Fate/relation   作:パープルハット

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楽園編2『ヴァリオル結界』

「こんにちは〜海御前さん?」

 

一週間ぶりに開発都市第六区の小規模な監獄へと訪れた美頼。

その隣には、物珍しそうに辺りをキョロキョロする巧一朗の姿もある。

彼は彼女から不思議なデートに誘われて、この土地に足を踏み入れた。通常、第六区に入るには許可証の発行が必要となるが、彼女は対災害共同戦線ルラシオンの一員。アヘル教団の者でない限り、自由に出入りが可能である。

美頼の目的は、ルラシオンのメンバーへ巧一朗を紹介すること。

同じ博物館の同僚であり、信頼のおける戦力。打倒災害という志を有する仲間であるならば、この共同戦線には相応しい。

表向きの理由はコレ。彼女の真意としては『彼氏役』として徐々に外堀を埋めること。

周りがお似合いだねと焚き付けることで、環境そのものが恋の炎を燃え上がらせる。

巧一朗に凡そ効果のある作戦だとは思えないが、美頼は本気だった。

道中暗黒面な笑みを浮かべる彼女に、彼は若干引き気味である。

 

「ここに、河童の妖怪にして、平家一門の戦士がいるのか。」

「うん、とても強いし、美人。淡い水色の髪がとっても綺麗なの。」

「水色の髪。」

 

巧一朗は不意に、焔毒のブリュンヒルデや、ダストのことを思い出した。

透き通るような空色、深いマリンブルーの色、過去に招霊継承した源頼光も言っていたが、巧一朗の好みである。

無論、彼が最も好きなのは光沢感のある白髪。『彼女』の髪であるが、それはそれ、これはこれ。

彼は美頼の方を向く。

金色の髪、毛先の赤と青。奇抜な色合いだが、西洋の顔立ちをした彼女にはよく似合っている。ほんのりと良い香りがするのも、彼の心を揺れ動かすポイントだ。

普段はツインテール、服装も派手目で、胸元を大胆に露出しているが、今日はスタイルを変えていた。

髪を頭部ではなく、首元で結んでいる。俗にいうおさげ、というものだろう。

服も落ち着きのあるオレンジ色。髑髏や宗教的なデザインの意匠は見当たらない。

これまでがアングラへ憧れを抱く女子高生ならば、今はキャンパスライフを謳歌する女子大生、といった具合か。

突然のクラスチェンジに驚きを隠せないが、これはこれでとても可愛いと思う。

だが、巧一朗は何も気付いていない。

美頼の髪型は、巧一朗のサーヴァントであるキャスターを模したもの。

巧一朗の好みがおさげであると錯覚し、少しでも彼の気を惹きたいと、大胆に変えてみたのだ。

だが彼は残念ながら、別段おさげ推しではない。ショートでもツインテールでも、その女の子に似合っているならば良いと思うタイプの男である。

幸いなのが、美頼が元々美形であったが故に、どのような髪型も似合うことだろう。

 

「え、な、なに?」

「いや、何でも。海御前の収監されている牢獄はもう直ぐなのか?」

「う、うん。すぐそこに………………ってあれ?」

 

二人は海御前のいる場所へ辿り着いた筈だった。

が、そこは既に無人。綺麗に清掃され、もぬけの殻となっている。

 

「海御前さん、どこへ?」

「彼女は場所を移されたわ。パークオブエルドラードの『病棟』へ、ね?」

 

巧一朗と美頼は背後から響く声に振り返る。

そこにいたのは車椅子の女、彼らが知る人物。同じ博物館の仲間であるエラルであった。

 

「エラルさん!」

「エラルドヴォール、久しぶりだな。」

「ええ、巧一朗さん。生きていてくれて嬉しいわ。」

 

巧一朗とエラルは迷宮以来の再会である。

彼女のすぐ後ろには、従者であるロイプケの姿もあった。

エラルは災害のアーチャーに襲撃され波蝕の魔眼と勾配の魔眼を失った結果、今も視力を失っている。

だが美頼の話によると、波触の魔眼と垓令呪の仕組みを応用したマキリ製オートマタを開発しており、手繰り寄せた縁の深さが災害のバーサーカー打破に繋がったと聞く。

タフなものだと、彼は素直に感心した。

 

「エラルさん、海御前さんが病棟にいるって、どういうこと?」

「人間じゃないから、正確にいうとメンテナンス室ね。でも、呼んで字のごとくよ。彼女は病人なの。それも、とびきりの。」

「どういうことだ?」

「美頼さんは知っているだろうけど、彼女は自らの不甲斐なさを嘆き、自傷行為を続けた、来る日も来る日も、自分自身を傷付け続けたわ。命を断とうとしたことは幾度となくある。でも、何故か彼女は死ねなかった。何者かの意思により生かされ続けれいるよう。でもある日、頭を鉄格子に激しく打ち付けたことで、ついに仮受肉用肉体の方が悲鳴を上げたの。」

「頭脳を司るパーツが弾け飛んだのです。」

 

エラルの言葉に、ロイプケが付け加える。

消滅間際となった海御前の第一発見者となったのが、このロイプケだった。

頭頂部が砕かれ、中から歯車やら記憶チップが散らばり落ちていた。

肉体を構成するデータに影響が出ていたのか、腰まで伸びた長い髪は消え、白い肌は泥のように汚れ、目の色も灰と化していた。

彼は無我夢中で彼女をパークオブエルドラードへ運び入れる。何とか一命を取り留めたが━━━━━━

 

「付いてきて」

 

エラルとロイプケは二人を連れ出し、パークオブエルドラードへ誘う。

巧一朗は巨大シェルターにいちいち驚くが、対照的に美頼は神妙な面持ちであった。

 

そして地下にある、専属従者のメンテナンスを行うルームにて、海御前と再会する。

その姿を見て、美頼は絶句した。

巨大水槽の中で眠る海御前は、以前までとは様相が異なる。

長くて美しい髪はショートヘアとなり、着物姿から一転、全身に黒の拘束具が取り付けられていた。

以前までの気高さはどこへやら、見窄らしい姿となり、かろうじて生存しているような状態である。

 

「海御前さん………………っ」

「これでも努力した方よ。髪のデータや肌のデータをここまで復元できたんだから。この黒い装いはマキリ製のパワードスーツ。細い管が何本も付いているけど、それで彼女に必要な『水分』を常時供給している。水を自在に使役する河童の特性だけど、今はこの器具がないと、数秒と保たない身体になったわね。」

「そんな…………」

 

水槽に駆け寄る美頼を尻目に、巧一朗は当然の疑問をエラルへ投げかけた。

 

「大した事情も知らない俺が言うのも憚られるけどさ、殺してやった方が良かったんじゃないか?」

「…………ええ、そうね。きっとこれは私たちのエゴなのよ。海御前には、生きていて欲しいっていうね。…………あの戦いで、本当に沢山のものを失ったから。」

「……………………そうか」

 

巧一朗はセイバーのことを、ダストのことを、過去に出会った者たちのことを思う。

出会いもあれば、別れもある。

その相手が、英霊であれば尚のこと。共に生きられる時間は、人間のそれより限定的だ。

招霊転化の一分間で出会った英霊たち、皆が巧一朗を想い、刀を振るってくれた。背中を預けてくれた。

彼らが巧一朗の想像の産物だったとしても、それでも、本物の英霊のように心を通わせることは出来たのだ。

悲痛な表情を浮かべる美頼を見て、巧一朗は心を痛める。

よく世間では、所詮は専属従者と吐き捨てるものの声が聞こえる。

だが、少なくとも美頼は、海御前という英霊を真の仲間として、友として、想っている。

良い意味でも、悪い意味でも、彼女は博物館(テロリスト)に向いていない。

道具として利用する以上の感情を持ってしまったら、もはやそれは━━━━━━━━

 

「…………俺も同じだけどな。」

「?」

「いや、こっちの話だ。」

 

巧一朗は両の手をポケットに仕舞い、メンテナンスルームを見回した。

海御前の他にも、損傷したオートマタの治癒が行なわれている。

やはり富裕層の都市、手厚いサポートだと感心する。

彼が共に戦った革命軍の英霊たちは基本的に使い捨て。傷付いたものはそのまま命尽きる。

生き残ったであろう黄金街道、ペルディクス、フゴウは無事だろうか。

今の彼には、それを知る術は何も無かった。

そして彼は、革命聖杯戦争の黒幕、言峰クロノのことを思い出し、気になっていた疑問をエラルへ確認してみる。

 

「俺が第三区で戦っていたとき、その黒幕たる人物に垓令呪が利用されていることを知った。不正なアクセスによって魔力を一部引き出していたそうだ。言峰クロノというしがない神父だが、心当たりはあるか?」

「いえ、全く。」

「垓令呪が無断で使用されていた件は?」

「知らないわね。なにせ『垓』だもの。私も全てを把握している訳じゃないわ。最近多忙で、メンテナンスにも行けてないしね。言峰…………それは本当にただの神父なの?」

「いや、正体は災害のアーチャー『シグベルト』だ。彼は自身の宝具で人間としての性質、英霊としての性質、二人の人格に分たれた。英霊の方は第三区で死んだが、賢しい人間の方は今も生き永らえている。」

「災害…………なるほどね。」

「あまり驚かないんだな?」

「ええ。ただの人間に、垓令呪が利用される筈ないもの。その犯人が災害であるならば凡そ納得だわ。じゃあ、また悪さをされないように、認証コードを多重に、近寄れないように結界もより複雑に組み直さないと。」

 

エラルの言葉に、巧一朗は反応する。

これは恐らく『失言』だ。エラル側も口を滑らせたことに、僅かばかり動揺している。

彼女は、ヒトの近寄れない結界と発言した。

クロノは魔術結界を何らかの方法で突破し、直に垓令呪のある場所へ赴いたのだ。

 

「質問、してもいいか?」

「ええ、どうぞ。」

「前々から気にはなっていた。マキリが開発した垓令呪、それは一体この開発都市のどこにある?」

「……………………」

「魔力が供給されている以上、開発都市の『繭』の外であるとは考え難い。俺はアンタのお膝元の第二区か、この開発都市という方舟の創造主である災害のキャスター管轄の第四区、どちらかの地中深くに埋まっているものと思っていたが、それは違うようだ。近寄れない結界に覆われている、その発言から、垓令呪システムは地表に露出している。この開発都市のどこかにポンと置かれているんだろう。」

 

その規模感は不明だが、垓の令呪を内包する機器が、手のひらに収まるサイズであるとは考え辛い。

だが一区から六区まで、それを思わせるオブジェクトは存在しない。

 

「今更だが、垓令呪はどう考えても、災害にとってデメリットだ。バーサーカーへの叛逆の切り札になった代物だそうだからな。それでなくとも、マキリ製令呪は、その特性上、この開発都市のマスター、専属従者の命運を握っている。エラルが本気で力を行使すれば、この都市の人間を大虐殺することも可能だ。あの災害のキャスターがそんなものを見逃すか?」

 

巧一朗は顎に手を当て、熟考する。

かつてエラルと初めて出会った時、彼女は最も容易く令呪による命令で反乱分子を蹴散らした。通常の聖杯戦争で付与される令呪から比べれば格段に性能は落ちるといえど、その保有数が百を超えれば話は変わる。このオアシスを転覆可能な末恐ろしい破壊兵器だ。

彼は災害の立場で考えてみる。どう考えても、処分する選択しかない。エラル本人が仮に親災害派閥であったとしても、この力はヒトの手に余る。

エラル自身は人間であるから、いつでも殺せるという災害の慢心か?

否、災害は恐らく、垓令呪をどうすることも出来なかった、と考えるべきだろう。

 

「開発都市にあるのは確か、だが、一区から六区には無い、ということか?例えば、災害がオアシス創生の際に沈めた大陸に仕込まれていた、いや、二千年前だから、エラルも、マキリコーポレーションも存在しないか。」

「……ふぅ、流石の洞察力ね、巧一朗さん。そこまで辿り着いているなら、答え合わせをしても良さそうね。」

 

エラルは両手を上げ、降参のポーズを取る。

元々、博物館の面々に隠すつもりも無い。

マキリ本社を襲撃され、博物館へ亡命した時から、意思は決まっていた。

 

「この開発都市にはもう一つ、未開域が存在する。代々インヴェルディアが管理していたその土地に、現管理者の私は垓令呪システムを留置した。」

「未開域?」

「その名も『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』、時期を見て、巧一朗さんと美頼さん、充幸も招待するわね。」

「ザ・ガーデン……………………」

 

楽園の名を冠する禁止区域。

言峰クロノはその場所に足を踏み入れたのだろう。

巧一朗が知るテスタクバルから血を分けた子孫たち、彼らに課せられた十字架、抱えた深い闇。

部外者であり、ある意味で関係者でもある彼は、そこへ踏み入れていくことになる。

 

【楽園編②『ヴァリオル結界』】

 

「う、う〜ん」

 

レインは頭の痛みに目が覚めると、まず初めに青空が見える巨大なドーム天井が目に入った。

そしてすぐ側には男性の肉体、露出した胸筋がピクピクと脈打つ。

 

「は!?」

 

慌てて飛び起きた彼女は、何者かに膝枕されていた事実に気がついた。

そしてそれが、彼女の専属従者である『裸の王様』であることも。

彼は常に全裸である。そして彼女は彼に膝枕されていた。

それが表すことはつまり━━━━

 

「ぎゃああああああああああああああ!」

 

後頭部に残る生々しい感触。

女子らしからぬ絶叫。

レインの叫びに、目が覚めていない者たちが皆飛び起きる。

 

「な、な、なにして、えぇ!?」

「王が手ずから側室たる貴様に膝を貸していたのだぞ。何だその不敬な態度は。」

「だ、だって、ちん……………………ごめんなさい、取り乱しました。どうもありがとう!」

 

感謝を口にする彼女だが、当然そこに本来の気持ちは宿っていない。

ただただ己の従者への怒りのみ。彼女の眉間には深い皺が刻まれていた。

レインの悲鳴で目覚めたのは、この場にいない右近のセイバー、左近のランサー、既に目覚めていた弘、陣、裸の王様を除く者たちだ。

サーヴァントたちは皆気絶することなく、この場所の異常性を即座に察知し、最大警戒にあたっていた。

人間の中で、いち早く目覚めた陣は、セイバーとランサーに周囲の調査へ向かわせたのだった。

 

「こ、ここは?」

 

龍寿は辺りを見渡し、そこが植物に覆われた空間だと理解する。

無造作に生い茂った自然そのもの、ではなく、ヒトの手により整然と管理された場所。

ドーム型の天井や、植物に適した気温調整、人間を楽しませるべく工夫が凝らされた展示。

これはまごうことなき━━━━

 

「『植物園』か?」

 

道端に生えている雑草の類ではなく、普段目にすることのない珍しい種類が情報として飛び込んでくる。

なにがどうして、このような場所にいるのか。

第六区の駐車場にいた筈が、どこかのテーマパークに迷い込んでしまったようだ。

 

「遠坂様、ここは植物園を模している『固有結界』です。ヴェノムアサシンの宝具に、我々は巻き込まれてしまっている。」

「葛人さん…………どうしてそんなことが?」

「先にセイバーとランサーに調査させています。この場所には明確に入場ゲートがあるものの固く閉ざされている。宝具による突破も叶いません。同じくガラス戸を叩き割ろうとしても、ビクともしない。普通の植物園なら、そんなことはあり得ないでしょう。」

「確かに…………ヴェノムアサシン『モゴイ』と接敵した際に、彼は『ヴァリオル結界』と叫んでいた。」

 

宝具、とまでは断定できないが、何らかの結界魔術であることは確かだ。

アヘル対策室の優樹は、友として、調査対象として、板垣充ことモゴイの情報を有している。

彼は三つのヴェノムアンプルを使いこなす。『ハサン・サッバーハ』『ギボンズ姉妹』『ヤ=テ=ベオ』だ。

その中で、同じ植物種である『ヤ=テ=ベオ』のスキルか宝具であることが最有力候補だが、これまでの戦闘で使用されたことは無い。

加えて、彼は水晶キューブを地面に叩きつけることでこの空間を発現させていた。その時に宿していたのは、ハサンの英霊だった筈。

彼はヴェノムセイバー『シュランツァ』のように、アンプルの重ねがけは出来ない。つまりこの植物園は、外部の出力によるものだ。

水晶キューブのことを、僕のココロと称していた。これは彼自身の心象風景の具現なのか?

優樹は必死になって考える。

一方、龍寿の『ヴァリオル結界』という発言に、レインの顔は青ざめた。

医学の道を志していた彼女には、その単語の意味が理解できる。

 

「あの、ヴァリオルっていうのはフランス語です!」

「フランス語?どういう意味なんですか?」

「『天然痘』です。天然痘ウイルスを媒介とする感染症の一種で、非常に強い感染力を持ち、致死率は平均で二十から五十パーセント…………」

「ご…………ごじゅ!?」

「で、ですが、人類史で初めて、完全なる根絶を果たした感染症でもあります。ど、どうしてそんな名前を冠して…………」

 

レインの疑問に答えられるものは当然いない、が、陣だけは『天然痘』が意味するところを理解していた。

 

「(災害のアサシン『ナナ』の仕業ということか、やってくれたな)」

 

エミール・ゾラの小説の主人公『ナナ』はファムファタールとして男どもを弄び、気ままな人生を謳歌するも、その最期は天然痘に感染し、世にも醜い肉塊となり孤独に命を落とす。ワクチンで抗体を有する原生人類であろうと感染する『呪い』として兵器を作り上げたのか、はたまた。

 

「じゃ、じゃあこの空間に長く居続けるのは滅茶苦茶危険なんじゃ?」

「でもどうやって脱出を?」

 

焦りを募らせるリカリーと龍寿。

だがここで、冷静な面持ちの優樹は、あることを口にする。

 

「『おにいちゃんを完成させる』ことが、この空間からの唯一の脱出方法です。」

「……うん?」

「龍寿さん、リカリーさんも、知っています、よね?多分。」

「そんなこと知っているわけ…………………あれ?」

 

龍寿をはじめとして、全員が知っていた。

モゴイの仕掛けたゲーム、そのクリア条件を。

まるで一と一を足せば二になることを知っているように、ごく自然に、当たり前に、脳へと刷り込まれている。

それは聖杯戦争においてサーヴァントが現代の知識を聖杯から与えられるが如く。

『そういうもの』だと脳が訴えかけてくる。

 

「なんで、どうしてだ?僕はこの空間の名前が『愚弟園(ぐていえん)』と名付けられていることも、脱出方法も心得ている。」

「それは僕もなんです、龍寿さん。ミッツが僕らに施した情報。このデスゲームのルール。」

 

人間、サーヴァント問わず、この固有結界の前提知識が付与されている。

この場所は東京ドーム四個分にもなる巨大植物園、この空間の中にオートマタの『胴体』『目』『鼻』『口』『耳』『髪』が隠されており、それらを組み上げることで、脱出成功となる。

そしてそれはモゴイも同じ。彼もまた、同じように散らばるパーツを集め、彼の理想の『おにいちゃん』を創造する。

万が一、モゴイの方が先に完成させた場合、広がった植物園が急速に縮小し、中に囚われた彼らは全身が潰れ、ひしゃげ、バラバラに解体される。

よって、彼らは急いで奇妙な人形を完成させなければならない。

 

「どうしてこんなことを知っているかは分からないけど、急がなきゃマズイな。」

 

龍寿は立ち上がり、走り出そうとするが、陣がその腕を掴み静止させた。

 

「葛人さん!?」

「遠坂様、闇雲に動くのは危険です。貴方にはサーヴァントがいないでしょう?このゲームには、敵を襲ってはならないなんてルールは無い。当然、モゴイ自ら仕掛ける結界である以上、彼はフルパワーでこちらを殺しにきます。」

「そ、それはそうだが…………」

「我らが眠っている間、我々は彼に襲撃されていない。恐らく、我々の目覚めこそがゲームスタートの合図です。この生い茂った木々に身を隠しながら、既にモゴイは動き出しているでしょう。何せ彼は『アサシン』なのですから。」

 

陣は被害者の会が有する時計型デバイスで、セイバーとランサーを招集した。

この広い空間で、目鼻などの小さなパーツを探すのは果てしなく重労働だ。

まずは作戦を練る必要がある。

なるべく各々の距離が離れないよう、彼らは円となり身を固めた。

 

「うぐ…………」

「大丈夫か!?右近!?」

「あ、あぁ、何とか。梅沢殿の簡易的な治療で血は止まっている。」

「それならばよいが、無理はするな、兄弟よ。」

「…………」

 

この結界に巻き込まれる以前に、右近はモゴイによって右の眼球を抉り取られている。

血液多量によるショック死してもおかしくない状況ではあったが、レインの応急措置により一命は取り留めた。

右近を心配する左近、そしてそれをどこか冷ややかな目で見つめる陣。

龍寿は陣のクールさ、悪く言えば冷徹な一面が気になりつつも、目の前の危機に対し集中することにした。

 

「さて、皆集まりましたが、いかがしましょうか、遠坂様。」

「そう、ですね………………人間が七名、サーヴァントが四騎か。人数を考えれば、こちらが圧倒的に有利だけど。」

「ここは敵の本丸です。地の利はヴェノムアサシン側にあるでしょう。」

「ならば、まずはアサシンを発見し、制圧してから、ゆっくり探索すれば良いのでは?」

 

発言したのは優樹の専属従者『舩坂弘』。

彼はかつてモゴイと交戦し、手の内を吐き出させた上で勝利を収めている。

彼の意見は最もであり、殆どの者が一同に賛成した。

だがレインはおずおずと手を挙げ、否を唱える。

 

「相手はアサシンで気配遮断を有しています。それに留まらず、この植物園は背丈を超える木々が多く、隠れ潜むのに適しています。もしかすると、個々のパーツを探すより、困難なのでは?」

「我が宝具『爆式神風』により一面を吹き飛ばすか?」

「対軍宝具ですか?尚のことNGです。パーツそのものを壊してしまったとき、私たちの脱出の手段が消えてしまう。それに扉やガラス戸が宝具でビクともしないなら、それは植物そのものにも適用されている可能性は高い。」

「そうですよ、ご先祖様!大体『爆式神風』は自爆特攻宝具です。スキル『アンガウルの灰』が正しく起動した上で、戻って来れる保証はどこにも無い。その選択だけは無しにしてください!」

「お、おう、分かった。すまない、レイン、優樹。」

 

優樹は弘の宝具起動を許可しない。

災害のバーサーカーとの戦闘時、大風を退かせる為に使用したが、復活まではそれなりの時間を有した。

いくら強力な戦闘続行スキルを有しているからといって、大切な従者、否、大切な『家族』が命を落とすのは許容できるものでない。

もしあの戦いが永遠の別れとなっていたなら、と考えるとゾッとする。

無論、出し惜しみをしていられるものでは無かった。全員に、命を捨てる覚悟さえあった。

それでも━━━━

 

「セイバーとランサーも今しがた宝具を使用してもらい、破壊が不可能なことを証明したばかりです。乱暴な手段はかえって不要な魔力消費になるだけでしょうね。」

「ところで葛人さん、そちらの二騎については真名を開示してもらいたいのですが?」

「別に不要な情報ですよ、遠坂様。そこの全裸の変質者と同程度には、価値のないものだ。」

 

陣の発言は、偉大なる歴史の先駆者への冒涜だ。

だがセイバー、ランサーの両名はただ黙って頷いた。

彼らは専属従者として召喚され、己を道具であると認識した上で被害者の会に与している。

特に右近の剣士は、彼の目が抉られるその瞬間、主人を守ることが出来なかった、一歩出遅れてしまったのだ。

人間を守護する英霊としてあるまじき失態である。

故に、陣の言葉に反論できるような立場にはいなかった。

途端に静まり返った彼らの中で、裸の王様が急にレインの手を取り、ひょいと抱き上げる。

お姫様抱っこの装いになり、何も言わぬまま彼らに背を向けた。

 

「おいおい、裸の王様、私の発言が気に入らない様子で?」

「葛人陣、別に貴様の発言になど興味はない。そもそもこの会合に関して、王は一言も聞いておらぬ。聞くに値しない。」

「…………何のつもりだ?」

「クク、せっかくの植物園、愛妻との初デートにはピッタリだろう?さぁレインよ、共に美しい花々を愛でようではないか!」

「え、ちょ、どういうことよ!」

 

レインはバタバタと両足を動かし離れようとするが、裸の王様はその屈強な筋肉で、華奢なレインをがっしりとホールドした。

医療知識の豊富なレインと離れ離れになる訳にはいかない。龍寿やリカリーは慌てて止めようとする。

が、次の瞬間には、王の類まれなる筋肉が生み出す大跳躍によって、彼方へと飛び去ってしまう。

追いかけるにはこちらもサーヴァントの脚力が必須だ。

 

「ちょ、ちょっと!」

「無駄です、遠坂様。彼はいつもそう。戦闘となると我先に逃げ道を確保する。三流のサーヴァントですから。」

「…………それは言い過ぎでは?」

「事実ですので。まぁ彼の逃げ足の速さは一級ですから、レインの命だけは担保されるでしょう。気を取り直して、我々も策を弄しましょうか。」

「…………まずは敵の情報、そしてこの固有結界を知る必要がありますね。」

 

陣と龍寿は頷き合う。遠坂組と被害者の会は、一時的な協力体制を敷いた。

幸いこの場にはモゴイをよく知る人物がいる。

かつて彼の幼馴染で友人だった船坂優樹。

このヴァリオル結界を除く、全ての情報が優樹の脳内にインプットされている。

そして彼は、この植物園を見渡した上、ある気づきを得ていた。

記憶の奥底、学習机の引き出しの中に、それは眠っていたのだ。

この結界が板垣充の心象の具現化であるならば、この植物園は恐らく実在した場所。

そして彼の発言、彼の実兄ではなく、友人である優樹に見せたかったもの。

ならばこの場所は、かつて優樹と充両名が訪れていた筈だ。

記憶の中で散乱した教科書の山を掻き分け、彼は鍵のついた引き出しを勢いよく開けた。

 

「ここってまさか『紀ノ川植物園』か?」

「優樹、紀ノ川植物園って、あの…………?」

「ええ、龍寿さん、分かりました。ここは十年前に閉館した植物園です。僕と充は、かつてここに来たことがある!」

 

優樹はその名を思い出したことに歓喜するが、束の間、事態は急変する。

彼らの予測した敵襲、モゴイの『暗殺』は既に動き始めていた。

弘、セイバーは敵の影にいち早く気付き、同時攻撃を開始する。

植物の影に隠れる何かは、目にも止まらぬ速さで急接近し、弘のレンジに突入した。

 

「ご先祖様!」

「ちぃっ!」

 

弘は舌打ちしながら、懐刀であるサバイバルナイフで影に切り掛かる。

だが敵はぬるりとそれを避け、後方へと飛び退いた。

実態が掴めない。

炎のように揺らめきながら、明確な殺意を持って近付いてくる。

かつて見た、ハサンの姿ではない。ギボンズ姉妹でもなければ、当然巨大な木のヤ=テ=ベオでもない。

これは何だ?

ヴェノムアサシンのモゴイそのひとなのか?

弘は優樹たちを守るように前に出ると、ライフルを構え放射した。

狙うはヒト型の脳天部位。だが弾は煙を裂くように貫通し、後方の木々を撃ち抜いた。

無論、この影は五体満足である。

マスターである右近を傷付けられたセイバーは怒りに身を任せながら、自らの宝具を起動する。

対人宝具で、影を幾層にも切り刻んだ。

だが光の如き刃は、何物も斬ってはいない。

どんな攻撃も無意味である。

 

「クソッタレ!」

 

右近は怒りのあまり叫んだ。

それは影に対して、そして不甲斐ないセイバーに対しても。

宝具の使用と共に消耗するセイバーだが、影は攻撃を加えようとしない。

絶好の好機であるにも関わらず、だ。

 

「ミッツの三騎のアンプルにはこんな能力は無かった筈、これは一体…………」

 

優樹は口元を手で押さえながら、必死に思考する。

モゴイの情報の中には答えがない。

ならば、この影は固有結界から生まれたもの?

必死に過去の記憶を遡る。

 

「(そもそも、僕は動物園や水族館の方が好きで、植物園なんて、ミッツとかくれんぼしたことしか…………)」

 

優樹は、あっ、と情けない声を漏らした。

優樹の親に連れられ訪れた紀ノ川植物園、そこには板垣充の姿もあった。

彼は退屈のあまり、充と二人でゲームを始めた。

それが、かくれんぼ。

この大人でも広いと感じる植物園、子どもにとっては、それはそれは広大な敷地で遊ばれるゲーム。

植物園は四つのエリアに分かれており、確かその中には…………

点と点が線で繋がる。

そして優樹は気付いた。

自身らが、既に罠に嵌められていることに。

 

「『幻覚』だ!このエリアは、世界の怖い花ゾーン!中に幻覚作用を齎す花がある!」

 

これが従来の植物園ならば、当然ヒトに害が及ばない作りになっている。

だがモゴイの固有結界は、彼の生み出した光景。彼の敷いたルール、幻想が適用される。

彼らは同時に大気中に巻かれた花粉を吸い込み、存在しないものと戦っていた。

サーヴァントにも効果が及ぼされているのは、つまりそういうこと。

優樹と弘は己の頬を殴り、何とか目を凝らして、敵であるはずの影を捉える。

だが、そこにいたのは━━━━

 

「え、あ………………」

 

優樹はその場にへたり込んだ。

そして弘は、帽子を深く被り直し、視界から逸らそうとする。

 

目の前にいたのは、脳を撃ち抜かれ、胴体が切り刻まれた左近のランサーであった。

 

「嘘…………でしょ………………」

 

弘がライフルで狙撃したのは、セイバーが宝具で切り裂いたのは、仲間であるはずのランサーだった。

彼らはただ、仲間同士で殺し合ったのみであった。

 

「優樹!何が、起きている!?早くモゴイを倒さなければ!」

 

幻覚に襲われている龍寿とリカリーは、敵であるモゴイを指差す。

だがそれは、あろうことか、腰を抜かした優樹を指し示していた。

 

「何故かは分からないが、急に倒れたぞ!今がチャンスかもしれない!」

 

龍寿は叫ぶ。そして呼応するかのように、セイバーが刀を持って優樹の方へと歩き出した。

彼らは今、優樹の姿を『敵』だと認識しているのだ。

 

「優樹、一旦逃げるぞ。」

「ご、ご先祖様、でも!」

「このままでは殺される。他のエリアへ走ろう。」

 

弘は優樹を背負い、植物園の中を駆け出した。

遠坂組としての使命を置いてでも、彼はマスターであり子孫である優樹を守護する道を選んだのであった。

 

 

阿鼻叫喚の彼らの元へ、モゴイは平然と歩み寄る。

そして無警戒の右近を、背後から短刀で突き刺した。

これまで幾度となく貫いてきた場所、ここをナイフでトンとすれば、人が死ぬことを学んでいる。

身長が二倍近くある大男を、最も容易く殺害した。

 

「………………まずは一人」

 

モゴイは右近の前方へ回り込み、慣れた手つきで、残された左目も摘出する。

そして彼はそれを桃色のハンカチで丁寧に包み、自身のポシェットに保管した。

このまま流れるようにもう一人、二人と殺すべきであるが、彼は不意に立ち止まる。

冷静さを失い、今なお敵の影を追う龍寿、リカリー、左近、セイバー、だがただ一人、備え付けられた休憩用ベンチで煙草を吹かすものがいた。

葛人陣、彼だけは何故か、毒花の影響を受けていない。

 

「成程、ようやく正しいルールが理解できたよ。」

「……………………」

「俺たちが模造品のパーツ集めをした上で、お人形を完成させるゲーム。そこは変わらないが、ヴェノムアサシン側のルールはそうではない。俺たちを殺し、目鼻や耳などを切り刻んだのち『本物』で人形を作るんだな。だから丁寧に右近の目をくり抜いた。」

「………………………きみ、何でこの状況で平気そうなの?」

「あぁ、こういう『毒』の類は効かないよう訓練されている。」

「それもそうだけど、この凄惨な現場を見て、優雅に一服していられる精神も、常人とは言えないよね?」

 

モゴイは陣へ向かって走り出す。

現在服用しているアンプルは暗殺教団のもの。英霊の力を以てすれば、一秒で生身の人間を亡き者にできる。

これまでそうしてきたように、急接近したのち彼は宝具を使用した。

筈、しかしながら━━━━━━

 

「な」

 

モゴイは何が起きたのかも分からぬまま、宙に弾き飛ばされていた。

あぁ、そうか、腹部に手痛い蹴りを喰らわされたんだ。

だが、どうして?何故この速度に追いつけた?

こちらの攻撃を読んだ上、的確な一撃を打ち込める?

モゴイは思考を巡らせながら、地面に転がった。

 

「ったく、舐めてもらっちゃ困るな、『後輩』」

「後輩……………………?」

「…………まぁ、知らないのも無理ねぇか。」

 

陣は吸殻を靴で踏み躙ると、スーツの内ポケットから小型のアンプル容器を取り出した。

それはまごうことなき、彼がヴェノムサーヴァントである証拠である。

被害者の会の代表たる人物が、元ヴェノムであった?

モゴイは混乱する。

そして彼が動揺している隙に、陣は幻覚症状に踊らされる龍寿の手を引き、エリアから脱出した。

リカリーたちも当然のように追いかける。

優樹たちが逃げた方向とは逆だが、緊急事態につき仕方のない選択だった。

 

「(さて、これからどう攻略するか、楽しませてもらうぞ、遠坂龍寿。)」

 

陣は披露したアンプルを再度仕舞い込んだ。

右近が死去、左近のランサーは消滅した。

残された人は六名、サーヴァントは三騎。

 

 

【楽園編②『ヴァリオル結界』 おわり】

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