Fate/relation   作:パープルハット

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ついに信奏編完結です!
いよいよルラシオンシリーズも、クライマックスへ向け、動き出します。
感想、誤字等あればコメントお願いします!


信奏編 最終話『再会』

『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』に降り立った幼き遠坂杏寿は、一人の鬼と邂逅する。

彼は全身傷だらけで、今にも光の粒子となり消えようとしていた。

医学知識に精通した彼女だが、英霊である彼を助ける術を持たない。

誰しもが己の命尽きるとき、悲痛な表情を浮かべるものだが、この鬼はやけに満足そうだ。

 

「失踪したマリア・インヴェルディアに変わり、新しく管理者に任命された遠坂杏寿です。早速だけど、その傷は誰にやられたものなのかナ?」

「何でもねぇさ。転んでついたものだ。」

「そんな訳がないだろう。この楽園内での小競り合いかい?」

「いや、この箱庭は至って平和だ。今はもう、暴れ足りない奴がいないのさ。英霊も妖怪も、みな命を諦めている。」

「命を?」

「退屈だからな。退屈を潰せたのは、俺だけだ。」

 

鬼は、阿久良王は天を見上げ、静かに微笑む。

 

━━━━臣下(シンカ)、達者でな。

 

磨き上げた拳法を託し、旅立った少女を思う。

管理者の任を降りられたならば、きっともう言うことはない。

 

「お前さんも、自由に出入りするといい。確か開発都市第五区であれば、扉の先から向かえるだろう。」

「でも、管理者としての使命が…………」

「ルスカもいない、鬼ももういない。ここはもう空っぽさ。杏寿と言ったか?お前さんが管理するものはもう何も無いんだよ。血が沸騰している連中は俺と臣下(アイツ)が皆殺しにした。だから、自由だ。」

「自由……………………私も、自由に生きられるってコト?」

「あぁ、そうだ。自由に生きろ!カッカッカ!」

 

阿久良王は、マリアに撃ち抜かれた胸の傷が致命傷となり、オアシスから退去した。

だが彼は最期まで笑顔だった。

痛快な人類に出会い、己の全てを継承できた。

第二の生には、意味があったのだ。

ただそれだけのことが、最上の幸福である。

 

「消えた……何だったの?あのサーヴァント」

 

杏寿は彼のいた場所を、呆然と眺めていたのだった。

 

【信奏編 最終話『再会』】

 

アングイスの虐殺事件は収束した。

ショーンたちの元へと現れた沼御前により、信華は大人しくお縄につく。

そして災害のアサシンへと彼女の身は委ねられた。

災害の間に連れて来られた信華は、ナナと再会する。

彼女は命の終わりを覚悟した。

元より、内なるマリアを押し殺し、ダリアとして幸せを享受するなど、出来る筈も無かったのだ。

生まれる時代を間違えた。生まれる意味も履き違えた。

災害の手で全てが終えられるなら。それは一般的に名誉なことであるだろう。

生涯に悔いなしと、胸を張れるかもしれない。

だが災害のアサシンの反応は、彼女が期待したものでは無かった。

彼女が見ていたのは、信華ではない。

いつの間にか右腕に浮かび上がった、気色の悪い痣である。

些か暴れ過ぎたかもしれないが、それでも、このような幾何学文様にはなるまい。

ダリアも、そしてマリアでさえも、それが本物の令呪であるとは認識できなかった。

 

「どうして…………『彼』が…………?」

 

災害は震えていた。

恐怖でも憎悪でもなく、感動によるものである。

沼御前も首を傾げる。

この空間で、この令呪が存在する理由を見出せたものはいない。

信華も、このとき、エマという不思議な少女と結合した事実を知らない。

いま、ナナに見えているのは『彼』の幻影である。

名も忘れた、優しき男の眩しすぎる笑顔が、ナナの目尻を濡らした。

 

「どうして……?ずっと上手くいかなかった。私は『彼』と再会できなかった。この身体の全てを使って、ずっとずっと戦ってきた…………どうして?信華…………?貴方は『彼』なの?」

 

ナナは信華へ近付き、ゆっくりと抱き締める。

信華自身は、ナナの心を理解することが出来ない。

そもそも彼女は、災害により罰せられる為に来た。

だと言うのに、信華は災害により受け入れられようとしている。

酷く可笑しな話だ。

 

「わらわは、アヘル教団セントラル支部の左大臣(ニューホープ)として彼女を推薦するわ。マスター、貴方にとっても素晴らしい提案でしょう?」

「ええ。信華は信華だろうけど、『彼』がそこにいるならば、側に置かない理由はないもの。」

 

沼御前はほくそ笑み、信華の肩を叩いた。

狂気的な犯行に及び、第五区そのものを巻き込んだ事件に発展させた罪は大きい。

ならば、信華はその罪を清算しなければならない。

それは決して、死を以て行われる事ではないと。

 

左大臣となる都信華に与えられた罰。

信華の女としての機能が枯れ果てるまで、災害のアサシンに永遠の奉仕をする。

それは言うならば、奴隷であった。

全ては、完全なる『彼』を産み落とすため。

彼女は消費されることを受け入れていた。

ナナの計画は、信華の思想に合致していた為。

己が『母体』となるならば、それは尊いことなのだろう。

 

やがて、数万という性交を経て、性器の擦り切れた信華は女の役割を失った。

 

液体はもう分泌されない。乾いた砂漠のようである。

そして、用済みとなる信華は、自らの腕を切り落とし、捧げた。

ナナが真に愛するのは、この腕だけなのだから。

女としての信華は死んだ。それは彼女自身にとっても好都合だ。

マリアが創造したもう一つの人格、ダリアの消失。

彼女はようやっと、自己矛盾に悩まされる日々から解放されたのだ。

 

「これが幸福」

 

松岱連也という心優しい恋人、杏寿やセバスチャンという友。

全てを忘却する快楽の渦、災害に愛される史上の喜び。

客観的に見てこれが羨望の眼差しを受けるものならば、信華は民衆の声に従い、幸福と認めよう。

だが、彼女が心から潤うことは無かった。

食欲も、睡眠欲も、そして性欲も、都信華をヒトたらしめない。

ならば何か?

彼女(マリア)はずっと、何を望んでいたのか。

答えは既に出ていた。

 

 

「糸が手繰り寄せる運命、さぁ、雌雄を決しましょう?」

 

信華は巧一朗へ微笑みかけると、早くも奇襲を仕掛けた。

巧一朗が目で追える速度ではあるが、忽ち彼のレンジへと突進してくる。

彼は闘牛士のように、彼女をいなすと、首元目掛けて足蹴りを入れた。

すかさず信華はこれを躱し、足をバネにして横軸移動し、彼の背後を取る。

一瞬の出来事であるが、巧一朗は彼女を見失う。

信華がその隙を逃す筈もない。

巧一朗の後頭部に強烈無比な回し蹴りを食らわせた。

この一撃は、人間、英霊問わず、即死級のものである。

彼が命を落とすことは無かったが、脳震盪を起こし、その場で泡を吹いて倒れ込んだ。

信華はバランスを保ちつつ着地し、起き上がれない彼の頭を踏みつける。

彼女の予想通り、既に巧一朗の『代替』は始まっている。

脳を砕けば機能停止する読みだったが、存外丈夫にできているようだ。

やはり心臓の核、虚行虫の本体を叩く以外に道はない。

信華はその場で腰を下ろし、彼の背に爪を突き立てた。

一撃、ただその手で背骨を砕き割り、心臓を鷲掴みにすれば、勝利できる。

だが、彼女は簡単に勝利できるとは思わなかった。

既に深層界曼荼羅で幾日が過ぎただろう。

何度も何度も、致命傷を負わせ、その度に彼は蘇ってきた。

彼の糸はあらゆるものを繋ぐ。

きっと、勝利という結論にも既に繋がっているのだろう。

信華の振り下ろす手は、彼の指先から垂れた線に阻まれた。

ほら、やっぱり。

彼女は腕に絡みつく白い光を振り払う。

信華にとって初めての経験。彼女がどうやっても殺せないヒト。

根気比べなら、とうに負けている。

 

「…………全く」

 

彼女は深い溜息をついた。

巧一朗は揺らいだ視界を何とか正常に戻しつつ、信華の方へと向き直した。

彼の防衛本能がひとりでに動いた結果、細長い糸がいま信華の腕を縛ったのだ。

隣人とは廃棄された英霊情報の集積体、彼は純粋な魔力源としてこれを享受し、行使する。

 

「行くぞ…………」

 

巧一朗は力を振り絞り、彼女の元へと駆け出した。

背中に浮かび上がる蝶の羽のオーラが彼の後押しをし、加速する。

猪のような突進、そしてエネルギーを一点集中させた右手を繰り出す。

渾身の一撃は、信華の頬骨を粉砕した。

彼女の整った顔面は崩壊し、目鼻は歪む。

だが、彼女の鋭い眼差し、その殺意は健在である。

彼女は巧一朗の追撃を逃れ、再び彼の真似事をする。

そう、彼女も自身の指先からか細い糸を垂らし、傷を縫い始めるのだ。

だが彼女は集中力が必要な、極めて繊細な作業を苦手とする。

激痛と共に、指先の糸は切れ、あろうことか顔だけでなく、胸元の処置も解けた。

開いた傷口から多量の血液が漏れ出す。

巧一朗には隣人というバックアップがある。

信華にはそれがない。

そもそも、魔力を用いた糸と、細胞組織から生み出した糸では、原理が異なる。

信華はもはや限界を迎えていた。

 

「巧一朗、戦闘で勝利する方法を知っていますか?」

「戦いで?」

「簡単です。相手の技量を知り、ほんの少し、上回ればいい。必要なのは力より、情報。相手を真似て、学んで、ただ一歩それを超える。これの繰り返し。私はずっとそうしてきた。」

「簡単に言ってくれるな。」

「今もそう。私はあなたを超える。」

 

信華は血塗られた手で、巧一朗へと掴み掛かる。

彼女は彼を押し倒し、心臓へと拳を叩きつけた。

彼は攻撃を読み、両腕でこれを止める。

やはり信華のパワーはかなり落ちている。

モード『崩楽』の無限に強化される彼女から一転、今は巧一朗と実力は然程変わらないだろう。

臨愁とは、間桐エマの力を最大限利用した境地なのだろうか?

だが、彼はどうにも違和感を覚えた。

彼女がバトルスーツでは無く、どこか神聖さすら感じる衣装に袖を通したこと。

どう考えても、動き辛さが倍増している。

ならばこの戦いには、何らかの儀式的な要素が含まれていると解釈できよう。

彼女のいう臨愁とは、殺し合いの究極、では無い?

 

「考え事ですか?勝負の最中に!」

 

信華は巧一朗へマウントを取ったまま、手刀で喉仏を抉ろうとする。

だが直前で避けた彼には擦り傷程度だ。

破壊欲と、何かで構成された彼女の心。

殺戮兵器に徹した筈の彼女が、込み上げる感情に支配されている。

信華も、そして、エマも、その名前を知らない。

 

「今のあんたのスピードじゃ、俺は倒せない。」

 

巧一朗は信華の伸ばした腕を取り、彼女を引き剥がすと、逆に覆い被さる。

彼女の腹部に身体を下ろし、身動きが取れないようにする。

そして何度目か分からない、ヒトを殺す拳を振り被った。

瞬間、彼女の言葉が反芻する。

相手の技量を知り、少しばかり上回る。

相手を真似る、相手を学ぶ。そして相手の一歩先へと進む。

五つのモードを経て、彼は深く彼女の戦いを理解した。

故に、今の巧一朗は信華を超える攻撃を放てる。

 

「そうか、信華━━━━━━君は」

 

深層界において、途方もない時間を共に過ごした。

故に、彼女の思いをついに理解する。

ホモ・サピエンス、ケルサス、インセクタムがなんだと、理屈を捏ねくり回し、自らの存在理由を証明しようとしていた。

宮子曼荼羅に魅入られ、ヒトの可能性を追い求め、研究者として生き、ついには教師となった。

あぁ、彼女はきっと、人間が好きなのだ。

人間讃歌。

人類そのものへの深すぎる愛。

故に生まれる矛盾。

信華は人間を愛すると同時に、ヒトを殺したいという欲求を持って生きている。

現生人類が会得出来ない、圧倒的なまでの殺人衝動。

食事をするように、睡眠を取るように、性行為に勤しむように、彼女は人間を殺害する。

その矛盾を晴らすために、他者の言葉を信じ、己の学びを信じ、そして災害を信じた。

彼女はただ、人を殺したかった。

ただそれだけなのだ。

愛とは真逆の欲求に、二十数年と苦しみ続けた。

人間を殺すたびに成長、成熟する己を必死に抑え込み。

殺しても殺しても、死なない誰かを求めていた。

彼女の生き様を理解する人間に、出会いたかったのだ。

 

「君は、人類学者でも、哲学者でも、教師でも、科学者でも、研究者でも、格闘家でも、師範でも、アヘル幹部の左大臣でも、幸福な花嫁でも、二重人格でも、人類の守護者でも、抑止力でも無い。━━━━━━ただの哀れなシリアルキラーだ。生きるための皮を被り続けてきたんだな。」

 

信華の目元を伝う雫。

巧一朗は肯定も否定もしない。

生まれて来なければ良かった命、彼も同じ。

今は、二人の力比べ、単なる生存競争。

そこに大義などあっていい筈がない。

殺したら勝ち、殺されたら負け、ただそれだけの。

 

「でもあんた、案外形から入るタイプなんだな。」

「?」

「その巫女服、この戦いはあんたにとって、ただのデスマッチじゃ無いんだろう?」

 

信華は反応を示さない。

だが巧一朗にはお見通しだった。

 

「それでも信華…………君はきっと、何かを残そうとしている。それは━━━━━━━━」

 

彼女は巧一朗の唇に指を当てた。

そして微笑みながら、彼女の真意を語る。

 

「巧一朗、『進化』の果てを知っていますか?」

 

強くなりすぎた肉体。もはやヒトの領域を遥かに超えたその先。

彼女が見た景色は、サハラ砂漠であった。

建造物も、森林も、湖も、ましてやオアシスも無い、一面の砂世界。

そこには誰も、何も無い。

孤独だった。

彼女は無数の死屍の上に立っているのだから。

 

「進化とは、前に進み続けること。でも、ヒトはその終着駅で、生存の価値を喪失する。だから、振り返る必要がある。私が歩いてきた道が正解であれ、間違いであれ、それは正しく終着駅へと向かう道なのだから、それを道標とするヒトは必ず現れる。」

「だが、終着駅には何も無いんだろう?」

「ええ。何もありませんよ。でも、ヒトは目指すことを諦めないでしょう?そこにオアシスがあると、信じるから。」

 

彼女は弱肉強食の局地、成れの果てと言っていい存在。

ヒトを殺し、跳ね除け、ただ一人、進み続ける。

だが信華はこの深層界で、やっと、ようやく、振り返ることが出来た。

そして彼を見つけることが出来た。

 

「拳法にはそれぞれ型がある。型とは、すなわち人から人へ託すために最適化された技の集合。モード『臨愁』は全ての拳を伝えるためにこそある。ヒトはヒトを真似て、学び、進化する。私はようやく━━━━」

 

殺しても死なない、即ち、殺さなくても良い。

そんな誰かに、生き様を刻むことが出来る。

 

「私の拳が軽いのではない。貴方が私に全てを超えるくらい、強くなったの、巧一朗。貴方が進化したのよ、巧一朗。」

「信華……………………」

「私も貴方の真似事をしてみたのだけれど、もう刻限ですね。」

 

際限なく進化を続けたその肉体は、徐々に崩壊していく。

彼が彼女を殺さなくとも、彼女は勝手に死ぬだろう。

輪廻の策に落ちた時点で、信華に勝機などある筈もなかった。

不条理だが、それを批難する体力も残っていない。

何より、彼女は楽しかった。

信華は憑き物の落ちた、満足げな笑みを浮かべている。

━━━━あぁ、そうか。

認めたくは無いが、彼は納得した。

臨愁とは、何か?

信華の心を、祈りを、理解する。

 

「これで、トドメだが、言い残したことはあるか?もし、災害のアサシン宛なら、俺が責任を持って伝えておく。」

「そうですね…………では」

 

信華は巧一朗へ、ある質問を投げかけた。

彼は首を縦にも、横にも振らない。

信華はその様子を見たあと、静かに目を瞑った。

 

巧一朗は容赦なく、その拳で信華の心臓を穿つ。

 

「じゃあな、都信華。」

「ええ。お達者で、巧一朗。」

 

そして都信華はついに、その生命活動を終えた。

 

 

深層界曼荼羅の崩壊。

そして巧一朗は、開発都市第一区の公園にいた。

ベンチで横たわっていた彼は、ゆっくりと身体を起こす。

隣では言峰クロノが何やら難しそうな本を読んでいた。

 

「お目覚めか。」

 

彼は本に栞を挟み、閉じる。

そして巧一朗の様子を窺った。

当の巧一朗は、クロノの顔を見て、怪訝な表情を浮かべる。

彼らは敵対する理由こそ無いが、仲間という認識も一切無い。

寝覚めに見る顔がエセ神父では、気持ちいい起床とは言えないだろう。

巧一朗はクロノから距離を取るが、彼は気にする素振りは見せなかった。

 

「勝利、おめでとう。」

 

クロノは右手に持つ本の表紙と左手で拍手する。

賞賛にしては、些かやる気の感じられないものだ。

巧一朗は深く溜息をつき、輪廻の姿を探す。

彼女は着物姿でブランコを漕ぎ、暇を潰していた。

 

「輪廻、俺を残して逃げたどころか、結界内に閉じ込めやがって。」

「ごめんなさいね。でも、必ず生きて帰ってくると確信していたわ。そういう運命だもの。」

「仲間にしてもいい、殺してもいい、結果は同じ。その意味は理解できた。凡そ戦力としては変わらない、ということだな。」

「…………より強くなったのね、やるじゃない。」

 

白々しさを感じたが、どうやら輪廻は本気で巧一朗の成長を喜んでいるようだ。

彼自身、実感は無い。

信華の速度に、怪力に、本当に追いつけていたのか。

そして隣人召喚が、正しく機能していたのか。

分からないことだらけだが、まずは自身の生存に安堵するべきだろう。

 

「ちなみに、私のスカウトだけれど…………」

「当然断る。俺には帰る場所があるからな。」

「そう。残念ね。」

 

輪廻はブランコを漕ぐことを止め、クロノの隣へと移る。

彼は彼女に付いていくのだろう。

警戒対象ではあるが、かと言って、四六時中監視するのも御免だ。

アヘル教団のこともある。巧一朗はやることが山積みだった。

 

「輪廻、最後に残された謎を解き明かしたい。信華の話を以てしても、判明しなかったものだ。」

「何?」

「ナナが産んだ、俺の腹違いの兄妹とも言える、間桐エマのことだ。何故、彼女は信華を選んだ?そして、何故信華は、間桐巧一朗と同質の存在となった?」

 

ナナの手で生まれた、無数の適正者たち。

彼らの中から巧一朗は生まれず、何故かエマが非適正者である信華の胎内へと入り込むことで、巧一朗になった。

輪廻は既に、その答えを知っている。

 

「ほら、だって信華と巧一朗は『血が繋がっているでしょう』?」

「血が……………………?」

 

巧一朗の脳に衝撃が走る。

そして虚数海で、彼の母親である間桐桜と話した内容を思い出した。

脱線した話の中で、語られていた。

テスタクバルにより誘拐された桜の姉、その名こそ遠坂輪廻。

目の前にいる人物は、巧一朗にとって伯母に当たる人物。

そこまでは良い。だが、その後だ。

遠坂輪廻、またの名をリンネ・インヴェルディア。

彼女の子孫たち、今は遠坂、マキリ、アインツベルンの三家に分たれている。

ダイダロスとの戦いの前、エラルやキャスターの口から紐解かれた筈だ。

どうして忘れていたんだろう。

深く認識することを放棄していたのだろうか?

信華も、そして、身近で言うとエラルも、巧一朗にとっては血の繋がりのある存在。

 

「まさか、虚行虫との適合条件は………………『インヴェルディア』……?」

「その通り」

「待て、そのことを災害のアサシンが知ったなら…………」

 

巧一朗がそれを発する前に、クロノが間を割った。

 

「遠坂龍寿、或いはマキリ・エラルドヴォールが、次の苗床になる可能性がある、と言うことだ。」

「間桐巧一朗の増殖は、止まらないわね?」

 

巧一朗は冷や汗をかいた。

そして深層界曼荼羅が解かれたことによって、同時刻、ナナの所持するデバイスに、一通のメールが届けられていた。

それは戦闘中の都信華が巧一朗の気付かぬうちに送り届けたものであった。

 

件名:彼の創造に関する考察

 

記された名は、遠坂龍寿、そしてマキリ・エラルドヴォール。

彼女は敢えて、彼が生きていることを災害へは報告しなかった。

これは死にゆくマリアからの、巧一朗への挑戦状である。

 

暴走し続ける、災害のアサシンを止めることが出来るか?

 

開発都市の命運は、間桐巧一朗に託される。

 

 

開発都市第五区、アヘル教団セントラル支部。

ショーンと、マージナル支部のヴェノム候補生たちは、部屋の片付けを行なっていた。

それはショーンと、今は亡きシュランツァが共同で使用していた指揮所である。

彼女が戦闘中に命を落としたことにより、ショーンは別のヴェノムと配置換えになった。

彼はいま、部下たちと共に、自身の荷物の撤去と、彼女の遺品整理を行なっている。

 

「シュランツァ様、革命軍の連中に殺されたのですね。」

「ええ。わたくしは彼らがとても憎いわ。でも、どうすることも出来なかったの。」

「ファフロツキーズなる戦闘兵器を隠していたとは…………報告書を確認しましたが、とんでもないバケモノでした。」

「まぁどうやら暴走して、革命軍に処分されたようだけどね。」

 

ショーンは当然、真実を語らない。

シュランツァを殺したのは、他ならぬ彼だ。

災害や沼御前への報告も、嘘を織り交ぜている。

複数のアンプルの同時併合。

かつて信華、杏寿と共に取り組んだ、ヴェノムイーターへの第一歩。

鶯谷鉄心をただのレアケースとして終わらせない。

彼にとって、他のヴェノムは実験用マウスに過ぎない。

かつて辿り着く筈だった栄光、今の彼を突き動かすのは、言わば執念なのだ。

 

「そういえば、シュランツァ様の後任のヴェノムセイバーは…………」

「あぁ、どうやらアヘルの英雄サマが帰還なさるようよ。」

「英雄サマ?」

「貴方は若いから知らないわよね。ヴェノムセイバー『ニシキ』、本名は五百旗頭洞門。隠居ジジイだけど、実力は本物よ。」

 

ニシキにもまた、彼にしか使用できない戦闘技術(スキル)がある。

いまいるメンバーで、彼を超えるものは、恐らく沼御前と、精々ウラルンくらいのものだろう。

オピスこと鉄心は、未知数であることもあり。

ヴェノム候補生の青年は自身の不勉強を恥じつつ、自ら振った話題を逸らす。

 

 

「あ、ショーン様、これ、ショーン様のものですよね。落ちていましたけど…………」

 

彼の部下は、部屋の隅に放棄されていたロケットペンダントを拾い上げる。

中には、白衣を纏う研究者三人組の写真。

ショーン、杏寿、そして信華。

アンヘル研究所の、昔馴染みたち。

 

「これ、左大臣の信華様と、あとは…………」

「永久欠番のニョッカ。今頃、何しているのかしらね?」

「思い出の一枚、ですね。これは次なる指揮所に持っていきますよね?」

「いや、捨てておいて。『要らない』から。」

 

え、でも、と部下は言いかけ、それでも、言葉を飲み込んだ。

サングラス越しでも判断できる。

ショーンの目に、光は宿っていなかった。

彼が必要ないと言うならば、これはもう、処分するべきものなのだろう。

だが、心優しき、否、甘い考えのヴェノム候補生は、ペンダントを捨てることが出来なかった。

彼はショーンに気付かれないよう、自らのポケットに忍ばせたのだった。

 

時を同じくして、『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』の扉が開かれる。

開発都市第五区からの来訪者は、現在の管理者の様子を伺いにやってきた。

現在この場所は聖遺物が狩り尽くされ、主であるルスカの消失した、空虚なジャングルと化している。

第五区の幹部たちも、もはやこの地には訪れない。

もはや存在意義の失われた空間なのだ。

来訪者『ニシキ』は一眼レフ片手に、箱庭を探索する。

ヒトの寄り付かぬ荒廃した場所こそ、彼の好物。

着物姿で練り歩き、最も美しく映える景色を探す。

やがてその足は、箱庭を見渡せる高台へと達した。

そこで彼は目的の人物に出会う。

随分と久々の顔だ。

彼は『彼女』に悟られないよう、背後からその姿を映し取った。

だがニシキの到着を知っていた彼女には、全てお見通しである。

 

「相変わらず、太陽のように情熱的な赤い髪だな。」

「もっと良い口説き文句は無かったのかのう?」

「お互い、男と女を語るには、老いすぎてはいないかい?」

「それもそうじゃな、でもそなたはまだまだ現役じゃぞ、洞門。」

 

彼女はニシキの方へと振り返る。

改めて見ても、彼の幼馴染は、とても美しい女だ。

 

「で、管理者様はいつまでこうしているんだ?そろそろ愛する娘に会いに行ってやらないと。」

「いや、会いに行く予定はない。あの娘には、亡霊のようなものじゃからな。」

「そうか、そう言えば、一度死んでいたな、君は。」

 

ニシキが箱庭の管理者に会いにきたのには理由がある。

アヘル教団、遠坂、マキリ、アインツベルン、凡ゆる者の未来が、大きく変わろうとしている。

五百旗頭洞門には、すべきことがある。

だから再び、ヴェノムセイバーの名を冠した。

彼は彼女に協力を仰いだ。

すると彼女はくすりと笑みを浮かべる。

 

「心配せずとも、もう動いておる。」

「早いこったな。流石は御三家にも、教団にも被害者の会にも属さない第四勢力。」

「正確に言うと第四区博物館でも無いから、第五勢力じゃな。まぁどうでも良いがの。」

 

ニシキはファインダー越しに彼女を見つめる。

気高き支配者たる女、だが、決して傾国美女ではない。

その目に映るのは、桃源郷の未来である。

 

「案ずるな、洞門。全て、この『ミヤビ』に任せておれ。」

 

 

開発都市第六区を出発した美頼と充幸は、第四区へと戻ってきた。

后羿の太陽をダイダロスが止めたことにより、都市は五体満足である。

むしろこれまで以上に、活気に溢れているといった具合だ。

だが博物館は、窓ガラスが割れ、充幸の世話していた庭園の植物たちも何者かに踏み荒らされている。

展示されていた違法でない聖遺物の数々は全て消失していた。

何者の仕業かは一目瞭然。

アヘル教団が、もぬけの殻となった博物館を襲撃したのだ。

幸いなのは、表のスタッフやアルバイターたちが事件に巻き込まれた訳では無かったこと。

美頼は割れたガラスを踏み鳴らしつつ、館内へと入っていく。

 

「美頼ちゃん、危ないですよ。」

 

充幸の静止を振り切った行動。

半ば自暴自棄となっていることは見て取れる。

美頼は巧一朗の生存を今も信じている。

もしかしたらここに、巧一朗が帰ってきているかもしれない。

 

「コーイチロー、いたら返事して!」

 

美頼はいつものスタッフルームから、館長の部屋に至るまで、歩いて調べ尽くした。

だがここには、彼女ら二人を除いて誰もいない。

美頼の目には、大粒の涙が浮かぶ。

 

「美頼ちゃん……………………」

 

充幸はしゃがみ込む美頼へと駆け寄った。

そして彼女をゆっくりと抱き締める。

彼女にはこうすることしか出来ないから。

 

「ねぇみさっちゃん、生きてるよね、コーイチロー、きっと生きてるよね。」

「私もそう思いたいです。彼ならばきっと窮地も乗り越えられると。」

 

エントランスへと戻ってきた二人は、入り口に現れた人影に驚いた。

高い身長、そしてボサついた髪、それは美頼が最も会いたいと願う青年のシルエット。

 

「まさか、コーイチロー?!」

 

美頼は堪らず駆け出していた。

毎日が苦しくて、やるせなくて、でも、彼への恋が諦められないからこそ、歯を食いしばって生きてきたのだ。

ずっとずっと、会いたかった。

入り口の扉が開き、彼女は青年と対面する。

 

だが、美頼にとって、そこにいたのは目的の人物では無かった。

 

「ちゅんちゅん……………………?」

「鶯谷…………さん…………?」

 

長かった長髪をバッサリ切り落とした鉄心が、博物館へと帰還する。

美頼が最も会いたい人物では無かったが、彼もまた、博物館の仲間だ。

彼女は喜びの声をあげる。

いつもの、第四区博物館裏スタッフのメンバーが揃い始めた。

その感動に打たれる。

だが充幸はいち早く、鉄心の様子がおかしいことに気付いた。

彼はいつもの、鶯谷本舗と刻まれた安物のツナギを着用していない。

伸縮性に富んだ鎧、何よりその腰には数本の刀が挿されている。

悪寒がする。

何かがおかしい。

だが美頼は嬉しさ相まって、彼の酷く冷たい眼差しに気付かない。

 

「待って、美頼ちゃん………………あなた、鶯谷鉄心さん?」

「何?みさっちゃんってば?どう見てもちゅんちゅんだけど…………」

「それは私もそう思っています。でも…………」

「酷いなぁ、鬼頭鑑識官。俺は貴方も良く知る鶯谷鉄心です。何も、変わっちゃいませんよ。」

 

充幸は美頼の前に立ち、盾になるべく両手を広げた。

桜館長が話した、博物館の裏切り者。

本当に、鉄心なのだろうか?

充幸の手足はカタカタと震えている。

 

「みさっちゃん、何をして…………」

「鶯谷さん、貴方はいま、何らかのサーヴァントの力を宿している。膨大な魔力が、その身から溢れ出ていますよ。」

「あ、やっぱり分かります?」

「何をしに、ここへ戻ってきたのですか?」

 

激しく睨みつける充幸に、鉄心は参ったなと頭を掻いた。

何も脅かしにきたのではない。

何も殺しにきた訳ではない。

ただ、宣戦布告のために現れた。

 

「俺は、鶯谷鉄心の名を捨てました。今はアヘル教団のコードネーム『オピス』です。」

「アヘル……………………」

 

刹那、美頼の脳内に、沼御前により首を刎ねられた禮士がフラッシュバックする。

彼女は胃の中のものを堪らず吐き出してしまった。

美頼にとって、助力したアダラスより、凶悪な沼御前がイメージとして定着してしまっている。

 

「怖がらせるつもりは無いんだ。今日は、決別の為に来た。」

「決別…………?」

「アヘル教団はこれより、各地区への侵略を開始する。当然、この第四区も。博物館の人間も、当然皆殺しにする。それが災害のアサシンの意向なんだ。」

「なぜ…………………………」

「残された災害は、ランサー、ライダー、アサシン。既にランサーはアヘル側にいる。各地区に災害が存在することにより保たれていた均衡は破られたんだ。それも、災害のキャスターを殺した博物館の所為でな。」

「………………」

「悪しきテロリストは排除し、災害のアサシンが統治する桃源郷へと生まれ変わるのさ。俺はそのためにこの刀を振るう。まぁ二人を直接手にかける気はない。精々逃げ延びてくれ。」

「ちゅんちゅん、どうして………………?」

「さぁ、どうしてだろうな。」

 

本来であれば、オピスに与えられた使命は、二人の抹殺であった。

だが彼はどうしても得物を握る気にはなれない。

彼にとっても、博物館で過ごした日々はかけがえのないものだから。

甘い思考だと思うが、それでも。

 

「なんか、変わったね。ちゅんちゅん。」

「…………お前は変わらないな、倉谷。」

 

美頼の目から零れ落ちる雫が、フロアタイルを濡らす。

鉄心は踵を返し、博物館を立ち去ろうとする。

だが、彼は入り口の目前で足を止めた。

充幸と美頼は様子のおかしい鉄心の背中を見つめている。

 

「帰ってきたか」

 

入り口の自動ドアが開いた。

そして彼は、一人の青年と邂逅する。

ポロシャツは酷く汚れ、ネクタイの引き千切れた、全身傷だらけの男。

鉄心は彼の姿を見て、思わず笑みが溢れた。

そしてそれは美頼も、そして充幸も同じ。

待ち望んでいた再会である。

 

「よぉ、鶯谷、随分と洒落た服を着ているじゃないか。」

「そういうお前は薄汚いな、巧一朗。」

 

巧一朗と鉄心はそれ以上の言葉を交えない。

ただ肩を叩き、鉄心は去っていく。

巧一朗は彼の現状を理解し、既に受け入れいる。

もし殴り合うならば、全力で挑むつもりだ。

巧一朗も離れていく彼を引き止めることはしなかった。

 

「もしかして、コーイチロー…………?」

「もしかしなくても巧一朗だ。」

 

美頼は彼の胸元に飛び込んだ。

勢い余ったタックルにより、彼は苦しい声を漏らす。

彼女は幼子のように泣き喚いていた、だがそれが喜びのものであることは確かだ。

普段は、美頼に抱き着かれたら引き離す彼も、今日ばかりは背中に手を回した。

抱き寄せると、温かい身体。

彼は無事帰宅できたことを噛み締める。

 

「おかえりなさい、巧一朗さん。」

 

充幸もまた目に涙を溜めながら、笑みを浮かべている。

流石に抱きつくようなことはしないが、嬉しさの感情が爆発しているのは確か。

 

「お゙がえ゙り゙、゙ゴー゙イ゙ヂロ゙ー゙」

「お前は何を言っているか分からん!」

 

巧一朗は泣きじゃくる美頼につっこみつつも、美頼を抱き締める手を緩めるつもりはない。

会いたかった、ずっと、会いたかった。

彼は満面の笑みで、二人に答える。

 

「二人とも、ただいま!」

 

 

 

【信奏編 完】

 

 

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