Fate/relation   作:パープルハット

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長期間にわたっての休載誠に申し訳ございませんでした。



楽園編3『おにいちゃんの庭園』

【開発都市第三区】

 

闘技場(サンコレアマル)内を疾走する二つの影。

革命聖杯戦争以後に革命軍グローブへと入会した若き先鋭たちは、二者の戦いを目で追うことが精一杯であった。

仲間に危害が及ばない範囲で雷撃を飛ばし続ける『黄金街道』、またの名をライダー『坂田金時』。

客席側で四方八方に飛び回り、攻撃を回避する黒いローブの女。

この戦いは、この怪しげな女がグローブの領地に許可なく立ち入ったことで始まった。

復興の兆しを見せていた第三区に現れる、新たな脅威。

女の纏うローブは、開発都市第五区を本拠地とするアヘル教団のものだった。

革命聖杯戦争の最中に突如襲いかかってきたヴェノムセイバー『シュランツァ』を想起させる。

彼女はフゴウことマンサ・ムーサの目前で『タイプキメラ』という形容し難き怪物へ成り果て、第三区を混乱に陥れた。

フゴウがアヘル教団と裏で繋がっていたことが起因して、各組織間の抗争が生まれた経緯から、現在の革命軍はアヘルへの嫌悪で満ちている。

だが、ハンドスペードとダイヤモンドダストが消滅した現在、残されたグローブが第五区へ攻め入ることはない。

まずはシェイクハンズを基礎とした第三区の復興のため、革命聖杯戦争の生存者である黄金街道とペルディクスを中心に動き始めている。

その最中での、領地侵犯である。

たとえそれがどのような目的であっても、外敵と見なし排除する他ない。

黄金街道は逃げ回る敵に苛立ちを覚え、特大の雷撃を降らせる。

速度に自信のある英霊でなければ避けられぬ一手、かつこれを防ぐには相応のスキル、宝具を要するだろう。

そんな一撃。黄金街道の後輩たちは固唾を飲んで見守った。

 

「…………はぁ」

 

女は小さく溜息をつく。

座席の上に立ち、手のひらに生成した彼女の背丈と同等の弓で雷撃を弾き飛ばした。

だがそれに伴い、たった今召喚した筈の弓そのものが灰のようにボロボロと崩れ去る。

当然の帰結だが、このローブの女がサーヴァント、ないしそれに類する性能を有する存在と認識された。

そう、恐らくはシュランツァと同じ、人間ながら英霊の権能を振りかざす『ヴェノムサーヴァント』であると。

 

「一瞬だが確かにアタシには見えていた。手にした武器は、剣でも槍でもなく、弓だ。アーチャーか、将又バーサーカーか、そんなところか?」

「………………」

「何が目的だ?こう言っちゃなんだが、もう第三区(ここ)には何もないぜ?もしマンサ・ムーサの粛清だっつうんなら、残念。革命聖杯戦争で奴は消滅したよ。」

 

嘘である。フゴウことマンサ・ムーサは玉手箱の影響で老いた肉体となったが、かろうじて生き永らえていた。

そう遠くない未来に、仮受肉用肉体の方に寿命が来て、彼の生命活動は停止するだろう。

加えて、戦うことはおろか、立ち上がることすらままならない。スキルや宝具などはもっての外だ。

第三区にとっては大罪人であるこの男を、金時は許し、彼の余生に安寧を与えるため奔走している。

産業大橋シェイクハンズを守り抜いたちっぽけな背中に、彼女は王の器を見出した為。

いま革命軍の長は坂田金時だ。彼女は『黄金街道』の二つ名を背負ったまま、新たな王(ヘッド)として前線に立ち続けているのだ。

 

「………………」

「なんだ?無視かよ。」

 

黄金街道の問いかけに言葉は返ってこない。

だが代わりに女は身に纏うローブを脱ぎ捨てた。

顕になるのは教団の軍服、カーキ色の髪に整った美しい顔。

この世のものとは思えない美貌に同じ性の黄金街道でさえ息を呑んだ。

 

「貴方が、革命聖杯戦争の勝者…………」

「……お、おう、そうだ!てめぇはアヘル教団の回し者か?」

「アヘル教団『左大臣』の席、ヴェノムネーム『ウラルン』、それが私の名前。」

 

都信華亡きいま、新たな左大臣に任命されたのはヴェノムアーチャー『ウラルン』であった。

これまでの任務での功績、何よりオピスの作戦の一環とはいえ、かの災害のライダーに勝利したのである、彼女がアヘルの中核となることに異論を唱えるものはいなかった。ただ一人、彼女の恋人を除いて。

皮肉にも母である入谷春風こと『ムブニル』と同じ位についた彼女は、とある目的から第三区に赴いた。

 

「アヘルの偉い人が、何の要件だ?」

「調査に来ただけ。私に敵対意思はない。貴方が戦いたいならやるけど。」

「勝手にグローブの敷地に土足で入ってきておいて随分な物言いだな。残念ながら、革命軍の連中はアタシ含めて全員お前らが嫌いなんだ。革命軍を分裂させたのはお前らだからな!」

 

黄金街道の目は血走り、全身に電気が迸る。

彼女の仲間たちさえも震え上がるほどの怒気だ。

ウラルンはその様子を見ても、一切動じず、ただ黄金街道を観察している。

その態度が余計に黄金街道の更なる怒りを生んだ。

 

「アタシには敵対意思がある。死にたくないなら全力で避けろよ!」

 

黄金街道はその瞬間、天高く飛翔した。

その手に担いだ鉞には稲妻が集約し、今にも爆発する寸前である。

ウラルンも、革命軍の者たちも、皆が黄金街道の宝具発動を肌で感じ取った。

このサンコレアマルに、尋常ならざる衝撃が襲いくるだろう。

金時を知る後輩たちは皆、雷撃に備え、出入口まで退避する。

だが当のウラルンは一歩たりとも動こうとしない。

彼女は跳躍した黄金街道をその目で捉え、彼女のいる天空を指差した。

 

「吹き飛べ、必殺!『黄金衝撃(ゴールデンスパーク)』!」

 

これより、雷が落ちる。

革命軍の者たちは固唾を飲み、見守った。

だが実際に落ちてきたのは、雲から降り注ぐ雷撃ではなく━━━━━━

 

「空に輝く星座が見える?」

「何………………っ!?」

 

空を超える、宇宙からの一射。

 

「我が矢はもはや、放たれている。『天蠍惨毒一射(アンタレス・ヴェノムスナイプ)』」

 

災害のキャスターの創造せし繭の内側であるものの、概念上の星から落ちてくる矢は、雲を突き抜け、黄金街道の振り被った鉞に衝突する。

溜め込んだ電気エネルギーが反発し、矢を弾き返さんとする。

宝具と宝具のぶつかり合い。

だが元々振り下ろさんがための『黄金衝撃』と地表に向かって放たれる『天蠍惨毒一射』はベクトルの方向が同じ。

故に先に根を上げたのは黄金街道の腕であった。

 

「クソッ!」

 

彼女は闘技場へ鉞を落下させてしまい、自身もウラルンのいる客席側に転がり落ちる。

衝撃と共に、闘技場の中心部に巨大なクレーターが出来上がる。

倒れ込み、復帰するまで数秒を要した黄金街道を、ウラルンはただ茫然と見下ろしていた。

 

「てめぇ…………」

「……………………」

「アタシの心臓じゃなく、鉞を正確に狙ったな?どういうつもりだ?」

「…………さっき言った。敵対意思はない。」

「舐めた真似だ。忌々しいとはこのことだぜ。」

「まだ、やる?」

 

黄金街道は口を噤んだ。

革命軍の後輩たちが見ている手前、彼女は外敵を排除するまで戦うべきだ。

それが王としての務め、ダイヤモンドダストやハンドスペード、消えていった仲間、思いを託してきた好敵手たちへの弔い。

だが、ここで命を粗末にする方が愚者であると彼女は考える。

このまま戦い続ければ、敗北するのは黄金街道の方だ。ウラルンは雷を弾いた弓も含め、更なる奥の手を用意している。

いま革命軍を纏め、第三区を復興できるものは彼女をおいて他にない。

シェイクハンズを遺してくれた彼を思い、彼女は拳を下ろす決断をする。

 

「いや、辞めておく。」

「…………ありがとう。」

 

何故か感謝を述べたウラルンは、黄金街道へと手を差し伸べ、立ち上がらせる。

行動から察するに、本当に敵対意思は無いようだ。

ならば、どうして第三区に?

黄金街道は当然の疑問を口にする。

 

「…………この人を探している。」

 

ウラルンは懐から一枚の写真を取り出した。

温かみのある笑顔を浮かべる一人の中年女性が椅子に腰かけている。

古い写真だ。背面の日付を見るに、十数年前のものであることは分かる。

 

「かつてアヘル教団の幹部だった女性。鶯谷という姓で、コードネームは『アングイス』。ここ最近で聞いたことはない?」

「いや、ねぇな。見たこともねぇ。アヘルの連中が来たなら、今回のように殴りかかっている筈だからな。」

「そう」

 

ウラルンは少し残念そうな表情を浮かべていた。

左大臣の席の者が探しているということは、写真に映る女は相応の実力者であったのだろうか?

黄金街道が素性を確かめる前に、ウラルンは予想外の発言をする。

 

「彼女は、この写真が撮られた一年後には、自殺している。」

「は?」

「正確にいうと他殺。自殺として処理されたけれど、兎にも角にも、もうこの世にはいない。」

 

黄金街道は呆気に取られていた。

目の前にいるウラルンという女は、死者であると理解している人物を探して、遥々第三区へやってきた。

言うなれば敵地に、命を顧みず踏み入れたのだ。

あまりにも不可解。

彼女は言葉に詰まる。もしかすると関わらない方が良い人種かもしれない。

そう思った矢先の出来事。

黄金街道の安否を心配した彼女の配下たちが、いつの間にやら彼女の背後まで訪れていた。

そして手渡された写真を覗き込み、目を丸くする。

 

「この人、つい最近見ましたよ。」

「は?」

「第三区にいましたよ。ほら、第三区って武装した連中が多いから、何も持たずにフラフラ歩いていて不思議だったんです。だから覚えていました。」

 

その発言に、ウラルンは堪らず詰め寄った。

彼女は『アングイス』らしき女性の目撃情報があり、この第三区へ調査に訪れた。当然、半信半疑で。

この桃源郷では不可思議なことが多々ある。

だがそれでも、死人が蘇るなんて話は聞いたことがない。

 

「もう少し、話を聞かせて?」

「え、あ、あぅ、黄金街道(姐さん)が良いなら良いけど。ちらっと聞こえたんですが、もう死んでいる人、なんですか?」

「…………間違いない。私が遺体の第一発見者だったから。」

 

黄金街道も、その部下も、ギョッとする。

突如現れたウラルンと、何故だか彼女に協力することになった黄金街道とその部下(監視の意味も込めて)。

行われるのは、世にも奇妙な幽霊(アングイス)探し。

 

このオアシスではいま、不可解な事象が多発していた。

それはこの男の元にも

 

開発都市第四区の一角。

老舗小料理屋を彷彿とさせる木製の看板には大きく『霧峰探偵事務所』と刻まれている。

普段浮気調査にペット捜索と依頼に事欠かないこの個人事務所に、世にも恐ろしい依頼が舞い込んだ。

探偵である『霧峰龍二』は依頼主である女性の話に頭を悩ませた。

 

「死んだ筈の人間が、第一区の街中を歩いていた、と?」

 

女性が提示した写真の人物は、龍二も知っている有名人。

煌びやかな着物姿、艶やかな赤髪、写真一枚から漂う王のような気迫。

写されているのは廃業した三代企業の一つ、アインツベルンカンパニーの前主『ミヤビ・カンナギ・アインツベルン』。

依頼主は過去にカンパニーで勤め、アインツベルン製オートマタの開発に大きく寄与した者。

威厳があり、それでいて人らしい温かみを振り撒くミヤビを尊敬し、その死を大いに悲しんだ者。

故に、依頼主の女が、ミヤビらしき人影を本物だと語るのには絶対的な自信があった。

 

「どう思います?ジム。」

「すぐ儂に頼ろうとするのは止めるべきだな、霧峰名探偵。死霊術師(ネクロマンサー)の仕業か、見間違いか、はたまた、本当は死んでいなかったか、理由は色々考えられるだろう。」

「ふむ、確かに。」

「或いは━━━━━━━━」

「或いは?」

「いや、荒唐無稽な話だ。気にしないでくれ。」

「そうですか。兎に角、調査は我ら霧峰探偵事務所にお任せください!人探しや猫探しはウチの専売特許ですから!」

「全く、根拠のない自信はやめたまえよ君。」

 

胸を張る龍二と、頭を下げる依頼者、彼らの姿を見て呆れた表情を浮かべるジム・バーネット。

彼が考察する荒唐無稽な話こそ、ことの真実であるが、今の彼には知る由もない。

 

 

【楽園編③『おにいちゃんの庭園』】

 

 

「宝探し…………ゲーム?」

 

優樹からの意外な言葉に、龍寿は驚きの声を漏らした。

ヴェノムアサシン『モゴイ』が仕掛けてきた、新たなる兵器『ヴァリオル結界』。

愚弟園と名付けられた固有結界に閉じ込められ、早くも一時間が経過しようとしていた。

ここはモゴイこと板垣充が少年時代に訪れた紀ノ川植物園をモチーフとする空間である。

彼の思い出、心象風景の具現。龍寿たちは彼の編み出すデスゲームに巻き込まれてしまった。

植えられた木々、花々はただ愛でられる存在ではなく、モゴイの思うままに牙を剥く。

幻覚作用のある花の効能は誇張され、仲間同士の殺し合いにまで発展させられた。

結果、被害者の会のメンバーである右近、そしてその兄弟である左近の使役するランサーがこの場で死した。

残された人間は遠坂組当主の龍寿、構成員のリカリーと優樹。災害被害者の会代表の陣、秘書のレインとメンバーの左近。

サーヴァントは、バーサーカー『舩坂弘』、レインと共に別行動を取っている『裸の王様』、右近の使役するセイバーだ。

計九名が、生きて脱出するために各々動き始めている。

龍寿は現在、陣やリカリーたちと共に、世界の怖い花ゾーンを抜け出し、温室エリアへと到達した。

弘はマスターである優樹を抱え、一足先に離脱、現在は花飾り等の土産物コーナーまで走り逃げたのだった。

ここは単なる観光地ではなく、幼い充少年が鮮明に記憶した彼独自のセカイである。充の感情が作用し、植物も姿形を変える。

そう、板垣充が、モゴイが望めば、美しい花は毒花になり、食人植物となるだろう。

言うなれば、この空間の全てが、彼の変身する『ヤ=テ=ベオ』だ。

弘は優樹の指示で、敢えて土産物コーナーへと足を向けた。優樹は充と共に紀ノ川植物園を訪れた記憶から、その場所を思い出していたのだ。

理由は単純、ここには危険な草花はない。土産用のオーナメントが各所に並べられているのみである。

モゴイが直接襲いかからない限りにおいて、この結界内における唯一の安全地帯だ。

優樹は髪の毛を掻き毟りながら、必死に記憶を遡る。

モゴイは、自身が愛した亡き兄より先に、優樹へこの結界を見せたいと発言した。

その意味するところはきっと大きい。何か、板垣充にとって、かけがえのない思い出があった筈なのだ。

 

「あのとき、まだご先祖様はいなかった、ですよね?」

「小学生の頃の話ならば、違うな。我々が出会ったのは優樹が中学生のときだ。」

「そうですよね…………ダメだ、思い出せない。」

「モゴイ、板垣充の兄は、そのときにいなかったのか?」

「それもあんまり覚えていなくて。二人が一緒にいたような記憶はないんですよね。むしろ目が悪いミッツを僕が支えて………………あれ、何か探していたような気がする。視力の問題もあって探し物がずっと見つけられくて、代わりに僕が…………」

「充は生まれつき目に障がいを持っていたな。代わりに常人より耳が発達していると。英霊の力を宿しているときには視界も良好なようだが。」

「充と一緒に探し物、そしてこの固有結界のルール、おにいちゃんのパーツが各所に隠されていて、それを集め完成させる………………そうか!そうだったのか!」

 

優樹はようやく思い出した。

彼らの思い出の断片、取り出すのに時間を要したのは、それが『成し得なかった』出来事だから。

優樹は遠坂組社用デバイスから龍寿へとコールを繋げる。

幸い、結界内の者同士であれば通信が可能なようだ。

 

「龍寿さん!聞こえますか?」

「優樹か!無事なんだな?」

「はい。ご先祖様も五体満足です。それより聞いてください!これはモゴイの仕掛ける『宝探しゲーム』なんです!」

「宝探し…………ゲーム?」

 

 

過去、紀ノ川植物園の来客減少に伴い、第六区最大企業の遠坂組が改革に乗り出したことがあった。

龍寿の父、遠坂仙寿は、子どもに親しまれる植物園をコンセプトに、当時大流行していた『仮面セイバー』とのコラボレーションなど大々的なプロモーションに打って出た。優樹の言う『宝探しゲーム』も子ども向け企画の一つである。

園内の各エリアに七つの宝箱が隠されており、その中にあるパズルのピースを揃えれば、仮面セイバーの特別なフィギュアがプレゼントされるというルール。優樹と充は共に参加し、そして達成することが出来なかった。

 

「僕らはあのとき、六つの宝箱を見つけた。だけど最後の一つを前に、閉館時間が来てしまい、達成できなかったんです。」

「なるほどな。」

「恐らくはオートマタの『胴体』『目』『鼻』『口』『耳』『髪』が隠されている場所は、実際に僕らが見つけた宝箱があった場所。大体の位置は思い出せました。」

「だが、すると七つ目の宝箱がどこかにあるのでは?」

「その位置は、遠坂組現当主の龍寿さんが知っておられるだろうと思いまして。ほら、仮面セイバーの大ファンだし、教経さんにお守りとして渡していたソフトビニール人形は、この宝探しゲームの景品だった筈です。」

「え、あー、うん、そうだね。」

 

龍寿は歯切れ悪く答える。

それもその筈、彼自身はこのイベントに参加していない。関係者として、父から無償でプレゼントされている。

この宝探しゲーム自体存在していたことを知らなかった。

龍寿は頬をかきながら、優樹へと謝罪する。

 

「ま、まぁ、兎にも角にも、まずは六つを揃えよう。これがモゴイの心象である以上、集めた六のピースで脱出を図れるかもしれない。モゴイ自体も七つ目の宝箱の位置は知らない筈だからね。このまま二手に別れて宝を集めよう。」

「そうですね。いま龍樹さんがいらっしゃる温室エリアに宝が一つ隠されている筈です。確かハイビスカスの部屋にあります。途中サボテンの部屋がありますので、トゲにご注意ください!」

「あ、あぁ!優樹も気をつけてな!」

 

こうして彼らは、この空間からの脱出のため、動き始めたのだった。

 

一方その頃、プランターエリアにて、裸の王様がレインを胸元に抱きかかえたまま堂々闊歩していた。

降ろせと騒いでいたレインも、既に諦め、王の逞しい上腕二頭筋にその身を委ねている。

彼女は陣たち被害者の会メンバーが気掛かりだった。まだ右近やランサーが命を落としたことは知らない。

レインには王様の真意がわからない。

桃源郷においてはただの文化人としての役割しかない王。有事の際も、彼が剣を取ることは決してなかった。だがそれは、他に武器を手にする英霊が何人もいたからである。今とは全くもって状況が違う。

戦闘に特化したセイバー、ランサーと別行動を取るのは、固有結界という逃げ場のない場所では愚の骨頂。

もしヴェノムアサシンに襲われれば、レイン共々殺されるのは目に見えている。

 

「ねぇ、ライダー」

「王と呼べ、不敬者。」

「被害者の会は、英霊の真名を呼ばない、それが一応のルールです。」

「王はどのような愚民が見ようと、王にしか見えんだろう。この悠々たる姿を眺め、騎兵であると嘯く仕立て屋もおるまい?」

「…………分かりました、王様。恐れながら、一つ質問を。」

「許す。」

「何故、皆と別れたのです?私のもつ鞄には簡易的ですが治療キットもある。彼らのバックアップには、私が必要な筈です。貴重なヒーラー枠は、アサシンにとって格好の餌食ですよ?」

「客観的に見れば、そうさな。だが王は当然、王の理の基づき行動している。もしあのまま居続ければ、貴様は早々に死んでいたぞ?」

「何故?」

「王らの元に流れてきたこの固有結界の法、そこにはヒトのパーツを組み立てて、人形を作れとしか書かれていない。そのパーツはこの空間に散りばめられているとほざくが、それらを必ず使用しろとは、明記されてないと言っておる。」

「それはつまり私たち自身、『実物』のパーツを用いても構わないということ?」

「そうだ。そうならば女である貴様は忽ち襲われ、目をくり抜かれ鼻を捥がれる。葛人陣、右近、左近、彼奴等は皆屈強であるからな。」

「そんな………………彼らは被害者の会の仲間で…………」

「まぁ、右近左近にその勇気はないだろうな。だが葛人陣だけは異なる。奴は平気で殺す。敵であれ、仲間であれ。アレはそういう男だ。」

「それは違います。彼がアヘル被害者の会と天還被害者の会をまとめ上げ、災害被害者の会という一大組織に育てたのです。誰よりも私たちの気持ちを理解している。秘書として、近くで見続けてきた私だから、そう断言できます。」

「ふっ」

「どうして鼻で笑うんです?」

「アヘルへの怨恨からマージナル支部を襲撃、対災害共同戦線ルラシオンへ参画し、武力を以て教団を滅ぼそうとしている、そんな貴様らが今更被害者を名乗るか。」

「…………っ!貴方は何も知らない癖に!」

 

レインの頭にこびりついた、親友『櫻庭咲菜』の顔。

アヘルによって奪われた命。

彼女は右手に力を込め、王の頬を考えなしで引っ叩く。

彼女の目尻には大粒の涙が溜まっていた。

 

「降ろして。貴方と一緒に行動なんてまっぴらごめんだわ。」

「…………」

「いいから降ろしてください。」

「拒否する。痴話喧嘩の続きはあとにしよう。」

 

裸の王様の視線はレインではなく、前方を捉えていた。

彼の鬼気迫る表情から、彼女は敵襲を察知する。

彼らの目前にぬるりと現れた影、漆黒の霧と共に浮かびあげる髑髏面には見覚えがあった。

 

「ヴェノムアサシンか」

「ご明察」

 

二人を殺害せんが為、出現したモゴイは、ナイフ片手に強襲する。

速度にして一秒に満たない斬撃、王様はこれを華麗なステップで躱した。

二撃、三撃と重ねるが、未来を予知しているかのように華麗に避けていく。

無論、レインを傷つけるようなことは一切ない。

自身が盾になることもせず、血液の一筋すら流さない立ち回りを続ける。

痺れを切らしたモゴイは即座にアンプルを切り替え、『ギボンズ姉妹』を自身へ現界させた。

モゴイの肉体は二種に分裂し、一糸乱れぬ動きで左右から襲いかかる。

その手には先ほどまで有していたナイフと同じものが握られていた。

 

「サイレントツインズか」

「ライダー!?」

「その名で呼ぶなと言っておろう、愚か者めが。」

 

焦るレインを他所に、彼は脚力を増強し、大きく跳躍する。

左右を取られたなら、上空へと逃げるのみ。

だがモゴイはニヤリと笑みを浮かべた。

 

プランターエリアのすぐ近くに聳えるシンボリックな巨大樹。

 

王様は当然だが、龍樹おろか優樹も存在を『当たり前』としか捉えられなかった代物。

紀ノ川植物園にはこのような大木は存在しない。

こればかりは、モゴイの生み出したオリジナルである。

愚弟園が有する最大規模の兵器、彼はこれを身勝手に『世界樹(ユグドラシル)』と命名した。

 

「この愚弟園のトップパフォーマー、その力を見せつけろ!」

 

彼のヴァリオル結界に味付けされた、一本の木。

これには、彼が持つ『ヤ=テ=ベオ』のアンプルがふんだんに注入されている。

それのみならず、沼御前から貸し出された妖怪アンプルの幾つかも合成され、破格の成長を見せた。

植物という枠に留まってはいるが、その様相はヴェノムセイバー『シュランツァ』の最終進化である『タイプキメラ』と同等である。

彼は第三区での彼女に死に様を聞き及び、悲しむどころか、芸術的だと感じてしまった。

この世界樹は、ヴァリオル結界の中でのみ存在できる制約があるものの、この空間内においては神域にまで達している。

 

「これは…………」

 

王の背後に聳える御神木。無数に伸びる大木の枝は蛇の頭へと変化し、宛ら神話のゴルゴーンを模したフォルムへ様変わりしている。

だがこれだけ派手に根や枝を伸ばす大樹に、王を含め誰も気付かなかった。

顔が凍り固まったレインに対して、王は冷静に分析する。

ここは暗殺者の空間。

有り得ないと吐き捨てたい心を捨て、彼は一つの結論に達する。

『気配遮断』だ。

この巨木は、その存在感をスキルで覆い隠していた。そうとしか考えられない。

 

「さぁ、たらふくお食べ」

 

モゴイが両手を広げたその瞬間、王は両手足は触手のように伸びた枝に捉えられる。

王は咄嗟の判断でレインを手放した。上空から放り出される為、怪我は免れないが、死ぬよりはマシである。

 

「ライダー!」

「ははは!万時休す、というヤツか!」

 

裸の王様はこのような状況にも関わらず、高笑いを続けている。

モゴイにはどうにもそれが気に食わない。ヒトの死する瞬間は恐怖で満ちていなければつまらないからだ。

三流英霊など腹の足しにもならないだろうが、不快故に世界樹へと丸呑みさせた。

ユグドラシルの体内で粘液に塗れ、溶かされ、仮受肉用肉体一片たりとも残さず霧散させるだろう。

このゲームはヒトのパーツ集め。だが、露出狂のメルヘン王の身体など一円の価値もない。

レインの目の前で王様は捕食された。

 

「そ、そんな………………」

 

鬱陶しく感じていた。

何度も何度も現れ、己の裸体を存分に晒しながら、レインを側室だと嘯く。

ただの一度も戦わず、ただ被害者の会の士気を下げるだけのお荷物。

陣はそう感じていた。右近も、左近も、そしてレインも━━━━

 

「………………っ」

 

ああ、ようやっと邪魔者は消えたのだ。

だがレインの表情は曇ったまま。それどころか、瞳には涙が溜まっている。

己でも理解できない感情。

地面へ落ち、肩や腰を打撲した彼女は、何とか立ち上がり、逃亡を図る。

 

「逃げないでよ、せっかくだから遊ぼう?」

 

狂った笑みを浮かべる二人のモゴイ。

レインは背後から迫る彼らへ振り返ることなく、必死で走る。

だが当然、英霊の力を宿したモゴイが速度で負ける筈もない。

数秒のうちに距離を縮められ、『彼ら』によって押し倒された。

 

「くっ…………!」

「女の子は、パーツとして不適合かなぁ?」

 

女性の見た目をしたモゴイ。

何故、このような凶行に走るのか、当然理解できない。

被害者の会には、彼の起こした連続殺人事件の遺族たちが複数名いる。

ある日、訳もわからず、息子や夫を失った。

ある人は目を、ある人は鼻を、ある人は口を。

どんな表情を浮かべていたのかも分からぬほど、ぐちゃぐちゃに潰されていた。

その亡骸を見て、悲しむ家族、怒りに震える家族、そして、狂ってしまった家族を知っている。

レインは悔しさで歯を食いしばった。

絶対に許してはならない。

セントラル支部で自由を謳歌するこのサイコパスを、何がなんでも殺さなければならない。

被害者たちの全ての感情を背負って、レインは拳を握る。

 

「僕のこと…………恐れてはいないようだね?」

「ええ。私が貴方に抱いている感情は『憎しみ』よ。」

「あぁ、それも良いね。そういうのも好みだ。」

 

片方のモゴイがレインの身体を押さえつけ、もう一人がナイフを振りかぶる。

殺される、彼女はそう思い咄嗟に目を瞑った。

だがモゴイの刃が彼女へと届くことは無かった。

 

固有結界内に鳴り響く銃声。

片側の彼の頭蓋に鉛玉が打ち込まれる。

遠方からの正確な狙撃。

凶器を手にするモゴイの側頭部に穴が空き、激しく流血する。

 

レインを押さえつけていたモゴイの本体は、自身の分身の死を悟り、その場から飛び退いた。

彼の『ギボンズ姉妹』の能力は消失し、元の姿へと戻る。

瞬時の状況把握、銃声のした音の方向から、ライフル弾の射出位置を把握し、今後は自身のコネクタに『ハサン・サッバーハ』のアンプルを打ち込んだ。

アンプルの連続使用は、彼の肉体に重度の負荷をかける。それがヴァリオル結界展開中であれば尚のこと。

だが明瞭な視野を手に入れるためには仕方のないことだった。

 

「く…………う………………」

 

モゴイは突如、激しい頭痛に見舞われる。

彼の西洋人のような白い肌に、ポツポツと赤みがかった斑点が浮き出、猛烈な痒みと痛みに襲われた。

ぐらりと揺らいだ視界の中で、彼はショーンの言葉を思い出す。

ヴァリオル結界を解放するための水晶キューブを手渡された時のことである。

 

〈これは『貴方自身』を強力な武器にできる必殺兵器。長時間に使用や、無理に力を引き出そうとすると副作用に見舞われるわ。取り扱いには十分に注意しなさいね。〉

 

副作用、これが『そう』なのだろうか。

モゴイは力の行使に対して逡巡する気持ちを抑え込み、髪を掻き上げ、目を見開いた。

開けた視界の先、攻撃を仕掛けてきた敵の姿をようやく捉える。

 

「舩坂弘…………っ!」

 

次なる一手に出られる以前に、彼は接近戦へ持ち込もうと駆け出した。

目的は一つ、弘をプランターエリアへ誘い込み、世界樹の贄にすることである。

弘の屈強な胴体は理想とするお兄ちゃんに最も近しい、その部分は保存しよう。

ただそれ以外、憎たらしい顔は、切り取ったのち、ユグドラシルに消化させる予定だ。

モゴイは先ほど殺そうとしていたレインのことなどすっかり忘れ、目の前の標的へ駆け出していった。

 

 

パークオブエルドラード内

地下メンテナンスルーム

 

水槽の中で眠る海御前と、彼女の様子を見守る巧一朗、美頼。

二人の元に、エラルがとある人物を連れて来る。

乱れた桃色の髪が特徴の、身長の低い成人女性。

白衣を着ているあたり、彼女が医療従事者か研究員であることは容易に推察できた。

 

「二人に紹介するわね。彼女は『遠坂杏寿』。災害のバーサーカー討伐後に第六区へ戻ってきた、一応は名の知れた医者、なのかしら。」

「遠坂…………」

「帰ってきたのはひと月前だけど、美頼さんは会う機会が無かったわよね。」

 

美頼は驚きを隠せない。

この杏寿という女性は、遠坂組当主の龍寿の実妹だと聞く。

父である遠坂仙寿に見捨てられた(見限られた)彼女は、幼少期から他区を飛び回りながら、自力で生き延びてきた、らしい。

それどころか、開発都市きっての名医だと言う。

もしあの時、彼女が第六区にいてくれれば。

美頼とエラルの心は同調していた。エラルに関しては杏寿を知り得ている分、今更何をしにという気持ちが無いわけではない。

だが杏寿は、第六区に戻れなかったことを素直に謝罪したうえ、復興のために全力をかけると宣言した。

 

なお杏寿が遠坂組から強制的に引き離されたのは、彼女が『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』の管理者に命じられたためであるが、当然そのことを彼らに伝えることは無かった。

杏寿は一匹の鬼と邂逅し説得され、身勝手にも管理者の任を降りた上、扉の先の第五区で生きていく道を選んだ。

その後割を食うことになったのがエラルである。

 

「初めまして、だネ。倉谷美頼さん、君のことはエラルから聞いているヨ。第六区のために、本当にありがとう。」

 

杏寿は深々と頭を下げる。

本心からの謝辞、それは美頼にも理解できた。

二人はこれが初対面であるが、杏寿の方は既に美頼のことを知っていた。

彼女が人間ではなく、倉谷未来の『ドッペルゲンガー』であることも。

それは未来(スネラク)本人を知り得ていたからに他ならない。

精巧に仕上げられているものだと感心する。

 

「そして、えっと、こちらは?」

「間桐巧一朗です。第四区博物館に所属しています。よろしくお願いします。」

 

エラルの紹介を前に、巧一朗は自ら名乗り出た。

杏寿は彼から差し出された手を取る。

そして、袖の下、腕から手の甲にかけて刻まれた赤の紋様に目が留まった。

 

「よろしくネ、巧一朗さん。」

 

杏寿は巧一朗の顔ではなく、まじまじとその隠れた腕の方を見つめている。

その視線の先に気づいた美頼も、気になって巧一朗へ問いかけた。

 

「コーイチロー、腕どうしたの?」

「腕?」

「令呪が、前より凄いことになってる。」

「あぁ、これか」

 

巧一朗は腕まくりし、自身の腕に刻まれた刻印を晒した。

虫の幼虫のような形をした令呪は、その全てが一画分である。

彼が天空城塞でクロノと対決し『隣人召喚』という新たな戦術に目覚めた際に紋様は流動した。

杏寿はその目でマークを捉え、そして固まる。

その令呪の形には見覚えがあった。

否、見覚えがある、などという程度ではない。

杏寿はアヘル教団セントラル支部にて、ヴェノムランサー『ニョッカ』として活動していた経歴がある。

教団のシンボルが丁度、彼の令呪の形に酷似していた。

それだけ、では無い。

彼女のかつての親友、都信華にも同様の形をした令呪が宿っていた筈だ。

彼女との関係性が大きく変わった後であるから、まじまじと見つめたことは無かったが。

信華が左大臣に任命されたのちに、災害のアサシンによって刻印されたものだと考えていた、だが、この巧一朗という青年は恐らくアヘルとは関係がない。記録上においても、過去に所属していたヴェノムサーヴァントにそのような名前は無かった。

 

「(アンジュ様がアヘルを離れた後に、ヴェノムサーヴァントになった男の子、それも幹部席への大出世、その可能性はあるけれど、幸いアンジュ様の顔は知られていないみたいだネ。不用意な発言は身を滅ぼす可能性があるから控えないと。)」

 

杏寿はアヘル教団を裏切った。

最初から別段仲間であった訳でもない。

彼女は区や性別、地位に縛られない一介の医者である。

敵であれ味方であれ、救いたい者を救う。

彼女の気ままさがこれまで多くの命を救ってきた。

けれどそれが仇となり、信華、そしてもう一人の親友であるセバスチャンとの関係性を失ってしまった。

彼女は今なおそのことを後悔している。

あの頃に戻れるのなら、と夢に見ることはあるが━━━━

 

「(教団に戻るのは、まっぴらゴメンだネ)」

 

杏寿は巧一朗へ警戒心を持ちつつ、彼らを置いて海御前のメンテナンスに向かう。

何名かのスタッフたちと協力しつつ水槽から彼女を運び出し、マキリ製の接続器具を隈なくチェックし始めた。

その手際の良さを見て、巧一朗、エラルは共に感嘆の声を漏らす。

 

「医者だから、サーヴァントも診れるのか?どちらかと言えば工学的な分野だろう。」

「私もそう思っていたのだけれど、杏寿はオートマタの治療もできるみたいね。」

「器用なことだな。」

 

海御前の全身を覆う黒い外装を外すと、白い肌が顕になる。

巧一朗は見てはならないという雰囲気を察し、一人その部屋を後にした。

対照的に美頼は、欠損箇所がないか入念に調べる杏寿の元へと近付いていく。

海御前は消滅する間際に、エラルによって一命を取り留めた。だが、いつ光の粒子に昇華されてもおかしくない状況ではある。

 

「海御前さんは、大丈夫、なのでしょうか?」

「心配かナ?」

「はい。あの戦いで、あの場で、一緒に踏ん張った仲間なので。」

「…………そうだネ、まぁ、なかなか万全とは言えないネ。装置さえ付いていれば生命活動に支障はないだろうけど」

「けど?」

「問題は、命を断ちたいと思う心の方じゃないかナ?生きる目標なんてものは必要ないんだけれど、明確に死にたいと思っている以上は、特効薬など存在しない。ホラ、人間なら精神病に効く薬を用意できるだろうけど、彼女は英霊だからネ。」

「……………………そんな」

「健体康心、なんて言ってネ。健やかな体、康らかな心、それが合わさって健康なんだと。アンジュ様に出来るのは、身体を守ること。それこそ、心を守ることができるのは、キミなんじゃないかナ?」

「私?」

「今こうして、彼女に寄り添っているじゃない?海御前にとってそれは、ありがた迷惑かもしれないけどネ。」

 

杏寿は皮肉めいた笑みを浮かべるが、美頼は彼女の言葉を良い意味で鵜呑みにしようとした。

医者の言うことならば間違いはないだろうと。

衛宮禮士の死、逃れられない事実を乗り越えて、海御前の側にいようと思った。

不死鳥のように空へ飛び立ち、今生きる者たちへ希望を繋いだロウヒに報いるために。

 

「その顔…………まさか、海御前のマスターにでもなろうとしているんじゃないだろうナ?」

「どうして気付いたのですか?」

「いや、何となく?辞めておけとは言わないけれど、せめて令呪くらいはエラルに融通してもらいナ。偉大なるアンジュ様からのアドバイスだゼ。」

「令呪…………」

「まぁ、海御前が大人しく専属従者になるのかは、不透明だけどナ?」

 

杏寿はそう言い、美頼から顔を背けた。

雑談はここまで、以後は作業に集中するという合図。

美頼は自身の胸に手を当てながら、これからのことに想いを馳せていたのだった。

 

 

【楽園編③『おにいちゃんの庭園』 終わり】

 

 

メンテナンスルームを後にした巧一朗は、そのままパークオブエルドラードの外へ散歩がてら歩み出た。

彼は美頼や充幸との再会後も、目まぐるしく思考を繰り返している。

 

深層界曼荼羅、遠坂輪廻との茶会で明かされた桃源郷の真実。

虚数海で母である桜と邂逅した日のこと。

そして、キャスターの所在。彼女が消えた謎。

 

まだ何も、その手には掴めていない。

 

「廃棄情報媒体〈隣人〉…………お前は何者だ?」

 

巧一朗は自身の胸に聞く。

魔力の塊であるが、魔力そのものでは無い。

意思を持たぬが、虚数海を漂い、食事と睡眠を繰り返している。

ひとつの生命。

桜はこれを『竜』と、巧一朗はこれを『巨人』と称した。

やがて災害のキャスターとの戦いで、天還の儀による英霊の座の記録抹消が起こしたバグであることが判明し、彼は隣人の正体を知った。

廃棄情報媒体、正しい歴史が紡ぐ英霊の記録を無理矢理に抹消させたことにより、虚数海へ分解されたもの。

だからあの時、イカロスが、彼の身体に宿った。

そしてその後の革命聖杯戦争では、源頼光が。

彼らは間違いなく本物だった。想像力を媒介とする『招霊転化』とは訳が違う。

天還の真実、そして隣人の真相、彼はそこに辿り着いた、筈だった。

言峰クロノも、同じように考えていた。天還の儀こそが、歴史改変の奇跡を成していたと。

だが、違った。

遠坂輪廻はここを二周目の世界と説く。

もう一人の自分、間桐巧一朗が歴史修正を行なう過程で、失敗した結果誕生した世界。

定められた運命は決して揺るがない。それは始まりの聖杯である遠坂輪廻にも変えられない。

ヒトには過去を変える力も資格もない。

もし変わるとするならば、それはことの事態をより悪化させるのみである。

天還とは、災害のライダーが祀ろう神『バアル』への貢ぎ物。

そんなくだらない真実が、巧一朗とクロノの心を引き裂いた。

そして同時に、巧一朗が縫合魔術によって手引きした外宇宙の脅威、セイバーやランサーを巻き込み生まれた『ヴェルバー』に、巧一朗の心は弄ばれていたと告げられる。

紡いだ糸を断ち切らせぬ為に、彼はまんまと利用されたのだ。

巧一朗の作られた愛の復讐劇は、空虚な真実に押し潰されたのだった。

 

だがこうして振り返り、考察していると、不可解な事実に気付く。

『招霊転化』が仮に巧一朗の妄想の産物だったとして、『招霊継承』で出会った二人は、どこから来たものなのだろう。

巧一朗が想像力で生み出した存在、では無い。

それは彼の中で明確に断言できた。

彼らは偽物じゃない。まごうことなき本物だった。

イカロスは息子として、父の愚行を知りつつも、尊敬と愛の眼差しを向けていた。

頼光は父として、娘である金時同様に巧一朗をも可愛がった。

巧一朗が知らぬ、母ではない家族愛。

持たざるからこそ、彼が知識を介することの出来なかった部分。

ここにはきっと、隣人の正体に近付くための材料がある。

 

「(なぜ、知りたがる?)」

 

巧一朗へと、何者かが問いかけた気がした。

彼は即答する。

 

「俺の力のルーツを知るため、いや、俺自身を知るためだ。」

 

彼は隣人召喚という新たなステージへ立った。

あの日以来、虚数の海に落ちることは無く、必然、桜と相見えることはない。

隣人とは何者で、彼に何を齎すのか。

 

白銀の探偵だけは、その真実を知る。

 

 

【次回へ続く】

 

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