感想誤字等あれば連絡お待ちしております。
セイバーに連れられ、ワダンの地に足を踏み入れた時、俺は絶句した。
焼き切れた草木、中心部には巨大なクレーター、英霊とそのマスターが拠点にしていたとは考えにくい惨状だった。
固まる俺を他所に、セイバーは抉れた大地へと踏み込んでいく。
そして彼女はミイラのように干乾びた遺体を持ち上げた。
「巧一朗、恐らく、アサシンのマスターだ。」
俺はなんとなく、その亡骸の正体を知っていた。
サハラの聖杯戦争、そのチケットを寄越した張本人。
黒のレインウエアの男。
『お前は、叶えたい願いがあるか?』
無機質な声の持ち主だったことは記憶している。
だがその目には確かに、燃え盛る闘志が宿っていた。
この戦争の管理者、裏で牛耳る存在だったのだろうが、道半ばで命を落とした。
俺は目を伏せ、祈りを捧げる。
敵同士であった、それでも、俺をここまで導いた男なのだ。
話す前に、殺し合う前に、男は散った。
これが戦争なのだ。
知らぬ間に、誰かが野垂れ死ぬ。死と隣り合わせの世界。
この砂漠にはひと時たりとも平穏が無い。
俺は改めて、それを自覚した。
「ワダンで、何が起きたんだ?」
「さぁな。我がこの地に訪れた時にはもう滅んでいた。アサシンはかの邪知暴虐の王『ザッハーク』、彼奴と刃を交えることが出来なかったのは悔やまれる。」
セイバーの願いは『最上の王であることの証明』だ。
単純な力比べもしたかったのだろう。
もしかしたら蛇王を挫く勇者足り得たかもしれない。
彼女は眉間に皺をつくりながら、俺と共に、遺体を埋葬した。
紛争渦中の行動としては正しいことでは無いかもしれない。
あぁ、敵なのに、複雑な気持ちだ。
「これからどうする?セイバー。」
「我に出来ることはただ一つだ。ディートリヒは目の前の敵をただその剣技で葬り去るのみ。」
「敵陣地を攻めるのか?」
「それが手早い。それとも、汝には策を弄する知将としての頭脳が備わっているのか?マスターよ。」
「そんなものある訳無い。馬鹿一直線だよ。」
単純明快だ、そう言って、セイバーはにんまり笑った。
彼女は少し背伸びをして、俺の髪をくしゃくしゃと撫でまわす。
まるで犬を手懐けるみたいだ。
案外これが心地良かったりもする。
やはり彼女こそ、俺のサーヴァントであり、俺の一歩先を歩いてくれるヒトだ。
『マスター、私の愛する、ただ一人の』
俺の胸がちくりと痛む。
僅かばかりの時を一緒に過ごしたランサーのサーヴァント。
グズルーン、彼女の真意が分からない。
彼女は俺の目の前で、数多くの命を滅ぼした。
だがそれは俺を救う為の行動だったともいえる。
シムーンという脅威を前に、俺の力を信じ、俺にも戦うよう告げたセイバー、そして、主人に傷をつける者を殲滅するランサー。
どちらが正しいかなど、俺には分からない。
それでも俺は、グズルーンを突き放した。
セイバーこそが俺のサーヴァントなのだから。
俺は彼女のマスターにはなれない。
だから、これでいいんだ。
「どうした?行くぞ、マスター。」
「あ、あぁ」
セイバーは俺に手を差し出した。
これは俺たちの和解の印なのかもしれない。
俺は迷いなく、その手を握り締める。
崩壊したワダンを背に、新たなる土地へと一歩踏み出したのだった。
【深層編⑧『巧一朗Ⅵ』】
「やぁやぁやぁ!聞いて驚け!見て驚け!我はセイバーのクラスを以て現界した、大大大英雄、英雄の中の大英雄!」
「その名を『ディートリヒ・フォン・ベルン』!」
「我は我が親愛なる友、アルテラの剣を振るい、英雄たちと勝負しに来た!」
それからの俺たちの行動は、というと。
壮絶な戦いを繰り広げる二大英雄の間に割って入り、セイバーは剣を振るい続けた。
漁夫の利なんて考えは無い。
彼女は真っ向から現れ、その名を高らかに叫び、アーチャーとバーサーカー、二人を圧倒する。
俺は双眼鏡を駆使し、遠くから彼女の戦いを見守っていた。
セイバーはこの時ばかりは一切の躊躇なく、俺の魔力を奪っていく。
だがそうしなければ勝てない相手とも言えるだろう。
アーチャーのサーヴァント、その壮絶な宝具も確認した。
聖剣バルムンクを有する騎士、といえば、『ジークフリート』に間違いない。
ザッハークといい、強力な英雄がこうも揃い踏みとは。
少年心に火が灯ってしまうのは不可抗力だと思いたい。
そして、俺はもう一人のサーヴァントを注視する。
彼はバーサーカーだ。俺が結果的に裏切ってしまった共闘相手…………
マーシャと禮士も、どこかでこの戦いを見ているのだろうか。
見ているに違いない。
だが、今の俺にとって彼らは敵だ。
言い訳も、手を取り合う必要も無い。
これは戦争だ。どんな形であれ、生き残った者が正義なのだ。
俺は勝つ。人間になる為に、勝つ。
アーチャーは早期に撤退し、セイバーとバーサーカーの一騎打ちとなる。
通常、魔術師は身を隠すか、敵陣営のマスターを殺害する手筈を整える。
俺は前者だ。俺に出来ることは少ない。
セイバーのたった一つの願いを踏みにじるつもりもない。
彼女ならば必ず勝てると、そう信じている。
俺は呼吸を整えながら、二人の鍔迫り合いを見守り続けた。
「あら、奇遇ですわね、巧一朗。」
二人の命の削り合いも佳境、そのとき、背後から気品に満ちた幼子の声が響いた。
俺は彼女を知っている。だから驚きもしない。
振り返り、纏っていたローブを取り去った。
「マーシャ」
「あら、覚えていてくださったのね。貴方のサーヴァントは?また連れ歩いていないのですか?」
「俺の『セイバー』はあんたのサーヴァントと交戦中だよ。」
「ランサー、ではなくて?」
「彼女は俺のサーヴァントでは無い。そうだな、意気投合した、ようなものだ。今は喧嘩別れだな。」
「不思議なこともあるものね。」
マーシャが俺を信じることはない。
彼女が今ここにいる理由は、俺を殺しに来たからだろう。
戦闘を開始してはや二時間半あまり、俺はもう限界が近い。
だが彼女は汗一つかいている様子もない。
力の差は歴然だった。
「あのオアシスでの一件、巧一朗の指示で宝具を放った訳では無いのでしょう?」
暫くの沈黙の後、マーシャの口から想定されぬ言葉が漏れた。
俺は目を丸くする。
「さて、どうかな。」
「マスターであるならば、その目的は他陣営の殺害である筈。ならば、バーサーカーがシムーンの対処に乗り出しているその時に、彼かマスター側を殺しに行くのが筋だもの。ある程度片付いた後というのは不可解だわ。無論、貴方が『無能』だった可能性も否めないけれど。」
「ふ、確かにな。」
「別に許すつもりはないし、共闘もしませんわ。でも、ハッキリとさせたかったことではある。衛宮禮士も、そう認識していましてよ。元は彼が言い出したのです。間桐巧一朗には恐らく非情な決断が出来ないだろう、と。」
舐められたものだ。
だが、禮士は俺という存在を短時間で理解していた。
通常、敵に己の器を見切られるのは最悪の事態と言える。だが、今の俺は少しばかり嬉しかった。
この砂漠は、人を孤独にする。敵であっても理解者足りえる存在は心地いい。
「さて、では殺し合いましょう、巧一朗。互いの願いをかけて。」
「あんたも律儀だな。消耗した俺を背後から刺せば、それで終わりだったろうに。」
「闇討ちは『正義の味方』のすることではありませんことよ。」
マーシャの足先から浮かび上がる白い魔法陣。
彼女は一体、どのような力を行使するのだろう。
俺は出来損ないの三流魔術師だ。彼女のような一流には遠く及ばない。
招霊転化も、今は未完成だ。
やれることはただ一つ。
セイバーが必ず勝つと信じ、それまで生き残ること。
シムーンの時と同じだ。
彼女はディートリヒ、英雄の中の英雄、必ず勝利する。
今度は逃げない。俺さえ死ななければ、戦況はひっくり返せる。
「良い目、ですわね。どのような願いをお持ちなのですか?」
「人間になること、ただそれだけ。」
「あら、そうなのね。」
マーシャはそれ以上の言葉を紡がなかった。
彼女の右手が掲げられると同時に、円を描く様にサブマシンガンが鋳造される。
魔力の光弾が飛んでくるものかと安易に思っていたが、実銃とは遥かに近代的だ。
二、四、六、八、と数が増えていき、手を触れずとも実弾が装填されていく。
可愛げのない武骨な銃のオンパレード。
十歳くらいに見える少女が軽々と扱っていい代物では無い。
マーシャが手を振り下ろすと、トリガーが引かれ、弾丸の雨が降り注いだ。
俺は両足に魔力を集中させ、緊急退避する。
魔術回路が葉脈のように広がり、淡い緑色を放つ。
そしてすぐさま、右手の指先から糸を発射した。
縫合魔術、物体と物体を結びつける力。
彼女の背後に雷太鼓の要領で出現したサブマシンガンの数々を、まとめて捕縛する。
そして左手から同様に発射した糸で、砂の中へと埋もれさせた。
サブマシンガン、は分からないが、バレルとかマガジンは砂に弱いって言うしな……
だが俺の動きを見切っていたマーシャは、気付けば俺の傍へと駆け寄っていた。
そして両足で飛び蹴りをし、俺の胸部にクリーンヒットする。
彼女の足には、整った光のラインが灯っている。
俺の魔術回路とは大違いだ。
俺はそのまま後方へと吹き飛ばされ、崖の方へ衝突した。
あの小柄な体型で、この破壊力。
銃で風穴を開けられる方がマシだ。
骨だけでなく、臓器までもがかき混ぜられるように変形した。
通常ならば、ここで死亡。
だが、俺は所詮『虫』だ。虚行虫の核が破壊されない限り、縫合を繰り返すことが出来る。
「くそ……」
俺はすぐさま、肉体の代替となる物質を探した。
だが、無意味だった。
こんな砂漠に有用なものがある筈も無い。
手で掬った砂では、構成材質として物足りないにも程があった。
「せめて『骨』だけでも……」
俺は何とか呼吸を確保し、砂煙に身を隠す。
マーシャは再度、近代兵器を召喚し、砲撃を開始した。
岩場へと急ぎながら、糸を錬成する。
位置を何度も把握し、攻撃の当たらない距離まで後退した。
「かくれんぼはおしまいでしてよ。」
マーシャは悪い笑みを浮かべると、今度は指を鳴らし、浮かび上がるサブマシンガンに何らかの魔術を施した。
すると極めて奇怪なことが起こる。
バレルに鳥のような翼が生え、マガジン部位からは日本の足が生えだした。
無生物兵器が、瞬く間に使い魔へと変貌したのである。
銃口をこちらに向けたまま、翼を広げ飛んでくる使い魔たち。
どこへ隠れようと意味は無い。そう告げられたようだ。
再び銃弾の嵐に襲われた俺は、腕や足を打ち抜かれる。
損傷は軽微であるが、俺の動きを封じるには事足りた。
虫の核だけは守らなければ。
だが、蜂の巣になるのは時間の問題だ。
どうする、どうすれば?
消耗が激しい。呼吸すらままならなくなる。
「く…………」
俺は今出せる全力疾走で退避する。
酸素が圧倒的に足りない。だが上手く空気を取り込めない。
「巧一朗、これで終わ……ぐぅっ…………」
圧倒的に不利な状況、そう思われたが、マーシャも俺と同様に苦しんでいた。
バーサーカーという強力な英霊に規格外の魔力を吸い取られている。
きっと俺とは比べ物にならないくらい。
彼女は急に苦しみ喘ぎ、その場にへたり込んだ。
使い魔たちも動きを止める。
今が、絶好の機会なのかもしれない。
だが俺にはマーシャを襲撃する力が残されていなかった。
手足から血液が漏れ出し、右肺は潰れている。
むしろここまで耐えたのが奇跡と言えるほどだ。
マーシャとの戦闘が始まってはや十分。
もう限界なのかもしれない。
「すまん、セイバー、もう俺は……」
その場で倒れ込む俺を、誰かが抱きかかえた。
薄れゆく意識の中でそのたなびく白銀を目に焼き付けた。
「全く、汝は軟弱にも程がある。」
「セイバー」
「粘り勝ちだ。よくやった。」
バーサーカーは死んでいない。
だが彼の戦闘、スキル、そして真名に至るまで、セイバーは全ての器を見切った。
俺の限界がもう少し先であれば、彼女はバーサーカーに対し勝利を収めていた。
悔しさを噛み締めつつ、彼女の胸で意識を失う。
セイバーは次、バーサーカーとの戦闘で、必ずや勝利を収めるだろう。
彼女にはその確信があった。
そして俺の身体に治癒の術式を施し、安静にさせる。
離脱する直前、バーサーカーのマスターであるマーシャも、彼によって救護されているのを確認した。
マスターの性能の差による、引き分けという結果。
だが勝利の礎を築き上げたセイバーは、概ねこの戦いに満足しているようだった。
※
これは俺が意識を失っているときに行われた会話である。
「貴様は…………『ガンマ』か?」
「いえ、私はランサーのマスターの補佐を担当致します『デルタ』と申します。」
「あぁ、主人であるアサシンのマスターを失い、途方に暮れていると言った様子か。」
「我々は主の使い魔に過ぎません。おっしゃる通りです。」
「我々には『ガンマ』という、汝と同じ顔をした老紳士が付いた。もう命を落としたがな。貴様はランサー陣営の元へ向かえば良いだろう?」
「ええ、その話ですが……」
「何だ?」
「ランサーのマスター『シュバルティン』様と、そのサーヴァント『ブリュンヒルデ』様は既に、生死は不明ですが、この地を退去しております。」
「補佐すら出来ぬ故、我々の元を訊ねた、と?」
「その通りですが、正しくはそうではありません。」
「ふむ、含みのある言い方だな。確かに妙な話だ。ランサーが退去した、ならば、巧一朗と共に行動していたあの女は何者なのだ?」
「私はランサーのマスターの補佐であるが故に、彼女のことを深く明かすことは出来ません。ですが、このことはお伝えできるかと。」
「何だ?」
「『あの』ランサーのマスターは、『シュバルティン』様ではございません。彼女の召喚者は『間桐巧一朗』様です。」
「何だと?二重契約か?」
「俄かには信じ難いですが……」
「この弱小マスターに可能であるとは思えんな。貴様の言葉を信じる気にもならん。」
「それはその通りです。ただ不肖デルタ、ランサーのマスターである巧一朗様のサポートをさせて頂きたく思います。」
「ふ、貴様がスパイである可能性の方が高いと思うが?」
「その場合は、ディートリヒ様がすぐに判断できるでしょう。この首を叩き落すのに躊躇する方ではありますまい。」
「言うな、使い魔風情が。だが良いだろう、王は寛容だ。…………思えば巧一朗も、ガンマとの別れを悲しんでいた。」
「知っています。彼もまた、お二方と同じように星々を眺めていたのですから。」
俺の知らぬところで、デルタが仲間になった。
目が覚めた時には、俺はキャンピングカーに揺られていたのだった。
※
このサハラ砂漠での戦いは、ついに七日目を迎えた。
俺たちは今、サハラの目へと向かっている。
デルタが収集した情報により、このサハラの目の付近でシムーンが大量発生しているようだ。
何らかの不吉な予兆を感じ取る。
結局のところ、シムーンたちの行動理念は不明だ。
だが無限に増殖する彼らは、現地民を大量虐殺するわけでも無く、サーヴァントやマスターを狙い撃ちにすることもなく、サハラを自由気ままに楽しんでいる。
自然由来の英霊であるからか、それとも、他に何か目的があるのか。
ルーラーから託された令呪は、シムーン討伐の為、と考えていい。
そして戦争当事者として少しでも被害を抑えなければならない。
正義感というよりは、使命感を感じ、その地へと降り立った。
俺が遠方より確認するだけで、二十人以上のシムーンが集っている。
彼らは『何か』を中心に、儀式的な踊りを行っていた。
不協和音をベースに、民族的な舞を披露する老若男女。
音楽とは形容しがたきものだ。
何かが始まる。恐ろしい何かが。
「巧一朗、震えているな?」
「あ、あぁ、でも大丈夫だ。戦争の立役者がもういないなら、これは参加者の為すべき仕事だろう。とてつもなく嫌な予感がする。」
「『虫の知らせ』という奴か?」
「揶揄うなよ。……セイバー、頼む。貴方ならシムーンを殺せると信じている。」
「当然だ。」
セイバーはサハラの目へ向けて走り出した。
そしてそれを追うかのように、バーサーカーが飛来する。
彼はセイバーを闇討ちすることなく、彼女の速度に合わせ、共に走り出した。
「バーサーカー、どうして?」
「あら、こんな所に同じ愚か者がいるわよ、禮士。」
「あぁ、実に奇遇だね。」
俺の背後から現れたのは、バーサーカー陣営のマーシャと禮士だった。
彼らもまた、シムーンと戦う者だ。
俺は敵の登場であるにも関わらず、胸を熱くする。
「共闘関係、復活ですわね、巧一朗。」
「この時ばかりは、セイバーの力をお借りしたい。」
二人は俺の左右に立ち、禮士は肩を、マーシャは足を叩いた。
そして同時に笑う。
俺は涙が零れそうになった。
このサハラで、決して交わらない敵陣営と、こうして一時ばかりの共闘が出来る。
俺は彼らが嘘を付いているとは思えなかった。
きっと何度も、俺を殺す機会はあった筈だ。今だってそう。
でも、セイバーを信じ、こうして並び立ってくれている。
セイバーとバーサーカーは互いの顔を見つめ、意思を確認し合った。
彼らの存在を察知したシムーンたちのうち、十数体が風となり、二人を襲う。
だがバーサーカーの肉体は発光し、太陽の如き眩しさで迎え撃つ。
俺は驚くしかない。バーサーカーの真骨頂は、燃え盛る太陽を味方につけていることだった。
故に、彼には熱砂など効くはずも無い。シムーンの攻撃を受けようが、一切怯まないのだ。
ある意味で、シムーンという災害への解答札である。
目を丸くする俺に、二人はにやりと笑みを浮かべる。
行ける、そう俺は確信した。
セイバーは既に模造剣クラウソラスを握り締めている。
「行け、セイバー!」
バーサーカーが彼女の先を行き、シムーンの熱砂をその身で受け止め続ける。
そして残党をセイバーが材質変換により確実に仕留めて行った。
舞い踊るシムーンたちもその手を止め、二人を襲撃する。
その数は十単位から、百へと一気に膨れ上がった。
数の暴力となると、流石にセイバーは分が悪い。
俺は彼女に令呪による宝具発動を指示しようとするが、彼女は俺の意思を汲み取っていた。
魔力のブーストは必要ない。
彼女の手にする金の柄、そこから伸びる失墜の魔剣。
それはシムーンの命をすべからく霧散させる程の威力を持つ対軍宝具。
禮士とマーシャはセイバーの有する聖剣に驚きを隠せない様子だった。
彼女は天高く跳び上がり、両手で柄を握り締める。
そしてサハラ中に轟く声で、その宝具の名を放った。
『凍結幻想大剣・天魔失楽(ファルシュ・バルムンク)』
振り下ろした魔剣の斬撃は、サハラの目を取り囲むシムーンの肉体を根こそぎ奪い去る。
ただ一度きりの絶技、彼女では無く、俺がこれに二度耐えられない為だ。
俺はその場で蹲り、激しい身体の痛みに何とか耐える。
全身から血液を抜き取られたようだ。身体から温かさが消え、凍り付くのが分かる。
マーシャは俺へと駆け寄り、回復術式を施してくれた。
禮士に何か言う隙も与えずに、だ。中年男の呆れた声が耳に刺さる。
そういえばマーシャは、自身が正義の味方であると言っていた。
シムーンという現地住民を脅かす存在を許せなかったのだろう。慈愛と勇気に満ちた少女だ。
そして砂煙の中から、またも増殖したシムーンが現れる。
だがその数はまだ両手で数えられるほどだ。
今ならば、彼らの目論見を暴き、根絶やしに出来るかもしれない。
舞い降りるように着地したセイバーを尻目に、バーサーカーは単独でサハラの目へと辿り着く。
近付くシムーンをその筋力のままに砕きながら、ついに儀式の中心部へと至った。
そしてそこで、彼と、俺たちは信じがたいものを目の当たりにする。
最初に声を上げたのは俺だった。
「ランサー!?」
ランサーこと『グズルーン』は磔にされていた。
そしてその命は今にも失われようとしている。
セイバーの宝具の余波で、彼女自身も傷を負ったのか。
否、そうではない。
これはマスターが不在であるが故の『退去』だ。
彼女の白い肌には、傷の一つも見当たらなかった。
禮士はここで、ランサーを殺害する命令を下す。
当然だ。俺にとっても、禮士にとっても、ランサーは只の敵でしかない。
敵サーヴァントを救っても、意味は無い。
何なら、手を下す必要すら無く、光の粒子となるだろう。
でも、そこは衛宮禮士という男、確実に目の前で仕留めにかかる。
バーサーカーは右手を握り締めた。
彼女の胴体を打ち抜き、息の根を止める。
禮士にはランサーに対する恨みがあった。
彼の拠点は、ランサーにより消し炭とされたのだ。
親切にしてくれた現地民たちも皆、ランサーの宝具で殺された。
衛宮禮士の判断は絶対的に間違っていなかった。
だが、俺は駆け出していた。
間に合う筈も無いのに、必死に走り出していたのだ。
「辞めろぉぉぉおおおおおお!!」
どうして、俺は。
分からない、何故、俺は走っている。
俺のサーヴァントはセイバーだ。
セイバーただ一人が、俺の…………
「巧一朗!」
セイバーは俺の元へと駆ける。
俺の行動を制止させる為か?
違う。
俺は気付いていなかった。
俺はシムーンの繁殖地に、無防備にも足を踏み入れているのだ。
これは当然の結果だったともいえる。
俺の目の前。
突如現れた影が、にんまりと笑っていた。
肌は黒いが、その姿は俺の知る少女だ。
俺好みの、俺がデザインし、一緒の時を過ごし、そして、
俺が命を奪った女の子。
「亜弥」
俺は出現したシムーンに肉体を焼き尽くされる。
髪も、皮膚も、全てが黒墨になる。
唯一、何とか核である『虫』は守り通したが、間桐巧一朗という『人間を模した存在』は死亡した。
遺されたのは、うねうねと気味悪く動く虚行虫。
誰もが俺の姿にぎょっとする。
巧一朗としての俺が終わる前に、見えた光景は……
俺の血で塗れた嗤うシムーンと、そして、信じられないものを目にし固まる参加者たち。
あぁ、そうだ、思い出した。
何を思い上がっていたんだ、俺。
俺は人間じゃないんだ。
気持ち悪がられて排斥される、虫風情じゃないか。
最悪だ。
俺の戦いはこんな所で終わるのか。
あぁ、終わってしまう。
「マスター」
誰かが俺を呼んでいる。
誰だろう。
威厳に満ちた声と、そして、心優しい声。
二人の英霊。
俺を『マスター』と呼び、信じてくれたふたりだ。
俺は腕が無いにも関わらず、彼女らへと手を伸ばしたくなった。
だから、俺はこの時『糸』を伸ばしたんだ。
【深層編⑧『巧一朗Ⅵ おわり』】
【深層編⑧『ヴェルバー』】
サハラ内某所。
一人の青年が命を落とし、本来の姿へと戻った。
そして彼の伸ばした糸を、目の前にいたシムーンは掴み取る。
セイバーとバーサーカーは危険を察知し、このシムーンの抹殺の為に走り出した。
だが一陣の風となったシムーンは彼らの合間を縫い、『祭壇』へと向かう。
磔にされたランサーの霊核をその手で破壊し、謎のゲートを開いた。
テスタクバルが開いたアトランティスの門。
グズルーンの元の肉体であるブリュンヒルデを利用し、神代のアーティファクトへとアクセスする。
シムーンたちはこのサハラで、ヴェルバーの『亡骸』の破片を回収していた。
そしてアトランティス内部に残された戦いの残骸と、ブリュンヒルデ自身を頭脳体とし、かつての『災害』を組み上げる。
セイバーはシムーンの首をその剣で叩き落した。
だが時すでに遅し。
巧一朗の『糸』は、謎のゲートを通り、何か得体の知れぬものへと結びついた。
それはとある星舟に現在もなお備わっている尖兵。
かつてこの地球を侵略したものとは、似て非なる存在。
そしてその一部を、シムーンはこの世界へと『拝借』した。
「なに…………?」
異空間を通り、サハラの空へと現れる、蛍光色の立方体。
それは球体やピラミッド状に形状を変化させながら、この世界そのものを解析し始める。
そしてやがてそれに巨大な穴が生じ、セイバーはその中心部へと吸い上げられた。
まるでブラックホールへと飲み込まれるよう。
彼女には抗う術が無かった。
「く、くそ、くそ!」
セイバーは自らの死を悟る。
彼女はそれでも、と足掻き、磔にされたランサーを叩き起こす。
もう死んでいる筈の彼女に、最期の最期で、巧一朗を託すためだ。
「おい、起きろ、ポンコツ!貴様が巧一朗のサーヴァントだと言うならば、死んでも、彼奴を守れ!」
ランサーはその一言で、死にゆく身体に鞭を打った。
何とか現世に意識を保ち、踏み止まる。
セイバーはその剣で彼女の拘束を取り払い、そのまま宙へと引き寄せられていった。
巧一朗の小さな肉体へと手を伸ばすが、届きそうもない。
ディートリヒは敗北した。
訳も分からず、ただ世界を蹂躙する機体の養分と成り果てる。
だが、それでも、彼女は笑っていた。
ディートリヒの伝説は、このような結末にはならない。
いつか必ず、世界を救う勇者となる。
彼女にはその確信があった。
だから、例え今、どれだけの屈辱に塗れることになっても、大丈夫だ。
巧一朗は必ず、必ず『耐えて』くれる。
セイバーは痛快に笑ってみせた。
ディートリヒ大王は不滅であると、世界そのものに知らしめるために。
そして、彼女は立方体に捕食される。
内部でサイコロ状になるまで切り裂かれ、解体。そして、座へと帰ることも無く、立方体の血肉となった。
「何が、起きている!?」
禮士はマーシャを庇うように立っているが、彼も、后羿も、セイバーの如く取り込まれることは無い。
故に、すぐさま禮士はバーサーカーへと命令を下し、宝具の発動へと至る。
だが、后羿の番えた矢は、瞬く間に消滅する。
上空の未確認飛行物体は、儀式の完了まで一切の攻撃を受け付けない。
彼らにはどうすることも出来なかった。
「マスター!駄目です!早く『糸』を切断して!」
グズルーンは何とか、亀のような歩みで巧一朗の元へと辿り着いた。
意識を失っている虚行虫。
彼女は空から降り注いだセイバーの血液の雨に塗れ、足を滑らせる。
それでも何とか、一匹の虫を抱き締めることに成功した。
「この世界そのものが……崩壊してしまいます。」
やがて、立方体は『セイバーを模した身体』へと変化し、グズルーンを黄金の糸で支配する。
だからこそ、彼女は最後の手段に打って出た。
巧一朗という存在を決して忘れない為に、この心だけは、世界に刻みつけようと。
縫合魔術には概念を結びつける力がある。
この『恋心』を『災害』と結びつけようとした。
虚行虫である彼が、いつか仲間を手にし、新しい未来を掴めるように。
彼女は既に死んでいる。それでも、巧一朗を最後まで離さなかった。
『ランサー、俺はオアシスで出会う仲間たちを助けたい、力を貸してくれ』
サハラで出会った、間桐巧一朗という男は。
大切な、美頼、鉄心、充幸、沢山の仲間たちのことを語ってくれた。
その楽しそうな顔を、グズルーンは決して忘れない。
開発都市オアシスを、滅ぼさせたりしない。
「マスター、召喚してくれてありがとうございました。貴方のことが大好きです。」
そして血溜まりの中で、何者かが目を覚ます。
それはセイバーの姿をしており、ランサーの恋心を利用する
名を『ディートリヒ・ヴェルバー』。
「君が私のマスターなのかな?」
言語能力を失った巧一朗を、彼女は愛おしそうに抱き締める。
そして巧一朗の意思も、願いも、恋心も、彼女により操作される。
まるで彼は彼女を愛しているかのように、仮初の愛を植え付けた。
「こういちろう、私と出会うために『生まれてきてくれて、ありがとう』。」
繋がった血液の色の糸は、決して解かれない。
ここから、彼らの物語は始まりを告げたのだ。
【時は現代へと戻る】