今回は久々登場キャラもりもりです。よかったらマリシャスナイト1話や、信奏編1話など見返してみてください。
感想、誤字等あればコメントお願いします。
私、鬼頭充幸は実に一ヶ月ぶりに桜館長のいた最奥の間へ訪れた。
第四区博物館の長い歴史の中で、この部屋を訪れた者は裏スタッフの面々のみ。
中でも聖遺物の鑑識官の役職を与えられた私は、よくここを出入りしていた方だと思う。
入口付近、まず目に飛び込んでくるものはやはり、人一人を格納できる巨大なキャビンである。
私が桜館長に拾われた日、この中で眠る一人の青年と相対した。
名前を、間桐巧一朗
彼は桜館長の息子(正確には異なるが)でありつつ、人間とは異なる種族である。
私がそれを知ったのは、つい昨日のことだ。
久々の再会を経た私たちは、互いの一ヶ月の経験と、加えて自らの素性を詳らかにした。
彼は自身の正体を『虚行虫(きょこうちゅう)』だと言う。
冬木と呼ばれる地域で、間桐桜の母胎で製造された幼虫。
虚数の海を漂うことのできる特殊個体で、才能を開花させた『縫合魔術』によりヒトの肉体を纏った。
人間に極めて近しい構造を有するものの、性的欲求に乏しく、何より『短命』であると。
彼の祖父(?)である間桐臓硯の掲げる正義を執行するための駒でしか無かったようだ。
だが彼は己の願い、即ち人間への転生を夢見て、日本を飛び出した。
モーリタニア、サハラ砂漠にて開催された聖杯戦争でセイバーを召喚し、戦い抜いたのだ。
結果は、きっと惨敗。
テスタクバルという男が神代の魔力を引き出すために開門したアトランティス大陸への扉『サハラの目』、そして生まれた『シムーン』なる厄災。
殺し合いの果て、彼の指先から伸びた糸が繋いだのは『ヴェルバー』、この世界の終末装置である。
戦争の参加者であった遠坂輪廻、のちにこのオアシスの礎となる始まりの聖杯そのものが、故郷である日本まで逃亡し、開発都市オアシスが生まれた。そして今に至る。
言わば彼は、全ての元凶となった人物だ。
私が彼からその話を聞いたとき、抱いた感情は悲しみでも、怒りでもなかった。
私も、巻き込まれた被害者だと彼は言う。
確かに私は、過去の聖杯戦争経験者として、サハラの調査へ駆り出され、結果、このオアシスへと通ずるアリジゴクへと落ちた。
やがて復活する王『ディートリヒ・ヴェルバー』の幼体に襲われたのは事実だし、桜館長に拾われ、反体制派として戦う運命となった。
だが、後悔はない。
私がもしあのままフランスの地に残っていたなら、エンゾやナリエといった友に合わせる顔が無かったから。
いつか彼らから離れ、私は罪の意識から自らを殺していただろう。
巨大水槽から離れ、私は部屋の端に置かれたソファーに腰を下ろす。
私も、巧一朗さんと美頼ちゃんに、自らの素性を明かした。
決して遠くない昔、鬼頭充幸という鬼の血を宿した少女がいた。
彼女は生まれたその時から、やがて鬼に生まれ変わる定めを負っていた。
ヒト喰い鬼になりたくないと抗い、フランスで開催された亜種聖杯戦争に参加した。
召喚したのはアサシンのサーヴァント『エサルハドン』、アッシリア帝国の残虐非道、傲慢不遜な王である。
没落したお家のエンゾ、彼の妻となるナリエと協力し、壮大なる陰謀へと立ち向かったのだった。
敵はアゲハ蝶の翼を有するイデアと呼ばれる超人で、彼はこの世界そのものから『邪悪』を切除しようとした。
崇高な目的であることはきっとそう。だが、その邪悪には鬼頭充幸もまた含まれていたのだ。
そう、私は充幸を守るために戦った。
このように話すと、巧一朗さんは当然の疑問を呈する。
それでは、鬼頭充幸の名を語る貴方は何者なのだ?と。
私の正体は、彼女に召喚されたアサシン、だがエサルハドンではない。
エサルハドン王の替え玉、身代わりとして生きた無数の子ども達の統合意識、敢えて真名を言うならば『身代わり王』である。
本来王が暗殺者のクラスで呼ばれることは無いだろう。
そう、私はエサルハドンを殺そうとして、結果として、エサルハドンに成ってしまった者なのだ。
充幸は本来の私を取り戻してくれた。エサルハドンではなく、私たちを、ただ一人の、アサシンの英霊だと認知してくれた。
だから、彼女の願いを叶えたかった。
最終局面、シャンゼリゼで、セイバー『不敗のダブー』とライダー『浦島太郎』は死した。
残されたのは私と、イデアの召喚したランサー『アウラングセーブ』
本来であれば、暗殺に失敗したアサシン風情が、ムガル帝国の偉大なる王である彼に勝利できる筈も無かった。
だが、イデアを友とし、それでいて、その過ちを正すべく動いたランサーの手により、戦いは終焉へと向かう。
万能の願望器は破壊され、聖杯戦争は決着した。
これで良かったのだろう、これが正解だったのだ。
私以外の全てが、この結末を肯定する。それは鬼頭充幸を含めて、だ。
だが、充幸の願いは叶わない。
彼女は悪鬼へと生まれ変わる。人間であった頃の記憶を全て消却する。
ヒトを殺し、ヒトを喰らい、やがて英雄に撃ち倒される。
彼女は運命を肯定した。私はその運命を否定できなかった。
彼女は人間として最期の願いを私に託す。
代わりに、鬼頭充幸という人間を背負ってくれと。
鬼頭充幸として生きる未来、彼女の身代わりとなる選択を用意した。
そう、それは美しい献身の物語であるべきだった。
だが私はそれを拒んだ。
私は鬼頭充幸の代わりにはなれない。なる資格を有さない。鬼頭充幸となり、『本物』を忘却する道を選べない。
だが、このオアシスで、第六区で、災害のバーサーカーを前にして、ついに私は決意を固めることが出来たのだ。
英霊として、ではなく、人間として生きる。
本物の鬼頭充幸になる覚悟を決めた。
故に、鬼頭充幸であるからこそ、本物の『エサルハドン』の召喚に成功し、見事勝利を得られたのだ。
今はもはや力無きヒト一人。
英霊としての能力は消えた。未来を占う力もない。
でもそれが間違いでは無かったと、心の底から思える。
私は開発都市オアシスがあって、博物館があって、仲間たちがあって、ようやく正しいと思える道を進めたのだと思う。
ウラルンに撃ち込まれた、英霊を殺す『毒』も、これ以上は機能することが無いだろう。
だから、巧一朗さんを恨むことは無い。
彼は私の長すぎる話に付き合い、最後には安堵の表情を浮かべていたように思う。
だが対照的に、美頼ちゃんはどこか暗い面持ちであった。
恋していた巧一朗さんの正体が人間では無かったから?それとも、私が元々サーヴァントだったから?
答えはどちらでも無かった。
彼女もまた、自身の素性をおずおずと話し始めた。
アインツベルンカンパニーは、英霊を宿すための仮受肉用肉体(オートマタ)を製造する大企業である。
第六区での騒動前、その当主はミヤビ・カンナギ・アインツベルンが務めていた。
だがそれは本名ではない。ミヤビの名を冠していたのは先代で、死後、現在の当主が引き継いだのだ。
現代表の真の名は『倉谷未来』だと言う。
美頼ちゃんとは、漢字表記が異なるだけの同じ名前だ。
倉谷未来はアヘル教団と深い関わりを持つ少女で、やがてヴェノムバーサーカー『スネラク』のコードネームを与えられる。
彼女は先代を殺害し、アインツベルンを我が物とした。
そして未来の手により召喚されたバーサーカーのサーヴァント『ドッペルゲンガー』こそが、美頼ちゃんの真の姿だと明かす。
つまりは、私同様に、美頼ちゃんもまた人間ではなく、サーヴァントであったのだ。
かつて博物館の任務で暗殺した男『和平松彦』と、未来の親が経営する倉谷重工には密接な関わりがあった。彼らは専属従者システムを悪用し、ヒトを慰める性奴隷、性玩具を量産していた。
ドッペルゲンガーもまたその被害者の一騎。
何度もこのオアシスに召喚され、性ビジネスという点でこの桃源郷の発展に貢献してきた存在だという。
未来は倉谷ならびに裏社会の宿業を絶った。運命を変えた。だがその全てはアヘルの敷いたレールの上で為されたことだった。
彼女はアインツベルン当主として本拠地の城塞へ籠り、アヘルへの技術提供、果ては『英霊統合計画』や災害のバーサーカー懐柔に手を染めた。
美頼ちゃんは未来の影武者ではなく、彼女のなりたかった姿、自由そのものだと言える。
博物館の一員となったのはきっとただの偶然。未来は博物館へのスパイ活動と答えるだろうが、美頼ちゃんはそう捉えていない。
その場では明かさなかったが、私には理解できた。
それは巧一朗さんへの恋心だ。
以前、電車内で痴漢被害にあっていた美頼ちゃんを巧一朗さんは助けたという。
きっと彼からすれば何でもない出来事。だけど、美頼ちゃん然り未来には、かけがえのない経験だったのだ。
初めて現れた白馬の王子さまに、二人は同時に恋したのだろう。
本来ならば、美頼ちゃんは未来に全てを託し、消滅する予定だった。まるであの日の充幸のように。
だが未来との和解を経て、二人は別の人生を歩み始めた。
美頼ちゃんは自身の境遇を語る際、目に涙を浮かべていた。
今の彼女は召喚されて間もないが、オアシスにおいて何度も召喚された記憶そのものは有している。
一個前の個体は自身の正体など気にも止めず、水商売に従事していたし、性経験が豊富であることはまごうことなき事実である。
そして英霊であるが故に、彼女は子を望めない。
巧一朗さんのことを知るにつれ、その事実が彼女を苦しめた。
彼がサハラで恋に落ちた『ディートリヒ・ヴェルバー』、オアシスで共に在った『キャスター』、そして第三区でパートナーとなった『枡花女』
英霊としての格もさることながら、誇り高さからして、まず太刀打ちできないと思ったのだろう。
人間のような性欲求を持たない彼に、美頼ちゃんはどのようなアプローチができるだろう?むしろ、穢れとして突き放されるのが筋なのかもしれないと、複雑な感情に揉まれたようだ。
巧一朗さんは優しく、美頼ちゃんの涙を受け止めた。無論、涙の理由までには気付いていないだろうけど。
彼は、輪廻に諭された結果、偽りの恋心に踊らされていると自虐するが、まだそれでも諦めていないように思う。
消えたキャスターの所在を気にし続けている。それは連れ添った相棒としてではない、それ以上の何か。
キャスター(コラプスエゴ)の中には、彼が恋した『彼女』がいる。
白黒はっきりさせる、恋の終着駅へ辿り着くことを求めているのだろう。
巧一朗さんの心の整理がついていないことに、私だけでなく、美頼ちゃんも気付いていた。
本当なら、美頼ちゃんは自分自身を明かす必要は無かったように思える。
それでも語ったのは、ありのままの自分を巧一朗さんに知って欲しかったから。
どこまでもポジティブに、彼女は恋愛を謳歌する。
私はそんな美頼ちゃんを可愛いと思う。
そして羨ましくも感じた。
充幸にも、身代わり王にも、恋をする余裕は無かった。今ならば、自由に恋愛ができるだろう。
だが、自分がそうなっている姿は、てんで想像できなかった。
素晴らしい殿方はこの桃源郷にも数多存在するだろう。だが職業上、ラブロマンスを期待できるものではない。
敵対企業、アヘル教団、あり得ないだろう。
もし望むなら、近い立場にいるヒト。
例えば、と私は想像を膨らませてみる。
頭に思い浮かんだ男は、白髪で、漆黒の眼の、エセ神父
第四区博物館副館長 言峰クロノ
私はナイナイと首を横に振る。
いや、まぁ、今も生きてくれていたのは素直に嬉しかったけれど、巧一朗さんから聞いた彼の話は、簡単に飲み込めるものでは無かった。
私や美頼ちゃんが対災害共同戦線ルラシオンとして戦ってきた頃、開発都市第三区では『革命聖杯戦争』が巻き起こっていた。
謎の願望騎『ROAD』を携えた監督役クロノと、革命軍三組織の大暴動。
クロノが従えていたのは桃源郷の抑止力『ファフロツキーズ』、強力無比なホンモノの災害だ。
革命軍『グローブ』『ダイヤモンドダスト』『ハンドスペード』は手を組み、天を支配する神へと挑んだ。
この辺りは私たちが戦った災害のバーサーカーとも共通しているように感じる。
巧一朗さんとキャスター、桜館長はこれに巻き込まれ、やがて真実を知った。
クロノにとってファフロツキーズは陽動部隊。真の目的は天空の災害城塞から、天還システムを利用し歴史改変をすること。
彼の正体はまさかの、災害のアーチャー『シグベルト』だったそうだ。
自身の宝具で人間へと生まれ変わった彼は、サハラの聖杯戦争のあった過去に介入し、オアシスの歴史そのものを葬り去ろうとしていた。
そのことを知った私は、複雑な感情に見舞われた。
彼の行いを即座に悪と断じることが出来なかったから。
旧日本国を滅ぼしたのは間違いなく災害たちで、この土地がやがて出航する方舟に生まれ変わる原因となったのがヴェルバーだ。
彼はオアシスを除く全てを救うために命をかけた。
無論、認めるつもりはない。彼の行いは、オアシスで今生きる命の否定である。
だが、終末装置が地球そのものの癌となる事実は明白である。
力無きものが取れる最大の方法で、救済を成そうとした。博物館というテロリスト集団の中で、彼だけが真っ当に運命へ抗ったのだ。
結果的には、巧一朗さんが彼を止めてくれた。天還システムは未完成の代物で、オアシスが歴史再編をしている事実は存在しなかった為。
生きとし生ける全ての生命が、定められた運命に抗ってはならない。過去を変え、時間の潮流を変えてはならない。
それは神すら超えた宇宙が定める法である。後に始まりの聖杯、遠坂輪廻はそう語ったようだ。
クロノが今どこで何をしているかは分からない。方舟を転覆させる計画でも練っているのか、はたまた、全てを諦めたのか。
会いたくない、と言えば、嘘になるかな。
シグベルトだとか、災害だとか、私にはどうでも良くて、彼はクロノだから。面倒くさがりの副館長だから。
「なんか色々考えたら時間が経っちゃった。本題、本題っと」
私が館長室を訪れたのは勿論理由がある。
桜館長、真名『メアリー・セレスト』の存在が桃源郷からロストした今、博物館の舵を取ることになるのは、他でもない、私なのだ。
船頭がこの体たらくだと、巧一朗さんや美頼ちゃんは不安を抱えてしまう。
いつアヘルに狙われるか分からない現状、鬼頭充幸が第四区博物館を守らねばならないのだ。
そこで私が求めたのは、桜館長が遺している筈のデータ。
私は元々ラプラスシステムの設置されていた場所をくまなく探してみる。
エサルハドンの杖ももはや存在しない。未来を決めるのは自身の思考と論理のみ。
そして私の想像が正しければ、占卜の水晶が埋め込まれた機器のその下に、宝箱はある。
侵入者がいたとして、この部屋で最も価値あるものは未来を予知するラプラスだった筈。なら、それを手にした時点で満足して持ち帰るだろうから。装置の下を掘り起こすまでは至らないだろう。
「あ、あった」
私はタイルを引き剥がし、古びた本を発見した。
だがそれは桜館長の所持品ではないようだ。
日記帳のように、日々の記録が事細かに記載されている。くだらないことから、重大な事実まで。
それはとある探偵の考察だ。
この桃源郷ならびに災害、果てはヴェルバーに至るまで、ひたすらに推論が刻まれている。
キャスターの所有物であることは確か。この博物館に彼女ほどの探偵はいまい。
何故キャスターがこのような物を、こんな場所に?
読み進めるうちに、疑問は払拭され、第四区博物館の真実へと近付いていく。
私が疑問に感じていたのは、この博物館の『到達点』だ。
災害が支配する世を終わらせる。ならば、ヴェルバーは?その後のオアシスは?
桜館長がその答えを用意していない訳がない。だが、私に事実を告げる前に消えてしまった。
キャスターの考察に記載された『メアリー・セレストに関する考察』には次のように記載されている。
〈幽霊船と呼称されたこの船にて、突如消失した十名の乗組員たち。デッキは浸水状態、食料は残されたまま、乗組員のものと思われる血痕が残されていたが、船体には目立った損傷はなし、だが説明が不能の損傷は発見された。船室に取り付けられた掛け時計は機能しておらず、羅針盤が何者かによって故意に破壊されていた、ということ。私が推察するに、状況証拠から見て、彼らは何らかの超常現象に巻き込まれた可能性が高い。メアリー・セレスト号が漂流していた海域から捉えると━━━━━━〉
「三角海域(バミューダ・トライアングル)」
バミューダトライアングルというとオカルトファンが目を輝かせる超常現象発生区域だ。
充幸が自身の運命を変えるべくあらゆる書物を漁っていた中に、記録があったことを覚えている。
キャスターはこのトライアングルが虚数海への経路、ないし『海水』の一部が混ざり合っていると書く。
メアリー・セレスト号は虚数海へと迷い込んだのだ。時計、即ち現世界の『時間』概念が適用されないことがその証左。
そして乗組員は虚数の海で消息を絶った。
ただの人間が存在を証明し続けるには過酷極まる場所、だが、きっとそれだけじゃない。
乗組員たちの血痕が残されていた事実、彼らの遭難には暴力的な何かが密に絡んでいる。
キャスターはメアリー・セレスト号という未解決事件において独自の考察を展開した。
虚数海に漂う未確認生命体。事件の元凶となる存在が語られる。
〈間桐臓硯ないし桜、正義を志す間桐が辿り着いた対ヴェルバー戦闘兵器、それが間桐桜館長なる存在であると結論付ける。第四区博物館とは災害を暗殺するための機関、では無く、人類創生の為の研究施設だ。君はすでにそれを知っている、何故ならば君の真名は━━━━〉
「三角海域の魔物(ルスカ)」
間桐桜館長の正体は、未確認生命体『ルスカ』
メアリー・セレスト号という別名で偽装した、対終末戦闘兵器。
その全貌は、鯨やクラーケンなど様々な仮説があるも、どれも有力とは言い難い。
巧一朗さんが行使する廃棄情報媒体【隣人】の母体であると記載がある。
ルスカの起動には、メアリー・セレスト号の謎を解き明かす、または船としての機能を停止させることが必要条件。
そしてキャスターの考察の最期には、目を疑う内容が記されていた。
ヴェルバー本体がこの桃源郷へと到達したのちの話。
オアシス諸共、虚数海へ引き摺り込み、この世界に存在しない値まで分解することが勝利条件とある。
それは言峰クロノが行おうとした救済と同じ。
第四区博物館の到達点は、オアシスという国を犠牲にした、全世界の守護である。
一を捨て、後の九十九を救う方法。それがルスカによる虚数分解。
「虚行虫である巧一朗さんだけが、このオアシス区民として生存する……………………」
過去に、桜館長は私に、この博物館はテロ組織だと言った。
災害を打倒するための暗部組織なのだと。
災害とはこのオアシスの頂点、六騎のサーヴァントたちの呼称であると同時に、やがて訪れるヴェルバーのことを示していた。
私はきっとその事実を曲解、否、目を逸らし続けていたのだろう。
災害を倒せば、世界に平穏が訪れる。根拠のない理想に囚われ、救いの手を差し伸べてくれた館長を疑うことなどしなかった。
クロノは、そのことを知っていた?
巧一朗さんはどうだろう。キャスターから何かを聞いていたかもしれない。
桜館長は消失した。いまは命を落としてしまったのか、それとも生き永らえているのか、分からない。
そしてキャスターもまた、このオアシスから姿を消してしまったのだと言う。
私は本を読み進め、最後のページに至る。
そこにはキャスターが突き止めたであろう、ある事実が残されていた。
〈六の災害が旧日本国のうち、中部地方、近畿地方、四国に中国地方のみを残し、それ以外の地域を沈めたことには不可解な点がある。災害のキャスターが技術者の英霊であることは明白(真名は不明)だが、方舟の設計に際して、態々生存に適する領土を縮小させる道理はない。このオアシスの周辺に無限の迷路を建設し、かつ他世界からの干渉を妨げるドームを生み出した者が、意味もなく土地資源を無駄にする筈もないのだ。私は各地域の実地調査を行ない、ある結論を得た。開発都市第五区には、他世界へと繋がる門があり、その場所に脅威となるルスカを隔離したのではないかと。もしかすると、旧日本には魔の三角海域に類似した、虚数海への入口があったのかもしれない。災害が北海道や九州などをセパレートしたのか、それともルスカの暴走によりそれらが虚数分解されたかは定かでない。だが、第五区のどこかに『切り札』または『不発弾』が隠されていることは確かだろう。アヘル教団の一員に接触し、この扉の先のセカイの名を聞き出すことに成功した。そこは『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』と呼ばれ、彼らの中での都市伝説となっているようだ。〉
「禁止区域……………………」
私は本を閉じた。
これからどうするべきか、より難しい問題になってしまった。
第四区博物館を私はどのように導けばいいのだろう。
桜館長の思うままに、災害への下克上が為されたならば、私も美頼ちゃんも、エラルも、ロイプケも、みんな命を落とす。
なら、当然賛同することは出来ない。
もし私がこれより、この博物館の舵取りを担うならば、せめてこの仲間たちだけでも生き残れる道を探す。
キャスターの書いたこの本が真実ならば、博物館の理想には決して迎合しない。
真実を知りたいと思った。
この『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』へ行けば、ルスカのこと、何か知ることが出来るのだろうか?
私は本をテーブルへ置き、桜館長の部屋を隅々まで調べることにした。
私に出来ること、私がやるべきこと。
ちゃんと理解してる。
それは自分だけが安全圏(フランス)に戻ることではない。
大切な人たち皆と共に、生き抜く。
思えばこのとき、私は第四区博物館を『離反』する覚悟を決めていたように思うのだった。
【楽園編①『運命に縋る罪』】
開発都市第六区、災害から人命を守るための巨大シェルター施設『パークオブエルドラード』。
今宵、何度目かも分からない区民代表参加の会議が執り行われる。
主催は遠坂組と、そして━━━━
「有識者の皆さま、お集まり頂きありがとうございます。『災害被害者の会』代表を務めます、葛人陣(くずひとじん)と申します。葛人でも、フランクに陣とでも、お呼びいただければと。」
七三分けの髪に痩せ細った頬、病的な見た目に反して、この第六区に似つかわしいブランドスーツを纏っている。
常にニコニコと笑顔を浮かべているが、その瞳の奥が見えない分、奇妙さが勝るようだ。
陣と共に参上したのは被害者の会のメンバーたち。
彼の隣に立つ白衣の女性は梅沢レイン。予防医学のスペシャリストで、災害被害者の会の次長兼秘書を務める。
彼女は元々、アヘル教団被害者の会のメンバーであったが、天還被害者の会の母体と混ざり合うことで、反災害という大きな括りの巨大組織へと成長した。伴い、彼女は代表である陣の秘書へとランクアップしたのである。
かつて彼女には旧知の友と言える存在がいた。
名を、櫻庭咲菜。アヘル実験の際にナイチンゲールのアンプルを打ち込まれ命を落とした。
事故は隠蔽されたものの、レインは咲菜の死の真相を突き止めるために、被害者の会の仲間入りを果たしたのだ。
そして彼らの両隣に立つ身長百八十を超える巨漢たちは、右近、左近と呼ばれている。
アヘルと敵対することの多いこの組織は、英霊の力に頼るだけでなく、人間たちも戦闘に加わるように日々鍛錬を行なっているのだ。
彼らは被害者の会の実働部隊の長を務め、英霊を従えていない陣のボディガードの役目も担っている。
レイン、右近と左近にはそれぞれの専属従者サーヴァントが付いており、うち不在にしているレインの専属従者を除いた二騎は会議室の端で各々楽な姿勢で待機していた。
被害者の会は今や遠坂組や博物館、かの革命軍を超える大型組織であるが、この区民説明会へ来訪するのは、決まって彼ら計六名のみである。
「葛人……陣ね。本当にしつこい人たち。今回はどんな要件で?」
第六区側、口火を切ったのは遠坂組に属さぬ人間。
第四区博物館の仲間となった、エラルである。
隣に座る龍寿やロイプケは脂汗を浮かべていた。
配られた資料に一瞥をくれることもなく、エラルはくしゃくしゃに丸め捨てた。
彼女がこのような態度であることには無論、理由がある。
陣はエラルの不遜な態度に冷かかな視線を送りつつ、説明を開始した。
「我々の要件は変わりませんよ。この第六区を災害の魔の手から救った『対災害共同戦線ルラシオン』に災害被害者の会も参画させていただきたい。仲間に入れてくれ、という簡単なお願いです。」
「嫌よ」
エラルは一蹴するも、陣は彼女の言葉は気にも止めず、話を続けた。
「前回説明しましたが、現在この開発都市オアシスに残された災害はあと二騎。キャスターは第四区の守護者として死に、バーサーカーはあなた方に討ち倒された、アーチャーは革命軍によりトドメを刺され、ライダーはアヘルが喰った。そう、ランサーとアサシンへ勝利すれば、災害のいない世の中へと生まれ変わるのです。そして災害のランサーこと『焔毒のブリュンヒルデ』はアサシンに与した。ならば、災害のアサシン、ひいてはアヘル教団を滅ぼせば、それでミッションはコンプリートとなります。アヘルは既に各都市への侵略を開始している。このシェルターにいれば安全安心であるという保障はどこにもありません。故に、災害被害者の会は、協力体制を敷きたいのです。これ以上の犠牲者を出さない為に。」
陣の熱が篭った演説に、拍手を送る富裕層もいる。
だが龍寿は頭を抱え、エラルは唾を吐きかける勢いだ。
もちろん、彼らは戦いの中で戦力増強こそ正義であることは重々承知している。
被害者の会もまた対災害の巨大組織であるならば、むしろルラシオンの方から協力を求めたいと思うほど。
しかしながら、素直に頷くことは出来なかった。
その理由として、陣の思想には、絶対的に相入れないものがある。
「我々はアインツベルン製オートマタの買取を大々的に行ない、百近い総数の仮受肉用肉体を有しています。他社産より安全装置(セーフティ)がある分、戦力としては劣りますが、数の暴力という言葉もありますから、必ず皆さまのお役に立てるでしょう。」
「代わりに、聖遺物の譲渡を行なえ、ってことよね。そして私の令呪も。」
「ええ。垓令呪のバックアップも頂きたい。なに、貴方の管理下に置かれるのですから、こちらにとっては枷が付いているようなものですよ、エラル様。」
「ええ。理屈は分かるし、メリットデメリットの観点からも、私たちにとって協力しない手はないわ。」
「だったら━━━━」
「なら、第六区や第三区が危険に晒されていたとき、貴方たちは一体どこで何をしていたの?こちらがある意味で神殺しを成したから、友達になりましょうだなんて、あまりに虫が良すぎるんじゃない?私たちはその一騎のオートマタでも、喉から手が出るほど欲していた状況だったのよ。」
「俺たち…………コホン!私たちは、第五区でアヘル教団と交戦していました。私たちも、貴方たちと同様、戦っていたのです。残念ながら、敗走してしまった訳ですが。」
「百のリソースを残して?」
「戦略的撤退と呼んでいただきたい。」
陣は指先で自身の眼鏡の位置を調整する。その後、わざとらしく大きな溜息をついた。
遠坂やマキリはこの時知る由もないが、被害者の会は言峰クロノと裏で繋がっており、災害のアサシン並びにアヘル教団の足止めを行なっていた。
クロノの目的や『救済』を知り得ていた訳ではない。あくまでビジネスパートナーとして仮初の契約を果たしていたのだ。
クロノにとっての利益は、天空城塞へのアクセスと天還システムを利用した過去改変、それを他の災害に悟られないための陽動であった。
そして被害者の会は、クロノの目的が完遂したのち、垓令呪への不正なアクセス権を譲渡される予定であったのだ。
無論、被害者の会はクロノにより騙されていた訳であるが、陣がそのことを知るのはまた先の話である。
彼らはあくまで、ファフロツキーズを利用した災害のアーチャー打破作戦としか聞き及んでいなかった為だ。
革命聖杯戦争終結後、クロノへの連絡手段は断たれた。陣としては、被害者の会の組織拡大、軍備強化の図れるであろう垓令呪を真っ当な手段で手に入れるしか無くなってしまった。
そこで、ルラシオンへの『加入』が考案されたのである。
エラルの懐柔にここまで手間取ることになろうとは想定できなかったが。
暫くの沈黙の後、声を上げたのは、ここまで押し黙っていた龍寿であった。
「葛人さん、僕から発言、いいかな?」
「遠坂様、どうぞ。」
「改めての確認だが、君たちはルラシオンに加入し、その後どうすると?」
「開発都市第五区、アヘル教団へ攻め入り、災害のランサー及び、アサシンを討伐します。」
「…………そこがね、僕たちは同意できないんだ。僕らは災害のバーサーカーの侵攻を止めるため、区民の皆さまを守るためにチームを組んだ。結果的に、度重なる奇跡を経て、神殺しを成したのかもしれない。だが、認識としては防衛戦、とでも言えばいいかな。僕らに侵略の意図は無かったし、これからもそのスタンスは変わらない。あの時、アヘル教団からも、力を貸してくれる存在がいた。共に戦うと、一人で声を上げてくれた人がいたんだ。確かにアヘルの行ないを認める訳にはいかないけれど、僕らの方から進んで戦いを吹っかけるつもりは毛頭ない。理解してくれないかい?」
龍寿は、あの怒号飛び交う区民説明会で、ただ一人、勇気を振り絞ってくれた少女を思い出す。
ヴェノムライダー『アダラス』、名前は雷前巴。
彼女は当初、暗殺任務の遂行のため、第六区へと訪れた。
だが、偉大なる教祖に背を向け、己の信念のままに、ルラシオンの剣となってくれたのだ。
いつの間にか第六区から姿を消していた彼女にもう一度会えたら、感謝の言葉を告げたい。
彼女の、巴の頼もしい背中を思い出しては、温かい気持ちになる。
遠坂龍寿という人間は、自身で客観視しても、甘い人間であろう。
だが、それでも、今の彼はアヘルと戦う覚悟を有さない。
「理解…………できませんね。アヘル教団にとっても災害のバーサーカーは実害だった。ただそれだけの話でしょう?」
「…………そうかもね。」
「アヘルが狙っているのは、この第六区です。狩られる前に狩る、そうしなければ、また多大な犠牲者が生まれてしまう。遠坂組がここの守護者ならば、その責務を果たすべきだ。」
「それは貴方みたいな外野が口出すことじゃないでしょう?」
すかさずエラルは割り込んだ。
龍寿の心は揺らいでいる。被害者の会が有する百のオートマタは、実際に強力な武器であろう。
災害の脅威が再び襲ってきたとき、今の遠坂には戦う手段がない。
教経を含め、皆が死んだ。残された海御前も、槍を手にする日は二度と来ない。
遠坂の未来を思うならば、被害者の会と手を重ねるべきだ。
だが、過去何度も、マキリコーポレーションは天還被害者の会による謂れのない襲撃を受けている。
彼らはいつだって被害者意識を盾にし、暴力に訴えてきた。
たとえその経営母体が名を変えようと、その本質は変わらない。
第三区の革命軍よりタチの悪い集団、それが彼女の評価である。
そしてもう一つ、エラルが彼らを受け入れられない点があった。
「では、ここは譲歩し、アヘルへの侵攻部隊は被害者の会が受け持つことにしましょう。あなた方は我々が貸し出すオートマタを防衛の手段として利用すればいい。エラル様が首を縦に振ってくださらない以上は、令呪も諦めましょう。だからせめて、遠坂が抱える聖遺物は、我々に貸与いただきたい。例えば、名刀『桜丸』の鍔、など。」
「桜丸…………」
龍寿は小さく呟いた。
それは平教経、そして海御前の召喚に使用した聖遺物。
オートマタに聖遺物データを読み込ませる際に利用したものが、パークオブエルドラードにて厳重に保管されていた。
后羿の太陽に灼かれずに済んだ、彼らにとって真の宝物である。
召喚時に桜丸の刃や柄は消失したものの、今なお鍔のみは彼らの元に現存している。
それを三度英霊召喚の儀に用いれば、平家一門由来の英霊ないし、桜丸に所縁ある剣士が呼び出されるかもしれない。
もしかすると、教経にまた、出会えるかも━━━━しれない。
「〈拙者は、龍寿の、この人形のような、『仮面セイバー』に成れただろうか?〉」
「っ…………」
龍寿は彼との最期の会話を思い出し、目元を押さえた。
ずっとそばにいて、守ってくれていた、龍寿のヒーロー。
源義経の八艘跳を再現し、災害のバーサーカーを見事討ち取った。
だが同時に、彼は仄暗い海底へと孤独に沈んでいった。
「(会いたいな、彼に)」
英霊はヒトとは異なり、あくまで兵器、または専属従者である。
サーヴァントとして呼び出された過去の記憶は有さない。
だから龍寿と共に走り抜けた、あの教経は、もう二度と現れない。
だがそれでも…………
これは邪な考えなのだろうか。
運命に縋るのは、罪、なのだろうか。
龍寿にはその答えを導き出せなかった。
「桜丸は譲れないわ。」
「エラル様には聞いていませんが。まぁあなた方にとって大切なものであることは理解できますよ。では剣闘士の楔でも、ほか有用なもので構いません。あぁ、芸術家は不要ですよ。戦力になりませんので。」
「コイツ…………!」
「私個人は専属従者という仕組みが嫌いでして。英霊は『兵器』です、間違っても親交を深めるものじゃない。サーヴァントがいるから、か弱き人間は虐げられる。災害がいるから、ヒトは容易く死ぬ。真に心を通わせるなど、出来るはずもないのです。彼らは願いを叶えるための『駒』だ。」
陣はそう結論づける。
彼の発言は、会議室の隅に立つ二騎の仲間の反発を買うようなものだが、サーヴァントたちは目を伏せたまま微動だにしない。
災害被害者の会は、道具としての認識を持つ英雄以外許さない。
自我を出そうものなら、アインツベルン製オートマタの首元に備わる電源スイッチをオフにする。
もはや機械同然であるが、その分、組織としての連携力は他の追随を許さない程。
彼の言うことは決して間違いではない。遠坂も、マキリも、その点は重々理解している。
しかしながら、それでも、否、と叫びたくなるのは、英雄たちとの絆が紡いだ経験からくるものだろう。
そして、彼らの心に同調してか、或いは一切関係なく、陣を否定するものが一人、扉を開け現れる。
勢いよく開かれたことで、その場にいる全員が注目し、そして目を疑った。
金の王冠、金色の髪、真紅のマント、鍛え上げられたボディ
どれをとっても気品に満ちた、まさに貴族、或いは王族。
だがそれを明確に否定したくなる要素が一つ。
「きゃああああああああああああ!」
会議参加の女性陣は、レインとエラルを除き、阿鼻叫喚である。
それもその筈。
現れたこの男は、まごうことなき『全裸』である。
「はっはっは!あーっはっはっは!我が国民たちよ、待たせたな。王が来たぞ!」
彼はボディビルダーさながらのポージングを披露しながら、ゆっくりと入室した。
陣は頭を抱え、レインは恥辱で顔を赤く染め、右近左近は女性陣を宥めている。
龍寿はぽかんと口を開け、エラルはより一層不機嫌さを露呈させた。
この重要な会議を壊さぬよう、彼のマスターであるレインが飛び出し、自身のジャケットで彼の陰部を覆い隠した。
これにて解決、にはならないだろう。
「いきなり王の凱旋に飛び込んでくるなど、些か不敬であるぞ、レイン。」
「貴方がいつもいつもいつもいつも服を着ない所為でしょうが!」
「ふむ、着ないのではなく、着れないのだ。王の逸話を知っておろう?昔は王も、己の駄肉を民どもに披露するのは明確な恥であった。あの口の上手い仕立て屋の所為だがな。だが今はあの詐欺師に感謝しておる。王は生まれ変わったのだ。本来ヒトは生まれたままの姿こそ自然であり、正常である。アダムとイブが楽園の果実に手を出してから、恥という概念が生じたのだ。」
「意味わからないこと言ってないで!」
レインは必死に彼の恥部を隠そうとするが、無駄。
室内に吹き付ける謎の風によってジャケットは飛ばされていき、彼女の目前に逞しいソレが現出する。
これにはたまらず、レインも絶叫するしか無かった。
陣はこの場所が禁煙であるにも関わらず、紙煙草を咥え、ライターに火をつけた。
これまでのエラルの態度が可愛く思えるくらいには、苛立っている。
そう、この王は、災害被害者の会の明確な汚点だ。
アインツベルン製でありながら、スイッチを切れども切れども、何度でも召喚される。
常にレインの側に呼び出され露出狂としての責務を全うする。
そのくせ、戦闘においては一切役立たない。
逸話からして、まず彼は剣士でも、将軍でも、芸術家でも、獣でもない。彼はライダーのクラスであるものの、その役割は道化の類だ。
「これほど真名が分かり易い英霊もいないわね。」
「ええ、まぁ。」
「彼の真名は『裸の王様』ね。」
ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話の一つ、題名(タイトル)であり、彼の仮初の名でもある。
お洒落好きな皇帝が、仕立て屋に騙され、馬鹿には見えない布を纏い、パレードにて恥をかく。
誰もが知る面白おかしい物語、その世界から現れたサーヴァント。
召喚された英霊が成長することはない、筈だが、何故か彼はヌーディストに目覚め、己の筋肉を極限まで鍛え続けている。
その鋼の肉体が戦いに生かされることは一度もない。文字通りの『飾り』なのだ。
「王よ、貴公はなぜ、この場へ?いつもながらの開発都市観光、もとい凱旋はいかがされたのでしょうか?」
陣は額に怒りマークを浮かべながら、彼に問いかけた。
裸の王様は今もなお自身が思い描くベストポージングを模索しながら、陣に答える。
「ふむ、王は何も孤独を愛している訳ではない。偶には、我が側室(レイン)と遊びたかったのだ。」
「私のことを側室と書いてレインと呼ばせるのは辞めてください!」
「ふむ、ならば愛妻と呼ぶべきか?」
「違いますー!私は貴方のマスターで、貴方は私のサーヴァント、ただそれだけです!」
レインは必死に抗議するも、王は取りいらない。
彼はその逞しい腕でレインをひょいと抱えると、会議室を後にすべく歩き出した。
当然、話はまだ纏まっていない。右近と左近は出口の前で立ち塞がる。
「不敬だぞ、民よ。」
「申し訳ございません、王様。まだ話し合い途中でして、秘書のレインにはここにいて貰わないと困るのです。」
陣が彼を呼び止める。王はそれに対し、大きなため息を溢した。
「不毛だよ、葛人陣。このようなモノに意味はない。君も、心の内では気付いているだろうに。」
「何の話でしょう?」
「ヒトが個々に我を持ちぶつかり合い、果てに何がある?真理に到達したとて、ヒトがヒトである限り、それは虚ろだ。ヒトに必要なものは『盲目』なのだよ。民は何も思考せず、王ないし神を信仰しておればよい。出過ぎた真似を続ければ、バベルの塔のように杭を打たれるのみだ。」
「…………何を言っているか、俺にはサッパリだな。」
陣の言葉が崩れる。
裸の王様はニヤリと笑みを溢し、右近と左近を押し除け、部屋を去った。
暫くの間、会議室は静寂に包まれる。
陣は当然そこに灰皿がないことに気付き、己の吸殻を右近へと押し付けた。
「陣、悪いけど今日はもうお開きにしてくれる。貴方もレインがいないと、この後の段取りが機能しないでしょう?」
「…………ええ、申し訳ございません。これはこちらの不手際です。あの犯罪者は今後出禁に致しますので、どうかご容赦を。区民の皆さまも、お見苦しいところをお見せし、申し訳ございませんでした。」
陣は深々と謝罪し、右近左近らを連れ、その場を後にした。
エラルは腕を組み、先ほどの裸の王様の言葉を反芻する。
ヒトに必要なものは『盲目』
まるで宗教組織であるアヘル教団を擁護するかのような発言だが。
暴君ならではの思考回路、と投げ捨てることはしなかった。
明確に狼狽えた葛人陣。
英霊を連れ歩かない彼にも、何か薄暗い背景があるのかもしれない。
「エラル、僕とリカリー、優樹で彼らの見送りをするよ。区民の皆さんのことはお任せしちゃってもいいかな?」
「え?見送るなら、リカリーと船坂くんの二人でいいでしょう?貴方は残ってよ。」
「本来はそうすべきだよな…………でもごめん、葛人さんに、どうしても伝えたいことがあって。」
「まさか、ルラシオンへの加入を合意するつもりじゃないでしょうね?」
「いや、違う。ごめん!後は任せた!」
龍寿はリカリーと優樹を連れ、被害者の会を追いかけた。
エラルとロイプケは唖然としたままその場に残される。
元は遠坂組と被害者の会主催であり、マキリはいち観覧者に過ぎない。
彼女は深い溜息をつくしかなかった。
※
龍寿らが被害者の会の面々を追い、広大な駐車スペースへ訪れた際、そこには口汚く罵り合う陣と裸の王様の姿があった。
レインは右近左近の後ろに隠れ、怯えている様子である。
隣に置かれた大型ワゴンは、彼らの移動車だ。これに乗り、拠点のある開発都市第二区へ戻る。
龍寿は声をかけるか悩み、留まった。
彼らには彼らの事情がある。陣には陣の正義がある。
陣の発言は、何一つ間違っていない。
だが、龍寿の中でどうしても飲み込めないことがある。
その認識の擦り合わせが正しく行なわれれば、もしかすると、手を取り合えるかもしれない。
龍寿はそうなりたいと思っている。
だから、彼は勇気を出して、陣に声をかけた。
「葛人さん!」
「え…………あ…………遠坂さま」
「見送りに来ました。今日はわざわざ第六区まで足を運んでいただきありがとう。貴方たちの意見は、遠坂組がきっちり持ち帰った上で、考えさせて頂きます。」
「あぁ、それはどうも。」
「ただ、その、どうしても、言いたいことがあって……」
龍寿は両手の拳を握りしめた。
そして、彼の脳内には、大切な友の勇姿がありありと思い出される。
「サーヴァントは道具じゃない。仲間であり、友だ。僕はそう信じてる!」
平教経も、アマゾニアも、他のみんなも、使い潰されて死んでいったのではない。決してない。
彼らは、ヒトの未来を、可能性を信じて、託したのだ。想いを継承したのだ。
それはただの兵器には出来ない。彼らもまた、同じヒトだから、なし得ること。
だからこそ、龍寿は陣の考えを明確に否定する。
ただそれだけを伝えるために、彼はここにいる。
この場で、裸の王様だけが満足げに頷いた。
彼が何故満足そうなのかは理解できないが。
「遠坂様…………貴方もそうなのですね。」
「そう…………とは?」
「いえ、何でも。代表自らの歓送、感謝を申し上げます。」
陣は無表情かつ棒読みで、謝辞を述べる。
そして龍寿を見ることなく、キャラバンへ乗り込んだ。
運転席へ右近が、助手席へ左近が乗り込む。
相容れることは、無いのだろうか。
被害者の会で、レインただ一人が、不安げな心持ちであった。
龍寿、リカリー、優樹の目前で、エンジン音がなる。
レインはどうやら裸の王様を放置できないようで、この場に残されるらしい。
リカリーはレインの境遇に同情した。
刹那。
裸の王様は、『何か』を察知し、レインを抱きかかえ跳躍する。
気配を感じ取ったのは、サーヴァントである彼と、そして━━━━━
「優樹」
「え、ご、ご先祖様?何でここに?」
「何か来るぞ!」
優樹の背後に現れたのは、彼のサーヴァントである『舩坂弘』。
溢れんばかりの殺意が、この場にいる者たちに襲い掛かる。
弘は、龍寿やリカリー、優樹を守るように立ち回り、敵の気配を五感で読み取る。
この敵が狙っているのは、被害者の会ではない。恐らくは、遠坂組当主。
弘は耳を澄ませ、僅かな物音に対し銃口を向けた。
放たれる弾丸が命中し、気配の主は傷を負いながら後退する。
弘が射抜いたのは敵の顔面。カランと白いハサンの仮面が落ち、血塗られた頬が露呈する。
腰まで伸びた美しい髪、透き通るような眼、艶やかな唇。
可憐という言葉を体現したかのような少女の姿に、優樹と弘を除く全員が息を呑んだ。
そう、彼らを除いて。
二人は敵の正体を即座に察知した。
かつて刃を交えたシリアルキラー、優樹にとっては、かつての親友でもある。
「充……………………」
板垣充。船坂優樹のかつての友。
今は、アヘル教団セントラルの幹部。ヴェノムアサシン『モゴイ』である。
「優樹、久しぶりだね。」
「充…………ミッツ…………!ここで何をしているんだ!何を、するつもりなんだ。」
「おにいちゃん探し、と言いたいところだけど、今日は違くて。任務で、遠坂家当主を拉致してこいと言われちゃったから。生きたまま捕縛するというのは僕の苦手分野なんだけど。」
「拉致?」
「うん、拉致。誘拐?もしくは生捕り?ま、何でも良いけど。」
モゴイの異様な雰囲気を感じ取り、運転席の右近は慌てて車を発進させようとする。
が、彼の英霊すら察知できぬ速度でボンネットへ飛び乗ると、フロントガラスを短刀で突き壊し、その勢いのまま右近の右目を抉った。
「ぎゃああああああああああああああ」
右近の悲痛の絶叫がこだまする。
右近のサーヴァントであるセイバー、左近のサーヴァントであるランサーが同時に動き出し、モゴイへ斬りかかった。
だがモゴイはその攻撃を難なく避ける。俊敏さはこの場にいる誰よりも優っていると言えよう。
彼が距離を取った隙に、レインが右近へと駆け寄った。幸い右近は生きているものの、出血多量で意識を失う寸前である。
右目は綺麗に抉り取られていた。右近の様相を見て、左近は吐き気を催す。
後部座席の陣は慌てる素振りもなく、ただ冷静にモゴイの様子を捉えていた。
セイバーとランサー、バーサーカークラスの弘の三騎は、保護対象たちの前に出る。
ヴェノムアサシン一騎であれば、流石に分が悪い勝負。さらに対宗教組織アヘル支部の所属長として、彼らの戦闘データを分析し尽くした優樹、加えてアヘルとの交戦経験がある被害者の会の面々がいる。
たかがアサシン、それもヴェノム。到底勝てる戦いではない。
だがモゴイは不適な笑みを浮かべていた。
彼ら誰もが知らない、アヘル新開発の決戦兵器。
セントラルのヴェノム全員が与えられた、多種多様な色合いの水晶キューブを、彼は徐に取り出した。
「優樹、見て。」
「何だよ、それ」
「これはね、僕のココロなんだ。僕そのものと言っていい。おにいちゃんじゃなくて、僕の大切な友達に、最初に見せてあげたかったの。僕の内側、僕自身(モゴイ)をね。」
「心…………?」
「そう、心だよ。ふふふ、スペシャルサービス、今日は優樹だけじゃなくて、君たち全員を招待してあげる。さぁ、殺戮ゲームの始まりだ。」
モゴイは地面に向けて、水晶キューブを投げつけた。
ガラスが砕ける音が響き渡り、その瞬間。
世界は、塗り替えられる。
「ヴァリオル結界『愚弟園(ぐていえん)』」
龍寿、リカリー、優樹、弘、陣、レイン、右近、左近、裸の王様、セイバー、ランサー、計十一名は、異空間へと迷い込んだ。
誰もが、一体何が起きているのかを理解できない。
そんな中で、陣は眉間に皺を寄せながら、必死に状況分析する。
そして、一つの結論に達した。
「固有結界宝具━━━━━━━━」
これより始まるのは、モゴイの生み出す心象風景、そして、彼らの命を狩る『デスゲーム』。
【楽園編①『運命に縋る罪』 おわり】
私は館長室の捜索を続けていたが、キャスターの考察本を除いためぼしい発見をすることが出来なかった。
休憩を兼ねて、私が管理する博物館の庭園へと赴く。
手入れしていない期間もあり、雑草は生い茂り、華やかさは失われている。命尽きる花で満たされている空間だ。
物悲しさはあるが、仕方ない。また一から育てよう。
私はその手に『アタッシュケース』を持ち、庭園の中央へと向かった。
これは決戦の際に使用した、マキリ製オートマタが格納されている。
真なるエサルハドンを召喚し、世界の危機を救った代物だ。
このオートマタは召喚者との『縁』のみを媒介とし、サーヴァントを呼ぶ。
私が鬼頭充幸であるからこそ、あのエサルハドンへ繋がったのだ。
「………………………」
私は庭園中央のサークルで、アタッシュケースの解除キーを入力した。
既に鬼頭充幸は登録されている。
起動スイッチを押せば、埋め込まれた波触の魔眼が作用し、因果へ介入する。
もしかすると、再び『彼女』に会えるかもしれない。
私は彼女の影を求めていた。
いま博物館には強力な英霊が必要だ。
残された災害を倒す最強の戦力が。
私の指にまだ、赤い糸が結びついているなら。
『運命』は、また私の味方になってくれる筈だろう。
私は躊躇なく、オートマタを起動させた。
あらゆる可能性を超えて、因果を超えて、望むべき運命へと。
そう、願った。
運命という言葉に縋った。
想えば、応える。祈りは、通じる。そういうものなのだと。
私は、何かを勘違いしていたのかもしれない。
組み上がるオートマタに、英霊が仮初の受肉を行なう。
だが、それは私の求める『桃色』では無く。
「あ………………………」
あぁ、そうだ。
何を勘違いしている、充幸。
『縁』のみが召喚に作用するならば、あの亜種聖杯戦争にいた全ての英霊が対象になろう。
その中でも飛び切りの━━━━
「召喚に応じ参上した。」
「………………………………久しぶり。」
私がそう口にした時、『彼』は一瞬戸惑いを見せ、不適な笑みを浮かべた。
どうやら彼は、あの戦争を記憶しているらしい。
だが、後に知ることになるが、彼が経験したのは全く同じ人間と、全く同じ英霊による、全く違う聖杯戦争。
エンゾもナリエも、誰もが命を落とし、身代わり王が『献身』を果たした世界線。
私の経験していないフランス亜種聖杯戦争のプレイヤーであった彼が、何の因果か、このオアシスに呼び出された。
「ランサー『アウラングセーブ』だ。どうぞよろしく。」
ムガル帝国第六代君主、暴虐と敬虔の皇帝が桃源郷の土を踏む。
【次回へ続く】