Fate/relation   作:パープルハット

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次回がたぶん深層編最終回です。
感想誤字等あれば連絡お待ちしております。


深層編8『巧一朗Ⅵ』

セイバーに連れられ、ワダンの地に足を踏み入れた時、俺は絶句した。

焼き切れた草木、中心部には巨大なクレーター、英霊とそのマスターが拠点にしていたとは考えにくい惨状だった。

固まる俺を他所に、セイバーは抉れた大地へと踏み込んでいく。

そして彼女はミイラのように干乾びた遺体を持ち上げた。

 

「巧一朗、恐らく、アサシンのマスターだ。」

 

俺はなんとなく、その亡骸の正体を知っていた。

サハラの聖杯戦争、そのチケットを寄越した張本人。

黒のレインウエアの男。

 

『お前は、叶えたい願いがあるか?』

 

無機質な声の持ち主だったことは記憶している。

だがその目には確かに、燃え盛る闘志が宿っていた。

この戦争の管理者、裏で牛耳る存在だったのだろうが、道半ばで命を落とした。

俺は目を伏せ、祈りを捧げる。

敵同士であった、それでも、俺をここまで導いた男なのだ。

話す前に、殺し合う前に、男は散った。

これが戦争なのだ。

知らぬ間に、誰かが野垂れ死ぬ。死と隣り合わせの世界。

この砂漠にはひと時たりとも平穏が無い。

俺は改めて、それを自覚した。

 

「ワダンで、何が起きたんだ?」

「さぁな。我がこの地に訪れた時にはもう滅んでいた。アサシンはかの邪知暴虐の王『ザッハーク』、彼奴と刃を交えることが出来なかったのは悔やまれる。」

 

セイバーの願いは『最上の王であることの証明』だ。

単純な力比べもしたかったのだろう。

もしかしたら蛇王を挫く勇者足り得たかもしれない。

彼女は眉間に皺をつくりながら、俺と共に、遺体を埋葬した。

紛争渦中の行動としては正しいことでは無いかもしれない。

あぁ、敵なのに、複雑な気持ちだ。

 

「これからどうする?セイバー。」

「我に出来ることはただ一つだ。ディートリヒは目の前の敵をただその剣技で葬り去るのみ。」

「敵陣地を攻めるのか?」

「それが手早い。それとも、汝には策を弄する知将としての頭脳が備わっているのか?マスターよ。」

「そんなものある訳無い。馬鹿一直線だよ。」

 

単純明快だ、そう言って、セイバーはにんまり笑った。

彼女は少し背伸びをして、俺の髪をくしゃくしゃと撫でまわす。

まるで犬を手懐けるみたいだ。

案外これが心地良かったりもする。

やはり彼女こそ、俺のサーヴァントであり、俺の一歩先を歩いてくれるヒトだ。

 

『マスター、私の愛する、ただ一人の』

 

俺の胸がちくりと痛む。

僅かばかりの時を一緒に過ごしたランサーのサーヴァント。

グズルーン、彼女の真意が分からない。

彼女は俺の目の前で、数多くの命を滅ぼした。

だがそれは俺を救う為の行動だったともいえる。

シムーンという脅威を前に、俺の力を信じ、俺にも戦うよう告げたセイバー、そして、主人に傷をつける者を殲滅するランサー。

どちらが正しいかなど、俺には分からない。

それでも俺は、グズルーンを突き放した。

セイバーこそが俺のサーヴァントなのだから。

俺は彼女のマスターにはなれない。

だから、これでいいんだ。

 

「どうした?行くぞ、マスター。」

「あ、あぁ」

 

セイバーは俺に手を差し出した。

これは俺たちの和解の印なのかもしれない。

俺は迷いなく、その手を握り締める。

崩壊したワダンを背に、新たなる土地へと一歩踏み出したのだった。

 

【深層編⑧『巧一朗Ⅵ』】

 

「やぁやぁやぁ!聞いて驚け!見て驚け!我はセイバーのクラスを以て現界した、大大大英雄、英雄の中の大英雄!」

 

「その名を『ディートリヒ・フォン・ベルン』!」

 

「我は我が親愛なる友、アルテラの剣を振るい、英雄たちと勝負しに来た!」

 

それからの俺たちの行動は、というと。

壮絶な戦いを繰り広げる二大英雄の間に割って入り、セイバーは剣を振るい続けた。

漁夫の利なんて考えは無い。

彼女は真っ向から現れ、その名を高らかに叫び、アーチャーとバーサーカー、二人を圧倒する。

俺は双眼鏡を駆使し、遠くから彼女の戦いを見守っていた。

セイバーはこの時ばかりは一切の躊躇なく、俺の魔力を奪っていく。

だがそうしなければ勝てない相手とも言えるだろう。

アーチャーのサーヴァント、その壮絶な宝具も確認した。

聖剣バルムンクを有する騎士、といえば、『ジークフリート』に間違いない。

ザッハークといい、強力な英雄がこうも揃い踏みとは。

少年心に火が灯ってしまうのは不可抗力だと思いたい。

そして、俺はもう一人のサーヴァントを注視する。

彼はバーサーカーだ。俺が結果的に裏切ってしまった共闘相手…………

マーシャと禮士も、どこかでこの戦いを見ているのだろうか。

見ているに違いない。   

だが、今の俺にとって彼らは敵だ。

言い訳も、手を取り合う必要も無い。

これは戦争だ。どんな形であれ、生き残った者が正義なのだ。

俺は勝つ。人間になる為に、勝つ。

アーチャーは早期に撤退し、セイバーとバーサーカーの一騎打ちとなる。

通常、魔術師は身を隠すか、敵陣営のマスターを殺害する手筈を整える。

俺は前者だ。俺に出来ることは少ない。

セイバーのたった一つの願いを踏みにじるつもりもない。

彼女ならば必ず勝てると、そう信じている。

俺は呼吸を整えながら、二人の鍔迫り合いを見守り続けた。

 

「あら、奇遇ですわね、巧一朗。」

 

二人の命の削り合いも佳境、そのとき、背後から気品に満ちた幼子の声が響いた。

俺は彼女を知っている。だから驚きもしない。

振り返り、纏っていたローブを取り去った。

 

「マーシャ」

「あら、覚えていてくださったのね。貴方のサーヴァントは?また連れ歩いていないのですか?」

「俺の『セイバー』はあんたのサーヴァントと交戦中だよ。」

「ランサー、ではなくて?」

「彼女は俺のサーヴァントでは無い。そうだな、意気投合した、ようなものだ。今は喧嘩別れだな。」

「不思議なこともあるものね。」

 

マーシャが俺を信じることはない。

彼女が今ここにいる理由は、俺を殺しに来たからだろう。

戦闘を開始してはや二時間半あまり、俺はもう限界が近い。

だが彼女は汗一つかいている様子もない。

力の差は歴然だった。

 

「あのオアシスでの一件、巧一朗の指示で宝具を放った訳では無いのでしょう?」

 

暫くの沈黙の後、マーシャの口から想定されぬ言葉が漏れた。

俺は目を丸くする。

 

「さて、どうかな。」

「マスターであるならば、その目的は他陣営の殺害である筈。ならば、バーサーカーがシムーンの対処に乗り出しているその時に、彼かマスター側を殺しに行くのが筋だもの。ある程度片付いた後というのは不可解だわ。無論、貴方が『無能』だった可能性も否めないけれど。」

「ふ、確かにな。」

「別に許すつもりはないし、共闘もしませんわ。でも、ハッキリとさせたかったことではある。衛宮禮士も、そう認識していましてよ。元は彼が言い出したのです。間桐巧一朗には恐らく非情な決断が出来ないだろう、と。」

 

舐められたものだ。

だが、禮士は俺という存在を短時間で理解していた。

通常、敵に己の器を見切られるのは最悪の事態と言える。だが、今の俺は少しばかり嬉しかった。

この砂漠は、人を孤独にする。敵であっても理解者足りえる存在は心地いい。

 

「さて、では殺し合いましょう、巧一朗。互いの願いをかけて。」

「あんたも律儀だな。消耗した俺を背後から刺せば、それで終わりだったろうに。」

「闇討ちは『正義の味方』のすることではありませんことよ。」

 

マーシャの足先から浮かび上がる白い魔法陣。

彼女は一体、どのような力を行使するのだろう。

俺は出来損ないの三流魔術師だ。彼女のような一流には遠く及ばない。

招霊転化も、今は未完成だ。

やれることはただ一つ。

セイバーが必ず勝つと信じ、それまで生き残ること。

シムーンの時と同じだ。

彼女はディートリヒ、英雄の中の英雄、必ず勝利する。

今度は逃げない。俺さえ死ななければ、戦況はひっくり返せる。

 

「良い目、ですわね。どのような願いをお持ちなのですか?」

「人間になること、ただそれだけ。」

「あら、そうなのね。」

 

マーシャはそれ以上の言葉を紡がなかった。

彼女の右手が掲げられると同時に、円を描く様にサブマシンガンが鋳造される。

魔力の光弾が飛んでくるものかと安易に思っていたが、実銃とは遥かに近代的だ。

二、四、六、八、と数が増えていき、手を触れずとも実弾が装填されていく。

可愛げのない武骨な銃のオンパレード。

十歳くらいに見える少女が軽々と扱っていい代物では無い。

マーシャが手を振り下ろすと、トリガーが引かれ、弾丸の雨が降り注いだ。

俺は両足に魔力を集中させ、緊急退避する。

魔術回路が葉脈のように広がり、淡い緑色を放つ。

そしてすぐさま、右手の指先から糸を発射した。

縫合魔術、物体と物体を結びつける力。

彼女の背後に雷太鼓の要領で出現したサブマシンガンの数々を、まとめて捕縛する。

そして左手から同様に発射した糸で、砂の中へと埋もれさせた。

サブマシンガン、は分からないが、バレルとかマガジンは砂に弱いって言うしな……

だが俺の動きを見切っていたマーシャは、気付けば俺の傍へと駆け寄っていた。

そして両足で飛び蹴りをし、俺の胸部にクリーンヒットする。

彼女の足には、整った光のラインが灯っている。

俺の魔術回路とは大違いだ。

俺はそのまま後方へと吹き飛ばされ、崖の方へ衝突した。

あの小柄な体型で、この破壊力。

銃で風穴を開けられる方がマシだ。

骨だけでなく、臓器までもがかき混ぜられるように変形した。

通常ならば、ここで死亡。

だが、俺は所詮『虫』だ。虚行虫の核が破壊されない限り、縫合を繰り返すことが出来る。

 

「くそ……」

 

俺はすぐさま、肉体の代替となる物質を探した。

だが、無意味だった。

こんな砂漠に有用なものがある筈も無い。

手で掬った砂では、構成材質として物足りないにも程があった。

 

「せめて『骨』だけでも……」

 

俺は何とか呼吸を確保し、砂煙に身を隠す。

マーシャは再度、近代兵器を召喚し、砲撃を開始した。

岩場へと急ぎながら、糸を錬成する。

位置を何度も把握し、攻撃の当たらない距離まで後退した。

 

「かくれんぼはおしまいでしてよ。」

 

マーシャは悪い笑みを浮かべると、今度は指を鳴らし、浮かび上がるサブマシンガンに何らかの魔術を施した。

すると極めて奇怪なことが起こる。

バレルに鳥のような翼が生え、マガジン部位からは日本の足が生えだした。

無生物兵器が、瞬く間に使い魔へと変貌したのである。

銃口をこちらに向けたまま、翼を広げ飛んでくる使い魔たち。

どこへ隠れようと意味は無い。そう告げられたようだ。

再び銃弾の嵐に襲われた俺は、腕や足を打ち抜かれる。

損傷は軽微であるが、俺の動きを封じるには事足りた。

虫の核だけは守らなければ。

だが、蜂の巣になるのは時間の問題だ。

どうする、どうすれば?

消耗が激しい。呼吸すらままならなくなる。

 

「く…………」

 

俺は今出せる全力疾走で退避する。

酸素が圧倒的に足りない。だが上手く空気を取り込めない。

 

「巧一朗、これで終わ……ぐぅっ…………」

 

圧倒的に不利な状況、そう思われたが、マーシャも俺と同様に苦しんでいた。

バーサーカーという強力な英霊に規格外の魔力を吸い取られている。

きっと俺とは比べ物にならないくらい。

彼女は急に苦しみ喘ぎ、その場にへたり込んだ。

使い魔たちも動きを止める。

今が、絶好の機会なのかもしれない。

だが俺にはマーシャを襲撃する力が残されていなかった。

手足から血液が漏れ出し、右肺は潰れている。

むしろここまで耐えたのが奇跡と言えるほどだ。

マーシャとの戦闘が始まってはや十分。

もう限界なのかもしれない。

 

「すまん、セイバー、もう俺は……」

 

その場で倒れ込む俺を、誰かが抱きかかえた。

薄れゆく意識の中でそのたなびく白銀を目に焼き付けた。

 

「全く、汝は軟弱にも程がある。」

「セイバー」

「粘り勝ちだ。よくやった。」

 

バーサーカーは死んでいない。

だが彼の戦闘、スキル、そして真名に至るまで、セイバーは全ての器を見切った。

俺の限界がもう少し先であれば、彼女はバーサーカーに対し勝利を収めていた。

悔しさを噛み締めつつ、彼女の胸で意識を失う。

セイバーは次、バーサーカーとの戦闘で、必ずや勝利を収めるだろう。

彼女にはその確信があった。

そして俺の身体に治癒の術式を施し、安静にさせる。

離脱する直前、バーサーカーのマスターであるマーシャも、彼によって救護されているのを確認した。

マスターの性能の差による、引き分けという結果。

だが勝利の礎を築き上げたセイバーは、概ねこの戦いに満足しているようだった。

 

 

これは俺が意識を失っているときに行われた会話である。

 

「貴様は…………『ガンマ』か?」

「いえ、私はランサーのマスターの補佐を担当致します『デルタ』と申します。」

「あぁ、主人であるアサシンのマスターを失い、途方に暮れていると言った様子か。」

「我々は主の使い魔に過ぎません。おっしゃる通りです。」

「我々には『ガンマ』という、汝と同じ顔をした老紳士が付いた。もう命を落としたがな。貴様はランサー陣営の元へ向かえば良いだろう?」

「ええ、その話ですが……」

「何だ?」

「ランサーのマスター『シュバルティン』様と、そのサーヴァント『ブリュンヒルデ』様は既に、生死は不明ですが、この地を退去しております。」

「補佐すら出来ぬ故、我々の元を訊ねた、と?」

「その通りですが、正しくはそうではありません。」

「ふむ、含みのある言い方だな。確かに妙な話だ。ランサーが退去した、ならば、巧一朗と共に行動していたあの女は何者なのだ?」

「私はランサーのマスターの補佐であるが故に、彼女のことを深く明かすことは出来ません。ですが、このことはお伝えできるかと。」

「何だ?」

 

「『あの』ランサーのマスターは、『シュバルティン』様ではございません。彼女の召喚者は『間桐巧一朗』様です。」

 

「何だと?二重契約か?」

「俄かには信じ難いですが……」

「この弱小マスターに可能であるとは思えんな。貴様の言葉を信じる気にもならん。」

「それはその通りです。ただ不肖デルタ、ランサーのマスターである巧一朗様のサポートをさせて頂きたく思います。」

「ふ、貴様がスパイである可能性の方が高いと思うが?」

「その場合は、ディートリヒ様がすぐに判断できるでしょう。この首を叩き落すのに躊躇する方ではありますまい。」

「言うな、使い魔風情が。だが良いだろう、王は寛容だ。…………思えば巧一朗も、ガンマとの別れを悲しんでいた。」

「知っています。彼もまた、お二方と同じように星々を眺めていたのですから。」

 

俺の知らぬところで、デルタが仲間になった。

目が覚めた時には、俺はキャンピングカーに揺られていたのだった。

 

 

このサハラ砂漠での戦いは、ついに七日目を迎えた。

俺たちは今、サハラの目へと向かっている。

デルタが収集した情報により、このサハラの目の付近でシムーンが大量発生しているようだ。

何らかの不吉な予兆を感じ取る。

結局のところ、シムーンたちの行動理念は不明だ。

だが無限に増殖する彼らは、現地民を大量虐殺するわけでも無く、サーヴァントやマスターを狙い撃ちにすることもなく、サハラを自由気ままに楽しんでいる。

自然由来の英霊であるからか、それとも、他に何か目的があるのか。

ルーラーから託された令呪は、シムーン討伐の為、と考えていい。

そして戦争当事者として少しでも被害を抑えなければならない。

正義感というよりは、使命感を感じ、その地へと降り立った。

俺が遠方より確認するだけで、二十人以上のシムーンが集っている。

彼らは『何か』を中心に、儀式的な踊りを行っていた。

不協和音をベースに、民族的な舞を披露する老若男女。

音楽とは形容しがたきものだ。

何かが始まる。恐ろしい何かが。

 

「巧一朗、震えているな?」

「あ、あぁ、でも大丈夫だ。戦争の立役者がもういないなら、これは参加者の為すべき仕事だろう。とてつもなく嫌な予感がする。」

「『虫の知らせ』という奴か?」

「揶揄うなよ。……セイバー、頼む。貴方ならシムーンを殺せると信じている。」

「当然だ。」

 

セイバーはサハラの目へ向けて走り出した。

そしてそれを追うかのように、バーサーカーが飛来する。

彼はセイバーを闇討ちすることなく、彼女の速度に合わせ、共に走り出した。

 

「バーサーカー、どうして?」

「あら、こんな所に同じ愚か者がいるわよ、禮士。」

「あぁ、実に奇遇だね。」

 

俺の背後から現れたのは、バーサーカー陣営のマーシャと禮士だった。

彼らもまた、シムーンと戦う者だ。

俺は敵の登場であるにも関わらず、胸を熱くする。

 

「共闘関係、復活ですわね、巧一朗。」

「この時ばかりは、セイバーの力をお借りしたい。」

 

二人は俺の左右に立ち、禮士は肩を、マーシャは足を叩いた。

そして同時に笑う。

俺は涙が零れそうになった。

このサハラで、決して交わらない敵陣営と、こうして一時ばかりの共闘が出来る。

俺は彼らが嘘を付いているとは思えなかった。

きっと何度も、俺を殺す機会はあった筈だ。今だってそう。

でも、セイバーを信じ、こうして並び立ってくれている。

 

セイバーとバーサーカーは互いの顔を見つめ、意思を確認し合った。

彼らの存在を察知したシムーンたちのうち、十数体が風となり、二人を襲う。

だがバーサーカーの肉体は発光し、太陽の如き眩しさで迎え撃つ。

俺は驚くしかない。バーサーカーの真骨頂は、燃え盛る太陽を味方につけていることだった。

故に、彼には熱砂など効くはずも無い。シムーンの攻撃を受けようが、一切怯まないのだ。

ある意味で、シムーンという災害への解答札である。

目を丸くする俺に、二人はにやりと笑みを浮かべる。

行ける、そう俺は確信した。

セイバーは既に模造剣クラウソラスを握り締めている。

 

「行け、セイバー!」

 

バーサーカーが彼女の先を行き、シムーンの熱砂をその身で受け止め続ける。

そして残党をセイバーが材質変換により確実に仕留めて行った。

舞い踊るシムーンたちもその手を止め、二人を襲撃する。

その数は十単位から、百へと一気に膨れ上がった。

数の暴力となると、流石にセイバーは分が悪い。

俺は彼女に令呪による宝具発動を指示しようとするが、彼女は俺の意思を汲み取っていた。

魔力のブーストは必要ない。

彼女の手にする金の柄、そこから伸びる失墜の魔剣。

それはシムーンの命をすべからく霧散させる程の威力を持つ対軍宝具。

禮士とマーシャはセイバーの有する聖剣に驚きを隠せない様子だった。

彼女は天高く跳び上がり、両手で柄を握り締める。

そしてサハラ中に轟く声で、その宝具の名を放った。

 

『凍結幻想大剣・天魔失楽(ファルシュ・バルムンク)』

 

振り下ろした魔剣の斬撃は、サハラの目を取り囲むシムーンの肉体を根こそぎ奪い去る。

ただ一度きりの絶技、彼女では無く、俺がこれに二度耐えられない為だ。

俺はその場で蹲り、激しい身体の痛みに何とか耐える。

全身から血液を抜き取られたようだ。身体から温かさが消え、凍り付くのが分かる。

マーシャは俺へと駆け寄り、回復術式を施してくれた。

禮士に何か言う隙も与えずに、だ。中年男の呆れた声が耳に刺さる。

そういえばマーシャは、自身が正義の味方であると言っていた。

シムーンという現地住民を脅かす存在を許せなかったのだろう。慈愛と勇気に満ちた少女だ。

 

そして砂煙の中から、またも増殖したシムーンが現れる。

だがその数はまだ両手で数えられるほどだ。

今ならば、彼らの目論見を暴き、根絶やしに出来るかもしれない。

舞い降りるように着地したセイバーを尻目に、バーサーカーは単独でサハラの目へと辿り着く。

近付くシムーンをその筋力のままに砕きながら、ついに儀式の中心部へと至った。

そしてそこで、彼と、俺たちは信じがたいものを目の当たりにする。

最初に声を上げたのは俺だった。

 

「ランサー!?」

 

ランサーこと『グズルーン』は磔にされていた。

そしてその命は今にも失われようとしている。

セイバーの宝具の余波で、彼女自身も傷を負ったのか。

否、そうではない。

これはマスターが不在であるが故の『退去』だ。

彼女の白い肌には、傷の一つも見当たらなかった。

禮士はここで、ランサーを殺害する命令を下す。

当然だ。俺にとっても、禮士にとっても、ランサーは只の敵でしかない。

敵サーヴァントを救っても、意味は無い。

何なら、手を下す必要すら無く、光の粒子となるだろう。

でも、そこは衛宮禮士という男、確実に目の前で仕留めにかかる。

バーサーカーは右手を握り締めた。

彼女の胴体を打ち抜き、息の根を止める。

禮士にはランサーに対する恨みがあった。

彼の拠点は、ランサーにより消し炭とされたのだ。

親切にしてくれた現地民たちも皆、ランサーの宝具で殺された。

衛宮禮士の判断は絶対的に間違っていなかった。

だが、俺は駆け出していた。

間に合う筈も無いのに、必死に走り出していたのだ。

 

「辞めろぉぉぉおおおおおお!!」

 

どうして、俺は。

分からない、何故、俺は走っている。

俺のサーヴァントはセイバーだ。

セイバーただ一人が、俺の…………

 

「巧一朗!」

 

セイバーは俺の元へと駆ける。

俺の行動を制止させる為か?

違う。

俺は気付いていなかった。

俺はシムーンの繁殖地に、無防備にも足を踏み入れているのだ。

これは当然の結果だったともいえる。

俺の目の前。

突如現れた影が、にんまりと笑っていた。

肌は黒いが、その姿は俺の知る少女だ。

俺好みの、俺がデザインし、一緒の時を過ごし、そして、

俺が命を奪った女の子。

 

「亜弥」

 

俺は出現したシムーンに肉体を焼き尽くされる。

髪も、皮膚も、全てが黒墨になる。

唯一、何とか核である『虫』は守り通したが、間桐巧一朗という『人間を模した存在』は死亡した。

遺されたのは、うねうねと気味悪く動く虚行虫。

誰もが俺の姿にぎょっとする。

巧一朗としての俺が終わる前に、見えた光景は……

俺の血で塗れた嗤うシムーンと、そして、信じられないものを目にし固まる参加者たち。

あぁ、そうだ、思い出した。

何を思い上がっていたんだ、俺。

俺は人間じゃないんだ。

気持ち悪がられて排斥される、虫風情じゃないか。

最悪だ。

俺の戦いはこんな所で終わるのか。

あぁ、終わってしまう。

 

「マスター」

 

誰かが俺を呼んでいる。

誰だろう。

威厳に満ちた声と、そして、心優しい声。

二人の英霊。

俺を『マスター』と呼び、信じてくれたふたりだ。

俺は腕が無いにも関わらず、彼女らへと手を伸ばしたくなった。

だから、俺はこの時『糸』を伸ばしたんだ。

 

【深層編⑧『巧一朗Ⅵ おわり』】

 

【深層編⑧『ヴェルバー』】

 

サハラ内某所。

一人の青年が命を落とし、本来の姿へと戻った。

そして彼の伸ばした糸を、目の前にいたシムーンは掴み取る。

セイバーとバーサーカーは危険を察知し、このシムーンの抹殺の為に走り出した。

だが一陣の風となったシムーンは彼らの合間を縫い、『祭壇』へと向かう。

磔にされたランサーの霊核をその手で破壊し、謎のゲートを開いた。

テスタクバルが開いたアトランティスの門。

グズルーンの元の肉体であるブリュンヒルデを利用し、神代のアーティファクトへとアクセスする。

シムーンたちはこのサハラで、ヴェルバーの『亡骸』の破片を回収していた。

そしてアトランティス内部に残された戦いの残骸と、ブリュンヒルデ自身を頭脳体とし、かつての『災害』を組み上げる。

セイバーはシムーンの首をその剣で叩き落した。

だが時すでに遅し。

巧一朗の『糸』は、謎のゲートを通り、何か得体の知れぬものへと結びついた。

それはとある星舟に現在もなお備わっている尖兵。

かつてこの地球を侵略したものとは、似て非なる存在。

そしてその一部を、シムーンはこの世界へと『拝借』した。

 

「なに…………?」

 

異空間を通り、サハラの空へと現れる、蛍光色の立方体。

それは球体やピラミッド状に形状を変化させながら、この世界そのものを解析し始める。

そしてやがてそれに巨大な穴が生じ、セイバーはその中心部へと吸い上げられた。

まるでブラックホールへと飲み込まれるよう。

彼女には抗う術が無かった。

 

「く、くそ、くそ!」

 

セイバーは自らの死を悟る。

彼女はそれでも、と足掻き、磔にされたランサーを叩き起こす。

もう死んでいる筈の彼女に、最期の最期で、巧一朗を託すためだ。

 

「おい、起きろ、ポンコツ!貴様が巧一朗のサーヴァントだと言うならば、死んでも、彼奴を守れ!」

 

ランサーはその一言で、死にゆく身体に鞭を打った。

何とか現世に意識を保ち、踏み止まる。

セイバーはその剣で彼女の拘束を取り払い、そのまま宙へと引き寄せられていった。

巧一朗の小さな肉体へと手を伸ばすが、届きそうもない。

ディートリヒは敗北した。

訳も分からず、ただ世界を蹂躙する機体の養分と成り果てる。

だが、それでも、彼女は笑っていた。

ディートリヒの伝説は、このような結末にはならない。

いつか必ず、世界を救う勇者となる。

彼女にはその確信があった。

だから、例え今、どれだけの屈辱に塗れることになっても、大丈夫だ。

巧一朗は必ず、必ず『耐えて』くれる。

 

セイバーは痛快に笑ってみせた。

ディートリヒ大王は不滅であると、世界そのものに知らしめるために。

そして、彼女は立方体に捕食される。

内部でサイコロ状になるまで切り裂かれ、解体。そして、座へと帰ることも無く、立方体の血肉となった。

 

「何が、起きている!?」

 

禮士はマーシャを庇うように立っているが、彼も、后羿も、セイバーの如く取り込まれることは無い。

故に、すぐさま禮士はバーサーカーへと命令を下し、宝具の発動へと至る。

だが、后羿の番えた矢は、瞬く間に消滅する。

上空の未確認飛行物体は、儀式の完了まで一切の攻撃を受け付けない。

彼らにはどうすることも出来なかった。

 

「マスター!駄目です!早く『糸』を切断して!」

 

グズルーンは何とか、亀のような歩みで巧一朗の元へと辿り着いた。

意識を失っている虚行虫。

彼女は空から降り注いだセイバーの血液の雨に塗れ、足を滑らせる。

それでも何とか、一匹の虫を抱き締めることに成功した。

 

「この世界そのものが……崩壊してしまいます。」

 

やがて、立方体は『セイバーを模した身体』へと変化し、グズルーンを黄金の糸で支配する。

だからこそ、彼女は最後の手段に打って出た。

巧一朗という存在を決して忘れない為に、この心だけは、世界に刻みつけようと。

縫合魔術には概念を結びつける力がある。

この『恋心』を『災害』と結びつけようとした。

虚行虫である彼が、いつか仲間を手にし、新しい未来を掴めるように。

彼女は既に死んでいる。それでも、巧一朗を最後まで離さなかった。

 

『ランサー、俺はオアシスで出会う仲間たちを助けたい、力を貸してくれ』

 

サハラで出会った、間桐巧一朗という男は。

大切な、美頼、鉄心、充幸、沢山の仲間たちのことを語ってくれた。

その楽しそうな顔を、グズルーンは決して忘れない。

開発都市オアシスを、滅ぼさせたりしない。

 

「マスター、召喚してくれてありがとうございました。貴方のことが大好きです。」

 

そして血溜まりの中で、何者かが目を覚ます。

それはセイバーの姿をしており、ランサーの恋心を利用する

 

名を『ディートリヒ・ヴェルバー』。

 

「君が私のマスターなのかな?」

 

言語能力を失った巧一朗を、彼女は愛おしそうに抱き締める。

そして巧一朗の意思も、願いも、恋心も、彼女により操作される。

まるで彼は彼女を愛しているかのように、仮初の愛を植え付けた。

 

「こういちろう、私と出会うために『生まれてきてくれて、ありがとう』。」

 

繋がった血液の色の糸は、決して解かれない。

ここから、彼らの物語は始まりを告げたのだ。

 

【時は現代へと戻る】

 

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