Fate/relation   作:パープルハット

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ついに新シリーズスタートです!
誤字、感想等ありましたらご連絡お待ちしております!


信奏編1『エックスデイの真実 前編』

もしも俺に、何かを変える力があれば────

このような結末には、ならなかった筈だ。

 

「わらわの、勝ち」

 

アヘル教団トップクラスの実力を有する『沼御前』は、ヴェノムアンプル『空亡』の服用により、新たな姿へと生まれ変わった。

名付けるならば『完全災禍ソラナキ』。

第七の護国の英霊として君臨した彼女は、開発都市第四区を滅ぼした。

そして招霊継承によって最期まで戦った俺自身も、もう限界が来てしまったようだ。

あぁ、これが死ぬということか。

戦場には、先に命を落としたものの残骸で溢れている。

俺は、頑張っただろう。

ここまで、よく耐えただろう。

自分を慰めることでしか、自我を保つことは出来ない。

いっそ狂ってしまいたい、狂い果て、暴れ、無意味に死んでしまいたい。

でも、仲間たちはそれを許さない。

だから、頑張ったんだ。

守りたいものは、守れなかったけれど。

 

俺は博物館の入口前で倒れた。

身体から継承した力が消失する。

馴染み深い肉体へと逆戻りした。

最期の希望、令呪一画を残して。

 

「じゃあね、巧一朗くん?」

 

美しい女の原型すら無くなった沼御前は、全身から足を生やしムカデのようにフォルムチェンジすると、高速移動し、俺のレンジへと接近した。

そして鬼の腕で持った二メートル超の刀で、俺に止めを刺そうとする。

だが、振り下ろされた筈の得物は、俺に届く前に、何者かに阻まれた。

俺の身体に飛び散る多量の血液。

誰かが、俺の身代わりとなったのだ。

俺は恐る恐る顔を上げる。

淡い桃色の毛先。

とても優しい声色。

あぁ、どうして。

どうして…………

 

「充幸さん…………」

 

俺の上官で、俺の正体を知りながら、ずっと支えてくれた人。

俺を庇った結果、背中に斬撃を受け、全身が血に塗れている。

震える手で、俺を抱き締めた。

恐怖していたのだろう。

ただの人間が、英霊の戦いに割って入ったのだから。

死ぬのは誰だって怖い。

でも彼女は、その勇気で俺を救ってくれた。

 

「巧一朗さん、大丈夫、大丈夫。」

 

彼女の腕や首筋が、徐々に冷たくなるのが分かる。

あぁ、死ぬのか。

また、俺の前で、大切なヒトが死ぬのか。

俺はまた守れないのか。

どうして、俺は無力なのだ。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

俺は彼女の背中に手を回した。

温かいものがゆっくりと抜けていく。

身体の芯から、徐々に凍り付く。

嫌だ

もう嫌だ

嫌なんだよ

俺は慟哭した。

涙を流すのは何度目か。

もうとっくに枯れ果てたと思っていたのに。

彼女はそれでも俺を抱き締め続ける。

 

「みさちさん」

「ありがとう、巧一朗さん。よく頑張った、本当によく頑張った。」

「みさちさん、しなないでくれ」

「…………」

「みさちさん、おねがいだから、ひとりにしないでくれ」

「…………ごめんね」

「やだ、ちがう、ちがう、たのむ、たのむ、おねがい、おねがいだから生きて、たのむ、たのむよ」

 

彼女は俺を抱く手を緩め、俺を突き飛ばした。

そして沼御前の第二撃。

それは彼女の首を跳ね飛ばす角度。

本当に死んでしまう。

本当に、死んでしまう。

俺は必死に腕を伸ばした。

届かない

決して届かない

頼む、神様。

お願いだから、俺はどうなってもいいから、充幸さんを助けてくれ。

お願いだから。

 

「巧一朗さん、ありがとうね」

 

直後に、鈍い音が聞こえてきた。

俺は目の前の悪夢を直視する。

それはあまりにも一瞬で、それでいて残酷だ。

そこにあるはずのものが、消えた。

 

「ああ」

 

充幸さんの首は宙を舞った。

跳ね飛ばされた勢いで、空へと。

切断された淡い桃色が先に、はらはらと地面へ落ちる。

そのあと、血液のシャワーが俺と沼御前に降り注ぐ。

充幸さんは最期まで笑顔のままで────

俺はただ蹲り、泣き喚くしか出来なかった。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

また、俺は失ったのだ。

俺の手はどこにも届かない。

何の為の腕だ、何の為の足だ。

肝心な時に役立たないじゃないか。

あぁ、どうして

俺はまだ、『生』に執着しているんだ?

 

「あぁあ、壊れちゃった」

 

沼御前は充幸さんの身体を踏み潰しながら、俺の目前に現れる。

そして奇怪な肉体から、英霊だった頃の裸の上半身を露出させた。

彼女は俺の髪を掴んで、無理矢理叩き起こす。

 

─────ここまでか。

 

俺は目を瞑る。

もう全てを使い果たした。

俺に出来ることは、もう無い。

もし、皆のところに行けるなら、もう、それで…………

 

「まだだよ、巧一朗君」

 

男の声が聞こえた。

頼りがいのある男の声が、俺を覚醒させる。

そして沼御前と同等か、それ以上のスケールを誇る巨体が、彼女目がけて空から降って来た。

ガマガエルのような本体に、縛り付けられた女性が生えている。

苦しみ喘ぐ声では無い。巨悪を挫くべく勇敢な雄叫びを上げる。

俺はその巨体から伸びた手により掴みとられ、沼御前の魔の手から救われたのだった。

衝撃により投げ飛ばされた俺を、白衣の男がその腕で受けとめる。

 

あぁ、まだ、ここにはいたんだ。

俺たちの仲間、桃源郷オアシスを救う為に立ち上がった人間が。

彼は俺をそっと降ろすと、眼鏡の曇りをハンカチで拭き取った。

 

「待たせたね、巧一朗君。」

 

「吉岡さん」

 

吉岡はその手の甲に宿る令呪の三画を全て使用し、自らのサーヴァント『アグネス・サンプソン』の強化を図る。

数多の敵を喰らい、成長を続けたコラプスエゴ。

ついにそれは六人の『護国のサーヴァント』に届き得る力を手に入れた。

その身体を構成する英霊たちは、皆が人間か動物として生を全うしたもの。

妖怪も、異形も存在しない。故に、完全災禍ソラナキに対抗出来る。

 

「クロノ副館長が先で待っている。君は行くんだ、巧一朗君。鬼頭鑑識官の為にも。沼御前は僕と彼女で止めてみせる。」

「っ…………」

「早く行け!」

「っあ、あぁ!」

 

俺は吉岡さんを置いて、走り出した。

全身から血が噴き出そうとも、尋常ならざる痛みに襲われようとも。

俺はまだ、諦めてはいけないらしいから。

生きているから、まだ、無様に生き残ってしまっているから。

走り逃げる俺を尻目に、吉岡さんは笑っていた。

 

アグネスの宝具が炸裂してなお、沼御前はしぶとく生き永らえた。

ムカデの肉体をアグネスの巻き付け、両手の槍で何度も斬りつける。

彼女は蛙の肉を分断し、その血を啜った。

破綻者としての機能を徐々に失っていくアグネス。

悲痛な叫びに、吉岡も唇を噛んだ。

アグネスには辛い選択だが、沼御前諸共宝具の爆発に巻き込んで、殺すしかない。

吉岡は眼鏡を胸ポケットに仕舞い込み、覚悟を決める。

 

「死ぬときは一緒だ、アグネス。」

「AAAAAAAAAAAAAAAAA」

 

まだ、護国のサーヴァントは暴れ回っている。

遺された希望は、クロノとそして、巧一朗。

彼らが世界を変えると確信しているからこそ、吉岡は安心して逝ける。

 

「頼んだぞ、二人とも」

 

ここは桃源郷オアシス。

六人の『護国のサーヴァント』が管理する都市。

ある日、護国のライダーが命を落としたことで、セカイは一変した。

 

護国のアーチャー『シグベルト』

護国のランサー『ブリュンヒルデ』

護国のアサシン『蛇王ザッハーク』

護国のバーサーカー『后羿』

 

四騎の神が、好き放題暴れ、理想国家は失墜する。

ヴェルバーが到達する前に、彼らの内部抗争により滅び去った。

これは、もう一人の巧一朗の歩む歴史である。

 

【信奏編①『エックスデイの真実 前編』】

 

開発都市第一区。

既に焼け野原となったその場所で、俺は相棒に再会する。

彼は解放軍へと指示を出し、護国の襲来に備えていた。

 

「クロノ」

 

俺は途中で合流した解放軍の一人に支えられながら、クロノの傍に寄った。

彼は普段の聖職者スタイルから一転、ミリタリーな服装となっている。

それが妙に似合わなくて、俺は思わず吹き出した。

 

「元気そうだな、巧一朗。」

「そう見えるか?」

 

クロノは俺の右腕に取り付けられたバイタルチェッカーを確認する。

数値は重症患者のそれだが、『代替』を駆使する俺にしてみればなんてことは無い。

それはクロノも理解している。だが、彼は敢えて俺に休む指示を下した。

そんな暇は無いというのに。

俺の抗議虚しく、医務室へと連行された。

仮設テントの割には、設備がしっかりしている。

桃源郷一の名医が味方に付いたおかげだな。

布団も無く、段ボールの上に寝転がるのみだが、贅沢は言っていられない。

俺はテント内で作業に没頭する白衣の女性に声をかけた。

 

「レイン」

「あら、巧一朗くん。お久しぶり。」

「『パーツ』を見繕ってくれないか?この身体もガタが来ている。」

「採集したオリハルコンでいいかしら?」

「あぁ、頼む。」

 

梅沢レイン。

予防医学のスペシャリストで、アヘル教団被害者の会の次長を務める。

かつて彼女の友人はアヘル教団の適正者テストで犠牲となった。

それからは、桃源郷一の名医の弟子となり、アヘルと戦い続けている。

天然気質なところがチャーミングポイントだ。

 

「何だ、巧一朗、レインの尻がそんなに気になるか?」

「どわぁ!いたのか!クロノ!」

「死の間際は性欲が盛んになるとも言う。君が人間らしく生きている証拠だ。」

「そういうものかね。」

 

俺は彼に対し、ヘラヘラと笑ってみせる。

精一杯の作り笑いだ。

俺の心は折れていない、そのことを彼にアピールする。

だがクロノは、曲がりなりにも聖職者だ。心の機微に気付かぬ筈も無かった。

 

「鬼頭鑑識官、吉岡のバイタルチェッカーから生命活動の停止を示す信号があった。」

「っ……」

「代わりにアヘル教団の最終兵器『完全災禍ソラナキ』の死亡も確認された。止めを刺したのは、アグネス・サンプソンと、遠方から宝具を放った護国のアーチャーだ。」

「護国のアーチャー、まさか───」

 

俺はクロノの胸倉を掴む。

彼は俺が怒ると理解して、状況説明を行ったのだ。

 

「シグベルトを操作して、アグネスごと討ったのか?」

「あぁ、そうだ。そしてマキリから拝借した令呪の全てを以て、コントロールの限界を迎えていた護国のアーチャーを自害させた。」

「てめぇ、仲間を……!」

「なら、君ならば何かが出来たのか?巧一朗。」

 

俺は言葉を失う。

彼の胸元に伸びた手は、だらんと垂れ下がった。

そうだ、その通りだ。

俺は沼御前に負け、そして、充幸さんをも失った。

俺には何も言う資格が無いじゃないか。

 

「クソ、クソ、くそぉ…………」

 

俺は無力だ。

美頼や鉄心がいないと、何も出来ない。

みんな、死んだ。

全員、死んだ。

俺は生き残った。

何故か、どうしてか、生き残ってしまった。

 

「『隣人召喚』、俺はその域に至れない。何もかも不足している。」

「そうだ、君は弱い。私と同じだ。」

 

俯いていた俺は、彼の言葉に顔を上げる。

涙こそ流していないが、悲痛な面持ちだった。

 

「こういうやり方でしか、救済を成し得ない。私は無力だ。」

「クロノ」

「シグベルトがいない今、私は遂に何も持たぬ人間となった。だが、崇高なる目的のために、この命を捧げると誓おう。」

 

クロノが立てた計画。

護国の目を掻い潜り、彼らの縄張りである天空城塞へと向かう。

そして天還の儀式を発動し、サハラの聖杯戦争前までタイムスリップする。

そこでテスタクバルを暗殺すれば、ミッションは完了だ。

サハラの目の開眼を阻止できれば、シムーンが暴れ出すこともない。

桃源郷で生まれた命の数々は消えてしまうけれど、クロノ自身も『無かったこと』になるけれど。

でも日本は滅ばない、正常な歴史となるだろう。

護国を名乗る彼らは、史上最悪の敵だ。

彼らの治世は案の定、私利私欲により崩壊した。

きっとオアシスそのものが、存在からして間違っていたんだ。

俺はクロノの意志に同調した。

仲間たちの死は無駄にはしない。

 

「巧一朗くん、これで大丈夫かしら。」

「あ、ありがとうレイン……って、これ!?」

 

俺は受け取ったものを見て、驚愕する。

それは護国のキャスターが纏っていた鎧の一部だ。

彼がライダーの後を追うように命を落とした際に、オアシスに置き去りにしたものだ。

まさか解放軍が回収していたとは。

 

「それを発見したのは、遠坂組の連中だ。」

「禮士たちが?」

「あぁ。私が第六区に留まっているとき、託された。禮士は君のことを案じていたよ。」

「禮士……っそうだ!遠坂組はいまどうなったんだ!?」

「現在も護国のバーサーカーと交戦中だ。状況は最悪と言える。」

「助けにいかないと!」

 

咄嗟に立ち上がる俺を、クロノは制止させる。

第一区と第六区間はもっとも距離がある。

クロノは、行っても無駄であると切り捨てた。

護国のバーサーカー『后羿』は間違いなく最強の敵だ。

今更、俺やクロノが向かった所でどうにもならないだろう。

理屈では理解している。

 

「もって一日だ。君の仕事は彼らの想いを繋ぐこと。今は休んでおけ。」

「…………」

「これは副館長命令だ。」

「……分かったよ。」

 

縫合を行ったのち、俺は不貞寝する。

クロノの指示は正しい。だが、感情が納得しないこともある。

これ以上、誰が死んだ、なんて話は聞きたくない。

それはきっと、俺のエゴなのだ。

 

俺はあまり睡眠をとらないようにしている。

それは必ずと言っていい程、悪夢を見るからだ。

あの日。

第四区博物館に、護国のランサーが飛来した。

俺と充幸さんは、運よく別の場所にいた為、助かった。

だが、中にいた者は皆、ランサーの青い炎で焼き尽くされた。

俺がその場所へ帰って来た時の、あの絶望。

遺体の原型も分からぬ惨状。

何度も、何度も、思い出す。

クロノの指示が無ければ、俺は、眠ることは無いだろう。

彼女らの声を、思い出してしまうから。

 

そして、三時間後。

爆音のアラートが駐在基地に轟いた。

何らかの危険が迫っていることを示している。

俺はすぐさま、クロノの元へと走った。

 

「起きたか、すぐに動くぞ。」

「残念ながら眠れなかったよ。で、何があった?」

「第六区に向けて、護国のバーサーカーによる三等太陽が発射された。被害規模は計り知れないだろう。場合によってはこの列島そのものが沈む可能性もある。」

「何だと?」

 

クロノは専用の通信コードで、遠坂組にアクセスを取る。

デバイスを経由した3Dモニターに、禮士の姿が映し出された。

モニター越しにも理解できる、異常さ。

あまりにも眩しい光が、彼の表情すら掻き消している。

僅かに読み取れるのは、禮士の背後に遠坂組全部隊が揃い踏みしていること。

俺は彼らの覚悟を察し、唇を噛んだ。

 

〈クロノ、聞こえるか?こちら衛宮禮士〉

「あぁ、聞こえているともさ。」

〈すまないな、俺たちは護国のバーサーカーに敗北した。空に浮かんだ光が徐々に近づいてきている。着弾まであと十分も無いだろう〉

「急ぎ逃げろ。まだそれだけの猶予があるならば、叶う筈だ。」

〈いんや、俺たちは最期まで戦うよ。恐らく被害は六区を超えて、二、三、四区まで広がるだろう。だが、お前達のいる第一区には届かせない。全サーヴァントでこの太陽に抗ってみせる。〉

「そうか。」

「おい、禮士、待ってくれよ!死ぬつもりだなんて、そんな馬鹿な…………」

〈その声は巧一朗だな。悪いが、眩しすぎてそちらの映像はよく見えないんだ。……すまんな、俺たちにはこうするしか選択が無いんだ。〉

「そんな……」

「では禮士、健闘を祈る。」

 

そう言い残し、クロノは通信を切った。

血も涙もない男、俺が彼をそういう風に非難できれば、どれ程良かっただろう。

クロノの気持ちは、俺と同じ。

また託されてしまったのだ。

 

「時間が無い。戦力は整っていないが、行くぞ。」

「あぁ」

 

俺とクロノ、解放軍の面々は駐在地点を後にする。

クロノの向かう先は、天空城塞へと駆けあがる『モスマン』を有するアインツベルンカンパニーだ。

 

そしてその頃、開発都市第六区。

最高戦力である『平教経』を筆頭に、生き永らえた者たちが集結した。

そこには、マキリもアインツベルンも、アヘルもいない。

純粋な遠坂組の軍隊のみだ。

龍寿は早期の段階で、区民をパークオブエルドラードから他区へ避難させることに注力した。

おかげで第六区に残ったのは、彼の愛すべき仲間たちである。

もし、エラルやミヤビ、博物館、敵であるアヘル教団とも手を取り合えていたならば、勝利していたかも。

…………なんて、有り得ない妄想ばかりしている。

太陽が落ちてきているなんて、夢にしか思えない。

今でも、頬をつねれば、悪夢から帰って来れると本気で思っている。

情けないことに、龍寿は弱い生き物だ。

だが、そんな彼を支え続けた者たちを、置いて行く選択はしない。

彼のヒーロー『仮面セイバー』ならば、どんな苦境でも諦めないだろう。

彼は管制室から全部隊へ向けてアナウンスした。

 

「皆さん、ここまで良く戦ってくれた!おかげで、区民の皆様を誰一人欠けることなく救うことが出来た!本当にありがとう!着弾まであと三分、英霊の足ならば、全力疾走で主人共々逃げ延びられる!生きる者は、全力で生き残れ!それ以外のものは、ソラへ向けて、宝具の発動準備に移れ!」

 

龍寿の合図に、全員が武器を構えた。

逃げる者はいなかった。

遠坂組としての誇りを胸に、彼らは最期の輝きを見せる。

 

禮士は英霊たちと共に立ち、そのときを迎えていた。

戦いの中で全ての令呪は使い切られ、今の彼には何の価値も無いと言える。

だが、一人生き残る気力も無かった。

彼の隣に立つ、愛する者へと手を伸ばす。

 

「あまたん、最期まで一緒だ。」

「禮士さま」

 

禮士は肩を引き寄せ、海御前の額に口づけをした。

最期まで、唇にする勇気は無かった。

そこが禮士らしいと、彼女は微笑む。

 

「禮士さま、愛しています。此方は本当に幸せでした。」

「あぁ、あまたん、俺も幸せだった。」

 

彼女はそっと手を離し、槍を構える。

そして二人に、眩い光が降り注いだ。

 

 

俺たちはアインツベルン城塞へと急ぐ。

当主であるミヤビ・カンナギ・アインツベルンは『スネラク』というコードネームを与えられた、アヘル教団の手駒であった。

故に俺たちが出来ることは、彼女を人質に取ること。

モスマンの翼さえ手に入れられれば、後は用済みだ。

当然、城下町の段階で、オートマタ軍が襲い掛かって来る。

解放軍が率先して彼らを引き付けることで、俺とクロノは門前まで辿り着くことが出来た。

だが内部には、ヴェノムサーヴァントが一騎、待ち構えていた。

大英雄アキレウスの力が迸る、快活な少女。

 

「ヴェノムライダー『アダラス』!」

「よくご存じですね。ならば私の強さも理解できるでしょう。」

「あぁ、相手にとって不足はない!」

 

俺はクロノを先に行かせて、アダラスと対峙する。

彼女は武士道を重んじているのか、クロノを後ろから討つことをしなかった。

あくまで残された俺と向き合い、得物を構えている。

 

「(令呪はあと一画……ここで使い切るには惜しいが……)」

 

俺は指先から糸を垂らし、城内の大木や瓦屋根に結びつける。

勝つことは目的じゃない。俺の役目は時間稼ぎだ。

糸を断ち切られぬよう、幾重にも複雑に伸ばす。

俺の『代替』がどこまで通用するか。

 

「行きます!」

 

アダラスが意気込んだその瞬間、彼女は俺の視界から消えた。

そして一秒と経たぬ間に、俺の背後を取っている。

テレポーテーションかと思われるほどの、絶対的な速度。

俺の目では、彼女を捉えることは出来ない。

 

「しまっ」

「遅い!」

 

振り返る間も無く、俺は彼女の超人的な脚力で、空へと蹴り飛ばされていた。

繋がれた糸を手繰り寄せ、何とかリングアウトを阻止する。

護国のキャスターのオリハルコンが無ければ、胸椎から腰椎にかけ、粉砕骨折していただろう。

俺は冷や汗をかきながら、彼女の前へと舞い戻った。

 

「力を入れ過ぎて危うく殺してしまう所でしたが、貴方の身体はとても固いのですね。」

「危うく?殺すつもりじゃないのか?」

「私は、ヒトは殺せません。その度胸が無いから、護国先生に見放された。」

「そうか、アヘルも色々あるのな。」

 

殺されないなら好都合だ。

俺は瓦屋根へと飛び移り、彼女の次なる手を待つ。

どうせ動きは速すぎて見えない。なら、思考パターンを読み解くしかない。

砂利道へと糸を垂らし、根を張る様に伸ばしていく。

俺の動きを、彼女も見ているようだ。

魔力で編む糸、目視では確認できぬほど細く、より細く。

アキレウスならば、俺の動きは読まれているだろうか。

彼女は、俺をどう捉えている?

再び、俺の視界から彼女が消える。

目で追う必要はない。俺の背後は守るべき城、地上は俺の仕掛けた罠だらけ。

ならば必ず、上空から襲い掛かる!

俺は日本の大木に仕掛けた糸を手繰り寄せる。

そして魔力を壮大に使用したフルパワー砲丸投げを実行した。

日本の大木が宙を舞い、上空から高速で落ちてくるアダラスをプレスした。

彼女は両側から飛んでくる物体に気付き、即座に退避の姿勢を取る。

だが俺はそれを許さない。

 

「え?」

 

葉脈のように広がった回路が、両足を光で満たす。

俺は全力で瓦屋根を蹴り、空へと跳び上がった。

そして退避したアダラス目がけて、ジャンプキックをお見舞いする。

オリハルコンの圧倒的強度が、ここにきて役立つだろう。

彼女は腹部に激しい損傷を受け、地に落ちる。

そして俺はバランスを崩し、当然の如く落下。

砂利の中へ頭からダイブし、額が血に塗れる。

糸も解れている。アダラスが立ち上がる前に何とかしなければ。

顔を上げた俺は態勢を整えようとするが、目前に負傷した筈のアダラスが佇んでいた。

俺は咄嗟に距離を取ろうとするが、彼女の足で踏みつけられ、身動きが取れなくなる。

 

「な、何で!?」

「ごめんなさい、正々堂々の勝負を考えると、私の反則負けでしょうね。」

 

彼女は一切の傷を負っていない。

そこで俺は思い至る。

アキレウスの不死性、そして無敵性。

踵という唯一の弱点を除き、アダラスには一切の攻撃が通用しない。

これは彼女が激しい鍛錬の末、会得した力だ。

今の彼女はアキレウスの力を約七十パーセント引き出せている。

 

「命の奪い合いだからな、反則もクソも無い。あんたが殺さずの誓いを立てていなければ、俺は今死んでいるだろう。」

「そうですね。」

「殺さないなら、俺は致命傷を負うまで、ここで暴れてやる。元より俺の役目は、クロノを進ませることだ。」

「…………どうして」

 

アダラスは俺から足を離し、武器を置いた。

敵を前にして、隙だらけとなる。

アキレウスの不死性があるからか、それとも……

 

「世界はもう、滅びます。護国先生の願いは叶わない。」

 

ヴェノムは利用され、使い捨てられた。

そうして、彼女の愛する『先輩』も命を落とした。

遺された命は数少ない。生きろとも、死ねとも、命じる者がいない。

アダラスは、だからこそ第一区に来た。

ミヤビなら、何か答えを用意しているかもしれないと。

だがそれは過ちだった。

スネラクはとうの昔に狂い果てている。

ひとり城へと閉じこもり、世界最期のおままごとに興じているのだ。

アダラスには、かける言葉が思い付かなかった。

だから、せめて狂ったかつての仲間を保護することにしたのだ。

 

「世界は、滅びます。護国の英霊たち、そして『蛇王ザッハーク』によって。生き残る未来はない。だから足掻く必要なんて……」

「ある。諦めなければ必ず。あんたは徒競走で他の者がゴールした後、どうせ最下位だ、と言って走るのを辞めるか?」

「い、いや」

「全力で踏ん張れば、見える景色が変わることもある。応援してくれた人の気持ちも背負って、ゴールテープを切るんだ。やり切った後に俺は死ぬ。道半ばってのは悔しいからな。」

 

俺は報いなければいけない。

ここまで走って来れたのは、バトンを繋いでくれた皆がいたからだ。

なら、俺は俺の仕事を終わらせ、クロノにバトンを託す。

人間として生きるというのは、きっとそういうことなんだ。

 

「悪いが、俺は彼を追う。止めたければ、止めろ。」

 

俺はフラフラと立ち上がり、城内を目指した。

その間、アダラスが引き止めることも、攻撃してくることも無かった。

 

「向いてないよ、アダラス」

「…………そうでしょうね、本当に。」

 

 

俺は城内を駆け上り、天守閣最奥へと辿り着く。

そこで俺は傷だらけのクロノと相対した。

 

「クロノ!!」

「遅いじゃないか、巧一朗。」

「ミヤビにやられたのか?」

「あぁ、襖の先にいる。」

 

俺は頭に血が上ったまま、畳部屋へと押し入った。

そこにはモスマンの姿は無く、一人の少女が怪物と一体化していた。

見たことがある。

あれはたしか、ロウヒが召喚した最悪の魔物『イクトゥルソ』だ。

無限に伸びる触手が特徴的な、スライム上の海魔である。

その巨大な口に飲まれたら即死。

触手に絡めとられぬよう、距離を取りつつ戦わなければならない。

クロノの奴、良く生き延びたな。

俺は令呪の使用を視野に入れ、戦闘態勢を取った。

気になるのは、ミヤビ本体の生存の有無である。

金の長い髪が垂れ下がり、表情がくみ取れない。

そういえば俺、アインツベルン当主の顔を知らないな。

龍寿は禮士、エラルは充幸さんを通して知っているが、アインツベルンとは何ら関わりが無かった。

触手の胎動が始まり、捕食者としての顔を見せる。

イクトゥルソの巨大な口から、二リットルもの涎が零れ落ちた。

俺は奴に気付かれぬよう、部屋中に糸を伸ばし、罠を巡らせる。

アダラスの時と異なり、気休めにもならなさそうだな。

 

「あぁああぁああ」

 

苦しげな声を上げる少女。

ヴェノムアンプルは使用者によって『馴染むか』の度合いがあると聞く。

直感的に、肉体の主導権が少女で無く、海魔にあると悟った。

クロノが意図的に暴走させた?

いや、命の危険が大きすぎる。

少女は覚悟を以てアンプルを注射したのだ。

こうなると知ってか、知らずか。

 

「楽にしてやる。」

 

俺は触手の飛ぶ方向を予測し、蜘蛛の巣の要領で捕縛を試みる。

必要なのはモスマンの翼、彼女を説得する為には、まずイクトゥルソを止めなければ。

招霊継承、今必要な英霊は、少女を救う誇り高き騎士だ。

そう、まるでセイバーのような。

 

「あああああああああ!」

「っ……!?」

 

全方位からの攻撃。

あまりにも早い、そして正確に、俺の心臓に狙いを定めている。

予測通りだが、これでは糸が間に合わない。

アダラスといい、ヴェノムは厄介な輩の集合だな。

俺は素早く後退し、四本の触手を糸で縛り上げる。

だが、無限の手を有する魔物は、肉体から更に腕を生成した。

千手観音も驚きの、全身から生え出る手。

薄気味悪さは海御前と同じだ。

 

「あああ」

「キリが無さそうだ。」

 

俺は最後の令呪に祈りを込める。

虚数の海への三度目のアクセス。

必要なのは、悪を葬る絶対正義の剣。

全ての触手を焼き切る火力だ。

少女だけを都合よく救える力、物語の主人公ならば、それを為し得る資格がある。

救済の物語、ならば……

 

「あ…………れ?」

 

少女はここにきてようやく、その顔を上げた。

そして俺を見て固まる。

かく言う俺自身も、彼女と同じ反応をしていた。

呆気にとられ、継承の儀式を忘れてしまう程に。

 

「美頼……………………?」

 

長い髪の所為で気付かなかった。

そこには、既に命を落とした筈の友がいる。

俺は開いた口が塞がらなかった。

どうして、ここに?

生きて、いたのか?

 

「美頼なのか?美頼?」

 

俺はイクトゥルソの存在を忘れ、少女へと手を伸ばし、近付いていく。

ここで肉体の主導権は海魔から少女へと移ったのか、あらゆる攻撃が止んだ。

美頼らしき少女はなおも固まったままだ。

 

「どうして、生きて、美頼……」

「コーイチロー」

 

俺は彼女の目の前に立つ。

そして剥き出しとなった上半身をゆっくりと抱き締めた。

会いたかった。

俺の大切な友達。

こうして、生きてる、生きてる、生きてるんだ。

 

「…………っ」

 

待て

間桐巧一朗、待て。

辞めろ。

フィクションに踊らされるな。

違う

違う

違う

違う

美頼じゃない

この女の子は美頼じゃない

俺の知る美頼じゃない

いつも、じゃれついて、俺に抱き着いてきたから

分かる。分かってしまう

美頼のことを、きっと俺は誰よりも知っている。

だから、違う

 

「コーイチロー」

「……っ!違う!美頼じゃない!お前は誰だ!」

 

俺は知らなかった。

倉谷美頼は、アインツベルン当主である倉谷未来のドッペルゲンガーなのだと。

ホンモノは、こちらだったのだと。

でも、俺が博物館で知り合い、共に戦い、共に笑い合った彼女こそ、俺にとってのホンモノだ。

だから、俺は少女を拒絶する。

美頼は死んだ、死んでしまった。

もう二度と、俺は彼女に会えない。

 

「っ…………」

 

俺は、泣いていた。

知らぬ間に、頬を涙が伝っていたのだ。

何故だ。

俺はどうして、この少女を美頼と思い込んだ?

彼女はもう、いないのに。

生きていて欲しいと、心の底から願ってしまった。

 

「コーイチロー」

「っ、ごめん、すまない、昔の友人に似ていたもので」

「コーイチロー、ごめんね。」

 

未来は、巧一朗を知っていた。

美頼を通して、ずっと彼を追ってきたから。

急行列車で救われたあの日から、ずっと恋焦がれていたのだから。

でも、それは一方的なもの。

彼は倉谷未来を知らない。

彼の友は、美頼だ。

自分では無い。

そう認識した時、ミヤビはある決意を下す。

アダラス同様、護国のアサシンに見捨てられ、守るべきものを失い、共に戦う部下も消え去った。

でも、最期の最期に、巧一朗が会いに来てくれた。

イクトゥルソは再び、未来の意識を乗っ取り、彼に襲い掛かるだろう。

彼を傷つけ、果ては殺してしまうかもしれない。

それは、とても悲しい、とても辛い。

 

「コーイチロー、モスマンはもういない。協力できなくてごめん。」

「え……あぁ、でもどうしてそのことを?」

「ずっと見てたから。」

 

この最奥の間で、貴方に恋していたから。

 

「ごめんね、大好きだよ。」

 

ミヤビはイクトゥルソの触手で、自らの心臓を穿つ。

正確に、確実に。

 

「(これで、ちゃんと死ねた。)」

 

ヴェノム形態が解け、少女は崩れ落ちる。

俺は彼女の元へと駆け出した。

理由も分からぬまま、少女は命を絶った。

会ったことの無い少女、その筈なのに、俺の胸はこんなにも苦しく痛む。

俺は彼女を抱き留め、声をかけ続ける。

だが、もはや手遅れだった。

少女は、とても幸せそうな顔で永い眠りについた。

 

「なんだ、なんなんだよ、どうして…………」

 

どうして、こうなる?

何か得体の知れない理不尽さに苛まれ

多くの仲間が死に、世界は崩壊する。

何故だ。

なんで、なんで、なんで

全ては、護国のサーヴァント達の所為だ。

奴らが俺たちの暮らしや幸せを滅茶苦茶に荒らしたんだ。

 

「何が、護国だよ」

 

国を守る、と書いて、護国。

まるで正反対だ。

 

「護国、じゃない、奴らは『災害』だ。」

 

災害のサーヴァント。

俺は彼らに最大限の敵意を向ける。

セイバーも、美頼も、鉄心も、充幸さんも、みんなが死んだ、みんなが殺された。

 

「行くぞ、クロノ」

「…………あぁ、巧一朗。」

 

俺は必ず、歴史を変える。

俺の、間桐巧一朗の復讐劇だ。

 

【信奏編①『エックスデイの真実 前編』 おわり】

 

 

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