Fate/relation   作:パープルハット

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キングビー編、ついに完結。
長らく応援ありがとうございました!
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8/12開催のコミックマーケット102で画集も頒布いたしますので、よろしくお願いします!


キングビー編 エピローグ『エピソード:クインビー』

ファフロツキーズの消滅から半時間が経過した。

巧一朗と共に走り抜けた者、己の命を投げうって戦った者、サンコレアマル会場から見届けた者。

開発都市第三区にいる全ての人間が、英霊が、空の支配者の死を見届けた。

そしてこの男も同様に。

第三区が革命軍の溜まり場であることを知っていながら、それでも『乗組員』を守ることを選択した男だ。

彼は安堵の溜息を零し、闘技場の方角へ向かう。

 

「今日という日が、桃源郷の最期の日で無くて良かったよ。」

 

彼は災害のライダー『カナン』。

ディートリヒ復活の日、この地球から舟を出航し、脱出を図る船長。

彼と、彼の家族たちは、神の威光により、命を含めた全てを抹消された。

だからこそ、弁えている。絶大な力に抗うことは、勇者たらしめるものでは無い。

何よりも、己の家族と、己の庇護する対象を外敵から守ることが、英雄の条件なのだ。

『カナンの箱舟』はそのためにこそ在る。一人でも多くの民が救われる未来に至るために。

彼は帽子に付着した汚れを手で払うと、深々と被り直した。

いま、サンコレアマルへと向かうのは、彼の仲間を迎えに行くためだ。

 

「……あれ、もう帰ったのか?」

 

彼と共に第三区に駆け付けた災害のランサー『焔毒のブリュンヒルデ』の姿は既に見当たらなかった。

災害を敵視する者の傍にい続けることはデメリットでしか無いが、それにしても撤退するのが早い。

ステレオタイプな恋愛価値観の守護者である彼女自身、ヒトの営みを観察することを忌避している傾向がある。

 

「まぁ、今を生きる者たちの価値基準は、彼女には合わないだろうからな。」

 

彼女は過去に何度も、『偽りの愛』を断罪してきた。

男と女、愛し合い、守り合うその姿勢に反する、勇者足り得ぬ者。愛に飢える災害は、奮い立たぬ者を決して許さない。

カナンにとって、焔毒のブリュンヒルデは信頼できる仲間だ。だが、一歩、踏み込むことはこれまでも、そしてこれからも、出来ないだろう。空っぽの少女にとって、騎士物語の英傑は、たとえ誰であろうとも『シグルド』であり、『シグルド』となる。

もしかすると、彼女は今もなお、間桐巧一朗に好意を寄せているのかもしれない、そう感じたことがある。

だがライダーは『否』と結論付ける。災害のランサーは、恋も愛も知らない。心を持たない。ある麗しのワルキューレの物語をなぞりたいだけの人形だ。

 

「だが、それでも」

 

彼女もまた、船旅をする大切な仲間であるならば。

その幸せを願わぬ者はいない。

カナンは呪いであるが故に、空白の少女が織りなす見様見真似の恋物語を祝福し続ける。

 

ライダーは両手をズボンのポケットに仕舞うと、静かに空を仰いだ。

ダイダロスと、シグベルトは死んだ。

后羿は第六区で戦っているが、彼もまた、人間の可能性に敗北するだろう。

残されるのは、彼と、彼女と、ファムファタール。

誰に恨まれようと、誰に呪われようと、誰に殺されようと、彼だけは、その歩みを止めない。

それが、理想郷へ至る為の、約束だ。

 

災害のライダーはこの第三区から撤収した。

そして彼同様に、この地を後にしようとする者たちがいる。

ハンドスペードの姫君『細川ガラシャ』と、彼女の従者『果心居士』。

彼女らは肉体から光の粒子を漏らしながら、高台へ昇り、第三区を俯瞰していた。

もう領地も、彼女らにとっての居場所も存在しない。

革命軍過激派組織『ハンドスペード』は、彼女らの退却を以て、真に壊滅する。

愚か者が築き上げた栄華は瞬く間に崩れ去り、残ったのはまっさらな大地だけだった。

でも、細川ガラシャは前を向く。

己の罪に向き合い、最期の時まで、両手を合わせ、祈り続けた。

これまで失われた尊き命全てが、天国へと旅立てるように。

自身は地獄の業火に焼かれることを受け入れながら。

 

「爺、李存義、ジョン、シグベルト、ハンドスペードの家族たち、皆に救われた第二の生でした。わたくしは、本当に、本当に多くのモノを手放してしまった。そんなわたくしに出来るのは、これだけです。」

「ガラシャ様だからこそ、皆は戦えたのです。奮い立てたのです。ハンドスペードの象徴が、貴方のような女性で良かった。そう、切に思いますぞ。」

 

ガラシャの身体が、足先から徐々に霧散する。

光に包まれながら、己の死を実感する。

他の者たちには頭があがらないが、その最期は、彼女からして、とても幸せなものだった。

第三区を見つめながら、こうして旅立つことが出来る。

唯一の心残りは、果心居士だけでも生きていて欲しかった、ということだ。

 

「爺、貴方も、もう。」

「時間ですな。こうして最後に姫様と共に戦えて、爺は幸せでしたぞ。生きているのが不思議なくらいでしたが、ようやく、儂も仕事納めでございますな。」

「ええ。本当に素晴らしい作品の数々でした。」

 

ガラシャは噛み締めるように言った。

巧一朗の放つ、最期の矢。果心居士の最終兵器が無ければ、ファフロツキーズを倒すことは出来なかった。

だから、彼女はそれが誇らしい。ハンドスペードの一員が、世界を救う切り札の一つとなったのだから。

 

「あ……」

「いかが致しましたか?」

「虹」

 

ガラシャは空を指さした。

雨が降ったわけでも無いのに、第三区には大きな虹がかかっていた。

ファフロツキーズの降らすものは、血塗られた武器の数々であるというのに。

ガラシャは果心居士が魅せた、虹色の千羽鶴を思い出す。

彼女の背中を押した、美しい空。また、見られるなんて。

 

「あぁ、本当に綺麗ですわ。ねぇ、旦那様。」

 

ガラシャは己に取りつく怨念にも、見せたいと願う。

屈託なき笑顔の彼女を、果心居士は最期まで見守った。

そしてガラシャはついに、桃源郷から消滅する。

果心居士も当然、彼女の跡を追う。

もし煉獄に堕ちていくとしても、彼はずっと傍にいる。

娘のような、孫のような、家族のような、あどけなさの残る細川ガラシャに、

救われていたのは、他でもない彼なのだから。

 

「さて、次はどんな一芸を披露いたしましょうか。針の山をも気軽に乗り越える特製オートマタ、とか?」

 

果心居士は大きく伸びをして、晴れやかな笑顔を見せる。

彼も虹彩に目を奪われながら、オアシスの大地を孤独に去った。

ガラシャの知らぬ間に、彼はサンコレアマルに赴き、己の技術、財産を、若者たちへと継承した。

隠された不良品の果心礼装、それをどうか、第三区の復興の為に活かして欲しい、と。

現代の若い知恵に多くを託し、彼は満足げに旅立つ。

開発都市第三区の未来が明るいことを信じて。

 

革命聖杯戦争は、結局のところ、黄金街道が生き残り、彼女の勝利に終わった。

だがその美酒に酔いしれることは決して無い。勝利の対価など、どこにも存在しない。

戦争が生み出したのは、涙と、怒りと、虚無だけだったのだ。

巧一朗とペルディクスが飛び去った後、黄金街道はフゴウの元へと急いだ。

黄金に輝く産業大橋『シェイクハンズ』にて、元来た道をご自慢の愛車で爆走する。

そして橋のゴールにて、横たわる老人を発見した。

彼は間違いなく、彼女の相棒で、王でもあった、ドン・フゴウこと『マンサ・ムーサ』だ。

 

「王サマ……」

 

全身皺だらけの老人が、痛めた腰を労わりながら、それでもなお、工具に手を伸ばしている。

黄金街道が傍に近付いても、一瞥さえしない。

天の災厄を討伐したこの瞬間も、彼の戦いは続いているのだ、そう彼女は認識する。

麦蔵の玉手箱に込められた『時間』という煙は、彼と、シェイクハンズを満たし、第三区の中で時間の跳躍を果たした。

黄金街道を含めた全ての人間、英霊は玉手箱の力によって、ライフラインの完成が早められた世界線へと至る。

対して、煙を浴びたフゴウだけは、ライフラインを完成させる為の世界に取り残された。

故に、彼は英霊であるにもかかわらず、老い、加速する時間の中で、この奇跡を体現できたのだ。

 

「王サマ、やったんだよ、アタシたち。」

 

黄金街道はフゴウの肩に手を乗せた。

サーヴァントは老いも無ければ、成長も無い。だが、フゴウは玉手箱を開けた結果、ヒトのように年齢を重ねた。

時間という呪い、と彼女は解釈するが、フゴウは異なる。

彼は弱り果てたその手で、今なお工具を握り、固まっていた。

 

「王サマ、ありがとうな、王サマ。」

 

黄金街道はゆっくりと、彼を背中から抱き締めた。

フゴウは何も答えない。

彼女の中で、変わり果てた王への不安が募り始める。

 

「王サマ、帰ろう、グローブの領地へ。終わったんだ、全部。」

「………」

「王サマ?」

 

黄金街道は手を緩め、彼の表情を窺った。

フゴウはどこか遠くを見つめている。

金色に輝く道路の先に思いを馳せているのだろうか。

 

「………………君は」

 

長い沈黙を破り、フゴウはついに口を開く。

だが黄金街道にとって、それは望まぬ言葉であった。

 

「君は……………………誰だい?」

 

黄金街道は絶句する。

彼の前に回り込んで、その顔をまじまじと見せつけるが、フゴウの頭に浮かんだ疑問符は消えない。

フゴウはこの橋の為に、長い時を生きた。

古びたオートマタの記憶媒体が、焼き切れる程に、生きた。

彼はもう、何も覚えていない。

きっと、自身の名前でさえも。

 

「王サマ…………」

 

黄金街道の目からは、大粒の涙が零れ落ちた。

グローブのメンバーとして、共に駆け抜けた日々を思い出す。

もし、もしも、この戦争が勃発しなければ、このような結末にはならなかったのかもしれない。

彼女は自らを攻め続ける。

だが、フゴウはゆっくりと手を伸ばし、彼女の目元を拭った。

そして、白い歯を見せながら、穏やかに微笑む。

 

「おうさま……っ」

「橋を、見てくれないか?」

「シェイクハンズを?」

「あぁ、わたしたちが、みんなで、作ったんだ。黄金なんだ。自慢の、橋なんだ。」

「本当にすごいよ。この橋のお陰で、世界は救われたんだ。」

「そうかい。」

 

フゴウは幸せそうに笑っていた。

黄金街道は、自らの認識が誤っていたことに気付いた。

不幸なんかじゃない。

少なくともフゴウは、彼の物語の終わりを、受け入れていた。

そして心から、幸福だったと、そう思っていた。

だから、我が子のように、シェイクハンズを誇る。

彼と、彼の仲間たちが、共に作り上げた、夢の結晶であるから。

 

「王サマ、アタシはしがないバイク乗りだ。この橋の先まで、一緒にタンデムしないか?」

「乗せて、くれるのかい?」

「あぁ。見に行こうぜ。きっと凄い景色が広がっているんだ。」

「そうか、それは」

 

────それは、とても楽しみだ。

 

黄金街道はフゴウをサイドカーへ誘導する。

そして、彼女は愛馬に跨り、ゆっくりと、ゆっくりと走り始めた。

たまには、この速度も悪くない。

二人は、風をその身に感じながら、ゴールデンロードの先を目指す。

 

「アタシの黄金街道、まっしぐらだ!」

 

満面の笑みで叫ぶ黄金街道に、フゴウはただ微笑み返す。

この先、多くの苦難に見舞われるとしても、彼女はその合言葉を胸に、走り続けるだろう。

二人の、グローブの、黄金巡礼は、始まったばかりなのだから。

 

【キングビー編 エピローグ『エピソード:クインビー』】

 

開発都市第三区と開発都市第二区の境目。

そこには途方も無く巨大な壁が立ち塞がる。

この壁の先へ行くには、第二区の管理者の了承が必要不可欠。

だが、その壁を目の前にした少女は、所持していた剣で、強行突破を図った。

結果、壁は見事破壊されたものの、第二区の自警団を呼ぶ羽目になってしまう。

現れたのは四人の英霊、皆が揃って同じ顔をしている。

少女はその正体を心得ている。白髪で長身の美青年だが、その額には第三の目が開かれている。

彼らは同一個体の反英霊、その名は『塗壁』。

巧一朗がかつて交戦した、第二区の特殊部隊。百のオートマタが違法触媒による不正召喚や、第二区、その裏側に至るまで、侵入者を排除すべく存在している。

彼らは同時に刀を抜き去ると、少女の元へとにじり寄った。

少女は塗壁の台頭に対し、意にも介していない様子である。

 

「貴様は何者だ。」

「侵入者さ。第二区の『アリジゴク』に用事がある。」

 

塗壁の問いに、少女はあっけらかんと答える。

塗壁はこの第二区を隅々まで監視する存在だが、アリジゴクの意味が分からなかった。

それが人名であるのか、特定の場所を示すものなのか。

だが、それはそうとして、侵入者を名乗る者を、はいどうぞと通すわけも無く、彼らは一斉に切り掛かる。

 

「去ね」

「断るさ。」

 

四方からの剣戟を、座り込むことで回避した彼女は、彼らの股下から滑り込み、退避する。

華奢な身体で彼らの追撃をいなしつつ、勝つ為の策を考える。

少女は塗壁の攻撃パターン、そのスキルや宝具に至るまで、既に解析済みであった。

彼らの弱点は、妖怪であるという事。

なら、『以前と同じ方法』で、彼らを一網打尽に出来る。

 

「鼠が。」

 

痺れを切らした一体が、その手を彼女に向け、詠唱を開始した。

彼女の予測通りであるならば、塗壁の宝具が起動されるだろう。

彼らの絶技の名は『漆喰牢(しっくいろう)』。対人宝具で、人間、英霊、妖怪など対象を壁にて捕縛し、完全に拘束する。

四肢そのものが壁と一体化されるため、首を落とされるまで悪夢を見続けることになるだろう。

宝具が起動される際、塗壁の手から巨大な淡色のオーラが飛び出し、敵を捕らえる。

着弾までの時間は約二秒。行動を起こすにはゆとりある時間だ。

彼女は自らの頭をとんとんと叩き、不敵な笑みを浮かべた。

 

『漆喰牢』

 

塗壁の右手から光弾が発射される。

彼女は口角を上げたまま、自らの首元に手を伸ばし、

そして、その電源を切り落とした。

 

「何!?」

 

途端にガラクタとなる、仮受肉用肉体。

崩れ落ちるソレに、塗壁の宝具は着弾しない。

生きて、行動する者を対象に放たれる絶技への解答札は『命を絶つこと』だ。

これは彼女だから出来る、言わば反則技である。

そしてオートマタをすり抜けた宝具はそのまま、彼女の後方にいた塗壁に着弾する。

 

「おおおおお!?」

 

漆喰牢に捕縛される塗壁。

愚かなことに、彼らは自らの宝具で、自らの首を絞めることとなった。

地面に転がった自動人形は、ものの一秒で再起動される。

彼女はこのオアシスに何度でも召喚される。

 

「なぜ、だ。貴様は───」

「『単独顕現』。私はこの世界に必要とされているのだよ。」

 

少女はケタケタと嗤う。

桃源郷の抑止力。災害への対抗札として呼び出された存在。

彼女は世界的犯罪者、そして、破壊兵器の幼体と結びつき、存在が破綻した。

自由に生き、自由に楽しむ。

生に囚われた者たちが、無様に死ぬ様を眺める。それが彼女の愉悦だ。

 

 

「じゃ、お遊びはここまでだね。バイバイ。」

 

少女は何処からともなく、奇怪な酒樽を取り出し、それを漆喰牢に囚われた一体の頭に垂れ流した。

植物の根のように侵食する妖怪殺しの溺れ酒。かの有名な鬼の持ち物を、彼女は忠実に再現し、利用する。

 

「な、これは!?」

「『千紫万紅・神便鬼毒』だったね。蕩けて堕ちて肉塊となれ。」

 

連携する四騎が同時に、宝具の『酔い』に狂わされ、破滅した。

 

「あああああああああ!」

 

塗壁たちは幸福と苦痛の狭間で肉体を溶かされ、声にならない声を上げ続けた。

 

「あははは!あは!あはははは!」

 

少女の奇天烈な力により、彼らは瞬く間に消滅する。

残されたオートマタの残骸を踏みつけながら、彼女は歪な笑みを浮かべていた。

別動隊の塗壁たちが連携し、再度招集がかかるまでの短時間、彼女は目的の場所へと急ぐ。

第二区の災害、アーチャーが命尽きた今だからこそ、彼女は気ままに動くことが出来る。

それもこれも、巧一朗たち第四区博物館の奮闘のお陰だ。

 

「何をするつもりだネ。」

 

不意に彼女は自らそう言い放ち、立ち止まる。

周りの人間から見れば、様子の可笑しな行動だが、彼女は正常だ。

彼女の中で囚われた影が、彼女の肉体を制止させている。

三つの人格を有する破綻者、その主人格は、鬱陶しそうに、頭を掻き毟った。

 

「邪魔をしてくれるなよ、モリアーティ教授。」

「君は、言峰クロノと接触し、桃源郷をリセットするその考えに賛同した。内にいるディートリヒごと心中し、世界を救う為に。なら、君の今の行動は不可解だ。我々がかつて発見した『アリジゴク』は、サハラにいる彼女の端末に信号を送る場所。言うなれば、ヴェルバー復活を促進させる地点だ。」

「あぁ。私はヴェルバーを復活させる。そのつもりだ。クロノの作戦は必ず失敗する。クロノは巧一朗の秘めたる可能性を覚醒させる為の当て馬に過ぎないのさ。第四区博物館の世界創生の為に、彼らをアダムとイブにする必要がある。」

「クロノの作戦が、失敗する?」

「ああ。何故ならば、天還とは『ヒトを過去に送り込み、歴史を改変させる』儀式ではないからねぇ。そんな技術は、たとえ災害でも不可能さ。あくまで全てオアシスという『世界』のみの茶番劇だ。クロノはそれを知らない、いや、ライダーとキャスター以外は知らないのではないかな。」

「開発都市オアシスという新世界。この惑星から舟として切り離し、時間を加速させた。既にその時、オアシスにおける、世界暦が独自に築かれていた、か。」

「そう、言うなればもはや、オアシスは地球歴を模倣した、別惑星だ。そのアンカーチェーンが一本、また一本と外されていくうちに、地球歴の英霊たちは死ぬ。」

「舟の創造主であるキャスター、そして船長であるライダー、二人以外の災害がもし、知らされていないとすると、そうか、そういうことか。」

 

─────他の災害たちは、元より、見捨てられる算段だった。

 

「クロノの作戦は、『サハラの聖杯戦争に介入し、桃源郷そのものを無かったことにする』だった。だがそれは叶わない。天還は歴史改編では無く、『オアシスにおける歴史抹消』だ。その被害者となった人々がどうなったかは知る由も無いが、ライダーとキャスターはトリックを二段構えにし、他の災害すら欺いていた、と考えられる。何故そんなまどろっこしいことをするか、については、災害のアサシンやバーサーカーという不穏分子に対するものだと思えば納得がいく。」

 

彼女は、キャスターは、第二区の裏側に侵入した。

ここは、博物館がミッションで訪れた場所だ。キャスターはここで、謎の穴を発見していた。

開発都市第一区で、厳重に閉ざされている、サハラの目に通ずる巨大ホールと同質。

災害が最も切り離そうとしているモノだ。

 

「アリが通れる隙間のような穴、だから『アリジゴク』。もしこの穴が拡張されれば、このオアシスという舟に、未曾有の浸水被害が齎されるかもしれない。それこそ、転覆する程にネ。」

「サハラの目から落ちた先は、分岐する。第一区内部かもしれないし、充幸のようにオアシスの繭の外側に辿り着くかもしれない。だが、私はここにヴェルバーの端末を引き込みたい。邪魔が入らずに済む。」

「隅の老人、君は災害を止める為の存在かもしれないが、ヴェルバー復活の手引きをするのは、まるで本末転倒だ。」

「だから破綻者なのだよ。私は彼女と一体化し、彼女の意思を尊重した。君とは違ってね。」

「そうかい。私はそんな君が嫌いではないが、全力で止めさせてもらおう。」

 

モリアーティ教授は、確かに世界的な大犯罪者だ。だが、彼は第四区博物館によって召喚され、これまで巧一朗たちの戦いを支え、見守ってきた。

生前の自分や環境ほど、刺激的とも言えなかったが、それども、楽しい日々であったことは確かだ。

巧一朗にはそれなりに、幸せになってほしい。だが同時に、美頼も、博物館で知り合った仲間たちにも、同じように愉快に生きていて欲しいのだ。ヴェルバーを認めれば、本当に全てが霧散するかもしれない。

だから、守る、そう覚悟を決めた。

彼がストッパーとなれば、結びついた隅の老人も、止めることが出来る筈だ。

 

「教授、らしくないな。」

「あぁ。本当にらしくない。だが生憎と、私は『巧一朗』のサーヴァントでネ。彼の本当の幸せのために、命さえ張れるのだよ。」

 

召喚者は違う。でも、キャスターは、彼のサーヴァントだ。

隅の老人の動きを制限し、その場で蹲るように促した。

そして博物館から支給されたデバイスを操作し、信号を入れる。

こんなこともあろうかと、『仕込み』をしていたのが功を奏した。

 

「誰に、信号を届けた?」

「さて、誰でしょう?」

 

モリアーティ教授として出会い、共に白亜の迷宮を踏破した存在。

『天才』の彼女に頼むのが一番早い。

予めダイダロスの翼に、小型通信ユニットを仕込んでおいて正解だった。

モリアーティ教授が助けを求めたのはペルディクスだ。

 

「(彼女はあの翼のお陰で生きている筈だ。なら、大丈夫。)」

 

モリアーティは身体に力を入れ、隅の老人が暴れるのを必死で止めた。

ヴェルバーを目覚めさせるわけにはいかない。

圧倒的な決意のもとに、匍匐前進で、その場を少しずつ後にしようとする。

 

「困るなぁ、実に困るよ。博物館というテロ組織に何の未練がある?」

「未練だらけさ。まだまだ彼らとやりたいことはあるからネ。」

 

そしてついに、モリアーティは隅の老人を掌握した。

その主人格を乗っ取り、身体の自由を手にする。

これまで、彼が表に立つことが多かったが故に、成し得たことだ。

 

「よし、このまま───」

 

だが、刹那。

想定外の出来事が起こる。

これは隅の老人すら予見できていないことだった。

 

「っ!?」

 

彼女の背後に存在する『アリジゴク』が突如、奇怪な音を立て、大きく開かれる。

そしてブラックホールのように、キャスターの肉体を吸引した。

身体のバランスを崩した彼女は、穴の中へと吸い込まれていく。

 

「これは!?」

「何が、起きている!?」

 

二人は同時に驚愕し、成すすべなく、アリジゴクへと落ちていく。

必死に手を伸ばしながら、けれども、その掌は空を掴み。

奈落の底へ向けて、熱く暗い穴の中をどこまでもどこまでも落ちていくのだった。

 

「あぁ、きっと、これはマズイ」

 

───巧一朗、巧一朗、巧一朗。

 

キャスターは走馬灯のように博物館での思い出を味わいながら

 

───頼んだぞ。

 

孤独に消えて行った。

 

 

天空城塞にて。

巧一朗とクロノは、衣服纏わぬ少女、輪廻と邂逅する。

異様な空間で、クロノは自らの死を覚悟した。

遠坂輪廻は静かに笑いながら、彼の元に近付き、そして。

 

「っ」

 

クロノに、一枚の紙を手渡した。

そして輪廻は同様に、巧一朗にも同じ紙を配る。

彼らはその内容に目を通し、驚愕して固まった。

それは凡そ、この状況にはそぐわない、否、有り得ない内容の代物だった。

目を丸くする彼らに、輪廻は不思議そうな顔を浮かべている。

数秒後、やっと口を開いたのは巧一朗だった。

 

「これは何だ?」

「?書いてある通りだと思うけれど。」

「いや、内容のことじゃなくて、その、これを渡した動機を知りたい。」

 

巧一朗、クロノに手渡されたのは、『求人チラシ』だった。

その就職先は、『第一区博物館』。有名な聖遺物保管庫の第四区博物館に対して、全く聞き覚えの無い施設である。

 

「動機って、そんなのヘッドハンティングに決まっているじゃない。」

「ヘッド」

「ハンティング?」

 

巧一朗とクロノは顔を見合わせた。

互いに傷付き血を流しながら、間抜けな表情である。

無理もない。突如現れたのは、このオアシスを司る、始まりの聖杯。言わば土着神のようなもの。

その少女が二人に、第一区博物館への転職を促しているのだ。

 

「どうかしら、かなりの好条件だと思うけれど?」

「いや、確かにうちに比べれば断然ホワイトだけど、でも、え?」

「私を、殺しに来た訳ではないのか?」

 

クロノの至極真っ当な質問に、輪廻は首を縦に振った。

ライダーですら読めない彼女の独自行動、二人が輪廻を理解することは出来ない。

 

「言峰クロノ、災害すら騙してみせたその手腕を私は高く評価しています。殺すなんてもったいない。貴方にはまだまだ『利用価値』があるわ。」

「利用価値、ねぇ。」

「そして間桐巧一朗、貴方は桃源郷で三人目の『イディンバ』よ。ヒトとして生き、その境地へ至った貴方を、私は何より祝福するわ。」

 

輪廻は語る。

宮子曼荼羅、オウバから解き放たれしパンバ、その星の原理を逸脱し、地表の外へ芽吹いた者。

その手段は問われないが、ヒトを超えたヒトに辿り着いた者。

彼らは『イディンバ』と呼ばれ、その命は理想郷においても保証される。

最初の到達者は遠坂輪廻、そして次にアヘル教団の都信華。二人はどちらも、己の起源を知る者たち。

そして虚行虫である巧一朗は、隣人をその身に宿すことで、ヒトの範疇すら飛びぬけた。

イディンバは世界の構造が変化しようとも、次なる環境に適し、新世界を難なく生きていくことが出来る。

 

「宮子曼荼羅?イディンバ?」

 

巧一朗は何も理解できないといった様子だが、クロノは彼女の言葉を飲み込むことが出来た。

彼自身、パンバの進化の先を知りたいと考えていた一人だからだ。

 

「輪廻、宮古曼荼羅には、イディンバという記載は無かった。あれは古い書物だからだ。君は途方も無い時を生きてきたのだろうが、それを知っていたのか?」

「ええ、勿論。私が作ったものだから。」

 

遠坂輪廻はサハラからオアシスに至り、千年の時を生きた。

その魂そのものを彫像へと移し、時に人間として、常に石像として、この桃源郷を運営し続けた。

そしてついに、『エックスデイ』は訪れようとしている。

彼女が求めているのは、理想郷ユートピアを生きる新人類。災害のアサシンが提唱するヴェノムではまだ足りない。

必要なのは、彼女と同質のヒトだ。

 

「だから、貴方達の他に、都信華も第一区博物館へと勧誘するつもりです。もっとも、彼女は拒否するだろうけど。」

「いや、俺も無理だ。あんたが何者かも理解していないし、それに俺には……」

「第四区博物館の仲間がいる、と?」

「そうだ。」

 

巧一朗は真っ直ぐに輪廻を見つめる。

ようやく彼は自身の生き方を見つけたのだ。大切な者たちと共に、今を懸命に生きていくと。

輪廻は顎に手を当て、暫し考え込む。

 

「『輪廻』、『進化』、そして『縫合』。是非とも貴方が欲しいのだけれど、どう勧誘すればいいものかしらね。」

「そもそも、第一区博物館とはどのような組織なんだ?」

 

クロノはチラシに書かれていない、確信に迫った。

ロクでも無い団体であることは当然だろう。だが第四区博物館も似たようなものだ。

クロノは案外乗り気でいた。彼はこれより先、災害に命を狙われる身だ。もし輪廻が必要とするならば、彼女の元にいるのが安全だろう。

 

「第一区博物館は、災害のライダー一人が創り上げる理想都市にて生きていくための基盤を整える組織です。ヴェルバーを外世界に放置し、この舟で航海を開始します。ヴェルバーを止める手段を入手、もしくは、活動を停止するまで旅を続け、いつかの未来に、帰還します。」

 

クロノが語る内容と、概ね一致していた。

だが巧一朗の中で、彼女の言葉に些細な引っ掛かりを覚える。

 

「災害のライダー一人…………?」

「ええ。彼が理想郷の王となる。その為に、他の災害には死んでもらいます。」

 

輪廻はあっけらかんと、そう言い放った。

第四区博物館と同じ、遠坂輪廻は、ライダーを除き、全ての災害を殺そうとしている。

 

「間桐巧一朗、言峰クロノ、仲間になったのならば、都信華、貴方達はその実働部隊です。第一区博物館の裏スタッフとして、残された災害のバーサーカー、災害のランサー、災害のアサシンを暗殺します。」

 

「だから、この私も勧誘したのか。だが私は……」

「元、災害でしょう。知っているわ。安心して、誰にも言わないから。もはやシグベルトではない貴方は私の管理下から離れることは出来ないわ。指先を伸ばせば、いつでも死ぬんだもの。」

「そうか、それはもう、従わざるを得ないな。」

 

遠坂輪廻の要求に、巧一朗は答えるつもりはない。

だが易々とノーを訴えられる状況でもないだろう。逃げ出せば、即死。巧一朗は輪廻の恐ろしさを肌で理解した。

 

「とにかく、これから二人には是非、社会科見学に来て頂きたいわね。第一区博物館がどんな場所か、知ってもらいたいから。そこでゆっくりお茶でもしながら、昔話に浸りましょう?」

「昔話?」

「ええ、そう。私はライダーのマスター、巧一朗はセイバーのマスター、そしてクロノはアーチャー自身、みんなサハラの聖杯戦争の参加者だもの。千年前の顔なじみとの同窓会、とてもワクワクするじゃない?」

「俺はあんたを知らないんだが、まぁ、いいか。茶ぐらいなら付き合ってやる。」

「私には、断る権利は無いだろうね。」

 

輪廻は頷く二人に、満面の笑みを見せた。

これより巧一朗、クロノ、輪廻は第一区博物館へと向かう。

そして彼らの語らいが紡ぐ、過去の物語。

サハラの聖杯戦争、その全容が明らかになろうとしていた。

 

【キングビー編 エピローグ『エピソード:クインビー』 終わり】

 

【キングビー編 完】

 

【キングビー編 完】

 

【キングビー編 完?】

 

【■■■■■■ ■■】

 

【挿絵表示】

 

 

【■■■ ■■】

 

【深層編 開幕】

 

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