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開発都市第一区。
日本の古都京都を模して造られた城下町に、巧一朗とクロノは招かれる。
天空城塞から遠坂輪廻は一足先に帰還した。
始まりの聖杯である彼女の存在を誰にも悟られない為である。
クロノに手渡された紙媒体の地図を頼りに、二人は平坦な道を進んでいった。
道行く人間たちは皆、着物を着用しているが、これは第一区では当たり前の光景らしい。
巧一朗は知らないが、アインツベルンカンパニー当主のミヤビも、骨ばった身体でありながら、重量感のある十二単に袖を通している。
かつて二人ともが、第一区へと足を運んだことがあった。
だが馴染み深い土地で無いことは確かである。
理由として、第六区同様に、この地へと足を踏み入れるには専用の許可証が必要だ。
カンパニーや災害のライダーによって絶対的な安全を保障された町であるから、だけでは無い。
ここには、輪廻が鎮座し、オアシス本土の維持と発展を担っているのだ。
侵入者どころか、好意的な来訪者に対しても警戒の態勢を取るのは、至極真っ当だと言える。
ライダーが動く以前に、アインツベルンのオートマタ兵団が敵意を決して見逃さない。
博物館は対災害テロ組織であり、その怪しげな行動を悟られてはならないのだ。
巧一朗は物珍しさから、きょろきょろと辺りを見回した。
だがその行動はクロノによって制止させられる。
彼らは異邦人だ。目立つ動きは控えるべき。
「もうすぐ着くぞ。」
「あ、あぁ。」
二人の間に会話は殆ど無い。
つい数時間前までは敵同士だった間柄だ。
革命聖杯戦争という大仰な儀式の末、多くの人間の命を奪い、悲しみを連鎖させたクロノを、巧一朗は許すつもりが無い。
無論、博物館のエージェントである自身のことを棚に上げていることは承知している。
だが同時に、巧一朗はクロノという一人の人間に対し、深い興味を抱いていた。
言峰クロノ、その正体は災害のアーチャーこと『シグベルト』。
似ても似つかない風貌だが、クロノからは戦いに対する高潔さや誇りのようなものを感じ取れる。
マスターであるマナを救う為に、自らの命と、オアシス全ての命を犠牲にしようとした。
異常なまでの騎士道精神と、忠義の心が招いた災いだ。
ある意味、クロノはバーサーカーである。その信念はあまりにも狂気を孕んでいた。
彼はマナを、一人の女性として愛していたのだろうか?
きっと答えはノーだ。
そういう単純な物差しで測るのは、失礼だと巧一朗は認識する。
大切なヒトの希望を取り戻したいと思うのは、間違いであっても、認めざるを得ないだろう。
だが、彼の中でクロノを理解しようとしている内に、ある疑問へと突き当たった。
それは、隣人召喚に成功し、クロノを倒した直後の話だ。
遠坂輪廻が天空城塞へと現れる、それを察知した彼は、あろうことか自らを犠牲に、巧一朗を逃がそうとした。
副館長の任を降りた筈の彼が、部下ですらないどころか、明確な敵である巧一朗を救った。
それはクロノという男を考察する上で、未解決問題となる。
巧一朗はサハラの戦争を終わらせた、ある意味で張本人である男。
クロノは実際に、天還の儀のタイムマシーンで過去時空へと戻り、巧一朗を殺害しようとしていた。
殴り合いの末、何かに満足したのか、クロノはその大いなる野望をあっさりと捨ててしまった。
遠坂輪廻というジョーカーが存在する以上、仕方の無い話だ。
だがそれでも、不可解。
長い準備期間の末、桃源郷同時多発テロを巻き起こし、あらゆる災害を欺いた男。
シグベルトであったその時も、マナという少女を忘れなかった彼が、諦めるには少し早い。
こうしている間にも、もしかすると次の大事件を計画しているのかもしれない。
色々と考えあぐねる巧一朗に対し、クロノは毛先を弄びながら溜息をつく。
「考え事をしながら歩くと、躓くぞ。」
クロノの言う通りに、足先を滑らせた巧一朗は慌ててバランスを取る。
道自体はずっと同じだが、敷き詰められたコンクリートタイルはでこぼこと隆起していた。
まるで園児の破天荒さを諫める保育士のようである。
クロノは再度溜息を漏らすと、その場で立ち止まり、巧一朗の方へ振り返った。
「私の詮索は無駄だ。君が思うよりずっと、私は弱い存在だ。」
「シグベルトとしての力を持たないからか?」
「それだけではない。精神的にも未熟なのだよ。心配しなくとも、マジシャンのトリックの種明かしは既に終わった。もう鳩もトランプも出ては来ないよ。」
そう言い、クロノは肩を竦める。
元々、彼の計画には少々無理があった。
災害を欺くだけでなく、博物館館長や遠坂輪廻等、計画の障害足り得る存在の排除にリソースを割くことが出来なかった。
そして彼の言う未熟さ。
第四区博物館の副館長として、部下となる人物たちへ多少なりとも愛着があった。
今もどこかで戦っている充幸の直属の部下を、その手で殺害するのを躊躇した。
そして、隣人召喚に成功し、新たなるステージに立った巧一朗に、僅かばかりの希望を見出してしまった。
マナが救われることは無い。
クロノはマナを救えない。
だが、ようやくそれを飲み込むことが出来そうだ。
クロノは自らを『愚かな王(キングビー)』と称した。
いつまでも取りこぼした者へ執着する訳にはいかない。
時を重ね、ヒトは成長し、そして忘却する。
クロノだけが、マナという少女を心に留め、生きていく。
人間に出来ることは『それっぽっち』で十分なのだ。
「クロノ?」
「すまない、先を急ぐぞ。」
巧一朗はクロノの顔を覗き込む。
その両目は相変わらず、コールタールのように黒く濁っているが、
何故だろう、感情の機微が読み取れるようになった気がする。
得体の知れぬ存在では無くなった。
巧一朗はようやく元副館長として、彼を見ることが出来る。
信頼はしない。だが、彼のことを理解することはしよう。
サハラの地のよしみ、なのだから。
二人が向かう先は、アインツベルン城塞、一際目立つ第一区シンボルの天守閣。
……では無く、その近隣にある区立公園。
遊具が所狭しと並ぶ小さな場所に、成人男性二名が辿り着く。
ブランコで子を遊ばせている親は、二人組の怪しげな男たちを訝しんだ。
「クロノ、場所が違うと思うぞ。」
「いや、地図上ではこの場所だ。」
「どう考えても、只の遊び場だろう。俺とあんたが連れ立って来る場所じゃない。」
クロノは顎に手を当て、考え込む。
巧一朗は公衆トイレを借りに来た素振りで無害なことをアピールする。
すると親たちは再び子に集中し、遊ばせ始めた。
これで一安心、かと思いきや、彼の目の前でクロノが突如、ジャングルジムに登り始める。
大人が椅子代わりにブランコへ腰かける光景は漫画やドラマにもよくある。
だが軽快にジャングルジムを登り、頂上で堂々居座るのは異様そのものだ。
親たちも無表情でジャングルジムの王となるクロノに、開いた口が塞がらない様子だ。
巧一朗は彼を放置することが出来ず、恥ずかしい思いをしながら、クロノの元へ向かう。
「おい、クロノ!」
「ふむ、図面ではこの場所の筈だが、Ⅹ軸ではなく、Y軸か?この遊具がどこかの入口へと繋がっているとは考えにくいが。」
「ちょっ、クロノ!降りてこい!」
クロノは巧一朗の声に聞く耳を持たない。
お山の大将が如く、頂上に腰を下ろし、腕を組む。
彼の目線の先は、ブランコから、鉄棒、雲梯、スプリング遊具へと移っていく。
そして砂場と滑り台の近く、ドーム型遊具に目が留まった。
テントウムシの形状であり、その紋様の部分がぽっかりと空いている。
七つの穴から出たり入ったりを繰り返す、子どもであれば秘密基地のような楽しみ方が出来る遊具だ。
クロノはそこに目星を付けると、ジャングルジムから勢いよく跳躍する。
空中で一回転し着地したものだから、ブランコ付近にいる子ども達も彼の身のこなしに称賛の声をあげる。
親たちでさえ、クロノに対し拍手を送った。
だが彼がそんなことを気に留める筈も無く、テントウムシの遊具へと身体を滑り込ませる。
一つ一つ穴を調べていき、ようやく何かに辿り着いた。
「おい、クロノ。」
「特殊な結界だ。ヒトも魔術師も英霊も、これを踏破することは出来ない。例外を除いて、な。」
クロノは遠坂輪廻から手渡された、謎の鍵を穴の外から放り投げる。
そして巧一朗へと振り向くことなく、遊具の中へと消えて行った。
「お、おい!」
慌てて巧一朗もドームへと駆け寄るが、テントウムシは内部から淡く発光していた。
異次元的な空間へ、意を決しダイブする。
ブランコで遊んでいた子ども達が駆け寄った際には、既に門は閉じられていた。
親たちは消えた二人の男を、都市伝説的に語り継ぐだろう。
かくして、巧一朗とクロノは『第一区博物館』へと到達した。
第四区博物館とは趣が異なるサイバネティックな空間に、遠坂輪廻の展示物は至る所に浮かんでいる。
クロノは一つの本に手を伸ばすが、彼はそれを読み解くことが出来なかった。
この人類上に存在するあらゆる言語で無い、極めて特殊な言葉で記載されている。
巧一朗が触れた地球儀も、彼の知る島国の存在しない歪な惑星だった。
骨格標本は空の上を走り回り、宝石で満たされた道が、白い海に浮かび上がっている、太陽に似た輝きが少なくとも三つは存在するが、むしろ外気は肌寒く感じられた。
二人の常識がこの場所では通用しない。
「先程ぶりね、私の博物館へようこそ」
二人の前に、白い布を纏った遠坂輪廻が顕現する。
神父を自称するクロノが定義の出来ない、彼女とセカイの異常性は、『神』と呼称する外なかった。
それはきっと巧一朗にとってもそう。
だが彼に関しては、虚数海に漂う『隣人』をその目に焼き付けていた分、輪廻への耐性はあった。
「あら、二人とも落ち着いているわね。」
「少なくとも私は、言葉を失っているだけだ。」
「俺もビックリしているよ。これは、えっと……」
「私の固有結界『深層界曼荼羅』よ。プラトン哲学におけるイデア界に近しいものと捉えて頂いて構わないわ。私が残した『宮子曼荼羅』におけるオウバ界が、この空間そのものよ。貴方達が生きるパンバ界に一方的なアクセスと介入が出来るわ。」
「?」
巧一朗はぽかんと口を開けたまま固まっている。
出てくるワード全てが彼の理解を超えていると言える。
対してクロノは、髪をかき上げながら、独り言を繰り返していた。
彼なりに、この世界の構造を紐解こうとしている。
「あらゆる物質の実相が存在するオウバ界、なるほど、大いなる者とはイデアと同等の概念であった、か。宮子曼荼羅は研究を重ねるうちに、セカイ概念からヒト概念を説明する教材へと変化した…………それはそうだな、深層界曼荼羅から桃源郷へとアプローチが可能であっても逆は叶わない。永遠に解き明かされぬものに対し接触を図る方法を思案し続けた結果、元よりズレが生じた、それが答えか。」
「ふふ、良い線かも。」
「この千年余りの時代変遷で、日本の歴史を修正するが如く、改善された桃源郷歴が押し進められた。その道中、『朝廷』というシステムが再導入されたその時に、宮子と名付けられた、その程度のオチだろう。災害の統治システムが全てにおいて万能であったとは言い難いからな。だが千年あっても、深層界曼荼羅へ至るものはいなかった。もしそれが現れるとすれば……」
「今」
クロノと輪廻の声が覆い被さる。
彼女の提唱するイディンバの概念、ヒトの臨界を極めし者。
それは各々別の道から、深層へと辿り着く存在達。
いまキョトンと間抜け面を晒している間桐巧一朗、そして、輪廻が言う、都信華。
クロノは元災害として、輪廻の企みをほぼ理解した。
カナンの箱舟で桃源郷を地球から切り離し、どこへ向かわせるのか。
確かに、この世界の『英霊』では成し得ぬことだ。
「立ち話もなんだから、お茶でもしながらお話ししましょう。巧一朗とクロノ、二人の口からサハラの話を聞きたいわ。」
輪廻は砂浜の上にテーブルと紅茶を用意した。
打ち寄せる波に靴が濡れるかと思いきや、海の方が彼らから避けていく。
不思議な空間だ、と巧一朗は思う。
美頼はこういうファンシーな異空間が好きかもしれない、とひとりでに思った。
そして、二人は同時に、席に着く。
所々抜け落ちた記憶、忘れたい悪夢、忘れられない想い。
いつかの戦いを経験した者たちが、砂漠の思い出を持ち寄った。
誰にとってもそう。
ついに、あの戦いに向き合う日が来た。
各々は覚悟を以て、語り出すのであった。
【深層編⑨『□□□Ⅶ』】
「……とまぁ、こうして俺とセイバーの恋と戦いは終わりを迎えた。俺はセイバーを殺した災害を許さない。だから、こうして今復讐の為に生きていて……って、あれ?」
巧一朗のターン。
彼が話し始めてはや三時間余り。
輪廻は顔を伏せて爆睡し、クロノは先程の本の言語解析に注力している。
つまり、彼の物語に誰も聞く耳を持っていない。
「お、おい、クロノ、あと輪廻……さん。」
「輪廻で良いわよ。」
「あ、起きた。」
輪廻はゆっくりと伸びをし、肩をこりこりと回した。
クロノもテーブルに書籍を置き、大きく欠伸をする。
巧一朗は二人の態度に対し、不満を露わにした。
「俺の話、聞いていたのか?」
「長い」
クロノと輪廻は口を揃えて言い放つ。
誰が亜弥のストーリーから鉄道天体観測の旅まで、事細かに語れと言ったのか。
そして二人にとって質の悪いことに、巧一朗の記憶の一部はヴェルバーにより改竄されている。
そもそも六騎の英霊がセイバーただ一人を追い詰めた、と確信しているが、少なくともランサーはその時点で命を落としている。
輪廻は彼女のその後、ナナに現世へ繋ぎ留められ、何らかの処置の果てに『焔毒のブリュンヒルデ』へ名を変えたことは知っているが。
正しい記憶と偽りの記憶が混在し、整合性が取れていないが、巧一朗の中では一本の筋書きとなっているようだ。
だが、そもそも植え付けられた恋心だと彼に説明して、何になるのか。
諦めた二人は、退屈も相まって、各々暇を持て余すことになったのだ。
だが、一筋の希望があるとすれば。
彼の中に、本物のヒトらしい感情が芽生えているという事だ。
第四区博物館というテロ組織で出会った仲間たち、それは今の彼にとってかけがえのない財産である。
守りたいものを守る、それが今の彼のポリシーで、戦う意味。
ならばきっと、彼はヴェルバーに対しても、拳を振るう覚悟が出来るだろう。
巧一朗は虚行虫でありながら、沢山の人間や英霊との出会いを経て、人らしく成長した。
ディートリヒ・フォン・ベルンがその最初の導き手になったのであれば、彼は幸運の持ち主なのだろう。
「長いって、酷いな、もう。」
「だが、君の話を聞き、やはりディートリヒ・ヴェルバーは倒さなければいけない敵だと確信したぞ。」
「え、だから、俺の恋人だから!」
「それはさておき、これでクロノと巧一朗の話が終わって、全員の経験した『サハラ』は共有できたわね。」
クロノことシグベルトの語るサハラの記憶も、ヴェルバー出現までは巧一朗と一致している。
シグベルトという一人の剣士、そして王が、屈辱に塗れる物語。
マスターであるマナを、彼は救うことが出来なかった。
そして聖杯戦争に勝ち切ることも、また。
彼はライダーとキャスターの提案に乗り、桃源郷へと至った。
やがてシグベルトは理性を捨て去り、言峰クロノはこの世界に生誕することとなる。
彼らに共通していたのは、ランサーのサーヴァントが『グズルーン』であり、災害のランサーこと焔毒のブリュンヒルデに酷似しているということ。(巧一朗は本人の身体であると確信している)
だが、輪廻の語る戦争において、グズルーンは登場しなかった。
巧一朗とクロノはこれを疑問視している。
グズルーンをブリュンヒルデと見誤った訳では無い。
何故ならば、輪廻の語ったサハラのランサーことブリュンヒルデは、焔毒とは全く異なる容姿をしていたからだ。
そして遠坂輪廻は当然、その謎を解明している。
それが彼女の石像として眠りにつく前、虚数の海で間桐桜が警告した事案である。
「そろそろ教えてもらおうか、サハラの真実を。」
クロノは輪廻にそう切り出した。
桃源郷のシステムそのものである輪廻は、この世界の観測者だ。
彼女は全てを知り得、その上で、二人を第一区博物館へとスカウトしたのだ。
それがこの世界を救う為に必要なことだったから。
「その前に、もう一人の仲間、もしくは敵、アヘル教団セントラル支部左大臣の『都信華』について語りましょうか。巧一朗は第三区で彼女と戦闘を行った筈よ。」
「あ、あぁ。俺は招霊継承で令呪を捧げ、かの大英雄『源頼光』の力を受け取った。そんな俺でも勝てないと思わせる相手だった。」
巧一朗はその時のことを回想する。
信華は己の身体を殺傷の武器とし、相手の力量を即座に分析、未来を予測するかのような攻撃を繰り出してくる非常に厄介な相手だった。
巧一朗の縫合魔術の原理を完全に掌握し、それを見据え己の武術スタイルを変化させた。
そして童子切安綱がその肉体に突き刺さろうとも無表情、宝具でさえも、彼女の義手を含めた右肩を切り落とすに留まった。
あれが、人間。
信じられる訳もない。
巧一朗は身震いする。災害を前にしたときと同様の感覚だ。
巧一朗は信華の圧倒的な強さを、身振り手振りをつけながら話した。決して大袈裟に話しているつもりは無い。
クロノはアヘル教団の内情に詳しくない為、二人の会話を黙って聞いていた。
「都信華、かつて開発都市第五区アンヘル研究所の研究員だった女、何らかの事件を契機に、セントラル支部左大臣に任命され、災害のアサシンの寵愛を受ける。現在は第一区で教師をやっているわね。」
「第一区って、ここじゃないか。スパイってことか?」
「いや、災害のライダーも、私も、なんならアインツベルンでさえも、彼女は調査対象にしていない。基本的には招集されればそれに応じるスタイルのようね。実際、スパイ行為は苦手なんじゃないかしら。」
輪廻から開示された信華の情報。
冴えない研究者で、ヴェノムアンプルへの適性は無し。
だがアヘル教団の最重要機密とされる、とある事件を経て、実働部隊に加入する。
その強大な力であらゆる任務を遂行する。タイミングは不明だが、彼女の実親や恋人は彼女の手により殺害されている。
だが、いつの日か彼女は右腕を自ら切り落とし、災害のアサシンに献上。
その後は、義手を以て戦闘を行うも、現在は一線を退いている。
「でも、彼女の力はそれでも、求められ続けるわ。」
淡路島における革命軍ハンドスペードの一大蜂起には招集されて参加、三百余りの人と英霊を殺害し、欠地王ジョンの配下である人造災害『氷解のヴァルトラウテ』もまんまと破壊した。
そして革命聖杯戦争にも関わり、災害のアーチャーを一度殺し切るに至っている。
都信華の強さは、己の起源『進化』の覚醒者であるという点だ。
ヒトの限界を超え、戦闘の中で成長し続ける。肉体は環境と状況に適応し、余分な感情、思考回路は抹消されていく。
究極の孤独、それを埋めるのが彼女の神であるのだろう。
「災害すら凌駕する絶対的な力、私はこの博物館に欲しいと感じているわ、どうかしら?」
巧一朗とクロノは当然、難色を示す。
クロノにとって、災害のアサシンは決して許せない敵だ。その幹部で、あろうことか神と崇めている女を味方にする訳にはいかないだろう。
巧一朗に至っては、選択権の無いクロノと違い、第一区博物館の仲間になるつもりは無い。
彼には彼の、帰るべき場所がある。
「でもね、決めるのは巧一朗、貴方よ。」
「え、俺?」
「そう、生きて仲間になるのも、貴方が彼女を殺害、彼女を乗り越え、新たなるステージに立つのも、結果としては同じだもの。私はどちらに転んでも良いと思っているわ。」
遠坂輪廻は巧一朗に信華の件を託そうとしている。
無論、彼は反対した。
そもそも、巧一朗には信華と戦う理由が無い。
彼が倒したいのはあくまで災害だ。道草を食っている暇など無いだろう。
だがここで、クロノが反応を示し、沈黙ののち、口を開いた。
「何故、巧一朗なんだ?より神としての存在証明が可能である遠坂輪廻こそ適任だと思うが?そして、殺してもいい、というのも謎だ。仲間にすることの対極にある思考だな。君は私がアヘルに良い感情を持っていないことは知っているだろう。私ならばどんな手を使っても、都信華を葬り去るプランニングをするが?」
クロノの発言は正しい。
この三人の中で、信華を仲間に引き入れるなら輪廻が適任であるし、もし殺すならばクロノが適任である。
そして只の人間であるクロノだが、彼ならば如何なる手を使っても信華を抹殺できるだろう。
それは輪廻も認めている。
だが、それでも敢えて、間桐巧一朗に託す。
輪廻はその意味を告げる為、あるモノを取り出した。
「それは?」
布で覆われた円柱の物体。
彼女はそれを大事そうに抱え込んでいる。
クロノは関心のある眼差しで見守っているが、巧一朗はそうではない。
分からない、分からないが、悪寒が走る。
虫の知らせが作用した。
見てはいけないと確信するが、それを見なければ、話は進まないだろう。
輪廻はそれが何であるかを語り始めた。
「これは『水槽』よ。」
「珍しい魚でも入っているのかな?」
「美しい深海魚なら理想的でしょうね。でも違う。これはアヘル教団が隠し持っていた『最重要機密事項』よ。第五区に潜伏する私の仲間が命懸けで回収したわ。クロノ、貴方が天還被害者の会を暴れさせてくれたお陰でね。」
アヘルが隠し持つ、最重要機密。
それが今、遠坂輪廻の手の内にある。
災害のアサシンが第一区諸共、輪廻を滅ぼしかねない宝物を、彼女は独自のルートで入手していた。
「ふ、火事場泥棒か。そもそも他にも仲間がいたのだな。」
「と言っても、第一区博物館や遠坂輪廻の存在は知らないわ。ネットワークを通じて従えた日雇いバイトのようなものよ。災害のアサシンが管理し、ヴェノムサーヴァントでさえも、これに触れることは禁じられていた。」
「それで、水槽の中には何が?」
軽口を叩くクロノに対し、巧一朗は無言で息を荒くする。
見てはいけない、見てはいけない、見てはいけない。
彼の心がひたすらに信号を放つ。
だが、彼の目線は布に覆われた『水槽』に見事奪われていた。
好奇心と恐怖心が同居する不思議な感覚。
巧一朗は胸に手を当て、徐々に早くなる鼓動を感じていた。
輪廻はそんな巧一朗に対し、意味ありげな笑みを見せると、ブラックボックスの答え合わせをする。
「これは都信華が、災害のアサシンに捧げた『右腕』よ。チューブに繋がれ、今なおそのままの状態で保存されている。」
「腕、だと?」
災害のアサシンに自ら差し出した腕。
それは異常なまでの忠誠心から行われた儀式では無い。
彼女が自ら右腕を切り落とすのは、意味のある行為だったのだ。
今更損壊したヒトの部位に驚く二人では無い。
数多くの死体の山の上に、テロリストは立っている。
だが、それでも二人は、言葉を失うこととなる。
輪廻は布をゆっくりと取り去った。
その刹那、巧一朗とクロノは凍り付く。
それは一目でわかる『異常事態』であった。
何故、最重要機密であるか、そこまでを考察できる判断材料は無いだろう。
だが、それが機密であることの定義は、何となくだが察せられた。
暫くの沈黙の内、ほぼ同時に、二人はある部位に目線を移動させた。
「そう、気付いたかしら。」
気付くもなにも。
巧一朗だけでなく、クロノも固まっている。無理もない。
彼らが目線を移したのは、
巧一朗の『右腕』だった。
都信華の切り落とされた右腕、そして、巧一朗の右腕。
隣人召喚を経て、形状変化した歪な紋様の令呪一画、『全く同じもの』が刻まれている。
「マキリ製、である訳も無いな。あり得るのか?」
「いえ、全く異なる人間に、同じ形状の令呪が刻まれることはあり得ないわ。」
「じゃあ、どういうことだよ!」
巧一朗はテーブルを叩き、立ち上がる。
都信華の腕は、女性らしい白く艶やかなものだ。
だが、全く同じ位置に、芋虫にも似た不気味な紋様の痣が刻まれている。
どこをどう見ても、同じだ。
「どういうこと、なんだよ…………」
巧一朗は都信華を知らない。
ただ一度、拳を交えただけの間柄。
見た目も、体格も、年齢も、そもそも言えば性別も異なる。
何より、信華は人間で、巧一朗は虫だ。
信華のものは、只のタトゥーで、偶然の一致、そうに違いない。
彼はサハラの記憶とその矛盾、辿り着くべき真実を隠し、そう自己暗示をかける。
だが輪廻はそれを許さない。
彼女はただ淡々と、事実を述べたのだった。
「理由なんて、明白でしょう?」
『都信華の正体が、間桐巧一朗だからよ。』
巧一朗とクロノは、一言も発することが出来なかった。
これより、輪廻の口から語られる物語。
それは、エックスデイの真実と、そして…………
────もう一人の、間桐巧一朗の物語だ。
【深層編⑨『□□□Ⅶ』 おわり】
アリジゴク
どこまでも、どこまでも、落ちていく。
途方もない時間が流れた。
肌を焦がす外気で彼女は目覚める。
そこは桃源郷の誰も知らない、異国のようだった。
「あぁ、私は」
彼女の送った信号は無事届いただろうか。
であれば、まだ間に合うかもしれない。
もしアリジゴクが、パーティー会場への入り口だとするならば。
オアシスが手遅れになる前に、何とか生き延びなければならない。
そう決心し、彼女は立ちあがる。
だが、時すでに遅し。
既に彼女の霊核は、何者かに壊されていた。
胸元に突き刺さった聖剣には、見覚えがある。
金色の柄から伸びる、虹色の切先。
もはや手遅れだったのだ。
じきに彼女の命は尽きるだろう。
「起きた、起きた、起きた、起きた、起きた、起きた、起きた」
あらゆる建造物、あらゆる自然の見えぬ、砂の海。
彼女は無数の影に囲まれていた。
彼女を円の中心とし、舞い踊る人々。
彼らの正体は知っている。
「シムーン」
「おはよう、おはよう、おはよう、おはよう、おはよう、そして、さようなら」
空に浮かぶモノリスに、彼女の命は吸い取られていく。
いよいよ、時は来た。
シムーンは希う。
ディートリヒ・ヴェルバーの完全復活を。
彼女は生を諦め、力なく笑ってみせた。
「ここで終わりか?」
誰かの声がする。
それは彼女の内側から発せられた声だ。
それは桃源郷の抑止力だ。
災害を殺すために顕現し、数多の戦いを経て、アリジゴクから端末を招き入れようとしたもの。
隅の老人だ。
彼は彼女を嘲笑っている、ように思える。
歯を食いしばり、悔しさを露わにするが、どうにもならない。
桃源郷で、巧一朗たちと過ごした日々。
それは嘘では無かった筈だ。
どうして、こんな簡単に壊れてしまう?
憎き名探偵ならば、その謎を解き明かせるだろうか?
セカイを転覆させる大犯罪者が、敗北に喫する瞬間であった。
正義も悪も、どうでも良かった。
ただ愉快な彼らを揶揄い、下らない日々を送れれば、それでよかったのだ。
「そうか、ならばもうひと踏ん張りしてみるか?『モリアーティ』」
彼女は目を見開く。
ディートリヒの残滓と、そして抑止力である隅の老人が混ざり合った姿。
魂だけが、彼女の目の前に抜け出、現れた。
コラプスエゴ、複数の英霊が混じり合った存在が、直ちに分裂する。
何が起きた?
彼女はそれを理解できない。
「簡単さ、紐を解いたのだ。これより君は、ただの幻霊(ウォッチャー)だ。宝具もスキルも無い、彷徨えるくだらない命。」
隅の老人は、結んでいた『紐』を解いた。
風が吹けば吹き飛ぶ命を残し、彼だけはヴェルバーに捕食される。
彼女は、何故、と疑問を呈する。
「未練だらけ、なのだろう?」
隅の老人の、たった一度の気の迷い。
それはモリアーティをこの世界に残すことだ。
再度、アリジゴクを通れば、彼らの元へと帰還できる。
猶予は残されていない。
ヴェルバーが全てを滅ぼす結末もきっと変わらないだろう。
それでも
隅の老人は、敢えて選択を間違えてみた。
究極的な所で、彼も巧一朗を気に入っていたからだ。
「終局的犯罪(カタストロフ・クライム)、オアシスとこの世界を、完全犯罪で救ってみせろ、モリアーティ!」
そして隅の老人は、ヴェルバーの元へと旅立った。
二人のディートリヒは適合し、ついにヴェルバーは復活する。
だが、遺された彼女は、拳を握り締めた。
────皆の元へと、帰ろう。
エックスデイの襲来。
誰一人、取りこぼさず、世界を守るパーフェクトクライム、最高難易度のミッションが幕を開ける。
【深層編 完】