恐らく今年ラストの投稿です。深層編完結まであと3~4話ほど!
是非さいごまでお付き合いください!
誤字等ありましたら連絡お願いします!
「さぁ、キャスターよ。この私『ゼケル・ボロシス』の勝利の礎となってくれ!共に金杯の美酒に酔いしれようでは無いか!」
ゼケルと名乗ったその男は、両手を広げ、英雄との出会いに感謝を捧げる。
現地住民の亡骸から搾り取った血液を糧に、彼はギリシアの工匠『ダイダロス』の儀式的召喚に成功した。
キャスタークラスを以て現界した彼は、血の魔法陣の外側で数多の死体を目にする。
その多くが年端もいかぬ少女たち。服は取り払われ、内臓はくり抜かれ────尊厳すら凌辱された亡骸が散乱している。
ゼケルは鮮血を武器とする二流魔術師。底辺では無いが、いつまでもトップには躍り出ない男。
だがプライドだけは人一倍だった。ボロシス家の頂点に君臨すべく、願いを叶える酒杯を求めたのだ。
根源への到達はメインプランであれど、それ以上に己の存在誇示の為にこそ生きている。
類まれなる承認欲求。自身が大魔術師となり、見下して来た同胞たちを跪かせる。そしてあわよくば名声と女を手にする。
極めて小さな願いの為に、大義を掲げている。
ダイダロスは召喚されて間もないうちに、ゼケルの所持していた護身用のピストルを奪い、彼を殺害した。
マスターなどと呼ぶことすら憚られる、下種な男だ。
だがそれはきっとダイダロスも同じ。
天才を妬み、努力家を嫉み、己を誇大評価し、そうしているうちに気付けば奈落へ落ちていく。
彼はかつて、切磋琢磨できたはずの天才『ペルディクス』をその手で死に追いやった。
ゼケルの小ささを知り、憤ったダイダロス。
それはイカロスの命を結果的に奪ってしまった、あの時の彼自身のように見えたのだ。
故に彼もまた自死を選ぶ。
どうせサーヴァントはマスター無しでは存在できないのだ。
なら、もういい。
第二の生はいとも容易く終わりを告げる。でも、それでいい。そうするべきだ。そうあるべきだ。
ダイダロスはゼケルを殺害したのと同じ拳銃を口にあてがう。
英霊はこんなものでは死なない。だから、彼は自らを殺す武器へと瞬時に改造した。
走馬灯で後悔を重ねることなく命の火を掻き消せる。
彼が目を瞑るそのとき、背後から肩を叩く者が現れた。
「死ぬつもりなら、悪いけど、オレの話に付き合っては貰えないだろうか?」
軽快な口調の水夫。
彼は武器の一つも持たず、威風堂々の佇まい。
ライダーのクラスだと言い張るその男は、キャスターに生きろと告げた。
最高の冒険をする為に、船が欲しいのだと。
無論ダイダロスは聞く耳を持たない。
だが、ライダーの真名を告げられた途端に、拳銃はその手からすり落ちた。
「オレの名は『カナン』、大英雄ノアの孫で、カナン人の父で、かの『約束の地』そのものだ。」
ノアに呪われ、神に見放された民の総称であり、現代においても誰かの血が流れ続けている場所。
土着した二千年の呪いこそがカナン。
それは世界そのものを滅ぼしかねない悲しみと悪意の集合体である。
ダイダロスは彼に憤る。
ヒトと神を呪い殺す機関そのものである彼が、へらへらと自らの夢を、自由なる航海を語る。
それは余りにも悍ましい光景だ。
何故、何故、何故。
天才にも理解できない事象だった。
カナンという存在を形作る全てが憎しみである筈なのに、彼はそれを平気で捨て去った。
ダイダロスにとってそれは、彼自身が発明、創造を止めるのと同じ。
アイデンティティの喪失である。魂を捨て置くのと同意である。
「ありがとう、オレの代わりに怒ってくれて。」
カナンはそう言って、笑顔をつくる。
冠位の英雄に呪われ、神に滅ぼされた彼は、憎しみを抱くことすら出来なかった。
世界にとっての悪であり、それが全ての人間の共通認識である。
それはもう、どうしようもないことなのだ。
ヒトの未来を呪い続けることに意味は無い。
腐っても彼は英霊だ。ヒトの夢や希望にベッドして生きていたい。
たとえ誰一人彼を愛さなくとも、彼はヒトを愛し続ける。
「行こう、ダイダロス。」
孤独なる工匠は、カナンの手を取った。
人間の未来の為に創造を続けた英雄は、同じくヒトの想いを繋ぐ反英雄の味方をする。
それが第二の生の正しい使い方だ。
ライダーの望む自由なる航海へ、キャスターとして導こうとする。
ダイダロスはカナンの差し出す手を取った。
【深層編⑦『リンネ』】
〔ロード〕
「はじめまして、召喚に応じ参上した、オレの名は────」
「『カナン』、よろしく。私は貴方のマスターである遠坂輪廻。」
輪廻が彼の名を告げると、驚いた表情を浮かべていた。
彼は彼女に問いかける。
ノアを呼ぶために触媒を使用したのか。
それとも、カナンこそが望みであったのか。
その答えは両方。
当初はノアこそ人類の救世主だと信じて疑わなかった。
だが彼では足りない。
セファールを屠るには、正義も救済も必要ないのだ。
大いなる者は、ヒトの前に立ち、その力を余すことなく振るう。
そして祈りの元に勝利をおさめ、伝説となる。
それは今、不要。
同じ『災害』が発生した時、救世主が生きているとは限らない。再び剣を振るうとは限らない。赤の他人の為に命を張るとは限らない。
必要なのは、人類を次のステップへ進める為の先導者、または、巨大なる壁。
いつか復活する王(ディートリヒ)のような『変わらないもの』を排除する可能性(イディンバ)こそが求められているのだ。
カナンは、ヒトの憎しみ、嘆き、呪いそのものだ。
これと共存、ないし、これを乗り越える強さを身に着けるヒトを遠坂輪廻は信じている。
「何だ、物知り顔だな。というか、服は?」
「必要ないわ。さぁ、早く私を抱きなさい。」
「は?」
カナンの頭の上には無数の疑問符。
無理もない。召喚されたのも束の間、マスターである少女が生まれたままの姿で、夜の営みを強要してきたのだ。
十代の年端もいかぬ女を即座に抱く勇気はない。そもそも、ここは砂漠のど真ん中である。
流石のライダーも説明を求めた。
輪廻は灰色がかった髪を手櫛で整えながら、彼女の出生、魔術、目的を端的に説明する。
ライダーには到底受け入れられる話でも無い。そもそも彼が判断するに、彼女は人智を超えている。
豊富な語彙を以てしても、彼女を呼称する言葉が『神様』しか存在しなかった。
遠坂輪廻は、万能(アベレージワン)であり、そして極めて希少かつ異常な固有魔術を有している。
それは『魔法』と称すべきものだ。
「生まれた時から、私の傍には『博物館』があった。」
「博物館?」
「このセカイのあらゆる事象を標本とした展示施設、私はそれを『博物館』と呼んでいる。この星の誕生から、この星の終わりまでを記録した博覧会、私だけが招かれた場所。私はⅤⅠP席から、世界の観測をする立場にあった。」
「世界の観測者…………」
「でも私はいち観客に過ぎない。展示標本には触れられない、これを私は『変わらないもの』と呼んでいる。逆に言えば、『変えられるもの』と呼ぶ概念に対し、私は操作、介入することが出来る。」
「お……おう」
「まぁ、分からないわよね。それはそうだわ。」
ライダーは帽子を取り、頭を掻き毟った。
人間と対話しているつもりだが、どこか噛み合わなさがある。
輪廻という存在に対する拒否感を覚えたのだ。
「まず前提として、アンタはその、人間なのか?」
「さぁてね。」
「恍けられても困るぞ。」
「ヒトから生まれたことは確かよ。でもお父様とお母様が虐殺されたとき何の感情も生まれなかったわね。テスタクバルに聖杯の器として利用される今も。ヒトの子としては『感情不足』じゃないかしら?」
「自分とか周りのことがどうでもいいのか?」
「そんなことはないわ。喜怒哀楽は機能として有しているのですもの。でもね、私は両親が死ぬという事実を知っていた、妹が悪趣味なことに巻き込まれるのも知っていた、テスタクバルに訪れる悲惨な死も知っている、全部知っている。でもその全てが『変わらないもの』なの。だから私は諦め、外側から観察している。」
「変わらないもの?」
「ロマンチックに言い換えましょうか?『運命』よ。運命は輪廻の理を外れるの。」
「運命…………」
「だから貴方が女好きなのも、性にだらしないのも、私とのコミュニケーションをベッドの上で図ろうとするのも、純潔を奪う感覚も、痛みも、心地よさも、その全てが私によって掌握、管理されている。どうせ貴方は私を愛するのだから、手っ取り早く済ませてしまいたい訳。」
「それは恋とは言えないな。」
「立派な恋物語を完遂させられるほど、時間は無限じゃないの。この地球は白き巨人『セファール』によって滅ぼされるのだから。」
「何?」
白き巨人『セファール』
確かに輪廻はそう言った。
ライダーはただ聖杯戦争に勝つ為に呼び出された英霊、ではないらしい。
彼はその事実にほくそ笑む。
世界を揺るがす大事件ならば、力の振るい甲斐があるというものだ。
「まだまだ説明が足りないでしょうけど、兎に角、まずはキャスターを救って。貴方の、貴方だけの船をつくるヒトよ。」
「キャスターを……?」
「ええ。真名は『ダイダロス』。貴方と同じ、神に抗う男。」
「はは、そいつはオレのトモダチにぴったりだ。」
翌日、輪廻の指示する場所へ赴き、ライダーはキャスターの消滅を阻止する。
共に自由なる航海をする、その夢の為に手を取り合った。
ダイダロスは輪廻とも出会いを果たし、ライダー同様に彼女という存在の定義付けに頭を悩ませた。
そもそも、彼女こそ彼らの憎む『神』そのものではないか、と。
そう思わせる事象があったのだった。
「遠坂輪廻、と言ったな。君は信用に足る人物か?そもそも、僕という難儀な発明家を受け入れられる器量、才能を有しているのかい?」
「そうね、貴方はきっとそう言うわ。知っていたもの。だから猜疑心マシマシなキャスターには手っ取り早く、私の力を見せなきゃね。」
「君の力?」
「今日は、聖杯戦争が始まって、何日かしら?」
ダイダロスとカナンは、共に『二日目』と口を揃える。
召喚されてから夜を明かした次の日の出来事だ。時計やカレンダーなど無くとも、誰もが答えられるだろう。
だがそんな簡単なクイズは、二人の不正解に終わる。
輪廻の持ち出した携帯電話が、周辺機器が、モーリタニアの現地住民が、こぞって彼らの間違いを指摘した。
今日は聖杯戦争、その『初日』だ。
「どういうことだ?」
カナンは何らかの手品を疑うが、本能的に今日が自らの呼び出されたその日だと理解した。
そんな馬鹿な話はない。召喚されて間もなく、ダイダロスを救いに行ったのか?
夜は明けていないのか?太陽の位置は確かか?
カナンは頭を悩ませ掻き毟るが、ダイダロスはある仮説を立てていた。
「僕たち三人を置いて、時間が巻き戻されたのか?」
「タイムトラベル?でもリンネはオレに恋物語を楽しむ時間はないと言っていた。過去に戻れるなら、時間が足りないなんてことはないだろう?」
「何か制約があるのか?僕に力を見せつける為にしては手が込んでいるな。発動条件が厳しい、という訳でも無さそうだ。むしろ、時間逆行では無い、とか。」
「どういうことだ、キャスター。」
「輪廻、君は僕に先程、君の博物館の話をしてくれたね。運命は変えられない、でも『変えられるもの』には、操作や介入が出来ると。」
「ええ、そうね。」
「まさか、時間は、『変えられるもの』なのか?」
「ダイダロス、アンタ何か分かったのか?」
「運命線上にて発生する事象の変更は不可能、だが、運命そのものの発生を早める、ないし、遅らせることが出来る、というのが僕の考えだ。僕、キャスターが仲間になる、という事実はいつか発生するもの、それを初日の段階で起こるよう、因果へと介入した。『そういうこと』になるよう、世界の理そのものに働きかけた。」
ダイダロスの考察に、輪廻はクスリと笑う。
流石はギリシアの天才、少ない情報でここまで辿り着けるとは。
「私の力の凡そが掴まれたようね。端的に行ってしまえば、私の力は『軌道修正』よ。進むべき先をシミュレートし、より良い道を探す魔術。」
「もうそれは、神域だ。ヒトの範疇を遥かに逸脱している。」
キャスターは唖然とする。
彼が想像しているより遥かに、サハラの聖杯戦争は常軌を逸している。
ただ下らない願望を抱えたものの闘争、その域には留まらない。
カナンという英霊が存在を確立しているのも、遠坂輪廻がマスターであるからか。
一体、何が起ころうとしている────?
「(大気中に満ちたアトランティス文明の魔力、カナン、そして遠坂輪廻…………)」
彼は、輪廻と契約を交わしてもいいのか。
消滅の道を選び、死して見ないふりを続けることこそ必要なのではないか?
人間ならざる者の手を取る、それは即ち悪魔との契約。
ダイダロスは当然躊躇する。彼の頭脳は輪廻に酷使され、傀儡となる可能性がある。
それはあの日、太陽に焼かれ落ちたイカロスと同じ。
技術を以てしても、神の気まぐれに殺される。
ライダーを信じた彼は、同様に彼のマスターを信頼することが出来なかった。
「ダイダロス、貴方は仲間になるわ。きっとよ。」
「何でも知っているんだな。」
「ええ。貴方は絶望を重ねても、最後は人間の味方をする。そういう覚悟が出来るヒトよ。」
輪廻は聖女のような、柔らかな、静かな笑みを浮かべる。
全てを見透かされた。ダイダロスという英霊の器が見切られたのだ。
遠坂輪廻に従う、その心はまだ存在しない。
でも、ダイダロスは彼女の期待に応えるだろう。
究極的に言えば、三人は意見が合致している。
ヒトを超えた輪廻、呪いそのものであるカナン、神域に到達せんとするダイダロス。
皆が一様に、人間の可能性を信じ、いつかの日に、バトンを託そうとしている。
例えば、地球を終わらせる『災害』に見舞われた後、彼らが世界に立っている必要は無い。
彼らは『継承者』なのだ。
それが判断できるからこそ、キャスターに輪廻を拒む理由は無かったのだ。
利用できるなら、してやろう、その気概だけで、彼は彼女の手を取った。
サハラの地で、彼らは団結する。
輪廻はこの同盟を、自身の力に準えて『博物館』と名付けたのだった。
※
サハラの聖杯戦争終結の日。
それは輪廻の予想した日より、一日早くやってきた。
ライダーとキャスターには多くを伝えていない。
運命を確定させる前に、出来ることはやっておかねばならない。
「状況を整理しましょう。」
輪廻とカナン、ダイダロスは小さなテントの中で向かい合った。
これまで二騎のサーヴァントは、他の英霊との接触を極限まで避け、調査を行い続けた。
その内容とは、サハラで偶発的に生まれた『シムーン』の行動目的である。
彼らは気ままな風と自身らを称しているが、その行動には不可解な点が多い。
殺戮自体が目的ならば、他のサーヴァントや現地住民は何度も襲われていただろう。
だが、彼らは発生しては何かを探し求め、用事が済めば霊体化(または疑似的な消滅)を繰り返していた。
この砂漠で、何を追い求め生きているのだろう。
「オレが考えるに、これは『信仰』だ。」
「信仰、彼ら自然由来の存在に、か?」
「あぁ。アフリカ大陸はイスラム教とキリスト教の二大巨頭、だが、それは植民地化など外的要因があってのことだ。元々は名も無いような無数の伝統信仰が各地にあったらしい。」
「そもそも大陸だけでも百以上の部族が存在するわよね。シムーンが特定の宗派に帰属しているとは思えないけれど。」
「あぁ、それはオレも違うと思う。だが、彼らの宗教観は何故か、驚く程一致していると後の学者連中が語っている。ノアのような物語が各伝統信仰に存在するが、所謂『オチ』が全部一緒なんだ。」
それは『神との離別』だ、とカナンは語った。
神が怒り、ヒトを見捨てるストーリー、将又、神が命を落とす結末。
人間と神の共存は存在しない。
他宗教にも同様の物語は多数存在するが、大陸という余りに広い箱庭で、この物語のシンクロ具合は不気味とも思えるほどだ。
「在来信仰の一致、何らかの出来事が起因し、彼らの宗教観が合致した。えっと、もとは自然に神が宿る系の信仰よね。」
「宣教師がいなければ芽吹くことも無かっただろうぜ。そもそも研究結果として、太陽や海を至高神としたものの、儀礼の対象として関心を持たなかったと言われている。」
「太陽、海、月、生い茂る草木、その全てに何らかの信仰が存在した、『八百万の神々』…………日本に感覚が近いわね。儀礼の対象となり辛いのも同じ。」
「そうか、リンネの出身は日本だったな。」
太陽も、星々も、その全てが不変だ。
民族宗教において『神との離別』が描かれるならば、これらはその対象となり得ない。
ならば、とダイダロスは手を挙げる。
「『セファールの死』か?」
かつて西欧文明等を崩壊させ、神々を葬り去った災厄の巨人。
聖剣使いの一振りに敗北し、果てなき荒野を進み続けた内に、死亡した。
このサハラは巨人の墓地そのものである。
戦いに巻き込まれなかった人間たちは、死にゆく巨人の姿に何を見出したのだろう。
自ずとその答えは分かる。
「大いなる存在に、『神』を見出した。そして、彼らの『神』は死んだのだ。」
「伝統信仰を形作ったのは、セファールの死、だった。ダイダロスの言う通りだ、これなら分かりやすい。」
「でも民族宗教には儀式や儀礼は根付かなかったのでしょう?ならシムーンは『信仰』がベースの存在では無いでしょう?」
「そうだなぁ。そもそもシムーンとセファールに因果関係が見出せない。」
カナンと輪廻は頭を悩ませるが、再びダイダロスが何かに気付いた。
そもそもシムーンはヒトの形をして現界しているが、その思想がヒトに結びつくわけでは無いのだ。
「そもそも普通に考えれば、シムーンは民俗信仰上において『神』だろう。八百万の神々という思考概念が近しいならば、殺人熱風にも『神』が宿って然るべきだ。」
「そうか、そりゃそうだ。シムーンはそっち側か。」
「因果関係はある。シムーンもセファールも、太陽や草木、星々と異なり、ヒトを明確に害する存在だ。宗教には必ず何らかの物語が付随するが、人類の脅威に対しての『離別』を描く必要があったとすると…………」
「明言されてはいないけど、シムーンもセファールも、彼らにとって物語上の悪役、であった可能性は高いわね。」
どこまで、現地民の間で言語化できていたのか、キャラクターが割り振られていたのは不明。
だが多くの民族によって神々と人類は『離別』を決定付けられ、そして大型宗教の流入を受け入れ、伝統信仰は埋没した。
「シムーンの狙いは、民族宗教における神々の復権か?」
「物語上における悪役の復活、その儀式である可能性が高い。彼らが人間の姿を模っているのも頷けるわ。それがセファールの蘇生であるならば、世界の終焉も頷けるわね。」
輪廻は白き巨人の復活を知っている。
だがそれはあくまで結果論。その過程を踏まえ全てを把握できていた訳では無い。
今できることは、災害『シムーン』の排除だが、彼女の『軌道修正』で間に合うのだろうか。
そもそも運命は一日早くやって来た。
「変えられない、かどうかは、やってみるしかなさそうね。」
「リンネ?」
「世界を救う為に、力を貸して。ライダー、そしてキャスター。」
輪廻は両手を突き出し、二人の頬に手を当てた。
これは、世界のルールを逸脱してしまった彼女には、成し得ないことだ。
でももしかしたら、カナンとダイダロスならば、運命を変えられるかもしれない。
三人は、シムーンが集い蠢く、サハラの目へと向かった。
※
歪なる環状構造『サハラの目』。
この場所は理想郷アトランティスへの入り口だと、哲学者プラトンにより明言されている。
全てはテスタクバル・インヴェルディアがこの目を開眼させたことから始まった。
滅び去った大陸の大気、膨大な神代のマナがサハラへと流れ出し、殺人熱風シムーンが自我を有した。
そしてこの芳醇な魔力がかつてない強力な英霊たちを呼び出し、のちに災害と呼ばれるサーヴァントを構成したのだ。
テスタクバルは道半ばで、ルーラーであるナナに命を奪われた。これもサハラの聖杯戦争を根本から狂わせた遠因だったかもしれない。
『博物館』を名乗る三人がその環状構造に辿り着いた時、そこは無数のシムーンが溢れかえる地獄そのものと化していた。
そして彼女らはその中心部で囚われる存在を確認する。
サハラの聖杯戦争で召喚されたランサー、その真名は『ブリュンヒルデ』。
白銀の髪の幸薄そうな麗しき戦乙女。彼女はシムーンにより何らかの儀式の依り代とされた。
「戦乙女ブリュンヒルデはセファールの遺体を解析して創造された存在だと言われているわ。シムーンは今、彼女を媒介として白き巨人復活の儀式を行おうとしている。」
「じゃあ助けないとな!」
「ライダー、君はまともな戦闘が出来るのか?」
「まぁ任せておけって。オレは『カナン』だ。神への強烈な呪いとしては、一級品よ。」
ライダーは単独で走り出した。
キャスターもまた、自身が創り上げたアーマーを装着する。のちの桃源郷にて装着する千年ものに比べ、かなり練度は下がる。だが今はこれが彼の限界だ。
二騎の英霊の存在を察知し、シムーンも動き出した。
数百体のシムーンが風の速さで二人を襲う。
無限増殖する彼らを一人一人相手にする時間は無い。
故に、取れる戦法は一つだ。
「宝具起動!『万古不易の迷宮牢(ディミョルギア・ラビュリントス)』」
キャスター『ダイダロス』の発動する固有結界宝具がサハラの地にて炸裂する。
砂漠から隆起した壁が乱立し、次々と道を形成した。
そしてシムーンたちはこの迷宮に囚われる。
永遠に彷徨い続ける熱風を尻目に、結界の外側へと追い出されたライダーは、ブリュンヒルデの元へ走る。
サハラの目に存在したシムーンの三分の二あまりを、一度に捕縛することが出来た。
あとは迷宮の主、ミノタウロスがひたすらに耐久するのみである。
〈ダイダロス、やってくれたな。〉
「殺人熱風の数百と耐えてみせろよ、愚鈍な牛君(ミノタウロス)。」
〈俺は貴様の道具じゃない。〉
ミノタウロスは近付くシムーンをその剛腕のみで蹴散らしていく。
だが徐々に、肉体に火傷を負い、皮膚が爛れ落ちていった。
迷宮の構築、複雑化を行うダイダロスも、少しずつ限界を感じ始めている。
「(頼むぞ、ライダー。こちらはそう保たなそうだ)」
結界内で一秒を争う戦いにその身を捧げるダイダロス。
カナンはギリシアの工匠の最高技術を見届けながら、彼も自身の宝具を使用した。
約束の地カナン、その場所で起こる全ての事象、生まれた全ての子孫たちに、彼の呪いは付着する。
たとえカナンの民が神に見捨てられ、イスラエルによって聖絶されても、その『想い』は遺り続ける。
あぁ、そうだ、カナンは神を信じない。神を決して許さない。
女も子も、皆が虐殺された。そしてその行いは、今なお『正義』であり『必要だった』と語られている。
カナンの民はその結末を知っていた。神の寵愛が無いことを、本能的に悟っていた。
だから『壺』に蓄え、捧げたのだ。
『偉大なるバアルよ目覚めるがいい。黙示録の旅人が是を承認する。( ハッドゥ・アニイェコルバン)』
カナンの詠唱を輪廻も耳にする。
カナン人は神から慈悲や愛を与えられず、災害の神『バアル』を信仰した。
バアルは後の世で悪魔とも言われ、崇拝または拒絶されている存在。
カナンの民が生存するために、バアルへの生贄が必要だった。
青少年の身体を解体し、それを無数の壺に詰めたのだ。
彼女からして、この行為は悪逆非道である。
だが、愛の神の不在に、カナン人は狂う選択しか無かったのだとすると、やるせなさが残る。
カナンは間違っている。
だがその間違いを輪廻は指摘してはならない。
彼らは加害者であるが、その前に、被害者なのだ。
『いつか果たされる約束の地の物語(リオインティ・カナン・ベルゼブブ)』
宝具の発動と共に、巻き起こる局地的暴風、天空からの稲妻、そして赤黒い血の色の大津波。
天候神バアルの権能をカナンは一時的に借り受ける。
対軍宝具は、サハラの目に集合するシムーンたちに向けて放たれた。
広範囲では対象各々の座標軸がぶれ、攻撃は拡散されてしまう。
だがダイダロスの迷宮により大幅に戦力を削ぎ落した今、カナンの絶技はサハラの目一点に集中した。
熱風と神代の魔力の結びついた彼らだが、自らより高位の神の一撃には、成すすべなく滅ぼされる。
ただヒトを殺す風に、二千年の呪いが負ける筈は無い。
彼は阿鼻叫喚の地獄絵図の中、命を落としていく彼らを掻き分け、ブリュンヒルデの元へ辿り着いた。
既に消滅が確定した彼女を抱きかかえ、戦線離脱する。
「大丈夫か!?」
「…………」
ブリュンヒルデは言葉を発せないようだ。
無理もない、彼女はやがて命を落とすだろう。カナンにはもう、どうしようもない。
輪廻の元へ連れてきたが、彼女もまた成す術が無かった。
むしろよくここまで耐えたと言うべきだ。
「リンネ、成功か?」
「ええ。凄いわ、もしかすると私たちは運命を変えられたのかもしれない。」
かつて、遠坂輪廻が『変わらないもの』に干渉できたことは無い。
でも、今の彼女は一人じゃない。
ギリシアの天才発明家と、人類の遺した最悪の呪いが、仲間となって傍にいる。
ライダー、キャスター、この二人がいたからだ。
戦乙女を抱きかかえながら、カナンは安堵の溜息をついた。
さて、今なお結界内に留まるダイダロスを助けに行かなければ。
そう決意し、彼のいる方へ振り返る。
そこで輪廻は気付く。
まだシムーンの悪意は終わっていないことに。
「キャスター!」
キャスターが構築した固有結界が、刹那、崩壊し始める。
そして四肢の欠損したキャスターが残され、大量のシムーンたちが溢れ出した。
彼は迷宮の踏破が不可能である人数を収容した。
だがそれは誤算であった。
もともと砂と風の合成体であるシムーンは、魔力の満ちた迷宮で分裂、そして増殖する。
オリハルコンの壁を風化させ、その粒子レベルの欠片を無数に体内に取り込んだのだ。
彼らは迷宮の罠を風としてすり抜け、諸共せず侵攻した。
よって結界内部にて戦闘を繰り返していたミノタウロスは遂に敗北。
無限増殖を繰り返し、ついにダイダロスの構築が間に合わない内に内部構造を完全把握した。
そして結界の管理人たるダイダロスに殺人熱風の攻撃が集中し、彼の肉は瞬く間に削ぎ落された。
「クソ野郎どもが!」
カナンは再度、宝具の起動準備に入る。
輪廻とブリュンヒルデを巻き込まぬよう、シムーンのいる方向へと走り出した。
だが彼はここで絶望的な光景を目の当たりにする。
サハラの目の周辺、彼の宝具で焼き切られた筈のその場所で、数体のシムーンが生まれた。
彼らはこのサハラの地において不死身だ。
何度でも再生、増殖を繰り返す。
二方向からカナンは襲われた。
宝具の起動準備に移るが。とてもでは無いが間に合わない。
瞬く間にカナンの全身は彼らの熱で焼け落ちていく。
「ライダー!」
「リンネ…………すまん…………」
輪廻の目の前で崩壊する霊基。
ライダーはじきに消滅する。
そしてキャスターも、その心臓をシムーンに抉り取られた。
もう、彼らに未来はない。
輪廻に迫られる決断。
彼女は躊躇なく、『世界を終わらせた』。
※
「前回の『セーブポイント』から再開するわ。」
〔ロード〕
「はじめまして、召喚に応じ参上した、オレの名は────」
「『カナン』、よろしく。私は貴方のマスターである遠坂輪廻。」
輪廻が彼の名を告げると、驚いた表情を浮かべていた。
彼は彼女に問いかける。
ノアを呼ぶために触媒を使用したのか。
それとも、カナンこそが望みであったのか。
その答えは両方。
当初はノアこそ人類の救世主だと信じて疑わなかった。
だが彼では足りない。
セファールを屠るには、正義も救済も必要ないのだ。
大いなる者は、ヒトの前に立ち、その力を余すことなく振るう。
そして祈りの元に勝利をおさめ、伝説となる。
それは今、不要。
同じ『災害』が発生した時、救世主が生きているとは限らない。再び剣を振るうとは限らない。赤の他人の為に命を張るとは限らない。
必要なのは、人類を次のステップへ進める為の先導者、または、巨大なる壁。
いつか復活する王(ディートリヒ)のような『変わらないもの』を排除する可能性(イディンバ)こそが求められているのだ。
カナンは、ヒトの憎しみ、嘆き、呪いそのものだ。
これと共存、ないし、これを乗り越える強さを身に着けるヒトを遠坂輪廻は信じている。
「何だ、物知り顔だな。というか、服は?」
「必要ないわ。さぁ、早く私を抱きなさい。」
「は?」
カナンの頭の上には無数の疑問符。
無理もない。召喚されたのも束の間、マスターである少女が生まれたままの姿で、夜の営みを強要してきたのだ。
十代の年端もいかぬ女を即座に抱く勇気はない。そもそも、ここは砂漠のど真ん中である。
流石のライダーも説明を求めた。
そして輪廻は『いつも通り』彼女という存在を説明する。
そう、もう何度も経験した。
いつだって彼との出会いは、この特異な自己紹介から開始する。
いい加減、前に進みたいものだ、と彼女は溜息をつく。
前回の分岐は、キャスターの懐柔が一日早まったこと。
だがその分、エックスデイは一日早くやってきた。
定められた運命は『セファールの復活』そして、『ライダーとキャスターの死』である。
軌道修正を重ね、数多の選択をし、ここまで辿り着いた。
だが、まだ足りない。
今度はバーサーカー陣営に協力を求めるか?
それともテスタクバルが生存する道を探すか?
この余りにも短い時間で、出来ることは限られている。
「(シムーンの目的は絞り込めたけれど、その能力は未だ掌握できていない。本拠地もサハラの目とは限らないし。)」
輪廻はライダーに指示を出し、キャスターとの邂逅を果たした。
ここまではスピーディーにこなす。
シムーンに囚われる前にブリュンヒルデを確保したいが、未だに彼女の本拠地を絞り込めていない。
大抵、彼らに先を越され、消滅するまでその身体を弄ばれる。
マスターである存在も謎のまま。そもそも輪廻がこれを把握できないのが異常事態だ。
サハラの聖杯戦争に生じた歪み、それは彼女の『軌道修正』が原因であると言えなくもない。
繰り返すたびに、事態は重く、最悪の方向へと舵を取る。
だがそれでも諦めてはいけないのだ。
たとえ白き巨人が復活するとしても、まだ世界が滅ぶことが確定した訳じゃない。
なら何度でも、輪廻は世界暦を修正し続ける。
彼女の手が届く範囲で、ヒトの未来を救うのだ。
【深層編⑦『リンネ』 おわり】
〔セーブ〕
サハラの聖杯戦争。
その全ての軌道修正が完了した。
これより六騎の英霊『シグベルト』『ブリュンヒルデ』『カナン』『ナナ』『ダイダロス』『后羿』は新たなコードネーム『護国のサーヴァント』と改め、新天地へと向かう。
場所は始まりの聖杯、輪廻の故郷である日本。
国民の二分の一を回収し、新たなる都市国家『開発都市オアシス』へと誘致する。
この都市国家は通常の歴史から切り離された状態で運営される。
護国に与えられる任務は五つ。
一、 加速する時間と軌道修正の歴史において、『災具』を身につけること。
二、 最大で六に分配された各々の地区を統括すること。
三、 サハラの脅威を取り除くべく、各々の仕事を全うすること。
四、 天還の儀を執り行い、或いは、抑止力の速やかな排除を行い、英雄の権威を失墜させること。
五、 この桃源郷を拠点とし、いずれ世界を救うこと。
最適解を導き出した遠坂輪廻は、己の責務を終え、石像と化した
始まりの聖杯として世界の管理者となり、長い眠りにつく。
そして遠坂輪廻の当初の目的、英雄による救済では無く、ヒトの発展のために、布石を打った。
彼女は自らの『種』を三分割し、後継者を育成する。
一つは、『如何なる困難にも立ち向かう力』
一つは、『因果を超える力』
一つは、『世界を俯瞰する力』
これらは血統による相続では無く、世界終末の時代に、彼女の名付けた『遠坂』『マキリ』『アインツベルン』の名を冠するインヴェルディアの『正統後継者』へと手渡される。
これにより、遠坂輪廻はほぼ全ての機能を消失する。
「託したわよ、カナン」
第一区の地底奥底の大空洞にて、彼女は想いを馳せる。
何度も過ちを繰り返し、沢山の犠牲を払ってここまで来た。
彼女にはもう出来ることは少ない。
あとは、『護国』と名付けた彼らが、上手くやってくれることを祈る。
徐々に、輪廻の肉体は石となる。
この莫大な都市を担う永久機関と成り果てる。それは彼女にとってある意味、心地いい選択だった。
全ての事象に対し、冷淡な態度を取っていた彼女も、この時ばかりは安らかな笑みを浮かべている。
ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて固まる肉体。
そのとき、彼女の脳内に、流れ込んできたビジョンがあった。
それはとても懐かしい姿、のように見える。
走馬灯なのだろう、輪廻にとって最も愛する存在がいたのだから。
だが、どうやら幸せな夢を見るのを、まだ彼女は許してくれないらしい。
深い海の底で、輪廻は再会を果たす。
自身より背丈の伸びた『妹』が、息継ぎもせずに悠々と佇んでいた。
「桜」
「姉さん、まだです、まだ終わっていない。」
「そうね、護国の彼らの成長はまだ……」
「違います、そうじゃないんです。このままだと、世界は本当に滅んでしまいます。」
この海には、実数界の法則は適用されない。
時間概念が存在しない、と言い換えて良いだろう。
だから、間桐桜には見えているものがあった。
輪廻へと託される情報、その多くはこのセカイのルール上、実数界に持ち帰れないもの。
だが断片的に記録されたのは、ある二人の名前だった。
遠坂輪廻の、時への干渉は、最悪の形となって修正される。
禁忌を犯した者への罰なのか、将又、全てが『変わらないもの』だったのか。
桜が頻りに呟いたその名は、『巧一朗』、そして、『グズルーン』。
輪廻の与り知らぬところで、サハラの聖杯戦争は新たな未来へと固定された。
【To Be Continued】