Fate/relation   作:パープルハット

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ついにサハラ砂漠へ!
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深層編2『巧一朗Ⅱ』

「なに……あれ?」

「ハロウィンのコスプレ?って時期でも無いよね。」

 

人の往来が絶えない商店街を、亀の歩みで進む少女。

大人しい色合いの服装には、夥しい量の血液が付着している。

彼女を一目見て、怖気づく者、距離を取る者、噂する者、心配する者、救急車を呼ぶ者、多岐に渡る。

だが誰一人として、声をかけようとはしなかった。

人間が持つ動物的本能が、少女を危険存在だと認識したのだ。

少女はそんな人間たちを気にも留めずに、ふらふらと進み続ける。

会いたい人がいた。今すぐに、抱き締めたい相手がいたのだ。

 

「亜弥ちゃん」

 

少女に始めた声をかけたのは、見知った間柄の人物だった。

彼女、亜弥はゆっくりと振り返る。

そしてその顔を見るや否や、珍妙な声を上げ、逃亡を図った。

だが彼女の腕は既に掴まれている。潜在的な恐怖心によるもので、どこまでも力が抜けていくようだった。

 

「桜……さん…………」

「ちゃんと、名前、憶えてくれていたのね。」

 

第三者は異様な光景に釘付けとなっていた。

ある人は、母親による虐待現場だと捉え。

ある人は、おいたの過ぎる子を温かく迎える親だと捉える。

だが二人は親子というには余りにも似ていなかった。

 

「その血、また殺したのね。」

「…………っ」

「隠さなくていいわ。私は亜弥の仕業だと知っている。冬木は間桐の庭よ?」

「………………私は、ずっと……」

 

亜弥はぽろぽろと涙を零し始めた。

昨日も、そう。

代行者の男に捕らえられたものの、彼女はその支配を解き、殺害した。

意識はない。殺戮衝動も無い。

ただ生命活動を維持するために、彼を『喰った』。

ふと目を覚ました時、目の前に亡骸が転がっていた。

そして自身の口元には、嫌な感触だけ残されている。

 

「辛かったわね。」

「辛い?」

「だって、悪い人は、そんな風に涙は流さないもの。」

「…………っ」

 

亜弥は桜に抱き着いた。

先程まで恐怖の対象そのものだった桜に縋りつき、目鼻を擦り付けた。

桜は母親のように、彼女を抱き、背中を撫でる。

気付けば観衆は興味を失ったのか、はたまた暗示をかけられたのか、その場から消え去っていた。

 

「さぁ、亜弥、行きましょう。歩けるかしら?」

「…………っ…………巧一朗は?」

「会いたいの?」

「はい…………会いたいです。」

「大学が終われば、帰って来るわ。それまでは私の屋敷でゆっくりして、待っていましょう。」

 

亜弥の身体に付着した血液は、桜にも染みついた。

だが桜は眉の一つも掠めない。

亜弥が苦しんだ結果のものならば、享受できる。

冬木で起きた怪事件。亜弥が起こしたものであるならば、解決したも同然だ。

桜は亜弥をその場で背負い、自宅へ向けて歩き出した。

 

【深層編②『巧一朗Ⅱ』】

 

俺はその日、大学へ戻ることなく、冬木市のあらゆる場所を探し続けていた。

だがどこにも、彼女はいなかった。

 

「…………っ」

 

もし探していない場所があるとするならば……

正直、『そこ』にはいて欲しくない。

だがこういう時、悪い方向で予感は当たるもので。

俺が自宅に戻ると、彼女はそこにいた。

 

「亜弥……」

 

彼女はダイニングテーブルに座って、物思いに耽っていた。

あまり見ない服装だが、着替えたのだろうか。

 

「あ、間桐君……」

「心配した、亜弥、良かった!」

 

俺は思わず彼女に抱き着いていた。

亜弥は戸惑いつつも、俺をしっかりと受け止めた。

暫くの間の抱擁の後、俺は隣の席に腰かけ、状況を整理する。

昨夜、亜弥に何が起こったか。

 

「あの大男は、あれからどうなったんだ?何かされたか?」

 

俺は代行者の男が殺されたことを知っている。

だが敢えてそれは言わない。口に出さない。

 

「えっと、その、私もあまり覚えていなくて。気付いたら桜さんに助けられていたの。」

「桜に…………やっぱりそうか。」

 

俺はキョロキョロと辺りを見回した。

だが桜の姿は無い。

自室に引きこもっているのだろうか。

 

「間桐君は、あの後……」

「あぁ、亜弥を探そうとした。けど、桜に止められた。正義の味方の出番だと言われてな。」

「ふふ、桜さんはやっぱり優しいね。」

 

亜弥はくすくすと笑うが、俺にはさっぱり分からない。

間桐桜が優しい?何の冗談だ。

俺を育ててくれていることには感謝しているが、いつ彼女の実験材料になるかも分からないのに。

臓硯と同じ道に進むのはまっぴらごめんだ。

だが、こうして亜弥を助けてくれたことには感謝、しなきゃいけないかもしれない。

 

「そういえば間桐君は、レポートの提出間に合ったの?」

「あ」

「…………ごめん、私の所為、だよね。」

「いや、まぁ、ギリギリになった俺が一番駄目だろうし、ははは。」

 

落単、という奴。

でもこればかりは仕方の無いことだ、と納得させる。

他の講義で取り返していくしかない。

卒業は、まぁ、何とかなるだろう。

 

「もし留年とかしちゃったら、大変だからね。気を付けてくださいな。」

「あまり考えたくは無いな。留年、留年か。」

 

留年も、卒業もしたくない、というのは子どもの我儘だろうか。

俺が働いているビジョンが浮かんでこない。やりたいこととか皆無だし。

努力している人間は、公務員の講座を受けていたり、資格の勉強に励んでいるんだよな。

正義の味方、はごめんだけど、何者でもない自分というのはとても嫌だ。

 

「間桐君?」

「あ、あぁ、ごめん。何となく将来について考えてさ。」

「将来?」

「俺って、どんな仕事が向いているだろうか。」

 

何となくの質問。

でも亜弥は顎に手を当て、真剣に考えてくれた。

 

「博物館の、スタッフ、とか?」

 

その答えは意外過ぎるものだった。

 

「博物館のスタッフ?俺が?」

「うん、何となくだけど。歴史とか好きじゃん。」

「うーん、まぁ歴史的遺産は好きだけども、ああいうのって地域密着型で、子どもを集めて勉強会やイベントやっているイメージなんだよな。俺、子どもってのがどうにも苦手で。」

「そうなの?」

「前も、アルバイトで子どもに声をかけることがあったけど、死んだ魚の目だとか言われたし。」

「それはそうかも。」

 

俺が博物館のスタッフ、か。

資格、とか必要なんじゃないか?

地域コミュニティにも関わっていないと難しいだろうし。

俺は誰かと打ち解けるのに時間がかかるタイプだ。

流石に不向きと言わざるを得ないだろう。

 

「亜弥は……」

「わたし?」

「なりたいものとか、あるのか?」

「私は……そうだなぁ。」

 

亜弥は暫く考えた後、首を横に振った。

彼女も己の進む道に迷っているらしい。

 

「何かね、私さ、時々自分自身が分からなくなるの。ふつーの人生経験は思い出の中にあるんだけど、でも、実感がない。映画の主人公に感情移入しているような状態になるというか。私の人生を生きているのが、本当に私なのか。だから未来のことなんて何にも分からない。いま、間桐君といれたら、それでいいのかなって思っちゃう。」

 

亜弥は照れくさそうに頬を掻いた。

俺としては非常に嬉しい言葉だが、そうも言っていられない。

俺は意を決して、事件のことを聞こうとする。

大男が死んだ。その件に、亜弥が全く関係ないとは思えない。

いや、確信がある。俺は『亜弥』という人物を良く知っているから。

 

「亜弥、あのさ……」

「というか、間桐君の家、凄く久しぶりな気がする!間桐君全然呼んでくれないんだもん!せっかく豪華なお屋敷なのに!」

「え、あ、あぁ。」

「せっかくだし、また案内して欲しい。間桐家探索に出発、だよ!」

「お、おい!」

 

亜弥は突如立ち上がり、廊下の方へと駆け出た。

俺は後頭部を掻きながら、溜息を零す。

話を遮られた、気がする。

今までの世間話もそうだ。

隠し事なんて出来ないってのにな。

 

そうして俺たちは、我が家を一部屋ずつ見て回った。

薄暗い邸宅、他人から見れば豪華絢爛には映るらしい。

確かに、金持ちの家と言われれば、そうだ。

臓硯の遺産を継いだ桜と俺は、何不自由なく生活できている、と思う。

二人で住むには広すぎるくらいだ。

使用人もいない屋敷は、空き部屋だらけで物寂しい。

いっそのこと、海外の人間のホームステイ先に指定してみてもいいくらいだ。

───勿論、魔術的な観点で、それは不可能なのだが。

 

「改めて見ても、素敵な邸宅よね。」

 

亜弥は細かい装飾品に至るまで隅々見て回っている。

別に珍しいものでも無いだろうに。

 

「間桐君の部屋は?」

「あぁ、二階だよ。」

「行ってみても良い?」

「別に何もないが、いいぞ。」

 

事実、俺の部屋には何もない。

学習机と椅子、就寝ベッド、くらいなものか。

漫画本の一冊でもあれば盛り上がるだろうが、興味ないんだよなぁ。

小難しい歴史書物はあるが、亜弥は興味を示さないだろう。

そんな中、亜弥が手に取ったのは、俺の宝物が入った小箱だった。

中を開けると、そこには折れた剣先の一部分が布に巻かれ保管されている。

 

「あ、おい、それは開けるな。」

「間桐君、これって…………」

「ツテで入手した聖遺物だ。だから、触らないでくれ。その、高価、だからな。」

 

ドイツの英雄譚にて語られる伝説の剣。

巨人族が所持していた大剣の欠片。

こんなものが日本の、一般大学生の手元にあるなんて、誰も想像しないだろう。

無造作に置いていた俺が悪いだろう。

いつか、またこの冬木で聖杯を巡る殺し合いが始まった時、これは俺にとって切り札になる。

俺の願いを、叶える為の必需品なのだ。

 

「ごめんね、引き出しに仕舞っておけばいいかな?」

「ああ、頼む。」

 

亜弥はてへっと舌を出すと、小箱をデスクの引き出しに収納した。

彼女はその後、色々と手に取ることを辞め、大人しく見て回った。

俺はベッドに腰かけ、ここ数日の出来事を考える。

代行者、そして、テスタクバル。

もう少しあの男と話したかったが、状況が悪かった。

冬木に忍び寄る影、もしかすると、俺の望む展開になるのかもしれない。

だが、桜の監視の目を掻い潜ることは、果たして出来るだろうか。

冬木に現れる悪意を狩る、正義の味方。だが俺にとっては……

 

「亜弥、ちょっとこの部屋で待っていてくれるか?」

「え、あ、うん。」

 

俺は亜弥を部屋に残し、桜がいるであろう場所へと向かった。

彼女は自身の魔術工房に引きこもると、数時間は出てこない。

だが、それは客人がいなければ、の話だ。

亜弥を招き入れた彼女が、それを放置するとは思えない。

虫の知らせ、というものであろうか。少しばかり嫌な予感がした。

 

階段を下りて、一階。

彼女はここに身内ですら立ち入り禁止の自室を設置している。

その戸を叩いて良いのは、特別な理由があるときだけ。

俺は彼女に叱られることを理解し、それでもノックする。

俺が家に帰ってきたことは分かっている筈。

それでも半時間ばかり顔を見せないのは奇妙だと思った。

 

「桜、いるのか。」

 

返答はない。

 

「……母さん、入るぞ。」

 

俺は部屋の扉を開けた。

一歩でも部屋に入れば、罠が仕掛けられているかもしれない。

だからこそ、慎重に開け放つ。

たとえ俺であろうと、桜は容赦ない、そう思ったからだ。

 

「桜?」

 

俺はそこで、目を疑う光景を目の当たりにした。

探し求めていた人物はいた、のだが、想定とは異なる姿で見つけられた。

彼女は椅子に座り、ぐったりと頭を垂れている。

そしてその腹部からは、血液が漏れ出ていた。

鋭利な刃物で切り付けられたような傷跡。

赤い液体がぽたぽたと床を濡らしている。

額からは多量の汗が噴き出ている。

 

「かあさ…………」

「大丈夫よ、巧一朗。あと数分も経てば回復するわ。」

 

激しく動揺する俺に対し、彼女は至って冷静であった。

何故、どうして。

頭に浮かぶ疑問符は止まらない。

原因は既に分かっている。

亜弥が、やった。

 

「桜…………俺は…………『そんなつもりじゃ』……」

「分かっています。だから、落ち着きなさい。大丈夫だから、巧ちゃん。大丈夫、大丈夫。」

 

桜は俺を落ち着かせる言葉を吐き続ける。

だが、俺はこのとき、錯乱していた。

唯一の肉親がケガを負っている、その事実に耐えられない。

 

「巧一朗、亜弥は悪くない。だからゆっくり深呼吸して、ね。」

 

亜弥……?

亜弥、そうだ、亜弥だ。

アイツが、桜を…………母さんを…………

アイツが、アイツが、アイツが

俺は彼女を放置し、走り出していた。

動揺から、激しい怒りへシフトする。

桜は俺を止めようとしていた。だが、その声は右から左へと流れていく。

階段を駆け上がり、自室へ飛び込んだ。

能天気な表情で迎える亜弥へ近付き、その髪を引っ張る。

 

「ま、間桐君!?なに!?」

「桜を傷つけたな、お前。」

「痛い!痛いってば!」

 

俺は亜弥の腕を引き、部屋を飛び出す。

叫ぶ彼女を無理矢理攫い、屋敷の地下へと向かう。

深淵へと近付くにつれ、酷い悪臭が漂った。

だが、俺にとってみれば居心地のいい場所だ。

ここなら、何十年だって引き籠っていられる。

俺が、生まれた場所。

臓硯亡き後は、俺がここを管理していた。

 

「ここ…………」

「蟲蔵」

 

俺は一言、そう言い放つ。

階段の下には無数の幼虫が蠢き、蜘蛛や蝶の形をした異形が、壁を伝い、宙を舞っている。

キイキイ、キイキイ、彼らの鳴き声がこだまする。

軟体生物の濁流。縦横無尽に駆け回り、今日も餌を、そして、仲間を求めている。

亜弥を歓迎しているのか。きっと、そうだ。

 

「間桐……くん……?」

 

亜弥は目を最大限に開き、がくがくと震えていた。

腰が抜けているようで、俺が腕を取っていなければ、階段下へと転げ落ちそうだ。

彼女にも、この場所の異常さは当然理解できるらしい。

 

「ねぇ、何?何なの?ここ、どこ、何?」

 

取り乱した亜弥は、涙や鼻水を垂れ流していた。

そして底の方を目の焼き付けてしまったのか、今度はその場で激しく嘔吐する。

胃酸と共に零れた栄養に、地下の虫たちは群がり、這い上がろうとのたうち回る。

亜弥は恐怖、しているのだろうか。

 

「怖いのか?」

「そ、そんなの、決まってる、決まっているじゃない!?」

「そうか。」

 

あぁ、勿体ない。

俺は頭を抱えた。

喜怒哀楽、ここまで忠実に表せる『個体』は、初めてだったのに。

友達からスタートして、恋の感情を抱かせるまで至ったのに。

著しい進化、それ自体は喜ばしいことだが、人間を食料にしていたなら、理由にも納得できる。

脳を啜り、知恵を蓄えた。

植え付けられた恋愛観は、冬木に住まう誰かの所有していた感情だ。

 

「まったく、所詮は継ぎ接ぎだらけの『虫』かよ。」

 

俺は冷めた目をしていた。

何も分からない亜弥はただ、俺に縋りつく。

きっと彼女は、自らが犯した『食事』のことも、理解できていないだろう。

結局、欠陥品だ。

好みの性質、好みの肉体であったが故に、喪失感は大きい。

 

「ね、ねぇ、間桐君?ごめん、ごめんなさい、私、何かしたかな?あれ?わかんないや、ごめん、ごめんね、すみません」

 

亜弥は目や鼻や口から、液体を零しつつ、謝り続ける。

俺の身体にしがみつき、己の生を懇願する。

何に対して、謝罪しているのだろうか?さっぱり分からない。

だが、残念ながら、この場所においては『命乞い』も、ただの『羽音』だ。

欠伸が出る。

そして俺は彼女の腹部を、右足で蹴り飛ばす。

 

「え」

 

亜弥は茫然自失だった。

蹴られた勢いで、階段を踏み外し、そして落下する。

蛭の蠢く天国へ、どこまでも、堕ちていく。

俺の救済を、愚直にも信じ、彼女は手を伸ばしていた。

だが、無理だ。

俺の母親に傷を負わせた代償は払ってもらう。

 

「あ」

 

そして着地、いや、着弾、と言うべきか。

亜弥の肉体に群がる同胞たち。

彼女の服は忽ち破られ、穴という穴に、幼虫たちは侵入した。

白い肌に吸い付き、外部と、内部から、幸せを吟味し、咀嚼する。

俺が繋ぎとめていた『糸』は、虫たちに食い漁られ、徐々に、亜弥の肉体は崩壊する。

亜弥は必死に、俺の方へと手を伸ばしていた。

『助けて』だの『ごめんなさい』だの、言っている気がする。

あぁ、心底どうでもいい。

 

「喫茶店でデートしたのは、楽しかった。俺も本当に残念だよ。」

 

そして、亜弥という存在は、解体された。

元の幼虫の群れへと戻り、この地下を蠢き続ける。

俺は溜息を零し、その場に座り込む。

また失敗した。母親に迷惑をかけるつもりは無かったんだけどな。

 

「巧一朗」

 

階段の上から、声が聞こえた。

回復し、歩けるようになった桜が、そこにいる。

彼女はゆっくりと、俺の元へと降りてきた。

 

「大丈夫なのか、身体は……」

「ええ。それより貴方……」

「悪かった。俺がもっと上手く創れていたなら、ここまでの事態にはなっていなかったと思う。桜のことも、傷つけた。」

「私はどうでもいいの。それより、亜弥は?」

「あぁ、失敗作だから壊した。次はもっと精巧な友達を作るよ。」

 

知能指数は高めに、ちゃんと檻の中で餌を食らう女子ならばいい。

俺の縫合魔術は、更なるステージへと迎える。桜にも、研究成果を発表したいぐらいだ。

だが、桜は怒りを通り越して、呆れている、そんな表情だ。

やはり冬木の善良な市民の命を奪ってしまったことに、怒っているのだろう。

想定外、ではあったが、俺の責任には違いない。

住処を山奥にしたのは、問題だったな。

 

「何人も、死に追いやって、今度は亜弥まで殺したの?」

「悪かったよ。でも、殺したのは亜弥だ。俺じゃない。でも間接的に言えば俺も加害者だから、ちゃんとけじめをつけて、亜弥を処分した。」

「なんで、亜弥まで……貴方が『縫合』したとはいえ、命は、たった一つの命だった筈でしょう?」

「何を言っているんだ。亜弥は只の『虫』だ。俺と同じ、地下を蠢く害虫だよ。尊ぶべき命なんてのは柄じゃない。」

 

俺も、欲を言えば、人間らしく生きてみたい、

人間の女と、結ばれたい。恋に落ちたい。

だがそれは不可能だった。彼女らとは価値観が根本的に異なる。

俺の、『虚行虫』としての姿を受け入れる者はいないだろう。

なら、虫同士で番になるのが、自然界の摂理だろう。

桜は俺に、人間として生きて欲しいと願っているようだが、結局俺は人間にはなれない。

聖杯でも、無い限りは。

愛に飢えている。桜だけでは物足りない。

歪んでいても、構わない。

 

「俺が持っている小説の登場人物を真似したんだが、所詮はキャラクターの模倣だった。今度は大学の連中をモチーフに創ってみるかな。加害性のない個体にしないと……」

 

俺は携帯電話に保存された画像を見やる。

学内のミスコンで隠し撮りした、数多の美少女たちから、次の恋人のイメージを固めていく。

そんな俺へ、桜は軽蔑の眼差しを向けた。

その視線が酷く不快で、俺はその場を立ち去ろうとする。

だが、彼女とすれ違う、その瞬間、彼女は俺の頬を平手打ちした。

突然のことに、目を丸くする。蟲蔵の地下階段へ数歩後ずさった。

 

「な……」

「どうしてよ、巧一朗、どうして……」

 

桜の目じりには、涙が溜まっていた。

正義の味方には、やはり俺の行為が許されざるものとして映っているのだろう。

臓硯の気色の悪い救済観念も、桜の穢れたヒーロー観も、俺には無関係だ。

だが、大切な人を泣かせてしまっている現状には狼狽する。

 

「えっと、ごめんなさい。次はもっとちゃんと……」

「そうじゃない!何も分かっていない!」

 

分からない。

友達作りや、恋人探しの、何がいけないんだ?

俺は何か、間違えているのか?

狼狽える俺に対し、桜は階段下を見た。

そこには、亜弥だった筈のモノが、少しばかりまだ残されている。

俺へと、必死に伸ばした右手が、千切れて浮かんでいた。

それを見た桜は、俯き、そして静かに呟いた。

羽音が五月蠅いこの場所で、俺は、彼女の失望の音色を一言一句聞き逃さなかった。

 

 

「あなたなんて、生まれてこなければよかったのに」

 

 

桜は、俺に、そう言い放った。

生まれなければ、良かった?

俺が?

え、何で、何で?どうして?

 

「っ…………」

 

そして、彼女は俺を放置し、蟲蔵を離れて行った。

 

「さ……」

 

俺はその場に残される。

俺が亜弥に向けていた眼差し同様に、彼女も、俺を見下していた。

人間になれない俺を、どうしようもなく侮蔑していたのだ。

俺はこのとき、どのような感情を抱いていただろう。

怒りだったか、悲しみだったか。

眉間に皺を寄せていたのか、それとも、涙で頬を濡らしていたのか。

覚えていない。

だが、俺は理解できなかった。

桜が何に対し、憤怒していたのか。

 

「おれだって」

 

分からなかったからこそ、俺はこの屋敷を飛び出したのだ。

深山町をあても無く離れ、新都へと。

訳も分からず、どこまでも走っていく。

我武者羅に、何かを取り去る様に。

 

「生んでくれなんて、頼んでねぇよ!」

 

どうして俺は生まれたんだ。

どうして俺は人間じゃないんだ。

どうして俺は認められないんだ。

何が間違っていたのか、分からない。

全てが違っていたのかもしれない。

でも、俺はただ、友情とか、恋愛とか、そういうありふれたものが欲しかっただけなのだ。

桜が嫌い、でも、本心はそうではない。

好きだった。

でも、愛し方が分からない。

『人間』は、どうやって他者を敬い、愛している?

そんなことも、今の俺には分からない。

ただ、唯一の肉親。

唯一の、俺に愛を与えてくれるヒト。

そんな相手に、拒絶されてしまった。

そのことだけが、全身を燃やし尽くす程につらくて、悲しくて。

 

「はぁ……はぁ……ああ、クソ」

 

どこまで走って来ただろうか。

いつの間にやら、自分でも分からぬ土地まで来ていた。

でも、何故か見覚えがある気がした。

それも今日、この景色を見たような──

 

「あ、ここ、もしかして」

 

俺は大学で、クラスメイトの携帯電話に映っていた、大男の殺人現場写真。

何気なく見たその画像に映っていたビルが、近くに聳えている。

もしかすると、この付近に亜弥が『食事』した形跡が残っているかもしれない。

犯人は事件現場に帰って来ると言う。俺は誰かに疑われない様、恐る恐る現場を探した。

そしてそれは、思いのほか、早期に見つかった。

キープアウトのイエローテープとブルーシートが、暗闇の中でやけに目立っていた為だ。

だが、俺が立ち入ることは出来ない。

こんな時間にも関わらず、警察らしき集団が出入りしていた。

この近くにいると怪しまれるのは必至だ。早々に退散するのが得策である。

そうして俺がその場を離れる瞬間、背後に立つ男の影に気付いた。

 

「っ!」

 

色素の抜けた髪と痩せこけた肌をした、高身長の男。年齢は、三十代後半、だろうか。

雨が降っている訳でもないのに、黒のレインウエアを着用していた。

どこからどう見ても、犯人と言わんばかりの立ち姿である。

余りにも不気味、余りにも異質であった。

 

「君は、マキリの…………あぁ、息子か。」

 

俺を知っているのか?

益々不気味だ。代行者の男と何か関係があるのだろうか。

息子、という発言から察するに、桜のことを知っている。それでいて、間桐、ではなく、マキリと言った。

俺は一歩ずつ後退する。危険存在だとこの身が判断した。

 

「お前は、叶えたい願いがあるか?」

 

男は唐突に、そんなことを言ってきた。

ある、と心の中で即答する。

人間になりたい。

そうすれば俺は本当の意味で、母さんの息子になれる。

 

「命をかけても叶えたい願いだ。それがお前にはあるか?」

「聖杯か?」

「ほう。それを理解しているんだな。」

 

男は俺に、何かを差し出した。

それはチケット?のように見える。

 

「砂漠だ。砂漠で殺し合いを始める。遠坂と、アインツベルンも出る。お前も来い。」

 

俺は恐る恐る男の手の中にある紙を受け取った。

何語か分からないが、航空券のように思える。

 

「イスラム共和国、モーリタニアだ。モロッコを経由して来い。開催は一週間後だ。間桐桜は応じないだろうが、お前は来てくれると願っているよ。暑い国だ、水分だけは忘れるなよ。」

 

そう言い残し、男は踵を返した。

突然のことで、俺はポカンと立ち尽くしたままだった。

どこの誰なのか、何故ここにいたのか、何故俺を知っていたのか、何が目的なのか。

だが、この手に握られたモノの重みだけは理解できる。

これは、デスゲームへのチケットだ。

生き残り、己の欲望を叶えるための戦い。

俺はその『参加券』を手に入れることが出来たのだ。

 

 

そして、五日後。

 

俺は。

 

見知らぬ土地に立っていた。

 

「パスポート、まさか持っていたとはな。自分でも驚きだ。」

 

俺はヌアクショット・ウムトゥンシー空港の玄関口にいた。

思っていたよりも綺麗だし、清潔だ。

車が行き交う五月蠅いダウンタウンまで、タクシーで約一時間あまり。

だがそれは首都ヌアクショットのみで、そこから少し東へ離れれば、そこはサハラ砂漠。

確かフランス語ならば通じるようだが、大丈夫だろうか?

 

「それにしても、暑い。」

 

それはそうだ、と思うだろうが、少し意味合いが異なる。

今の気温自体は日本の夏とさほど変わらない。

だが、ここは酷く乾燥している。

風に乗って流れてくる砂を鼻や口から吸い込み、まず喉が潰れる。

そうなればもうまともに呼吸できない。

水分が無ければ、忽ち熱中症やら何やらで倒れるだろう。

何故、こんな場所で聖杯戦争が行われるのか。

俺と同様に、遠坂やアインツベルンがこの地に訪れているのだろうか。

敵ではあるものの、心寂しいので合流したいと考えてしまう。

 

「港の方面に行けば、とりあえず大丈夫だろうか。」

 

色々拗らせた結果、あの屋敷を離れてきた訳だが。

正直な所、少しワクワクしている。

桜がいないこの場所では、俺も少しは気軽に過ごせるというものだ。

家出、という奴なのだろうか。それにしてはえらく壮大である。

 

「えっと、先ずは、監督役のいる場所……」

 

確か、テルジットまでは……

俺は地図を見て、驚愕する。

その途方もない距離は、地図を見ても一目瞭然であった。

飛行機に二日も揺られてきた俺にとって、これは絶望そのものだった。

そもそも交通の便も、タクシーやバス、不定期の鉄道しかない。

 

「北海道から沖縄、いや、もっとか?どうしたらいいんだ?」

 

そもそも、これほどの広大な土地で、英霊同士が争い合うなど、不可能では?

冬木市ならまだしも、この土地に霊脈があるとも思えない。

俺はがっくりと肩を落とす。

先ずはとにかく、ヌアティブの町を目指すしかない。

そこからモーリタニア鉄道、通称『アイアントレイン』に乗ることが出来れば……

上手くいけば、二日で、辿り着けるはず……

 

頭を掻きながら、期待と不安を胸に、空港の外へと歩き出した。

だが、そんな俺を待っていたと言わんばかりに、一台の車両が目の前に現れる。

キャンピングカーのような見た目だ。乗り心地は快適だろう。

中から出てきたのは、現地の民族衣装に身を包んだ男。

少し焼けてはいるが、黄色人種か。

 

「間桐巧一朗様、お待ちしておりました。」

「え、あ」

 

見知らぬ日本人。

五十代くらいの物腰柔らかな男だ。

俺のことを知っている。つまり、戦争の参加者である。

俺は数歩後ずさり、拳を構えた。

 

「誰だ、アンタ。」

「名乗る程の者ではありません。これより開催されるサハラの聖杯戦争、その開催主に遣わされた、そうですな、執事のようなもの、とお考え下さい。」

「デスゲームの親玉の部下?」

「そう言われると、咎人のようですがね。私たちは、各参加者様に、ここモーリタニアで生活するための必要最低限物資、そして移動車両を手配しております。実は間桐様のパスポートも、こちらが用意したものだったのですよ。」

「そ、そうだったのか。至れり尽くせりだな。」

 

怪しげな男、だが、言っていることに嘘は無さそうだ。

そもそも俺を騙すメリットはない。

ただ聖杯を勝ち取りたいだけなら、マスターを飢え死にさせればいいだけのことだ。

つまり、主催者は、必ず勝者になれるという絶対的な自信を元に、聖杯の器を満たす条件を求めている。

俺がこれより召喚するサーヴァントは、こいつらにとって『贄』だ。

 

「先ずは、『サハラの目』へとお連れします。その後は、間桐様の指定する拠点へと向かいましょう。」

「サハラの目?」

「はい。この聖杯戦争における特殊霊脈です。サーヴァントの召喚を、執り行って頂きます。」

 

サハラの目。

モーリタニア中心部、サハラ砂漠内に存在する、環状構造体。

かつて哲学者プラトンが、これをアトランティス大陸の入り口と記した場所だ。

……と、このおじさんが教えてくれた。

何でも、プラトンの提唱したこの説は正しかったようで、この地には膨大な魔力が溢れているらしい。

俺はその説明を受けながら、車両に乗り込む。

 

「通常、ヌアクショットからサハラの目に向かうと、早くとも数日はかかるのですが、交通網を外れた時点で超加速します。今夜には、その場所に到着できるかと。」

「まじか。」

 

こちらとしては有難い話であるが。

ならば、英霊と邂逅する準備をしなければならない。

そう考えると、心臓が飛び跳ねるように脈打った。

もしも、サーヴァントが俺の正体を知ったら。

そして、桜のように俺を拒絶したら。

俺はきっと見捨てられるか、はたまた、殺されるだろう。

だが、それもまた、運命かもしれない。

俺はある意味で、死に場所を求めて、モーリタニアに辿り着いたのだから。

 

「なあ、名乗る名前はないって言ったけど、呼び名が無いのは不便だな。」

「そうですか。では『ガンマ』と名乗っておきましょう。」

「ふっ、あんたと同じような奴が六、七人いて、あんたはその三番目なのか。」

「質問には答えかねますな。」

 

俺は後部座席で寝転がると、不用心にも眠りについた。

ガンマは仕事を終えれば、さっさと退場するだろう。

今は、戦争開始のゴングが鳴るのに備え、しっかりと睡眠をとるべきだ。

この先、どんな困難が待ち受けているのか分からないのだから。

 

 

そして、その時は、呆気なくやって来た。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──────」

 

ガンマが停車した車から、十数分歩いた先。

ゴツゴツとした岩場の中で、俺は確かなマナの揺らぎを感じた。

冬木など比べ物にならない。

この場に留まれば、俺は呼吸困難に陥るだろう。それ程に、大気は輝きで汚染されている。

孤独感や疎外感を味わいながら、俺は小箱から聖遺物を取り出した。

『エッケザックス』の欠片。俺を勝利へと導くもの。

俺は砂場にガンマから渡された特殊な液体で魔法陣を描き、詠唱を開始する。

急な突風や砂風に見舞われようと、この瞬間は、消えない。

そしてここで初めて、自身の手の甲に刻まれた紋様に気が付く。

歪な赤い痣。三画の令呪だ。

英霊を従わせるにはこれが必要なのだ。

翼、弓、そして円、三種類の痣にはどのような意味が込められているのだろう。

 

詠唱を終えた刹那、魔法陣は青く光り輝く。

何かが、来る。

とてつもない力の奔流。

巻き起こる砂嵐に目を潰される。

 

「何だ!?」

 

そして光と共に現れる影法師。

俺は充血した目を何とか開き、目の前に立つ存在を確認した。

 

「やぁやぁやぁ!聞いて驚け!見て驚け!我は最優たるセイバークラスにて召喚に応じ君臨した!勇者の中の!勇者!英雄の中の!大英雄!」

 

シルバーの髪をした、空色の鎧の剣士、否、美少女が、大見得を切って登場した。

その手にはエッケザックス、では無く、虹色の剣が握られている。

俺は、『勝利』を引き当てたのかもしれない。

 

「我が名は『ディートリヒ・フォン・ベルン』!汝が我のマスターか!?」

 

ドイツにおける伝説の大英雄、ディートリヒ。

王であり、勇者であり、真の英雄である。

俺は彼女の問いかけに、返答することが出来なかった。

生まれて初めて、英雄に出会った感動に、打ちのめされていたのだ。

俺は唾を飲み込み、必死に頷く。

 

「ふふふ、そうか!ではこれより、我らが伝説をこの地に刻むとしよう!さぁ、『勝利』を開始するぞ!」

 

この瞬間。

俺の

俺たちの

サハラの聖杯戦争は、始まりを告げたのだ。

 

【深層編②『巧一朗Ⅱ』 終わり】

 

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