Fate/relation   作:パープルハット

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皆さま、大変ながらくお待たせしました!申し訳ございません!

ついに『楽園編』開幕です!!!!!

感想、誤字等あればコメント欄にお願いします!


楽園編 プロローグ『座礁する方舟』

この開発都市オアシスが存続して

 

もし未来の若人たちが歴史の教科書を開いたなら

 

今日起こる事件は、大きく見開きで刻まれていることだろう。

 

そう、本日を以て、開発都市オアシスは変革を迎えたのだ。

 

第四区博物館、遠坂組、マキリ・コーポレーション、アインツベルンカンパニー、その他数々の組織の預かり知らぬ所で。

 

ただ一人の青年の手によって。

 

【楽園編 プロローグ『座礁する方舟』】

 

開発都市第一区、とある地下洞窟。

災害のライダー『カナン』は今日も今日とて、彼女の元へ足繁く通う。

その腕に収まりきらぬ花束は、彼女へのお土産だ。

だが、彼は洞窟の最奥で異変に気付く。

本来そこにいる筈の彼女が、そこに存在しない。

 

「リンネ?」

 

彼の求める主人、遠坂輪廻は開発都市オアシスを成り立たせるための動力源。

人間としての機能を放棄し、自らの意思で彫像となった。

故に、人の足で何処かへ散歩へ向かうなど絶対に有り得ない。

彼は花束を置き、顎に指を当て考え込んだ。

まず思い当たるとすれば、何者かに彫像ごと盗み出された可能性。

だがそれは有り得ないと吐き捨てる。

そもそもこの場所、美しき鍾乳洞は、彼と彼女のみが立ち入れる場所。

災害のキャスターことダイダロスの創造した方舟の中枢部で、その設計上、人類と英霊がどんな手段を講じても辿り着けない法が敷かれている。

ならば、遠坂輪廻が自ら外の世界へ赴いた可能性はどうだろう?

彼女は始まりの聖杯であり、自身の価値を何よりも理解している。

彼女が死ねば、オアシスから全ての英霊が退去する。

それだけに留まらない。この開発都市そのものがシャットダウンする恐れもある。

だからこそ、彼女はヒトであることを諦めた。

 

「リンネが動かなければならない事態が起こった、或いは、起こる?」

 

ガイアの抑止力『ファフロツキーズ』の君臨。

人類と災害は、その危機を脱した。

だがその代償として、災害のアーチャーが命を落とした。

そして第六区では、災害のバーサーカーまでも。

彼は深く溜息をつく。

残る災害は自分自身を含めて三騎、やがて訪れるエックスデイに対抗するには心許ない戦力。

彼は彼女の目指す先を知っていた。

ずっと同じ方向を向いていた筈だった。

だが最後の最後で、彼と彼女は違える。

彼は、皆と足並みを揃え、共に生きる未来を選択する。

だが彼女は元より、彼のみが存在すればそれで良かった。

ヒトを信じる彼と、ヒトという不確定要素を排除する彼女。

彼女はもう、彼の手を振り解いてしまったのかもしれない。

 

「……自分のマスターが今どこでどうしているか、そんなことも分からない無能なオレの、どこを気に入ったんだろうねぇ。」

 

彼は身につけていた帽子を深く被り直す。

お土産の花束はそのままに、彼は洞窟を後にした。

 

 

開発都市オアシスは、今日も安泰だ。

始まりの聖杯としての職務は全うされている。

そういうことであれば、遠坂輪廻のいる場所は自ずと絞られる。

陽の光を浴びることを嫌い、自身の所有する博物館に引き篭もっているだろう。

客人の一人や二人を招いているかもしれない。

もし第一区博物館と名付けられたその場所にいるならば、何ら問題はない。

オアシスからは隔絶された世界。

彼でさえ、その場所へ単独で向かうことは叶わないのだから。

だが彼女が何らかの事件や戦いに首を突っ込んでいたならば話は変わる。

神の如き権能を有する彼女だが、その身体はただの少女。

いとも容易く崩れ去る危険を孕んでいた。

まさかの事態、嫌な想像が過ぎる。

エックスデイの到来が予見され、彼は脂汗を浮かべた。

サハラにて眠る、復活が約束された王、ないし、真なる災害『ディートリヒ・ヴェルバー』。

彼女の到来よりいち早く、このオアシスそのものを地球から脱出させること。それが彼が生きる理由、成し遂げるべきラストミッションである。

方舟は既に完成している。あとは出航に際する『条件』をクリアすれば…………

 

「…………っ?」

 

第一区中心部に聳え立つ楼閣、そこへ向かう大通りにて、彼はある気配を感じた。

それは愚かにも、災害である自身の命を狙う者たちの殺気である。

武器を持たない彼の周りを取り囲むように、ざっと数えて七名。

黒のローブと、奇妙な仮面を身につけた者たちは、どうやらサーヴァントではなく人間であるようだった。

 

「何者かな?」

 

彼の問いかけに、素直に答えるものはいない。

彼らは互いに合図を送り合うと、腕に装着されたコネクタを晒しながら、一斉に注射器を突き刺した。

腕の血管は膨張し、肉体の随所から煙が吹き上がる。

カナンはそれを深く理解していた。

開発都市第五区で生まれた、人間を英霊へと進化させる技術『ヴェノム』だ。

 

〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムアサシン』:『ハサン・サッバーハ』現界します。〉

 

無機質な音声が同時に鳴り響くと、七人は暗殺教団の英雄たちに変化する。

彼らは同じ名を冠する、別々の英霊たち。

共通して、目の前の敵を殺害するための能力を有している。

各々が武器を手の取ると、彼の心臓に狙いを定め走り出した。

それは勇気と履き違えた、無謀な挑戦。

災害は両手をズボンのポケットに仕舞い込むと、息を大きく吐き出した。

刹那。

暗殺者の七人は、違和感を覚える。

各々が、災害を殺すために走り出した筈、だが気付けば、彼らは地面に背をつけていた。

何が起きたか理解できない。

直接手を下された覚えもない。一瞬のうちに、地面へと転がされていた。

そして手にしていた武器は指先のサイズまで細切れに分解されていた。

楯突けばお前もこうなるぞと脅されているかのように。

 

「な………………?」

 

ここで初めて暗殺者の一人が驚愕の声を上げた。

自身が今どういう状況か、敗北したことすら理解できず。

カナンはやれやれと溜息を溢す。

彼らは恐らくセントラルではなく、マージナル支部の軍人たち。

選ばれし七騎に遠く及ばない実力。そんな者が、災害の暗殺に駆り出されるとは、舐められたものだ。

だが、ここでカナンは彼らとは異なる視線に気付いた。

同様の殺気、だが、こちらは隠すのが上手とみた。

 

「何だい?この人たちを使って、オレの実力を測るつもりだった?」

「ええ。何のデータにもならなかったけれども、ね?」

 

陰から現れたのは三人。

ヴェノムキャスター『ショーン』、ヴェノムライダー『アダラス』、ヴェノムアサシン『モゴイ』。

彼らこそ本命。災害のライダーを殺すために派遣された先鋭たちである。

中でもショーンは、カナンが見るだけで相当な実力者であると理解できる。

カナンはへぇ、と感心の声を漏らした。

 

「災害は呼吸をするだけで、ヴェノムレベルであれば這いつくばらせることが出来るワケね。勉強になったわ。」

「アンタはそうはいかなそうだけど?」

「あら、災害のサーヴァントに褒められるなんて、最高の栄誉じゃないかしら!」

 

ショーンは冗談めかしく笑ってみせるも、そのサングラスの下の眼は光を失っていた。

いつだってこの男はそう。己の為すべき仕事に、一切の私情も、感情も挟まない。

まるで左大臣の席『都信華』を模倣しているかのように。

対して、アダラスは災害のアサシンの命令でこの場に来たが、全身が震え上がっている。

かつて戦闘したヘラレウスを遥かに超える脅威、アキレウスの力を以てしても、勝算は無い。

ただ仲間であるショーンのことは信用してる。彼には、災害のライダーを抹殺する算段があると。

ならば刃を握るだけ。

対災害戦線ルラシオンで築き上げた絆の全てを胸の内に仕舞い込み、彼女はこの場に立っている。

 

「目的は、オレの暗殺?」

「ええ。お察しの通りよ。災害のランサーはアヘルに与した。でもきっと災害のライダーはそうならない。違う?」

「あぁ。アンタらとの航海も、それはそれで楽しそうだが、オレは第五区のみを贔屓する訳にはいかないからな。」

「そう。とっても残念ね。じゃぁ、短い間だったけれどお話できて良かったわ。サヨウナラ。」

 

ショーンが指を鳴らすと共に、彼らはアンプルを取り出し、同時にコネクタへと装填した。

つい先程のハサンの集団とは異なる覇気を纏う。

 

〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムライダー』:『アキレウス』現界します。〉

〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムアサシン』:『ヤ=テ=ベオ』現界します。〉

 

先に変身を遂げたのは、アダラスとモゴイ。

緑の髪に黄金の装甲を身に付けたアダラス、そして、モゴイは建造物すら超える食人大木となり、無数の蔦を伸ばし始める。

ライダーは鋭い眼差しを向けながら、ゆっくりと距離を取る。

まずは彼らの技量を分析するのが先決。

だがアダラス、ひいてはアキレウスの神速がそれを許さない。

文字通りの光速で距離を詰めると、その手に有する長槍を心臓へと振り下ろした。

彼は彼女の得物ではなく、目の奥を見ていた。

迷いがある。躊躇の色が見える。正義の狭間で揺れている。

災害のライダーを手にかける、その行動の正当性を何者かに求めていた。

ならば、今彼女に殺されてやるのは、些か可哀想だ。

心臓がぐちゃりと砕ける音が、アダラスにとって一生のトラウマに成りかねない。

災害はそれを望まない。

この娘はきっと、真面目な良い子だ。

英才教育により兵器として育てられた、ただの子どもに過ぎない。

カナンは教育の一環として、アダラスの槍を軽々しく避けてやることにした。

目標を外れた槍の先端は、地面へと深く突き刺さる。

そしてカナンは隙の生まれた彼女の肉体に強烈な拳を喰らわせる。

胸部装甲ではなく、露出した腹部へ入る強烈な一撃。

骨が数本折れた気配がする。だが、アキレウスの力が宿っているならば、これくらいは許容範囲。

明確に弱点を突かなければ、アダラスを葬ることは出来ないだろう。

元より殺すつもりなど毛頭ないのだが。

 

「かはっ…………」

 

アダラスの口から血が飛び散る。

后羿のような、身長二メートルをゆうに超える巨体ではない。災害のライダーは、細身の体型で、背丈も鉄心とそう変わらないくらい。

それでも、やはり災害。アキレウスの神速をその目で捉え、かつ遇らう。

アキレウスの無敵性、そしてヴェノムの脆弱性を理解した上での攻撃。

アダラスは咄嗟に後方へと引き下がり、マージナル支部のハサンたちと同じ末路を回避した。

だが、骨が折れたのは確実だ。アキレウスの堅牢な肉体を宿しているにも関わらず、それを飛び越えてきた。

アダラスは激しい痛みを伴いながら、地面へと蹲る。

明確な死を除き、全ては擦り傷。急ぎ再起しなければ偉大なる災害先生に溜息をつかれてしまう。

それ以前に、弱きは粛清対象に成りかねない。沼御前による『教育』の場面を想像し、彼女はカチカチと歯を鳴らした。

そんなアダラスを尻目に、殺戮衝動を抑えきれないモゴイが動き出す。

3メートルを超える巨大な木へと進化する彼は、無数の蔦を生成する。

その先は鋭利な刃物のよう。加えて小刻みに振動しており、家屋や地面に触れては抉り取った。

人肉を解体する無限のチェーンソーがカナン目掛けて放たれる。

彼は一本一本を的確に処理していくが、一度目標を外れた蔦も、追尾性能を発揮する。

B級ホラー映画の怪人、殺戮マシーン。

アサシンのクラスとは思えぬ大立ち回りだが、全てを破壊して己一人が立っているならば、それは暗殺と言えなくもないのかもしれない。

モゴイはアダラスと同じ、マージナル支部から手塩にかけて育てられた逸材だが。

 

「(殺すという行為に一切の躊躇がないな)」

 

これまで何人、何騎、手にかけてきたのだろう。

命令のため?否、己の趣味嗜好による快楽殺人。

災害は彼という人物の背景を知らない。だが、この戦いだけでその器を見切る。

彼はヒトを殺すために生きている。ヴェノムの部隊というのはモゴイにとって天職だ。

 

「(こちらはほんの少し『教育』が必要かもな?)」

 

カナンは蔦による連撃を躱しつつ、樹木の本体へと近づいていく。

ヒト一人は収納できそうな幹、ここが操縦席であれば、モゴイの本体が格納されているのだろうか。

カナンは距離をつめ、敵のレンジに入る。

モゴイは攻撃の悉くを避けてみせる彼に恐怖を覚えていた。

生え出た蔓が自動的にカナンへと伸び、その身体を捕縛する。

手足の動きを封じるが、こんなものは気休めにもならない。

事実、数秒後には彼の怪力により引き千切られていた。

 

「災害の……ライダー………!」

「仕置きだ」

 

カナンは右拳を握りしめると、目にも止まらぬ速さで大木へ打ち込んだ。

鈍い破裂音がこだました瞬間に、ひび割れ、木肌が砕け、剥がれ落ちる。

『ヤ=テ=ベオ』と融合していたモゴイの身体がずるんと抜け落ちた。

沼御前との鍛錬においてもこれほどの一撃を受けたことはない。

ヴェノムの能力を強制解除される程の威力がそこにはあった。

宝具やスキルでない、ただ繰り出された右ストレート。

モゴイはリング上に立つ資格もなかったのだろう。

ショーンは彼らの戦いを観察しながら、災害の実力に盛大なる拍手を送る。

 

「で、アンタもやるのかい?」

「ええ。胸を借りるつもりでね。」

「……オレが言うのもなんだが、無駄なことだと思うけどな。」

「無駄かどうか決めるのはワタクシ♪」

 

ショーンは左手首のコネクタに注射針を装填する。

それは第三区で使用した強力無比なヴェノムアンプルだ。

 

〈データローディングは━━━━でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムキャスター』:『ダイダロス』現界します。〉

 

「ダイダロス……だと?」

 

災害のキャスター『ダイダロス』から抽出したヴェノム。

それを行使するリスクを考慮した上で、彼は強大な力を受け入れる。

第三区での戦闘から更なる改良を施し、彼がオアシスで創り上げた黒色装甲を具現化するに至った。

カナンにとっては誰よりも見覚えのある姿である。

背から生える天使のような両翼に、彼は嫌悪感を覚えた。

 

「さぁ、災害同士で戯れましょうよ?」

 

ショーンは満面の笑みで、特殊コードの詠唱を開始する。

ダイダロスの偉業を、自身の手で凌辱し、異形とする。

万古不易と謳われたソレは、テロ組織により、太陽により潰えた。

ショーンが生み出すのは真逆の概念、自由な発想が織りなす、彼なりの心象風景の具現。

 

「御覧なさい、災害のライダー!わたくしの為の絶対領域、わたくしの世界!」

「固有結界魔術か」

 

「ええ!迷宮起動!『有為転変の触毒迷宮(ファルマキア・ラビュリントス)』

 

ショーンは高らかにその絶技の名を口にする。

白一色に塗り替えられる世界。それは災害だけでなく、地に伏せたアダラスやモゴイも飲み込んでいく。

開発都市第一区の京風景は一転、凡ゆる物が排除され、無に還る。

この心象には『何もない』

英霊の中に刻まれた生き様も、見果てぬ渇望も、築き上げた思いも

ただ空っぽな箱庭だ。

ショーンという男には、何も残されていないのだ。

 

「(この男、一体何があった?)」

 

家族はいたのだろうか?友はいたのだろうか?切磋琢磨する好敵手はいたのだろうか?

宝はあったのだろうか?信念はあったのだろうか?夢を抱いていたのだろうか?

何故、何も見えてこないのだろう。

何故、空白なのだろう。

何故、この拡がり続ける『心』と相対して、笑顔を浮かべているのだろう。

災害はショーンの創造する世界に触れながら、思いを馳せてみた。

悲しいかな、カナンの力では救えぬ男だ。

災害のアサシンであれば、この男を導けるのだろうか。

 

「災害のライダー、この迷宮は片道切符よ。どこにも逃さないわ!」

「あぁ。あの男(ダイダロス)と同じで、出口は用意されていないとみた。ならば……」

「なら?」

「逃げられないのなら、進めないならば、壊すだけだ」

 

カナンは帽子を深く被り直すと、地面に拳を突き立てた。

植物が地に根を張るように、白の世界に黒のシミが広がっていく。

触毒迷宮が覆い尽くす手前、彼は迷宮の怪物に相見えるより先に、壁を壊すことにした。

それを可能にするのが、カナンの宝具である。

 

『偉大なるバアルよ目覚めるがいい。黙示録の旅人が是を承認する。(ハッドゥ・アニイェコルバン)』

 

カナンの声と、呪われた地で死した亡霊が呼び水となり、災害(バアル)が無空間に生成される。

天候神バアルこそ、カナンたちが信仰した唯一神。

神域の権能を軽々と行使するカナンに敵はいない。

たとえそれが同じ災害であろうと。

 

『いつか果たされる約束の地の物語(リオインティ・カナン・ベルゼブブ)』

 

宝具の発動と共に招来する暴風と稲妻、血液の大津波、噴き上がるマグマの濁流。

文字通りの地獄絵図が、白の世界を覆う。

 

「な」

 

ショーンは白の翼を必死にはためかせ逃亡を図る。

が、無意味。雷撃に撃ち抜かれ、濁流に飲まれ、ダイダロスの力は見る影もないほどに砕かれていく。

触毒迷宮の複雑怪奇な回路は物量のままに圧倒され、一片たりとも残らず解体された。

人造の奇跡は、自然災害に抗う術を持たない。何とも皮肉なものだ。

カナンは人間の可能性を信じつつ、その限界を知り、空虚な笑みを溢した。

ものの数秒で、災害のキャスターの力、ショーンの研究成果は埋没する。

カナンは途中、気絶したモゴイと徐々に回復するアダラスを拾い、その命を救った。

もらい事故をするのは忍びないことだ。

災害のライダーは全力の一部も出していない。だからこそ、二人を助ける余力さえ残っているのだ。

ショーンは全身に火傷を負いながら、何とか生き延びていた。

まさか、これほどまでとは思っていなかった。

災害の力を有しているという驕りがあった。ナナがカナンを最弱の災害だと罵っていたからこそ油断した。

桁違いだ。天地がひっくり返っても勝てる相手ではない。

 

「(災害のライダーが『最弱』って、どういうことよ、教祖様)」

 

ショーンは心の内で偉大なる教祖に毒を吐く。

災害のバーサーカー『后羿』と同等の実力を有していると結論づける他ない。

さらに言えば、彼は『災具』を使用していない。

開発都市二千年の歴史で編み上げられた手の内を、何も晒していないのだ。

 

「(これは素直に撤退、かしらね?)」

 

ショーンは何とか立ち上がり、カナンの方を睨みつける。

彼の傍に、アダラスとモゴイが寝転がっていた。

彼らを救出する義理はないが、一人でおめおめと逃げ帰れば、沼御前に嘲笑われるだろう。

それに加え、災害被害者の会による暴動で、マージナル支部は大打撃を受けた。

次世代が育っていない現状で、セントラル優良株の二人を失うのは痛手だ。

ショーンは思考を巡らせ、二人の奪還の術を探る。

 

「どうする?まだやるかい?」

「…………ええ。とりあえずそこの怠惰な二名を助け出すまではね?」

「第五区に戻るというなら、二人とも連れ帰るといい。オレは殺すつもりも、人質にするつもりもない。」

「あら、寛大なのね?」

「違う。オレにはオレのやるべきことがある。これ以上アンタらに構えないのさ。もし連れ帰るなら早くしてくれ。実は今のオレは虫の居所が悪くてね。」

 

カナンはショーンを睨みつける。

彼は明確に怒りを覚えていた。

その理由は単純。カナンにとっての友、ダイダロスの力を利用した為。

もしこれ以上、彼の創造を愚弄するならば、命のやり取りになるだろう。

ショーンは彼の激昂を理解し、第五区への早急な帰還を取り決めた。

 

「じゃあ、誠に勝手ながらお暇させていただくわ。」

 

ショーンは躊躇なくカナンの傍へ歩いていくと、彼を尻目にアダラスとモゴイを回収する。

カナンはその間、両手をズボンのポケットにしまい、一切の身動きをとらなかった。

本当に殺すつもりはないらしい。

ショーンはそんな彼を見て、不気味さを覚えていた。

 

「七人の暗殺部隊?さんも同様にな。そこの二人と同様に、彼らも鍛えれば強くなる。アヘルの力になるだろう。」

「ええ、そうね。」

「あぁ、あと、そこの家屋で隠れ潜んでいるお仲間も連れ帰ってくれ。」

「仲間?」

 

ショーンは見覚えのないことに困惑する。

彼が引き連れてきたのは、七人のマージナル支部アサシンたち、アダラスとモゴイの二人である。

別働隊が動いている話もない。

ショーンは家屋の中から現れる男に驚愕した。

彼は今日、この任務には参加していなかった筈である。

 

「オピス………………」

 

カナンの言葉に反応して、姿を見せたのは青い髪の青年だった。

彼の名は鶯谷鉄心、ヴェノムネームは『オピス』

つい先日、ナナの一声で幹部昇格した若手の先鋭である。

 

「オピス…………貴方は任務を与えられていないでしょう?」

「いや、悪い悪い。雷前のことが心配でな。」

 

彼はアダラスの本名を口にした。

部隊に属する者としての常識も理解していないようである。

ヘラヘラと笑いながら、彼はショーンの元へと近付いていく。

 

「お前ほどの男でも、敵わない相手がいるんだな、ショーン」

「あら?新参者が何を知っている訳?」

「お前が実力者であること以外、何も知らないさ。」

 

オピスはネックウォーマーで口元を覆っている。

一見無表情に思えるが、その口角はきっと上がっている。

ショーンは馬鹿にされているように感じ、激しい怒りを覚えた。

だが、全身の傷口が開く感覚を覚え、殴りかかることすら出来なかった。

 

「オピス?初めて聞く名だ。」

「俺は新参者だ。災害に名を覚えてもらえる立場にはいねぇよ。」

「そうか?オレが見るに、かなりの強者と思えるが?」

「その評価は正しい。こう見えて俺はなかなかやる。災害のお眼鏡にかなえるかもな?」

 

オピスは冗談めかしく笑った。

災害を前に威風堂々たる態度。ニューフェイスとは思えぬ立ち振る舞いである。

ショーンにとってカナンだけでなく、この男も不気味そのものだ。

だが彼の同僚、或いは先輩として、彼の挑発は見過ごせない。

災害のライダーのお目溢しを無為にする発言。

カナンはオピスの言葉に、不敵な笑みを浮かべた。

 

「やるなら、相手をするぞ?」

「あぁ、是非に。災害の実力を知る良い機会だ。挑戦させて貰おう。」

 

オピスは邪魔だと言わんばかりに、ショーンたちを道路脇に追いやった。

そして血の色をしたアンプルを手にし、自らのコネクタに打ち込む。

各クラス、英霊の特性に合わせて様々な色をするアンプルだが、鮮血の色合いは唯一無二である。

 

〈データローディングは正常でした。サーヴァントタイプ『ヴェノムイーター』:『八岐大蛇』現界します。〉

 

「イーター?」

「初耳か?……まぁじっくりその目に焼き付けていけよ。」

 

災害のライダーは第五区の『イーター計画』を知り得ていた。

だがかの実験は大量の犠牲者を出し、座礁した筈。

成功例がいたとは。

未知の能力を有するだろうことを想像し、警戒する。

オピスは変身完了と同時に、刀を抜いた。

八岐大蛇というからには、かの名刀を思い浮かべる者も多いだろうが、カナンから見て、それはボンクラ刀である。

何のつもりであろうか。

オピスは剣先をカナンへ向けると、全速力で駆け出した。

 

「(来るか?)」

 

カナンもまた拳を握る。

スキルか、宝具か、はたまた別の何かか?

だがオピスの繰り出す攻撃は、力任せの一振りだった。

災害どころか、英霊ですら容易に受け止められる技。

彼は念の為それを軽くいなし、次の攻撃に備える。

だが、オピスの二振り目も、魔力さえ宿らぬ太刀。

それも人間の武道家と同等の速度である。英霊からすれば、眠たい一撃と言える。

三度目、四度目、五度目、刃はカナンへ届かない。届くはずもない。

ショーンどころか、アダラス、モゴイにさえ劣る。

カナンは呆れ返る他なかった。

大口を叩いた割に、その実力は先の暗殺部隊と同等。

警戒するに値しない。

故に、カナンはオピスを黙らせる一撃を繰り出した。

彼の胸部に突き刺さる拳。

臓器を霧散させる程の破壊力を以て、オピスを数十メートル先まで吹き飛ばす。

そしてオピスはノーガードでそれを受け、遥か先まで飛ばされていった。

 

「な…………」

 

ショーンはオピスの情けなさに顔を覆う。

啖呵を切って現れた青年が、想定よりもあっさり敗北に喫した。

ヴェノムを誇り高い組織だと考えたことはないが、プライドを汚された気分である。

なぜ教祖様が彼を寵愛するのかが理解できなかった。

 

「(イーター実験の生還者、この程度なのかしら?わたくしも人のこと言える立場じゃないけれど、それでも……)」

 

オピスは数十メートル先で瓦礫の下敷きになっていた。

ゆっくりと身体を起こし、まずは自身の状態を確かめる。

幸い心臓は動いているようだ。

ヴェノムの力に感動を覚える。鶯谷鉄心という生身の人間ならば、死ぬどころか、全身がミキサーにかけられたみたいにぐちゃぐちゃにかき混ぜられていただろう。

だがいくつか骨は折れている気がする。

激しい痛みが全身を襲う。

だが立てない訳ではない。

彼は砂埃を祓い、ゆっくり起き上がった。ナマクラ刀を手に、災害のライダーへ向けて歩き出す。

背中から姿を見せる大蛇の人首が、オピスの腕の傷跡を舐めた。

人体からこんなものが生えているのは異常も異常だが、暫く同居すれば慣れる。

今では可愛いペットのようだ。オピスはその頭をゆっくりと撫でた。

 

「流石は災害のライダー」

「……流石と言われることはしていないけれどね」

 

オピスは先程の位置まで戻ってきた。

そしてカナンの全身を舐め回すように見る。

オピスに宿る蛇の眼は、敵の実力を測る。奥底まで見通し、弱点を探り続ける。

だが災害を相手に、それは無意味なことだ。

 

「オピス、やめよう。無益なことだろう。オレには君を殺す理由がない。」

「俺にはその理由がある。それで十分だろう?」

「殺せると、思っているのか?」

「あぁ。思っているとも。」

 

カナンは一秒と経たない間にオピスのレンジに入ると、右拳を頬に突き入れた。

咄嗟に避けようとするも間に合わず、頬骨が砕かれる。

そしてバランスを崩した彼の胸部に強烈な膝蹴りがクリーンヒットした。

オピスは勢いのまま宙へと押し上げられ、その後地面に叩きつけられる。

カナンにとってはジャブだが、オピスにとっては全てが必殺級のよう。

もはや客観視すれば弱者虐めの光景である。

一般人が見れば、惨たらしく感じるだろう。

 

「オピス、隠していても無駄だ。スキルや宝具を行使して、全力で来い。オレが正々堂々相手をしてやる。」

「…………悪いが、今の俺には絶技と呼べるものはない。これが全力だ。」

「何?」

「八岐大蛇がまだ身体に馴染んでいなくてな。八つの首も、協調性がない。動物は食い出があって美味いが、英霊はイマイチらしい。」

「ならば先程の発言は撤回すべきだ。アンタはオレのお眼鏡にはかなわない。」

「そうかな?ふん、どうだろうな」

 

カナンはオピスの態度に辟易していた。

本来、弱者の世迷言に耳を傾ける道理はない。

だが、このオピスという男には、何かあるように思えてならない。

一体何を企んでいる?

嘘をついているようではない。心の内から出てくる真が、こうも無様で、不整合だ。

 

「なぁ、災害のライダー『カナン』よ。弱者を痛ぶるのは楽しいか?」

「は?」

「俺も、セバスチャン(坊主)も、雷前も、板垣も、災害にとっては等しく弱者だ。踏み躙るのはさぞ愉悦だろう?」

「アンタらが突っかかってくる以上、オレは払い除ける。ただそれだけだ。それを虐めだと言うならば、好きに呼ぶといい。」

「はは!その通りだな!俺たちがただの構ってちゃんだ!」

 

オピスはこのような状況であっても笑う。

まるで強者であるかのような余裕。

 

「オピス、何が目的だ?」

「目的も何も、お前を殺す。ただそれだけ。」

「この後に及んでか?俺に毒でも盛るつもりか?」

「まだだ。これから身体に打ち込んでやるよ。」

 

カナンは溜息をつく。

そもそも、アヘルがどのような毒を用意していようが、カナンには一切効力はない。

それはグズルーンが焔毒のブリュンヒルデになったその日から自衛してきた為。

たとえ命を刈り取る毒と言えど、カナンは災害としてのもう一つの命で蘇る。

彼は災害が何故、災害と呼ばれるのか。それすら理解していないのだろう。

格が違う。英霊では決して至れぬ領域にいる。

驕っているのではない、これは紛れもない事実なのだ。

 

「その刀に毒でも仕込んだか?」

「いや?」

「ならばどこに毒がある?懐刀か?それともアンタの指先か?」

「強いて言うなら『舌』だな」

「舌だと?愛あるキスでもしてくれるつもりかい?」

「悪いが板垣と違って俺は男に興味はねぇよ。これはお前が思っているような毒じゃない。」

 

オピスは災害のライダーのいる位置より上を指差した。

そこには、二機のドローンが浮いている。

その下部には映像を記録するカメラが内蔵されており、戦闘の一部始終を観測していた。

 

「これが、何だ?」

「俺とお前の戦いを記録して、第五区に生配信していた。」

「配信?」

「あぁ。俺たちの堂々たる負けっぷりをな。」

「それを第五区民に知らしめて、一体何になる?」

 

カナンは本気で理解できなかった。

ヴェノムが勝利する絵であれば理解は出来る。災害を殺す映像ならば、一つの国として人々を鼓舞できる。

だが、現状は、第五区の先鋭部隊が情けなく地に転がる図だ。

これでは区民はただ絶望するだけ。セントラルにとって負の遺産そのものである。

そしてショーンもまた、オピスの意図を理解し得なかった。

これはセントラルの権威を貶めるだけに過ぎない。

最悪の場合、蛇王ザッハークの権威に泥を塗りかねない行為だ。

二人が唖然とする中、オピスだけは笑っている。

 

「はは、そうだ。実にだらしない負けっぷりだ。流石は災害だ。参ったよ、俺の完全敗北だ。」

「…………アンタ、何を考えている?」

「じゃあ大人しく殺されようか。さぁ、災害に仇なす敵を殺せ。」

 

オピスは手を広げ、胸を突き出す。

カナンがその拳で心臓を貫けるように。

だがカナンは、その指先を開いたままだ。

 

「さぁ、殺せよ。一思いにやってくれ。」

「…………」

 

カナンは動かない。

ショーンは疑問符を浮かべる。

 

「…………あぁ、そうか。災害のライダー、お前は殺せないよな。」

「………………っ」

「そうだ。お前は殺せないのさ。少なくとも『第五区』の人間を殺すことが出来ない。」

「黙れ」

「災害のライダー『カナン』は偉大なる英霊『ノア』に呪われた存在。その行動理念は、ノアの奇跡を超える、言い方を変えよう、辱めるためにある。カナンは復讐のために、方舟を造り、開発都市の人々を救おうとしている。ノアは、自らの家族と動物しか救えなかった。お前は違う、文字通り全てを救おうとしている。ノアには、成し得なかった本当の奇跡だ。だから人間を差別しない。全てを平等に救わなきゃ、意味がないからな?」

「黙れと言っている」

「だが、人間はどこまでも愚かだ。この二千年の歴史で、またも差別を生み出し、戦争を起こしてしまった。身体的、精神的障碍者を『ケッソン』と揶揄し、排斥した。それが第五区に住まう俺たちだ。災害は、差別を、容認したんだ。」

 

カナンの抱える矛盾。

彼は聖人足り得ない。約束の地の者たちと同様、悪しき存在と概念づけられた英霊である。

彼はどこまでいっても呪いだ。人々を救う理由は、ヴェルバーから守るためだけ留まらない。

ノアという英霊を完膚なきまでに辱め、呪い続けてやるため。

そのために、二千年積み上げてきたのだ。

だが、人間の醜さは、いつの時代も変わらない。

桃源郷の名を冠したこの都市で、差別が生まれた。

人が人を呪い、連鎖し、汚染されていく。

 

「災害のアサシン『蛇王ザッハーク』だけが、俺たちに救いの手を伸ばした。俺たちの命に価値があると認めたのさ。カナン、お前には出来なかったことだ。『ケッソン』を隔離し、差別を消し去ろうとしたんだろう?まぁ、無意味だったんだろうが。」

「……………………」

「そうさ、お前は俺に何も出来ない。全能神がカナンの民だけを見捨てたように、災害のライダーというオアシスのリーダーが、第五区を見捨てる真似は出来ないだろう?カナンという英霊のあり方に反する。」

「…………そうだとしたら、何だ?殺さないから何だ?それで勝利したつもりか?…………そうさ、オレは全てを救う。アンタら含めて全員救うのさ!」

「本当に?」

「何が言いたい?」

「なら、どうして未だに『方舟は出航していないんだ?』」

 

カナンは目を見開き、その場で固まった。

何故、この青年は全てを理解している?

災害のサーヴァントはあろうことか、手足が震え始める。

全てこのオピスという男に掌握されている。

 

「ど、どういうことよ、オピス?」

「ノアの方舟を模して作られたオアシスという舟の目的は、いつか来る災厄から逃げ、救われるためにある。なら、何故一刻も早く出航しないんだと思ってな。別に待つ意味はないだろう?災害のキャスターが死した今、もし舟が完成しているならば、舵を取らない理由がない。」

「そ、それは確かにそうだけど…………」

「ノアの方舟と同様、カナンの方舟には、出航に際しての条件がある。それはきっとノアのものと同じ。」

 

ノアと、その家族は何故、救われたのか?

そこにフォーカスされる。

理由は、明白。

 

「『神を、創造主を、信仰する』?」

「ビンゴ。ここで言う神とは、カナンにとっての唯一神『バアル』を指すだろう。」

「バアルへの信仰?で、でもそんなものは区民には無いじゃない?」

「天候神バアル、文字通り天候を操る神。そう、言い換えれば『災害』の名を冠する神だ。自身らの名を『災害』と呼称することにはきっと意味があったんだ。災害信仰をやがて、バアルへの信仰へと促し、切り替える。区民全てに信仰心を宿し、それを以て舟を出航させる。あぁ、ちなみにバアルを形作るためにカナンの民流の儀式をやってたんだろう?」

「儀式?」

 

オピスに知識を付与したのは、他ならぬ災害のアサシンだ。

カナンはそう結論づける。

これまでの全て、全て、全て、全ての行動に意味があり、全てがナナというファムファタルに掌握されていた。

輪廻が警戒をし続けた人物、カナンが切り捨てることの出来なかった人物。

ナナは戦闘力だけで言えば、どの災害にも劣る。彼女は本物の蛇王ザッハークでは無いのだから。

だが、だからこそ、彼は『政治力』で彼女に敗北を喫した。

 

「儀式とは『天還(あまつがえり)』のことだよ。あの儀式は災害に救われる名目だ。『ヘヴンズゲート』に至れるだの、歴史修正のために過去改変に駆り出されるだの言われているが、結論は異なる。歴史を変えるなど、人の身には余るからな。実際はカナンの民と同様、バアルへの供物として、人体を細切れに解体して壺に詰めて生贄とされた。あの儀式によって、どれほどの人間が犠牲になったか。ま、第五区はその辺りについても便宜を図られていたようだがな。」

 

カナンはオピスの胸ぐらを掴み、殴りかかる。

だがその拳は直前で止まる。

殺せない。それでも、殺せない。

カナンはカナンの民を裏切れない。

 

「で、ここからが本題。俺がカメラで撮影している理由でもある。何故方舟を出せないか。それは開発都市第五区が、差別を受け、迫害されたケッソンたちが信仰しているのは、災害ではなく、災害のアサシン『蛇王ザッハーク』であるという点だ。彼女はバアルとは結びつけられない。いずれ『邪竜アジ・ダハーカ』となられるお方だ。同じ『災害』という括りだが、言わば流派が異なる。バアルは神で、アジ・ダハーカは竜だ、つまり」

「…………………っ」

 

「カナン、お前は俺たちを切り捨てなければ、出航できないのさ。お前はケッソンを『差別』し、救いの手を振り解くしかない」

 

だがそれは、ノアと同じ。

醜い人間を捨て置き、自分たちだけが救われた、あのノアと同じ。

 

「救うと!言っているだろう!決して見捨てない!オレは必ず救う!」

「無理だ。アヘル教団そのものを解体するしか道はない。」

 

オピスは胸ぐらを掴まれたまま、冷酷に言い放つ。

そしてカナンの目が泳いだその瞬間、彼を突き飛ばした。

一瞬の気の緩み。カナンがオピスの蛇の眼に集中していたが為に、天空からの『矢』を見落としてしまった。

 

「空に輝く星座が見える?━━━━今はきっと気付かないよね」

 

背後から聞こえる、可憐な少女の声。

時すでに遅し。

その矢は、既に放たれている。

 

『天蠍惨毒一射(アンタレス・ヴェノムスナイプ)』

 

ヴェノムアーチャー『ウラルン』、ギリシアの大英雄ケイローンの力を宿す彼女の、残酷なる対人宝具。

彼女の放つ矢は、バランスを崩したカナンの腹部に直撃する。

后羿とは異なり、カナンには一定以下の攻撃を無効化するスキルは無い。

故に、皮膚は溶け、骨や臓器は燃焼した。

 

「がはああああああああああああああああ!?」

 

溢れ出る多量の血液、だが心臓へは達していない。

動物的な直感と反射行動から、致命傷を避けるべく位置をずらすことに成功していた。

完全に倒れることは無く、何とかその場で堪える。

そして彼は自身が積み上げてきた二千年に感謝した。

災害として上位存在になれたこと。そして始まりの聖杯の加護による圧倒的なまでの魔力供給。

災害のライダーは死なない。二度目の命に切り替わることなく、その生存は担保される。

 

「………っ………はは、流石だよオピス、アンタはとても口が上手い。オレも危うく命を落とすとこ…………」

 

刹那、カナンの損傷した腹部に、オピスの大蛇が噛み付いた。

内部へと顔を突き入れ、彼の中身を食している。

痛みとは違う、何かが消失していく感覚に覆われた。

カナンはここで気付く。

この蛇が食べているのは、英霊の肉ではない。

もっと根源的なものだ。

カナンという『情報』と『概念』に喰らいついている?

 

「オピス、アンタ…………」

「まずは謝っておくぜ、カナン。上のドローンはブラフだ。俺が仕込んだ毒が『舌』にあると言ったのは、嘘八百を陳列するという意味。まぁ災害のアサシンから聞き齧った部分は本当の話のようだがな。」

「はは、なるほどな」

「そして、お前はきっと死なないだろう。災害だからな。俺も倒せるなんて思っちゃいない。だから、お前には生きて貰う。」

 

オピスの背から生え出た大蛇が、カナンの傷を抉り、内部へと次々侵入する。

そしてカナンであるという存在証明そのものを奪い去っていく。

ここでカナンは『過食者(イーター)』という特殊なクラス名を思い出した。

オピスの狙いは最初からコレだったのだろう。

 

「各組織が、災害を超える術を模索し、最終結論として『英霊の力を掛け合わせる』ことに辿り着いた。博物館が召喚に成功し、そしてマキリが追い求めた『破綻者(コラプスエゴ)』のクラス、アインツベルンが研究した『英霊統合計画』、そしてアヘルが頓挫した『ヴェノムイーター実験』。同じように見え

て、その趣は異なる。過食者(イーター)は破綻者(コラプスエゴ)に近しい性質だが、後者は元々混ざりモンなのに対して」

「前者は、文字通り英霊を『喰らう』と」

「あぁ。傷跡(みちしるべ)の一つありゃ、この勝負は俺の勝ちだったんだ。元々正々堂々なんざ思っちゃいない。どんな手を使ってでも殺す。それは博物館であろうと、アヘルであろうと変わらない。ずっとそうして来た。」

 

カナンは徐々に、オピスへと取り込まれていく。

災害としての権能の全てが、オピスへと継承されるのだ。

一瞬の油断が生んだ、余りにも最悪な事態。

だが災害のライダーは、天晴れと手を叩く。

一人の青年、一人の人間の手で、災害としての人生を終わらせられる。

これもまた、人間の可能性と言って差し支えないのではないか?

 

「お前の力は、俺のモノだ」

 

災害のライダーという存在は、オピスの血肉となる。

消滅した訳ではない。思考を奪われた状態で、オピスの中で生き続けるのだ。

カナンは完全に取り込まれる前に、主人である輪廻のことを強く想った。

どこのどいつでも構わない。愛する女を、どうか誰かが守ってほしい。

自身の無責任さ、軽薄さに呆れつつも、彼女の幸せを願うことだけは忘れなかった。

そしてついに、残された災害のサーヴァントはランサーとアサシンの二騎となる。

 

「オピス、アナタ最初からこれを狙って……?」

 

ショーンは驚きと共に、青年に恐怖を抱いた。

アヘル教団から、災害を超えるものが誕生した。

それは本来喜ぶべきことであろう。だが、どう考えても、ヒトの身に余る権能である。

彼の所有する災害のキャスターのアンプルとは訳が違う。

オピスは、鶯谷鉄心は、ヒトの範疇を遥か逸脱してしまった。

 

「鉄心」

 

ウラルンが心配そうに彼の顔を覗き込む。

相変わらず口元を隠しており、表情が読み取れない。

彼が何を考えているのか理解できないことが、とても寂しく思える。

 

「災害のライダー自身が、自分を最弱の災害だと自虐していたけど、確かに、人間を殺せない災害は最弱だわな。」

 

彼は自嘲気味に笑う。

八岐大蛇、そしてカナン、これで二つの輝きを手にした。

オピスの腹がぐぅと鳴る。これでもまだ『不足』しているのかもしれない。

 

「帰ろう、雪匣。任務は終わりだ。雷前は俺が背負っていく。」

「う…………うん」

 

オピスはこの間、ただの一度もウラルンを見ることは無かった。

彼がどこへ向かうのか、何を求めるのか、この場にいる誰も理解することは出来ない。

 

この日、桃源郷オアシスの歴史に新たなる一ページが刻まれたのだった。

 

 

第一区博物館。

遠坂輪廻は、侵入者の存在を確認する。

巧一朗でも、クロノでもない。信華は既に命を落とした。

ならば、可能性として…………

 

「…………っ」

 

嫌な想像は当たるものだ。

目の前に現れたのは、招かれざる客である。

赤髪をたなびかせ、痴女のような姿で堂々と歩いてくる。

輪廻は深い溜息をついた。

信華を招くべきではなかったかもしれない。

彼女の信仰心とやらを、多少侮っていたようだ。

 

「こんにちは、災害のアサシン」

「久しぶりだ、始まりの聖杯?」

 

輪廻は一歩ずつ後ずさるが、アサシンはステップを踏むかのように彼女へと接近する。

追い求めていたものがそこにあるのだ。

今は身体の火照りを抑えることが難しい。

 

「余がここにいるということが、どういう意味かは分かるだろう?」

「…………ライダーのことね?やってくれるじゃない。」

 

輪廻は何度かこの物語のやり直しを行なっている。

排除した未来には、現在と同じ筋書きがあった。

ならば、この瞬間に意味も、価値もない。

またやり直す。変えられるものを、変えるしかない。

不動の『運命』になっていない限りにおいて━━━━

 

「無駄だ」

 

アサシンは彼女へと覆いかぶさり、そしてその口を塞ぐ。

口内へと注ぎ込まれる特殊な『毒』は、輪廻の行動を制する。

 

「貴様のソレには、膨大な魔力が必要となる。それも、神代のマナが。だから未だに、モーリタニアとここを繋いでいるのだろう?アリジゴクが増え、徐々にオアシスは蝕まれている。そうはさせない。ここは『余の』国だ。」

「何を……………して………………」

 

ナナが唇を離す頃には、輪廻は魂の抜かれたような表情になっていた。

何らかの手段を以て、開発都市全域に敷かれたパスを切断されたのだ。

このままでは、このオアシスに召喚された『専属従者』たちの中から消滅する者も現れかねない。

災害のアサシンの手により、この開発都市は滅び去る可能性がある。

 

「余の可愛い臣下たちは人間、英霊の力を宿すヴェノムだから消滅しない。どうだ?余が積み上げてきたものは?今後は、アヘルがこの世界の覇者となる。」

「ナナ…………あなた…………………」

「まずは、遠坂とマキリを崩壊させる。さぁ、これより『セカイを滅ぼす恋』の開幕だ。」

 

 

【楽園編 プロローグ『座礁する方舟』 おわり】

 

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