聖杖の下に錬鉄は至る   作:うすい

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聖杖の下に錬鉄は至る

一ヶ月ほど昔──私に《魔法》と《スキル》が発現した。

 

主神(ロキ)は糸目をだらしなく下げて「レア魔法やー!こんなゴッツイ魔法、いままでの神生で見たことも聞いたこともないで。さっすがウチのアルトリアたん!」と狂喜乱舞しながら襲い掛かってきたけれど、荒ぶる主神とそれを諫めるリヴェリア(お母さん)を他所に、私の胸中には暗雲が立ち込めていた。

 

発現した魔法の名は《英霊召喚》。

異世界に存在し、歴史の碑文へと名を連ねる『英霊』を召喚することができる魔法だそうだ。主神曰く、世界とは数多の可能性、数多の次元に広がっており、この世界における神ですらも観測する事ができない世界がごまんとあるらしい。つまりこの魔法は、異世界の英雄──この世界で言うアルゴノゥトのような存在を召喚することができる。

そして発現したスキルは《令呪》。

その召喚した英霊への絶対命令権を得られるそうだ。上限は三画で、一日一画回復するらしい。

 

強力な魔法とそれを御する強力なスキル。

周囲の喜びとは裏腹に、私は自分が無意識のうちに考えていた事実に打ちひしがれた。

 

魔法やスキルとは、その個人の想いに強く影響を受ける。

その事実が指し示すのは、私は英雄といった頂上存在に助けられることを心の底から渇望していたということに他ならない。そして、彼等に縋りながらも、その脅威が自分に降りかかるのではないかという情けないまでに臆病な私の性根が、ステータスとして前面に現れている。

 

多くの家族たちは祝福してくれたが、狼人ベート・ローガだけは鼻で笑ったような視線を向けてきた。当然だ。この新しい力は私の弱さの証。

 

だから、自分の弱さから目を背けたくて、認めたくなくて、魔法を使用することは避けてきた。

 

けれど、今は選り好みが出来そうにない窮地に追い込まれている。

 

「はっはっはっはっは……っ」

 

ぼんやりとした光源しかないダンジョン内を駆ける。ダンジョン内の地図は粗方把握していたつもりだったが、背後から迫る脅威から逃げるのに手一杯で、自分が今どこにいるかなどわからなかった。

 

獰猛な唸り声と岩壁を破壊する痛烈な打撃音が遠く離れた背後から空気を伝播し、感覚器官へと伝えられる。

──ミノタウロスだ。ここはダンジョンの5階層。私が単独で入ることを許されている最前線だ。現れるモンスターは、駆け出しから少し抜け出した程度の実力の持ち主でも対応できる程度のモンスターがせいぜいなはず。

にもかかわらず、レベル2相当のミノタウロスが現れた。私は半年前に村娘から冒険者になったばかりの駆け出しで、当然まだレベルも1だ。ミノタウロスに、あの暴虐に勝てるわけがない。

 

長時間過度に酷使した疲労からか足が縺れる。右足が、グニャリと嫌な音を立てた。

 

「……っつ!」

 

思わず突きだした掌に、頑強な岩肌が突き刺さる。全身が摩擦によって摺られ、いたるところに擦過傷ができた。

ジュクジュクと、脈動するような痛みが全身を刺した。痛みをこらえてまた歩き出そうとするも、右足が動かない。視線を滑らせると、足首が異常な角度を向いていた。

 

(これでは……歩けませんね……)

 

そうしている間も、一歩一歩巨大な足音は近づいてくる。遂に荒い鼻息まで聞こえる距離になったようだ。私が死ぬのもあと数分か、と諦観の念が溢れてくる。

 

(でも……!)

 

諦めを差し置き、目をカッと開いて前方を睨みつける。……死にたくない。まだ、死にたくない。やりたいことがある。為したいことがある。一緒にいたい人達がいる。

そのためならば、主義主張は横に置いて、今できる最善を尽くすべきだ。

 

全身の細胞に酸素を送り込むように息を吸い、主神から伝えられた詠唱を唱える。自分の弱さを自覚したくなくて発動こそしなかったが、リヴェリアの指導もあり、一応詠唱だけは記憶していたのが幸いだった。

 

正直、発動するかどうかは半信半疑だ。そも、英霊という概念が漠然とし過ぎていて、脳裏に確固としたイメージを描けない。だから、私の理想を思い描く。

私にとっての英雄とは、自分を遥かに凌駕する強大な敵にも不敵に笑いながら立ち向かい、弱きを助け、強きを挫く、まるで正義の味方のような偉大な人物。

……私とは正反対の英雄を、どうか。

 

「……素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には……壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ! 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)! 繰り返すつどに五度、ただ満たされる刻を破却する……!」

 

 頭の先から足の隅まで、全身を魔力が熱く循環する。感じたことのない膨大な魔力に対してくらりと意識を吹き飛ばされそうになるが、唯一残っていた魔力ポーションを根気で流し込み、詠唱を継続する。

 

「────告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

 

さあ、最期の一節だ。だが、それを言い切る前にミノタウロスがそう遠くない距離にいるのが見えた。ああ、漸く餌を見つけたと言わんばかりにゆっくりと歩んでくる。地を踏みしめる威容はまさに絶対者そのもので、弱者の私が自分にとっての脅威であるなど、微塵も考えていないのだろう。

 

(舐め、るな……!)

 

「誓いを此処に! 我は常世総ての善と為る者、我は常世総ての悪を敷く者!」

 

遂に、ミノタウロスが眼前に現れた。彼我の距離は一メートル程度で、奴が強靭な腕を奮えば私の身体など木端微塵に砕け散るだろう。

 

明確な死を意識し、思考が乱れる。肉体が芯から底冷え、寒さのあまり舌を噛みそうになる。

だけど……だけど!!! 

 

(私は……まだ死にたくない!)

 

「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ天秤の守り手よ────―!」

 

身体に宿っていた魔力の殆どが抜け落ちる喪失感を知覚すると同時に、ミノタウロスが悪辣に顔を歪めて、剛弓の如く上体を引き絞った。私を中心に膨大な魔力が円環し、激しく流動する──がしかし、一際大きくなった瞬間に、ソレはピシャリと掻き消えてしまった。

 

「えっ……」

 

思わず間抜けな声が漏れた。眼前で発生した現象を前に理解が追いつかなかったのだ。失敗した。無情な現実を理解すると同時に、先程まで私を絶望から支えていた生への希望が、魔力と共にドッと消え去ってしまったように感じた。

魔力は消失したのに、何も起きない。もう、本当に何も打つ手がない。

 

呆然とする私を他所に、ミノタウロスが足を踏みしめた。いよいよ、奴の拳が振るわれるらしい。

 

「ああ……もっと、生きたかったなあ」

 

ポツリと、呟きが零れる。その声音は笑ってしまうほど酷く弱々しくて、私はもう折れてしまったのだと、如実に教えてくれるかのようだった。もう諦めて死を迎え入れようと瞳を閉じる。

すると、右手の甲に激烈な熱が走った。最早、驚く気力もなくて胡乱に目を向ける。

 

其処には、命脈する赤い紋章があった。赤い紋章は熱を帯びており、恐怖で冷えきった私の体躯を鼓舞するかのように暖かい熱を伝播させていく。

 

「これ、は……」

 

──直感があった。

何故そうしたのか、まるで理解できない。けれど、でも。

紋章が、叫べと語り掛けているような気がして。

 

「誰か……」

 

本能が、生きたいと願う肉体が自然と口を動かした。

 

「誰か、助けてください……!」

 

漆黒の拳が、私を穿つ直前──周囲一帯が赤い光に包まれた。あまりの眩さに目を閉じる。

 

暗闇から這い出た直後に太陽に目を灼かれたように、瞳が痛い。思わず目を覆い、視界を暗く閉ざした。

そのまま、視界が回復するまで10秒ほど経過しただろうか。

 

(……? あれ、私、生きてる……?)

 

死んでいない。間違いなく、あの拳は私の脳漿を壁に炸裂させるに足る威力を内包しているはずなのに、奇妙なことに私はまだ生きている。

生きていることに対する安堵よりも、何故死んでいないのだろうかといった疑念が勝る。もしや、私はミノタウロスに弄ばれているのではないだろうか、私が怖がる姿を眺め、嗤っているのではないだろうか、と暗い思考が首をもたげた。

 

恐れるように慎重に瞳を開く。

──すると其処には、赤い聖骸布に身を包んだ、一人の男が立っていた。

 

白髪をかきあげ、褐色の肌をした男は私と目が合うと一瞬、驚愕に瞳を見開いたように見えた。けれど、驚愕の表情は私が瞬きをしたら消え失せていて、気の所為かと1人ごちる。

 

透徹とした白銀の曇りなき瞳を持つ彼は、他の誰でもなく己に誓いを立てるかのように瞑目して一言一句、万感の想いを込めるかのように──厳かに言葉を発した。

 

「──問おう、キミが私の、マスターか」

 




エミヤ×アルトリア・キャスターは無限の可能性を秘めていますよねという強めの妄想が滾りました。
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