C103にて頒布したおまけものがたりです!
【本ストーリーは『蹂躙編』シリーズのネタバレを含みます。】
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【おまけものがたり ジェイルブレイク】
【本ストーリーは『蹂躙編』シリーズのネタバレを含みます。】
酷く冷たい牢獄の中。
ミヤビ・カンナギ・アインツベルンは独居房で、身を縮こませて座っていた。
隣の部屋の住人が今日も呻き声を上げている。
数か月に及び、彼女の声に聞き耳を立てた結果、災害のアサシンへの讃美歌を口ずさんでいるのが理解できた。
だが凡そ歌っているとは思えない、呪詛のようなおぞましい嗄声。
ミヤビは短く整えられた髪を掻き毟りながら、苛立ちを露わにする。
「五月蠅いぞ。」
ミヤビが静かな声で怒ると、隣の受刑者は壁を爪で引っ掻き始めた。
何度も何度も、不快な音がミヤビの耳を襲う。
こうなると何を言っても無駄。
彼女は耳を抑えながら寝転がり、時間が経つのを待つ。
この独居房での生活が始まり、どれぐらいの月日が経過しただろうか。
ミヤビはそれを当然理解しているが、あまり深く考えないようにしている。
一日が途方もなく長い。
彼女はこの退屈を、少なく見積もって十年は続けなければならない。
もしかすると、一生、この鉄格子の外を歩けないかもしれない。
この退屈を紛らわせるために、思い出に浸り続ける。
彼女の脳裏に浮かぶのは、災害のバーサーカーとの決着の日のことだ。
激動の一日から一転、毎日が同じことの繰り返し。
ミヤビにとってみれば、死が隣にあったあの数日の方が、余程人間らしく生きていられたと思う。
桃源郷で一番醜悪な、それでいて最も安全な刑務所に身を置く今は、地獄のような日々に違いない。
「太陽が落ちた日」
あの日。
災害のバーサーカーを前に、遠坂、マキリ、アインツベルン、博物館、アヘルが手を取り合った。
対災害共同戦線ルラシオン。
誰もが自らの命を賭して戦い、そして勝利を手にすることが出来た。
だが、アヘル教団の刺客『沼御前』が現れ、衛宮禮士が命を落とした。
ミヤビはその葬儀に参列することなく、この牢屋に収監された。
拘置所からこの独居房まで来るのに、そう時間はかからなかった。
彼女自身が、己の罪を認め、そして誰もが彼女の犯罪を知っている。
抵抗する気もない。都市選弁護人も弁護内容の空っぽさに顔を顰めていた程だ。
共謀罪の他に、殺人罪、過去の罪まで洗い出され、ある意味で忙しいと言えばそうなる。
開発都市三大企業の王の正体が、浅ましき犯罪者。メディアも踊り狂う程のスキャンダルだ。
でも、もう決めたことだ。
思えばサンスイの命を奪ったあの日から、運命は定まっていたと言える。
アヘルが黒幕だとか、今更減刑を求める訴えは起こさない。
全てミヤビが選んだ道。それが倉谷未来であり、ミヤビなのだと。
彼女はつい先日のことのような、果てしない遠い過去のような、戦いの日々を思い出していた。
でも、追憶は途端に隣の住人に阻害される。
突如、金切り声で発狂する女。
これまで、このような反応を示すことは一度も無かった。
ミヤビは流石に恐怖を感じ、誰かが来るのを待つ。
すると暫くして刑務所長の女が現れた。その隣には白衣の医者らしき女を連れている。
ミヤビは鉄格子に寄り掛かり、何が行われているか懸命に覗いてみた。
どうやら、白衣の女に注射器のようなものを打たれ、おかしな囚人は沈静化したようだ。
蛍光色の緑のような鮮やかな液体。
ミヤビはその成分に心当たりがある。
アヘルの所有する研究施設に存在したものだ。
「ヴェノムアンプル暴走時の、鎮静剤?」
適正者で無い者が毒を打ち込まれ、ホラーショーの怪物になるのは第五区の御伽噺。
実験施設ではそれは物語では無く、現実だった。
多くの若者が命を落とし、生き残った者も、人格障害や身体障害となった。
ミヤビはようやく納得する。隣の住人は実験の被害者だったのだ。
この一角は、アヘルと関わりを持つ人間たちが閉じ込められる場所ならば、独居房と言うのも頷ける。
可哀想に、と憐れむことは無い。
第五区では適正者として選ばれない人間の方が悪い。
存在価値の無いものに、居場所など与えられる筈も無いのだから。
「────と、以前までのミヤビならそう考えたじゃろうな。」
弱い人間に価値は無い。もしそうなら、人類は災害のバーサーカーにひれ伏していただろう。
無力な者が集まって、大きな力になった。
だから第五区の行う『選別』は、いつか綻びが生じ、崩壊する。
例えば、アヘルの実験被害者が組織を形成すれば…………
「アサシン様……アサシン様……」
隣の住人は、それでもなお、一番の加害者を崇拝する。
祈らなければ、自我が保てないのだろう。
彼女もまた、アサシンに救われたのだ。
だから、信者であるというアイデンティティを守る為に、地獄を味わい続けているのだ。
ミヤビは再び、部屋の隅へ行き、三角座りで縮こまる。
考えてはならない。
考えるべきでは無い。
罪の意識で押し潰されそうになる。
ミヤビは目を瞑り、時が流れるのを待つ。
彼女も同じだ。いつか何かが壊れ、何かが狂い、この牢の中で解放の叫びを上げるだろう。
「倉谷未来」
鉄格子の外側より、無機質な声が発せられた。
ミヤビはびくりと肩を震わせる。
恐る恐る顔を上げると、先程の刑務所長の女が腕を組み、佇んでいた。
感情の籠らない声で、ミヤビの名を呼ぶ。
後ろからもう一人の刑務官が現れ、牢の外側を指し示した。
牢屋の外────
ミヤビを含め、アンプルの服用者には刑務作業は与えられていない。
英霊の力の暴走を危惧してのものだろう。
一体どこへ連れ出されるのだろうか。
彼女がゆっくりと外へ出ると、その両手には手錠がかけられた。
そして彼女らに連れられ、ミステリーツアーへと向かう。
「どこへ連れて行く?」
「面会だ。」
「面会?」
「三十分だ。それ以上は認められない。」
所長の女はぶっきらぼうに言い放つ。
ミヤビはその態度に難色を示しつつ、白い扉の部屋に入っていった。
所長はその場で離れ、もう一人の刑務官だけが同室する。
彼女らの視線の先は巨大なアクリル板で仕切られており、固い椅子に一人の女が座っていた。
座ると言っても、女の場合は土足で飛び乗るような、育ちの悪さが垣間見える姿である。
着用している服も、派手が過ぎるピンクと黄緑のツートーンカラーのパーカーで、髪色やネイルも色鮮やかである。
刑務所に訪れる者としては、マナー違反極まりない様子。
ミヤビはその顔に見覚えがあった。思わず溜息が零れ出る。
「何をしに来たんじゃ、『ニョッカ』。」
「アハハ!ミヤビってばそんなクソだせぇ服なのに、喋り方もBBAって、二重だせぇナ!」
ヴェノムランサー『ニョッカ』。
またの名を『遠坂杏寿』。
正真正銘、遠坂組当主である龍寿の実妹である。
その性質は真逆と言えるが。
誰もが二度見する派手な装いで、桃源郷を旅し続ける冒険家が、遠坂邸に帰還するのは久々のことである。
「てか『ニョッカ』って名前もダサいから、アンジュって呼んでくれよナ!」
「そうさな。ここではミヤビも『スネラク』ではなく、ミヤビじゃ。」
「最初からそう呼んでるジャン♪」
杏寿はケラケラと笑いながら、ミヤビの無事を喜んでいた。
面会の申請を出して三か月。ようやく僅かな時間だが、その機会を手にすることが出来たのだ。
「ミヤビに会うのはいつ以来だっけ?」
「数年ぶりだ。セントラルでの定例会議が最後じゃな。突如、貴様は何処かへと旅立った。何の音沙汰も無く、な。」
「あー、あのときはカレシと喧嘩別れしたからナー。むしゃくしゃしてバイナラしたヨ。」
「支部違いの、高身長の男か?」
「ザッツライ!アンジュ様の方が高給取りなのが気に入らないんだってサ。他の女と浮気してやがったんだヨ。」
「適正者、それもセントラルならば仕方あるまいて。今は?」
「あれから、えっと、カイトでしょ、ユズルでしょ、マイケルでしょ、ミツキでしょ、あと野良サーヴァントとも付き合った。全部破局ちゃんヨ。アンジュ様の身体だけ堪能して即ポイだゼ?ありえねぇっつの。」
「男児を魅了する身体つきでも肌つやでもあるまい?」
「あ、いま胸が小せぇっつったナ!ミヤビだってまな板お子ちゃまボディじゃねぇかヨ!」
「言ってないぞ。まぁそもそも、貴様は恋愛に向いていない、絶望的にな?どうせ兄である龍寿の自慢話ばかりしているのだろう。」
「うぐ、それは否定できない……」
「万年ブラコン女が。」
「万年処女には言われたくないナ!」
彼女らの世間話は数分間に及んだ。
無論、これは二人にとってはジャブ。本音を隠して、牽制しあっている。
だがいつまでもこれでは埒が明かない。最初に切り出したのはミヤビだった。
「して、何の用だ。濁す必要は無い、単刀直入に話せ。」
ミヤビは真剣な表情になる。
すると杏寿も少しばかり居住まいを正した。
「災害のバーサーカーが死んで三か月。開発都市オアシスは激変しちまったんだナ、これが。」
「どのように?」
「全ての区がアヘル教団の支配下に置かれたって言ったら信じる?」
「何?」
聞き捨てならない。
ミヤビはその場で乗り出し、刑務官の女に止められた。
その様子を見てなお、杏寿は楽しそうに笑っている。
「どういうことじゃ。他の災害は?」
「第三区で災害のアーチャーと、桃源郷の抑止力が死んだ。現存する災害はランサー、ライダー、アサシンだけど、ランサーはアサシン陣営に与した。孤独なライダーでは、アヘルの侵攻をどうにかすることは出来ないのサ。」
「遠坂とマキリ、あと博物館は?」
「遠坂とマキリは完全降伏ちゃん。あ、降伏は幸せの方の幸福じゃないよ?諦めたってコト。」
「ありえん。」
あの自我の強いエラルが、あの勇敢な龍寿が、折れた。
蛇王ザッハークの『魅了』が働いたのか?それ以外には考えられない。
「有り得るんだナ!遠坂組当主の『遠坂龍寿』、並びにマキリコーポレーションCEOの『マキリ・エラルドヴォール』はアヘルに拉致られた。今は人質ってヤツ。連れ去られる際、マキリの方は死傷者も出てるしナ。」
「死傷者……?」
「ミヤビも知っている名だけど、聞きたい?」
「いや、辞めておこう。気分が悪くなりそうじゃ。」
杏寿は実の兄のピンチであるにも関わらず、飄々としている。
ミヤビにはそれが不気味に思えた。
うざいと思えるほどに兄を溺愛している杏寿の態度としては一向に正しくない。
「博物館は……………………美頼は無事なのか?巧一朗は?」
「そこまでは知らないサ!このアンジュ様の『担当』では無いからナ!」
「担当?」
「遠坂、マキリ代表がアヘルの軍門に下った。この意味は分かるよナ?」
杏寿はアクリル板を爪でこつこつと叩く。
次はお前だ、そう告げているのだ。
だがミヤビは恐怖することなく、ただ呆れた。
松竹梅全ての席のサーヴァントは消滅、執事であるモスマンも退去、アインツベルンのオートマタ技術も既に多方面へ流出した。
アインツベルンという名に何の価値も存在しない。
サンスイが創り上げたものを、未来が全て台無しにしてしまったのだ。
「アインツベルンは滅んだのじゃ。貴様も知っておろう?」
「あぁ、知っていますとも。だから欲しいのはミヤビじゃない。隠された情報だヨ。」
「情報、とな。」
「第一区に城を構えていたんだ。ミヤビは当然『始まりの聖杯』の場所を把握しているだろう?」
「やはり、それか。」
遠坂輪廻こと、始まりの聖杯。
第一区博物館に存在するとされているが、その場所は災害のライダーのみが知る。
アヘルはアインツベルンカンパニーが秘匿に協力体制であると睨んでいたのだ。
だがミヤビは何も知らない。拷問されたとて、吐ける情報は一つも無いのだ。
「諦めろ、何も知らない。」
「本当に?この牢獄から出してやるゼ?」
「本当に知らん。加えて、脱獄は望んでいない。」
「お、りょーかい。それじゃ仕方ないネ。」
杏寿はあっさりと引き下がる。
面会時間はあと十数分。その判断の速さにミヤビは懐疑的になる。
彼女の意図が掴めない。
そしてあろうことか、杏寿はコンパクトを開き、化粧を直し始めた。
流石にこれはタブー行為、だが、刑務官は動かない。
ミヤビはこの時点で、後ろに座る刑務官が杏寿とグルであることに気付いた。
ミヤビの行動だけが常に監視され、杏寿側は無法地帯である。
鼻歌を歌いながら取り出した口紅を塗り始める杏寿。ミヤビはただ黙って、その様子を眺めていた。
「やっぱアンジュ様は桃源郷一の美少女だよナァ。自ら惚れ惚れしちまうゼ。」
「ふ、貴様は常にそうじゃったな。第五区では災害のアサシンに誰もが魅了される、でも、貴様は己こそが世界一の美女であると疑わない。ヴェノムでありながら、決して災害を信仰しない。」
「だって事実ジャン?アンジュ様は美女で天才で金持ちでサイキョーなんだからナ。」
「否定は出来ぬな。」
事実だ。
ミヤビが知る遠坂杏寿という少女は、存在が化物だと言っていい。
美しさ、は兎も角として、三大企業の生まれで大金持ち、そしてヴェノムの中でも随一の戦闘スキルを有する。
そして何より、彼女はまごうことなき真の天才だ。
いつまでも『本音』を隠したままの杏寿に、ミヤビはしびれを切らした。
「そろそろ腹を割って話そうかの、杏寿。貴様は『そちら側』では無かろうに。」
何が目的だ?
そうミヤビは再度問い質す。
まるで彼女は、自分がアヘルの先兵で、任務によりミヤビを捉えに来たかのように話す。
そのはずはない。
何故ならば、彼女はアヘル教団の『裏切り者』なのだから。
いまヴェノムランサーが空席であるのは、彼女が第五区から永久的に追放された為だ。
むしろ、アヘルによって命を狙われる立場にある。
その理由は明確だった。
「遠坂杏寿、貴様は第五区の、いや、開発都市きっての天才。史上最高の『医者』じゃ。ヴェノムアンプルの中和剤、暴走時の鎮痛剤を開発し、解毒剤の研究を重ね、永久欠番となった女。」
彼女は誰から指図を受けたわけでも無く、自らの意思で、アヘル教団へと入信した。
理由は単純明快。アヘル教団の犠牲となった人々を、医療を以て救う為。
アンヘル研究所に実在した研究データを外部へと持ち出したのも彼女だ。
遠坂杏寿は神も、災害も信じない。彼女の信仰は龍寿が当主を務める遠坂組と、己の腕にのみ存在する。
「昔は、だけどナー♪」
「この施設にずかずかと乗り込んで来た意味も分かる。この牢獄にいる犯罪者であり被害者たちをも、貴様は救うつもりでいるのじゃろう?」
ミヤビの隣に収監されていた受刑者、彼女に打ち込まれていた薬は杏寿が開発し、外部製薬会社に権利を譲渡したものだ。
毒を盛られた(或いは自らの意思で服用した)囚人に手渡されるような代物で無い筈だが、彼女の権限で、それを無償で供給している。
死者でなければ、必ず救う。それが名医と称される女のモットーだ。
杏寿は口を閉じ、神妙な顔つきに変わる。
開発都市の各区を冒険し、あらゆる地で患者たちを救ってきた。
アンヘル研究所でただ一人、狂わなかった者。只一人、人間の未来を夢見た者。
その付け爪の下には、患者を救う為に奔走した証、ボロボロになった指がある。
もしサンスイが命を落とす時、彼女がそこにいたならば、運命は変わっていたかもしれない。
「杏寿、貴様はミヤビに何を求める?ミヤビに、まだ出来ることはあるのか?」
「対災害共同戦線ルラシオン」
「え?」
「かっこいいよナ。兄ちゃんは凄い、兄ちゃんは真のヒーローだ。桃源郷トップのスーパー名医のアンジュ様は夢を見ていたんだゼ、いつか、遠坂と、マキリと、アインツベルンと、そしてアヘルが協力できる日のことを。」
何度も放たれる灼熱の太陽。
ヒトの四肢を捥ぎ、愉快に『食事』する悪獣たち。
その圧倒的なまでの絶望を、ルラシオンは乗り越えた。
その中心には、遠坂龍寿の姿があったのだ。
「…………アンジュ様は、皆の戦いに間に合わなかった。いつもそうサ、龍寿兄ちゃんが攫われたときも、何も出来なかった。これで桃源郷一の名医だって言うんだから呆れるよナ?…………あぁ、だからアンジュ様は誓ったのサ。今度は絶対に────」
杏寿は真剣な眼差しでミヤビを捉えた。
その目は、災害のバーサーカーを前にして、それでもなお戦う意思を見せつけた龍寿と同じ。
どこまでも馬鹿正直で、真っ直ぐな目だ。
「『私』も戦うよ、未来。」
ヴェノムランサー『ニョッカ』はとうの昔にその名を捨てていた。
遠坂杏寿は『遠坂』の名のもとに旗を揚げる。
ミヤビがつい先ほど思い描いた、ヴェノム被害者の一大組織。
もし杏寿がその指揮をするならば、これほど心強いことは無いだろう。
「それで、ミヤビはどのように協力できるのじゃ。」
「そうだナァ、話し始めると長くなるけど、面会時間そろそろ終わりだし…………」
杏寿は顎に指を当て考える仕草をするが、何かを思いつくと、途端に椅子の上へと立ち上がった。
そして指をパチンと鳴らし、合図する。
ミヤビの額に汗が流れた。強烈に嫌な予感がする。
「な、なんじゃ?」
「とりあえず、『脱獄』しよっかネ?」
「は?」
杏寿がにっこりと笑みを浮かべると、突如爆音が炸裂した。
同時に降り注ぐ瓦礫の雨。ミヤビは咄嗟に屈み、両腕で頭をガードする。
だがミヤビは傷一つ負うことが無かった。彼女の後ろに鎮座していた刑務官の女が素手で守り通したからだ。
ミヤビは冷や汗をかきながら空を仰ぐ。
そう、本来なら決して見えない筈の晴天が、彼女の目線を釘付けにした。
杏寿はこの一室の天井部分を何らかの方法で爆破させ、外への扉を無理矢理にこじ開けたのだ。
これでは安全装置が作動して、けたたましい警告音に苛まれるだろう。
既に犯罪者へと鞭を与える暴力的なオートマタたちが隊を成して動き出した。
言わんこっちゃない、とミヤビは溜息をつく。
「んじゃ、ランサー、よろしくゥ!」
彼女を守っていた刑務官の女は、その場で着用していた制服を脱ぎ捨て、本来の姿へと変わった。
当初はくノ一のようにも思われたが、朱色の鎧を装着した瞬間、それはまごうことなき武士となる。
黒きオーラを纏いしランサーのサーヴァント。杏寿が連れ歩いている武者英霊だ。
彼女は無言のまま杏寿とミヤビを担ぎ上げ、天井から空へと跳び上がった。
ミヤビは太陽の眩しさに目を伏せた。実に三か月ぶりとなる『娑婆の空気』、という奴だ。
「サンキューちゃん!ランサー!」
「下からオートマタ数体、攻めてくるぞ!」
外の世界へ出たことで、ミヤビの能力が発現する。
遮蔽物を除き、空間そのものを俯瞰し、解析する力だ。
ミヤビには既に、脱獄者を捕まえる為の部隊の位置が完璧に把握できていた。
うち数体は遠距離武装を有している。銃口は武者の甲冑へと向けられていた。
着地する瞬間を待ち構えている者も確認される。どの地点を目指そうにも辺りは敵だらけだ。
杏寿はこの状況でも平然と笑っていられる。自身の力に絶対的な自信があるのだ。
「東の方角より鉛玉と矢の投擲、北より四騎のセイバー隊、西南からも応援が来ておるぞ。一つ一つ相手にしていたらキリが無さそうじゃな!」
「でも一つ一つ相手にするヨ。追跡される方が厄介だからネ!」
杏寿は空中でスカートを捲り、太腿を露出させた。
埋め込まれたコネクタに化粧バックから取り出した注射針を装填する。
すると無機質な音声が鳴り響き、彼女の肉体は光を放ち始めた。
〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムランサー』:『源義親』現界します。〉
セントラル支部に属する適正者、ヴェノムたちには特異な才能がある。
例えば、シュランツァは二騎のアンプルの重ね掛け、ウラルンは他クラスのアンプルの使い分け、ショーンは災害のキャスターのアンプルを使用することが出来る。
遠坂杏寿もまた、他の者の追随を許さぬ才能を有していた。
ミヤビを抱きかかえていた女武者と、杏寿は同化する。
そして杏寿はヴェノムランサー『源義親』へと変身を遂げた。
彼女が引き出せる英霊のアンプルは一騎のみ。
だが、それは専属従者サービスのオートマタ英雄のように、独立して存在を維持できる。
時には力を重ね戦い、時には二人に別れて戦闘を行う。義親単独で任務に当たることも出来、杏寿のボディーガードとしても当然機能するのだ。
そして源義親のヴェノム、その真骨頂はこれからだ。
杏寿は人差し指を立て、詠唱を開始する。
ミヤビはそれがスキルの発動合図だと察知した。
『悪対馬守(あくつしまのかみ)万(よろず)に在り』
それは源義親の御業。
暴れん坊として生前名を馳せた彼女が、死後も各地でその名を轟かせたという逸話の再演。
彼女の死を到底信じることの出来ない人々により生じた現象であるが、その全てが嘘偽りであったとも限らない。
義親はどこかで生きている。
『天下一の武勇の士』と奉られた彼女は、現世にその力の一端を残した。それが自身の現身である。
杏寿が発動したスキルにより、ヴェノムランサーである彼女は七人に分裂した。
「さぁ、行くヨ!」
独立して存在した義親は分厚い甲冑に身を包んでいたが、ヴェノムサーヴァント変身時には柔軟性に富んだパワードスーツにアップデートされる。
露出した肌に関しても、鉄壁のバリアが施され、銃弾の雨にも決して撃ち抜かれない。
二メートルを超える槍を振り回しながら応戦。
そして東、北、西南、点在する全ての刑務官サーヴァントを襲撃、瞬く間に制圧した。
この間、僅か数秒である。
浮遊した杏寿がミヤビを地に下ろすまでの短時間で、分身体は全ての敵を気絶させたのだ。
命を奪うやり方をしないのは、流石ともいえる。
ミヤビは感心を通り越して、恐怖すら覚えた。
その気になれば、彼女は数十人と身体を分裂させることが出来るだろう。そうなれば一部隊として機能しそうだ。
「さ、流石じゃな。」
「よし、久々だけれども、鈍ってねぇナ!良かったちゃん!」
杏寿はそのまま、ミヤビを背負い、先を急いだ。
このときのミヤビは知る由も無いが、杏寿にはミヤビを欲する理由があった。
アインツベルンではなく、倉谷未来として、必要としたのだ。
アヘルの侵攻は始まったばかり、だが、既に世界は危機に陥っている。
犠牲者を増やさない為、二人は『開発都市第五区』へと向かう。
「ときにミヤビ、ユーはもう一人のヴェノムバーサーカーを知っているかナ?」
「誰じゃ?」
「ヴェノムバーサーカー『ナイチンゲール』さ。被験者の名前は『櫻庭咲菜』。」
「そやつがどうかしたのか?」
「彼女が、この戦いのジョーカーとなる。アンジュ様はそう信じているヨ!」
杏寿はマッドサイエンティストのような悪い笑みを見せた。
ミヤビは困惑するが、杏寿のことを信じてみる。
きっと目指す場所も、目的も、同じである筈だから。
「待っておれ、美頼。」
「待ってろヨ!龍寿兄ちゃん!」
ひょんなことからのプリズンブレイク。
二人は大切な人の待つ場所へと急ぐのだった。
【おまけものがたり ジェイルブレイク おわり】