Fate/relation   作:パープルハット

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今回も大変お待たせし申し訳ございませんでした。
誤字、感想等ありましたらコメントお待ちしております。


信奏編8『考察』

【信奏編⑧『考察』】

 

「━━━━と、ここまでが『アングイスの大虐殺事件』の前半戦。長かったかしら?」

 

固有結界『深層界曼荼羅』内部。

遠坂輪廻は小休止とばかりに、既に冷めているだろう紅茶を啜る。

彼女が話し始めてからどれぐらいの時が経ったろう。

一日?一ヶ月?それとも一年?

この空間では時間の感覚があやふやになる。

だが、耳を傾けていた巧一朗、そしてクロノは、アヘルの物語の登場人物になったが如く、輪廻の紡ぐ言の葉に没頭していた。

突如、現実に引き戻される感覚。

二人は輪廻に倣い、同時に紅茶へと手を伸ばす。

行動こそ同じものの、心の内、つまり両者が抱く感想は全く異なっている。

先にティーカップを置き、口を開いたのはクロノだった。

 

「長いな。そして、まだ全貌が見えてこない。」

「全貌?」

「アヘル教団、並びに災害のアサシンの目論見、あと、都信華という人間の器だ。」

「そうね。一度、今ある情報を整理して、次に行きましょうか。」

 

クロノはこれまで提示された情報を取りまとめた。

 

まずこの世界は、遠坂輪廻によって調整が為された世界。

彼女の力を大まかに表すと、可能性の具現と、やり直し。

定められた『運命』を除き、彼女の設定した可変性ある概念へと干渉することが出来る。

サハラではヴェルバー誕生の運命へと抗うため、あらゆる方法を模索した。

そうして辿り着いたのが、祖国日本への帰還と、島国という地の利を生かしたオアシス国の創生である。

六騎の護国、今は災害と名乗る英霊と共に、オアシス暦を制定。

ダイダロスがこの国そのものを方舟へと再構築し、カナンがこの場所を『約束の地』として保証した。

重力場からの離脱に成功し、加速する時間の中で、ヴェルバーから逃亡するための力を蓄えてきたのだ。

そしてクロノは元災害のアーチャーとして、自身の考察も交え、各々の思想、目的を紐解く。

 

災害のライダー

彼の最終目標は、方舟の地球脱出。彼はこの地に生けとし生ける英霊、そして人間全てを救うつもりだ。

当然そこには、六騎の災害も含まれていた筈。

桃源郷オアシスが『カナン』そのものであると定義されたならば、彼にはその場所を守る責務がある。

たとえ英霊であれども、カナンに生まれし命は、カナンの財産だ。

だが方舟にはどうやら『定員』がある。天還の儀や、出生の管理では賄いきれない。

故に生まれる綻び、詰めの甘さとも言うべきか。

彼らの言うエックスデイに間に合わせられるかは、甚だ疑問であると言えよう。

 

遠坂輪廻

彼女の最終目標は災害のライダーと同じだが、完全に同一思想ではないようだ。

彼女は言わば舟の動力源。恐らく『定員』の数を理解している。

そして旅立つ後のことまで、視野に入れている。

建国当初は必要とされた六騎の災害。求められていたのは、クラス『ディザスター』としての成長、熟成。

地球脱出は元々サブプランであり、彼女の本来の目標は、ヴェルバーへの完全勝利だった筈だ。

天還による、オアシス暦における英雄の抹消、そして専属従者サービスによる英霊の飽和、価値の暴落。

全ては災害のサーヴァントの言わば知名度補正を行うためだ。

ダイダロスなどは、その最たる例だろう。彼は一介の技術者に過ぎず、通常の聖杯戦争において、数多の豪傑に匹敵するサーヴァントとは言えない。

だがオアシスで磨かれた力、そして手にした『災具』は、太陽に敗北した過去そのものを滅却する奇跡を起こした。

シグベルトもそう。ファフロツキーズという現象そのものに、克己災具を打ち込み、革命軍の勝利に大きく貢献した。

サハラの聖杯戦争、あの時とは比べ物にならない成長がそこにある。

そう、六の力が正しく合わされば、ディートリヒ・ヴェルバーを超えることは出来たかもしれない。

だが実際はそうならなかった。

ダイダロス、シグベルトは各々気ままな人生を謳歌し、死んだ。后羿もやがて、人類の可能性を前に破れ去るだろう。

災害の半分が死に絶える。これではもう、ヴェルバーを打ち負かすなど不可能。

輪廻はその結論を予測していた。これは運命なのだ。彼女にどうこうできるものではなかった。

クロノも当然理解しているが、六騎が協力するという想定にまず無理がある。

一人、何をどう足掻いても、団結できぬ者、真逆を行く者が現れる。

それこそが災害のアサシン、ナナ。

蛇王ザッハークを名乗る女は、その類稀なる魅力で、独自の新興宗教を確立した。

彼女だけ見ている方向が全く異なる。遠坂輪廻がお手上げな存在。

だから、輪廻はカナン以外の全ての災害の抹殺を企てた。

 

次に、そのナナ、と行きたいところだが、先に間桐桜への考察を挟む。

第四区博物館の館長、その正体は伝説の幽霊船メアリー・セレスト号。

副館長として潜入し、彼女を監視し続けたクロノが知る真実。

彼女もまたサハラのヴェルバーを認識し、別のアプローチを試みようとしている。

それが虚数海からの刺客だ。

一つ目が『三角海域の魔物(ルスカ)』

二つ目が『隣人』

まず一つ目に関しては、あらゆる情報が謎。

恐らく輪廻の言う『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』が鍵になってくるだろう。

管理者であるインヴェルディアが沼御前により殺害されたならば、今の管理権が誰に譲渡されているかで話は変わる。

博物館はこの禁忌に手を出した、と思われる。

続いて、二つ目も一切が謎の存在。

巧一朗はこれを、災害により打ち捨てられた英霊の集合意識、廃棄情報媒体と称していたが、それだけに留まるだろうか。

あくまでオアシス暦における英霊の存在消去。この世界そのものではない。

オアシスだけが異なる世界線を歩んでいる中で、虚数海にどこまでそのメカニズムが及んでいるのだろうか。

巧一朗がついぞ手にした力も、未知数である。

遠坂輪廻と間桐桜は、繋がっているようで、繋がっていない。

姉妹であるが、手を取り合う関係とは言えようもない。

もし二人が同じ正義を掲げていたならば、組織は二つも生まれておらず、ここまで時間のかかる話でも無かったはずだ。

となると、やはり第四区博物館ないし間桐桜の最終目標は、ヴェルバーの完全消滅。

そして、災害を全員殺すこと、だろう。

輪廻はあくまでカナンを守りたい。

だが桜は違う。第四区博物館は結局のところ、テロリスト集団だ。

 

閑話休題

 

ここからがある意味本題。輪廻が巧一朗とクロノを呼び出した理由。

災害のアサシン、ナナ。

彼女の目論見は輪廻の口から八割語られた。残り二割は、言わずもがなだろう。

 

ナナの最終目標は、言わば『人類巧一朗化計画』なのだろう。

サハラで巧一朗に出会い、恋に落ちたナナは、自身の計画を遂行する為だけに命を燃やしてきた。

 

彼女を考察する上で、まず考えておかねばならないことがある。

ここでとてもややこしく、面倒なのが、巧一朗がこの世に二人存在することだ。

 

一人目は今ここにいる、サハラのセイバーのマスターである間桐巧一朗。

二人目は既に死亡した、サハラのランサーのマスター?となった間桐巧一朗。

 

一人目は至極単純。サハラでセイバーと契約し、ヴェルバー復活の元凶となった罪深き男。

ミノタウロスにより命を救われ、第四区博物館エージェントとして復讐に生きている。

 

二人目は、途中まで同じものの、破滅的な人生を送った未来の巧一朗。

彼は相棒であるクロノやツキと共に災害と戦い(今のクロノにとって非常に癪ではあるが)天還の儀を利用して、タイムスリップを敢行した。

輪廻の言う、『変えられないもの』への干渉を行なってしまったのだ。

そしてサハラの地へと降り立った彼だが、セカイのルールとして、同じ人間は同じ時代、同じ場所、同じ時を過ごすことが出来ない。

故に外部存在の彼は、消滅を余儀なくされる。

だが命尽きる前に、ランサーであるブリュンヒルデを媒介に、新たなる英霊、グズルーンを召喚。

そして元の虫として砂漠の塵になった彼を、ナナが回収したのである。

そう、ナナは一人目の巧一朗に恋をして、二人目の巧一朗の死を目の当たりにした。

彼女は愛する巧一朗を失い、絶望に打ちひしがれたのだ。

故に、この桃源郷で彼女は、虚行虫の培養を行い、彼の遺体を元に、理想的な蟲蔵を製造した。

開発都市第五区という名の蟲蔵を。

人間になるために奔走した彼が、決して孤独にならない為に、世界そのものを人間と虫の共存する夢幻へと作り変えようとしている。

 

「病んでいるな。」

 

クロノはぼそりと呟いた。

輪廻もそれには黙って頷いている。

 

「ちなみに輪廻、一つ質問がある。君が言っていた、ナナの妊娠機能に関してだ。彼女はあくまで英霊であり、子を孕むことができない身体の筈だ。人間の体液と、恥部に用意した虚行虫の卵子の結合により新たな命を獲得する、魔術的と言えなくもないが、実際に誕生するのは極めて人間に近い存在だろう?巧一朗から先ほど聴取した間桐桜の出産の過程を踏まえても、彼女に可能であるとは思えないが…………」

「ええ、そうね。でも彼女が人間ならば、話は変わるでしょう?」

「人間?」

「ふふ、そう。ナナはね、既に『受肉』しているの。」

「何だと?」

 

英霊の受肉。

仮受肉用肉体の使用?だが、機械人形に生殖機能は備わっていない。仮に技術があっても、出生を管理する災害がそれを許さない。

ならば、本物の人間の肉体?

そんなもの、どこでそう用意して…………

 

「まさか、まさかな、はは、そういうことか。とんでもない女だ。」

「理解した?」

「ああ。私も革命聖杯『ROAD』を用意した側の人間だからな、分かるよ。ナナは、聖杯戦争をしたんだろう?」

 

彼女は配下に、七人のヴェノムサーヴァントを従えている。

そう、彼らの命を利用したのだ。

七人のヴェノムを殺し合せ、最終的に己の願いを叶えた。

贋作の聖杯、願いの規模は広くない筈、もしかするとヒト一人の身体そのものを利用したのかもしれない。

今のアサシンは、英霊であり、生の人間なのだ。

そして、妊娠機能を獲得した。末恐ろしい執念である。

 

ナナの『人類巧一朗化計画』の概要はこうだ。

まず彼女は、旧日本国上で四国と呼ばれる断絶の島を領土として選択した。

他の災害からの干渉を受け難い他、頭上には開発都市第一区(旧日本国における中国地方付近)があり、ライダーを監視しやすい位置である。

身体障碍者、精神障碍者を集め、救いの王として鎮座。

人々にとっての精神的支柱、崇められる対象となり、効率的に幻惑(チャーム)を行える。かなり昔の段階から緻密に計算立て、繰り返し交配を行なってきたのだろう。

やがて生まれる蟲人間たちは適正者と呼ばれ、縫合魔術の基礎を身につけた個体として国の軍事力強化に貢献する。

幸いこのオアシスには多数の聖遺物が存在している。教団はこれを秘密裏に回収し、改良した。

ヴェノムアンプルとは、英霊の力を合理的に抽出するシステムなのだ。

そうして生まれる、言わば擬似サーヴァントを利用し、贋作の聖杯で願いを叶えた。

彼女の意志の終着駅は、巧一朗の復活か、はたまた、無数の子ども達との楽園創生。

盲目な教団員は、きっと何も知らないだろうな、とクロノは溜息をつく。

 

「ところで、巧一朗はこの物語をどう捉える?」

 

自らの知らぬところで、神に等しい乙女が狂信的な愛を貫き、あまつさえ世界を滅ぼそうとしている。

その事実は到底受け入れられるものではないだろう。

そうクロノは同情したが、巧一朗の反応は予想していたものでは無かった。

 

「え、あぁ」

「君は何故赤面している?」

 

知恵熱でも無いだろう。

彼はそう、照れている。女に好意を向けられて中学生のような反応を示している。

これにはクロノも頭を抱える。対する輪廻はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。

 

「いや、だって、俺の正体を知って、それでも好きでいてくれる人がいたなんて…………」

「どう考えても常軌を逸しているだろう?過去に惚れ込んだ男と結ばれることもない癖に、妊娠と出産を繰り返している女だぞ。女というのも烏滸がましい。バケモノだろう、アレは。」

「確かに、ちょっと驚きではあるが…………サハラで俺は彼女と出会っていたんだな。記憶がすっかり抜け落ちている。惚れられるような振る舞いをした覚えはないけど。」

「まぁ、ナナも普通の恋愛には飽き飽きしていたのでしょう。巧一朗という存在が、彼女には刺激的だったんじゃないかしら?」

 

輪廻は修学旅行で同級生の恋バナを聞くようなスタンス。

オアシスの真の神らしき人物のお茶目な姿に、クロノも肩をすくめる他なかった。

 

「でも、俺がアヘル教団のやり方を認めるわけにはいかないな。俺の守りたい人が、きっと守れなくなる。」

 

最初に、巧一朗の脳裏に浮かんだ人物は、二人。

愛する想い人の魂が宿る、キャスター。

そして、もう一ヶ月近く言葉を交わしていない、美頼。

他にも、鉄心や充幸など次々と現れる。

第四区博物館、彼にとっての居場所。

もう蟲蔵が彼の故郷ではない。彼には命を賭けても守りたい、帰る場所がある。

 

「クロノ、輪廻……さん、俺はアヘル教団と戦う。災害を殺すという、俺の意志は変わらない。俺は第四区博物館のエージェントだ。」

「そう。それが間桐巧一朗の選択なのね。」

 

輪廻は目を瞑り、再び紅茶を口に含んだ。

クロノは巧一朗に向けていた視線を、自身のティーカップに戻す。

揺れる液体に映る、白い髪、黒い眼。

災害のアーチャーではなく、言峰区クロノとして、彼はどう生きていくべきか。

巧一朗の選択は、実に人間らしいと言える。

守りたい者を守り、倒すべき敵を倒す。

クロノにも、同じ意志が宿っていた。だが、それも過去の話だ。

マナへの忠誠心が消え去った訳では無い。だが、運命を変革する筋書きは、彼には少し荷が重かった。

今は、どうだろう。

守りたい者はいない。倒すべき敵もいない。

ファフロツキーズは死に、彼は生き残った。

ただの人間に、何が出来るだろうか。何が残されているだろうか。

この燻んだ心の内も、輪廻は見透かしているのだろう。

 

「話の続き、しましょうか?」

 

俯き思考するクロノを気遣ってか、輪廻は話題を戻した。

災害のアサシンの目論見は凡そ共有できたと言える。

では、都信華という一人の人間の奇譚に再度スポットライトを当てよう。

 

「非適正者、アヘル教団研究者、アングイスの死がきっかけで職を失う。一言で表すと『可哀想』な女だが。」

「俺が戦ったときは人間を辞めているような感じだったけど、今のところは記憶の彼女と乖離している気がしてならない。」

「そうね。イーター実験の第一人者だったけれど、もし大成していたとして、非適正者だから手柄はヴェノムサーヴァントに奪われていただろうし、現実は事故のせいでクビだし、まぁ正直、可哀想よね。」

 

現状、巧一朗とクロノの中で、信華は平凡そのものだ。

この女性がやがてアヘル最高幹部として名を馳せるようになるとは到底思えない。

 

「というか、輪廻…………さん」

「輪廻でいいわよ。」

「えっと、輪廻、イーター実験の唯一の生還者、俺の知っている人間だ。━━━━知っているなんてものじゃないな。」

「鶯谷鉄心のこと?」

「あぁ。第四区博物館の仲間だ。俺の、トモダチだ。」

「そう。でも、巧一朗は彼の素性を知らなかったのね。テロ組織だから、仲間といえど深い関わり合いは避けていたのかしら?」

「……………そうかもしれないな。俺はあいつのことを何も知らない。鉄心だけじゃなく、美頼も、鬼頭教官も。俺は自分のことを知られるのが嫌で、無意識に避けていたのかも。」

「そうね。でも、全てを理解し合うものだけが仲間ではないでしょう?時には『知ったかぶって』あげるのも、大事なんじゃない?なんとなく理解して、それとなく手を取れる。それもまた友人関係には必要よ。まぁ、私にはそのようなヒトはいないのだけれど。」

「…………災害のライダーは…………カナンはそうでは無いのか?」

「まぁ、そうね。」

 

輪廻は言葉を濁す。

彼女自身、やり直してきた過去を踏まえ、数千年の時を経ても、未だ理解のし難い男。

神を否定する呪いが、神に等しき彼女を主人とする。

いつか裏切られる日が来ると、そう思っていた。

彼女はここまで辿り着く間に、何度も彼を見捨ててきた。

だが、カナンの信念は決して変わらない。

彼は絶対に仲間を、民を、裏切らない。

だから、彼女は彼のみをオアシスの導き手として選んだのだ。

ダイダロスが退去した今、完全な形で願いを叶えることは出来ないかもしれないけれど。

 

「遠坂輪廻、君はつくづく謎だな。私も、巧一朗も、災害に仇をなす存在だぞ。仲間に引き入れようなどと…………」

「一緒よ。私も災害を葬るために計画を練っている。変わらないわ。カナンは、災害じゃない。ただの三流英霊よ。」

「本気で言っているのか?」

「ええ。彼は脆く、弱い。災害の名はとてもじゃ無いけれど、似合わないかな。」

 

輪廻は少しばかり、寂しそうな表情を浮かべていた。

巧一朗には彼女の心の内が理解できるはずもない。

だが今の彼には、人並みの気遣いが出来た。

 

「えっと、俺のせいでまた話が脱線してしまったな。すみません。えっと、信華の話だけど…………」

 

巧一朗は輪廻から語られた情報を元に、推察する。

ヴェノムイーター実験は、アヘル教団の軍備強化を目的とし執り行われた。

加えて、非適正者の中から、新たなる適正者を選出する意図もあったのだろう。

夢の第一歩に踏み出した訳だが、イーター実験は何者かの介入により座礁する。

これまでの内容を鑑みるに、保守派の『ムブニル』勢力によるものだろう。

多くの死者を出した実験は当然頓挫、責任を負わされたアングイスは自ら命を絶った。

そして信華は研究者の道を諦めることになる。

だが、輪廻が言うところには、アングイスは何者かに殺害されたのだと。

信華という人間に焦点を当てるならば、今は事件の真相は必要なさそうだが。

キャスターならば目を輝かせていただろうに、と巧一朗は思う。

 

「ここから信華がなぜ、教団の左大臣の席まで上り詰めたのか…………俺の所為じゃなければいいんだけどな。」

「あら、どうして?」

「信華はきっと、普通の人間『だった』んだろう?俺と同じ虫である間桐エマという少女が信華の肉体に入り込んだことで、何かが変わってしまった。そう思うしかない。」

「それは私も考えていた。だが輪廻、エマは何故、ナナのお膝元から姿を消し、非適正者である信華に寄生したんだ?蟲人間の生態なのか?」

「いや、そもそもナナの子ども達には立派な『個』としての機能が備わっている。巧一朗同様に、人間とほぼ変わらない生活を送ることが出来るわ。エマだけが特殊な行動をした。一体誰の分泌液を使用したかはわからないけどね。」

「エマだけが?」

「エマの行動は、母体回帰に近いでしょう。彼女は生まれ育ち、一定の知性を得た後で、最も安らぎのある場所へと帰ろうとした。自身が生まれてきたことに恐怖し、この世界そのものに嫌悪し、生まれてくる前に時間を戻すが如く。」

 

それならば、何故ナナではなく、信華を選んだ?

クロノと巧一朗は同時に言葉を発そうとし、それを飲み込む。

輪廻が口元に人差し指を立てていた。

静かにしろという合図。

彼女の突然のジェスチャーに、二人は理解が及ばない。

 

「なんだよ、輪廻。」

「ごめんね、話の途中で。来客があったみたい。」

「来客?」

 

クロノと巧一朗は気配を察し、同時に振り返る。

背後からゆっくりと近付く影。

輪廻は、彼女の到来を待ち侘びていた。

 

「な………………」

 

巧一朗は絶句する。

だが、当然といえば、当然なのだろう。

アヘル最重要機密である腕を餌に、輪廻が第一区博物館へと呼び出したのだから。

彼女が来るのは既定事項。

 

「いらっしゃい。都信華さん?」

 

輪廻は立ち上がり、深々とお辞儀をする。

ティーパーティーに呼ばれていたのは、男二人だけならず。

室伏ネムと別れを告げた彼女が、誰にも言わず、この深層界曼荼羅に単独で辿り着いた。

否、招かれた、が正しい。

巧一朗は立ち上がり、即座に拳を構えた。

 

「右腕、返して頂けますか?」

 

信華は淡々としている。

この異常な空間に対し、一切の驚きがない。

感情が、無いのだろうか?

 

「ごめんね。すぐには返せない。貴方に話がある。」

「私にはありません。」

「冷たいなぁ。紅茶の一杯くらいの時間をくれてもいいじゃない。」

 

輪廻はわざとらしくむくれてみせた。

可愛らしい反応だが、凡そ殺人兵器の前で晒す表情ではない。

輪廻には敗北しないというビジョンが見えているのだろうか。

彼女は巧一朗に、信華を仲間にするか、それとも殺すかの二択を迫った。

だが定められた運命を知る立場にいるならば、輪廻は巧一朗の選ぶ道を理解しているのだろう。

この深層界こそが、二人の戦いの間。

 

「なぁ、信華、教えてくれ。」

 

巧一朗は袖を捲り、右腕に刻まれた令呪を露出させる。

信華の右腕にも同じ紋様が刻まれている。

そのことを、彼女は知っているのだろうか。

信華は彼を見ても、表情ひとつ変えなかった。

 

「巧一朗、先日ぶりです。またお会いできて嬉しい。で、何を知りたいのですか?」

「あんたは、何者だ。何故、そうなってしまった?」

「そう、とは?」

「研究者じゃなく、虐殺兵器と成り下がった理由が知りたい。俺の…………所為なのか?」

「貴方の所為?私と貴方はつい先日初めて会ったばかりですよ?」

「アヘルが、そうさせたのか?ナナが、貴方を変えてしまったのか?どうして━━━━」

 

巧一朗は感情のままに言葉をぶつける。

もしアヘルが彼女を変えてしまったならば、それは巧一朗の責任でもある。そう認識した。

彼女だけじゃない。第五区には数えきれないほどの被害者がいる。

間桐巧一朗が、運命に抗った罪、そして与えられた罰。間接的と言えど、本物の『災害』を生み出したのは、巧一朗なのだ。

だから、もしも信華が狂わされたのならば、まずは謝らなければならない。

そして叶うならば、仲間に━━━━

 

「何も、知らないのですね。巧一朗。」

「え?」

 

信華は初めて、表情を変える。

それは、哀れみの感情からくるものであった。

そして刹那、一秒にも満たない時間で急接近した信華は、巧一朗の腹部に拳を突き立てる。

勢いのままに貫かれ、彼の臓器は辺り一面に散らばった。

 

「な………………」

「どこまで聞いたのですか?私の話は。」

 

口から多量の血液を吐き出す巧一朗が質問に答えられる筈もない。

いそいそとテーブルの後片付けを行う輪廻が代わりに声を発する。

 

「研究者を辞めて、婚約を決める辺り、かしら?」

「ああ。でも、クライマックスは間近ですね。ここからは私が代わりに語り聞かせてあげます。もっとも、生き残ることが出来ればの話ですが。」

 

輪廻はクロノの手を引き、深層界曼荼羅から脱出した。

残されたのは信華と、息絶えそうな巧一朗のみ。

信華は二人を追うことはせず、あくまで好敵手と認めた巧一朗のみに敵意を向ける。

ぽっかりと穴が空いた巧一朗を蹴飛ばすと、物語の続きを語り始める。

 

【信奏編⑧『考察』 おわり】

 

 

 

【信奏編⑧『遠坂杏寿』】

 

「ニョッカちゃん、先の事件の目撃者を連れてきたわ。」

「サンキューちゃんだヨ、ショーン!」

「それがまさかの、わたくしの知り合いだったわ。どうぞ中へ」

 

一般開放されたマージナル支部のエントランスに訪れたのは、ショーンと、アングイス事件の目撃者二名。

ニョッカの指示で連れて来られた非適正者の老夫婦は、初めての場所に戸惑いを隠せないでいる。

 

「ニョッカちゃん、こちら松岱文也さんと、その奥様の夕子さんよ。」

「あれ?松岱って…………」

「そう、信華ちゃんの恋人、連也さんのご両親。たまたま事件の日に、彼女の家の前を通りかかったらしいわ。」

「マジか…………とりあえず今日はよろしくネ。」

「ほ、本日は、よ、よろしくお願いします。」

 

文也と夕子は困惑しつつも、深々と丁寧にお辞儀する。

実の娘のように愛している信華が、アヘル中枢部の研究室で仕事をしていた事実、今更ながら、彼らは彼女へ尊敬の眼差しを向けた。

目の前にいる二人のヴェノムは、信華の仕事仲間で、かつ親友であると聞く。

才能のない非適正者である松岱の家に入ってしまうには惜しい人材であると、老夫婦はどうしても考えてしまった。

 

「それで、事件の夜、お二人が見たものについて、詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 

ショーンは緊張する二人を気遣い、早速本題へと移った。

この場所にいつまでも彼らを居させるのは可哀想だと思った。特に今は、適正者と非適正者に大きな溝が生まれているが故に。

 

「私たちはアングイス様の邸宅の前で、黒いパーカーを着た男を見ました。ドアを開けた彼女が、男を家へと招き入れていた。知り合いなのかもしれません。」

「招き入れていた…………ちなみにどうして男だとわかったのかしら?」

「いえ、まぁ、顔を見たわけではありませんが、何となく。肩幅もありましたし、身長も低いわけでは無かったので。フードを被ってはいましたが、その身なりから、何か格闘技をやっていることは想像できましたから。」

「道場の元師範と、その奥様が言うのだから間違いないわね。それにしても、侵入したのでは無く、アングイスが犯人らしき人物を招き入れていたとは。」

「はっきりとは分かりませんが、アングイス様の表情が曇っていたように思えました。会いたくない人物だったのか…………」

 

ショーンは犯人の像を想像してみる。

まずアングイスが自宅に上がらせていることから、彼女の関係者であることは判断できる。

ならばヴェノムの誰か、または非適正者団体の誰か。

いや、非適正者団体の星であり統率者である彼女が、仲間の顔を見て表情を曇らせる筈もない。ならば同じセントラルのヴェノムである確率が高い。

ヴェノムセイバー『ヴィボラド』、ライダー『フショウ』、アサシン『サルムス』辺りの男性ヴェノムが臭いか?

だが、フショウとサルムスは……………………

もしマージナルの訓練生も含めれば犯人となり得る人物が一気に増えてしまうだろう。考察をしても仕方がないことなのかもしれない。

 

「ちなみに、アンジュ様からも聞いていいかナ?」

「な、何でしょう?」

「今ここにショーンが立っているけれど、このショーンに比べてどれぐらいの身長だったかナ?」

「え、えっと」

 

夕子は恐る恐る立ち上がり、ショーンをまじまじと見つめた。

彼は身長百九十を超える大男である。夕子は記憶を遡りながら、彼の胸元あたりを指した。

 

「えっと、これくらい?」

「なるほどネ、ありがとうデス!」

 

ニョッカは軽く会釈をして、会話を終わらせる。

そして目撃者はもはや用済みと言わんばかりに、二人を自宅へと帰した。

もっと聞くべきことがある筈だと、ショーンは訴える。

だが、彼女は聞く耳を持たなかった。

ニョッカは脱ぎ捨てていた白衣を纏い、自身の研究室へと戻ろうとする。

 

「ちょ、ちょっとニョッカちゃん!?」

「何だい、ショーン。」

「事件のこと、これで進展したのかしら?」

「うーん、さっぱりだネ。アンジュ様はそもそも医者だ。探偵じゃないシー。」

「じゃあ何で呼んだのよ、もーーー!」

 

ショーンは呆れ返るも、ニョッカの顔を見て察した。

彼女はいつになく神妙な面持ちであった。

今のやり取りだけで、恐らく少女は真相へと辿り着いたのだろう。

 

「ニョッカちゃ…………」

「さて、アンジュ様はマイルームに戻るヨ。ショーンは研究員の再雇用の件、進めなきゃだロ?」

「あ、そうだわ、そうそう、やらなきゃ!」

「信華、戻って来れるといいナ?」

「………………………………ええ」

 

適正者である二人と、非適正者の一人。

同じ志を持つ者が、再び交わる道はあるだろうか。

 

 

深夜

暗闇の山道を一台のワゴンが走る。

砂利道を通る振動で目を覚ました女は、まず先に後頭部の痛みに襲われた。

首元まで流れ落ち、固まった血液。

どうやら状況把握するに、彼女は何者かに襲われ、車で拉致されたよう。

首筋まで伸ばした右手に付着した血液が物語る。

理解が進むほどに、恐怖心に苛まれた。

 

「(ここはどこ…………?)」

 

車中であるが、とにかく暗い。

夜間であることと、スモークフィルムが張り巡らされていることが起因している。

徐々に目が暗闇に慣れ始める頃に、彼女は隣に座る男に気が付いた。

彼女の愛する男がそこに座っている。

女はこのような状況でも冷静だった為、運転手に気付かれないよう、男の肩を揺らした。

起きる気配はない。

最悪の未来を想像し、その肌に触れることが出来ない。

焦りが強くなる。

肩に置いた手が震え始める。

どうか、眠っているだけでいて欲しい。

どのような形であれ、先立たれるビジョンは想像したくない。

だが女の願いは、いとも簡単に断たれる。

前輪が石を踏みつけた反動で、車体が一瞬傾いた。

衝撃で男は女の方へと倒れ込む。

彼女が彼を支えたその時、彼の硬直した冷たい身体に触れてしまった。

そしてこれまで平静を保とうと努めていた女は発狂する。

 

「きゃああああああああああああ」

 

昨日まで食卓を囲み、笑い合っていた愛する夫の死を、受け入れることは出来ない。

女の声を聞き、運転手は直ちに車を停めた。

二人とも仲良くあの世へと送ったはずだが、どうやら片方を殺し損ねていたらしい。

運転手、否、犯行に及んだ人物は、やれやれと溜息をついた。

山間部、誰も来ないその場所で、犯人は車を降り、後部座席の戸を開いた。

女は犯人の姿に見覚えがある。

ヴェノムアーチャー『アングイス』が命を落とす前日に、彼女の家を訪ねていた黒フードの男。

 

女、即ち『松岱夕子』と彼女の夫『松岱文也』はその目撃者であったのだ。

 

犯人の目的はただ一つ。彼らの口封じであろう。

文也は既にハンマーかそれに類する何かで後頭部を殴打され、既に死亡。

夕子は致命傷ではあったが、それでも目を覚ました。

彼女は文也の遺体を抱きながら、必死に命乞う。

どうして、殺されなければならないのか、解決することの無い問いに苛まれながら。

だが、全てが無意味である。

犯人たる人物は、夕子に覆い被さると、手に持っていた凶器を頭蓋へ叩きつけた。

飛び散る血液。衝撃で大きくのけ反る身体。

だが夕子は最後の力を振り絞り、犯人のパーカーへ手を伸ばし、引き延ばす。

誰が、二人の幸せを奪ったのか。

誰が、誰が、誰が━━━━━━

 

「え……………………」

 

フードがめくれ、その顔が明らかになる。

夕子は絶句した。

この場所で、このような行動をするはずのない人物。

あり得ない光景。

意味が、わからない。訳が、わからない。

夕子は目を丸くする。

犯人は一言も発さず、片腕で首元を押さえ込んだまま、再度凶器を振り下ろした。

夕子の命の灯火は掻き消える。

松岱夫妻は同日に何者かの手によって殺害されたのだった。

 

「……………………」

 

犯人は再度、フードを深く被り直し、運転席へと戻る。

これまで数多の人間を殺し、死体を遺棄してきた、いつもの場所へ、車を走らせた。

もはやどのような感情も湧いてこない。

あるのは、生温かい感触のみ。

 

【信奏編⑧『遠坂杏寿』 おわり】

 

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