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水なき荒野に、小さな波が押し寄せる。
魔力の渦が導き手となり、彼は第三区に帰還した。
最も、彼には『蘇る』意味もそのつもりも無かったが。
彼、ドン・フゴウこと『マンサ・ムーサ』が立ち尽くすその場所は、産業大橋の近隣であった。
「間桐桜…………」
彼にはなんとなく分かる。桜館長こと『メアリー・セレスト』は、きっとまだ生きている。
彼女の謎が解き明かされてなお、その権能を失ってなお、息をしているに違いない。
フゴウが一度桃源郷から退却し、彼女の本体に乗船したとき、そう思った。
謎多き迷宮事件の現場であるメアリー・セレストは人の思いと夢を運ぶ乗り物だった。
だから船体が血に塗れていようと、その船自体に一切の罪は無かった。
不遇な運命から怪物のように持て囃された彼女は、どこまでも純粋に海を泳いでいたのだと思う。
なら、彼女は迷宮入りの惨劇現場、血で染まった幽霊船というロールを捨て去り、ただの航海船に戻っていく。
幸い、オートマタでは無く人間そのものを媒介とした英霊召喚だ。彼女が肉体を手放さない限り、きっと彼女は、きっと。
「そうだ、皆は大丈夫なのだろうか?」
フゴウは今なお戦闘を続ける者たち、そしてサンコレアマルの区民たちに思いを馳せる。
だがまずは、すぐ傍のシェイクハンズへと急ぐ。
こんな状況であっても、麦蔵は留まっているだろう。
彼の身に危険が及ぶ前に、避難させなければ。
「あ」
フゴウはシェイクハンズの上で屈む麦蔵を見つけた。
予想通り、彼は今日もシェイクハンズを修復している。
ファフロツキーズの無差別攻撃を受け、橋はまた崩壊する一歩手前という状況。
麦蔵がいましていることは、無意味、無価値である。
「麦造!」
フゴウは彼に駆け寄った。
声をかけても、彼は振り向きもしない。
ただひたむきに、修繕工事に没頭する。
フゴウは彼の身体から止めどない血が漏れ出しているのに気付いた。
それだけに留まらず、光の粒子が零れ、空に帰っていく様子に、ただ絶句した。
麦蔵は、『浦島太郎』は、子ども達を守る為に、刃の雨をその身で受け止めた。
代償に、彼は死ぬ。誰にも看取られぬまま、孤独に。
ある意味、フゴウがこの場所に戻って来れたのは奇跡だったかもしれない。
もし黄金街道の前に姿を見せていたならば、彼もこの瞬間、戦闘の渦中であった筈だから。
「おい、麦造!ここから早く避難しろ!意味の無いことだ!」
「意味はある。」
「麦造!」
フゴウは彼の背を揺さぶる。
そしてようやく、彼は振り向いた。
その皺だらけの顔からは生気が消えている。死の一歩手前、生きているのがおかしいと思える衰弱具合だ。
フゴウは唇を噛み、涙を零す。
もう麦蔵は救われない。フゴウが来た時にはもう、手遅れだったのだ。
「おい、フゴウ、てめぇ、何故泣いている?」
「どうして、麦造、貴方がこうなってまで……どうして…………」
「ふざけるなよ、マンサ・ムーサ!」
麦蔵は持てる力の全てを使って、彼を突き飛ばした。
そして老体の身体から煙のように魔力が消失し、その場で蹲る。
「麦造!」
「てめぇに、涙を流す権利はねぇ!そうだろ!フゴウ!」
「っ!?」
「革命軍の分断も、戦争も、この状況も、全部てめぇが招いた結果だ!てめぇが泣いて詫びる相手は、俺じゃねぇ!これまで命を落としていった全ての人間、英霊たちだ!」
フゴウは苦しむ麦蔵にそれでも駆け寄った。
身体全体が蛍のように淡く光り、浦島太郎は十数秒後、オアシスから退却する。
フゴウは涙を流しながら、それを止めようと躍起になる。
だが、彼は無力だ。成す術がない。
「これを、てめぇに、渡しておくぜ。」
「これは……?」
麦蔵が手渡したのは黒い『玉手箱』。
フゴウはその箱の中身を知っている。浦島太郎の物語におけるパンドラボックス。それを開けたが最期、絶望の未来が待っている。
「富や名声、人格、その身形まで、人間ってのは不平等だ。だがな、唯一、『時間』は平等に、過ぎ去っていく。この箱にはな、革命軍の争いで死んでいった者たちの、本当は生きている筈だった時間が込められている。てめぇが奪った命そのものと言っていい。」
「我が、奪った、命」
「そうだ。怨念なんざ籠ってねぇ。ただ、時間、そのものが込められている。てめぇにその重みが分かるか?フゴウ。」
受け取ったその箱は、空気のように軽い。
だがフゴウには、とてつもなく、重く、感じられた。
取り返しのつかないことをしてしまった、フゴウは改めて自責の念に駆られた。
「麦造、我は、どう詫びればいい?この箱を開け、老いて、死を以て償えばいいのか?」
「馬鹿野郎が。てめぇは何も分かっちゃいない。壊すのはほんの一瞬、でも、積み上げるのは途方も無い時間が必要だ。てめぇは壊すだけ壊したんだろ、なら、今日から積み上げろ。その生涯を以て、命を懸けて積み上げろ。だから今日も……」
「今日も?」
「夢のライフライン……その傷を一つでも直していけ…………」
麦蔵は骨と血管の浮き出た手で、フゴウに工具を託す。
そしてその直後、肉体は解け、光の泡は天へと帰っていった。
もうこの桃源郷に彼はいない。
フゴウはその両手で必死に掴もうとするが、光の粒子はその指の間からすり抜けて行った。
「麦造!麦造!むぎぞおおおおおおお!」
もう何も、掴めはしない。
フゴウの犯した罪から派生した様々な事柄で、また一人、命が消えていく。
彼は嗚咽する。そして何処までも後悔する。
何故、アヘルに救いを求めたのか。
何故、一番身近にいたダイヤモンドダストの仲間たちを信頼しなかったのか。
何故、革命軍を信じられなかったのか。
こうしている間にも、きっと、人は死んでいく。
彼は黄金街道たちの元に急がねばならない。
手で涙を拭った彼は立ち上がる。そして、この橋から離れようとする。
だが、何かに袖を引かれた。
誰でも無い。彼の思いそのものが踏み止まらせた。
「いいか、マンサ・ムーサ。『毎日』だ。どれだけ忙しくとも、『毎日』ここに来い。そして必ず、たった一つでも、傷を修復して行け。俺が納得するまで欠かすこと無く。」
麦造、戦争を目の当たりにし、人々の愚かさに辟易し、独り産業大橋の修繕を試みる男。
浦島太郎は、このシェイクハンズに何を見出したのだろう。
これはただの『橋』だ。
第三区と第四区を繋ぐことを想定された、ただの道だ。
既に崩壊したライフラインを守る意味とは何だったのか。
「毎日、一つ、直していく。」
ファフロツキーズの無差別砲撃はこれからも続く。
果たして意味はあるのか。
だが、フゴウは託された工具を握り締め、屈んだ。
そして戦闘を彼らに任せ、己は修繕作業に入る。
「意味なんて、無いのだ。無くたっていい!」
麦蔵の死は、ただの犠牲などでは無い。
この人々の希望、そのものへの『献身』なのだ。
ならば託されたフゴウは、継がなければならない。
ドン・フゴウが絶望する未来は、あってはならない。
誰に石を投げられようと、愚かに、愚直に、積み上げていく。
遺された者にはその義務があるのだから。
その豪華な衣服を泥と粉塵で汚しながら、彼はその腕を動かし続ける。
【キングビー編⑬『エピソード:ゴールデン』】
ガイアの抑止力『ファフロツキーズ』。
世界の終末装置として存在する彼女だが、ファフロツキーズ現象そのものが国を滅ぼした前例はない。
これまでの歴史から鑑みても、雨、雪、隕石の類による滅亡は数知れず、だが、通常落下しない筈の物体の降下現象こそツキの本懐であることから、人々に混沌を齎しつつも、大量殺戮とまでは発展しなかった。
だが、もし、とある『超常現象』が、彼女の能力と紐づけられていたならば。
鳥の大群、ウォータースパウト、ありとあらゆる点から現象の説明を行うが、例えば『ヨロの奇跡』のような、現代においても究明できていない事柄は見られる。
もし、『物体の落下現象』だけでなく、『物体の浮遊現象』もまた、ツキのスキルの一部と仮定したなら、そこには、ファフロツキーズとは無縁の、無縁である筈の、歴史的怪事件の数々が関連性を帯びる。
それは『テレポーテーション』。
空間の飛び越え、空間置換、高速移動、様々な要素が複雑に絡み合い発生する、物体の瞬間移動現象。
ある地点に存在する物体に、何らかの魔術的アプローチがかかり、それは光のような速さで空へと打ち上がる。
そして効力が消えた塊は、重力のかかる方向へベクトル移動を開始する。
この世界においては、それは地上への落下そのものである。
いま、第三区の空にて、多量の血液を噴射する彼女は、己の能力全てを行使できている訳では無い。
災害のライダーによる弱体化以前に、彼女は自身のことを全く理解できていない。
この千年という歴史を辿った桃源郷に比べ、シェイクハンズの悪夢で誕生した彼女は赤子のようなものだ。かつての戦いにおいては、防衛本能すら備わっていなかった。
逆説的に言えば、まだ成長の余地があるということでもある。
「私は…………」
身体を焼かれ、自由を奪われ、その胸を矢で射抜かれた彼女は、自問自答を繰り返す。
オアシスのリセッターとして誕生した彼女には、役割はあれど、理由が存在しなかった。
ただ不幸を齎す悪逆であれば良かった。彼女は奇跡の雨を降らせ、人々に崇められたこともある。
現象それ自体に、善も悪も無い。だが、大義が与えられると、半ば混乱する。
それはツキを縛る鎖だ。
何故、世界を滅ぼさなくてはならない?
『偶像』というクラスに当てはめられた彼女は、自己矛盾に陥っていた。
「アサシン、貴方は『アイドル』というクラスにて現界した抑止力。これは一見、矛盾しているように思えるが、そうではありません。」
クロノの言葉が想起される。
彼の立案した『救済』のプランは、彼女の存在を見事に組み込んだものであった。
「アイドルとは、人々を魅了する者。崇拝の対象となる者です。貴方はこれから、多くに好かれ、多くに憎まれ、多くの心を揺り動かします。でもそれで良い。通常の聖杯戦争は秘匿されていますが、この革命聖杯戦争は祭りそのものですから。舞台上で舞い踊るメインアクトレスは必要でしょう。」
彼の言の葉には、感情が籠っていないように思える。
そのコールタールのような黒い眼がどうしても好きになれない。
ツキはそのことを正直に伝えた。
「この目の色、ですか?あぁ、生まれつきです。私は、ほら、『セミの抜け殻』ですし。色彩が伴わないのは、当然のことですよ。」
彼はその指で、クリスタルのように輝く魔眼を転がしていた。これは彼には扱えないものだ。
ツキは彼から全てを聞いていた。彼が何者であるか、そして、何を成し遂げようとしているか。
彼女は、彼の為にその力を振るう訳では無い。生きる為だ。僅かばかりの時を、己の意思のままに。
それには彼も納得している。それどころか、彼が、そう強く願っていた。
どうして、そう口から漏れ出そうになる。
彼がどこまでも冷徹であれば良かった。でも違う。
言峰クロノは、人間だった。血も涙も、そこにはあったのだ。
彼の苦しみを理解できるものはオアシスにはいない。彼女もまた、それに寄り添うことは出来ない。
彼はよく、『救済』という言葉を用いるが、それは嘘だ。
彼はどのような結果になろうとも、救われない。
もしツキが、彼の行動そのものに名前を付けるのであれば、それは────
「『献身』」
そしてツキは走馬灯のような夢から覚める。
己の役割を思い出すのだ。
彼女は桃源郷の抑止力『ファフロツキーズ』。
そして第三区きっての人気アイドル。
ならば、彼女は胸を張って、その命を使い尽くそう。
その八割は己の生の為に、後の二割は、あの男の為に。
再び、空の高みへと昇っていくファフロツキーズ。
彼女は特殊言語で吠え続ける。誰もその言葉を理解できない。
そしてその黄金色の手を大きく開き、掌中央に備わったオーナメントから、青い粒子を放出した。
それらが第三区へと降り注ぐ。雪のようにしんしんと、静かに、儚げに。
サンコレアマル外から防衛ラインを張る災害のランサーは、危険を察知し、それを燃やし尽くした。
だが、外にいる巧一朗や革命軍たちは、何故かこの時、身動きを取ることが出来なかった。
魅了されているのか、ツキの美しさに目を奪われていたのだ。
そして作業に没頭し、奇跡的に粒子に当たらなかったフゴウや芸達者、負傷し屋内に留まっていた黄金街道を除き、皆がこの光に触れた。
宝石の輝きに心を奪われる少女のように、小さな蛍火に手を伸ばしたのだ。
その刹那、被弾した者たちは、肉体の自由を奪われる。
巧一朗、ガラシャ、ダスト、ダイダロスの忠告が耳を通り過ぎたペルディクス、そして闘技場の外へ逃げようとしていた一部区民たちが空へと急激に浮上する。ロケットエンジンを積んでいるかのように、空へと放り投げだされた。さながら遊園地のフリーウォール、ドロップタワー系アトラクションのようだ。
そして一度、空中に静止する。彼らはここで意識を取り戻し、自らの置かれた状況を把握した。
『瞬間移動(テレポーテーション)』
ツキに備わったその力が、限定的とは言えど、確かに発動したのだ。
「こ、巧一朗!ダストォォオ!」
「ガラシャ様!」
黄金街道と芸達者は、仲間たちの身に起きていることを理解する。
そして想定される事態もまた。
巧一朗は即座に敵の攻撃であると判断し、ペルディクスに声をかけた。
彼女の翼であれば、このあと『落下』したとしても、助けられるかもしれない。
だが、彼女は首を振る。いま、宙に投げ出されたのは総勢二十人余り。彼女が抱えて飛べるのは、精々大人二人分だ。
多くは、助からない。下で英霊たちが受け止める以外に方法は無かった。
ツキは口角を歪ませる。そしてその両手を振り下ろした。
時間差で、浮かんだ者たちは、次々と落下していく。それも通常の速度では無い。これもまた、加速装置が内蔵されているかのような、尋常では無いスピードである。
最初の犠牲者は、区民の男であった。専属従者のいない彼は、受け止めてくれる者がいない。
金縛りに遭ったように動けないペルディクスは、彼が落ちるのをただ見ているしかなかった。
「いやぁあああああああああああ!」
上空で固定された第三区民の女の絶叫がこだまする。
この空からも、ぎりぎり見ることが出来る。男が落ちて行ったその先で、赤の液体が広がっていた。
皆が思わず目を逸らす。
「ペルディクス!」
「く、くそ、どうにか、動ければ!」
〈無理だ。落下が始まるまでは、肉体は固定されている。奴め、『CUBE』を見て、学習したな。とりあえず巧一朗と革命軍の命を優先しろ。我々に第三区民を救う手立てはない。〉
ダイダロスの言葉通りである。
先程絶叫していた女は、悲痛な叫び声と共に落ちて行った。
彼女を救うサーヴァントが現れたのも束の間、その落下した先で、英霊共々潰されている。
必殺級宝具が降り注ぐように、射出された人々はツキの宝具『怪雨』の恩恵を受け、他者を殺戮する為の兵器と成り果てている。落下してくる人間そのものが心臓を射抜く弾丸なのだ。
着弾前に加速する性質から、下にいるサーヴァントに着地を任せるのは難しい。やはり空中で誰かが受け止めなければならない。
巧一朗の身体からは、既に源頼光が消滅している。一人で何とか生き延びる術は見当たらなかった。
そして彼が考えあぐねている間にも、人々は墜落した衝撃で肉塊となっていった。
「くそ!」
「巧一朗!」
ついに巧一朗の番がやって来た。
彼とダスト、そしてガラシャが同時に金縛り状態から解放される。
そしてどこまでも落ちていく。高所恐怖症では無い彼も、トラウマになり兼ねなかった。
最期に解放されたのはペルディクス。彼女は風を切り、戦闘機のスピードで彼と、ダストを拾い上げた。
二人はペルディクスの屈強な腕に抱かれ、何とか生還する。
だがあと一人、細川ガラシャだけが間に合わない。
実は、ガラシャは落ちる前に、ペルディクスへ合図を送っていた。
光の粒子が漏れ出る彼女は、もう長くはない。
ここでツキにより葬られたとしても、一度は失われた命、問題は無いと判断した。
彼女を構成するオートマタが例え砕け散ろうと、構わない。
果心居士はたまらず走り出すが、落下地点には間に合わないだろう。
「ガラシャ様!」
「ガラシャ!」
黄金街道も傷口を抑えながら、叫んだ。
ハンドスペードを引っ掻き回し、最期には全てを失った愚かなる王。
けれど、それでもここにいる者たちは彼女を憎むことが出来なかった。
タイプキメラを止める為に、命を差し出したからだろうか。
はたまた、彼女の美しさに心を震わせていたからだろうか。
人間も、英霊も、都合の良い生き物だと、ガラシャは思う。彼女は彼女自身で己の犯した罪を認めている。
「ここが、終着点」
彼女は結局のところ、この第三区に寄与できただろうか。
何かを成すことが、出来たのだろうか。
分からない。何も、分からない。
「ガラシャ様!ガラシャ様!」
果心居士は走る。
彼にとって誰の命よりも大事な、ある意味家族同然の少女。
老兵より先に、桃源郷より退却しようとしている。
爺と呼ばれた彼には、これが許容できない。同じ英霊であったとしても、だ。
『絡繰幻法────』
彼は両手で印を結ぶ。
彼の召喚する式神達であれば、彼より先に動き、ガラシャを受け止めることが出来るかもしれない。
だがそのとき、彼が宝具の名を叫ぶ、刹那。
彼の頭上を、巨大な影が横切った。
轟音と共に、『何か』が飛び去っていく。果心居士はその影を誰よりも詳しく知っていた。
だが何故?
彼の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。
もはやそれはこのオアシスに存在しない筈、それどころか、あの男が、いる理由が全くもって分からない。
果心居士同様に、黄金街道や、巧一朗たちも、巨大な機体のフライトをその目で捉えた。
ガラシャの落下する方向へ向けて、真っ直ぐ、ただ突き進む。
それは救いの手か、はたまた、彼女にとっての災いか。
「あ」
ガラシャもまた、自分の元へと飛んでくる機体を目の当たりにした。
そして次の瞬間には、彼女はその無機質な腕に抱きかかえられていた。
有り得ない程に優しく、鋭い腕と爪が少女の柔肌を保護している。
今にもパーツが零れ落ちそうな鎧を、がたがたと震わせながら、空を往く。
ここでファフロツキーズはようやく、その影を見た。
唇を噛み、眉間に皺をよせ、不快感を露わにする。
何故、何故、何故
可笑しい、有り得ない、生きている筈が無い。
否、たとえ生き延びていたとしても、その行動は有り得ない。
それはツキだけでなく、『彼』を知る全ての者達が、同様に感じたことだった。
第三区の空に、白き竜が飛んでいる。
それはハンドスペードが、果心居士が用意した決戦兵器。
白き竜の外装。後に、ガラシャの手で『彼』に渡されたもの。
当然、この竜の鎧を纏っているのは、紛れも無い本人だ。
「どうして…………?」
ガラシャは彼に尋ねた。
彼は、ガラシャを殺そうとしていた。だが、欠地王ジョンに阻まれ、どこかへと消え去った。
生に執着し、気ままに壊し、殺し、遊び尽くした『災害』は、いま一人の少女を救う為、空を飛んでいる。
全くもって理解できることでは無い。
「クソ、クソ、クソ!俺に聞くんじゃねぇよクソアマ!俺だって、理解出来ねぇよ!」
彼は死ぬ寸前だった。
ファフロツキーズが空を舞う姿を捉え、己の無力さを痛感していた。
だが人類がどうなったとて、彼には関係ない。彼が守るべき命など、この世には一つも存在しない。
だが、そんな彼は、メアリー・セレスト号の奇跡により帰還した、ガラシャを目撃した。
彼女はたしか、既に死んだはずだ。ゾンビのように舞い戻り、怨念を吐くわけでも無く、人類の為に戦おうとした。
全く意味が分からない。そこまでするメリットはどこにあるというのだ。
彼女は死ぬ。確実に死ぬ。無意味に、無価値に、死んでいくだけだ。
だが、それでもと、立ち上がる。これが彼には全く理解できない。
欠地王もそうだ。無意味、無価値な王政の末、ただの愚か者の女の為に、その命を投げうった。
くだらない、心底くだらない。
だが、彼は同時にこうも感じた。
もし、仮に、彼が最期の力を振り絞れば、その先にはどのような景色が広がっているのだろうか、と。
都合よく、ガラシャとの契約も思い出していた。
彼女の地位と、名誉と、性を捧げ、その代わりに、災害がハンドスペードを守護すると。未知なる脅威を排除すると。
守る価値の無い約束だったが、彼の中で気が変わった。
彼は『男は無視し、女を救う』を座右の銘としている。
女との約束を守る方が、実に人間らしいでは無いか。
「災害の…………アーチャー…………」
「ちげぇ、俺は災害として、てめぇを救った訳じゃねぇ。俺は『シグベルト』として、いま空を飛んでいるんだ、クソ間抜け。」
「ありがとう……ございます……」
「ちっ、飛ばすぞ、精々舌を噛まねぇように、気を付けやがれ!」
ファフロツキーズは怒りのあまり、バルムンクの雨を何度でも降らせる。
ダイダロスの翼のように、攻撃を回避する術を持たない。故に、彼の手により一度修復された果心礼装は、あっという間に鉄くずとなっていく。
だがシグベルトはガラシャを無事生還させるまで、決して堕ちない。どれだけ射抜かれようと、その腕は彼女を守り続ける。
「シグベルト!」
「やめろ、てめぇの声は癪に障る。余計な心配するんじゃねぇ!」
「ですが、もう!」
鎧はもう限界だ。
粉々に砕けたパーツと共に、彼は落ちていく。
だが何とか、ガラシャを地上へと送り届けることが出来た。
もし一秒でも遅れていれば、彼女は死んでいただろう。
シグベルトは自分でも理解できぬまま、満足げな表情を浮かべている。
「シグベルト!」
ガラシャは彼の名を叫んだ。
彼女の目にははっきりと映っている。
災害のアーチャー、シグベルトの肉体から漏れ出す臓器。彼の命の終わりが。
全身から血を噴き出しながら、彼は彼女に微笑みかけた。
そして彼は地面に頭を打ち付けるその直前、失墜剣『バルムンク』を握り締めた。
「見せてやるぜ、災害として生きた俺の、最期の切り札を。」
まるで時が止まったようだ。
彼は一秒の世界で、もう一つの剣を呼び起こす。
魔剣『グラム』、それはシグルドの愛用する竜殺しの聖剣。
二つの剣を有するのは、彼が彼らのルーツであるからだ。
いま、二本の刃が交じり合い、一つになる。
シグベルトにはドラゴンスレイヤーとしての逸話は存在しない。
だが、絶対的な王としての、邪悪を打ち倒す一撃ならば!
ディートリヒに剣士で無いと吐き捨てられた『王』の、奇跡にも等しい投擲。
桃源郷の千年の歴史を経て進化した、克己災具、または、対邪竜ないし対邪悪特攻災具。
区民を守るという決意のもとに放たれる、最終奥義が、いま、炸裂する。
『幻想大剣・災禍執行(シグベルト・グラムンク)』
幻想大剣『グラムンク』
二つの聖剣が交わる、奇跡の災具。
シグベルトはこれを己の持てる全てを用いて投げつけた。
赤と青の交差する、破天荒な一閃。
全てを失い、愛することを忘れた哀れな獣による、闘魂絶技が空を砕いた。
そしてそれが、外れる訳も無く。
既に満身創痍のファフロツキーズを、確実に、射抜く。
その霊核ごと、破壊し尽くした。
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
彼女の、あまりにも悲痛な叫びが第三区中に轟いた。
シグベルトはその悲鳴を聞き届け、満足そうな表情を浮かべた。
───マナ、今度は逃げなかったよ。
もはや何も思い出せないが、彼は一言そう呟いた。
本能がそうさせたのだ。それはもう、彼にもどうしようもない。
ガラシャが彼の元に走って来るそのときにはもう、彼は絶命していた。
それも、笑顔のままで。
どこまでも痛烈に、自由に、気ままに、桃源郷を謳歌した災厄。
その最期は、酷く孤独なものである。
確かに彼は、悪逆非道であったかもしれない。
だが、シェイクハンズの悪夢において、多くの犠牲者を出しながら、それでも、抑止力に果敢に立ち向かった。
彼の全てを否定してはならないと、ガラシャは思った。
彼女は死んだ彼の手を取る。
冷たい肉体には、もう何も残されていない。
「シグベルト…………」
ガラシャはその場で彼に寄り添い続けた。
自分でも可笑しな感情だと認識していたが、それでも。
※
巧一朗、そして革命軍はようやく集結した。
サンコレアマルから駆けつけた医療チームにより手当てを受けた黄金街道とダスト。
果心居士はガラシャのことを思いつつ、大具足の補修作業を終えた。
ファフロツキーズは失墜したが、まだ油断はならない。
クロノが彼女の元に駆け付ける前に、その死を見届ける必要がある。
彼女が災具を受け、堕ちて行ったのは、産業大橋シェイクハンズの入口より三百メートル先の地点。
黄金街道とダストはファフロツキーズの元へと向かう。
「巧一朗」
「ペルディクス、空の上で会ったが、挨拶はまだだったな。第四区博物館の間桐巧一朗だ。」
「君のことは、同じ博物館のキャスターから聞いているわ。それで、彼女は?」
「今はいない。意味深なことだけ言い残してどこかに行ってしまった。事件の真相に辿り着いたようだが……」
「私が知っていることは全て話すわ。でも、今は私もダストに付いて行った方が良さそうね。」
「あぁ、頼む。」
頼光の力を失った巧一朗は、戦いには参加できない。
もしファフロツキーズがまだ生きていたなら、彼は人質にされるなど、足手まといになってしまうだろう。
悔しいが、今の彼は無力だ。
歯を食いしばる彼に、果心居士が肩を叩く。
巧一朗の気持ちを知ってか知らずか、ある提案を持ち掛けた。
「ダイヤモンドダストの兵器、人間の身体で、よくぞここまで戦い抜いた。老いぼれに労われても嬉しくはないでしょうが。」
「いや、貴方は素晴らしき英雄だ、果心居士。貴方のお陰で、俺はいまこうして戦えていると言っていい。」
巧一朗はその右足を見せる。
災害のアーチャーとの戦いで弾け飛んだ右足は、果心居士の礼装を縫合し、まるで元通りのようになっていた。
オリハルコンの肉体に違わぬ耐久性を持つ果心居士の技術力には度肝を抜かされる。
「まるで、本物の足のようですな。縫合魔術、これほどのものとは。」
「単純に、貴方の技術力のお陰だ。世界最高水準の金属と親和性があるとはな。」
「ふむ、成程。これならば、『託す』には相応しい。」
「託す?」
果心居士は先程まで修復していたグローブの決戦兵器『鬼熊野』を運び入れる。
だが巧一朗が知るそれとは異なり、かなり軽量化されている。
人が着る、鎧のサイズにまで縮小されていたのだ。
「グローブの兵器は、やはり、ファフロツキーズの攻撃で粉微塵になってしまっておりました。故に、パーツを流用し、儂がかつて造り上げたハンドスペードの兵器『竜鎧装』と同じ構造に仕立て直し、改めてその力を振るえるように致しました。」
巧一朗の男心がくすぐられるデザインである。
鬼夜叉のモチーフそのままに、竜の鎧に用いられた白亜の装甲も加えられ、強固な魔術礼装に作り替えられていた。
ハンドスペード、グローブ、二つの組織の二大決戦兵器、夢のコラボレーションである。
「果心礼装は並の人間、英霊には操れない。一癖も二癖もある絡繰ですからなぁ。ハンドスペードの者達ぐらいかと思ってはおりましたが、巧一朗殿、貴殿ならばこれを装着することが出来る。ダイヤモンドダストの決戦兵器、貴殿に託したい。」
「俺が、これを……」
「貴殿が革命軍ではないことは知っております。人間に背負わせていいことでも無いでしょう、それでも……」
「ありがとう、芸達者。そのコードネームはきっと貴方そのものだ。」
巧一朗は鬼熊野、改め、『鬼竜熊野』を装着する。
そして彼もまた、黄金街道たちに合流する決意を固めた。
彼はまだ戦える。第四区博物館の為に、そして、生きる意味を求める一人の少女の為に。
巧一朗は去り際に、果心居士の元へ振り返り、笑った。
「人間に背負わせていいことじゃない、けど、俺はただの『虫』だ。全て背負って重みに潰れても、きっと人類は幸せだ。」
果心居士の言葉はもう聞こえない。
どんな慰めもいらない。彼は彼の生を受け入れている。
過ちを重ねても、存在意味を失っても、
優しく抱き留めてくれるヒトがいた。その事実は変わらないのだから。
彼は飛んでいくペルディクスの後を追って、走り出した。
そして十数分後、彼らはツキの墜落したクレーターに達する。
腕があらぬ方向へと曲がり、その胸部より下は既に消失している。
霊核も破壊された彼女は虫の息だ。生きていることすら奇跡と言えるだろう。
「ファフロツキーズ……」
ダストはアイドルとして輝きを放っていた彼女を知っている。
だからこそ、醜く朽ち果てた彼女に、胸のざわめきが抑えられない。
本当の彼女はどちらなのだろうか。
世界の終末装置、その在り方は彼女の本心によるものなのか。
確かめたいと、そう思っていた。
だが、ダストが口を開く前に、それは否定される。
ツキは巧一朗たちを見て、嗤っていた。まるで己の勝利を確信しているように。
「革命聖杯戦争の参加者たちか。私の首を獲りに来たのだろう?一思いに殺すがいい。」
「クロノは、助けに来ないのか?あんたのマスターだろう?」
「助けに?アハハ!来る筈が無かろう!貴様らは何も気づいていない!揃いも揃って間抜け面だ!」
ファフロツキーズはひとしきり高笑いをした後、冷徹な表情へと戻る。
彼女に与えられた役割、もう全うしたつもりだが、癪に障るのは否めない。
最期、力を振り絞り、役割を果たそう。だが、同時にクロノへの嫌がらせも敢行しよう。
数多の妨害を経て、救済を成し遂げるならば、それもまた一興である。
「アタシらが何も気付いていないって、どういう?」
「言峰クロノは、ファフロツキーズを用いて、この桃源郷を滅ぼし、外の世界を守ろうとしていた、では無いのか?」
「ああ、全くの的外れだ。アタシに与えられた役割、それは」
ツキはシェイクハンズの悪夢、その当日の出来事を反芻する。
「人間風情が、私をコントロールできるとでも?」
「いえ。主従では無く、共闘、であるならば。私は貴方が万全に戦える舞台を整えます。貴方はそのとき、好きに暴れていい。暴れ回るその時期だけを、私に選ばせて欲しいのですよ。」
「暴れ回る、時期?」
「はい。第四区博物館が、『神殺し』を成した時に。恐らく、最初に命を落とす災害は『ダイダロス』でしょうから。私としては都合が良い。彼はこの箱舟の創造主ですから、目を付けられればゲームオーバーです。第四区博物館と彼の全面戦争が起こるその時を前に、私は博物館を離れます。」
「災害が少なくなれば、私を殺せる者が減る、と?」
「うん?」
「私の力を用いて、桃源郷を滅ぼすのだろう?」
「……勘違いをされているようですね。別にオアシスを滅ぼす気はありません。結果的に滅亡したとしても、変わらない。貴方の役割は…………」
ツキは驚き呆れる。
桃源郷の抑止力、災害へのカウンターそのものに、そのようなロールを与えてはならないだろう。
だが、あの男は、易々とそう言い放ったのだ。
ツキは閉じていた目を見開き、巧一朗に、革命軍に、クロノの言葉を語り聞かせた。
「ファフロツキーズに与えられた役割は『陽動』だ。クロノはもう、この第三区にはいない。」
巧一朗たちは絶句する。
彼女の言葉の意味が全く理解できない。
彼女は『陽動』と言った。一体何のために?
だが巧一朗には少しばかり、腑に落ちる点があった。
「クロノが何をしようとしているかは分からない、だけど、もし、革命聖杯戦争が、ファフロツキーズ顕現が、全て俺たちの目線を集中させるパフォーマンスであるならば、理解できることもある。そもそも、もし災害を打ち倒すためにROADを利用してツキを強化するならば、革命聖杯戦争なんて儀式はそもそも不要だ。何故なら、ダストも、黄金街道も、皆も、ROADによって呼び出されたサーヴァントでは無いのだから。必要な英霊を秘密裏に殺害し、器を満たせばいい。」
吉岡のときと同じだ。
コラプスエゴの霊基を育成するために残虐な事件を繰り広げていた、そのことはミスリードだった。
ただ強化する為ならば、殺害する相手を犯罪者に特定する理由はない。吉岡の目的は、犯罪者を裁くことにこそ、意味があった。
「俺を革命聖杯戦争に参加させたのも不可解だ。俺は仮にでもダイダロスを一度殺すに至った存在だ。ツキに対して、何らかの不利益を齎す方が大きいだろう。でも敢えて参戦させた。クロノへの注目を外すために……」
「どういうことだよ、巧一朗。」
「全てが『祭り』であり、『茶番劇』……なのか?一体、どういうことなんだ?」
混乱する巧一朗たちを見て、ツキはケラケラと笑う。
これはクロノへの明確な嫌がらせだ。彼が張り巡らせた完璧なプランを崩し得る情報を吐露する。
そして少しでも延命し、徐々に、肉体を回復させていく。
「加えて、もう一つ、ヒントを出してやろう。ほれ。」
ツキは巧一朗に向けて、あるものを投げつける。
それは通信用に特化したデバイスであった。
「クロノが使用していたものだ。懐からくすねてきた。通話履歴を見てみると良い。」
「クロノの……?」
彼は急ぎ、通話履歴を確認する。
そこには、何十件と、ある電話番号との通話履歴が残されていた。
最後の電話は、シュランツァがサンコレアマル闘技場で暴れ回っていた時刻。
巧一朗は急ぎ、電話の主を特定する。検索した結果、意外過ぎる名前が表示された。
「天還(あまつがえり)被害者の会」
黄金街道たちは頭に疑問符を浮かべている。そもそも、その組織を知らない、と言った顔だ。
巧一朗も詳しい訳では無い。天還祭とは、災害によって選ばれた老若男女数十名が、ヘヴンズゲートへ至るという、区民にとっての憧れの祭事。だが、博物館は彼らが過去に介入し、英霊と同じ所業を無名のままに代替することで、歴史そのものを変革している真相に辿り着いた。
「あ」
そういえば、と彼は思い出す。
マキリ・エラルドヴォールと初めて出会った日、天還の中止を訴える武装集団に襲われた。
エラルの魔眼により事なきを得たが、彼らが被害者の会の一員だったように思える。
何故かマキリに対しても強い怒りを抱いていた。災害との繋がりを陰謀論として唱えていた記憶がある。
「いや、待て、これが何だと言うんだ。」
「彼らは今、第五区にて、暴徒と化し、ヴェノムたちの手を煩わせているらしい。第三区に滞在していた者たちは、帰還しただろうな。当然、狙われているのは災害のアサシンの首だ。とてもでは無いが、動けまい。」
「第五区を……どうして……」
この瞬間、巧一朗の頭に、閃光が走った。
辿り着いてはいけない。でも、辿り着かなければならない。
災害のキャスターは死んだ。
災害のアーチャーもまた、死んだ。
災害のランサー、災害のライダーは抑止力を止める為に、第三区へ駆けつけた。
災害のバーサーカーは現在、第六区で暴れている。
災害のアサシンは第五区に留まっている。
ツキの言う、『陽動』という二文字。
キャスターが言い残した、『ROADが独立した魔力供給を可能とする』こと。
天還祭、過去への介入。
「まさか…………………………」
巧一朗は革命聖杯戦争、否、桃源郷同時多発テロ事件の真実を知った。
「まずいぞ、皆、ツキがROADを取り込んだのも、パフォーマンスの一環だ!彼女が飲み込んでいたのは偽物だった!」
抑止力は一切聖杯の力を頼ってはいなかった。それでいて、災害を凌駕する程に暴れ回っていたのだ。
多くの英霊たちにより、ようやくここまで至った。
だがツキは再び浮上する。絶望は何度でも、襲い来るのだ。
「隙を見せたな!革命軍!私は心臓を捥がれたぐらいで、死なない!あははははは!」
ツキの髪は二枚羽の翼へと変貌し、宙に飛び立つ。
このまま逃亡し、肉体の再生を行う。かつてのシェイクハンズの悪夢同様、生き延びる。
災害のいない第二区、または第四区へ向けて、飛行を開始した。
「く、ファフロツキーズ!」
「巧一朗様、いかが致しますか!?」
「クロノも止めなければまずいが、今はファフロツキーズだ!回復されたら、もう二度と彼女には勝てない!いまここで叩く!」
巧一朗はダスト、黄金街道、ペルディクスに拳を差し出す。
彼女らも彼の意思を汲み取り、拳を合わせた。
「巧一朗様。吾の最終奥義、吾の思いを全て、貴方様に託します。『雷上動』をお受け取り下さい。今の貴方ならば、引ける。」
「アタシには、暴れん坊なスーパーマシンがある。なんとビックリ、サイドカー付きだ。巧一朗、お前を射程距離まで連れて行くぜ。」
「私は、空からファフロツキーズの攻撃パターンを計算し、黄金街道に指示を出す。貴方達を彼女の雨から守るわ。」
各々が、自らの仕事をこなす。
巧一朗は、皆を信じ、そして、己を信じた。
既に頼光はいない。だが、果心居士の作り出した強化鎧装がある。
なら、雷上動を引ける。
「行こう、みんな!」
巧一朗の掛け声に、彼女らはおー!と口を揃えた。
ダストは己の宝具を起動する。枡花女として生きた証、夢世界にて伝説の弓を継承する絶技だ。
これを発動したが最期、彼女は桃源郷にてその役割を終える。だが、彼女はそれを誰にも伝えない。
巧一朗だけは、何となく、そのことを察していた。
だがその意志の強い眼を見て、止めることは出来なかった。
『文殊に捧ぐ、是は理を射抜く弓箭なれば、そのように放つべし』
「ダスト……」
巧一朗の目前に彼女は立った。
そしてその両手を優しく包み込む。
彼女自身が仄かな光に包まれ、継承の儀は執り行われる。
『多羅葉和合(もみじいろづく)』
ダストは目を瞑り、祈った。
この一週間あまりは、辛く、物悲しいことばかりだった。
でも、彼との出会いが、喜びや、楽しみを運んできてくれた。
多くの命が奪われた今、幸せだったなどと、口が裂けても言えない。
だが、もしこの瞬間の為にこれまでの人生があったならば────
「これ程、誇らしいことはありません。」
「ダスト…………」
巧一朗は確かに、雷上動と、水破、兵破を受け取った。
もうすでに、兵破は頼光と共に放ち、ツキを穿っている。
止めを刺すのは水破だ。彼はそれを強く握り締めた。
そしてダストは背中を見せる。彼に、消え去る瞬間を見られるわけにはいかない。
言い残す言葉を必死に思い浮かべるが、どうにもうまく纏まらなかった。
恋でも愛でもない、この感情は何なのだろう。彼に、どう感謝を伝えればいいだろう?
ストレートにありがとうと伝えるのは、少し憚られた。
「では、これにて、お別れです。巧一朗様、吾は────」
生きていて、良かった。
生まれてきて、良かった。
ただそれを伝えるだけなのに、唇は震えている。
だから、ダストはやはり振り返った。涙を目に溜めながら、彼の顔を見て、さよならをする為に。
「巧一朗様、吾は…………って」
彼女の前には、巨大モンスターマシン。黄金街道の愛用バイク『ゴールデンベアー号』。
そのサイドカーに巧一朗は乗り込んでいる。今にも出発する瞬間だった。
「あの、別れは……?」
「ダスト、お前も来い。まだ終わっていないぞ。」
「え、でも、吾は戦力不足というか足手まといというか!えっとえっと」
「行くぞ!」
巧一朗は彼女をサイドカーに乗せる。
黄金街道はにやりと笑みを浮かべると、エンジン音を吹かせた。
「黄金街道、ファフロツキーズは第二区、第四区の方角へと向かった。どう追いかける?」
「アタシらには、『切り札』があるだろう?夢のライフラインってやつが!」
「崩壊しているらしいが?」
「何とかなるって。ライダークラスのアタシに任せとけ。さぁ、行くぜ?」
そして暴走族のように轟音を伴いながら、ゴールデンベアー号は走り出す。
平行して、空を羽ばたくペルディクスは、敵の位置を捉えていた。
目標は既に数キロ先を往く、桃源郷の抑止力、ファフロツキーズ。
「さぁ行こうか、『シェイクハンズ』!」
ゴールデンベアー号は跳び上がり、産業大橋に無事着地した。
壁も障害物もない、一本道を大型二輪が前進する!
※
猛スピードで空を割るツキは、追跡者の存在に気付いた。
彼女は最後の宝具とばかりに、剣や槍、矢や爆弾、ありとあらゆる武器の豪雨を降らせる。
対象を破壊するに留まらず、産業大橋シェイクハンズ自体も、殲滅するつもりだ。
その魔の手は、ライフラインの入り口で作業するフゴウの元にも降り注ぐ。
彼は黄金の壁を乱立し、これを防ごうとするが、その圧倒的な物量に押しつぶされた。
つい今しがた修復していた箇所は、瓦礫の山と化した。
橋を支える支柱がひび割れ、シェイクハンズ自体が大きく傾き始める。
「あぁ」
フゴウは虚しさを感じていた。
麦蔵のやってきたことは、無駄だったのか。
革命軍として罪を償い、戦おうとしたフゴウは、やはり存在してはいけない英霊だったのか。
ナイフが全身に突き刺さり、痛み悶えながら、彼は「それでも」と食いしばる。
諦めたくなかった。
大いなる者に刈り取られ、無意味に、無価値に死んでいく。
フゴウはそれでも構わない。彼自身の罪であるから。
でも麦蔵は、巧一朗は、黄金街道は、ダストは、ガラシャは、果心居士は、ペルディクスは、マッチは、モグラは、チビは、違う筈だ。
藻搔いて、必死に藻搔いて、苦しんで、生きる意味を探している。
生きるその一瞬一瞬に、意味はあるのだ。
「我は……黄金王マンサ・ムーサだ!」
こんな所で、物語が終わって良い筈が無い。
黄金巡礼、彼らの黄金のような日々はこれからも続いていくのだ。
傾く橋に這いつくばりながら、その両手で、一歩、また一歩と進んでいく。
彼は麦蔵の言葉を思い出していた。
「いいか、マンサ・ムーサ。『毎日』だ。どれだけ忙しくとも、『毎日』ここに来い。そして必ず、たった一つでも、傷を修復して行け。俺が納得するまで欠かすこと無く。」
麦蔵はその命が尽きるまで、第三区の希望を守り続けた。
ならば、フゴウがやることはただ一つ。
「この開発都市第三区の為に、この夢の道を完成させる。」
彼はこれから、途方も無い時間を、この橋と過ごしていくだろう。
毎日訪れては、このライフラインを修復する。
時には一人で、時には仲間と。
そう、この決意は、未来の自分への『約束』だ。
もし、もしも、彼がその手を止めてしまったなら、奇跡は絶対に起こり得ない。
でも、その生涯をかけて、次世代に繋ぎ、ライフラインを築き上げたならば─────
「麦造、そなたは、この箱に絶望など残さなかった。我に希望を繋いでくれたのだな。」
フゴウは麦蔵から託された玉手箱を胸に抱き、そして、
それを開いた。
放たれたのは、白い煙。
この煙はフゴウと、そして、シェイクハンズ全体へと広がっていく。
この瞬間、フゴウは夢を見た。
彼は白い空間に佇んでいた。
手探りで前へと進む。
すると、走馬灯のように、思い出が駆け巡った。
だが、これは彼の知らない思い出だ。
その一つを手で掴む。
彼の手は筋肉が削げ落ち、骨と血管が浮かび上がった。
流れて来る記憶は、彼が明日、そのまた明日と、経験していく『時間』そのもの。
これを浴び、噛み締める中で、彼は次第に老いてゆく。
それはある春の出来事
〈フゴウ!今日もやってんなー!〉
〈お、マッチ、モグラ、チビか!丁度良かった!〉
〈丁度いい?〉
〈じゃじゃん!新しい工具だ!黄金製だぞ!〉
〈うーん、こういうのって、高い素材だと勿体なくないか?使い込んでこそ、だろうし。てか重いだろ、手が疲れる。〉
〈まじか〉
〈俺はいつものでいいよ、ほら、お前らも〉
〈僕は金色ので〉
〈まじかよチビ〉
〈そうかそうか、チビは黄金の良さが分かっているな!〉
〈おい、こいつ、フリマアプリに流してお小遣いを稼ごうとしているぞ!〉
〈したたか過ぎる!〉
それはある夏の出来事
〈────ということで、シェイクハンズ復興計画につきまして、皆様の協力を仰ぎたく……〉
〈馬鹿野郎!誰がてめぇみたいな裏切り者に金を出すかよ!〉
〈そうだ!この人殺し!〉
〈ちょ、みんな、アタシらは別に……〉
〈やめよ、金時。また、説明会を開きますので、何卒ご出席の程、宜しくお願いします!〉
〈おい、王サマ、そんな額を床に擦り付けて…………もう会議室に誰もいないぞ?〉
〈そうか、やはり難しいな。〉
〈ゆっくりやっていこうぜ!アタシも付いているからよ!〉
それはある秋の出来事
〈さて、今日もよろしく頼むぞ、お前達!〉
〈おーーー!〉
〈今日は金時も一緒だ、って、金時?〉
〈アタシの黄金改造まっしぐらだぜー!〉
〈おい馬鹿!黄金で塗装するな!いくら経費が掛かると!〉
〈あ、無くなった〉
〈ほら言わんこっちゃない〉
〈でも、ゴールデンな輝きが欲しいぜ!〉
〈金箔でも貼る?フゴウ〉
〈貼る訳無かろうが!〉
それはある冬の出来事
〈今日は流石に誰も来ないか……仕方あるまい、大雪の警報だからな。〉
〈うん?あれは、誰か来ているのか?〉
〈幼い出で立ちだが、身体つきはグラマラスな……もしや彼女は『細川ガラシャ』か?〉
〈はは、まさかな、彼女はもういまい。いたら亡霊だ。もしくは雪の精か……〉
〈え、違うよね?ね?〉
一つ一つ、記憶が彼の身体をすり抜けていく。
次第に時は流れ、彼の額に大きな皺が刻まれていった。
英霊は老いることがない。だが、玉手箱とは『そういうもの』だ。
また明日、そのまた明日、とても長い、あるいは一瞬の出来事が、向かい風のように彼の身体に吹き付け、通り過ぎる。
十年後
〈おい、モグラはどうした?〉
〈あー、あいつはいま俺たちにも手が負えなくてな。〉
〈反抗期、という奴か。〉
〈我が行こう。〉
〈あーダメダメ。あいつ、なんで自分には親がいねぇんだ、って拗ねてる。フゴウがいま行っても逆効果だよ。〉
〈そ、そうか…………〉
〈ま、暫くは橋に来れないけど、大丈夫だ。アイツ、フゴウのことは大好きだからよ。〉
〈それならば良いが……うーん。〉
二十年後
〈おい、フゴウ、何やってるんだよ!〉
〈モグラか?どうした?〉
〈どうしたもこうしたもねぇだろ!橋の修繕してる場合か!?今日はほら!〉
〈あ、〉
〈思い出したか!マッチの結婚式だよ!あんた父親なんだからしっかりしろよな!〉
〈そ、そうだな、すまん!〉
〈ほら、今日は区の復興会の皆さんに任せて、はやく着替えないと、それから、えっと〉
〈モグラ、そういえばそなたが友人代表スピーチを読むのであったな?〉
〈思い出させんな!緊張しているんだから!〉
三十年後
〈おぉ、来たか、チビ〉
〈やめてくださいよフゴウさん。僕にはもう……〉
〈あぁ、そうだったな。ようこそ、シェイクハンズへ。チビのチビさん!〉
〈うー〉
〈〇〇、この人が僕のお父さんだ。つまり君にとっては、おじいちゃんに当たる。〉
〈おじいちゃん、そうか、おじいちゃんか〉
〈どうしてショックを受けているんだ、フゴウさん?〉
六十年後
〈マッチ…………〉
〈フゴウ……か、今日は…………橋の……修復は……いいのか……?〉
〈あぁ、もう済ませてきた。完成間近だぞ?〉
〈そっか…………そりゃ……安心……〉
〈……っ、逝くな、マッチ。一緒に、完成を見届けよう、マッチ!〉
〈…………わるい……すまねぇな…………親父………………〉
〈おい、おいマッチ!おい!逝くな!おい!馬鹿野郎!マッチィィィイ!………………〉
八十年後
〈知ってる?〉
〈何が?〉
〈シェイクハンズの高架下にさ、ボロ家あるじゃん。〉
〈あー、誰も立ち入らない幽霊屋敷?〉
〈そこに、くたびれた服の男が住み着いているって噂!〉
〈今時第四区に出稼ぎに行けるんだから、好き好んでいるなんて、変わっているわね。〉
〈幽霊だって噂もあるよ。なんかボロボロだし。教科書に載ってた、大昔の事件の怨念かも!〉
〈まじ?こわっ!〉
多くの時を生きた。
その最期は、麦蔵の家で、油の刺されていない歯車が音を立てて止まり。
彼は孤独に、命を落とした。
「ああ、あああああ」
フゴウは思い出に手を伸ばし、泣いていた。
これから歩む、己の人生。
それは彼の目から見て
希望に、満ち溢れていたから。
「あああああああ!ああああああああああ!」
第三区の人々と異なり、彼だけは、彼の人生を歩む。
時の理から外れ、彼とシェイクハンズだけが別の世界線へと移行する。
いま公道を走る者たちに、そのことは悟られない。
故に、今もツキの攻撃に苦しめられる彼らは、シェイクハンズに起きた『奇跡』に、気付かなかった。
「何だ?」
巧一朗たち、そしてツキも、その異常に勘付いた。
今にも崩壊する筈のライフラインは、光を放ち、修復されていく。
「な、何故、どうして!?」
ツキは空の上からそれを確認し、慌てふためいた。
だが巧一朗や黄金街道は、『彼』の存在を悟った。
何故ならば、この橋はいま、黄金色に満ちているから。
ドン・フゴウの黄金巡礼。メッカへと至ったその軌跡が、いま、現実のものとなる。
「行けるな?黄金街道!」
「応さ、巧一朗、一気に行くぜ!」
シェイクハンズは黄金に輝きを放つ。
それはまさに『奇跡』だ。
空を飛ぶペルディクスも不敵な笑みを浮かべる。
そして、巧一朗とダスト、黄金街道は叫ばずにはいられない。
何度も口にした、もしくは、何度も耳にした、あの言葉を。
「吾らの」
「俺たちの」
「アタシらの」
彼らの呼吸が揃い、呼応するかのようにベアー号は最高速度を叩きだす!
「黄金街道、まっしぐらだ!!!」
【キングビー編⑬『エピソード:ゴールデン』 終わり】