Fate/relation   作:パープルハット

6 / 88
誤字等ございましたら連絡お願いします。
ぜひ観測者編からご一読ください。


幻視急行編1

【幻視急行編①】

 

「どうして、人を殺しちゃいけないの?」

 

私はその質問が大好きだ。

子どもの無邪気さで、自分より遥かに上の立場の大人たちを困らせる。

社会のルールとか、道徳とか、倫理とか、下らない回答で話題を突っぱねる。

精神論で語る人間もいたっけ。

私自身、その答えを知る訳でもないのに、まるで自分が人間心理を会得しているかのように優越感に浸る。

だって、大人が必ずしも子どもより賢い訳じゃないんだから。

そうして私はお父さんも、お母さんも、親戚のおじさんも、学校の先生も困らせてきた。

そしてそれは大人の階段を上り始めた今の私の問いでもある。

私はまたその永遠に解けない謎を吹っ掛けた。

 

「良かったよー美頼ちゃん。これ、お兄さんからのお小遣いね。」

 

汗で汚れたベッドの上で、裸体の中年男性が三万円を握らせてきた。

本日の出勤で出会った男は五人目、その中では一番値が低い。だが三万円が大金であることを知っている私はそれを快く受け取った。

 

「もー、木島さんったら。お兄さんって年齢でも無いでしょ?」

「ははは、美頼ちゃんは辛辣だねー」

 

私は今日初めて出会った男と軽いくちづけを交わす。部屋中が熱気と汗と性の匂いで充満している中、男の情欲は再びむくむくと膨れ上がった。

 

「美頼ちゃん、美頼ちゃんっ…」

 

男の手は自然と私の胸へと伸びる。三度ほど指のマッサージをさせた後に、その手を取り、指を絡めて制止させた。

 

「残念ながら時間です。またのご指名お待ちしております!」

「延長、延長は?」

「ごめんなさい。本日の営業時間は終了です。また、遊びに来てくださいね。待っていますから。」

 

私はいつもの制服姿に身を包むと、固定電話からフロントへと連絡を入れる。

だが男は一向に帰る気配を見せない。それどころか、電話を取る私の後ろに立ち、スカート越しに臀部を揉みしだいた。

男の興奮を肌で感じつつ、電話を切ると、私は冷めた口調で例の疑問をぶつけてみる。

 

「木島さん。どうして人間は人間を殺したら駄目なんだと思いますか?」

「なに、急に?」

「答えて。」

「…訳わからないこと言ってないでさ、金はあるから、ほら、ちょっとだけ延長頼むよ。ね?」

 

私は深いため息をつく。すると、私の今の気持ちを汲み取るかのように、男の背後から黒い影が伸びた。

影から這い出た鎖が男の腕を絡めとり、顔面に紫の液体を浴びせる。断末魔をあげる間もなく、男はベッドの上に倒れ込んだ。

気を失っている男の隣に優雅に座る黒髪の魔女こそ、私のサーヴァント。クラスはバーサーカーだが、意思疎通も普通に行える真っ当な従者である。勿論従者と言っても立場上は彼女の方が上、何故ならば彼女は生前女帝として国を治めていたからだ。

 

「バーサーカー、殺したの?」

「いや、奪ったのは彼奴の命では無く『性』 である。欲に駆られ、暴走することは無くなった。これからは仏門に入るように静かな生を謳歌するだろうよ。」

「そう、ここで殺したら私が犯人って分かっちゃうからね。」

 

私は大柄のスタッフ連中に寝静まった客を任せると、店の外に出る。

開発都市第二区歓楽街、ここはヒトの欲望と悪意が狂い咲く歪な世界。

以前、博物館のお仕事でこの場所の裏側を知った、だが何ら驚くべき点も無い。何故ならばこの地区に裏も表も真に存在していないから。

私はコートのポケットに両手を入れて、辺りの風景を観察した。女を連れ歩く恰幅の良い男がいると思えば、道の端で飢え死ぬ男もいる。まさに「混沌」と評するべき狂気の街。

しかし勿論、この街にも一つ、基礎となるテーマがある。

それは、「死」の許容であると私は考える。

この街では誰もが自由かつ平等に死ぬことが出来る。自らの意思で、或いは誰かの意思で。

世界でさえ、オアシスの他の全ての地区でさえ法で縛った「死」への制限を、この街は全て許容している。この第二区でのみ人は人を殺すことを、自らを殺すことを上から認められ行うことが出来るのだ。そのタブーを実現したのは管理者たる災害のアーチャー。彼が災害の中でもトップクラスの戦闘力を誇るからこそ実現できた理だ。最強と名高き災害のライダーでも迂闊に手を出せないのが、その強さを物語っている。そんな無法の街だが、こんなにも人通りが多いのは、誰もが「死」という概念に恐怖心を抱きつつも、それを甘美の味と認めているからだ。

 

「何故人を殺してはならないのか。貴様の疑問はこの街では無意味だな。」

「そうだね、バーサーカー。でも私が知りたいのはもっと根本的な部分。ルールがどうとかじゃなくて、道徳的な話だよ。」

「ふむ。それは些か難題が過ぎるのではないか?」

 

女帝であるバーサーカーはその答えを知っているように思えた。だから私は彼女にもその問いをぶつけてみる。

 

「答えは『成長』だ、美頼。」

「なにそれ?」

「人は地球に誕生して幾度となく傷つけ合い、殺し合ってきた。戦争がこの世から無くならないのは、人間もまた他の動物たちと同じ弱肉強食の輪に囚われているからだ。それは過去も現在も、そして未来もまた変わらない。だが、それを許容してしまうと、二千年以上の歴史を経てもヒトは成長していない、という証拠となってしまうだろう?」

「うん。」

「今を生きる貴様らは、自らを今までの人類で最も優れた個体だと信じたいのだ。動物の理を離れ、ヒトが如何に優れた存在であるか。如何に歴史を学び成長してきたか。神にでもなったつもりで、人自らがヒトを高尚なものと定義する。それが人を殺してはいけない理由なのではないか?」

 

私は彼女の言葉に同意する。だがバーサーカーの目に映る私は、納得のいかない顔をしていたようだ。

 

「美頼、貴様がその答えに辿り着くにはもう少し時間がかかるだろう。人が人を殺めることが何故禁忌であるか……誰かに正解を求めても貴様好みにはなるまい。」

 

また、はぐらかされた、と私は思う。

私自身そんなことには気付いている。哲学的問いに世界共通の正解を出すことは出来ない。様々な人間の考えを吸収し、自ら結論を用意する外ないのだと。

だがそれでも私は、無邪気に、残酷に、その問いを投げかけ続ける。

 

「さて、と。博物館に向かいますか。今日はコーイチローも出勤しているからね。」

「成程、どうりで今日は調子がいいのだな。」

「へへ、そうかな?」

 

私はデバイスを起動し、コーイチローに取り付けた小型機械から、彼の位置を特定する。今日は博物館で書類整理でもしているようだ。書庫に籠っていることが正確な位置情報から割り出せる。

コーイチローのサーヴァント、美人な白銀髪の少女は傍にいない。場合によっては殺すことも考えたけれど、彼が悲しむから一旦辞めておいた。だがもし彼女が彼を押し倒すことがあるならば、首を刎ねるつもりでいる。

 

「……好きなのか?美頼」

 

バーサーカーは私の思考を読み取るように問いかける。私は少し考えて、正直に告げた。

 

「好きだよ。彼を取り巻く全てを殺しちゃいたいくらいには、ね?」

 

私は第二区の守山駅に到着し、いつもの十六時発、第四区松坂行の急行列車を待つ。この時間は学校帰りの学生や、定時退社の社会人で溢れているが、ここ最近は座席シートに座れることも多い。

思えば、コーイチローとの出会いも、この急行列車だった。私はこの閉鎖的な空間で、彼と運命的な出会いを果たしたのだ。

私は思い出に浸りながら、急行列車に乗り込む。バーサーカーと共に空いた席に座り、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

二年前の話である。

美頼は歓楽街での仕事を終え、守山駅で一人、列車の到着を待っていた。

季節は冬、防寒具を身に纏いつつも、その手の震えは止まらない。彼女は暖を取る目的で、自動販売機でホットコーヒーを購入する。

以前まで苦くて嫌っていたコーヒーも、今は好んで飲むようになった。これが子どもから大人への成長か、と喜ぶのと同時に、幼い頃好んで食べていたメイプル漬けのホットケーキが遠ざかっていることに、どこか儚さを覚える。

彼女の母は料理が苦手だった。

倉谷重工の跡取り、一人娘して生誕した彼女には、汗と金属臭い父と、いつも笑顔を絶やさない母がいた。社長の娘と聞けば誰もが羨む勝ち馬であるが、経営難は当たり前、数名の従業員にご飯を食べさせるのが精一杯の弱小会社だ。貰えるお小遣いも友達より少なく、新しい服を買う余裕も無かったので、彼女は独自のアレンジで母のお古を最先端ファッションに作り変えてきた。

母が料理出来なかった為、美頼は独学でマスターする。中学に上がる頃には、従業員のお弁当を用意してあげられるほど著しく成長していた。彼女の母は我が子の努力する姿を、それはそれは嬉しそうに見つめていた。

美頼が料理を初めてキッカケは、母の作ったホットケーキだ。

三時のおやつにとよく出されたソレは、常に焼け焦げ、口に運ぶとしゃりしゃりとした音が鳴り、何より、頭が悪い程にメイプルまみれであった。美頼はこのホットケーキを食べて育ち、自分はこうはなりたくないと料理の勉強に励んだのである。

思い出すだけで胸やけがする。だがその味を忘れたくないと祈る気持ちがあるのも確かである。

美頼は二度と、そのホットケーキを食べることは出来ないのだから。

 

「はぁ」

 

吐息が白い煙のように空へ漏れ出した。自動販売機の前に立ち尽くし、コーヒーを口にすることも無く、茫然と煙の行く先を見つめている。

そんな彼女の後ろに人が立っている等気付きもしなかった。

 

「すみません。」

 

美頼が振り返ると、小銭を握り締めた茶髪の青年が訝しげに彼女を見つめていた。

 

「あ、ごめんなさい。」

 

美頼が横にずれると、青年は表情を変えぬまま、小銭を自動販売機に入れた。購入したのはメイプルレモネード。彼もまた温かな飲料で暖を取ろうとしていた。

美頼は常に自販機でコーヒーか炭酸飲料以外を購入しない。もし購入したドリンクが不味かったら、そんな気持ちが彼女の冒険心を封じ込めていた。幼少期であれば、彼が購入したメイプルレモネードも美味しく感じられたかもしれない。

 

「あの、俺に何か?」

「っ…いえ。」

 

知らないうちに美頼は青年の方を見つめてしまっていたようだ。視線を逸らし、彼から距離を取る。

彼女は携帯電話を取り出し、電車が来るまでブログの更新をするなどして待つことにした。彼女の務めている店の日記コーナーに、先程撮影した水着の写真を投稿する。暖房のきいた部屋だったとはいえ、流石にこの季節の水着は寒く感じられた。

先日投稿したメイド服の写真には、数十のコメントが書かれている。胸元を大胆に晒した衣装だったからか、男性からの反響が大きい。

美頼はその一つ一つに返信していく。どんな醜いコメントであろうと、彼女は感謝の文字を書き込むのだ。見てくれてありがとう、ぜひ遊びに来てね、と。

それは彼女に奉仕の精神があった為ではない。全ては金の為、今は亡き両親が背負った借金を叩き返す為だ。媚びることには慣れている、今までもそうやって生きてきた。優しさだけではどうにもならない現実を彼女は知っている。

 

「明日は、ギャル風メイクかな。」

 

彼女は溜息交じりに呟いた。ブログの更新を終えたと同時に、列車が駅に到着する。

今日はかなり混雑している。ただそれだけのことが彼女を更に憂鬱にさせるのだ。

 

幼い頃の美頼にとって、電車は万華鏡の様だった。

高速で駆け抜けて、次から次へとまだ見ぬ世界の広さを教えてくれる。靴を脱ぎ、車窓を覗き込めば、そこから先は彼女だけの時間。普段から元気が有り余っていた少女も、この時ばかりは落ち着きを取り戻す。大好きな父と母に挟まれて、彼女なりの観察日記を脳内に書き殴っていた。巨大なビルも、隣を走る電車も、高い鉄塔も、山も、空も、美頼を決して飽きさせない。次から次へと現れ、くるくると不思議な世界を見せる。だからこそ、彼女は思うのだ。何故大人たちはこの景色を知らず、下ばかり見て座っているのか。

それが大人になるという事なら、子どものままでいたいと願う。

美頼は携帯電話を弄りながら、吊革に摑まった。彼女は外の景色には目もくれず、ひたすらに美容の記事をスクロールしている。化粧品はより良いものを求めれば、それなりの金が必要となる。美こそ仕事に直結する彼女にとって死活問題だ。と言っても、百円ショップで手軽に行う美容動画には興味がない。出演しているタレントがブランド物を使用していることなど、知識が無くとも分かることだ。

あぁ、世の中は嘘だらけ

美頼自身もまた嘘で塗り固めた人生を送っている。だから誰かの嘘を否定することは出来ない。高校を卒業した後も、こうして学生服に身を包む。そうすれば喜ぶ人たちがいるからだ。年齢を偽り、写真は加工を重ね、思ってもみないことをぺらぺらと喋る。彼女が彼女として生きていくために必要なことだ。

彼女は深く溜息をつくと、携帯を鞄に仕舞い込んだ。

満員電車が右へ、左へ、揺れる。

美頼の後ろに立っていたスーツの男は、吊革に摑まっていなかったのか、彼女の肩を支えに踏み止まった。

 

「…」

 

男は急に触れたことへ謝罪しないどころか、有り得ぬ行動に出る。

彼は咄嗟に周囲を確認すると、美頼の背後にぴたりと貼りつき、彼女の腰の辺りを撫で始めた。

彼女は経験上、直ぐにそれが痴漢であると判断する。が、敢えて今は動かない。

背であればアクシデントと言い逃れられるかもしれない。男がその下に手を伸ばす瞬間を待つ。スカートの繊維が手に付着すれば、それが証拠になるからだ。彼女は不快感に身を震わせながら、その瞬間を待ち続けた。

いざとなれば、彼女の影に潜んだ魔女が、男の命を刈り取るであろう。

腰を撫でまわす男の鼻息が荒くなるのを感じ取った。彼の手は徐々に下がっていき、遂に美頼の臀部へと至った。慣れた手つきで指に力を入れる男に、これが初めてでは無いことを彼女は悟る。この男は恐らく過去にも、年端もいかない少女たちに乱暴を働いている。美頼は怒りに燃えつつ、男の腕を捕まえようと動いた。

が、その腕は既に何者かに捉えられていた。

 

「おい、アンタ。」

 

傍に立っていた茶髪の青年が、男の手首を捻り上げていた。

 

「痴漢だろ。」

 

あまりにも静かな声だが、青年の口から出たそのワードに、周りの乗客は一斉に注目した。痴漢行為に及んでいた男は余りにも多くの視線を浴びながら、額に脂汗を浮かべている。逃げようにも、ここは満員電車の中。周辺にいる全ての人間が男の敵である。

彼は自分が逃れられないことを悟り、諦めた。がっくりと項垂れると、次の駅で青年と共に下車し、呼ばれた駅員に連れて行かれることとなる。当然美頼も、そして青年も、警察からの事情聴取を受けることとなった。

そして彼女たちが解放されたのは陽が完全に落ちた後だった。美頼は感謝の意味も込めて、青年と近隣のファミリーレストランへ向かう。自分を守ってくれた騎士のような存在に心を躍らせながら。

 

「本当にいいのか?」

「勿論!これはおごりだよ。本当にありがとう。」

 

青年はメイプルチョコパフェを注文すると、スプーンでクリームを一気に掬い上げ、口いっぱいに頬張った。ハムスターのような食べ方に美頼はどこか愛おしさを感じる。ファミレスのスイーツをここまで美味しそうに食べる人間は彼が初めてかもしれない。

 

「あの、駅でメイプルレモネードを購入していたよね。ハチミツ好きなの?」

「メイプルは万能調味料だからな。」

「ふーん(万能調味料?)…。ちなみに名前は何て言うの?」

「……巧一朗。」

「へぇー~、コーイチローか。覚えた。素敵な名前!」

 

名前の他に、年齢や仕事、趣味や彼女の有無まで質問攻めの美頼に、巧一朗は辟易する。彼はパフェを食べ終わると、その分の代金をテーブルに残し立ち上がった。

 

「…よく知りもしない男に、執拗に関わろうとするな。勘違いをする奴も出てくるだろう。」

「コーイチローは勘違いしないの?」

 

上目遣いで見つめてくる美頼に対し、巧一朗は敢えて視線をずらす。座っている彼女は、胸元が大胆にも見えてしまっている。それを指摘するのも彼には野暮なことに思えた。

 

「…俺はお前を助けた訳じゃない。あの痴漢野郎を助けたんだ。お前、あの男を殺そうとしていただろ。」

 

巧一朗がそう告げると、美頼の目から光が消えた。彼は先程までぐいぐいと迫ってきていた少女の豹変ぶりにぎょっとする。

 

「お前のサーヴァント、オアシス式の疑似肉体を媒介とする英霊召喚の割に、霊体化に似たことが出来るんだな。さしずめ、お前の影の中に独自の世界を展開し、地上とのパスにして隠れているんだろう。」

 

巧一朗は美頼を影から守るサーヴァントの存在を見抜いていた。アサシンの気配遮断に近いが、彼女のサーヴァントはそもそも今このオアシスに実体が無い。だから僅かに残る残り香のような魔力を以て、その存在を容認する外ないのだ。人間の影に世界を構築するとは、かなり強力な英霊であることは間違いない。

美頼がバーサーカーへと合図を送ると、陽の当たらないはずの座席に黒の人影が伸び、彼女の隣に妖艶な黒髪の女が姿を現した。その端正に整った顔はこの世のものとは思えぬほどに美しい。

 

「霊体化という言葉を知っている時点で、コーイチローはホンモノの魔術師確定だね。」

「そういうお前も、魔術師なのか…?」

「美頼はただの一般人だ。魔術師の知識は我が授けた。そういう輩を殺したこともある。」

 

巧一朗はここで初めて、目の前にいる学生服の少女の名を知る。だが彼としては、今後一切の関りを持ちたくない。この少女は男を惑わす色香を振りまいているが、間違いなく、多くの人間を殺めている。彼女の意思か、はたまた女サーヴァントの意思か。

 

「あ、そうだ。コーイチローに一つ質問してもいいかな?」

「…何だ?」

「どうして、人を殺しちゃいけないんだと思う?」

 

美頼は幼い頃から好きだった問を投げかける。青年がどう答えるか、それを見極めるつもりである。

巧一朗は一瞬身構えるが、美頼の顔が思いのほか真剣であったが故に、彼なりの答えを用意してやることにした。

 

「じゃあ逆にお前は何で殺したら駄目だと捉えているんだ?」

「あーっ!質問を質問で返すのいけないんだー!」

「…殺したければ、殺せばいいじゃねえか。」

 

美頼が再度巧一朗の顔を見つめた時、その場にいた好青年は既にいなくなっていた。目の前にいるのは冷徹な瞳をした死神である。巧一朗もまた、修羅場なるものを潜り抜けてきた、美頼にとって彼は同族である。

 

「怖い顔だね、コーイチロー。」

「確かに法が、道徳学習が、人を殺害するのは悪だと定めているが、それは結局社会通念上のモノでしかない。自分という存在を失う覚悟が出来ているなら、殺してもいいんじゃないか。そういう質問をするってことは、単に興味本位か、お前にどうしても殺したい人間がいるかだ。」

「いる。いるよ。」

 

美頼の脳にこびり付いて離れない、惨劇の夜。母に向けてナイフを振り下ろす父の姿。優しかったはずの父の、狂気に支配された涙。そして、母を殺した後に、自らもその場で命を絶った瞬間。グロテスクで、バイオレンスで、忌々しい悪夢。美頼だけが助かった一家心中、その原因となった存在こそ、彼女が手を汚してでも奪いたい命である。

 

「なら、人の許しを請うな。お前が決めて、お前が殺せ。人道に反する癖に、人らしくあろうとするな。人を殺すからには、獣になれ。それがお前の質問に対する答えだ。」

 

巧一朗の答えは、彼自身への戒めでもある。彼がかつて聖杯戦争に参加した際に立てた誓い、それが殺した人間の顔と血の匂いを忘れないこと、奪った命を背負い、生きていくことだ。彼は不意に過去のことを思い出すが、目の前の話し相手のことを思い出し、我に返る。

美頼は自ら注文したホットコーヒーを飲み干し、にやけた顔を浮かべる。彼女にとって巧一朗の答えは気に入るものであったようだ。当然ながら彼の答えは質問の回答としては不誠実だが、素っ頓狂な美頼の問いかけにここまで真摯だったのは巧一朗が初めてである。

大人は誰しも逃げようとする、その前提が破られた瞬間であった。

 

「コーイチローのこと気になるかも。ね、連絡先教えてよ。どんな仕事しているのか、どんな趣味なのか、全部教えて欲しい。」

「教える訳が無いだろう。」

 

巧一朗はパフェを平らげると、千円札だけテーブルに残し、逃げるように立ち去った。宗教の勧誘より質の悪い相手に出会ってしまった、と彼の口から溜息が漏れる。念の為に遠回りをして博物館へ向かったが、既に美頼は彼のストーキングを開始していた。それもバーサーカーの影を使用した巧妙な手口である。見事、美頼は第四区博物館に辿り着き、後に裏稼業専門のスタッフに就任することとなった。

そして美頼は彼女自身の復讐劇を始めることにする。倉谷重工が開発したオートマタ技術の全てを大手企業アインツベルンに流した産業スパイ、和平 松彦(かずひら まつひこ)こそが、父と母を狂わせ、死に追いやった張本人である。彼女は博物館のデータベースを利用して、和平を葬る為のプランニングに勤しむようになっていくのだ。

 

 

「美頼」

 

バーサーカーの肩に頭を乗せ、眠りに落ちていた美頼は、彼女の声に目を覚ました。どうやら次の駅が終着駅、松坂である。

 

「あれ、私はいつの間に」

 

美頼は眠たい目を擦ると、無理矢理に脳を稼働させる。博物館へ行き、巧一朗の顔を拝みに行く途中である。彼女の腕時計の針は、ちょうど五の数字を刺していた。

 

「ありがとう、バーサーカー」

 

美頼は自らのサーヴァントに礼をする。バーサーカーは目を伏せたまま僅かに口角を上げた。

 

『次は松坂…松坂…終点です』

 

車内アナウンスが響き、乗り込んでいた皆が降車する準備に入る。美頼も顔を上げ、立ち上がろうとする。だが彼女の目の前に佇むスーツの女は、茫然と外の景色を眺めたまま、その場を動こうとしない。

美頼は女の顔を見た。疲れた目をしている赤髪の美人だが、その顔に見覚えがあった。

 

「もしかして、奈々良?」

 

女はハッとして美頼を見下ろした。高校時代の友人が、あの頃と同じ服に袖を通して座っている。幼い顔つきは五年前から変わらない。

 

「美頼…」

 

連絡を取り合わない旧友が、意外な形で再会したのである。

二人は久々の邂逅に盛り上がり、喫茶店で一時間ほど話し込んだ。奈々良は最初、美頼の奇天烈な格好に不信感を持っていたが、それも徐々に薄れていった。ファッションやメイク、好きな男の話で盛り上がった、あの頃の美頼と何ら変わらなかったからである。

 

「へぇ、あの第四区百貨店で働いているんだ。流石、奈々良はスマイル最高だからね。」

「よしてよ。言っても、ただのカスタマーサポートよ。鬱陶しいクレイマーの相手に連日かかりっきりで、もう疲れ切っちゃった。」

「あー、色んなお客さんがいるもんね。大変だろうな。」

「今はさ、どっちかって言うと、上司の方がね、ちょっと厄介。所謂、お局?的な。目を付けられちゃってさ。」

 

奈々良は酷く疲れた顔をしている。不眠症に悩まされ、大好きだった映画鑑賞も今は億劫だと話した。美頼は力になりたいと強く思ったが、彼女に出来ることは無いに等しい。だからこそ、偶にこうして話を聞くことに決めた。早速彼女は奈々良と連絡先をトレードする。

 

「なんか、美頼は変わらないね。勿論良い意味で。自分っていうのを持っているって言うかさ。凄いと思う。」

「そうかなぁ、でも奈々良が言うならきっとそうだね。でも奈々良だって変わらないよ。久しぶりに喋っても、優しい奈々良のままだった。」

「美頼…」

「私で良ければ、だけどさ。一緒に映画に行ったり、ショッピング行こうよ。電車で運命的な再会をしたのも、何かの縁って奴で。」

 

美頼は奈々良の手を両手で包み込むように握った。だが、奈々良は弾く様にその手を振り解く。

 

「よしてよ。高校の制服着た同い年と一緒に歩いていたら、私まで変な目で見られるでしょ。」

 

彼女は酷く冷たい目をしている。先程までの明るい奈々良はいなくなっていた。

 

「奈々良?」

「男と遊ぶのが仕事の貴女とは違うの。私には遊んでいる暇なんてない。」

 

奈々良は唖然とする美頼に対し捲し立てる。だが美頼の哀しい瞳を見て、我に返った。傷つけるつもりは無かったはずだ、だが彼女にはありのままに生きる美頼を受け入れることが出来なかった。

 

「ごめん、ごめんね。貴女は何も悪くない。私は、わたし…」

 

奈々良は店を飛び出した。美頼は彼女の瞳から零れ落ちる涙に気付き、急ぎ会計を済ませると、追いかけるように店を後にする。

だが時間差が生まれた結果、奈々良を見失ってしまう。

 

「奈々良…っ」

 

闇雲に探そうとする美頼を静止させるように、影に隠れていたバーサーカーが姿を現す。

 

「追ってどうする。あの女は貴様を拒絶した。関わり合う必要など無い。」

「…お父さんとお母さんが死んで、独りぼっちだった私の友達になってくれたのが奈々良だから。同じ道を歩くには不相応だって私から離れちゃったけど、もしいま奈々良が困っているなら助けたい。」

「ふむ、そうか。」

 

バーサーカーは奈々良が走り去った道を指し示す。彼女は消えた奈々良の影を捉え、追跡をかけていた。

 

「バーサーカー…なんて素敵なサーヴァント…」

「所かまわず抱き着くな、鬱陶しい。ほら、行くぞ。」

 

二人は奈々良が消えた先、かつて通っていた第四区南高校の方へ向かった。

 

奈々良は無我夢中で逃げた。情緒不安定な自分の所為で、大切な友人を傷つけてしまった。子どものような無邪気さで笑いかけてくれる美頼が眩しく思え、頑張って大人ぶろうとする自身に嫌気がさす。仕事で居場所を手に入れることが出来ず、プライベートでも孤独。それは全て自分が未熟な人間だから、と彼女は気付いている。だがそれを認めたくは無かった。認めれば、これまでの人生が否定されるような気がしたのだ。彼女はいつの間にか、かつて美頼と馬鹿な話に華を咲かせた、南高校の正門前に立っていた。息を整えながら、二人が昼食を共にした屋上の方を眺めた。そこに何もある筈はないのに、彼女の目には青春の日々が色濃く映し出される。

 

「美頼…」

 

学生たちは既に下校している。教職員はまだ仕事に励んでいるだろう。そこは奈々良が入ることを許されない場所であるが、彼女は何かに導かれるように正門に近付いて行く。

 

「おい、君。何をしている。」

 

だが、奈々良の突拍子もない行動は、警備を担当している男のサーヴァントに阻まれる。学生の安全を守るべく配備されたセイバークラスの英霊は、奈々良を取り押さえようとするが、過去に思いを馳せる彼女はサーヴァントを突き飛ばし、なおも欲望のままに突き進んだ。

 

「実力行使だ。」

 

セイバークラスの警備員は彼女の前方に回り込み、確保すべく立ち向かった。勿論、相手は一般人、軽度な怪我で済むように出力を調整して挑む。だがそれが失敗であった。奈々良の後ろから這い出た黒の念が実体を持ったように動き出し、警備員の両手両足を掴んで投げ飛ばす。彼は正門に身体を打ち付け、再起不能となった。

そしてそんな様子を遠くから走って追いかけてきた美頼とバーサーカーが目撃する。

 

「奈々良!」

「待て美頼。様子がおかしい。」

 

奈々良は虚ろな表情で美頼を見つめる。彼女の生気を吸うように、後ろに取り憑くのは怨霊の類。彼女が酷く疲れていたのも、この寄生虫のような存在が原因であったのだ。

 

「英霊の社会に生まれ落ちた、言わばバグのような存在だ。アレは生者に取り憑き、その血を啜る。壊しておいて損は無かろう。」

「でも、バーサーカー、奈々良にぴったり張り付いていて、引き剥がすのは難しそうだよ。」

「英霊に対して、奴らは人質無しでは戦う事すらままならんのさ。それだけに、厄介ではある。」

 

奈々良は美頼に一歩ずつ近付いて来る。彼女の後ろに付いた悪意の塊が、その四本の手で、バーサーカーを殺そうと殴り掛かった。

 

「なるごど、ただ力のある者に反応して攻撃してくる。理性すら墓場に置き去りか。」

「バーサーカー!」

 

振り下ろされた手をその身で受け止め、バーサーカーは地に転がった。美頼は駆け寄ろうとするが、彼女はそれを制止する。

 

「生憎だが美頼、我の能力は一つを除いて全て殺戮、強奪に特化している。彼奴を倒すことは簡単だが、貴様の友とやらもまた共に死ぬ運命にあるだろう。精神に触れただけで、いとも容易く壊れてしまいそうだ。」

「それは…それは駄目だよ。」

「だから仕方が無い。我の絶技の一つを使うぞ。良いな?」

 

頷く美頼を尻目に、バーサーカーは宝具を使用する。彼女からするとたかが弱小の悪霊程度に放つ力では無いが、美頼が救いたいと願う命であるならば、やむを得ない。彼女は右腕に付けた金の輪をちりんと鳴らすと、祈りを捧げるように、その場に蹲った。

彼女の周りが、徐々に光り輝く。それは美頼と、そして奈々良をも取り込むように伸びていく。

 

「白い…影…」

 

美頼は彼女の宝具を初めて目にする。それは黒一色のクールビューティーな姿からは想像できない程、淡く温かい光であった。

奈々良に取り憑いた怨霊は一瞬たじろぐが、改めてバーサーカーを殺そうと動き出した。

 

『我が願望は絶えず駆動する(イクイネン・ルオミネン)』

 

バーサーカーの発した光が辺り一面を包み込み、美頼は思わず目を伏せた。そして次に目を開けた瞬間、世界は生まれ変わる。

 

「え、なに、ここ」

 

美頼は目を丸くする。南高校も、それどころか、第四区すらもどこかへ消え去った。果ての無い領域で、天にまで伸びた機械の柱を中心に、世界が巨大なコンピュータに覆われている。それは超古代の遺産でありながら、近代的な装置。彼女はその景色を言葉に表すことが出来なかった。

 

「これは…バーサーカー、ここって…」

「固有結界、貴様に魅せるのは初めてだな。」

 

奈々良も、怨霊もまた、世界の変容に脳の処理が追い付いていない様子である。だが悪霊の動物的な本能が、目の前にいる黒髪の女を最大脅威に指定した。逃げなければ消される、だがこの世界に出口など用意されている筈もない。

 

「これって、バーサーカーの伝説の具現…?」

「そうだ。これこそが我のサンポ。願望器なぞ意味を為さぬ、支配者たる我の絶対的な権限である。」

 

バーサーカーはにやりと笑みを浮かべると、奈々良に向けて、光の刃を突き立てる。その剣は無限の鋳造機『サンポ』により生み出された新たな武器。バーサーカーがこの固有結界内に存在する限り、彼女の思い描くありとあらゆる願望が形となって鋳造される。いま創り上げたのは、少女と悪霊を分離し、悪霊のみを滅殺する剣。結界内に閉じ込めた相手を都合よく絶対的に滅ぼすことの出来る彼女の絶技だ。

 

「死にゆく者よ。我の名は『ロウヒ』。大魔女と謳われた、ポホヨラの皇帝である。我が手ずから殺してやる。光栄に思え。」

 

『カレワラ』で主人公たちの前に立ちふさがる、最強最悪の魔女。太陽と月すらも奪い、世界を混沌に陥れた正真正銘の悪女である。

世界が塗り替えられて僅か数十秒の内に敵は消滅した。正門の前で倒れた奈々良に、美頼は走り駆け寄る。

 

「奈々良!大丈夫?」

 

美頼に抱きかかえられた奈々良はゆっくりと目を開いた。この正門前で自らの意思が何者かに乗っ取られていたことを、彼女はハッキリと覚えている。突然のことで何が何やらといった様子だが、彼女を救ったのは他ならぬ美頼だ。彼女がサーヴァントの力で救い出してくれたのだ。

 

「弱った人間に取り憑く亡者の魂が貴様を蝕んでいた原因だ。そしてその邪魔者は我が分離し解体した。そら、肩が軽くなったろう。」

 

黒髪の美女に言われた通り奈々良は両肩を動かしてみる。すると、飛んで行ってしまいそうなほど軽く感じられた。

 

「奈々良はもう大丈夫。まだ現実の色々は解決してないけど、でも奈々良を苦しめていた物の一つはいなくなった。だから大丈夫だよ。一個一個、辛いことから解放されていこう。私も一緒だから、もう奈々良をひとりにはしないから。」

 

美頼はそっと奈々良を抱き締めた。

奈々良は苦しんでいた。美頼と疎遠になって、仕事一筋で生きて、多くを置き去りにして、そして結局何も残らない、そんな人生だと諦めていた。でも、偶然か必然か、かつての友と、電車の中で運命的な再会をした。まだ彼女には、青春を共に駆け抜けた、最高の親友が残されていたのだ。彼女は仕事のことなどどうでもよくなり、ただただ美頼の胸に顔を埋めて泣いた。この涙は悲しみから来るものでは無い。彼女が久しぶりに手に入れた、人のぬくもりである。

奈々良はひとしきり泣いた後、美頼の手を借りて立ち上がり、帰宅することにした。既に陽が落ち、近場の公園で遊んでいた子どもの声も聞こえなくなっている。二人は警備サーヴァントへ事の発端と突き飛ばしたことへの謝罪を示した。彼は学校に近付かないことを条件に、奈々良を許したのだった。

 

「奈々良」

「ありがと、美頼。頑張ってみるよ、私。凄く勇気もらえた。そして、ごめんなさい。酷いことを言ってしまって。」

「いいよ、全然大丈夫。」

「私ってばいつも美頼に助けられている気がするなぁ。また今度さ、今週の日曜日とか、もし空いていたら映画行こうよ。今日のお礼に奢るからさ。どうかな?」

「日曜日、空いている!行こ、一緒に!」

 

美頼は改めて、奈々良に向かって手を差し出した。奈々良は少し照れた後、その手をそっと握り締める。美頼は嬉しさのあまりブンブンと上下に振った。

 

「もー、痛いよ美頼。」

「日曜日、行こう!約束!」

 

そして二人は手を振り別れる。美頼から見て、奈々良の目には光が宿っているように感じた。

だから、だろうか。

翌日彼女はある知らせを聞き、凍り付いたように立ち尽くしてしまった。

 

―奈々良が、自ら命を絶ったのである。

 

                                【幻視急行編① 終わり】

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。