Fate/relation   作:パープルハット

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ぜひ観測者編からご一読ください。


幻視急行編2

【幻視急行編②】

 

オアシスにおいて最大規模の領域、史上最強の災害『ライダー』の管理する、かつての京都を模した古風な建造物連なる開発都市第一区。

区域の中央にはシンボルとなる天守閣、そして円形に広がった城下町と、往来を着物姿で歩く人々の姿。普段なかなか目にすることのない光景を、空飛ぶ絨毯の上からぼんやりと眺める男がいた。

青く染まったくせ毛をヘアバンドで固定し、どこかのバイト先で仕入れた作業着に袖を通している青年は、隣に座る相棒たるサーヴァントへ世間話を振った。

 

「なぁ、アーチャー。これって普通に領空侵犯的なサムシングでは?」

「貴方が街並みを見学したいと言い出したんですよ、鉄心。否、マイマスター。」

 

鶯谷 鉄心は第四区博物館で裏稼業のアルバイトをしている一般市民である。彼の同僚、巧一朗のように真なる魔術師では無い。魔術や英霊についての知識も殆ど獲得しておらず、彼の営む鶯谷本舗が若干のアンダーグラウンド業務に足を浸からせているだけである。

彼は自らの手の甲に浮かぶ三画の痣を見つめ、ぼんやりと物思いにふける。コラプスエゴとの戦いで消費した分は、マキリの令呪販売所にて補填した。以前までは髑髏マークで意気がっていたが、恥ずかしいのでシンプルなものに交換して貰った。何故髑髏と竜のマークだけ不人気だったのか、今の彼なら理解できる。

 

「マキリの調査を進めるつもりが、調べれば調べる程にアインツベルンが怪しくなるとはねぇ。」

「三大大手と言われる内のマキリとアインツベルンが密接に関係を持っている可能性が浮上しましたからね。勿論、オートマタと令呪は切っても切れない関係ですが、アインツベルンの巨大実験施設に多額の投資があったとなると、いよいよといった所ですね。」

 

鉄心は鞄から調査資料を取り出し、改めて目を通した。博物館のデータベースへのアクセスにより知り得た情報と、自らの足で入手した数々の廃棄データ、それらを合わせて彼なりに分析した。専属従者サービスは良くも悪くも、仮受肉用疑似肉体の存在が必要不可欠である。マキリの提供する令呪は、オートマタの売り上げに左右される為、業務提携をせざるを得ない。だがこれは比較的最近のことで、十数年前はアインツベルンの他にも、オートマタの製造販売を行う企業は多数存在した。倉谷美頼の家も、元は倉谷重工という地域密着型のオートマタ販売店であった。だが、ここ数年の間に、アインツベルンを除くあらゆるオートマタ系企業は悉く倒産している。マキリにとってこれは恐らく望ましくない状況である筈だ。

 

「実際、令呪の無料配布を行うぐらいに、近年は売り上げを大幅に落としている。マキリが暗躍しているとするならば、売り上げを伸ばすための何か…」

「例えば、オートマタの自社開発、ですか?」

「かもな。とにかくアインツベルンのきな臭さ、何をやっているのかを解明しないことには始まらないよな。」

 

鉄心は資料を再び鞄に仕舞い込むと、都市の中央に聳え立つ立派な城を双眼鏡で眺めた。ここには最強の災害『ライダー』がいる。鉄心は、その他の追随を許さぬ絶対的なオーラをモニター越しで見たことがあったが、その目で確認したことは今までに無かった。幼い頃から、第一区へ出向くことが無かったのも理由の一つだが、災害のライダーは基本的に人間の前に姿を現さない。だから、一区生まれ一区育ちの人間であっても、一度も会ったことのない者が多数である。

そしてその隣にアインツベルンカンパニー本社が建造されている。こちらは神宮に近い構造をしており、大規模な庭園を抱え込んでいる。これは災害の監視目的か、逆に災害がアインツベルンの動きを抑制しているのか。どちらにせよ、侵入を試みることは不可能に近い。

 

「……」

「こういう時、マスターはいつも無邪気な表情を浮かべている。だが今日は酷く緊張しているのか、顔が強張っています。これ以上近付くのは止めておきましょうか。」

「アーチャー、いや、すまない。全く別のことを考えていたんだ。」

「と言いますと?」

 

鉄心は第四区殺人事件の顛末を巧一朗から聞いた。犯人が同じ職員の吉岡であったこと、そして、巧一朗が彼を殺害したことを。

博物館がオアシスに対し、何か派手なことをやろうとしていることは知っている。過去に博物館の為に犠牲者が生まれていることもまた。だが、彼は初めて、彼の知る人物の死を目の当たりにした。それは仕方の無いことであったかもしれない。現に、吉岡は多くの人間を手にかけた。博物館が手を下さずとも、災害が彼を裁いていたことは明白だ。吉岡が死ぬという未来は変わらなかった。

―事実だけを淡々と語る巧一朗は、見るに堪えない表情を浮かべていた。

 

「アーチャー、どうして、人が人を殺しちゃいけないか、分かるか?」

 

鉄心はサーヴァントを倒すことはあれども、決して今を生きる人間の命は奪わない。それは彼自身甘い考えだと思っている。だが、たとえ博物館が命じても、そのエゴを曲げるつもりは無い。

 

「それは難しい質問ですね。人を殺すことで刑罰が与えられるから、という当たり前の回答は求められていないでしょう。」

「よく倉谷が聞いてくる質問だ。俺は敢えて答えないようにしていた。いや、アイツの求める解答を出してやることが出来なかった。何故ならアイツは、人を殺したことによって救われたのだから。」

「一家心中の原因を作った男を、自らの手で…」

「復讐に意味は無いなんてのは戯言だ。アイツは巧一朗に出会って、博物館に出会って、その手でナイフを握り締めた結果、幸せになれたんだ。これから先、その罪を背負って生きていかなくちゃならない、なんて言っても、アイツはへらへら笑っているだろうさ。だから俺はアイツを否定しない。」

 

巧一朗が、美頼が、人を殺すことを止めるつもりは無い。だからもし彼らが災害に裁かれるなら、鉄心は同罪で共に罰を受ける気概でいる。

それでも。

彼は偽善者と言われようと、決して人間に手はかけない。

 

「ボーダーラインなんだ。俺にとって。」

「マスターにとっての、人と関わる上での境界線、ですか?」

「人は一人では生きていけない。俺は俺を信頼してくれている多くの人間によって生かされている。無人島に独りぼっちだったら、ここまで能天気じゃないさ。それは巧一朗も、倉谷も、充幸さんも、吉岡さんも、極悪人も、一緒なんだ。必ず誰かが傍にいる。たとえ天涯孤独であっても、だ。俺がもしヒトを殺して、その未来を奪ってしまったら、同時に周りにいる奴らの未来まで狂わせちまう。倉谷のような被害者が生まれてしまうってことだ。俺は過去の影を殺せても、陽の差す未来にナイフを突き立てることは出来ない。…俺にはその、度胸が無いんだ。」

「マスター…」

「でも、俺はそんなエゴに塗れた自分が、意気地なしの自分が、結構好きなんだ。」

「そうですね、僕も、鉄心のそういう所が好きですよ。」

 

アーチャーの素直な告白に、鉄心は照れ笑いを浮かべ、頬を掻いた。

二人が和やかなムードで第一区の頭上を飛んでいる最中、地上では未確認の浮遊物に対する迎撃命令が発令されていた。その命令を下したのは災害では無く、都市管轄の代表を担うアインツベルン当主である。神殿の最奥から、空にポツリと浮かぶ小さな影を捉えていた。

 

「ミヤビ様…いまオートマタ部隊への通達が完了しました。」

 

カンパニーにおいて部長の役職を与えられたオートマタの一体が、凛とした佇まいの少女の前で跪く。

華やかな着物姿でありながら、西洋人の見た目をした彼女は、肉眼で侵入者である鉄心とアーチャーを把握した。彼女にとっては夜の月の表情を読み解くことすら容易い。障害物や遮蔽物が無ければ、一区の全てを見通すことも可能である。

 

「下がれ。」

「はっ、ミヤビ様。」

 

オートマタが姿を消すと、彼女は今宵の月を眺める。半分に欠けてはいるが、どこか嬉しそうな顔を浮かべていた。

 

「さぁ博物館、お主らの力をミヤビに魅せてみよ。」

 

少女の名はミヤビ・カンナギ・アインツベルン。アインツベルンカンパニー代表取締役にして、開発都市第一区の守護者である。

 

都市構造の把握に努めていた鉄心とアーチャーは、突如、地上から放たれた無数の矢に襲われる。魔術で構成された光の矢は、アーチャーのスキルにより生み出された空飛ぶ絨毯に風穴を開け、その機能を停止させる。

 

「やっぱりバレたか!」

「言わんこっちゃ無いですよ!マスター、着地はお任せください!」

 

高層ビルより遥か高い位置からの落下、だが、アーチャーが宙を泳いで鉄心を抱きかかえることによって命は保証される。

 

「まずい、アーチャー!」

「舌を噛みますよ!」

「違う、下に、俺たちの真下に、何かが大量に待ち構えている!」

 

鉄心の訴えに、アーチャーは目を凝らした。そこには剣や槍を構えたアインツベルンのオートマタが、彼らへ殺気を向けている。そのまま不時着すれば死の未来が待っていた。しかしそれを避ける為の足場が存在しない以上、彼らはそこに降り立つ他ない。

 

「(鉄心を抱えたまま、矢を番えるのは危険…か)」

 

アーチャーは脳内で様々なシュミレートを行う。結果、自らの背に刃を突き立てられながらも、マスターだけは守り通すプランで可決する。

当然死ぬつもりは毛頭ない。敵が雑兵である以上、前回のコラプスエゴとの戦闘よりは楽な修羅場である。

そしてアーチャーは敵陣の中へ突っ込むように落ちて行った。

砂埃が立ち込める中、立ち上がった鉄心とアーチャーは、自らの身に起きた違和感に首を傾げた。

彼らは落ちた先で強襲に遭うはずであった。アーチャーは致命傷にならない程度の傷を覚悟していた。

だが実際は両者無傷である。加えて、落ちた場所はずの場所とは全く異なる、古き家屋が立ち並ぶ大通りの裏側にいた。この場所にオートマタの影は存在しない。

 

「何が、起こったのでしょう?」

「分からん、何故か滅茶苦茶濡れているし。この辺に川とか海とかあったっけか。」

「強制転移、誰かが我々を助けてくれたのでしょうか。」

 

狭い通路の真ん中で息を整える鉄心と、オートマタの追跡を警戒するアーチャー、二人の前に現れたのは一人の女サーヴァントであった。

編み笠を被っているが、その顔は余りにも麗しい、長髪の美女である。特筆すべきは、第一区では珍しくない着物姿でありながら、その自己主張の激しい胸部である。鉄心の下心EYEが即時推定バストを演算するが、計測結果はアンノウン。彼が嗜む愛読書にもこれほどの逸材は存在しないだろう。巧一朗の連れ歩くキャスターや美頼もかなり大きい部類であるが、目の前の女はそれを遥かに凌駕する。現に若干着崩れしている程だ。まさに災害の双丘である。

鉄心の目が女の胸部に集中する一方、アーチャーは女サーヴァントに神経をとがらせている。所持しているのは薙刀、恐らくはランサーのクラスのサーヴァント。もし敵意を持って襲い掛かって来るならば、近接戦は圧倒的に不利。マスターを抱えて後ろへ逃げる必要があった。だが、ここは人目に付きにくい場所、もし大通りに跳ぶこととなれば、先程のオートマタに見つかってしまう恐れはある。そもそもの話、無事に逃げられるという保証はどこにもない。彼女の身に纏うオーラは、オアシスの専属従者たちと一線を画していた。

 

「貴女が、僕らを助けてくれたのですか?」

「そうよ。水も滴るイイ男になったじゃない。」

 

鉄心が女に見惚れているのと同様に、彼女もまた、二人の濡れた姿に心をときめかせていた。水を被ったことによりヘアスタイルが崩れ、更に衣服は身体にぴったりと貼りつき、細めながらも筋肉質なボディを詳らかにする。そして二人は読者モデルかと見間違えるくらいには顔立ちが良く、その鋭い眼光で睨まれるだけで女の胸の鼓動は高まってゆく。

 

「貴女は僕らの味方なのですか?」

「うーん、出会ったばかりだしね。素性も分からないから判断がつかないわ。」

「俺たちは第四区から来た。訳あって、アインツベルンの事を調査している。」

「ちょっ、マスター!」

「良いじゃねぇか。隠す必要はない。」

 

鉄心は堂々と自らの来訪意図を語った。いま彼らに必要な情報は、目の前の女サーヴァントが先程のアインツベルン製オートマタと同じ側なのかどうかということだけだ。

 

「あら、産業スパイの方だったのね。その割には、空から侵入してくるなんて度胸があるのかおバカさんなのか。ふふふ、面白いわね。」

 

どうやら鉄心の態度が気に入ったようで、女はにこやかに笑っていた。アインツベルン側であれば、このように気が抜けて笑うこともないだろう。アーチャーは彼女に助けられたこともあり、警戒を解いた。

だからこそ、彼は油断した。女サーヴァントの薙刀が頬を掠め、後ろの壁に突き刺さる。女は明確な殺意を二人に向けたのである。

 

「な…」

「取り合えず、殺すわね?」

 

目を丸くしている鉄心に対し、アーチャーは即座に襟を掴んで後方へ投げた。咄嗟にそう行動できたのは、今までの戦闘経験から。女はアーチャーを殺す前に、そのマスターである鉄心に刃を振り下ろそうとするはずである。

そして始まる、ランサーの卓越した槍さばきによる連続攻撃。狭い場所であるからこそ、アーチャーは常に彼女の射程内に留められる。彼は直感的に、跳躍しても逃げられないことを悟った。鍔迫り合いをする方が危険値もないというなんとも不可思議な状態である。

 

「やはりランサーですか。分が悪いですね。」

「そういう貴方はライダー?絨毯に乗って空を飛ぶなんて、分かりやすいオトコ。」

 

一手一手、確実に仕留めようとするランサーに対し、防戦一方のアーチャー。距離を取ることの出来ないもどかしさを抱えながら、それでも彼女の連撃を絶妙にもかわし切る。彼の戦闘のセンスは、鉄心と共に仕事をこなしていく中でより磨かれていたのだ。

 

「ふふふ、楽しいわ。貴方、素敵。」

「僕は楽しくないですけど、ね!」

 

彼はランサーの甘く入った突きを見逃さない。瞬時に掌に出現させた弓で薙刀を弾くと、隙だらけとなった彼女の身体に向けて、一筋の青い閃光を放つ。その矢が着弾することは無かったが、彼はランサーから一定の距離を取ることに成功した。

 

「(今放った矢、確実に貫いたと思っていましたが、水の泡に呑まれたような…)」

 

アーチャーの感じた通り、ランサーの胸部に放たれた閃光は、彼女の作り出した水しぶきに掻き消された。彼は、ランサーの手数の多さに身震いする。彼がかつて戦闘したサーヴァントの中でも、かのコラプスエゴを凌駕する程、圧倒的に強い。それは彼女と相まみえてからの一分にも満たない果し合いで十分理解できた。

彼の額に汗を浮かべながら、どうにかして逃亡するプランを画策する。が、何故か心の中で、この強い相手との決闘を楽しみたいと思う自分自身が存在することにも気付いていた。だからだろう、彼の口元は少しばかりにやけている。

 

「アーチャー…」

「マスター。第一区は恐ろしい場所ですね。災害の他に、こんなサーヴァントがいるとは。」

「お前、楽しんでいるか?」

「……そうかも、知れません。」

 

鉄心はアーチャーの、これ程までに鋭い眼差しと、心からの笑みを見たことが無かった。否、一度だけ、あったかもしれない。彼の友人である遠坂 龍寿の連れているセイバーと対峙した時もそうだった。

 

「アーチャー、逃げる必要は無い。全力で戦いを楽しめ。俺だって楽しいからな。」

「鉄心……」

「あのランサーが槍を振るたびに、乳がバインバインだからな!俺も楽しい!」

 

鉄心は素直な気持ちを吐露した。自らのサーヴァントの危機など顧みず、主張の激しい胸ばかりを注視している。あわよくば着物から零れ落ちないものかと鼻の下を伸ばしながら。彼はアーチャーが考えるよりずっと天然だった。

鉄心は離れた距離からランサーをまじまじと見つめる。そして彼女の身に起きたある事に気付いた。

 

「アーチャー。」

「何でしょう?」

「ランサーの胸部、緑の着物が若干透けてないか?」

「マスター、命のやり取りに対し楽観的すぎませんか?」

 

呆れかえるアーチャーに対し、鉄心は真面目な考察をしていた。彼女が水を操ることは既に分かっている。が、その水が何処から引いてきたものなのか。魔術によって編み出されたものと都合よく解釈していた。

だが先程の、咄嗟にアーチャーの攻撃を躱した時に飛んだ水しぶきは、恐らく彼女の防衛本能に依るもの。彼女は両手で槍を握っていたし、文字が刻まれた訳でも無ければ、魔法陣が描かれていた訳でもない。魔術的な挙動は一切見せなかった。

故に彼は考える。彼女の正体を突き止めることが出来るかもしれない。

 

「マスター?」

「何らかの分泌液、母乳とか、それがあのランサーにとっては水なんだ。英霊、だけど、彼女は人間じゃない。」

「人間では無い、ですか?」

「それにあの槍さばき、何処かで類似した動きを見たことがある。」

 

鉄心の疑問に対し、アーチャーもまたハッとさせられる。他ならぬ彼自身が、彼女の戦い方をその身で覚えていた。これは西洋のスタイルでは無く、この古都に似合う日ノ本の技だ。彼自身の過去の戦闘から、その正体を考察する。

一方ランサーもまた、弓を巧みに扱ってみせた目の前のサーヴァントへ懐疑的な視線を向けていた。

彼女もまた、召喚に際しあらゆるデータがインストールされている。当然それは、過去の伝説や物語なども。

故に、彼女が空で彼を目撃した時、その瞬間に、彼の真名を理解した。空飛ぶ絨毯の物語など、たとえ幼き子であっても誰もが一度は聞いたことがあるだろう。

だが、彼はライダーのクラスでは無い。たった一度放たれた矢が物語る、その類まれなる射撃センス。これは彼女が知る物語とは若干矛盾している。もし彼が空飛ぶ絨毯の持ち主であるならば、弓矢が上手なのはどちらかというと弟の方だ。彼は、一体何者なのか。

ランサーがその槍で確かめようと一歩踏み出した時、隠れ潜んでいたはずの彼女のマスターが、彼女の肩を叩いた。

 

「そこまでにしとこうか。アインツベルンの追手が迫っている。」

「れ…禮士さま!」

「悪かったね。彼女の我儘に付き合わせてしまって。命を取るつもりはなかった。ここらで休戦といこうじゃないか。」

 

突如現れた、深くキャップを被った髭面のロングコートの男、彼はランサーのマスターであり、彼女の前に立ち、鉄心らに呼び掛けた。

 

「一体何者だ、アンタ。」

「俺は衛宮 禮士(えみや れいじ)。君達と同じ、アインツベルンを追う者だ。よろしくな、鉄心。」

「衛宮…何故俺の名前を…?」

「君は龍寿の友達だろう?俺は遠坂組とちょっとした契約を結んでいてね。君のことは知っていたんだ。いつか君が、第一区に現れることもね。」

 

鉄心は衛宮という男と初めて出会った。が、衛宮はまるで知り合いであるかのようにフレンドリーだ。どうにも信用は出来ないが、休戦という判断には賛成である。

 

「鉄心、君が第一区に関わるにはまだ早い。ここは君たちの想像を遥かに超える場所だ。帰ることをお勧めするが、言って聞くようなタマじゃないだろう。」

「そりゃあ、な。保護者面される筋合いも無ければ、アンタの妄言を信じるつもりも無い。」

 

アーチャーは再び矢を番えるが、ランサーは薙刀を構えない。一切の戦闘意思は無いようだ。あくまでマスターである禮士に従っている。

 

「アインツベルンの追手が迫っている以上、君に怪我させて帰すわけにはいかないからな。ランサーの力で第四区まで強制送還だ。」

「何で、俺を庇う?」

「良いように言えば、保護者面。悪く言えば足手まといだからな。」

 

鉄心と禮士を睨みつける。だが、彼自身どこか納得している部分もあった。禮士が遠坂組と付き合いがあるというある種の裏付けが、彼の考察によって決定付けられてしまったからだ。

 

「衛宮…さん。アンタのサーヴァントの槍さばき、というか戦い方。どこかで見たことがあると思っていた。それが今、分かった。」

「ほう?」

「龍寿が従えているサムライセイバー。彼と同じだ。確か、真名は『平教経』。源義経の最強のライバル、彼と動きが全く一緒だった。」

「確かに、そうです。クラスの違いはあれども、平教経の豪胆な立ち振る舞いに酷似しています。」

「アーチャーは気付くのが遅いけど、たぶん、同じ触媒か何かで召喚したんじゃないか?そうであれば、そのランサーの正体にも合点がいく。」

 

平教経は平安時代活躍した平家側の武将。かの有名な源義経の最大の好敵手にして、源氏を圧倒的なまでに追い詰めた屈指の猛将である。

そしてそんな彼の妻は、平家滅亡の際に身投げした結果、人間から河童と呼ばれる大妖怪に転生したとされている。源氏を呪い、その血の流れる者全てを海の深淵に誘う妖の女。

 

「ランサー、その正体は『海御前』。そうだろ?」

「……ふっ」

 

禮士は流石だな、と素直な感想を述べた。この一瞬のうちの戦闘と、彼の話した内容からここまで読み解けるとは。龍寿が慕う男の存在感をまざまざと見せつけられたのだった。

 

「鉄心、俺たちはまた会うことになるだろう。その時は共に戦おう。」

 

ランサーは自らの胸を押さえつけると、水の球体を作り出し、二人を中へ閉じ込める。この球体が瞬時に第四区まで彼らを運んでくれるだろう。鉄心とアーチャーは抜け出そうと試みるが、失敗に終わる。

 

「そうそう、言われたままじゃ癪だから俺も返しておこう。君のアーチャー、千夜一夜物語のあの三兄弟の魂が混ざり合って生まれた英雄だろう?でも、主人格は恐らく『アーメッド』だ。答えは聞かないよ。」

 

次第に禮士の声が遠ざかってゆく。視界すらも水の中で、彼らは第四区へと強制送還された。

鉄心は心の中で、畜生、とだけ呟いたのだった。

 

二人が消えたのを見届けた後、二人はアインツベルンの雑兵狩りに出向いた。サーヴァントの魂が宿っていないにも関わらず、そのポテンシャルは非常に高く、恐らく鉄心らには荷が重かったことだろう。

 

「禮士さま…良かったのですか?」

「良いも何も、もっと強くなって貰わなきゃ困るんだ。でなければ、第一区の災害には及ばない。」

「それは、遠坂組の意向、ですか?」

「違う。俺の意向だよ、あまたん。」

 

禮士は羽織っていたコートを海御前に被せる。先程多く水を搾った所為で、胸の先端が透けて露わになっていた。

 

「禮士しゃま、きゅん…しゅき…」

「ええい、くっつかないでくれ。お前の旦那が見たら俺が殺されるんだ!」

 

禮士は豊満な胸を押し付けてくる海御前を抑えつつも、鋭い眼差しで災害の城を眺めていたのであった。

 

 

美頼は親友が住んでいた古き木造家屋の一軒家を尋ねた。一昨日の夜に火事があり、彼女の親友は焼死体となり見つかった。早期に消火活動が行われ、奇跡的にも、大火災とならずに済んだことは良かったのかもしれない。

親友、奈々良は自らの手で命を絶った。そのことは、彼女がSNSツールで呟いた言葉からも読み取れる。自らの身体に火を放ち、苦しみ喘ぎながら、死んでいったのだ。

美頼はそのことが、堪らなく悔しかった。

彼女は購入した花束を近くに添えると、足早にこの場所から遠のいた。報道関係者や新聞記者が現れることを考慮した上の行動である。

 

「確かに、奈々良に取り憑いた悪霊は殺したんだよね。」

「あぁ、死んださ。確実にな。」

 

美頼は後ろから付いて来ていたバーサーカー、ロウヒに声をかけた。彼女自身、自らのサーヴァントがしくじるといった可能性は考えていない。奈々良が亡くなったのは、何か別の要因であった筈だ。

 

「悪霊を斬ろうとも、奈々良の中に負の感情が渦巻いていたのは事実だ。あくまで我がしたことは、肩こりを治したような、その程度のことに過ぎん。仕方の無いことだったんじゃないか?」

 

ロウヒの言う事はもっともだ。だが美頼は奈々良のことを信じていた。

 

「日曜日に、映画へ一緒に行く約束をした。確かに、あの時に。それを裏切って自殺する子じゃない。奈々良は、奈々良は…」

 

美頼の中にある確信。それは奈々良という人間をよく知っているからこそのもの。

 

「奈々良は、殺されたんだ。」

 

「だが、状況を鑑みても、自殺したのは間違いないと言われている。」

「だからね、バーサーカー。本当は嫌だけど、あの子の力を借りようと思っているの。」

 

美頼は現場からそのまま第四区博物館へ向かい、目的の人物へ会いに行った。

彼女がスタッフルームを覗き込むと、そこに一人、優雅に紅茶を嗜む少女がいた。ロウヒは庭園の花を愛でに向かったため、正真正銘二人で対面することとなる。

 

「キャスター…」

「おや美頼。巧一朗は充幸と出掛けているぞ。」

「知ってる。位置情報出ているし。みさっちゃんはコーイチローに興味無しから安心だし。」

 

美頼が会いに来たのは、巧一朗のサーヴァント、キャスターと名乗る探偵少女である。彼女はキャスターのことを毛嫌いしているが、逆にキャスターは美頼を気に入っている。

 

「ねぇ、貴女は探偵なんでしょ。ちょっと解いて欲しい事件があるんだけど。」

「断る。」

「奈々良っていう私の親友が自殺したの。でも自殺じゃないの。犯人探してよ。」

「断る。」

「いいから調べなさいよ!」

 

美頼はソファーに座って優雅なティータイムとしゃれこんでいたキャスターに飛び掛かると、身体のあちこちをくすぐり始めた。キャスターには一切効かないが、それよりもパーソナルスペースに入り込まれたことに不快感を示す。

 

「辞めろ。興味のそそられない事件は解くに値しない。」

「いま、事件、事件って言った?やっぱ事件なんだ!奈々良は殺されたんだ。」

「離れろ単細胞。君のことは嫌いじゃないが、あくまで観測対象として、だ。仲良くじゃれ合う必要性は無い。」

「私だってアンタは嫌い。でも今アンタの力が必要なの!」

 

美頼のくすぐりはやがて胸や尻と言った場所へ伸びる。だが胸を触るうちに、何故か彼女は敗北感を感じ、中断した。この柔らかさは美頼が決して届かぬ領域である。彼女はがっくりと項垂れた。

 

「馬鹿なのかお前は。否、馬鹿だったな。」

「……約束したの、奈々良と日曜日に遊びに行こうって。約束したのに、死ぬわけない。死ぬわけが無いんだ。」

 

美頼の目から流れ落ちる涙。彼女の中で堪えていたものが一気に溢れ出した。

当然、キャスターが情に絆されることは無い。だが気まぐれにも、キャスターは美頼の意思を尊重してやることにした。一人の観測者として、美頼を探偵に仕立て上げようと。

 

「そういえば、第四区ではよく自殺した遺体が見つかることがあったな。何故か、偶々、偶然、ある共通点が浮かび上がってきたなぁ。何だったかなぁ。」

 

キャスターは紅茶を啜りながら、美頼にアーカイブを見せた。彼女は泣き腫らした目を擦って、その情報に喰らいつく。

橋爪権蔵、糸尾しず子、岩凪勇気、勝部涼、年齢も性別もバラバラな人間たちのファイルが散見される。彼女はその中で、糸尾しず子の名だけは知っていた。

 

「しず子さんって、確か、熟女えるどらどで働いていた人だ。一回、ウチの店の部屋数が足りなくなって、空いていた部屋を借りたことがあった。」

 

まさか彼女も自ら命を絶っていたとは。殆ど面識が無かった故、知り得なかった情報だ。だが顔を知っている者の死というのはどうにも心が痛んで止まない。

 

「で、でも、共通点なんてあるの?全然分からないんだけど。」

「……ちゃんと最後まで読め。」

 

美頼は全ての記事を読み通すと、キャスターの言うある共通項に気が付いた。そしてそれは、奈々良も同じである。皆、死ぬ前の行動が全く同じであったのだ。

それは十六時守山駅発の松坂行き急行列車に乗っていたという事である。

 

「電車から降りて、或いは、電車の中で亡くなった人もいる…こんなの、偶然なワケがないよ。」

 

美頼の気づきに対し、キャスターは口角を上げた。そして更なるアドバイスを加える。

 

「美頼、奈々良は、何で死んだ?」

「いや、分からないけど、ストレス?なのかな。」

「違う、どうやって死んだかを聞いている。」

「どうやってって、自分の身体に火を付けて…」

 

美頼はハッとして、記事を見返した。橋爪はカッターナイフで自らの首を切り死亡、糸尾は首吊り、岩凪は転落死、勝部は電車の中で発狂して目に何故か所持していた果物ナイフを突き刺して死亡している。

 

「いや、死因は全然繋がりないじゃん。」

 

呆れる美頼に苛立ちを覚えながらも、キャスターは言葉を続けた。

 

「美頼、もし君が自ら死ぬとして、どういう方法を選ぶ?」

「どういう方法って、苦しまない方法かな、痛いのは嫌だし。うーん、何だろう。」

「自らの身体に火を放とうとするか?」

 

美頼は目を丸くする。奈々良が数々の死に方が選べた中で、敢えてそれを選んだ理由こそ、事件を解く鍵なのかもしれない。

 

「いや、でも、奈々良は殺されたから、選べなかったんじゃない?」

「状況的にも自殺だったと言われているだろう。間違いなく君の友達は自ら死んだ。なら何故火を放つ選択をした?どうしてだ。」

「そんなこと…分かる訳…」

 

そう言いかけて、美頼は口を噤んだ。それを言ってはいけない。思考放棄してはならない。

美頼が奈々良と関わらなくなって、それで彼女は苦しんでいた。奈々良の気持ちを考えていれば起こらなかったことかもしれない。

ならば、思考放棄は殺人と同じだ。

美頼は必死に考える。彼女の為に、そして、自分の為に。

 

「自分の存在を消したかった?首吊りとかだと、残っちゃうじゃん、身体は。」

 

―でも、何故消したかったんだろう。

美頼はどれだけ考えても、結論に至ることは出来なかった。そこでキャスターはまたもやヒントを出す。

 

「ヒトは五感、視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚を用いて、人や自然とかかわりを持つ。燃えて灰になった時、命も無論そうだが、これらも全て失われる。」

 

キャスターの意味深な発言に、美頼は再びアーカイブを見直した。そして勝部涼というしがないミュージシャンの記事が目に留まった。

 

「この人も、そうだ。電車の中で右目をナイフで刺して、出血多量で死亡って、そんな死に方、余程見たくない物を見たとか、そうじゃない限りやらない…よ…」

「奈々良も、勝部という男も、他の奴らも、急行列車で何かを『見た』んじゃないか?」

 

美頼の額に汗が滲んだ。彼女が普段から利用している急行列車に、何か得体の知れない悪夢が潜んでいるかもしれないということだ。

彼女が幼い頃車窓を眺め希望を見出したように、奈々良は何かを眺め絶望した。

美頼は急いで出掛ける準備をする。今からなら、守山駅に十六時前に到着することが可能だ。

庭園にいるロウヒを連れて、調査へ向かうことにした。

そしてスタッフルームから飛び出る際、キャスターに呼び留められる。

 

「美頼。」

「なに?今から電車乗りに行くんだけど。あ、一応、ありがとうは言っておく。」

「岩凪という男子学生を除き、残りの橋爪、勝部は風俗通いであったらしい。そして岩凪は高校生だったが、君が通学していた同じ小学校出身だ。このことについてどう思う?」

「なに、私が犯人だとでも言いたいの?」

「もう一つ、興味深いことを言ってやろう。君の両親は一家心中で死んだそうだな。だがその事件が起きた時、今回と似たようなことが発生していた。君がかつて手にかけた、和平松彦、彼が産業スパイで潰してまわったオートマタ系企業の社長は、悉く自殺している。偶然だと思うか?」

 

美頼は冷徹な眼差しを向ける。和平を殺した時と同じ、彼女の怒りが最頂点に達したときの表情だ。

殺したはずの和平の呪い、それがまた美頼に襲い掛かろうとしている。

 

「君にとって博物館で初めての裏稼業だったな。改めて思い出し、再び心の凶器を握り締めろ。美頼は再び、和平という男に向き合わなければいけない。」

 

キャスターはそう告げ、美頼を送り出した。

バーサーカーのいる庭園に向け歩き出した美頼は、第四区博物館のスタッフとなった時のことを思い出す。

欠けてしまう程に歯を食いしばり、血が滲むほどに握りこぶしを作った。

彼女の瞳から光が消えてゆくのを、キャスターは見届け、そして一人ほくそ笑んでいたのであった。

 

 

 

                                                  【幻視急行編② 終わり】

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