とあるマフィアの首領が、ハンター見習いに凶悪犯罪の現行犯で取り押さえられた。多くの手下も打ち倒され、警察が彼らを連行していく写真が載った新聞がヴェイル王国にて報じられる。
美辞麗句が並べ立てられたその記事を流し読んでいると、或る建物の出入り口が音を立てて開け放たれた。少女が合図を出してきたのを視界の端に認め、クシャッと新聞を握り潰す。
「
夜。
カラフルなイルミネーションに照らされて、優雅なる実業家へ転身した青年が嗤っている。
だがそんなものは表向きの話だ。青年からは暴力の気配が拭い去れない。如何に綺麗事を述べ、見苦しくないように小綺麗さを装って着飾ろうとも、彼の本質は決して変わらないだろう。
――さあ楽しいお仕事の時間だ。
制限付きとはいえ、青年を本当の意味での味方にするべく、力を魅せねばならない。敵対するのは馬鹿らしいと本心から思わせてこそ、心からの信頼が置けるようになるのだから。
† † † † † † † †
姦しいカジノで、一喜一憂、悲喜こもごもの喚声が上がっている。
巨額の富があっちにふらふら、こっちにふらふら。その様はさながら節操なしの尻軽女の如し。腕利きのディーラーが大金の流れを操り、お客様方の身も心もふらふらだ。
合法の看板を掲げられているのを良いことに、悪い大人達は今日も今日とて平常運行。本日もそこそこに負け、そこそこに勝たせ、そこそこに稼ぐ楽しい賭博が運営されている。
勿論お客様の不正は許さない。汚い手で掴んだ金に価値はないとばかりに、店の用心棒は炯と目を光らせる。お客様の心が汚れてしまわないようにと、心のケアにも余念がないプロの鑑だ。
尋常な勝負しか認めないが、賭け金を回す店員が密かにイカサマを働いても見て見ぬふりをする。不正を赦さない正義の用心棒も人の子だ、親愛なる隣人を贔屓するのも仕方ない。
ああ無情なるかな。あるお客様がイカサマを働いてしまった。抜け目なくそれを見咎めた店員が、強面の厳つい用心棒を呼び寄せて、マナー違反のお客様を裏手へ招待してしまう。
哀れなまでに真っ青になったお客様。
苛烈な制裁が加えられ悲惨な目に遭うのが目に見える。
神も仏も眠っている、良い子は寝る時間なのだから当然だ。いけませんねぇと静かに猛るオーナーさんが登場し、立派な大人らしく社会の厳しさを懇々と不埒な客へ説き始める。ついでに指の一本も折ってしまうのは教育的指導だろう。不埒者の更生に手を抜かないオーナーは人間の鑑と言えるかもしれない。
だがイカサマをしているのは客ばかりでもないのだ。カジノの運営者たちは総じて同じ穴の貉であり、片方が一方的に懲らしめられるのは間違っている。これはとんでもない欺瞞だ。
――故に小賢しい欺瞞を赦さぬ、正義の使者が参上するのも、勧善懲悪のお約束であろう。
勢いよく開け放たれる出入り口。何事かとそちらを見遣る大多数。そんなものに構ってられるかとスロットにかじりつくお客様。――カジノの外は身なりの良い男達に取り囲まれている。すわ殴り込みかと、裏社会にどっぷり浸かっているオーナーは身構えた。
そんな彼の正体は首都ヴェイルに根付く二大マフィアの一角、その幹部だ。白いスーツの男達はカジノに踏み込もうとしない。オーナーは怪訝に思いながらも屈強な用心棒達を呼び寄せて、困りますねぇと蛇のような顔を剣呑に歪めるも。オーナーが凄んでも子犬の威嚇ほどにも感じぬとばかりに、一人の巨漢がカジノに突入する。
巨漢は、身の丈二メートルを超えている。全身を隙間なく黒甲冑で防護し、艶のある黒いヘルメットを被って、顔面には黒い仮面を宛てていた。その姿はさながら地獄を彷徨う黒騎士の如し。肌の露出は微塵もなく、コォ、ホォ、と重苦しい呼吸音を吐き出している。呼吸するのにも難儀する、重厚な威圧感を纏って歩む黒騎士の手には、剣の柄の如き鉄筒が握られていた。
だがその警戒は無意味だった。黒騎士の視界に収まるには、彼は無力に過ぎたのである。
距離など関係ない。見えない手が添えられたかのように、オーナーは突如首を圧迫されるのを感じた。息が出来ない、声が出ない。違和感を覚えてもがくも、首に掛かる圧力は強まる一方。
何事かと目を瞠る用心棒やお客様達。水を打ったように静まり返る彼らの前で、やがて異常は目に見える形で現れる。オーナーの足が地面から離れ、徐々に宙に浮いていくではないか。両脚をバタつかせ、両手で首を抑えるも、息ができないまま苦しさは増していった。
唐突に始まったショーに場が凍りつく中、カジノに流れるBGMが騒々しく鳴り響いている。オーナーの顔は白を通り越して土気色だ。漸く黒騎士の攻撃を受けているのだと察して、用心棒の一人が警棒を取り出して殴り掛かる。だが黒騎士がその用心棒を一瞥すると、まるで見えない拳に殴り飛ばされたように吹き飛んだ。近くの客やカードゲームの台を巻き込んで、派手な音を奏でながら地面を転がる強面の用心棒。
漸く黒騎士が危険人物である事を悟った無辜なるお客様達が悲鳴を上げ、我先にとカジノから逃げ出していく。アフターケアはお任せあれとばかりに白いスーツのお兄さん方が、惑うお客様達を誘導して無事に外まで逃している。なんと親切なのだろう。イカサマをして店に締め上げられていた客も、この機を逃すかと言わんばかりに、用心棒達の注意が逸れた隙に駆け出した。黒騎士の脇を通り過ぎ様、助かったぜ兄さんと媚びるのも忘れない。
ファンサービスに余念のない黒騎士は、媚びてきた男へ無造作に裏拳を叩きつけた。あえなく転倒した彼の懐から札束が飛び出る。いつの間にか金を懐に呑んでいたのだろう。制裁されている最中でも金を隠し持つ根性は見上げたものだが、お店のお金を無断で持ち出すのは犯罪以外の何物でもなかった。
やがてオーナーが完全に失神すると、黒騎士は乱雑に腕を振るい、糸に操られたマリオネットのようにオーナーの体が壁に叩きつけられた。
この段になって、やっと用心棒やオーナーの手下達が気色ばむ。
野郎、ブッ殺してやると吠えて――半数がマシンガンを。残り半数が近接武器の警棒を取り出した。
カジノの中に突入してきたのは黒騎士のみ、たちまち蜂の巣にしてやらんと発砲するも、黒騎士はまるで意にも介さず歩を進める。弾幕が張られ黒騎士の全身を銃弾の嵐が打ち据えるも、黒騎士の全身甲冑に傷一つ与えられないどころか、銃撃の威力に体を小揺るぎもさせず全く怯まない。
唖然とする裏社会の男達が黒騎士に歩み寄られると、暴力を生業とする者達は怯えを隠しながら襲いかかった。簡単に引くようでは面子に関わる。腰抜けだと思われたら職を失ってしまうのだ。
警棒による攻撃の悉くが黒騎士に命中する。黒騎士は防御すらしない。全ての攻撃を受けながら、平然と反撃して丁寧に一撃につき一人の戦闘員を倒していった。まさに鎧袖一触だ。
当たるを幸い薙ぎ倒し、遂には近接戦闘員を全て地に伏させてしまう。
もはや恐慌状態に近い有様で、味方への誤射の危険も失念し銃器を構える残りの男達。それに対して黒騎士が右手を掲げるや、男達の手から銃器が勝手に飛び出して、地面に放り捨てられる。黒騎士のセンブランス、念動力によるものだ。
黒騎士が勧告する。地割れのような重い声音で、地獄の淵から吐き出された怨嗟の如き殺気を放ちながら。
【――平伏せよ。さもなくば死ね】
またたく間に場を制圧されて、誰もが悟った。こんな化け物に勝てるわけがない、と。
戦意喪失した男達がその場に跪き、震えながら慈悲を乞う。果たして黒騎士は寛大だった。停止した事で狙いを付けやすくなった男達の首を念動力で圧迫し、優しく意識を刈り取ったのだ。
「そこまでだ」
言いながら現れたのは、オーナーが高い金を払って雇っていた元ハンター。落ちるところまで落ちた落伍者。登場するのは遅きに失していたが、身に纏うオーラ量は他の有象無象とは桁が違う。
「人が折角
【――よく喋る狗だ。半端に腕の立つ狗は要らんが、選ばせてやろう。生きて従うか、歯向かって死ぬか】
「ハン、んなもん決まってんだろ――テメエが死ねや」
勇んで挑み掛かるのは、自らの力に確固たる自負があるからだろう。事実、彼は弱くなかった。センブランスこそ発現できなかったが、薙刀を用いた戦闘技術は練達のものであり、手練のハンターを手に掛けた事もある。実力は折り紙付きで、本来ならこんなところで燻っているような男ではない。
彼には彼の、転落人生という名のドラマがあるのだろう。ハンターになっただけあり、心のどこかに正義の心を持っていた時期もあった筈だ。――大振りの薙刀を構えた男を黒騎士は冷たい目で見据える。彼が如何なる悲劇を経てここにいたのだとしても、やはり黒騎士は欠片ほども興味を懐けなかった。
昔に何があったとしても今は悪党なのだ。自分は酷い事をされたのだから、他人に対しても酷い事をしていい、なんて理屈は見境のない子供の論理でしかない。悪事を働くのも善行を積むのも理由は全て個人のエゴである。黒騎士は戦闘の意志を持つ悪党に対して容赦という言葉を持たない。
黒騎士が、左手に持つ剣柄にオーラを注ぎ込む。すると真紅のプラズマが迸り長大な刃を形成した。
「………は?」
元ハンターの男は、黒騎士が念動力を使う所を見ていた。故にその現象に目を剥く。
念動力をどう応用したら、あんな高出力プラズマ刃を形成できる? プラズマなのだから電撃系統の力のはず。電撃系のセンブランスで、念動力の真似事をしていたというのか?
困惑しながらも男は思考を捨てる。戦闘の最中に細々と物を考えていたら反応が鈍る。油断のならない相手だ、最初から全力でいく。男は黒騎士の甲冑には関節部以外に隙間がない事を視認して、初速から最大速度で飛び出した。武術の達人である男の体捌きは、特別な力などなくとも充分に敵を殺傷できる。男は薙刀を最小限の所作で操り、牽制の刺突を放つ。
黒騎士はその場から微動だにせず、不動のまま男を迎え撃った。視界を遮る意図の刺突をプラズマ刃で払い、右側に回り込みながら袈裟切りを放つ男に見向きもせず、腕を回して斬撃を止める。黒騎士の背後に回るなり遠心力と腰の回転を乗せた渾身の一撃を、黒騎士は半身になって躱し様体を反転させ男を正面に捉えた。男が怒涛の攻めを見せる。息も吐かせぬ猛攻を仕掛け、一気呵成に黒騎士の防御を破らんとした。
だが、破れない。
黒騎士は半歩ほども位置をずらさず、淡々と小蝿を払うように男の攻撃を処理し続けた。やがて男が微かに息を乱し、全く歯が立っていない事を自覚して冷や汗を噴き出すと黒騎士は宣告する。
【こんなものか。では、今度は私の番だ】
言うや否や、黒騎士が始動する。咄嗟に飛のいて、そのまま男は逃げ出そうとした。だがそれよりも早く――速く、疾く黒騎士の巨体が迫る。
目にも止まらぬ踏み込みは、人間の域を超えた身体能力によるものだ。それを見た男は驚愕し、頭の中に空白を生じさせてしまう。
念動力に、プラズマ刃を生む電撃に――更に身体強化能力だと、と。
果たして虚を突かれた男の最期は呆気なかった。反射的に薙刀を盾にするも意味を成さず、黒騎士の斬撃が薙刀ごと男の体を横に両断したのである。男は下半身と泣き別れた事で死亡する。
傷口から血が溢れ、臓物が地面に撒き散らされた。黒騎士はそれを見ても何も感じていないようで、カジノ店を制圧した事を確認する。すると――外で中の様子を伺っていた者達が入店した。
「あーあー……なんてこった。人死が出てしまっているじゃあないか。おい、これを片付けろ」
先頭に立っているのはローマン・トーチウィックである。
彼は自身の部下に後始末を命じ、露骨に溜息を吐いた。無惨な死体など見飽きているローマンは平静そのものだが、部下の何人かは畏怖と嫌悪を黒騎士に向けている。
ローマンは
「……なぁ、ヨナ。一つ聞いていいかな?」
「うん? 勿論。なんでも聞いてくれていいよ」
小声での遣り取りは、誰も聞いていない。
いや、さりげにローマンの後ろに控えているニオには聞こえているだろう。彼女もフードを被って顔を隠しているのは、まだ顔を晒していい時期ではないと言われているからだ。
このカジノ店のオーナーが引き立てられてくるのに視線をやりながら、ローマンは確認する。
「今、幾つの特性を使った?」
「興味本位で聞くけど、貴方は幾つ使ったと思う」
「……3つ……いや4つか?」
「残念、ハズレだね」
少年の姿をした
「この
「……わーお。お前、いったい幾つの特性を持ってるんだ?」
ローマンは心底から絶句していた。
センブランスは、一人に付き一つまでしか発現しないのが普通だ。それなのに、複数のセンブランスを当たり前のように使用するヨナタンは異常である。少年は青年に向けて肩を竦めた。
「ざっと千はあるんじゃないかな」
「……千?」
「うん。とは言っても強力な物は限られてるし、殆どは使い道がなかったり他の力の下位互換だったりする。極端に燃費が悪いくせに大したことのないものもあるね」
「ああ、そうかい。よぉーく分かったよ。――ヨナ、意地が悪いぞ? お前は自分の手札を見せて
「いけなかったかい?」
「ハッハー……いけないに決まってるだろ? 疑われて良い気分になる奴なんざいない。だが……見せてくれた事には感謝しておこうか」
ローマンは確信した。
こと武力という面で、この英雄サマに太刀打ちできる人間はいないと。この力を見て裏切る訳がなかった。裏切ったらその瞬間に命を狙われるとしたら、とてもじゃないが背信する気になれない。
意識を切り替える。
同志からの牽制を受けて、一周回って笑いだしてしまいたくなりながらも、閃くものがあったのだ。
「――このブラック・ドールとかいうのは使えるな」
「おっと。悪巧みかな?」
「そうだとも。嫌なら止めるが、どうするね?」
「いいや、止めなくてもいい。僕を好きに使えばいいよ」
「そいつは良かった。ヨナ、傀儡を長期間独立させて動かせられるか?」
「可能か不可能かで言えば、可能だね。そこそこリソースは食われるけど」
「結構。それが出来るなら仕事が大分捗るぞ。我々が正義の組織になり、コイツが悪の組織を率いたら、マッチポンプで荒稼ぎ出来る」
「――それは良い考えだね」
「だろう?」
ニヤリと笑いながら、ローマンは連れてこられたカジノ店のオーナーを見下ろす。彼はまだ気絶したままだ。
脅かされて少し鬱憤が溜まってしまった、憂さ晴らしに殴りつけて目を覚まさせてやりたかったが、ローマンはグッと堪える。
進行しているのはヴェイルの全マフィアの統合だ。が、それは不可能ではないが非合理的である。一つきりの勢力は腐るのが早い。最低二つは勢力がなくてはならない。
欲しいのは利権だ。
他のマフィアが表に有する企業の利権である。ヴェイルの物流、服飾、食事処、カジノ、それら全てを手に入れたい。そして立ち上げて、作り上げる。大いなる妄想を現実にするための財源を。
世の中は金で廻せる。裏社会で物を言うのは暴力であり、都合の良いことに最高の暴力装置がローマンの手元にはあった。悪魔的な策略を巡らす青年は、密やかに計算した。
(おいおい……見縊っていたつもりはないが、ヨナがいたら
笑うしかない。
ヨナタンを敵に廻せば死あるのみだが。味方のままでいたら、とんでもない利が転がってくる。
わかってはいたが、今、そのことが実感を伴って理解できた。
(こうなったら、本気の本気で……行けるとこまで、行ってみようって気になってしまうな)
いいや、既になっている。
自分は果たしてどこまで行けるのか。
ともすると一切の妥協なく、以前聞かされた妄想の果てにも辿り付けるかもしれない。
そう思えば、俄然、野心が燃え上がるというものだった。
最強で無敵で手の付けられないバグに見えるかも。
しかし幾ら無尽蔵のタンクがあっても、出力する機構は水道の蛇口程度なので無敵ではない模様。
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