“継承”のセンブランス   作:飴玉鉛

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皆! 原作を見よう!

本作は毎週水曜日21時更新予定です。今回は書き溜め全放出の全8話投稿。原作本編開始までダイジェスト風駆け足で参る。


原作開始前
人力転生システム起動


 

 

 人間は塵から生まれた――らしい。

 

 ()()()と口を窄めて言うのは、俺には歴史という奴に対しての関心がなく、お偉い学者様の下で学業に打ち込んでいる隣人から、伝聞という形で伝えられた知識に過ぎないからだ。

 

【人は塵から生まれた】

 

 それを聞かされた当時の感想は、隣人がとんでもない与太話を吹き込まれているな、という憐れみだった。

 お前は騙されている、そんな与太話を信じるな、そう忠告するのが善き隣人としての務めなのかもしれない。しかし俺はどこの誰が学者様を名乗り、素直さだけが取り柄の隣人を騙しているのかと憤りはしても、隣人が楽しそうにしているから構わないかとすぐに関心を払うのを止めてしまった。

 

 俺には学がない。何事かを学ぶという意欲にも欠けているし、騙されている隣人を窘めてやる人情も薄い。

 そんな俺が頭から否定しに掛かっても説得力はないだろうし、人間が塵から生まれた可能性を否定する材料を持ち合わせていなかった。そんな様で学者様に食って掛かっても、言い負かされるのがオチだろう。

 それに言い訳がましく聞こえるかもしれないが、俺には無害な与太話に構っている暇がなかった。俺の腹を満たしてくれるわけでもない事柄に、貴重な時間というリソースを割く余裕がなかったのだ。

 

 ――なにせ、俺のいる村の日常は、毎日が戦いの連続だったから。

 

 俺の村は寒い。

 【セイラム】という女から教えを受けている隣人が言うには、村があるのは【世界(レムナント)】の北端に位置するソリタス大陸だから、寒いのは当然らしい。東西南北という方角で、北は寒いものなのだという。

 だがそんなことはどうでもいいのだ。

 大事なのはその寒さのせいで作物が育ち難く、【グリム】という――悪霊に取り憑かれた動物ではないかと噂される――化け物と戦うため、戦う術を身に着け日々を訓練に費やさねばならない事だ。

 

 グリムとの対峙も、日々の糧を賄う労働も、避けては通れない戦いなのである。

 

 俺は戦士だ。村を守るために――グリムと戦い皆を守るために――他の皆よりも多くの物を食わせてもらっている。不毛に等しい田畑の世話を免除され、器量良しの女を嫁として与えられてもいた。

 代わりに危険な戦いを任され、普段は木こりとして薪を調達するか、狩人として動物を狩る事を生業にしているが、それでも他の人間よりも快適に過ごせるように世話されているのだ。

 そんな厚遇を受けていながら、必要でもない学業とやらにリソースを割けるわけがなかった。

 

 とはいえ、村を守る【戦士】は俺だけではない。

 そして俺が最も強い戦士というわけでもなかった。

 

 たまたま体格に秀でていて、【力】を持っていたから【戦士】に推薦されただけで、俺の力量は十人いる戦士の中で中堅といった処だろう。器量良しの嫁は、俺と親しかったから戦士の中で俺を選んでくれただけだ。

 【歴史】など知らなくても困らない、不要な知識だ。必要な知識とは罠の作り方、仕掛け方であり、そして武器の扱い方である。小難しい事は小賢しい知識人が考えればよく、雑事は世話役と嫁に任せ、頑丈で逞しい子供を育て、グリムと如何にして戦うかを考えればいい。

 

 しかし、グリムは強大で、手強い化け物だった。

 

 隣人に曰くソリタス大陸はグリムにとっても住み難い大地であるらしく、その数は他の大陸よりも少ない方であるらしいが、少ないのは何もグリムだけではない。人間にとっても、この大地は過酷なのだ。住人は少数である。

 人間は弱い。たった一匹のグリムを相手に、俺たちの村の戦士は総出で掛かり、数の差を活かして袋叩きにしなければ勝つ事は難しかった。勿論なりふり構わなければもっと少人数で殺せないこともないが、下手に怪我を負ってしまうリスクを犯すより、安全策として数の力に頼った方が良い。こんな辺鄙な片田舎に医者なんていないし、戦いの傷が病を呼んで死に至ることがないとは言えないからである。

 避けられる危険は避ける、無謀な行動を起こす者は戦士として不適格の烙印を押されて当然だ。戦士は大事な戦力であり、グリムの脅威から逃れられない村にとって生命線なのだ。だからこそ無駄に戦力を漸減させるリスクを犯すより、慎重に、そして確実に戦いを完遂することを選ばねばならない。人は少なく、資源と戦力は有限で、怪我人を生かしておけるだけの余裕も余力もないのだから、計って当然のリスクヘッジという奴だろう。

 

 俺たちは日々をそうして過ごし、グリムと戦い、次代を育成して、死ぬ。

 生活水準の向上を目指して何事かを研究し、技術とやらを発展させるのは頭の良い連中が勝手にやっていればいい。俺は村を守る、それだけを考えていればよかった。ひいてはそれが、自分の家族を護る事にも繋がるのだから。

 

 ――しかし、俺や同胞たちがどれだけ努力しても、死にもの狂いになろうとも、どうにもならない事がある。

 

 

 

 ()()()が、来たのだ。

 

 

 

 季節は冬。大粒の雪が降っている日、周辺の山中を見回っていると、俺は我が目を疑う物を発見した。

 ()()。春の時季が来た時だけ、瑞々しい葉と木の実をつける山の中に。赤い紋様が描かれている白い仮面を被った、黒くて大きな獣が――熊のようなグリムがいたのだ。それも、()()も。

 

 話には聞いた事があるが、俺はこれまでの人生で、複数のグリムが群れをなしているのをはじめて目にした。

 ただでさえ手強く、単独の個体を殺すのにも手こずるというのに、三体も同時に現れるとは――しかも見たことのない熊のようなグリムが。

 物陰に隠れ、白い息を吐いてしまわないように地面の雪を口に詰めて、息を潜めて観察する。……大きい。俺の倍は大きく見えた。首も腕も体も太く、分厚い。爪と牙も俺の持つ武器よりよっぽど鋭利で頑丈そうだ。

 熊型のグリムは体躯に見合った筋肉の鎧に覆われているようで、その膂力は人間である俺などより遥かに優越していることだろう。あまり考えたくはないが、軽く撫でられただけでこちらの骨は圧し折れるかもしれなかった。

 あんなもの、人間が単独で敵う相手ではない。俺が一人で相手をするのは無理だ。戦士全員で掛かっても、半数が死傷する危険性があるのは想像に難くない。俺は自分がその半数に入る事を覚悟しながら、急いで踵を返した。

 

 物音を立てずに走る中、遂に恐れていた事態が訪れるかもしれないことに、俺は内心恐怖を覚えてしまう。

 

 恐ろしいのは、己の死ではない。戦士として遇されるようになって、成人してから二十五年余りもグリムと戦いを重ねる内に、自らが戦いの中で死ぬことに対する覚悟を固めることができていたから。

 俺の親父は、グリムと戦って死んだ。息子の俺も、同じ道を辿るのだろうと漠然と思っていた。故に――恐いと感じているのは俺の死ではなく、村が壊滅してしまうこと。それに尽きる。

 

 あの村には、俺の全てがある。老いた母は既に亡く、これまで共に生きてきた友や、戦場を共にする戦士としての同胞がいた。そして妻と子供と、生まれたばかりの孫もいるのだ。それら全てが、俺の生きた証なのである。

 もしあの村が壊滅してしまえば、俺がこの世に存在していた証は消えてなくなるのだ。俺は、それがたまらなく恐くて仕方ない。

 村の壊滅は断じて許容できなかった。故に俺は懸命に雪の降り積もっている山を走った。――走り出す寸前に見たが、あの熊のグリムは二本足で立ち鼻を頻りに鳴らしていた。

 もしかすると人間(オレ)の発する匂いを嗅ぎ取ってしまったのかもしれない。もちろん臭い消しはしているが、グリムという奴を普通の動物と同じだと思ってはいけないだろう。アレは熊に似ているが、似ているだけで、実際の熊よりも遥かに感覚が鋭い可能性がある。

 

 グリムは、悪霊に取り憑かれた動物とも、かつて苦しめられた動物の魂とも言われているが、その真偽のほどは定かではない。要点は【尋常の生物ではない】という事実と、何が起こっても狼狽しない気構えを作ること。

 とはいえ追跡される危険を回避するために、取れる手は取っておくに越した事はない。俺は村へのルートを可能な限り遠回りしつつ、辺りを警戒しながらズボンを下ろし()()を出すと枯れ木に小便を掛け、敢えて人間の臭いを残しながら走った。目的はグリムの撹乱だ。そしてその際に随所へ仕掛けられているロープを引っ張る。村の周辺の山々には鳴子が張り巡らされていて、これを鳴らすと村の近くに待機している戦士が異変を察知してくれる。

 

 そうして暫く山の中を移動し続けていると、時折りグリムが追跡してきている気配を感じて冷や汗を流す羽目になりつつ――やがて山に侵入してきた仲間を見つけた。

 

「おい、グリムがいたのか」

 

 俺が近づいてくるのに気づいた仲間の一人が、鋭い声で問いを投げてくる。俺を含めた村の戦士が十人、いつものように全員が集結していた。

 それぞれが短槍と山刀、弓矢を装備している。雪山に紛れるために、白い装束を全員が纏っていた。

 俺は仲間の問いに頷き、言う。

 

「ああ。見たことのないタイプだ」

「……どんな奴だ?」

 

 戦士たちのリーダーが、僅かも緊張を見せずに横から訊ねてきた。

 

「熊だ。全長二メートルと半ばから、三メートル近い個体もいる」

「……なあダチ公、俺の思い違いか? まるでグリムが複数いるみたいな言い方だぞ」

「勘が良いな、兄弟。その通り、グリムは三体いた」

 

 俺がそう言うと、四人の若い戦士たちの瞳が微かに揺らいだ。

 動揺しているらしい。無理もないことだが、完熟した戦士たちは毛筋の先ほども動揺を表に出していなかった。

 今までに無かった事態とはいえ、敵の多さに狼狽える可愛げを、熟練の戦士たちは持っていないのである。

 俺はリーダーを見据えた。

 

「いつも通りの袋叩きは無理だ。どうする?」

「……こういうケースは初めてだが、最悪の事態として想定だけはしていただろ。悪いがダチ公……」

「オーライ。任せておけ、村の掟は【年功序列】だ。いつだって死ぬのは老いぼれ(ロートル)が先だと決まっている」

 

 判断は早かった。リーダーの言わんとしていることを察し、みなまで言わせず了解の意を示した。

 戦士たちが物悲しげな目で俺を見る。――歳の近い者は全員が友で、兄弟であった。若い連中は息子であり、娘であり、家族であった。

 故に俺は笑うのだ。

 

「そんな目をするな。告白するが、実は最近体にガタが来ていてね。昔のように動けなくなりつつある。だから気にすることはない、囮役は俺がやろう」

「………」

「じきに使い物にならなくなるロートルだ、最後ぐらい役に立ちたい。それから……代わりと言ってはなんだが、」

 

 リーダーが片手を上げて制止してくる。

 彼は一瞬だけ瞑目し、噛みしめるように請け負ってくれた。

 

「分かってる。お前の家族を、命を懸けて守り抜くと約束しよう」

「頼んだぞ、兄弟」

 

 五人の同胞たちと肩を叩き合う。覚悟は常にしていた。別れは速やかに済ませ、四人の未熟な戦士たちの目を見渡し、一度だけ頷いてみせる。

 昔、訓練を付けてやったことのある若い戦士から、短槍と山刀、それから投げナイフと竹筒を受け取る。固く栓をしてある竹筒の中身は人糞だ。臭いは強烈で、だからこそ立派な狩り道具にもなる。勿論グリムにしか使わない。

 

「俺のことは気にするなよ。恐らく俺は死ぬだろうが、お前たちも気を抜けば死ぬ。リーダーの命令に従え。掟を守り、村を守れ。ひいてはそれが、隣に立つ同胞(はらから)を救うことにも繋がる」

「掟……。……はい。【われらの(つるぎ)は善き隣人のために】」

「ああ。【われらの剣は善き隣人のために】」

 

 短槍を掲げる。すると戦士たちは各々の槍の穂先を同じように掲げ、俺の槍と合わせてくれた。

 キン、と硬いものが重なる音が鳴る。しんしんと降り注ぐ雪の中、肌を刺すほど冷たい空気が、その時だけ灼熱の熱気に替わった気がした。

 最期に見た同胞たちは、皆、戦士の顔をしている。

 安心した。俺がいなくなっても、同胞たちは大丈夫だろう、と。故に――

 

 

 

 

 

「強がって……見栄を張った……俺は……嗚呼、畜生……」

 

 

 

 

 

 ――熊の似姿であるグリムの豪腕が胸を掠めた時、情けなく未練を残した。

 

 このグリムは、鋭利な爪を持っている。その爪が俺の胸を抉って、鮮血を撒き散らす。獣のものとは思えない、凄まじい憎悪と怨念を向けられる中、俺は白い雪に夥しい赤色を塗布しながら弱音を溢してしまったのだ。

 

「死にたくない、なぁ……!」

 

 格好良く別れた仲間たちの姿は無い。作戦は上手くいっているのだ。つまり俺の情けない弱音は誰も聞いていない。そも、吐血混じりの声は掠れていて、まともに聞き取れはしないだろう。恥を晒さずに済んだ。

 

 

 

 

 

 ――戦士たちの先頭に立った俺が、三体のグリムの前に立つ。当然知恵のないグリムは俺に襲い掛かってくる。

 俺は竹筒の栓を外し、ナイフの切っ先を竹筒に突っ込んだ。すると必然、竹筒の中にある人糞が刀身に乗る。俺はその投げナイフを二体のグリムに投げつけ、俺の存在しか目に入らないように注意を奪った。

 そうして二体のグリムが俺に誘導されると、仲間たちは残りの一体に襲い掛かり、可能な限り迅速に殺さんと武器を振るう。俺はその間、二体のグリムを相手に逃げ惑い、獲物を始末した仲間たちが合流してくるのを待つ。

 早い話、グリムの各個撃破を狙ったのだ。どれか一体だけでも村を壊滅させられる化け物たちだ、纏めて相手をするなど不可能である。だからこそ俺が囮になり、仲間たちがグリムを殺すことを祈った。

 一体目は、仲間の一人が犠牲となって、なんとか殺したようだ。俺が引き受けていた二体のグリムの片割れに挑んだ仲間の数が減っていたから、その死を確信したのである。死んだのは――昔、散々手を焼かされた悪戯小僧で、まだ若い……前途ある若者だった。しかし俺にその死を悼む余裕はなく――仲間たちが殺意の塊となってグリムと戦うのを尻目に、息を切らせてしまっていた。

 

 体力の底が尽きていたのだ。二体のグリムから逃げ惑うのに力を使い果たしていた。だから、後はもう気力で逃げ続け、槍を投げ、山刀を擲ち、死にもの狂いでグリムから逃れようとしたが。とうとう精も根も尽き果てて、グリムの爪の一撃を食らってしまったのである。

 

 

 

 

 

 黒い巨体が、俺を見下ろす。

 赤い眼光は怨嗟の色、開かれた口腔は暗黒の奈落。暗闇への入り口にはずらりと白い牙が並んでいて、俺は、必死に地面を這いずりながらグリムから遠ざかろうとする。本能的な退避行動だったが、無意味だ。

 グリムが俺の背中を押さえつける。

 

「あ」

 

 ひらりひらりと雪が舞う視界の向こうから、同胞たちが駆けてきた。また一人、数が減っている。犠牲は出たが、どうやら二体目も殺せたようだ。俺が見積もっていたよりも犠牲が少ないのは僥倖だ。

 俺はそれを見て、安堵の吐息を溢す。

 鬼気迫る形相で駆けつけてくる同胞たちの先頭には、最も長い付き合いであるリーダーがいて。遅かったじゃないかと毒づこうとするも、俺ははたと思い出した事柄に、微かに笑みを浮かべる。

 

(ああ、そうだった……昔から俺は、お前より脚が速いことだけが……自慢、だったな――)

 

 ――後年。【アーサ・マイナー】と呼称される事となる熊の似姿のグリム。それが全体重を込めて老戦士の背中を押さえつけた瞬間、背骨が圧し折れ、肋骨が粉砕され、内臓の多くが潰れて。一人の老戦士が即死した。

 その頭部を【アーサ・マイナー】は後ろから噛み砕く。

 悲憤と憤怒の混ざりあった雄叫びを上げるリーダー。死んだ老戦士の薫陶を受けた若き戦士たち。そしてそれを迎え撃つ【アーサ・マイナー】。立ち込める血臭は白い大地を汚し、しかし僅かな間に消えてなくなるだろう。

 

 つわものどもが夢の跡――人類が、まだ無力だった時代。

 

 【ダスト】の力を発見し、グリムへ対抗するまでの原始時代。人は、日常的にグリムによって命を落としていた。

 戦士たちは辛くも【アーサ・マイナー】に勝利した。三名もの尊い命を犠牲に。そうしながらも、彼らの人生は続いていく。大いなる繁栄を遂げる、輝ける時代の到来を夢見るだけの希望も見い出せないまま。

 

 これは、ごくありふれた光景の一つだった。

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 ――そして。ひとりの戦士の魂が、長く、永い戦いの、始まりの一歩を踏み出した瞬間でもあった。

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 ――。

 ――――。

 ――――…………。

 ――………?

 

(……あ?)

 

 長い夢を見ていた気がする。

 ポツンと水面に浮いたまま河を下り、大海へと流れ着いて。流れに流されて漂っていく感覚と主観。

 やがて無数に枝分かれした河川に辿り着き、液体とも気体ともつかない自らの【主観】が、透明な筒を伝って肉の器に流れ込む。

 

 そうして俺は、あやふやな自我を取り戻した。

 

 俺は自らの状態に疑問を覚えることもなく、あたかも夢でも見ているかのような感覚で、自身の真下にいる()()を見下ろす。

 それは珠のように可愛らしい女の子だった。ソリタス大陸のような、極寒の地ではなく、麗らかな気候を感じられる。美しい女に抱きかかえられ、無愛想な男が女と赤子を見詰めている。

 どうやらその男女は赤子の父母であるようだ。安心しきった顔で眠る赤子を見守る夫婦。彼らに育てられ、赤子は驚くべき時間経過の早さの下、健やかな少女へと成長していく。俺はそれを、常に少女の真後ろから眺めていた。

 

 やがて少女は、俺が知るよりも遥かに豊かな大地で、田畑と向き合っていくこととなる。

 

 隣町から行商に来た男と、それに付いてきた少年と出会い、少女は次第にその少年と親しくなるにつれ恋をした。

 二人は逢瀬を重ね、ついには恋人になると、時を置かずして夫婦となった。順風満帆に二人は生活し、少女は女へ、少年は男へと成長し、その間に元気な赤ん坊をもうけた。

 

 だが、ある日突然、グリムが二人の暮らす町に襲来する。

 

 逃げ惑う人々。戦うために武器を持つ男達。だが邪悪なグリムたちに脆弱な人間が敵うことはなく、子供を抱きしめる女の前で夫が殺された。

 女は泣き叫ぶ。しかし嘆き悲しんでいる場合ではない。

 俺が早く逃げろと叫んでも女は動かず、抱き締めたままの赤ん坊と運命を共にすることになった。

 グリムが女を殺したのだ。

 

(……っ! ……?)

 

 途方もなく大きな悲しみは、女の発する激情なのだろう。それが俺へとダイレクトに伝わってくるのに必死に堪えていると、ふと女がこちらを見た。

 今の今まで一度も俺の存在に気づかなかった女の視線に、俺は束の間、動揺する。深い哀しみとグリムへの憎しみの籠もった、暗く沈鬱な眼差し。やがて女の魂は灰となって散り、得体の知れないエネルギーが俺へと流れ込む。

 

(………!)

 

 それは、魂だった。直感的にそう理解したが、俺はまたしてもどこかに流されていく。

 

 ――今度は、少年だ。

 

 質の良い衣服に身を包まれた男女の下に生まれた少年は、両親に厳しく躾られながら育った。

 厳しいのは躾だけではなく、教育面でも極めて厳格で、とにかく知識を詰め込まれているらしい。俺はそれをぼんやりとした感覚のまま眺める。相変わらず夢心地のままだが、この頃になってやっと俺は思い出していた。

 俺は、死んだのではないか? 俺が見ているこれはなんだ? これは夢なのか? それにしてはリアリティがある。グリムに殺された女の激情も、まるで自分の物のようであり、今またこの少年が感じている辛さも同様だった。

 少年が辛ければ俺も辛い。この奇妙な感覚の繋がりが一体なんなのか、疑問を覚えながらも少年の人生を見守る。幸いと言って良いのか定かではないが、俺の感じる時間感覚は恐ろしく()()になっていて、他者の人生を眺め続けることに苦痛を覚えたりはしなかった。

 

「いいか? 我々の研究が、多くの人々を助ける。私の代では難しくとも、お前の代で――それが難しくともお前の次の代までには研究を終えなくてはならない……! 我々人類には、グリムに対抗するための力が必要なのだ!」

 

 父親がそのような使命を毎夜、幼い少年へと刷り込んでいる。

 それは洗脳に等しく、少年はそれのためだけに生きていくことになった。

 少年が大人となり、妻を娶り、子をなす。やがて両親が他界した後は、自らが両親にされたように、子供へ使命を刷り込んでいく。

 この一族が研究しているのは、【オーラ】と名付けられた人類の力だ。

 それは十分な訓練を積んだ者なら誰でも扱える力で、俺もこの力を持っていた。とはいえオーラなどと名前は付けられておらず、ただ【力】とだけ呼んでいたのだ。これは戦士として最も重要な資質であり、魂を持つ者なら誰でも有するオーラは個々人によって内包する量に差が生じている。

 オーラの多寡が戦士の資質の全てというわけではないが、多いに越したことはない。なんせオーラは全ての道具を媒介し、絶大な力を発揮できるからだ。オーラで防御――バリアを張って致命打から身を守ったりできる上に、攻撃手段として衝撃波を発し、強いオーラなら自分や他人の傷を癒やせるのである。あって困るということはなく、なければ既に人間はグリムに淘汰されていたに違いない。

 

 男の父はそこまでを解明したようで、オーラを全ての戦士が扱えるように体系的な訓練項目に落とし込んでいた。

 そして俺が見守る男が研究していたのは、そのオーラの更に先にあるという力――発見例が僅かに報告されている力だ。

 

 男はその力を、便宜上【センブランス】と名付けた。

 オーラをより実体化、先鋭化させた力であり、人によって発現する能力が異なるだろうと推測している。

 俺にはそのセンブランスは無かった。そして俺が知る戦士の誰もが、センブランスを持ち得ていない。というのもオーラという力を誰も鍛えようとしたことがなかったからである。物質ではないオーラは鍛えようがないと、勝手に思い込んでいたのだとしたら――俺は、俺たちは、とんでもなく愚かだった。

 だがここまでで、俺は気づいていた。

 女の生涯と、この男の人生は、俺が死んだはずの時点から大分時間が経過している。つまり俺が見守っていた女と男は、俺から見ると()()なのだろう。ということは、俺が生きた時代は、確かに後の時代に繋がっている。

 

 男は生涯をオーラの研究に捧げ、時に自らも戦士としてグリムと戦い、センブランスの発現方法と、その体系化を目指した。

 やがて自身の子供を含め、何人かの弟子を取った男の試行錯誤は、男の寿命が尽きる寸前に形になる。長年の訓練の結果、男は死の間際に自らのセンブランスを導き出したのだ。

 

(………!?)

 

 その瞬間だった。

 

 男が、手から雷を発した瞬間、男の背後にいた俺が――急に男の方へ吸い寄せられ、男と完全に【一体化】してしまったのである。

 

「……なん、だ……?」

 

 俺は、唐突に夢から醒めた心地で、呆然と皺だらけの手を見下ろす。それは男の手だ。俺の物ではない。いや違う、【男】は【俺】だった。最初に見ていた【女】も【俺】だったのだ。そのことを直感的に悟る。

 【男】の性質によるものだろう、俺は未曾有の大混乱に襲われながらも、どこか冷静に自身の状態を分析していた。

 

 ……【俺】として生きた人生と、【女】と【男】として生きた人生。これらが渾然一体となりながらも、一切の矛盾なく完全に成立し融合している。なぜだ? 【女】は不明だが、【男】は自然現象であるはずの雷に関連するセンブランスを発現した。つまり今現在自らに訪れた現象は、【男】によるものではない。なら考えられる要因は――【俺】しか有り得なかった。

 

 【俺】によって、【女】も【俺】も知らなかった【男】は、二人の生涯と経験を得ている。なら【俺】は――実は自覚していなかっただけで、センブランスを発現していたのか? ならそれはどういった力なのだ。

 

 【男】は自身を含めた三つの人生を手に入れている。しかし【女】と【俺】の嗜好や性格には、余り影響されておらず、あくまでベースは【男】である。

 であるなら【俺】のセンブランスは死後に発動するものであっても、他人の体を乗っ取ったりする類いのものではない。では……【俺】はどんな力の持ち主だったのだろう? 刻一刻と迫りくる死の感覚が、寿命が尽きる寸前であることを報せてくる。どうやら【俺】と【女】の死の経験が、自身の命がどれだけ保つかを察知させてくれているらしい。【男】は電池が切れたようにプッツリと死ぬものと思われる。

 

 死ぬ前に答えを出さねば。

 ベッドに横たわる【男】は、弟子たちに囲まれて看取られようとしている。

 早く答えを出し、何かを伝えねばならない気がしていた。

 

(【俺】が私――【男】と一体化したのは【男】がセンブランスを発現した瞬間だ。つまりキーはこれだろう。【男】がセンブランスを発現したから【俺】の能力が【男】に対して効力を発揮した。これは間違いない。だが、【俺】は【男】を乗っ取っておらず、しかし同一人物であるようにも感じられる……つまり【俺】は【男】の前世? 生まれ変わりだとでも言うのか? 全て主観的で客観性の欠片もないが、そうとしか思えない。なら【俺】のセンブランスは生まれ変わり……と、言うには【男】の【俺】から受けた影響が少なすぎる。【女】を含めた【俺】の経験は実体験として感じられるが、【男】の根幹はあくまで私でしかない。そして【俺】と【男】のセンブランスは同時に存在している。なら【俺】のセンブランスは――後世に生まれ変わった自分自身へ、自らの経験を受け継がせること……か? なら……そのセンブランスの名は、差し詰め【継承】とでもいったところか……)

 

 【男】――私は失笑を溢しながらか弱い雷を掌に発生させ、それをかき消すと、周りにいる弟子たちに遺言を残す。もう、少ししか喋れないだろう。

 

「……オーラ、を……センブランスを、広めろ……戦士を志した者なら、誰もが発現できるように、訓練方法を、体系づけろ……!」

 

 その先に人の世の暗黒は払われ、夜明けが訪れるはずだ――(オレ)はそう言い遺し、息絶えた。少なくともグリムと人の力関係を拮抗させることぐらいはできるはずだと信じて。

 

 俺は、そうして【男】の遺体から弾き出される。【男】と一体化したことで得た知識と経験をそのままに、魂だけの存在となったのだ。

 

 ――再び時の流れに流され、別の人間として生まれ変わる。その中で【男】の知性を得た俺は、ぼんやりとした心地のままで思考した。

 

 死んで生まれて、そして死んで、また生まれる。

 このサイクルを仮に輪廻と呼ぶとしたら、【俺】という存在がそのまま特別な力(センブランス)なのだろう。

 

 俺は戦士であり、グリムを殺す存在である。ならばグリムが滅びるその瞬間まで、俺は来世の自分に【(センブランス)】を受け継がせ続けよう。

 

【継承】のセンブランスは、そのために存在するのだと信じる。

 

 なぜなら俺は戦士だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





用語集

・【セイラム】
いったい何者なんだ……。

・【レムナント】って?
原作世界の名前さ! 原作タイトルという意味ではない。

・【グリム】って何さ!
【グリム】または【グリムの創造物】。基本的に動物に近い姿をしているが、中にはドラゴンやらでっかい蠍やらバカでかい鳥がいたりするので、必ずしも現実準拠の動物に似た奴ばかりではない。ちなみに【アーサ・マイナー】はグリムの中だと雑魚に分類される(主観) グリムは負の感情の集まる場所に引き寄せられる性質があり、人類の敵である。グリムはめちゃくちゃ強い。オーラ覚醒後の人間や、センブランスを発現した人間でも負けることは多々ある。

・【オーラ】って? ああ!
一言で言うと魔力。またはMPやら気やら生命力やら。魂を持つ者なら誰でも持ってるよ! でもオーラの内包量には個人差があるぜ! グリムはオーラを持っていない。

・【センブランス】って意味わかんねえよ!
個人の持つ特性が実体化した、要するに超能力。ほとんどの場合、遺伝したりはしない。例外はある。なおオーラとセンブランスだけでは、人類はグリムを相手に圧倒的不利な戦力差を覆せない。なので本作中での【男】の最期の台詞は、「人類全体が武術を極めたらグリムを倒せるぜ!」と言ってるも同然の暴論。修羅の世界かな?

・【ダスト】ってゴミのこと?(※違います)
レムナントのエネルギー源さ! 火とか風とか雷とかの魔法みたいな自然現象を起こしたり起こさなかったりしろ! 用途は「なんにでも使えるぜ!」という万能具合で、むつかしい科学技術のエネルギー源はだいたいコイツ。コイツを動力化して武器に転用したりすることで人間勢力とグリムの力関係は逆転、人間は文明を築き始められるようになる。要するにダスト発見以前の時代が原始時代だと思ってくれたらいい(暴論) なお宇宙空間では霧散してしまう性質があるとかないとか。全然ファイナルではないffのマテリアみたいなもんと思えば理解も簡単。

・【ファウナス】って上品な響き……。
獣人。この単語だけでよく訓練された読者は全てを察する(なるほど、ケモミミか……)
※なおケモミミのないファウナスもいる模様。





老戦士
 ・伝達型と死霊術型のセンブランスの複合タイプ、とでも言うべき【継承】のセンブランスを発現した、まだ【ダスト】が発見されていない、【銀の眼の戦士】や【四人の乙女達】が存在していなかった原始時代の戦士。ハンターも国もない時代で、無名のまま死亡した。

 ・そのセンブランスは、一言で言うと「俺自身が、センブランスになるということだ……!」というもの。死の瞬間に老戦士の記憶・知識・経験・オーラを吸い上げたセンブランスが、老戦士の魂の複製を作り独立。老戦士の意識を複製した疑似意識まで持って、幽霊と化したものである。つまり老戦士本人は普通に死んでる。しかし死んだ老戦士の魂は、この幽霊に引き寄せられて、普通はしないはずの転生を果たす性質を持ち、どっかで漂っていた幽霊(センブランス)が転生した老戦士の下に帰還するサイクルを作り出した。そのため疑似的に記憶やらなんやらを保持した転生を繰り返せる存在となっている。なお作中で転生乱舞を見守っているのは全てセンブランス化した偽老戦士。
※なお転生体がセンブランスに覚醒し、幽霊(センブランス)の受け入れ体制が出来上がらないと引き継ぎ作業は行われない。現時点では。

 ・あくまで転生先の自分の人格がベースになるため、厳密な意味で同一人物ではあるが、別の観点から見ると「老戦士や以後の転生体の記憶・知識・経験を持つだけの別人」という見方もできる。なお人格的に未成熟な子供時代に覚醒すると、記憶や経験に引っ張られた性格になることもあるかも。少なくとも成熟した人格の持ち主なら、影響は最小限に抑えられる。

 ・これってつまり永遠に死ねない(滅びない)存在ってことかと言うとそうでもない。あくまでセンブランスという特異な力が転生の原因であり、転生をやめる(センブランスの発動をしない)という意思の下に死ねば自意識の持ち越しの転生は終わるし、なんならこの【継承】のセンブランス自体が保有者とともに滅び去る。終わろうと思えば終われる親切設計。




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