人間は欲深く、狡猾でーー何よりも、罪深い。
神の末席を汚すとある主神は己が館の地下深くにて、眼前で発生している神の瞳を以てしても尚信じ難い英知の結晶--人類の偉業を目の当たりにしていた。
「美しい……」
万物を識り、容姿端麗なる幾千幾万の神々と触れ合うのが平素であった神をして、感嘆の溜息が零れてしまう。人間よりも遥かに、識者である自負がある。けれど、カプセルの中で静かに瞑目する眼前の
「如何ですか、我らが主神。見事なものでしょう?」
「……素晴らしいよ!まさか、まさか人類にこれほどの偉業が成し遂げられるとは、露ほどにも思わなかった!」
「この成果は主神のご助力がなければ不可能でした。改めて感謝を」
「安い物だよ、やはり
「上位者たる神直々のお言葉、感無量でございます」
「そりゃそうさ、永い神生でも信じられるものか!
興奮に胸が沸き立つ、狂喜に頬が吊り上がったのを知覚した。
ーー薄暗く殺風景な部屋の中に佇む、美しい一つの体躯。
其れは、狩猟と貞淑を司る月の女神の因子。
其れは、嫉妬を司る海の怪魔の因子。
其れは、芸術と学問を司る知の女神の因子。
脂肪という脂肪が限界まで削ぎ落とされ、生物が達するであろう極限の造形美が追求された身体。淡い海を思わせる瞳と、光に照らされて天使の輪を描く艶やかな藍色の長髪。威容を放つ両足の具足。そして、切れ長の目元が特徴の涼しげな顔立ちは、職人によって形作られた人形に、生命の息吹が吹き込まれたかのように美麗であった。
無粋だ。無粋を承知で言葉で彼女を表するのならば、『氷上の白鳥』だろうか。
いつまでも見ていられる、との賞賛は彼女の為に産まれたのではないか、そう勘違いしてしまうほどに、眼前で眠る少女は人智を超越した神秘性を醸し出していた。
神の因子から神の肉体を創造する。理知的で研究者面をした辛気臭い男が、かつて神である自分にそう言い放った。あまりに荒唐無稽な夢を、無愛想な男が真剣に言うものだから大笑いして、時に危ない綱を渡りながら神の因子集めに協力したが、その甲斐あったと言えるだろう。
「それで、次は何をするんだい?」
まさかこれで満足するような玉じゃないだろうと暗に意を込めて、人類未踏の偉業を為した男に問う。
男は眼鏡を煌めかせて、神に対して達成感と興奮が滲んだ笑顔を向けた。
「魂を込めます。肉体だけじゃない、生物としての神を人間が創るのです」
「そいつは最高だ!手段の宛はあるのかい?こんな面白そうなこと、全面的に協力するともさ!!」
「主神よ、私の魔法をお忘れですか?」
「……なんだっけ?」
「降霊術ですよ。それを使って魂を肉体に降ろします。残念ながら肉体に入る魂の対象を選ぶことはできませんが……肉体が肉体です。並大抵の魂では入ることすら困難でしょう」
指摘されて、漸く男の魔法を思い出す。確か肉体のない魂を自分に降ろしたり、人形に降ろしたりする魔法だった筈だ。
「肉体には魔道具の要領で抜け出そうとする魂を固定化する魔法を仕込んであります。私の手で!紛れもない神を創造するのです!」
「いいねいいねー、最高に愉快だよ。人造神なんて世界広しと言えども目の当たりにするのは初めてだ。さっ早く早く!」
「ええ、準備は万端です。今すぐにでも行いましょう」
男が厳かに詠唱を紡いだ。魔力が循環し、無形なる魂が肉体に降ろされる。魂が肉体に定着する瞬間を今か今かと待ち侘び、興奮に瞳を輝かせながら、神はふと脳裏を掠めた疑問を口にした。
「そういえば隷属関係はどうしてんの?普通に君の命令絶対遵守?」
男は汗の滲んだ額をタオルで拭き、憑き物が取れたように達成感で満ちた笑顔を神に向けた。
「ありませんよ、そんなもの」
「……へ?」
「神とは絶対者です。絶対者たる神が人間の従僕に成り下がるなんて……それこそナンセンスでしょう」
刹那、神は思い出した。ああ、人間ってそういえば愚かだったわと。
「それ僕らが殺されるテンプ、」
硝子が割れ、鮮血が舞う。一柱の神が天へと還り、研究成果に満足した男の首が情報体に溶かされる。
ーー斯くして、氷上の白鳥は異世界へと降り立った。
「……感じるわ。遠く、遠く、遥かな地底で」
ーー溺れてしまいそうなくらい純真無垢で愚かな信念を。されど、瞳を焦がす程に輝かしい正義の魂を。
美貌の少女は嗜虐的な笑みをたたえた。そして、鼻歌を口ずさみながらゆるやか且つ華麗にステップを刻む。
「麒麟のように首を長くして待っていなさい、気障ったらしいアーチャー……逢いに行くわ、私の王子様」
蕩けるような笑みを浮かべて、一羽の白鳥が羽ばたいた。
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苛烈な恋心を向けるメルトリリスが大好きです。
エミヤとキャストリアはまた次回。