Fate/relation   作:パープルハット

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信奏編完結まで、あと3話!!!!
誤字等ありましたらコメントにて連絡ください!


信奏編9『真相』

「ねぇ、ナナ(マスター)」

「なぁに?沼御前」

「わらわね、とっても面白い情報を仕入れちゃった!」

「聞かせて?」

「二週間前、マスターとわらわが出会った『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』の、管理者の話。」

「管理者?えっと…………」

「マクベル・インヴェルディア、わらわが管理権が欲しくて勢いあまり殺してしまったけれど。」

「あぁ、彼がなにか?」

「彼、インヴェルディア第四の血族を名乗っていたの。でも、調査していると、インヴェルディアには『遠坂』『マキリ』『アインツベルン』の三家しか血統が存在しないことが判明したわ。確かに、始まりの聖杯は四人の子を産み落としたのだけれど、幻の四人目は禁止区域を守るのは荷が重かったようで、早々に死んで、跡継ぎが途絶えたみたい。」

「まぁ、一介の人間が生きられる場所では無いわよね。」

「『三角海域の魔物(ルスカ)』しかり、逸れサーヴァントしかり、脅威は数多存在するわ。開発都市オアシスにこれらが溢れたらどうしようもない。箱庭の扉を施錠する役割は、誰かが背負う必要があるわよね。だから、インヴェルディアの御三家は考えた。どうやって、楽園の神主、または巫女を創出するか。」

「楽園の神主、よく言うわ。ただの生贄じゃない。」

「そうとも言うわね。方法はとても簡単だった。三家のうち、家督を継がない次男、または次女が生まれた家から一人選び、その役割を押し付ける。選ばれた者は、親とも、兄弟とも、友人とも二度と会えないまま、あのセカイ唯一の人間として、命尽きるまで管理者としての責務を全うする。」

「孤独、ね。」

「マクベルは自尊心を保つため、第四の血族の誇りを胸に生きていた。ふふ、自分は家族に追放された逸れ者だと認識することが出来なかったのね。わらわに出会って、少しは孤独を洗い流せたかしら?」

「命を奪ったのも、あなただけれどね。」

「ふふふふ、そう、それで、マクベルなんて死んだ人間の話はどうでもいいの!彼が死んだことにより、新たな犠牲者が生まれた。マキリ家の次男坊である『ブレット・インヴェルディア』があの世界の新たなる管理者に着任したのよ。」

「ふぅん、それで?」

「ねぇ、このブレット、三家に隠れて、教団に取り込めないかしら?殺しても管理権は奪えないなら、アヘルに入信させて楽園との仲介人にすればいい。あの楽園には数多の『幻想』が詰め込まれている。わらわが提唱した妖怪アンプルの作成も捗りそうだし、大幅な軍備強化になるでしょう?」

「アヘルに?」

「ええ。マスターの手にかかれば、二秒で絆されるわよ。もし御三家や、他の災害が怪しんだならば、箱庭での事故に見せかけて殺してしまえばいい。彼らは孤独なの、救いが必要よ。ナナという救いが。」

「あら、貴方にしては良い案じゃない?事故に見せかけて……の件を除いて、懐柔という暴力的ではないところが貴方らしくなくて好きよ。」

「決まりね。あの美しき楽園はアヘルのものよ。」

「凄く嬉しそうね。」

「ええ。『完全災禍ソラナキ』への第一歩、だもの。」

 

【信奏編⑨『ダリアかマリア』】

 

ここは『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』と呼ばれる楽園。

彼は、少なくともこの場所を楽園と認識している。

小鳥の囀りで目を覚ます。

折れた大木を枕にかれこれ三日間は眠りこけていた。

彼は気怠げにその身を起こす。

手入れされていない白髪を掻き毟りながら、大きく欠伸。

陽の光がえらく心地良い。このセカイは、『生前』に比べて平穏そのものだ。

争いがない、訳ではないが、彼の睡眠を阻害するものがいない。

何故自身がこのような土地で召喚されたのか不明。マスターと呼べる人間もいない。

聖杯戦争の無い箱庭で、彼は意味のない第二の生を謳歌する。

この土地の支配者である『三角海域の魔物(ルスカ)』はどこかへ消え去った。

残されたのは幾つかの聖遺物と、彼のような逸れ者のみ。

外への憧れは無い。彼にとっての桃源郷はまさにこの場所。

開発都市オアシスには、源氏や平氏が呼び出されている。

彼らには、出会いたくないものだ。

 

「なぁ、『阿久良王(あくらおう)』……」

 

彼は、彼の名を呼ぶ声を聞いた。

見渡さずとも分かる。格の低い物怪共だ。

彼、即ち『阿久良王』は妖鬼の大将として名を馳せた伝説の反英雄。

妖怪たちは、何かコトを成す前に、必ず挨拶回りに現れる。ご機嫌取りとも言っていい。

強者のお伺いを立てることこそ、彼らがこの箱庭で生きていくための処世術だ。

 

「これから我々は、この箱庭の管理者とやらをぶち殺しにいく。」

「自由を手にする為、か?」

 

阿久良王の問いかけに、彼らは頷いた。

ルスカが消失した今、これほど住み心地が良い場所もあるまい。

だが、阿久良王以外の全生物が、外へと出たいと夢見ている。

災害の英霊が管理する地獄と知りながら、それでも。

阿久良王は大きく欠伸をし、目を伏せた。

好きにするといい、そういう合図。

彼は彼らに干渉しない。くだらない第二の命、どう使おうが己の勝手。

阿久良王がもしも、外を目指すというならば、それは田村麻呂が呼ばれた時だ。

 

「人間の肉は、我々が余さず食う。いいな?」

「おぅおぅ、好きにしやがれ。魔力で編まれた肉体だ。腹は空かん。」

 

数十の妖怪たちは、群れを成して管理者の元へ歩き出す。

ただ一人の人間によって自由を奪われていることが我慢ならないのだろう。

禁止区域のお目付役である女、阿久良王もその顔は知らない。

名前は、なんだ?ダリアだったか?マリアだったか?

 

「俺の平穏が保たれればそれでいいが、はてさて」

 

阿久良王は手に持った短刀で、爪の手入れを始めた。

今日はどのようにして、日常を使い潰そう。

欲に塗れた己という鬼を押し殺し、

乾いた心に気付かぬよう。

今や人道も鬼道もないと、そう告げたら。

田村麻呂は、きっと笑うのだろうな。

 

「えらく腑抜けたものだな、俺も。」

 

暫くして、阿久良王の耳に、いくつかの悲鳴が響いた。

つい今しがた出会った妖怪たちの断末魔。

同じ志のものに食われたか、それとも管理者に始末されたか。

後者ならば、おっかないものだ。

 

「俺もいよいよ、楽屋挨拶に向かう頃合いさね。」

 

敢えて当世風の言葉で表現してみる。

悪い意味での御礼参りとは違う。死した者どもは百鬼夜行の仲間ではない。

管理者という上位存在をこの目で確かめる。

ただそれだけ。

阿久良王は楯突くつもりが無い。

それがどれほど意味のないことかは知っている。

 

「好奇心は猫を、否、鬼を殺しかねんがな。それもまた一興か。」

 

【信奏編⑨『ダリアかマリア』 続く】

 

 

 

【信奏編⑨『真相』】

 

アングイス事件から、はや二ヶ月。

アヘル教団、並びにそれを取り巻く環境は劇的に変化した。

非適正者の希望の星だった彼女が死したことで、適正者、並びに教団との溝は深まるばかりである。

弱小組織である『アヘル被害者の会』は事件を契機に勢力を増し、アヘル政治の解体、並びに災害のアサシンの殺害にまで思想が及ぶようになる。

内部抗争は激化し、巻き込まれたヴェノム『フショウ』『サルムス』が命を落とした。

何がどうして、こうなってしまったのか。

身の危険を感じ、自身が有するシェルターへと避難したムブニルは、自身の過ちをようやく理解した。

彼女は、イーター実験の直前に沼御前独自の研究室から妖怪アンプルを奪取し、潜り込ませていた手下の研究員に明け渡した。

全ては適正者の未来を守るために行なったことだ。

そして、愛する我が子、ウラルンをアヘルの中核に据えるために。

ヴェノムイーターなどという紛い物を、量産してはならない。

適正者と非適正者のバランスを変えてはいけなかったのだ。

彼女は今も、自身の行いを正当化しようとする。

だが、アヘルがこうなってしまっている以上、責任を感じるのは当然。

左大臣の席でありながら、四畳半の閉鎖空間に身を置くことになっている。

彼女は親指の爪を噛みながら、カタカタと震えていた。

 

「そんなに震えて、ここは寒いかい?左大臣サマ。」

「ヴィボラド…………」

 

ムブニルはボディガードとして、アヘル最高戦力のヴェノムセイバーを連れてきた。

思想が同じ二人。そして置かれた現在の境遇も同じである。

ヴィボラドもまた、好き放題暴れ回ることが出来なくなった。

第五区の秩序のため、災害のアサシンより非適正者の粛清が禁じられたのである。

以前より、自身の地位を利用して、非適正者の女性を強姦していた彼は、とりわけ被害者の会から恨みを買っている。

彼が今この情勢で動き出すと、彼らとの全面戦争に成りかねない。

蛇王ザッハークを崇拝するこの男が、命令に逆らう筈もなかった。

なお、マージナル支部の若き肢体を食っているのも事実だが、適正者と遊ぶことは禁じられていないのでご愛嬌である。

 

「人肌で温め合うのが良いと聞きますぜ。」

 

ヴィボラドは纏ったハワイアンなシャツを脱ぎ捨て、美しき筋肉を露わにする。

ムブニルは自身の胸元を隠すように三角座りをし、目線を逸らした。

今回、ムブニルを守護する条件として、ヴィボラドが提案したのは、男女の営みだ。

これまで、ムブニルは一度たりとも彼にその身を委ねることが無かった。

彼女は高潔なる人種、その白き肌は今は亡き夫と災害のアサシン以外に晒したことがない。

これまでも、そしてこれからも、そう思っていた。

 

「ヴィボラド、やはり思い直してくださるかしら?」

「思い直す?」

「わたくし、今年で四十二なの。貴方が好む若さを持ち合わしてはいない。娘も、いるし。」

「あん?娘さんを俺にくださいと言って、拒否したのは左大臣サマでしょうが。」

「そうですけど…………すみません、生娘のような…………」

 

ムブニルは顔を赤る。

災害の愛とは別の、子孫を残すための営み、いつぶりのことだろう。

今は緊張より、恐怖が優っている。

ウラルンには、このような姿を絶対に晒したくない。

いつまでも、彼女の尊敬する母親でありたいと願う。

だから、見ていないところで、恥も外聞も捨て、大切な一人娘を守る。

ムブニルは覚悟を決め、衣服を脱いだ。

 

「冗談だよ。左大臣サマ、いや、春風(はるかぜ)、俺はずっとアンタだけを愛している。」

「あら、ベッドの上での決め台詞?殺し文句はわたくしに通じませんわ。」

「本当だ。マージナルで俺を見初めてくれた時から、ずっと。」

 

ヴィボラドはムブニルへと覆い被さり、半ば強引にその唇を奪った。

彼女は左手で自身の胸元を、右手で恥部を隠しているが、それもきっと時間の問題。

口元へ集中する間に、彼が彼女の防御をゆっくりと外していく。

唇が離れる頃には、全てが顕になっていた。

 

「ウラルンの件は本当に冗談だ、俺は最初から春風にしか興味がない。」

「………………」

「こんな事態になって良かったと、思ってしまっている俺がいる。ずっと俺はアンタだけを想っていた。これから先も俺はアンタだけは守るつもりだ。」

「本当、口だけは達者ね。坊やの癖に。」

 

ムブニルはどうにも単純な女であるらしい。そう自覚した。

彼の甘い言葉に、身を委ねてしまおうと思っている。

吊り橋効果、というものなのだろうか。

不思議な高揚感が彼女の心を支配した。

だがその時、彼女は不意に思い出した。

先日、災害のアサシンの部屋、その地下室で目撃したものを。

母を欲する無数の子どもたち、ムブニルの子であると伝えられた間桐ジョウキ、彼の正体。

ムブニルの眼に映り込む『蟲』

フラッシュバックした途端に、ムブニルはえずき始める。

 

「お、おい、どうした?春風?」

「うぅぐ」

 

彼女はヴィボラドを押し退けると、布団の上に胃から込み上げたものを吐き出した。

視界と共に、絶対的な存在への忠誠心もまた揺らぐ。

偉大なる教祖の愛が、いつだってムブニルを救ってきた。

夫が死んだときもそうだった。

決して変わらない信仰心、左大臣の席に上り詰めるほどの想いが、いとも容易く崩れ去ろうとしている。

 

「大丈夫か?」

 

背中を優しく摩るヴィボラドに、ムブニルは堪らず抱きついた。

彼としては嬉しい限りだが、どうにも様子がおかしく見える。

何があったのだろうと彼は思案する。

 

「春風?」

「ヴィボラド、わたくしを愛しているというのは本当?」

「あ、あぁ、当然!」

「もし、もしも、災害のアサシンへとわたくしを天秤にかけるなら、それでも、わたくしを選んでくれる?」

「え、ええ、何だそれ?」

「答えて」

 

顔を上げたムブニルの瞳には涙が滲んでいた。

だがそれよりも、彼が恐怖を感じたのが、彼女の瞳の奥だ。

光が消え、漆黒に染まった目は、心を病んでしまった人間のもの。

彼には計り知れない闇を、ムブニルは抱え込んでいる。

 

「━━━━俺は、アンタを選ぶ。アンタだけを愛していると言っただろう。男に二言はねぇよ。」

 

ヴィボラドは考えた末に、そう結論を出した。

ムブニルを愛しているのは本心からだ。もし彼女が手に入るならば、それ以外の女はかなぐり捨てる。

それがたとえ、災害のアサシンであっても。

 

「なら、第五区を離れて、第六区に亡命すると言ったら?」

「は?」

「もしもの話よ。もし左大臣の席を解任されたら、きっと第五区にはいれないだろうから。」

「解任って………」

「ごめんなさい、取り乱して。大丈夫、冗談よ。冗談だから。」

 

呼吸の浅い彼女を、ヴィボラドはゆっくりと抱きしめた。

理由は分からないが、彼女は何かに怯え、苦しんでいる。

なら、せめて落ち着くまでは傍にいるべきだ。

 

「ありがとう、ヴィボラド。チャラチャラしていて好みではなかったけれど、今は本当に頼りになりますわ。」

「そりゃ良かった。俺でよければ、いつでも。」

 

このシェルターにいる限りは安全、そして実力のあるヴェノムが二人ならば、敵うものもいまい。

恐怖は常に、自らの内側からやってくる。

だから彼女は、大丈夫だと、自身へ言い聞かせる。

彼女は必死に、気味の悪い『蟲』を脳内から取り去った。

 

そして再び彼らは熱い口付けを交わす。

誰の目にも触れない、入谷家の用意したシェルター内で。

もう彼らの情熱を阻むものはいない。

少なくとも、この二人はそう考えていた。

ヴィボラドがムブニルをベッドへと再び押し倒したそのとき。

ムブニルは天井にシミができていることに気付いた。

そしてその汚れは少しずつ、着実に広がっているよう感じられる。

模様などでは決してない。

彼女に悪寒が走る。

 

「春風?」

「な、何か、溢れてくる……?」

 

すぐさまヴィボラドはムブニルをベッドから突き飛ばし、ヴェノムアンプルを自身へと注入した。

ランスロットの鎧を身に纏い、その手には聖剣アロンダイトが握りしめられる。

雨漏りのように、ポタポタと零れ落ちる水は、茶色に汚染されていた。

シェルターには忽ち異臭が立ち込める。

 

「このシェルターはヴェノムサーヴァントどころか、通常の英霊も阻むよう設計されているのに…………」

「とびきりヤベェのが来るってことかい?」

「想像通りなら、ね…………」

 

ムブニルもまた、アキレウスのアンプルを行使する。

ヴェノムサーヴァントの中でも、特に強力な二大戦力が揃うも、互いに緊張が隠しきれない様子だ。

次第に涙のように零れ落ちる雫から、濁流へと変わる。

ここまで来ると、何者の仕業かは自明の理。

赤ん坊が生まれるように、ずるりと天井から落ちてくる、着物姿の女。

 

「ハァイ、お二人とも、元気?」

「沼御前…………」

 

沼御前は剣を構えるヴィボラドを見て、不敵な笑みを浮かべる。

彼女にとって彼がこの場にいるのは都合が良かった。

 

「お楽しみの最中にごめんなさいね?折角なら続けて頂いても構わないわよ?それともわらわも飛び入り参加しちゃう?きゃー!」

「右大臣サマ、すみませんが御免被ります。経験人数豊富な俺でも、貴方だけは絶対に無理だ。」

「あら、つれないのね。」

「どうしてここに現れたのかしら?」

「ちょっと左大臣に用事があってね。こんな秘密基地でおままごとしているから、わらわも一緒に遊びたくなったの。」

「わたくしに用事?貴方が?」

「ええ。とても大切な用事。」

 

沼御前は自身の武器である長槍を手に取る。

そしてその切先をあろうことか仲間である筈のムブニルへと向けた。

 

「何のつもり?」

「つい今しがた、貴方がおサボりした議会である法案が可決されたの。災害のアサシンが直接判を押したわ。」

「法案?」

「適正差別撤廃法案。第五区に住まう全ての人々の基本的平等を担保する新たなるルール。これからは非適正者であっても、セントラルでもどこでも自由な職に就くことができる。勿論研究者であれば、挙げた手柄は自分自身のもの。これからはわらわたちが率先して人権問題の解決に乗り出し、ヒトとして、国として、成長していかなきゃね?」

「非適正者の地位を向上させる、ルールだと?」

 

それはアングイスが目指していたものだ。

そして、ムブニルが押し留めていたものでもある。

死して、ようやくアングイスの祈りは第五区を変えたのだ。

ムブニルは血が滲むほどに唇を噛み締めた。

 

「混乱は、避けられないわよ。その法が適用されても、新たな差別が生まれるだけ。そもそも、ケッソンが集うこの第五区は、肉体も精神もおかしな社会的弱者の集まりですもの。」

「でも、今起きているカオスは鎮静化されそうよ?人と人は分かり合えるし、手も取り合える。この新たなるルールが人々の友好の橋渡しになるとわらわは心から願っているわ。」

「…………やめてくれる?貴方がそういう言葉を発するの、吐き気がする。」

 

沼御前は舌を出し、テヘッと戯けてみせた。

そう、彼女の目的はこの事実を伝えにきたことではない。

シェルターを溶かしてまで来た理由は、ただ一つだ。

 

「そしてアヘル被害者の会の嘆願書に書かれていたこと、手を取り合う条件として、アングイスが自殺するキッカケとなった、イーター実験の全容の開示があった。だからわらわは協力者として、わらわの部屋に予め仕掛けておいた『監視カメラ』の映像を提供したの!折角だからわらわも一緒に映像を見たのだけれど、映ってはいけないヒトが映っていたのよ、怖いわよねぇ。」

「監視…………カメラ……………………?」

 

ムブニルはアキレウスの武器をその場で落としてしまった。

目を丸くし、激しく動揺している。

イーター実験から凡そ二ヶ月と、それなりに月日は流れている。

沼御前は全ての真相を知り、かつ証拠を有していながら、これまで第五区の混乱を傍観し続けてきた。

非適正者の怒りが最高潮に達するタイミングを見計らい、真実を暴露したのだ。

 

「ヴェノムバーサーカー『餓者髑髏』のアンプルを盗み出す左大臣さまのお姿がきっちりと収められていたわ。己の思想のために、罪のない被験者たちを死に追いやった大罪人はアナタ。当然、災害のアサシンにも報告は上がっている。」

「…………っ………………」

「アヘル、延いては第五区の大いなる発展を妨害した罪は大きいわよ。アングイスの第五区追放とは比べものにならない罰を背負うわ。ふふ、さっさと投降しちゃいなさいな。それとも、わらわが手を引いてあげようか?」

 

沼御前はムブニルへ向け、右手を差し出した。

ムブニルはその手を取ることができない。災害のアサシンに見限られ、全てを失い牢獄へと向かう、そのような未来を思考することが出来なかった。

彼女はこれから先も、愛する娘と共に、優雅に贅沢に、非適正者を足蹴にして生きていくのだ。

生産性のない塵芥共に晒し首にされることなど、あってはならない。

ならば、どうすればいい?

どうすれば、この現実から逃げられる?

ムブニルは頼みの綱であるヴィボラドに視線を向けた。

彼は彼女の悪行を知っている。

だが同時に、適正者並びにヴェノムたちにとっての母であることも、教祖への深い愛も知っている。

『ニシキ』を押し除け、ヴィボラドを新たなヴェノムセイバーとして推薦してくれたのが、ムブニルだ。

彼は彼女を裏切れない。

故に、彼はヴェノム最大の愚行に走る。

ムブニルに向けて差し出された沼御前の手を、聖剣アロンダイトを振り下ろし、切り落とした。

ぼとりと床に落ちる沼御前の右手。

彼女が呆気に取られているうちに、沼によって溶け落ちた天井穴からムブニルを逃亡させる。

これまで沼御前が不意を突かれ、遅れを取ることなどあり得なかった。

ヴィボラドはアサシンが如く気配を殺し、邪悪を砕く聖剣の輝きで不意をつくことに成功したのだった。

 

「逃げろ、春風!」

 

ヴィボラドは慢心しない。

沼御前の利き腕を封じたとて、彼女の殺意からは逃げられないことを知っている。

だからこそ、己はシェルターに残る。

ムブニルが遠方へ逃げるための時間稼ぎ。

ランスロットをその身に宿した彼には、沼御前を相手どる力、そしてあわよくば勝利をもぎ取れる確信があった。

 

「…………あら、やるじゃない。三流(ヴィボラド)のくせに。ニシキに剣術でも学んだの?」

「我流だ。俺はあのクソジジイとは違う。」

「まぁ、あのお爺様はわらわに楯突く真似はしないかしらね。臆病者だから。貴方と違って、ね。」

 

彼女の右腕から漏れ出た血液と多量の沼が、新たな手を生成する。

霊核を貫かれなければ、不死身。

 

「化け物め」

「あら?褒め言葉?」

「んなわけねぇだろタコ!」

 

ヴィボラドは容赦なく沼御前に切り掛かる。

沼御前は華麗な槍捌きでこれに応戦するが、流石は最強のヴェノムと謳われた男、彼女の攻撃の悉くを力でねじ伏せ、両手両足を瞬く間に解体した。

胴だけになった沼御前が床へと転がる。

ヴィボラドは彼女の上に跨り、再生される前に心臓を貫こうとするが、彼女の長い白髪が一人でに動き、彼の両腕へ巻きついた。

その動きはまるで蛇。彼は両腕を縛られ、身動きが取れなくなる。

辺りに散らばった沼御前の手足は氷のように溶け落ち、代わりに千切れた四肢から新たな肉片が溢れ、形を成していく。

 

「随分と余裕そうだな、右大臣サマ?」

「うん、まぁね。わらわの目的が、意外にも早く達成されたから。」

「目的…………?」

「アヘルにとって利用価値のないムブニルには、死んでもらうつもりだったから、ね。」

「達成されちゃいないだろう。彼女は俺が逃したからな。」

「ふふ、ムブニルを処分しようとしているのは、何もわらわだけではないわ。シェルターの外側でヴェノムサーヴァントたちも狙い澄ましている。」

「ふん、糞爺(ニシキ)ならまだしも、他の連中じゃムブニルサマの足元にも及ばねぇよ。唯一、娘のウラルンくらいか?だがありゃダメだ。人間を殺れない弱々メンタルで矢は番えねぇ。しかも実の母親ときたもんだ。」

「確かに、ムブニルの持つアキレウスのアンプルは誰よりも強力ね。全く、厄介なものよ。」

 

このままでは埒が明かないと判断したヴィボラドは、左手で彼女の髪を引っ張り上げ、沼御前の肉体を手繰り寄せる。

そして勢いのまま、聖剣アロンダイトを沼御前の腹部に突き刺した。

胸部に狙いを定めたものの、紙一重で沼御前に急所を外される。

だが、彼にとってはもはやどうでもいいことだ。

彼は沼御前を前に、勝利を確信した笑みを浮かべる。

聖剣アロンダイトは青白く光を放ち、ヴィボラドはゼロ距離で宝具を起動した。

 

『蝕毒連鎖・湖光伝染(アロンダイト・ヴェノムインフェクション)』

 

聖剣アロンダイトから発せされる閃光、沼御前の体内に強制的に流し込まれる魔力は彼女の肉体を内側から粉々に砕く。

人間であれ、英霊であれ、この一撃に耐えうるものはいない。

一秒と経たない内に、沼御前の霊核は爆発し、霧散する。

彼女を構成していた肉や骨、臓器が辺り一面に飛び散った。

ヴィボラドに腕に絡みついた髪も、ハラハラと重力に従い落ちていく。

既に半壊したシェルターに、ヴィボラドだけが残された。

内側は脆いものだと、彼は呑気に思考していた。

 

「流石ね、ヴェノム最強の男。わらわ的にはかなりタイプよ。」

 

ヴィボラドの背後から声が響く。

彼はすぐさま距離を取り、再度剣を構えた。

フローリングに広がる底なし沼から、ゆっくりと這い出る影。

 

「おいおい、マジかよ。」

「わらわ、こう見えて、逃げるのも得意なのよ?」

「俺は間違いなくてめぇを殺したぞ?何故、今生きている?」

「しっかり殺してくれたわよ。わらわの『子』をね?」

 

沼御前は上半身霰もない姿となり現れた。

その白き肌や豊満な胸元に視線を向けようものだが、ヴィボラドが最初に捉えたのはその下半身である。

それもその筈、彼女の胴より下は人ならざる大蜘蛛へと変化していたのだ。

ヴィジュアルのみで、沼御前が何をしたか理解できる。

 

「妖怪アンプルか……」

「ええ。ヴェノムアーチャー『土蜘蛛(つちぐも)』をロードしたの。わらわと同一個体を即座に産み落とす能力。まぁ、一分と経たずに死滅するのがこのアンプルの欠点だけれど。」

 

沼御前が言うほど、容易なことではない。

ヴィボラドが宝具を起動したと同時にアンプルを注入し、自身は沼の中へと逃げ、子を身代わりとした。

彼に巻き付いていた髪は、爆発により解けたのではなく、それ以前に彼女の意思で振り解いていたのだ。

 

「だが、的が大きくなって助かる。見間違う筈もねぇ。次はきっちりと殺してやる。」

「ふふふ、厄介なものねぇ。流石にこの図体じゃ、分が悪いかしら?」

 

沼御前は『土蜘蛛』とは異なるアンプルを取り出し、それを自身に注入する。

 

〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムセイバー』:『阿久良王』現界します。〉

 

「右大臣サマよぉ、一体何本の妖怪アンプルを持ってやがる。」

「わらわが使用するアンプル五騎分と、わらわでさえ使えないものが二種類、計七本ってとこかしら?」

「てめぇが使えないものもあるんだな。」

「ええ。あらゆるものを飲み込む漆黒の太陽『空亡(くうぼう)』と全てのクラスの特性を併せ持つ『八岐大蛇』ね。後者はイーター実験の件もあって、わらわでさえ触れられないところへと保管されたけれど、ヨヨヨ」

 

沼御前は顔を覆い、泣くフリをする。

対してヴィボラドは目を丸くした。

聞き捨てならない言葉があった。

ヴィボラドの驚く様を見て、敢えて口を滑らせた彼女はニンマリと口角を上げる。

 

「待て、左大臣ムブニルがイーター実験を阻止するために持ち出したアンプルは『餓者髑髏』と言っていたな?『八岐大蛇』がイーター実験に関わっているとは、どういうことだ?」

「ふふふ」

「答えろ、沼御前。イーター実験は彼女の仕業ではないのか?!」

 

ヴィボラドは怒りのままに、沼御前へと聖剣を叩きつけた。

彼女は阿久良王の大剣で攻撃を防ぎながら、気味の悪い笑みを浮かべる。

 

「彼女が死ぬのは、諸悪の根源だからじゃない。アヘルの闇に消えるのよ。彼女は、パンドラの箱を開けてしまった。」

「パンドラの箱だと?」

「ええ。もし貴方がどうしても彼女を救いたいと言うならば、わらわと遊ぶのは辞めて、急いだ方がいいわ。」

「さっきも言っただろう。ムブニルは大英雄アキレウスの覚醒者。他の連中じゃ歯が立たないと。」

「ええ。そうね、本当に。」

 

目を細め、薄ら笑いを浮かべる沼御前に、ヴィボラドは激しい怒りを覚える。

仮にも左大臣の席の者が、他のヴェノムの追随を許さないムブニルが、殺される?

あり得ないことだ。

ウラルンはサーヴァント以外殺せない。人間に手をかける覚悟がない。

ニシキが今更しゃしゃり出てくるとは思えない。

ならば、一体。

ヴィボラドは思考する。

そして、沼御前のある言葉を思い出す。

 

「随分と余裕そうだな、右大臣サマ?」

「うん、まぁね。わらわの目的が、意外にも早く達成されたから。」

 

目的が達成される、ではなく、達成された?

なぜ過去形なのか。

目的の意味を履き違えているのか?

殺すことが目的なのはそう、だが、それ以外の意味を孕んでいるとしたら。

 

「まさか、てめぇ………………」

 

ヴィボラドは沼御前から距離を取り、急ぎムブニルを追いかけた。

沼御前が、ただ処刑に来る筈もない。

もっと悲劇的な結末を用意する。

そしてヴィボラドの推察は、不幸にも的中することとなる。

 

 

ムブニルはアキレウスのアンプルを都度服用し、何とか第五区の外側へと通じる大橋付近、自然公園へと辿り着いた。

普段よりもアンプルの効果の切れが早い。

呼吸が苦しく、体力も以前の半分に落ちたよう感じる。

息を切らせながら、木陰で休憩を取った。

どこへ行こう、どこへ逃げよう。

災害のアサシンに見限られた真実が、彼女を追い詰める。

自身の行いは、間違っていたのだろうか。

ただ、ウラルンこそが幸せに生きられる世界にしたかった。

母としての愛情は、正しいものであったのだろうか。

ムブニルは汗を拭おうとした際に、自身の左手を見た。

そして、気付く。

彼女の手は、人間のものでも、アキレウスのものでもなく、獣のソレとなっていた。

恐る恐る頬に触れると、白い軟肌はどこへやら、立派な毛並みが生え揃っている。

手元に鏡がないため、自身の姿は確認できない。

だが、もはやそこに入谷春風がいないことを理解した。

 

「なんで…………どうして…………」

 

彼女が紡いだ言の葉も、もはや獣の鳴き声である。

言語能力すら失い、彼女は頭を抱えた。

アンプルを段階的に使用したことの副作用であろうか?

だが人体そのものが得体の知れぬ獣に置き換わる症例など聞き覚えがない。

ならば、何故?

彼女は思考の末、ある可能性に辿り着く。

彼女の脳裏に浮かんだ人物こそが、元凶なのではないか。

 

「沼御前…………」

 

沼御前はムブニルからアキレウスのアンプルを盗み出し、何らかの妖怪アンプルを混入させた。

少量加えたことで、ムブニルの突然死はなくなり、徐々に肉体が蝕まれる結果となった。

故の現状。

彼女は想像し、悔し涙を浮かべる。

因果応報なのかも知れない。だが、自分が人間でなくなるというのは、ある意味で死より勝る恐怖だ。

手入れしてきた髪も肌も爪も、もはや原型を留めていない。

見えなくても、醜いと分かる。

 

「…………イヤ………………誰かたすけて………………」

 

ムブニルは駆け出した。

第五区と第六区を繋ぐ大橋に向かい、入区審査官が待機する事務所の戸を叩いた。

だが思いの外力が強かったのか、ムブニルは戸を破壊し、内部へ転がり込んでしまう。

中にいた人間たちは恐怖に慄き、助けを呼ぶ。

彼女は彼らに害を為す存在でないことを必死にアピールするが、言葉は一切通じない。

ムブニルは堪らず外に逃げ、橋を渡し始めた。

まずはこの第五区から逃げなければ。

彼女は決死の覚悟で走るが、背後から聞き覚えのある声が届き、その足を止める。

 

「貴方が、沼御前の言っていた逸れサーヴァント?」

 

ムブニルは振り返り、涙を溢す。

橋の入り口に立っていたのは、愛娘であるウラルンの姿であった。

 

「ウラルン!ウラルン!私!私よ!私なの!」

 

ムブニルは襲いかかる勢いで、我が子へと接近した。

そして自分が彼女の母であると必死にアピールをする。

だが、ウラルンに敵対行動と見做される。

専属従者サービスの弊害により生まれた野良英霊。

かつヒトの言葉が理解できない狂戦士。

ならば、ヴェノムが対処しなければ、この第五区の罪なき人々に危害が加わる。

ウラルンに一切の迷いは無かった。

彼女は人間を殺せない。だが、サーヴァントは躊躇なく殺す。

ヒトを害する英霊を始末するその姿勢こそ、ウラルンが母親から受け継いだ意志なのだから。

 

『星を蝕む災いこそが、救済の毒となる。━━━━我が矢はもはや、放たれた。』

 

ムブニルは空を仰いだ。

流れ星が、彼女の方へと落ちてくるように見える。

それはとても綺麗で。

彼女は、愛娘の成長と、これからの姿に、期待を寄せた。

良かった、間違えていなかった。

雪匣なら、きっと━━━━━━

 

『天蠍惨毒一射(アンタレス・ヴェノムスナイプ)』

 

ムブニル、または、名もなき獣へと、光が降り注いだ。

そして橋の上で灰と化し、風のように消えていく。

 

 

ヴェノム最高幹部、左大臣の席『ムブニル』こと、入谷春風。

 

ヴェノムアーチャー『ウラルン』により心臓を射抜かれ、死亡。

 

ヴィボラドは数日間にわたり、彼女の影を追い求めるが、ついぞ再会することはなかった。

 

 

第五区の都心部にて、松岱連也と都信華は手当たり次第にビラ配りを行っていた。

先日から失踪した松岱文也と松岱夕子の目撃情報を求めているのだ。

高齢者が突如行方不明になることは珍しいことではない。だが、健康的な二人が同時にいなくなることは考えにくい。

何らかの事件に巻き込まれた可能性は高かった。

失踪した二日後から、二人は自治体や教団本部、非適性者団体等に駆け込み、必死の捜索を行なっていた。

だが未だ何の情報も獲得していない。

かれこれ三日間、毎日十時間あまり、通りすがる人々に声をかけ続けた二人に、疲労は蓄積される。

実親である連也以上に、信華は体に鞭を打ち、目撃者探しに躍起になっている。

だが既に限界が近かった。

彼らはベンチに座り休憩する。

連也は手にしていたチラシの一枚をグシャリと握りつぶした。

 

「何で、こんなことに…………信華は研究者の道を絶たれ、親父とお袋はどこかに消えた。ここ最近、不幸続きだ。」

「連也…………」

「ごめん、俺がしっかりしてなくちゃいけないのに…………弱音ばかりで…………ごめん。」

「連也、大丈夫。二人ともきっと無事だよ。」

 

信華は連也の手を握る。

そして何度も、大丈夫だと言い聞かせる。

まるで子どもをあやすような言い方だが、その温かみに触れ、連也の心は洗われるようだった。

研究者でありつつも、道場の子ども達と仲良く、誰に対しても優しい女性。

連也にとって信華は大切なパートナーであり、誰よりも尊敬できる人である。

 

「さて、続き頑張るか!信華はもう少し休んでいてくれ!」

「え、でも……」

「君は頑張りすぎなんだ。あと十分はそこにいてくれよ!」

 

連也は立ち上がり、ビラ配りに立っていた元の場所へと駆けていく。

信華はベンチに一人取り残された。

 

「行っちゃった。十分って、やることないけど…………」

 

信華は孤独になり、青空を眺める。

第五区はアングイスの事件を期に、大きく変わろうとしている。

非適正者の地位向上、真の平等が実現する日も近い、かも知れない。

だが今の信華には、どちらでもいいことだった。

彼女には連也がいる。道場の子ども達もいる。

研究者に戻れなくても、幸せはそこにある。

ヒトの命を奪う実験に関わってしまった罪は決して消えない。

ならばこそ、第五区のこれからを担う子ども達に、少しでも何かを残していきたい。

それが彼女の罪滅ぼしだ。

彼女は、彼女のせいで犠牲になってしまったアングイスへと、黙祷を捧げた。

許されることはない、そう理解してなお。

 

「信華ちゃん」

「信華」

 

彼女の名を呼ぶ者の声に、瞑っていた目を開ける。

彼女の友、ショーンとニョッカが手を振りながら歩いてきた。

ニョッカに関しては、イーター実験以来の再会である。

 

「お久しぶりです。ショーン様、ニョッカ様。」

「やだもう、様だなんて、辞めてって言っているじゃないの、信華ちゃんってば!」

「アンジュ様に関してもそうだヨ。様を付けるにしても、アンジュ様のことはアンジュ様と呼ばないカ?」

 

研究者の仲間たち、三人は再会を果たす。

このような状況だからこそ、信華は二人の元気そうな顔を見て、笑みが溢れた。

 

「お二人は、どうしてここに?」

「何でって、わたくしは信華ちゃんの手伝いに来たのよ。」

「私の……?」

「ええ。二人よりも三人、三人よりも四人よ。数は多いに越したことないもの。」

「ショーン様…………ありがとうございます…………」

 

ショーンはにっこりと笑みを浮かべ、サムズアップ。

彼の優しさに何度助けられたことか。信華は深々とお辞儀をする。

 

「アンジュ様は悪いけど別件。信華と話したいことがあってネ。」

「え、さっきまでわたくしと一緒に手伝うって言っていたじゃない?」

「あぁ、それは後回し。セバスはさっさと連也さんの所へ行って。信華のことは借りるけど、大丈夫、そんなに時間はかからない予定。」

「もう、ニョッカちゃんったら自分勝手なんだから。分かったわ。じゃあね、信華ちゃん。」

 

ショーンは二人を残し、連也のいる場所へと歩いていく。

杏寿は信華の隣に座り、大きく深呼吸をした。

 

「今日はいい天気だナ、信華。」

「ええ。本当にそうです。早くお義母さんたちを見つけて、日常を取り戻さなければ。」

「悪いけど、きっとそれは叶わないナ。」

 

杏寿は伸びをした後に、目を瞑り、ゆっくりと話し始めた。

彼女が辿り着いた『真相』を信華にもきちんと伝えなければならない。

 

「叶わない、何故?」

「二人とも既に死んでいる。殺されたんだ。遺体はまだ発見されていないけれど、数日もすれば捜索班により見つかるだろうネ。」

「死んで…………」

 

信華はショックのあまり立ち上がる。

杏寿があまりにも淡々と語るものだから、信華は事実を飲み込むことが出来ない。

普段の彼女からは想像できない声で、嘘だ、と叫んだ。

通り過ぎる区民たちが一斉に彼女らへと視線を向ける。

 

「信華、落ち着いて、まずは座れ。取り乱しても意味はない。」

「何であなたは……他人事だと思って!」

「実際に他人事だからネ。本題はここからだ、いいから座れ。」

 

信華は言うがままに席についた。

彼女は冷徹な杏寿に恐れの感情を抱いている。

 

「━━━━誰に、殺されたんですか?」

「犯人は既に特定できている。第五区の天狗岳があるだろう?山中にて捜索班がある拾い物をしている。偶々見つかったものだが、これが殺人犯を炙り出してくれたのサ。」

 

杏寿が取り出したファスナー付きの透明袋の中に、赤色の付け爪が入っていた。

これは夕子が使用してスカルプネイル。道場に通うキョーコと呼ばれる生徒の母が営むサロンのものだ。

信華は先日、道場で門下生と交わした会話を思い出した。

 

「夕子さんは、キョーコちゃんのお母様の店の常連だと、言っていました。」

「あぁ。犯人に殺される前に抵抗したんだろうネ。犯人の皮脂が付着したコイツが夕子さんの爪から剥がれ、山道に落ちた。微量だったが、特定するのはそう難しくなかったヨ。そして犯人は松岱夫妻を殺害し、山中どこかに埋めた。死体臭いだろうから、犬の鼻であれば見つけるのはすぐだろうネ。」

「二人は今も、冷たい土の中にいるということですか……?」

 

信華の目尻には涙が滲む。

死んでいるという事実もさることながら、埋められて、今もどこかで放置されている。

余りにも残虐、非道である。

 

「そして、犯人はアングイスもまた殺している。どちらかというと松岱夫婦の殺しは、口封じだろうナ。夫妻はアングイス殺害の日、犯人の姿を目撃している。」

「アングイス様が、殺された?」

「ああ、彼女は自殺したのではない。何者かによって自殺に見せかけて殺されたんだ。イーター実験の『失敗』をより明確にするために。そしてこの第五区に混乱を齎すために。」

「どうして、そんなことを。」

「サァ?分からないナ。アンジュ様も相当マッドな方だが、犯人は飛び越えてサイコだ。理解する気にもなれない。」

 

杏寿は深く溜息をつく。

全ての始まりのヴェノムイーター実験、多くの人間を不幸に陥れた事件の全容が紐解かれようとしている。

客観的事実から、何となく犯人の思考を読み解くが、共感も嫌悪も出来なかった。

 

「アングイスの殺され方は、イーター実験と同じだ。被験者に流し込まれたアンプルは沼御前所有の妖怪アンプル『八岐大蛇』。凡そ人間が耐えうるものではない。犯人はイーター実験の日に研究室内で、アンプルを行使し、被験者たちを死に至らしめた。そして全く同じ方法で、アングイスも殺害。彼女の体内から僅かばかりではあるが被験者同様の血中ヴェノムが検出されている。杜撰な殺しだナ。」

「あの実験の日、誰が、一体そんなことを…………実験のメンバーの中に犯人がいると、貴方はそう言いたいのですか?」

「ああ。」

「そんな…………」

「ついてに言うとネ、『八岐大蛇』アンプルは持ち主である沼御前すら服用を躊躇する代物なんだヨ。彼女自身が使用できないから、普段は実験用に貸し出されていた。マージナル支部の研究室に厳重に保管されていたんだけれど、ある人物がそれを持ち出し、ある人物へと手渡され、セントラル支部へと持ち込まれた。タイミング的に、事件の犯人はこの二人の人物のどちらかであることは明白。」

「それは……………………………」

 

「ああ。覚えているかナ?君がショーンからお使いを頼まれて渡した妖怪アンプルこそ、『八岐大蛇』なの。」

 

それは、信華がセントラル支部へと赴いた日、ヴェノムセイバー『ヴィボラド』に出会い、そして、災害のアサシンの部屋に招かれた記念すべき日だった。

信華の身体が震え始める。

 

「犯人は、信華か、またはショーン。アンジュ様は犯人を二人に絞り、これまで探偵ごっこに勤しんできた。そして数々の物的証拠や、アングイス殺害の目撃者である松岱夫妻の証言から、既に犯人は誰かを知り得ている。…………勿体ぶるのは辞めよう。」

 

杏寿はその場で立ち上がり、信華の胸倉を掴む。

 

「犯人は君だ。都信華。君がイーター実験の被験者を、アングイスを、そして松岱夫妻を殺したんだ。」

 

静かに、怒りを露わにする。

殺された人を思って、ではなく、殺した信華を思って、感情を吐露した。

信華はただ、驚愕している。

杏寿の推理、そして辿り着いた結末。

それは信華が許容できるものではないから。

 

「ニョッカ様、冗談は辞めてください…………」

「冗談で、言うと思っているのか?」

「いや、ニョッカ様に限って、それはあり得ませんね。」

 

杏寿は信華から手を離した。

彼女も、正しさを図りかねている。

出揃った全ての証拠が、信華こそ犯人だと示している。だが、杏寿自身はそれを否定したがっていた。

それは、彼女にとって信華は、かけがえのない親友であるから。

だからもし信華が否定するならば、杏寿は一から全てを確認し直すだろう。

どこかに隠れ潜む真犯人の存在を肯定して。

 

「アンジュ様なりに、考えてみた。ヴェノムイーター実験は非適正者を救済するもの。そして実験の第一人者は信華だ。犯行に及ぶとは考えにくい。でも同時に、一つ仮説を立ててみた。イーター実験が完成した未来を。」

「イーター実験の完成…………」

「あぁ。ヴェノムイーターは複数のアンプルを適合させ、非適正者から更なる適正者を増やす取り組みだ。だが、信華はこれまで全てのクラスの適合実験でマイナス値を叩き出している。君自身は、たとえヴェノムイーターであろうと覚醒しない。つまり、言ってしまえば、永遠に差別される側なんだ。そしてイーター実験の根幹に関わる研究者であろうとも、非適正者である以上、完遂したことで責任者であるアンジュ様のみが讃えられる。君の給与が上がるわけでも、未来が潤う訳でもない。ただ君だけが、この世界で損をする。」

「……………………」

「そしてイーター実験の行末は、新適合者の軍事利用だ。君の実験が、より多くの悲しみを、死者を生むことになる。だから君はショーンにヴェノムアンプルを渡す前に、その一部を拝借した。アングイスに罪をなすり付ける結果になったのは、誰かの入れ知恵だろう。きっと判を押した、アンジュ様とショーンを守るため。」

 

第五区の細別意識が生み出した悲劇、杏寿は事件をそのようにして捉える。

 

「そしてアングイスには第五区追放の罰が与えられたが、これは言わばアヘル側が実験の失敗を風化させるために行なったこと。アングイスは非適正者たちの希望であることを、セントラル上層連中、並びに災害のアサシンも理解している。一時的な島流で、落ち着いた頃には彼女を戻す算段であった。もっとも左大臣ムブニルなど過激派連中は蚊帳の外だっただろうけどネ。イーター実験は、第五区の未来を変える、たかだか数名の死亡で止まってはいられないだろう。だから…………」

「だから、アングイス様を自殺に見せかけて殺した、と?」

「まぁ、あくまでこれは推察だけどネ。」

 

信華が犯人ならば、動機はこのようなものだろう、と。

だが、杏寿自身、納得はいっていない。

研究者としての信華はとても聡明で、立派な人間だ。だが、彼女はそれだけじゃない。

道場の師範として子ども達と笑顔を分かち合う彼女もまた、都信華なのだ。

幸せの形は様々だ。イーター実験に終焉を齎すその前に、彼女であれば、研究者としての人生を辞する覚悟も出来ただろう。

現に今は、異なる人生を歩もうとしている。

元より女としての幸せを拒絶していた訳ではない。

ヒトを殺す選択が、都信華にあるとは到底思えないのだ。

むしろ彼女ならば、非効率的だと切って捨てる思考。

だからこそ、杏寿は頭を抱える。

彼女の知る都信華と、物的証拠より生まれる殺人者の都信華に、激しい乖離がある。

だからこそ、杏寿は出来うる限り、都信華を調べた。調べ尽くした。

そして驚愕の事実を知る。

 

「アンジュ様は信華が犯人であると思いたくなかった。だから、君のことを徹底的に調べたヨ。だけど、戸籍以外のあらゆる情報が欠如していた。災害が管理するこのセカイで、だ。あり得ないことなんだヨ。その戸籍もまた可笑しなことだらけだ。父も、母も、兄弟も、凡ゆる情報が秘匿されている。都信華への手がかりは、この第五区のどこを探しても存在しない。━━━━━━信華、君は誰だ?」

「私は…………」

 

信華は暫く思考する。

思えば、都信華とは何なのだろう?

第五区の研究者で、松岱連也の恋人で、大切な家族や友人、門下生がいて。

でも、実の両親は既に他界していて、兄弟と呼べる人間も存在しなくて。

 

「(あれ?)」

 

彼女は両親、そして存在した筈の姉妹のことを思い出してみる。

霧がかかって顔は見えないが、確かにいた筈だ。

何故、今はいないのか?

どうして、彼女は独りになってしまったのか。

 

「私は━━━━殺していません。何かの間違いです。だから、この話は終わり。」

「信華…………」

 

信華はビラを握り締め、立ち上がった。

杏寿の戯言に付き合う時間はない。

そもそも、松岱夫婦の安否が確認された訳ではない。

ならば、少しでも手掛かりとなる情報を探すべきだ。

 

「信華、行かないでくれヨ。まだ話は終わっていない。君は事件の容疑者なんだ。」

「違います。私は誰も、殺してなんかいない。」

「すまないが、武力行使をしてでも、君を止めなきゃいけない。」

 

信華の背後に、杏寿のサーヴァントであるランサー『源義親(みなもとのよしちか)』が呼び出される。

鎧武者の義親と杏寿に挟み込まれ、信華は逃げ場を失った。

 

「ニョッカ様…………」

 

信華は杏寿の苦しそうな表情を捉え、俯いた。

そして、彼女は自身の深層意識にダイブする。

━━━━これ以上はもう、無理だ。

落ちていく意識、そして、浮上するもう一つの意識。

信華はもう一人にバトンタッチし、暫しの眠りにつく。

代わりに浮上した者が、肉体の主導権を得る。

 

「……………………」

「信華?」

「……………………はぁ」

 

深い溜息。

同時に、彼女はベンチの縁に手をかけ、力任せに握りつぶす。

格闘家ですら不可能な動作に、杏寿は目を丸くした。

信華は破壊したベンチの木片を手に、義親へと近付いていく、

 

「信華…………何を?」

 

呆気に取られるランサーの間合いに入ると、木片を兜へと振り下ろした。

砕け散る木材、衝撃で後方に仰け反る義親。

信華は勢いのまま覆い被さると、両手で兜飾りを握り、力任せにもぎ取った。

続け様に、胸部装甲へと手を伸ばし、己の握力のままに鉄の鎧を剥ぐ。

突如野生動物のような獰猛さへと変換された信華を、杏寿は立ち尽くし、見ている他無かった。

親友の豹変。

言葉を紡がず、ただ淡々と相手を完膚なきまでに壊すため。

 

「信華……………………どうして……………………」

「殺したのは私です。そして今から、貴方も殺します。覚悟はよろしいでしょうか。」

「っ…………!」

 

本来であれば、人間如きに遅れをとることのないランサー。

だが一瞬の油断と躊躇が命取りとなる。

信華は義親の脇差を手にし、眼球や鼻、舌の奥へと何度も突き刺した。

苦しみ喘ぐ声を無視し、淡々と。

単純作業に明け暮れるように。

十数秒の間に既に全身五十箇所以上は刺している。だが、消滅するその瞬間まで離れることはない。

壊れるまで、遊ぶ。

これまで、そうして幾度となく人間や英霊を殺害してきた。

イーター実験も、アングイスも、松岱夫妻も。

 

「あぁ、素手を使うのは反則、でしたね。」

 

信華は義親の内臓を抉り出した時点で手を止める。

杏寿は驚愕と絶望により、腰を抜かし、その場から一歩も動けなくなっていた。

 

「信……………華……………?」

「私、力が強いので、素手で殴るのは禁じられていたんですよ。まぁ、禁じた本人はもう死んでいるし、どうでもいいですけど。」

「君は…………信華か?あの、心優しい信華なのか…………?」

 

消滅する義親。

信華は引き摺り出した腸を杏寿の前に放り捨て、彼女の目線に合わせてしゃがみ込む。

 

「ええ。貴方の知る、都信華です。」

 

 

 

【信奏編⑨『真相』 おわり】

 

 

 

 

【信奏編⑨『ダリアかマリア』 続】

 

過去に遡り

場所は第二区、とあるホテルのパーティー会場。

定例となった、遠坂、マキリ、アインツベルンによる、三企業会談当日。

遠坂組から、代表である遠坂仙寿。

マキリコーポレーションから、マキリ・ギガンドヴォール。

そしてアインツベルンは、現当主であるミヤビ、またの名をサンスイ。加えて次期当主となるメルデが招かれていた。

彼らの前に現れたのは、災害のアーチャー『シグベルト』。

今宵は『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』の新たなる管理者を選出する大事な会議だ。

まず言葉を発したのが、仙寿である。

 

「遠坂は現在、愛息子の龍寿が誕生したばかりだ。当然ウチからは出せん。龍寿に弟や妹でも出来たら考えても良いがな。」

「マキリもさ。娘はエラルのみ。エラルがマキリの後継者となる。」

 

災害へ向け、必死にアピールする仙寿とギガン。

対してサンスイとメルデは口を噤むままだった。

 

「おい、てめぇらアインツベルンはガキがいるのか?」

 

災害が気怠そうに声をかけ、ようやくサンスイが口を開く。

 

「あぁ。双子の姉妹がおる。」

「お母さん!何を言っているの!?すみません、アインツベルンにはいません!」

 

メルデはサンスイの発言に割って入る。

だが災害のアーチャーは苛立ちながら、メルデの目前へと足を運び、彼女の首を絞めた。

 

「どっちだ?とっとと言え、さもなくば殺す。」

「あ………………が………………」

「おるのじゃ、双子が!長女のダリアと次女のマリア!後継者はダリア!」

 

サンスイは災害の腕にしがみつき、必死に訴える。

彼は舌打ちをし、メルデを解放した。

激しく咳き込む彼女を尻目に、災害は口角を上げた。

 

「じゃ、管理人はその次女で決まりだ。今日このあと、そいつを『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』へ放り込め。」

「ま…………待ってください!双子、双子なんです!引き離してほしくない!私が代わります!代わりますから、どうか二人は!」

「メルデ!やめんか!」

 

サンスイはメルデの口を塞いだ。

既に初老のサンスイでは、アインツベルンの未来は担えない。

かと言って、メルデがいなければ、まだ五歳の双子が当主となり、カンパニーは終焉を迎えるだろう。

サンスイは実の娘であるメルデの想いを踏み躙り、アインツベルンの未来を選択した。

 

「何も永遠の別れじゃねぇだろ。彦星と織姫のように、年に一度くらいは会えるさ。インヴェルディアの定めを受け入れろカス共。」

 

災害のアーチャーはメルデに一瞥もくれることなく、その場を後にする。

そして仙寿とギガンもまた、自身には関係ないとばかりに、そそくさと退散した。

 

「お母さん、そんなに、アインツベルンが大事?私がお腹を痛めて産んだ二人よりも、企業の存命が大事?」

「メルデ…………」

「こんな企業、潰れてしまえば良い!」

 

メルデはその場で泣き叫ぶ。

サンスイは娘の慟哭に、言葉を失ってしまった。

 

 

『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』にて、阿久良王は、弱小妖怪たちの後を追った。

そして彼は崖の上の開けた場所で、彼らの死体と巡り会う。

その傍に、五歳か六歳ほどの人間の少女が座っていた。

この娘が管理者なのだろうか。

 

「これ、お前さんがやったのか?」

「うん」

 

少女は即答する。

小鬼や河童など、多種多様であるが、皆一様に心臓を貫かれていた。

剣や槍など鋭利なものではない。丁度少女の拳ほどの穴である。

現に、少女の右腕は妖怪の血液に塗れていた。

 

「素手で、殺したのか?」

「うん」

 

低級とはいえ、仮にでもサーヴァント。

ただの人間が、一切の得物を使用せず、生身で殺戮を行う。

俄には信じがたいが、あり得ない話でもない。

阿久良王は怖気付くこともなく、素直に感心した。

 

「お前さんが管理者?」

「うん」

「名前は?」

「ダリア?マリア?まぁ、何でもいい。ここにいる限り、必要ない。」

「それもそうか。家族は外にいるもんな。」

「家族はお婆ちゃん以外全員殺した。別に理由ないけど。」

「そうか、殺したのか。」

 

阿久良王は驚かない。

そういうこともあるだろうと飲み込んだ。

彼はこの小さな肉食獣に興味を持ち、彼女の隣に腰を下ろした。

その瞬間、少女の拳が彼の心臓めがけて飛んでくる。

明確な殺意。

どこまでも純粋な殺人衝動。

阿久良王は軽々とその拳を受け止め、軽く流してみせた。

 

「?」

「どうした?」

「死なない。初めて。」

「俺は多分、この箱庭で1番強いからな。お前さんの力任せの拳じゃムリだ。」

「力任せ?」

「ああ。ただ殴ったり、ただ蹴ればいいのではない。戦闘の『型』を覚え、相手によって使い分けなければ意味がない。」

「そうなの」

 

少女は壊れない鬼に興味を抱く。

ゆっくりと彼に近付き、彼のすぐ側に腰を下ろした。

 

「何か、目標とか志とか、あるのか?」

「ない。ただ生きていたいだけ。」

「そうか。俺と同じだ。だが、生きることは、殺されないこと。殺されないためには、逆に相手を殺す力が必要だ。お前さんなら問題はないと思うが…………」

「あなたは、力があるの?」

「あぁ、少なくともお前さんよりはな。」

 

阿久良王は少女の白髪をゆっくりと撫で回した。

彼女はくすぐったそうに笑う。

彼は暇つぶしで、この少女の成長に寄与することにした。

そして彼女もまた、暇つぶしで彼に付き従うことにする。

『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』にいる限り、やることなんて多くはない。だから互いに『暇つぶし』なのだろう。

 

「あなたの名前は?」

「阿久良王だ。お前さんは、ダリアと呼べばいい?それともマリアがいいか?」

「どちらも好みじゃない。」

「そうか…………ならば」

 

阿久良王は少女の呼び名を思いつき、カタカナで地面に書き記した。

 

 

 

「お前さんは、今日から俺の『臣下(シンカ)』だ。よろしく、シンカ。」

 

 

 

【信奏編⑨『ダリアかマリア』改め『都信華Ⅳ』 おわり】

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