感想、誤字等あれば連絡お待ちしております。
開発都市第三区の希望、産業大橋『シェイクハンズ』。
フゴウの人生の全てを費やし、仲間たちと完成させた黄金の道。
彼は麦蔵のように老いた。そして崩壊するライフラインが生まれ変わる様を見届ける。
いまこの橋を全速力で駆ける者たちがいる。
ならばこの選択は間違っていないだろう。
「ありがとう」
誰に対しての言葉なのかは彼自身理解し得ない。
もしかすると、第三区そのものへの感謝なのかもしれない。
マンサ・ムーサの黄金巡礼は成された。
あとは、彼らに託す。
これからを歩み続ける若者たちへ、バトンは手渡されたのだ。
そしてゴールデンロードを全力で走り抜ける大型二輪。
黄金街道の魔力が注ぎ込まれ、ついに、射程距離へと到達する。
不安定なサイドカーにて立ち上がった巧一朗は、果心鎧装『鬼竜熊野』の力を解放した。
ダイモニオンたる頼光を継承したとき同様に、今の彼は、必殺武具『雷上動』を引くことが出来る。
───理論上ならば。
「っ……?!」
「どうした、巧一朗!」
巧一朗は腕に違和感を覚えた。
これは災害のアーチャーとの戦いで、兵破を引き絞った時と同じ。
頼光の権能を以てしても、巧一朗は二射目を放つことが叶わなかった。
雷上動を使いこなすには、何かが決定的に不足している。
「く……そ………」
巧一朗の腕の血管が断ち切れた。
鎧の中に生温かい液体が漏れ出し、不快さを感じる。
彼に足りないものを、彼自身が何となく理解できていた。
度重なる戦いの中で、嫌が応にも察せられた。
命を燃やし尽くすその瞬間、僅かばかり『生』に執着する。
注ぎ込まれるはずの魔力が塞き止められる感覚。
あと僅か、覚悟が足りない。
「巧一朗!」
黄金街道は焦る。
既にペルディクスは前方から消えていた。
彼女も空を必死に飛んでいるが、彼女とファフロツキーズのスピードには置いて行かれてしまった。
つまり、空からの『雨』に対応が出来ない。
彼女の愛馬は悲鳴を上げている。
射程圏内にい続けるのは、もってあと数秒だ。ここで決着を付けなければ、二度は有り得ない。
『大聖文殊菩薩よ……御覧じろ……今ここに……っ……天下無双の名を………っあああぁぁあああ!』
巧一朗の身体に走る激痛。
頼光が緩和してくれた重み。今の彼を支える者はいない。
水破を掴むその手は小刻みに震え始める。
ここでファフロツキーズに届かなければ、終わり。
理解し、飲み込めば飲み込むほどに、身体の振動は大きくなる。
「(俺は……なんて……情けない……)」
巧一朗の目には、涙が浮かんでいた。
ここまで多くの英霊が命を捧げてきた。
彼らはここでの決着を、巧一朗に託したのだ。
彼の責務はここにある。間違いなど許されない。
必死に歯を食いしばる彼だが、そのとき、彼の腕に手が添えられた。
優しく包み込むように、彼の緊張を解きほぐすように。
『天下無双の名を顕す!』
その言の葉を紡いだのは、巧一朗では無い。
彼と同じサイドカーに乗った、今にも枯れる寸前の花。
「ダスト……?」
「吾には、雷上動は扱えない。でも、きっと、二人なら。」
彼と彼女は、共に水破を引き絞る。
ダストの身体から光の粒子が一気に漏れ出した。
宝具を使用し、物語を終えた彼女が、それでもこの地に何とか留まっている。
そこには意味があった。
「生きていて、良かった。良かったのです、巧一朗様。」
「そうか。」
「吾も、そして、貴方様も。」
「俺も?」
「ええ。だって、こんなに辛いのに、こんなに痛いのに、苦しいのに!」
巧一朗が見た、ダストの顔は笑っていた。
精一杯の作り笑いかもしれない。でも、彼女はその命が尽きるとき、笑顔でいることを選択したのだ。
「嬉しいのです、巧一朗様!」
「ダスト……」
ダストの左手の甲が光り輝いた。
革命聖杯戦争の最後で、彼女がようやく手にした希望。
第三区民に曲がりなりにも授けられた、想いの結晶だ。
『令呪を以て、間桐巧一朗に命ずる。』
彼と、黄金街道は、ダストの祈りを聞き届けた。
それは、この戦いには似つかわしくない、巧一朗の安寧を願ったもの。
戦いに巻き込んだことを嘆いていた、彼女の唯一の願いだった。
そして巧一朗はついにその矢を放つ。
もはや彼の後方には、大切な仲間は立っていない。
でも、その想いは、いつまでも彼の背を支え続ける。
そのバックアップがあるからこそ、彼は必ずファフロツキーズを射抜く。
たとえ彼の目元に大粒の涙が溜まっていようと。
『雷上動・水破』
ロケットのように空を割るその矢がツキを破壊し尽くすまでに、一秒とかからなかった。
空の上でついに、抑止力は完敗する。
生きていたことが不思議な肉体は、跡形も無く弾け飛んだ。
その残骸が、雨のようにシェイクハンズへ降り注ぐ。
黄金街道はゆるやかに速度を落とし、停車した。
花火のように弾け飛び、落ちてくる輝きを、神妙な顔つきで見守っていた。
「巧一朗、終わったのか。」
「…………ああ。一旦な。」
果心居士の創り上げた鎧は、急造のものだったが故に、雷上動を放った直後に壊れてしまった。
巧一朗は鬼竜熊野を脱着すると、今は亡きダストの影を追った。
サイドカーにまだ彼女の座っていた温もりが残されていると思うのは、彼の勘違いだろうか。
そうであってほしいと彼は思う。
「巧一朗……」
「……彼女が宝具を使用した時、俺は彼女の死を悟った。だからその手を握った。一秒でも長く一緒にいたいと思った。」
「あぁ、それはダストも同じだったと思うぜ。」
「もし彼女もそうだったなら、嬉しい。」
巧一朗がもう涙を流すことは無かった。
彼は自らの頬を叩き、気合を入れ直す。
後に駆け付けたペルディクスを見据え、覚悟を決めた。
革命聖杯戦争、最期の仕事が残されている。
「巧一朗、黄金街道、終わったのね……」
「おせーよ、リケジョ」
「仕方が無いじゃない、ファフロツキーズと貴方達が速過ぎるのよ。あの男(ダイダロス)の翼も大したことがないわね。」
〈扱い熟せていない、君の落ち度だ、ペルディクス。〉
「五月蠅いわねー本当に!」
ペルディクスとダイダロスの翼の漫才?を聞きながら、黄金街道は物珍しそうな顔を浮かべていた。
だが巧一朗はダイダロスの『狙い』を理解し、己の推理を強固たるものにする。
「その翼は言葉を話すんだな。俺のことは知っているか、ダイダロス。」
〈ワタシハ敵性自動認識プログラムデス。ゴ用件ヲドウゾ。〉
「貴方、さっきまで普通に喋っていたじゃない。何で片言?」
「ったく、俺はまだあんたには敵わないってことか。何から何まで、あんたはお見通しだったんだろ。」
〈……………〉
「え、なに、どういうこと?」
ペルディクスと黄金街道は同時に首を傾げる。
巧一朗は後頭部を搔きながら、これからすべきことを説明した。
「いま、クロノは『天空城塞』にいる。災害たちが集まって会議する場所、ヘヴンズゲート、天還祭によって選ばれた区民が至る場所だ。」
「天空城塞!?何で?どうやって?」
「まずはその、どうやって、の方だ。彼はリンベルたちメディアが所有する観測艇を使用した。予備艦が備え付けられていた筈だが、キャスター曰く、破壊されたか、どこかに持ち出されていたようだ。空を行く飛行船で飛んで行ったんだろ。」
「目立ちそうなものなのにね。」
「そう、そこがポイントだ。クロノのこの行動は目立つし、災害に見つかった時点でアウトなんだよ。だからこそ『陽動』なんだ。第六区では災害のバーサーカーが、第三区ではツキが暴れ回った。災害を含め、誰もクロノの動きなんて追わないだろう。」
「そして、続いて、何で?の部分だが、革命聖杯ROADを用いて、一人で天還の儀を執り行うつもりだろう。皆は知らないだろうが、天還とは即ち、過去改変そのものだ。選民を歴史の狭間に送り込み、英雄の所業に介入、成り代わり、英霊の座そのもの根本から破壊し尽くす。桃源郷としての歴史を、確固たるものとし、災害という存在を確立するために。」
巧一朗の推理に耳を傾ける二人だが、反応は異なっている。
黄金街道は深く理解が及ばず、困惑といった顔つき。
ペルディクスはクリエイターの立場から、天還のシステムそのものに興味を示している。
「よくは分からねぇけど、じゃあクロノは、一体どんな歴史を変えようとしているんだ。」
「このオアシスの成立は、一つの聖杯戦争によるものだった。モーリタニア、巨大砂漠サハラでの殺人ゲームの末に、何故か、この地で、桃源郷は誕生したんだ。彼は、その聖杯戦争の結末を変えようとしている。」
「まさか」
「開発都市オアシスを『無かったことにする』。それが言峰クロノの『救済』の正体だ。」
巧一朗はそう結論付ける。
キャスターが非常に好むであろう結末だ。
桃源郷で誕生した全ての命を否定し、崩壊した日本と、外の世界を救う。
まさに終局的犯罪だろう。
「(でも、モリアーティでは無い。クロノに加担したのは、キャスターの中にいる別の英霊だ。)」
巧一朗は一度、彼らとの会話を休止する。
悠長に話している場合では無い。今にも、世界はリセットされようとしているのだ。
「巧一朗、どうした?」
「黄金街道、第三区にいる皆を頼む。ここからは俺の、俺だけの戦いだ。ペルディクスにも、手伝っては貰うけどな。」
「私……そうよね、天空城塞に向かうには『翼』が必要だものね。任せて!」
ペルディクスはその場で翼を広げた。
そして巧一朗の身体を抱き、空へと羽ばたく。
「巧一朗!」
「何だ、黄金街道?」
「……任せたぞ。てめぇが幸せにならなきゃ、ダストの令呪は意味が無いからな。」
「っ……ああ、任せておけ。」
黄金街道は精一杯手を振った。
巧一朗ならば、出来ると、そう思った。そう信じた。
それはペルディクスも同じ。
天空城塞へ彼を届ける。彼女にとっての、革命聖杯戦争ラストミッションだ。
「言峰クロノ……」
巧一朗はその正体に気付いている。
だが、決して理解はできない。
桃源郷リセットまでのタイムリミットは、刻一刻と近付いていた。
【キングビー編⑭『エピソード:クロノス』】
ヒトも英雄も立ち入れぬ領域、災害の築き上げた城塞。
通常ならば、そこへ近付くことすら叶わないだろう。
だがペルディクスと巧一朗は、その門の前へと至った。
「…………」
「どうした、ペルディクス。」
「巧一朗、君はものすごく冷静ね。普通驚いたりするものでしょう。」
「いや、驚いてはいるさ。だが、焦らないように、心を落ち着かせている。」
「大事ね。」
巧一朗は扉へ手を翳す。
その材質はダイダロスの用いるオリハルコン。何らかの術式が重ね掛けされており、何人も侵入することは出来ない。
外部からの破壊も難しいだろう。ここは『彼』に賭ける他ないようだ。
「ダイダロス」
〈何だ、巧一朗。〉
「貴方はこの瞬間の為に、その翼を遺したのだろう?」
「この瞬間って、アヘル教団の刺客が、ダイダロスのアンプルを使用することへのカウンター、では無いの?」
「キャスターからその話は軽く聞いているが、答えはノーだ。人間を蟻のように認識しているダイダロスが、そんなものを警戒対象に入れている筈が無い。彼が翼を遺したのは、ファフロツキーズ再来と、そして」
〈災害しか入ることの出来ない城の扉を開くため。〉
「そうだ。むしろ後者の方が大事。桃源郷はライダーの『舟』であり、この城塞を含めた全てが、ダイダロスの『創作物』だ。これを汚される行為こそ最もダイダロスが忌み嫌う事案だろう。」
「なるほど……だから、革命聖杯戦争時に私を召喚して……って、あれ?」
ペルディクスはここで気付いた。
巧一朗の言葉が表すこと。それは彼女然り、桃源郷に住まう者全員が辿り着くことの出来ない答えである。
「待って、待ってよ、じゃあクロノはどうやって扉の先へ入ったの?」
彼女はもうすでに気付いている。だが、それを言葉にするのは憚られた。
言峰クロノのコールタールのような目に吸い込まれていきそうになる。
「ダイダロスが警戒していたのは、アヘル教団の刺客、なんかじゃない。『災害』だよ。」
「…………っ!」
巧一朗は一呼吸置き、真実を告げる。
そしてその真相は、ペルディクスも察していたことだった。
「言峰クロノは、六騎の災害のサーヴァントのうちの『誰か』だ。」
そしてその言葉を発した直後に、ダイダロスの権能により、扉は開かれた。
だがペルディクスは一歩踏み出すことが出来ない。
「クロノが、災害?テロ組織である第四区博物館に在籍していたのに、災害?」
「そう。恐らくは災害のサーヴァントの中での裏切者だ。」
巧一朗は歩き始める。ペルディクスも置いて行かれまいと、彼の後を追った。
城塞内は暗く、薄気味悪い。音の無い空間で、彼らの会話は静かに響いた。
「クロノの目的が桃源郷そのものの抹消であるならば、先ず邪魔になる存在がある。それはこの舟そのものを設計した存在、災害のキャスターことダイダロスだ。彼の目がある限り、クロノの行動は把握されてしまう。指定文化財を用いての英霊召喚に災害が即座対応できるのは、監視の目があったからだろう。何故革命聖杯戦争が今、このタイミングで行われたか。それはダイダロスが死んだからだ。第四区博物館に災害のキャスターが訪れたその時、この計画は始まっていたと言える。」
「確かに、タイミングが良すぎる、レベルだわ。」
「彼は様々なイレギュラーに見舞われながらも、計画を遂行した。恐らくキャスターと俺、桜館長が第三区へ来てしまったその時点で、それぞれの対処法を理解していたのだろう。もっとも厄介となる『頭脳』を懐柔し、俺と桜館長は抑止力をちらつかせ、そちらへと誘導した。だがもう一つのイレギュラーが恐らくあんただ。ペルディクス。」
「私?」
「あろうことかダイダロスの翼を有していたんだ。クロノは極力接触を抑え、代わりに、キャスターを用いてあんたを第三区の辺境、何人も助けに来ないだろう場所へと誘ったのさ。そしてそこに、アヘルの重要機密を撒いた。案の定、アヘルの連中は食いつき、そこでペルディクスは犠牲となった。」
「探偵が、私を?」
「説明が難しいが、彼女は破綻者だ。ペルディクスを思う彼女と、クロノの計画に加担する彼女が同時に存在している。彼女は全てを知り得ているし、反面、何も知らない。複雑怪奇なサーヴァントだよ。関わるだけ損だ。」
「そ、そうなのね。」
ペルディクスは分かりやすい程に肩を落とした。
何故召喚されたかも分からない彼女にとって、探偵であるキャスターは心の支えとなっていたのだろう。
「だが、クロノの誤算はここだ。彼は桜館長の決死の覚悟を見誤っていた。ペルディクスの死の偽装に騙されたんだ。でなければ、彼は何としてでもあんたを殺そうとしただろうからね。で、恐らくダイダロスは、桜館長の意思に勘付いていた、違うか?」
「何ですって?」
「シュランツァと呼ばれる少女の攻撃によってペルディクスは命を落としかけた、だったよな。ダイダロスの翼はファフロツキーズの雨全てを避けることが出来る程の性能を有しているのに、そんな簡単に破壊されるのは、不意打ちだとしてもおかしい。それこそ、『CUBE』?だったか?もともとダイダロスの迷宮の権能を利用したものだろう?クリエイターが自らの創作物に知識が及ばないなんてことあるかよ。」
「じゃ、じゃあ、わざと、攻撃を受けた?」
ペルディクスはわなわなと震える。
彼女にとってみれば、ヘラクレスの宝具は恐怖そのものだった。
それをわざと、彼女に浴びせたのだろうか。
〈その通りだ。〉
残念ながら答えはイエスであった。
ペルディクスは頭を抱える他ない。
〈この翼には、太陽と対峙した直後までのダイダロスの記憶や思考回路が注ぎ込まれている。メアリー・セレスト号の宝具を僕自身が受けたその時、僕の頭にはこれの運用方法が何通りにも浮かび上がった。その内の一つである、桃源郷からの消失偽装工作は『彼』にも効くだろうと思ってね。桜がその気であるならば、乗らない手はないと思ったのさ。そして桜の『謎』という名の、安全地帯へとペルディクスを匿うことが出来た。〉
「ふざけるな、くそやろー!」
〈痛い〉
ペルディクスは自らの背中に生えたソレを引き千切ろうとする。
だが、この翼は決して傷付かない。たとえ宿主が怒りをぶつけようとも。
「ダイダロス、あの時の戦いで、桜館長のことをそこまで理解できていたのか。」
〈彼女は正確には『メアリー・セレスト』では無いからね。彼女の真名は……と、この話はまた後でだ。話を戻そう。〉
「(え、メアリー・セレストじゃないの?)」
巧一朗はぽかりと口を開けたままだが、ダイダロスが桜館長についてこれ以上語ることは無かった。
だが気を取り直し、一本道を急ぎながら、彼は自らの推理を話し始める。
「クロノは概ね予定通り、計画を進め、いまここに辿り着いたのだろう。災害すら思うように操って、な。だが、一つ疑問が残る。天還の儀を執り行う為に人造聖杯ROADを用いるということは、器を満たす膨大な魔力が必要だということだ。革命聖杯戦争の参戦者たちは結果、死の偽装により生き残った。ツキが膨大な魔力を手に入れ、怪物として立ちはだかるというシナリオに仕上げたならば、本物のROADを満たす魔力はどこから引いてきたものなのか、ということだ。」
キャスターが彼の元を去る前、言い残した言葉を思い出す。
ROADは革命聖杯戦争と関係なく、独立した魔力供給が可能、という文言。
キャスターはそこに気付いたのちに、巧一朗を見捨てた。ならば、この絡繰を紐解いたその先に、クロノの正体は見えてくる、ということ。
それ以上喋れば、クロノに加担する人格から、明確なストップがかけられる、そのギリギリのラインだった。
「クロノは独自のルートで魔力を供給していた?」
「そうだ。ここに、ツキの言葉が重なって来る。クロノが何度も連絡をしていた『天還被害者の会』だ。」
「ただの人間と二、三流サーヴァントによる組織でしょう?陽動目的で第五区に攻め入り、災害のアサシンを煩わせた……」
「いや、きっとそれだけじゃない。もし陽動だけなら、第二区に集まる人々を利用する意味が無い。ここで重要なのは、天還被害者の会が、開発都市第二区に集う組織であるという点だ。」
「開発都市第二区と言えば、歓楽都市、無法地帯なのは有名だけれど、膨大な魔力を有する実験所などはあったかしら?」
「ある。一つだけな。さらに言えば、天還被害者の会はそれに対して怨恨の感情を抱いている。災害と密接な関わりがあるってな。」
「もしかして」
「マキリコーポレーションだ。膨大な魔力とはマキリの保有する『垓令呪』なんだよ。」
二人は光指す出口のような場所に辿り着く。
その先に、目的の人物はいるように感じられた。
「マキリの、垓令呪?」
「思えば、革命聖杯戦争において、毎日令呪が配られるのも奇妙な話だ。あれはマキリ社製の改造だったが、垓令呪から直接持ってきているならば話は分かる。俺が思うに、配当令呪はサンプルケースだ。ROADに魔力転用する為に生まれた実験用の余りものさ。垓令呪生成のマシンは秘匿されているが、被害者の会を使って、第二区を洗いざらい調べさせたんだろう。クロノが第二区を司る『災害』であるならば、そう時間はかからないだろうからな。」
「な……」
「つまり今回の事件の黒幕、言峰クロノの正体は、第四区博物館を災害のキャスターが襲撃したのと同タイミングで、第二区のマキリコーポレーションを襲い、彼女を殺害、ビルそのものを破壊し尽くした『災害』だ。」
巧一朗は光指す空間へと進む。
そこは異常なまでに白い、スタジアム程の専有面積のワンルームだった。
中央に謎のオブジェクトが鎮座し、一人の青年が傍で立ち尽くしている。
「行くぞ、ペルディクス……って……」
振り返ると、巧一朗の傍に彼女はいなかった。
クロノの仕掛けた罠により、彼女は天空城塞から落下した。
巧一朗の元に戻ってくるまで、少しばかり時間を要するだろう。
「……二人で話がしたい。そう思ったまでだ。話の続きをしようと言っていただろう?」
「あぁ。そうだな。丁度いい。」
青年、言峰クロノは振り返り、巧一朗と向き合った。
その黒く濁った目には光が灯らない。どこまでも深淵の中だ。
「ここまで辿り着いたか。副館長として誉めてやろう。給料アップも考えている所だ。」
「御託は良い。俺はあんたを止めなきゃならない。全力で行くぞ。」
巧一朗は構えた、が、クロノは両手をポケットに入れたまま、微動だにしない。
交戦の意思はないように思える。だが互いに、明確な殺意が渦巻いていた。
「以前、言峰副館長はこう言っていたな。ファフロツキーズを『アイドル』と呼ばず、『アサシン』と呼んでいると。彼女がアイドルという名を嫌っているから、同じア行のアサシンにしたと。」
「あぁ、言った。」
「だが、同じア行なら、『アーチャー』もある筈だ。ツキの雨降らしの宝具を見れば、誰だってアサシンでは無く、アーチャーと呼ぶものだが?」
「ああ、そうだな。だがアーチャーと呼ぶのは気恥ずかしい。」
クロノは目を瞑り、髪をかき上げた。
そして大きく溜息をつく。
「我が主(あるじ)に、そのように呼ばれていたからな。」
クロノは己の正体を告白する。
革命聖杯戦争を語る、開発都市同時多発テロ事件、その真犯人の名を。
「我が名は言峰クロノ、改め、災害のアーチャー『シグベルト』。この桃源郷を破壊し、新たな歴史を刻む、ただの『人間』だ。」
※
サハラの聖杯戦争、シグベルトは女マスター『マナ』により召喚された。
彼女は一族の誇りをかけ、この戦争に望んでいた。根源への到達こそが彼女の祈りそのものだった。
だが、マナの思いは叶わなかった。
崇高なる目的も、邪知暴虐の王ザッハークによって枯らされた。
『どうして、助けてくれなかったの?』
マナの絶望に歪む表情は彼の脳に焼き付いている。
ザッハークを、ナナを、よく知っていれば。
大英雄シグベルトが後れを取ることは無かった筈だ。
あのとき、何故逃亡してしまったのか。
騎士として、戦う選択が出来なかったのか。
彼の思いはくすぶり続け、桃源郷千年の歴史においても失われることは無かった。
マナはとうの昔に死んだ。
全てを忘れ、堕落した神の道を選び、『災害』の名に甘んじて生きていこう。
シグベルトはいつの日か、己の『理性』を捨て去った。
「シグベルトは二人いる。それは彼の逸話によるものだ。彼の伝説はやがて、二人の竜殺しの物語へと変貌を遂げた。シグルドと、ジークフリート、彼ら二人の『人間』へと分裂したのだ。災害のアーチャーは不安定な状態で、その逸話を桃源郷で実現した、全ての力を残し、本能のままに生きる人間と、全ての権能を失ったが、その記憶だけは保存したままの人間。私はその後者だ。」
彼は自らを『セミの抜け殻』と称した。
彼はある日、目を覚ますと、生まれたままの姿で路地裏に横たわっていた。
訳も分からぬままに、捨てられた布をその身に纏い、彷徨い歩く。
やがて彼は、街外れの教会で、とある神父に拾われた。
『言峰』という名の、心優しき神父だ。
神父はクロノの、色彩の灯らない眼を見て『クロ』と名付けた。
神への信仰心を持たぬ彼だが、生きていくために、言峰神父の元で生きていくことにする。
そして人間としての己の脆弱性に苦しみながら、それでも、必死に生きてきた。
第四区博物館と呼ばれる対災害テロ組織に潜入し、副館長の座まで登り詰めた。
サハラの聖杯戦争に関する資料を集め、マナを忘れまいと藻搔いた。
そして十年前。
「シェイクハンズの悪夢が起こった。ツキとの出会いは、私の全てを変えたのだ。」
桃源郷の抑止力ファフロツキーズ。
災害の築いたこの世界を崩壊へと導く存在。
ならば、これを利用しない手はない。
クロノの戦いは、彼女との出会いから始まった。
『救済』とは、神の導きによるものでは無い。
彼の発するその言葉の意味は、サハラの聖杯戦争そのものへ介入し、マナの運命を変えること。
同時に、開発都市オアシスを歴史から排除することだ。
「私は『クロ』と名付けられたが、どうにも犬の名前のようで気に入らなくてね。時間を司る神『クロノス』から拝借し、クロノと名乗り始めた。神への信仰心のない私からすると、精一杯の皮肉でもあるのさ。」
「あんた、災害のライダーと繋がりがあるとか言われてたな。ただの一般人が災害と親交を深めるなんて在りもしない話だ。でも、それがシグベルトならば話は別だ。災害のアーチャーは、あんたを知っているのか?」
「彼は私を知らない。というか、彼は全てを忘れている。ただ快楽のために生きるマシーンだ。私には何も残されていないと思っていたが、記憶の他に、私にはある『権利』が与えられていてね。」
「権利?」
「そう何度も使える力では無いのだが、まるでサーヴァントに令呪で命令を下すように、私は彼に行動を与えられる力があった。彼の意思による行動のように見えて、その実、私の意思も混在しているのだ。まるでゲームのキャラを操作するように、ね。」
「そうか。シグベルトがマキリ社を襲ったのは、あんた本人では無く、災害のアーチャーだったのか。」
「そうだ。私には剣もないからね。そして、災害のキャスターが死ぬきっかけとなった、バーサーカーの太陽着弾、その決定もまた、私の意思で彼に手を上げさせた。ダイダロスならば第四区を守って死ぬだろうと信じていたさ。だが、獣の如き、もう一人の私を制止させることは難しい。第三区で革命聖杯戦争の邪魔だてをするというならば、即刻排除の対象となった。ファフロツキーズに命じて、彼を叩き落した。直ぐに命尽きるだろうと思っていたが、案外しぶとく生き残ったようだね。私の誤算だ。」
「もう一つ誤算がある。マキリ・エラルドヴォールは死んでいない。博物館のロウヒが彼女を助けたからな。」
「そうだな。私も当然知っている。だが問題ない。垓令呪はその名の通り『垓』の令呪だ。その一部を拝借したところで、彼女のような人間は違和感を抱くことすらないだろう。被害者の会の連中はよくやってくれたよ。まるで墓荒らしだ。」
クロノは彼らの仲間、という訳ではないらしい。
あくまで利用する側だ。神父として、言葉巧みに彼らを扇動したのだろう。
「それで、あんたはどうやって歴史を修正する。ただの人間が、あの戦争で何を起こすつもりだ?」
「単純だ。私は私に、この未来を伝える。ただそれだけだ。そして、あらゆる元凶であるザッハークかそのマスターを殺し、最後には間桐巧一朗、君も殺す。サハラの怪物『ヴェルバー』が縫合により蘇る前に、全てを無かったことにする。シグベルトにはそれが出来る。」
「でも、未来が書き換わったら、アンタの存在も……」
「あぁ。無かったことになる。つまりは死ぬ。だが構わない。世界とマナが救われる未来を選択できるならば。」
クロノの覚悟は、十年前に決まっている。
巧一朗に出来ることは、彼を止めること一点。
幸い、始まりの聖杯と異なり、所詮は模造品。天還の儀には想定より時間を要しているようだ。
ならばここで彼を倒す。巧一朗は拳を握り締めた。
「君に私を止める権利はあるのか?」
「権利だと?」
「そうだ。オアシスという国家が何故、成立したのか。君はもう理解している筈だ。」
「何のことだ。俺はただ、俺の大切な人を奪った災害への復讐のために生きている、それだけ。あんたも災害なら、殺す。」
「大切な人を奪った、か。それはセイバーのことか?」
「あぁ、そうだ。彼女は俺に生きていていいと、そう言ってくれた。だから俺は───」
「セイバーは死んでいない。そして、やがてこの地球そのものを滅ぼす癌となる。」
巧一朗の額から汗が零れ落ちた。
『ディートリヒ・ヴェルバー』は、巧一朗を救ってくれるただ一人の存在。そう信じて疑わない。
世界を滅ぼす癌など、妄想だ。現に、彼女はただの虫けらに愛情を注いだのだから。
「かつて地球に飛来した侵食星舟、それはとある聖剣使いによって息の根を止められた。そしてサハラ砂漠に残された残骸は風化した。もう二度とは目覚めることはない。それを君が叩き起こしたんだろう?」
「何を……」
「ディートリヒ・フォン・ベルン。アトランティスの進化したパンバにより生み出された対ヴェルバー戦闘兵器。君が召喚したのは彼女だ。そしてあろうことか、君はその糸で、ヴェルバーとディートリヒを繋いでしまった。これにより『原初のコラプスエゴ』が誕生したのだ。」
「破綻者、は、オアシスで、キャスターが最初で……」
「ディートリヒは『いつか蘇る王』という性質を宿した英雄。その特性が残骸と混ざり、ヴェルバー復活の兆しを与えてしまった。ヴェルバーを殺す兵器が、ヴェルバーと融合し、破綻したサーヴァントとして現界したのだ。そして彼女は君を愛した。『蘇らせてくれてありがとう』とね。」
「違う、俺と彼女は愛し合っていた。だって、彼女は、彼女は!」
巧一朗は声を荒げる。
その焦りを、クロノはひどく冷めた目で捉えていた。
「彼女は『グズルーン』だと?」
「っ…………なんで、それを…………」
「サハラの聖杯戦争には謎が多く残されている。例えば、これがそうだ。ランサーの霊基で呼び出されたサーヴァント『グズルーン』、君は彼女を『セイバー』と呼称し、愛を謳っている。だが君を救う存在は『ディートリヒ・ヴェルバー』だ。一体どちらが君の恋人なんだい?」
「…………」
「それとも、まさか、君の『糸』は、それすらも繋げているのか?」
「っ!」
巧一朗は走り出した。
ある意味で、現実から目を背ける為に、クロノに殴り掛かろうとする。
だがクロノはそれでも、戦闘の意思を見せない。
口を閉じようとはしない。
「災害により殺された復讐か。まるで物語の主人公のような立ち振る舞いだ。生まれた意味のない君にとって、その役割は酷く心地いいものだろう。」
「黙れ!」
「でもその復讐に意味はあるのか?やがてディートリヒはこのオアシスも滅ぼす。君の仲間も、全員残らず殺される。君のせいでな。」
「彼女は、お前達に殺されたんだ。もう蘇りなんて……」
「目を背けるなよ。薄々気付いているだろう。『いるじゃないか』。」
巧一朗は足を止める。
そして自然と拳を下ろした。
「いる…………?」
「君の傍に、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、いただろう?」
「何を言って……」
「彼女が自分で言ったのだろう?自らが『原初のコラプスエゴ』だと。」
「彼女……………………?」
「君の傍にいて、ときに君を嘲笑い、ときに君を窘め、ときに君を救い、常に君と笑い合う、そんなサーヴァントが、いるじゃないか。ずっと、ずっと、ずっと、助けられてきただろう?君の相棒に。」
「俺の……」
「キャスターを名乗る、破綻者のサーヴァント。その中に『ディートリヒ・ヴェルバー』はいる。そんなことにも、君は気付いていない。」
「え………………………………………………………………?」
巧一朗は固まった。
理解が及ばない、追い付かない。
同じ顔をしているのは、性悪な探偵の粗悪な趣味で、決して本人である筈がない。
「キャスターが、セイバー?」
「そうだ、そしてやがてサハラから飛んでくる彼女の素体と融合し、完全なる復活を遂げる。そのとき、桃源郷は、世界は滅び去るのだ。全ては巧一朗、君の責任だ。」
「俺の……?」
「つくづく疑問に思うよ。博物館で君のことを調べれば調べる程にね。間桐桜の胎内から生まれ落ちた虫が、世界をここまで狂わせるとは。巧一朗、私は君にこの言葉を投げかけよう。」
クロノが口にした言葉は
巧一朗にはあまりにも重い一言だ。
それは『呪い』そのものだ。
彼の存在そのものの否定。
巧一朗は膝から崩れ落ちる。
そして小刻みに震え出した。
誰も彼を救わない。彼はこの世界において『害虫』そのものなのだから。
「巧一朗、君は『生まれてこなければ良かったのに』。」
【キングビー編⑭『エピソード:クロノス』 終わり】