Fate/relation   作:パープルハット

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お待たせしました。
もうちょっと投稿ペースあげたいです。
感想、誤字等ありましたらコメントにお願いします。



楽園編4『裸の王様』

専属従者(サーヴァント)は夢を見ない。

だが水槽の中の『彼女』は夢と同じ出力方法で、記憶の蓋を開けていた。

ヒトはきっとそれを残酷な悪夢と言うだろう。

少なくともかつてのマスターである衛宮禮士は、そのように結論づけるはずだ。

 

それは平家一門が海の底へと沈んだ日のことである。

 

場所は彦島、壇ノ浦にて、五百艘の舟と共に、戦いに挑んだ。

この場では男も女も関係なく、皆が武器を手に取る。

それは此方にとっても同じ。

平教経の妻として、額に鉢巻を巻いた。

現れた源氏の者どもは、我々の予想を遥かに超える舟数を揃え、強襲してくる。

平家の丈夫達は応戦する。海の上では負け知らずの者たちが、その物量に押され、一人、また一人と落ちていった。

 

「◯◯!」

 

目の前で死んでいく家族たちを看取るしかなかった此方に、何者かが呼びかけた。

振り返ると、向こう側の舟には夫、平教経がいる。

彼は此方を見つめ、必死に叫んでいた。

水飛沫の跳ねる音が、矢の飛び交う音が、絶望の断末魔が、彼の声を掻き消す。

何を言っているのだろう?

此方には、もはや耳を傾けられる余裕はなかった。

一人、また一人と沈む。

此方の番はもうすぐだ。

教経を除き、皆がもはや生を諦めている。

それは草薙剣を抱いて落ちた上様とて同じ。

 

「◯◯、◯◯◯◯◯!」

 

彼は何度も叫ぶ。

無駄なことだと言うのに、声を張り上げる。

届くはずがない。

現に、彼の周りには、乗り込んできた源氏の者が数人、彼の胴や脚を刀で貫いている。

平教経は死ぬのだ。

そして此方は妻としての務めを果たすべく、彼の後を追うだろう。

源氏死に候え、呪禁のように唱えながら。

彼もきっと同じ、呪いを吐きながら、海の底へと落ちていく。

そう、思っていた。

だが、彼の死間際、走馬灯のような時の流れの中、刹那の静寂が訪れた。

そしてようやく、彼の言葉が此方に届いたのである。

 

「◯◯、桜丸を頼む!」

 

彼はそう言い、此方の舟へ向けて、血に塗れた刀を放り投げた。

此方の目前に突き刺さる刃は、古備前友成の打つ名刀『桜丸』

それを此方に託す意味が分からなかった。

 

「これ…………は…………」

 

此方が絞り出した声に、教経は笑みを浮かべる。

 

「友成の鉄、並べて腐らじ。後は頼むぞ。」

 

彼はそのように叫んだ後、源氏の者どもを傍に抱え、入水した。

その最期に至るまで、彼は運命に抗い続けたのだ。

 

「………………」

 

此方は桜丸を手に取る。

草薙剣は海の底で錆び、やがては藻屑となる。

だがこの桜丸は決して

そう、決して

 

「はあああああああ!」

 

此方は武者となり、胸に炎を宿した。

その灯火が尽きるまでは、折れることはなかった。

獣のように暴れ、桜丸を振い続けた。

それがあの時、此方が上様に魅せられる最高の生き様だったからだ。

 

やがて、此方は水槽の中で目覚める。

あの醜い源氏たちと同じ、アヘル教団の腐臭が漂い始めたからだろう。

 

【楽園編④『裸の王様』】

 

「宝箱を発見しました、これで六つ目です!」

 

リカリーは優樹の指示通りの場所で最後の宝箱を発見し、歓喜の声を上げる。

おにいちゃんを完成させる、という珍妙なルールに則り、彼らはヴァリオル結界『愚弟園』内部にてばら撒かれた六の宝を発掘した。

これらにはそれぞれ自動人形(オートマタ)の胴体、目、鼻、口、耳、髪に類する部位が納められており、それぞれを正確に繋ぎ合わせていく必要がある。

優樹の記憶を頼りに宝探しを始めた一行がとった作戦はこうだ。

まずこの結界のボスであるヴェノムアサシン『モゴイ』については、舩坂弘が相手どる。

そして各エリアのトラップ(幻覚作用のある花々など)については、主に英霊である右近のセイバーが対処。

無論、先の同志撃ちが発生しないよう、基本的に彼は単独で行動した。

そしてそれ以外の者たちは、周囲を警戒しつつ迅速に宝探し実施する。

弘のバックアップを行なう優樹を除いて、龍寿とリカリー、陣と左近といった形で別れ、それぞれが三種類ずつ集めてきたのだった。

従来であれば英霊を傍に置かず危険を犯すことは愚の骨頂である。

だが、だからこそ、敢えてそうするべきだと提唱したのは龍寿である。

専属従者システムが根付いた開発都市オアシスでは、ヒトとサーヴァントはニコイチである、それが当たり前、常識なのだ。

故にモゴイは、その結びつきを壊すような一手を放つだろうと予想できた。

それはまさに先刻の『世界の怖い花ゾーン』で起きた仲間同士の殺し合いにて証明されている。

英霊の一人でも敵に操られることがあれば、この場のいるヒトの命を奪うことなど容易いものだろう。

それでなくとも、『被害者の会』の陣や左近が遠坂組に対して益となる行動を取るとは限らない。

モゴイにいち早く白旗をあげ、裏切られる可能性もある。

このヴァリオル結界の攻略には必要な人材だが、信用し過ぎてはならない。

当然、彼らにクリア条件である宝を任せてしまうのはいかがなものであるか、敵対するようなことがあれば舩坂弘というカードを切れる。

右近のセイバーの真名が不明なのは気がかりだが、リカリーの分析上、タイマンで戦闘すれば勝利するのは弘の方だ。

だからこその別行動。

太陽を迎え撃ったあの日から龍寿には将としての慧眼、才覚が芽生え始めていた。

そして彼はいち早く、このヴァリオル結界内部の違和感に気付き始めている。

 

「一度、被害者の会の二人と合流する必要があるな。」

「ええ、龍寿様。優樹のことも心配ですし。」

「あぁ、そうだね。ところでリカリー、一つ聞きたいことがあるんだが」

「何です?」

 

「プランターエリアの方角だが、あんな大きい樹は生えていたかな?」

 

龍寿が指差す方向、ドーム上のガラス天井へ向かって大きく伸びた一本の樹。

モゴイが『世界樹(ユグドラシル)』と名付けた食人樹を、通常、ヒトは認識できない。

巨体でありながらヴェノムアサシン由来の『気配遮断』のスキルを有するが所以である。

だが、龍寿はそれを、そこにあるものとして把握した。

それはこの固有結界に閉じ込められて実に半時間での理解である。

優樹やリカリーはおろか、陣も未だ巨大樹として脳内に存在証明ができない代物。

同じ対災害共同戦線の仲間たちでは唯一、世界を俯瞰する目を持つ倉谷未来だけが同様に知ることが出来るだろう。

 

「樹ですか?そんなものはどこにも…………」

「僕にも蜃気楼のようにしか見えていないが、確かに存在している。あれがこの固有結界の幹なのか、はたまたモゴイの決戦兵器なのか。放置していいものとは思えないな。」

「ですが龍寿様、まずは六の宝を合体させ、モゴイの言うところの『おにいちゃん』を完成させることが優先です。それがこのデスゲームのクリア方法なのですから。」

「…………そうだね。リカリーは被害者の会の二人に渡したデバイスに連絡して、招集をかけてくれるかい?集合場所は優樹が安全性を担保したお土産ゾーンにしよう。そこで六のパーツを組み立てるんだ。僕は…………」

「龍樹様?」

「危険だけど、あの世界樹へ向かってみる。その必要があると思った。確証はないけどね。」

 

リカリーは当然ストップをかけようとした、が、龍寿の眼差しを見て躊躇う。

第八等太陽がパークオブエルドラードへ落ちてくると分かったあのときと同じだ。自身の危険を顧みず、やるべきことを成そうとする、そんな目。

遠坂龍寿はこうなったら話を聞かない。

部下であるリカリーが何を言っても無駄だろう、そう認識し、指示に従うことにした。

 

「どうかご無事で!」

「ありがとうリカリー、行ってくるよ。」

 

龍寿とリカリーは別方向へ走り出す。二人の信頼が故に成せる別行動であった。

 

一方、ハサン・サッバーハをその身に宿したモゴイと、舩坂弘の戦いは静かに行なわれていた。

モゴイは過去の経験から、弘に真正面から挑んでも勝てないことを理解している。

故に背後から襲い掛かり、首元へナイフを当てがう他ない。

その為には、極限まで気配を消し去る方向で動く。

幸いここは植物生い茂る彼の楽園、小柄な身体を溶け込ませることは容易であった。

弘は近くの背の低い木に腰掛け、ライフルを構えたまま微動だにしない。

彼は常に音を聞いている。

ここは植物園というフィールド、扉は固く閉ざされ、風の一つも通り抜けない。

ならば決して草木が揺れる微かな音を聞き逃す筈もない。

戦地で鍛え上げられた五感、その一つに全神経を集中させ、敵襲に臨んでいる。

少し離れた位置にいる優樹もまた、弘の姿を見守っていた。

もし優樹にナイフが向かうなら、ある意味で好都合。彼は令呪を用いて即座に弘を呼び戻す。

それでなくとも、もしモゴイが優樹を襲うならば、その時点で弘が間に合う。一秒もかからず、敵を制圧するだろう。

位置さえ分かれば、あとは武力こそがものを言う。

暗殺者を相手取る際の真の戦いは、姿と殺意を見るまでなのだ。

だがもしそれを悟れなければ、彼らは敗北するだろう。

弘、優樹、モゴイ、三者に緊張が走る。

 

「(優樹、僕のたった一人の親友、こうしてまた遊べるなんて思ってもみなかった。)」

 

板垣充がヴェノムアサシン『モゴイ』になる以前からの知り合い、今もなお、彼にとってはたった一人の友人。

優樹はもう二度と充を友とは呼ばないだろう。それだけの罪を犯してきた自覚はある。

だが、別にどうだっていい。充が優樹のことを好きであるならば、その事実だけで事足りるのだ。

愛とは両者がいて始めて成り立つもの、そんな言説は極めて滑稽だ。

現に充の家族は、彼が愛した兄は、彼に愛情の矢印を向けなかった。

それは教祖とて、沼御前とて同じ。

彼女らは上部だけでもモゴイを愛した。だがモゴイは彼女らを好んだことはない。

ヒトは勝手にヒトを愛する。見返りのない恋をする。成就することもあれば、桜散ることもある。

元来身勝手極まりないモノなのだ。ならばモゴイもまた優樹へ一方的な友情を感じよう。

それを寂しいと思うことは、きっと無い。

 

「(ユグドラシルへと誘い込むにはどうすればいいだろうか……………………ははは、僕にはまるで知恵も力も足りていないじゃないか、それに時間も残されてないみたいだ)」

 

腕や足、果ては胸部にまで広がっていく発疹、赤い突起が熟し爛れ、激しい痒みを誘発する。

これが結界の副作用。天然痘という呪いが、モゴイの身体を蝕んでいく。

この固有結界を捨て去ればまだ間に合う。板垣充としての生命は保障されるだろう。

だが、彼はそんなつまらないことはしない。

優樹と思い出の場所で遊ぶ。その為なら、この痒みも痛みも些事。

掻きむしればその音で場所を察知されるだろう。故に彼は我慢する。

この瞬間を笑顔で楽しむために。

モゴイが動き出す決断をした刹那

彼の目前に、何かが投擲された。

それは弘が用意した手榴弾である。

ピンの抜かれたそれは、一秒と経たずに爆発する。

弘はモゴイの位置を完全に把握していた訳ではない。言わばこれは、敵を炙り出すための一手。

優樹の気持ちを考えれば、充を殺すのではなく、罪を償って貰いたい。

だがマスターである優樹に命の危険が降りかかる今、躊躇していられる余裕はないだろう。

特にこれが『天然痘』という名を冠する結界である以上、長時間の拘留はまごうことなき死へと直結する。

モゴイの居所を予測するために投げられた一手は、偶然にも彼の目の前に落ちてきたのだ。

咄嗟の判断で彼は背後へ高く跳躍する。

間一髪で爆発から逃れるが、遮蔽物のない空中にその身が投げ出されたことにより、弘のスコープの射程範囲に収まってしまう。

弘は絶好の機会を逃さず、ライフルから鉛玉を射出した。

それは回避行動を取れないモゴイの右足を射抜く。

そう、心臓でも、脳でもなく、足。

優樹を深く想う弘の、実に甘すぎる一撃。

ギリギリで、彼は殺害を躊躇した。かつての舩坂弘からは考えられない行動である。

だが、右関節への正確な射撃は、完全にモゴイの行動を停止させた。

地面へと転がる彼は、流血と共に這いつくばり、立ち上がることすらままならない。

元来、暗殺教団のアンプルを行使する彼は、並の英霊に察知されないレベルで気配を消すことができていた。

だがこの『愚弟園』でのリソースは全て世界樹へと与えられる。

存在を察知した龍寿というイレギュラーを除き、全ての人間、英霊は世界樹に食い荒らされる予定だった。

だからこその、植物園を舞台とした宝探し。

エリア間を行き来し、気配を絶った食人樹に容易く命を奪われる。

モゴイは『おにいちゃん作り』など率先して行なわず、皆が勝手に死ぬのを待つだけで良かったのだ。

彼はそれを理解していた。

それでも自己を顕示した。敢えて彼らの前に姿を現したり、目の前で虐殺してみせたり、こうして優樹や弘と遊んでみたり。

 

「(あーあ、どうしてだろうな)」

 

弘や優樹は不用意には近づいてこない。

警戒心が強いのだろう。ご立派なことだ。

モゴイは抉れた右足を抱える。

空いた穴を塞ぐように、水疱が膨らむ。これは治癒などでは到底ない。ただ『呪い』が拡がっているだけだ。

ヴァリオル結界はアヘル教団の最終兵器。

ヴェノムサーヴァントが己の記憶や幻想より独自の世界を展開し、何らかの恩恵を齎す。

ヒトを殺す愉悦のみが生き甲斐のモゴイに、己の世界観を構築する核、信念など無かった。

モゴイはヴァリオル結界を『芸術』と称する。

絵や音楽、己の心を込める作品を誰もが創造できる、その権利がある。

だが実際に出力されるものには、才能という差が現れるだろう。

彼にはおにいちゃんと再会するという強い想いがあった。

だが彼は死人が蘇らないことを知っている。だからお人形遊びに興じた。

本物の兄に会いたいという志を早々に捨て去り、模造品で満足する道を選んだのだ。

ユグドラシルも、『ヤ=テ=ベオ』を元に作り上げた不出来なガラクタ。

もしもショーンであれば、きっと本物の『大迷宮』を生み出すに違いない。

 

「(さて、どうしようか)」

 

負傷兵となったモゴイは意外にも冷静に状況を捉えていた。

それもその筈。彼自身が傷を負ったところで、この『愚弟園』が維持されているならばどうということはない。

彼がこの空間へ遠坂組や被害者の会を幽閉するにあたり、サーヴァントの選別を行なっていた。

先の戦いで海御前が深刻なダメージを負っていることは情報として知り得ている(最も彼女が自傷行為を続けていたことは知らないが)

さりとて平家一門の女、さらに言えば大妖怪『河童』であるが故に、世界樹を切り倒してしまう危険性がある。

彼が狙ったのは、強力な英霊が近くにいないタイミング。

この固有結界に取り込んだのは、舩坂弘、右近左近のセイバー、ランサー、そして無能な王様のみ。

前者三名は既に数値上で把握済み、弘の宝具『爆式神風』では吹き飛ばない鋼鉄の根と幹を有する。

裸の王様の戦闘データは皆無だが、その略歴を鑑み、警戒するに値しないだろうと判断した。

彼の唯一の誤算は被害者の会代表の葛人陣がどうやら同じヴェノムサーヴァントであるということ。

ショーンがかつて見せてくれたデータの中に、あのような胡散臭さ漂う頬のこけた中年はいなかった筈だが。

だが、どうあれ結果は同じ、ヴァリオル結界が正しく機能することは、すなわちユグドラシルも存在証明されるということ。

そして第七の宝箱はプランターエリア、ユグドラシルの根より下に埋められている。

どうあっても、彼らがこれを攻略することは出来ないだろう。

 

「(宝のありかを提示し、舩坂弘をそちらへ誘導すれば、僕の勝ちだ)」

 

撃ち抜かれた右足の先は壊死し、脹脛の所々から血が吹き出している。

この状況で口を歪ませ笑えるのは、きっと沼御前の教育の賜物だろう。

 

 

プランターエリアへ辿り着いた龍寿は、その異様な光景を目の当たりにする。

随所に割れた植木鉢、何者かが豪快に暴れた証拠である。

そして天高く聳える世界樹、幹から滴り落ちる液体はまるでヒトの血のようだ。

枝先は蛇のような形状で、ウネウネと動物のように四方八方に動いている。

やはり彼だけが捉えることのできた風景は、間違いではなかった。

データで見たモゴイのヴェノムアンプル『ヤ=テ=ベオ』がこれに極めて近い性質であろう。

だがこの世界樹はそれを遥かに上回る狂気、理不尽さのようなものを備えている。

隣にサーヴァントのいない龍寿がどうこうできる相手ではない。

大人しく引き返すべきであるが、ここで彼は倒れている女性を発見した。

彼女は被害者の会の梅沢レイン。

確か彼女の専属従者である裸の王様と共に行動していた筈だが、その姿は見当たらない。

 

「梅沢さん!」

 

龍寿は急ぎ駆け寄った。

彼女を抱え、安否を確認する。

一部外傷はあれど、命に別状はない。呼びかけに際し、意識を取り戻したようだ。

 

「遠坂…………龍寿さん」

「大丈夫ですか?早くこの場所を離れましょう。」

「ええ、ありがとう、ございます」

 

龍寿は彼女を背負って離脱するつもりだったが、ふとレインは固まった。

 

「どうしましたか?」

「いえ、何でも」

「そうですか。ちなみに、貴方のサーヴァントである王様はどこに?」

「……………………先刻、この巨大な樹に取り込まれました。食べられる、と言った方が正しいかな。」

「な…………」

「私なんかを守って」

 

レインは悲しげな目で世界樹を見上げる。

役立たずなくせに尊大で、やかましく、憎らしい、彼女を無理やり伴侶と言い張る専属従者。

所詮使い捨てのサーヴァント、ヒトを守って死ねた分、その役目を真っ当に果たしたと言えるだろう。

何も思うことはない。

元来、この桃源郷において英霊は使いきりな道具だ。死んだら、また次を召喚すればいい。

次は真っ当で従順なセイバーやランサーあたりを呼ぼう。

そう心に決めたレインの目尻には何故か涙が溜まっていた。

自分でも理解できない感情だ。

戦うべき時に戦わず、延々と講釈を垂れる気持ちの悪い男、だが、身を挺してレインの命を救った。

植物により既に消化されたであろう彼を置いてこの場を離れることは出来なかった。

 

「梅沢さん」

「すみません、遠坂さん。逃げなきゃいけないのに、足が言うことを聞かなくて。」

「……………………大切な仲間、だったのですか?」

「いえ全然、生きていても、死んでいても、変わりませんよ。…………またひょっこり現れるでしょう。今までもそうでしたから。」

 

本当は違う。

パスを無理やり切断し、追い払おうとした過去とは明確に異なり、今回はオートマタ本体ごと飲み込まれ、破壊され尽くしているだろう。

もう戻らないかもしれない。彼には二度と再会できないかもしれない。

露出狂の変態英霊に思うところがあるなど、本当にどうにかしている。

 

「…………遠坂さん、行きましょう。」

 

レインは世界樹に背を向けた。

龍寿は不意に、彼女の右手の甲に宿る令呪を確認する。

マキリ製の格安令呪ではあるが、それは依然消え去ることなく宿っており、王様とリンクしている。

令呪とは人間と英霊を繋ぐ絆の証。

龍寿は咄嗟に彼女の右手を握った。

 

「と、遠坂さん?」

「まだ、間に合うかも。」

「間に合うって、何が…………」

「裸の王様は、まだ生きているかもしれない!」

 

龍寿は彼女から手を話した途端に、世界樹の元へ走り出した。

そしてその幹へしがみ付き、木登りの要領でクライミングする。

鉄心ほどではないが、龍寿もそれなりに鍛え上げた筋肉がある。

幸いこの世界樹の表皮は随所にしっかりとした枝や凹凸があり、登るには非常に適していた。

問題とすれば、こぼれ落ちる血の色の樹液が強力な酸であり、これに触れずに進まなければならない点である。

 

「と、遠坂さん!何をしているのですか!?」

「何って、裸の王様を助けに行くんです!」

「いやいやいやいや!待ってください!人間では無理です!食べられて溶かされて死んでしまいます!早く降りてください!」

「嫌です!」

「はぁ!?自分が何をしているのか分かっていますか?貴方は今、自殺をしようとしているのと変わりませんよ!やめてください!本当の本当に死んでしまいます!私のサーヴァントはもう死んでいます!無意味な行為です!」

 

レインは必死に叫ぶが、龍寿は聞く耳を持たず、上へ上へと進んでいく。

彼女には訳が分からなかった。

仮に生きていたとしても、五体満足とは限らない。

そもそも救出対象は人間でなく専属従者、ヒトよりも軽視される命。

彼らが命を落としたならば、何度でも『次』を呼べばいい。

アヘルも、被害者の会も、そのようにする。

否、桃源郷オアシスの民はきっと皆そうする。

遠坂龍寿は遠坂組の長でありながら、常識を持ち合わせていないように感じた。

百歩譲って自身と絆を深めた専属従者ならばギリギリ理解できる。だが、今回は別組織の、不要と切り捨てるべき人材。

栄光の遠坂組当主、この平等社会に置いても優先されるべき存在、彼が命を張る道理が微塵もない。

レインは何度も止めようとするが、龍寿は止まらなかった。

龍寿の登る速度は早く、そろそろレインの声は届かなくなる。

彼女は陣たちへ助けを求めに行く前に、最後、全力で問いを投げかけた。

 

「どうして!どうしてですか!?」

 

もはや何についての答えを求めているのかも分からない。

レイン自身も訳がわからなくなっていた。

だが龍寿はここでようやく返答する。

 

「君にとって、大切なヒトなんだろう?」

 

龍寿はレインの表情から、その心を読み解いた。

龍寿は被害者の会の味方ではない、レインが好みの女であった訳でもない。

彼の中で迷いがあった。

太陽を迎え撃った戦いで、教経が孤独に落ちたあの時から、彼自身、マスターとしてのあり方を考え続けた。

遠坂組当主としては必ず専属従者は傍に付けなければならない。

最奥で保管されている聖遺物に願いを込めれば、再び教経と会えるかもしれない。

 

『拙者は、龍寿の、この人形のような『仮面セイバー』に成れただろうか?』

 

教経の言葉を反芻する。

あぁ、違う。勘違いしてはならない。

このオアシスで共に生きた、あの男は、死んだのだ。

ヒトの未来を信じ、全てを託して、消えたのだ。

彼の想いを踏み躙る選択はしてはならない。

遠坂龍寿は、平教経と再会する未来を捨てる。

他の英霊が隣に立つことはあるだろう。だが、教経と結んだ絆は、決して忘れず生きていく。

そうすることが正しいと思った。

だから彼は必死に登る。

今を生きる英霊も、またヒトである。

もしまだ息をしているならば、見捨てていい筈がない。

遠坂龍寿はヒーローに憧れた男。教経のように力が無くとも、その手を伸ばし続ける。

 

「(そろそろ、テッペンに辿り着くな)」

 

纏った高級なスーツは枝に引き裂かれズタボロ。

顔も手も黒く汚れ、そこには富裕層らしい姿は微塵も無かった。

教経がかつて教えてくれた崖登りの技術が、こんなところで役に立つとは。

彼はこのような状況で笑った。

自分がやりたいと思ったことを実行できているからだろう。

 

やがて大きく開かれた口のような部位へ近付いた。

ここまで来るとマンションの七階ほどの高さはある、振り落とされたら御陀仏だ。

教経は溢れる酸に触れないように細心の注意を払い、中へ向かって呼びかける。

裸の王様が何らかの反応を示すことを期待したが、彼の声がただ反響するのみであった。

 

「クソ!遅かったか?」

 

龍寿は恐る恐る、世界樹の体内へ視線を向ける。

中は樹の内部とは思えない、まるで鯨の腹だ。

所々、空の注射器らしきものが突き刺さったままであった。

ヴェノムサーヴァントが自身に注入するアンプルが、この樹にも使用されている。

 

「まさかモゴイの『ヤ=テ=ベオ』か?しかしこの無数の空容器は…………」

 

龍寿が悍ましさを感じていると、突如ユグドラシルは獣のような咆哮を上げる。

世界樹の枝葉が鋭利なナイフのように各エリアに飛散した。

動きと共に植物園全体の地震が起こり、龍寿は足を滑らせ、体内へ落下する。

 

「うぁああああああああああ!」

 

強烈な悪臭を受けつつ、七階の高さから地面へ向けて落ちる。

壁の突起を掴んで逃れることは不可。ドロドロと流れる粘液は全て、触れたら大火傷を負いかねない毒物である。

だがこれがこの樹にとっての食道であるならば、落ちる場所は胃に相当する臓器。

そこにはヒトを軽々しく溶かすような溜池が存在するに違いない。

 

「どうするつもりだ?勇敢な愚民よ。」

 

考えあぐねて答えを見出せない龍寿に、何者かが問いかけた。

声の宿主は、龍寿の落ちるその先で、腕を組み来訪者を待ち構えている。

それが神々しい王冠を身につけているにも関わらず、全裸であることから、何者であるかは容易に推察できた。

やはり、裸の王様は生きていたのだ。

 

「うぁあああああああ!助けてくれ!」

「ならばそのまま、王のこの屈強な腕に降りてこい。褒美に抱いてやろう。」

 

龍寿は着地を任せる、と言わんばかりに身体を丸め、キャッチしやすい体勢に変えた。

潔い判断である。王様は龍寿の素直さに心地よさを感じていた。

そして龍寿は裸の王様の鍛え上げられた両腕にダイブする。

大人の男が、姫を抱くような形で腕の中に収まった。

 

「はぁ、はぁ、ありがとう、ございます。」

「赦す。貴様は遠坂龍寿だな。王に奉公せんとするその心、とく気に入った。」

 

どうやら、裸の王様は外での会話を知っている風だった。

龍寿が単身で落ちていきたことから、えらくご機嫌である。

彼のかつての物語から、王を心から慕う従者が不在であったからかもしれない。

龍寿は抱きかかえられているのが恥ずかしくなり、その場に降りようとするが、裸の王様の立つ場所は腐臭漂う湖であった。

サーヴァントである王様は毅然として振る舞っているが、濡れた両足は黒く染まり、オートマタの内部パーツが溶け落ちている。

彼がその場に崩れ落ちるのは時間の問題であろう。

 

「して、龍寿よ。人間の限界を知るであろう貴殿が、考えなしに落ちてきた訳だが、どうするつもりだ?」

「…………一応、考えなしという訳じゃありません。」

 

龍寿は天高く指差した。

するとそこには、垂れ下がったクライミングロープがある。

彼は衝撃で落ちるその直前、世界樹の口へ器具をかけ、ロープごと落ちてきた。

これは彼がスーツの下に身につけているサスペンダーに改造を施したものである。

元々これを使用した垂直降下の要領で進む予定だった、が、揺れと共に落下した結果、己の身体から離れ、ロープだけが宙を浮く羽目になってしまった。

龍寿は世界樹の高さを理解していたが、ここまでの奈落に突き落とされるとまでは思っていなかった。故に唯一の助け舟であるロープは十メートル以上先にある。

考えなしと揶揄されたが、あながち間違いではないかもしれない。

もう少し、理性的な行動をすべきであった。

だが、裸の王様の喜びようを見ると、自身の行動は間違っていなかったと感じる。

 

「ふむ。自殺願望が故の行動でないということさな。」

「そんな訳ないでしょう。二人で、生きてここから出ましょう。そのために僕は来たんです。」

「そうかそうか。ふむ、その蛮勇に免じて、王から褒美をくれてやろう。」

「褒美?」

 

「龍寿よ。ここを出た末、王の側室となれ。」

「は?」

 

龍寿は側室という言葉を反芻する。

彼の脳内辞書を索引するが、伴侶という意味合いなのであれば全く意味がわからない。

 

「なんだ?不服か?」

「不服も何も、僕は男ですよ?」

「それがどうした。性別など些細なことだ。貴殿はレイン同様に王の寵愛をくれてやるに相応しいとそう言ったんだ。何ならこの場、この瞬間に熱い口づけを与えても良いのだぞ?」

「い…………いえ、結構です。」

 

唇を近付けてくる王様を龍寿は全力で押し返す。

トランスジェンダーへの意識改革が発展した桃源郷、恋愛自由主義だが、本人の好みを言えば女性である。

最も恋愛をする暇など一切なかった為、まだ初恋も未経験であるが。

 

「ふむ、釣れない男だ。だが追いかける恋というのも情熱的で王の好むところであるぞ。」

「悪いけど、僕は絶対に回避しますよ。絶対に。」

 

裸の王様は笑う。

こうして会話している間にも、彼の両足は太腿まで溶かされ、崩れる寸前であった。

 

「では、側室になる褒美とは別に、もう一種、褒美をくれてやる。」

「今度は何ですか?」

 

龍寿は半ば呆れ気味に確認する。だがその瞬間、裸の王様の目の色が変わった。

 

「ここから出る。王の力を見せてやろう。」

「え……?」

 

「王の宝具を解放する。目を輝かせよ!『愚者には見えぬ服(カティストイ)』!」

 

刹那、彼の身体が青白い光に包まれる。

龍寿がポカンと見つめている間に、魔力により編み出される黄金の鎧が、裸の王様を仕立て上げた。

そして今ここに神聖なる黄金騎士が現れる。

 

「え、え、えええええええ!?」

 

龍寿は驚愕した。

先ほどまでのヌーディストは何処へ、彼を抱きかかえるのは、憧れの仮面セイバーにも似た、甲冑戦士である。

被害者の会から聞いていた情報では、裸の王様はスキルも宝具も持たぬ三流英霊とあった。

だが、どうだろう。今の王が纏う覇気は、かつての平教経を思わせるものである。

 

「何を驚いている?」

「だ、だって、鎧が…………何で?」

「これはかつて軍神トールが纏いし黄金甲冑である。凡ゆる鉄より固く、凡ゆる宝石より輝く。この鎧があれば、胃を蹴破り外へ出られるだろう。」

「北欧神話の神の鎧…………?マジで?」

「…………嘘に決まっておろう。」

 

王様はわざとらしく深い溜息をついた。

龍寿は何が何だかわからないといった表情だ。

 

「いいか。王が自ずから話す義理はないが、特別に一度だけ伝えてやる。これは『恥』を己の剣とする絶技だ。アンデルセンの寓話は知っているな。」

「はい」

 

裸の王様

かつてとある国に、新しいファッション好きな王がいた。

ある日、城下町に現れた仕立て屋の二人組が『馬鹿には見えない』不思議な布地を作れると言いふらした。

その噂が王の耳に留まり、大金を払ったうえ、仕立て屋に新しい衣装を注文した。

大臣や家来皆が不思議な布地を見ることができなかったが、王には逆らえず、それがいかに豪華な衣装であるかを王に嘯いた。

そして当然、王もその衣服を見ることができない。

何故ならば、己が馬鹿であると恥を晒すことになるから。

そして仕立て屋に騙された王のお披露目パレードが始まり、王に逆らえない国民もまた、素晴らしいものだと褒め称えた。

だが、沿道にいる子どもは王を指差し、「王さまは服をきていないよ」と裸であることを笑った。

そして群衆もまた、王が服を着ていないことを囃し立てる。

王は赤っ恥をかいたまま、パレードを続けたのだった。

 

「めでたし、めでたし、ですか。」

「何もめでたくないわ!!……………………だが、今の王にとっては切り札でもある。王の威光届きし臣民が傍にいる時、王は『馬鹿には見えぬ服』に袖を通せるのだ。そう、見えないということは、それがどのようなものであるかは、誰にも分からない。つまり自由な解釈ができるということだ。」

「っ!」

 

ここで龍寿は理解した。

不可視の鎧、裸の王様自身と、その国民が『存在する』と解釈する限り、維持することができる。

それは裸の王様自身がなりたい姿になれるということ。だが、それを実現するには、愚かにも同じ幻想を見る人間が傍にいなければならない。

彼を救出するべく落ちてきた龍寿は、宝具解放の条件を満たすピースとなったのだ。

 

「遠坂龍寿、貴殿に出来ることは一つだ。『王を信じろ』」

「はい!」

 

裸の王様の脚部は、黄金鎧装が補強されている。

彼は全魔力を足に集中させ、回し蹴りの姿勢を取る。

 

「必殺技はトールにちなみ、ミョルニルキックでどうだろう?」

「ミョルニルはハンマーですが、仮面セイバーのキック技っぽいので、それでいきましょう!」

「……ノリノリだな、龍寿。では行くぞ!『雷神戦鎚一蹴(ミョルニルキック)』!!」

 

王の全身全霊の一蹴が炸裂する。

彼の黄金に包まれた右足が、食人樹の臓器へめり込んだ。

轟音と共に、ユグドラシルの胎内に亀裂が走り、崩れ始めた。

二人が通るには十分すぎる脱出口が出来、王様はほくそ笑む。

 

「すご…………」

「ふむ、ただ出ることだけを考えていたが、想定より桁の違う出力であったな。」

 

大きな揺れと共に、世界樹は陥落する。

モゴイの最高傑作は、虚像であるはずの強化鎧装を前に跡形もなく敗北したのだった。

この場にいる誰も想定できなかった事態。

遠坂龍寿の無謀と思われる勇気が齎した結果である。

 

「遠坂さん!ライダー!」

 

六の宝を発見した陣たちを連れてきたレインは、真っ先に二人の方へ走り寄る。

外から世界樹を見守っていた者たちからは、裸の王様の一蹴は当然見えていない。

彼らからしてみれば、突如食人樹が謎の爆発をしたように思えるだろう。

兎にも角にも、遠坂龍寿と裸の王様は生きて脱出できたのである。レインはそのことに対し安堵の涙を浮かべていた。

 

「梅沢さん!」

「良かったです、本当に良かった。遠坂さん、死んじゃったと思って、それにライダーも、相変わらず全裸なのが最悪なポイントですけど…………」

「え?」

 

レインは一瞬、裸の王様の局部を見て、目を逸らすような動きをした。

だが、今彼の全身は黄金の鎧で包まれている。

梅沢レインには、王の鎧装が『見えていない』

動揺する龍寿を抱える王様は、彼にそっと耳打ちする。

 

「我が妻レインには見えていない。当然、葛人陣を含めた他の者たちにもだ。」

「な、何で…………?」

「彼女は王の、国民ではないのだ。」

 

そう言い、裸の王様は少し寂しげに笑った。

国民でない、その意味は至極単純。

裸の王様を、彼の言葉を、彼と共に見る幻を、彼女は信じていない。

 

だからこそ、被害者の会で彼は戦うことが出来なかった。

この桃源郷に召喚された彼は、これまでずっと孤独な愚王であったのだった。

 

王はようやく、抱えていた龍寿をその場に下ろした。

そして彼の髪をくしゃくしゃと撫でる。

 

「遠坂龍寿よ、貴殿に感謝する。……………………また共に服選びなど出来るとよいな。」

 

そう言い残し、彼はレインの傍へと歩いて行った。

その背中が少し小さく見えてしまったことに、龍寿は物悲しさを感じていたのだった。

 

 

遠巻きに崩壊する世界樹を見つめ、固まるモゴイ。

彼の最高傑作が、何者かの手によっていとも容易く踏破された。

空いた口が塞がらない。

誰が、どうやって、攻略した?

ユグドラシルは『タイプキメラ』に匹敵する領域に達していた、筈だ。

焦る彼は、弘の存在を忘れ、伏せていた身体を起こし、プランターエリアの方を呆然と眺めていた。

舩坂弘はモゴイの異常を感じ取り、彼の目線の先へスコープを向ける。

そうしてようやく、ぼんやりとだが世界樹の存在を認知した。

巨木のようなものが爆ぜている。

それはきっと、モゴイにとって必要なものであったようだ。

そうでなければ、暗殺者である男が敵前で我を忘れるようなヘマを犯さない。

そして弘が察知したのと同様に、優樹も異常事態発生に勘付く。

目から光の失われたモゴイが、ボリボリと素肌を掻き毟っている。

本物の女性のように柔らかな白い肌は、見る影もなくなっていた。

 

「充……………………」

 

優樹とモゴイ、それぞれを確認したのち、弘は再び銃口をモゴイへと向け、トリガーに指をかけた。

植物園に重い銃声が鳴り響く。

弘の放つ弾丸はモゴイの右腕を正確に撃ち抜いた。

 

「ご先祖様!」

「分かっている。急所は外した。」

 

弘は木の上から降り、ゆっくりとした足取りで、モゴイの元へ歩み寄る。

ライフルは手放し、その手にはハンドガンが握られていた。

血の海となり這いつくばるモゴイの頭上に銃口を向け、ふっと溜息を溢した。

 

「まだ、戦う気力は残っているか、モゴイ。」

「……………………」

「戦うなら、俺が一対一で戦ってやる。だがもう力が底を尽きているなら、大人しく降伏してくれ。命を奪うことはしたくない。」

「…………何だそれ?殺人鬼を殺したくないって、日本帝国軍は甘い連中の塊かよ!」

 

本性を表したと言わんばかりに、口の悪くなるモゴイ。

彼は弘を嘲笑する。まだ笑う体力は残っていたようだ。

だが、もう奥の手はない。

弘が遠坂組にどっぷり浸かっているなら、降伏という選択する理由は分かる。

牢獄で終身刑だというなら、看守でも殺して、さっさと脱獄してやろう。

そしてモゴイは今度こそ完璧な兄を作り上げる。

何のため?

そんなものは、とっくの昔に忘却している、

モゴイ含めアヘルの人間は皆、大小はあれども妄執に囚われている。

アンプルを使用する副作用、なのかもしれない。

ケタケタと嘲笑うモゴイに、弘は冷静に言い放つ。

 

「勘違いをするな。これは優樹の願いだ。」

「………………………………優樹」

「生きて罪を償って欲しいと、船坂優樹は思っている。残忍な殺人を繰り返すお前を、それでも親友だと言ったんだ。」

 

一方的な友情。

モゴイはそう決めつけていた。

何故なら、現在進行形で優樹の心を弄び、あまつさえ殺そうともしていたのだから。

優樹が充を愛するというのは、あり得ないことなのだ。

弘の妄言に、モゴイは怒りを抱く。

だが、そんな彼の目前に、無謀にも優樹が現れた。

 

「ミッツ、もう辞めよう。ボロボロじゃないか。」

「優樹………………」

「僕は君を許すつもりはない。でも、死んで欲しいなんて思わない。君は甘いと言うだろうけど。」

 

優樹は弘よりも前に立ち、モゴイへと手を差し伸べる。

弘は何かあればいつでも優樹を守る態勢を取るが、優樹の行動はあまりに考えなしなものではあった。

モゴイが瞬時にナイフを振るえば、間に合わず優樹に傷を負わせてしまうかもしれない。

だが、それでも、優樹の選択を優先する。

 

『親友として、充の暴走を止める。それは僕にしか出来ないことだから。』

 

高校生だったあの日、優樹は入院中に誓った。

モゴイではなく、板垣充と腰を据えて話す。それが船坂優樹の希望であったのだ。

モゴイは決して、優樹の手を取らない。

だがそれでも

 

「僕は優樹とデスゲームで遊びたいだけだ。説教なんてのはごめんだね。…………まぁでも、力を使い過ぎて疲れたのは事実だ。捕まえるなら今だよ。」

 

そう言い、ついにモゴイは白旗を上げた。

度重なる連続殺人、残虐非道な犯罪に終止符が打たれたのだ。

モゴイ、否、板垣充の目は澄んでいた。

板垣家の者から疎まれ、大好きで大嫌いな兄を亡くし、開発都市第五区に送られてきた。

沼御前から生きていく為のあらゆることを学び、彼はいつしかナイフを握った。

アヘル教団セントラル支部、ヴェノムアサシンとしてのエージェント業務、そして、趣味で行なわれる快楽殺人。

心底くだらない人生。

だが、彼は既に大切なものを手に入れていた。

ここで初めて彼は一つの学びを得る。

愛情とは一方向のものではない。お互いに矢印が歪にも向き合うことはあるのだと。

充の心が満たされ、伴い、ヴェリオル結界『愚弟園』は光と共に消失していく。

この結界内部に囚われた者たちが解放される。

 

「充、ここを出たらまずは治療だ。遠坂組には優秀な医療スタッフがいる。」

「シリアルキラーの身体なんて治すべきじゃないよ、バカだなぁ、優樹。…………そんなことより」

「?」

「僕たちが探していた最後の宝箱、あれはプランターエリアにあったんだ。当時の資料を読んで知った。」

「プランターエリアに?」

「うん。優樹は覚えていないだろうけど、僕らは『敢えて』そこには行かなかった。……僕ら、と言うより、優樹がね。」

「僕が?」

「それは、僕が家に帰って花を育てたいと思っていたから。きっと君にも伝えていた。だけど板垣の人間が花を愛でている時間はない。買ったところで、壊されるのがオチだ。優樹はそれに何となく気付いていた。」

「だから、行かなかった?」

「そう。僕が欲しいと思わないように。僕が最終的に傷付かないように。君はあの時から優しかったから。」

「…………それはきっと優しかった訳じゃない。僕には、勇気が無かっただけなんだ。」

 

優樹は自分の胸に手を当てる。

あの頃、優樹にほんの少しの勇気があれば、充は第五区に至らなかったかもしれない。

そうなれば、殺人鬼へと堕ちることも無かったかもしれない。

イフの想像に囚われ、胸が苦しくなる。

そんな優樹を見て、充は笑った。

 

「『家柄が何であっても関係ない、自分は自分、ペースを乱さないように』、言ったでしょう?」

「充…………」

「僕はなるべくしてなった。成りたい自分に成った。ただそれだけ。……そんなことより、君の仲間に言って、最後の宝箱を掘り起こしてみたら?オートマタの各パーツは既に集めているでしょう?」

「最後の宝は何なんだ?」

「最後は簡単。『心臓』だよ。今回で言うとオートマタのコア部分。メモリーを抜き差しする箇所だ。これで秘蔵のアヘル製オートマタが組み上がる。」

「アヘル製オートマタだって?」

「アヘルはヴェノムサーヴァントが戦力の本流だけど、何も専属従者を捨て去ったわけじゃない。災害によって出来損ないのアインツベルン製以外淘汰されたけれど、アヘルは災害にも対抗できるような、強力な英霊を召喚できる仮受肉用肉体を生み出していたんだ。最も、殆どが中途半端な出来で、廃棄されちゃったけど。各々のパーツは僕がこの結界に勝手に持ち込んだものだ。『現実』に持ち帰って、どう使うのも君たちの自由だ。」

 

優樹はすぐさま龍寿へと連絡する。

丁度彼らはプランターエリアに滞在している。この空間が消え去る前に発掘する手筈は整った。

 

「充、どうしてそんなものを?」

「そもそもこのゲームは『おにいちゃんを作る』ことが目的だけれど、君らには何のメリットもないだろう?理不尽とはいえ、ゲームだからそこは対等にしなきゃ、満足に人殺し出来ない。フェアプレイの精神さ。」

「いや、フェアプレイも何も無いけど…………兎に角、何はともあれ、僕らの勝ちだな。」

 

「あぁ、おめでとう。そして、ありがt………………」

 

充が感謝を述べようとしたとき、刹那、声が掠れ、出にくくなった。

自身の喉仏に手を伸ばす、すると首そのものがブヨブヨと膨張し、血が吹き出していた。

首だけじゃない、全身の肌が爛れ、見るも無惨な様相を呈している。

先ほどまでの発心のみに留まらなかった。充の身体は一秒ごとに痛みと灼熱感に覆われ、加速的に壊れていく。

 

「み、充っ!?充!」

 

優樹が駆け寄ろうとすると、弘が身体ごと掴み止めた。

弘はレインの発言を思い出していた。

ヴァリオル結界、『天然痘』を冠した魔術結界で、一人の人物が皮疹に塗れている。

板垣充は『感染』した。

こうしている間にも天然痘ウイルスによる飛沫感染が起こりかねない。

次々と膿が出来ては潰れ、その場に汁が溢れ出した。

弘はそれでもと手を伸ばし続ける優樹を抱き、背を向け逃走する。

皆が空間から退去する中で、充だけは取り残された。

 

「あぁ、ゲームオーバーなんだ」

 

嗄れた声で、天を見つめる。

ヴァリオル結界、己の全てを晒す芸術作品、だが心血を注ぎ過ぎると、鍵盤は外れ、筆は折れる。

災害のアサシンは酷いお方だ。彼らに齎される副作用を知って、兵器導入した。

第五区は『ケッソン』を温かく迎え入れてくれる楽園、だが、容易に使い捨てされる地獄でもある。

モゴイもまた、実験動物(モルモット)の一匹に過ぎなかった。

教祖にも、教師である沼御前にも救われず、孤独に死に果てる。

 

「違う、僕は孤独なんかじゃ、無かったんだ。」

 

親友がいた。

ただそれだけ、それだけのことが、こんなにも、こんなにも

 

「ありがとう」

 

板垣充の肺や脳はウイルスに侵される。

そして結界が消失すると同時に、膿だらけの肉塊は静かに息を引き取った。

 

遠坂龍寿、リカリー、船坂優樹、舩坂弘、葛人陣、梅沢レイン、裸の王様、左近、右近のセイバー、計九名が生存のまま帰還する。

彼らは元いた駐車場にて目覚めた。

優樹はいち早く身体を起こし、充の姿を探す。

だがそこに彼はいない。

 

数メートル先の花壇の側

色とりどりの花々に囲まれるように

モゴイが使用していたナイフが一本

墓標のように真っ直ぐ、突き刺さっていたのだった。

 

 

 

【楽園編④『裸の王様』おわり】

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