誤字等ありましたらコメントにお願いします!
8/15(土)コミックマーケット108にて
サークル『くろすぐり』(東3ホールモ06b)として出展予定です!
ぜひ遊びに来てください!
パークオブエルドラードを出、周辺を散策する巧一朗。
彼はポケットに両手を入れたまま、空を見上げ物思いに耽る。
隣人のこと、災害のアサシンのこと、間桐桜のこと、そして消えたキャスターのこと。
やがて訪れるエックスデイ、彼は彼の愛する『ディートリヒ・ヴェルバー』との再会を果たす。
もし彼女が彼の大切な人たちに害を為すならば、その時は殺してでも止める。
覚悟は決まった。あとは、ヴェルバーを越えるための力こそが必要だ。
彼は再び虚数海へ落ち『隣人召喚』への理解を深める必要があると感じた。
『大丈夫、またきっと会えるよ、巧ちゃん。』
この世界にいた桜館長こと『メアリー・セレスト』は革命聖杯戦争の最中に消失した。
そして実母である間桐桜とは、依然再会できていない。
加えて、彼のサーヴァントであるキャスターにも。
不意に、彼のポケットの中が震える。
携帯デバイスのバイブ音、何者かからの連絡である。
彼は取り出したのち、それが非通知発信であることに気付く。
博物館の人間以外と連絡を取り合う機会はない。
彼は心して通話ボタンを押した。
<もしもし>
「……………………どちら様?」
<私よ、第三区ではお世話になりました、リケジョこと『ペルディクス』です。随分と久しぶりな気がするわね>
「ペルディクス!?」
革命聖杯戦争にて革命軍ダイヤモンドダスト所属の一騎として戦った、ランサーのサーヴァント。
キャスターと仲を深め、ファフロツキーズとの最終決戦では攻撃パターンを計算し、巧一朗たちの勝利の礎となり活躍した。
彼女の召喚を手引きしたのは、災害のキャスター『ダイダロス』。
本来であれば存在する筈のないイカロスの翼がペルディクスの背に宿っているのがその証拠。
死してなお、その頭脳でクロノという黒幕を看破した彼が、切り札としていたのが彼女だったのである。
災害城塞へ巧一朗を送り込んだのち、消息不明となっていた。
<まずは、生還おめでとう。勝手にいなくなるものだから、心配したわよ>
「すまない、あのあと色々あったんだ。…………どうして俺のデバイス番号を知っている?」
<黄金街道からよ。黄金街道はダストから>
「(あれ?ダストにも教えた記憶がないんだけど?)」
巧一朗は疑問と若干の恐怖を感じながらも、こほんと咳払いをし、本題に戻る。
「あんたは今、第三区か?」
<三区と二区の境にいる。『アリジゴク』が大きく広がっている場所。アリジゴクって分かる?桃源郷に生まれた歪み、この穴の先は外の世界へと繋がっているの>
「…………サハラ砂漠か?」
<恐らくはね。私の『翼』もそう言っている。私宛に送信されたキャスターからの信号が、ここで途絶えている>
「キャスターが、ペルディクスに?」
<こちらで調査はしているけれど、正直実際に穴へと落ちてみるしかない気はするわね。死にたくないから嫌だけれど>
「そうだな、穴に落ちるのは辞めてくれ。…………あの戦いを通して、俺はあんたのことも勝手に仲間だと思っているんだ。」
<それは嬉しいわね。うん、出来る限りのことはする。キャスターのことは私に任せて>
「助かるよ。」
巧一朗はペルディクスの頼もしい言葉に嬉しさが込み上げた。
革命聖杯戦争でダストや黄金街道が紡いでくれた絆、あの戦いは決して無駄ではなかったと、そう思う。
<ところで巧一朗、黄金街道が今、幽霊探しをしているの。以前に開発都市オアシスで命を落とした人間が、化けて出てきたらしいのよね>
「何だ急に。」
<このオアシスで不思議な出来事は日常茶飯事だけれど、もし死者が生き返るなんてことが本当に起こっているなら、それは…………>
ダイダロスとペルディクス、両方の天才が導き出した答え。
それは巧一朗を納得させるものであった。
だが理論上あり得るだろうが、眉唾な話であることに変わりはない。
そしてそれを知ったところで、何かが変わるようなことはない。
<…………という可能性だけれど、それがまかり通るのであれば、桃源郷は大変なことになるわね>
「まぁ、そうだろうな。……一応言っておくが、俺は死者に会いたいなんて気持ちはないぞ、これでも、前を向いて生きているからな。」
<そうね、それが良いわ>
「(というか、既に死人である母さんに会っているしな)」
巧一朗とペルディクスは通話を終える。
キャスターの所在は彼女へ託そう。
彼がいますべきことは、戦いのステージを上げること。
仇なす災害を倒し、そしてヴェルバーの侵攻も食い止める。
これはある種、自分磨きの旅、なのだろう。
【楽園編⑤『侵攻する教団』】
第六区へ帰還した遠坂組、災害被害者の会の一行。
全員が無事な遠坂組と違い、被害者の会は組員の右近、そして左近の使役するランサーを失った。
双子の片割れを失った左近は未だ悲しみの渦中にいる。
敵対するモゴイは消えた。血に塗れたナイフと、彼が身に付けていた筈の服の残骸から、逃亡したというより、命を落としたと捉えられる状況である。
開発都市第六区の復興もままならない今だからこそ、アヘルは第五区を超えて侵略を開始した。
ヴァリオル結界という新たな兵器を用いて、遠坂組当主を狙う。
アヘル教団の侵攻は始まったばかり。
何か対策を打たなければ、第六区はいとも容易く陥落するだろう。
危機感を募らせる龍寿たちを尻目に、葛人陣はへたり込む右近のセイバーの元へと歩いていく。
そして目前に立ち、軽蔑の視線を向けながら言い放つ。
「セイバー、お前は主人を守護する立場で、自分だけが生き残ったな?」
「はい」
「自害しろ。そして右近へ詫びるがいい。」
陣が下したのは、自害の命令。
被害者の会において、マスターを守れないサーヴァントに居場所はない。
専属従者としての責務を果たせないものは、現世へ留まってはならない。
「……………………」
「何だ?腹切りが恐ろしいと言うなら、俺が貴重な令呪を一画使ってやってもいいぞ?」
「…………失礼しました、葛人様。」
セイバーは己が有する短剣を持ち、首筋に当てる。
零れ落ち始める血液、徐々に刃は肉へとめり込んでいく。
被害者の会の誰もが、この状況に待ったをかけない。
それはレインでさえも。
命を持って償う、サーヴァント契約はそれだけ重いものなのだ。
「ま、待った!ちょっと待って!」
声を張り上げ、静止を促したのは、遠坂龍寿であった。
全員が彼の方を向く。
彼はその光景に気恥ずかしさを感じつつも、陣とセイバーの元へ駆け寄り、無理やりに剣を取り上げた。
「遠坂様、どういうおつもりですか?」
「葛人さん、何も殺すことは、ないんじゃないですか?」
「何故?」
「何故って、このセイバーも桃源郷に生きる命の一つですから…………」
「彼は人間ではなく兵器です。弾の打てない拳銃を大事に抱え込む馬鹿がどこにいますか?修理するのが普通です。」
「修理…………」
「ここでの修理とは、この情けない三流英霊が自害することで、元の仮受肉用肉体を我々に返却してもらうことです。新たな触媒を用いて、より強力な英霊を召喚します。限られたリソースでやり繰りしているんだ。邪魔しないで貰いたい。」
陣は眉間に皺を寄せながら言う。対災害共同戦線への参画を目指すが故に丁寧さを心がけていたが、その姿勢はどこへやら、いつの間にか語尾が強くなっていた。
陣は龍寿に期待を寄せていた、災害を打破しつつ、被害を最小限に押し留めた英雄であると。
だが、先の裸の王様救出の件といい、今茶々を入れてきたことといい、想像を遥かに下回る、情けない偽善者だと感じる。
この男が英雄なのではない、この甘い考えでも遠坂組当主であるからこそ、英雄のように映るだけなのだ。
部下の連中が特別優秀だったのであろう。遠坂龍寿には長としての才能は無い。
「…………被害者の会には、被害者の会のやり方がある。僕が邪魔していいことじゃない。」
「そうだ。」
「だったら、こういうのはどうだろう。僕がこちらのセイバーを『買い取る』というのは。」
「はぁ?」
「金銭的なものであれば、希望の額を出そう。それか君たちが求めていた聖遺物の貸与、否、譲渡でも構わない。」
陣は呆れを超え、龍寿という不可思議な人間に恐怖すら覚えた。
陣たちの交渉をエラル同様に突っぱねていた彼が、簡単に折れる。その理由が、弱くて使えない三流英霊のため。
そもそも右近のセイバーとはほぼ交流がない、真名すら知らない間柄。
遠坂が有する貴重なリソースを割く価値は微塵もない。
「…………意味不明ですね、遠坂様。貴方がそこまでする『義理』はありませんよ。」
「そうかもしれない。」
「なら、こういうのはどうでしょう。我々はおっしゃるように、こちらのセイバーの命を提供します。代わりに」
「代わりに?」
「秘蔵の聖遺物『桜丸の鍔】を譲渡いただきたい。」
陣は口角を上げた。
平教経、海御前の召喚に用いた、伝説の剣『桜丸』
遠坂が有する聖遺物で最も貴重な代物である。
葛人陣はあろうことか、それを交渉材料とした。
無論、本気で奪い去ろうなどとは考えていない。これは偽善者の化けの皮を剥がすための一手である。
遠坂龍寿と、平教経、その固く結ばれた絆を陣は知っている。
だから、手放さない。手放せるはずがない。
必ず龍寿は口篭る。そうしたら嘲笑ってやろう、陣はそうほくそ笑んだ。
陣の発言に、優樹とリカリーが同時に『それは』と声を上げようとした。龍寿にとって一番大切なものであるのは、彼らも知っている。
だが、この場において誰より先に、龍寿が口を開いた。
「いいだろう。桜丸を、君たちに託す。」
即決だった。
眩しいほどに真っ直ぐな目で、一番の宝を手放した。
陣だけでなく、この場にいる全員が目を丸くする。
「りゅ…………龍寿様!?」
まずはじめに長年彼に寄り添ってきた直属の部下のリカリーが声を上げた。
それは戸惑いの声である。
遠坂組にとって、大きな損失になりかね無いが故の心配。
「てめぇ、正気かよ」
陣は言葉遣いなど忘却し、驚愕を露わにする。
桜丸の貸与でさえ叶わぬ夢と諦めていた。だがこんなにもあっさり譲渡されるとは思えるはずもない。
「片や今を生きる命、片や歴史的価値はあれどただの聖遺物だ。比べるまでもない、僕は本気だよ、葛人さん。」
「後悔しても知らねぇぞ。」
「被害者の会なら、きっと桜丸を大事にしてくれる。そう信じているよ、頼むね。」
「……………………愚かな男だ、遠坂龍寿」
龍寿は陣へ向けてはにかんだのち、座り込む右近のセイバーへ手を伸ばした。
セイバーもまた同様に、信じられないものを目の当たりにした表情を浮かべている。
マスターを守護できなかった罪の重さを理解している。
死ぬことは当然だと、考えていた。
だがセイバーは龍寿によって救われた。
それは、英霊である彼にとって喜ばしいことでは無かった。
命への執着などない。主人を守れぬ情けない英霊など死ねばいいと自身でも思う。
それだけの罪を犯したのだ。陣の主張こそが最もである。
それでも、セイバーは龍寿の伸ばした手をとっていた。
その残酷なまでの優しさが、彼の心の救済であったのは紛れもない事実だから。
「リカリー、パークオブエルドラードに戻り、例の聖遺物を持ってきてくれ。そして先の戦いで我々が入手したオートマタのパーツの数々も被害者の会の皆さんに託そう。」
「し…………承知しました、龍寿様!」
「それで僕はこちらのセイバーを譲り受ける。それでいいね?葛人さん。」
「あぁ。結構だ。ふん、命拾いしたな、セイバー。今度は主の代わりに死ねたらいいがな?」
陣は皮肉たっぷりな言葉を残し、セイバーへ背を向けた。
そして社用車の後部座席へ一人乗り込む。
レインや左近は陣へ声をかけることが出来なかった。
陣がこれ以上ないくらいに不機嫌な表情を浮かべていた所以だろう。
※
パークオブエルドラード 地下メンテナンスルーム
美頼は自身も英霊の身でありながら、海御前のマスターとなろうとしていた。
それは海御前の心を救うため。
杏寿のくれた一言が彼女を奮い立たせたのだ。
まずはエラルにマキリ製令呪を譲り受けられないか提案をする。
だが当然、美頼自身が召喚したサーヴァントで無いことから、不可能だと却下。
それは専属従者システムの根幹を揺るがしかねないもの。
美頼が『ドッペルゲンガー』であること、そして元はサンスイが召喚したロウヒをサーヴァントとして使役していたこと、これらをエラルは知らない。そして美頼自身も素性を明かすことはしなかった。
違法触媒を用いた英霊召喚と共に、他者の英霊を従属させることも立派な違反行為。
災害が敷いた法へ背くものとして重い罰が科される。
「だからダメです。海御前は眠ったまま、了承していないしね。彼女のマスターは『衛宮禮士』ただ一人。そもそも隷属の契約が交わされることは無いわ。」
「そんなぁ」
「まぁ気持ちは痛いほど分かるけどね。嬉しい提案であるのも事実。海御前のことだから勝手に突っ走って勝手に消滅しそうだし。」
「正直、博物館としての私は、自分で言うのもなんだけど、数々の罪を重ねているから、災害の法だとか今更感はある。」
「そうね。そもそも災害の数も減ってしまったし。違法召喚など槍玉に挙げている暇もないでしょうね。」
「…………海御前さんの気持ち、聞かなきゃね。」
杏寿による定期メンテナンスが完了し、再び水槽の中に戻された海御前。
すでにここに来て一時間は経過しているが、一向に目を覚ます気配はない。
杏寿は手持ち器具の全てを鞄に仕舞い込むと、大きく伸びをしながらメンテナンス室を後にした。
従事する医療スタッフ数名も後片付けを始めている。
「エラルさん、私たちも行く?」
「そうね、ちょっと、ユリウス、車の手配をしてくれる?」
エラルは背後にて待機している筈のサーヴァントへ向けて声をかけた。
しかしながら待てど暮らせど返答はない。
美頼は室内にロイプケが不在なことに気付き、部屋の外へ出たが、彼の姿はどこにもない。
おかしなことだ。盲目であるエラルを残し、どこか散策へ出向くなどあり得ない。
ロイプケは常にエラルの傍にいて、彼女へ温かい笑みを向けている筈なのだ。
エラル、美頼共に、これが何らかの異常事態であることを察する。
「ユリウスが私を置いてどこかに行く筈ないわ。」
「うん、何かあったのかも…………エラルさんはここにいて!私探してくる!」
美頼は焦りを覚え、エラルの言葉を待たずに走り去る。
パークオブエルドラード内はシェルターでありつつも居住区そのものであり、非常に広大な施設だ。
あてもなく探し訳にもいかないだろう。
美頼はまず自身の知り合いにあたってみることにする。
ぶらり散歩中だろう巧一朗、或いは遠坂龍寿ならびに遠坂組の幹部たち。
協力を仰ぐとしたら施設に詳しい者たち、つまり後者だろう。
今は管制室か、それとも会議室か
考えあぐねるうち、彼女の目前に一人の少女が現れた。
エメラルドグリーンの髪、華奢な身体を覆うバトルスーツ、凛とした立ち姿。
それは『あの絶望』を共に乗り越えた仲間の姿。
「巴…………さん?」
雷前巴、アヘル教団セントラル支部のヴェノムライダー
彼女に与えられたもう一つの名は『アダラス』、その身に英雄アキレウスを宿す最速の戦士である。
美頼は一瞬、彼女との再会を喜ぼうとした。
だが、彼女の纏う異様な雰囲気に躊躇う。
旧友との会話に花を咲かせる場面ではない、ヒトを殺さんとする冷酷な表情を浮かべているのだ。
美頼は喜びの声を飲み込み、強く拳を握った。
博物館の裏スタッフとして戦い抜いた経験から、人の殺意には敏感であったからだ。
「倉谷…………美頼さん」
「久しぶりです。…………あの戦いの後消息不明だったので、とても心配していました。元気そうで良かったです。」
「そちらこそ。また会えて嬉しいです。」
巴は笑みを浮かべるが、どこかぎこちない。
それが心からのもので無いことは、美頼にも察せられた。
そもそも、もし彼女が対災害共同戦線の仲間たちにただ会いにきただけならば、いつも通りのオレンジの髪で、車椅子に乗って現れた筈。
アキレウスのアンプルを注射して、彼の力を引き出している以上、戦闘意思があると捉える他ない。
「このシェルターには、どういったご用事で?」
「…………遠坂さん、並びにエラルドヴォールさん、両名の確保に参りました。災害先生の命です。」
巴は正直に告げる。
嘘を語る意味もない。正々堂々身柄を捕縛する。それが巴が考えられ得る限りの誠実さ。
ルラシオンでの協力体制は所詮災害を打破するための一時的なものに過ぎない。本来はこれが王道。アヘル幹部は、災害のアサシン至上主義であり、彼女の言葉にのみ付き従う。
そこに疑問を持つことすら無い。ずっとそうしてきたから、これからもそうするだけ。
「災害のアサシンの命令…………拉致してどうするつもり?」
「それは知りません。先生が二人を必要だと言った、なら二人を連れてくるのがセントラル幹部のミッションとなります。」
「ロクなことにならないと思うけど?」
開発都市オアシス三大企業(うち二社は事実上廃業しているが)のトップを誘拐する理由、そんなものは深く考えなくとも、大方物騒なものに決まっている。
エラルが現在博物館に籍を置いている以上、美頼は見過ごす訳にはいかない。
メンテナンスルームへと続く通路に巴がやって来たことから、既にエラルの居場所は割れているだろう。この道を譲れば、彼女を奪われてしまう。
美頼は唇をギュッと噛んだ。
ドッペルゲンガー如きが何も出来ることはない。人間との戦闘なら兎も角として、敵はあの大英雄である。
戦闘にすらならず、一秒で首を飛ばされ死亡、未来など占わなくとも分かることだ。
彼女は御守りとして身につけた、無限鋳造機サンポへ通ずる古びた鍵を握り締めた。
これは『大魔女ロウヒ』が存在することで始めて起動するキー。ロウヒ自身が既に消滅し、ロウヒのアンプルを有した未来が投獄された現在、御守り以上の価値はない。
それでも、永遠に駆動する願望を求めてしまうのは、美頼の罪なのかもしれない。
ロウヒはあの戦いで死んだ。それは紛れもない事実だというのに。
「美頼さん、お願いがあります。私に貴方を傷付ける意思は一切ありません。擦り傷だって付けたくない。だから、道を譲ってはくれませんか?」
「…………嫌だと言ったら?」
「なるべく傷つけないようには立ち回ります。でもきっと貴方は地面に背中をつけることになるでしょう。」
「優しいんですね、巴さん。」
「今は雷前巴という名前を捨てています。ヴェノムライダー『アダラス』として任務を遂行します。」
アダラスはその手に長槍を生成した。
その先端を美頼へ向け、静かに目を瞑る。
一秒後、美頼は吹き飛ばされている。そのビジョンを脳内に思い描く。
彼女は最小限のダメージで抑えられるように計算した。
「行きます!」
アダラスは大きく踏み込んだ。
刹那の刻、美頼を殺し得る位置へするりと入り込み、槍の先端ではなく、敢えて持ち手となる部位で美頼の腹部を叩く。
言わば峰打ち、だが人間が受ければ戦闘不能になる威力であることは違いない。
内臓への後遺症を残さないように神経を集中させる。
「(数週間くらいは打たれた皮膚が赤くなるかもしれませんが、お許しください)」
アダラスは全力の情けを以て、美頼を制圧せんとした。
だがその行動はこの場において裏目になる。
まさか、彼女と同じ速度で介入してくる『第三者』がいるとは、夢にも思わなかったからだ。
美頼が知覚できぬ間に、彼女の後方から槍の一振りが応戦する。
弧を描いた二つの槍が激しい金属音と共に衝突し、アダラスは驚きのあまり二メートル後方へ飛び退いた。
美頼は必死に状況の把握に努め、ようやく後方から支援があったことに気付いた。
振り返るとそこには、アダラスの身につけているような黒色の密着スーツを纏う女性を立ち姿。
彼女はアヘル教団の『匂い』に気付き、目を覚ました。
つい先程まで水槽の中で眠っていた為、全身がずぶ濡れである。
「海御前さん!」
「海御前…………さん」
美頼とアダラスは同時に彼女の名を叫ぶ。
片や目覚めたことへの喜びに、片や苦虫を噛み潰したような表情で。
海御前は反応を見せる二人に答える素振りもなく、アダラスの方へゆっくりと歩いていく。
美頼の前を通り過ぎるときも、一瞥すらくれなかった。
虚な目で、何かをぶつぶつと呟いている。
そこにはかつてのどこか抜けた部分のあるお姉さんの様相はない。
無慈悲な復讐者がいると、美頼は恐怖した。
「あ………海御前さん、ちょ…………」
美頼は慌てて声をかけるが、無視。
海御前はアダラスのみを見つめ、長槍を握りしめる。
きっと誰が見ても気付くだろう怨念の炎、圧倒的なまでの破壊衝動、その切先は同じ共同戦線の仲間であったアダラスへと向けられている。
アダラスは急ぎ自身も槍を構えた。先程とは打って変わり、峰打ちどころか、本気で殺すつもりで戦わなければならないだろう。
「⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎ーーーーーーー!」
海御前は言葉にならない声をあげた。
まさに怒りに我を忘れた発狂。
狂戦士のような雄叫びが、壁を、地面を震えさせる。
「(来る!)」
海御前はアダラスの元へ全速力で走り、得物を振り下ろした。
自身の身体を流れる水を搾り出し、魔力をブーストさせる。
アダラスは何とか応戦するも、海御前の気迫に遅れをとり、鍔迫り合いに押し負けた。
瞬間、シェルター内部の壁ごと爆発し、アダラスはパークオブエルドラードの外へ押し出される。
后羿の悪獣の猛攻に何とか耐え抜いたシェルターの装甲が最も容易く破られる。
それも宝具ではなく、ただの槍の一振りで。
暴走する海御前の魔力は増幅の一途を辿る。このままでは自身の霊基ごと崩壊しかねない。
「アヘル…………死に候え」
海御前は静かに言い放つ。
彼女の怒りは教団そのものへ向けられる。
禮士の命を奪った沼御前だけではない。第五区に住まう善良な教徒ですら皆殺しにしなければ止まらない恩讐。
海御前は吹き飛ばされたアダラスの元へ再度走る。
そして今度は、槍の先端へと魔力を集中させ、宝具の起動へと踏み出した。
有り得ない。この場で、この状況で、目の前のただ一人を殺害するために宝具『弾丸雨注』を発動しようとしている。
美頼は慌てて、二人の間に割って入るため走り出そうとした。
だがその手を、車椅子に乗り現れたエラルが掴み、静止させる。
「エラルさん!?」
「音がして、何事かと思ったけど、どういう状況!?分からないのだけれど!」
「えっと、今アダラス…………巴さんと海御前さんが戦っていて、説明は後にしますが、止めなきゃ!海御前さん、多分、宝具を使おうとしてます!」
「はぁ!?こんな場所で『弾丸雨注』を使用したらシェルターにも危害が…………」
「エラルさん!令呪!令呪ください!海御前さんを止めます!今すぐ私の身体に転写できますか?」
「さっき無理って言ったでしょう!?で、でも、宝具の使用を止めさせるには、えっと…………」
二人が焦り続ける中、海御前は倒れ込むアダラスの上に跨り、腹部へ槍を突き刺した。
アダラスは苦悶の表情を浮かべるが、アキレウスの恩恵である不死性に近付く戦闘続行スキルが彼女を保護している。
海御前は復讐の炎に囚われつつも、アダラスの殺害という点で冷静だった。
彼女の臓器に突き刺さる槍が、宝具の発動とともに大洪水を巻き起こし、肉片になるまで解体する。
弱点として顕現した踵の部位など関係もなく、全身を瞬く間に崩壊させるのだ。
『皿を満たすは源の朱』
宝具の詠唱が開始される。
アダラスは必死の抵抗を見せるが、海御前は体重をかけ、彼女の自由を奪っている。
「エラルさん!お願いします!」
「わ、分かったわよ!でも主人(マスター)じゃないから、普通のマキリ製令呪で宝具自体を止められるか不確定!だからコレ!」
エラルは第六区に隠された垓令呪転写機を起動させる。『第七禁止区域(ザ・ガーデン)』に垓令呪システムの根幹があり、そこから各区へ仕込まれた転写機へ令呪を転送するのだ。
掴んだ美頼の手の甲に、徐々に三画の痣が刻まれる。
だがそれは通常の赤色のもので無く、淡い桃色に輝いていた。
「き、きた!ありがとうエラルさん!『令呪を以て海御前に命ずる!宝具の使用を直ちに中止し、この場を退け』」
「あ、使う前に、注意点を…………………」
美頼は海御前へ命令を下す。
するとそれが効力を発揮し、海御前は命じられるままにアダラスから距離を取った。
安心したのも束の間、美頼の身体にはまるで雷に打たれたかのような衝撃が走る。
「あばばばばばばばばば」
「ほら、言わんこっちゃない!」
「言ってないです!エラルさん!」
美頼の全員を駆け巡る激痛、その場で蹲り苦しみ喘ぐ。
「エラルさん、な、なんで?」
「これはマスターで無い者が強制的にサーヴァントを従わせるための令呪なんだけど、激しい痛みを与えることによって『従わざるを得ない状況』を作り出す令呪なの。そしてその分は同様に宿主に返ってくる。私は『痛覚共有令呪』と呼んでいるわ。」
「冷静に説明しないで!超痛い!本当に痛い!」
美頼は目に涙を溜めていた。自身がサーヴァントでなければ耐えられなかったかもしれない。
なおエラル自身は、巧一朗と初めて出会った時に使用したマキリ製令呪を有するマスターの専属従者を強制的に隷属させる令呪を有しているが、それは元マキリ・コーポレーションCEOである彼女のみが行使できる特別製であり、かつこの状況では一切効力を持たないため、解決策として『痛覚共有令呪』を与えることしか出来なかった。
「海御前次第だけれどじきに痛みは治るわ。」
「くふぅ、う、うん、治った、かな?ありがとう、エラルさん。」
美頼はつい先程まで痛みに悶えながらも感謝を口にする。
同時にエラルの説明を思い出し、ハッとした表情で海御前を見やる。
従わざるを得ない状況を生み出す痛み、それが海御前にも与えられている。
彼女は美頼のように痛み転げ回るような姿は見せなかったが、それでも苦悶の表情を浮かべていた。
そして美頼の視線に気付くと、彼女に憎悪の眼差しを向ける。
美頼は一瞬怯んだが、震え始める指先をギュッと手のひらに折り込み、逆に睨み返す。
「海御前、違うよ、戦う相手を間違えちゃ駄目。」
「……………………貴様が此方に命じるな。虫唾が走る。」
「間違えるなら、何回でも命じる。何回でも止める。」
「……………………」
海御前は先程まで殺そうとしていたアダラスに背を向け、今度は美頼へと刃を向けた。
そしてゆっくりとした足取りで美頼の元へ歩いてくる。
美頼、そしてアダラスもこの状況に息を呑んだ。
だが二人とも、何をどうすることも出来ない。
そして美頼の目と鼻の先まで距離を詰めると、槍の先端を首元に近付ける。
あと数センチで首を裂く距離。
だが美頼は瞬きをせず、海御前の光の灯らない瞳を見つめていた。
緊張の一瞬、訪れる静寂の時間の中で、沈黙を破ったのは海御前だった。
「美頼、次に余計なことをすれば、貴様もアヘルだ。首を刎ねるから覚悟しなさい。」
「……………………巴さんに手を出すのはやめて。もしこれ以上戦うなら、貴方の言う余計なことをしてやる。」
「………」
「巴さんに手を出さないで、お願い。」
「……………………彼女は生粋のアヘル教徒、後悔しないことね。」
そう言い海御前は長槍を手放した。
そして糸が切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちる。
美頼は咄嗟に海御前を抱えるが、その身体がひどく冷たくなっていくのを感じた。
彼女を覆う黒色のバトルスーツから無機質な音声が鳴り響く。
<体内水分量:三十パーセント減少、直ちに補給を開始してください>
彼女の手足に取り付けられたパイプが赤く発光する。
この数分の戦闘の中でも彼女は酷く摩耗していた。災害のバーサーカーと戦った勇敢な大妖怪の姿はもはやそこにない。
「エラルさんっ!」
「…………文字通り、水分補給が必要ね。痛覚共有令呪の影響もあるでしょうけど、これは更なるアップデートが必要かも。メンテナンスルームに連れていくわ。」
「は、はい!で、でも…………」
美頼は海御前のため急がねばならない。
だが既に起き上がり砂埃を払っているアダラスの影がある。
彼女の狙いは龍寿とエラル。
問題が解決した訳ではなかった。
「後先考えない行動ですね、美頼さん。私は敵です。海御前さんの力を借りて、私を殺し止めるべきだった。」
「そんなこと出来ません。あの日、私たちは巴さんに救われたのですから。」
「昨日の友は今日の敵、ですよ。」
「逆です。対災害共同戦線として気持ちを一つにしたあの日、敵同士だったみんなが、友達になれたんです。」
「しかしながら、バーサーカーは死んだ。仲間である意義、友達としての条件を失ったのです。だから私は…………」
アダラスは胸に手を当てる。
苦しい、心臓が握り締められているよう。
自分が走る意味を見つけたあの日、雷前巴でいれたあの日、どれだけ救いとなったか、楽しかったか。
災害先生でなく、友のために、誰かのために、何より自分のために走ることができた、あの気高さ、誇らしさ、美しさを忘れたくない。
でもケッソンである自身を受け入れてくれるのは、アヘルだけだから。
もし教団を抜け、アキレウスのアンプルを喪失したら、二度と………………
「まだ、走っていたい。」
「アダラスさん…………」
「すみません。悪く、思わないで……………」
アダラスは俯きながら、再び槍を手にする。
彼女らの会話を聞いていたエラルは、ようやく状況を理解する。
あの日、あの会議室で勇気を持って手を挙げた巴はもういない。
アヘル教団のエージェント『アダラス』が明確な敵対意思の上、現れたのだ。
「貴方の目的は私?」
「エラルさん、そうです。災害のアサシンの命により、遠坂龍寿、並びにマキリ・エラルドヴォールの確保に参りました。」
「私たちを誘拐して、貴方たちに何の益がある訳?龍寿は兎も角として、私は自身のコーポレーションを失った無一文だけれど?」
「垓令呪があります。マキリはこれまで災害の庇護下にありました。災害のサーヴァントたちが死した今、アヘルとしても当然欲しい。」
エラルは庇護下という言葉にムッとした表情になるが、すぐに冷静さを取り戻した。
ようはアヘル教団がこの開発都市を支配したい、その軍備拡大の方策により、垓令呪を欲していると。
えらく単純な理由だと感じた。
故にこその違和感。
腑に落ちない感覚、モヤモヤとして晴れない思考。
だがそれは自身で解き明かす前に、『あちら』からやってきた。
「雷前、どうした、手伝いは必要か?」
アダラスの背後から聞こえてくる青年の声。
彼はずるずると何か巨大なものを引き摺っている。
美頼とアダラスは同時に『それ』を見て、固まった。
「オピス先輩……………………」
「ち……ちゅんちゅん……………………どうして」
現れたのは鶯谷鉄心、今の彼はヴェノムイーター『オピス』である。
彼が向こうから歩いてきたから、二人は驚いたのではない。
彼が引き摺っているものの正体に、戦慄したのだ。
「オピス先輩……………………何をやって……………」
「何?なにって、『これ』のことか?」
軽々しくモノのように言い放つオピスに、美頼は恐怖でへたり込む。
胃から上がってくるものを必死に抑え続けた。
かつての友達、博物館裏スタッフとしての愉快な日々が走馬灯のように流れ、現実に戻された途端に地獄に叩き落とされる。
鶯谷鉄心は、そんなことをしない。
身勝手な信頼が最も容易く壊される瞬間だった。
彼女は引き摺られている『それ』の名を呼んだ。
「ロイプケ……………………さん…………っっ」
美頼が搾り出した声に、エラルが即座に反応する。
エラルは目が見えない、だから、この場で唯一状況が理解できなかった。
「ユリウスがいるの?!ど、どこ!?ユリウス!?」
エラルは必死に呼びかける。
だが返答はない。
代わりに鉄心がエラルにも届く音で、引き摺っていた『もの』を放り投げた。
エラルの前にどしゃりと音を立て転がる。
彼女は恐る恐る手を伸ばした。
「………………ユリウス……………………?」
鼓動が早くなる。
声が詰まる。
言葉が紡げなくなる。
息すらも出来なくなる。
「………ユリウス………………ねぇ……………ユリウス…………?」
美頼は胃の中のものをその場にぶち撒けた。
そしてアダラスは、大好きな先輩の胸ぐらに掴み掛かる。
どうして、と叫ぶ。
かつての優しい先輩なら、このような残酷なことはしない。
信じていたい。
お願いだから、信じさせて欲しい。
だが当然、アダラスの望む回答など得られる筈もない。
オピスは冷酷に言い放つ。
「いつも言っているだろう?」
そう、いつも通り。
彼の信念は第四区博物館のアルバイトスタッフだった頃から変わらない。
「俺は人間は殺さない、でも、サーヴァントは殺す。」
【楽園編⑤『侵攻する教団』 おわり】