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〈クロノくん!巧一朗くん!今すぐそこから離れて!護国のランサーが来る!〉
レインからの通信
俺とクロノはアインツベルン城塞を離脱し、途中で戦意喪失したアダラスを拾い上げる。
護国のランサー『ブリュンヒルデ』はミスリルの槍を扱う北欧神話の戦乙女だ。
彼女は護国のライダー、キャスターが死したのち、自らの意志で、桃源郷の敵となった。
それまでは日の当たる場所にすら現れなかった彼女が、開発都市第四区を憎悪の炎で焼き尽くしたのだ。
俺の仲間たちを殺した女。
絶対に許さない。
「巧一朗、今の私達には彼女と戦う力がない。理解しているな?」
「あぁ、勿論だ。」
「まずは逃げ延び、生き残ること。そうすれば自ずと希望は見えてくる。」
俺たちは複雑に入り組んだ城下町で、二手に別れた。
計画を遂行するのはクロノ、護衛としてアダラスが彼をサポートしてくれることになった。
そして俺は囮だ。護国のランサーを引きつけ、そして必死に逃げおおせる。
第一区から遠ざけることが出来ればベスト。だがそこまでは叶わないだろうな。
〈第一区上空から飛来!三、二、一!来る!〉
俺は木造家屋の瓦屋根へと飛び移り、降り注ぐ隕石を確認する。
本来、護国に対して、充分に距離を置く必要はあるが、陽動に徹する俺は敢えて接近する。
護国のランサーが舞い降りた周囲十メートル圏内は既に焦土と化した。
そこには第一区民の暮らしていた跡があった筈である。
こうも容易く、奪い去られるとは。
彼女の有する巨大な槍を目印に、俺は無防備にも近付いていった。
「ブリュンヒルデ……」
あまりにも整った顔の美少女。触れたら壊れてしまいそうな雰囲気を醸し出す。
でも、壊れるのはむしろ人間や世界の方だ。
第四区の仲間たちは、この女に燃やし尽くされた。
美頼は、どれだけの苦しみを味わったのだろう。
歯を食いしばり、護国のランサーを睨みつける。
「あら、ごきげんよう。」
俺の存在を察知した彼女は、あろうことか淑女の優雅な笑みを向けた。
敵意では無く、慈愛。
小動物を愛でるような柔らかさ。
俺の殺意など、彼女にとっては酷くちっぽけなものなのだろう。
怒りの沸点に到達するのは、時間の問題だった。
「何故、多くを殺した?護国のランサー。」
俺は問いを投げかける。
同じ護国でも、アサシンやバーサーカーの行動の方がまだ頷ける。
明確な人類の敵として立ち塞がったのだから。
だが彼女は、自身の力を誇示することはしなかった。
試練を与えることもしなかった。
ただ力なき者を虐殺した。
理由が知りたい。
英霊の手に余る程の力を有して、王にもならず、支配者にもならず、アリをひねりつぶす遊びに興じる心理。
俺には到底理解できぬものだ。
「恋をしていたから」
その答えは、俺の想像外のものだった。
「可愛らしい女の子も、素敵な男の子も、皆が誰かに恋をしていた。心からの花束を贈りたいと願っていた。」
鉄心は、学生時代からの恋人がいると言っていた。
美頼は、かつて俺を好きだと言ってくれた。
俺は彼女の気持ちに応えることが出来なかった。
俺には無い感情。ヒトがヒトを想う心。
「だから、燃やしました。実らざる愛で傷付かない為に、芽吹いた愛が枯れない為に。永遠に美しいままに。」
護国のランサーは愛を求め、愛を欲し、愛を燃やし、愛に飢える。
異常なまでの特殊な恋愛観により、恋する人間や英霊を青い炎で灰にする。
そうやって、希望ある若者を無為に殺し続けた。
どれだけの人間が犠牲になったのだろう。
「っ……」
俺は彼女の言葉を理解することが出来なかった。
ただ一つ言えること。
護国のランサーは絶対に許してはならない邪悪であるという事だ。
俺は美頼の笑顔を思い出し、血が滲むほどに唇を噛み締めた。
「絶対に殺す」
俺は自身の感情を抑えられぬままに、彼女へ向けて走り出した。
これまでに感じたことの無い限界を超えた憎しみ。
余りにも無謀な突進は、時間稼ぎの目的を果たせぬものだ。
俺は持てる全ての魔力を拳へと集中させる。
葉脈のように広がる線が光り輝き、彼女の頬へと突き刺さった。
だが、傷一つ与えることは出来ない。
英霊も傅く護国の絶対性、一介の魔術師で超えられるものでは無い。
むしろ、砕け散るのは俺の方だ。
彼女は鬱陶しそうに払い除け、俺の左腕を長槍で切り落とした。
衝撃で彼方へと吹き飛ぶ左腕。
俺は今、欠損したことを認識することすら出来なかった。
遅れて吹き出る血液によってようやく学ぶ。
俺が相対している敵の大きさ。
ただの虫風情では、何も変えられないという事を。
「ごめんなさいね。」
ブリュンヒルデは平謝りしたのち、俺の両足を切断した。
縫合魔術が間に合わない。
素材となる筈の全ての物質が、瞬く間に燃やし尽くされる。
俺の胴はクレーターに埋まる様に転がった。
僅か二秒。
僅か二秒で決着は付けられた。
「あぐ……ぅ…………」
想像を絶する痛み。
これは何も、切断されたことだけに留まらないだろう。
復讐を果たせないどころか、無様に弄ばれる痛み。
心の内側から闘志が凍り付いていく痛みだ。
何も出来ない。
俺は、相変わらず、弱者なのだ。
「さようなら、勇敢なヒト。」
ブリュンヒルデが左手を翳すと同時に、俺の身体に青い炎が灯る。
徐々に、徐々に、心臓へと燃え広がっていく。
肌は爛れ、臓器は腐り落ち、僅かな希望も塵となる。
あぁ、畜生。
チクショウ、チクショウ、チクショウ
どうして俺は弱い。
何故、俺はこんなに弱い。
誰も守れない。
何も救えない。
自分の、大切な居場所、俺の本当の帰る場所。
全部が、夢だったとでもいうのか。
俺は残された右手でブリュンヒルデの足を掴む。
彼女は、今度は払いのけることはしなかった。
死に損ないの、最期の執念。
白い肌に、指を食い込ませる。
この痛みを忘れるな。
蚊に刺された程度だとしても、この痛みを決して忘れるな。
護国のランサー、絶対に忘れるな。
俺は必ずお前に復讐する。
そして俺は死んだ。
そう、結論付けられる筈だった。
【信奏編②『エックスデイの真実 後編』】
「く……うん?」
俺が目覚めると、そこには安堵した表情のクロノが座っていた。
彼の隣には、心配そうに覗き込むアダラスがいる。
俺は状況を理解できず目を何度も擦った。
「黄泉の国?」
「残念ながら、ここは現世だ。地獄よりも地獄だよ。」
「どうして、俺は……」
俺はゆっくりと起き上がる。
護国のランサーとの戦いで消失した筈の四肢が、元通り。
傷も痛みも一切ないときた。
縫合魔術が間に合う状況では無かった筈だ。
クロノが救ってくれたのか?
俺の疑問に、クロノは首を横に振る。
「奇跡が起きた、と言えるだろうな。」
俺は彼の手を借り、ゆっくりと立ち上がる。
失われた筈の両足が存在する。
アダラスが所持していた義足が、縫合されたものだ。
無意識化で魔術が行使されていたのか。
まだ虚行虫の核は無事だ。左手は欠損しているが、まだまだ戦えるだろう。
俺はアダラスに支えられながら、クロノが指さす空の上を眺めた。
二つの小さな人影が、ぶつかり合い火花を散らしている。
その一人は、護国のランサー。
もう一人、俺たち人類側として、戦ってくれている。
俺はその『希望』を知っていた。
高揚するクロノの心が、誰よりも理解できる。
「生きて、いたのか?」
「あぁ。そのようだ。」
『彼女』は革命軍と、解放軍、両者の希望であり、象徴だった。
護国との戦いの最前線に立ち、そして道半ばで命を落とした。
どれだけの命が彼女によって救われたことだろう。
俺とクロノは同時に、彼女の名を叫んだ。
桃源郷の抑止力(ヒーロー)、その栄誉ある名を。
「ファフロツキーズ!!」
桃源郷の救世主『ファフロツキーズ』。
クロノのサーヴァントとしてオアシスの全ての区民を守り、護国の英霊二騎の災具を受け、消滅した。
極めて特殊なエクストラクラス『アイドル』の霊基により顕現し、ツキちゃんのあだ名で皆から親しまれていた。
懐かしいな。
俺の目頭は熱くなる。
俺もクロノも、大空を支配する彼女を希望に、これまで戦い続けてきたのだ。
「魔女っ娘アイドル『ツキ』?」
「良く知っているな、アダラス。第五区でも有名だったのか?」
「まぁ、動画サイトで見ない日はありませんでしたから。アヘルは彼女を激しく嫌っていました。」
「それはそうだ、今は無き革命軍、並びに俺たち解放軍の象徴たる人物だったからな。」
そして、クロノにとっては家族同然の存在。
故に、彼女の死は彼にとって未だ受け入れがたい事実だった。
だが、こうして再会した。
クロノの薄暗い目には、確かに光が宿っている。
俺とクロノの叫びは、天空にいるツキに届けられていた。
彼女はいつもながらの営業スマイルで俺たちに手を振る。
変わらない笑顔、あれは本物のツキ、間違いない。
俺たちの熱い視線に対し、彼女は照れ笑いを浮かべ頬を掻いた。
彼女は一度、確かに命を落とした。
だが、彼女を求める全ての声が、ファフロツキーズを修復した。
彼女自身、これは奇跡だと認識している。
ならばこそ、ファフロツキーズは決意した。
与えられたこの命は、今を生きる人間たちの為にある。
彼女は護国のランサーの宝具を軽く往なし、よりソラへと駆けあがる。
天空の支配者、それこそがファフロツキーズ。
護国のランサーでは届かない領域へ到達した。
「貴方は、何者?」
「理想郷(ゆーとぴあ)からどこまでも!魔女っ娘アイドル『ツキ』ちゃん参上!みんなのハートにきらりんめてお!」
ツキはポーズを決めるが、護国のランサーは無反応。
きっと古臭いと思っている。違いない。
ツキは咳払いをし、居直ると、不敵な笑みを浮かべた。
「くだらない、そう思っただろう?」
「そうですね。」
「ヒトを指先一つで殺せる私が、ヒトの領域まで堕ちたことを嘲笑う。神に等しき護国ならば、そうすればよい。」
ツキはヒトの可能性を知っている。
泥臭さも、意地汚さも、前進を続ける愚かさも知っている。
全てを踏まえて、彼女は彼らを愛した。
人間の心のサイリウムを、照らす道を選んだのだ。
同じ支配者の立場に居ながら、護国とは袂を分かつ。
ファフロツキーズは、言峰クロノと、全ての区民の笑顔を取り戻すためにこそ戦う。
「だが、今この桃源郷における『神(アイドル)』は私だ。いい加減、海の底へと落ちていけ。」
「…………っ!」
ファフロツキーズは両手を広げ、高らかに笑った。
天空から広がる虹彩の輪。彼方より出現する魔剣、聖剣の類が、護国へと狙い定める。
その数は人の目には観測できない。文字通りの無量大数。
一つ一つが絶対的な勝利を齎す宝具である。これは神さえ葬る圧倒的物量の一撃。
「天空よりの超常落下現象(ファフロツキーズ)」、彼女の真骨頂はここにある。
『怪雨(フォールダウン)』
ファフロツキーズがその絶技を放つと同時に、宙に浮かんだ護国のランサーに宝具の雨が降り注ぐ。
一点直下の物体落下現象。
止めどない殺戮の嵐に、ブリュンヒルデは宝具を以て対抗する。
『死がふたりを分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)』
だが、無意味。
宝具を使用する彼女自身すら気付いていたことだ。
ブリュンヒルデの一撃に込められるのは『愛』という感情。
人々への心からの愛情が、槍へと込められ膨張する。
だが、ツキに対して、彼女は感情を抱くことが出来ない。
虚無。
何故ならば、ツキはただの『現象』だ。
そこにヒトの感情は宿らない。好む、好まざるの領域に存在する概念では無いのだ。
「(あぁ…………とても苦手)」
もって数秒の儚き抵抗だった。
彼女の巨大な槍をすり抜け、蒼い装甲に、白い肌に、刀剣が突き刺さる。
愛故に絶大な力を得るブリュンヒルデは、ツキという異形に感情を揺さぶられることが無い。
ならば敗北は免れられないだろう。
ランサーの肉体は瞬く間に削げ落ち、解体される。
燃えるような愛を象徴する護国は、皮肉なことに、愛を持たぬ拷問の末、灰になった。
上空で成すすべなく光の粒子となった彼女は、落ちるように消滅する。
俺とクロノは地上から、ツキの勝利を見届け、ガッツポーズを決める。
カウンターガーディアン、その名は伊達では無い。
俺が手も足も出なかった相手をこうもあっさりと倒してしまう。
やっと活路が見出せた。
「ツキがいれば、天空城塞へも行ける。良かった……」
「あぁ、行くぞ、巧一朗。」
俺とクロノが手を振ると、ツキはゆっくりと地上へ降りてくる。
そして彼女はその巨大な両腕で俺たちを抱き締めた。
空の色をした特殊な胸元に、俺たちは顔を埋める。
「久しぶり、お待たせ。」
ツキは優しく微笑んだ。
クロノは涙ぐんでいるように見える。
きっと俺も、人に見せられない顔になっているだろう。
大の大人の情けないさまを、ツキは静かに受け止めた。
抱擁は二十秒余り続き、三人は再会を噛み締めたのだった。
どうして生き残ったのだ。
今はその問いも不要である。
ただ、大切な仲間がここにいる。それだけが最上の幸福なのだから。
ツキの復活により、希望の道は指し示された。
天空城塞へ向かい、天還装置へとアクセスする。
サハラの戦争が勃発する前、テスタクバルを秘密裏に殺せば、ミッションは完了となる。
俺たちは早速、動き始めるが、アダラスがここで敵の存在を探知した。
猛スピードで接近する影。
アダラスは自らの意志で、その場に留まる宣言をする。
空へと旅立つのは、俺とクロノだけだ。
「私のやるべきことは、分かりましたから。」
「いいのか、本当に。」
「ええ。地上はお任せください。」
そしてツキに抱えられ、飛び去るそのとき。
俺は信じられないものを目の当たりにする。
それは五体の『獣』の登場だった。
猪に、蛇、猿、馬など、不気味な姿をした魔獣たち。
クロノはそれらに見覚えがあった。
彼は危機感を募らせる。
「后羿の『悪獣』?!」
護国のバーサーカーの使役する悪獣たち。
その一匹ずつが神霊クラスの実力を有する。
第六区を滅ぼした元凶と言って差し支えない。
アダラスはただ一人、五体の悪獣に取り囲まれた。
彼女はこうなることを予期して、敢えて残ったのだろうか。
地上で懸命に戦う彼女を見て、俺は唇を噛んだ。
※
アダラスは、自身の限界を悟っていた。
そもそも、ヴェノムライダーの権能をここまで持続させたことが奇跡だ。
あと数秒後には、血中ヴェノムの活性化も停止する。
そうなれば、元の雷前巴だ。
両足は全く動かない、役立たずの巴。
だから、自ら『餌』になる道を選択した。
彼らと一緒に空を目指していたら、きっと足手まといになっていたから。
「足手まといなのは、アヘルの頃から変わらない、けどね。」
結局彼女は、何の才能にも恵まれなかった。
でも、最期までしぶとく生き残ったのは、アキレウスという英霊のお陰である。
彼女は偉大なる先輩に感謝しつつ、槍を振るい続けた。
獣の生臭い血液を一身に浴びながら、暴れる。
巴蛇、九嬰の首を叩き切り、封豨を力任せに投げ飛ばした。
「はぁ…………駄目」
だがまるで効いていない。
ロストした悪獣は何度でも蘇る。
護国のバーサーカーそのものを叩かなければ意味が無い。
スキルも宝具も消失した。
残されたタイムリミットは僅か。
「まだ、きっと出来ることが……」
そこでアダラスは気付く。
悪獣の中で一匹だけ、大空を舞うものがいる。
名を『大風』、鳥の形をした悪獣である。
ツキが、巧一朗が、クロノが空を目指すならば、せめて大風だけでも仕留めなければならない。
アダラスは他の悪獣を一旦無視し、宙を舞う大風に狙いを定めた。
そしてポケットに忍ばせた、もう一つのアンプルに手を伸ばす。
それは大切なヒトの遺品だ。
戦場で拾い、お守り代わりに携帯していた。
「ウラルン先輩」
アンプルに宿る英霊は『ケイローン』。
アダラスの心から尊敬する先輩、ウラルンの所持品だ。
能無しの彼女と異なり、ウラルンは状況に応じて別クラスのアンプルを使用することが出来る。
アダラスには決して辿り着けない領域だった。
だが、もう命を惜しむ必要は無い。
ただ一撃、大風を射抜けば任務は完了となる。
そうすればようやく、彼女は愛する二人の先輩の元へと旅立てる。
迷いは無かった。
ヴェノムアーチャーの素質を有さない彼女は、決死の覚悟でコネクタに原液を注入する。
時間にして二秒。
アダラスの全身に不適合の液体が巡り麻痺させる。
血管は膨張し、手足の先から破裂していく。
彼女は十秒後の死を悟った。
ならば、やるべきことは一つだけ。
矢を番え、仕留めるべき対象を射抜く。
いや、ケイローンならば、既に事を終えている筈だ。
『星を蝕む災いこそが、進歩への毒となる。────我が矢はされど、放たれた』
それはウラルンとは異なる詠唱。
彼女だけの、彼女の為の、紡がれた言の葉。
一度きりの奇跡。
雷前巴が魅せた、泥臭い輝き。
『天蠍惨毒一射(アンタレス・ヴェノムスナイプ)』
その毒矢は、空の外側から降り落ちる。
桃源郷の崩壊を嘲笑うかの如く羽ばたいていた悪獣を、正確に射抜いた。
その一閃は、ウラルンのように美しくは無いけれど、目的は果たされた筈である。
大風が復活するまでに、巧一朗とクロノが天空城塞へと辿り着けるはずだ。
────あぁ、良かった。
アダラスは安堵する。
くだらない生涯に、何か大きな意味を見出せた気がした。
彼女は最期まで微笑みを崩さない。
両足を失い、愛する先輩二人を見送った彼女は絶望の渦中にいた。
だが、こうしてようやく、自身のゴールとも言うべき場所に辿り着けたのだ。
笑わずにいられようか。
否、豪快に笑ってやろう。
やっと死ねる。やっと眠れる。
そう、やっと。
巧一朗も、クロノも、空の先へと旅立った。
地上に残された死骸は、瞬く間に悪獣の餌になる。
柔肌を爪で引き裂かれ、臓物を晒され、丁寧に捕食された。
巴は髪の一本すら残らず、食い散らかされる。
見るも無残な光景が広がっていた。
だが、幸か不幸か。
毒を摂取した悪獣たちは食あたりを起こした。
悪獣たちの身体を徐々に蝕み、麻痺させていく。
彼女の血中ヴェノムは、彼らにとっても劇薬のようだ。
その場で苦しみだす獣たち。
丈夫な作りの彼らからすると痺れ薬の延長線でしか無いが、巧一朗とクロノへと狙いを定める未来は無くなった。
地上を離れた巧一朗も、クロノも、そして地上で死したアダラス本人も、知る由の無い事実だ。
※
天空城塞まであと僅か。
そのとき、ツキの翼は何者かに射抜かれた。
上空からのスナイプ。無情なる一撃。
だがツキは俺とクロノを抱き締める腕を緩めない。
折れた翼をはためかせ、ついに城塞へと辿り着く。
そもそもツキは鳥類でも天使でも無く、現象そのものだ。
あくまでその翼はモデリングに過ぎず、飛ぶという機能が集約されたものでは無い。
しかしながら、彼女はその身に重傷を負った。
エーテルそのものを分解する一射であることが理解できる。
俺とクロノは上空を見上げ、固まった。
アダラスを襲った悪獣がいるならば、当然『彼』もここにいる。
「護国のバーサーカー『后羿』!」
クロノは憎しみを込めてその名を叫んだ。
こと戦闘力において他の護国をはるかに凌ぐ存在。
絶望という二文字を体現した男である。
開発都市第六区の勇者たちは皆、護国のバーサーカーによって殺された。
そして今、最期の希望を消し去るべく君臨する。
俺とクロノを守る様に、ツキが矢面に立った。
先程のブリュンヒルデ戦とは打って変わり、ツキの額に汗が滲んでいる。
空域の絶対性を奪われたことへの焦り。
今の立ち位置を鑑み、ツキは自身が『挑戦者』であることを瞬時に悟った。
「二人とも、急ごうか。ここは私が何とかする。」
「ツキ…………?」
「彼は私達を的確に殺しに来た訳じゃない。追随する全ての希望をへし折りに来た。」
追随する希望。
レインを始めとする生存者のことを指しているのだろう。
俺たちだけでは無く、全て?
俺がその答えを出す前に、クロノは城内へと走り出していた。
「クロノ?」
「后羿はこれより、太陽を撃ち落とす。この護国城塞諸共、焼き尽くすつもりだ。」
「……何だと?」
歴史を変える、桃源郷を無に帰す。
その覚悟を、護国のバーサーカーは知っていた。
故に、希望を根絶やしにする。
間違った桃源郷の歴史を、過ちのままに保存する。そして次代へと語り継ぐ。
后羿には成すべきことがあった。
既に命を落とした護国のライダー『カナン』の、遺された呪い全てを灼熱と共に滅却する。
そして生き残った、呪われざる無垢な民を保護し、新たなオアシス歴を刻んでいくのだ。
后羿は自身に言い聞かせると、所持していた弓を引き絞った。
放たれるのは城塞を吹き飛ばすに相応しい第三等太陽。
アインツベルンへの想いと共に、第一区を滅亡させる一撃。
俺はツキに背中を向ける。
彼女への信頼が、俺の足を動かした。
きっとクロノもそう。
ツキならば、太陽にだって負けはしない。
いや、違うな。
理解している。正しく、理解していた。
ツキは自らの命と引き換えに、未来を託すのだ、と。
絶望を超え、希望を指し示すために行くのだ。
分かっているから、クロノは別れを惜しむことをしなかった。
もう少し、この場に残っていたら、きっとツキの手を引き止めてしまう。
だから、背を向けた。
俺もそうするべきだ。
これまで、そうしてきたように。
「ねぇ、巧一朗」
ツキは俺では無く、空の先をぼんやり眺めていた。
言葉が一つも出てこない。
ただ押し黙り、彼女の声を待つ。
「オアシスが消えたら、クロノはいなくなる。」
当たり前の話。
言峰クロノの正体は、護国のアーチャー『シグベルト』の片割れ。
その生い立ちからして奇跡のような存在だ。
桃源郷が歴史から消え去れば、言峰クロノという歴史もまた消える。
間桐巧一朗とは、違うのだ。
「それってさ、ちょっぴり寂しいね。」
「ツキ…………」
「私も人間の英霊じゃないから、特異な存在だけど、特別って意味ではクロノも同じ。」
彼女は俺に振り向いた。
その両目には、少しばかりの涙が滲んでいる。
こんな感情を示す女の子であっただろうか。
最期だから、そんな顔をするのだろうか。
「もし私とクロノが、どこかの世界に生まれ変わったら…………」
「また、会えると良いな。」
俺は彼女の言葉に被せた。
それはツキの想いであり、そして、俺の心でもあったからだ。
きっとまた会える、そんな保証はない。
でも、願わずにはいられない。
桃源郷で必死に藻搔き、苦しみ、足掻いた者たちがいたこと。
少なくとも今の俺は、最期の瞬間まで忘れるつもりは無い。
「勿論、巧一朗にも会いたいな!」
「あぁ。」
「でも次にあったら敵同士、なんてこともあり得るかも?」
「物騒な冗談はよしてくれ。ファフロツキーズなんて英霊、倒す方法が見つからないだろう?」
俺たちは冗談を言い合い、そして、別れた。
俺は全速力でクロノの元へと走る。
そしてツキは、太陽の元へと飛んで行った。
また、彼女を見送ることは出来なさそうだ。
あぁ、世界という奴はなんて不条理なんだろうな。
※
俺がクロノを追って辿り着いたのは、純白のワンルームであった。
中央に鎮座する謎のオブジェクトが起動し、緑の光を放出している。
天還祭と呼ばれる、英霊抹消の儀式に使用されていたものだ。
数々の区民たちが犠牲になった。
これよりクロノは過去へと跳び、サハラの聖杯戦争の立役者『テスタクバル』をその手で暗殺する。
そしてこの世界は、サハラの聖杯戦争の起こらなかった未来へと至る。
俺はきっと、あの蟲蔵の中で閉じこもったままだ。
だが、それでいい。
もう誰も失わずに済む。
戦争など、起こってはならないのだ。
哀しみの連鎖を、クロノが断ち切ってくれる。
「クロノ、行くのか。」
「あぁ、ここでさよならだ、巧一朗。」
これでいい。
俺は両手をズボンのポケットに入れ、その時を待った。
その間に、后羿の太陽が着弾することは無かった。
ツキが、命を賭して戦っている。
俺に出来るのは、クロノを見送る瞬間まで、外敵を見張ること。
もはや意味のない行為だと言えるが、それでも。
「巧一朗、言い忘れていたことがある。」
「……?」
「君は私にとって、最高の相棒だった。」
クロノは曇りなき眼でそう訴えた。
深淵を覗かせるような黒い目に、僅かな光が宿っているように思える。
こんな顔は初めてだ。
ツキといい、今日は色んな表情を知れる日だ。
世界終末の一日で無ければ、どれだけ幸福だったろう。
俺も彼の言葉に返さなければ。
俺にとっても、クロノは最高の相棒で……
「あ」
そのとき、俺の脳内に溢れ出したのは
これまで出会ってきた人々の笑顔だった。
美頼、鉄心、充幸さん、吉岡さん、禮士、龍寿さん、レイン、みんな……
桃源郷で出会った仲間たち、家族たち。
彼らが『生まれてこなかった未来』へ、舵を取ろうとしている。
クロノもまた、その一人だ。
みんな、いないのか。
そうか。
当たり前だ、俺はそれを乗り越えて、ここにいる。
「それってさ、ちょっぴり寂しいね。」
ツキの言の葉が蘇る。
ちょっぴり、どころじゃない。
人間ならざる俺を、虫風情の俺を、唯一受け入れてくれた場所。
開発都市オアシス。
俺の、本当の故郷と言える場所。
俺はようやく手に入れた全てを、いま手放そうとしている。
「巧一朗?」
「クロノ…………俺は………」
そのときだった。
大きな揺れと共に、城塞が崩壊し始める。
天井は崩落し、一人の少女が室内へと落ちてきた。
「ツキ!!!!」
クロノはその存在を察知すると、彼女の元へと急ぐ。
既に両手足は欠損し、心臓もポッカリと穴が開いていた。
后羿の太陽を止める為に、最期まで抵抗した。
彼女の亡骸が、それを物語っている。
「ツキ!ツキ!ツキィィイイイ!!」
クロノは顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶ。
見せたくなかった、見たくなかった。
クロノは、ツキのことを一人の女性として愛していたのだ。
それは俺が一番よく知っている。
もう、迷いは無かった。
太陽が放たれる、その前に。
俺は起動した装置、そのゲートへと足を踏み入れる。
「こ、巧一朗!?」
「ごめんな、クロノ」
俺は
テスタクバルを、殺さない。
俺たちの桃源郷が誕生する未来へ、俺自身が導く。
そうして、美頼が、鉄心が、クロノが、ツキが、再会する世界を見届ける。
これが今の俺の望み、俺の信念。
もし聖杯があると言うならば、叶えてみせろ。
俺は、時を超え、『ヴェルバーの再来する未来』を選択したのだった。
【サハラ砂漠某所にて】
魔術工房として利用した鍾乳洞内部。
結構なお家柄の男が一人、スーツの下半身を小便で濡らしながら、必死に逃げていた。
入口から果てなき砂漠へと飛び出るも、彼を殺す影はどこまでも追いかけてくる。
腰が抜けているが、匍匐前進の要領で、必死に生き延びようとしていた。
男の名は『シュバルティン』。
根源を目指す由緒正しき時計塔の魔術師である。
彼はアトランティスのマナを正しく理解し、神代の英雄へとアクセス実験を行った。
結果は成功。
数人の『餌』を媒介とし、かの有名な戦乙女の召喚に成功したのだ。
だが
成功したのも束の間、という話である。
彼は今、何者かに追われている。
戦争は始まっている。当然彼は自身の魔術工房を盤石なものとし、ランサー『ブリュンヒルデ』の力を借りて、低ランクであればアサシンの気配遮断をも感知できるシステムを構築した。
驕りは無い。どこまでも勝ちに貪欲で、誰よりも計画性のある男。
だが、ただ運が無かった。
「助けてくれ、頼む、まだ僕の戦いは始まってすらないんだ!」
男の声はどこへも届かない。
得体の知れぬ影は、シュバルティンに跨り、拳で何度も痛めつける。
そして指先から作り出した自らの『分身』を彼の口や爪の間、目の隙間から内部へと侵入させ、臓器を食い破った。
飛び散る血液をその身で浴びても、影は言葉を発さない。
ただ目の前にいる敵を殺す、殺戮兵器であった。
マスターであるシュバルティンが命を落とした後、再度洞窟内部へと戻る。
そこには先程心臓を突き破った英霊が横たわっていた。
まだ生きている。
ならば、彼にとって問題は無いだろう。
「あなたは…………」
死を迎える直前のランサー『ブリュンヒルデ』は問いかける。
赤髪の、背中に蝶の翼の生えた青年、彼が一体何者であるか。
英霊を簡単に殺害する力を以て、何を果たそうとしているのか。
「俺は、お前を許さない。」
青年はブリュンヒルデを殺すに飽き足らない。
彼は彼女の霊基を用いて、新たなる英霊の召喚を試みる。
溢れんばかりの憎悪と、たった一つの願いを込めて。
「来い、俺の『ランサー』」
青年は理解していた。
途方もない時間の旅の先、遺されたのは変わり果てた醜い姿と、血反吐を催す様な執念。
彼は遂に『隣人召喚』の力に目覚めた。
圧倒的なまでの破壊衝動が、その到達点へと誘ったのだ。
故に、サーヴァントなどもはや敵では無い。
だが、同時に、彼はこのサハラにとってお邪魔虫だ。
間桐巧一朗がいよいよ、この世界に足を踏み入れる。
そのとき、運命で決められていたかのように、青年の存在は消滅する。
巧一朗はただ一人だ。
セイバーと出会い、美頼と出会い、鉄心と出会い、そんな経験を得るのは、巧一朗只一人であるべきだ。
だから彼は『間桐巧一朗』の名を捨てた。
これより出会う『グズルーン』に多くの物語を話して聞かせよう。
そして、桃源郷を必ず生み出せるよう願おう。
巧一朗が最高の運命に辿り着けるように。
たとえこのセカイで何人の犠牲者が出ようとも。
開発都市オアシスは、絶対に叶えられる。
彼らの理想郷(ユートピア)は、そこにしかないのだから。
そしてグズルーンと多くを交わした後、彼は彼女を残して、死に場所を探す旅に出た。
正直な話、何処でも良かった。
強いて言うなら、女の膝の上で眠る様に死にたい、というぐらい。
肉体の崩壊した虚行虫は、どこまでも進んでいく。
亀のような歩みで、どこまでも。
そして気付けばすっかり干乾びて死んでいた。
呆気ないものだ。
彼は結局、何も変えることは出来なかった。
果たして、本当にそうだろうか?
彼が最後に見た景色。
彼は願い通り、女の膝の上で眠っていた。
とても居心地のいい場所だ。
さぞ、心優しき聖女か、天使の類に違いない。
死にゆく巧一朗を、女は優しく抱き留める。
「やっと、会えたね、巧一朗。私がこれから先、永劫、貴方のことを守ってあげる。」
巧一朗だった何かに、赤髪の少女は語り掛けた。
彼女がこれより桃源郷にて築く楽園、彼はその象徴たる存在。
だから、カプセルに入れて永久に保管する。
大事な、大事な、巧一朗。
彼女はその豊満な胸で、亡骸を抱擁し続けた。
彼女の背に生えた蛇たちも、心なしか再会を喜んでいるように思える。
彼女は『蛇王ザッハーク』、またの名を『ナナ』。
サハラの地で再び巧一朗に出会い、ようやく恋人になれたのだ。
【信奏編②『エックスデイの真実 後編』 おわり】