よりも、世界の支配者らしいわね、うふふふふ」
そしてショーンは目を覚ました。
彼は数十秒間気絶していた。天空にいた筈の彼は、いつの間にか、自動販売機の前に転がっていた。
外傷はない。災害のキャスターのアンプルも無事である。
「なーんてね。今の私にそこまでの力はない。今のはクラススキルだよ。私ってば『アイドル』のクラスだから。貴方の目に映る、ステージ上の私は、どのように貴方を虜にしていたのかな?」
「ふふ、それはそれは、素敵なダンスだったわね。」
「もう貴方は、私のいる場所で空を飛ぶことは出来ない。そうなれば、別に私にとって貴方はどうでもいい。ヒトの営みに興味はありませんから。」
「あら、見逃してくれるのね。有難いことだわ。」
ショーンは小刻みに震える己のデバイスを手に取った。
彼の同僚から、アヘルへの緊急帰還の伝達が来ている。
暴徒の鎮圧、だそうだが、ヴェノムたちの多くは出払っており、沼御前も何故か開発都市第六区へ出払ったらしい。
彼はツキに敗北を認めつつ、撤収する決断をする。
「さてと、あとはツヴァイ?になったシュランツァちゃんだけど……まだ生きているかしら?」
ツキのいる前で、ショーンはサンコレアマル内部に戻って行った。
ツキは翼を折った満足感で、鼻歌を歌い、その場を去った。
※
そして闘技場。
ツヴァイへの進化が叶ってから、既に十分あまりが経過している。
彼女は奇跡的に生存していた。だが、全力を出すフゴウに、何故か押されている。
実際のところ、彼女は時間が経てば経つほどに、消耗している。既に彼女の一振り一振りは、三流英霊と同等の攻撃まで成り下がった。
フゴウは最初こそ圧倒的な戦闘力に押されていたものの、黄金を用いたトリッキーな戦術によりシュランツァを翻弄し、体力を極限まで消耗させた。
そして彼は、息を切らしながら、遂に武器を手放した。シュランツァを説得するなら、今が最後のチャンスなのだ。
もし彼女をこのまま放置すれば、彼女は本当に死んでしまう。
「るる子、もう、辞めよう。」
「あ…………?」
「頼む、るる子、我はそなたを失いたくない。」
「五月蠅ぇ、もう、何だっていい、アタシはてめぇを殺す、絶対に。」
シュランツァはそう言って、一歩踏み出そうとするが、ここで魂が抜けたかのように倒れ込んだ。
ツヴァイでい続ける代償が払われるのだ。もう立っていることすら、ままならないだろう。
「るる子!」
フゴウは走り近付いていく。
だが、シュランツァはそんな彼を嘲笑った。
確かに本気を出したフゴウは強敵だった。だが、彼女の作戦通り、物事は動いた。
彼女はヘラクレスの権能を発揮する。
『十二の試練(ゴッドハンド)』
それは英雄ヘラクレスの神話。
十二の試練に耐え抜き、不死になったとされる伝承の再現。
彼女の肉体は見る見るうちに回復する。
彼女の狙いは、自らの死のリミットを見極め、それをこの宝具で覆すこと。
そして、それまでに受け続けてきたダメージ全てをスパルタクスの権能で、魔力に変換すること。
これにより、シュランツァはヴェノムとして真に覚醒できる。
フゴウと互角に渡り合ったことには、意味があった。
強力な二騎の英霊の力を自在に使いこなす。
———ザー様、やったぜ、アタシ、強くなれた。
シュランツァの目には涙が浮かんでいた。
これまで受けた恩を、ようやく返すことが出来る。
だが、そのときだった。
彼女の身体に異変が起きる。
全身の血管という血管が破裂した。彼女は全身から血を噴き出しながら、その場に倒れ込む。
「るる子!?」
一体何が起きたのか。
一度は再生された筈の肉体が、言う事を聞かない。
徐々にひび割れ、崩壊していく。
フゴウが駆け寄ろうとしたその時、二人の間を割って入った男がいた。
つい先ほど、ツキにしてやられたショーンが、シュランツァの開けた結界穴から闘技場へ侵入した。
そしてシュランツァをそっと抱き締める。
「もう、シュランツァちゃん、言ったじゃない。それを使ったら、帰って来れなくなるって!」
「ショー……ン、アスクレ……ピオスの……力で……」
「十二の試練は無理よ。今のシュランツァちゃんはね、一度死んで、ゾンビになったようなものなの!身体は治療できても、いずれ心は消え去っちゃうわ!」
ショーンはシュランツァを抱き締める。
同じヴェノムサーヴァント、そして、アンプルの重ね掛けが出来る特異体質の女の子。その命がいま、消えようとしている。
「わたくし、寂しいって言ったわよね!大切な実験動物(シュランツァ)ちゃんが死んじゃうなんて!」
「え……?」
そのとき。
シュランツァにとって、信じられないことが起きた。
彼女を抱き留めるショーンが、その首元に、新しいアンプルを投与した。
それも一つでは無い。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、アンプルを注入する。
「ショ…………てめ……………」
「わたくしずっと気になっていたの。特異体質の貴方が、『どれだけのアンプルを同時併用できるのか』ってね。十二の試練なんてして、適当にくたばるのも、アレじゃない?なら、第三区民皆殺してから死になさい?」
「ふざ…………ける……………」
「大真面目よ。主も、それが気になるから、貴方というお荷物ちゃんを拾って来たんですもの、ねぇ?」
「え………………?」
そうして、ショーンはシュランツァを放置し、どこかへと消え去った。
彼はもう、第三区へは戻って来ないだろう。
そして唖然としたフゴウは、意識を取り戻し、シュランツァへ駆け寄ろうとする。
だが、時すでに遅し。
シュランツァは、膨張した。
〈データローディングは〇〇でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムセイバー』:『ランスロット』『スカンデルベグ』『シュヴァリエ・デオン』『ラーマ』『李白』『水野勝成』『ラクシュミー・バーイー』『ローラン』『メアリー・リード』『マーハウス』現界します。〉
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
シュランツァの絶叫がこだました。
そして『疵獣の呻吟(ポイゾナス・ウォーモンガー)』と『十二の試練(ゴッドハンド)』により、死と再生、魔力が自動的に溜め込まれる彼女の肉体は瞬く間に破壊され、形容しがたき文字通りの『怪物』へと急成長する。
脳が潰されるその直前、シュランツァは、るる子は、か細い声を上げた。
その言葉はフゴウの耳に、確かに届いていた。
「助けて…………ムー兄………………」
だがそんな彼女の願いは虚しく。
彼女の目に映っていたのと同時刻に。
畦道るる子は絶命した。
「るる子ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!」
フゴウの伸ばした手は何も掴むことは出来ない。
そして恐怖に震える区民の前に、身長三メートルを超える、バケモノが生誕した。
『EEEEEEEEEEAAAOOOOOOOOO』
怪物は十二の目で観客とフゴウを捉えながら、ケタケタと嗤い出す。
革命軍に、もはや成す術はない、のかもしれない。
新たなるヴェノム、その名は『タイプキメラ』。全てを殺す悪意が生誕する。
【キングビー編⑨『エピソード:キメラ』 おわり】