聖杖の下に錬鉄は至る   作:うすい

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エミヤ視点です。


其は誓いの契約

ズキリと脳幹に痛みが生じた。

本日も、新たな記憶が刻み込まれる。己が人類存続の自動装置と成り果ててから、幾度も体験してきた感覚だ。まだ死した自分にもやれることがあるのだと、淡く馬鹿馬鹿しい希望を持っていた当初こそ記憶が増える度に狂おしいほどの慟哭に身を裂いたものだが──もう、慣れてしまった。

此度の仕事も正しく正義の味方らしい陰鬱で残虐な現場だったようだ。

人類の守護者など名ばかりで、実際に行っていることは人類存続に反旗を翻す害悪因子の排除だ。総計すれば何千人、何万人もの人々を殺めているのだろう。正当な英雄であれば決して忘れることのないであろう生前の記憶は映画フィルムが中抜けしたかのように断片的で、朧気な内容を思い出すことすら叶わない。

 

覚えていることは、そう多くない。

義父との月下での誓いに、人生の道を決別した師の姿。

──そして、月の光を落とし込んだような、暗闇の中でなお輝き続ける金糸の髪を結い、白銀の鎧と蒼の戦装束に身を包んだ美しき女性。

 

いっそ、総て忘却できたなら。人としての感傷を削り落とし、人類を存続するための意志なき機械と化してしまえばどれだけ楽だろうかと思う。

……全く、人間の記憶とは不便な物だ。忘れたいと、どうかこの身を人ではなくしてくれと願えば願うほど、輝かしき記憶はより存在の比重を増していく。

 

結局、幾度の摩耗を繰り返しても忘れることは叶わなかった。

だから、これは罰なのだろうと思う。独善の為に多くを殺めてきた己の罪科だ。私が苦しむことこそが、犠牲にしてきた彼ら彼女らへ行える、唯一の贖罪なのだ。

 

曇った眼を無数の剣が刺さった荒地へ向け、今回の記憶を反芻する。どのような者たちが、どのような表情で、どのような矜持のもと、私に殺されたのか。1人ずつ丁寧に思い起こし、せめてもの償いとして彼らの憎悪を受け止めていった。

 

▼▼▼

全員の反芻が終了した頃、どこかから引き寄せられるような感覚があった。

 

身体の芯を掴まれる独特な感覚には覚えがある。『英霊召喚』だ。確かにこの身は英霊の末席に名を連ねる者である。しかし、聖杯戦争という知名度が大きく関係する舞台において、強力なサーヴァントだとはお世辞にも言えまい。故に、自分は一部の例外を除いて、召喚者との相性で召喚されることが大半だ。一端の魔術師であれば、触媒を用意することなど容易い筈。よって、今回の召喚も巻き込まれただけの数合わせのマスターが不幸にも自分を呼び寄せてしまった可能性が非常に高い。

守護者とは人類を存続させるための正義の執行者である。

その一点で考えれば、この召喚には応えないのが正しいのだろう。だが生憎、訳もわからない戦争へと巻き込まれたであろう哀れなマスターを見捨てるような薄情な真似をするつもりもない。その苦しみは、誰よりも痛感している。

 

よって、錬鉄の英雄は召喚に応じようと、今まさに繋がれようとする何処かのマスターとのパスを了承した。

 

「といっても、影法師を送るだけだが……まあ、いないよりはマシというものだろう」

 

そうして、フッと力を抜いた瞬間──座に激震が走った。曇天から覗き見える巨大な歯車が異音を掻き鳴らしながら次々と地に沈む。いや、沈んでいるのではない。溶け落ちているのだ。

咄嗟に鷹の如き鋭敏さを誇る瞳を周囲へ巡らせれば、異常が発生しているのは何も歯車だけではなかった。宙に浮かぶ歯車だけではない、英雄エミヤの『座』自体が崩壊している。

異常な光景だ。座が崩壊する瞬間など、それこそ人類が滅び去った時にしか起こり得ない。だが、人類は依然存続しているにもかかわらず、己の座は崩壊している。

 

生涯において記録した剣が、盾が、槍が、戦斧が。

次々と、虚空へと吸い込まれていく。

眼前で発生している事態があまりにも奇怪で、理解できないと思わず一歩後退った。

 

「……なんだ……一体、なっ!」

 

何が起こっている、そう言葉を紡ぐ前に、英霊の核たる座が崩れ落ち、突如出現した穴に霊格が吸い込まれる。そして、虚空に身を投げ出された瞬間に理解した。

──これは、座の崩壊などではない。座ごと己を召喚しようとしているのだ。

 

(影法師ではなく、私という英雄そのものを召喚しようとしているだと!? 馬鹿な、出鱈目にも程がある!)

 

英霊を弱体化せず召喚するなど、凡そ人類に許されたことではない。神代を生きた人類有数の魔術師たる魔女メディアほどの傑物であろうとも、実行には多大な労力と代償を伴うだろう。唯一の例外は世界からの召喚のみだ。しかし、繋がれたパスの感覚が、マスターが紛れもない人類種である事を伝えてくれる。

神代を駆け抜けた一騎当千の英雄達に比べれば、己のコスト効率は遥かに優れているだろう。しかしそれでも尚、常軌を逸していると評する他ない。

 

(ぐう…っ! 無茶苦茶な召喚をしおって、何度次元跳躍を繰り返すつもりだ!)

 

並行世界を、世界を、次元を跳躍する。

言葉にすれば酷く単純な事のように思えるが、当事者たる己からすれば苦痛以外の何物でもない。並行世界を跳躍するのでさえ、人類には到底不可能な所業なのだ。今回は、それ以上、恐らく異世界という奴への召喚である。

これが正当な魔術師による手順を弁えた召喚であったなら多少マシだったかもしれない。だが今回の召喚者は恐らく急造だ。それ故か召喚式も荒く、1つ次元を跳躍する度に、その負担に耐えかねて霊核が摩耗していく。

 

「何故私は…毎度おかしなことに巻き込まれるのだろうな……」

 

瞳に諦観を滲ませ、期せずして乾いた笑みが溢れ出た。

このペースで負担が掛けられ続ければ、下手をすると召喚される前に擦り減り、存在が消滅しかねない。大根おろしのために延々と消費され続ける大根はこんな気分だったのだろうか。心底どうでもいいことを悟ってしまった。

 

 

いよいよ消滅が間近となり、走馬灯までも見え始めた時、遂に召喚地点へと辿り着いた感覚があった。

 

この荒唐無稽な召喚をしてくれた召喚者(マスター)には文句の1つでも言わねばなるまい、そう意気込んで、召喚式の向こう側へと放り出された。

 

召喚先には眼前には呆けた顔をしたマスターがおり、私は彼もしくは彼女に皮肉を垂れる。

──そう、見通していたのだが。

 

「ッなんでさ!!!」

 

己が放り出された先は空中であった。

上を見遣れば、広大で美しい蒼穹が空の彼方まで広がっている。雲ひとつ窺うことのできない真青な風景は思わず感心の溜め息が漏れることだろう──絶賛墜落中でなければという注釈がつくが。

次に落下地点を見やれば、中世風の街並みが広がっている。瞳を凝らせば、闊歩する人の頭には猫の耳やら尖った耳やら、種々多様なものが生えていた。なるほど、自分は本当に異世界へと召喚されたらしい。

 

世界と契約している自分が異世界へ放り出された場合、私はどのような扱いになるのだろうか。そういった思考が脳裏を掠めた時、ふと、横からひどく粘着質な視線を感じた。

視線に釣られて横を見やると、最早馬鹿馬鹿しい程に巨大な塔が聳え立っている。これに関しては、どう考えても人類が為せる代物ではない。間違いなく、神々が関わっているのだろう。感覚を研ぎ澄ませば、あちらこちらで神性を知覚できる。神々が我が物顔で闊歩する世界、時代など、嫌な予感しかしない。十中八九碌なことが起こらないと確信できる。

 

これから訪れるであろう艱難辛苦に頭を痛ませていると、令呪を通じて膨大な魔力が流れ込む感覚があった。何処にいるのかも分からない我がマスターは、召喚も早々に令呪を一画行使したらしい。節操のないマスターだと呆れたその時、『彼女』の声が脳内に鳴り響いた。

 

『誰か、助けてください……!』

 

考えるより先に、己は転移していた。転移先では、己のマスターらしき少女に対し、人と牛を混ぜ合わせたかのような異形が拳を振り抜き、少女の儚い命を散らせようとしている。

 

──させるか。

 

熾天覆う七つの円環(ローアイアス)……!」

 

反射的に一枚の花弁を展開し、急造の盾とする。たった一枚とはいえ並の攻撃であれば傷一つ許さないのだが牛男の拳はそれなりの威力を秘めていたらしい。息一つつく間も無く、花弁に罅が入る。だが、

 

「瞬き一つ稼げれば充分だ」

 

即座に干将莫耶を投影。土煙を曇らせながら地面を蹴り、両太刀にて筋肉質な太腕を強引に断ち切る。牛男の驚愕に見開かれる瞳を無視して、前方向に傾いた重心に逆らうことなく空中で回転した。一先ず少女との距離を離さねばと、その勢いを殺さずに右脚で牛男を蹴り飛ばす。

 

「トレース、オーバー・エッジ」

 

干将莫耶が過度な魔力を込められたことにより軋み、歪な大太刀と化す。牛男は己の腕が断ち切られたことを漸く理解したのか、怒りに身を震わせながらその強靭な角を以て突撃を仕掛けてくる。だが、その動作はひどく緩慢だった。

 

「悪いが、生憎こちらも余裕がある訳では無いのでね」

 

双角を身を屈めることで避け、身体の内側に入り込む。筋肉の分厚い装甲にこそ覆われているものの、無防備な心臓に大太刀を突き刺した。

刃を介して伝わってきた感覚は臓物を切り裂く生々しい感触ではなく、何か硬い石を穿った様な奇妙な感覚であったが、心配する間もなく牛男は間も無く粉塵と化した。

 

さて、マスターへと迫る命の危機は一先ず振り払う事ができた。どういった経緯で彼女があの化け物に襲われていたのかは知る由もない。令呪使用時に聞こえた声の震え具合からして、己から挑んだといったような無謀な挑戦でないことだけは明白だが。

 

怯えている少女に対し、直ぐ様状況説明を求めるのは酷だ。しかし、先程も言った通り、生憎此方にも余裕が無い。一刻も早くこの世界に関する情報が欲しい。それ次第では、いち早くこの洞窟らしき場から離脱しなければならない。良心の呵責に苛まれることを覚悟しながら、少女に対して向き直った。

 

蒼と白の衣裳に身を包んだ金髪の少女が、恐れるように、少しづつ瞳を開く。深緑の中央にひっそりと存在する湖畔のような、翠玉の瞳と顔貌が顕になるに連れ、己の胸中に驚愕の念が浮かび上がる。

 

彼女は、酷似していた。

月の光を落とし込んだような、暗闇の中でなお輝き続ける金の御髪。凪いだ湖畔を思わせる翠玉の瞳。華奢で小柄な体格。そして、鈴の音を鳴らすかのような心地よい声色。

 

酷似しているなんて表現では生温い。彼女の生き写し、俺が過去に救うことが出来なかった英雄(セイバー)が、壁に背を預けて呆然と俺を見上げていた。

 

忘れ去っていた記憶が、濁流のように押し寄せる。

彼女との闘いの日々。信念の違いから言い争った日々。剣を重ね合った日々。他愛のない日常を謳歌した日々。愛を囁きあった日々。──そして、血塗れた彼女を抱く、弱く、脆弱で、憎むべき過去の己の姿。

 

……ああ。

目蓋を下ろして嘆息する。これは、何なのだろうか。現状に理解が追いつかない。ただでさえパンク寸前だった思考領域は、彼女の登場で一層収集が付かなくなっている。

 

だが、己の成すべきことだけは、従者としての役割は、揺るぎない。

 

瞳を開き、正面から彼女の姿を見据える。

依然呆けた顔を晒している彼女に対して、一言一句、聞き違えることのないよう、過去に己が受けた言葉を紡ぐ。

 

今度こそ、俺は──。

 

「──問おう、キミが私の、マスターか」

 










前話への感想や評価、誤字報告、誠にありがとうございました。
召喚に際する疑問点は飲み込んで頂けると幸いです。自分ながらに「有り得ないよなこれ…」と考えつつも騙し騙しで書いているので…
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