【深層編⑥『巧一朗Ⅴ』】
「お迎えに上がりました。」
洞窟を抜け出た俺とランサーを待っていたのは、一人の紳士であった。
俺はその顔に見覚えがあった。
彼は、俺とセイバーの案内人を務め、そして、シムーンの熱に焼かれて死んだ。
「ガンマ…………なのか?」
「いえ、私はランサーのマスターの補佐を担当致します『デルタ』と申します。」
「あ、あぁ。」
そういえば、ガンマがそう話していた気がする。
彼らは自動人形であり、全てのマスターに同じ形をした個体が送り込まれているのだと。
分かってはいた。だが、余りにも同じ造形だった為、俺は困惑を隠せない。
「デルタ、か。えっと、ランサーとそのマスターの、サポートをする人、だよな。」
「ええ、その為に参りました。」
「俺はランサーのマスターじゃない。俺はセイバーの召喚者だ。色々あって、ランサーのマスターを探すことに決めた。場所は、分かるか?」
「そうなのですね。ふむ……」
デルタは小型のパソコンを開き、何かを調べ始める。
砂風に電子機器は相性が悪いと思うが、何も言うまい。
彼が歩いてきた方向には、俺が乗車したものと同じ、キャンピングカー形状の巨大オフロード車が鎮座している。
俺は部外者なのだが、相席することは叶うだろうか。
色々と考え込んでいる内に、ランサーが俺の手を優しく掴んできた。
彼女の行動の真意が読み取れず、俺はドギマギしてしまう。
「ランサー……?」
「…………」
彼女は終始無言だった。
正直、気まずい。
美少女に手を取られる嬉しさより、何が目的か分からない恐怖が打ち勝ってしまう。
俺は誤魔化し笑いを浮かべながら、頬を掻くしかない。
ランサーの手は氷のように冷たく感じられた。
「監督役や我々の同胞たちにも確認を取りましたが、それらしき人物はこの国では発見されていないようですね。召喚の後、ロストしている。何らかの事故に遭ったか、或いは……」
敵マスターによって既に殺されている、または、召喚したランサーの手で始末された。
想定されるのはこのあたりか。
バーサーカーならばありそうな話であるが、グズルーンはどうなのだろう。
彼女が主人を殺害し、しらばっくれている、というのは考えにくいが……。
恐らく、既に敵によって葬られていると考えるのが妥当だ。
ランサーが今も現界しているならば、少なくとも昨日から今日にかけての出来事だろう。
無論、戦いが怖くなって逃げた、というのもあり得るが。
「マスター、行きましょう。」
「えっ?」
突如、ランサーは俺の手を引き、その場を離れようとした。
まだデルタとの話は終わっていない。
もしかしたら、自らの主人の所在が分かるかもしれないというのに。
一体どういうつもりなのだろう。
「ちょ、ランサー、待ってくれ、まだ話は……」
俺は言いかけて、口を噤んだ。
俺の方を振り返る彼女の目から光が消えていたのだ。
それは静かなる圧のようにも感じる。
彼女は俺とデルタの接触を快く思っていないらしい。
何故?
それはきっと、そこに不都合な真実が隠されているから。
まさか、彼女の主人は、彼女の手によって……
在り得るのか?
真名『グズルーン』、彼女の逸話を踏まえ、可能性を吟味する。
シグルドとブリュンヒルデの愛を引き裂いた、己の独占欲のままに狂う魔性の女。
そのようには見えない、見えないのだが…………
「あぁ、えっと、すまない。マスター探しは二人でしよう。」
俺は自らの観察眼を当てにしなかった。
虫風情がヒトの心の内を読み解こうというのが烏滸がましい。
グズルーンの名を冠する少女の美しさに惑わされてはいけない。
俺は、彼女のマスターでは無い。
俺のサーヴァントはセイバー、只一人だ。
その事実を忘れず、あくまでもランサーとは『共闘関係』でい続ける。
信用しても、信頼してはいけないのだ。
サーヴァントは何処まで行っても『兵器』だ。造形は同じでも、人間とは乖離している。
俺だって人間に化けた虚行虫だ。忘れてはならない。
ほら、もしかするとどこかに彼女のマスターが隠れていて、俺を罠に嵌めているのかもしれない。
まぁ、そんな回りくどいコトをする理由は見当たらないが。
俺は頬を掻きながら彼女の気持ちを探ってみる。
デルタのサポートとあのオフロードは魅力的、だが、俺は敢えて『二人で』という所を強調した。
彼女の旅路にデルタの存在は不要であるらしい。ならば彼女の意向を尊重する。
というか逆らう勇気が俺には無い。
彼女の眼光は、間違いなくデルタを射抜く。
ガンマのような被害者にする訳にはいかないだろう。
俺はデルタの方へ振り返り、アイコンタクトをした。
主催者の助けは要らない、我々は二人で旅をする。
そういう旨のハンドジェスチャー。何となくだが彼にも意図は伝わった。
そして、デルタとオフロードを置き去りに、ランサーは何処かへ歩いて行く。
俺は彼女のゆったりとした足取りに歩幅を合わせながら、これからのことを考えていた。
セイバーはシンゲッティの方へいるらしい。でも、ずっとその場に留まっているとは考えにくいだろう。
やはり車ぐらいは借りておくべきだったかもしれない。
このただ広い砂漠を歩き続けるのは愚の骨頂。
ランサーはどこを目指して進んでいるのだろう。
「マスター、すみません。」
「え、なに?」
「私の我儘に付き合わせてしまって。あの車の中の方が快適でしょう。」
「あぁ、いや、大丈夫だよ。俺が出会ったガンマも、さっきのデルタも、主催者の使い魔だし、警戒するに越したことは無い。」
「いえ、あの老紳士には一切の悪意が見えませんでした。本当に、ただのサポーターなのでしょう。この戦争の主催は余程己のサーヴァントに自信を持っていると言えます。…………単純に、これは私のエゴです。出来れば、巧一朗様と一秒でも長く、二人きりの時間を過ごしたい、という。」
「俺で良ければ。こんな砂漠に居たら孤独に寂しくもなるよ。俺もそう。」
「(そういう意味ではないのですが)」
「(何だ?ランサーがジト目になった気がする。気のせいか。)」
俺たちは果てなき砂世界をただひたすらに歩き続けた。
喉の渇きも、足の疲れも、感じられなくなっている。これは俺の身体がおかしくなってしまった訳でなく、ランサーが傍にいるお陰だった。
彼女の隣にいるだけで、俺の周辺の気温は少し下がり、生成された氷は喉を癒してくれた。
肉体の疲労に関しても、彼女の魔術的なサポートと、そして時折挟まれた小休憩で、限りなくゼロに近い状態だ。永遠に歩き続けられる自信さえあるほど。
太陽が昇り、そして落ち、一日の経過が早く感じられる。
変わらぬ景色に退屈する俺だが、ランサーはそうでも無さそうだ。
俺との雑談を心底楽しんでいる節がある。俺が常に会話の主体であるが、彼女は相槌を必ずうち、気立てよく接してくれる。
途中、俺は彼女が『グズルーン』であると忘れていた程だった。
一日の終わり、立ち寄った小さな限界集落の寝屋で、俺はランサーに関して再度考えてみる。
彼女はいま、周囲の警戒にあたっている。考察するなら今が絶好の機会だ。
思えば、彼女は自らの話をしたがらない。俺の話を聞き、優しげな笑みを浮かべているのみだ。
そして長時間、彼女と歩いていたことで、分かったことがある。
彼女は真剣に、自身のマスターを探していない。
その素振りも無い。
ある程度、魔術にも精通している彼女が、高速移動や、探索にその力を振るわないのは、どうにも違和感がある。
そしてこの小さな村。
偶然、村民から地図を受け取ることが出来たが、北東にあるシンゲッティでは無く、むしろ北のアタールへと向かっている。
まるでシンゲッティやワダンを避けるような進み方だ。
そもそも歩行スピードからして、急ぐ気配もないし。
このまま同じように歩き続けたとしても、シンゲッティまでは軽く見積もって、一週間はかかる。
セイバーが長期間、シンゲッティに留まる筈も無い。
それどころか、一週間も経てば、いくらディートリヒと言えど、無事でいる保証はないだろう。
やはりデルタとあの場所で別れたのは失敗だっただろうか。
俺は外へ出て周囲を確認するランサーを尻目に、裏口から反対側へと歩き出た。
彼女の本心が分からない以上、共に行動するのはどうなのだろうか。
だが、セイバーと合流が叶わない以上、俺一人でいる方が当然危険だろう。
シムーンの存在が脳裏にちらつく。
俺は彼女に悟られないよう、集落の外へと向かった。
逃げるつもりは無い。だが、一人になり、考える時間が欲しい。
ランサーの美しさは俺の心を惑わせる。
人間的に言えば、タイプ、という奴なのだろう。
性格だけで言うならば、俺はセイバーのような、自らの想いのままに突き進む女性が好みだ。
ミステリアスというのは、どうにも理解しがたい。俺自身、コミュニケーションが得意なわけではないからだ。
おっと、今はそんなことを考えている場合では無かった。
俺は単身、夜のモーリタニアを少しばかり散歩する。
やはり空に輝く星々は、冬木より鮮明で、美しい。
この空をまた、セイバーと共に見上げたい。
そして彼女の、ディートリヒの武勇伝、英雄譚を聞きながら、旅をしたい、そう思う。
その場にランサーもいれば、と思うのは些か欲張りだろうか。
これは戦争で、セイバーとランサーは敵対関係にある。だから、交わることは決して無い。
分かっているさ。
願いの為に、命を賭して戦う、死と隣り合わせの世界。
シムーンを目の前に、嫌という程見せつけられた筈なのに、俺はどうにも甘い考えを捨て切れないみたいだ。
「ん?」
村から離れぬ距離を目的も無く歩いていると、遠くから車の走行音が聞こえた。
ヘッドライトが淡く光り、徐々に、こちら側へと近付いて来る。
夜闇に慣れた俺の目に映り込んだ車種は、まさかの主催者から支給されるオフロードだった。
俺は急ぎ、岩陰に隠れた。敵マスター及び、敵サーヴァントが来訪したのである。
ランサーの元に戻り、逃げなければ。
俺と彼女は主従では無い。だからこの場で戦闘するのは二人にとって不利以上の何物でも無いだろう。
村の手前で停車したキャンピングカー。そこから降りてきたのは、サーヴァントと思しき大男と、くたびれたアジア人、そして、年端も行かぬ女の子であった。
家族を連れての聖杯戦争にも見える、異常な組み合わせ。
親と子、にしては歳も人種も異なる。それに、何やら少女が男に命令し、アジア系の彼がペコペコしているようだった。
俺は彼らからかなりの距離を取って、後を追う。
気配遮断なんて無いし、敵サーヴァントには容易に悟られそうだな……
「おい禮士、マーシャ、我々は何者かに付けられているぞ。サーヴァントでは無いようだが。」
「あぁ。人間が一人、敵マスターにしては、余りにもお粗末な尾行だな。」
「(全然気づきませんでしたわ。)」
「どうする。殺しておくか?」
「いや、もし敵さんなら、協力を仰ごうじゃないか。俺たちがこの村に来た目的のためにね。」
ん、何か会話をして、俺の方を振り返ったな?
そう思った直後、俺の目の前に敵サーヴァントが瞬間移動していた。
筋骨隆々な上半身裸体のスキンヘッドが、俺の両手首を掴む。
俺はまんまと生け捕りにされてしまった。
「え」
俺は素っ頓狂な声を上げるしかない。
大男は片手で俺を抱きかかえると、マスターの元へと戻っていった。
もしかして、いや、もしかしなくても、最大級のピンチではないだろうか?
俺はどこか冷静に状況分析しながら、それでも、セイバーを呼ぶ令呪を切ることはしなかった。
※
そして俺は村一番の屋敷内に連れてこられた。
特に拘束される訳でも、拷問される訳でもない。
何なら、古き良き畳座敷に通され、茶を振舞われた。久々の味だ。
俺の目の前に傷んだコート姿の男が座り、煙草に火を付ける。
だが吸う直前に、隣にいた小学生あまりの少女に掠め取られ、あえなく捨てられた。
「子どものいる前で吸うなんてサイテーだわね。」
「普段子ども扱いをしたら怒るじゃないか。」
「それとこれとは話が別。健康に気遣いなさい。」
男は子どものような表情で拗ねている。
力関係が余りにも顕著だ。
俺は麦茶を啜りながら、彼らの言葉を待った。
選択を間違えれば死ぬ。セイバーと再び巡り合う為に、何としてでも生き延びなければ。
ランサーのことも心配だしな。
「さて。俺の名は『衛宮禮士』、日本人だ。君もか?」
「あぁ、俺の名前は『間桐巧一朗』だ。」
「げぇ!間桐!?」
顔を歪ませたのは隣の少女だ。
衛宮禮士という男は、ほう、と興味深そうに頷いた。
「あ、こっちは『マーシャスフィール・フォン・アインツベルン』だ。アインツベルンという名に心当たりはあるかい?」
「まぁ、それなりには。」
驚いた。
こちらの外国人の女の子は、あのアインツベルンなのか。
冬木の御三家の一角、ある意味我々はライバル同士、なのかもしれない。
「落ち着いているね。君のサーヴァントもこの村にいるようだ。ここは俺たちバーサーカー陣営のテリトリー、君は攻め込んできた、という訳だね。」
「いや、この場所に立ち寄ったのは偶々だ。なにせこのサハラは広い、オアシスがあれば一目散に駆け込むのが道理だ。」
「でも今は、聖杯戦争の最中だがね。オアシスを領地にしている陣営ばかりだ。君はそうじゃないのかな?」
「俺は未だにこの砂世界を迷い続けているよ。どこにも居場所が無い気がしてな。」
「違いない。俺はこの通り、話し相手が二人もいるが、君はそうじゃないみたいだ。サーヴァントは通常、マスターの元を離れないだろう?」
見透かしたように禮士は言う。
小汚い髭面の痩せ男、だけでは無いらしい。
まるでプロファイリングだ。俺の言葉一つ一つから情報を引き出そうとしている。
つまり彼らにとって俺は直ちに殺害する対象では無いという事だ。利用価値を精査し、俺の処遇を決めようとしている、気がする。
禮士とマーシャの二人から観察される。恐らくだがマーシャの方は何も考えていないだろう。
「それで、俺をここで殺さないのか?」
「戦争であるから、それはその通りだ。だが、今は……」
「共闘の申し出、ですわ!」
マーシャは立ち上がり、俺に指差した。
聖杯戦争において、巨大な存在を前に、参加者が手を取り合うこともある。
現に俺はセイバーのマスターでありながら、ランサーに声をかけた。
だがまさか、バーサーカー陣営が協力を仰ぐとは。
俺に出来ることは少なそうだ。でも、話に乗らなければ、見逃してはくれないだろう。
「巧一朗、君はこの戦争において発生している『災害』について心当たりはあるかい?」
「現地住民が既に何人も命を落としているわ。彼らは砂漠の至る所で黒炭となって発見された。」
当然、思い当たる節はある。
突発的熱風『シムーン』のことだろう。
俺はシムーンとの遭遇後の討伐を条件に、監督役から令呪を補填された。
「その顔は、知っているようだね。」
「シムーン、だな?」
「ああ。俺たちが世話になっているこの村の人間たちも、三名ほど行方不明になっている。俺独自の調査ではもう……」
帰らぬ人となっている、か。
霊脈の存在しないサハラ砂漠で、かつての伝説、アトランティス大陸の膨大な魔力を持ち込んだ。
そしてその結果生まれた生霊、それがシムーンだ。
本来、主催者側に責任はあるが、禮士の口ぶりからするに、モーリタニア、ひいてはサハラそのものがシムーンの被害に遭っているのだろう。
現地民を守る義務は無いが、参加者は言わば加害者側でもある。
手の届く範囲でどうにかしたいと願うのは、至極真っ当だ。
禮士とマーシャは、シムーンの魔の手からこの村を守りたいと決意した。
故に、偶然立ち寄った敵である筈の俺に、助力を求めている。
俺はシムーンに恐怖し、セイバーに見限られた男だ。
何の力にもなれないと思う、思ってしまう。
「今夜、この村周辺に現れるシムーンを迎撃する。数日間の観測で、その数は十八体と想定される。協力頂けないだろうか?」
「当然、報酬は弾みますわ!」
「いや、報酬では釣られないだろう。そうだな、我々が最後の二組になるまでは、巧一朗、全力で君と君のサーヴァントのバックアップを約束しよう。真に共闘関係だ。」
俺の答えは決まっていた。
共闘がどうとかは、正直まだ分からない。
でも、俺はもうシムーンから逃げない。戦う意思を貫くべきだ。
ここで逃げたら、何のためにセイバーへ謝罪するのか分からないじゃないか。
虫風情の必死の足掻き、見せてやる。
俺は禮士とマーシャに手を伸ばした。
彼は呆気なく決断した俺に驚きつつも、帽子を取り、深々と頭を下げた。
そして俺の手を握り締める。
「よろしくですわ、間桐!」
「巧一朗だ。そのように呼んでくれると助かる。」
「ええ、ではよろしく、巧一朗!」
俺は今夜、戦いの舞台に立つ。
ランサーはどうするか、分からないけれど。
もし俺だけだとしても、出来ることをしよう。
俺の魔術が、何か役に立てるかもしれない。
※
俺は自身の寝屋へと戻る。
するとランサーが俺の帰りを待ち続けていた。
俺は謝罪を口にするが、彼女は怒りも、悲しみもしなかった。
曰く、俺の行動は彼女に筒抜けだったようで、危険に遭った際は瞬時に駆け付けるつもりだったらしい。
有難い話だが、俺のサーヴァントでは無い以上、敵にしたら非常にまずくないか?と思う。
俺は真っ先に殺されるんだろうな…………。
「ランサー、俺はシムーンと戦うつもりだ。貴方はどうする?」
「当然、戦います。私は巧一朗様のサーヴァントですので。」
「それは違うけど……うん、よろしく頼む。一緒に戦おう。」
俺は彼女に対しても手を伸ばし、握手を求めた。
彼女は少し顔を赤らめながら、俺の手をおずおずと取る。
そして嬉しそうにはにかんだ。
本当の主従っぽいな。
クールな面持ちの彼女だが、笑った方が百倍良い。
早く本物のマスターが見つかってほしい。俺は本心からそう思った。
「巧一朗……っと、初めまして。君は……」
「ランサーだ。彼女もシムーンの討伐に一役買ってくれる。」
「そうか。有難う。村民は全て、俺の拠点に匿った。確認しているシムーンの数より、多い個体が出現する恐れもある。もし自らの危険が及ぶなら、君とランサーは早々に離脱してくれ。」
「禮士、あんた戦争に向いてないな。優しすぎないか?」
「仲間に対しては、な。君が敵になるなら容赦はしない。君こそ、戦争には不向きな性格をしていると思うよ。」
「余計なお世話だ。さぁ、行くぞ。」
俺たちはそれぞれ配置についた。
禮士の見立て通り、南東の風が吹きつけると同時に、シムーンは続々と現れ出る。
数の予測が出来ているという事は、出現数には限度があるのだろうか。
俺とランサーの目の前にも、老人や子どもといった、様々な個体のシムーンが召喚される。
その数は今の時点で四人。
中には、この場所には存在しない筈の人間まで紛れ込んでいた。
「さ……桜…………っ!?」
「シムーンはどのような姿にも『見える』。マスターの脳内が無理矢理に当て嵌めたビジョンに過ぎません。」
「あ、あぁ、分かっている。そもそも桜の肌は白色で、コイツみたいに日焼けしていないからな!」
俺が指示を出すと、ランサーは彼らに向かって走り出した。
その手に有する長槍で一度に二つの首を切り落す。
血液が流れ出る代わりに、彼らの首元からは砂が吹きこぼれた。
シムーンは不死身だ。サハラ砂漠では魔力が尽きない限り、永遠と復活する。
セイバーは模造剣クラウソラスの力で材質を変化させていた。
ヒトの身すら焼き尽くす熱砂、止める術はあるのだろうか。
俺は右方向で、こちらも戦闘態勢に移行するバーサーカー陣営を観察する。
マーシャと禮士は遠くからバーサーカーに指示を出している。
大男は巨大な弓を何度も弾き、光線状の矢を連射している。
当たれば一撃でシムーンの身体は吹き飛んだ。一撃一撃がまるで対人宝具のような威力を誇っている。
既に周辺の砂漠一体が、隕石でも落ちてきたかのように抉り取られた。
ごつごつとした岩場が隆起し、あの箇所ではシムーンが肉体を維持できなくなっている。
そうか、砂の回収が遅れるから、即時身体を復元することが出来ないのか。
バーサーカーがいる位置も、村周辺の生い茂ったヤシの木々の上である。あの位置であれば、熱砂も重力の影響を受け、多くは届くまい。
考えたな、禮士。
バーサーカーが遠距離武装しているからこその戦略。
でもランサーはそうはいかない。
そもそも指示を出そうにも、俺は彼女のことを何も知らない。
俺は俺で、戦うしかないようだ。
「虚数魔術、実戦では初めてだな。」
俺はランサーにより殺されたシムーンの遺体に駆け寄った。
構成材料は砂と風、自然由来が過ぎるな。
無理矢理に糸で補強し、俺の傀儡とする。
人形があれば簡単だが、生霊に対して縫合を行うのは至難の業。
でも、それでも、やるしかない。
俺は指先から細い光の糸を伸ばし、シムーンの遺体に繋ぎ合わせる。
筋肉を、骨を、臓器を、そして心を。
桜や臓硯は否定したけれど、俺の魔術は『ヒト』を造る魔術だ。
俺の肉体を構成する虫の一部を、この亡骸に移植する。
頼む、動いてくれ。
俺に力を貸してくれ。
「マスター!」
ランサーの声に、俺は肩を震わせた。
しまった、集中し過ぎていたか!?
俺の目の前には、桜に似た女のシムーンが一人。
先日と同じ状況だ。
だが俺は恐怖しない。
一秒で命が刈り取られるとしても、それでも、俺は敵から目を逸らさない。
俺がいま立っているのは戦場だ。
背中を見せるのは恥と知れ。
目の前にいるのが、俺の母親に似ている個体だからこそ、俺は前を向けた。
生まれてきて良かった。
俺は母さんにそう思って貰えるような『人間』になるのだ。
それが、俺の聖杯にかけるたった一つの願いだ。
「『招霊転化』!」
熱砂となったシムーンが襲い来る直前、俺は叫んだ。
桜から学んだ、新たなる縫合魔術にして虚数魔術の神髄。
俺の記憶を媒介とし、縫合した傀儡に英雄を呼び出す。
「くっ!」
だが目論見は失敗する。
シムーンに、俺の出来損ないの魔術は通用しない。
俺が糸で編み上げた亡骸は、俺の盾となり、崩れ去った。
そこに英雄が宿ることは無かったのだ。
でも、たった一度ではあるが、シムーンの熱砂から我が身を守ることが出来た。
全身に傷を負ったものの、俺は何とか生き永らえている。
『自分の身は自分で守れ』
セイバーの声に、ようやく応えることが出来たのだ。
ほんの少しだけ、それが嬉しく感じられた。
「マスター!」
ランサーは俺の傍に駆け寄った。
既にほとんどのシムーンが首を刎ねられている。
無論、復活はするだろうけど、今は小休止。
ここから新たに対策を練らなければ。
どうやらバーサーカーも、ある程度シムーンの駆除を終えたらしい。
禮士と合流できるかな。
俺はそんなことを呑気に考えていた。
だが、俺の傍にいた彼女は、肩を震わせていた。
「ランサー、どうした?」
「申し訳ございません、マスター。私が不出来であるが故に、こんなにケガを負ってしまって。」
「いや、でも生きているから大丈夫だよ。有難う、ランサー。」
俺は彼女の頬に手を当てる。
すると人肌とは思えぬほど、冷たく凍り付いていた。
まるで彼女の心情を表しているかのようで。
その目から、光が失われている。
「ランサー…………?」
「許せない。ただの『熱砂ごとき』が、私のマスターを、許せない。」
「お、おい、どうしたんだよ?」
ランサーは立ち上がり、俺の半径数メートルに結界を施した。
そしてゆっくりと空へ浮かび上がっていく。
彼女の手にした槍はいつの間にか、背丈を遥かに超える程の大きさまで膨張していた。
俺はこの瞬間になって、ようやく気付く。
彼女がしようとしていること。
まさか、この地帯全域ごと、シムーンを完膚なきまで滅ぼすつもりか?
「ランサー!止まれ!辞めろ!」
俺は右手を振りかざす、が、俺に宿っているのは、彼女の為の令呪では無い。
俺は令呪の使用を決心する。
いま、セイバーを呼び戻さなければ、大変なことになる。
だが、時すでに遅し。
俺の決断より一歩先に、ランサーは宝具を使用した。
『わたしだけの冥府への旅(ブリュンヒルデ・コメ―ディア)』
それは一瞬の出来事だった。
轟音と共に、視界は光で埋め尽くされる。
俺は一秒間目を伏せ、そして全てが終わると同時に開いた。
何が起きた?
俺は何も理解できぬまま、結界の外を茫然と眺めていた。
目の前に存在した筈の村が全焼し、保護されていた筈の村民たちは皆、死んだ。
巨大なクレーターはきっと宇宙からでも観測できる程であろう。
岩場の表面は凍り付き、この一帯だけ北極のような景色となっている。
俺のいる場所だけが、砂漠。
当然、この地帯に二度とシムーンは現れるまい。
でも、そんなことはどうでも良かった。
俺の目の前で、余りにも多くの命が消え去った。
それを受け止めることが出来ない。
「あ」
離れた空で、バーサーカーが二人を保護し、浮いている。
良かった、禮士とマーシャは生きていた。
聖杯戦争の敵である筈なのに、俺は彼らの無事に安堵してしまう。
だが、彼らは遠くから、俺の方を睨み続けていた。
絶対に許さないと、そう言いたげな目。
状況から見て、俺はランサーのマスターで、俺の指示で村を破壊し尽くしたように見える。
当然だ。
彼らは俺を、血も涙もない男だと軽蔑しているだろう。
悔しいが、状況が状況だ。
バーサーカーは彼らを連れ、戦線離脱した。
俺はその背中をただ見ていることしか出来なかった。
「マスター」
彼女の手により結界は解かれる。
濁り切った血の色の眼で微笑む少女。
彼女は俺に向け、微笑みながら、手を差し伸べた。
「もう大丈夫ですよ、マスター。」
彼女の笑顔はとても好きだ。
笑っていた方が百倍いいと思う。
でも
今は違う。
笑うな。
俺の前で笑うな。
俺は彼女の手をはたき落す。
あぁ、今はっきりと理解した。
彼女のマスターは、もうこの世にいないのだ。
きっと、この女が殺したのだ。
罪なき村民を大量虐殺したように。
そして、自分が消えたくないから、セイバーと逸れた俺をマスターにして、生き延びようとしている。
グズルーンは、邪悪なる魔女のような女。
もっと早く、気付くべきだった。
俺はどうしてこんな女に惹かれてしまったんだ。
自分が情けない。
「マスター?」
「俺は、お前の、マスターじゃない!」
俺は彼女に背を向けた。
一秒でも早く、彼女の元から離れたい。
うんざりだ。
共闘なんてまっぴらだ。
「どうして…………」
「どうしてもこうしても無いだろ!俺はお前のマスターじゃ…………な…………」
俺は振り返り、絶句する。
グズルーンの頬から流れ落ちた涙が氷を濡らし、亀裂を生む。
彼女の背後から湧き出る黒いオーラは、こんな俺でさえも危険だと理解できるものだった。
何だ、何なんだ?
そもそも、グズルーンが放った宝具、どうして戦乙女『ブリュンヒルデ』の名を冠しているんだ?
その身に纏っている装甲も、まるで漫画やアニメに登場するワルキューレのような。
何者なんだ、彼女は。
本当に『グズルーン』なのか?
彼女の背後から影が伸び、どこまでも広がっていく。
まずい、非常にまずい気がする。
これはきっと、俺を殺す何かだ。
美しい顔から流れ落ちる涙の量は次第に増えていく。
訳が分からない。
バーサーカーだと言われた方がまだ納得するだろう。
狂っているのか?そうに違いないが。
どうして彼女は俺に固執している?
「マスター、私の愛する、ただ一人の」
「違う、俺はセイバーのマスターだ!お前じゃない!」
「一緒に『オアシス』を救おうって、手を取ってくれた、私の……」
「オアシスってどこの!?」
俺はグズルーンの言葉が全く理解できない。
まさしくバーサーカーだ、意思疎通を図ろうというのがまず以て間違っている。
逃げなければ、死ぬ。
俺は一歩、また一歩と後退する。
だが彼女の心と連動するように、地面から無数の氷柱が隆起する。
その一本が、俺の右足に突き刺さった。
殺す意思はない、それは分かる。でも、逃げられないようにしようと……
血が流れ落ち、氷の上を赤色で濡らす。
苦しみ喘ぐ俺を見て、彼女は笑いもせず、怒りもせず、ただ悲しんだ。
本当はやりたくない、そう言わんばかりに。
俺は彼女によって捕らえられるのか?
無理矢理にでもセイバーを自害させ、彼女と主従を結ばされるのか?
そんな未来がよぎり、俺は歯を食いしばる。
今こそ、セイバーに助けを求める時。
俺は聖杯戦争に勝ちたい、だから、相棒はセイバーを除いて他にいない。
俺は右手で拳をつくる。
そして描かれた痣に祈りを込めた。
令呪を行使するその直前、俺の心の叫びに応えるかのように、何者かが駆けつけた。
俺の目前に立ち、ランサーを剣で追い払う。
白髪が風に揺れ、きらきらと光り輝いて見える。
その全ての所作が優雅で、それでいて、力強い。
「すまない、待たせたな。よく耐えたぞ。」
あぁ、カッコいいな。
俺を見て、はにかむのは、俺が心の底から求めていたサーヴァント。
セイバー『ディートリヒ・フォン・ベルン』だ。
俺の、真の英霊。
彼女は俺の足から氷柱を引き抜き、すぐさま回復術式を施す。
そしてランサーと睨み合った。
「貴様はランサーか。」
「貴方は、セイバー……」
「我がマスターが、世話になったようだな。礼を言う。だがお役御免だ。シムーンを前にして、この男は覚悟を見せたようだからな、これよりは我が隣に立ち、聖杯を勝ち取りに行く。」
「巧一朗様は、私の────」
「違うな。勇気あるものは、我の臣下だ。」
セイバーは俺の状態を察知し、今は撤退を選択する。
戦闘をこの上なく楽しむ彼女にしては、珍しい決断だろう。
どうやら、俺の元を去った後で、彼女も思う所があったようだ。
聖杯戦争は、マスターとサーヴァントがいて、初めて勝ち抜けるもの。
彼女はここ数日でそれを再確認させられ、俺と共に戦う意識を持ってくれたよう。
俺としては、これ以上に無い程に光栄だ。
「ランサー、貴様とはいつか決着を付けよう。」
「そう…………ですね。」
お互いから放たれる、明確な殺意。
俺は改めて、自らの甘い思考に鞭を入れる。
ランサーも、バーサーカーも、倒さなければ、願いを叶えることは出来ない。
俺は人間になりたい。
人間になるんだ。
その為に、彼らを殺して、前に進む。
ディートリヒと共に、最後の勝者になるんだ。
戦線離脱し、セイバーはその脚力で、途方もない距離を短時間で駆けて行く。
向かうのは、彼女が領地とした、シンゲッティ。
俺が確かに、目指していた場所だ。
彼女の背に乗った俺は、風の音に負けぬ声で、セイバーへの感謝を告げる。
だが、セイバーはそれを受け取らない。
あくまで、恩には行動で返す、それが彼女のモットーだ。
俺はここから、何が出来るだろうか。
不安と期待が入り混じった、不思議な感覚が続いた。
「あぁ、そうだ、巧一朗よ。汝に伝えなければならないことがある。」
そう切り出したセイバーは、誇張することなく、淡々と事実を語った。
俺は開いた口が塞がらなかった。
ワダンを領土にしていた、戦争の立役者『テスタクバル・インヴェルディア』。
そして彼が召喚した、聖杯戦争最強のサーヴァント『蛇王ザッハーク』。
その二人が、死亡した。
聖杯戦争初の脱落者である。
「この聖杯戦争、おかしなことばかりが起きている。巧一朗、決して気を緩めるなよ。」
俺は深く頷いた。
これから先、俺は何を手に入れ、何を手放していくんだろうか。
【深層編⑥『巧一朗Ⅴ』 おわり】